忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2007年 5月 4日(金)午前 8時 46分

 昨日、ちょっとした悲劇に襲われた。昨日の「GUNLUK」↓には書いてなかったんだけど、同じことが、5月1日にも起こっている。落語会に行こうとして、実際、その場まで行って入れてもらえなかったのだ。1日の方は、東三国の喫茶店であった吉坊の会。小ぎれいな喫茶店に高座が設えてあったが、なんか、内輪の会の雰囲気だった。あまり入れたくないと思ってるなの印象を持ってしまったので、さっさと引き返した。繁昌亭の昼席が終わったあと、時間まで、南森町のネットカフェで時間潰しをしていたのは、何だったのでしょうとは思ったのですが。東三国の駅前の「Sレストラン」の、決してお世辞にもおいしいとは言えないハンバーク定食を食べたのは、何だったのでしょうね。それと、よく似たことが、昨日も起こった。昨日は、昼間、大江能楽堂で観能をしていた。それが終わると同時に、三条から京阪特急に乗り、京橋経由で鶴橋に向かい、雀のおやどへ行くと、満杯状態で断られてしまった。あすこの、あの会って、予約制だったんだ、知りませんでした。こないだ、雀三郎の「つるっぱし亭」に行ったとき、その辺のことを、席亭さんに確かめようとして、去年も、大丈夫だったから、ま、いいかと思った私が、野ツボほりました。黄紺も、落語会体験長いけれど、東三国で断られたのが、初めて。で、昨日が、2回目、しかも、2連続。なんか、時代が変わっていく感じ。2日とも、日を選んで、ものを選んで行こうとしてるから、ましてや、ダメと判る時間が、直前なもので、替えが効かない。ダメならダメで、予め分かってるのなら、いくらでも替わりに行きたいものがあるのにと思ってしまうのです。それが悔しいし、貴重な時間、昨日なら、京都までの単純往復2時間、1日なら、ネットカフェでの時間潰しを含めると、3時間半ほどが、勿体なくてねぇ。ところが、この2日が、寝付きがよくて、不思議な巡り合わせです。ま、ふて寝というやつですが。
 ところで、昨日の観能だが、ほぼ1ヶ月ぶり。観能は、3月の末に行ったきりだ。昨日は、大江能楽堂での大江定期能だった。大江定期能の年間の予定表を見ると、昨日の会が秀逸、番組的に言えばだが。1年に1度は、大江能楽堂には入っておきたいものね。そんなこともあって、昨日の昼間には、生喬のいい会が、ワッハの7階であったのだが、それを捨てて、行ってまいりました。そのいい番組とは、能「梅枝」「舎利」狂言「悪坊」だった。こういった組合せの会って、そうはないんじゃないかなぁ。まず、「梅枝」は、「富士太鼓」と同工異曲だということで、今年は、ちょくちょく出るようだが、普段は、滅多に出ない。「舎利」は、曲として軽んじられてるのかなぁ、出そうとされないという実感。「悪坊」も、こういった普通のお稽古能では、置かないよね。とまあ、そないな感じの番組が、大江能楽堂だと、そそられました。いつも座る2階席は、いい場所と知った人たちが、早々と押さえており、1階の一番右端の出入り口脇に陣取りました。そこからだと、ばっちり幕も見えるいい場所。橋がかりと、舞台とを合わせてみると、かなり遠近感がおもしろい。「梅枝」だが、こちらの方が、複式夢幻能という世阿弥様式定番型、これを取るか、「富士太鼓」の現在能を取るかだけの選択だが、「梅枝」は人気がない。「富士太鼓」と、そんなに異なる印象は、正直持たないが、「富士太鼓」のあっさり感は、呆気なさにも繋がるので、「梅枝」が、もっと上演されてもいいとは思うのですが、、、。大江又三郎のシテは、謡に情感が籠もっており、ドキッとするところが、何カ所かありました。この曲のワキツレの有松遼一さんは、初物でした。次いで、「舎利」はおもしろいねぇ。前場は、ほぼ、正中で下居してるだけ。ま、よくあるパターンかな。それに反して、後場は、一大スペクタルとなります。おもしろいなぁ、ホント、能って。お伽話のような仏教説話が本説。「韋駄天」というのは、「足の速い人」の代名詞になっていますが、その基になったお話。能では、足疾鬼が奪った仏舎利を、韋駄天が、猛スピードで現れ、追っかけ回し、取り返すという物語。「おんどりゃ〜、なに、してけつかるねん」と、早笛で、韋駄天が出てくるところいいっすね。そのあとが、また、能の手法での追っかけ、速く、ぐるぐる追いかけ回すのは、逆にゆったりスピードで表すという独特のもの。だけど、橋がかりを、あっち行ったり、こっち行ったり、すれ違いざまに手を出すんでしょうね、それをかわしたり、天蓋から、どさっと落とされたりと、いろんなことをやってくれます。おもろいわぁ〜。最後は、「これ、返すから、ごめん」てな感じで、韋駄天に、仏舎利を返します。可愛げな仏舎利盗人です。面は、だけど、怪士形のいかついもの、それがやりこめられてしまいます。そして、奪い返した韋駄天は、見得を切るどころか、さっさと戻って行ってしまうという早業、ん、確かに速い。こういった曲が、最後にあると、気も軽やかに家路に着けるのだ。何も、しゃっちょこばったものじゃないのが、能なのです。もう一つ、「悪坊」。あきらが、その無頼漢を演じ、脅される僧を、松本薫という組合せ。三遊亭円朝の人情噺などを、志ん生で聴いていると、この狂言の主人公のような無頼漢が、たくさん出てくる、簡単に、人を殺めたり、傷つけたり、脅したりと、、、そんな男が威張り、最後には、立場が逆転するというもの。そないなぶいぶい言わせる男がいて、眉をひそめる善男善女がいてという世界の物語です。笑い飛ばしたいけど、そんな日常の風景を連想すると、笑うに笑えないですね、これって。
 そんなで、どうも、思い通りにはいかないGWです。明日は、また、仕事なんで、今日は、思い通りに事が運びますようにと、念じておきましょう。




2007年 5月 3日(木)午前 10時 46分

 GWも後半に入ってきた。世間では、どこそこへと出かける人も多いようだが、黄紺は、屋内でじとっとしながら、酒は呑まないが、PCの前に座りながら、時間があると、ここ1年の間に行ったトルコで撮ってきた写真を基に「写真館」を作っている。だから、休みの日ながら、肩がこりこりの状態だ。そして、昼過ぎから、やおら動き出しては、これまた屋内でのエンターテイメントを追いかける日々だ。この程度の余裕じゃ、なかなか野に出てなどということをしないという悪しき習慣の持ち主なのだ。昨日は、GWの狭間をぬって、神戸への出張だった。太陽が顔を出してからは、かなり気温が上がった日だった。ただ、嬉しいことに、仕事からは、3時過ぎに解放されたので、予定されていた夜の呑み会まで、神戸市立博物館で行われていた「特別展 大英博物館 ミイラと古代エジプト展」に行ってきた。時間潰しには、手頃な時間で、ちとは得るところがあったかな? まあ、評判の「ミイラの3D画面」は興味深く、IT技術の応用は、歴史学・考古学をも変える要素があることを知ったことは、これは、大きな成果だったが、正直言って、今さらエジプトのミイラじゃあるまいのにとは思ってしまった。だって、ミイラ自体が初物じゃあないし、古代エジプトの遺物も数知れず観てきたわけだから、自分的には希少性が薄かったというところか。ただ、「死者の書」が3枚展示されていたことは、自分的には正解だった。元々、スペースの大きな博物館ではないので、観るにはうってつけの時間、うまい具合に、夜の呑み会に間に合いました。
 そうそう、神戸でのお昼ご飯を南京町で摂ったのだが、同じような店が並ぶなか、西端の方に「魚丸(魚団子)」を売っていた店が、1軒だけあった。東南アジアの華人街で見かける麺類に入れられてる団子かなと思って食べてみた。外は、かまぼこ状、それだけかと思っていたら、中には、魚の摺りものが入っていて、ちょっと嬉しくなりました。それだけでは、お腹がふくれないので、水餃子などを注文し、一緒に入った同僚からは、担々麺を味見させてもらいました。ま、神戸まで仕事で行ってるんだから、昼ご飯くらいは楽しまないとね。で、戻り道、中央の十字路を、海側に入ると「トルコ・アイス」の看板に、びっくり。「サーデ以外は、ないの?」なんてことから、ちょい喋り。そしたら、なんと、K氏をご存じの方。なんでと聞きたかったんだけど、他の客がやってきたので、止めましたが、世間は狭いね、ホント。
 ところで、書く順が逆になってしまったが、一昨日は、代休でお休みだったのです。そりゃ、30日(代祝)に堺まで出張をしたもんね。それで、かねてよりの計画、繁昌亭の昼席に行ってまいったのです。こういった日を使っての昼席、久しぶりです。番組は、笑福亭智之介「初天神」、林家染弥「動物園」、桂三象「アメリカ人が家にやってきた」、菊地まどか(浪曲)、桂楽珍「宿題」、桂ざこば「首提灯」、(中入り)、桂吉弥「刻うどん」、月亭遊方「絶叫ドライブ、彼女を乗せて」、桂朝太郎「手品指南」、桂春団治「野崎詣り」だった。かなり、聴き慣れたネタ、最近、お目にかかったネタが並んだ。だから、ピックアップして印象をメモっておこう。智之介のトップって、この人の口演を聴いてると、最早贅沢な感じすら持ってしまいます。三象様は、マクラを控え目。自虐ネタ待ち顔の私を素通りで、ネタで笑わせてもらいました。このネタ、三象様には合ってます。楽珍は、時間の関係で、途中で切り上げましたが、そないなことをしても、このネタはおもろかったぁと言える優れものですね。ざこばは、もう名人芸です。猟奇的なネタを聴いた客席から、小さな悲鳴が現れてました。やはり、前半で、散々笑わせた力の成果でしょう。遊方は、ネタ選びを間違いました。この日の客に、そないな若向きなネタは、ダメです。頭がついていってないのが、ありあり。そして、三代目は、季節に合わせたネタ選び。春の陽の温もりまで感じさせてもらえます。至芸とは、こういったことなのでしょう。そんななか、いの一番の成果は、菊池まどかを聴けたこと。噂の浪曲師の美声と、ルックスの良さは、浪曲ルネサンスを喚起する底知れぬ可能性を見た思いです。




2007年 5月 1日(火)午前 9時 13分

 GW2日目からのお出掛け記録を記しておきます。29日(日)は、昼に落語会、夜は韓流映画というダブルヘッダーを組んだ。まず、昼間だが、ワッハの5階であった「桂米左独演会」に行った。「本能寺」が出るというので、早い内に、チケットは買ってあったものだ。それも含めて、番組は、佐ん吉「御公家女房」、米左「阿弥陀池」、ざこば「首提灯」、米左「百年目」、(中入り)、米左「本能寺」というものだった。こちらの独演会10周年ということで、「一門の総領」のざこばを迎えたと、ご本人の説明だった。GWに落語会に行くことが、あまりなかった黄紺にとっては、10周年と言われても、覗いたこともなかったのだが、2つの大ネタに惹かれて行ってきました。やはり、秀逸は、期待通りの「本能寺」。芝居の型が決まるわ決まるわ、淀みがない。笛がしん吉、お囃子が吉坊担当となると、もう、幕の外と内との呼吸は抜群だ。このネタは、もう20年ほど前、米朝で聴いたきりのネタだ。そのときに思ったことは、よく覚えている。芝居をきっちり演じてきてたのに、突如と終わるという印象だった。このままやらしとけば、演者は、どこまでも陶酔感覚で芝居をやっちゃうから、無理やり終わらせよう、強制終了という手法のために、いなごを出す。そないな感じを、今回も持ってしまったのだ。それほど、そこまでの芝居がうまくて、魅せられたからでしょう。20年前も、そして、このときも。米左は、言葉の言い回しが大味で、聴いてる方が落ち着かないということがあるが、「本能寺」では、それが見事に消え、実に堂々としたものでした。それに引き換え、「百年目」はと言いたくなっちゃいます。語尾を引っ張る癖を直して欲しいなぁ。先日聴いた福団治のしっとり感が、懐かしくなっちゃいました。「阿弥陀池」は、暴れまくりはせず、軽い感じの仕上げと、米左のなかでは、「本能寺」に尽きました。これは、いいものに出会えたと、今後、記憶に残っていくことでしょう。それに、もう一つ、いいもの、それが、ざこばの口演。この「首提灯」は、最近では、繁昌亭のざこば一門会で聴いたものだが、前半のおかしさ、くだらなさ、後半一転して、何が起こるんだろうという緊迫した雰囲気、これが、ざこばだと、とっても変化の妙が出るのだ。前半の酔い方、無茶を言って、上燗屋の親父を困らせるところが人に合ってるものだから、とってもおかしい。それがあるものだから、変化が起き始めるときの張りつめた空気が、客席を支配してしまうのだ。もうちょっと軽めのネタを出すのかなと思っていたものですから、お得感に包まれてしまいました。
 夜は、韓国映画「フライ・ダディ」を観ることに決めていた。韓国映画フリーク化している黄紺にとって、「王の男」で評判をとったイ・ジュンギが、その後の作品に選んだものは押さえておかねばの気持ちからだ。京都でも公開日未定だけどすることが判ってたんだけど、その前に観ようとしたのが、この日だ。最初、梅田で観るつもりだったが、心斎橋でもやってるということで、ワッハから歩いてアメリカ村の「心斎橋シネマート」に向かった。この辺りは久しぶりだ。相変わらず、人でごった返してるので、さっさと晩ご飯を食べて、映画館に入り、そこで時間潰しをしてると、ガラーンとしていて、正直、助かった。ここは、以前、何度か来ていたところだが、「1周年記念」と銘打って「韓国アクション映画フェスタ」が行われていた。経営が変わった模様だ。しかも、この「フェスタ」のおかげで、韓国映画が、幾つも上映されてることを知ったが、GW狙いのこの企画、すべってます。ガラーンとしてて、人が入ってない。イ・ジュンギの映画なのに、黄紺が観たときは、4人だった、客が。ま、映画自体が、B級映画ってやつだからでしょうね。金城一紀作というから日本発の原作を映画化したものらしい。漫画タッチの着想、展開、映画作りだから、そのつもりで観たら、それはそれで、楽しめるんだけど、こんなのは人気が出ないのかなぁ。黄紺がはまっていた韓国映画は、恋愛物だから、ちょっと違和感があったのだが、でも、B級映画は、それとしておもしろければいいの感覚で観れば、楽しいものは楽しめばいいので、いいのです。そういった類の映画でした。「とかげ、、、」は、人に薦めるけれど、これは、黙っておきます。誰かの口の端に上がれば、観たよぐらいで十分な映画です。でも、楽しかったですよ。
 昨日、30日(月)は代祝でお休みの日だが、朝早くから、堺まで出張の日。これが、年に2〜3度あるのが、辛いねぇ。いつも、土日だから、この出張は、振替がとれるから、ちょっとは気が休まるが、人少ない、朝早い電車にのる鬱屈とした気分、分かるかなぁ? 夕方は遅くならないのは、予め分かっていたので、繁昌亭の普通の夜席を用意をしておいた。すごすごと帰るのだけは避けたかったのだ。おまけに、繁昌亭の出演者が、とってもそそられるもの。福笑が中トリに、三象様が出るわ、遊方が膝替わりだわ、破天荒な面を垣間見せる福矢も出るわと、ちょっとどころじゃないそそられ方をしてしまったのだ。そして、トリが福団治。しっかりと締まること受け合いなのだ。そんなだからでしょうか、常連さんと言える方々が、顔を揃えておられた。やはり、思いは同じなんだろう。で、番組は、呂竹「狸賽」、福矢「みかん屋」、三象「お忘れ物承り所」、福笑「延陽伯」、(中入り)、遊方「ちりとてちん」、朝太郎「手品指南」、福團治「くっしゃみ講釈」だった。ネタからすると、随分とオーソドックスなものだ。ところが、行間に溢れる爆笑物語は数知れずと言っていいと思う。それ程、充実した濃〜い会となった。福矢のTVショッピング話から、一転、「とかく商売というのは難しいということで、みかん屋をやります」、これが、この日の、どっかーんの一発目。前に座ってる老夫婦と娘さんの三人連れは、完全に引いているのが分かる。ところが、会場は、どっかーんの大爆発。快調なみかん屋が過ぎると、妖しい三象様の登場。また、前の三人、どん引きかと思うと、それが、三象様の自虐ネタが炸裂し続ける内に、徐々に、空気になれてきたのか、笑い出した。そうなると、もう会場のボルテージは上がる一方。そして、お目当て、福笑の登場。まさかの「延陽伯」。元の姿を丁寧に追いかけながら、そこへ、福笑スパイスをふりかけ続ける。これでもか〜スパイスは、黄紺にとっては、爆笑するよりか、うっまい、うっますぎる〜の大声に、もちろん聞こえない大声ですが、なっちゃいました。サプライズは、まだ、続きました。遊方が、古典を出したのです。びっくりでした。遊方の古典って、自分的には初物じゃないかな? かなり崩してるが、本筋は崩さない。でも、崩し方に統一感があるから、めっちゃポップで楽しいものに仕上がっていました。これはいけますよ。ただ、名前を付け忘れたみたい、腐った豆腐を食べさせる段になって、急に「台湾産ちりとてちん」と言い出してました。ホントは、どうしたかったんだろ、そんなところも含めて、また聴いてみたくなりました。そして、トリは、福団治。「百年目」の余韻まだ覚めずで、再会です。のぞきカラクリの節回しが、どことなく時代かかってるところが、いいっすねぇ。聴き慣れたネタが、新鮮な顔を見せてくれたような気がしました。くっしゃみは、大仰にならないよう心がけた表現、唐辛子をくすべた2人が、悪態をつくのはカット。これは、どうしたのでしょう? もう、十分困らせた、困りよったことは分かってるからとカットしたのでしょうか? ちょっと気になる演出です。ということで、充実しまくりの繁昌亭の普通の夜席でした。
 ということで、今日は、昨日の出張の代休です。昨夜、寝る前に、500mlの牛乳を飲んで、夜中に、惨劇。どうやら、500mlの牛乳が、うまく吸収されなかったようで、トイレに缶詰状態になり、睡眠が十分にはとれていません。休みの日に限って、こないなことが起こるのですね。でも、今日が、仕事日でなくて良かったとも思います。いずれにせよ、寝る前の500mlの牛乳は慎むことにしましょう。




2007年 4月 29日(日)午前 9時 46分

 GWが始まった。数年前までは、GWは韓国と決めていたが、今の職場に変わって、GW期間中に出勤なんてことが起こるので、この習慣めいたことは立ち消えとなってしまっている。新年度に入り、忙しさに追っかけられていたのが、この期間に韓国に行き、新緑に触れてほっと胸を撫で下ろす、そんなのが楽しみだったが、そんなこともリタイアするまではお預けになってしまっている。
 そんなでばたばたとせわしなかったGW前の週だったが、そういうときこそ、夜遊びは激しくなるが、ときどきは落語会が休憩タイムとなり、せっかくの高座の記憶がないことが、ままあるのが残念な話だが、そんなことも含めて、その記録を記しておこう。まず。週明け月曜日は、ワッハの4階へ、「上方講談を聞く会・ワッハ亭」に行った。番組は、南青「将棋大名」、南華「復讐奇談 安積沼 其の1」、南北「秀吉の足軽時代」、南左衛門「左甚五郎 京人形」で、なかなか変化の富んだもの。「将棋大名」は、南青くんが出ると、これって感じ。「復讐奇談 安積沼」は、前半と後半が、全然違う話で、実は、全部を聴けば結びつくというところだろうが、この日は、別々のまんま。悔しい、南華の会に行きたくなっちゃいました。そのときは、「其の2」までするそうだから。南北さんの3番目というのはいけません。寝不足がたたりました。どうも、それが南北さんに当たっちゃいます。草履を胸で温める話なんで、あっ知ってると思ったら、瞼が重たくなりました。南左衛門の「左甚五郎」物は聴き応えがあった。歌舞伎の「左小刀」の本説となる講談だと、最後に南左衛門師は言ってました。ストーリーは、甚五郎が、廓で見初めた女の似姿を彫るという、甚五郎話にこんなのがあるんだと、ちょっと目から鱗的ものだった。でも、甚五郎物は変化と夢があって、楽しいです。そこへ、南左衛門の素晴らしい口演とくれば、そりゃ満足度は上がります。ますます、講談への関心度上昇中です。
 24日(火)は、お待ちかね「笑福亭福笑独演会〜笑顔で元気の出る落語会〜」に、繁昌亭へ行った。1階席は、一般売りをせず、残ってる2階席だけが売りに出されたもの。狭い2階に、常連さんもひしめき合っている。番組は、たま「刻うどん」、福笑「千早ふる」、(中入り)、橘右佐喜「寄席文字あれこれ」、福笑「憧れの甲子園」というものだった。「刻うどん」は見慣れたもの、ますます冴え渡ってると感じるのは、手法が固まってきた証拠なんでしょうね。福笑は、「ちはやふる」はネタ下ろしかもしれない。花丸に触発されたということが、たまの口から、それらしきことが言われていたが、だからと言って、花丸的手法ではなく、あくまでもくすぐりのオンパレード的手法だ。一番笑ったのが、「和女がだめなら、あやめをいけ」、そう言った瞬間、その日の三味線和女に向かって謝る福笑が、更におかしかった。これから、更にグレードアップしていくのでしょうね。設定の無茶苦茶さは、抱腹絶倒の「憧れの甲子園」、ホント、着想の妙だ。あとはやりたい放題、こちらも笑い放題。更にヒットは、橘右佐喜の繁昌亭初登場。この人、上手な喋りができるので、そこへさして、寄席文字を見れる、しかも実演を見れる、これは、色物としてもいけるじゃないの感を持ってしまいました。いや〜、充実した会でした。
 25日(水)は、B1角座へ「福團治・福楽 親子会」を聴きに行った。B1角座は、間口は広いが、落語会には、いいスペースです。ただ、この日は、TVクルーが入り、後が通れないという状態。火事でも起こったら怖いなと思いながら、その奥の隅っこに座ってました。で、番組は、福丸「天狗裁き」、福楽「寝床」、(中入り)、朝太郎「マジカル落語」、福團治「百年目」だ。狙いは、「百年目」。開口一番の福丸は、全くの初物。それで、しかも、開口一番で、「天狗裁き」はびっくり。なんか、手の動きが不自然で、そんなところに初々しさを見つけてしまいました。静かな語り口なので、いわゆる前座噺のにぎやか感のようなものが、どないになるか、聴いてみたいとは思わなかったが、気にはなりました。「寝床」は、申し訳ない、ぐったりです。でも、まともに聴いてみたかったな、だって、久しぶりにオーソドックスな型だったものですから。ぐったりしながら、これだけは、はっきりと記憶に留まっています。ですから、舟の漕ぎ方が、ちょっと浅めだったってことです。そして、狙いの「百年目」、福団治のしっとり口調が、いいですね。旦さんの位のようなものを感じさせます。大きさ、懐の大きさを感じさせてくれました。それを聴きに行ったようなもので、見事、期待に応えていただけました。ただ、最後の、番頭のかしこまり方なんだけど、もうそっと上品だった方が良かったかな。その方が、仕事人としての真面目さが出ると思うのですが、、、。この日も、サゲが言われて、あっという間に、幕が閉まり、現実に引き戻されてしまいました。惜しいなぁ、「立ち切り」といい、サゲの余韻のようなものを楽しませて欲しいものです。あんな閉め方をするから、客も、そそくさと帰りだしてしまう。こんな噺を聴いたときくらい、おっとりと腰を上げたいものです。
 26日(木)は、一転して、実験的色彩の濃い「育っちゃったらくご」に行った。繁昌亭に、場所は移っている。たま「宿替え」、南湖「さやま遊園」、三金「お笑い病院只今診察中」、三風「はてなの茶碗」、(中入り)、遊方「オーサカ・シネマロケンロール」、あやめ「ちりとてちん」というラインナップ。今回からは、古典も組み込んでの会へと、若干のモデルチェンジ。発表と違ったのは、三金と遊方の出番がひっくり返ったのと、あやめのネタが変わったこと。出番は、どうしてなんでしょう、遊方が覚えてないと、三金は言ったが、そうでもないみたい。真相は、判りません。あやめは、近々、NHKで「ちりとてちん」を収録するので練習したいからということだった。なお、「悋気の独楽」だったら、ネタ下ろしだったのだが、残念こいてしまった。このなかで、この日も疲れから、「はてなの茶碗」でダウン。新作派のイメージの強い三風の貴重な古典の大ネタ、外してしまいました。この日一番の出来と見たのは、遊方。映画のロケ地に選ばれたたこ焼き屋の一家が、ロケそのものに介入してくる、しかも、大阪のノリでと、なかなか着想がいい、そして、その着想が生きていた。大阪のノリで突っ込むところ、それと映画の進展、もうちょっと映画のストーリーを進めさせた方が、スケールが大きくなって、聴き応えが出てくるような気がしました。突っ込みが細かいと、ちまちま感で、噺そのものが、軽いいちゃもん程度の噺になってしまいます。だけど、着想がいいから惹かれてしまったのです。「宿替え」は、どうしても枝雀の亡霊との対決になってしまいます、自分的に。「ちりとてちん」は、女性版。意地っ張りな女のキャラは、難しいです。これこそ、大阪のおばちゃんにした方が、憎まれ役をこなせると思うのですが、、、。お座敷に出るくらいの女との設定には、やっぱ無理を感じました、これにつきます。そう思うと、すーっと睡魔が忍び寄ってきました。このときは、それに、ほぼ負けなかったぞ、頑張りました。南湖は、私落語ではなく私講談と言えばいいでしょうか? 三金は、卑怯だと言われようが、特技を織り込みながらの落語を、どんどん作っちゃえばいいのにと思いました。「奥野くんの結婚式」も、そうだったように、卑怯を逆手に取る新作を期待したいものです。最後に、全員が、舞台に揃い、ちょっとしたトーク。話題の中心は、たまの受賞の話。小朝主宰の会での受賞だとかで、東京でも評価されてます。
 翌27日(金)は、大阪能楽会館近くの大阪造形センター5階・OZCカラビンカというところであった「由瓶の卒業検定!〜その4〜」に行った。由瓶が、先輩噺家に噺をもらい、それをネタ下ろしをする会。教えた噺家さんも出てきて、その良し悪しを判定するというもの。この日の教官は、坊枝で、ネタは、「火焔太鼓」だった。それが、中入り後で、中入り前には、雀五郎「牛ほめ」、由瓶「強情灸」、坊枝「がまの油」だった。1席目、2席目は、疲労困憊でダウン。もう、席に着いたところで、あかんと思いました。それほど、この日は、仕事が立て込んでいたのでした。「がまの油」は、手がけていそうで、雀々とこの人くらいしか、知りません。申し分ないものです。そして、中入り明けには、「火焔太鼓」についての鼎談があったが、坊枝は、このネタを、茨木で、志ん朝が出したときに録音させてもらい、手がけだしたということだった。ただ、その後、志ん朝が亡くなったため、聴いてはもらっていないということでした。気になっていたことが、一つ判り、満足です。で、由瓶の出来だけど、これが、思いの外というと失礼だけど、いい出来でした。立て弁的なことができるだろうかと思っていたのだ。稽古のあとが、しっかりと看てとれる出来です。ですから、これからは、何度もかけながら、終盤の立て弁度を上げ、前半の夫婦の、キャラの仕分けが出来上がっていけばいいのでしょう。いいネタに狙いをつけたものというのが、終わったときの感じだったから、成功と言えるでしょう。
 そして、昨日28日(土)は、ダウン傾向。家でごろごろしてると、寝るわ、寝るわで、あっという間に時間は過ぎていきました。1日の時間って短いと感じさせられました。お出かけは、夜になってから。雀のおやどの「第47回雀三郎つるっぱし亭」に出かけてきたのです。かなりいい落語会が集中したこの日、黄紺は、ためらいもなくこの会を選びました。繁昌亭での都丸&小春団治の会、ワッハの染左の会、太融寺の宗助の会、京都の団朝の会と、よくもまあ惜しげもなく重なってくれたものだ。だからでしょうか、客は分散したんじゃないかな? よく見かける常連さんも、雀のおやどでは、そんなに見なかったものですから、そんな風に考えていました。で、番組だが、二乗「つる」、雀三郎「稲荷俥」、出丸「狸の化寺」、雀三郎「三十石」というもので、わりかし普段出ないものが、2つ並び、最後に「三十石」とくると、自分的には惹かれてしまった。「稲荷俥」は、実は、雀三郎がするとは知らなかった。聴いてみて、人物描写の得意な雀三郎にしては、騙す客に落ち着きを、あまり感じさせるようには描いてくれず、そのため、高津から産湯楼までの道の暗さが出てこなかった。車夫と客が、そんなに違わないキャラに見えてしまったのだ。いやいや、敢えてそういった描き方をしたのだろうか? それに対して、「三十石」は、豊富な登場人物、それの描き分けは、お見事。雀三郎の言によると、三十石舟は、20〜30人程度の広さだそうだが、これだけ、見事な描き分けがなされると、舟が、もっと大きなものに見えてくるから不思議だ。それは、個性の豊かさが、実際の人数以上の舟の規模を想像させてくれます。ちょっとした人間賛歌みたいな口演だったような気がします。そして、圧巻は舟唄。歌手を公言するに相応しい歌声です。声が伸びるんだよね、これは、淀川のなかを進む舟という、フェイドアウトした視点を聴く者に与えてくれます。雄大です。僅かな光しかない暗闇のなかを悠々と進む舟を見せてくれました。ホント、「夢の通い路」です。この日の口演は、中書島の浜から枚方で聞こえる仕事唄3つを披露し、最後に、もう一度、舟唄を歌い終わりました。絶品です。
 今、TVで、姜尚中が、お気に入りの絵画一点ということで、デューラーの「自画像」を語っています。偶然、ミュンヘンのアルテ・ピナコクで見かけたこの作品に、自我の強さを感じ、自らの在日としてのアイデンティティを見据える契機になったということを言っています。自分の生きてきた道を肯定できる自分、それをそうさせてくれた親の愛情などに支えられてきたことの実感なんかを語っています。これを書きながら、手を止めてしまいました。




2007年 4月 23日(月)午前 3時 38分

 週末の楽しみ、トルコ・サッカーを聴きながら書いている。週末の楽しみは楽しみなんだが、それはイコール、夜更かしをしている、いえいえ、寝れなくて起き上がってる、そないなことを意味していることが多いのだ。明日が月曜日でなければ、そうでもないのだが、そのなければいいという日なのだ。昨夜、久しぶりに自宅で食事を摂ったのはいいんだけど、PCを前にすると、やたら疲れを感じた黄紺は、そのまま後に倒れ、4時間も寝込んでしまったのだ。で、夜中に起きてるってところです。へたをすると、2度寝ができなくって、そのまま仕事ということになりかねないパターンです。
 ま、それはいいとして、只今、「ガラタサライ vs チャイクル・リゼ」戦のインターヴァルの時間帯。前半までは、両者1点ずつ入れた展開だ。元ガラタサライのアルタンが先制点をあげています。アンカラで、いつぞや観たガラタサライの両サイドには、2人のスキンヘッドの選手がいたなぁ、また、体つきも似た者同士で、遠目からは区別しかねるハサン・シャシュとアルタン、でも、アルタンは、あのシーズンだけ、ガラタサライにいたんですね。チャイクル・リゼには、もう1人、元ガラタサライの選手がいる。ルチェスク監督時代にいたヴィクトリアだ。ルチェが、シーズン前の練習試合でも起用したことのなかったこの選手を、いきなりガジアンテップで起用したその試合を観たなぁ、あれが、ウミト・ダヴァラ壮行試合だったなぁ、そないなことを実況中継を聴きながら思い出していました。今日は、稲本がコールされることが多いような気がします。それだけ、ボールに触れてるのでしょう。
 それは、いいとして、この週末のお出かけ記録を書いておこう。土日ともに、ダブルヘッダーを組んだ。まず、土曜日。昼間は、伝統の「田辺寄席」におじゃました。黄紺が着いたときには、もう、前説のために、文太は舞台の上、ぎっしり詰まった客席の最後列に、係の方が椅子を足してくれて、ようやく座れました。そこへ、関西TVクルーが取材に入ってました。番組は、雀太「鷺取り」、よね吉「七段目」、文太「よもぎ餅」、(中入り)、紅雀「いらち俥」、八天「星野屋」だった。八天を入れての米朝一門会となっている。雀太のこのネタは2回目だけど、もうちょっと軽やかにやって欲しいな、根問物は、そないなノリをモットーでというところです。よね吉は、かっこ良かったです。吉朝一門の面目躍如というところです。「よもぎ餅」は、文太が、たいそうな噺に仕立て過ぎってところかな? こないだの「九年母」のときもそうだったけれど。これから、後半部分の新たな展開かと思ったところで、呆気なくさげとなりました。そして、お待ちかねというと差し障りがあるけれど、ここの中入りは、心遣いに溢れている。特にこの日は、春真っ盛りだから、中庭での休憩は、ガーデンパーティのよう。後半の紅雀のネタは定番、でも、最後まで行かずに切り上げてしまいました。どうしたんでしょう? 最後が、狙いの「星野屋」。八天、確か、文紅からもらったと言ってました。騙し合いの噺だが、ポイントを掴まえたデフォルメの仕方が上手です。八天は、完全に手中に入れて自在に操る。たっぷりと楽しませてくれました。トリに相応しいネタ、また、相応しい口演でした。
 「田辺寄席」が思いの外、時間がかかったので、地下鉄で、まっすぐ難波に向かいました。時間があれば、鶴橋で、韓国料理でも食べていこうかと考えてたんだけど、夢と終わりました。夜の部は、待望の「柳家喬太郎・笑福亭三喬 東西二人会」だ。場所は、ワッハの5階だ。まず、番組は、二乗「子ほめ」、三喬「貧乏花見」、喬太郎「花見の仇討ち」、(中入り)、喬太郎「ほんとのこというと」、三喬「首の仕替え」だったが、終わってみて思うこと、組合せが悪いな、これじゃ、三喬の持ち味が死んでしまいます。それほど、喬太郎の個性が強烈だということでしょう。三喬のほのぼの系と組み合わせるのは、ミスマッチを楽しむという範疇のものではありません。三喬が消えます。喬太郎の毒は、古典、新作を問わずです。 「花見の仇討ち」で待ち構える男の変化、うまいとか、リアルとかではなく、釘付けにしてしまう個性を埋め込んでしまってます。その男を軸に、時空間を往き来するから、この男を明確にしなきゃならない。それを、莨一つの変化で見せようというものだから、その発想が、越えちゃってます。新作の方も、ありえない発想に、度肝を抜かれる。古典に看られるありえなさが、現代噺にすると、こういったありえなさになるのかと、変な感心の仕方をしてました。しょーもないこといいを越えた、ありえない発想で笑わされちゃ、三喬的なバカバカしさは、吹っ飛びます。仕替えられる首の種類に、衣替えをすればいいのに、そのままじゃ、消えます。やはり、組合せが悪すぎました。
 日曜日は、土曜日とは異なるダブルヘッダー。午前中に映画、午後に落語会に行った。そして、夜はなしという組合せだ。映画は、京都シネマのモーニングショーの枠で、この2週間上映されてる韓国映画「とかげの可愛い嘘」だ。韓国映画フリーク化してる黄紺は、丁寧に追いかけようとして、またまた、いい映画に出会った。1人の男、1人の女を、20年間思い続ける2人。出会うのは、限られた時間。その「限られた」というのが、この映画のキーワードで、それが、前半、とても不自然に、不可思議な話として設定されている。「体に触れると事故が起こる」「体に蜥蜴を潜ませている」「寺の僧侶に育てられてる女の子」、無理やりな設定と見えることの合理性が解き明かされたとき、映画館は、涙に包まれる。またしても、韓国映画にやられました。ますます、深みにはまっていきそうです。男の方のチョ・スンウも爽やかだが、黄紺は、アリを演じたカン・ヘジョンが気に入りました。高校生の雰囲気からキャリアの写真家への変身が、かっこ良かったし、内面をストレートに表現しない役柄に惹かれました。子ども時代の2人も良かった、あの愛くるしい子役2人にも惹かれました。最初、2人がすれ違うときの表情、良かったね。そのときの素直さを持ち続ける2人に涙しちゃうのです。最後に、寿司屋の名前が、「アリ・ジョガン」と出て、もう一度泣かしてくれました。
 午後の部に向けて、四条烏丸からバスで移動。仁和寺前で下りるのではなく、手前の「妙心寺北門」で下りる。ちょっとだけ時間があるので、妙心寺の塔頭の一つにでも入れればいいかと考えたのだ。中に入ると、「大法院」というところの入口に「特別公開」の文字が。迷わず、そこに決めました。お茶室とお庭を拝見し、お抹茶をいただきました。お時間に合わせて、そちらを退出し、約10分歩くと、仁和寺の駐車場に出ました。その駐車場の向こうに見えるお寺が、目的地。「蓮華寺落語会」に、初めておじゃました。伏見からは遠足気分で行かないと遠いので、こないなときにしか行けないが、お寺の座敷を使って行われてるいい雰囲気の会だった。番組は、阿か枝「ちはやふる」、文我「青菜」、(中入り)、福矢「野崎詣り」、文我「井戸の茶碗」だったが、後半が、白眉の会となった。前半は、よく出るネタ、ここでも出ちゃったって感じだったもので。それにつけても、福矢のこのネタがいい。「わーわー言うとります」という表現を、上方落語は、よく使うけれど、その「わーわー」感が、こんなにも出たことって、あんましないんじゃないかなぁ。「野崎詣り」は、特に、空間的広がりとか、なかなか味あわせるのが難しい噺。2人だけのしょーもないこと言いの噺で、しょーもなーって感じで終わってしまいがちな、難しいネタ。それを、単なる「わーわー感」でクリアできてしまうとは思ってもいなかった。それをやった福矢、技量向上間違いなし。そう言えば、この人の「お玉牛」も魅力的だった。「落語は、一所懸命にやってます」とは終演後の座談会での談。その通りです。「よしこ〜」が良かったしね。文我の「井戸の茶碗」、この人、このネタって感じで、いいですね。韓国映画で涙もろくなってる黄紺は、このネタの終わりかげんで、ほろっと来てしまいました。「井戸の茶碗」が終わると、3人でトークショー、ホントは抽選会だけなんでしょうが、そんな感じになってしまいました。阿か枝のまじめさ、福矢のキャラの濃さは好対照で、楽しめました。
 帰りは、「竜安寺」「金閣寺」という名だたる名所を巡るバスで帰ってまいりました。バスに乗ること、40分。家に着いたら、大阪から戻ってきたのと変わりませんでした。やっぱ、この会は、なかなか行けたものではありません。




2007年 4月 21日(土)午前 6時 56分

 日曜日は、どフリーの1日だったので、昼と夜の両方に出かけることは、もう定番。土曜日に、仕事が入った関係で、実は、土曜日の昼間に持ってこようとしていたことを、日曜日の昼間に回し、結局、日曜日の昼間に持ってこようとしていたものを、諦めざるをえなかったというわけだ。昼間にしか行けないものが、行きたいものとして、前売りまで買ってあったものがあったので、それを中心に考えた。それが、ギリシア映画「パパにさよならできるまで」だった。ドイツとの合作らしいが、スタッフ、出演者、すべてギリシア組だから、ギリシア映画と考えておこう。まず、それにそそられたのと、親の死を受け入れられない子どもというテーマが気に入ったので、行こうとしたというわけだ。京都での公開予定も明確でないので、十三まで出かけた。言わずと知れた第七芸術劇場だ。でも、映画が難しかったのか、単純極まりないものだったのか解らないまま、映画は終わってしまった。父親の死を受け入れられない小さな子どものエピソード集に、妻も兄も、お祖母ちゃんも、受け入れられない人が、続々と登場するのだ。ステレオ・タイプに悲しむ姿を流してくれても、わざわざ映画を観に行く必要はないわねと思うと、睡魔が襲う。件の子どもの動きは気になるので、頑張って睡魔を払拭しようとするが、かっくんと瞬間的に、台詞が吹っ飛んでいく。そして、映画は、子どもが、父親の死を受け入れたところで終わる。ここまで引っ張ったんかよう、、、いやいや、何やら哲学的思索の臭いらしきものは感じるんだけど、黄紺の頭では分かりませんでした。そんな意味で、狙いの映画が外れました。
 十三から梅田経由で難波への移動。呆気なく15分余で完了。こないに呆気なく来れるんだったら、十三のネットカフェででも入れば良かったと思っても、後の祭り。どうも、難波では気に入ったネット・カフェはございません。仕方がないので、早めの食事、そして、本屋で時間潰し。6時を待っていたかのように、ワッハの7階に入りました。この日は、「林家亭4月席〜なんやかんや染弥〜」があったのです。番組は、呂竹「江戸荒物」、染弥「ちはやふる」、里見まさと「乃木希典の墓参り」、(中入り)、卯三郎「禁酒関所」、染弥「胴乱の幸助」だった。お目当ては、最後の「胴乱の幸助」だが、こうやって見ると、とても濃い内容の会で、客が、20人も入らなかったのと、あまりにも対照的だったと言わざるをえない。まず、呂竹は、手慣れたネタにも拘わらず、噛み噛みでした。油断大敵です。それに反して、同じ手慣れたネタと言っても、「ちはやふる」は、全然違う。格の違いでしょう、ここが。花丸の変型を聴くのも楽しいけれど、そのあとのお茶請けには、やはりこういった型を大切にしたものがいい。まさとの講談は、定評のあるもの。マクラで、駄洒落ネタを飛ばし、18人で出る最大音量を引き出してました。やっぱ、年季が、更に上です。ちょっと調べてみると、講談には、乃木物が、随分と作られた由、分かりました。まさとのネタを聴いても分かるように、一代の軍神というよりか、その庶民性、優しさを出している。講談って、こういう役割を果たしてたのか、ちょっと目から鱗でした。能楽の大上段な皇室賛美じゃない手法で、「お国のため」的な感性を浸透させていったようです。まさとは、戦争賛美じゃなくて、今の時代だからこそ聴いて欲しいと思って、取り上げましたと言って、高座を降りました。その考え方が、どうであれ、売れてる芸人さんの細やかな心遣いを看た思いがしました。
 中入り明けの卯三郎が、この日一番のサプライズだった。この人、こんなネタを取り上げて大丈夫というのが、ネタを見たときの率直な感想。なんか弾けない、億劫なのかな、高座がと思うほどだったので、そう感じてたんだけど、いやいやどうして、化けました。なんか、一つのきっかけになれば、いいですね、このネタで。チャレンジ精神を、まず、買いたいな。そして、それに成功したのですから、今後への期待が膨らみました。ただ、一点改良して欲しいのは、番小屋の役人が、その近くにいるはずの他の役人との掛け合うところを、もうちょっと入れた方が、番小屋の空間的な広がりが出ると思いました。そして、最後が、「胴乱の幸助」、随分と、丁寧に、大事に扱った口演だなというのが、まず第一印象。だから、そつはないけれど、胴乱の幸助の無頼漢的な威勢の良さみたいなものとか、最初の喧嘩をする2人のアホさみたいなものも、物足りなかったかな。これは、これから、時間をかけて練り上げて欲しいものです。おやっさんが、京都に行くとき、中書島の浜でのやりとりがあるんだけど、省いていました。ま、あってもなかっても筋立てには関係ないので、それはそれでいいんだけど、あまりにも急に終盤に入るのを防ぐクッションのような場面、あれで、おやっさんのやろうとしていることの可笑しさが増すという効果もあるので、残しておいて欲しかったなと思いました。だけど、大筋として、大成功です。大ネタを、どんどん手がけていってます。安心感抜群なので、またの機会を楽しみにしたいものです。
 月曜日は、都丸が出ないので、繁昌亭での「ざこば一門会」は避け、また、場所的に行きにくい、もちろん黄紺的にでの話だが、「おそば」は避けて、ワッハ4階の「林家亭4月席〜イチロウの攻撃六回の表〜」に行った。ぼちぼち大きなネタを取り上げてもいい市楼が、何かしてくれるだろうとの期待を込めてのワッハ行きとなった。だが、先週で、かなりへばっているので、体力勝負でもある。番組は、二乗「子ほめ」、市楼「お好み焼き」、八天「茶屋迎え」、市楼「猿後家」だった。客の数11人にしては、もったいないラインナップだ。まず、二乗は、ほんと手堅い。誠実そうな人柄を表す高座だ。ぼちぼち大きめのネタ、「七度狐」「崇徳院」「茶の湯」なんかを取り上げてるようなので、聴けるチャンスがあればと、密かに期待している。「お好み焼き」、「茶屋迎え」は、嬉しいネタ。ともに初物。ただ、ここいらあたりで、ダウンしかけ。ともに面白そうなネタなのに、この低駄落。みっともない、もったいないだ。「猿後家」は、自分的には、市楼による初の大ネタ。まあ、林家の芸なんだけど、なんとなく市楼の人に合わないという予想で聴きだす。お家はんにべんちゃらを使う男の、狡猾さ、惨めさ、おかしさ、だいぶと物足りないなぁ。人に合わないと言えば、それまでなんだけど、合わないなら合わないなりの登場人物にすりよるしたたかさみたいなものを見せて欲しかったのです。そしたら、ミスマッチ的なおかしさも出てくるかもしれないのですから。それとも、市楼のまっすぐさみたいなものが邪魔してるのか、、、、こうなると、また、人の問題になってしまう。
 翌火曜日は、太融寺本坊での「雀の学校〜桂枝雀一門若手落語会〜」に行った。この会は、3回目となるが、黄紺は、1回目に続いて、2回目のお出ましだ。太融寺は、メッカ的な存在だったが、リニューアルなってからは、やはり使用料の関係からでしょうか、落語会は激減している。そのなかでも、「枝雀一門」のブランドに集客力を頼り、それなりの成果を見せていると思ってる会だ。常連さんと思しき顔は、ほぼ揃い、最後列端っこには、小佐田センセ夫妻までいる。これだけで、会の王道を行っているって感じがしてしまいます。ただ、黄紺は、この日も、ダウン気味。しっかり聴ける噺が、1つでも多いことを願っての参戦だ。番組は、まん我「つる」、雀喜「貧乏花見」、こごろう「くしゃみ講釈」、(中入り)、雀松「幇間腹」、紅雀「宿屋仇」だった。まん我は、もったいない前座噺。でも、この会では、輪番で、トリを取るという習慣なので、入門順では若いまん我が、前座ということで、この日は、お茶子までやっていた。雀喜も、随分と話が流れるようになってきました。ましてや、この噺のほのぼの感まで出ていて、単に人物の描き分け以上の臨場感を感じさせてもらえて、これは、めっけもの。更に、この日、最高の出来は、こごろう。決して、正統「くっしゃみ講釈」を外さず、独りよがりじゃないくすぐりを入れる感性が、ホントに光った。そして、何より、この人、ホントに明るいしゃべり方、これ、得です。天然系のボケ男を演じさせたら、ホントにうまい。記憶に残る「くっしゃみ」でした。雀松は、予想通りの噺。ゲストで来ると、もう、「短命」「片棒」、それに、この噺だろう。ええかげんせぇと思いつつ、惹かれてしまう雀松教。足抜けさせてくれない教祖様だ、こうなっては。最後の「宿屋仇」が、実は、この会を選ぶ動機付けとなったもの。だけど、ちょっと期待しすぎたことを反省。ここで、ダウンしちゃったのです。精根尽き果て、安らかになってしまったのです。ただ、断片的な記憶だと、明るく作ったキャラが、常に同じ明るさだったということ。テンポなんか変えて欲しいな、これは残っています。最近、これを、何度かかけてるようなので、只今、研鑽中ということと思っておきます。
 雀の学校の帰り、京阪特急で、15分間だけ寝れただけで、この夜は、全く寝れませんでした。それは、職場で、どうしても納得のいかないことが起こり、寝るために横になった途端、それが思い出され、興奮状態になってしまいました。一睡もできず、お仕事に。水曜日は、とっても辛い日となりました。おまけに、6時まで職場を出れないというむごい日。時間が来て、大慌てで駆けつけました、雀のおやど。繁昌亭での、「創作落語の会」を捨てて、鶴橋に向かったのです。「じゃくったれ〜VOL.10〜」があったからなのです。二乗「阿弥陀池」、雀太「道具屋」、花丸「太鼓腹」、雀太「百人坊主」が、この日の番組だ。前回、予定に入れながら、実際には演じなかった「百人坊主」を聴きに行こうとしたわけだが、不幸は襲ってきました。まともに聴けてるのは、花丸の口演だけ。あとは、どこかで断裂しています。またまた、もったいない話だけど、寄席の雰囲気に浸れただけでも、特にこの日は、良しとしましょう。で、花丸なんだけど、雀松の手中で転がされるようなものではなく、わりかしまとも、いや、花丸だから、何かしてくれるかの期待には応えてもらえませんでしたが、もちろん、立派な口演だということは、言うまでもありません。そないなことで、すごすごと鶴橋を後にしました。あっ、そうそう、「道具屋」が、ちょっと変わったサゲにしてました。これは、ぼんやりと覚えてると、とにかく頼りない、特にこの日は。
 翌木曜日は、まだまだ回復途上のなか、仕事が、うまく切り上がったので、京都五条で行われてる典型的な地域寄席「養蓮寺寄席」に行った。ここは、仁智が主宰者ということで、時間が許せば行く機会の多いところだ。なんせ、京都だから、ホント帰りが楽ですものね。で、この日の番組は、呂竹「寄合酒」、銀瓶「宿題」、三歩「神様のご臨終」、仁智「三人旅」と、おもしろいもの。だって、新作が2つ続くからでしょうか、仁智が古典を出し、「宿題」を本家直系の三歩じゃなくて、銀瓶が出すというんだもの。その三歩も三枝作品だから、この日は、三枝作品が、2本続いたことになりました。そして、これが、最高の出来。銀瓶は、父親のキャラがいいんでしょうね。実直な銀瓶と二重写しになる感じが、また、いいんだね。難しい算数の宿題、新しい問題が一つ、挿入されてました。これを、韓国語落語でやったんですね、この人。その努力に、脱帽です。いい日韓交流になると思います。「国境なき芸能団」に勧誘して、「日韓交流大衆芸能訪問団」なんての作って、銀瓶を入れて欲しいな。この銀瓶以上に会場を沸かせたのが、三歩。笑いのウェーブが重なるという凄まじい現象が生まれました。この会、ちょっと上品系の客が多いんだけど、もう、ドッカーンが重なる、重なる、、、三歩、恐るべしだ。それに反して、本来なら、それは、この人の特許なのに、なんか、今ひとつ覇気がなかったのが、仁智。なんか、薄味、三歩が、こないな状態だったので、ま、ええかの気分だったのかな?
 翌金曜日、即ち、昨日だが、だいぶと復活気味、だけど、寝れなかったてことは大きく、時々、ぐったりしたくなる。そんななか、外せない「島之内寄席〜四月席〜」に行った。ワッハの5階だ。最近、この会は、じり貧気味。ちょっとは、メンバーでてこ入れしましょうって思ってしまう。まず、この日の番組から書くと、三四郎「お忘れ物承り所」、しん吉「商売根問」、文華「短命」、呂鶴「青菜」、(中入り)、楽珍「宿題」、米八「悋気の独楽」だった。お目当ては、当然の如く、米八。25年は、この人の落語を聴いてないですから、また、「田辺寄席」なんかでは、落語をしているのは知ってるんだけど、ことごとく聴き逃してるので、もう、垂涎の会となった。ただ、この日は、中入り前までが、遠慮してか、短めに切り上げる、そういったネタを選ぶという具合で、盛り上がりに欠けること著しい。しん吉なんか、こぼれんめの部分だけで、びっくり、更に、絶句したのが、呂鶴。「今日は、ご酒家のお噂を、、」で、「植木屋はん、植木屋はん、、」に、ひっくり返りました。外しすぎ。どうしても、後半に目が行くが、「宿題」が、またしても手がける人が登場。前日に、3時間にわたり、三枝から直々に稽古をつけてもらったと言う楽珍。これが、最新版かと思わせてくれました。確かに、兄弟の問題はなく、他の問題が入ってました。しかも、それは、前日に聴いた銀瓶のものではありませんでした。が、黄紺は、あの兄弟が出てくる問題、とっても好きなんです。「お兄ちゃんは、待ったらんかい」、これ、いいもん。楽珍は、まだまだ、暖める途上でしょう。捲土重来、再会を楽しみにしています、このネタでの登場を。しかし、噺家さんにも人気なんですね、このネタ。都丸のすっとぼけた父親、実直そうな銀瓶の父親、いいっすねぇ。本家直系の三歩の爆笑街道まっしぐら的な「宿題」も、いいです。いろんな噺家さんが、いろんな工夫で楽しくやってくれる、このネタの素晴らしさを讃えずにはいられません。そして、お目当ての、米八。「猿後家」かなと予想してたんだけど、「悋気の独楽」の方でした。その昔、千朝、吉朝、米八と、判で押したように聴いていた前座。もう、30年も前なんですね。その頃から、訛なんでしょうか、ちょっと特徴のある口演だった米八、それは、曲独楽をするときの喋りもそうだから、マクラなんかは、もろ出し。でも、ネタに入ると、気にならない。ここいらあたりが、年季だ。ただ普段、落語をしない時間が多いのでしょうね、間合いを、計りかねてました。「嫌い!」って言うので、特に、そう思いました。だけど、これからも、やって欲しいな。聴いてると、ふと、千里繁昌亭の高座なんかが思い出されてしまいますから。
 そんなで、1週間を振り返りました。なかなかきつい1週間でした。だけど、落語会は皆勤。自慢してもしゃーないけれど、そういった雰囲気に浸っていたい気分なのです。




2007年 4月 15日(日)午前 9時 59分

 この1週間は、本格的に新年度の仕事が始まった関係上、そんなに忙しくはなかったのだが、かなりハードな日々となっていた。その上、相変わらずきっちりと睡眠がとれない日々が続いているため、余計にきつくなるのだ。夜遊びも、ちょっと考え直さないとと思うほどまでになっていた。ここ数ヶ月、あまり考えなかったことだが、ちょっとガス欠なのか、この新たな1週間、自分の体調を見守っていかなければならない。でも、土曜日、お仕事があったとはいえ、午後からで良かったので、体に休息を与えることができたようで、朝、起きた具合は、1日前よりは、かなり回復できてると言えば、いいでしょうか。でも、こんな感じになるために、具体的には寝るために、昨日、午前中に、少し、ワインを呑みました。寝れるようになるため、お酒を呑むという手法、以前は、よくやったんだけど、昨日は、久しぶりにやりました。結果は、これで、1時間眠ることができ、満足です。
 午前中、時間が空いたので、散髪に行こうとしたが、眠っちゃったので、馴染みの散髪屋に着いたのは、もう、11時半。こないな時間帯に散髪屋に行った経験がない黄紺だが、1時間待ちでOKの気分で行ったんだけど、幸い、散髪後、近くで食事を摂ってから、職場に向かっても、定められた時間に、十分間に合った。これは、なかなかラッキー。そして、仕事をして、まっすぐ帰るつもりだったんです、この日の朝まで。ところが、昨日の明け方、まだ、満足に眠れず、しゃーないんで、ネット上を彷徨ってた時間帯、一つの貴重な情報を得た。それは、行かないつもりだったB1角座での「第78回はやかぶの会」で、笑福亭銀瓶が、「立ち切り」を出すというものだった。これは聴かなきゃの気分が、一挙に高まり、計画変更。ただ、仕事が、5時半までは絶対。うまく行けば、その時間にパッと出て、途中から、駆け付けるということにしよう、でも、お仕事が延びちゃえば、情報不足だったことを怨み、諦めようの両様の考え方で臨んだ。そしたら、幸い、5時35分に、職場を出ることができ、且つ、電車の具合も計ったように良かった関係で、開演から約20分遅れで、角座ビルに到着。リニューアルされてから初の角座。雑居ビルの地下の、しかも、飲み屋と並んで、こぢんまりと生きていました、角座は。で、この日の番組は、わかば「桃太郎」、瓶太「野崎詣り」、宗助「天狗裁き」、文華「替り目」、銀瓶「立ち切り」だった。黄紺が入ったときは、既に、わかばは終わっており、次の瓶太が、マクラを喋り、客席を沸かしてる最中だった。「野崎詣り」は、こごろうの工夫以外は、あまり聴こうかなの気が起こらないネタ。この日も、やっぱりなで終わってしまった。難しいのか、無理なのか、春の陽なんかを感じさせていい素材だけど、余程の工夫をしないと、無理なのか。堤を歩く二人連れ、川を行く乗合衆、光景だけでも絵になるのに、その絵が続かない。言葉遊びに工夫を凝らすより、情景描写に工夫を凝らして欲しいと、かねてから考えてるネタです。文華は、妻に感謝の言葉を聞かれるところで切り上げました。ぼやきの中に、自分の妻の話を入れて笑わせる。しかも、それが、マクラで伏線を張っておくという凝りよう。いいセンスしてます。宗助は宗助で、「蔵丁稚」を聴いてから、こういった定番ネタでも、何かしてくれるのではとの期待が膨らむ。そして、期待に応えてくれたのが、2発、見事的中。冒頭で、夢を見ている亭主を起こすとき、先に出た「替り目」の人力の部分を使った。スマッシュ・ヒットだ、これは。もう一つが、天狗の声で、核心の部分で、声を裏返したこと、これも、ドッカーンと来た。こんなのに味を占めて、工夫を凝らしてくれたら、根本がしっかりしてる噺家さんだから、絶対、人気が上がると思うけどねぇ。期待の銀瓶、昼は、「宿題」の韓国語版ネタ下ろし(建国学園で)、夜は「立ち切り」と、すさまじい1日。しっとりと静かな語りに、会場が、ぴーんと張りつめてるのが痛いほど分かる口演に、聴いているものの緊張は嫌が応にも高まる。1箇所、膝立ちになった。主人公が、自分の措置に対して怒鳴り込むところ。ここのやりとりを、全部膝立ちでやった。これをすると、噺家さんが、普段しない芝居をしなきゃならないんだよね。体を使わないと、不自然になってしまう。だから、膝立ちでするならするでの相応しい体の動きが欲しいのです。ここが、ちょっと計算不足。逆に、アクセントを省いてしまったのが、三味線のきっかけとなる「酒をむせる」のを省いてしまったこと。初めてだった、これは。不自然さを感じたんだろうなと、その意図は了解です。でも、あれで、アクセントが入り、そのあと、「雪」が流れる間、科白なしで行けるんじゃないでしょうか? 朋輩衆の賑やかな入りも、あれがあるから、しんみり度、悔恨の情が深まるんじゃないでしょうか? 甘味を出す塩味の要素、それが、「酒をむせる」という行為であったり、朋輩衆の入りだと思うのですが、、、。そういった課題も見えると同時に、銀瓶のやろうとすることも、よく見え、真摯なネタへの取り組みが見えた好演でした。サゲが言われた瞬間、思わず涙がこぼれそうになりました。その雰囲気に浸りたかったなぁ、でも、簡単に、幕を引いてしまいました。しゃーないんかなぁ、でも、悔しい気がしました、黄紺的には。やっぱ、頑張っていった甲斐というものがありました。いいものは、いいのです。




2007年 4月 14日(土)午前 9時 18分

 終わってみると呆気ない1週間。早くも土曜日に入っているが、なんせ、この年度初めの週は、なかなか堪えました。久しぶりに腰にきて、心配の週明けでしたが、幸い、大事に至りませんでした。
 日曜日は、全日フリーだったので、落語会のダブルヘッダーを敢行した。午後は、伝統の地域寄席の一つと言っていい「吹田サンクス寄席」。なかなかいいメンバーが揃うので要マークの会だ。この日の番組をとっても、それが判るというもの。ただ、場所がいいこともあり、且つ、このような特徴を持つので、混み合うのが難。季節柄、人が混み合うと室内温度が上がり、酸欠状態となるから、睡魔が訪れるという悪いパターン。ま、愚痴っても始まらないので、この日の番組を記すと、雀太「ちしゃ医者」、生喬「しびんの花活け」、染二「天災」、雀三郎「くっしゃみ講釈」、粒ぞろいの、いい番組だった。雀太は、恐らく原型は、こないなものだったろうと思わせる、あっさり、爽やか(?)ヴァージョン。「しびん、、」は、ホント久しぶり。これを聴くと、どうしても先代の歌之助を思い出し、寂しくなる。新歌之助もするそうなんで、早く、それを聴いて、この寂しさから脱却しないといけないと思ってしまいました。「天災」とは、これまた、染二に合ったネタです。快調、快調、いいもの聴けました。こないだ、このネタを、よね吉で聴いたとき、「このネタは、米朝一門では、本来は、ざこば組のネタ。それを、うちの師匠が、果敢に挑戦したはりました」と言うくらいだから、染二にはぴったりだ。そして、トリは、お目当て雀三郎。覗きからくりのところの時間経過はさすが考えている。人だかりが不自然な口演に触れ続けていたので、何か、胸の支えがおりた感覚。だけど、先ほどの酸欠状態が、時間とともに臨界点を越えたのが、ここ。もろに、講釈のくだりになって、こっくりきてしまいました。まことにもって、不覚。
 「サンクス寄席」がはねると、JRの吹田駅から阪急の同名駅に移動。初体験です。8分くらいかかったかな? すぐ近くを通った人に聞いても、即答が返ってこなかった目立たない駅。ここから、淡路経由で南森町へ。この日から開演時間が変更となった繁昌亭へ行った。お昼の会へ行って夜の繁昌亭というのは、結構、経験しており、その待ってる間に南森町のネット・カフェで、「FUTBOL HABERLERI」の更新作業をするのが定番だったが、この日は、ネットカフェにおれたのが、正味40分、でも、完成の早業でした。で、繁昌亭だが、この日は、普通の夜席。変わったメンバーが揃ったのに、そそられたと言えばいいかな? 番組は、松五「つる」、八天「天災」、伯鶴「ばあちゃん旅行社」、小軽「狸賽」、(中入り)、竹林「近日息子」、学光「腹話術」、きん枝「天神山」だった。珍しいというのは、伯鶴、小軽、学光、きん枝と並ぶと、やっぱ変わったメンバーだろう。これも、繁昌亭のおかげと言える。八天も、人に会わない噺だということで、頑張ってくすぐりを多発、ですから、端正さを追及する八天らしくないところがよく、昼間の染二といい、異質な「天災」を聴けたので、これは、ラッキーな話。「ばあちゃん旅行社」には、やっと出会えました。バカバカしさ、花◎。もっちょっと、若い人受けするネタを仕込むと、よりOKじゃないかなぁ。竹林のお得意のネタ、久しぶり。だけど、客が鈍い。そういった客なのでしょう。てんぷら食いたいの意味が、解らない客が多かったのではと思ってしまいました。この人、冬は、スキーのインストラクターをして食いつないでいることを、初めて知りました。最近、お気に入りが、学光。いいつぼを押さえてくれるマッサージ師という感じかな? 人形の名前も「小学光」とは、うまい。師匠と弟子という関係で、人形としゃべるという構図も新鮮。何度も、出会ってみたい噺家さんに急上昇の一人です。そして、トリのきん枝、2日早い「天神山」でした。2日後に、また聴ける、残念ととるか、ラッキーととるか、分れ道です。源助が、人に合ってます。この人のこの噺は、人に気が残りました。一心寺の春爛漫の風景や、天神山の藪の風景ではなく。これは、これで、いい出来と言っていいんではないかな? だったら、安兵衛夫婦の後始末をして欲しかったな。下げまでやって欲しかった。墓の前での、けんをするところがありませんでした。一心寺に向かうときに入れる囃子を、遅めに入れ、墓見までひっぱりました。これは、演出なのか、それとも、ちょっとしたミスだったのかは、火曜日の「三枝きん枝兄弟会」で結論が出ます。
 月曜日は、落語会はお休みして、「国境なき芸能団帰国報告会」に行ってきた。場所は、エル大阪研修室という、なにか職場の研修にでも出張で行った感じの場所だったが、NHKの取材も入る、なかなか大真面目なものだった。3月末から10日間で、ドミニカ共和国へ行った鶴笑、あやめ、染雀、事務局の方、撮影担当スタッフ、プラスなごみちゃんによる報告会だ。ドミニカへ移民された日本人らを訪問するだけではなく、現地の学校、病院、福祉施設などを訪問し、パペット落語、姉様キングス、松尽くし、紙きり、二人羽織の公演をしてきた先々の映像が公開された、そこに実際に参加をした人たちが解説をしていくという、それがメーンの催しだった。笑いで、国際交流をしていこうという画期的な試み、しかも、初の試みということで、パイオニアとしての苦労も大変。だけど、それを、公演ごとにマイナーチェンジを重ねながらグレードアップしていった様子も語られた。やはり、スペイン語が必要と、手に書いて覚えていったり、これがいいと思えば、すぐに関係者に教えてもらいと、大変。だけど、紙切りの作品を取り合う子どもたち、あほ陀羅教にリズムを取る女子高校生、しっとり日本の風情を見せる松尽くし、言葉も要らないパペット落語と、こういった大衆レベルの、しかも分かりやすい芸能を紹介する、この発想がすごいし、また、この活動にノーギャラで参加した噺家さんは、すごすぎる。来年は、ブラジルとの友好年(?)か、移民の記念の年だそうで、切りのいい年なんで、ブラジルでの公演が候補に上がってるそうだ。
 10日(火)は、繁昌亭での「三枝・きん枝 兄弟会」、第2回目だった。番組は、三ノ助「お忘れ物承り所」、三枝「妻の旅行」、きん枝「天神山」、(中入り)、きん枝「禁酒関所」、三枝「日本一のコシヒカリ」だった。傑作なのは、予定されていた開口一番のきん太郎が、師匠きん枝が連絡するのを忘れていたということで出演できなくなり、三ノ助が代演。三ノ助は初めてだったけど、顔に似ない爽やかな口演に好感を持ってしまいました。機会があれば、ゆっくり聴いてみたくなりました。で、肝心の二人の内、きん枝だが、「天神山」は、2日前と、同じ構成。だから、ミスとかそういうことではなかったことが判明。2度目で分かったこと、へんちきの源助と胴乱の安兵衛のキャラの違いが出る何かが欲しいなということです。でも、似たものキャラなので、なかなか難しいことだと思いますが。「禁酒関所」は、良かったですね。小便を呑もうとするとき、臭いに困り呑みにくいというよくある型を使えば、完璧じゃないかなぁ。きん枝の噺は、しつこさがない表現を心がけてるようなんで、逆に、ときたま臭い表現を入れると、めっちゃアクセントがつくと思います。何がいいのかなぁなんて考えてると、威厳のある語り口ができるというか、落語に入ると、その口調がベースになるのが、こういった侍ものに、特に適してるのかと思ってしまいます。一方、三枝、ホントに作品が粒揃い。どれをとっても、笑いのツボを押さえる技は、冴え渡る。天性のツボを抑える直感を持っている。「妻の旅行」は、言い換えると、「大阪のおばちゃん」がテーマで、その習性をあげつらうネタなんだけど、1つのツボが決まると、もう、次のくすぐりが放たれている。この間合いがすごい。1つの笑いが静まらないうちに、次の笑いのウェーブが始まるのだ。今、こんなことができるのは、三枝、福笑、仁智だろう。「日本一のコシヒカリ」は、シティ派農家の物語。以前、弟子の三風で聴いたときは、合わないものを合わせる無理さが気になったのだが、三枝がすると、それを笑いに変えてしまう。それが狙いで、これを作り、それを成し遂げてしまう。マイナーチェンジをしていたように思えるのだが、その辺には、やはり敏感に反応できる柔軟性を持ち合わせてる証拠のように感じられた。トリの三枝が終わると、きん枝も舞台に呼び、次回からは、きん枝の一人会になるとか。ぜひ、この調子で精進してもらいたいです。大変な才能の持ち主です。文枝十八番、やって欲しいなぁ。「立ち切り」「船弁慶」「三枚起請」「菊江仏壇」「莨の火」、、、ぜひ、チャレンジしてください、きん枝殿。
 翌11日(水)は、「雀松向上委員会〜あしたのためのその46〜」に行くつもりだった。雀松は「天神山」をやらないはず、なのに番組に入ってる、だから行かなくっちゃだったのに、お仕事でギヴアップ。可哀相な話です。そこで、12日(木)は、外せない。この日は、先週の会とコンビ・チケットを買ってたので、絶対外せないけど、かなり疲れが溜まってる。恵美須町の「インディペンデントシアター1st」という小劇場であった「桂しん吉 春の祭典‘07」Part2の「“おれスペシャル”〜落語を普通にしない会〜」に行った。だけど、椅子に座った感覚が、疲れてる。大丈夫かいと、自分に声かけ。でも、この会の「アヴァンギャルドさ(しん吉談)」が、睡魔に勝っていたのだが、最終コーナーで事切れてしまいました。番組は、@宮村郡時(バンジョー)とげんさん(ギター)を加えての「まくらのブルース」、Aしん吉「今まで世に出ることのなかった噺(1)」、Bしん吉「絵判子落語“おじいちゃんの謎”」、Cしん吉「鉄道に関するいくつかの疑問」、Dしん吉 宮村郡時 げんさん「御題選択のお時間」、Eビデオ映像「桂しん吉、故郷へ帰る〜東淀川区瑞光への旅〜」、Fしん吉「クロスカントリー落語」、(中入り)、Gしん吉「今まで世に出ることのなかった噺 (2)」、Hしん吉と宮村郡時、げんさんで「野菜で楽器を作ろう」、I桂しん吉「新作落語」、Jしん吉「鉄道に関するいくつかの疑問」だった。 そのダウンだが、HIは、ほぼ記憶にございません。臨界点を越えたって感じで、ダウンしちゃったということです。だけど、いろいろな試みを考え出すだけでも、すごいです。@は、不思議な魅力。ブルースのメロディーに乗って、歌ってはいけないところを喋っちゃ行けないところというルールで、聴き慣れた小咄連発。いい間が生まれて、聴き慣れた噺が、そうじゃないよな感じがしてしまって、成功。AGは、古典のパロディあり、駄洒落アリで進行。噺のネタが、横のスクリーンに映し出される。駄洒落は、これとのコラボっていう感じ。Aは「さぎとり」「三十石」「京の茶漬け」「かぜうどん」「くしゃみ講釈」「鯉盗人」「犬の目」などが題材だった。Gは、「三十石 その2」「はてなの茶碗」「掛け取り」「牛の丸薬」「牛ほめ」「どうらんの幸助」「宿屋仇」「兵庫船」が題材だった。B絵判子に合わせて「おじいちゃんの謎」というお噺。CJ乗り鉄のしん吉にクイズを出すというもの。やはり、ネタは、好きな阪急に集中する。Fが、初物。落語の口開けの言葉、中ほどの言葉、オチの言葉を、客に書いてもらい、その中から1つずつを選び、それが、Dなんだけど、Eが流れている間に、しん吉が落とし噺を作るという趣向。ということで、ダウンをするまでを振り返ってみたが、これで、2時間10分、よくぞアイデアが続いたものと、もう一度書いておこう。
 昨日の金曜日は、毎月恒例の北座での会。この日は、都丸の担当だったんだけど、新歌之助襲名記念ということで、トリは、歌之助で、都丸は、一つ前に出た。で、番組は、そうば「桃太郎」、しん吉「長尾さん(くまざわあかね作)」、都丸「ひとり酒盛」、歌之助「はてなの茶碗」だった。都丸の「ひとり酒盛」狙いだったんだけど、やっぱ、雀々で聴いたとき同様の違和感を感じてしまった。もっとこき使うんじゃなかったのって、思ってしまうのです。それは、笑福亭ヴァージョン? だけど、都丸の酔い方、顔の色まで変わっていきます。上手です、言わずもがなのことですが。そういった中で、秀逸は、しん吉。これだけ、以前聴いたとき弾けてたっけって思うほど、自由自在に演じている、だから、手の内に入れてしまってる、それの充足感がすごかったです。いいなぁ、このネタって、前回、考えなかったことを考えてしまってました。歌之助は、語尾を引っ張るクセを直さないをあかんと思うのですが、、、。最後は、いつもながらの抽選会。43番の黄紺だったんだけど、44、42、41番の人が当たったのに、43番だけ出ませんでした。なんか不幸を呼ぶ抽選会って感じ。
 そんなで、ようやく土曜日に。だけど、今日は、午後には出勤です。お疲れなのに、これは、ないよな。でも、行かなくっちゃ。来週も、落語会通いをしたいのに、これじゃ、ダウンしちゃうよ。




2007年 4月 8日(日)午前 9時 49分

 新年度が始まり、早くも土曜日の出勤。幸いだったのが、朝すぐに出かけて行かなくても良かった点だけかな? でも、時間が来て帰ろうかとは思わず、そのまま居残って、手回し良く週明けの仕事までしてしまいました。ちゅうのは、夜には、繁昌亭に行くつもりだったもので、迂闊に家に帰ると、すぐに出ていかないとダメなようだったので、居残っていました。おかげで、肩のこりが背中まできてしまい、ちょっと後悔していますが、我慢のしどころです。それにしても、今夜は眠たくならない。だから、呑まなくなってるお酒を呑んで、眠気を誘いながら書いている。ひょっとしたら、途中でダウンするかもしれません。
 繁昌亭に行こうとして職場を出ようとしたら、結構な雨。自分の傘を探してる間に、時間のロス。そしたら、電車が遅れている。構内放送から判断すると、飛び込んだ人がいたみたい。もう、腹を決めたら、晩ご飯も食べても、十分間に合った。幸い、昨夜は、超満員でもなかったので、いつもの場所に座ることができて、ほっとしました。2日に、繁昌亭には行ったきりだったのだが、その数日の間に、ロビーに物故者を顕彰する写真が掲げられていた。米団治から始まり、文春まで辿ってみると、込み上げてくるものがある。米太郎か、地味な噺家さんだったうえ、逝くのが、あまりにも早かった。音也も、そうだった。枝雀を最後に観たのは、安井での「あくびの稽古」だったとか、歌之助、吉朝、染語樓、喜丸、なぜ、死んだんやとか、、、、、しばし、立ちすくんでしまいました。そんな風にしてたのを、写真で撮られてしまいました。公演の最後を飾った「繁昌亭の裏」を紹介するスライドショーで、でかでかと出てしまいました。肝心の高座は、、、「ビギナーズラックvol.4〜古今東西さくら祭〜」と銘打ったかい枝と吉弥の会だった。番組は、吉弥「子ほめ」、かい枝「堪忍袋」、吉弥「親子酒」、(中入り)、吉弥「新作」、かい枝「新作」だった。どうやら二人とも、新作に困ってた模様。だから、中入り前は、手慣れたネタばっか。こちらへの負担を軽減して、お披露目のネタに賭けようという雰囲気。で、その新作なのだが、吉弥の方は、たまよねの「米井さん」が書いたもの。「セレブ花見」と名付ければいいでしょうか? 「貧乏花見」に対するもの。実際の中味は、セレブとは言えないけど、、、、(ここでダウンしてしまいました)、、、桜尽くし、花尽くし的遊びを盛り込み、且つ、吉弥が歌えるということで、そういった趣向を盛り込んだバカバカしさが、おかしくて。おりしも、外は、雨にくすぶりながら、桜は満開。もう、その光景を感じさせてもらえることが、セレブなのかもしれませんね。残して欲しい作品です、ぜひ。かい枝の方は、「福ミミ」さんという若い作家さんが書かれたものを、かい枝と揉み合いながら作り上げたもの。あとのスライドショーで、福さんの写真が流れると、会場がどよめいていました。え、こんなに、若くて素敵な女性がと、そのルックスと作品のくだらないおかしさで、どよめいていました。肝心の作品だが、これが、仁智の一連の新作の趣向。警察の捜査本部に勤務するアホな警官金田と上司の対話という形で推移する。捜査本部に様々な事件が電話で入ってくる。それを部下の金田に指示するが、すかたんばっかをしてしまうというオムニバス落語。これが、また、バカバカしくておもしろい。整理をして、更にネタを増やしていくと、立派すぎる商品に仕上がると思います。ぜひ、これも残して欲しい作品です。この日のかい枝は、途中で抜かしたのか、全く真っ白けになったのか、初めてかけるときのトラブルを起こしてましたが、それは、しゃーないとして、吉弥同様、人に合った口演で、いいもの得たんじゃないかなと思わせられました。
 昨夜、フェネルバフチェの試合が終わっても眠くならず、次のベシクタシュの試合を待ってる間も眠くならず、これはあかんと、ワインを呑みだし、これを書いてる内に、イノニュの試合が始まり、前半も半ばに行くまでにダウンしてしまってました。3時半は回ってたんじゃないかな? 明日から本格的に仕事が始動するというのに、これでは危ないね。ちょっと心配だ。




2007年 4月 7日(土)午前 9時 35分

 早くも週末だが、今日、土曜日はお仕事。せっかく週の半ばに、2日休んだのに、ここで取り替えされてしまう。ちょっと悲しい、いえいえちょっとだけではありません。ただ、今日は、少し、ゆっくり目で出れるので、この2日間のことを書いておこう。
 週半ばの連休の1日目は、もう書いてしまってるので、まず、その2日目から書くことにする。この日は、前から映画デーにしようと計画をしていた。場所は、滋賀会館。「麦の穂を揺らす風」という評判の映画を、ここに観に行ったときに流された予告編で、知ってはいたが、内容をきっちり把握してなかった映画が流れたのだった。しかも、二つも気になってしまったのだ。「ダーウィンの悪夢」と「ナイロビの蜂」という、ともにアフリカものだ。ちょうど、その二つが連続で流される日と、黄紺の連休が重なることが分かったとき、その1日を充てることに決めたのだった。まず、「ダーウィンの悪夢」からだが、今、いい映画を排出しているドキュメンタリーものだ。ヴィクトリア湖に大食で肉食の外来魚ナイルパーチが放たれたことから起こる湖岸の町、それだけではなく、その魚が白身の魚として輸出されることにより、その逆のものの流れとして武器が輸送されてきてるのだ。ちょうど、紛争の多発地に近いこともあり、一石二鳥のビジネスが発展していくのだ。富と貧困、暴力と戦争、腐敗と繁栄、そういったものが交錯する風景を、丹念に追いかける。航空機のパイロットにも、積み荷について追いかけていく。魚の搬出先に日本も入ってるから、関係ないわけではない。アフリカの貧困や紛争を語るとき、日本の日々の生活が無縁ではないことが思い知らされる。そういった非常に視点的にも、集めた映像もいいもの尽くしなんだけど、問題は、編集かな? いいたいこと、結論まで、そんなに時間が経たない内に、見えきってしまうのだ。だから、ひょっとしたら、何かが隠されてるのかもと思うのだが、取り立ててはない。これが、もったいない。もっちょと引っ張ってくれよと声を出したくなる、惜しい作品だ。
 問題は、「ナイロビの蜂」。同じアフリカもので、こちらは、イギリスの在ナイロビ外交官の妻が、謎の死を遂げることから始まる。呆気なくヒロインが死ぬ。これが、アカデミー賞を取ったレイチェル・ワイズなんだが、この妻が、夫に危険を与えないようにしながら、イギリス政府を巻き込み、アフリカの人民を新薬の治験者として暴利を貪る巨悪と戦い、消されてしまったのだ。なかなか着想はいいのだけれど、妻の死後、妻の行動を疑いつつ、やがて、妻の行動を理解していく男の物語が展開していく。ここに至って、カーチェイスあり、謎の集団による襲撃があったりと、アクションものに変化。だから、そんなはずではなかった。もっとじっくりと、社会派ドラマが展開されると思っていた黄紺には、ショック度が大きく、終盤になるにつれ気分が悪くなってきた。イギリス映画だからとみくびると、ハリウッドのB級映画に出会ってしまう。なんで、アカデミー賞助演女優賞なの?
 昨日は、事実上の仕事始め。働いたなぁ。8時前まで職場にいました。もう、肩がこりきっています。そんなだから、まっすぐ家に帰ってきました。何日ぶりだろうね?




2007年 4月 5日(木)午前 9時 12分

 振替でのお休み2日目です。外は、ちょっと花冷えで、1ヶ月ほど気候が戻ったみたい。だけど、オーバーを出すほどでもない。ホントは、ここで、韓国へ行こうかなと考えていた。ここだったら行けるかな、それが、やっぱり無理だわ、今回は、諦めようまでいったのが、急に、ん? この辺が空いてるんじゃないやろかと思って、急遽、先日、韓国へ行ったのだった。見つけたら逃すまじで行かないと、今年の場合は、韓国を取り逃すところでした。結局、2日の休みが残り、一番いいケースかな? 体を、ゆっくりと休めれます。
 そこで、昨日は、家の用事でもしようかと、そんな計画を立てていた。銀行回りでもして、長らく放ってあることを整理しようかと考えていた。ところが、TVとかを観てると、花冷えで、外は寒い、寒いと流れるものだから、ついついその気になって、ましてや久しぶりのくつろげる時間と、朝から、ワインをやっちゃったんだなぁ。最近、家で呑むことのない黄紺は、ちょっとの量でダウン。気が付くと、12時をきっちり回ってた。お腹も減ってる。結局、予定は敢行したけれど、予定していたことの半分以下しかできませんでした。夜は、大阪で落語会を予約していたので、京都で中途半端な時間になってしまった。家に帰ろうかとも思ったんだけど、それも中途半端だから、河原町駅から阪急に乗って、淡路経由で南森町へ。そうそう、淡路で特急が停まるようになったということを思い出し、時間を最大限使う方法が、これだと直感したのだ。落語会は、恵美須町なので、堺筋線上にある南森町をチョイス。繁昌亭で覚えたネットカフェで、この日の「FUTBOL HABERLERI」を作ってしまおうと考えたのだ。丁度、ネットカフェにおれるのが1時間と考えると、全てが、うまくいきそうだったのだ、そして、行った。
 そして、落語会は、恵美須町の「インディペンデントシアター1st」であった「桂しん吉 春の祭典‘07“ぼくスペシャル”〜落語をきっちりする会〜」だ。小劇場の会場で、落語会をするには、丁度いいスペースだ。この日の番組は、全て、しん吉だけ。バンドだけ助演があったが、あとは、全て、しん吉だけという会だ。約1週間後に、第2部が予定されていて、黄紺は、通し券を買った。「刻うどん」、「船弁慶」、元祖お囃子カントリーぐんきち&蒲生四丁目フィルハーモニー管弦楽団、(中入り)、「狐芝居」が、ラインナップだ。「刻うどん」は、吉朝門下でありながら、二人ヴァージョン。冒頭の都々逸のやりとりを濃いめにする演出。替わりに、屋号は省いてバランスを取っていた。「刻うどん」と「船弁慶」の間のお着替えタイムに、舞台の後を画面にしてスライドショーが始まる。出演者の紹介や、乗り鉄しん吉好みの阪急電車の画像とかだった。次の「船弁慶」が始まる前に気づきだしてたこと、しん吉って、大きな声を出せないということ。声の大小で、表現の幅を広げられないという部分のある人と、過剰な口演が盛んな「刻うどん」を聴いてて確認したようなところがあって、「船弁慶」は大丈夫やろかと心配してしまった。でも、杞憂でした。緩急や、ちょっとした科白の言い回し方で、十分補えていました。そして、何よりも感心したのは、「船弁慶」は、「船弁慶」で、やはり、能楽「船弁慶」のパロディーとなるように、伏線を張ってるのやから、それを生かすネタの強靱さを感じました。たまなどは、ここを切って、新しい「船弁慶」を模索しているのを聴くに付け、ここまで生きてきたネタの強靱さを感じざるをえませんでした。だからこそ、また、たまのチャレンジに惹かれるのです。お囃子カントリーは、噂にこそ聞け、生ものは、昨日が初めて。丁度、雀三郎の満腹ブラザースののりです。それのカントリー版って感じかな? この日は、プチミニ・ライヴということで、2曲だけ、それも、乗り鉄らしく、阪急電車と今里筋線を歌ったもの。おもしろかったですよ。バンジョー、笛、ギター、おもしろい組合せです。最後が、小佐田作品。吉坊で、以前聴いてるもの。吉坊が、くっきりと芝居の部分を選り分けていたのに対し、しん吉は、それをしなかった、流れるように芝居の部分を組み入れていた。しん吉の方法は、ついでに、山中の茫漠感が薄れてしまうが、自然な時間の流れという感じになる。選り分けると、妖怪的要素が目立つ。なかなか難しいチョイスだなぁ、そないなことを考えながら家路に着きました。




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