忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2008年 11月 30日(日)午後 10時 50分

 今日は、昼間に芝居を観て、夜は映画を観るという予定を立てました。芝居の方は、JR伊丹駅前にありますAIホールで行われました「芝居流通センター デス電所」という近畿大学の卒業生で作っている劇団の芝居を観に行ってきました。それなりの集客力を見せてきている劇団と、黄紺の頭にインプットされていましたので、最近、若干芝居回帰をしていますので、行ってみようの気になしました。AHホールは、3年ぶりくらいになるはずです。どこかの知事は、大切な文化施設をつぶしにかかっていますが、伊丹は頑張ってくれています。そんなで、今日の公演ですが、「ヌンチャクトカレフ鉈鉄球」という芝居でしたが、正直観ている間に、とってもめっけものに出会ったという印象を持ってしまい、ちょっと興奮しながら観ていました。ところどころ下ネタが出てくるんだけど、役者がうまい、スピード感がある、SFっぽい要素を入れてはいるのですが、台本が、かなり凝ったものである、そんなところに、目が釘付けになってしまいました。「家族は、世界には、私たち3人だけよ」という言葉で、事実上始まるこの芝居、その言葉が、徐々に明らかになっていくという話と言って、いいかな? いじめたり、いじめられたり、そういった嫌な記憶は、その相手を、存在しないものとして無視をすること、究極的には、自分たちだけが、世界に存在していると考えることにより生きていくとよいと、ちょっとアジテーター的なメッセージに辿り着くまでの芝居です。いや〜、こないにいい劇団に、今まで触れてなかったことが悔やまれます。これからは、きっちりと情報を追いかけておきたいと思いました。
 伊丹から、JRで、梅田まで移動。時間調整のために、昨日同様、東梅田のネットカフェに行きました。昨日が、59分の利用、今日は、36分で済みました。今夜も、心斎橋に行き、台湾映画を観てきました。今日は、「Tatoo-刺青」という映画でした。どうも、今日は、話の展開の重要なところで、ダウンしてしまいます。ですから、因果関係なんかで、混乱をしてしまい、正確に筋立てを、自分の頭の中で構成できなくなってしまいました。主人公は、出会い系サイトを、自ら運営するちょっとアブナい女の子。その女の子が、刺青に興味を持ち、その店を訪ねると、刺青師が、かつて憧れたお姉さんだったということ で、二人の愛が進むのですが、この刺青師の女性は、台湾大地震で、家が倒壊したのみならず、家族を亡くし、生き残った弟は、心に大きな傷を持ったままという設定になっており、それが、二人の行方に、某かの事件を巻き起こすと言って、大きな間違いではないと言っていいかな? そないなあやふやな掴み方は、ひとえに寝不足のせいです 。目の前で、目まぐるしい動きがある場合には、ダウンする確率は、とっても少ないのですが、今日は、そういった意味では、絶不調の日となりました。
 昨夜は、 土曜日の夜だということで、遅くまで韓国映画のDVDを観ていました。「オオカミたちの誘惑」という映画です。2大スターの共演という映画で、わっ、すげぇって感じで借りたものです。チェ・ジウとの共演で、チェ・ジウをおばさん顔に見せてしまい、また、「最高のパートナー」では、アン・ソンギと親子を演じたチョ・ハンソンと、「彼女を信じないでください」「デュエリスト」「私たちの幸せな時間」、そして、最新作「M」に出ているカン・ドンウォンの共演なのです。ともに、チンピラまがいの高校生役ですが、カン・ドンウォンはいいとしても、チョ・ハンソンは無理があります。チェ・ジウをしておばさん顔に見せてしまった顔が、カン・ドンウォンやイ・チョンアを前にしては、完璧なおっさん顔です。そんなのが、まず、失望を誘います。筋立ても、はっきり言って駄作。幕開けの人物配置と、基本的に、何ら変化を見せない展開に苛立ちがつのります。とってつけたようなどんでん返しは、観る者に冷ややかな目しか生まないと思います。一人の女を取り合うイケ面で、でも、チンピラまがいの高校生の物語です。引く方は、カン・ドンウォンの方。その動機に、最後のどんでん返しのつもりで用意されたものがあるのでしょうね。でも、筋立てが平々凡々ですから、ラストのプロットが、1度出されただけで、想像がついてしまいます。とまあ、自分的には、韓国映画にあるまじき質だと思っているのですが、一つだけ、いいことがあります。イ・チョンアが、いいのです。公州からソウルに出てきた、ちょっと優柔不断な女の子が、見事にはまっています。そんな風な性格付けにせよ、男どもの縦横無尽の横暴な言質、これって、とっても韓国の古典的な儒教風の男女関係じゃないのと思ってしまえるのですね。これが、失望を誘うのです。まだ、そんな映画撮ってるのって感じがして。そんな枠内での女を、現代風にアレンジして演じるイ・チョンアは、とっても魅力的な素材だと思えました。




2008年 11月 29日(土)午後 11時 11分

 今日の土曜日は、全面休みだということで、「だんだん」を、1週間分まとめて観ることができました。これで、多い回のになると、4回観たなんてのが出ました。ただ、今日の場合は、持ち帰り仕事をしながら観ていたのですが。そして、お出かけは、ちょうど12時から。まずは、梅田の太融寺に向かいました。久しぶりです、太融寺。かつては、噺家さんの勉強会のメッカだったのですが、改築されてからは、使用料が高くなったみたいで、落語会は、集客力に自信のある人が開く程度に、激減しています。今日は、米朝一門の正統派「第49回千朝落語を聴く会」がありました。本坊全体を使って会をするのは、この人くらいじゃないかな? 今日は、ゲストが米団治ということもあり、大変な混みようが予想されましたので、早めに行きました。そしたら、開演30分前にもなっていないのに拘わらず、長蛇の列。受付は、くまざわあかねさんが、お手伝いされていました。そう言えば、前に来たときもそうだったなと思い出しておりました。で、番組は、ひろば「道具屋」、千朝「三十石」、米団治「胴乱の幸助」、千朝「蔵丁稚」でした。千朝の今日のネタを見ると、吉朝との二人会を思い出 します。千朝の今日の二つのネタは、ともに、その会で、千朝がかけたネタですね。「三十石」は、ほとんどフルヴァージョンでした。口演時間も、50分ほどあったでしょうか、千朝も、このネタを全部手がけるようになっていたのですね。ただ、黄紺は、5時に起きたままだったものですから、伏見街道に入ったあたりから、お女中の乗り込み直前までダウンでした。最後は、枚方の民謡を3つ唄ったあと、泥棒が、一旦、船を降り、逃亡を図るのですが、上りの船に乗り換えるのを読んだ船頭の機転で、下り船を上り船に見せかけ、その泥棒が乗り込んできたところを取り押さえて、「三十石は夢の通い路」で終わりました。あとは、どうなるのでしょう、まだ、「三十石」の下げを聞いたことのない黄紺なのです。「蔵丁稚」は、芝居噺。千朝の場合、声が軽いからでしょうね、判官さんなんかが出てくると、位とか、その辺が、ちょっと物足りないかな? 米団治の「胴乱の幸助」は、自分的には、初物。自身は、襲名披露ツアーが、一昨日で終わったところ、客は長編落語を聴いて疲れてるところ、お互いリラックスしてやりましょうで始まりました。すっとぼけた味、街のぶいぶいいわすおやっさん、そんな雰囲気を出そうという気持ちは伝わってはくるのですが、ちょっとした気品が邪魔して、米団治の場合は、下卑た感じが出にくいですね。浄瑠璃も、決まりそうで決まらない。でも、作品の持つパワーは伝わっていたと思います。となると、何が良かったんだろうと考え込んでしまいます。米団治オーラっていうやつなんでしょうね。最後になりましたが、前座役のひろばが、よくなりましたね。善さんの頭を鷲掴みにして禿げた部分を確認するというデフォルメ技を見せたかと思うと、木刀の場面で、道具屋の腰が引けてたりと、高度な写実技を見せたりと、ええもん見せてもらったと思いました。若手が、ちょっとした間に変わる、化けるというやつですが、そんなのを確認すると嬉しくなっちゃいます。
 落語会が終わってから、時間調整のために、東梅田駅近くに、最近見つけたネットカフェで、ちょうど1時間、時間調整。夜は、心斎橋シネマートに回り、今日から始まった「台湾シネマ・コレクション2008」に行きました。晩ご飯は、ここへ行けば、定番の三津寺前のラーメン屋。今、一番おいしいと思っているラーメン屋さんです。今日の台湾映画は、「シルク」というサイコ・スリラーもの。不思議な現象が起こるビルで、重力の概念を否定する日本人科学者が、子どもの幽霊を捕獲しています。この江口洋介演じる科学者は、何かの国家プロジェクトを負っているようですが、観ていて、も一つ、それがどういうことか分かりませんでした。で、その捕獲した幽霊が、日々、決まった行動をとるので、そのわけを探るために派遣されてきた男が主人公というわけなのですが、その幽霊が、その存在に気付くようなことがある人間に攻撃的であることから、その特殊任務を受けた男との抗争が始まります。一方、日本人科学者は、どうすれば幽霊になるかを研究しており、そのために、重力の概念を否定する研究からのアプローチを試みているということらしいのです。この映画は、幽霊に勝つ方法を見出しません。ですから、主役の男はやられてしまうはずだったのです。そんなでラストに入っています。こういった映画は、この映画を成り立たせている知に同化しないと楽しむことができませんが、それが苦手な黄紺の頭はフル回転。ついて行っていたかどうか、観終わっても不安なままです。そんな黄紺でも、恐いというのは分かりますから、ドキッとしたり、あっと声を上げかけたりと、きっちりサイコサスペンスものを楽しんでいたのであります。映画が終わって、外に出ようとすると、黄紺を呼び止める声が、その声の先に、お久しぶりのトルコ友だちが。トルコ関係以外でお会いするなんて思いの外でしたので、お互いびっくりし合っておりました。結婚話や出産話など、いろいろと教えていただきました。考えてみれば、おめでたいお話ばかりでした。




2008年 11月 29日(土)午前 6時 32分

 昨日は、週末を迎えて、かなりハードな1日を送りました。なんせ、前日の夜中の2時に起きたまま、眠ることができず、そのまま仕事に向かったものですから、きつかったです、ホント。そんななか、こないだの日曜日以来の落語会に行ってまいりました。吉朝の弟子で、有望と考えられている佐ん吉の勉強会「ビバ☆佐ん吉」に行ってまいりました。場所は、ワッハの4階です。今まで行きたくても、不思議と、他の用事などとバッティングして行けなかった会です。昨日の番組は、佐ん吉「阿弥陀池」、吉の丞「蟇の油」、佐ん吉「犬の目」、(中入り)、佐ん吉・吉之丞「トーク」、佐ん吉「くしゃみ講釈」でした。普段、高座によくかけるネタを間に挟んで、ネタおろしと思われる「阿弥陀池」を前に、そして、トリネタを最後に配した番組構成。「くしゃみ」は、初めてじゃない口振りでした。「阿弥陀池」は、便所に貼った新聞紙は登場せずで、ま、最近では定番ですが、入り方も、ちょっと変形。新聞紙を隠すという行為は出てきませんでした。もっと大きな変形は、最初、訪ねる家では、あまりボケない。西宮には連れていかないし、夜這いもしない、ちょっとあっけなさ過ぎ。そういったコンセプトで、誰かやってたっけと考えてみても思いつきませんでした。殺される米屋の手伝いの名前も違ったし、よくわかりません。総じてスピード感はあるんだけど、このスピードに、常のボケ倒しを聴いてみたかったなとは思いました。「くしゃみ」も、最初から最後までが、僅か、22分でした。講談の部分の速かったことったら、速すぎです。あまりにも軽い難波戦記にびっくりでした。明るいキャラが、そのスピードにマッチし、聞きづらいということはありませんが、そないに急いで、どうするのと思うスピードでした。吉之丞は、初めてノーを唱えねばなりません。安定した語り口で、本格派の呼び声のある吉之丞も、酒の酔い方が、よくありません。一所懸命に酔おうとしていますから、聴いていて、演じようという心根が丸見えです。それに、酔い出すと、噺家口調が崩れ、タメ口っぽい台詞が、何度 も出てきたのはいけません。元の型をなぞることにより、酔っ払いの口調を、口に覚えさせるということからやり始めた方がいいかな? 香具師の、酒を呑まないときの売り言葉、これは、とっても満足だったもので、惜しまれるところです。二人の対談は、米朝宅での修行時代の思い出話がおかしかったな。ちょうど、同じ時期に、二人は、内弟子修行をしていたのでした。
 仲良し二人だけで、お手伝いもなしということで、気心の知れたほんわかムードで、いい会なんですが、佐ん吉の親戚筋なんですかね、噂には、そういった人たちが詰めかけるということは知ってましたが、開演前の喧噪、子どもがむずかる雰囲気はいただけませんね。これは、主宰者の責任かと思います。一般客に広めていかなければならない逸材だと思っていますから、こないな雰囲気作りは感心しませんね。とまあ、アンケート用紙にでも書いておけば良かったと後悔の黄紺です。




2008年 11月 28日(金)午前 5時 12分

 11/26(水)と11/27(木)の両日は、人にもらった芝居のチケットがあったことはあったのですが、黄紺好みでなかったために、結局行かずで、家に直行。そうなりますと、晩酌で、お酒を、ちょっとだけ、多めに呑むものですから、早めにダウン。そして、夜中にお目覚めパターン。今夜は、2時丁度に、目が覚めてしまいました。これは、辛いものですから、夜中に、もう一度お酒っていうパターンです。うまい具合に、ガラタサライのUEFA杯の試合がある夜です。日本時間で、午前3時が試合開始だったもので、その前に、借りてきてありました韓国映画のDVDを観ようとしたところ、これが、おもしろくって、最後まで観てしまいました。慌てて、ガラタサライの試合を聴こうと、Show-Radyoをつけた途端に、均衡が破れ、1点を先制されてしまいました。メタリスト・カルキフ(ウクライナ)というチームに、トルコのクラブは、相性が悪いですね。ベシクタシュは、ウクライナで惨敗しましたしね。
 観続けてしまった韓国映画は、「ザ・ブライド 花嫁はギャングスター2」。「花嫁はギャングスター」シリーズの第2作です。第1作と、この第2作は、シン・ウンギョンの主演。データを調べてみましたが、他の作品では、黄紺の頭に入っている作品には出てないですが、この映画はシリーズ化されてるだけに、単純におもしろい。アハハ、ギャハハで観れる作品で、好きなのです。ですから、ガラタサライの試合を放っておいて観てしまった次第です。でも、この映画は、花嫁にならなかった。これは、残念です。筋立ては、ヤクザの組長役が、主役のシン・ウンギョンの役柄。他の組との抗争中、ビルから落ち、記憶喪失となってしまうという記憶喪失ものでもあるのです。そして、それを助けた中華料理店の出前として、住み込みで働いています。記憶を戻してもらわないと、話が元に戻りませんが、その役割をするのが、中華料理店のあるシジャン(市場)の再開発。地上げとして、ヤクザが横行。それがきっかけとなり、記憶が戻っていき、再び抗争に立ち返っていきますが、家族同様に過ごした中華料理店の父娘との心の交流が、一方であるという具合です。ありえない話を映画化していますので、結構、おちゃらけのある場面もあり、単純に楽しめて、黄紺は好きなのであります、このシリーズ。そんなで、見終わって、ようやくガラタサライの試合。結局、アリ・サミ・エンで負けてしまいました。トルコ・キラー化してます、ウクライナのこのチ−ム。




2008年 11月 26日(水)午前 0時 3分

 連休明けで、しかも、睡眠時間はたっぷりとれてるはずなのに、1日が終わる頃になると、いつもと同じような疲れ方、疲れた、眠いと思いながら、夜のお出かけは、きっちりとこなしてまいりました。今日は、毎月、谷六の薬業年金会館で行われています「第136回旭堂南海の何回続く会?」に行ってまいりました。この会、今日から、「戦国名将列伝」と称し、新しいシリーズが始まりました。その第1回に取り上げられたのは、「大谷刑部」。日本史に疎い私は、残念ながら知らない戦国武将だったのです。
 南海さんの口演に入る前に、今日は、東京の講釈師さんが出演されました。去年も出演したと言われていましたが、黄紺は、残念ながら聴けてない講釈師さんです。尼崎出身ということで、マクラは大阪弁。普段はしないということをされたためか、ネタに入ってからも、ちょっと大阪弁が顔を出したりしていました。その講釈師さんの名前は、神田陽司さん。先代の山陽門下で、山陽亡き後は紅門下になったということです。ネタは、「川中島の大決戦」。先代山陽という人は、世話物中心で、修羅場読みは、ほとんどしなかったとか。しかも、少ない中で手がけた、このネタを、15分くらいにまとめてしまったと言っていました。それの忠実な再現だということを、何度か挟みながら の口演となりました。そうそう、こないなことも言ってました。先代は、修羅場読みを続けないで、間に地語りを挟みながら、修羅場読みをするのも特徴だったそうです。で、メーンの南海さんの出した「大谷刑部」は、関ヶ原で、石田三成とともに、西軍で戦った武将だということでした。という人だと判ったあたりで、ダウンです。途中で、何度か、気がつくのですが、なんせ、関ヶ原の合戦の推移を知ってるわけではありませんから、どの辺まで来ていて、どないな話なのか、さっぱり解らず、またまたダウンという有り様でした。最後、ようやく、自害をしたあと、その首を、腹心が、家康に悟られないように埋めに行くパートでは、生き返っていましたが、そないなところで、気がついても、時、既に遅しでした。やっぱり、体調が、思いの外、優れないぞの実感は、見事に当たってしまうという情けない夜でした。




2008年 11月 24日(月)午後 10時 34分

 今日は、文楽の夜の部に行くことだけを考えていましたので、朝から家の用事をしつつ、韓国映画のDVDを1本観ました。「私のちいさなピアニスト」という2006年公開の映画です。公開時に観ることができなくて、機会があれば観てみたいと思っていたものです。主演は、「ミスター・ロビンの誘い方」のヒロインを演じたオム・ジョンファです。原題は、「ホロヴィッツのために」ということで、ホロヴィッツを夢見てピアニストになろうとして、挫折をして、街でピアノ教室を開こうとしている女性が主人公です。その近所の暴れん坊の男の子が、ピアノにだけ興味を引くので、試しに弾かせてみると、絶対的な音階の持ち主だと判り、それを育てることにより、自らの挫折を取り返そうとしまう。ただ、この男の子は、母親が、自動車事故の際、身を挺して命を拾った子で、その事故のときのショックが、ずっと尾を引いているという設定。そのため、満を持して出演したコンクールに、ライトを浴びたことにより、事故の状況がフラッシュバックしてしまい、ピアノが弾けなくなってしまいます。挫折からの立ち直りを信じていたオム・ジョンファ演じるピアノ教師。そのため、一旦、その子を放逐してしまうのですが、そうしたことにより、自分の中の、その子の存在を認識して、類い希なる才能を生かし、伸ばすために留学をさせていくという筋立てです。ただ、この映画、くさい、くさすぎるのです。ホロヴィッツをも夢見る女のもとに現れる男の子を育てる祖母は廃品回収業を営んでいる。そして、その祖母が、えらく粗野な振る舞い。女教師も、あまりにも自分の地位、名誉で動こうとする。そして、それに気づく。ちょっと、べたすぎます。子役の男の子の表情も少ないしと、ちょっとかわされた感じがします。オム・ジョンファも、「ミスター・ロビン」のときのような際立ったキャラという感じでもないしと、黄紺的評価は、低いです、この映画。
 そして、今日は、午後からお出かけ。家を、ちょっと早めに出て、お茶の替わりに、日本橋駅上のネットカフェに入っておりました。今日は、文楽11月公演の千秋楽でした。文楽劇場では、落語会や講談会で、お見かけする方を何人かお見かけしました。その中のお一人に声をかけました。と言いますのも、こないだ、どこかの会で、お見かけしたときに「狐火の段」のことをお話しされていましたので、「今日のは初めてですか」とお聞きしたところ、「いえ4回目です」というお答えに、唖然としてしまいました。で、本日の番組は、「靫猿」、 「恋娘昔八丈〜城木屋の段、鈴ヶ森の段〜」、「豊松清十郎襲名口上」、「本朝廿四孝〜十種香の段、狐火の段〜」というものでした。「本朝廿四孝」の八重垣姫が、豊松清十郎襲名披露を兼ねていました。「靫猿」は、狂言の「靫猿」を、そのまま文楽に移植したもの。「勧進帳」同様に、名乗りから始まり、筋立ても同じです。最後は、狂言会の附祝言で、よく謡われる文句で、文楽も終わります。なんか、文楽の方が明るくて、いや明る過ぎて、非現実的ですね。人間と人形の違いでしょうか? 猿も哀れを誘うという感じがしないし、大名も、わけもなくわめいているっていう感じで、それだけで終わってしまいました。それと、猿曳きは、ずっと手綱は持っておかないとダメでしょうね。「恋娘娘八丈」は、こういった上演をするものなんでしょうか? 「城木屋の段」は、城木屋の娘お駒の困りが描かれるところです。殺すとか、そういった煮詰まった話まではいってなかったと思うのですが、次の段が、いきなり処刑の場には、びっくり。それと、観ていて理不尽でむかっときた展開がありました。好きな男がいるのを知りながら、金のために意にそぐわぬ結婚をさせたお駒の親が、処刑場に向かう場面、また、処刑直前に言う言葉は、娘が殺されたら、なんて悲しいんだろう、ええかげんにせぇ〜、なんか、並外れた論理の飛躍は許せるのですが、こういったの嫌いです。そして、人間国宝の看板を持ってるのですが、綱太夫が出てくるとあかんのです。何を言ってるのかわからないところが出てくるので困ります。となると、次は睡魔が襲ってきますからね。「本朝廿四孝」も、他の段を観てから、今日の二つの段に入らないとダメなんでしょうね。「十種香の段」では、いきなり武田勝頼が死んだの死んでないの話になり、その勝頼が、なぜだか、上杉謙信の館に潜入しているのです。前置きなしで、いきなり、こないな始まり方はあかんでしょう。それとも、文楽というのは、そないなことは、あまり考えないで観る芸能なんでしょうか? 「狐火の段」は、めちゃおもしろい動き多数で、そのまま楽しめるところがあります。八重垣姫が、狐に変身していく部分なんて、主使いと足だけで表現します。いわゆるけれんというやつなんでしょうが、わくわくしながら観ることができました。
 文楽の大夫さんのことが、少しずつ判ってきたものですから、綱大夫は、どうのこうのと書いていますが、切りを任されている嶋大夫が出てくると、正直、わくわくします。住大夫を聴くのに間に合ったこと、これは、自分にとって宝物のようです。NHKの「トップランナー」に出た咲甫大夫も納得です。そんなで、少しずつ文楽になれてきています。今度は、1月公演です。黄紺も、気に入る演し物が出るとなると、1つの公演で、複数回行くなんてこと出てくるかもしれません。「狐火の段」なんかを観てしまいますと、そんなこともありそうって思ってしまうのです。




2008年 11月 24日(月)午前 8時 27分

 一昨日は、早く帰宅して、お酒を呑んで、韓国映画のDVDを観て、夕方6時前にダウンして、目が覚めたら、9時25分、慌てて晩ご飯を食べ、また呑んで、HP更新作業をしていたら、あえなくダウン。フェネルバフチェの試合を聴くともなく聴きながらのダウンでした。これ が、10時40分くらいじゃないかと思っています。次に、目が覚めたのが、朝の5時半。寝るときは寝ます。合計10時間半の大爆睡の夜でした。そのわりには、寝たぞの感覚が薄いです。朝、起きてから、韓国映画を、もう1本観てきてからのお出かけです。繁昌亭の昼席に行き、夜は、南湖の探偵講談を聴きに行くというスケジュールを立てました。
 天満橋のマグドで、慌ただしくお昼を食べ、繁昌亭に向かいました。この1週間は、笑福亭福笑がトリをとる週だったもので、久しぶりの繁昌亭昼席に向かったのでした。整理番号付の繁昌亭のチケット。ところが、130番以前の客は、開場時間には現れず。チケットを買ったときから、おかしな感じがしていたのですが、団体が買い占めたのか? それとも、予めキープされてあったのか、そうは思いたくはないのですが、異様な光景でした。本日の繁昌亭昼席の番組は、喬介「寄合酒」、喬楽「餅屋問答」、伯枝「長短」、笑子「腹話術」、慎悟「世帯念仏」、文太「火焔太鼓」、(中入り)、田渕岩夫「漫談」、福矢「いかけ屋」、団六「つる」、福笑「葬儀屋さん」でした。喬介は、年季明けの開放感を報告して、おなじみのネタへ。テナーが、よく響きます。吃音の男は出さずで、正解。時間が、10分じゃ無理ですね。喬楽は、二番手で「餅屋問答」、正直、びっくり。久しぶりに、「宗論」が聴きたかったのにと、残念な気持ち。時間を考えて、問答申し込みの僧が出てくるところから。伯枝も、お得意のネタ。しつこくならないように、コントラストをとるのは、なかなか難しいですね。その辺を意識していたのでしょうか。ちょっとバランスが悪いところが出てました。袖が焦げているのを、できるだけ後に出さないとあきませんね。噂の笑子の腹話術の舞台、初体験です。歌は、「海」になっていて、ほっとしました。人形は、3体。2体までが腹話術をするというアイデアは、秀逸。貴重な色物の位置を確保していくんじゃないかな? 慎悟は、ベタ過ぎます、何を言っても。場末の演芸場に田舎の客がいっぱいで、その前でやってる雰囲気。口直しは、文太。貫禄、噺の運び、名人と声をかけたくなる、すばらしい「火焔太鼓」。この雰囲気でやられると、「おじゃん」で終わってほしいと思ってしまいました。そして、その下げが使われ、大満足です。田渕岩夫は、タイムリーに、自民党総裁選立候補者の物真似込みでした。麻生首相と、ちーと防衛オタク的雰囲気満載のあの人が秀逸。福矢は、田渕岩夫が、テレビ・ショッピングの話を入れたので、それを受けて、お得意のネタを、マクラで一くさり。ネタの方は、どうも、このネタになると、一本調子に聴こえてしまいます。客席も、それを察知してか、低調。団六は、こないな奥の位置で、なんで、こんな前座ネタを出すのでしょう、理解に苦しみます。ちょっと沈んだ客席も関係ないのは、福笑。「葬儀屋」は、ホントに、バカバカしい兄弟に、突っ込み役の葬儀屋さんの会話に抱腹絶倒でした。
 繁昌亭が終わったあと、南森町のネットカフェで時間調整。晩ご飯は、定番のだるま堂で、これまた定番の、ミニ唐揚げ丼にかけの小で済ませ、JR東西線で、新福島に移動。近くの本遇寺で、2ヶ月に1度のペースで開かれている講談会「第43回名探偵ナンコ〜よみがえれ!探偵講談〜」に行ってまいりました。昨日は、東京の講談師神田京子を迎えての特別ヴァージョン。番組は、南湖「上方膝栗毛〜三十石〜」、京子「森の熊さん」「英語版浦島太郎」「ジャンヌ・ダルク」、南湖「快楽亭ブラック探偵講談〜軽業師武太郎〜」、京子「赤穂義士伝〜南部坂雪の別れ〜」、(中入り)、南湖・芦辺拓「対談」というものでした。「上方膝栗毛」は、先日の続き読みで出されたもの。先日の自分の会では、「矢橋舟」を出すと言ってたはずですが、ネタは変わっていました。が、内容的には、ししネタが入っていましたから、「矢橋舟」っぽい話でしたが。神田京子の一つ目は、短いネタを並べ、もう一つのネタとコントラストを付けようとの魂胆でしょう。南湖曰く、「あれらは、余興でやったはるんでしょうね」という分かりやすく、短いネタばかり。西洋ネタは、先代の山陽が書き残したものだろうということでした。山陽は、芸術落語協会に入っていたので、落語の寄席に出るときように、こういったネタを残したのだろうということでした。また、女流講談師を増やそうと、女性の活躍するネタを書いたとも。「探偵講談」は、洋物を日本に置き換えての作品。父親を殺された娘、協力者を得ながら、犯人を追い詰めるというもの。突然、人が死んだりというわけのわからなさのあるのが気になりますが、講談と思うと許せる感じがしてしまいます。かなり筋立ては込み入っていましたが、同一人物を、ちょっとの間の変身で見逃せないなんてところがあり、ついていけない部分もありっていう話でした。京子の二つ目は、本格的な古典講談。上方でも同じネタはあり、但し、描き方が、大石側からのもので、陽成院や戸田局を中心に描くのは、神田派の特徴だろうとは、南湖の弁。繊細な人物描写、討ち入りの修羅場読み風の語り、ともにとっても新鮮で、東京の若手の講釈師さんの実力をみた思いがしました。この1年、神田派からは、大御所の松鯉、愛山、それに、若手の京子と聴くことができました。嬉しい限りです。
 日曜日の朝、上に書きましたように、お出かけ前に、1本、韓国映画のDVDを観ました。土曜日、早く帰ることになってしまったため、多めにDVDを借りておいたのでした。昨日、観ましたのは、「ラスト・プレゼント」という純愛物でした。主演の二人が、豪華。夫で、売れない芸人役が、「イル・マーレ」「黒水仙」「タイフーン」のイ・ジョンジェ、妻で、赤ちゃん用品の小さな店を営んでいるのが、「チャングムの誓い」「親切なクムジャさん」のイ・ヨンエ。すごいカップルの映画。また、イ・ヨンエは、きれいです、あまりにも。隣のお姉さん的な美人です。調べてみると、イ・ジョンジェより2歳年上でした。そして、ノーメイクじゃないかと思える顔立ち。化粧品のCFに出ていますし、実際、そのCFなんかを見たときとも異なる雰囲気で、そういった演出なんでしょうが、これにより美人度が上がりました。「親切なクムジャさん」を観たときには感じなかった印象です。肝心の筋立てですが、親の勘当まで受け芸人にはなったのですが、売れないのがイ・ジョンジェの役柄。妻は、店を経営して生活は、なんとかなっているみたいなんだけど、うだつの上がらない夫に小言が耐えません。そんななか、詐欺師が、夫のコンビに、テレビに紹介してやると話を持ち込んだり、妻は、夫に内緒で、テレビ関係者の妻に、夫の起用を働きかけかけたりしています。そんなことが続いてるなか、妻が難病で、命が長くないことが明らかになりますが、夫には知らされていません。でも、ひょんなことから、大変な病だということを、詐欺師から知らされるのですが、その知ってることを、妻に言わずに、いろいろと心遣いを見せますが、妻は、夫が知ってるとは知らずに、自分では自分で、夫が、芸人と成功することを願い、テレビ関係者に、お願いに行きます。夫の行為の中で、いいなと思ったのは、小学校の先生と生徒探し。これをやらされるのが、詐欺師たち。そして、ここに重大な仕掛けが用意されていました。その仕掛けが明らかになる頃には、夫が知ってることを妻も知ることになっています。ということは、言わずもがなの展開です。この映画のいいところと言っていい のか、ま、特徴は、あっ、また、「死」というものを控えた純愛物かと思わせておいて、それを、知らない素振りをしたり、また、それを知らないと、相手も思った上でのコミュニケーションが図られ、それが、純愛の証しとなっていくところです。仕掛けが明らかになったときは、ぐっとくると同時に、そういった仕掛けを用意してくれたことに、観る者として、感謝したくなりました。やっぱり、韓国映画は、底が深いです。そして、この映画、善人が多く出てきます。詐欺師の下っ端の強面のお兄さんが、病気を教えるきっかけとなる「ヒョン(兄貴)」と呼びかける決め言葉、いいっすねぇ。




2008年 11月 23日(日)午前 7時 16分

 昨日は、予想外の展開となりました。昨日は、午前中出勤の日だったのですが、いざ、職場を出て、近くの大衆食堂で、お昼を済ませ、最寄りの駅を目の前にしたとき、携帯を、職場に忘れてきたことに気づいたのでした。昨日は、その足で、太融寺に行き、桂こごろうの会に行き、夜は、リサイタル・ホールで始まっています「大阪ヨーロッパ映画祭」に行くつもりをしていました。それが、全部パーです。夜だけ行けばという声が聞こえてきそうですが、リサイタル・ホールというところでの映画っていうのは、とっても見にくいのです。今年は、前売り券を販売していますので、余計に見にくいことが予想されますので、それだけのために行くのは、意欲がわかないのです。そんなで、他に行くところを探したり、ちょっとした散歩でもと考えないわけでもなかったのですが、家に帰り、韓国映画のDVDを観ることにしました。
 これだけ時間があるのだから、2〜3本観れるんじゃと、新たにDVDを借りてきたのですが、結局観たのは、1本だけ。昼間から、酒を喰らいながら観ていたのはいいのですが、おかげで、1本観終わった段階で、爆睡。ようやく起き上がって、晩ご飯。またぞろ、酒を呑みますから、HP更新作業も、ちょっとだけ手を付け始めたところで、ダウン。丁度、アンカラ・グジュとフェネルバフチェの試合をやってましたので、それをかけっぱなしにして、うつらうつら。朦朧とした状態で、両方とも点が入ってないな、終わるときに、アナウンサー氏は、両者無得点引き分けでしたなんて言ってたような、、、朝、起き上がってから確かめますと、その通りでした。また、フェネルは躓きました。アレックスとエムレが出ないと調子いいんじゃねぇのと、意識の遠くなる中で考えたことを思い出していました。その時間あたりから、朝まで直行です。昨日まで、ホント、睡眠時間が確保できてなかったのが、嘘みたいです。おかげで、せっかく借りてきたDVDは、1本だけで朝を迎えてしまいました。
 その観た1本というのは、韓国映画「マイ・ブラザー」。「ブラザー・フッド」のウォンビンが弟、そして、口蓋裂という障害を持つ兄にシン・ハギョン、その二人の母親役に「冬のソナタ」のキム・ヘスクという組合せ。黄紺的お目当ては、ウォンビン。「ブラザー・フッド」では、動的なチャン・ドンゴンの弟という役柄だったのですが、この「マイ・ブラザー」では、弟なのですが、動の役回りは、ウォンビンの方。兄の方は障害があるからと、母親に大事に育てられ、また、勉強でこそやっていくことができると信じて大きくなっていくのに対し、ウォンビンの方は、捨て育ち的に逞しく育っていくのですが、それが、少々枠を越えており、いろんなところで、トラブルをまき散らしていきます。やがて、兄は、ソウル大の医学部に入り、弟はだらだらと、予備校に通うわけでもないという生活をしているとき、母親が、新しく家を買おうとするのですが、不動産屋が不渡りをだし、どろんしてしまいます。金に困っている母親を喜ばそうと、借金の取り立てというアブナイ世界に足を踏み入れる弟。そして、その仕事を、幼なじみの家で行い、暴れまくるウォンビン。でも、その行為の虚しさから、一人で屋台で酒を呑むウォンビンのところへ、帰郷していた兄がやってきます。この場面が、とってもお気に入りです。韓国映画特有のくささを感じさせない、等身大の兄弟の会話になっています。今までの、兄弟関係を振り返り、お互いの人生を確認しあう名場面じゃないかなぁ。突っ張り通してきた弟のウォンビンが心を開き、兄も、自然に語り掛けます。これで、うまく、何もかも行くのかと思っていると、、、、。この屋台の場面がないと、ちょっとステレオ・タイプの兄弟、親子関係かなってところです。母親の、アジュマぶりは、それらしいというか、それらしすぎるのも、ステレオ・タイプと感じてしまいます。ウォンビンは、意気がいいですね。「ブラザー・フッド」の弟役の実直さもいいですが、この荒っぽい役柄も、なかなか見せてくれます。




2008年 11月 22日(土)午前 0時 38分

 今日は、午前中に、ちょっとハードな時間を過ごし、午後からは、のんびりと、時間に余裕があったことはあったのですが、そういったときにこそ、先行きを考えて、ちょっと早めの仕事に、根をつめてしまい、肩こりに加え、目の前が朦朧気味。そないななか、シネヌーヴォまで、ロシア映画を観に行ってまいりました。と言いますと、九条、晩ご飯のお約束は、「宇奈とと」なのですが、ここ3回我慢をしてきましたが、はっきりと、うなぎの味が落ちました。ホントに、これ、うなぎだろうかと思ってしまう厚い肉。あれだけ厚く、硬めだと、正直気持ち悪い。うなぎもどきの、わけありの魚を食べてるんじゃないかとすら思ってしまいます。もう、足は向きそうもありません。
 肝心の映画は、「フルスタリョフ、車を!」という、スターリン時代を扱った作品です。ところがですね、ダウンをしてしまったのです。また、寝る要素の高い作品です。猥雑で、何が肝心な要素なのかが解らない映画なのです。ずっと、そないな雰囲気で、まぜかえしがあったり、ナンセンスな部分多数で、目の前を、全然、私とは無関係よてな映像が、同じノリ、テンポで流れていくために、ちょっとしんどい映画でした、自分的には。そんななか、この映画、こんな映画だったんじゃないかと思いますのは、時代は、スターリンの末期、反ユダヤ主義が吹き荒れますが、瀕死のスターリンの治療に当たらせるべき医者として、ユダヤ人医師が選ばれ、それを明らかにできないために、替え玉が用意され、その替え玉が、ユダヤ人だということで、散々にいたぶられる、そないな筋立てではないかと思っております。なんせ、長々とダウンしていたものですから、自信なんてものは、ほぼないと言えるのは自信を持っているのですが。
 この2日を使って、借りてきましたDVDで、韓国映画「ホワイト・バレンタイン」を観ました。チョン・ジヒョンの初期の作品で、ひょっとしたら最初の主演作品かもしれません(映画では初主演です)。DVDを借りる店は、いつも同じなのですが、今まで置いてなかったのですが、今回見つけましたので、早速借りてみました。で、観てみて、びっくり。相手役が、なんと、パク・シニャンでした。こんな、すごい組み合わせが、その昔、実現していたのですね。地方都市に、本屋を営む祖父と暮らすチョン・ジヒョン。絵を描くのが好きな20歳。その女の子が、町で、わけありそうに見える男と言葉を交わします。一方、ある日、チョン・ジヒョンの部屋に伝書鳩が飛び込んできます。足に短い文が付いています。それに返事のような文を付けて送り返します。そんなで、お互いの存在を知りながら、伝書鳩に託した文の交換相手が誰だか判らないまま時が過ぎていきます。ある日、チョン・ジヒョンは、祖父から聞いていたのとは違う父親の情報を得ます。一方、伝書鳩の持ち主を知ろうとして、相手が、パク・シニャンだと知ります。また、自分の親のことを調べている内に、パク・シニャン演ずる男の名前が出てくるのです。そこまでは、間違いないのですが、そのあとの展開が解せないのです。チョン・ジヒョンの親の問題と、パク・シニャンの関係、いや、パク・シニャンの恋人が、交通事故で亡くなったこととの関係が、黄紺には解らないのです。男は、最後、駅で、チョン・ジヒョンが来るのを待っている風情なのですが、チョン・ジヒョンが、列車に乗ったことを知らないで、しかも、そういった待つという行為をするきっかけとなった絵本をベンチに置いたまま駆け出して行きます。あの最後の場面も、どのように理解していいのか、解らないのです。チョン・ジヒョンに惹かれて、パク・シニャンも出てて喜んだのは、いいのですが、映画の構造が理解できていません。なんか、すっきりしないままです。そんなで、ウエブ上で、映画情報を探してみました。パク・シニャン演じる男と、チョン・ジヒョン演じる女の子の親の問題は関係なさそうです。むしろ、小学生の頃、大人の女を演じて文通をしていた相手が、パク・シニャン演じる男だと判ったことの方が、大切みたいです。となると、とっても淡い恋心です、薄味です。これも、韓国映画らしいです。おじいちゃんの経営する本屋さんの建物も気になるし、チョン・ジヒョンが、ひっそりと佇む池は、扶余の宮南池かなと思うのですが、ちょっと池が狭いかなと思ったりと、気になるロケ地があったりして、これも、韓国映画っぽいですね。肝心のチョン・ジヒョンですが、映画では20歳ですが、実際には、高校生だったとか。「イル・マーレ」以後で見れる姿形とは、ちょっと違います。目がぱっちりです。頬の辺りは、面影があります。何よりも、この人、長めのカーディガンが似合いますが、それは、この映画でもそうですね。そないに考えると、どうしても、「デイジー」で、冒頭、自転車に乗りながら坂を下ってくるところを思い出します。自分的には、チョン・ジヒョン最高の場面だと思っているのであります。




2008年 11月 21日(金)午前 5時 13分

 昨日は、のんびりとした1日でした。こないな日もないとなと、慌ただしかった一昨日と比較してしまいます。で、昨日のアフター5の行き先は、ワッハの4階でした。行きだすと、こちらばかり重なってしまいます。昨日は、「第36回つくしんぼ落語会」があったのです。桂つく枝の勉強会です。番組は、喬介「寄合酒」、つく枝「刻うどん」、三扇「又も華々しき華燭の典」、(中入り)、つく枝「くっしゃみ講釈」というものでした。喬介は、松喬テイストに三喬テイストがブレンドされた「寄合酒」、いつもながらテレが入る口演。昨日は、そ れに対する客席の反応は、もう一つ。「刻うどん」は、最初、「お楽しみ」と出ていたもの。それが、文枝直伝の「刻うどん」となりました。大阪で普通演じられる二人型の「刻うどん」は、文枝に由来するという解説付きでした。文枝が、NHKから請われて、久しぶりに、このネタを高座にかけたときの緊張の高まりや、一緒に出演していた米朝から、「まねのできないもの」という話が、つく枝に伝えられたというエピソードも語られました。つく枝は、入った頃は、文枝から、笑いをとれる噺をすることを禁じられ、根問ものばかりをするように指導されたことは、以前にも聞いたことがありましたが、そのため「刻うどん」などは禁じられていたそうですが、そのNHKの会で、うまくいきご機嫌の文枝に、帰りの車の中で、「刻うどん」をすることを願い出ると、あっけなく了解されたそうです。「古風な型ですよ」と言って、つく枝はネタに入りましたが、冒頭の都々逸のやり取り以外は、二人型の崩さないで演じられるときに、ほぼ似ていますので、そないな心配は無用だったと思います。都々逸のやり取りも、たまが入れて演じたことがありましたから、違和感はありませんでした。むしろ、つく枝の演じ方として、やたら愛想笑いで、噺をつないでいくのは、おもしろくはありません。応対を簡略化してしまうなど、他の方法を考えた方がいいなとは思いました。ゲストの三扇が、こういった個人の会に出るのは、とっても珍しいこと。自らの結婚式司会体験おもしろ話を披露してから、ネタへ。三扇を聴くのは、自分的には、久しぶりだったですが、人の描き分け、言い回しなど、昔、聴いて覚えてる印象よりは、だいぶと良かったな。但し、地味という印象は同じでした。トリの「くっしゃみ」ですが、物忘れのひどさが、いつにまして濃厚で、それはそれで可笑しいものがあったのですが、前段のからくりの部分、なんか短い感じがして。後段の講談も、短い感じがしてしまって、、、私だけの印象かもしれませんが、たっぷり感が少ないのです。でも、終わって、時計を見ますと、40分近くかかっていました。なんか、聴いている気分の問題なのでしょうか? 難波戦記の語り口なんかの影響かもしれません。つく枝の口演が軽めだったということなのかもしれません。
 この3日ほどかけて、夜眠れなかったときなどを利用して、韓国映画「殺人の追憶」を、借りてきたDVDで観ました。2003年度韓国映画を代表する作品で、主演のソン・ガンホが、数々の賞をもらった作品です。ストーリーは、実話の未解決事件を基にしています。ある地方の村で、同じような形で、若い女性ばかりが犠牲となる事件が続いています。その捜査に当たっているのが、田舎の刑事役ソン・ガンホなのですが、その捜査は、とっても前近代的。知的障害のある男に罪を着せようとしたり、そのためには、証拠捏造も辞さない。更に、取り調べでは、日常的に暴力が横行している。それが、1987年の設定ですから、軍事政権末期のこととなります。民主化が進んでいないということは、こういうことなのかと思わせるものがあります。韓国は、よくぞ、民主化以後の短い時間の中で、今のようになったものと、映画を観ながら、そないな感心の仕方をしていました。そういった捜査が行われているところへ、ソウルからエリート刑事が派遣されてくることにより、若干なりとも是正されようとするのですが、お約束の二人の捜査方法をめぐる対立。ですが、事件が混迷を深め、証拠主義に徹しようとすればするほど、どうしようもなくなっていきますと、村の刑事っぽくなっていくエリート刑事。最後は、犯人だと確信を持った男が、証拠主義からは証明できないことがわかってきて、終わりなき終わりを迎えます。ストーリー展開という点では、目をひくようなものがあるとは言えません。それより、映画は、科学捜査の大切さなどを啓蒙する映画って印象を持ってしまいました。短期間で磨き上げようとしてきた科学捜査、容疑者の人権などの肝要さをPRしようとする映画のようにも見えます。2003年度作品というのが、黄紺的には意外な感じでした。でも、一昔前の韓国の雰囲気、とっても解るような気がしながら観ておりました。ソン・ガンホと組むソウルのエリート刑事役には、キム・サンギョン。「光州5・18」で、偶発的に巻き込まれ、弟を失う男の役をしていた俳優でした。どこかで見たぞと思い調べた結果です。




2008年 11月 20日(木)午前 5時 59分

 無茶苦茶、寒くなっています。真冬の状態です。そういったなか、昨日は、昼前から守口へ出張。2年前にも同じところへ出張に行っているのですが、バスを降りると、皆目道がわからないのです。あとで判ったことは、前と違ったバス停で降りていたのです。違ったバス経路に乗ったため、最寄りのバス停が違ったのです。そこで、道行く人に尋ねたのですが、これが、ええ加減。大きな建物なのに、ええ加減。守口は、困ったところです。そして、半日以上、そちらで、お仕事。楽しくもある出張でした。
 帰りは、地下鉄の守口駅から東梅田に回り、夜の落語会に備えて、ネットカフェで時間調整。夜は、中崎町でありました落語会「たまの小劇場」に行ってまいりました。番組は、笑子「動物園」、智之介「野ざらし」、たま「ホスピタル」、雀喜「ポイントカード」、(中入り)、たま「近日息子」でした。笑福亭笑子は、噂には聴いていたけれど、ご本人も、日本では初めての落語披露。腹話術での噂、キャリアについての噂、でも、落語についての噂は、エジンバラでの噂だけ だったお方。昨日は、たまと繁昌亭で出番が一緒だったということもあり、自分の会に連れてきたっていうことでした。母親が、ダメ息子に仕事を世話したのが動物園という変形の設定。そういった小技を出しましたが、この人、声が出ないですね。これは、ちょっと辛いものがあります。それと、日本慣れしてない感じ。柔軟な対応ができそうな人なので、場数を踏むことですね。智之介は、得意のマジックを、実際に一つ披露。これで、掴みはバッチリ。その前に、テレビで、マジック入り小噺で賞をもらった話を披露していますから、余計に受けが大きなものがありました。だけど、ネタに入ったあたりから中入り前まで、最悪の展開になりました。なんせ、前日、1時半から寝れてなかったものですから、大幅ダウンを喫してしまいました。ようやく、まともに聴けたのは、「近日息子」になってから。せっかく、たまが、久しぶりに聴ける「ホスピタル」を出したのに、ホントに完全ダウンでした。で、「近日息子」ですが、ナンセンスなやり取りが続く聴かせどころで、最初からテンションを上げ過ぎてしまいました。一度上げてしまいますと下げるわけにいかず、さりとて、上がる余裕がないという状態でした。この辺りで、いじる作業をするのかとも思ったりもしたのですが、とってもオーソドックスな仕上がりになっていました。それだけ、このネタの完成度が高いということなのでしょうね。




2008年 11月 19日(水)午前 3時 7分

 今晩は、お出かけ予定を考えていたのですが、寝不足がたたり、意欲が減退、しかも、かなり腰に疲労が蓄積していましたので、まっすぐ帰宅。となると、晩酌をしながらの夕飯となったのですが、僅か熱燗を1合呑んだだけで、9時になった頃にはダウンです。ま、疲れていたのでしょうが、夜中の、1時20分頃には、目が覚めてしまい、しゃーないんで起き上がって、こないなことをしています。このままでは悪循環に陥ります。もう一度、お酒を呑み、寝なければなりません。ま、それで寝ることができればラッキー、でなかったら、明日は、昼前からの出張で、これが、ちょっとハードそうなんで、余計にしんどくなってしまいます。そんなものですから、今日は、DVDで観た映画の記録を認めておきます。
 実は、韓国映画「Mr.ソクラテス」を観る前に、同じく韓国映画「花嫁はギャングスター ソウル・ウェディング」を観始めていたのでした。そもそも、この映画は、映画館で観ていたのでした。借りる前に、その可能性は高いと知りつつ借りました。と言いますのは、この映画はシリーズものなので、ひょっとしたら観てないものかもという期待があったのですが、それは外れました。ですが、この映画、単純におもしろいのです。そんなで、まずもう1本、同時に借りていた「Mr.ソクラテス」を観てから続きを観ようとしたのでした。香港ギャングのボスの娘が、実の母親探しに、韓国に来るというので、その世話を、韓国ヤクザに頼みます。実際には、その下っ端のチンピラに任され、チンピラはチンピラで、そないな大層な客人とは知らず威張り散らすのですが、危ないところを、その香港女に助けられ、豹変していくおかしさで楽しませてくれます。一方、香港ギャングの勢力争いが、韓国にも波及し、カンフーの戦いが繰り広げられます。一方で、ドジで、何もわかってはいないのですが、それがまた、可愛げがあると、その香港からきた強者の女と、世話をしているつもりのチンピラ男の間に、いつしか恋心が芽生え始めますが、探していた実母か、今は新しい家族と幸せに暮らしている姿を見届けた女は、香港情勢の変化もあり帰国していきます。最後は、香港まで追いかけてきたチンピラ男の前で、大立ち回りを演じ、無事跡目相続を決めた女と、追いかけてきた男が無事結ばれるという物語。単純に、何も考えないで、ギャハハハと楽しめる映画でした。主演のチンピラ男に、よく見かけるイ・ボムス、カンフーの達人女に、スー・チーという組合せでした。




2008年 11月 18日(火)午前 4時 16分

 昨晩は、ワッハの4階でありました「第362回上方講談を聞く会」に行ってまいりました。最近、講談づいています。雀のおやどで続いていた「講談毎日亭」が終わったあとも、南湖の会に行き、また、昨日も、講談を聴きに行ってしまいました。黄紺が会場に着きますと、もう中から声が聞こえてきます。で、気がつくのですね。開演前に、新入りの南舟が、講談を一席読んでいました。ネタは、「左甚五郎伝〜猫餅の由来〜」でした。で、本体の番組ですが、今日は、えらいベタなネタが並びました。具体的には、南青「水戸黄門漫遊記〜矢の根八幡の由来〜」、南海「荒茶」、南鱗「木津の勘助」、南華「西郷の東下り」となりました。南青くんで、このネタは、確か2度目。人物の描き分けのしやすいネタだとは思いますが、デフォルメに走ることなく、よりクリアにしていく技法を、もう南青は心得ていますから、楽しんで聴くことができます。いつ聴いても、南青の読む黄門様はかわいいですね。南海さんが、まさか「荒茶」を出すとは、まずもってびっくりです。ガチガチの、講談の鉄板ネタですもの、そないなネタを、南海さんが、こういった会で出すと、かえって意外性があります。落語の移植ヴァージョンとは、かなり異なりました。コケの植えた庭で遊び回るって、なんて無邪気で、アホたんな大名たちでしょう。お茶を飲むところには焦点化しないで、それ以外で、聴く者を楽しませてくれます。それは、南海風演出なのか、それとも、どなたもする講談の常識なのでしょうか? こういった名だたる大名をからかうようなネタは、もう南海さんは得意中の得意、かなり笑わせてもらいました。撮影に入っていた関西TVのスタッフも、仕事をしながら笑ってました。そうそう、先日の雀のおやどに次いで、南海・南湖・南青の3人の取材を続けているのです、関西TVが。昨日も、入口の受付のところから撮っていました。南鱗のこのネタ、よく聴きます。これを聴きますと、「木津の勘助」の他の部分を聴きたくなります。南華さんのネタは初物。西郷隆盛が、江戸に下るのに、姿をくらましながら行かないと掴まるので、いろいろと工夫する話ですが、わりかし軽めのネタ、いえいえ南華の口演が、そのように感じさせてくれるのかもしれません。旅ネタは、それがいい雰囲気を作ります。来年1月末の独演会は、初めてのこととか。ぜひ行かねばと思っています。
 帰り道、地下鉄淀屋橋駅で電車を降りて歩いていると、肩を叩かれました。びっくりして振り返ると、あら、ま、懐かしい顔。枚方まで帰る若き知人とお喋りしながら、枚方まで同道しました。




2008年 11月 17日(月)午前 5時 20分

 前の夜から、雨がしとしとと降り出しました。ところが、うまくしたもので、昨日の黄紺のお出かけ時間あたりになりますと、雨音が聞こえなくなってきました。大阪に向かう電車の中では、もう太陽が、顔を出していました。昨日は、そないな感じで、昼前に家を出て、京橋の松屋で、食事をとり、JRで、天王寺経由南田辺に向かいました。松屋は、麻婆豆腐が復活しましたから、再び、足が向くようになっています。ま、食い物の話はいいとして、私が向かいましたのは、地域寄席の老舗にして大どころ「田辺寄席11月席」に行ったのです。昨日の番組は、染太「道具屋」、竹丸「豊竹屋」、文太「三十石」、(中入り)、染弥「癪の合薬」、染雀「紙屑屋」というものでしたが、お目当ては、トリの染雀。染雀の「紙屑屋」、林家のお家芸であるこのネタを、和事に詳しい染雀が、どう演じるか、とってもそそられるのです。もう一つの狙いは、この会の運営に携わる文太の「三十石」。この二つの大ネタを一緒に聴ける幸せ、これが、遠出をした理由です。染太は、マクラがおかしくて、、、バッタものシリーズで笑いをとって、「道具屋」へ。そう言われてみて、なるほどと納得。首の抜けるお雛さん、焼け跡で拾ってきた鋸、一本の脚のない三脚、、、こんなの、全部、バッタものと言ってもらえれば、まだいい方という代物ですね。おもしろく、納得の入り方は、誰もしなかった方法かもしれません。竹丸は、染太との体型比較で笑いを取り、掴みはOK。だけど、その頃には、会場内の温度は、かなり上昇。酸欠状態で、ダウン。気がつくと、下げを言うところでした。「三十石」も、そないな状態だったものですから、かなり危ない状態でした。船宿の後半から船が出るあたりで、気が遠くなりかけました。今日の文太は、京見物から始め、伏見街道をカットし、中書島の浜へ。更に、お女中の場面はあっさり系で、枚方の舟唄を最後に切りました。舟唄は、幕内からのものはなしでした。昨日の文太、何がいいたって、軽やかなのです。アップテンポで、ぐいっと引っ張っていくという感じではないのです。京見物が入った効果が、きれいに出たって言えばいいでしょうね。さらりと、そこを通しておいてくれたために、足取り軽やかに旅を続け てるという雰囲気に乗せられてしまったのです。そうなんです。「三十石」は、旅ネタなんだという当たり前の環境が出来上がったのです。出色の「三十石」です。「癪の合薬」は、すっかり、染弥の持ちネタになりました。染丸テイストの抑制した台詞回しを、忘れないで欲しいです。受けるということがわかり出すと、デフォルメして噺を壊してしまう人がいますが、決して、そうはならないようにして欲しいものです。「紙屑屋」、狭い舞台で大丈夫だろうかと心配をしていましたが、染雀は、全て計算ずくでした。踊りの手、舞の手、さすがです。三味線は、誰でしょうか、染雀の熱演に応える立派なものでした。それに比べると、鳴り物がぴりっとしませんでしたね。
 夜の部へは、大移動でした。南から北へ、大阪市を縦断しての移動でした。谷町線の田辺駅から、東梅田経由で、十三まで移動したのでした。十三と言えば、七芸。只今、こちらで、韓国のアート系の映画が、4本上映されています。その内の1本は、とっても楽しく観れる「妻の愛人に会う」ですので、これは、既に観ていますから、観なくてもいいのですが、残りの3本の内では、昨日観た2本の映画しか、いろんなスケジュールの関係から観ることはできません。でも、田辺寄席が、予想より早く終わり、また、移動も、わりかしスムーズにいきましたので、1本しかダメかと思っていたのですが、幸い2本観ることができました。一つ目は、「永遠の魂」という映画でした。学生を前にして、大学の教員が語り出します。自分が経験した不思議な話。来世と現世を行き来している話です。一度亡くなった者が来世までに行く前の49日の間に、永遠の愛を誓うことがあれば、来世にて永遠に結ばれるとかいい、自らは、その愛を誓ったところで、目が覚めたと言い、夢の話として聞かせるのですが、それは、夢でないことが判明します。そして、その学生らは、実は、49日間いるところに来かけて戻っていく人間らだとわかります。ならば、大学の教員夫妻は、一体何者なんだとなるわけですが、あとは想像に任されるのか、私が解ってないだけなのか、それも解りません。とまあ、ちょっとしたサイコ・スリラーものでした。中天ばやりなんですかね、韓国は。なお、大学の教員役で、こないだも見たところの「王の男」の王をしたチョン・ジニョンが務めていました。この映画の監督の知り合いだとかで、強制出演だそうです。
 次いで観たのが、「黒い土の少女」でした。今回の七芸での韓国映画シリーズでは、「妻の愛人に会いに行く」と並ぶ上映頻度の高い作品なので、期待度が高かったのですが、同じ素材を扱ったアルゼンチン映画「今夜、列車が動く」を観てしまってる黄紺には、なんともやるせない気持ちだけが残りました。そういうことですので、炭坑のリストラが前提にある話です。韓国の炭坑と言えば、太白ですし、この映画も、全編、太白で撮られています。山の中の谷合に鉄道が走り、石炭の積み出し基地があるという町全体が石炭の町という太白が舞台なのです。リストラにあった男には、女の子と、その兄で知的障害の男の子がいます。最初は、車を借り、運送の仕事で働いているのですが、助手席に、男の子を乗せていたことで、事故が起こり、更に、車が保険に入ってなかったことが判ってからは、あとは酒浸り。手のかかる子どもがいるにもかかわらずにです。山合いの石炭の町にリストラ、絵に描いたような絶望が描かれます。映画としても、時間がゆっくり流れるだけに、余計に絶望感が漂います。変化が現れ出したと思えるのが、女の子が、兄を施設に預けに行くバスの中で、兄の首にかけていた名前かなんか書いたカードでしょうね、それを取り去ったときでしたが、そのあと起こる重大なことを予想させるものではありませんが、少女の心に生まれる心の変化です。で、ラストシーン、後ろをセマウルが走り、その前のバス停に立つ少女、バスが走り去ったあとも、身じろぎもせず、立ち尽くしていました。とんでもなく大きな絶望だけが支配し、思わず声に出しはしませんでしたが、「しんどいなぁ」と叫んでました。
 一昨日の夜から昨日の午前中にかけて、韓国映画「Mr.ソクラテス」を、DVDで観ましたので、そのメモです。チンピラやくざだった男を、組織防衛のために、一から勉強しなおさせて、警官になる試験に合格させてしまいます。とっても、奇想天外なところで、かなりおちゃらけの悪ふざけ的なシーンが続きます。ところが、このチンピラ上がりの警官、いい台詞を吐きます。俺は勉強することで、人生経験を学んだ、要するに人として、人間らしく生きることを覚えたと。このちょっといい台詞が、わりかし早く出てきますので、先が、残念ながら読めました。当然のこと、警官になるべく勉強させた目的が目的ですから、その目的を遂行しようとするところから、クライマックスに入っていきます。主演のキム・レウォンは、桂三若似、ということは、若い頃の沢田研二似ですね。




2008年 11月 16日(日)午前 7時 2分

 昨日のお出かけ記録です。昨日は、3部制を採りました。まず、12時過ぎから、シネ・ヌーヴォで、ロシア映画「蒼ざめた馬」を観ました。これは、「大阪ヨーロッパ映画祭」の一環として、シネ・ヌーヴォで行われています「ロシア・東欧 20世紀映画の旅」の一つとして上映されたものです。シネ・ヌーヴォでの映画となりますと、「宇奈とと」で食事です。最近、南森町にも開店しましたから、そんなにこだわらなくてもいいのですが、昨日は、久しぶりでしたので、お昼を食べることにしました。一方、肝心の映画ですが、観終わったあと、第一的に良かっと思ったのは、20世紀初頭の街角、ナイトクラブ、レストランなど、当時の雰囲気が、とてもいい状態で再現されていたことです。ストーリーは、社会革命党(エスエル)の革命家が、同士とともにテロを試みるのですが、うまくいきません。爆弾が不発だったり、ターゲットが馬車に乗っていなかったりしてなのですが、そんななかで、同士が亡くなっていきます。なかでも、ワーニャという男が魅力的です。彼は、熱心なキリスト者で、テロで、人を殺すことに苦しみつつ、革命のためのテロをも肯定している人物で、最後、自爆テロを試みるような格好になりますが、ターゲット自体は無傷で、関係者や警備兵に死傷者が出ます。生前の言説では、ワーニャが希望していたとは到底思えない結果となります。主人公は、そういった経緯も見てきました。また、自らの語りとして、ターゲットには、何ら感情もないと言い切っています。社会的構造の中で存在してはいけないものの抹殺だけが仕事ということでしょう。こういった男、ワーニャのような男、テロに失敗して自害する男、同士と呼ばれる男たちは、一人のテロリストの中の葛藤のように思われます。また、主人公の男は、叶わない恋をしており、感情も持たないターゲットを殺したあと、今度は、感情を込めて、女の夫を殺します。ワーニャ的と言っていいのかわかりませんが、人間的な部分を、自ら証明したようでもありました。観る者は、同時代的に起こっているテロを類比的に思い浮かべてしまいます。もし、そういった押さえが試みられているならば、現代のテロリストが、いかに、かような葛藤を超えたところにあるのか、人類が築き上げてきた遺産への挑発のようにしか見えてきません。
 九条から、森ノ宮経由で大阪城ホールに移動して、同ホールの倉庫(ウルトラ・マーケット)でありました「南河内万歳一座」の芝居を観ました。一時途絶えていた「南河内万歳一座」の芝居を観るということを、最近、復活させています。今回は、「なつざんしょ」という芝居です。この芝居全体を覆っているテーマは、不確実性。サラリーマン、いつリストラされるかわからない、あるかないわからないロシアの沈没船の財宝、いるかどうかも定かではない伝説の船乗りシャチ、漁業自体が、漁群と出会えれば、大漁があるけれども、そうでないと、大変な借金が待っているという業界、という風に、いくつかの不確実なプロットを用意し、それぞれのプロットを類比的に並べていきます。一番の焦点は、最後、逃げるようにして楽勝丸の乗組員が出ていくとき、サラリーマンを船にと誘うところでしょうか。サラリーマンは、漁業の不確実性、いや、それまでに、随分と不確実場面に遭遇したからか、躊躇います。決断できず、元の生活に戻ります。そして、相変わらず夜遅くまで酒を呑んだくれています。そして、「あと、何度、こんな夏を過ごすんだろ」と呟くのです。漁業に詳しい内藤 裕敬らしい素材が散りばめられ、且つ、展開の意外性など、見どころの多い作品でした。
 芝居が終わったあと、今度は、長堀橋経由で、日本橋に向かい、千日前のネットカフェで、いつものように、ちょっとだけ、時間調整をしたあと、トリイホール前の狭い天丼屋さんに寄ってから、次は、ワッハの4階でありました講談の会に行きました。こちらは、南湖の会「南湖だんご42〜旭堂南湖話術研究会〜」があったのです。こちらでの南湖の会は、メニューが決まっています。「紙芝居:原子怪物ガニ ラ」「赤穂義士〜中山安兵衛」が、必ず入ります。今日は、この二つが終わったあと、中入りをとり、一昨日まで行われていました、「弥次喜多上方膝栗毛」からの抜き読みがありました。落語の元ネタになったものということで、その落語の名でリクエストを取りました。「持参金」「宿屋仇」「高津の富」「矢橋舟」「三人旅」の5つから拍手で決めることになりました。「矢橋舟」が多いかなという感じだったのですが、名探偵ナンコ」では、その「矢橋舟」を取り上げるつもりだと、南湖が言うと、誰も支持者がいなくなりました。結局、短いからと、「持参金」「三人旅」の口演となりました。奇しくも、講談毎日亭の初日と最終日に出されたものとなりました。「紙芝居」は、ちょっと、絵が暗くて、毎回見にくくて困っています。前に行くと、首が痛いので、我慢するしかありません。メーンの「中山安兵衛」は、昨日で終わりました。堀部弥兵衛の家へ婿入りをして、最後は、討ち入り話でお終いです。婿入りは、高田馬場での仇討ちを見ていた堀部弥兵衛の妻と娘が、それを、弥兵衛に報告すると、婿入りの話へと発展していきます。その辺のところからは、初めて聴きますが、どうも繰り返しが多くて、村上兄弟のくだりなど、毎回聴いていますので、もうちょっとコンパクトに続き読みをして欲しいものです。でも、話の変化としては、とってもおもしろい話です。「赤穂義士伝」で、最もおもしろいということです。納得です。さて、次は、「銘々伝」「外伝」の中から誰を取り上げるのでしょうか? 楽しみにしておきます。
 非常に変化に富んだ3部制でした。それぞれ、満足のいく内容で、充実したチョイスに、我ながら満足です。寝不足が続き、体調は、決していいものではありませんでしたが、昨日は、最後までダウンすることはなく、帰りの電車で熟睡してしまいました。これが、最高ですね。お天気も良く、暖かすぎる1日でした。




2008年 11月 15日(土)午前 7時 5分

 昨日は、間違いなく、講談毎日亭に行くことができました。これで、今回の続き読みは、4/7の出席率となりました。ちょっとダメですね。おまけに、昨日は、仕事の関係で、きわどい時間にしか、雀のおやどには到着できない日。幸い、鶴橋のローソンで、晩ご飯を買い、開演前に食べることはできました、僅か5分での早業でしたが。この講談毎日亭とワンセットにして楽しみにしています韓国料理での夕飯は、結局、2/7でした。あとの2回は、最終日のコンビニ食と、京橋の松屋でとることになりました。肝心の講談ですが、南青くんの「源義経」は、やっぱり予想通り、ネタの豊富さに力負けしたっていう感じです。少年の頃から急に兄弟の諍いに飛び、落ち延びるところも、吉野山での静との別れ、そして、最終日の昨日に至っては、義経は、全く出てこず、鎌倉に召還された静が、頼朝の前で舞を舞う話になりました。この構成はあきません。やはり、「源義経」と出して続き読みをするならば、南海さんの「太閤記」のように、一つのパートを続けてくれなくては、続き読みの醍醐味は成り立たないのじゃないかな? そんなですから、南湖の出した「上方膝栗毛」は、端から物足りないのです。エピソード集だと、日々完結してしまいますからね。昨日などは、大阪見物のガイドとともに行った先で、富くじをやっており、そこで、たまたま拾ったくじが当たりくじかもということでの、単純なドタバタ話。あとは、このネタを終わらせるための付け足しで終わりました。以前、南湖が出していた「赤穂義士」の「銘々伝」「外伝」ネタが懐かしく思えて仕方なかった1週間でした。南青、南湖には苦情を垂れる私ですが、南海さんは、語りもさすが、ネタ選びもさすがでした。一昨日は、「天王山の合戦」の抜け駆け的に行われた天王山の頂上の取り合いの話だったよう。そして、昨日は、本戦そのもの、正にクライマックスが、最終日になったというわけです。高山右近が、功を一人占めにしようとしたり、いざ、開戦となると、明智軍の数、屈強さにたじろぐ、秀吉軍。そこで、打った手が、洞ヶ峠を決め込んでいた大名・筒井順慶を動かし、それが、大勢を決し、敗走する明智光秀。ついには、醍醐(実際は小栗栖)に落ちた光秀を待ち構えていたのは、土地の人間。金目当てで、光秀の土手っ腹に竹槍を見舞うのでした。南海さんの口演も、お見事。緩急を心得て、リズム感豊かな語りに、ぐいぐい引きつけられました。なお、昨日は、関西テレビの報道班が、受付から公演そのものを、カメラに収めていきました。ニュース枠で取り上げられるそうです。
 講談会から戻り、息子と、暫しお茶をしました。黄紺は、ビールを呑んでいましたが、車の息子は呑めませんから、黄紺一人のアルコ−ルでした。就職の決まった息子は、給料の少なさをぼやきつつ、話を聞いていると、自らの仕事に意欲的としかとれない話をし出します。ちょっと頼もしいです。そろそろ、黄紺は店じまいのときかと思える時間帯です。殊に、黄紺と同じ仕事をすることになりますから、息子の話に乗れることが嬉しいですね。




2008年 11月 14日(金)午前 4時 17分

 昨日は、予想外の展開になりました。仕事が立て込み気味だったため、ひょっとしたら、雀のおやどでの講談毎日亭には、きわどく滑り込むなんてことはあるかもしれないとは考えていたのですが、とんでもございません、せっかくの夜遊びを諦めなければならなくなってしまいました。がっくりです。今回は、最初から、5/7しか行けないということは判っていたため、あとの行ける日は、しっかりと行きたかったのですが、あえなく、その一角が崩れてしまったのです。
 そこで、今日は、お遊び記録の替わりに、ここ3日ほどかけて観た韓国映画「連理の枝」について書いておきます。この間、夜中に目が覚め、眠れないときに観ていたのでした。「ピアノを弾く大統領」を観てから、チェ・ジウが気に入り、前からマークしていたこの作品を観ることにしたのでした。この映画について、ちょっとだけ小耳に挟んでいたことは、恋人同士の男女が、不治の病にかかるというものでした。なんか、先が読めるような感じがして、ここまで観ようとはしてこなかったのですが、チェ・ジウに関心を持ったのが、観ようという気を起こすことになりました。ところが、この映画、そんなに単純なものではありませんでした。2つの同じような木が絡み合っている「連理の枝」の意味が、ようやく判ったのでした。男の方が崩れ落ちたときには、びっくりしました。推理小説で言う倒叙という手法を用いた映画だったのです。倒叙が、しかも、二重に仕掛けてあるとは、最後にきて判ったときには、涙を誘います。さすが、韓国映画は仕掛けにこっています。ただ、肝心のチェ・ジウが、おばさんぽく見えて、、、それが残念です。一つには、相手役のチョ・ハンソンは、若く見えすぎるのです。チョ・ハンソンは、先日、心斎橋で観た「最高のパートナー」で、アン・ジュンギの息子役をやっていた俳優さんです。そりゃ、チェ・ジウと並んでしまいますと、チェ・ジウが、おばさんに見えるはずです。なんで、こないな組合せにしたのでしょうね?  気になりましたのは、タイトルにもなっています「連理の枝」の木。海を見下ろす高台に聳えています。どこにあるのかと調べてみますと、これは、映画用に制作されたもので、撮影終了後、ロケ地の、済州のウド(牛島)灯台公園内に設置されたというものを発見しました。黄紺がなんとなく思っていた済州島じゃないかなという予感は当たりました。その他、病院は順天、更に、筏橋でロケが行われたとか、黄紺好みの場所に、へぇ〜、です。




2008年 11月 13日(木)午前 3時 57分

 昨日も、雀のおやどでの「講談毎日亭」へ行きましたが、その前のお楽しみ、鶴橋の韓国料理は、この講談会に合わせて行ったのは、2回目です。昨日は、「大長今」というお店にに行くつもりだったのですが、お休み。替わりに、その近くにある「くね」へ行きました。思いがけずナクチ・トッパプなんてものを食べることができました。タコではなく、イカのオジンゴ・トッパプがあればいいのですが、タコだけしか、メニューには入っていませんでした。でも、この丼系のものを、日本で食べたのは、初めてでした。韓国でしか食べれないものと思っていましたし、前に、このお店に行ったときには、メニューには入ってない代物でした。鉄板に乗せてるのが、ちょっとした変形ヴージョンでした。
 講談会の方は、昨日が続き読みの5日目、私は、飛び飛びに3日目です。ところが、昨日は、近来稀れなる絶不調。前夜、睡眠時間は少ないわ、飛び飛びにしか寝てないわ、おまけに、仕事が立て込み、かなり無理な動きをしているの実感のあった日なのです。雀のおやどに着いて、布団に座ったときの感覚で、その日、こないなことになりそうというときっていうの、解りますね。完全にそうでした。そんななか、ちょっとでも聴いたかなの感触があるのが、南青くんの「源義経」。もう義経は、兄頼朝から追われの身になっており、大物浦から船出をして、暴風雨に巻き込まれ、和泉の国に流され、そこから吉野に逃れ、静との別れの話へと向かってる頃からおかしくなり、あとは、どうなったかは知りません。能「船弁慶」では、大物浦からの船出のところで、静との別れがあり、静は、常の演出では、中ノ舞を舞い、小書付きだと、序ノ舞を舞うところです。南湖の「上方膝栗毛」は、京見物を済ませ、三十石船に乗ったのですが、途中、反対側の船に 乗り、再び京都へ戻るというドタバタ。ようやく、今日の話の中で、大阪まで来ていたような、、、? 南海さんの「天王山の合戦」は、いよいよ本番の合戦が始まりました。一昨日、秀吉が、尼崎まで戻ってきたところだったようで、今日は、途中で、我に返ると、西国街道に陣を構えた明智軍と、秀吉軍は、2キロ離れた木戸で睨みあい、戦闘開始に備えていました。そして、いよいよ開戦の朝を迎えたところで、再びダウンをしてしまった黄紺なのです。このネタばかりは、途中で、我に返っても、人名を聞いたとしても、いったい何が起こってるのか、即座に判らないのが辛いですね。ま、講談会が、こないな感じだったものですから、昨日は、まるで、鶴橋に韓国料理を食べに行っただけっていう感じです。
 そして、今夜も、3時20分に目が覚め、2度寝ができませんでしたので、またしても起きあがり、こないなことをしています。このまま眠れなかったら、大変と思い、眠り薬として熱燗を呑みながら、これを書いていますが、果たしてお薬の効き目は如何なものでしょうか? 効き方が悪ければ、またしても講談会が丸つぶれとなります。




2008年 11月 12日(水)午前 2時 36分

 今日は、久しぶりに落語会に行ってまいりました。1週間続いている講談毎日亭が、今日だけ昼公演だったものですから、端から諦めていた日です。これは、夜に、毎月恒例の天満講談席が予定されていたためです。その天満講談席もそそられたのですが、今日、ワッハの4階で行われた「らくご道」という落語会で、「紐落し」という、黄紺も、その存在すら知らなかった噺が出るということで、迷うことなく、ワッハに行くことを決めたのでした。「らくご道」は、笑福亭生喬と桂こごろうという大阪芸大の同期生が開く落語会で、黄紺も、ちょくちょくお邪魔をする会です。
 本日の番組は、生寿「色事根問」、こごろう「へっつい盗人」、生喬「紐落し」、(中入り)、生喬・こごろう「対談:夕焼け日記」でした。「色事根問」は、最近出ない噺。昔は、前座の定番ネタだったのですが、最近は、「稽古屋」が出るときに、「四芸」の部分だけか、出ても、「四芸」までで止まってしまいます。今日は、「十評判」まで行ったあと、「このあと首の仕替えへと続いていきます」と言って、生寿はおりていきました。このパターンでは、三喬で聴いたきりです。文枝は、「稽古屋」をするときは、この「色事根問」をしてから入ってましたから、両様の使い方があるということなのでしょう。こごろうの「へっつい盗人」は、このネタのベストと言っていいかと思っています。なんせ、盗人を誘われた男のはしゃぎようが傑作なのです。こごろうは、そのはしゃぎようで、このネタは十分なのだと。ですから、最後の小便ネタをカットします。そこをカットすると、通常、そのあとにあるへっついを落とすという部分も出てきません。小便ネタもさることながら、もう、このネタのピークは過ぎたし、十分に笑ってもらってるから、こういったネタこそ、「わあわあ言うております」と言って降りるべきだと。なるほどと思える見識ですし、実際、今日も、そのようにして降りました。なお、このネタは、都丸からもらったものということです。「紐落し」というのは、子どもが、それまで紐を使って着物を着ていたのに代わって、帯を着けるようになるお祝い事だということで、大阪の古い習慣だそうです。子どもの通過儀礼の一つだというです。噺は、紐落しの祝いのために神社に行った帰り道、拾い物をしてふさぎこむ旦那を、言葉巧みに機嫌を回復させて株を上げた男が、とっても似たことが起こった男を助けて、ちょっと儲けてやろうと考え、結果はしくじってしまうという噺です。生喬は、昭和9年という年号の入った速記本にある二代目林家染丸の口演を復活させたものということです。黄紺は、その存在も知らなかった珍品です。対談は、上に書いたような芸談を中心展開をしました。




2008年 11月 11日(火)午前 6時 12分

 昨日は、普通の月曜日、フェネルが、ガラタサライに圧勝したのですが、なんか、リーグ戦でも、ヨーロッパのカップ戦でも、調子が良くないので、素直に喜べない複雑な気持ち。ま、それはおいといて、講談毎日亭が、土曜日から始まっています。一昨日は、韓国映画の前売りチケットを買ってた関係で、お休みしましたが、昨日は、ばっちり雀のおやどまで行ってまいりました。一昨日の日曜日も、土曜日同様、多くの人が詰めかけたようですが、月曜日の夜となると、がくんと客が減り、ようやくつばなれできたっていうところでした。昨日は、疲れてないつもりだったのですが、夕方あたりから、眠いうえに、腰に疲れを感じるようになってしまい、実際、講談を聴いていても、ピリッとせず、3人の口演とも、終盤でダウンしてしまいました。
 南青くんの「源義経」は、弁慶との出会いから、いきなり、一ノ谷も檀ノ浦も飛び越し、頼朝・義経兄弟仲違いの話に飛ばしてしまう大胆さでした。南湖は、今回、「上方膝栗毛」と断っていますが、ここまでは、弥次・喜多二人の旅立ちに至るまでを、2日間で読み、昨日から、実際の旅に入ったのですが、上方ではなく、箱根や三島、蒲原の宿での話です。このネタは、オムニバス形式になりますから、エピソードはエピソードで終わってしまいます。だから、ちょっと物足りなさが残ります。南青のネタは、飛びすぎと、必然的に、日々の期待は、南海さんにシフトしてしまいます。一昨日は、本能寺の変のあったとき、秀吉が対峙していた毛利との備中高松城での一戦が読まれたようで、今日は、そこから、京都方面に立ち帰る途中の姫路でのエピソード、そして、尼崎まで戻ってきたところで、明智方と対峙するところまでだったように思われます。ただ、姫路で、秀吉は、影武者と交替しているのにも拘わらず、最後、舞台を降りるとき、南海さんは、「さて、これは、秀吉なのか、影武者の八右衛門なのか」と、気になる言葉を残して降りていきました。とても気になる言葉。私がダウンしている間に、何があったのでしょうか? と、心残りなのですが、この毎日亭、今日は、お昼間の公演のため、黄紺は行くことができません。夜に、天満講談席が予定されているからですが、昨日、客のお一人が、「天満講談席を、昼の持ってくれば、いいのに」。ごもっともであります。でも、できないですね。
 この週末から昨日にかけて、韓国映画「トンケの蒼い空」を観ました。「私の頭の中の消しゴム」「デイジー」「サッド・ムービー」「レストレス 中天」に出てたチョン・ウソンがトンケの役で出てるということで、ずっとマークしていた作品です。トンケというのは、「野良犬」という意味です。トンケという男は、母親の命と引き換えに生まれた男、母親がいないので、警官である父親の手で育てられてき たのですが、日々、チンピラまがいの人間として生きています。暴れん坊ぶりが、高校にも行けなくなり、その後も、そういった傾向が強くなっていきます。学校が同じだった男に、自分の可愛がっていた犬を食べられてから、この二人のいがみ合いは、映画の最後まで続いていきます。そんな環境のなか、弱い者いじめをする地元の有力者、この連中はヤクザともつながってもいるのですが、その連中に、友人の親がいたぶられ、そういった悪の存在に手をくださない警察官の父親に、トンケ自身が疑問を感じていき、親子の断絶が深刻化していきます。警察に不信感を持ったトンケは、自らの手で殴り込みに行くのですが、とっても危険だと看た通報者、この女性の位置付けが、もう一つ解らないのですが、とにかく、親子関係の再生に繋がる行動となり、大団円となるわけです。とまあ、振り返ってみても、特段、目新しさがあったっていう感じじゃないのですが、この映画の人気っていうのは、主演のチョン・ウソンの功績なんでしょうか? なお、助演は、父親にチャ・イックン、この人、見かけた記憶があるのですが、どの映画だったか定かではありません、その父親が見受け保証人になっている若い女性、最後に父親に連絡する女を、「美しき野獣」「ノートに眠った願いごと」のオム・ジウォンが演じています。




2008年 11月 10日(月)午前 5時 48分

 昨日は、最初、全日出張が予定されていた日なのですが、幸い、それが飛んでしまい、替わりに、自分的映画デイにしました。まず、前半はと言いましても、午後の部になるのですが、心斎橋シネマートで続いています「韓流シネマフェスタ」の最終クールに行きました。こちらでは、韓国映画を2本観ることになりました。1本目は、「最高のパートナー」です。アン・ジュンギの出る映画で、今回、楽しみにしていた一つです。アン・ジュンギが、釜山警察風俗捜査班班長、そして、その父親に反感を抱いたまま、長い間、連絡もなかった息子が、警察大学出のエリートとして、麻薬関係の捜査官として、釜山警察に乗り込んでくることから、親子の再会、共同捜査が始まることにより、親子関係が生まれていくというお約束のストーリー。なんか、TVドラマのありふれたものの長いものという作品でした。息子役は、チョ・ハンソンです。「連理の枝」で、チェ・ジウの相手役を務めた俳優さんです。アン・ジュンギは、ちょっとくさかったかな? なんせ、アン・ジュンギが、こういった性格付けの父親役をするというだけで、先が見えてくるキャラの持ち主ですから、どうしても、くさめになってしまいます。
 次いで、2本目は、「楽しき人生」でした。これは、大学時代ロックバンドを組んでた中年の男たちが、バンド仲間の一人の死をきっかけに、亡くなった仲間の息子を加えて、バンドを再結成するというものでした。中年男ですから、それぞれ、仕事に、家族にと、何らかの課題を抱えています。家に帰ると、そういった課題に向きあいつつ、それらから、気分をそらせるかのように、バンド活動にのめり込んでいきます。その課題の方が、かなり煮詰まってきて、バンドは、バラバラになりかけます。が、一人の男のカナダ行き断念をきっかけに、バンド再結成、そして、ライブ実行。そこに集まる、バラバラになりかけた家族も、請われるままに現れ、家族再生の兆しを見せて、エンディングとなります。但し、カナダ行き断念の男だけは、孤独に向き合わねばなりませんが。とにかく、生きること、働くことに精一杯の世代が、その点で負荷を負ってしまってますから、なかなか居場所が見つからない。普通は、そこで諦めるのでしょうが、この映画の主人公たちは、強い意志があるわけでなし、自らの苦境を切り開くだけの才覚があるわけでないんだけど、決して成果を残したとは言えない大学時代のバンド活動を楽しんだという思い出を持っているのです。これが、彼らのエネルギー源だし、それ以外は、何があるとは言えない、ただ一つのことをよすがに、腰を上げ、それを成功させてしまうので、観ていて痛快だし、うるうると来そうにもなります。また、彼ら が映画の中で演奏する音楽もいいですし、かなり気に入りました、この映画。「青春、デンデケデケデケ」のノリです。今日観た韓国映画では、こちらに軍配を上げます。なお、銀行を首になり働かないでぶらぶらしているリードギターの男を演じたのは、「王の男」で、王その人を演じたチョン・ジニョンが好演。同じく失職し、昼はタクシーの運転手、夜は代行運転をする男、バンドでは、ベースを担当する のが、キム・ユンソク。「美しき野獣」なんかで見かけた俳優さん。カナダに行った家族が、結局戻って来なくなるドラムス担当が、キム・サンホという布陣でした。キム・サンホは、この映画で、「2007 第28回 青龍映画賞 助演男優賞」を受けたようです。この人、いろんな映画で見かけますね。そして、亡くなったメンバーの息子をしたのが、チャン・グンソク。バンドでは、ボーカル&ギターで活躍します。
 心斎橋から梅田経由で、十三に移動。夜の部は、七芸で、中国映画「天安門の恋人」を観てきました。その七芸近くに、韓国料理屋さんがオープンしているのですが、鶴橋通いが、この間続きますので、昨日は自重。その目の前の松屋で済ませました。デミタマ・ハンバーグ定食です。映画は、天安門事件のときの学生たちの奔放な生活ぶりを描き、そのなかに、事件そのものも描かれています。事件の政治的な背景、内容に触れるようなものは出てきません。学生たちの持っているプラカードに見るスローガンくらいでしょう。また、天安門事件自体を描くのが目標だという映画ではありませんから、そんなのは気になりません。そういった時期に生きた学生たちの生き生きとした生活を活写し、そして、その彼らのその後を描くのが、この映画の本体なのでしょう。主役となる二人は、学生時代、お互いに愛し合った仲、だけど、その男の方が、女の親友とできてしまってるということが告げられるのが、あの事件の夜。それから、その二人が再会するまでの、約10年、二人は、それぞれの生活を生き、且つ、その存在を忘れてしまったわけではなかったのです。そして、再会、酒を呑みたいという男に、女の方が買い物を引き受け、外に出て行きます。どちらかが避けるのかなと思ったところ、女がポリ袋に買い物をして帰ってくる道、その前を、男は、車を猛スピードを出して通り過ぎて行くのでした。学生時代の共生感よりは、いや、あれほどの経験を学生時代にしている天安門世代であったとしても、それは思い出の中で生きてこそ価値を持ってくる、ないしは、学生時代を経て、その上に培ってきた生活の重さを強調しているのでしょうか。学生時代に戻ることにより失うその後の時間に対する思い入れなのでしょうか? この映画は、そういった意味では、中国の世代論の中に、ようやく、天安門世代を対象化できる雰囲気というものが出てきたのでしょうか? その辺を 知りたいですね。映画としては、見事なテンポです。カメラ・ワークを駆使して、テンポアップを図っているところが見事です。特に、大学の寮生活が見事です。学生たちの熱気、奔放さが、そのテンポ、カメラワークで伝わってきました。そんなのを、2時間半近くにまとめた映画でした。一つだけ気に食わないのは、女性の方の行き方が、ちょっとやワンパターン過ぎないかというところです。多少なりとも変化を出して欲しかったですね。




2008年 11月 9日(日)午前 4時 14分

 昨日は、全日勤務の日、土曜日が、これで、振替先が、正月前では、体へのいたわり方が足りませんね。しかも、朝一番から、待ったなしで、2時頃まで体を動かしづめだったため、かなり疲労を感じております。昨夜から、お待ちかね「講談毎日亭霜月1週間」が始まりました。前回は、8月初旬だったためトルコ&シリアにいましたので行けませんでしたから、半年ぶりの続き読みです。今回は、南青「源義経」、南湖「弥次喜多上方膝栗毛」、南海「太閤記より天王山の合戦」の続き読みです。8月の続き読みを1回抜かして、何がびっくりかと言いますと、客が、とっても増えていることです。つばなれするか、いや、今日はしたぞということを言いながら通っていたのが、ウソみたいな入りです。昨日なんか、30人くらい入ってたかもしれません。これは、画期的なことじゃないかな? 3人の出演者、及び、雀のおやどに、大感謝です。
 「源義経」は、保元・平治の乱がスタート地点。源氏が、一旦敗れ、牛若が鞍馬に預けられた下り、牛若が、更に、源氏ゆかりの男に、剣術指南を受け、弁慶に遭遇する直前で、翌日渡しとなりました。マクラでは、NHK-TVに出演する話をしてました。修行の様子を紹介した10分間の番組も、このあと、2回あるとか、NHKづいてる南青くんです。南湖は、南青に対抗して、自分もTVに出ると、MBSの漫才の番組 に、進行役で出るそうです。ネタの方ですが、昨日は、多くの時間を、十返者一九の紹介に時間をかけていました。そして、弥次喜多二人の人となり、それに発端部分、女房を持ちながら、故郷の駿河で、侍の娘をはらましてという、ドタバタ喜劇の予感がします。次の南海さんでは、不覚にも寝てしまいました。なんせ、前日、睡眠時間3時間余だったために、どこかでやるとは思っていたのですが、いえいえ、へたすると、全編沈没かとすら思ってのお出かけだったのですが、ま、ここまで持ったということでしょうか。導入部の、本能寺の変は、元気だったのですよ。そして、その導入部が終わって、いよいよ本題へというところから、完落ちでした。
 雀のおやどでの公演がある日は、晩ご飯が楽しみです。韓国料理を、鶴橋で食べることができるからです。昨日の場合は、時間に余裕がありましたから、アリラン食堂まで行ってまいりました。えらく客が入っており、注文したものがゆっくり出てくるかもと思ったのですが、さすが、こういった部分でも、このお店は、韓国仕様です。待たせないですね。おまけに、小皿の数も、韓国仕様。メインディッシュのお味は、鶴橋の、どのお店に行っても、韓国仕様って感じですが、この小皿の数が、他では韓国仕様ではありません。そんなですから、ついつい時間があると、アリラン食堂まで、足を運んでしまうのです。で、昨夜の注文品は、コムタン。美味しかったです。黄紺は、コムタンを食べるときは、ご飯を汁物の器に入れます。これも、韓国仕様です。




2008年 11月 7日(金)午後 11時 45分

 今夜は、冷えるという天気予報を真に受けていましたら、汗をかきかき、職場をあとにすることになりました。夕方には、えらく激しい雨が降りましたが、職場を出る頃には、雨は止んではいました。今日は、ちょっとした大遠征で、岡町の豊中市立伝統芸能館でありました「第72回月なみ九雀の日」に行ってまいりました。久しぶりの落語っていうところです。このあとも、他の予定が詰まっていますので、落語会は、飛び飛びになってしまいます。番組は、雀五郎「子ほめ」、九雀「佐々木裁き」、阿か枝「金明竹」、(中入り)、九雀「稲荷俥」というものでした。「子ほめ」と「金明竹」は、それぞれの演者で、何度か聴いてきたネタです。「子ほめ」は、結構、挿入部を増やしてるような感じ。ただ、一つ一つが、メガヒットいうわけではないのですが、噺が展開するにつれ、それらが、ジャブのように効いてくるのでしょうね、進むにつれ高揚感を看てとれる口演でした。とまあ、そういった意味で、発展し続けている雀五郎を、この日も確認です。阿か枝によるこのネタは、ホントに安定しています。言われた通りを実行するだけで、入れ違うおかしさっていうのは、変におかしなことを言うぞという光線を出さないに限るという、そのお手本のような口演です。「佐々木裁き」は、気に入ったところは、かなり気に入り、ちょっとと思うところは、おもしろいなと思った部分で調子に乗ってしまったっていう部分です。お裁きの場面で、時代劇の悪者口調を使ったりすることのおかしさは○、だけど、お白砂から、子どもを応援するという手法は×ですね。お裁きの場面で、お奉行に威厳を与えることで、13歳(?!)の子どもの利発さが目立つのですから、その位置関係を壊してしまうところまでやっちゃうと、おもしろくないんですよね。この噺の持つ気品のようなものがなくなってしまいます。小せがれの表現に、もうそっとらしさが欲しかったなとも思いました。「稲荷車」は、九雀は、最初から、客が騙してますよと、聴き手に明らかにしながら演じてるっていう感じです。それだからなんでしょうね、噺の舞台に暗さを感じません。今と違って、人力車が走ってた頃って、夜の街中は、もっと暗かったはずですし、ましてや、更に暗いところが、噺の舞台だったはずですから、陽気なやりとりだというわけはないはずです。場合によると、客が、財布をなくしたと、自分で気づくところまで、人間だということを隠しながら演じることも可能な噺のはずですのに、今日の演出は、ついていきにくいものでした。今日、九雀が出したネタは、どうしても、米朝の口演が耳に焼き付いてるものですから、それの良さなんかを再認識してしまいます。そのかげんか、若干、自分が感じてる3割以上辛口になってしまいました。
 帰りが大変です、岡町まで行きますと。帰りは、阪急電車で、十三経由河原町まで向かい、そこから、京阪電車です。「帰り俥」が終わったのが、8時45分、1時間半後には、辛うじて、家に入ってはいましたが、なかなか体力の消耗を伴ってしまいます。




2008年 11月 7日(金)午前 0時 2分

 今日は、暖かな日ですね。夜になってから、雨が降ってきています。傘を持って出なかった黄紺は、雨に濡れましたが、そういうときの、痩せ我慢に呟きます。「トルコ人、傘、ささない」と。冬場に、コートの襟を立てながら、傘をささないで、人が行き交うトルコの地方都市を思い描いています。で、今日は、3時半頃に職場を離れ、門真方面への出張。出張仕事が終わってから、また職場に戻るほどの時間はなく、そのまま、夜遊びの準備に入りました。ただ、夜遊びまでは、時間がありましたので、今日も、最近、よく足を運ぶ千日前のネットカフェで、時間調整をしてました。
 今夜行きましたのは、まだまだ続く「韓流シネマフェスタ」、無論、心斎橋です。今日、観たのは、「セックス・イズ・ゼロ2」でしたが、これが、正真正銘のB級映画。大学のハチャメチャな水泳部と、なぜだか、これと、よく行動をともにしている格闘技部の起こすハチャメチャなセックス・コメディ。セックスに関しては、かなりおおらかな国という認識を持っている黄紺からして、こういったカテゴリーの映画が、韓国発として存在するのに、違和感は起こりません。かなりハチャメチャで、くさいギャグ、寒いギャグが続いても、納得しているのであります。そういったハチャメチャ劇に、純愛のロマンスが絡まっています。映画全体のコンセプトが、くさいとか、寒いというものですから、このラヴロマンスも、くさいです。くだらねぇ、そして、ちょっとだけ、ホロッとして、最後に、なんで、こんな映画を観てしまったんだろうと思う映画ですが、その一方で、楽しんでる自分があるという映画でもありますし、韓国の笑いを探るには、なかなか興味のある映画ですよ。
 京都に帰ってきますと、猛烈な雨のため、駅から自宅まで走破。でも、着ていた物はぐっしょりです、まいりました。




2008年 11月 5日(水)午後 10時 54分

 今日は、仕事に余裕があることが、予め分かっていましたので、時間休をとって、文楽11月公演に行ってきました。文楽公演は、毎月あるものではありませんので、夜の部で、全部観ようと決めています。昼の部は、夜の部より混むということが分かってきましたので、夜の部を2回観ることにしているのです。文楽公演は、通常、途中で、昼夜公演を逆にしますから、そないなことが可能なのです。ましてや、今日は、平日ですから、入りは、週末に比べると、だいぶと落ちますね。でも、今日は、小佐田センセ夫妻や、講談会の常連さんを、お見かけしました。講談会の常連さんとは、お互い軽く会釈をして、ご挨拶をしました。
 で、本日の公演ですが、一つ目が、「双蝶々曲輪日記」でした。歌舞伎などでも知られた有名な演目、そんなのに出逢えて、楽しみに出かけたのですが、、、。主役は、濡髪長五郎。その濡髪長五郎が、痛めつけられている遊女を助け、更に、侍2人を斬り殺したことで、追っ手がかかります。その濡髪長五郎の実家が、京都の八幡にあり、折しも放生会の時期、しかも、実家の後継ぎは、庄屋代官の位を授けられたところという設定、さて、濡髪長五郎は、どうなるのでしょうという筋立て。何か問題を起こし、実家に逃げてくるという話は、時々、見かけますね。このお話は、そこに、時期と、実家に色が付いているというところで、差別化が図られています。観ていた者としては、体調不良ということもあるのですが、余りに動きが少ない、小さいのは、睡魔が押し寄せてきます。せっかく住太夫さんが出たのに、なんてもったいないことをしたと思っても、後の祭りです。なお、「双蝶々曲輪日記」ですが、今日は、「難波裏喧嘩の段」と「八幡里引窓の段」が出ました。
 もう一つは、「八陣守護城」でした。これは、加藤清正が主人公で、噂としてある、家康による清正毒殺説に拠った作品です。浪花入江の段が、いいですね。大きな船、琴の演奏、三味線に乗って動きだけで、芝居が進行していくのも、新鮮ですしね。ただ、この話は、毒をもられてるのではと思われる清正が、死んでないかどうかを確かめに来るのが、話の大きな縦糸です。そないな流れの中で、清正の息子と許嫁の女の物語が入ってきます。ここに、文楽の定番、義理の世界が展開をして、女は自害してしまいます。そして、やがて、清正も死期を悟っていくというものでした。「浪花入江の段」「主計之介早討の段」「正清本城の段」が、本日出ました。今日の演目は、義理の世界で、観ている者からして、もうギリギリで、聞いてられないというところまでのものはなかったようです。それが、居心地の悪さというものを生まなかったのですが、睡眠不足と舞台の少ない動きというのは、文楽鑑賞の敵ですね、ホント。




2008年 11月 5日(水)午前 4時 50分

 昨日は、3連休明けのうえ、仕事の方が、わりとせわしなくない日で、更に、夜遊びする予定もなく、えらくのんびりとした時間を過ごすことができました。3連休の内2日も出勤したのですから、うまい具合にバランスがとれました。そこで、こうなることが、予想でき ましたので、一昨日、DVDを返しに行ったときに、新たなDVDを借りておきました。それらを観る前に、あと少し残っていました韓国映画「風の伝説」を観終えました。こちらの映画は、ダンスにのめり込んだ男が、それを武器に、次から次へと、女に貢がせていきます。それが、ジゴロということで、犯罪が成立するということで捜査に乗り出す警察。突撃潜入捜査を命じられた女刑事も、ダンスに惹かれてしまってという展開です。ここで言うダンスは、社交ダンスです。そして、テーマは、芸術、ないしはスポーツ至上主義です。そういった純粋性に対置するのが、金であり、女であるという、とても分かりやすい設定が用意されています。だから、ジゴロが対置するキャラとして用意されていると言えばいいでしょう。ですから、筋立てとしては、いささか陳腐な印象を与えてしまいますが、それを隠してくれるのは、とても素敵なダンスです。主役は、どこかで見たなと思っていましたところ、比較的容易く思い出しました。「デイジー」で、チョン・ジヒョンが、花を送ってくれてたと思い込んでた方の男を演じてたイ・ソンジェです。女刑事役の女優が、かなり気に入りました。軽くなく、若い溌剌とした感じを、上手に出していました。ネットで調べると、パク・ソルミでした。「冬ソナ」に出ていたとありましたが、ちょろっとしか観ていないため、思い出せませんでした。
 もう1本、韓国映画を、DVDで観ました。「You're my sunshine!」です。韓国映画きっての純愛物などと言われますので、ずっと気になっていた映画です。韓国での題名は、「君は僕の運命」と言います。題は、どちらでもいいかな? 「君は僕の運命」は、台詞の中では、キーワードとして出てきますし、挿入歌として使われていますので。両極端なキャラを、この映画は用意します。いや、実話に基づいた作品ですから、よくできた設定となる男女です。純朴な酪農青年の純愛、それに対置する、わけありの、しかも、裏稼業で売春をしている女性ということですから、そんな書き方をしたくなります。男を演じるのが、先日観てきた、チョン・ジヒョンの最新作の相手役ファン・ジョンミンです。この人、純朴青年が合うのかなぁ。「星から来た男」と同じキャラ、もっとも、「You're my sunshine!」の方が先ですが。相手役の女優が、いいですね。ファン・ジョンミンのキャラも、相手役のチョン・ドヨンに、だいぶと引き出されてるなの印象です。何かの映画で観ているはずなのですが、出演歴を見ても分からないのです。で、筋立てですが、全く異なる二人が出逢い、結婚する話かなと思っていましたが、その結婚が、話半ばで実現します。となると、お約束の、わけありのわけってやつが明るみに出て、一悶着、二悶着で進むのかと思っていたところへ、一本の電話が入ります。やっぱり、わけありの電話でした。なんと、陳腐な展開よと思っていたところ、話は、思わぬ展開を見せます。日本の予告編で、この思わぬ展開と、黄紺が思ったことは明らかにされていたことを、あとから知りましたので書きますが、この映画は、エイズ問題の映画だったのです。監督が、この映画の基になった報道、即ち、映画の設定のような男女で、エイズに向き合って生きている男女の報道を知って制作した映画だったのです。えーって感じで、腰を入れ直して見入ってしまった映画でした。韓国映画は、奥が深いです。そして、韓国映画らしいくささを、この映画には感じました。あまりにも一途すぎる男に、くささを感じてしまいます。実話を基にしているために、そうなったのかなとも思います。自由奔放に作りにくいという制約です。その辺を割り引いて観ると、やっぱいい映画だと思います。ヒット作だと、観る前からインプットされてましたが、それもなるほどと思える内容だったと思いました。




2008年 11月 3日(月)午後 11時 55分

 今日、午前中は出勤で、解放されたのは、1時過ぎ。本日のお出かけは、午後の部と夜の部の二部制です。まず、午後3時開演の「トリイDE志ん輔」に行ってまいりました。東京の噺家さん古今亭志ん輔独演会が、トリイホールであったのです。トリイホールは、かつて、志ん輔の師匠古今亭志ん朝が、よく利用した旅館跡地にできたビル。そういった縁で、志ん朝門下の噺家さんが、よく東京から来演されます。今日の番組は、志ん八「牛ほめ」、志ん輔「お見立て」、(中入り)、志ん輔「文七元結」というもので、志ん輔の出したネタは、いかにも東京落語というもので、そうだからでしょうか、東京の噺家さんが、よく大阪で出されます。「牛ほめ」は、マクラと下げしか聴いていません。見事に、気づかない間に、ダウンしていました。ちょっと中が暑かったからだと思います。志ん輔は、「文七元結」が秀逸。長家の場面から、吉原の郭、文七の店、全て省くことなく登場、最後が、肴の話を簡単にして、めでたしめでたしで終わるのが、余韻が欲しい向きには、物足りなさが残りましたが、しっかりと、流れをきっちりと押さえてくれました。文七が、郭の名前を思い出そうとするところでは、頑張ってと声をかけたくなりましたし、やはり肴のところでは、涙腺が刺激されちゃいます。こないだ観たシネマ歌舞伎の舞台よりは迫力があり、感情の高ぶりも濃密ですね、落語の方が。やはり、動ける範囲が狭いですから、表現は、台詞重視、また、それに伴い、人の想像力は、かなり高みに上がることが確認できた思いです。「お見立て」方は、たい平の、声の良さ、テンポのいいのを、最近、聴いているために、若さに軍配を上げてしまいます。声ですね、ちょっと乗りが下がったのは。艶とか、華やかさとか、噺の背景となるものが欲しかったかな。すると、お大尽の田舎臭さが、更に引き立ったと思います。
 トリイホールを出ると、すぐ近くに、時間調整に、よく使うネットカフェがあります。今日は、1時間半もの時間調整。すっかり、HP更新作業は完了です。夜の部は、心斎橋シネマートで続く韓国映画に行きましたので、またまたお気に入りの三津寺前のラーメン屋さんで、晩ご飯をすることができました。今日の韓国映画は、「俺たちの街」というサイコ・サスペンスものと言えばいいかな? 幼い頃に、お互いに心の傷を持つ者たちが、その幼い頃の鬱屈とした気持ちを殺人と昇華させていくという構造。自分的には苦手なジャンル。目を細めながら、こわもので観なきゃならないっつうのが、困るんですね。それに加えて、この映画、かなりスプラッター度が高く、そういった意味でも、観たくないなんてことで、目を細めた箇所、いくつかありました。特に社会的背景があるわけでなしということで、私が嫌がったことを、ひやひやドキドキで観たい向きには、喜ばれるかもね。でも、私は、韓国映画と聞けば、こないなジャンルも、労を惜しまず観に行くことにしているのです。映画の傾向にも、何か、韓国の方向性が伺えるかもという興味が湧いてきてしまうもので。これで、3連休は終わりです。自分的には、せわしなかったなの、印象が残りました。2日は、出勤だったし、昨日の大遠征があり〜のに、1日目の寝過ごし事件もありましたしね。
 この2日ほどで、DVDで、韓国映画を2本近く観ている。完璧に観たのが、「誰にでも秘密がある」。イ・ビョンホン主演で、それに絡む三姉妹、そないな流れで推移します。次女を演じるチェ・ジウは、三姉妹の一人という役割でしかありませんから、イ・ビョンホンとの二大競演という言い方は適切ではないコピーです。三姉妹の中では、一番影の薄い長女役を影チュ・サンミ、素敵な歌を披露する三女を、キム・ヒョジンが演じてます。弟役のチョン・ジェヒョンは、「ブラザーフッド」などでも見かけた個性的な俳優さんです。内容的には、駄作ですね。二人の有名俳優の顔見せ興行っていうところかな? 素性が、最後まで明らかにされないというルール違反の男(イ・ビョンホン)が、三姉妹を、それぞれ手玉にとるように、我が物としておきながら、あとは、その喧騒を見守ってるという内容という捉え方で、いいかな? 三人姉妹を同時進行でものにしていく関係で、同じ場面を、違ったアングルで見るという手法が使われている部分が、唯一色めき立つところかな、そのくらいで、ここまで、がっくりくる韓国映画も、珍しいのじゃないでしょうか。もう1本は、まだ、見終わっていません。「風の伝説」という社交ダンスがモチーフになってる映画なのですが、ちょっと他人様のパソコンを借りて、再生を試みていたところ、途中で止まってしまうので、一瞬ひやりとしましたが、レンタルのDVDが傷物と判明。えらいものを貸し出しています。他の再生機では、大丈夫なんで、続きを観ていますが、音飛びがあって困っています。こちらは、あとちょっとで、ラストです。とまあ、時間があれば、韓国映画を観ています。




2008年 11月 3日(月)午前 0時 21分

 今日は、大変な移動距離。朝から、まず日曜出勤。ちょうど昼どきに、京都に移動し、弟と合流、弟の車で、山中越の滋賀サイドにある琵琶湖霊園へ。父親が関係していたキリスト教会の合同礼拝式に出席。1時間弱で礼拝式が終わると、再び、弟の車で京都に戻り、今度は、もう一度大阪に向かいました。ですから、1日の内に、京都→大阪→京都→滋賀→京都→大阪→京都と、大変な移動となったのでした。
 最後の「大阪」は、繁昌亭です。ちょっとご無沙汰の繁昌亭、今夜は、「また!また! 銀瓶・つく枝ふたり会 vol.3」がありました。番組は、瓶成「いらち車」、銀瓶「書き割り盗人」、つく枝「植木屋娘」、(中入り)、銀瓶・つく枝「対談」、つく枝「十徳」、銀瓶「帯久」ですが、銀瓶の「帯久」には、正直、びっくりです。こないな噺まで、手を着けるようになったのですね。ま、「立ち切り」で、あれだけの成果を残しているのですから、当然と言えば、当然です。瓶成は、ぶら下がる場面を、時間の関係でしょうか、カット、後半も、いきなり電車が出てきました。瓶成の得意ネタなんでしょうが、時間の経つにつれて後退している感じがしてなりません。「書き割り盗人」が、本日の最優秀作品だと言っていいと思います。つく枝の二つは、「植木屋娘」は、ネタ自体を好きではないし、「十徳」は、あまりに前座ネタなので外すと、もう、これ、「書き割り盗人」です。何がいいかと言って、「つもり人生」のアイデアが抜群。どっか〜んと受け たのは、間違いなくコアな落語ファン。それに、描き方の変化が、うまいと唸りました。同じ調子が続きますし、まあ、それは、描く物のおもしろさで、十分楽しませてもらえるのですが、銀瓶は、軽く上を飛び越えてます。銀瓶が、比較的早くから手がけていたネタに、このような形で再会できるとは、望外の嬉しさを感じました。つく枝の「植木屋娘」が、いいのは言うまでもないもの。これは、つく枝の勉強会で確認済み。周りの客が、噺に引き込まれていく空気を痛いほど浴びましたよ。「十徳」は、師匠から根問物をするのに、「つる」は難しいからと、こちらを薦められ、テープを渡され覚えたものとか。覚えたあと、見てはくれませんでしたとは、つく枝の弁。「帯久」は、思いもかけないネタ、つく枝のリクエストだそうです。つく枝は、終わったあと、「お兄さんのお奉行さんが良かったわぁ」と言ってましたが、正にそうですね。和泉屋と帯屋のやり取りが聴けるようになるには、銀瓶自身が、もう少し齢を重ねてもらわないとダメかもしれませんね。明るく華やかに流れてきた舞台の雰囲気をゴロッと変えるという意味で、とってもいい番組構成でした。対談は、つく枝のダイエット話や文三襲名、また、ダイエット話から、銀瓶の肉体自慢に、話が及んでいきました。でも、つくづく思いました。確実に、この二人は、将来の上方落語界を背負って立ってもらわないとあかん噺家さんだということです。
 ぼちぼちと寝ないとあかんのです。3連休の内2日は出勤なんですから。しかも、ともに定刻にということで、寝た方がましというわけです。きついわ、これって。




2008年 11月 2日(日)午前 3時 39分

 昨日は、珍しくも寝過ごしてしまい、と言いましても、夜中に目が覚め、2度寝をするために、アルコールの力を借りたところ、熟睡、結果的に、寝過ごしました。最近、毎日観ている「だんだん」の、朝の放送2回、そのいずれをも観れないという寝過ごし方。昼間の放送を観るか、夜の放送を観るか考え、即座に、夜の放送を観ることに決定。昨日の行動の時間的な枠が決まりました。、
 今日は、朝から心斎橋へ出かけて、先日から続いている「韓流シネマフェスタ」で、3本連続映画を観るつもりをしていたのですが、寝過ごした関係で、3本が2本になってしまいました。ただ、週末の混み具合は、ただ者ではありませんから、上映1時間15分ほど前に映画館に来たのですが、立ち見になるのを、辛うじて避けられたっていうところでした。1本目は、「私の恋」、2本目は、「星から来た男」でした。1本目は、一番前かと覚悟を決めていたのですが、なんと、自分的ベストの席のすぐ近くに座れました。えてしていい席が、ぽっかりと空いているものなんですね。「私の恋」は、4組のカップルが、若干接触しながら、別々に、その愛が進行するという形式。「サッドムーピー」は、様々な愛でしたが、こちらは、純粋な男女の愛です。そして、その愛が、皆既日食の瞬間に明らかになっていくというもの。そのシテュエーションがいいし、韓国映画っぽいです。そして、韓国映画っぽいと言えば、久しぶりにくささというものを感じさせる台詞や場面が多かったなぁという印象。地下鉄車両に蛍光塗料が浮かび上がるところは、その最高峰だし、先輩に酒の呑み方を教えてもらう二人の会話なんかには、しゃれた言葉を使おうとしたり、ま、その辺で、くささを感じたのです。贅沢を言うのならということで書きますと、外国から帰ってきた男が会うことになっていた女に、一ひねり が欲しかったですし、その外国から帰ってきた男と、イベントを企画する女を、早々と出会わせていますから、この二人の関係を使って、それぞれのカップルの事情をあぶり出すなんてことがてきるのになんて目で観ておりました。それぞれがハートフルなお話ですので、これはこれで、韓国映画観たぞの達成感を味わえて、○でした。
 2本目は、とにかく、チョン・ジヒョンが出るというので、今回、最も観たかったもの。ただ、一方で、韓国での公開では、すべったとの情報が、ネット上では流れていますので、そのわけも知りたいという関心から、最も関心の強かった作品でした。あの「猟奇的彼女」「僕かの」「デイジー」ときたスター女優が、その「デイジー」に次いで出した作品なんですもの。結論を先に書きます。韓国での評価は、とっても妥当です。スケールの大きな「デイジー」のあとに選ぶには、話が小さいですし、彼女がヒロインというわけではない作品です。もちろん「猟奇的な」の持つ強烈な個性が、先に立ちますから、キャラが似ていると、損をします。いろいろと、台本に工夫が満ち溢れている韓国映画の中で、「スーパーマン」を名乗る男までは、いいのだけど、そのあとの展開の地味さからすると、何か心の病なり、そっち方向だと考えないと、あとは、SFにしないと持たない設定やと思いましたし、主役の二人の心の細やかな交流がないとしんどいなと思え、更に、ラストの場面に、二人がいる必然性もないしと、ま、そないなところが幾つかあり、しんどいなとなるわけです。ファン・ジョンミンとの共演という売りがあったのでしょうが、地味な映画だなぁっていうところでした。




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