忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。




2006年 12月 23日(土)午前 8時 1分

 今夜から、トルコに出かけます。その前に、この1週間を振り返ろうとしています。さすが、2週間ほど、トルコに出かけるためには、忙しい週でした。帰ってきてすぐに、仕事と考えると、このまま、仕事をしていたい気分と、わけのわからないことまで、考える始末。お出かけ前の鬱の特徴です。
 日曜日は、落語会と映画のはしごを、大阪でした。実は、この日、金剛定期能が、なかなかいい番組だったのだが、トリイ・ホールで、「たまよねファイナル」があったものだから、「ファイナル」と銘打たれると行かないわけにはいかなかったのだ。それだけ、このコンビが、この2年間、落語という表現手段を、あれこれと触ったということだ。開口一番に呂竹が出て、「江戸荒物」。喬太郎が出るからでもないが、そんなから始まり、終了まで3時間の長丁場となった。たまは、「悋気の独楽」「愛宕山」と古典を並べて、中入り。膝替わりにゲストを置き、これが、喬太郎。「できちゃった」で、南湖が言ってたけど、あの始まり方の強烈さはないでしょう。そして、イデオロギーのようなものを感じさせる、ストーリー展開。落語の枠を外から見る突っ込み、確かに、噂の噺家さんだ。そのあとが、たまの「新作ショート落語」で、更に、そのあとが、新作「蔦屋」と仮に名付けておこう。本来なら、ここで、お開きなんだろうけど、ファイナルということで、ショート落語傑作集が付いた。これで、3時間だったんだけど、最大の原因は、「悋気の独楽」のマクラで、30分に渡る、たまのぼやきがあったのだ。この日の古典の二作は、ともに、遊びの部分を省くという手法を取っていたけれど、今回は、乗れなかった。場の広さとか、気温とか、そんな場の設定に欠くことのできない要素を削っちゃったのだ。そんなで、乗れなかったのだが、試みとして聴くと、ありうる削り方とは思うが、削られたあとが、ちょっと無惨だったということだ。いずれにせよ、この会の評価が高まってきたところでの終了、これも、にくい。マンネリの防止ということだが、今後は、「たまよね祭」と称して、年に1回は、会を持つようだ。
 夜は、動物園前に回って、韓国の怪物映画「王の男」を観た。京都で観るつもりだったんだが、出がけにネットで調べると、こちらでの上映を発見。難波から近いこともあり、簡単に変更した。なぜ受けたのかが、関心事なんだけど、イ・ジュンギの美しさに尽きると、黄紺は思った。韓国映画らしく、格好を付けたり、映画らしい表現の仕方を、敢えて用いたり、そういったところが目立つということは、韓国で受ける要素を持っているということだが、ストーリー展開が、特段、おもしろいとは思わなかった。映像の美しさ、古い韓国の様子を見るだけでも、値打ち物。黄紺は、こんなで、むしろいいところ探しに懸命になっていた。
 月曜日は、ワッハの4階で、「紅雀と阿か枝の会」へ。常連さんが、客の半分を占めるというすっごい会。二人が、二席ずつ出したのだが、演題を見ると、阿か枝の出すものが、とにかく意欲的。「竹の水仙」と「猫の忠信」というもの。この人、ますます師匠文枝の語り口に似てきてる一方、徐々に、ねばった、絞り出す口調が気にならなくなってきている。それほど、語り口に落ち着きと安定感が出てきた証拠だと思っている。人物の描き分けの難しい「猫の忠信」も、しっくり、じっくりと聴かせてくれ、ますます楽しみになってきた。一方の紅雀だが、ネタは、「池田の猪買い」と「打飼盗人」と、ちょっと寂しくなってしまう、阿か枝に比べると。紅雀は、どうやら枝雀路線を歩むのがコンセプトだと、最近、分かってきたのだが、元来の語り口は、そうじゃなかったようだと考えてるので、いつもにぎやか口調には、抵抗を感じつつ聴いている。そんななか、「池田の猪買い」が良かった。ツボにはまったというか、その路線を、我が身に引き寄せたという感じで、このネタでは、現在ではベストじゃないかと思うのだが、池田に着いてからの、人気のなさとか、寒さとか、そんなの頑張って出るようにして欲しいな。なお、前座は、二乗の「阿弥陀池」。米二のちょっと元気のない「阿弥陀池」そのままの雰囲気だったのが、おかしくって。もっと弾ければ、いいのに、ね。
 火曜日は、新装なった太融寺に行った。枝雀一門の若手4人が、「一軍」の南光をゲストに行った会だったのだ。「雀の学校」と名付けた会で、今後も、太融寺で続けるということだ。「一軍」というのは、紅雀を除く枝雀の直弟子のことを言っているのだ。なお、この日の三味線は、かつら枝代さんということで、枝雀一色。まず、開口一番は、まん我で「十徳」。さすが、安心して聴けるが、この人の粘りけのある語り口が、なじめなくって、、、。次の紅雀は、二日連続。「兵庫船」だったが、ここで、この日はダウン、ダウン状態は、雀喜の「崇徳院」まで続き、中入り。2人目、3人目が、どうもいけません。膝替わりが、ゲストの南光で、短くのつもりが、下りてみると30分。同門が集ういい雰囲気のなかで、米朝の最近の舞台ネタで快調に飛ばし、ネタへ、それが、最近では、希少性抜群の「義眼」。これで、私のお目々も、覚醒。トリは、こごろうで「愛宕山」。この人のこのネタ、聴きたかったのです。ちょっと期待をかけすぎたきらいがあるのが、まずかったかな。どうも、がちゃがちゃしすぎててというのは、こごろうの特徴であるのだけど、どうも、このネタに関しては、うまく機能してなかったみたい。旦さんのクールさとか、品格とか、そんなのが欲しいだなぁ。また、間を開けて聴いてみることにしましょう。
 水曜日は、茶臼山舞台での、「できちゃった」の公演。「できちゃった」の方は、自分的には初めて。「できちゃった」でも、旧作もしているということを知りました。ここの、アットホームさが、気に入ってしまって、通ってきたが、1月末をもって閉鎖とか。あとは、どうなるのでしょうか? たまがトップバッターで、「Smell」。繁昌亭での「たまよね」で出たネタ。なんか、スリム化して、毒が減った感じで、呆気なかったな、この日は。三金は、「高校野球」ネタの旧作の再演。このあとが、遊方で、新作を出すつもりで用意をしてきたプロットの紹介をして、ごめんなさいと言ったあと、自分の半生を紹介する漫談へ。意外な、大師匠可朝との関係を紹介してくれたのが、新鮮でした。ここで、中入り。三風が、中入り明けで、「九官鳥」ネタ。九官鳥が、口真似をするだけの展開には、まだまだ、これからの感。南湖も、できなかった組。だけど、「落語界の人たち=ゲイ」談は、これこそ、ネタになると思ったのですが、、、。この人の、着想、おもしろいです。トリのあやめも旧作で、珍しく、依頼を受けて創ったものとか。「団塊の世代」を扱ったもので、これは、残して欲しいなぁ。2007年問題があるので、稼げると思うので、残せるチャンスやと思うのですが。最後は、出演者が、取材用に、着物のままで、舞台に勢揃い。落語会の紹介やらしてくれました。オールナイトも行きたいんだけど、トルコからは、無理やね。
 木曜日は、仕事人になりました。この1週間、1日だけ、遅くまで働きました。おかげで、1月末にある大きな仕事のメドをつけられました。
 金曜日、即ち、昨日ですが、これが、今年最後の落語会。出がけに、2人の人に捉まり、際どかったです。でも、2人の内1人は、「今度、親戚の者が、トルコに行くんですが、いいところ、教えてください」というもの、これ、仕事、ちゃう。でも、これは、痛いところをつかれて、頑張って話しちゃったのです。こんなですから、開演には間に合ったのだけど、晩ご飯は、ワッハの座席で、呂竹の落語を聴きながら食べました。この日は、「島之内寄席」だったのです。その呂竹は、「色事根問」。昔は、開口一番には、「根問」ものが多かったのに、最近、減りましたねぇ。そんなことを考えながら聴いていました。二番目に出てきた三若が、今までとは、ちょっと違った趣き。早口で、内容が、年寄りの多い客席に合わないかなとも思ったんだけど、いえいえ、とても受けてましたよ。ネタに入ると、更に、ヒートアップ。「一人静」という大阪人の自虐ネタ、これは、おもしろい。三番手の米平は、大ネタ「はてなの茶碗」。この日は、ここでダウン。やっぱ、三番手は、やばい。中トリの予定だった春之輔の楽屋入りが遅れるということで、トリの福郎が出て「抜け雀」。大ネタが続いた。この人、随分と、語り口が爽やかになっていた。もっと聴く機会があってもいい噺家さんだ。膝替わりが、枝光だが、まだ、この時点で、春之輔は入ってなかった模様。だから、枝光は、北海道ネタでつなぐが、これが、とってもおもしろく、新鮮。ネタは、ちょっと人に合わない「相撲場風景」。しかも、おにぎりのところで切り上げてしまいました。気の毒な調整役。で、ようやく、春之輔登場。自分的には、今年最後の落語。何をしてくれるんだろうかと思っていると、「今日は、私の好きな噺をやります」、、、(^o^)、、、「ちょっと、この季節は終わってしまいましたがな」で、やったぁ〜でした。「まめだ」だったのです。ちょっといい噺で、今年が終わりました。
 まだ、トルコでの行程を考えていません。そんな時間がありませんでした。せっかく行くのに、もったいない話です。飛行機の中で考えることにします。第一、これから荷造りです。めっちゃ、せわしない。大丈夫かしらん?




2006年 12月 17日(日)午前 11時 16分

 日曜日の朝、1週間経つのが早いけれど、昨日の土曜日は、丸1日きっちり働いてしまったものだから、かなりのお疲れだ。アフター5、遊びすぎが堪えてるという声も、遊ばないとやってられないよというところがある。まあ、これは、ぼやいてぼやいてぼやき尽くしてきたところだ。だから、てっとり早く、お出かけ記録を認めることにする。この1週間は、木曜日、息子と呑んだことと、金曜日は、遅くまで仕事をしていたことを覗けば、自分的癒しを求めて、夜遊びに興じた。これも、この1週間でおしまい。次の日曜日の朝には、イスタンブルにいるはずだ。
 先週の日曜日は、丸一日落語三昧に消えた日だった。実は、この日は、京都で行われる桂よね吉の独演会に行くつもりをしていたのだが、この頃の悪い癖で、愚図になってしまって、前売り券をなかなか買おうとしないことが祟ってしまい、結局、買いに行ったときには、もう売り切れ。あちゃーと言っても、猛省することばかり。で、二番手として選んだのが、「染左・由瓶ふたり会」。他にも、落語会の盛んな日だったが、この組み合わせに惹かれてしまったのである。けったいな組合せ、これが、第一感。アバウトな由瓶に対して、とっても誠実できっちりとしたイメージのある染左の組合せだからだ。それは、芸風にまではっきりと出ているし、前座の呂竹のマクラから、この話題。染左が出てきても、この話題。一人関知しないのが、由瓶という具合。この会の、もう一つおもしろいこと、それは、お互いに、手がけて欲しいネタをリクエストして演じてもらうというもの。それで、演じたのが、染左は「お玉牛」、由瓶は「瘤弁慶」だった。染左は、そつなく、いや、キャラの幅を広げる好演だったが、由瓶の「瘤弁慶」はいただけなかった。はっきり言って、無理。あまりにも合わなさすぎる。芝居がかったところなど、その素養がないのが、丸わかり。踊りとか、見よう見まねでも歌舞伎とかを知っているとは思えない。出すなら出すで、もっと稽古を積まないと、、、、科白忘れも、当然かと思いました。「宿屋町」の部分を省略形で演じてたので、危ないぞと思ってたら、案の定でした。それぞれ、もう一席ずつ出したのは、染左が「崇徳院」、由瓶が「おごろもち盗人」。ここでも、「崇徳院」は及第点、「おごろもち盗人」も、手間暇がかかってない感じ。以前聴いて、とっても良かった「看板のピン」の、あの雰囲気は、どこへ行ったのでしょう? 前座の呂竹のネタは、「犬の目」だったが、呂竹は、楽しみな噺家さんです。年数を経て、どないに変身するか、ちょっと楽しみです。
 そのあと、日曜日は、落語会のはしごをした。夜は、繁昌亭の夜席。目玉は、岐代松の「火焔太鼓」。東京ネタの移植版は、文太、鶴志の好演に接しているが、岐代松版も、聴いてみたくなったのです。他には、呂鶴が中トリで出て、またかの感がある「植木屋娘」。この人の、このネタ、何度聴いたろうか? 若いときから、ホント、よく当たる。だけど、最近は、またかの感とともに、このネタは、この人に限ると思ってしまうほど、いいのだ。変幻自在の声色、身振り手振り、言うことないのだ。客席も、大受け。膝替わりが、文昇で「書き割り盗人」、軽いネタなんだけど、文昇の派手ではないが、ぴりっと効くくすぐりとテンポがいい。この日の文昇は、ホント、めっけもの。吉次は、「夢八」ばっかりかけてる模様。昼席の記録を見ても、「夢八」ばっか。でも、それだけかけると、練り上がってきます。こないだ「島之内寄席」で聴いたより、メリハリが格段に上がってる。繁昌亭効果だろうか? トップバッターが、歌々志で「狸賽」、それに続く三金の「ふぐ鍋」は、有力若手が並ぶ贅沢編成。それらを受けての「火焔太鼓」がトリだった。岐代松が、トリの風格で喋っていたのが、まず、安心感を生んでくれる。もう、お任せっていう気分で、小気味良い噺の世界に導いてもらいました。テンポが命のこの噺、見事に、イン・テンポの、いい感じでしたよ。大満足、グレードの高い会でした。
 月曜日は、ワッハの4階であった三金の「古典の個展」に行った。新作派というイメージが出来上がっている三金が古展をするために作った会。客の入りは少なかったけれど、意欲が前に出てくる、客席にいていい会だなというのが、まず言える会。そのネタは、「高津の富」「尻餅」。イメージ的に、いいネタを、第1回に選んだものだ。富くじに当たり、「やったー!」と手を挙げる所作など、他の人がすると抵抗を感じちゃうんだけど、三金キャラは、逆に相応しい感じすらしてしまう。「尻餅」のバカバカしさも、明るく、カラッと笑い飛ばせるものに、、、いやー、期待通りの会でした。ゲストの都んぼも良かった。三金と同期ということでの登場。例のゴレンジャー組だ、この二人は。で、ネタは、「坊主茶屋」。これは、若手では、珍しいネタ。えっ、まさか、いや、ざこば一門だもんなと納得で迎えました。おもしろいネタを手にれたものです。都んぼのにぎやか喋りが、おかしさを増した好演でした。他に、前座が、初物の三幸で「子ほめ」だった。
 次の火曜日が、うつけた日となった。黄紺は、ずっと、この日を、大フィルの定期へ行くつもりをしていた。大植英次の登場する日だから外せないと、前々からチケットを用意していたのだ。ところが、前夜、開演時間の確認のために、大フィルのHPを見て、愕然。公演日を間違っていて、既に終わっていたのでした。どこで、どう間違ったのか、今もって分からないけれど、とにかく失意の火曜日になった。そこで、ただでは起きない黄紺、この日は、音楽会へ行くということで、落語会は諦めていたので、だったら、その路線でと、講談の会に行くことにした。うまい具合に、上方講談協会の定例の「天満講談席」のある日だったのだ。番組は、南青「三日普請」、南北「堀部弥兵衛の駆付け」、南湖「間十次郎雪の別れ」、南左衛門「面の餅」だった。講談のことは、よく分からないけれど、幾つかの大きな読み物連作集があるようだ。その中からの抜き読みというものが、こういった会で取り上げられるようだ。「赤穂義士伝」でも、「本伝」「銘々伝」「外伝」と揃ってると、南湖だったかが、紹介していた。南北と南湖が出したネタは、「銘々伝」からのもので、南青のネタが、「太閤記」からのものだそうだ。そういった分類のできないのが、「面の餅」、だけど、これが思いがけない得物となった。落語「鬼の面」の元になったものなのだ。これは、めっちゃ得した気分。講釈師さんでは、やはり、南湖の語り口に惹かれてしまいますね。精力的に出番をこなしている南湖のことですから、また、覗いてみようという気になってきている。
 水曜日は、雀三郎の「つるっぱし亭」に、雀のおやどへ。こちらの席亭さんに覚えられてしまい、この頃、おじゃまをすると、いつもコーヒーをいただいている。この日の会は、今年最後だからでしょうか、雀三郎一門会となっていた。出番順にネタを書いておく。雀太「延陽伯」、雀五郎「宿替え」、雀三郎「明るい悩み相談室」、ここで中入り、雀喜「軽石屁」、雀三郎「けんげしゃ茶屋」。雀五郎の口演に枝雀テイストが散見できてにんまりしたあと、この日一番のどっかーんを誘った「明るい悩み相談室」。中島らもの作品らしく、若干狂気めいた作品。様々な訪問者で綴るだけで推移するネタのなかに、らもらしいキャラの訪問者が出てくるというわけだ。「けんげしゃ茶屋」は、ちょっと尻すぼみかな、まあ、ネタ自体が、そういうものだからかもしれにけれど。縁起の悪いネタオンパレードで、聴く者が疲れてしまうんでしょうね。新年の会では、「二番煎じ」が出るそうなので、また、行かねばなりますまい。
 木曜日は、息子と、トルコへ行く前に恒例となっている飲み会。息子が携帯を替えることに付き合ったあと、その隣の飲み屋さんで呑みました。お酒は久しぶりなもので、この日も、簡単に回ってしまいました。
 平凡な金曜日が過ぎたあと、過酷な土曜日の癒しの会として選んだのが、「ビギナーズ・ラック」。吉弥とかい枝という若手有望株のジョイントの会だ。たまの会にゲストで、かい枝が出たとき、この日の話題となり、おもしろい企画があるということを知り、これを選んだのだった。もっとも、この日、繁昌亭では、「福団治・鶴瓶二人会」、他には、「田辺寄席」、「地盤珍華の会」、「林家亭」と並んだものだから、それぞれが大変だったと思うけど、その煽りを喰らってしまった感のある「ビギナーズ・ラック」。トリイ・ホールが寒々としてしまいました。いろんな試みのある会だったのだが、、、。開演までの間、二人のDJが流れている、出囃子は、ジャズ出囃子と音楽を使い、早実の齊藤投手のその後を、「大学編」「プロ編」と二つに分け、それぞれを、作家さんに委嘱して、この会にかけるという試み。噺家24時間をルポするというヴィジュアル化の試み。だけど、客の入りが少なすぎる、これは、笑い声一つとっても寂しいもので、演者、客自体に、微妙に影響を与える。更に、ジャズ囃子が、余計に寂しさを増幅するうえ、「ハンカチ王子」の人気の急冷えで、賞味期限を過ぎた食品を食べてる感じ、とどめは、プロジェクターが使い物にならず、PCの画面を見させられては、ダメ。そんなで、盛り下がる一方。古典は、かい枝が「尻餅」、吉弥が「ふぐ鍋」と定番中の定番。これも、盛り下げた。新作をこなすのが大変のは解るけれど、自分たちの会に、これは、あきません。そんなで、癒されるどころか、却って、ストレスが溜まって帰ってまいりました。帰りしなに、「大中」で、志ん生のCDが安いので、4枚も買ってしまいました。
 そうそう、金曜日、平凡にしたのは、午後8時から、NHKが繁昌亭を取り上げたからなんですね。でも、「寄席中継」でした。てっきり、「繁昌亭裏話」なんてものかなとか、報道番組として流されるものと思っていましたから、ちょっと驚きました。この日の出番は、吉弥「時うどん」、三枝「天満の白狗」だったが、吉弥は、ナレーターも務め、扱いの大きさにたじろぐばかりです。上方お笑い大賞話題賞ノミネートもされましたから、すごい勢いです。昨日の会では、その記念の盾を、最後に、出口のところで紹介していました。なのに、入りが悪かった、、、? まだ、納得いってないのです。




2006年 12月 10日(日)午前 11時 5分

 なんか自分が、完全、PC中毒、インターネット中毒になっていたことが、よく分かる。この間、PCがお泊まりになっていると、全然、することがない。PCがあれば、ちーとはましでも、でも、ダメ。一応、PCは、普通に使えたので、持ち帰り仕事なんかはできるし、時間は、それで消費できるんだけど、落語会一つ行くにも、開演時間を調べることができない、電車の時刻表を調べることができない。そういった利便性の問題だけじゃなくって、ないというだけで、落ち着かないんです。これは、危険な香りです。ま、そんなことを確認させられた日々であった。とにかく、インターネットは復帰しました。あとは、引き落とし専用にしている銀行に、お金を入れておかないと、たちまちえらいことになってしまう。自分の精神的安定を図るためにも、これは肝に銘じておかなくてはならない。
 昨日は、そんなで、午前中は、インターネットが繋がるように営為努力、その時間帯までは、ネットに繋がらないPCを使って、しっかりと持ち帰り仕事をしていました。そして、昼過ぎと言っても、もう2時半になってはいたけれど、ワッハの4階の展示室に行ってきた。この間、「吉朝の魅力」という特別展をしていたからだ。狭い展示室なんで、そんなに多いわけではないけど、独演会のポスターや、愛用の品々が展示されていたが、縁の人たちのメッセージは、さすが、全部読ませていただいた。以前、吉坊の会のゲストで来た南左衛門が、吉朝の話をして涙ぐんだということがあったが、そういった思いが一杯詰まったメッセージで、読みながら、ちょっと来ちゃってました。更に、ここへ行くときの楽しみ、映像・音声資料の閲覧だ。時間の許す範囲で、米朝の「土橋萬歳」を映像で、六代目松鶴の「苫ヶ島」を音声で途中まで。というのは、この日は、6時半から繁昌亭での都丸独演会があったのだ。雨の中、地下鉄堺筋線に乗って駆けつけた。既に、売り切れが告知されていたとおり、多くの客が詰めかけていた。都丸は、「宿題」「小間物屋政談」の二席を披露。全く異なる噺を巧みに演じる都丸は、円熟の時期に入っている。三枝作品の傑作と思っている「宿題」のお父さん、いい味出てますね。都丸のおとぼけキャラ的部分が、とっても生きていくネタやと思います。数ある三枝作品の中から、いいものをチョイスしたと思います。一転して「小間物屋政談」は、古典の中の古典。この噺、筋立てに、若干無理がある。いや、その無理から来る設定が、混乱の原因となり、ストーリーが展開するから仕方がないんだけど、都丸は、その無理さを、敢えて隠さず、滑稽さに転じる巧みさがあった。このネタを取り上げる噺家に、文我がいるが、文我は、小拍子をうまく使って、時間の転換をスピードアップして、無理さを隠すことに成功していると思うのとは異なった手法で成功したと見た。その他、助演は、開口一番として、まん我が出て、開口一番には相応しいと思えなかったが、「太鼓腹」を、そして、もう一人、九雀が出て、「親子酒」を、九雀テイストで演じてくれた。なお、まん我、九雀ともに、枝雀一門で、繁昌亭初登場の舞台であった。




2006年 12月 9日(土)午後 1時 46分

 突如として、インターネットが使えなくなったのが、水曜日の夜。その日の朝まで、使えていて、家を出しなに、電源を切って、家に帰ってきたら、電源を付けただけなのに、PCは使えても、ネットはダメ状態。早速、サポート・センターに電話をして、いろいろとチェックの指示を仰ぐが、全く、元には戻らない。30分以上も、電話でやりとりをしていたでしょうか、向こうも、もう手がありません。結局、黄紺のPCに問題あり、LANケーブルに問題ありの可能性ということで、引き下がらざるを得なかった。そこで、今度は、弟に電話を入れて相談。PCで困ったときの定番だ。そしたら、弟の家のLANにつないで、チェックをしようということになった。翌木曜日、息子の車に乗って、夜遅く、PCを持って行くと、普通に動くじゃありませんか。ちゅうことは、LANケーブル? 可能性はそれだけ。とりあえず、その晩は、他のメンティナンスのためにPCはお泊まり。翌木曜日は、前の職場で、一緒に仕事をしていた人たちと、半年に1度の呑み会。今回は、黄紺が幹事で、今の職場で覚えた香里園の小料理屋さんを、セット。ゆっくりとお喋りでき、お料理が、なかなかいいということで、ここを選びました。だから、この日も、PCは、弟の家にお泊まり。ですから、金曜日、京都での落語会の帰りにPCを取りに行き、LANケーブルも用意をしてもらっておいたのを持ち帰り、家で接続しても、ダメ。ひょっとしてということを思い描きながら、再度、サポート・センターに電話を入れると、ちょっとして、お客様相談室へ、翌日、電話をして下さいとのメッセージ。料金滞納になっている可能性を言われ、黄紺も、可能性としてありうるかもと思ったことが、これ。でもね、前に引き落とし先の銀行にお金がなくなったときには、事前に、郵便で連絡があったはずなのに、今回は、全然、そんなの見てないから、まだ、それが、本当に原因なのかは、自信はないが、とにかく、この文をアップするときには、全てがはっきりしてることになる。
 そんなことを悔やんでも始まらないので、この1週間の記録を認めておく。先週の日曜日は、せわしなかった。昼間に観能、夜は繁昌亭の予定を組んだのだが、移動時間が大丈夫か、それが心配でねぇ。最悪の場合は、能を、途中で切り上げて、繁昌亭に向かう決意までしていた。幸い、予想より早く、番組は進み、食事もゆっくり取れ、気持ちよく繁昌亭に行けました。能は、梅猶会の定期能。いつだったか、梅猶会の納め会だけが大槻だということを失念していて、大阪能楽会館から駆けつけたということがあった会だ。番組は、能「景清」「定家」「猩々乱」狂言「狐塚」ということで、なんか別会的番組。でも、このとき、きつかったんですね、またしても体調不良。「景清」は、あまり記憶にございません。「定家」は、どろどろ感が欲しかったなぁ。死んでも、墓にまとわりつく定家かづら、このどろどろ感ね。「乱」は。女性能楽師さんの、ハードル越え。しっかりした謡に舞に感心しておりました。「狐塚」のような長閑な村の1日、いいですね。失われた光景を思い浮かべていました。夜の暗さまで感じさせてもらった好演で、忠重さん親子の舞台、もっと観たいですね。
 夜は、繁昌亭ができたからこそ、大阪でもこの二人会が聴けるようになりました。上の鈴本で続けられてきた東西の噺家さんの二人会、「染丸・権太楼二人会」だ。そして、この日は、選びも選んだり、東西の色の出るネタがかけられ、満喫感で一杯の夜となりました。染丸「小倉船」、権太楼「文七元結」だった。海の中に入ると、もう染丸の独壇場だった「小倉船」に対して、しんみりとさせられ、ときには前に乗り出し聴いてしまった「文七元結」。前に座ってられた和服の紳士が、お隣の初対面と思われる若い女性二人に、終わったあと、お声をかけておられました。「堪能なされたでしょう」、黙ってうなずく二人の女性。正に、人情噺を聴いたあとの安堵感、誰しもに共通するものです。割れんばかりの会場のなか、幕が下りました。また。企画して欲しいなぁ。なお、この日の、他の出演者は、前座が市楼で「江戸荒物」、染二が「湯屋番」を務め、膝替わりには、内海英華が寄席らしい雰囲気を盛り上げてくれました。
 今週は、仕事が詰まってた関係で、アフター5は飛び飛び。月曜日はお休みで、火曜日に備えた。その火曜日は、ワッハの5階であった「桂春之輔落語会」。玄人っぽい方も、客席に並び、なんか黄紺の経験したことのない落語会の雰囲気。主宰者の春之輔は、最後に出てきて「けつね」を一席のみ。そこまでが長かった、豪華やった。前座が、佐ん吉で「御公家女房」、続いて、弟子の壱之輔が、最初の予定は「ろくろ首」だったが、「御公家女房」とかぶるということで、「手水廻し」に変更。ここからが豪華だ。めちゃくちゃうけた都丸の「くっしゃみ講釈」、人間国宝級という声がある横山ホットブラザースで中入り。膝替わりが、都で、マクラ集と言える「都ばなし」。そして、やっと「きつね」なのだ。待ちに待ったが、ちょっと疲れ気味の客席。肝心の「きつね」は、小佐田センセの補綴版。芝居噺と銘打たれてあるが、歌舞伎パロディ的要素はなく、単なる田舎の化かし合いのお話で、ホントの狐はどれかという部分はあるけれど、そないにもったい付ける噺ではない。「狐芝居」の方が味わいがある。過去の新作物として語り伝えていってもいいかとは思うけれど、そんなにたいそうに扱う話でもなかろう、それが感想だ。黄紺は、結局、円都で、このネタは聴かず終いだったので、即断はダメかもしれませんが、、、。
 木曜日の呑み会を経て、金曜日は、京都の北座ビルである「染弥町寄席」。今月は、都丸の当番月。そんなで、今週は、都丸ウィークで、3回聴くことになる。この日の目玉は、その都丸の出した「風の神送り」。米朝による復活物の一つで、今まで、米朝本人と米二でしか聴いたことがなく、当の都丸が手がけていることも、今回出ることを知るまで知らなかったほどだ。久しぶりに接したが、古臭い噺です。「風の神」を張りぼてかなんかで作るんでしょうね、その金集めの部分が、話の大半。そういった意味では、古い民俗的習慣を行う長屋噺と言っていいものです。こんな噺も、ときには、聴いてみたいなと思いました。その他の出演者は、前座が、雀五郎で「初天神」、古い型、元の型を演じてくれたようで、原型の確認という効果がありました。次が、三金で、「神様のご臨終」。スケールの大きな噺だと思わせるような三金の口演に、一票です。そのあとが、梅団治で、得意の「竹の水仙」でした。
 インターネットの不具合の原因は、料金の滞納でした。お恥ずかしい話です。




2006年 12月 3日(日)午前 8時 8分

 息子から、こんなメールが入った。「もうね、涙出るくらい笑いましたわ。鶴志最高や。楽しかったです」。これは、昨夜の繁昌亭の公演「小染・鶴志二人会」に行ったあと、その感想めいたことを送ってきたものだ。実は、これ、黄紺が、だいぶ前に買っていた前売り券を、息子に譲ったものなのだ。譲らねばならなかった理由というのが、誠に虚けた話だ。黄紺は、持ち回りで回ってくる職場の忘年会の幹事に当たっていた。そして、その幹事会で、忘年会の日取りを決めるとき、自分が、この日、繁昌亭に行くためにチケットを買っていたのを失念していたため、その日に、忘年会を設定してしまったのだ。「小染・鶴志二人会」に行くことは分かっていたのだけど、日取りを失念していたというところが、正確なところだ。まあ、最近、よくあることだから、何ら珍しいことではないのだが、幹事を降りるわけにはいかず、結局、息子に譲ることになったわけだ。また、この会が、いい番組で、そら、実際に、繁昌亭で生落語体験したら、いいのにこしたことはないので、落語会初体験の息子も、十分楽しんでくるとは考えていた自信のお薦めの会だった。自分自身は行けなかったが、この記念すべき会の番組を記しておこう。鶴志は、「棟梁の遊び」「笠碁」を出し、小染は、「掛取り」「蔵丁稚」を出したのでした。
 こんなだもので、黄紺の夜遊びは、昨夜は休止。一昨日の記録を残しておこう。一昨日は、ミナミのトリイ・ホールであった、月一で行われている「トリイ寄席」の150回記念の会。ここのホールがあるところは、以前、芸人が、よく泊まる旅館があったということで、ビルに建て替えたとき、それを記念して、ずっと月一のペースで行われている会だ。先年亡くなった古今亭志ん朝も、ここには、年1回必ず出演していたのは、こういった縁のなせる業だったのだ。その記念の会に選ばれたのが、「枝雀一門会」、出演者も、雀三郎に、雀松、雀々と顔を揃えるグレードの高い会となった。とっても楽しみにしていた会だった。この3人を、一度に聴いたことって、あったろうかなどと考えながら会場に行ったのだが、ネタの並び方が判明してくるにつれ、この会は、トリイさんへのご祝儀の会だったんだと分かってきて、期待が大きかった分、徐々に失望へと変わっていった。ネタが、誰しもが軽めのものばかりを並べてしまったのだ。中トリが、雀松で「太鼓腹」、膝替わりが、雀々で「疝気の虫」、そして、トリが雀三郎で、「哀愁列車」だったのだ。顔見せが目的だったんだと言われても、この番組だったら仕方あるまい。ただ、自分的には、雀々の「疝気の虫」は、初体験で、ありがたかったことはありがたかったんだけど、だけどと言って喜んではいない。頻繁に、このネタは出しているはずなので、別に、ここで聴かなくってもの感じなのだ。その他の出演者は、前座が、紅雀で「いらちの愛宕詣り」、二番手が、こごろうで「おごろもち盗人」と、これまた定番。結局、そういう会だったのです。そうだと思って、計画を立てなければいけなかったのに気づかなかった黄紺が、ダメだったのね、です。




2006年 12月 1日(金)午前 6時 29分

 繁昌亭に行き出してから、わりかし繁昌亭の占める位置が大きくなってきてたんだけど、ちょっと今週は、様相が変わってきている。今週は、月曜日だけで、繁昌亭はおしまい、あと、落語会なんかに行ったとしても、会場は、繁昌亭ではないのだ。日曜日は、初めて講談だけの会に行ってみた。旭堂南湖という講談師が、わりかし気に入っているのだ。旭堂一門は、誰をとっても、粒ぞろいなんだけど、南湖を聴いたとき、この人、そんな中でも違うと感じさせられてしまったのだ。「名探偵コナン」を文字って、「名探偵ナンコ〜よみがえれ!探偵講談〜」を会の名称にして、明治期の「探偵講談」の「講談本」を基に復刻するのをメーンにした会だ。会は、主宰者南湖が三席演じ、最後に、対談を付けたものである。対談は、月亭八天と組み、創作落語に参入してきている田中啓文とのものだ。「対談・探偵講談と探偵小説あれこれ」と題するものだった。演目を書き残しておこう。「新作講談・コアラ」「古典講談・赤穂義士銘々伝 矢頭右衛門七」「探偵講談・素人探偵(原作:神田伯鱗)」だった。三本のなかで、一番ゆったりと聴けたのは、「赤穂義士」。それだけ、作品としての完成度が高いということか。「探偵講談」は、作品に拠るのでしょうね。今回は、おもしろさに欠けました、残念ながら。なお、この会は、JR「新福島」駅近くの「本遇寺」というお寺で催されたものだ。
 講談の会初体験の後、月曜日から水曜日まで、落語会3連発だった。これが、なかなかいい会が揃っていたのだ。まず、月曜日だが、この日は繁昌亭の夜席だ。せっかくの好メンバーに加えて、林家染二、繁昌亭初トリにも拘わらず、入りがよろしくなかったが、出演者懸命の口演、とても好感を持ちました。メンバーにそそられたのは、三金、遊方の「できちゃった」組に、生喬が出るというメンバー構成に惹かれてしまった。そして、予想通りの口演、大満足の図式だ。ただ、この日の体調がおもわしくなく、肝心の生喬の「しびんの花活け」でダウン寸前、意識朦朧状態で、久しぶりのこのネタを、しっかりと聴けてなかったのだ。これは、悔しいね。これは、三金の「アメリカ人が家にやってきた」の後半部分からの現象。だけど、三金の掴みや、「デブネタ=自虐ネタ」も板についてきました。相変わらず、将来へ期待を抱かせるもの、大でした。そして、遊方が中トリというのも、いいですね。こないだ、「できちゃった」で、繁昌亭のトリを取ることになったことを「いじめ」と言っていたが、中トリは、自分の世界に引き込むか引き込まないか、ぎりぎりの危うさの世界で口演をするという一種独特の雰囲気での口演、気に入りました。ネタは、自作の「たとえばこんな誕生日」でした。繁昌亭、歌手の初登場を飾った光井さくらの「ジャズ&トーク」を経て、いよいよお待ち兼ねの染二の「質屋蔵」。これが、良かったですねぇ。型をきっちり押さえ、くすぐりは、染二にしては珍しく控えめで、だから、型がくっきりしてくる正統派の口演、40分という長講が短く感じられました。これは、今後長く記憶に残るものという確信を持ってしまいました。
 翌火曜日・水曜日は、ともに桂文我の会。火曜日は、京都府立芸術会館の3階和室での会。文我は、「目薬」「口入屋」「三井の大黒」の三席。ゲストに、竹林が出て「仏師屋盗人」、前座がひろばで、「動物園」。ひろばは、デフォルメの仕方が、まだ分かっていない。これは、彼に出会うと、いつも思うこと。もう少し待ちましょう。文我の会へ行く目的は、三つの内一つは、何か珍しいものをの期待があるから。そういう意味では、「三井の大黒」がそうなんだけど、そして、この噺をする文我は、とてもいい雰囲気なんだけど、ちょっと当たりすぎ。4回目かな? それに加えて、「口入屋」は、他の噺家さんで聴けるよの突っ込みを入れたくなるので、この日の文我には、不満ばかりが残ってしまった。この会場まで行くのがきついものだから、余計に愚痴が出てしまう。そんな中で、竹林の口演が良かったですね。笑福亭らしいいい意味でのぞんざいさがあり、この日の秀逸でした。
 翌水曜日は、玉造の「猫間川寄席」。これは、今年の1月からスタートした会。100人くらいは、しっかりとは入れる場所が、いいですね。文我がお世話をし、出演をする会として、大阪で定着しつつある。自分的には、2度目の出没だった。この日の目玉は、「土橋万歳」。この大ネタを、このような地域寄席で出すということは、なかなかないことと勇んで行ってまいりました。ただ、不安が的中。お囃子が大変なはずなのに、だいぶとええかげん。もうちょっとしっかりやってよの感じ。夏に八天がぼやいてぼやいてだったことを考えると、やっぱしっかり準備をしてほしいな。そんなで、肩透かし。文我のもう一つのネタは、「佐々木裁き」。これが、なかなかグーな出来。ただ、文我の悪い癖というか、いやいい癖なんだけど、黄紺が気に入らない癖、、、言い習わされた言い方を、客に分からないと思い、自分流に言い換えてしまうこと。これで、言葉の運びが悪くなるものだから、いいところで、マイナスをつけてしまう。だけど、今年、勢朝と言い、文我と言い、いい「佐々木裁き」を聴いたという印象だ。それ以外の出演者は、前座がしん吉で「みかん屋」、ゲストが2人で、つく枝が「湯屋番」で、福車が「無いもん買い」。特に、福車が良かったなぁ。東成区出身、および、現在も住んでるということで、ふんだんに、東成区ネタを盛り込み、客のハートを鷲掴み。それだけじゃなくって、この古臭いいちびりネタから、古臭さを削ぎ落とした口演で、大拍手。この人、その辺の嗅覚は、さすがのものがあります。
 そんなで、3連続落語会を経て、本日は、ちょっと休憩の日。しっかりと、休養を取りましょう、今晩くらい、、、。なんて書いて、ホントに、アップしないで寝てしまいました。で、翌朝、アップです。今、SHOW-RADYOでは、フェネルバフチェが、セルタ・ヴィーゴとUEFA杯を戦っている試合の実況中継中。只今、0:0の均衡を保ったまま。フェネルバフチェ、かなりいい試合をしてるようです。なんて書いた途端、ゴールを食らってしまいました。




2006年 11月 26日(日)午前 9時 29分

 昨日の土曜日も勤務日で、ほんのささやかな休日を迎えている。こんなだから、どうしても、こないな日に、自分のために使わねばと、ついつい外へ出かけることを考えてしまう。その一方で、ここ10日ほど、ずっと眠れない日々が続いている。つい5年ほど前までだったら、もったものがもたなくなってきている。それを回復し、また、翌日の元気が出てくる最良の薬は、睡眠なのだが、その睡眠がとれない。おかげで、トルコ・サッカーのライヴ中継を聴くことができるといっても、翌日の仕事を考えると喜んではおれないのだ。幸い、疲労感を、そんなに感じてないので救いなのだが、そんな話を、知り合いにすると、それは、単に、疲労も感じないような老化へと進んでるのじゃないですかとも言われてしまった。うーん、そう言われると思い当たる節もないわけではないので、夜遊びも、そこそこにしておかないとと考え出してもいるのだが、それを止めちゃうと、自分が自分でなくなるような気がしてしまう。特に、今の職場では、ね。
 そんなだから、金曜日は、ちょっとお休み。ま、職場の忘年会の打合せを、仕事のあと、やらねばならなかったものですから、遊びに行ってる場合じゃなかったのです。替わりに、土曜日は、きっちりと遊んでまいりました。行ったのは、雀のおやどで行われた「落語の定休日」。これは、桂九雀主宰の会で、小佐田センセの作品を、九雀本人とゲストが、計3席演じ、当の小佐田センセとの対談も盛り込まれているユニークな会なのだ。昨日は、古典の改作の中から、「釜盗人」「軽業講釈」を九雀が、新作で擬古典的雰囲気のある「狐芝居」を、吉朝門下の吉坊が演じてくれた。九雀が、この日演じたものを、持ちネタとして再三演じてるのは知っていたが、実際に接するのは、昨日が初物。「軽業講釈」を手がける噺家さんは、幾人か知っているし、実際に聴いているので、それらとの比較、即ち、工夫によるおもしろさ、無理さも解るのだが、「釜盗人」は、対談で明らかにされていたが、扱ってるのは、福車と二人だけということで、比較も何もあったものではないが、このネタ自体の価値ということから考えると、着想のおもしろさは、抜群だ。九雀&小佐田センセの味付けは、現代的受け狙いの部分があり、言い換えると、古典的雰囲気にしっくりこないところを感じたので、短くなるかもしれないけど、エッセンスだけの短い笑話に仕立てると、いいなぁなんて考えてました。「軽業講釈」の「三大〜〜」も、同様で、黄紺的には、聴いていてノリが悪くなったところだ。「狐芝居」は、吉朝用に作られたものかと思いこんでいたが、元は、枝雀用に書かれたものを、枝雀が、弟子の雀松に演じさせ、初演されたものとか。自分的には、このネタも初物。出会えてなかっただけだが、吉坊が、気持ちよく、芝居の部分を演じてくれた。でも、この噺、なんで、「蔵丁稚」と、全く同じ場面を使うのだろうか? それは、演者に任されてるのか? 最後まで、狸を出さない演出、だんごを置く演出、これらは、雀松の考案だということでした。吉坊によると、吉朝門下では、吉弥、しん吉も扱っているとか、聴き比べてみたいものだ。吉弥は、時々出しているの見かけるのだが、しん吉は、初耳だった。
 更に、この会は、えらくディープな方々が、客として来ておられた。くまざわあかねさんが、ご主人の出演を、客席で、ご覧になっていたのも、一つだが、落語会情報誌「よせっぴ」の制作者、また、その方と話されてた方など、会をプロデュースされてる雰囲気などなど、、、どうしてなんでしょうね? 確かに、魅力的な企画、番組、演者だったことは、間違いないですが。




2006年 11月 24日(金)午前 0時 40分

 大事な祝日も出勤に当たっている。ま、仕事は、午前中だけだったのだが、と言っても1時までという制限はあるので、お昼ご飯は、それから食べに行くと行くだけで時間がかかるということで、コンビニの定番スパゲティを食べた。そんな風に食事をしていると時間が過ぎるしと、結局、夜遊びに出るまで、職場にとどまり、ほぼ人の居ないところで、ごろごろとしている。よく黄紺がやってる光景で、そんなときに、お馬鹿にも仕事をしてしまうのですよねぇ。それで、休まないといけないときに休まないので、肩はかんかん、背中まで痛みが回ってきている。これでは、いかんと、こんなことをしています。でも、これも、肩がこるねんけどなぁと、自分に突っ込んでいる。だけど、気分は晴れるから続けます。どうせ、今日書きたいことは、全部書けないだろうなの予想のもとで始めている。
 書いておきたいのは、相変わらずお出かけ記録だ。この頃、土日に、家に居るときって、梯子を避けるようにしています。昼間に、どこかで映画を観て、夜は寄席というパターン。もう、どっちかにしておかないと、せわしなくて仕方がないので、ちょっと梳り気味にしている。ま、それは、今日にも言えるのだが、それはおいといて、日曜日から振り返っておこう。日曜日も、そないな判断で、一つをチョイス。歌々志の会か、岡町での落語会かに迷った挙句、雀松に吉弥が付いてくる岡町を選び、京都からはるばると出かけてまいりました。だけど、ちょっと肩透かし。「お楽しみ」とされていたネタ隠しも、宗助が「はてなの茶碗」、期待の雀松が「太鼓腹」と、両方ともいいんだけど、聞き慣れてるよ、それって感じで、ちょっと悔いを残してしまいました。おまけに、吉弥の「書割盗人」の後半、極度の寝られない症候群の黄紺は、舟を漕いだのです。勿体ねぇ。都んぼの「掛取り」は、丹波橋寄席聴いて以来、オリジナル噺家ヴァージョンは楽しめるんだけど、気張りすぎ。そないに頑張らなくても、いいのにねぇ。そうそう、マクラの口紅を食べる話、客席、思いっきり引いてました。200%引いてるのに、続けるなぁ。前座だけ、米朝一門じゃなくって、喬若で「二人癖」。
 月曜日は、夜遊び、お休みの日。火曜日は、ワッハの「島之内寄席」へ出動。それにしても、「島之内」は、老人センターの雰囲気、ますます上昇。黄紺が若かりし頃の雰囲気は、微塵もありません。この日は、午後、体調が悪く、ワッハの座席に腰掛けると、ホント、体が吸い込まれました。大体、二席目、三席目が、いつもの危険信号。また、この日は、中入り前が精鋭というか、頑張ってくれて、そこに合ったものだから、少なからず自分的にはショック度高し、でした。二席目にいきなり「夢八」には、びっくり。口演は吉次。五郎兵衛直伝じゃないかと、頑張ったんだけど、負けました。三席目が、この頃、えらく飛ばしてる枝女太で、これも、びっくりの「鹿政談」、ここが最悪のお時間。快調なテンポが余計に船を漕がしてしまいました。中入り前が、この日の超目玉、福笑で、「きょうの料理」。奇才に相応しい奇異なる爆笑ネタ。これは、笑った。何度、声を出して笑ったかわからないほど、バカバカしかった。眠気などというもの、完全に吹き飛ばすパワーのある口演で、大満足。ところが、中入り後は、ちょっとパワーが、次第に落ちていく。伯枝が「へっつい盗人」、丁寧に演じてたのに、下げのところで雑ったのが、残念。で、トリが、生きていたのか小軽で「ちしゃ医者」。この日も、ちょっと冷や冷やしながら聴いてしまいました。前座は、染太で「犬の目」だった。
 続いて、水曜日は、期待度の高い「育っちゃったらくご!」会に行ってまいりました。前回、予約をしないで行って、ちょっと困ったので、この日は、ちゃんと電話を入れておきました。相変わらず、出番からじゃいけんで決めたようだが、偶然、キャリア順になり、開口一番が、たまで、トリが、あやめとなった。まず、たまは、映画館で映画を観るようにという趣向を入れたのはいいんだが、あまり生かせてませんでして。発想だけいただいちゃった感じ。「Dr.ライカ」は、まだまだ練り上げる必要がありますね。「月宮殿星都」が期待倒れに終わるのと同じ感覚を持ちました。二番手は、三金で「ペッパーラッパー」、これは、「くしゃみ講釈」のパロディ。後藤一山の替りが、ラップのDJ。それを唐辛子で困らせようというもの。おもしろいこと考えますね。そして、この日の三金の口演を聴いてて、ほんと「くっしゃみ講釈」の出来の良さを再認識させられました。三番手は、三風で、「農と言えない日本」。過疎の村の出身者が、彼女を連れて農業に戻ってくる話。三風は、そんなにたくさん聴いたわけではないが、自作のネタは、地味系だが、同時に堅実。奇想、客を驚かすことはないが、常に平均点を稼ぐ、これも、まさにそれだった。トリは、あやめで、「ハートヒーリング引越センター」。引越には、人生模様が付き物と、心のケアも提案する引越センター、この着想がグーで、あやめ作品では、黄紺は上位に入れているもの。2度目だったが、2回とも同じ感想を持った。ここで、ホントなら、遊方の出番もあるところだが、かなりひどい風邪で、声を潰しており、他の同人に止められ、この日は、お休み。南湖は、先に他の仕事が入ってたとかで、顔も見せていませんでした。作品によっては、出来不出来があるのは、新作の世界。でも、発想、構想、練り上げ方、そんなのの先端を行ってるグループが、この会。まだまだ、追いかけねばならないと思っている。
 そして、今日は、繁昌亭の夜席に行って、昼間の憂さを晴らしていました。今日の目玉は、三喬がトリを取るということ。そして、三象様が登場ということで、目玉が二つも。それにしても、三象様の自虐ネタは、ホント、涙が出そうになるほど、笑っちゃう。これは、遭遇したことのない人には解らないだろう、秘密倶楽部的おかしさ、怪しさ満載が、三象様だ。こんなおかしな芸人がいたのかと、きっと、客席は、びっくりしてたろう。受けるわ、受けるわ、すごい熱気でした。ネタは、三枝師の「忘れ物承り所」。一方、三喬は、「禁酒関所」。なんか、このネタにぴったりですね。わりとしつこさみたいなものを、わざと削いだ仕上げで、それが、この人のキャラに合ってます。関所の侍を酔った体で演じたのは、3回目だけというのも、考えた上でのことだろう。やはり、この人、大器。繁昌亭でトリをとても、様になっている。中トリは、米左で「太鼓腹」。三象様のあとで可哀相だったが、次第に自分のペースに。未練たらしく、三象様にひっかからないで、いきなり幇間の話に入っていけば、簡単に、米左ワールドに引っ張っていけたのにと思ってしまいました。二番手が、福矢で、こないだ出した「いかけや」リターンズ、でした。マクラが、良かったね。鶴志との交流ネタで、客席を沸かしてくれてました。前座は、佐ん吉で「御公家女房」だったんだけど、この人も、やっぱ有望だわぁ。客の心の掴み方を知っている。マクラにしても、ネタにしても、さすが、吉朝門下だ。これに加えて、色物として登場の智之介は、噂の奇術を披露してくれました。かなり、手慣れてますね。
 そんなで、祝日開けです。眠れない日が続いています。今日も、この分だと、あまりよろしくありません。




2006年 11月 19日(日)午前 6時 54分

 昨日、実に久しぶりに、能の会に行った。黄紺は、観能の記録は、完全に取ってあるので、それを調べると、7月を最後に、全く、能楽堂に足を運んでいなかった。原因は、はっきりしている。この秋ほど、足を運ぼうかという会が枯れたのはないかと思う番組作りがされているのはないのだ。それに、仕事の関係で、バッティングということが起こってしまうのだ。その最大のショック、10月に出た「大社」だ。ウルトラ稀曲の「大社」を見逃すと、今後、いつ観れるかどうか、全く分からない代物なのだ。それが、見事、北海道出張と、ドンピシャの大当たり。そんななか、ようやく昨日、そそられるようで、そそられない会を見つけた。長能会という神戸の吉井家の会だ。お目当ては、「身延」。珍しい、滅多に出ない、、、そのわけは、おもしろくないからなんだけど、珍しさにつられて、そそられてしまったのだ。わざわざ、神戸の湊川神社に行った。ちょうど、七五三と重なり、いつになく境内は賑わっていた。大安だったんだろうか、結婚式もあったようで、見慣れた湊川神社の光景とは、随分と異なる雰囲気だった。番組は、能「菊慈童-遊舞之楽-」「身延」狂言「千鳥」だ。1時に始まり、3時半ちょっと前には終わってるという、なんとも省エネの会に、終わったところで、ちょっと唖然。「千鳥」は、能の定例会で出る狂言としては長い方で、25分かかってるし、仕舞も2番あったしとなると、肝心の能が、短い。短いものばっかを選んだ上に、「身延」なんか、次第のあとの、サシと上歌まで省くという荒技をして、短くしていた。「身延」に小書なんかあるわけないのに、だ。法華経の言葉が並ぶので、聴いていて大変だとばかりにカットしたのだろうか、いえいえ、この曲は、全編、法華経の功徳を説くためだけの曲だから、矛盾している。だから、単純に短くするだけのことなのか、、、? だったら、「菊慈童」と組み合わせるなよ、番組作りを考えろよと、わざわざ神戸まで行った者からすると、突っ込みたくなる。
 夜は、繁昌亭の「たまよね」に行った。両者の間に時間ができたので、そのとき用に確保している南森町のネットカフェで、HP更新用の記事は、完成。とても効率のいい時間の使い方。で、「たまよね」は、期待の落語会。笑福亭たまと構成作家米井敬人のジョイントの会。「よね」の係わるのは、昨日の会では、ショート落語と対談だけなのだが、二人で、落語の可能性を探るということで開いてきたものも、この12月で閉じるということだ。それを記念して、繁昌亭での開催となったもの。たまが「初天神」「不動坊」「Smell」の三席、ゲストのかい枝が「野ざらし」、前座が、そうばで「ろくろ首」という番組だった。最近、たまが、古典を、どのように整理し、一方で、くすぐりを放り込んでいくか、それを聴くのを楽しみにしているが、「初天神」では、向かいの聴きたがりの親父とのやりとりで、膨らますところは膨らまし、カットするところはカットしたりと、いつもながらの鮮やかな手さばきに、目を見張らされ、「不動坊」では、二人の結婚に、ちょっとした合理性を放り込み、おもわずにんまりさせられたりと、いろいろとやってくれます。大歓迎の処理に、大満足。そんななか、「不動坊」のスケールの大きさ、これが、どこから出てきたのか、未だ判ってないのだが、ここまで大きな噺だったのかと思わせられる口演に、ちょっとした感動まで味わいました。ゲストのかい枝も、今をときめく人になりつつある逸材。吉弥との会「ビギナーズ・ラック」にも、「よね」が噛んでるのを、初めて知りました。たま、吉弥、かい枝という若手の先端にいる噺家さんと探る落語の可能性、これから、真っ先に追いかけていかねばならない存在かと思ってしまいました。
 12月に、繁昌亭の夜席として、花丸・都んぼ、生喬・文華、銀瓶・つく枝、こういった組合せで、二人会が予定されている。繁昌亭選出の有望株後押し企画だ。確かに、これらの人の前途は、期待がいっぱいだ。もちろん、これに、吉弥、かい枝、たまも入ってくるだろう、上方の未来を支える人たち。吉弥以外の吉朝の門下生も、割り込んでくるだろうし、染雀・染左という染丸門下の俊英もいる。米朝門下には、今度、歌之助を襲名する歌々志もいる。なんか、上方落語界を担っていく人たちを追いかけていく、これは、自分の時間との競争になってきた。若かりし枝雀・ざこばから始まり、吉朝・千朝・米八を来る日も来る日も聴いたことを思い出している。それと同じことを、今、またしている。噺家さんの歩いた跡を見ていくのは、ファン冥利に尽きるところなのだ。




2006年 11月 16日(木)午前 1時 15分

 土日休みなしで働いたその日曜日の夜、時間があればと計画していた映画「ディア・ピョンヤン」を観に行った。ちょうど仕事が終わって、京都まで戻り、晩ご飯もしっかりと食べて、且つ、映画館に、ちょっと早めに入り、今後上映予定の作品をチェックする余裕まで持って観ることができるという、ラッキーな展開となった。で、肝心の映画だが、これがいいのだ。最近、富みにドキュメンタリーの秀作が出てきているが、その中に十分過ぎるほどの位置を占める作品と言える。新聞紙上でも、随分と取り上げられたが、この映画は、総連幹部の両親を持つ製作者が、自分との乖離を感じつつ、親は親であると、記録を撮り始めたものを集約したものだ。そんなだから、これは、家族の物語なのだ。そして、世代間ギャップを感じて、個としての生き方を進める製作者が、それでも、尚且つ、親がこだわり続けた生き方を問うことによって、自らの生き方を問うていながら、家族に拘泥している、ハートウォーミングな親子の物語だから、観る者の心を打つ。人生に真摯に向き合う製作者の心根が素直で、心地よい。これで、こないだの「母たちの村」と連続して、大ヒットだ。京都シネマ様々だ。
 週明けから、休みなしだったからだろうか、不調だ。昨日などは、一時、風邪を引いたのじゃないかと、気を揉んだものだった。だけど、それも、昨日の午後3時か4時頃になって、不調の原因が、自分的には判ったつもりだ。要するに、日曜日、ちょっとした力仕事をしたのだ。それが、10時から11時の間、ちょうど1時間くらいのこと。それが、効いてしまい、でも、それが原因と特定できたのが、2日後の、しかも、5〜6時間ほど経ってからというのが、すごい。要するに、体に、特に、腰に身がいってしまったのだ。それが判るのに、それだけの時間がかかったのだから、すごすぎる。年も、ここまでとってしまったのかと、呆れるしかなかった。
 そんな具合だったから、月曜日など、わけもわからずへばっていました。繁昌亭に行きはしたが、ぐったり状態。だいたい二番手、三番手に出てくる噺家さんが吹っ飛んでしまうのですが、この日は、その辺に留まらず、トリの春駒のところでも、途中が飛んでしまってました。ネタは、「抜け雀」。絵師の父親が出てきて、鳥篭を描くところは、きれいに記憶がございません。二番手が福矢で「おごろもち盗人」も後半が、三番手の文華の「近日息子」も、「天ぷら食いたい」の前と言えば、この噺のいいところが、すっかり抜けています。福矢と文華の口演がこれでは、もう、しょげかえってしまいました。この有望な2人の噺をこれでは、がっくりです。あと、中トリは団朝で、「子は鎹」を出した。実は、これが目玉で行ったんだけど、こないな調子で、かなりがっくり来たあとの登場。そないなところへ、あまり間を使わない団長節は、この噺には似合わなかったなぁ。そんなで余韻が残らず、中入りへ。ただ、中入り明けの米八の曲独楽は、久しぶりであったことからも、ばっちり。この調子で大丈夫と思いきや、「抜け雀」で、ぽっかり空洞がで、もう、サイテー、です。なお、前座は、呂竹で、「寄合酒」。この人、短期間で上昇中です。
 昨日は、そんなで休養日に当てました。そして、1日置いて、またしても繁昌亭通い。今日は、「大阪名物あほの会」と銘打った会だった。これが、結構、客を集めているという噂が流れているので、覗いてみようと考えたのだ。前回は、鶴瓶が、なんちゃんを伴い現れたとかで、また、その情報が、事前に、一部流れてたということもあり、大変な人だったようだが、二匹目のどじょうがいるわけでもないだろうに、このメンバーでと、純粋に落語会と考えると、客を集められるとは言えないメンバー構成なのだ。ですが、今回も入ったのです。「あほの会」というベタではあるが、このネーミングが、功を奏したみたい。確かに、濃いメンバーが揃っている。でも、ディープな寄席ファンじゃないと、その濃さは知らないだろうから、やっぱ、このネーミングだ。掴みは、OKの典型例。この会の中核メンバーは、笑福亭仁福と露の都。まあ、仁福のちぐはぐなマクラ、お約束の自虐的なマクラのおかしさは、まさに、「あほの会」に相応しい。おまけに、この日は、一転して、「一人酒盛」を、正攻法で演じたものだから、大拍手。一方、都は、落語の出番がない替わりに、お茶子で登場。それも、つぶやきお茶子だから、おかしくて、おかしくて。最後には、「あほ裁判」の裁判長で仕切役に。落語では、この日のトリは、桂勢朝。ネタは、なんと、「抜け雀」。今週2回目の遭遇だが、勢朝が、このネタをするとは知らなかったもので、感激。とにかく、明るく、朗らかな「抜け雀」、こんなのもあるんだという感じで聴きいてしまいましたが、やはり、こないなネタが出ると、客席の聴き入る姿が、また、心地よい。出来具合で言うと、トップバッターに出た笑福亭由瓶の「看板のピン」が、出色の出来。東京弁でやるおやっさんが、とてもいい。この聴き慣れた噺に、聴き入ってしまいました。かなり、このネタは話し込んだのでしょう。ちょっと、由瓶の落語会、覗きたくなりました。次にネタで、おもしろかったのは、福矢の出した「いかけ屋」。大師匠のネタを、若き福矢は、うなぎ屋をからかうところまでやってくれました。自分的には初物だったので、これは、嬉しかったなぁ。これ以外では、三番手に出た吉次の「ちりとてちん」と、膝替わりで出た仁嬌が、師仁鶴の十八番「代脈」を出してくれました。最後には、「あほ裁判」、誰か、一人の噺家さんの「あほ度」を暴露し合うという企画。今回が初めて。その名誉あるトップバッターは、やはり、仁福。これで、盛り上がらないわけがない。いい気分で、家路に着くことが出来ました。なお、「あほ裁判」には、この日、出番のなかった染太、笑丸、三若も出演してくれました。




2006年 11月 12日(日)午前 5時 49分

 2週間連続勤務の丁度半ばだ。昨日、今日の土日が、ともに出勤、出張の日だ。1年で、一番過酷なシーズンとなっている、昨年から。これが、6月頃の蒸し暑い日に当たっていなくって、ラッキーと思い、自身でコーピングしている。この分を、冬に回して、年末年始のトルコ行きに備えているわけだが、まあ、それがあるからいいやとは、働いているときは、到底思えないのである。辛抱と体調維持に気を使う2週間となっている。黄紺は、こういったとき、ブルーな気分をハイにすることによって、コーピングすることにしている。何某か、いいところはないか、おいしいところはないか、それが、見つかれば、ま、いいかの気分になると、嫌なことも何とかなると思うのである。でも、年嵩が進むにつれ、やっぱ、体が資本だぞと、嫌というほど思い知らされてきた。ここ2年ほど、もう、限界を通り越したかのように思えてならなかった。日々、通勤距離の伸びたことが、ボディブローのように効き、フットワークが落ち、その上、眠れないことが多く、へばりきりかけていたのだった。このままじゃ、じり貧で、決して回復はしないじり貧だと思えてくると、あまりにもできてないことが多く、そう思うと、またへこむ、そんな感じだっただったのだ。だから、夜遊び記録をつけれるということは、そこからの立ち直りを示していると考えている。
 先週末から、繁昌亭5日連続を計画していた。この2週間連続の前に、スパークしておこうという魂胆だった。既に、3日目までは、下に記したとおりだ。第4日、それは、こないだの月曜日。この日は、通常の夜席。この日の目玉は、ざこばの登場。位置は、中入り前。「崇徳院」を出してくれた。この何度も聴いたネタに、これだけ深い味わいを感じたことがあったろうか、いや、記憶がない。一つ一つの言い回しに、真実が籠もっているのだ。ホントに型どおりの言い回しを使い、目新しいくすぐりを入れるわけでもなく、ぐいぐいののめり込ませてくれました。なんか、名人の域に入りかけているざこばの快演、これ狙いで行って、大正解。この日は、前半、疲れが出たのか、椅子に座ると、ぐったり。つく枝、八天という実力者の噺で、あろうことか舟を漕いでしまってました。つく枝が「宿替え」、八天が「鷺とり」だった。思いがけないめっけもの感のあったのが、「持参金」を出した笑福亭晃瓶。自分的には初物だったはずのこの噺家さん、この聴き慣れた噺を、明るく、朗らかに演じてくれました。その他は、トリが春若で、米朝からもらったという「天狗裁き」、前座が、佐ん吉で「狸賽」だった。第5日に移ろう。火曜日のことだ。中トリが、文也で「稽古屋」、「色事根問」の「四芸」から、直で「稽古屋」に入りました。年配の方が、中入りのときに、「文枝さん、ようやったはりましたなぁ」、こんな会話、いいっすねぇ。とっても、寄席らしいじゃないですか。繁昌亭もでき、今まで、あまり表に出てこなかった文也クラスの手堅い噺が聴けるのも、何よりもありがたい。なんか、繁昌亭効果を認識して、ちょっといい気分にさせてもらえました。トリの松喬も手堅さでは、右に出る者はいない。この日は、「はてなの茶碗」。一心寺で、「島之内寄席」をやっていたころ、松喬で聴いたことを思い出していました。手堅さだけではなく、歳とともに、飄逸さに磨きがかかってきている松喬。このネタの油屋さん、いいですね。ちょっと可愛くて、抜け目がありそうで、ずれている感じ、よく出てたなぁ。この人、最近、マクラも楽しいんで、聴きたくなるのです。その他では、春雨の「首屋」が、わりかし珍しく、演じ手の少ない噺を出してくれ、○。三若のバタ臭さも、おもしろかったです。ネタは、「ちりとてちん」。過剰演出が気になるこのネタを、あのバタ臭さでやられると、なんか許せるんだから、不思議なものです。だからと言って、もう一度聴かせてやろうと言われても、辞退をしますが、1回限定で、○を付けちゃいたくなりました。それ以外は、前座が二乗で、「普請誉め」、竹丸の「延陽伯」だった。
 水曜日は、遊びすぎて、仕事が溜まって、居残り仕事の日に当てました。木曜日は、土日出張の準備の出張。2日間、遅くまで働いちゃいました。金曜日も、その出張先まで、昼頃行って、3時半過ぎに、職場に戻ってきて雑用をこなしたあと、思いがけなく時間が空いたことを活用しない手はないと、京都北座ビル内で、毎月恒例となっている「染屋町寄席」へ行ってまいりました。お目当てが、はっきりありました。都丸が「胴乱の幸助」を出す予定だったのです。この人の「胴乱の幸助」はいいと、インプットされている黄紺は、逃せないの一徹で、馳せ参じました。ただ、自分的には伝説化している以前聴いたときと比べて、すっとぼけ度が、ちょっと弱かったなぁ、前半の。デフォルメ度が下がった感じ。喧嘩をして呑もうと算段して、半泣きになって、ホントに喧嘩してしまう件のことだ。なんか、この日の都丸は、マクラに、堅物の実例として、弟子の都んぼの話をしてから、ネタに入ったのだが、この話が大受け。ここで、笑いをとりすぎ、ちょっとテンション高めだったのが、ネタに影響したのだろうか? 都丸以外では、雀太「ふぐ鍋」、あさ吉「稲荷俥」、八天「くやみ」。それぞれ、得意ネタを披露したが、この日は、客席の反応が悪く、噺家さんには気の毒なと思いながら聴いてました。だから、逆に言えば、都丸のした都んぼネタが、如何におもしろかったかということです。
 そんなで、週末に入り、昨日、土曜日は丸一日、お仕事。今日も、です。今日は、夜にまでずれ込まなかったら、映画「ディア・ピョンヤン」狙ってるんだけどなぁ。




2006年 11月 6日(月)午前 6時 42分

  3連休も終わったと同然の時間帯から書き出しています。1日目が出勤。2日目も出勤かと思っていたら、これは、セーフ。夜に繁昌亭に行っただけ。持ち帰り仕事をしようかと思っていたのだが、ここまで寝られなかったのが、堰を切ったのでしょうね、わりかしまともな睡眠時間をとれたため、逆に、持ち帰り仕事をしている時間が取られてしまい、成果は、あまりない。週明けの仕事のことを考えると、ちょっと辛いねぇ。そして、今日は、午前中は、映画「母たちの村」を観て、午後には、弟と、JR「西大津」駅で待ち合わせをして、父親の墓前合同礼拝式に行き、帰りは、弟の車で、繁昌亭に、ほぼ横付けをしてもらった。弟は、繁昌亭のすぐ近くで働いているのだが、この日は、日曜出勤をして、週明けからの仕事の仕込みをしておくと言っておりました。そのなかで観た映画「母たちの村」の感想と、繁昌亭の会についてメモっておこうと思っている。
 昨夜、書き出していたのに、この上まで書いて、呆気なくダウン。TRTをかけっぱなしにしていたのだが、知らない内に寝ていました。ガラタサライは、リゼで敗れ、ベシクタシュは、アンタルヤで切った張ったの勝負をして、4:4の引き分けに終わった夜でした。
 映画「母たちの村」は、セネガル・フランス映画。セネガルの村に残る女性の割礼という因習に女たちが抵抗していくことで、その因習をなくしていくというストーリーだ。まず、映像が、とてもきれいだ。村の明るく、長閑で、そこに集う人たちの着る原色の民族衣装や調度品の色合いに、まず、圧倒される。そして、結論は、そうでなるであろうストーリー展開が、どうなるのかを気にしながら観ていると、この映画、村の内部と外部を越境する人間が、2人。そして、越境する手段としてのラジオが出てきていることが分かる。それ以外は、全て、内部の人間であり、内部の論理で事が動き、時間が流れる。何よりも、これが素晴らしい。そして、そのなかで、問題が解決されるのだ。越境した人間の1人、物売りは追放され殺される。物売りに「アフリカ野郎」と呟かれた村長の息子、彼は、フランス帰りだが、根は、村の論理で動く。そういったことが判ってくると、アフリカが変わることについてのメッセージが浮かび上がってくるのだ。植民地主義、新植民地主義を排除し、アフリカの内なる力に期待する眼差しが見えてくるのだ。見終わったあと、お腹の底に、じわっとくるものがあった。ホントに、これは、いい映画だと思った瞬間だった。
 土曜日の繁昌亭は、「鶴志プロデュース」と銘打ち、最後は大喜利で終わるというもの。この日は、中トリに出た鶴志と、その前に出た小染が、とにかく圧巻。小染は、ちょっと早めの「尻餅」で、十分、落語界のおもしろ住人を堪能させると、そのあと出てきた鶴志は、なんと、「らくだ」をやりだしたから、びっくり仰天。自身の名前が付いた落語会に、客席が満員ならという心意気のようなものを感じる演目であり、圧倒的迫力の「らくだ」。これを聴けただけで、バンザーイを叫びたくなった。その他は、喬若「へっつい盗人」、福矢「牛誉め」、岐代松「手水廻し」だったが、やはり福矢の上達が目立った。
 日曜日も、最後は大喜利で、「三喬プロデュース」と銘打ったもの。となると、三喬、名前に恥じず頑張ってくれました。まず、出し物が「鳥屋坊主」。まず、この珍しい噺を出してくれただけで十分。これも、心意気を感じた。更に、大喜利での工夫は、人一倍。用意周到、だけど、あとの噺家が噛みあわずだったけど、三喬の心意気は、十分に伝わった試みでした。生喬の「蔵丁稚」は初物だったけど、大喜利の前に、がっちりと締めてくれました。文華も、良かったなあ。「ふぐ鍋」でしたが、客席も、この二人の若手実力者の技を堪能したでしょうね。その他は、阿か枝「子ほめ」、喬楽「宗論」だった。




2006年 11月 4日(土)午前 11時 43分

 3連休の真ん中の日だ。今日は、朝から映画「母たちの村」を観に行こうとしていた。ブラック・アフリカの映画が上映されることが珍しいということで、前売り券を買っていたのだが、上映スケジュールが、黄紺の都合で行けないと思っていたが、それは、単なる黄紺の思い込みで行けることが分かり、行こうとしていたのでが、昨夜、遅くまで、息子と喋っていたので、起きるのが遅くなってしまい、慌てて飛び出そうとしたそのお出かけ準備中に、一つのアイデアが出ました。慌ただしいことは、慌ただしい日に固めてしまおう、要するに、今日、慌ただしいことをして、明日も慌ただしいことをするのは嫌だと考え、慌ただしい日となるだろう明日を、更に慌ただしくして、今日はのんびりしようという魂胆なのだ。わりかしいい映画を、京都でも観ることができるのだが、上映回数が少ないのが、玉にきず。京都で、上映予定があると言って安心していると、こちらのスケジュールと合わなかったら観ることができないのである。そんなで、大阪の映画館と併用しながら、こちらの鑑賞欲を満たしていかねばならないというのが、今回の「母たちの村」での経験だった。
 この1週間、ホント、寝られなかった。寝付きは、さほど悪くないのでが、睡眠時間が確保できないのだ。おまけに、職場では忙しくて、ホッとする時間もなかったものだから、かなり疲労は溜まっているはずなのだが、疲労は感じないのだが、やたらめったら眠い。落語会に行っても、眠い。いや、一番ホッとする時間が、この落語会となると、一挙に、寝ちゃうという日々が続いた。それが、ようやくまともな睡眠時間を確保できたのが、昨日の夜だったのだ。そしたら、今日、「母たちの村」に行くなら、超慌ただしくなって、考え方を変えた↑のだ。丁度いいところで、睡眠時間を確保できたと思っている。週明けから、また、超過密日程なのだ。1年で、一番きついところかもしれない。来週の週末は、全て、出勤。2週間ノンストップなのだ。
 ここで、この1週間を振り返っておく。こないだの日曜日は、林家染弥の独演会。数年前までは、あんまり特徴のない噺家さんという感じで、印象に、あまり残らなかった噺家さんだったのだが、先日、繁昌亭で出会うと、随分と弾けていたので、おまけに番組にも惹かれて行ったのだった。「猿後家」「愛宕山」、これが、その出し物だ。当日の出来は、この二つが、ちょっと差が激しすぎた。「猿後家」は、よほど稽古をしたのでしょうか、演じ慣れているからでしょうか、立て板に水が一番の眼目のこのネタを、演じ切っていました。花◎です。その一方で、「愛宕山」は、どうしたのでしょう? 春の野の描写をカットしてしまった。山での出来事に焦点を合わせようとしたのだろうか? 考え違いもいいところなんだなぁ、春の長閑さの描写があって、あとの出来事のありえへん長閑さも生きてくるのにと思ってしまったのですが。そんな出来だったものだから、その前の海原やすこ・けいこの漫才が、やたら印象に残った。売れてる漫才師のパワーに、正直、驚き、圧倒された。阿か枝が前座で、「延陽伯」だったが、この阿か枝という人の声、だいぶと気にならなくなってきた。それだけ、中味に耳が行くようになったということだろう。月曜日は、京都での文我の会だ。「長襦袢」「武助芝居」「三十石」と、まあ、いつもながらヘヴィーだ。なかでも、「長襦袢」は、あとでネタが公表されたとき、これが、そうだったのかと判ったほどの珍品。珍しいだけじゃなくって、この噺、引き込まれてしまう。ネタ振りの部分が長く、どないな噺になるのかと、わくわくする噺。いいもの聴かせてもらった。「三十石」は、はしょってはしょってで、30分程にまとめていました。「武助芝居」はダウンしとりました。助演は、宗助「くっしゃみ講釈」、たま「エルダリー・ラヴ」だった。この日の客は、たまの新作を受け入れる客ではなかったですね。火曜日は繁昌亭の夜席。ここ1週間ほどは、最後が大喜利という番組。ラインナップを記しておこう。市楼「普請誉め」、かい枝「お玉牛」、うさぎ「餅屋問答」、仁福「寄合酒」、中入り後の米平が「佐々木裁き」だった。とってもぐったりしていたので、集中力に欠けるのだが、最も、声を上げて笑ったのが、仁福のマクラ。家庭状況を自虐的に話すのが、可笑しくって、腹の皮がよじれました。注目のかい枝だったのだけど、ここもダウン気味。でも、後半に流れの悪かったところがあったかな? くすぐりのタイミングが悪いと、せっかくのネタが潰れます。大喜利は、かい枝が司会。仁福がボケ役。なんか、客が極端に少ない方が、仁福は快調みたい、、、? それにしても、入りが悪かった。50人は、絶対にいなかったという入りだった。
 水曜日は、出張で、大阪市内に出たついでに、晩ご飯を食べに、鶴橋に寄ってから、淀屋橋であった雀々の独演会に行った。鶴橋では、前から気になっていたアイラン食堂の近く出てたハングル表記の「ヘジャンク」。これを、見極めに入りました。「珍味」というのが、お店の名前か? ここの「ヘジャンク」は、もつ煮込みの激辛版。辛いだけしか印象に残らない場合があるが、そのパターン。通い詰めるということは、ないなぁ、あれじゃ。ちゅうことで、雀々独演会。「口入屋」「蛸芝居」が、雀々のネタ。「口入屋」のオーバー・アクションに、ちょっと嫌やなぁ、枝雀みたいやぁと思ったら、舟を漕いでいました。それに反して、「蛸芝居」は、良かったなぁ。年に何度あるかという感動をもたらす好演でした。動きがダイナミックで、工夫があり、その動きに切れがある。これは、素晴らしかった。雀々が芝居噺をするとは思ってなかったもので、なんか、新しい姿を観た思いがしました。ゲストは、東京から春風亭昇太。自分的には、初めて。ついに観ちゃった噂の噺家さん。「ノンアルコール宴会」と、勝手に、お題を付けたネタと、雀々との対談に出てくれた。東京と大阪の噺家の交流が、かなり深まってる様子が、よく分かりました。昇太が、師匠、柳昇をいじる話は、受けました、自分的に。なお、前座は、吉の丞で、「つる」だった。木曜日は、連休前だからということで、宴会が入った。ただ、この日、夕方からしか行けない出張に守口まで行って、1時間遅れで、宴会に参加。普段は、お酒を呑まないから、このくらいの時間差があって、丁度いい酔い方でした。でも、呑んだ日なのに、その夜も眠れませんでした。昨日、金曜日は、一日、振替なしの出勤。残している仕事を、この機会にと、余った時間でしておりました。そして、夜は、再び、繁昌亭。この日は、満杯。こないだの不入りが、うそみたいな現象。「仁智プロデュース」と銘打った夜席、この日の出演者は、全て、仁鶴一門。なかなか見れない蒼々たる噺家さんたち。こんな企画が出てくるのも、繁昌亭様々だ。智之介「動物園」、仁昇「米揚げいかき」、仁勇「餅屋問答」、仁智「兄貴と源太」、中入り後は、じゃまくさそうにマクラを振っていた仁福が、いきなり「寝床」を始めたのには、びっくり。但し、かなりはしょってたけれど、こないなネタが出てくるのが、いいなぁ。仁昇は、自分自身を登場させるという変型「米揚げいかき」。興趣が落ちてしまいました。この日の、ぬきんでた一番は、やっぱり、仁智。このネタは、ホントに、おもしろい。どっかん、どっか−んとくる笑いは、更に、次なる笑いを生んでいました。最後は、仁智司会で、この日も大喜利。兄弟弟子同士のわいわい感が、良かったなぁ。ぼけ切れない仁福が、兄弟子仁智にいじられていました。仁扇も、この大喜利だけに参加。仁嬌が加われば、仁鶴一門勢揃いの夜でした。
 先ほど、これを書きながら、TVを観ていたら、「パッチギ」の続編が作られるんですね。そんなことが流れて、びっくり仰天。二匹目のどじょうは、おしいしいのか、はたまた、、、。今から、いずれにせよ楽しみなことです。




2006年 10月 29日(日)午前 7時 32分

 なかなか厳しい週末に入っている。昨日、土曜日は、1日出勤。今日も、午前中出勤、今度の3連休も、1日以外は職場住まいだし、その次の週末は出張と、いったい、いつ、休むんだいと思う季節に入ってきている。もう、体力勝負、ストレス回避のための夜遊びは、一層活発化させ、乗り切ろうとしているが、そうであればそうであるほど、体力強化で乗り切らねばならない。でもなぁ、黄紺の年齢で、これは、とっても過酷なのよ、ホント。でも、これを言い出して、もう2年、大丈夫やろか、自分の体、気分も持つやろか?
 そんな日々がやってくるのが分かりながら、それのための備えをしてこなかった、この1週間だった。しかも、眠れない日々が続いた週だった。走る機会が多かったにも拘わらずだ。そんなだから、疲労感を感じていいのだが、走ってると、体には疲労感がなく、やたら眠いのだ。夜遊びに、一番影響が出てしまう。その夜遊びだが、金土と、ともに落語会に行ったが、その寝不足が、かなり影響が出て、気分がハイになって帰ってくるはずが、若干、ストレスを溜めて、家路に着くことになった。この二日間は、幾つかいい落語会があるなかで、ピックアップした選りすぐりの会だっただけに、かなり落胆。金曜日は、笑福亭仁智の新作をかける会。初めて行ってみた。この間の、仁智の健啖ぶりに感心しきりなものだから、覗いてみた。仁智の新作は、交番のうつけた2人のおまわりさんのすっとぼけた対話や、その交番を訪れるけったいな人がけったいな会話をしていくオムニバス落語。「兄貴と源太」などで使ってる手法の交番編だったが、この肝心の噺で、ダウン直前になてしまったのだ。トリに出された噺だったものだったので、もう、体力切れの状態だったのだ。仁智は、もう一つ、旧作の「レンタル・ファミリー」を出したが、これは、すっごい出来。もう、仁智パワー全開の噺だった。ゲストは、松旭斎小天正のあやしいマジック、前座は、三弥で「結婚のすすめ」だった。そして、昨日は、「文我・宗助二人会」。大きなネタ、珍しいネタが並んだ会だが、残念ながら、入りがよろしくない。通と言える人たちがかなり駆けつけているのに、こんな状態。それだけ、会が多いのか、この会の値打ちが一般受けするものではなかったということなのか、いずれにせよ残念なことだ。文我は、「高宮川天狗酒盛」「浮かれの屑より」、宗助は、「立ち切り」「ぬの字鼠」だった。「天狗酒盛」は、文我で2度目。途中の対談で、まだ、10回も出してないとか。ちょっと意外な感じがしたが、まず、この噺の後半で、第一波の不調が、第二派は、トリの「屑より」に来た。どうも、文我のところで、波が来た。トリが「屑より」だったので、こちらは、息切れ状態。ただ、「屑より」は、20年ほど前、同じ文我で観たときに比べて動きを省いたようで、それも影響があったのかもしれない。宗助の「立ち切り」は、最前列で号泣していた客がいたようだったが、黄紺は、そんな気分にはなりませんでした。会場(ワッハの5階)が広いからなのか、体調が悪いからなのか、「いい噺だなぁ、この噺は」とは思える口演だったが、感情移入するまでには至りませんでした。なお、前座はひろばで、「動物園」。もうちょっと、軽くしないと、3時間続く会には相応しくない。己の分を心得よという口演だった。
 そんなで、もう、お出かけ準備です。今夜も、ワッハにお出かけです。でも、その前に出勤が、、、、(泣)




2006年 10月 27日(金)午前 5時 50分

 寝られないというのは、年嵩が増すとひどくなり、そのため、余計に疲れてしまって仕事にならないのだが、今日が、その日みたい。3時間しか寝れない朝って、目が痛い。目の前、ボーッとしてる。寝れないから、PCいじくり倒す。そんなで、書き出しています。
 だから、書けるときに書いておくということで、日曜日以来の、お出かけ記録を記しておこう。土曜日、日曜日と連続して休めたにも拘わらず、持ち帰り仕事の関係で、わりかしこぢんまりとした週末だったが、日曜日は、午後、生野の方まで、笑福亭生喬主宰の勉強会に行ってきた。演者の魅力はあったのだが、「寺田町」駅から徒歩15分というアクセスに尻込みして、行ってなかった会だ。でも、この日、手頃な会がなく、且つ、いい三歩になるじゃんの乗りで選んでみた。お寺の本堂を使った会で、生喬の挨拶がてらの、近況報告的なマクラもたっぷりで、常連さんに親しまれてる雰囲気が出てて、なかなかいい会だった。番組は、前座が雀五郎で、「みかん屋」。ゲストが、人気のつく枝で、「湯屋番」。そして、生喬が、「稽古屋」と、ネタ下ろしの「佐々木裁き」だった。ただ、この日は、不調で、ずーっとぼんやりとしたままで、せっかくの落語会に集中してなかったのが残念だった。翌月曜日は、「桂しん吉落語会〜秋の祭典〜」に、初物の演劇スペース「in→dependent theatre 2nd」に行ってきた。日本橋の電気屋街の中にある、芝居をするには、とってもいいスペースだ。そこで、しん吉に言わせると、「ちょっと背伸びをした」という会を開いたということだ。それだけの器ということだ。そのしん吉は、師匠吉朝テイストたっぷりの三席を演じた。「長尾さん(くまざわあかね作)」「深山隠れ」「だんじり狸(小佐田定雄作)」が、その三席だ。新作2本に、珍品というラインアップに、らしさを発揮しようとし、それを発揮したいい会だった。ゲストは、米左で「天狗裁き」だった。「深山隠れ」、この前、いつ、誰で聴いたんだったっけ、、、それが思い出せないでいます。吉朝、五郎以外で、演じ手はいたっけ? 1日飛んで、水曜日は、繁昌亭だ。毎月25日は、「天神寄席」の謳い文句に惹かれて行ってしまった。この落語会は、中入り後に、対談を用意して変化を持たせている。ただ、打合せなしで臨んだらしく、司会の春之輔が、ちょっと困った素振り。ま、それは、ご愛敬として、この日は、大ネタが2本。その春之輔が「親子茶屋」。そして、トリが、天神さんのちなんでのことなんだけど、「梅鉢」の紋が出てくるだけで、「悋気の独楽」、演者は枝女太。枝女太が、いいんだよねぇ。この人、繁昌亭で見かけるようになって、その実力のほどの飛躍的な向上を知った噺家さんで、この日のトリも、なるほどと唸ってしまいました。なお、前座は、染太で「時うどん」、それに、もう一人が、純瓶で、「いらち俥」。「いらち俥」は、年齢制限が必要ですね。純瓶、バテすぎ。
 残りの2日、火曜日と木曜日は、まっすぐ帰ってきましたよ。その日は、体力強化の日。それぞれ、僅かな距離、時間だけど、走りました。でも、寝られないのです。




2006年 10月 22日(日)午前 9時 22分

 昨日は、1日、家に籠もって、持ち帰り仕事をしていた。もう、肩がこりこり、背中まできてしまって、座ってるのも、この歳にはきつくなるほど、PCに向かって仕事をしていた。最近、アフター5に必死こいて遊ぼうとしているものだから、結果的に、持ち帰り仕事、休日出勤などが増えている。別に、黄紺は、アフター5に出かけようと、定時前に職場を離れるということはしてないのだから、ま、要するに仕事が多いのですね。給料以上の仕事をしていることということです。大概の人が、帰る時間を待ってるというわけではないので、黄紺の職場は、皆が、給料以上の仕事をさせられているということだ。これは、若いときならまだしも、この歳になると、つとに堪えてくるのである。ま、文句を言っても直る感じがしないが、ときには愚痴というものをこぼしたくなる。なんせ、肩こりが、背中こりがひどいもんだから、、、。
 実は、昨日、映画を2本観ようかなと、もちろん完全休養がとれるならの注釈付きだが、ところが、何を勘違いしてたのか、黄紺が思いこんでいた上映日、及び、上映時間ではなかったのだ、2本とも。それで、急遽、ネット上を捜し回り、この週末の予定を考え直した。狂も、実は、いつ電話がかかってきて出てこいなどということになりかねないと思っていたので、それを織り込み済みで考えたのは、土曜日に、ある程度、持ち帰り仕事にメドをつけるというのを、第一方針にして、予定を組み立てた。その結果、昨夜、家を7時を過ぎてから出て、大阪の九条まで映画を観に行くという方針を立てたのだ。今、九条で、「ロシア・ソビエト映画祭in Osaka」という企画ものが行われているのだ。もちろん、ここになって初めて知ったわけではなく、前から押さえてはいたのだが、行ける機会はないだろうとうっちゃっておいたものに、再度目を通すと、むくっと行きたいという気持ちが起こったので、よっしゃーの気分になったのだった。夜のあんな時間から、本来なら帰り出す時間に大阪に向かった。インド映画が、大ブレークしたとき、その大阪での震源地は、この九条の映画館だった。その頃だけじゃないけど、結構、珍しいものを、ここで観た記憶がある。実に久しぶりだ。道順も怪しげになっていたが、やはり通い慣れた道だ、体が覚えてるってやつで無事到着。ちょうど前の映画が終わったらしく、思いの外多くの人が帰っていく。中に入ると、黄紺が観ようとしている映画に集まった客で、狭いロビーが大混雑。やはり、こういった企画に響く映画ファンは健在です。で、観たのは、「宇宙を夢見て」という映画なんだが、結論を言うと、そんなに頑張ってでもないか、、、ま、それだけのために行ったのに、よく分からなかったのだ、この映画。1960年頃のフィンランド国境あたりのソ連の地方都市に住む青春群像を描いているんだけど、なんで、ガガーリンが出てくるか、その辺が判らないし、ゲルマンという男は、結局なんだったんだと考えてみても、よくわかんないのだ。ちょっと、悲しい。こういう映画は、少なくとも、もう1人誰かを誘わないとあかんな。そして、観たあと、他の人の見た印象を付き合わせて、そうだったんかと納得しなきゃ、だめです。ちょっと反省。でも、こないな映画観に行く人、いるんかいな、黄紺の周りに?
 家にすごすごと帰ってくると、もう12時前。それから、息子がネットで買ってくれたiPotの設定をしてました。息子と、1個ずつ、同じものを買いました。息子は、友人たちの持ってるものを見てて解ってるんでしょうね、実に、手際よくちゃっちゃと、黄紺のiPotから、まず片づけてくれてました。そんなこんなで、今、マイiPotの入れる音楽を、PCにコピーしながら、これを書いているのであります。




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