忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。





2006年 10月 21日(土)午前 8時 21分

 代休を明けて、2日働いて、週末を迎えている。結構、きついはずの北海道出張だったが、戻ってきてから、疲れているのか、疲れていないのか、自覚が薄い。体に疲労が鬱積して困ることはないのだが、やたら眠い。睡眠時間を、たっぷりとれないというのは、歳のせいだろうが、疲れ切ってダウンというのの一歩手前という感じで、疲れてるはずなのだが睡眠が十分とれていないというところか。ただ、体が元気なものだから、疲労を体感していないというところか。そんなで代休明けも、なんとか無事に過ごせている。その一方で、本来の職場を空けた分、仕事が残ってるという具合で、なかなかうまくはいかないものだ。
 その2日間、やはり黄紺は、アフター5を欠かさなかった。ともに、落語会に出没した。木曜日は、ホント、どちらに行くか迷いに迷った日だった。まさに、股裂き状態。一つは、茶臼山舞台で、「できちゃった落語」のグループが、オール新作で臨んだのだ。これは、聴きもの、観もの。その一方で、京都で、仁智と福笑、それに、花丸・しん吉の付いた落語会があったのだ。うーん、厳しい選択。結果は、京都ということもあり、仁智&福笑を選んだ。この日の番組は、しん吉「桃太郎」、花丸「厩火事」、仁智「営業二課あさだ係長」、福笑「宿屋ばばあ」だった。これは、すごいラインナップだ。敏感に客も感じ取っていたのか、ここの会、何度もお邪魔したことがあったが、最高の入り。後の襖まで取っ払う盛況だった。ただ、黄紺の体調、最悪のときだった。上に書いたように、疲れが眠いという形で現れていた、最もひどい状態が、この日の午後だったのだ。京都に向かう電車の中から、もう瞼が重くて、重くて、、、。そこへ、人が詰まって、酸欠傾向。二酸化炭素過多気味のなかという条件は悪くなるばかり。そんなで、せっかくの会を楽しめなかったのです。悲しい(>_<) そんな中で、「宿屋ばばあ」は、ちょっと乗れなかった。落語ワールドの人間だから、ありえない人物像、大歓迎なのだが、このばあさんは、乗り切れないのである。いきなりありえへんばあさんが出てきたからなんでしょうね。流れの中じゃなかったのが、黄紺を、引かせてしまったんでしょうね。一方、「営業二課あさだ係長」、こちらは、大満足。背広を着ての高座、出囃子は、植木等の無責任男ミュージックと、もう、入口で客のハートをキャッチしまくり。仁智得意のオムニバス形式の噺。ただ、一つ一つの噺は、他の同形式のネタに比べて切れは落ちたところが惜しかった。この会、お寺での開催なのだが、そのお寺を菩提寺とする、能金剛流の今井家の若当主が、毎回、仕舞なり謡を披露されている。次回の会は、年末に開催されるので、大喜利の趣向も考えているとかで、尚かつ、今井さんも参加されそうな雰囲気。なんか、地域に、しっかりと根付いた会という雰囲気たっぷりで、その地域で慕われているお住持が主宰されている会というのが、いいね。これ。
 昨日、金曜日は、鶴橋の「雀のおやど」に行ってきた。ここの亭主のおかみさんと、こないだ、繁昌亭で会ったら、向こうから声を掛けていただき、ちょっと恐縮。この日も、コーヒーを振る舞っていただき、またまた、恐縮といった具合で、すっかりお馴染みさんになっちゃってます。「雀のおやど」は、雀三郎が、3年前のお誕生日プレゼントとしてもらった寄席会場。そこで、月一のペースで、落語会を続けてくれている。その定例の会に、昨日、行ってきたのだ。番組を書いておこう。喬介「道具屋」、雀三郎「神だのみ、青春編」、三喬「転宅」、雀三郎「住吉駕籠」だ。三喬一門を迎えて、雀三郎が二席出すという番組構成だ。喬介は初めて観る人。三喬の二番弟子だ。間の取り具合、仕種と語りの一致という意味では、まだまだ、修行中という感じの噺家さんなんだけど、そこに、ふんだんに師匠の三喬テイストのくすぐりが入ってくるので、ほほえましくて、聴いてる私の胸は、ほんわかモードに入ってしまいました。伝承芸って、こうこなくっちゃと思ってしまいました。三喬の「転宅」は、珍しい噺で、文我でしか、上演の記憶のないネタ。さすが、盗人ネタでは、天下一品の三喬、きっちりと、このネタをキープしてくれたんだと、感激(^-^) まあ、落語の中に出てくる盗人は間抜けなのだが、それが、三喬にぴったり。いい感じでした。この日一番受けていたのは、小佐田作品の「神だのみ、青春編」。「住吉駕籠」の方は、実は、フルヴァージョンを久しぶりに聴きたいなの思いで行ったのだが、、、。前半は、省かれることの多い部分もきっちり描かれ、フルヴァージョン・ペース。だけど、酔っぱらいの最後のところで、横路に。あれって思ったのも束の間、蜘蛛駕籠の部分に行かないで、切り上げちゃいました。替わりに、雀三郎の義太夫を聴けたんだけど、なんか、期待してただけに、残念。来週、雀三郎の一番弟子雀喜が、同じ「住吉駕籠」を出すけれど、どうなるんだろうか? 義太夫を語って、それていくことはできないだろうから、フルヴァージョンをするのかな? ちょっと気になるな。




2006年 10月 18日(水)午後 11時 45分

 北海道から戻ってきたのが、16日(月)の夜。家に戻ったら、もう、10時を回っていた。この頃の国内線って、飲み物が、1回だけ出るだけなんですね。だから、帰宅が、こないな時間になるにも拘わらず、何も、お腹に入れずになってしまい、途中で、コンビニに入り、応急措置をしての帰宅。その出張の代休が、昨日と今日、とれた。平日に休める、ま、体力的には大丈夫だったので、この2日間の使い方については、行く前から計画をしていた。またまた、落語三昧の日としたのでした。
 昨日は、午後から落語付けの日。午後には、待望の繁昌亭昼席に行ってまいりました。びっくりなのは、平日の昼にも拘わらず、大変な入りなのだ。なんか、大阪ツアーのコースに組み込まれている様子で、個人客というより、集団で動く姿が見受けられた。地方からの団体さん、地域の老人クラブの繁昌亭ツアーのご一行様らしき一団、少なくとも、黄紺の知っている落語ファン、落語フリークの人たちと違うのだ。でも、そこに紛れて、通の人、発見で、なんか不思議な安心感を持てました。更に、外人さんの姿まで見受けられ、繁昌亭の認知度に驚くばかりでした。そこで、番組ですが、やはり時間を考えての演じ方が目立つ。ショートカットをしたり、短めのネタが並んだりと、ま、定席は、しゃーないわね。番組を書いておく。吉坊「煮売屋」、笑丸「犬の目」、生喬「鰻谷の由来」、柳家紫文「江戸粋曲」、坊枝「野ざらし」、都「初天神」で中入り、中入り後は、銀瓶「千早ふる」、海原はるか・かなた「漫才」、団六「へっつい盗人」、そして、トリが、小春団治「さわやか侍」だった。煮売屋やへっつい盗人まで、ショートカットするので、びっくりでしたが、「鰻谷の由来」と「さわやか侍」というネタを聴けたのは、大正解。それに加えて、噂の紫文の「長谷川平蔵シリーズ」を聴けた。もう、ピンポイントの出逢いで、その内容にも大満足でした。そして、この昼席の金賞は、都。この人、ホント、最近、黄紺の中では、大ブレーク中。とにかく、マクラがおもしろい。この日は、完全にネタにも、その雰囲気が、そのまま持ち込まれたものだから、この何度聴いたか分からない「初天神」に、腹を抱えて笑ってしまった。だけど、こういった落語中心の寄席に、漫才が入ると際立ちますね。落語ファンの黄紺からすると、これが続くと食傷気味になっちゃうだろうけれど、中に挟まると、ホント楽しめました。しかも、はるか・かなたの漫才は、この繁昌亭向きかもしれませんね。身近にいる客の相手をしながら進めるというのには、格好の小屋だと思ってしまったのです。
 さて、夜の部は、ワッハに場所を移し、こちらも、上方落語協会主催の「島之内寄席」に出向。繁昌亭の夜席に比べて、メンバー的に充実しているこちらは、外すわけにはいかなかったのだ。石松は「商売根問」と言ったが、聴いたことのないパート。福郎系の珍品なのか、、、? かい枝は「豊竹屋」、団朝「寄合酒」と続き、中入り前に、染丸が出て、本日の最優秀賞と言える「掛取り」。「豊竹屋」とかぶる部分があったが、染丸の本格的な義太夫を聴けて、大満足。かい枝も、この染丸の義太夫の前には、ひよっこでした。団朝の「寄合酒」は、都の「初天神」同様、軽いネタだが、それだけに手塩にかけて育てきったネタって感じで、こちらも金賞。中入り後は、小春団治が「祇園舞妓自動車教習所」と、トリの米輔が「親子茶屋」を出した。小春団治が、昼の繁昌亭と掛け持ちだったので、ネタがかぶるのを、一番恐れていたが、それは、無事にクリア。結果として、小春団治作のネタで、まだ、存在を知りつつ、触れたことのなかったネタに出逢えて、ちょっとした幸福感。ただ、「祇園舞妓自動車教習所」は、ちょっと物足りなかったなぁ。着想だけで終わったネタって感じでした。小春団治の作品としては、珍しい感想を持ってしまいました。米輔は、予想通りのネタでした。意外性に欠ける分、マイナスの気分で聴いてしまいました。
 代休2日目の水曜日は、夜の繁昌亭に行ってきた。いきなり染左の登場。厠での臭いやりとりを省いての「みかん屋」でスタート。染左の達者な落語でスタートとは、でも、贅沢編成ですね。次いで、吉次の「兵庫船」、春雨の「二人癖」、文喬「住吉駕籠」と来て、ここで中入り。その後が、旭堂南海の講談で「水戸黄門漫遊記」、トリが、呂鶴で「植木屋娘」が出た。この日の聴き物は、文喬と南海、それに次いで吉次と、終わってみると大満足だった。文喬の「住吉駕籠」は、ついこないだ、「島之内寄席」で聴いたばかりだったが、なんかグレードアップしてる。内容が変わったわけではない、テンションも、相変わらず高い。変わったのは器。演じ手のキャラが拡散しない繁昌亭の舞台は、こんなにも楽しさを倍増させてくれるんだと、思わず再認識させられた秀逸なる舞台となった。講談が、落語会の中に入って演じられるものに損はない。ぐぐいと客を掴み、話の本流に、客を誘う力は、かなりのもの。どの講談師を聴いても、同じことを感じてしまう。上方講談協会加入メンバーは少ないけど、その質の高さは、すごいものがある。時間さえ合えば、講談だけの会にも行ってみたいと、本気で考え出している黄紺なのです。次に、吉次だけど、この人、こんなに語り口が爽やかでしたっけ? メリハリが効いていましたっけ? そんなことを、ホントに考えてしまった出来で、いい出来やったと思います。この二日間を通じて言えること、前座ネタと言ってもいい「初天神」「寄合酒」「兵庫船」、それに、「みかん屋」を加えればいいかもしれないが、そんなネタが、結構、印象に残ったこの二日間でした。




2006年 10月 12日(木)午後 11時 45分

 いよいよ、明日から、北海道への出張だ。こないだの連休中に、荷物は整えてあったから、もう、今日になって準備することといえば、職場から持って帰ってきて、出張先に持っていく荷物を積み込み、明日の朝、出かける前に入れるものさえ忘れなければ、大丈夫。自分的には、40年ぶりくらいかな、北海道。遊びにいくのではないけど、ちょっと落ち着かない。ま、そんなでだから、「FUTBOL HABERLERI」は、ちょっとの間、お休みです。昨日の、モルドバ戦のニュースをアップする前に、ダウンしてしまいそうです。なんせ、明日の朝は、5時半には、家を出ていなければなりませんから。よく、疲れた日の翌日、明け方になって、「FUTBOL HABERLERI」をアップすることがあるが、もう、そのくらいに時間には起床どころか、家を出ていなければならないのです。
 それにも拘わらず、あいもかわらぬ生活を続けている。遊び生活の記録を書いておこう。よくもまあ、続けることができるものと、今更ながら、体調の良さを喜んでいる。↑のあと、土曜日は、実は、持ち帰り仕事の日と、自分的に決めた。と言っても、昼間、遊びに出かけてしまうと、かなり時間的に制約されてしまうので、昼間を頑張って空けた。昼間には、気になる文我独演会が、ワッハで開かれていたにも拘らずだ。北海道出張があるので、それまでに片付けておきたい仕事があったため、止むに止まれぬ自分的措置だ。替わりに、夕方から出かけていった。もちろん、持ち帰り仕事に目途が立ったからなのだが、仕事疲れとは、この日のこと。デスクに向かっての仕事は、黄紺の肩から背中から、もう、パンパン状態にしてくれた。でも、体内を流れる血は、ここちよい音楽を求めたのだ。京都市交響楽団の定期演奏会を見つけたのだった。実は、この土曜日は、諸事情でつぶれるかもと思っていたので、昼間だけではなく夜も、その日になって考えると言うことになったのだったが、いいものを見つけたものだった。というか、以前に見つけていて、その後、失念し、再発見したというのが正し言い方なのだ。オーギュスタ・デュメイのヴァイオリン独奏で、メンデルスゾーンのコンチェルトと、マーラーの「巨人」という、なかなかおいしいプログラム。久しぶりの、京都コンサート・ホールに行ってまいりました。デュメイのヴァイオリン、良かったなぁ、ホント。音が出る出る、楽々と弾いちゃう、その迫力に、もう完全に魅せられてしまいました。デュメイは、何度目かで、生を聴いたが、オケとの共演は初物。いいもの聴けました。「巨人」の方は、もちょっとまどろましてほしかったなぁというのが、感想かな。この日の指揮は、同楽団の常任指揮者の大友直人でした。
 翌日曜日は、朝から振り替えなしの出勤。夜、一番最後に職場を出ることになった悲しい日。でも、それからが、私の時間。「ラジニ祭り」の自分的最終章。「ヴィーラ〜踊るONE MORE NIGHT!」を観にいったら、帰ってきたら、もう、日が変わろうかという時間帯でした。ラジニカーントの映画としては、スーパースター度では落ちるが、いや、それどころか、あまりにも、臭くて、話の展開に無理筋が多く、ちょっと作品としては完成度が低いが、それが、バカバカしさを誘い、館内で、とっても笑い声が多かった作品やったと思います。この作品を最後に、今回の、ラジニカーント尽くしが終わったわけだが、やはり、ラジニカーントの最高作品という呼び声の高い「バーシャ」がおもしろかったかな、それと、ホラーという意外性のあった「チャンドラムキ」も、なかなか印象に残る作品だったと言えます。
 「ヴィーラ」を観終わって、半日も経たないで行ったのが、翌月曜日、即ち、連休最後の日に行ったイタリア映画「13歳の夏、僕は生まれた」だ。国境を越えて押し寄せる経済難民らの船に、偶然、命を救われた少年が、そういった難民の存在を知り、また、彼らの中にいた2人の兄妹(?)と、心を通わせながら、一方で、裏切られ、また、現実を受け入れ、そして、成長しつつ、でも、課題が残るという、そんな映画なのだが、何よりも、多民族共生の道を辿って生きつつあるヨーロッパの縮図を、少年の目線で考えようとしている映画だ。なかなかの好作品で、課題を先送りにした感のある終わり方だが、それが、却って余韻を残し、心惹かれる作品に仕上がっていた。ちょっとした、ヒット。隣では、「太陽」が、大変な観客動員を見せていたが、黄紺は、こちらを選んで、正解。翌火曜日は、月1回生音楽の日と設定していた日。今回は、大阪フィルを大植英次が振るというので行ってきた。曲目は、ブラームスのダブル・コンチェルトとチャイコフスキーの5番のシンフォニーだった。つい先日、デュメイのヴァイオリンを聴いたところばかりだったので、ダブル・コンチェルトは、まあ、どうしても比較しちゃうので、聴き劣りをしてしまったが、チャイコフスキーは圧巻だった。細部が生きた、ホント、いい演奏だと思った。コントラバスを正面後に据えた配置が効果的だった反面、替わりに、右サイドに置かれたティンパニーの位置が気になってしまったのは、残念なことだった。
 昨日の水曜日と今日は、定番の落語会。昨日は、繁昌亭で、桂小軽独演会。ゲストで出ていた桂枝女太が、こんなことを言っていた。「今日の、お客さんは掴めません。どんな方が来たはるのか」「通の方が来たはるなら、余程ディープな方ですね」と。そう、黄紺は、ディープな落語ファンなのだ。大体、「ライオンの餌」小軽が、落語をするなんてこと自体が、びっくりなんだから、それが独演会となると、珍しいもの見たさで覗いてみた。ただ、この日は、体調がよろしくない。月曜日に走った疲労が出ていて、室内が暖かだと、ぼーっとしちゃってました。楽しみに行って、実は辛くなるという、あまりいい状態ではありませんでした。小軽は、「胴乱の幸助」「米揚げいかき」を出し、文福が、定番の謎かけ・相撲甚句を含む独自のワールドを見せたあと、さらっと「豆屋」。先ほどの枝女太の味が光る「四人癖」、それに、前座には老けすぎたこけ枝が、伊勢屋の番頭カットの「子ほめ」というラインナップだった。で、今日の落語会は、桂吉坊の会。亡き吉朝の5番弟子だ。邦楽オタクの吉坊らしく、会場は、山本能楽堂。並んだネタが、また、渋い。好事家を刺激する番組。「口合根問」「愛宕山」「除夜の雪」と並べた。最近、「愛宕山」が、大ネタでは、人気ナンバー・ワンじゃ、ないかな。演じ手としては、やってみたくなるだろうな、このネタ、分かりますよ。吉坊は、童顔なこともあり、どうも、女性が似合わない。ましてや花街の女性は似合わない。だから、「愛宕山」も、ちょっとしんどい。熟成していって、どうかなるだろうか? ちょっと、気がかりだ。「口合根問」「除夜の雪」の二つは、ホント、本領発揮。吉坊に合う噺で、お気に入りに入りました。「除夜の雪」は、静かに静かに、そして、ちょっと怪談めいて、そして、静かに終わる、あまり笑いのないこの噺を、上手に、余韻を残して終わってくれました。ゲストは、講談界から南左衛門。吉朝の思い出を語り涙ぐむ場面もあったが、いざ講談に入ると、その圧倒的な存在感に、客席は引き込まれてしまいました。演題は、「山内一豊とその妻」でした。それに、前座が、この日も、二乗で「普請誉め」だった。この二乗も含めて、これは、いい会でした。




2006年 10月 7日(土)午前 6時 9分

 「ラジニ祭り」で、2本観た。インド映画は、1本が、3時間近くかかるので、2本観たということは、6時間近くかかったということだ。昨日は、これで、1日が完全に潰れた。お昼前に映画館に入り、映画が終わって、外に出ると、外は、もう薄暗かった。ま、元より、その覚悟で、観に行ったわけであり、満足感いっぱいであった。今回の、「ラジニ祭り」では、初公開の「チャンドラムキ」を始め5本が上映されている。その内の4本を観ようとしている。夜に上映される日が少なく、これだけ観れるとは考えられなかったので、前売り券は3枚だけしか買ってなかった。それが、とってもラッキーなことに、うまくスケジュールを組み合わせると、4本観れることになったのである。今まで、その4本の内3本は、関西でも上映されたようなんだが、都合で観れてなかったので、こういった機会に観ておかなくては、遅れていたものを取り返せない気分でいる。
 「パダヤッパ」と「バーシャ」が、昨日観た作品だ。「パダヤッパ」の方は、村の有力者の一族の憎悪劇に加えて、ストーカー的女性との対決物語だ。ラジニカーントと対立する一族が政界の人間でもありと、ちょっとした政治家批判にもなっている。村のお話というのは、ふんだんに、インドの民俗的風景と出逢えて、黄紺の特にお好みとするところだ。一方、「バーシャ」の方は、チェンナイとムンバイが交差し、それがまた、過去と現在の交差をも意味しているのだが、人に言えぬ過去を隠して生きるラジニカーントと、その仲間たちは、実は、昔、即ち、ムンバイでは、善玉ギャングだったが、今は、チェンナイで、リキシャーの運転手として生きている。その過去を知らない弟と妹たちという設定。当然、それが暴かれないと話は進まないのであって、暴かれるとともに、かつての敵との対決が再現されていくという展開だ。「バーシャ」を最高傑作に推す人が多いようだが、黄紺は、「アルナーチャラム」を除いて、どれもこれも、甲乙つけがたく、そういう話になると、人によって、そうなんだと思ってしまうだけである。「チャンドラムキ」の登場の臭さは、たまらんかったのだけは、黄紺的には突出しているのだが、抜けてる部分というだけなので、全体としては、やっぱ、どれもこれも良かった、おもしろかった、たまらんかったというところだ。
 この秋、関西では、黄紺の知る限りでは、もう1本、インドの映画を観ることができる。「甲賀映画祭」でだ。アジア映画では、韓国映画は、横に置いておくと、あとインドネシアの作品も、上映リストに上がっている。それが、とんでも運の悪い黄紺なのです。このあと、黄紺は、北海道出張を控えているのであります。それと、見事、バッティング。だいたい、この14日、15日は、いいもの出そろいすぎ。能では、滅多に出ない脇能「大社」が出るし、落語の世界では、千朝独演会があり、柳家紫文という江戸粋曲の芸人さんが来阪し、公演を持ったりと、一押し、二押しの公演が、目白押し。それが、全部、パー。柳家紫文だけは、繁昌亭に、1日だけ出るので、それには、辛うじて間に合うので、なんとか胸を撫で下ろしているのだが、よりによってという感じがしてならない。アンラッキーとしか言いようがない。
 昨日、夜は空きの日だったから、そのような日の恒例となってる走るということをやった。1週間に1回か2回のペースになったが、走ることだが、このくらいのペースで走っても、この頃は、息苦しくて、肺が痛くなるほどということがなくなってきているから、時間的には、多少長目に走ることができる。脚の方は、肺よりかは元気なので、息苦しささえなかったら、長目に走っても大丈夫なのだ。更に、最近は、以前に比べて、スピードが出るのだ。だから、ここで、「長目」という書き方は、実感的には、距離のことだ、正確に言えば。昨日の距離は、特に長い方だったので、久しぶりに、朝、起きると、ずっしりと腰に負担が来ているのが分かる。そんなだから、夕べは、随分と熟睡できた。最近、体が慣れてしまい、「走った=熟睡」とはなってなかっただけに、ホント、嬉しい限りだ。やっぱ、睡眠が、一番、明日への活力になっているからだ。黄紺の歳になると、なんせ、無理が利かないからね。そんなで、今日は、頑張って、持ち帰り仕事に精を出すことにしましょう。




2006年 10月 6日(金)午前 9時 21分

 今日は、お休みの日だ。明日からの3連休と合わせると、あっと驚く4連休。だけど、持ち帰り仕事多数で、実質的な4連休とは、とても言い難い状況。ちょっと根を詰めた仕事をして、肩など、かんかん。昨夜など、HPの更新を仕掛けたら、もう、PCの前には座ってられない状態。倒れ込むようにして横になったら、あ〜あ、いい気持ちと思ったところまでは覚えてるけれど、そのあとは、全く覚えていない。ちょっと、お疲れです。昨日は、まっすぐ帰ったけれど、雨のため、走ることはできずなんだけど、雨が降ってなくて走ったろうかと思うほど、肩から背中にかけて重しをのせたよう。そうそう、昨日は、午後、猪飼野への出張があった日。「雀のおやど」に、よく行くようになって、鶴橋界隈の変貌ぶりは知っていたのだが、JR・近鉄駅周辺だけではなく、駅からかなり離れたところ、もちろん、コリア・タウンと言われる通りじゃないですよ、そんなところにも、コリア関係の食堂、カフェ、キムチ屋、そんなお店が、雨後の竹の子よろしく増えている。これ、成長が止まらないで、まだ、続いている。すっごい、です。そんななか、自分的にはおなじみの「アリラン食堂」で、お昼ご飯を食べて、出張先へ。「アリラン食堂」では、お好みのユッケジャンを注文。ここは、完全に、韓国現地テイストだから、ちょっとご無沙汰の韓国が恋しくなってしまう。昨日など、小皿が9皿、すっごいすっごい、黄紺の体験的記録は、河東での10皿だから、この記録に迫る勢い。キムチの占める量が、ちょっと少な目かなぁ。厚揚げの薄切りなんて、時たま、韓国でも出てくるものまで付いてきてました。もう、最高!
 ここで、先週の土曜日の午後からを振り返っておくことにすると言っても、遊んだ記録にしかならないが、ま、いいかってとろこで、、、。土曜日の午後、↓を書いてから、実は、出張だったんですね、これ。振替の効く仕事で、枚方まで出かけたのでした。これが、思いの外、早く終わったので、ちょっと難波でネットカフェに入ろうとしたら、インターネット使うだけで、個人情報を取るというイタリアみたいなことをするので、喧嘩して、結局入らずで、夜の、「雀三郎十八番」最終日までの時間潰しをしてたのでした。これを、手始めに、今週も落語ハイの状態が続いた。あとで書くが、繁昌亭三昧も経験した。とりあえずは、「雀三郎十八番」。この1週間は、予め前売りチケットを買っておくことが危険な状態だったので、この日だけ、買ってあったのです。しかも、この日が、自分的には、一番のお気に入りの番組。これは、ついていた。「哀愁列車」「不動坊」「夢の皮財布」だ。しかも、ゲストが千朝で「質屋蔵」、開口一番が、雀喜で「軽石屁」という具合だ。やっぱ、雀三郎は、うまいわぁ、うまいという言葉が、一番最初に出てくる噺家さんだ。「夢の皮財布」は、「芝浜」の移植ヴァージョンだが、聴いていて、客席から、夢じゃなかったんだと分かりかけるとき、「ひゃっ」という声が上がりました。黄紺も、そのあたりで、胸キュンもの、でした。ハートウォーミングな気分にさせて、この「十八番」を終わるって、心憎い、いや、憎すぎる番組編成です。
 その翌日、日曜日の夜、初めて、繁昌亭に行った。南森町駅の階段を上がるとき、なんか、ドキドキしちゃいました。その昔、目黒名人会に通っていた頃のことも、頭を、何度も横切る興奮状態。ところが、いざ地上に出ると、どう行って分からない。うろうろしていると、ラッキーなことに、目の前で、林家竹丸さんが、携帯をかけながら立ってるではありませんか。ありがとうございました、竹丸さん。教えられた道を行くと、簡単に、発見。入る前に、やっぱ、外からのお姿を眺めてしまいました。そんなことをしている人、黄紺だけじゃーありません。中には、携帯を出して、いろんな角度から、写真を撮っている方もおられます。中に入ります、客席や舞台は、横に広いという、目黒名人会なんかとは違う形。ちょっとした、ちっちゃなホールに入った感じというのが、まず第一印象。春之輔師が、2階が特等席と言ってたので、上がってはみたけれど、ちょっと勾配が急な感じがして、旧金剛能楽堂のような感じではないので、結局、下に降りてきて、「かー16」番を、これからも、「マイ・シート」にすることに決定。ところで、当日の会は、協会が行う自主興行、昼席のショートカット・ヴァージョン。林家染弥「動物園」、桂福車「代書屋」、桂枝三郎「軽業講釈」、桂文福「タヌキハブラシ」、露の団四郎「三人旅」、笑福亭松喬「夢八」が、当日の番組。この会は、予め、ネタが公表されている。だから、松喬が「夢八」やるんやという感じで、行こうとしたわけである。実際行くと、皆さん、噺家さん、張り切ってる。文福のテンションの高さは、ときとして嫌味なんだけど、この日は、周りにマッチしているところがおもしろい。「軽業講釈」のような、ハメものいっぱいの噺を、初めて聴いて人は、どないな感じで聴いてるんやろなんてこと考えながら聴いていました。「三人旅」は、短縮形では珍しい、馬の登場するより前の部分をやってくれました。感謝。
 火曜日、水曜日も、繁昌亭に行った。火曜日の方は、日曜日と同じで、昼席のショートカット・ヴァージョン。桂三ノ助「お忘れ物承り所」、桂出丸「狸の化寺」、笑福亭鶴志「長短」、笑福亭仁智「老女A」、豊来家玉之助、林家染丸「軒付け」、これが、当日の番組だ。「狸の化寺」という、あまりでない噺のあとに出てきた鶴志は、お約束の松鶴噺。これが、もう、どっか〜ん、どっか〜んとくる大受け。ここまで、比較的固かった客が、いっぺんに弾けてしまった。そのどっか〜んのあとに出てきた仁智が、元気がないように見えたから、この鶴志の高座のすごさを知って欲しいものです。染丸との間が、太神楽とうのが、嬉しいね。寄席情緒ってやつが、更に、盛り上がる。豊来家玉之助さんって、大阪で活躍中だそうです。これから、何度も、何度も、拝見させていただくことになるでしょう、その初回となりました。トリは、そつなく染丸が締めて、これまた、満足の家路。翌水曜日は、桂都んぼ独演会。都んぼが、「らくだ」を出すというので、行きました。このクラスで、「らくだ」を手がけるのは早いのかとも思うのだが、最近は、意欲を買いたいと思ってしまう。客席に入ると、向かい側から、「こんにちは」と声が掛かる。びっくりして正面を見ると、「雀のおやど」のおかみさん。「市楼・雀太二人会」に通ったから、顔を覚えられてしまったみたい。桂二乗「つる」、桂歌々志「うなぎ屋」、桂こごろう「いらち俥」に加えて、都んぼが、まず、歌々志のあとで、「天失気」、そして、トリに「らくだ」だ。米朝一門の若手だけが出演する会、どの誰が出てきても、水準を越える出来で、一門の若手のグレードの高さを、再確認。肝心の「らくだ」だが、もうちょこっとデフォルメして、より荒っぽい「脳天の熊五郎」だったり、もうちょっとか弱い「紙くず屋」だったら、よりおもしろくなっただろうにと思います。アウトロー的な世界に生きた人々の様態を表すに、小綺麗さはしまっておかないとあかんのやなと思いました。これから、何度もかけて、磨き上げていって欲しいものと思いました。
 都んぼの会に行く前に、一旦、京都に戻り、ラジニカーントの映画を観た。最新作「チャンドラムキ」、京都へ、見参である。他との都合で、ここでしか観れないかもと、休みを取って観にいってきました。「スーパースター」度が、ますます上昇中です。ちょっと臭いかなと、いえいえ、臭いことを堂々としてくれるラジニカーントの映画の中で、その臭さ度では、最右翼じゃないかな。ホラー仕立て、サスペンス的雰囲気上々で、大満足。このあとも、まだまだ続く「ラジニ祭り」、今日も、このあと、観に行くつもりです。ぼちおち、その準備です。




2006年 9月 30日(土)午前 9時 42分

 この1週間、期限を迫られた仕事で、ちょっとアップアップ状態。そういうときって、頭の切り替えを、必要以上に求める。これって、きわどいんちゃうんと思いながら、ま、その窮屈に追いつめられている自分を楽しんでるんちゃうんということだが、要するに、頑張って頑張って、遊ぼうとする。夜遊びが、活力の基。もちろん、夜遊びの基も必要、体が元気なものだから、できてしまう、その幸せは、感じている。4月、5月の頃の具合など、今は考えられない元気さがあるのだ。だけど、この1週間から10日は、きついものがあった。だけど、そのきついところを潜り抜けて、なんか、解放感があるんだよね。でも、今日は、午後から休日出勤。出張で、しかも、振替が効く出勤なもので、ちょっと心安らぐ。でも、土日の楽しみ、観能が、また、潰れてしまった。一体、いつ、能を観に行くことができるんだと、一人、叫んでる。気に入りの会が、めっちゃ枯れてるこの秋、どんどんと削られていく。これは、痛い。
 ここで、この1週間の記録を書いておく。日曜日↓は、落語三昧で、午後から、持ち帰り仕事はお蔵入り。まず、昼間は、久しぶりに桂歌々志の会へ。「うなぎ屋」「質屋蔵」を、歌々志が、ゲストの雀喜は「天王寺詣り」、前座は、二乗。「うなぎ屋」が良かったなぁ。この噺、亡くなった喜丸の口演がベストだと思ってるんだけど、恐らく、その喜丸からもらったんだろうなと思える喜丸テイストが出てきて、また、それを巧みにこなしきってる歌々志に、脱帽。この日一番の出来。「質屋蔵」は、捲土重来、時間をかけましょう。思いの外って言うと悪いんだけど、久しぶりに聴いた「天王寺詣り」、雀喜の進歩のあとが見れて、とっても好感。やはり、手塩にかけるということの大切さを感じました。「質屋蔵」も、そうなってほしいものだ。日曜日の夜は、同じワッハであった桂福楽の会だ。福楽は2席出したが、「米揚げいかき」は、福楽の悪いところ、手慣れたネタを、必要以上に崩すという加減の知らなさが出て、ペケ。「ふたなり」は、雰囲気出てて、なかなかグーなんだけど、前半部分をカットしちゃったのが、不満。だけど、このネタを聴けて、帳消しかな。ゲストが、あやめで、「ハートヒーリング引越センター」は、なかなかの佳作。30歳代の女性の持つ雰囲気、よく出てました。前座の瓶成は、3回連続、「いらち俥」。月曜日は、そのちょっと前まで、繁昌亭に、初めて行こうかと思ってたんだけど、トリの小米朝のネタが「質屋蔵」だと判り、急遽、替わりを探し、笑福亭由瓶の会へ。会場がすごい、大阪能楽会館近くのビルの5階。汚れた階段を上がっていくと、散らかった部屋に机を置いて、呂竹くんとひろばくんが受付。更に、靴を脱いで、上へ上がると、程よいスペースが待ってたけれど、およそ、外を歩いている人、こんなところで落語会やってるとは思ってないだろうなと思うところ。由瓶のネタは、ネタ下ろしの「はてなの茶碗」と「平林」。「平林」はいいとして、「はてなの茶碗」とは、頑張ったものだ。由瓶の話を聞いていると、同期の歌々志を、かなり意識してるみたい。黄紺が知ってるだけでも、最近、「仔猫」「くっしゃみ講釈」を手がけてるのは、そういったモティヴェーションがあるからか、、。ま、出来は、捲土重来として、油屋さんが、結構、可愛くて、将来に可能性を感じました。その他は、その「はてなの茶碗」を伝授した桂文華がゲストに出て、「短命」。前座のひろばが、「狸賽」。水曜日は、上新庄という、自分的には行きにくい、帰りにくいところへ、桂文我を追い求めて行ってまいりました。また、この日の会場は、エコノミー症候群一歩手前の状態。そんななか、開口一番に出てきたまん我が、いきなり「船弁慶」、これは、あかんやろ。このネタを切りネタ中の切りネタにしていた師匠連がいるのに、開口一番に、これ出すの、失礼すぎる。しかも、船に乗り込む前に終わった。いや、ここで終わるから、最初に出したのか、、、。文我は、「歯抜き茶屋」という珍品と、東京落語移植ヴァージョンの「三井の大黒」。こうなると、「三井の大黒」は出色。こういった語って聴かせる噺は、文我得意中の得意。3度目にして、またしても、聴き惚れてしまった。「歯抜き、、」の方は、「たぬき」とひっかけたいからと判り、な〜んだというネタ。ゲストは、一部に超人気の三象様。三枝の弟子だ。あの怪しい眼差し、すっとぼけた話し方、すっかり三象ワールドにはまりました。文我とのコントラストが、ホント、おかしいね。来月の上新庄は、三象様の会。行かなくっちゃ。木曜日は、どこも行けないだろうと思い、予定をしてなかったんだけど、行けそうかなと思い、慌てて、職場でインターネットしちゃいました。音楽会行くか、落語会か、迷った挙げ句、2日連続で、文我の会へ。玉造のさるホールへ。実は、これをチョイスしたのは、文我を狙ったんじゃなくて、前座で出る笑福亭たま狙い。文我の「三十石」「宿屋仇」に魅力は、あまり感じず、実際、聴いてみて、予感は当たったんだけど、狙いのたまは、狙いにしただけのことがあった。一つは、「矢橋船」というネタの魅力。この旅ネタ、最近、出ないんだよね。それと、期待のたまの口演が期待の的。両方とも、大ヒット。たまの古典じゃ、これが、ベストじゃないかなぁ。ボケ役の男の出るタイミングを、顔の表情、仕種、間合いで表す手法、なんか、この人、大ブレイクの予感。もう分かってる人は分かってる。この日のゲストは、旭堂南北の講談「大谷刑部」だった。昨日の金曜日は、芦原橋に出張のあと、南海の汐見橋線経由で難波へ。初めて乗ってみました、この電車。でも、とっても連絡が悪く、不便です。南海難波駅の普通電車の扱いのひどいのにも、びっくり。この日は、繁昌亭で、人気の吉弥の会、同じ難波で、雀三郎の会と、超人気の噺家さんの会があるものだから、どうなんだろうと、その2つを外して、ワッハ7階の林家卯三郎の会へ。実は、黄紺も、吉弥の会狙いだったんだけど、チケットを求めてなかったため、気が付くと完売になってました。で、次に選んだのが、卯三郎の会。年1回しか、この会はしてないそうで、希少性は高いけど、悪い日に当たってしまったのでしょうね、お客さん、少なかったですが、一所懸命の姿に、ちょっと感銘。ただ、あつかましさが、この人、足りないんだなぁ、いい意味でのあつかましさ、欲しいです。デフォルメしすぎると嫌味だけど、程よくすると、緩急が付くんだよね。「くっしゃみ講釈」の山の部分で、これやっちゃった。それに、そんなやつおらへやろというぼけた男は、ぼけたままにしとかないと、落語ワールドから引き離されてしまう。なんか、そういったデフォルメに、照れがあるんだね、卯三郎。とってもいい喋り方をするだけに、惜しくて仕方がない。もう1席は、「竹の水仙」。こちらも、あっさりしすぎてました。ゲストは、八天で、小説家とのコラボ作品との触れ込みで、一度聴いてみたかった「皿相撲」に遭遇。はっきり言って、外れ。くすぐりがわざとらしくて、なんか、おかしい部分を入れなくっちゃって感じで、そんな感じがするのでしょうね。この日の前座、さん都が、終わってみると、なんか、一番、普通に聴けたなぁという実感。
 と、今週も、落語三昧だった。だけど、火曜日だけ、走ったよ。で、次の1週間は、いよいよ繁昌亭に行きますよ。そして、「ラジニ祭り」も始まります。あ〜、忙し、あ〜、忙し。




2006年 9月 24日(日)午前 7時 57分

 昨夕、↓こちらを書き終えて、まもなく家を出た。首位攻防戦ということで、万博がいっぱいになるのではと思い、ちょっと早めに出たつもりだったんだけど、結局、スタジアムに着いたら、試合開始時間30分前を切っていた。私がチケットを持っていたバックスタンドは、もう、ぎっしり。だけど、1人分くらいは空白があるもの。ど真ん中の中段、とても見通しのいい位置をゲット。まもなく、選手発表。まず、アウェーのチームから。スタンドは、静かだけど、ブーイングが湧かないのが、なんかしっくりこない。アウェー・チームが終われば、ホーム・チームなんだけど、ここで、チアガールのパフォーマンス、、、なんかついてけない。ま、そんなで、試合は始まりました。最初は、川崎の方が、完全にボール支配が高い。さすが、優勝争いをするだけのチーム。球際が強くて、ボールを持てる選手が多いから、支配率が高くなる。いい試合になるのだろう、そんな感じで観ていたら、前半30分、川崎の方に、レッドカード。日本では、レッドカードをもらって勝ったりするときが、ままあるけど、普通は、人的不利になるから、一方的な展開になるもの。ま、その定石通りに、この試合はなっちゃいました。特に、後半。スタンドから、「ガンバ、うまいなぁ」の声が、度々、上がる。それが、普通なんだけど、その普通を観ちゃいました。もう、4:0となったところで、満足しちゃったものだから、あとは、時間が経つのを待つだけの展開。こうなったら、途中で出ようかとも思うものなんだけど、日本では、そうはならないのです。まず、出る人が、ほんと少ないですね。で、黄紺も、最後まで。試合を楽しむのが、しかも、首位戦線を争うチーム同士の決戦を観るのを楽しむ、それが目的な者には、だいぶと物足りなかったということは、レッドカードは、試合を壊すものとの認識を持たないと、ダメですね。だけど、万博に、1万7千人以上入ると、アクセスもトイレも、大変です。




2006年 9月 23日(土)午後 3時 26分

 土曜日の午後、TVでは、浦和と清水のサッカー中継をやっている。黄紺は、このあと、万博に、サッカーを観に行こうとしている。ちょっと涼しいかもと思うほどの、気候になっている。今だったら、いいんだけど、夜は、薄い長袖ものを、カバンにでも入れておこう。カバンを、日本で観戦するときって、持って行くんだよね。行くまでの間、新聞を買ったりしたら、その中に入れておいたり、なんか、流し読みようの文庫本なんかを入れていたり、なんか、日本だと、こういったバッグ系を持っていないと、落ち着かないから不思議だ。昔の同僚が、中に何も入ってないのに持ち歩くカバンを、「安心カバン」だなんて言ってたっけ? 幾つになっても変わらないんだけど。トルコ人は、手ぶらだもんね。水は持ち込みは、当然ダメだし、小銭まで取り上げられたこともあるし、こないだなんかは、カメラもダメって言われ、わざわざ、置きに帰ったくらい。だから、私も手ぶらが当たり前。まるで、近所のコンビニにも行こうかという格好だから、落ち着かないんだけど、もう慣れました。でも、それは、トルコでだけ、日本に戻ると、「安心カバン」に頼っちゃう。ときには、家で、仕事する気もないのに、仕事道具をカバンに入れて、職場を出ることもある。変な習性だね、こうして思うと、、、。
 この1週間で、2回、走った。ま、雨が降ってなくて、夜に遊びに行ってなかったら、走ろうという気持ちは、相変わらず持っている。夜遊びができるというのは、この走ったということがあるからできること。だから、決して忘れてるわけではない。2回の内の1回は、18日(月)、そう祝日だった日、相変わらず出勤で、帰宅をしたのが、普段、寄り道をしなかったときの時間と変わらないという、すごいお話。この日、走ったときは、まだ、夏だったんですね。走り終わると、心地よい汗が、滝のように流れ落ちてた。ところが、だ。2回目の昨晩、いやぁ〜、こんなにも変わるものですかね。汗の量が、全然、違う。走っていても、汗の出方が、違う。走り終わっても、簡単に、汗が引いてしまう。なんか、もっと出ないと、体調が変なんじゃないかと思ってしまう。それほど、季節が変わったんですね。このままだったら、いいんだけど、これが、短いから癪だ。
 今週は、映画に頑張った。と言っても、ファーティフ・アクン監督の映画2本以外で、更に、1本、観たというだけだが、その映画館で、「ラジニ祭」の前売り券を3枚も買ってしまったものだから、なんか、もっと観てたような錯覚に陥ってるのかもしれない。で、肝心の映画だが、「バッシング」というイラク人質事件にヒントを得た作品だ。観る前に、一応、オフィシャルHPなんかを、まあ、見ていきますね。そこには、映画の紹介のために、簡単なストーリーが書かれているのが普通なんだけど、この映画、そこに書かれているだけで、全部のこと書いてある。これって、別に、ネタバレを怒ってるんじゃなくて、それだけの映画なのだ。あのあと起こったバッシング、今のおかしな日本は、起こしますね。それを告発するのは大事なことだけど、映画という手法を使うなら、ひねりなり、遊びなり、空想なり、なんなりと制作者は、観るものを考えさしたり、挑発したりと、刺激を与える義務って、あると思いません? 困った映画を観たものでした。
 残りの、水曜日と木曜日は、例の如く、落語会に行った。水曜日は、茶臼山舞台の、「育っちゃったらくご!〜出来たネタを育てる会〜」に行った。キャパ35人が限界の会場に、50人以上は入っただろうか? ほとんどエコノミー症候群一歩手前。この会の人気なのか、ゲストとして来ることが、一部Webサイトで流れてたという福笑のネタ下ろし人気なのか? ま、両方でしょうね。あやめ「ニッポンchachacha」、南湖「波照間島」、三風「せんたく」、遊方「有閑マダムの赤い鳥」、たま「Elderly Love」、福笑「絶体絶命」、これが、ラインアップ。たまの前に中入りがあったので、出番のない替わりに、案内役を務めていた三金曰く、「中入り後は、福笑一門会です」、、これ、受けてました。あやめのネタ、やっと聴けたけれど、えらくまとまったネタに育ってたもので、逆に感心しきりの黄紺でした。作品としては、黄紺は、たまの口演に、1票。翌日は、伝統の「島之内寄席」。繁昌亭がオープンすると、なくなるんじゃないかと思ってたら、立派に存続。客も、一定の数を維持。たいしたもんです。この日のトリは、病み上がりの文喬で、「住吉駕」。トリなのに、時間の関係か、酔っぱらいで終わっちゃった。中トリは、松喬で、「花筏」。もっと、他のネタ、出して欲しかったなぁ。そんなだから、お得感があったのは、米二の「茶の湯」と八天の「くやみ」。軽めのネタを、そつなく演じる巧者の技を見た思いです。あとは、竹丸と、前座が瓶成だった。
 そんなで、ぼちぼち、万博への、お出かけ準備です。




2006年 9月 17日(日)午後 7時 53分

 ファーティフ・アクン監督の2作品、観てまいりました。「太陽に恋して」と「愛より強く」だ。関西では、この1週間限定での公開のようで、しかも、上映時間が、午前中と昼間だけということなので、今日、観に行くのが、ワンチャンスなのだ。観能の予定を潰して、行きました。何はさておき、行かねばならないでしょう、これは。在独トルコ人を扱かった映画は、今まで、「ゲイ・レスビアン映画祭」で観たきりだから、希少性大のうえ、「愛より強く」が、ベルリン映画祭金熊賞獲得という付加価値が付いてきた。この映画は、ドイツのトルコ人の抱える問題を知るということにおいて、欠かせない映画と言える。偽装結婚を求めたシベルという女性の、それを求める動機からして、トルコ人家族の拘束からの逃亡だった。そのシベルと偽装結婚したジャイトとは、最後まで、ドイツ語で話している。最後には、二人とも、終の棲家になるかは、この映画では分からないが、その可能性としては、トルコが、その場のように見える。ハンブルクで生まれ育った二人がだ。そういったことが散りばめられながら、偽装が本物となり、そして、一つの事件が起こり、裂かれてしまう二人。こうなると、結末は、2つしかない。どうなっても、切ない結末。シベルは、家族から逃げて、そして、家族に回帰した。また、ジャイトには、孤独が蘇った。でも、シベルの家族回帰が、黄紺の頭を悩ます。場所が、トルコでであるから、余計厄介だ。二人とも、ハンブルクに戻れないから、トルコに留まるのか? そうなんだろうか? なんか、それではないよな気がして、でも、居心地が悪い。もう、しばらく考えないと、ダメなんだろう。
 「太陽に恋して」の方は、トルコ人に恋したドイツ人の教員実習生が、イスタンブルまで追いかけていくロードムービー。映画ならではの、ありえない再会なんかがあり、でも、それが、くさくない。最初のシーンに戻った当たりから、要するに、ブルガリアで出逢った二人が、そのわけを語り終えた当たりから、急ピッチ、急展開、終わってみれば、ハートフルな内容に、ちょっとしびれていました。オルタキョイで会うのは、一目惚れの相手か、旅をともにした相手か、ハレム・ガラジを降り、ウシュキュダル方向に歩いていく、そして、オルタキョイ・ジャーミーが映る。やはり、男は、ここへ来た。だけど、肝心の女は、どっちが来るのか? じゃ、もう一人の女は? きれいに、落ちをつけてくれて、わくわく気分。洒落てたなぁ。
 ここからは、先週1週間アフター5完全制覇の記録だ。先週は、「たまと南湖の連続読み切り的落語&講談」と並行して、「市楼・雀太二人会」5日間連続興行が、「雀のおやど」であった。黄紺は、その内の、月・火・木の3日間、覗きに行ってきた。二人の高座は次の通りだ。【市楼】(月)阿弥陀池・青空散髪(火)普請ほめ・市民税(木)江戸荒物・東の旅〜煮売家【雀太】(月)ふぐ鍋・鷺取り(火)延陽伯・饅頭怖い(木)池田の猪買い・崇徳院。これを見れば分かると思うのだが、市楼のネタが小さい。市楼の場合、先々代からのネタを受け継いでいかなければならないという部分があるにしても、ネタが小さい。それに対して、雀太は、堅実にネタを増やしている。しかも、師匠のネタを継承しようという努力を感じる。そして、ネタ自体が大きい。ま、そんなこともあるが、まだ、入門5年の二人。これからも見ていきたいと思っている。
 で、水曜日は、月に1回生オケを聴こうと、自分に課した日。この日は、大阪シンフォニカーの定演。尾高忠明が、お得意のエルガーを降るということでチョイスしたんだけど、これが、また、いい演奏。気合いを感じる演奏って、そうはないんだけど、この日の演奏は、まさに、それ。そして、このオケ、良く鳴ります。これは、可能性を感じさせます。それに、ロン・ティボー制覇の小林美恵独奏で、ブルッフのコンチェルト。このヴァイオリン奏者も荒削りだけど、音の掴みがシャープで、気になる演奏家として、インプットされてしまいました。更に、残りの金曜日と土曜日の落語会について書いておく。金曜日は、家の近所の地域寄席。徒歩10分足らずで会場へというところだが、今までタイミングが合わず、1回しか行ったことがなかった。お世話役は、桂米二。鶴瓶の弟子瓶成は、自分的には初物。「いらち俥」を、あんなに高座で飛び跳ねたのは初めてだが、若いからこそできることであり、好感度は高し。この日の一番は、かい枝の「悋気の独楽」。ちょっと早々と老成した感はあるが、相変わらずうまい、この人。人の描き分けに、細やかな神経が見てとれるのである。あとの米二と竹林というベテラン組は、軽く、「宿屋町」と「相撲場風景」。最後が、昨日の土曜日。仕事のあと駆けつけたのは、「田辺寄席 第400回」。実は、この古手の地域寄席、会場が分からず、今まで行ったことがなかった。しかも、天王寺以南。でも、今回は、その場所も分かり、400回記念に、しかも、超珍しい「死ぬなら今」が出るから、駆けつけたのだ。口上は、世話人の文太に、文福、春之輔、南鱗。ネタは、文太が「七段目」、南左右衛門「五貫裁き」、そして、春之輔が「死ぬなら今」。これに、前座がつき、中入り後に、内海英華がでて、盛り上げてくれた。「死ぬなら今」は、予想通り、先代文我からもらったもの。春之輔は、去年くらいから手がけ始めたといっていたが、なかなかどうして、新しいくすぐりを、随所に散りばめ、とってもいい出来。これ、売りになるわ、絶対。この「田辺寄席」は、世話方の頑張りがすごいという噂だったが、まさに、その通り。会場の設営、こり方は、天下一品。おまけに、中入り時には、ガーデンパーティよろしく、お茶とお菓子のサービス。この会は、記念の会だからと、最後には、鏡開きにふるまい酒。もう、頭が下がるばかりでした。「雀のおやど」の席亭さんともども、世の中、捨てたものじゃないと思ってしまいました。




2006年 9月 10日(日)午後 9時 15分

 またぞろ、夏に逆戻りしている。せっかく、涼しくなってきていたのに、この2、3日の暑さは、尋常ではない。その中で、また、土曜出勤の日だった。まあ、半日勤務だったが、ちょっと午後の時間を利用して、仕事の準備をしていたため、そんなのが終わると、もう3時になろうかという時間だったので、夕刻からのお出かけを考えると、結局、いたくない職場で時間潰しをしていたのが、昨日の午後だった。暑いものだから、ちょっと荷物を運ぶようなことをすると、もう、ぐったり。汗がたっぷり。屋内はクーラーは効いていても、廊下は、ぜ〜んぜんなものだから、体が、おかしくなる。そんな週の後半だったが、この1週間も、頑張って、遊んだ。
 月曜日は休みだったので、朝から、映画に行ってきた。大阪まで行かなければならないと思いこんでいたのだが、当日の朝になって、京都でも上映しているというので、急遽、京都へ。それだけ、その映画の評判が上々だということなのだ。その映画とは、「蟻の兵隊」。山西省で、ポツダム宣言を受諾したあとも、軍が機能し、しかも、軍命令で、国民党軍に入っていった旧日本軍の兵士たちを追いかけたドキュメンタリー映画だ。日本政府も、裁判所も、その事実を認めようとしないことの告発のみならず、戦争とは何かという問いかけが重たい。奥村さんという80歳のおじいさんの眼差しは、何にもまして痛い。この映画、若い人たちが観る会のようなものを結成して、上映運動をした結果、それが評判を呼んでいるということで、NHKニュースで紹介してたので知ったのだ。月曜日の朝の映画館、それが、ほぼ満席だったのには、びっくりだった。しかも、客層がばらばら。老若男女で、バラバラ。昔は、口コミで広まった映画が、ロングランをしていくということがあったようだが、もっとも、東京の話だと思うが、今は、口コミ以前に、ブログだそうだ。そういった点をついていたのが、NHKのニュースでもあった。
 あとは、落語三昧。週単位で見ると、かなりいい会が揃った週と言えるだろう。火曜日から、たまと南湖の連続読み切り的落語&講談が始まった。たまは、なんと、「真景累ヶ淵」を、昔のウィークエンダーののりで紹介するというもの。火曜日、即ち、初日を覗きに行ったのだが、始まりが7時半だったため、帰りがとんでもなく遅くなるので、2回目は、まだ行ってません。今週、もう1度くらいは覗こうかと思っているところだ。だから、ノーマルな会尽くしをしてみた。とりあえずは、木曜日からは、4連続落語会通いと、自分で勝手に称し遊び回った。木曜日は、お初天神で、桂こごろうの会へ。この人では初物の「へっつい幽霊」がお目当て。この人、ホント、長屋に巣喰うやっかいなお兄さんやらしたら、おもしろく仕上がる。雀松テイストを感じさせつつ、オリジナルなくすぐりも決まり、大満足。もう1席は、手慣れた「ちりとてちん」。ゲストは、文我で「京の茶漬け」だったが、貫禄の舞台。こごろうが、枝雀に可愛がられた話は、以前にも、文我の口から聞いたことはあったが、こういったこごろうの会で聞くと、また、格別。満足の会だった。翌金曜日は、京都北座で、桂米二の会。お目当ては、最近遭遇しない「親子茶屋」。この日、米二は、もう1席、「つる」を出したが、なんか覇気がない。どうしたんだろう。だからでしょうね、「親子茶屋」の遊郭の華やかさ、艶やかさ、そんなものを楽しもうとすると、すべりかげん。米二の会は外れのない会だが、この日は、「親子茶屋」に期待しすぎたようだった。ゲストが、宗助で、「次の御用日」。先日、つく枝のデフォルメのかなり効いた口演を聴いたためか、ちょっと物足りなかったかな。宗助さん、ちょっと生真面目すぎるよという出来でした。前座は、二乗で、「子ほめ」のフルヴァージョン。土曜日は、仕事場で時間潰しをしての落語会。谷町6丁目のビルの中の和室での会。落語を聴くには、いいスペースだ。自分的には、遭遇体験の少ない仁鶴一門会。ネタ的お目当ては、仁嬌演じる「月宮殿星都」。このネタ、珍しいだけやというのが分かっていながら、出ると行ってしまう、悲しい性。確か、「鉄拐」という希少性抜群のネタをかけたりで、この仁嬌という人、聴く機会は少ないけど、珍しいものを手がけてくれる。そして、聴き終わって、また、同じことを考えてました。しょうもないネタって。仁嬌の次が、仁智。この人の新作は、いつ聴いても、腹がよじれるほど笑わしてくれる。この日も、「めざせ甲子園」で期待通り。で、トリは仁福。高座に上がるなり、言い訳から始まった。「天王寺詣り」の予定だったので、今宮までしか行けなかったとか、、、そんな言い訳をしたあと、やおら始めたのが、なんと、「らくだ」、、、バンザーイ、バンザーイ。一昔前なら、どこにでもいた、ぶいぶい言わせてたおっさんの雰囲気出てました。それが、火屋のところまで行くと、誰の噺を聴いても、ちょっとしんどくなる。なんでもありで、でも、とてもリアルで、息苦しくなる。おったやろなぁ、あのおっさんら、どうしたんや、そんな感じになってきてしまうほど、自分的にはリアルな世界になってしまうのだ。仁福の口演が、どうのこうのということではないが、、、。で、仁福の「らくだ」は、36分で終わりました。ちょっと短かったけれど、大熱演でした。そして、今日、日曜日の午後は、豊中の伝統芸能館での落語会。ここは、ホントにいい会場だ。だから、遠いけど、行きたくなっちまうのです。米朝一門の最若手2人に、吉朝門下の超有望噺家さん2人に、トリが、これまた有望視されているつく枝が出るからと、いい落語会てんこ盛りのこの日、ベスト・チョイスと思い、行ってきました。吉弥が「胆つぶし」を出したけれど、安定感抜群、風格のようなものまで感じさせる口演に、最近の評価に脱帽。よね吉は、「お公家女房」なんでしょうね、九雀のやってる。もうちょっと骨太のネタ、やってほしかったな。最後が、つく枝の「井戸の茶碗」。これは、東京ネタだから、それを、焼き直したという文我からもらったのでしょうか? ちょっと噛むところもあり、まだまだ、発展途上かもしれないけど、ネタもハッピーなら、口演もハッピーにさせる力、持てましたよ。つく枝の笑顔に合ったネタだと思いました。そんなで、お遊び記録でした。




2006年 9月 4日(月)午前8時 8分

 この土日、出勤だったので、今日、明日と代休となっている。今回は、振替が効く出勤だったというわけだ。この歳になると、やはり一定のサイクルで、休養日を設けないと、なかなか厳しいものがあり、たとえ、その日に体を動かすようなことをしても、休養となるような気がするので、これは、気分の問題だと思うが、実際、昨日あたりは、なかなか辛いものがあった。睡眠時間は、その前夜、十分なものがあったはずなのに、昨夜は、8時半過ぎに、もう体が、横になることを求めていた。そんなで、休日前夜は、呆気なく過ぎていくはずが、そうじゃないのが、この年齢。夜中に、目が覚める。おかげで、日本代表のサウジアラビア戦を、テレビ観戦することができた。オシム・ジャパンを、黄紺は、初めて観ることとなった。幸か不幸かというのは、このことだろう。35度、湿度80%と言ってたから、大変な悪条件。ドバイで、飛行機を乗り換えたとき、このアラビア半島の過酷な気象条件を経験をしたことがあるけれど、もう、半端じゃない。その中での試合、後半に入ると、体が動かなくなるのは当然として、距離感とか、判断力とか、そないなものが狂ってくるのでしょうね。サウジの得点に繋がるパスカットも、なんでという言葉しか出てこない。中盤での横パス、そこから始まって、最後は、トゥーリオに当たったボールが、どフリーの選手の前に転がった。トゥーリオに当たったのも、その時間帯に、しばしばあった、中盤でフリーにさせることがあったため、トゥーリオが詰めたものだった。
 今週は、日本サッカー界とトルコ・サッカー界をつなぐところで、サプライズがあった。稲本が、ガラタサライに入った。ガラタサライが、ボランチを求めていることは、散々報道されてきた。それが、ヴォルカンを放出してまでも、稲本を獲るとは考えもしなかったことだ。トルコのマスコミの、移籍噂は、大スポ・東スポ流で、有名な名前が飛び交うが、そこそこの知られた名前で落ち着いてきたものだ。そういったバックボーンが、黄紺の頭の中にあるものだから、稲本には、びっくり。名前すら、事前に出ていなかった。キャリアも、2部のクラブで定位置を確保していない選手を獲るとは、そういった意味でもサプライズだ。ゲレツ監督が、ゴー・サインを出したというのが、獲得の理由だ。とにかく活躍をしてくれればいいが、果たして、どうなるんだろうかと思ってしまう。契約も、1年のオプションは付いているものの、1年契約だ。ハインツやトマス・ジュンのような扱いにならなければいいがと思ってしまうのです。
 話変わって、恒例、1週間のお出かけ記録を、ここからは書いておきます。1週間前の日曜日、こちらに書き込んだあと、上新庄駅前近くの神社であった月亭八天の会へ行った。この噺家さん、古典を、頑張って手がけている噺家さんで、この日は、上方落語屈指の大ネタ「土橋万歳」を演じるというので行ってきた。クライマックスの部分は、芝居を基にしたパロディーになるが、ここが大変。所作、鳴り物、型をしっかり押さえておかないとというネタだが、ご本人曰く、「皆さんは、どのようにご覧になったか分かりませんが、楽屋内は、大変で、、、」、打ち合わせ通りに入ってなかったということだ。この日は、他に、「二人癖」「魚の狂句」を、八天は出した。ゲスト扱いだった、福矢が「お玉牛」。これが、キャラに合っており、なかなか印象に残ったのを書いておこう。翌月曜日は、茶臼山舞台で行われた小染の「らくだ」を聴いた。68分、長講で、聴き応え十分。火屋に行くときに、砂糖屋に因縁をつけるところって、自分的には初物。やっぱ、途中で止めないで、この日の小染のように、最後までやって、初めてホンマものの「らくだ」って感じがするなぁ。ゲストのあやめは、例の大奥物語。喘ぎ声は、この日の前座、市樓くん。ご苦労様でした、いい声、出てましたよ。あと、木曜日と金曜日、ともに小米朝を聴きに行った。木曜日は、小米朝自身の会。目玉は、「質屋蔵」。それと、「つる」だったが、今、思い出すと、「つる」の方が印象に残っている。「質屋蔵」のような語りで聴かす噺は、小米朝の声が邪魔するような気がしました。ゲストは、雀喜で「遊山船」。この噺は、難しいね。皆さん、よく手がけるけど、いいなと思えることって、ほとんどない。金曜日は、楽珍との二人会。小米朝は、「蔵丁稚」と「壷算」。やはり、芝居噺は聴かせます。この2日間で、一番良かったのが、これ。楽珍は初めてだったけど、もっと聴きたい人です。「色事根問徳之島編」は、これを考えただけで、もう表彰状ものだ。もう一つは、「宿替え」だった。この噺を聴くと、やっぱ、枝雀を思い出しますね。




2006年 8月 27日(日)午前11時 17分

 トルコから帰ってきて、はや、1週間は過ぎてしまった。呆気ないものである。帰ってきてからは、働きづめである。当たり前なことなんだが、よく言われるとおり、年嵩が進むと、日が経ってから疲れが出るからたまらない。それが丁度、1週間前。その前の木曜日の夕方に帰ってきているので、体が重いとは思いつつ、出勤をし、そうそう、土曜日まで、丸1日働き、3日目で完全ダウンしちゃったのです。金曜日や土曜日は、アフター5まで楽しんでいる。18日(金)の島之内寄席など、もう、1ヶ月以上前から前売り券まで買ってた私、なかなかの根性だ。そうそう、初めて聴いたまめだという噺家さん、上がってるのか、地なのか、あまりにもの訥弁に、おかしいやら、不安になるやら、そう、あの落語会なんです。もう、随分と前のことのように思えるけれど、あれは、トルコから帰ってきてからなのです。その翌日は、予想よりかは早く仕事が済んだので、帰り道に当たるワッハに行かない手はないよなと、自分に行きかせ、笑福亭松枝独演会に行ったのでした。自分的には、6代目松鶴を思い出してしまう「市助酒」、これを聴きたかったから行ったのでした。ゲストの都がおもしろかったなぁ。この人、こんなに天然のまくらをふれる人だったかなぁなんて思って聴いたネタが、「一眼国」。ここ20年は聴いてなかったと思う珍品を出してくれました。
 まだ、松枝独演会から帰ってきたころは、そんなじゃなかったのです。おかしいなと思ったことと言えば、ぼーっとしていて、ちょっと目を閉じると、簡単に寝てしまうということが、その日に起こっていたくらいかな? ま、時差調整なんだと思ってたら、もう、一旦横になったら起きられない。貴重な日曜日、ほぼ全部、おじゃんになってしまったのでした。寝るわ、寝るわ、起きて、今のように、PCの前に座っていると、座ってられない。だから、横になる。すると、次の瞬間には、寝てしまってる。これだけ、3週間、疲れをためてしまってたのです。慣れたところとはいえ、それなりの緊張をためていたということなのでしょう。
 が、なんですね。週明けからは、寝られない日が、一転して続いています。2時間や、3時間ほどの睡眠で、仕事に行った日ばかり。ただ、不思議と、体がしっかりしているので、それに加えて、黄紺が帰ってくると、仕事場が引越をしていて、尚かつ、新しいところは、普通のクーラーが効いているものですから、わりかし元気なのです。行く前に走ってたこと、そして、3週間、いろんな町で歩き倒したこと、そんなことが、いいように作用してるのだと、ちょっとした自己満足の自己分析。寝れない黄紺は、体が動くものですから、またまた、アフター5を楽しみました。22日(火)は、福井在住の高校時代の友人が現れたので、あともう1人を誘い、アジアン・フードの店で呑んでおりました。翌23日(水)と25日(金)は、林家染左が、入門10年を記念して、「SOMEZA 5days」と銘打って、持ちネタ58席を呈示して、客のリクエストで、その日の演目2席を決めるという思い切った落語会をしているので、その内の2日目と3日目に行ってきた。決して黄紺の意に沿った演目ではなかったが、入門当時より気になってる噺家さんなので、演目は関係ない。ちなみに出たネタは、最初の日が、「軽業講釈」「応挙の幽霊」、2回目のときが、「胴斬り」「崇徳院」だった。残りの、3/5は、都合により聴きには行けないが、何もかも、10年溜まれば山になる、そういう噺家さんだということだ。15年、20年と追いかけてみたいなと思っている。それにつけても、噺家さんの高学歴化が進んでいる。この染左が、阪大落研出身。有名な話だが、笑福亭たまは京大出身と、ついにここまで来たかの感じ。ただ、落語をやりたくてやりたくて仕方がないという人の噺は、それぞれスタイルが違っても、インパクトが、ホントにある。旅行に出かける直前まで、その追っかけをしていた黄紺なんだけど、桂あやめの持つ茶臼山舞台で聴いた2つの会は、秀逸だった。特に、できちゃった二人会〜あやめ&たま 「オレがアイツか、アイツがオレか」〜と題された会は、こいつら、ここまで落語に情熱そそいでるって感じが出てて、表彰状ものだった。2人の持ちネタ交換、更に、お互いの師匠のネタを交換して出すというもの。途中に、当事者の対談も入ってたんだけど、なんか、落語の可能性を、どこまでも探ってやれの貪欲さ、これを感じました。だから、思いつかないような試みも実行しちゃうんでしょうね。その中で、東京の大銀座落語祭で、「三枝トリビュート」の一夜があり、いろんな噺家さん、花禄、志の輔、昇太に鶴瓶が、三枝作品を、寄ってたかって演じたという話が出て、びっくり。確かに、この落語祭のラインナップはすごいものがあるけど、それを、2人の弟子で、ここでやりますというので、再び、茶臼山舞台詣で。ちょっと、そんなで、最近は、アフター5が、落語に傾倒しすぎの黄紺なのです。




2006年 7月 22日(土)午前 8時 43分

 トルコへ行く前の最後の週末だ。にも拘わらず、今日も、午後は出勤だ。まいったなぁと言いながら出ていく黄紺なのです。今週は、とにかく降りました。降って降って、降り続けました。おかげで、ここ数日は、とても涼しく、夜などは、寝冷えをしないか、そんな心配をしている。実際、いつものつもりで寝ていて、体が冷えて、目覚めること数度。よくぞ、ここまで、寝冷えをしてこなかったことかと、逆に感心している。もう、来週の今頃は、日本にいないわけだから、気をつけておかないとだめなんです。昨日、トルコのサッカー関連のニュースを拾ってて、あれ?っと思ったこと、一つ。ベシクタシュが、再び、海外キャンプに出かけたんだけど、キャンプ地は、フライブルク(ドイツ)。そこに入るため、ベシクタシュは、バーゼル(スイス)から入っています。この道筋って、黄紺の狙ってるコースじゃないかと、、、。ちゅうことは、フライブルクに行けば、ベシクタシュと出逢えるちゅうことであります。
 雨だということは、走れてないということ。これ、だめです。雨の降ってない夜は、遅く帰ってきたり、お酒を呑んで帰ってきたりと、どうも、タイミングが合わない。夜遊びを続けるためには、この体力作りは欠かせない。だから、雨はほどほどにしておいてもらいたいんだけど、一方で、呑む約束もあるしと、どうも、うまくいかない。ま、呑むと言っても、トルコに行く前恒例にしている息子と呑みに出かけるだけなんだけど。
 ここからは、夜遊び記録を残しておくこととする。今週は、多士済々だった。まず、祝日だった月曜日に、今週唯一の落語会。ワッハの4階であった桂福楽の会だ。久しぶりに聴いた福楽、正直、この人、こないにおもしろい人だったかなぁという感想を持っちゃいました。大ネタ「仔猫」よりは、爆笑ネタの「太鼓腹」が圧倒的におかしかった。ゲストで出た勢朝さん。この方も久しぶりの対面。でも、「佐々木裁き」とは恐れ入った。米朝直伝の雰囲気たっぷりのところに勢朝スパイスが程よく効き、とても、印象に残る出来栄えに大満足。水曜日には、待望の長岡京室内アンサンブルを、本拠、長岡京にまで聴きに行ってきたが、いやー、まいった、びっくりしました。噂に違わぬ、いや、噂を遥かに超える素晴らしいアンサンブル、そこへさして、お洒落という言葉が付け加わる、こんなアンサンブルが、長岡京を名乗ってることに、余計に惹かれてしまいました。しばらくは、コンサートの冒頭に置かれたモーツァルトのK.136のディヴェルティメントの響きが、耳から離れることはないでしょう。ホントにホントに、新鮮で、お洒落なサウンドに感服しました。翌木曜日は、職場の呑み会。黄紺は、飲み出す前から疲労気味で、眠くて、案の定、途中で眠りこけてしまいました。疲れてる上に、最近、晩酌をしないものだから、すっかり、お酒が弱くなっちまいました。で、翌日、即ち、昨夜、これまた噂の「シベリア少女鉄道」の芝居を観てきました。16日に、知り合いの演劇青年と話す機会があり、その君も、最近の劇団でのお薦めの第一に上げていた劇団が、これ。彼が観たという公演の話を聴いて、そんな手が、まだ残っていたのかという芝居の手法に笑い転げていたら、やはり、昨日の公演も、そうでした。映像と舞台を組み合わせると、こんなおもろいことできるんや、これに尽きるかなと思うけど、だけど、こんなこと、よく思いつくなと、その才能に脱帽しきりです。この土日、まだ、「シベリア少女鉄道」の公演は続いていますので、ぜひ、まだの方には、お薦めしたい逸品です。場所も、難波のど真ん中の旧小学校を改築した劇場なので、それも、おもしろいですよ。な、ことで、あと少ししたら、出勤です。




2006年 7月 16日(日)午前 9時  6分

 この1週間は、なかなかきつい日が続いた。これは、仕事の面で、有無を言わさない拘束的時間が長く、自分1人でしなければならない仕事の時間が、かなり圧迫をされたものだ。こういうときって、やはり、自分1人でできる仕事というのは、必ず後回しになってしまうから、いつできるんだろうかの気分が生まれ、ストレスというものが溜まるというものだ。だいたい、そういうときは、夜遊びで補填というものをするものだが、時間的に厳しくなってるから、それも叶わないから、余計にストレスが溜まる。そういうときの唯一のストレス解消法が、走るということ。だけど、この1週間は、暑かった、ホント、暑かった。走ると、汗だくも汗だくも、すっごい汗。でも、この汗が、嬉しいのだ。体が動いてるという実感があるからだ。新陳代謝の悪くなったこの体が、走ることにより、活発に動いてるという実感なのだ。実際、夕食後に走る場合など、確実に、お腹が動いてるという実感があるのだ。汗をかくということは、体温調節のため、自分の身体が、一所懸命になって動いてくれてる、これが嬉しいのだ。
 そんななか、木・金・土と3連続で、落語会に行ってきた。木曜日は、ワッハであった「島之内寄席」。この日の目玉は、ざこば。そうなんですね、ざこばは、上方落語協会に復帰したんですね。この日のネタは、「ろくろ首」なんだけど、この人が出るというだけで、この日の寄席全体が、この人中心に動くという感じ。強烈な個性は、こういう特性も持つことになる。そのざこばの前に出たのが、未来の名人、笑福亭三喬。何度も聴き慣れた「首の仕替え」だったが、確実にヴァージョンアップをしていた。すばらしいことだ、これは。ざこばのあとが、中入り。中入り後が、仁嬌の「二十四孝」、小つるの「竹の水仙」という具合に、大きなネタだったんだけど、ちょっと地味系の演者。これが、心残り。それにつけても、この2人の噺家さんとの遭遇は、ホント久しぶりでした。翌金曜日は、京都の北座での会。お目当ては、千朝の「蛸芝居」。あまり、芝居噺には積極的でない千朝の「蛸芝居」だからと、ちょっとどころじゃないそそられ方でした。それ以外では、若手の人が、頑張りました。吉之丞の「七度狐」、まん我の「まんじゅう怖い」、わかばの「米揚げいかき」、それぞれの個性で、それぞれが光った口演でした。そして、土曜日。時間的なことから、京都には行かず、鶴橋に行きました。雀三郎の月一の定例の会。「花筏」は、今、演じられるものじゃ、ベストじゃないかなぁ。そして、お目当ての「わいの悲劇」、小佐田作品の傑作だ。もう、完全に雀三郎の手にあるこのネタ。客席は、どっかん、どっか〜んの連続。異様な盛り上がりのなかで、お開きになりました。もう、最高の落語会でした。この日はあと、前座に、ちょうばが「月並丁稚」、ゲストが、文華で、「青菜」だった。




2006年 7月 8日(土)午前 7時 58分

 今週、ありゃまと思うことが起こってしまった。フェネルバフチェの監督に、ジーコが就任したのだ。ダウム前監督が退任して以後、なかなか後任が決まらず、流れる名前は有名人ばかり。でも、一方で、W杯終了を待ってのことだという報道を信じていたら、予選リーグ終了後、ピッチが上がったと思ったら、それとときを一にして、ジーコの名前が急浮上。日本の新聞でも、日本敗退後、ジーコの所在を、トルコのマスコミが探してるとの報道が出だした。もう、トルコ側報道では、ジーコが本命との感触を得ていたものだから、もう、この時点で、ありゃま、、、。だって、この人の監督としての実力って、結局、分からないまま、見えてこないまま、時間が経過してしまったという、そんな印象を持っているものだから、見えてこないって、良くないよなぁと思ってしまうのです。既に、この時点で、ジーコはイスタンブル入りしている。黄紺色の応援グッズを身に着けたジーコの姿なんかを見ると、どうもしっくり来ていない黄紺なのです。
 なんてな報道のあった週だったが、黄紺にとっては、とってもせわしない1週間だった。土日も働いたので、休まないできているので、体調を、どれだけ維持できるかが分かれ道。大体そういったときに、私的な部分で、これを圧迫することが起こるもの。息子の入院の時期と重なったのだ。月曜日に入院し、金曜日には退院したが、メスが入るとなると、やっぱり気になる。骨がぼっきり折れたときの手術とは比べものにならないほど、気の楽な手術だったが、手術は手術。月・火と、病院通いをした。手術日の火曜日に、経過が良好だということを見届けると、黄紺の日常に戻った。予定をしてあった夜遊び3連発を敢行した。水曜日は、シンフォニー・ホールでのコンサート。この頃、走り出す前当たりから、1ヶ月に1度は、生の音楽会に行こうと決め、頑張って足を運んでいる。こうでもしないと、体力的にしんどいということで、こういった世界から、永遠に足が遠のいてしまいそうな感じがしたものだから。そうしている間に走り出し、十分行けるようになったのも幸いし、この計画は継続しているのだ。この日は、大阪センチュリー交響楽団の定期演奏会に行った。二菅編成のオケは、通常、マーラーなどは出せないのだが、この日は出た。シェーンベルク編曲版の「大地の歌」が出たのだ。外山雄三指揮ということが、余計に、自分的関心を喚んでしまった。翌木曜日は、半年前からのお約束の日。今はなくなってしまった、黄紺の前の職場の元同僚が集ったのだ。黄紺が、皆さんとお別れをして、2年と数ヶ月。その時間がなかったかのように、元同僚たちと失われた時間を取り戻すことができた時間だった。黄紺も、1週間前の息子と呑んで以来のお酒。昔の調子で呑んじゃいけないのに、呑んじゃいました。だから、この日のHP更新は際どかったぞ。金曜日が、今週唯一の落語会。桂文枝の弟子、桂つく枝の会に行ってきた。入門した頃から、この噺家さんを見てきたけど、この人は、やっぱり有望な方だわぁ。「ちりとてちん」は、ちょっと過剰演出が気になったが、「次の御用日」は絶品。お奉行さんの語り口調もいいし、大店の旦さん、丁稚に至るまで、自然体で語れる。そこへさして、テンションを上げるところがはまれば、もう、鬼に金棒。これから、何度も聴いてみたい逸品だと思えたのだった。それに加えて、ゲストで出た桂福矢がおかしい。ちょっぴり危ない雰囲気を持ったキャラは健在。つく枝のテンションとの違いがおかしくて、、、。ゲストとしては、もう、言うことなし。
 こんなだから、1週間以上走れたものではなかったが、昨夜、久しぶりに走った。久しぶりだと、体が、とっても軽い。こんなのも、走ってきた効果かな? この3週間にわたるノンストップの季節に、この走ることで乗り切ろうと思っている。あと1週間だ。




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