忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。






2001年4月16日(月)午前5時46分

 (↓)のようなことを書いたら、早速アイシェ・ハヌムより、クレームのメールをいただいた。さぼるつ もりはないということだが、元よりそんなことは書いてないし、書くつもりなどないし、第一、そんなこと 考えたこともない。要は、時間の使い方の価値の問題、参加形態の問題を言ってるのだが、「不参加=さぼ り」と言ってると捉えられたようだ。なんせ、アイシェ・ハヌムは、まじめな方だから、端から見てると、 「宇宙人」に見えてしまう。ま、トルコ語、頑張りましょ。もう、6時だ。寝なくっちゃ。




2001年4月15日(月)午前2時04分

 新しいPCに変えてから、2時間ほどたった。今のところ、メール送信ができなくって、一瞬冷や汗をか いたが、それ以外は順調である。ハード的なことが、全くできない黄紺なので、いつもこういうときには、 弟の世話になっている。せっかく新しいPCが使えそうになったのと相前後して、プリンターがいかれてし まった。これは、全く私の不注意の結果で、断線をさせてしまったらしい。明日からは、トルコの新聞のプ リントアウトは、職場のもので間に合わせよう。でも、どうも、ちぐはぐでいけない。以前は、こういった ちぐはぐが起これば、無性に自分に腹が立ったが、この頃は、自分の能力を悟ったか、あまり腹が立たない。 自分に甘くなった結果か、それともストレス解消の生活の知恵か?
 土曜日は、元気にトルコ語の教室に参加できた。少なくとも、あらゆることで、先週のようなことはなか った。やはり言葉は、話す機会を少しでも求めるという原点のようなものをなくしゃちゃいけないというこ となんでしょう。採算の問題もあるようなので、それに協力がてら、昔のI氏のように、少しでもいいから 参加を心がけようと考えている。それにつけても分からないのが、ときどき宇宙人になるアイシェ・ハヌム。 土曜日が空いているのだから、毎回参加すればいいのに、もったいない。そう思っていると、私の見つけた タルカン・ネタの教材を送ってきてくれた。おっ、参加するつもり? でもなぁ、1度言い出すと、曲げな い方だから、、、。でも、もったいない、あんないい機会を、みすみす見逃すなんて!




2001年4月13日(金)午前2時38分

 今日、5月の末から、我が職場に実習に来ることになっているTくんが、打ち合わせに来た。シルクロー ド・マンである。彼が来ると、仕事の打ち合わせは程々にして、ついつい旅の上の貴重な体験談を仕入れよ うとする黄紺なのですが、今日も、またぞろ同じことを繰り返してしまった。が、彼の話はおもしろいので ある。で、私自身の記憶にとどめるために、メモ風に、彼の話を書いておこうと思う。
 チベットのおいしい物三題。1にコロッケ定食、2にカレーライス(日本風)、3にチーズ・ケーキ。な んじゃ、それ。このミス・マッチが、とってもとっても、おかしい。私は、この話を聞いて、初めてまとも に中国へ、めざすはチベットへ行きたくなりました。天安門事件の首謀者たちが権力を握ってる間は、絶対に 中国へ行かないぞと思ってる(ちょっとした告白)黄紺ですが、その決断が揺らいだ瞬間は、食い物だった というのは情けないけど、だけど食い物ほど強い物はない。理性は、本能に簡単の転ぶ。あーあ。正にその ままです。
 次に笑ったのが、“おかまほられそう体験”。1回目は、これまたチベットの坊さんから迫られたことが あるとか。2回目は、我がトルコで。スルタン・アフメットの絨毯屋の家に泊めてもらったら、体を触られ まくったとか。おいおい、絨毯屋、何してくれるねん! ついでに、彼、カーリエへ行こうとしたら。ポン 引きのおばさんに引っかかりかけたとか。おいおい、おばさん、日本人は、皆、金、持ってないよ。特に、 Tくんは。私は、トルコでの話をし出したとき、てっきりガラタ塔あたりをうろついていてかなと、瞬間思 ったのですが、でなかったみたい。
 そして、3つ目の話題。Tくん、何を言い出すのかと思ったら、「エジプトに、住んでみたいと思うんで すわぁ」。えっ、なんでと、思わずつっこむ私。人が、あっさりしていて、しつこさがなく、いいと言って ました。うんうん、だったら分かるよ、でも、別に根拠はないんだけど、なんで、そこでエジプトが出てく るのか、自分の頭の中にない公式に、唖然。それを聞いて、なんで、この冬のキプロス、カイロ経 由で行けなかったのか、返す返すも残念。ま、接続が悪かった、というだけなのだが、こういう話を聞くと、 口惜しいったらありゃしない。
 このぶんじゃ、彼が、実習に来たら、こんな話ばっかり、してるんだろう、な。楽しみ!!




2001年4月9日(月)午前1時24分

 昨日、疲労困憊の中、1時間遅れで、トルコ語教室に参加した。分からなかった。体力的に尋常じゃない 状態を差し引いても、だめだった。日本では、2年半のブランクは、大きい。トルコに行って、4〜5日必 要なリハビリ期間が、たとえ週1回行ったとして、時間を取り戻すには、どれだけの時間が必要か? この 日本では! 今や、年にトルコ語を実際に使う日数なんて、ほんの3週間足らず。それで、現状維持は、至 難の業と感じた。ま、ぼちぼちペースを取り戻しますか。
 終わった後、Hベイが帰った後、K氏と、Tくん、アイシェ・ハヌムとお茶をしている間に、私は、ちょ っと抜けてJALへお電話。前日、留守電に入っていたのが、きっと朗報だろうと予感をしていたが、見事 大当たり。GWの韓国旅行が、決定しました。でも、僅か1週間ほど前、100人ほどのキャンセル待ちで すと言ってたのは、いったい何だったんだろうか?でも、ほんとにゲットできたんだから、その間に、 100人が、実際に、関空ー釜山便をキャンセルしたことになる。ま、ゲットできたんだから、あとは、ど うでもいいこと。この年度始めから年度末の疲れをとるために、韓国に寝に行って来ますというのが、一番 現状にあっている。
 K氏との、サッカー談義の要旨については、BBSを見てもらうことにして、K氏は、このお茶だけで、 去っていく。残った3人で、何か飲み食いすることとし、鴨川縁を歩く。桜満開である。少し風が吹くと、 桜吹雪も舞う。春、爛漫度100%である。お馴染みの中華料理屋を目指したが、消失。結局、近くのインド料 理屋へ。久しぶりのこの店、1番、日本的なインド料理を出さないところかと思っていたが、随分と、お味 が変わっていた。これは、私の舌の印象。アイシェ・ハヌムは、相変わらず少食なにもかかわらず、サモサ を注文する。Tくんは、マハラジャ・ビールが苦いと言って、途中で止めたので、お相伴に与った。うまい ものを食べても、この日ばかりは、口が軽くない私、なんだ、トルコ語だけじゃないや、今日の私。疲労が たまればたまるほど、そこで失った時間を取り戻そうと、余計に体力を消耗していく、そういう生活パター ンをおくるのが常態化している黄紺なのですが、この日ばかりは、まだまだ宵の口なのに、辞去して、早々 と家路に着きました。




2001年4月7日(土)午前5時03分

 また、こんな時間に、PCに向かっている。昨夕、同僚のKさんから、黄紺さんは、何かに熱中してない と落ち着かない性分なんですねと言われた。75%、的を得ている。だけど、あと1年の、この仕事、緊張感 なく、だらだらとこなしていることを言わなかった。いや、言えなかった。いやでも、訳が分からなくって、 緊張して失敗ばかりしていたのとは違い、緊張感が薄れ、いい加減しているから、間違いを犯す、この違いを 言えなかったというわけである。しかし、時間を作って、好きなことをしても、睡魔に襲われるという生活、な んとかしないと、ね。
 今日、仕事から帰ってくると、JALから電話が入っていた。恐らく、GWには、韓国行けることが、確定 したのだろう。ちょっと、ほっとできた瞬間である。でも、去年の例があるから、予断を許さないでおこう。 もし行けたら、どこへ行こうか? 珍島へ、無理やり行く手を考えてるけど、あまりにもバス生活が長い。ト ルコなら当たり前のことが、韓国では我慢できない。海南あたりも、1度は行かないとと思ってるので、いいかも しれない。順天の南部市場も魅力的と思ってる。行けるなら、あと3週間後、か。それまでが、きついねぇ。 和みは、フェネルのカップ戦優勝のみ、か? ゲンチが相手じゃ、勝って当たり前。負ければ、ストレスたま るばかり。
 ところで、今日は、お誘いを受けたトルコ語教室、復活の日。Kさんとサッカー話をしたいので、5時に間 に合うように、行きます。




2001年4月6日(金)午前5時20分

 ガラタサライが、また勝った。レアルに対して、スーパーカップに続いての連勝である。何よりもすごい のは、アリ・サミ・エンで、あの屈辱的なチェルシー戦を除けば、20連勝くらい、してるんでしょ? 完 全にヨーロッパのビッグ・クラブ入りしたって感じです。この準々決勝に勝てば、来季は、トルコからのチ ャンピオンズ・リーグ参加チームは、1つ増えて3チームになるとか。どこが恩恵を受けるかは別にして、 歓喜のジャルデル これは大きい。そのためにも、ぜひ頑張ってもらいたいものである。ただ、今度のアウェー戦、ポペスクが、 累積警告で出れません。ディフェンスの要の欠場は、とっても痛いです。こないだも、2点を先制されたし。 ちょっと気になります。だけど、ハサン・シャシュの充実は見事としか言いようがない。昨年まで、MFの 控えだった選手が、これほどまでにブレイクするとは、、、! 持っていたものが、一挙に開花したと言え ばいいのだろうけど、あのスキンヘッドとともに、アピール度は上がるばかり、です。
 ←この歓喜の写真、お気に入りです。ただでも、嬉しいところへさして、大逆転ですもんね。メジディエ キョイからシシリィ、タキシムにかけては、特に大変な騒ぎだったでしょう。だけど、チャンピオンズ・リ ーグで気になっていることがあります。ガラタサライは、果たして今年もリーズと対戦するんだろうか、と いうことです。このままで行けば、決勝でしか対戦しませんが、しかし、もしあれば、ミラノは大変な厳戒 体制、でしょうな。覚えてます? 昨年の無惨な事件。フーリガンが放っておくとは思えない、と考えるの は、私だけではないでしょう。幸い、くじで、ここまで対戦しませんでしたが、リーズはリーズで、デポル ティーボに勝っちゃいましたしね。まだまだ予断を許せない情勢でしょう。




2001年4月2日(月)午前4時47分

 年度末から年度始めにかけて、仕事がてんこ盛りである。だけど、この間トルコ代表の試合が2試合組まれ、 手空きのチームを狙って日本代表が、フランス遠征をしたり、更に4月に入ると、ガラタサライがいよいよチ ャンピオンズ・リーグ準々決勝で、レアル・マドリードと戦うし、更に更にその間隙をぬって行われたリーグ 戦では、よりによってガラタサライとベシクタシュ戦が組まれているという、なんともはやこちらもてんこ盛 りである。既報の通り、W杯予選は、スロヴァキア、スウェーデンと3すくみ状態となり、ベシクタシュは、 無惨にも今シーズンを終えてしまった。ガラタサライが、レアル・マドリードに勝てば、来季のチャンピオン ズ・リーグにトルコから3チーム参加ができるが、この分じゃ、3チーム目も怪しいものである。ホームとは いえ、バルセロナに5:0で勝ったチームかと思うほど、無惨である。終盤戦に入ったサッカー界であるが、 一方の興味は、移籍噂に向けられている。今までの経験で、サッカー界のこの話だけは、心してかからないと 「大スポ」「東スポ」よろしきネタが、大新聞の紙面を彩ってくれる。そうなんだけど、今季1発目の大ニュ ースは、やはりガラタサライのエムレとオカンの、ACミラン移籍のニュースだろう。おまけにACミランの 次期監督有力候補がファーティフ・テリムときているから、余計に信憑性がある。ある新聞なんか「Turklesmek」 するなんて書いてあった、ぞ。このマンシェット、気に入ってます。
 ところで、全然話し変わるけど、掲示板の文字化けには(*_*) マイッタ。やはり、やられたんでしょうか? 今 まで、掲示板巡りをしていて、幸いこのような掲示板を見かけたことがなかったので、高をくくっていたら、 とんでもないことになりました。今から考えれば、もっと早く引っ越ししといたら良かったと思ってます。最 初は、管理者のページであることをすると、化けるようになっていたのが、今度はカキコをすれば化けるとい う風になってしまったものだから諦めました。なんか、その都度、違った操作を仕込まれているように感じだ したので、決断しました。これは、ちょっとうっとうしい話ですね。サッカーのこと考えてるだけだったら、 楽しいんだけど、、、。



2001年3月27日(水)午前5時11分

 トルコの新聞回りをしていると、オリンピック関係の記事が、毎日、どこかで目にするようになった。2008 年に限らず、イスタンブールは、これまでも立候補の経験がある。ここまで、招致活動の様子など報道されて いるのを全くと言っていいほど見てなかったのが、今回は、そういう意味では頑張っている。一つには、最初 のセレクトで、予想を覆して残ってしまったってことにあるのかもしれない。実は、大阪もそうである。大阪 なんて、誰が来て欲しいと持ってるんだろうかという雰囲気があるが、しかし、これも最初のセレクトで残っ てしまったものだから、このごろ大阪の街中に、招致のためのポスターが目に付くようになった。そんなの見 ると、あの金があれば、、、なんてせこいことを、いつも考えてしまう黄紺なんです。が、他方、イスタンブ ールの方は、どうなんだろう? 前回、立候補したときは、シルケジのトラムの駅に、小さなフラッグが、も ちろん招致のためのものだが、そこでしか目に入らなかった。もっとも、私の行動範囲なんてしれてるから、 そんなもんじゃなかったよって、つっこまれるかもしれないけど。じゃぁ、今は? どうなんでしょうねぇ。 ユルマズ直々に、プレゼンテーションを行ったっていうことだから、少なくとも「来て欲しい」オーラを見せ るというデモンストレーションをやったということだろう。では、一般的に言って、どうなんだろうか? 「SON DAKIKA」に書いた「オリンピック家族」のような雰囲気って、まぁ、ないだろうな、と思って、あの記事読ん でくださいね。一応訳者の。私的リクエスト。それよりか、ゲジェコンドゥなんて、スタジアムの前にありゃ、 つぶされるよっていうのが、実感です。だから、オリンピックなんてどころじゃなくて、ゲジェコンドゥのよ うなものが生まれない環境作る方が先だと思う感覚って、大阪人の感覚と同じなんですよ、ね。そやけど、ほ んとのとこ、そうちゃいます? と最後は、大阪風に締めくくります。



2001年3月24日(水)午前9時02分

恥ずかしいよ! ←これが、問題のバナーです。一番表のページの下に置いてます2つのバナーの左のやつ。実は、こ れ欠陥 商品、別に売り物じゃないけど。「SARI」と書くべきところを「SALI」とやってしまってます。昔、 日本ト ルコ文化協会の生徒だった頃、「Ankara」を「Ankala」と書き、満点逃しちゃった「r」と「l」の間違 い。 こんなところでもやっちゃいました。ところが、これを私は、全く気がついてなかった。URLには、ちゃんと 「r」になっ てるし、、、ってわけで。気が付いていただいたのは、「羊々舎」の管理人様。「火曜日の 紺」という名の不思議なメール をいただき、それでも私は、「?」状態。この「?」状態が、実は、一番恥 ずかしい。ホントは、ここで気が付かなきゃなら ないのに、「?」状態のまま、質問の返信メールを 送り、やっと分かったという大ボケやっちゃいました。「えっ」と言ったま ま、いただいた返信メールを読 んで、しばし絶句の黄紺でした。いやー、居直るわけじゃないのだけど、私の場合、この 手の間違いが、公 私問わず、まことに多い。その自戒の意味で、このバナー、このまま残しとこうかしらんと思っている。 自 らを見つめる合わせ鏡として、、、。



2001年3月22日(水)午前5時05分

 HPをアップして丸1日が立ち、Exploreでは見ることができても、NetScapeでは見ることができなところ を発見して、手直しをして、ようやく知人・友人に開設のお知らせを送ったのが、ほんの3時間ほど前。正 式に公開である。まだまだ手入れをしてから公開したかったが、civcivさんにリンクの願いを、3週間ほど前 に、メールでお知らせしたところ、トルコに帰るまでに見せて欲しいとのお返事をいただき、それを一つの励 みに、タグを打ち続けてきました。アイシェ・ハヌムには、ときどきコンテンツについて相談にのってもらっ てた関係上、敢えてフライング的カキコを、結果的にしてもらった。有り難い限りである。また、アイシェ・ ハヌムの同僚で、且つ日本トルコ文化協会の元同級生でもあるT森からも協力してもらって、写真館の充実を はかる約束を取り付けながら、忙しいもので写真そのものも、まだ受け取ってはいない。このT森は、トルコ 旅行をすると、ロカンタで、はずかしげもなく食べたものを、ばちばち写真におさめてくる“すごいやつ”な んで、私なんかが持ってない写真を持っている。「パチャ・チョルバス」も、ばっちり。ということで、これ も近日公開と考えている。T森、感謝しとるよ。ま、こんな感じで、ぼちぼちと更新していくつもりです。と ころで、今週・来週は、W杯予選週ですよ。日本代表vsフランス代表は、フレンドリー・マッチだけど、こっ ちは、がちがちのセメント・マッチ。特に、スロヴァキア戦は、トルコ代表が、日本・韓国に来れるかどうか の試金石と考えてます。さて、どうなるか? 皆さん、楽しみにしましょう、よね。



2001年3月14日(水)午前5時35分

毎日、仕事から帰ると、お馴染みさんのBBS巡りをするのが日課になっているが、今日も、どこかの板で、 アマスヤのことが書かれていた。こうもアマスヤ人気が続くと、ちょっとへそを曲げたくなる気分。確かにア マスヤもいいけど、じゃあ、どうしてカスタモヌやトカトが話題にならないのって。ムーラなんて、すごいよ なんて考えてしまう。サフランボルは、もういいけど、もちろんサフランボルがだめだということではなく、 もう「世界遺産」になったんだから、話題づくりは、もういいでしょって感覚です。ただ、このように日本の 気になるカルスのオスマンルの家 BBSでも話題になるオスマンルの家屋の残る町については、トルコ政府の施策も行き届いているようである。 まさに、サフランボルやアマスヤは、その対象となっていることは、一目瞭然である。一方で、様々な制約を 課せられた当地で人々の住み難さがあるわけだが、それは、恐らく「アマスヤは、いいなぁ」としたり顔で言 う人には、忘れがちのことなのだろう。また、一方で、カスタモヌの街中で、オスマンルの家々が朽ち果てて いく姿があるのである。カスタモヌですら、そうなのである。およそ、チャヴダルヒサールの、オスマンルの 家屋などは、見向きもされないかもしれない。アイザノイのローマ遺跡には、多大なる関心が寄せられたとし ても。なんか、アマスヤのいい感じだけで満足してれば、異邦人である自分はいいのかもしれないけれど、だ けど、だけど、アマスヤやサフランボルだけではないトルコを知ると、なんか落ち着かないに黄紺なのです。 カルスに気になる家屋があります。カレの下の、いかにも下町っぽい雰囲気に、まさに朽ち果てようとしてい るオスマンルの家屋があります。去年の夏、思わず近くにいる人に、「あすこの家、住んでる人、いるんです か?」と、思わず尋ねてしまいました。「いるよ」の答えでしたが、5年前に見たとき、そして、その家に住 む人と話したときと比べて、明らかに変わっていました、朽ちていました。人が住んでるとは思えないほど。 アマスヤの話が出ると、私の連想は、ここまで広がります。



2001年3月10日(土)午前9時32分

だいぶとHPができあがってきた。実は、最初作り始めたとき、予定していた全部の項目を完成させないと 公開しないつもりでいた。が、civcivさんのトルコ帰還前に、ぜひ日本で、私のHPを見てもらいたくって、 また、自分にとっても、それを励みに、日々タグを打っている。予め手元にあった自分のかつて書いたものか ら作業を始めたが、文章ばかりなので、今度はそれに写真を入れようと思い立ち、毎日のように、仕事が一区 切りついたあと、職場のスキャナーを使い写真を取り込んでいる。スキャナーを買えばいいのだが、家に置く 場所がない。だから、誰もいなくなった部屋で、寂しく写真を取り込んでいる。その姿を見て、同僚のKさん が曰く。「黄紺さん、ここに住んでますねぇ」。あちゃー、俺は、誰かと違うぞ!と、思わず思った。特にK さんに言われたものだから、、、。でも、写真を取り込んでいると、いろいろと思い出がこみ上がってくる。 J子の様子を探検に行ったイズミールの写真にほろりとしたり、北キプロスの西端のソリで、古代劇場の管理 人と話してたら、「ディヤルバクルは、今、SAVAS(戦争)だ」と言われ、応えに窮したこと、が、今、自分の 写真集に、ディヤルバクルの写真を並べることができる。この変化に、思わず気持ちが重くなったりしている。 シャヴシャットからアルダハンの急勾配に、“天空に浮かぶ町”アルダハンを、初めてこの目でとらえたとき の感動。次から次へと蘇ってくる。このアルダハンをはじめ、ネット上で人気のアマスヤの写真などを見ると、 先行公開!アマスヤを、ちょっとだけよ 「やっぱりな」と、その良さを再認識させられ、「そうだ! “アマスヤ写真館”“アルダハン写真館”、そ れに“アイヴァルック写真館”を作ろーっと」なんて、HPにあらたな部屋を付け加えることを考え出したり している。それに、これは、近日公開じゃないけど、早くって今秋ということで、「我が街・カドゥキョイ」 の公開も思いついた。誰もいなくなった、火の気も落とした大部屋で、こんな妄想に耽っている。いつもこの 大部屋で、遅くまで残ってるYさんもいなくなると、ホントに妄想の世界全開である。
そのような日々の続く年度末のこの時期に、まことに結構な朗報が届いた。気持ちが、ぱーっと明るくなる って、このことである。ガラタサライが、ACミランを敗って、チャンピオンズ・リーグ2次リーグを、見事 突破した。恐らく同じ組では、スペインの昨季のチャンピオン、デポルティーヴォが残るだろうから、イタリ アの名門ACミランを、2年続けて、奈落の底に蹴落としたことになる。そのACミランの来期の監督候補の 最有力者が、先日フィオレンティーナのオーナーと喧嘩別れして監督を辞任したファーティフ・テリムである。 昨季までのガラタサライの監督で、ガラタサライをUEFAのチャンピオンに導いたその人である。まことに もって皮肉なことである。もし、来季、両者が対戦するようなことがあったとしたら、トルコ人、就中CimBom サポーターは、どうするんでしょうねぇ。ま、たとえ実現しても、他山の火事っていうことで。というのも、 来季は、我がフェネルが、トルコ・リーグのチャンピオンとして、最高の注目を浴びているはずだからね。現 在、フェネルは、首位を独走中。おまけにトルコ・カップは、堂々のファイナリスト、よ〜ん。ベシクタシュ やトラブゾンにいたっては、ガジアンテップより下だもんに〜。あ、そうそう、ベシクタシュの監督スカラか ら、クリストファー・ダウムに変わったみたい。前レヴァークーゼン監督です。新聞なんかを読んでると、「第 2次ダウム政権」なんて書いてるが、7年ぶりの復帰ということだ。ま、監督が替わって、余計に惨憺たるもの になっていったトラブゾンの今年の例があるので、監督が変りゃいいというもでは、ないでしょう。いやいや、 このことは、あんまり言うまい。昨季の我がフェネルの悪夢を思い出してしまったよう。あーあ、サッカーの こと書き出したら、止まらない。ここでこんなこと書いてる時間があれば、早く「Futbol」の部屋を立ち上げ ろという声が聞こえてきそう、なので、今日は、ここまで。





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