2008年 11月 1日(土)午前 9時 45分
昨日は、芝居デイとなってしまいました。仕事関係で、1本芝居を観た上に、気が付けば、その同じ日に、黄紺自身が、芝居のチケットを買っていたのでした。昼間の芝居は、劇団往来の芝居です。社会問題をテーマにした芝居を演じ続けている大阪の大手の劇団です。「赤いハートと蒼い月」という芝居で、視覚障害者の日本人が、中国で日本語指導員として活躍されている姿を芝居化したもので、日中の様々な問題が込められている芝居です。とても平易で、且つ、音楽劇という様式をとっていますので、随分とインパクトがあり、演劇初心者にも、芝居の良さなんかに目が行く作品かと思いました。黄紺は、こういったテーマ性のためにあるような芝居は、個人的には好まないというか、自前で身銭を切って観には行かない芝居です。送り手が、受け手に対して、拘束度の高いものは、そういった芝居の存在を否定するわけではありませんが、受け手の自由度の高くない芝居は好まないというだけです。そんな芝居を昼間観て、夜は、そうじゃないだろ、いや、そうじゃないかもなという思いで、こちらは、身銭を切って、芝居を観に行ったのでした。
売り込み隊ビームという大阪芸術大学の出身者で作る劇団の公演を観に行ってきたのでした。「森のゴムドン スペシャル・エディション」という芝居で、場所は、地下鉄恵比須町駅上にあるインディペンデント・シアター1stです。以前、桂しん吉が落語会を開いたことがありますので、初めての場所ではないのですが、本来は、小劇場で、芝居をするスペースで、芝居を観るのは初めてとなります。座席は、50はいってるだろう程度の規模です。芝居は、森にさまよい込んだ人間に、妖精や豹などの生き物が話しかけていき、とんちんかんな会話が進んでいきますが、人間の男は、一緒にきた女が、一人で森の違った場所に入っていったので、行方を聞こうとしますが、とんちんかんな会話しか進みませんから、なかなか拉致があきません。そんなやりとりが、かなり進んだところで、今度は、最初、女を探していた男を探す男が現れ、またしても、妖精らとのとんちんかんな会話に戸惑いますが、その内に、自分が探し求める男が、半妖精化して現れます。探していた彼女が死んだことを知り、その記憶に耐えながら生きていくくらいなら、森の中の生活を求め、妖精の仲間入りしていたのです。必死に元に戻そうとする男、だが、それは難しいのです。ゴムドンという妖精の発した呪文で、妖精化した男は、絶命します。やがて、森の支配権を握ったうさぎ上がりのホワイトは、農業の知識を生かして、森の開拓を進めるのですが、その収穫に喜ぶ歌の中で、ゴムドンが、死に至る呪文を唱えてしまい、森の支配者についていた者たちは亡くなり、当のゴムドンは、「やっちゃった」みたいな感じで終わりました。自然、人間という解りやすい二項対立の設定に見えるのですが、自然界の生き物の間に、支配者がいたり、選挙があったりと、人間の論理がまかり通っていたり、挙げ句には、森の開拓に乗り出したりと、その二項対立が浸食しあってるような描き方があります。人間が、森の中を彷徨い、人間の論理で、自然を守ろうというのも、そういった意味では、浸食の例なんでしょう。だけど、最後は、ゴムドンの、意図しない、何気なく言ってしまった呪文が、そういった人間の論理、人間の論理を謳った生き物を死なせてしまう。そして、妖精ゴムドンが見栄を切る。自然って、こんなだよっていう見栄だって見えました。という芝居だなと思ったのですが、観ていて、おもしろいと素直に思えたかというと、ちょっと物足りなかったですね。
土曜日の朝、明日、明後日が休みじゃないため、ゆっくりしすぎたのか、寝過ごしてしまってます。ま、夜中に目が覚め、酒を呑んで寝ようとしたら、今度は、寝過ぎてしまいました。ちょっと、今日の予定は狂ったのですが、睡眠をとれたことは喜ばないとね。
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