忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2007年 6月 23日(土)午前 10時 52分

 はや1週間が経った。職場にも、週半ばからクーラーが入り、いよいよ夏本番という雰囲気。1年の中で、一番きついときに入ってきています。ただ、この1週間ほどは、疲れた分、その分は睡眠がとれた週でもあった。体の具合を考えると、それが十分だとは言えないが、寝れなかった時期を想い出すと、ありがたい話だと思っている。そんな週を、振り返っておこう。
 まず、日曜日からだ。この日は、映画デイとした。京都新京極にある旧弥生座、現新京極シネマリーベに、4時間半近く閉じこもっていた。ここの映画館は、「永遠と1日」「アララトの聖母」という名画を観たところ、時々、こういった映画をやってくれる地下の映画館、この日は、ドイツ映画「ドレスデン、運命の日」と韓国映画「アパートメント」を観た。丁度、この2つが連続して観ることができる時間帯を選んでのお出掛けであった。ホラー映画の「アパートメント」は、韓国映画フリーク化している黄紺も、外そうと考えていたのだが、その直前に観たい映画があったので、ついでに観たってところで、実際観たあとも、やっぱ、ついでの感覚で良かったと思えるB級映画だった。一方、「ドレスデン、、、」は、いろんな意味で良かった。まず、ドイツ映画として、空襲を受けるという被害者の立場から描いた珍しいもの。その空襲の様子が、CGをうまく使ってるのでしょう、随分と生々しく再現されている。更に、空襲により苦しむのは、ドイツ人だけじゃなくて、敵国イギリス人も、ユダヤ人もという描き方、その視点に、制作者の心配りが現れる。人と人との出逢いとか、そんなところに難点がないわけではないが、それを昇華させてしまう注目点がある映画だ。いつまでも、この映画の余韻が残りました。「アパートメント」は、余計だったね、ちょっと欲張りすぎました。
 翌日は、繁昌亭のざこば一門会。この会に行く基準は、都丸が出るかどうか、前回は出ず、今回は出るということで、今回は覗いてみた。今回の出番決めは、あみだくじ。それが、とてもいい出番を生んでしまった。結果的に番組は、そうば「?」、都んぼ「秘伝書」、ざこば「一文笛」、(中入り)、ちょうば「昭和任侠伝」、都丸「はてなの茶碗」ということで、そうばのネタを思い出せないのです。飛び切りの秀逸が、都丸の口演。都丸での「はてなの茶碗」は初物だったが、これは、このネタの最高傑作じゃないだろうか? 油屋さんの天然系の悪気のないその辺の人、これが見事に出てる。だから、そんな話はないやろ、そやけど、こんなおっさん、そこいら辺におるでぇの感覚を、客に持たせ、この噺に納得感を与えてしまうのだ。いいものを、しかもトリで出してくれたものである。次に気に入ったのは、ちょうば。なぜ、この人が、このネタを持っているのか分からないままだが、あっさり口調での、やくざのマネのデフォルメが利くのだ、この人。確かに、語り口が得をしている、デフォルメの仕方がしつこくないのがいいのか、不思議な感じがしてしまいます。一方、「一文笛」は、やったぁのガッツポーズを入れたんだけど、なんでだろ? 緊張感が持たなかった? 終盤まで緊張が持続しなかった? そうなんでしょうね、すとーんと決まるべき落ちが、どよよんと落ちたって感じがしたのは、そういうことだったのでしょうか?
 翌日も、繁昌亭。この火曜日と、次の水曜日は、仕事が立て込むだろうという予測で、夜遊びの予定は入れてなかったのだが、前日の仕事の進み具合で、急遽、ざこば一門会に行ったときに前売り券を買ったのだった。で、この日の繁昌亭は、「仁福・仁扇 二人会」だったのだが、仁扇は聴く機会の少ない噺家さんということで、これを狙ったが、いろいろとブログ探検をしていると、この日の「出没!ラクゴリラ」がすごかったらしい。やはり、正攻法で選ぶべきだったと思っても、あとの祭りだ。繁昌亭に戻って、番組は、扇平「子ほめ」、仁福「住吉籠」、仁扇「天狗裁き」、(中入り)、仁扇「尿路結石体験記(仮称)」、仁福「寝床」だった。振り返ってみると、地味な会です。仁福は、あまり自虐ネタをふらず、わりかし健気にネタ中心。「住吉籠」は、酔っぱらいのところで、おしまい。「寝床」は、最近よく接する町内周りの報告カット版。仁扇は、どう言えばいいんでしょうか? 弁舌は流れるんだけど、なんか、客席の感性との温度差を感じてしまう。二人会で、漫談はあかんよね。扇平って、かつて、昆松・せん平の1人ですよね? 落語を聴いたのは、初めてです。なかなかセンスはいいと思うのですが、、、。
 翌水曜日は、仕事日。夜遊びをしてくるよりは、帰宅は、当然早いのだが、ダウンするのは呆気ない。この頃、夜遊びをしてこないで帰ってくると、簡単にダウンしちゃうんだよね。時間があると思うと、ダウンしやすいみたい。そんなで、翌木曜日は、五条通からちょっとだけ南に入ったところにあるお寺での地域寄席「養蓮寺寄席」に行った。京都であること、主宰者が仁智だということで、よくおじゃまをする会だ。この日は、雀三郎が出るからか、常連さんが遠征したりと、超満員となった。番組は、今井克紀「仕舞:邯鄲」、三幸「初恋」、右喬「平の陰」、仁智「老女A」、雀三郎「船弁慶」だったが、この後の2つが控えた会は、重厚としか言いようがない。そんななかで、右喬の口演が、マクラから気に入ってしまった。天然系のキャラの右喬のボケ・ネタ、要するに、字が満足に読めない体験を疲労した上での無筆物は、ちょっと出来すぎくらいのマクラ。それが、ネタにそのまま移行の雰囲気で、快演となった。うしろの二人の高座は、期待して期待を裏切らないネタだし、また、口演なのは、当たり前って感じがあるので、終わってみると、やたら記憶に残るのが、この右喬だった。そうそう、最後の抽選会で、久しぶりにハンカチだったんだけど、当たりました。
 そして、昨日、迷ったんだよねぇ。繁昌亭で、「たまのお囃子のお噺」があったんだけど、番組を見て、今年、2度は聴いたネタばかりだったので、止めたのです。替わりに、雀のおやどであった「桂米二つるはし一夜の宿の会」に行ってきた。「百人坊主」が出るということが、この会のポイントだったが、番組を書いておくと、二乗「道具屋」、米二「持参金」、こごろう「くやみ」、米二「百人坊主」だった。終わってから、感じがいいんだよね、米二の安定感って、オーソドックスなネタをオーソドックスに演じる、その安心感、それを得たいなら米二を聴け、特に、この日の「持参金」が、その典型。展開の妙にアクセントを付ける、ちょっとした声の変化がくすぐりになる、そんな技が冴えるのだ。黄紺は、ごく最近まで、米二が「百人坊主」を手がけてるとは知らなかったのだ。これで、米朝、都丸、雀太に次いで、4人目となったはずだ。おもしろい展開なので、手がけられていいと思うのですが、、、。
 週末に入っている。幸い、今週末も、仕事なしということで、いろいろと計画している。体調もいいようなので、楽しい土日を過ごせたらと思っているところだ。




2007年 6月 17日(日)午前 9時 5分

 土日連続休日、こないに当たり前のことが当たり前じゃない黄紺にとって、連続休日のありがたいこと、でも、1日の時間の経つことの早いことったりゃ、ありゃしません。もう、日曜日の朝を迎えています。家にいる間は、持ち帰り仕事をし、お時間がくると、思いっ切り遊びに出かける。そして、遊びながら体調を整え、新しい週に備える。夏が近づいてくるこの季節は、これが、なかなか難しくなってくるんだよね。
 そういったぼやきを、胸に秘め、昨日は、昼と夜、ともに落語会に向かった。落語会のはしごをした。まず、昼は、ワッハの7階であった「桂枝三郎の会〜老人いこいの寄席〜」に行った。以前、2度ばかりおじゃましたことはあったが、久しぶりに行くと、会の名のとおり、老人ばっかが客、しかも、顔見知り同士みたい、これは、他の客が引くでぇと思ったが、他の客は、黄紺くらい。ちょっと馴染めなくなってるなぁと思ったら、枝三郎が、開口一番、この会の最終回だと告げて、びっくり。えらい会に来てしまったものです。さて、その番組が、また、ユニーク。枝三郎「宿屋町」、石松「中風小便」、枝三郎「真心サービスおじんタクシー」、(中入り)、竹丸「鹿政談」、枝三郎「疝気の虫」だが、「中風小便」と「疝気の虫」が、一挙に出るなどという希有な会になった。まず、「宿屋町」は、久しぶりなのでしょう、想い出しながらの口演。石松が、何か珍しいものを出すと、枝三郎が言ってたので、何かと期待してたら、なんと、「中風小便」。その存在は知ってはいたのですが、聴いたのは初めて。さすが、「森之」を名乗るだけある珍品を出してくれました。だけど、人の多いところでは、昨今、出しにくい噺です。枝三郎の「真心サービスおじんタクシー」も珍しい。三枝の弟子でありながら古典街道まっしぐらの枝三郎、繁昌亭なんかでも三枝作品を出してるようだったが、ここで出会えるとは望外の嬉しさです。しかも、フルヴァージョンで演じてくれました。朝の打合せだけではなく、実際に運転するところまでのフルバージョンでした。最近気になってた、枝三郎のじゃまくさそうな話しぶりが、このネタには合ってますね。そして、中入り明けは、いい出来と思ってる竹丸のこのネタ。お奉行さんと六兵衛さんの口調が抜群、あと、所作ですね。お奉行さんの風格を出す所作、これが整うと、ピカ一となる要素十分の「鹿政談」です。「疝気の虫」も、珍しい。今まで、ざこばと雀々でしか聴いたことがない。確か、準旅ネタじゃなかったような記憶。雀々は、ざこばヴァージョンだったので、しかも、ざこばは、志ん朝からもらったと言ってたので、東京風というところか? 枝三郎の口演は、飛脚が、疝気の虫を運ぶという展開。そして、最後、行き場のなくなった虫が、ぽろっと外に出るのがサゲとなってました。へぇ〜と、自分で感心しておりました。こないな珍しい噺を、2つも聴かせてもらえるなんて、行って、ラッキー!
 ワッハがはねると、直ちに、南森町へ直行。いつものように、お馴染みのネットカフェで、時間潰し。この日は、丁度1時間というところ。夜の部は、繁昌亭での「育っちゃったらくご!」に行った。この夜は、いい落語会が目白押しの日。その中で、こちらをチョイスしました。この日は、三金を除く5人が高座に上がったが、その番組は、三風「下町通り商店街の人々」、たま「質屋芝居」、遊方「戦え!サンダーマン」、(中入り)、あやめ「空飛ぶオナゴ」、南湖「誕生日」だった。三風のネタは、ショッピングセンターができるのに対し対抗策を考える商店街の会議という設定。ありそでありそでという設定に納得、だったら、もうちょっと、対抗策のアイデアが欲しいな。2つしか、結局出さなかったもんね。わけのわからないものも入れればいいと思うんだけど、そしたら、噺は、もっと盛り上がると思いました。たまは、古典中の古典。ちーと座り心地の悪さを感じました。いい意味での、芝居を演じるときの臭さが欲しいのです。型を決めるときに、決まり切らない、そこに重しを置く臭さが欲しいんだなぁ。この日の幕内の応答は、生寿くんの担当でした。なかなかしっかりした応対でした。これを、遊方が出てきて、いつもの仲間に頼まないのは、気ィ悪いと、一言。そこへ、たまが乱入して、その喋り方だと、何言ってるのか分からへんと一喝、それに納得する遊方で、また、場内は、どっと受ける。そんなやりとりから始まった遊方の高座。子どもを集めた怪獣ショーに、ホントの強盗犯が闖入して、騒動となるというお話。「サンダーマン」登場を促すときは、客席参加型になってました。もう、遊方落語の真骨頂という感じ、その辺に転がってそなことを、おもしろおかしく仕上げる妙のバカバカしさ、最高だ。中入り後、幕が開くと、中央にスタンドマイクが1本。登場してきたあやめは、スッチーを思わせるような洋装で登場。ずっと立ったまんまで、ある航空会社の飛行機内での出来事を描写していく。一番の問題は、普段座って喋ることに慣れてる噺家が立つと、どれだけ難しくなるかということを教えてくれる高座となった。下半身の使い方、また、その下半身と調和をさせた使い慣れてる上半身の動きとなると、これは、未知との遭遇となるはず。今後の変化に期待することにしましょう。そして、トリが講談の南湖。これが、今回、珠玉のトリとなりました。そして、ここまで、ごちゃごちゃと楽しませてくれた噺家さんは、この南湖の講談のための、丁度いい露払いとなりました。客席が静かなのは当たり前なのですが、その静かさが違うのです。咳払い一つしない静けさ、異様な静けさが、クライマックスでは支配していました。講談師になったために、勘当された南湖が、久しぶりに実家を訪れた。それが、偶然、自分の誕生日の日だった。すると、母親は、南湖が、子どもの頃から、誕生日の日に作ってもらっていたフルーツポンチを、丸で来ることが分かっていたように差し出した。母親は、勘当した息子が帰ってこなくても、誕生日の日になると、フルーツポンチを用意していたのだった。それを食べ、母親の前で、さしで、講談を一席読む、そして、これが、母親の前で生涯演じた唯一の講談となる、、、。その翌る年に、母親が亡くなったからだ。こないに、べたな話かもしれないけれど、そこまでに来るまでに、ライトな笑いを生む物語がうめてあり、それも一つの露払いになるという構成の妙、そして、何よりも南湖の口演がいいのでしょうね。ということで、トリに相応しい雰囲気に持って行ってくれました。それがはねたあと、この日の出演者が、全員、舞台に揃い、トークをしながら、ミニ抽選会。こういった客席と舞台の身近さが、特にこの会の人気の秘密。茶臼山はなくなったけれど、ちょっとでも、あの雰囲気は、ここに残っています。
 そんなで、毛色は違ったが、それぞれの楽しみ方をさせてもらった土曜日だった。さて、今日は、どうしますか? 外は暑いし、あまり出たくはないけど、外に出ないと、エンターテイメントの先端部には触れられません。そんなで、今日も、ちょっとした計画を持っております。




2007年 6月 16日(土)午前 9時 8分

 この1週間、今までの疲れの1.5倍くらいの疲れを感じ続けたのか、やたら睡眠がとれてしまった。ただ、眠り続けた。眠っても、また眠り続けた。そして。やたらと体が重く、職場でも休憩時間に、ソファーに倒れ込むと、また、そこでも眠り続けた。ついこないだまで、睡眠がとれなくて困っていたのが、ホントに嘘みたいに、眠り続けた。それでも、疲れがとれた感じがせず、でも、これだけの時間、毎日のように寝たら、今日は、眠れないかもという心配は、全く関係なく、また、眠り続けた。夜遊びをせず、まっすぐ、家に帰ってくると、もう9時にはダウンしてしまい、横になった途端、もう眠りこけていた。完全に、眠りの季節に入っているのだ。
 そんななか、この1週間近くを振り返っておく。今、振り返ってみると、まだ、月曜日は元気があったなぁと思う。この日は、雀のおやどでの、「雀五郎体力強化の会〜その17〜」を覗いた。最近、雀五郎は離せないと思ってるので、何はともあれ行ってみるのだ。珍しくネタの前に雀五郎が、「今日は落語会が少ないんですけど」と言ったように、入りはいいとは言えるものではなかった。なんか、皆さん、惜しいことをしてます。で、番組は、南青「牛盗人」、雀五郎「手水廻し」、よね吉「ちはやふる」、雀五郎「三十石」だったが、「お楽しみ」となっていた雀五郎の大ネタを見て、思わず「おぉ!」と声が出てしまった。「崇徳院」「質屋蔵」ときて、これだから、この変化、彼の思考回路が分からなくなりましたが、その意欲に、率直に敬意を表したい気持ちになりました。ただ、彼の場合、ネタ下ろしのときは、丁寧に教わったものをなぞり、次の機会に、工夫を入れるというノリなもので、今回は、そのなぞりに立ち会ったということか。ただ、とってもスピードのある口演で、どうして、そこまで前のめりのなるのか、これが解せない口演でもあった。殊に、舟唄が入ってからも、その傾向があり、情緒に欠けてしまいました。舟唄の掛け声も、南青くんが担当、だから幕内からの舟唄はなしとなってました。それに対して、「手水廻し」には、工夫が光り、珠玉の出来になってました。田舎の宿の人々のやりとりの間合いは考え抜いたもの、見事にヒット続きでしたし、「廻す」を、「指でくるくる」は、大ヒットです。この人、流れの中にそっと挿入されるくすぐり、これのユニークさに惹かれてる者としては、もう堪えられないものでした。最高です。助演の南青くん、よね吉、もう確実性という意味では、この上ないものです。今後も、この会は、最優先で行く一つと言っていいでしょう。
 翌火曜日は、行こうかなと思う落語会もあったのだが、それを捨てて、北区民センター和室であった天満講談席に行った。この日からクーラーの入った和室ですると、急に客が減ったとか、おかげで、ゆったりと柱にもたれて聴くことができた。番組は、南青「難波戦記〜般若寺の焼き討ち〜」、南華「面の餅」、左南陵「祐天吉松」、南北「太閤記〜天王山の取りやり〜」だったが、南華と左南陵のネタは2度目。「面の餅」は、落語「鬼の面」の元になったもの、「祐天吉松」は、こないだ眠ってしまったので、再現はラッキーで聴いてたんだけど、無頼漢というか、侠客と言っていいか、そないな主人公の話で、も一つ好きになれなかった。そこへさして、「難波戦記」「太閤記」と来て、合戦物、似たような合戦物がかぶったからか、ちょっと自分的にはノリが悪くなった会だった。そして、またしても南北さんのところでダウン。その後のダウンは、ここから始まったような気がしてるのだが、「くっしゃみ講釈」の講談のようなテンポのいい語りだったにも拘わらず、ダウンしちゃいました。聴きたかったなぁと言っても、手遅れでした。
 そして、このあと、水曜日、木曜日とまっすぐ帰り、9時にダウンを繰り返したのです。もう、金曜日は、黄紺にとっては、仕事面でハードなものだから、もつのだろうかとすら思わせられたのでした。そういうときって、わりかしもつものだと思っていたら、休憩時間に、ホントに眠ってしまったら、もったのでした。そして、かなり重い体を引きづり、金曜の夜は、花金の落語会だったのです。噂には聞いていたシアター・ブラヴァに行ったのだ。6日連続で行われている「やしきたかじんプロデュース“落語家生活30周年 雀々18番”」の4日目に行ってきた。1100人以上入るところで、6日連続。すごいことです。シアター・ブラヴァは、近鉄劇場ばりの劇場だが、なんか、ちゃっちい感じがした。それは、ロビーの狭さ、トイレのみすぼらしさ、狭さが、そう思わせたのでしょう。値段も高く、これだけの日、よくぞ多くの客が詰めかけたものと感心するばかりだった。番組は、紅雀「いらち俥」、雀々「鶴満寺」、やしきたかじん×円広志「音曲漫才」、雀々「景清」、(中入り)、雀々「代書」だった。6日間では、これが一番と考えたネタが並ぶ日だった。紅雀は、この広い会場で、きっちり落語モードにしてくれ、前座役としては、最高の出来。雀々の三席は、「代書」に尽きます。もう枝雀テイスト満載のこのネタ、依頼人のボケ具合と、代書屋の落ち着きのコントラスト、この上ない出来で、とってもいい終わり方。たわいなく笑え、そして、職歴のところで「ポーン」で終わるなど、このチョイスも、最高の終わり方でした。次が、「鶴満寺」が気に入ったと言えばいいでしょうか、ただ、「代書」の気に入り方とは、だいぶと違う。雀々を追いかけるということをしないのは、細かな繰り返しが耳障りだからだけど、「鶴満寺」が、その傾向的ネタになってしまってました。それがなければ、いいんだけどね、寺男の酔い方、ずるさ、ひょうきんさ、言うことないのにね。「景清」は、「音曲漫才」のあとだったことを生かし切れませんでした。人情噺として演じきればいいのに、笑わせんかなが入ってしまい、中途半端なものとなってしまったね、残念です。サゲもなしにして、「目の不自由な方に目が見えるようになった、おめでたい噺で」で終わりました。そして、この日、見せてもらって良かったと思えたのが、「音曲漫才」。最初は、2人のトークかと思わせる掛け合いだったが、後半は、たかじんがギターを持ち出し、2人のアドリブの掛け合いを演じたり、円が「列島ツバメ」を歌うのに、たかじんがチャチャを入れるという音曲漫才にしていきました。きっちりとした打合せの上での高座で、ホント、楽しませてもらえました。ホント、いい色物で、「景清」と好対照になるものでした。
 そんなで、土曜の朝を迎えています。まだまだ、体が重く、どうしたんだろうと思うくらい、疲れに呑み込まれています。今日の土曜日は、仕事がありませんから、ゆっくりと遊びながら、体力の回復に努めていきます。




2007年 6月 11日(月)午前 6時 48分

 土曜の夜は、最悪なことになった。この日は、半日のお仕事だったのが、延び延びになって、結局、丸1日働いて、ようやく一旦家に帰って、食事をして、京都みなみ会館に映画に出かけようとして、近鉄の駅まで出かけると、電車が来ない。まいりました。晩ご飯を、家で、ゆっくり食べるために、上映開始5分前到着を想定してたら、この様だ。8分後まで待って、行くのを止めました。ですから、せっかくの土曜の夜というのに、なんもなしの日となってしまいました。情けないよ、自分のせいだけじゃないから、ホント腹立たしいったら、ありゃしない。
 そのおかげで長時間と言っても、自分的に睡眠をとれたわけだから、体には良かったかもと思いつつ、日曜日は、快調に、朝から繁盛亭通いをした。初の朝席見参だ。「モーニング寄席〜かくし技4人組〜」と題された会で、定席で、一緒になった鶴志、団四郎、一蝶、福車が、朝席が入ってると聞いて、開催を決意したということだ。福車によると、鶴志が、人一倍に熱心だったとか。黄紺は、もち、鶴志狙いで行きましたが、番組は、団姫「松山鏡」、福車「花色木綿」、団四郎「夢八」、(中入り)、一蝶「いらちの愛宕詣り」、鶴志「寝床」だった。「松山鏡」とは、珍しいものを出してくれました。団姫が、繁昌亭の出番では、これを出していると流れてたんで期待してたら、期待通りとなりました。福車と一蝶は軽くという感じでのネタ選び、なかでも、一蝶の軽さが、このネタの主人公のアホなおっさんにぴったり。アブナイでと思わせるおやっさんのキャラを、心底軽薄に演じられる人は、そうはいないでしょう。この日、一番の収穫だと言える出来でした。「夢八」は、朝からとも思ったが、五郎兵衛一門のお得意のネタ。首吊りの番をさせられる男も、結構アブナイ。そんな雰囲気を出すのは、お手の物の団四郎、期待通りの出来でした。そして、期待の「寝床」。豪快さは期待通りだったのだが、どこかしら時間を気にしながらの口演。そういう風に聞こえてしまったのは、ところどころ飛んだという印象が残ったから。それに、当然、鶴志の口調では、ぶいぶいすっ飛ばして、旦さんの困惑ぶりを増長させていくという手法は採らない、採れないんで、まどろこしさを感じたと言っていいかも。だけど、蛸を上に挙げ、「腐った」は、最高。その直前に、隣のバカが、携帯を鳴らした。こいつらアブナイと思ってたら、ホントに鳴らしてしまった。開演直前まで、携帯をいじってたもんね。普通は、そこで切るんだけど、懸命にメールに没頭してたんで、アブナイぞと思ってたら、案の定だった。
 朝席が終わったのが、12時にあと1分というところ。食事をして、昼の部に備えて、南森町の、この頃、よく世話になるネットカフェで、時間潰し。そして、千日前線「桜川」駅近くであった「なにわ幸亭」に、おじゃました。こちらは、洋電社という会社の空き事務室を使っての寄席だ。お世話をしているのが、文喬ということで、この日は、文枝一門会となった。番組は、三四郎「大安売り」、坊枝「がまの油」、あやめ「義理義理小コミュニケーション」、文喬「寝床」だった。こういった会で、結構な実力者が、顔を揃えると、それぞれの得意ネタ、定番ネタが出るだろうと予想していたら、坊枝、あやめは、どんぴしゃ。坊枝のやかましさは、華があります。ブラックなマクラとともに定番だ。あやめは、あ〜、やっぱ、これだったかと思いつつ、なぜ、これを、「5日のあやめ」のときに入れなかったのか、ちょっと不思議になりました。ただ、掛け持ちの忙しさからか、覇気が、いつものようになかったのが、気になりました。そして、想定外だったのが、文喬。朝の部と連続で、「寝床」になりました。文喬が、これをするのを知らなかっただけなのだが、続くと、ぎゃふんだ。ただ、この「寝床」が、ぶっ飛ばし風のもので、心地好かったのです。鶴志のが、まどろこしさを感じさせたものだったので、これこれっていう心地よさがあったのですが、この人は、照れが出ちゃうんですね、雰囲気を壊すくすぐりを入れてしまうのです。それは、目をつむるのは、つむれないか、、、。だけど、もっと笑いがあってもいいんじゃないというものでした。最後の抽選は、この日も、ダメでした。
 そして、夜の部は、難波の敷島シネポップに回って、映画「監督・ばんざい!」へ行ってきました。正直、難解なのです。まだ、整理がついてないのですが、変な余韻があります。心地好い余韻があります。映画の、監督業の約束事、メタ映画のようなものの破壊を呈示しようとしてるらしいのは、なんとなくあるので、そんな感じがしてしまったのでしょう。もちょっと考えてみます。そんなところで、土日の振り返り、終了です。




2007年 6月 9日(土)午前 5時 48分

 この前の土日は、随分と変化に富んだ時間を過ごせた。土曜日は、既に書いたように、昼間は、観能、夜は、浪曲&講談だったが、翌日曜日も、昼間は、国立民族学博物館の特別展「聖地・巡礼─自分探しの旅へ─」に行き、夜は繁昌亭に回ったのだ。民博の特別展は、この5日までだったので、駆け込みだった。この特別展は、始まる前から要チェックだったのにも拘らず、すっかり失念していたものを、この前、映画「サンジャックへの道」を観に行って思い出したのだった。そして、自分のスケジュールを考えると、ここしかないと決め込んでいたのだった。ここでの「巡礼」は、正に、「サンジャックへの道」であり、それ以外の巡礼は、恐山、四国遍路が、ほんの僅かの展示があり、それ以外のメッカ巡礼や、アンデス山中の巡礼などは、写真が、ほんの僅か展示されてるだけだった、そういった企画なのだろう。ま、個人的には、嬉しいのだが、ちょっと看板が大きすぎる感は否定できない。展示の仕方は、フランス人の巡礼者に同行し、それを映像に納めつつ、その道筋の名所を巡るという構成になっていた。映像主体の展示だ。しかも道筋は、映画「サンジャックへの道」同様、ル・ピュイ出発のコースだった。どうなんだろう? 黄紺的には嬉しい限りなのだが、一般受けするのだろうか? また、物足りなさを感じないだろうか、そんな感じがしたのだったが、途中の町、モワサック、コンク、ブルゴス、レオンなんかが出てきて、大満足。最後には、お約束のサンチャゴの大聖堂で、大香炉のぶらぶらを映してくれてました。もちろん、その前に、5本の指跡も、しっかりと、ね。だから、大満足なのです、自分的には。
 そして、夜は、この日から始まる「5日のあやめ」の初日を覗きに、繁昌亭へ行ったのだ。黄紺は、今週、仕事が手一杯のはずだと思い、「5日」の内「2日」だけ行くことにしてたが、存外、手一杯ではないことに気づきだしてから、ちょっとどころじゃないがっくり感に襲われています。この日の番組は、あやめ「軽業」、南青「講談」、あやめ「コンパ大作戦」、小米朝「立ち切れ線香」、(中入り)、あやめ「立ち切れ・小糸編」というもので、やはり、話題は、「立ち切り」2題だろう。初演時は、師文枝に、古典を演じてもらってから「外伝」版を演じたそうだが、今回は、「ザ・若旦那」ということで、小米朝に依頼したとか。ただ、この若旦那の演じる若旦那、ちょっと元気すぎやしませんか? もちょっとひょろぴー感のある方が、リアリティを感じちゃうんですが。更に、ずっと気になってる、結構、入り込んでくるキュンと来る声、聴きづらいんですよね。ちょっとテンション、上がりすぎたのかな? この間、何人か聴いた「立ち切り」のベストは、銀瓶が抜けてるような感じがします。もう一度、聴いてみたいなと思わせられています。その静かな語り口調に、思い、万感の思いを感じました。肝心の「外伝」の方だが、検校という芸能者を登場させ、果ては、あの世まで、話の世界は広がりと、荒唐無稽と思わせられる一方で、亡き小糸の心情を表現するためには、必要な脚色とも思える構成。むしろ、若旦那との話は、かなり傍らに置かれた解釈話に仕上がっているので、若旦那とのラヴストーリーの小糸側からの噺かと思っていた向きには肩透かしだったが、これはこれで、しんみりとした人情噺になっているが、別物だったらともかく、「外伝」だと、ちょっと壊されたという感が拭えない。でも、あやめの着想には、敢闘賞ものと思っています。そんなだから、この日の自分的山は、「コンパ大作戦」でした。
 翌月曜日も、「5日のあやめ」2日目、自分的には最終日となった。この日の昼間、木曜日、即ち最終日には行けそうと思い、チケットを買いに行ったら、もう完売しておりました。そこで、2日目の番組だが、瓶成「いらち俥」、あやめ「アタック!ナンバ一番」、春風亭昇太「愛犬ちゃっぴー」、あやめ「ちりとてちん」、(中入り)、あやめ「桜姫花菖蒲文章」だったが、狙いは、最後の芝居噺と昇太。ただ、芝居噺は、芝居からの脚色ネタで、きゃぴきゃぴ系の姫に演出され、ダウンしちゃいました。せっかくの噺が、情けないです、我ながら。昇太は、繁昌亭初登場のため、界隈をいじって、もう笑いの渦に。そのテンションを保ったまま、「愛犬ちゃっぴー」へ。これは、あやめのリクエストだとか。おもしろかったです、ホントに。なお、昇太とあやめは、同期で、昇太も、入門25周年となるそうです。そのあと出てきたあやめは、例の姉キンで、上京したとき、昇太邸に泊めてもらったときの無茶苦茶な話をして、もう、大笑いです。以前、染雀から聞いてた話の、あやめ版です。そんなで、この日の山は、「アタック!ナンバ一番」から、その上京話まで。でも、手を変え品を変えの面白話、5日とも聴きたかったわぁ。残念です。
 翌火曜日は、仕事が遅くなっても行けたら行こうと考えてたワッハ4階に出没いたしました。旭堂小二三と南陽のやってる「こふんよ講談会」に行くことができた。開演7時だと行けるのだった。小二三「子ども問題講談・第二弾」、対談(ゲストは「富良野塾」スタッフ)、小二三・南陽「映語を学ぼ、」南陽「甚五郎の蟹」だった。講談は、合計30分、残りが、ほぼ1時間半という会。それは、それでおもしろいのだが、講談の占める時間を、もう少し増やして欲しいですね。相変わらず、南陽に頼るから、南陽の外す物言いが増えるのも、余計な時間と思わせられてしまいます。「子ども問題講談」は、小二三が、ホントに見かけた幼児虐待もどきの実体験を講談化したもの。「映語」は、有名映画に出てくる言い回しを、解説・学習をするコーナー。およそ講談ファンの関心のなさそうな企画がおもろいのですが、それは、それでね。そして、じっくりと講談かと思ったら、15分のネタは、あかんぞぉ〜。
 翌水曜日も、同様のパターン。行けたらと狙っていた「雀松向上委員会〜あしたのためのその47〜」に行くことができました。場所は、TORII HALLです。ここ数日、難波か、繁昌亭っていうところです。ただ、この日は、不調で、コメントを書く勇気が出てこないなぁというのが正直なところです。番組は、雀松「雀松時遊本舗」、雀五郎「黄金の大黒」、雀松「紙入れ」、こごろう「強情灸」、雀松「口入屋」、最後に、ミニ抽選会でお開きでした。これだけに留めておきます。
 そして、木曜、金曜と、お仕事関係で、夜は出られず。ちょっと体調が、よろしくありません。やたら、しんどいのです。仕事自体は、疲れるはずが、今週はないはずなのに、よろしくありません。昨晩も、息子と、食事に出かけ、しんどくて、喋ってるのが煩わしく感じるほど、ぐったりなのです。どうしたのでしょう? これでは、あきません。今日は、お仕事のある土曜日なんで、ちょっと心配です。




2007年 6月 3日(日)午前 8時 20分

 この土日は、2日とも休める週だ。当たり前なんだけど、ありがたいと思ってしまう悲しさである。だから、このときとばかりに遊び回る。体との相談だが、遊びながら体を休めるを実践している。そんなで、昨日の行動記録だ。昨日も、ダブルヘッダー、その午後の部は、観能だ。この頃、月1のペースで、行こうかなと思える会がある。昨日は、大阪能楽会館での梅猶会の定期能。番組は、能「通小町」井戸和男、「芭蕉」梅若吉之丞、「玄象」梅若善久、狂言「太刀奪」善竹隆司だった。お目当ては、19年ぶりに遭遇できた「芭蕉」だ。だけど、この曲は、眠いという記憶とともに、インプットされている。そして、その記憶通りの演能となった。この演能で、珍しかったこと。シテが詞章を忘れたとき、口早に聞こえる声で伝えるのが普通だが、この日は、後見が間髪を入れず謡いだした。すると、シテは想い出すと謡い出すものだから重唱になる。これって、不思議な音の世界。でも、本筋じゃ、ないわね。おもしろかったのは、「通小町」。座った席が、この曲にはベスト。脇正面に座ると、小町と深草少将の生々しいやりとりが、間近で行われるため、とっても迫力を感じました。「通小町」、これでなくっちゃねと、満足の位置でした。「太刀奪」は、どうしても茂山家と比較してしまった。リズムですね、リズムを感じると、それに合わせて、演出も変わってこようというもの、そんな感じを持ちました。この会が終わったのが、5時50分、まだ、附祝言が謡われているにも拘わらず、能楽会館を飛び出ました。
 その行き先は、トリイ・ホール。「TORII講談席2007年〜講談 風・林・火・山〜」が目的地だ。能の会が延びて行けないこともあるかということで、予約を入れてなかったら、ぎりぎりまで入れてもらえなかった。10分前に入れると言っておきながらだ。お金を多めに取るんだから、この扱いは、ダメだよね。この日は、講談の会に、浪曲師がゲストで喚ばれるというジョイントの会。補助席も出る盛況だ。番組は、南青「雷電の初相撲」、春野恵子「斎藤内蔵助」(曲師・一風亭初月)、幸いってん「左甚五郎、千人坊主」(曲師・一風亭初月)、フリートーク:講談VS浪曲「魅力言い合い合戦」、南海「太閤記:木村重成」だった。南青くん、この日も上々の出来。で、浪曲なんだけど、浪曲って、ジャズみたいなんですね。曲師の弾く三味線と浪曲師とのセッションなんですね。そんなことを言われてるのは知ってたつもりですが、昨日の会のトーク、これは、旭堂南海が聞き役で、出演した浪曲師さんに聞いていたことで分かったのでうが、日によって、三味線の入り方も違うわ、浪曲師さんの語りの部分と唄う部分も違うわで、とってもライヴ感覚豊かな芸能なんだということです。幸いってん曰く、「何度も聴いていただいてる方は、お分かりやと思いますが、前に聴かはったのとはちゃうでしょ? 日によって、語りの部分が長くなったりするんです」、これは、目から鱗が、ぽとりです。春野恵子も、「息が上がったんで、今日は、曲師の方につないでもらったところがあったんです」、これ、すごい芸能やわぁと思わせられました。そして、通の方は、タイミング良く、拍手を入れます。そうすると、とってもいい具合に盛り上がります、演者も昂揚感を持てるのでしょう、ノリが客との一体感で出来上がるのです。春野恵子は、そこへさして、芝居ができますから、語りの部分で聴かせます。「一生できる仕事に出会えました」、これは、春野恵子の言葉です。なるほど、惹かれるだけのものがある芸能です。そして、南海さん、うまいなぁ。優れ者の多い講談界にあって、名調子ナンバーワンです。充実した会に出会えたものです。ほっかほか気分での帰宅となりました。




2007年 6月 2日(土)午前 10時 20分

 この1週間も、なかなかきつい週だった。体力的に限界を越えたかのような、そんな状態だった。おまけに、窮屈な会議もあり、余計にストレスが溜まり、溜まりで、疲労蓄積の週だったのだ。そんななか、頑張っての夜遊び。かなり、体に来てました。先週の疲れが、完全にとれない内に新しい週に突入したってことも、災いしたのかもしれない。いずれにせよ、例の如く、今週を振り返っておこう。
 まず、日曜日の夜の部からだ。朝から映画を観て、家で休憩したあと、夜に繁昌亭に出かけてきた。「田辺寄席in天満天神繁昌亭」があったからだ。田辺寄席は、老舗の地域寄席。その世話人の方々がお世話をされて、繁昌亭に、いつものテイストを持ち込まれたのだ。開口ゼロ番では、こないだ田辺寄席に取材に来てたTV番組が上映されてました。更に、文太が現れ、高津の富亭で聴かせてもらったギターの弾き語りが疲労された。肝心の番組だが、文太にちなんで、「太」のつく噺家さんで固め、トリを、ざこばに任せるというものだった。なかなか凝ったものだが、それは、雀太「道具屋」、染太「手水廻し」、瓶太「崇徳院」、文太「笑呆亭・瑠璃壺名誉早駆から」、(中入り)、内海英華「女道楽」、ざこば「子は鎹」だった。瓶太の軽快さは、いいですね。聴き慣れた「崇徳院」が、違った顔を見せてくれました。もっと聴けたらと思う噺家さんです。ざこばのこのネタ、ようやく出会えました。この日は、泣きはしなかったが魂の籠もった口演は、絶品だと文太が言ってましたが、全く同感です。父親側からのストーリーでした。
 翌月曜日は、京都での文我の会を狙っていたが、時間的に無理となり、そのときの予備に用意していたワッハ4階での「はるなんせい」に行った。会の名前通り、春菜と南青の二人会だ。番組は、南青「具志堅用高物語」、春菜「新作(仮:パーツ女)」、南青「太閤記:木村の麻風呂敷」、春菜「佐々木裁き」だった。聴き物は、南青の「太閤記」と春菜の「佐々木裁き」。南青の上達のスピードが、すごいわ。立て弁に入り、手に持つ扇子を、手の中で宙に浮かして持ち変えるの、かっこいいです。春菜は、新作で変なところを見せたかと思うと、そうなんです、ブラックにならず、斬新にもならず、結局変なとしか印象を与えない新作を出すかと思うと、こまっしゃくれた白吉を見せてくれる「佐々木裁き」と、いい面、変な面、二つの顔を見せてくれました。「佐々木裁き」は、ぜひぜひ練り上げていって欲しいです。春蝶襲名の目玉となるネタになるでしょう、精進を積めば。いいネタに目をつけたと思いました。
 翌火曜日も、ワッハの4階、今週は、もう1回、この4階に行くことになる。この日は、「お笑いまん我道場〜大阪編〜」があったのだ。なかなかいい番組が揃ったこともあり、なかなか楽しみにしていた会だった。その番組だが、呂竹「米揚げ笊」、まん我「東の旅:発端〜煮売屋」、染雀 「辻占茶屋」、まん我「へっつい幽霊」だった。「お楽しみ」とされていたものは、「東の旅」だったが、翌日、文我の会で2回、このネタを用意してることから納得のチョイスだった。染雀が、なんか、急に歳をとった感じ、体調が悪いのでしょうか。そう思ったからか、華のあるこの人の口演、ましてや、このネタで、ちょっと覇気のなさを感じてしまいました。「へっつい幽霊」は、「折り鶴」が出てきたので、雀松からもらったのでしょう。だけど、雀松の軽快さではなく、まん我風。ま、普通の出来かな?
 翌水曜日が、問題の会議があり、行く予定だった落語会を諦めざるをえませんでした。これが、悔しい。帰ってきて時間的余裕があるから、こんなことしようかと思ってても、簡単にダウンしてました。で、翌木曜日になるのですが、かなり、このあたりから疲労が溜まりに溜まってきてました。なんか、行っただけという感じになってしまったのだ。それは、ワッハ4階での「上方講談を聞く会・ワッハ亭」だった。4席あったのだが、4席とも、途中でダウンしてしまったのだ。一応、番組だけは書いておく。南青「太閤記:木村の麻風呂敷」、南湖「浅野内匠守」、南鱗「怪傑 星亨」、左南陵「祐天吉松」だった。せっかく、左南陵が出たのにと思ってみても、あとの祭りだ。
 そして、昨日、金曜日。ようやく週末に入ったんだけども、職場を出てくるのも、かなり頑張らないとダメでした。なんせ、前売りを買ってるものだから、勤務時間を過ぎて、のほほんの働いておれません。お出掛け先は、繁昌亭。「染丸ワイワイ一座〜人情噺の世界〜」があったのだ。この会、3回目にして、ようやくおじゃましました。番組は、染太「犬の目」、染丸「おもしろ落語講座」、竹丸「鹿政談」、南鱗「無名の碑」、(中入り)、そめすけ「物真似仕方ばなし」、染丸「幸助餅」で、「人情噺」に恥じないネタは、「幸助餅」だけ。ま、それを演じるために設定された会で、また、それを聴きに行った会だった。「おもしろ落語講座」は、ホワイトボードを出して、簡単な講義。さすが、高校などで教壇に立つ染丸ならでは。そして、「幸助餅」は、ホント期待通り、いや、それ以上の素晴らしい出来。人物の描き分け、そして、心に沁みる物語。染丸曰く、藤山ェ美の演じる松竹新喜劇も参考にさせてもらいました、それが生きてるんでしょうね。前に座っていた若い女性の二人連れ、ハンカチを出して、目頭を拭いていました。黄紺も、胸に熱いものがありました。いいものを聴かせてもらいました。もう一つ、竹丸の口演も、良かったんだなぁ。お奉行さんに、もう少し格があればとは思うのですが、記憶に残る「鹿政談」です。染丸の見事な人物描き分けのタネが、ここでも生きていました。講談は、また、途中でダウン。ちょっと情けないです。特に、南鱗が鬼門です。
 そんなで、1週間を振り返ってみましたが、一緒に、きつかった記憶も蘇ってきました。歳には勝てないわ、どうしても。




2007年 5月 27日(日)午後 15時 7分

 日曜日以後の1週間を振り返っておこう。日曜日も、土曜日に次いで、落語会のダブルヘッダーを組んだ。昼間は、岡町にある豊中市立伝統芸能館であった伝統の地域寄席「岡町落語ランド」に、米朝一門の若手精鋭たちの落語を聴きに行った。番組は、雀五郎「宿屋町」、吉弥「おごろもち盗人」、歌之助「佐々木裁き」、(中入り)、紅雀「向う付け」、よね吉「子別れ」というもので、狙いは、京都の独演会を逃したために聴いてなかったよね吉の「子別れ」と言えども、いずれも、充実の口演だったことは間違いない。雀五郎は、こういったネタをするにも、一つ一つの科白を考えながら使ってるという感じで、例の「崇徳院」を聴いてから、その感じは続いている。要注意の噺家さんに急上昇だ。吉弥は、もう手の平の上で転がすような自在の話っぷり。こういった軽いネタでも素晴らしい。盗人のアホさが、よく出てて、キャラ作りに、客席は完敗だ。歌之助は、この日も、語尾を引っ張る癖が、やはり気になる一方で、ちょっとましかもの感を持ちながら、子どもの物言いとか、お白州の緊迫した雰囲気とか、なんか物足りない。勢朝の子どもの扱いなんかが思い出されていました。一転、紅雀のアホのおやっさんの無邪気さに惹かれる。後半、ショートカット版の「向こう付け」でした。で、「子別れ」なんだけど、父親ヴァージョンの「子別れ」だった。よね吉という人、「愛宕山」「天神山」というところで、超ビッグな出来を見せるかと思うと、普通の出来も見せるという、ちょっとネタによって、出来・不出来じゃなくて。出来・普通のある人。その分類でいくと、「子別れ」は普通の出来。しっとりと夫婦の情愛、親子の情愛を描く作品に、そのしっとりという部分に、物足りなさを感じたのだ。もう少し、無駄とか、遊びとか、そんなのが欲しいのだ。なんか急ぎすぎではないんだけど、エピソード集になってて、しっとりとしそうで、もう次のエピソードに移ってるって感じだったのだ。泣きに行って、泣かしてもらえなかった気持ちの悪さ、そう言えばいいかな?
 夜は、息子と繁昌亭の現地集合で、「笑福亭鶴志一人舞台 春夏秋冬」に行った。現地集合だったはずなのが、東梅田辺りを歩いてると、後からどんときた、振り返ると息子だった。あーあ、びっくりした。息子は、梅田で用事を済ませて、繁昌亭に回った由、黄紺は、岡町からの移動中だったのだ。息子と一緒に行ったというのは、息子は、鶴志を、一度聴いてから、「あのおっさん、おもしろい」と、めっちゃ気に入ったみたいなので、こんな機会はないと、一緒に行くことになったのだ。番組は、「貧乏花見」「蛇含草」「天王寺参り」「にらみ返し」と、全て、鶴志。前座もゲストもなんもなしの、正真正銘の一人舞台。2席目と3席目の間に中入りを入れただけだった。初っぱなの「貧乏花見」からして、45分かかった。もう、最初から修業時代の噺を入れて、全開。新花月ネタは、いつ聴いてもすごいわぁ。そんときの経験が、有形無形に生きてるんでしょうね、鶴志の噺を聴くと、そう思っちゃいます。で、「貧乏花見」は、鶴志がすると、長屋のアウトロー的な元気さに箔が付きます。この日は、フルヴァージョンで、サゲまでやってくれました。初物でした。「蛇含草」は、米朝系の噺じゃなくって、東京の誰だって言ったかなぁ、東京系の噺として始めたんだけど、そばじゃなくって、餅でした。展開を聴いても、米朝系。ちょっと分からなくなったけど、口演は、あの体でやられると、ほんとお腹に、お餅が一杯で、こちらもむかついてきます。「天王寺詣り」になると、やっぱ、俄然、6代目を思い出してしまいます。物売りの箇所なんか、6代目似の鶴志じゃなくって、6代目が前に現れたみたい。「にらみ返し」は、鶴志スペシャルです。マクラで、ちょっと危ない噺を振ってからだから、余計に恐くなります。そんなで、たっぷり、どっぷり、いい会でした。
 翌月曜日は、繁昌亭での「大阪に好楽シーズンがやって来た」と題された「三遊亭好楽一門会」に行った。笑点でお馴染みの三遊亭好楽が、弟子・家族を引き連れて、大阪にやって来たのだ。番組は、ネタ出しなしで行われたが、結果的に、三遊亭かっ好「垂乳根」、三遊亭王楽「竹の水仙」、三遊亭好太郎「替り目」、(中入り)、対談(三遊亭好楽・聞き手:晃瓶、鶴瓶の飛び入り)、三遊亭好二郎「小咄」、三遊亭好楽「藪入り」となった。もう一つ、大阪での浸透度が低いのか、身内の方を除けば、満席とは言い難い入りでしたが、東京落語尽くしというのが、いいっすねぇ。
 翌火曜日は、台湾のツァイ・ミンリャン監督の映画「西瓜」を、京都みなみ会館に観に行った。ベルリン国際映画祭で銀熊賞を取った作品だ。こないだ観に行って寝てしまった「黒い眼のオペラ」の監督だ。やはり、この映画でも、科白が入るのは、ほんの僅かで、それ以外は、ミュージカル・シーンで歌詞が入る程度と、極端に、言葉での表現に乏しいものを旨としているようだ。だから、役者の、ちょっとした表情の変化、何気ない素振りなどで、展開を読んでいかねばならない。これは、疲れの溜まった体で出かけてる身には、辛いものがある。最後のシーンが、延々と衝撃が続くが、どうも苦手な映画だな、体調が整ってるなら、また、別の感想があるかもしれないけれど。
 翌水曜日は、東梅田教会であった「まるまる出丸の会」に行った。番組は、雀太「天狗さし」、出丸「おごろもち盗人」、伯枝「長短」、出丸「愛宕山」だった。この日、良かったのは、久しぶりに「天狗さし」というネタを聴けたことと、伯枝のおもしろマクラを聴けたことかな。伯枝は、「長短」が短めのネタだということで、酔っぱらった経験談2連発で、会場大爆笑。「そやから、今日は、ここへ自転車で来ました」に、トドメの大爆笑でした。姫路で、夜を明かした話、身につままれて聴いておりましたが、他人様の話だとおもろいね、なんて言って、可愛らしい失敗多数の、黄紺であります。で、肝心の出丸なんだけど、この日は、いつも以上に噛みすぎ。「愛宕山」に至っては、仕上がってないものを、その途中でかけたのじゃないのと言わねばならないほどの不調でした。最近、ちょっと、出丸に引き気味の黄紺であります。
 翌24日(木)は、再び、繁昌亭で、「染二プラスONE」を覗いた。この日の「プラスONE」は、桂文華で、染二の方から「立ち切り」指定の会だそうだ。番組は、染二「三十石」、プラスONE:文華「立ち切れ線香」、(中入り)、MY FAVORITE ONE:笑丸「ウクレレ漫談」、染二「らくだ」となった。まず、大作が、これほど並ぶ会は、まあ、ないだろう。だから、それに惹かれて行ったのだが、始まってみると、大作ならではの位置とかを考えると、結局、「三十石」のフルヴァージョンは、やっぱ、できない。舟唄をたっぷりやられて、夜の闇の中を、舟が進む姿をイメージさせて、はい、お次はとは、やりにくい。だから、舟唄を2つ程したところで、下りる。「らくだ」も、たっぷりと演じ、且つ、火屋のところまですると、時間的に大変、そないだから、やはり途中で切る。「立ち切り」は切りようがないから、こちらは確保するから、他のネタは切っていく。この会は、大作を連ねた悲劇のような気がしてしまった。帰り道が、不完全燃焼だったのだ。そんななかで、文華は、この日が初演。100日明けて、外へ出た若旦那が、子どもをまく工夫、これは、アイデア賞、それに、うまいなぁと思った反面、お茶屋の女将の品格に不満。だから、小粋でもあるお茶屋の場面に凹凸を感じなかったなぁ。文華の声質の問題もあるとは思うんだけど、今後、どんどんかけてはかけて、練り上げていって欲しいなと思いました。「らくだ」も、脳天の熊五郎の恐さ、無頼漢ぶり、これが、染二は出ないんかなぁ? 言い放つような豪快さに欠けます。そう思い出すと、ちょっとうとうときてしまいました。もっと、野放図に喋ればいいのにと思いながら聴いてたら、そないな低駄落でした。
 大作揃いの会の翌日は、ライト感覚の落語会におじゃました。金曜日のことだ。場所は、門真市ルミエール・ホール。こちらの和室で続いている地域寄席「るみえーる亭〜上方らくごの会〜」に行ったのだ。この日は、繁昌亭で「深夜寄席」が始まったが、とてもじゃございません、翌日が仕事の黄紺は遠慮しました。替わりに、素敵な会に出会えました。番組は、ちょうば「月並丁稚」、福車「青空散髪」、小春團治「お玉牛」、仁智「老女A」だった。前座で、ちょうばが出ると、このネタばかり当たるが、これが、いいのだ。こまっしゃくれていながら、憎めない丁稚さんが、よく描かれてて、引き込まれてしまうのだ。「青空散髪」は、市楼以外で手がける人が出てきて、喜ばしい限りだ。これで、生喬に次いで、黄紺的には2人目だ。そして、市楼もそうだが、最近聴く「青空散髪」は、生き残るどころか、リニューアルされて、どんどんと受け継がれていくネタに成長していってるきらいすらする。亡くなった染語樓が演じても、もう昭和20年代の噺やろとしか感じられなかったのが、息を吹き返している感じがする。盗電の件、車を鏡にする件のあほらしさは、秀逸ですものね。小春団治は、海外公演でのマクラをして、それぞれのお国ぶりを紹介。トルコも出てきました。通訳が、開演準備をしてるのに、卓球をしてて遊んでた話、リアル過ぎるなぁ。コルマールでも、やってんですね。フランスの田舎町のお伽の国のような町と言ってました。ふーん、そう見えるんですね、ま、そうかな? そないなことを言ったのは、「お玉牛」が、海外公演でのネタだとか。これは、また、すごいのをチョイスしたものです。思わず、口演が始まると、トルコ語に同時通訳できないか考えたのですが、無理。だって、日本語の辞書が要ります。そんなで、海外仕様の「お玉牛」なんだけど、ちょっと身振りが大きいかなと思ったけど、いえいえ、これは、「分かりやすく」なったというもので、大仰ではないから、随分と新鮮で、メリハリがついて、とってもグーな出来。田舎の家の造りなんか、トルコ人、どんなこと想像して聴いてたんでしょうね? それを考えると、おかしくって。そして、トリが、ライト感覚を締めてくれました、仁智のおばあさんネタ、周りのおっちゃん、おばちゃんが、顔を見合わせて笑ってました。とても、いい雰囲気でした。
 そして、ようやく週末、、、だけど、土曜日は、半日、仕事なんだぁ。もう、へとへとの、へろへろで、大阪城ホールの倉庫を利用した舞台へ。南河内万歳一座の芝居を観に行った。「滅裂博士」という題だった。これは、約1週間前、ワッハの4階のチラシ売り場で、公演情報を手に入れ、慌ててチケットを買ったものだった。丁度、1年ぶりとなる、南河内の舞台だ。相変わらず、窓から、いろんな人が現れて、芝居が展開していく。テーマは、魂の問題。魂と肉体と言えば、古典的な哲学談義だが、「魂の消滅」、そないなことに「尻に火がついた」状況であることを認識させるための芝居だ。クロージングに出てきた内藤裕敬が、連作の前編だと言ってたので、後編部分で、内藤なりの答を呈示するのだろう。で、その「消滅」を促すもの、それが、生命倫理に拘わる医療、生命科学の進歩、その辺りを想定してるようで、それ以上の、未成年者の犯罪とか、テロルとか、そんなことも想定してるような予感もしちゃいました。
 夜は、芝居のはね具合で、場所を選んで「パッチギ2」を見ることに決めてたが、結局、京都まで戻り、京都シネマで観ることとなった。で、「パッチギ2」は、真面目に作ってるなの印象なのです。派手さを押さえて、地道に、丁寧に作ってるなの印象なのです。一方で、過去の戦争の記憶を、美化したり、風化させたりする傾向に、正面切って「ノー」と言っている映画なのです。更に、芸能界を通して見える日本社会の差別性も射抜いています。これも、正面切って取り上げられなかったテーマです。巷間言われてたスポーツ・芸能社会での在日の活躍、また、それを見えないものとしてきた社会、それを表に出した。そんなですから、どこかのアホたんが、どうのこうのと言う映画かもしれません。この映画では、個々人の「生きることの大切さ」、これは、「散華」の対極にあるコードとして、この映画に用いられています。主人公(アンソンのことです)の父親のヤップ島での体験(この映像が、とてもよくできてます)で「生き延びてくれたことへの感謝」と、主人公の子どもの「筋ジス」という病気を通じて、「生きることの喜ばしさ」という気持ち、また、主人公の妹(沼尻エリカが、前にやってた役)が芸能界に出て出演することになった大作映画の戦争賛美、即ち、「死に行く美学」とが対比されます。ですから、構造はしっかりしています。作り急いだ感じはしないんだけど、前の映画のような、派手さをおさえてます。生真面目に作った作品なのです。井筒和幸という人の良心、それを、一番感じる映画です。ですから、一般受けをしないかもしれません。地味系の映画になってます、前に比べると、明らかに。
 そして、今日、日曜日、朝から、再び、京都シネマへ行って戻ってきたところだ。韓国のアクション映画が、モーニングショーとして上映されてるのだ。「お前を逮捕する」という映画だ。個性的な刑事たちが、麻薬犯と対決するというもの。でもね、おもしろくなかったのです。派手な立廻り、カーアクションはすごいなと思うのだが、それ、ありえないでと思うこと、多数だったのだ。刑事って、そんなに、スタンドプレー、個人プレーに走ったら、あかんやろ、そう思うと、おもしろくないのだ。やはり、一定ルールの中で動く人たちを撮ってるんだから、ありそで、ありそで、それは、ないかも程度にしておいてもらわないと、観てて、逆におもしろくなくなっちゃいます。そんなで、韓国のB級アクション映画、ヤクザ映画は、要注意です。そんなことを書きながら、体から疲労がとれてない現実に、顔が曇っていきます。




2007年 5月 20日(日)午前 8時 37分

 土曜日は、今週の鬱憤を晴らすかのように、落語会のはしごを敢行した。昼と夜の会に行ったということだ。この日は、わりかしいい会が並んだ日だったので、ちょっと迷ったが、昼は、「第39回 あがき」へ、ワッハの7階に行った。桂歌之助の会だ。ただ、番組を見て、唖然。歌之助のネタは軽いものが、2つ並んでた。ネタ出しをしてる千朝の会を捨ててきてるのにと、衝撃が走ってしまった。で、その番組というのが、呂竹「煮売家」、歌之助「道具屋」、(中入り)、三弥「鯛」、歌之助「青菜」という具合で、軽めの噺が並びすぎ。こうなったら、マクラを楽しもうという風な方向転換。そんな風にすると、わりかしこのような番組でも、楽しめるものだから、落語会っていうのは、いいですね。そのなかで、秀逸だったのは、三弥の自虐トーク。これは、おかしかった。歌之助と同期という三弥自身による歌之助との比較、また、同じく同期の由瓶との比較。同期が3人だけどいうところがおもしろく、自虐トークが冴え渡る。この人、こんなにおもしろかったのです。三枝一門会の落語と言い、この日のマクラといい、ホント見直しました。ネタについては、特に書き残すことはないよね、このネタじゃ。
 夜は、中津での会。最初、中津と中崎町を、なぜか思い違いをしていて、これじゃ、時間潰しに南森町のネットカフェにいるのがうってつけと思ってたら、とんでもございません。よく気が付きました。そんなでも、結局、南森町のネットカフェで時間潰しをしました。ここへは、こういった感じで、よく土日に行くことがあるのですが、人が多い。平日よりか、多い気すらする。ほとんどが、漫画を読んでる。最近、ネットカフェに住んでるって感じの人が増えてるってことを、何かで読んだけれど、なんか、その雰囲気分かります。PCの前に座って、漫画を読んでる人も、結構、見かけます。解りません、この人たち。更に、移動前に、南森町のローソンで、南河内万歳一座のチケットを購入。これは、歌之助の会が終わったあと、ワッハの4階のチラシ・コーナーで見つけて、大慌てで買いに走ったのだった。おかげさまで、事なきを得ました。
 中津では、表通りから少し中に入ったところにあるカフェ「カシミヤ」で行われた「たまのカシミヤ100%」という落語会に行ったのだ。ここまで、この会は、黄紺の予定とうまく噛みあわず、この日が初物となった。他の会で、たまが、古典をきっちり演じる会を言ってたのは聞いたことがあるけれど、実際に行ってみると、たま自身の口からも、落語をよく知っている人のマニアックな会になってしまってます、当初の思惑よりか変質していってると言ってました。正に、そのような内容。それは、願ったり叶ったりのものでした。で、番組なのだが、たま「大安売」、たま「厩火事」、春野恵子(浪曲)&沢村さくら(曲師)「天狗の女房」、(中入り)、たま「口入屋」で、完全に、たまの一人会に、ゲストを迎えるという構成だった。たまから案内のメールをもらったとき、「久しぶりに“大安売”をやります! ←私は好きですが、ビックリするぐらいポピュラーな前座ネタです。師匠のバージョンそのままです」とあったのですが、実際にやってみると、会場が、あまりわかず、終わってから、「皆さん、楽しんでますか?」と問いかけていました。客席は、同じパターンが繰り返されるあまりにベタなネタに、「ふ〜ん」という感じだっただけですよ。だが、期待の「厩火事」になると、雰囲気は一転です。このネタに関しては、たまからは、「“厩火事”をネタおろししますが、結構アイデア&演出&構成(?)が浮かんだ作品で思い入れもあります」とあったものだから、客は、かなり期待して行ってたはず。これも、終わってから、たまは「皿を割らへんと期待してはった人もいやはったん違います?」とまで言ってたほど。ここまで視野に入れて言われると、もうマニア垂涎の会となってしまう。そう言えば、このカシミヤの2階、どことなく茶臼山に似てる。実際に皿を、女房が割る前に、亭主が、膝を強打し、「皿が割れた」などというくすぐりを入れるから、びっくりするやら、やられたぁと思わせられたり、女房が割るところ、ケガをしたりするふりををするところを、とてもわざとらしく、狂言だということを見え見えにしたりと、考えてみると、ざこば流の「好き!」という言葉は、敢えて出てこないようにしてる、そないな工夫が見えてきたような感じがしました。夫婦間のじゃれ合い程度の噺にしたかったんでしょうね、たまは。いいチャレンジ精神で、脱帽ものです。「口入屋」は、個々人の所作を、デフォルメするたま得意の手法で、新味を感じました。1人の女をめぐるどたばた度が、一層賑やかになり、客席の爆笑度も上がったように思えた好演です。とまあ、たまの噺は、充実度の上では、かなり特Aランクの会でした。更に、その充実度を高くしたのが、ゲストのお二人。慣れない座っての口演に、でも、たっぷりと浪曲という芸の凄さを見せてもらった感じが致しました。こないだ繁昌亭で聴いた菊池まどかといい、この春野恵子といい、なんとすばらしい若手が現れたことなんでしょう。菊池まどかの民謡上がりとしての声の張り、春野恵子の芝居経験者としての演劇性、甲乙つけがたしです。そんなで、大満足の会でした。
 ということで、日曜日の朝を迎えています。遊びつつ、体を休める、これを実践しています。おかげさまで、昨日、一昨日と、睡眠時間は、元気さを維持できる最低基準はキープできてるのが、ちょっと助かってるかな? フェネルバフチェも、ガラタサライに勝ったしね。ホントは、ここで優勝という算段だったんだけど、1週間早かったのです。




2007年 5月 19日(土)午前 9時 27分

 この1週間は、仕事が詰まっており、しかも、日にちを限定されているため、なかなか思うに任せない日が続いた。週に3日も、夜遊びをせず、職場に遅くまで残り仕事に精を出すという可哀相な日々を過ごしました。その鬱憤を晴らすかのように、週末は遊ぶぞ宣言をしている黄紺なのであります。その上、相変わらず寝られない日々、疲れて帰ってきて、眠たいんだけど、寝付きが悪かったり、寝付きがよい日は、今度は、熟睡感がなかったり、実際、簡単に、目が覚めてしまったりと、脳の具合でも、おかしくなってるのじゃないかと、そんなことまで考えてしまいます。職場で、程よくぐったりして、体調を整えつつ仕事をしているという惨憺たる状況です。
 日曜日から振り返っておくが、実は、日曜日も、かなりタイトな状態で、当初は、昼間に映画を観て、夕刻から繁昌亭のつもりだったが、昼間は諦めて、仕事をしていた。すると、わりかしスムーズに進んだので、繁昌亭の帰りに映画に寄るという大胆なことをしたが、体力の限界を超えていました。映画は、ダウンで、完敗。サイテーです。ちなみに、その映画は、九条のシネ・ヌーヴォで観たツァイ・ミンリャン監督の「黒い眼のオペラ」だった。帰りは、淀屋橋発11時ジャストの特急に滑り込み。こないなことをしてたので、週明けが厳しいものがありました。で、前後するが、繁昌亭は、午後5時開始という中途半端な始まり方。「宵酔落語会スペシャル」という会、「立ち切り」を出丸が出すということで行ってきた。番組を書いておこう。ちょっと長めの座談会(45分間)、(中入り)、文華「ちりとてちん」、遊喬「芋俵」、福車「看板のピン」、出丸「たちぎれ線香」。高津神社での会には、まだ、おじゃましたことがないので、常の会の雰囲気は分からないけど、最初の座談会を聴く限りでは、ぜひ覗いてみたくなりました。この日の最後は、前回のスペシャルの会後の打ち上げでの、文華・出丸の喧嘩の一件。福車の説明を聞く二人の神妙さ、特に出丸の神妙さが際立つ。泥酔の上での事件といいながら、反省しきりの神妙さが、おかしくて、また、そのときの福車の、間に入った者の困りも、よく伝わり、おかしくって。だけど、出丸のテンションが高かったなぁ、「立ち切り」が控えてるのにと喋り続ける出丸でした。そのため、他の噺家さんのネタは、全て、控え目。にもかかわらず、「芋俵」という珍しい物が出たにも拘わらず、ここでダウン。情けない。肝心の「立ち切り」は、出丸の言によると、東京でのさえずり会でネタ下ろしをしてから、年に1度、かけるようにしているとか。今年で4回目とか。この人のテンションで聴く「立ち切り」、前段部分は、テンポ良く行くだろう、それは、存外心地好かろう、問題は、後段のテンポ、どのように変化を持ち込むのか、それが、成否の鍵だったが、インテンポのままという程度の変化だった。ちょっとした間を置けば、インテンポでも、いい感じになるだろうにと思ってしまいました。同輩衆のところでの変化、これが、隠し味になるのは言うまでもないが、これで、アップダウンしながら、終息していく味わいが欲しかった、です。なかなか、出す機会のない噺だけに、練り上げに時間がかかると思いますが、精進を期待したいものです。
 14日(月)と15日(火)は、上に書いたように、遅くまで職場で、お仕事してました。もう、肩はこりこり、お目々ちかちか、です。ようやく、息抜きの水曜日、繁昌亭の前売り券を買ってなかったら、また、職場に缶詰状態になってたかも? こういうときって、リフレッシュできる機会と、前売りを買っていると、それに合わせて仕事をするから、いいですね。逆に首を絞めてしまう場合もあるんだけど、この日は、そうではありませんでした。が、体がいうことを効かなかったのです。お目当ての三象様のところで、ダウンしちゃったのです。番組は、三幸「狸賽」、三扇「二人癖」、三発「バルーンショー」、枝三郎「六文銭」、(中入り)、大喜利(司会:三風、三四郎、三ノ助、三金、三発、三歩)、三弥「(老成したことを言う子どもの噺)」、三象「お祭り代官行列(桂三枝・作)」でした。三幸は初めて。マクラでのため口口調が気になります。三扇も、前に出逢ったのを覚えてないくらい。落語は、初めてかもしれません。あの風貌で、噺家さんのもっちゃり口調が、おかしかったです。三発も初物、あとで、兄弟弟子に、喋らないバルーンショーと揶揄されていました。黙々と、バルーンをいじってましたけど、バルーンは、上手なんだけどね。枝三郎のネタは、初物と、この日は初物尽くしってところ。題名からしてたいそうな噺を想像してたんだけど、小せがれネタ。でも、枝三郎が出てきて、会が締まった感じ。ここで、ようやく落語会へ来たっていう気になりました。大喜利に、三風、三歩、三金が出るなら、落語をやって欲しかったなぁ。一軍の投入を渋らないで欲しいな。一門会だから、入れ替わりになるのはしゃーないけど。その替わり、大喜利は、おもしろいものとはなりましたが。名画を使ったお遊び、ユニークでしたよ。そして、思いがけない成果が、三弥だった。この人のこまっしゃくれた口調が、老成した子どもに、ぴったり。この日、最高の成果でした。これで、調子が出たぞと思ったら、三象様で、ダウンとは、、、、。とほほ、だ。そうそう、この日は、和歌山県田辺市の小学生が、修学旅行で繁昌亭へ、40名ほど来てました。これも、とほほ、でした。
 16日(木)も、遅くまでお仕事。ここでも、とほほ、だ。そして、17日(金)に、再び、繁昌亭へお出掛け。この日も、前売り券様々で、それに合わせて、仕事をしてきましたが、開演時間を間違え、30分のロス、しかも、この日は、座席指定。そんなことを、職場を出てから発見してんだから、あきません。しっかりしようよと、自分への声掛けです。この日は、「さぁ、カイシで〜す!!in繁昌亭〜春の陣〜」と題したかい枝の会でした。ところが、この日も、開演直前まで、一番いい正面の席が空白状態。開演直前に詰めかけた○○商事の70名の団体。こいつら、、、お下品ですが、こいつらです、中入り後に帰っちゃった。え、えーっだ。慌てて、当日券のお客が、そこへ移動したが、何しに来たんだ、あいつらって、こんな言い方ではありませんでしたが、かい枝も怒ってました。なんか、繁昌亭、2回続けて、しかも、夜席で、これではダメですね。まともな客が引いていきます。肝心の番組は、石松「動物園」、三金「二人癖」、かい枝「寝床」、(中入り)、あやめ「営業一課の高田くん」、かい枝「ちりとてちん」だった。目玉は、「寝床」だった。なのに、だ。またしても、三席目の悲劇、力尽きてしまったのだ。番頭が、店の者も来ないというくだりなど、全く記憶にない状態、とほほ、だ。だけど、サゲは、オーソドックスなものに、ほっこりだけはしました。あやめは、久しぶりのネタ。あやめが言うには、23歳のときに作ったネタとかで、いつまでできますやらと言いながら、キャピキャピの女の子を演じてくれました。マクラでは、結婚・離婚のことに触れたり、例の事件のことに触れてました。あまり聴かないので、身を乗り出してしまってました。三金と、かい枝の「ちりとてちん」、こないなネタになると、ホント、もうベテランの味です。
 今週は、お遊び記録が短いです。それだけ、働いたってことです。その分のお返しを、この週末でしようかしらんなどと考えているのです。




2007年 5月 13日(日)午前 9時 5分

 GWの終盤から振り返っておく。5日(土)は、丁度、お昼時に仕事が入ってしまったので、人気の少ない職場にいた。そして、普通の夕方に職場を離れるのよりちょっと早めにお出かけして、鶴橋で、韓国料理を嗜もうといつものアリラン食堂に行って、3月に韓国に行ったときに食べなかったユッケジャンを食べた。いつもより、ちょっと薄味で、旨みに欠けるきらいがあったが、まあ、満足させてもらった。そして、雀のおやどへと向かったのだ。「ゴールデン落語会」の最終日、この日も、初日同様、人が詰めかけ、よくお見かけする人たちも、当日券で入ろうとすると、お引取り願われていた。なんか、サバイバルの雰囲気。それも、そのはず、この日のトリは、福笑だったのですから。番組は、吉の丞「米揚げいかき」、三喬「借家会談」、雀三郎「親子酒」、福笑「宿屋ばばあ」というものだった。三喬からの3人は、すごいものがある。これだけの3人が揃うなんてという、まことに贅沢編成だった。「借家会談」は、自分的には、初物。ネタ振りがあり、ばらしがあるというパターンの噺だが、滑稽噺を語らせては、そのバカバカしさが冴える三喬にはお似合いのネタ。次の「親子酒」は、うまいです。親子の酔い方の違いのお手本となる口演。そして、「宿屋ばばあ」、あまりにも強烈な個性で現れる「宿屋ばばあ」に、初めて観た時、黄紺ですら引きかげんだったこのネタだけど、十分に免疫ができたおかげで、その笑いの網に絡めとられてしまいました。途中に、「ん廻し」のパロディまで入れて、もうサービス満点。こんなけ続くと体に毒ではないかというほど、笑い、満たされてしまったのです。
 GW最後の日は、朝からずっと雨が降っていた。そのなかを、午前中に、一旦出かけ、そして、家に帰り休養がてら家事に精を出し、夜になると、またぞろ出かけていって、GWの締めを飾ったのだった。その午前中に、映画「ツォツィ」を観に、京都シネマまで行ってきたのだ。そして、号泣してきた。周りの人は、どうなんだろうかとちょっとは気になったが、もう、腹筋から咽び上がるようにして、涙が溢れてきてしまった。南アフリカの映画だ。主人公は、「ツォツィ(不良)」とは呼ばれこそすれ、決して、本当の名では呼ばれないワルだ。ときには、人殺しをも辞さないという男だ。ただ、幼い頃、家庭的には不幸で、病床の母親から父親によって引き裂かれ、そういった家庭から逃げ出し、路上生活を送るようになった果てが、スラムの2階に住む場所を棲み家とし、生活費、遊ぶ金のために、ワルを働いているという男だ。その男が、ある邸宅前で、強盗を働き、車を強奪し、乗っていた女(邸宅の婦人)を撃ってしまう。そして、他の場所で、車に残された物を奪って逃げようとしたとき、車に赤ん坊が残されているということに気付き、何を思ったのか、子どもをも連れて逃げてしまう。この男の、唯一、残している「人間らしさ」というものが、幼い自分に重ねて、幼気な子どもを放置できないところだったのだ。ここが出発点で、子どもを世話している内に、子どもがミルクを欲しがるというので、幼子を抱える女の家に押し入って、母乳を与えることを強要したり、駅でぶつかった障害者をつけていって、生きている意味を言わせたり、手法は、もう拳銃を突きつけてというワルの手法で、そして、答として、また、結果として、人間としての心の温もりを触発されだしていく。女の部屋にあるガラスを使った飾りに違いがあるのを知り、女に尋ねるところが、いい。「錆だらけのものなんて、なんだ、これ?」「嫌なことがあったときに作ったからなの」、「じゃ、このきれいなのは、楽しいときに作ったのか?」、黙ってうなずく女。また、あるとき、同じ飾り付けを触りながら、「こんなガラスの欠片、何が、いいんだ?」「光や、色が、きれいでしょ」、ハッとする男。このたまらないデリカシー。女が、終盤に言う。「私が、(赤ん坊を)返してきてあげようか?」、、、ちょっと立ち去りかけて、「返してきたら、もう一度、ここへ来て、いいか」、きっと見つめる女、だが、黙ってる、それを見て、踵を返して立ち去る男、自分の、今までになかった心の内を見つめてるよう。立ち去る男を見て、男には見えないところで、壁にもたれる女。素晴らしい演出だ。最初の方で、仲間のボストンという男を、殴り倒したこの男は、その殴る前にボストンの言った言葉、人間には「気品」が要るを、最後には理解しようとしたし、また理解している。「自分自身に対する敬意」と、ボストンは言ったように記憶する。人間としての自覚と言えばいいのだろうか。彼は、最後にそれを実行する。そこには、被害者と加害者の信頼が存在していた。そして、警察に囲まれ、挙げた手は、「ホールド・アップ」の手であると同時に、「人間性を回復したことを誇らしげに挙げた手」に見えた。もう、ここで、号泣の黄紺だった。素晴らしい言葉が散りばめられている、素晴らしい作品が、アフリカから現れたものだ。
 そして、夜の部が、GW最後のお出掛けとなったのだ。繁昌亭の普通の夜席に行ってきた。仁智がトリをとり、三象、遊方らが出るのを楽しみに選んだのだ。その番組は、智之介「寄合酒」、吉弥「刻うどん」、三象「真心タクシー、おじんタクシー」、楽珍「こんにゃく問答」、(中入り)、遊方「パンチ、パンチ、パンチ」、朝太郎「手品指南」、仁智「スタディ・ベースボール」だった。智之介の開口一番は、もったいない、また、感じてしまった。吉弥も、こんな位置じゃないところで、じっくり聴いてみたい、そういった組み方をしてくれないのが、東京の寄席と違う部分。吉弥を評価するのなら、いろんな位置で、いろんなネタをさせて欲しいものです。三象様は、この日はマクラを控え目。だから、あまり「様」付きで言うのは、しっくり来ないが、きっちり以上に、ネタで、客のハートを鷲掴みしてました。そして、存外に良かったじゃないかって言い方をすると失礼な話しだが、楽珍のこのネタ、めっけもの、花◎付きの。ちょっとぶっきらぼうな口演が、このネタにぴったり。遊方は、定番ネタ。あとから出た、仁智からは、「噛みすぎ」との厳しい声が上がってましたが、ポップなネタは、いい膝替わり。そして、トリが、お待ちかね仁智。野球にクイズを取り込んだという発想に、阪神いじりが、受けに受けまくる。これも、ここで聴けて、とてもラッキーな印象を持ちました。
 週明けに入って、なんとなく新年度当初のような疲れ方。一因に、遊びすぎというのもあるだろうが、GWは、それくらいしないとなと思うと、疲れからくる現象は、ひたすら我慢するだけだ。週明けの7日(月)は、そのままお帰りという、珍しい日となったが、だからと言って、家で何かしようじゃなくって、却って早くからダウンしてしまい、何もできないで、朝を迎えることが多い。
 で、8日(火)は、谷町6丁目の薬業年金会館の5階和室であった「笑いのタニマチvol.71〜笑福亭仁智の新作落語道場〜」に出向いた。この日は、わりかしいい落語会が揃っていたが、わりかし迷うことなく、こちらを選んだ。番組は、たま「ホスピタル」、仁智「四十九日」、あさ吉「夢組」、仁智「裏日本旅行社(とでもしましょうか?)」だった。たまのこのネタ、ようやく出会えました。ホラーものだとは知らなかった、なんか全然違う話を聴いたって感じで、新鮮でした。このあと、どないなるん? いったいどういうことやってん?というところで、笑って済まされないよと、落語であって落語じゃないみたい。仁智の「四十九日」は秀逸のネタ。仁智ベストに入れてもいいくらいのネタです。四十九日に集った兄妹のいがみ合いが、噺のベースで、これが、仁智ペースで、どっかーんの連続なんだけど、終盤になると、逆にしんみりとさせてしまうネタ運び。こんな展開は、落語ではあまりないし、ましてや、仁智の新作物でも希有のもの。それが成功しています。ホント、もっといろんなところでかけて欲しいネタです。「裏日本旅行社」というネタ下ろしは、ま、伯鶴の「ばあちゃん旅行社」風のネタ。ちょっと途中怪しいところがあったが、オムニバス風落語にはうってつけの設定ですから、これも、練り上げをしていけば、完全に残せるネタです。いえいえ、今でも、十分商品となるネタと看ました。あさ吉のネタは、掛取り風ネタと言えばいいか。小学校の生徒に夢を語らせると、生徒のなかに、義太夫好き、歌舞伎役者志望者、宝塚を夢見る女の子がいるというもの。擬古典的新作、もっと、間に、趣の異なる生徒を入れると変化が出るのにと思いました。
 9日(水)は、天満橋の双馬ビルの6階であった「南華講談 はたちの会」へ行ってきました。ビルの中で、密かに講談を聴けるありがたさを噛みしめたものとなりました。番組は、南華「真・宮本武蔵」、仁勇「貧乏花見」、南華「復讐奇談安積沼 その壱と弐」だった。とにかくお目当ては、「復讐奇談安積沼」。こないだ、ワッハ4階で、「その壱」だけ聴いて、続きを聴いてみたくなったのです。そしたら、うまい具合に、すっぽりと空いていた。絵姿に恋煩いした娘のためを思い、その絵のモデルの男を探すなかで、その男の数奇な運命が浮かび上がってくるという構造。男の運命も、まだ、序のようで、このあと、江戸に出て行って云々となっていくそうで、ますます聴きたくなっちゃいました。そして、最後には、絵姿に恋をした女と結ばれるという数奇な物語だと、南華は言っていました。こうなると、ますます続きを聴きたいです。
 10日(木)は、もう、かなり疲労がたまってきており、きついお出かけとなったが、ワッハの4階であった「つくしんぼ落語会」に行ってきた。充実の一途を辿る桂つく枝の勉強会だったが、それを知ってか、多くの客が詰め掛ける会の一つだ。この日も、後ろに、椅子が並べられたが、そのスペースに全部が広げられてなかったら、今日は、少ないぞと思ってしまうほどだ。で、番組は、風喬「つる」、つく枝「延陽伯」、壱之輔「餅屋問答」、(中入り)、つく枝「莨の火」だった。お目当ては、当然のごとく、最後の「莨の火」。ちょっと前の「お文さん」と言い、染丸系で文枝に受け継がれていった大ネタを手がけてくれることに、大感激だ。そして、先代染丸を髣髴とさせる風貌が、つく枝をして、噺の面でも、いい影響を及ぼしてくれてる感じがしてしまう。ふくよかな食の旦さん、なんとなく、人の良さそうなお大尽、もう、万全と言っていい。「延陽伯」の方は、風呂場で、ぬか袋をを使う場面をカットしたり、火をおこすところでショートカットをしたりしての口演。「お公家女房」を聴き慣れてしまってる最近の黄紺には、なんとなく懐かしい気持ちにさせてくれました。誰を演じても、くったくのない隣の善人という感じを与えてくれるのが、つく枝落語の特徴です。そして、久しぶりの風喬、賞を取った雰囲気はあるんだけど、「つる」というよくある前座ネタ、どうなんでしょう? あまり話し込んでないという印象を持ってしまったのですが。風喬にとっては、そういうネタなんでしょうか? 壱之輔は、こういった大きめのネタを聴くのは、初めて。これから、こういった機会が増えていくんだろなと思いつつ、でも、このやりとり、壱之輔で、以前聴いた「平林」と同じやんと思ってしまったのです。こういったネタになると、やっぱ、キャラが濃くなってくるので、そないなカラーを出さないと、前座噺の域から抜けられないのでは思ってしまいました。
 もう限界近く疲労が溜まってきていた11日(金)、南湖の講談会に行くか迷った末に、京都の四条京阪近くの「北座 染屋町寄席」に行った。都丸の「口入屋」を目指したのだ。このネタがトリで、あとは、さん都「みかん屋」、まん我「お玉牛」、鶴二「宿替え」という番組だった。こうして、今、書いてみると、さん都が、一番印象に残ってる不思議さよ、だ。まん我は、春団治に稽古をつけてもらったときのエピソードが残り、鶴二は、他流試合をしてるって感じで、ちょっと控え目な物言いが残ってる。しかも、もう新しい家に移ってから、釘を打ち出す直前からの口演だったので、余計に印象が薄いのかもしれない。そんなで、トリのお待ちかね都丸、、、ここで、ダウンしちゃいました。もう、限界。一体、何しに行ったんだぁと、自分に突っ込んでみても無反応なほど、お疲れです。
 なのに、土曜日は出勤だったのです。それが、午前中までのはずが、あれれれ、職場を出たのは、3時半。そこまで、お仕事、がっちりばっちり、もう、あっかん。しかも、2時40分から観る予定だった映画は、お流れ。ようやく5時上映開始に間に合いました。場所は、京都シネマ、映画は、「サンジャックへの道」。ル・ピュイからサンチャゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼の旅というロード・ムービー。黄紺は、この巡礼路だけでも観れれば、十分だったのです。アラブ系の少年2人を、メンバーに加えてたり、遺産相続をするためには、この旅を完遂しなければならない仲の悪い3人の兄弟(内1人の女がおもしろい)などと、工夫が施してあるの が、いいです。そして、お決まりの旅の果てには、寝食を共にした者たちの満足が待っている。でも、いいのです、この映画。巡礼路を辿るにしては、随分と、カトリックをこけにする表現が出てきて、これが、笑わしてくれます。そんなのがあったりで、細かく細かくエピソードを綴り、一つ一つは深追いをしないのが、旅の感じを醸し出してくれます。ハートウォーミングな佳品です。そして、一旦家に戻り、夜9時半上映開始の映画「クロッシング・ザ・ビレッジ」に備えました。今、ファーティフ・アクンの映画が3本、京都みなみ会館で上映されてます。その中に、この映画も含まれていたのです。オルハン・デデやセゼン・アクスも出てくるんだけど、黄紺的には退屈だったのです。今、ネット上のラジオをかければ、トルコの様々な音楽を聴けるじゃないですか、それをあらためて紹介されてもなの気持ちになってしまって、疲れも手伝って、ボーッとしたまま終わってしまいました。ただ、客は多くはなかったけれど、終わった途端、この映画のサウンド・トラック盤を買う行列ができてたってことは、それなりの評価をされてる方がおられるんでしょうね。
 そんなで、ようやく1週間を振り返ることができました。かなりの疲労が溜まってるにも拘わらず、持ち帰り仕事の山に潰れそうな黄紺です。




2007年 5月 5日(土)午前 8時 44分

 GWも終盤だと、TVのニュースをつけてると言っている。段々と盛り下がる言葉だが、いえいえ残りの日々を楽しまなくっちゃと、気合いを入れ直す朝です。だけど、黄紺は、今日は、仕事なんだよねぇ。しかも、振り替えなしの。そんなの世間で、考えられます? そんな仕事やってます。だから、完璧に残るGWは、明日、1日。ま、今日は、11時半までに、職場に行けばいいので、ちょっとはましかと言うのが、気休め。小さな気休め、です。情けねぇ〜。そないなことがあるので、昨日は、朝・昼・晩のお出掛けメニューを考え出し、実行に移したら、「+1」が付いてきたから、おかしい。
 まず、先日の染弥の会で、招待券をいただいた「ベルギー王立美術館展」に行く計画を立てた。美術館・博物館通いでは、実は、今、一番行きたいのは、民博なんだけど、開催期間が終わるのが、「ベルギー王立美術館展」の方が早いということで、今の間に行っておこうの算段だ。おかげで、国立国際美術館に初めて行くことができた。昔の阪大の跡地だと、頭の中にインプットされてはいるのだが、長い間、あの辺には行ったことがなかったので、距離感を掴みかねたんだけど、淀屋橋駅から歩いてみた。そんなに遠くないですね。で、肝心の美術館展なんだけど、正直言って、期待するものの数は少ないだろうの予測だった。だから、中に入るのも、開館後すぐではない時間を選んだ。そして、その予測は、当たった。ブリューゲル親子、ヨルダーノス、ルーベンスが僅か、そこから、静物画が出てくるまでと言ったら、それも僅か。その後は、風景画をチェックしたあとは、流しながら観るというパターンは、ヨーロッパの美術館に行っても定番。ですから、それに要した時間は、30分弱。せっかくだから、ブリューゲルをもう一度観に行くなんてことをしていたら、なんと、昔の同僚とばったり。そんなで、午後の部に行くには、時間があったこともあり、久しぶりなんで、また、頃合いの時間でもあったので、福島駅近くまで歩いて、昔話をしながら食事を摂りました。ぶらっと入ったお店、わりかし、いいスパゲッティ屋さん。思わぬ副産物でした。
 阪神福島駅上で、その元同僚と別れ、黄紺は、西梅田に回り地下鉄で、四ツ橋駅へ。29日の夜に行った心斎橋シネマートへ。「韓国アクション映画フェスタ」の上映作品を、あと1本でもの気持ちで行ったのだ。落語会を、1つ削ったわけだが、落語会常連さんのブログを眺めてると、外しても大丈夫だったことを、昨夜確認して、心斎橋プランは失敗ではありませんでした。ここで観たのは、「相棒」という映画。韓国で、かなりの動員を果たし、海外でも引き合いが多い作品との触れ込み。「フライ・ダディ」に比べると、客は、そこそこ入っている。黄紺は、韓国アクション映画というくくりを、よく知らないのだが、ま、韓国映画だから行ってみようのノリで、行ってみたのだ。この映画は、香港映画から始まり、最近では、タイ映画なんかでも、かなり評判をとるものが出てきている、そうそうインド映画にも、その風潮が入っているのですが、格闘技のスーパーな技を見せるというジャンルの映画だと思っていただければ、いいかな。特に、スタントマンを使わず、体を吊り上げたりしないで、俳優自身が、アナログ感覚で技を見せるのが、すごいと思われるみたいで、この「相棒」という映画も、まさに、その類に入ると言えるでしょう。だけど、ストーリーは、完全にやくざものと言えばいいかな? そんなですから、それはそれと分かって観に行く向きには、いいかも? 韓国映画の、ちょっともったいぶった表現とか、そんなのには向かないジャンルですから、自分的には、時間があれば、こないなのもいいかなという程度だったのですが、韓国でヒットしたり、海外でも評判をとっているのは、そのアナログ感覚のアクションなのでしょう。
 夜の部まで、ちょっとだけ時間があったので、「大十」に寄ったのだが、またしても、気になる「トルコ・アイス」のお店。前を通らねば「大十」に行けないので通ると、お客さんが待っている。場所がいいこともあり、流行ってるみたいです。「大十」は、落語のCDを、一番たくさん置いてるCD屋さん。昨日は、さん喬の「品川心中上下」を買い求めました。そして、近鉄電車で鶴橋へ。前日の悲劇も忘れられない雀のおやどへ。雀々が出る、出ないで、こうも混み方が違うのか、いえいえ、前日の混み方に愛想を尽かしたのか、とにかく、この日は、ゆっくり聴くことができました。で、番組は、雀太「さぎとり」、あやめ「ちりとてちん」、千朝「質屋蔵」、雀三郎「ちしゃ医者」でした。千朝が大ネタを出したので、雀三郎は控え目。あやめのこのネタは、「育っちゃった」に続いての遭遇。あのときは、後半、ちょっと居眠りをしてしまったので、後半が、新鮮だった。前にも書いたが、芸者と旦さんというシテュエーションは失敗なんじゃないかと思ったのだが、それは前半まで。後半に、その設定の妙が隠れていた。「ちりとてちん」の命名に、実際に鳴り物を入れる。また、入る必然性が、「お茶屋」という設定に無理がない。また、知ったかぶりをする姉さん芸者が、長崎にいたことがあると言い張ることの理由も、必然性がある。嘘に必然性があるというのは変だが、そういった嘘が出てきても、端からバレバレとは言えない嘘なのだ。「ちりとてちん」の箱書きをしてもらう書道の先生というのも、うまい設定。その先生が描く「唐子」の絵。ここいら辺に、神経集中して作ったなと、了解です。だけど、なんか、しっくり来ない。人物設定がだ。千朝は、丁寧すぎると思えるほどの語り口。だから、安心感、抜群。それをひっくり返すネタを出すとは、雀三郎も、心憎い。星に願いをかけるヴァージョンは、2度目なんだけど、誰だったろう、この型を出したのは? 昨日の口演で、咄嗟に思ったのは、これは、雀三郎の型なのかだったんだけど、さて、当たってるのでしょうか?
 とまあ、朝・昼・晩、頑張りました。移動距離は短いんだけど、内容的に変化に富んでるのが、自慢の1日ということでしょうか? GWも、あと2日です。でも、今日は、、、。ぼやいても、仕事に行かねばなりません。なんて、こったぁ。




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