忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2009年 1月 12日(月)午後 11時 37分

 祝日の午前中、韓国映画「友へ、チング」を観た。韓国で、大変な観客動員を記録したなんていう触れ込みは承知していたし、また、「ブラザーフッド」「タイフーン」のチャン・ドンゴンの出ていることも知っていたのだけど、なぜだか、真っ先に観ようかという気が起こってこなかった映画でもあるのです。それは、考えるに、先が読めてしまいそうな、しかも、先にあるのが、幼なじみたちの和解とかという平和的な方向に流れていくのではなく、幼なじみの友情を引き裂くかのような、胸の苦しくなるような結末が待っている、そないな予感がしたからでしょう。そして、実際観てみて、考えていた通りの展開が待っていました。子ども期、高校時代、ヤクザの世界に入る者・大学生の時代、ここからは、ヤクザの世界に入ったユ・オソン演じる男を基軸に、そして、やがて、その男と対立するグループに入りのし上がっていくチャン・ドンゴン演じる男との危うい関係へと話は焦点化してい き、悲しい結末を迎えてしまうのです。「トンケの蒼い空」なんかも、時系列を階段を上がるような進行を持たせていき、お互いの人間関係の進展を描いていきますが、それが、男の友人同士、しかも、ヤクザが絡むという設定なのですが、なんか、このパターン、何度か観たよなの感じにとらわれてしまいました。なお、ユ・オソンは、「角砂糖」で、主人公の相談役になっていたあの落ち着いた感じの俳優さんであると判り感激です。見事な変貌ぶりです。
 ちょうどお昼頃に、弟の家に行き、ちょっとおしゃべり。先日の旅行の写真を見ながらのものでした。そして、今日も大阪にお出かけ。行き先は、九条のシネ・ヌーヴォ。アルゼンチン映画「オリンダのリストランテ」を観に行ってきました。そして、アルゼンチン映画に、またしても泣かされてしまいました。いい映画です。ブエノスアイレスで、レストランを営むオリンダ、彼女は、若い男を一人雇い、結構広いレストランを経営し、且つ、自ら厨房に立っていた。その店に、アルゼンチンにいるはずの彼女を探しに、一人のドイツ人の若者が転がり込んできたときから、初老のオリンダの中が、少しずつ変わり出します。ドイツ人の青年の一途に人を探す気持ち、また、久しぶりに聞く外国語、彼女は、イタリア移民のアルゼンチン人だったのです。自ら行動に移すことを自覚したオリンダには、どうしても、故郷のイタリアの町を訪れたかったのです。更に、オリンダの周りにいるおなじみさんの中に、日々通ってくる初老の紳士にも、影響は与えていきます。オリンダともども、お互いかけがえのない存在になっているにもかかわらず、年齢のこともあり触れないことを良しとしていたのですが、そのままにしておいてはいけないと考え始めるのです。イタリアに行っても帰ってきて欲しいという気持ちを伝えるところで、どうしようもなく、涙が出てきました。結局、ドイツ人の青年は、探し人を偶然見つけます。が、最早、そのときには、彼女は、青年が探していた彼女ではありませんてした。アルゼンチンにいる意味のなくなった青年は、ドイツに帰ると言いますが、オリンダがイタリアにいる間は、少なくとも、オリンダのレストランを切り盛りしてました。この映画は、イタリアからのカードが、ドイツ人の青年の手を通じて彼女を待っている初老の紳士に渡されるところで終わります。人と人の出会いが、一人一人に新たな可能性を与える、ある意味では、随分と使われたテーマかと思いますが、描かれる人物の魅力、また、それを演じきる俳優さんの力量で、見事な感動を与えるものとなるものです。昨年に続いて、またしても、アルゼンチン映画にやられました。ホント、いい映画です。
 九条から、とってもすんなり南森町に移動。30分ほど時間がとれそうでしたので、おなじみの南森町のネットカフェで、時間調整。夜の部は、繁昌亭だったのです。今夜の繁昌亭は、「新春 林家一門顔見世興行」があったのです。昨日と今日の2日連続の公演でしたが、その内おじゃまをしたのは、2日目となります。実は、文楽に、ここで1回は行こうとしたため、この林家の会の出演者を見て決めた次第です。染左、染雀、花丸と並ぶと、迷いはないですね。番組は、染吉「阿弥陀池」、卯三郎「湯屋番」、染左「壷算」、うさぎ「ふぐ鍋」、染二「寝床」、(中入り)、染雀「宗論」、花丸「太鼓腹」、染丸(小鼓)染二(小鼓)うさぎ(大鼓)染雀(三味線)染左(小鼓)林家和女(三味線)山澤由江(胡弓)「三曲万歳」となりましたが、各噺家さんの鉄板ネタが、えらく並びましたので、それは置いておいて、注目は、卯三郎と染左。卯三郎が、今までの控えめな高座からすると、ネタのチョイスとしては、ありえないもの。まず、そのチャレンジ精神に拍手ですし、また、その意欲が、立派に口演に生きていたと思います。番台の上で、好き放題の若旦那の青白さも見えてきそうな好演でした。この世代の層が、厚くなっていきますね。染左は、どんどん大阪的泥臭さを深めていっています。へっついを買ってもらう男のボケ倒しがいいし、それを、マジ切れで突っ込む徳さん、もっと知的な男と思ってたぞと、染左が演じると、自分の持っているイメージが相対化されます。最近、染左の落語を聴いていると、よく体験させられます。「寝床」は、誰も聴いてくれないということが判るところまで。染雀の「宗論」を聴いて、いつも思うこと。「宗論は、どちらが負けても釈迦の恥」というフレーズを使う のなら、キリスト教徒を出すのは無意味だと思います。マクラの陰陽の話も、同様です。染雀ともあろう人が、なんで、こないなことをしているのでしょうか? なお、このネタは、染語楼からもらったということでした。花丸のネタ、少しずつ進化していってます。ホントにうまいものです。本日の売りは、最後の「三曲万歳」。「忠臣蔵」を、三味線などの楽器に乗せて辿ろうというもの。胡弓が入るだけで、随分と音楽的幅が出てくるから不思議だし、三味線が染雀とのツレ弾きということで厚みを持ち、きっちりと胡弓の独特の音色を受け止めている。途中に、「質屋芝居」「小倉船」のフレーズも入り、従って、掛け合い、所作も入り、この音曲万歳のハイライト的部分を作り上げていました。こういったことをするときって、ホント、染雀の存在は大きいですね。三味線が弾け、芝居、しかもおやまができるということで、欠かせない存在です。
 そんなで、3連休ではなく2.5連休という中途半端な休みでしたが、終わってみると呆気ないですね。とまあ、いつものフレーズが出てしまいました。




2009年 1月 12日(月)午前 4時 48分

 久しぶりに睡眠時間を十分にとれた日曜日、既にちょこっとだけ観始めていました韓国映画「子猫をお願い」を観ました。あまり、どういう映画か解らず、暮れに観た「復讐者に憐れみを」に出ていたペ・ドゥナが出てるというだけで借りてみた映画だったのですが、これが、またなかなかいい映画だったのです。5人の女性が主人公の映画、最初は、高校生5人組が、将来の不安も何も感じないかのように、高校生活を謳歌しているところを見せてくれますが、映画のほとんどは、その2年後が舞台。ペ・ドゥナ扮する女は、父親の店を手伝いながら、わりかし自由に市民活動家風でもあるのですが、家族の中での居場所がなさそう。「光州5・18」に出ていたイ・ヨウォン扮する女は、親のコネで、ソウルの証券会社に勤めており、勝ち組という自信を撒き散らしている。映画の終盤になって、ようやく、このまま一生、雑用係で終わってしまいそうとの不安を見せ出す、ちょっと自分自身の生き方を見つめる機会がずれてしまっている。オク・チヨン扮する女は、アート系才能がありながら、この5人の中では、経済的に極端に貧しく、病身の祖父を抱え、およそ希望する勉強などできる環境にはない雰囲気。残りの2人は双子、この双子は、キャラ的に弱く、敢えて双子にして、残りの3人に焦点化しようとの構成になっています。展開は、取り立てて、何かが起こるわけではなく、焦点化された3人の日常が描かれていき、20歳になったそれぞれの日々の生活が描かれ、それぞれの感覚が違っていく、その行き方、そんなのが描かれ、また、ときには再会する5人が描かれていきます。ストーリーが、ぐぐっと動くのが、アート系の女の家が崩壊し、その女が一人になってしまうところから。崩壊した家から唯一生き残った子猫が、最後、双子に預けられ、エンディングへと向かいますが、社会の現実に直面し、馴染んでいると錯覚していて、それに気づいたときに呆然とする術しか持てない女、いくら馴染みたいと思っても、家族状況や貧困のために拒絶されてしまう女、社会的関心が高く、それに馴染んでしまうことを潔よしとしない女、20歳の女が出逢う、あまりにリアリティのある現実が、見事に映画化されています。「復讐者に憐れみを」で目についた女優ペ・ドゥナ、ちょっと尖った女を、等身大に描いています。「子猫をお願い」は、彼女にとって「復讐者」に1本先行する作品です。
 昨日のお出かけは、午後2時前から。軽くお茶をすることを目的に、ネットカフェのフリードリンクを利用。一昨日と同じ日本橋駅上のネットカフェだと、40分くつろいで、割引券を持っているので、150円で済んじゃうのです。昨日の行き先は、国立文楽劇場。文楽1月公演の夜の部に行ってまいりました。只今、夜の部では、「新版歌祭文」、世間では「お染め久松」として知られている演目です。パンフレットには、きっちりと、当代春団治が文を寄せていました。落語ファンには、3代目や桂文楽の出囃子として知られています。どういうところで使われてるのか興味のあるところです。「座摩社の段」「野崎村の段」「油屋の段」、この3つの段が、今回の公演では上演されました。「座摩社の段」は、油屋の丁稚久松が、油屋の娘お染と逢瀬を楽しんでいるときに、盗みの嫌疑をかけられてしまういきさつが描かれます。それがありますので、久松は、野崎村の実家に送り返されてしまいます。「野崎村の段」です。追いかけてくるお染。実家で待っていたのは、許嫁おみつ。三角関係に悩む久松。結局、死をも覚悟している二人ということを感じたおみつが出家することで、なんとか解決。そして、二人は、籠と舟で大阪へ戻っていきます。この段切りで奏でられるのが、春団治の出囃子に使われているメロディ。ツレ弾きと言って、ここだけ、三味線が2本となりました。ただ、この話、おみつの出家が明らかになってからが長い。この段が有名なので、この演目って、この野崎村の三角関係が基になって心中事件に発展するかと思いきや、「油屋の段」で、話はごろっと異なった展開を見せます。確かに、若干なりとも伏線が、「野崎村の段」では、一応振ってはありますが、、、。あまりにといえばあまりの展開。久松は、実は、、、、という出自だと明らかになっていき、今まで、久松を毛嫌いしてきた男が、実は忠臣だったりと、文楽らしい大展開。もう、呆気にとられるしかない展開です。ここでは、途中から、完全にお染との恋物語は吹っ飛んでしまってます。久松の出自が明らかになる段ですが、それがまた、お染との仲を引き裂いていくってことでしょうか? 二人の心中に至る過程が、ここまででは、推量するしか手だてはありません。




2009年 1月 11日(日)午前 6時 26分

 昨日は、振り替えありの午前中勤務の日。3連休が、3連休じゃなくなりました。でも、お遊びのほうは、きっちりと週末の定番2部制を実行に移しました。午後は、難波に移ってから初めてとなります「花花寄席]、場所は、「ヨシモト∞ホール」というところ。要するに、NGKの2階です。普段、TVの収録でもやってんでしょうか? がらーんと広いスペースに、梅田花月で使っていた花花用の寄席セットが組まれて、客席は椅子と移動式階段座席。客は40人くらいかな? 昨日の番組は、さろめ「東の旅発端」、染太「動物園」、染雀「金明竹」、瀧川一紀「マジック」、かい枝「カズ子とハルコ」、(中入り)、青空「漫才」、あやめ「義理ギリコミュニケーション」となりました。さろめがうまくなっています。やはり、喋り続けることって大切だと、つくづく感じました。間合いが取れてくる上、ちょっとした動きが自然になってきます。染太は、マクラに、大きなスケッチ帳を持参して、塾の講師時代に遭遇した生徒の珍解答を披露。初物でしたが、これは大受けでした。染雀は、マクラで、蛭子についての民俗学的知識を披露。マレビト的把握で、なかなかおもしろい講釈。時節柄、いいものを聴かせてもらえました。さすが、染雀です。ネタも、だったらいいなという鉄板ネタ。でも、黄紺は後半、猛烈にダウン。もったいない話です、相変わらず。かい枝も、鉄板ネタですが、マクラは変えてきてました。ですから、最初は、このおなじみネタかどうか解りませんでした。かい枝自体を聴くのは、アメリカから帰ってきて初めてですから、この馴染みのネタも久しぶりでした。青空って、わりかし気に入りました。おっさん化したボケ、ちょっとしつこいけれど、あ〜、こんなキャラがいるんだって感じで新鮮だったし、妊娠8ヶ月の女漫才師が舞台に立っているのを見ると、ハイヒール効果が出てると思えて嬉しいのです。そして、トリがあやめ。こうくると、えらいいい番組です。土曜の午後、こんないい番組を、いいお値段で、これはありがたい寄席です。何度も聴いたあやめの鉄板ネタ。この日も、進化していました。「千の風にのって」が初登場。姑をコケにする替え歌、うまいですね、相変わらず。こういった進化を、あやめが見せてくれますので、常に満足度が高いのです。
 夜の部を前にして、40分程の時間調整は、日本橋駅上のネットカフェ。5時には、下に降りてられるようにと考えての時間調整でした。 夜は、繁昌亭です。「第5回 笑エネ会(笑いのエネルギーの会)〜座長シリーズ其の四 桂つく枝の巻〜」があり、お目当てのつく枝が、 この日の主任で、「莨の火」を出すというので行って参りました。前に1度、ワッハの会で聴いてはいるのですが、この大ネタを扱う人が少ないので、出ると行ってしまいます。番組ですが、文喬「親子酒」、つく枝「道具屋」、仁嬌「崇徳院」、(中入り)、阿か枝「勘定板」、つく枝「莨の火」、鹿芝居「住吉籠」というものでした。ところが、この会の前半が、ホント起きてられなかったのです。昼間、染雀の口演の後半で、どうしようもなくなった状態が、ほぼ前半ぶりかえしました。まあ、なんせ、帰国便の中から睡眠時間が、極端に減っていますから、ちょっと前夜5時間寝れたと喜んでいるくらいでは、どこかで、体が悲鳴を上げるようです。その山が、昨日は2回あったということなんでしょうね。ようやく、中入りで持ち直しました。阿か枝のこのネタ3度目くらいかな? こういったネタを好みそうにもないのにと、阿か枝のキャラと重ねて思ってしまうのですが、実際、デフォルメしない口演ですからネタ本体そのままを聴かせてもらえる気分になれます。それでも、算盤からこぼれかけているうんこ丸見えです。つく枝の「莨の火」は、2度目です。前半が、良くなりましたね。飯の旦さんの飄逸とした雰囲気が、長閑な住吉街道と重なり、くっきりしました。その旦さんが、何やら大金持ちなの、それともまいすなのっていう感じが出てきた当たりから、華やかさ、そういった転換が欲しいのですが、中盤から後半への転換に、まだ、不満が残ります。この昂揚感があって、初めてサゲが生きてくるのですから。前回聴いたときは、平板に過ぎると思ってしまったものでした。このネタに思いを馳せると、どうしても、先代の染丸が思い浮かびます。満面の笑みで飯の旦さんを演じる姿を想像してしまうのです。その姿で、既にお大尽を想像してしまいかねませんが、飯の旦さんかどうかが明らかになる前から、このお方は、お大尽として振る舞っているのですから、そういった風格とかが欲しいですし、そのお大尽としての行動を見せ始めてからは、小判の輝きにも匹敵する煌めきのようなものを垣間見せて欲しいと思ってしまうのです。つく枝の高座が跳ねると、文喬が幕前に出てきて、そのあと行われる鹿芝居についてもコメント。酔っ払いのところまででしたが、ネタを、ほぼなぞるもので、なかなか客席には受けていました。配役は、(籠かき)つく枝・阿か枝、(茶店の主人)仁嬌、(酔っ払い)文喬というものでした。




2009年 1月 10日(土)午前 6時 14分

 寝不足は止まりません。仕事もきつい日で、1日もつかなと思っていますと、存外もつものです。まだまだ、旅行で鍛え上げた体には、リバウンドはきていません。そんなですから、昨夜は、今年初のワッハ。4階でありました「南湖だんご43〜旭堂南湖話術研究会〜」に行ってまいりました。南湖一人で、中入り10分を入れて、2時間読むというすごい会となりました。但し、前半で、断酒会に通った話や、今年にかける熱い思いが語られたりと、随分と横路にそれましたが。そんななかの番組は、「難波戦記〜般若寺の焼き討ち〜」「赤穂義士銘々伝〜大高源吾〜」(中入り)「細川の福の神」でした。横路にそれた前半というのは、「般若寺」、南湖によると、入門後、師匠から教えてもらった2つ目のネタだとか。ですから、横路にいくらそれようが、自在に戻ってこれるという風情。ただひたすら逃げまくる家康を描く難波戦記らしいネタです。その怯える家康ですが、滑稽味を伴わせていく手法って、やっぱ、先代南陵テイスト満載になります。また、そんなのが微笑ましいのです。だけど、その南陵テイストが、一番色濃く出るのは、弟子の中では、南湖じゃないかな? 「赤穂義士伝」は、前回で、ようやく「中山安兵衛」が終わり、新年の冒頭からは、義士の中でも人気の高い大高。話のスタートは、大高源吾が、中村勘助とともに、江戸に向かう途中、津にいる兄を訪ね、今生の別れを、それとなくしようという話から始まりましたが、この話が、実にいいのです。兄は、頭のいい人で、この訪問が、何を意味するのか見抜きます。仇討ちが、事前に知れるとまずいということで、大高は、人でなしとも見える応対をしますから、兄は怒ってみせはするのですが、でも、全て、兄は解ってのふるまいだということが判る場面は、ぐぐっと来ます。涙腺直撃でした。親族との別れを描くものには、「赤垣源蔵、徳利の別れ」「間十次郎、雪の別れ」という名作がありますが、この話も名作です、ホント気に入りました。安兵衛キャラよりは、大高キャラの方が、自分的には、お気に入りです。江戸に着いた大高は、吉良の屋敷に探りを入れようとして、煤払竹売のみすぼらしい風体でいるところを、芭蕉の門人宝井其角と両国橋上で出会い、其角の「年の瀬や水の流れと人の身は」という上の句に付けて、「あした待たるるその宝舟」と下の句を返す知られた話などへと続き、討ち入り当日に入る直前で切られました。とても楽しみな話になりそうです。
 南湖は、明治期に創られた探偵講談を、2ヶ月に1度、福島の本遇寺で行ってきましたが、この1月の会で止めるそうです。それは、ワッハでの「南湖だんご」と、雀のおやどの続き読みの会に集中するためということでした。そう言えば、2月の「講談毎日亭」では、探偵講談で続き読みをしようとしています。やはり、台本を作るのが大変なのでしょうね。質的低下を招くのなら、1つの会を閉じて、台本の充実に向かおうという決意と看ました。丁度、入門10年だそうです。コンペへの参加も、今年は試みようと、10年という節目を機会に、真面目に、講談に取り組む姿勢が、こういった判断をさせたのでしょうから、これからも見守っていきたいと思います。




2009年 1月 9日(金)午前 0時 44分

 ウィーンから帰ってきて、ずっと眠いんだけど、そして、簡単に寝れるんだけど、あっけなく目が覚めてしまい、もう次には寝れないという状態。実は、今回の旅行の最初、ブダペストで3泊しましたが、その3泊が、ずっとそないな状態でした。これはつらくて、ついついお酒に頼ってしまいます。で、それで眠れたとしても、絶対的な睡眠時間は少ないのです。昼間、仕事をしていても、ずっと頭は冴えないのです。会議中も、人のしゃべってる内容が、しかとは把握できない始末。落語会に復帰して、自分の生活サイクルを、後ろにずらした方が賢明とまで考えたわけではないのですが、そないな体調のなか、今年初めての落語会に、よりによって、黄紺の出かける一番遠い会場となっている豊中市立伝統芸能館まで行ってまいりました。「第74回月なみ九雀の日」という会があったのでした。本来ならば、トリイホールであった「ミナミ八日寄席」に行くつもりだったのが、予約をするのを忘れ、同じ米朝一門の九雀の会に行ったというわけです。
 番組は、とま都「つる」、九雀「元犬」、由瓶「おごろもち盗人」、(中入り)、九雀「あくびの稽古」というものでした。とま都は、ネタ的には、「桃太郎」以外では、初めて聴くものだったのですが、これが大収穫。ちまちました感じの話しぶりが、きれいに影を潜め、根問物の心地良い掛け合いが生まれていました。殊に甚兵衛さんに入る間合いがいいものですから、もうそれだけで、甚兵衛さんの年格好のようなものまで出ていました。あとは、「つ〜」「つる〜」のノリの部分です。またしても、楽しみな噺家さん登場です。由瓶も、とてもいい調子。言葉の安定が大きいです。この人は、ネタが、自身の口になじんでないと、バタバタ感の出る人なのですが、それとは、全く逆であることが大きく、そのため、盗人が、ときにはドスを効かせたり、「すんませ〜ん」と、気弱に謝ったりする可笑しさが、ビシバシと決まっていきました。それが決まると、もう客は、演者の手の内に入っていきます。「看板のピン」と並んで、由瓶のお薦めネタです。主宰者九雀は、ネタのチョイスが、少々寂しい。「元犬」が、まず出たものですから、これは、大ネタを用意しているはずの期待感が高まっていってたところに、「あくび」は、外してくれました。いずれの噺にして、九雀は、彼らしい改作を見せてくれました。「元犬」っていう噺、あまり出ないのですが、後半、どのようになるんでしたっけ?  働きに行くっていうことは記憶にあるのですが。九雀は、働き口の主人のお供をして出かけると、犬嫌いの主人に犬がよって来るので、その撃退法を教えると、やがて、外国からやってきた犬が登場してきてしまうというものでした。「あくびの稽古」では、指南役の教えるあくびの極意の中に、「寄席のあくび」や「将棋のあくび」という九雀テイストの詰まった改作がなされていましたが、自分的には、こういった九雀テイストには、乗り切れないことが、ままあるのですが、今日は、そういう日かな?
 なお、この会で、毎月配られる「九雀月報」に、今回の上方落語協会への復帰ドキュメントが記されており、まず、九雀とむ雀による復帰話がふり出しだったことが判りました。九雀からすると、む雀に、鳴り物の仕事をさせる場としての繁昌亭、また、それをきっかけに、自身が復帰するこの上ない機会と捉えたのだろうと思います。枝雀一門では、復帰については、個人の自由裁量との合意は、既に出来上がっていたようで、二人だけで、復帰することも可能だったようですが、周辺の了解をとるといった方法をとる中で、雀三郎、及びその一門、雀松が、この復帰劇に合流したようです。仲介役としては、米朝一門の総師ざこばから三枝会長へのホットラインも機能したようで、かなりのスピードで進行したという感じでした。なお、枝雀の孫弟子には、直接な接触は避け、師弟での話し合いなどに委ねたということで、至極妥当なことと思います。一方で、む雀の消息も判り、残念と思う気持ち同様、得意の鳴り物で、落語界に関わり続けていってくれるということを知り、その分では、とても嬉しく思います。とにかく、3月上旬には、復帰組みの中から、まずは、九雀が繁昌亭昼席に登場しますので、既に、この記念すべき週のチケットはゲットしている黄紺なのであります。




2008年 12月 25日(木)午前 6時 2分

 いよいよ、今日から旅行というのにもかかわらず、昨日も、普段と同様、夜遊び敢行いたしました。行き先は、10年ぶりくらいになるのじゃないかなぁと思います「第170回オーク弁天寄席」。大阪環状線弁天町駅前の「ORC200」の7階にあります弁天町市民学習センターで行われている会です。お世話をしているのが、旭堂南鱗と笑福亭学光という仲良しコンビ。入場料なしというのも人気で、たくさんの方々が詰めかけていました。以前来たときに比べ、随分と客足が早くなっているのには、びっくりしました。昨日、この会をチョイスしましたのは、他に行こうという気が起こる会がなかったということがあることはあるのですが、出演者の中に春野恵子の名前を見つけたからなのです。最近、浪曲を聴いていませんでしたしね。そんなで、昨日の番組は、学光・南鱗「前説」、暁光夫「三味線漫談」、春野恵子「お菊と播磨」というもので、お世話役の二人は、冒頭での掛け合い漫才的な挨拶と、最後の抽選会だけということで、昨日の正真正銘の寄席的本芸は、三味線漫談と浪曲だけでした。これは、あきません。最近、いくら少なくとも3本は、本芸を出します。入場無料だからと言って、この番組は、ちょっと困ったものです。ま、そうは言ってみても、狙いは、春野恵子なんだから、それが聴けたのですから、文句を言うものじゃないのですが、、、とまた、元に戻りそうです。その春野恵子のネタは、一番分かりやすいドラマとなっており、春野恵子の劇的表現が、最も生きているものだと思っているネタですし、昨日も、そのことを確認させていただきました。ただ、三味線(一風亭初月)につけたマイクのレベル調整ができていなくて、とっても聞き苦しかったのが惜しまれます。暁光夫は、弟子の方でした。芸歴60年にして、今年の芸術大賞の師匠の方が来るわけないですね。どっちがどっちかわかってない分、登場まで、どっちが出てくるか楽しみにしていたのですが、、、外してしまいました。暁光夫という人、三味線のプロのはずなのに、ちょっと音を外しすぎてはいませんか? そして、おっさんのタメ口しゃべり嫌いです。なめたようにしか聞こえてこないのが、おっさんのタメ口しゃべりですものね。聴いている客も、年寄りが多すぎです。おっさんのタメ口と過剰な老人集団に流れる淀んだ空気は、ちょっとした睡魔が忘れさせてくれました。
 そんなで、まもなくお出かけ準備に入ります。仕事ではなく、日本を離れようというのです。毎度のことながら、行き先を迷っています。飛行機の中まで迷い続けることになります。今回は、行きたいコースがあるのですが、結構、無理のあるコースなので迷っているのです。幾つかの国境を越えるコースでもありますので、迷いが深くなっていきます。別立てのコースも用意しており、こちらも魅力的なものなのですが、悔いが残るかもと思うと、その無理筋的なコースが捨てられないのです。さて、決断は? そうなると、最近は、危うい方を選ばないのが黄紺の常套とはなっていますが、、、。




2008年 12月 24日(水)午前 6時 3分

 昨日の午前中は、旅行準備。いつも持っていく決まりきったものは、いつものところにあるはずと思っていたのに、それがないと大混乱。コンセント一式がないのです。一応、種々コンセントがあるなか、淘汰されたかなというものを、毎回、同じようなところから出し、同じようなところに入れる、昨日も、そのはずだったのですが、昨日はないのです。あせりながら、頭は、フル回転。そないにたいそうなことではないのですが、一つのことを思い出しました。息子が持ち出してる可能性がひらめいたのです。確か、マカオに持っていったはず。当たりでした。記憶には、自信を、すっかりなくしていますが、昨日 は、「返した」「カメラと一緒に返した」と言う息子よりは、しっかりしていました。でも、「カメラと一緒に」と言われたときには、完全にひるみました。だって、カメラは、黄紺が旅行用に確保していたんですから。
 その旅行準備をする前に、こ日曜日に半分観ていました韓国映画「私にも妻がいたらいいのに」を観終えました。この映画は、「ペパーミント・キャンディ」「力道山」「オアシス」のソル・ギョングと、「シークレット・サンシャイン」で、カンヌ主演女優賞をもらったチョン・ドヨンが共演という、ただただその組み合わせにそそられて借りてきました。ソル・ギョングの役は、VTRに、将来の恋人に向けて話しかけるというパッとしない銀行員。チョン・ドヨンは、その銀行の向かいで働く塾の講師。そないな位置にあるため、よく銀行を訪れている内に、ソル・ギョング演じる男に関心を持ってしまう。だけど、男には、たまたま会った古い知り合いと付き合い出す。主役の二人は、様々なところで遭い、またすれ違うが、一向に、二人の関係が深まる気配はないのですが、女の方が、かなり強い関心を持っていきます。その気持ちを、銀行のATMに向かって伝えます。他方、男は相手の女性が経営する店の資金繰りが苦しくなっていくのを知り、なんとかと考えているのですが、女の方は、行方をくらまししまい、途方にくれている男が、仕方なく、銀行に遅くまで残り、監視カメラの録画を見ていて、ついにチョン・ドヨン 演じる女の気持ちを知ります。そこから、この二人の関係が出来上がっていくのですが、ここまでが、こないな具合ですから、静かに静かに関係が出来上がっていく様が描かれていきます。それを、この二人が、微妙な心の揺れまで細かに表現してくれます。こういうちょっと古いタイプの韓国映画を観たの、久しぶりです。作品自体は、2001年制作だそうです。
 昨日も、ちょうどお昼頃にお出かけ。旅行準備なんかで慌ただしくしていたのは横に置いて、落語会に出かけました。まず、ワッハの7階でありました「林家亭12月席〜染左開発計画〜」に行ってまいりました。番組は、染吉「つる」、染左「ふぐ鍋」、都んぼ「あくびの稽古」、染左「うんつく酒」、(中入り)、染左「掛け取り」でした。染吉は、初めての遭遇かな? 確か、そうだったような気がします。いきなり、マクラを聴いていて、訛りがあるっていうことに、すぐ気づきましたから、そういった特徴があれば覚えているはずですからね。噺の運びは、まだまだです。演出ではなく、噺の緊張が続かないっていうところです。染左の一つ目、「ふぐ鍋」が、とってもいい出来。今まで使われてきたくすぐりを網羅し、且つオリジナルなくすぐりも挿入し、尚且つ、しつこくならない。変にもったいぶらない口跡爽やかなという印象を持ちましたが、染左が、こないなネタを器用に仕上げてきます。やっぱり実力者です。次の都んぼの途中から、朝5時半に起きたままというのが堪えてきました。ところどころが飛んでしまってます。「あくびの稽古」は、きばらないぼやーっとした噺のはずですが、都んぼはきはってくれます。また、都んぼは、そうでなくっちゃと、そのきばりを受け入れ喜んでいるのです。昨日は、習い手の男が、あくびの稽古に行く前は、女型の稽古に行ってたという設定。ときどきおかま言葉にしてしまうという力技。ちらっとだけ、それを投げ込まれると、とってもおかしいですね。肝心の指南役の男の見本のあくびところは、全部飛んでしまいました。めちゃくちゃもったいない話です。それが、とっても珍しい「うんつく酒」にも続いてしまいました。酒を呑みたい男たちが、運付くだと言って、造り酒屋の主人を言いくるめているところに意識が飛び、なんか、何が起こってるのか解らなくなってしまい、ぼやーっとしている内に終わってしまっ たのです。実は、開演前、染左さんご本人がうろうろされていましたので、直接お尋ねしました。どなたからもらわれた噺かと。お返事は、円都師の音源が残っているのでということでした。今、どなたもやられてないのではと言われましたので、宗助さんがやられているはずですと、お伝えしますと、やはり、それは、円都師から米朝師のルートでしょうとのことでした。中入り後は、2日連続の「掛け取り」でした。昨日は一昨日、染雀がカットしたケンカ好きの男も登場しました。出てくる順序は、歌舞伎好きまでは、染雀と同じで、最後に、ケンカ好きの男が出てきました。で、2日とも、下げなしで、「わーわーと言うております」で終わりました。そう言えば、下げを聴いたことあったっけと、疑問がわいてきました。
 難波から梅田に移り、旭屋に行き、洋書売場に行きかけ、思い出しました。なくなったということを、どなたかから聞いたぞと。一応、各階の案内表示を見て確認しましたが、ありませんでした。そこで、梅田での時間調整の定番化したネットカフェで、約1時間半過ごしておりました。それから、中崎町までの途中にある「すき家」で、晩ご飯。夜のお目当ては、中崎町の町屋を改装した喫茶店「SALON DE AManTo(天人)」でありました「べにこご〜しゃべる紅雀×しゃべるこごろうvol.54〜」に行ってまいりました。いつもは、開演時間が、7時半なので行かないのですが、もう、この時期ならいいかと行くと、今回が、最終回でした。スペースが狭すぎます。もっと続いても、開演時間ともども、昨日以外は、行くことはなかったと思います。こごろう「挨拶」、雀五郎「初天神」、紅雀「不動坊」、ねこまんま「漫才」、こごろう・紅雀「漫才」、(中入り)、こごろう・紅雀「トーク」というのが、番組でした。雀五郎は、どこまで進化するのでしょう。聴くたびに、聴き手を喜ばせてくれます。昨日のハイライトは、虎ちゃんの騒ぎすぎと、それを怒鳴りつけるおやっさんが、最高。そういうツボを掴むのが、うまいですし、それを、うまい具合に実現してしまいます。紅雀の「不動坊」は、当代最高の「不動坊」と言っていいかと思ってる代物。だけど、そう思ったら、そのあと聴いたときに、グレードが落ちてることが、ままあります。紅雀の場合も、そうでした。うまくいくと、欲が出るんでしょうね。昨日の場合でしたら、風呂場の場面で、テンポを落としてみたり、オリジナルなくすぐりを入れたりしたのが、それですね。漫才は、ねこまんまの方が、三題噺よろしく、挨拶に出てきたこごろうが、お題をもらってから作ったものとか。なかなかうまい仕上がり具合に拍手です。紅雀との漫才は、不慣れなんでしょうか、そんなところはありましたが、ネタは、ちゃん工夫をされたものでした。中入り後は、客が書いたアンケート用紙を読みながらのトークでした。ちょうど、ラジオのDJの乗りでした。そんなで、最終回と知らずに行った、なかなか終わってしまうのは、もったいない感じのする会でした。




2008年 12月 23日(火)午前 6時 31分

 昨夜は、連続で、繁昌亭。なんか続きます。実は、昨日の開演時間を、電車に乗って、しばらくするまで、6時半だと思いこんでいました。それだと、完全に遅刻だったのです。仕事が延びてしまい、泣く泣く晩ご飯抜きで、繁昌亭に遅れて入ることを覚悟していたのですが、開演は、7時だったのです。それで、結局大慌てでしたが、だるま屋で、うどんを食べることができました。今夜は、「姉様キングスクリスマス寄席」という会があったのです。この会は、落語というよりか、色物中心の会なのですが、繁昌亭の規則で、落語をしなければなりません。そのアリバイ作りのようなのが、前半。これが、とんでもなくグレードの高いものだったのです。その番組は、笑子「動物園」、染雀「掛け取り」、あやめ「厩火事」、(中入り)、姉様キングス、おしどり、姉キン「シャンソン・ショー」となりました。笑子は、日本での高座に、だいぶと慣れてきました。こないな感じでいけばの感覚を捉えたみたいです。まあ、前に聴いたのは、落語では日本初舞台でしたから、そりゃ、昨日とは違います。客席の反応も、しっかりとつまみ食いしてました。染雀の「掛け取り」が素晴らしい出来。浄瑠璃では、落語界随一の名手と言えます染丸を越えてると言っても過言じゃない出来に、びっくりです。芝居の上手であることは、他のネタでわかっていたのですが、浄瑠璃がここまでとは、改めて感心することしきりでした。あやめの「厩火事」は意表を突かれた感じがしました。こんなに、ベタな女のネタを、逆にあやめが出すとはと、一瞬思ってしまったのですが、聴き進むにつれ、あやめが、手を着けた古典では、間違いなくベストです。最初、相談相手は、女かと思ったのですが、女同士のわちゃわちゃ話の中でないことが、成功していってるっていう感じがしました。旦那の文句を言い、時にはのろける、それは、相手が女だと緩急がつきません。そういった女を女の噺家が演じると、生々し過ぎて、落語にならないどころか、見事に落語にしてしまいました。今まで、新作の中で、リアルタイムの等身大の女を演じてきたあやめの成果が、見事に花開いた感じがしました。染雀とあやめという本日の主役二人が、実に鮮やかに、本芸で自力を見せつけてくれました。この見事な2連発は、記憶に残る出来です。この二人は、本芸の上に、更に色物で見せてくれるものですから、この会は、とっても贅沢なものなのです。姉様キングスの音曲漫才では、都々逸、とんとん節、阿呆陀羅経と続きました。東京の歌る多の電話で、電話を替わったら、小三治が出てきて、当の小三治からおもしろいと言われたなんて話も、紹介してくれました。歌謡ショーは、仁鶴「おばちゃんの歌」、鶴光「イサベラ」、可朝「嘆きのボイン」を、シャンソン風にカバーしてました。間には、「サントワマミー」の替え歌で、「B型肝炎」を、ジャクリーヌこと染雀が歌い、そして、最後は「エクスタシー、、、」で締めくくられました。このショーが、来年も、繁昌亭で聴ける保証はありませんから、この貴重な時間を、しっかりと味わっておきました。




2008年 12月 22日(月)午前 6時 13分

 昨日は、朝から、旅行の準備もしないで、途中まで観ていた韓国映画「復讐者に憐れみあり」を観てしまい、更に新たな韓国映画を半分ほど観ていました。旅行の方も、大まかなコースを迷っているために、前へ、ほとんど進んでない有り様。今回は、最初の日を含めて、宿を押さえています。これは、春のトゥールーズでこりたからです。夜中に、ホテルを求めて放浪するのだけは、さすがに、私といえどもこりました。で、韓国映画「復讐者に憐れみあり」は、ソン・ガンホ主演だということで借りてあったものですが、この映画は、監督パク・チャヌクを観る映画ですね。他の映画と比べて、タッチがえらく違うもので調べてみて、とっても納得。「親切なクムジャさん」の監督なんです。流れる血の量、誇張した殺し方、異様とも思える復讐心、いずれも「親切なクムジャさん」と共通のものがあります。どこまで、人間は、非人間的になれるかを見せて、過剰な精神感情を対象化させるという手法を取ります。筋立ては、腎臓移植をしないと死ぬだろうという重篤な病気を抱えた姉の移植費用捻出のため、恋人とともに、自分の首を切った社長の娘を誘拐するのですが、耳が聴こえないという障害を持っているために、誘拐した娘を溺死させてしまいます。その娘の父親が、ソン・ガンホ。聴覚障害者の犯人役が、「マイブラザー」のシン・ハギュン、その恋人役が、「子猫をお願い」のペ・ドゥナ。ここから、ソン・ガンホ演じる男の復讐劇が始まります。終わってみて、復讐を行ったのは、ソン・ガンホ演じる男だけではなく、シン・ハギュン演じる聴覚障害者の男の場合だと、誘拐、また、姉が、誘拐までして臓器移植をさせてしまうがため、自殺をしたところから、臓器移植仲介業者を惨殺します。ですから、復讐は、この映画では、一本だけではありませんし、その復讐が果たされるたびに、その憎しみを表すために、猟奇的な殺人が起こります。憎しみを追い求めることが、更なる憎しみを、そして、憎しみをぶつけたところで、残るものは、一体何なのかという、「親切なクムジャ」を観終わったときと、同じ感想を持ってしまいました。この監督をして、ここまで突き動かすものって、何なのでしょうか? 信仰、イデオロギー、、、?
 ちょうど12時になるのをメドに、家を出て、京橋経由で寺田町、駅前の吉野家で、お昼を食べ、成恩寺というお寺を目指しました。「第55回生野弁天寄席〜成恩寺落語会〜」があったのです。私が通う落語会では、一番不便なところに位置するのじゃないかな? 笑福亭生喬の勉強会の会場です。その分、安く設定されており、入場料は800円。受付は、毎回生喬の奥様。落語通として、つとに知られたお方。いろんな会でお見受けしますので、挨拶をいたします。今日の番組は、さん都「強情灸」、生喬「殿集め」、(中入り)、まん我「ねずみ穴」、生喬「笠碁」というものでした。さん都は、元気な舞台。ますます緩急がうまくつき、無駄な動きもなく、磨き上げが進んでいますが、 反応が鈍い客席に気の毒な感じがしました。「殿集め」は、今、生喬しかやらないでしょう。出てくる登場人物も客も騙されてしまうネタですね。わーわー騒いで、あっという間に落とされて、おしまいです。その空騒ぎの中に、侍までが加わっているというのがおもしろいネタです。中入り明けの「ねずみ穴」は、生喬のネタおろしが、前回の「初天神」のように肩すかしを食っても、これがあるから、昨日は満足して帰れると思っていたネタ。ここまで、「井戸の茶碗」「蜆売り」で、大きな成果を残してきたまん我ですから、きっといいはずとの気持ちがあったからです。が、聴いてみると、ちょっと違う。全体が若いのです。感情を爆発させないなかでの怒り、苦渋、まん我ならわかりきっている表現に乏しいのです。もともと、特徴のある声ですので、大音響にしちゃいますと、逆効果です。今まで評価の高かったまん我、ちょっとすかされた感じがしました。生喬のネタおろしは、東京の小里んから勧められ、東京まで、お稽古に行ったネタ。その話は、以前、「らくご道」でやってました。ですから、マクラで、将棋の話をしだしたものですから、まだ、ネタおろしが済んでなかったことを知りました。小里んからは、「秋の雨が見えるようになったらいいと、小さん師が言ってた」との言葉をいただいたそうです。もともと上方のネタだったということですが、なんせ先代小さんの十八番。小さんの口演が耳に残り、どうしても江戸前の噺に味付けが出来上がってるネタです。それを、ちょっとしつこめにすることにより、違うおもしろさを出そうという試みをしてるなの感じはありました。碁をうちに行きたい、逆に、碁をうちに来ればいいのにの箇所ですね。敢えてくさく演じていたと思えました。ま、許容範囲内という感じで、成功していたのではないかな? 一つ分からなかったのは、「かさを出してくれ」で、まず「傘」が出てきて、「傘」がないので、仕方なく「笠」になりました。小さんの口演なんかは、最初から「笠」じゃなかったかなぁ。これは、えらい違いで、秋の噺ならば、「傘」より「笠」の方が合うとは思うのですが。碁というところでのケンカです、とこか、遊びの要素がないとあかんのでしょうね。そういう意味では、鶴志のとぼけた味わいっていうのは、成功していると思っています。
 寺田町駅までの遠い道のりを戻り、今度は、JRで、京橋経由大阪天満宮駅まで向かい、夜の繁昌亭に備えました。開演まで時間がありましたので、久しぶりに南森町のネットカフェで、30分余の時間調整。最近、お定まりのだるま屋での晩ご飯。今晩は、繁昌亭で「東西噺の華咲き競う〜染丸・権太楼二人会〜」があったのです。年1回恒例になりましたね、この会も。昨日の番組は、染左「花色木綿」、右太楼「普段の袴」、染丸「末摘花」、(中入り)、染二「質屋芝居」、権太楼「芝浜」というものでした。染左は、単調な繰り返しにならないようにということが伺える口演で、絶好の開口一番。次は、初お目見えの右太楼、東京の客の様子を紹介し、あっという間に笑いを取っていました。大名風情の侍の真似をする粗忽者を、ちょっとデフォルメしすぎかな? 登場の場面だけ、わさびを利かしておいて、あとはディクレッシェンドすればいいのにと思ってしまいましたが、総体としては、なかなか安定感のある口演に好感です。「源氏物語」ネタは、タイムリーなことは間違いないのですが、パラダイムも違うでしょうに、よくもまあという感想を、のっけに持ってしまいましたので、ぼんやりと聴いていましたら、半寝状態になってしまいました。中入りでは、新たにできた休憩室で、しるこを飲むことが定番化しつつあります。「質屋芝居」、芝居を演者になって演じようとしたのだろうか、これが、気になるところ。最初は、そないな感じで演じ始め、徐々に噺家である自分色を出そうとしたんだろうか? その辺が分からないのです。そう考えると、中途半端かな? 染二にしては、芝居にしまりのなさのようなものを感じてしまったものですから、何か事情でもあったのかと思ってしまったのでした。「芝浜」、涙が滲んでしまいました。3年後も、熊さんは、ぼて売りをしていましたが、正直に仕事を生きがいのようにして、働いていました。表通りに店を構えていたりするのは、大阪的演出だったようです。3年後の告白時に、いきなりお酒を出すのではなく、ひとしきり話が済んでから酒が用意されました。下げが、ちょっと呆気なかったなぁ。それはそうしても、涙が滲んだことは間違いありません。それだけの感動を与える記憶に残る口演を、毎年行ってもらえることに感謝です。




2008年 12月 21日(日)午前 6時 26分

 土曜日が休みの場合の定番、「だんだん」の1週間総集編を観て、それが終わった途端にお出かけ。途中、京橋の松屋で、お昼を食べて、テアトル梅田に向かいました。こちらでは、韓国映画「ファン・ジニ」が上映されていたのです。「ファン・ジニ」は、韓国のTVドラマとして評判をとったもの。それの映画版。同じ韓国映画でも、心斎橋から場所が変わるだけで、客層が変わります。でも、きわどく入って来たのは、韓国映画特有の下品なおばはんたち。映画の間、何か食べてたんでしょうね、ずっとやかましい音をさせていました。心斎橋シネマートなんかは、韓国映画のときは、危ないと思ってるのが、丸わかり。一段と大きな声で、しつこく注意事項を言ってます。でも、そないなときでも、しゃべり続ける下品なおばはんがいます。ま、それはおいといて、映画は、ちょっと肩すかしかな。TVの放映のときは、長いので、様々なエピソードを用意したのでしょうね。それを意識し過ぎですね。エピソード集的になりかけ、かと思うと、そうではないという構成。両班の娘と育てられたお嬢様が、実は、その両班の父親と下女との間にできた子だったと判り、妓生に身を沈めるのですが、その主人公には、小さい頃から守ってくれた幼なじみの男がおり、その男の子とを、生涯唯一の男と思い続け、また、男も同様に考えているというのが、本筋。終わってみればですが。その幼なじみの身分違いの男のことが、ラストでメーンに据わるのなら、その二人の関係を縦糸に、もっと明確にするなり、あとで、実はこうだったという風にしないと、あきませんわね。焦点がボケてしまってました。妓生となった女性チニは、両班からは、下卑た女の子としてさげすまれ、両班の家に仕えた者からすると、「アシ(お嬢様)」と言われるおもしろい役どころ。一方、時代物の楽しみ、朝鮮王朝のセットなんか、大きなものを用意したり、民俗村で撮影したと思しき再現シーン、それに、様々な民俗的光景、もっと見たかったな。妓生の技なんかも。身分の違いというものが、前面に出てくる映画ですので、下人役のユ・ジテの演技は抑制されたもの。もうちょっとアクが強くても良かっかな、それに対し、主役のソン・へギョは、存在感がありました。追いかけてみたい気分です。なお、ユ・ジテは、「美しき野獣」「ノートに眠った願いごと」で、お目にかかった俳優さんです。ソン・へギョは、映画では「僕の,世界の中心は,君だ。」がデビューだった女優さんです。
 映画が終わったあと、今日も、東梅田のネットカフェで、ほぼ1時間ほど時間調整。最近、よく、このネットカフェを利用するようになっています。それだけ、梅田方向に足が向いている証拠です。そして、夜の部のために、谷町線で南下、田辺寄席に行ってまいりました。番組は、笑助「牛ほめ」、瓶生「眼鏡屋盗人」、文太「厩火事」、(中入り)、瓶太「上燗屋」、仁智「四十九日」というもので、笑助、瓶生と、なじみの薄い噺家さんの落語を聴けたのと、仁智の未遭遇ネタに遭遇できたのは、大きな収穫でした。中でも、仁智のネタは、とってもいいネタですね。前半は、葬儀に集まった人たちの滑稽な振る舞いで笑わせ、中盤は、形見分けで笑わせ、そして、最後には、生き残った父親と孫の交流話で、会場を静まり返らせるという素晴らしい構成。久しぶりに出したようなのですが、立派なトリネタとして、上演回数を増やして欲しいネタです。で、順番通りに戻りますと、笑助が、存外びっくり。笑瓶の弟子という先入観があるからでしょう、マクラは、ちょっとたどたどしいながら、不思議な味があるのですが、ネタに入ると、えらく普通の噺家さんっていう感じ。牛のところになってきて、緩んでしまったのか、動きが語りから離れてしまいましたが、場数を詰めば大丈夫っていうところです。ネタは、文昇に教えを請うたところ、文枝の口演の入ったMDを渡され覚えたということです。瓶生は、口調に問題ありっていう感じです。まだ、高座に上がる経験の少ない噺家さんが、普段のタメ口が入り込んできて聴きづらいときがありますが、この人、まだそないなところが、多いわけではありませんが出てきますし、ちょっとした訛りもありますね。ですから、文太になると、ゆったり気分で聴けますし、流れが、とってもいいものですから、ホント、目の前で、実際に丁々発刺の会話が展開されているよう。その心地よさが、かえっていいテンポで、後半は、ちょっとした睡魔との闘いになってしまいました。12月の中入りは、恒例の大根汁。2杯いただきました。しっかりと、来年まで、このお味を覚えておくことにします。1月は、ぜんざいですが、番組的にはパスですね。後半は、瓶太からということで、本日は、鶴瓶門下からは、二人目となりました。ネタは、「首屋」の前半部分。この前半部分だけですと、陽気に、楽しくだけで済みますから、瓶太でしたら、手の平の上で転がす如く自在に運びます。ちょうど、ライトがついたり消えたりしたものですから、そんなのも、どんどんとネタに取り込んでいくものですから、会場は大喜びでした。帰り道、ふと気が付いたこと、それは、田辺寄席の夜の部に行くのは、初めてだということ。帰り は、JRで帰ったのですが、阪和線の南田辺から京都は、遠い道のりです。そないなことを考えていて、気が付いたことでした。
 田辺寄席の会場に着いてから、コンビニで買って行ったパンなどを、お庭で食べていたところ、開演前ということで、瓶太、瓶生のお二人が、休憩がてら立ち話をされていました。聞くということでもなかったのですが、自然と耳に入ってきますので、結果的に聞いてしまったのですが、えらく新入りが多いとか。松枝、呂鶴に、また、都にと入ってきているそうです。つく枝のところにも、弟子志願者が現れたりと、えらい盛況です。佐ん吉の会で吉之丞が、吉弥のところへ弟子志願者が来た話をしてましたし、また、米団治のところにも、市丸という弟子が入ったということは、米朝が新聞に載せたりしています。つく枝も、弟子を取っても、全然不思議ではないキャリアですし、実際、同期の生喬には弟子がいるわけですから、とまあ、そんなで、上方落語界が広がっていく姿、こんなのいつまで見ていけるのだろうかなと、お二人の立ち話が耳に入ってきたところで考えてしまいました。




2008年 12月 20日(土)午前 8時 40分

 ちょっとした空いた時間を使って、DVDで、韓国映画「B型の彼氏」を観ました。「B型」を、韓国映画だったら、きっと、こちらの想像を越える使い方をして、そして、何やら心に残るラブロマンスを作り上げてくれるだろうという韓国映画一般に対する期待は、ものの見事に裏切ってくれる映画です。もちろん、自分的感覚でですが。ただ、振る舞いが、「B型」として分類されるだけの男、ルックスがかっこいいくらいで、特段、何やしらの魅力を持っているとは言えないキ ャラですから、全然おもしろくない。このイケメン男は、イ・ドンゴンが演じ、その相手役が、よくもまあ、こないな可愛いのを探してきたなと思えるハン・ジヘ演じる女の子の方も、何やしら記憶に残るキャラでもないのです。その二人が、偶然出会い、取り立てて紆余曲折があるとは言えない恋をして、ケンカをして、仲直りをするという物語。何か思わぬ展開が起こるのを、今か今かと待っていました黄紺は、完全に肩すかし。観ている途中で、もう、これは、何もないでと思えてしまうのも、腹立たしいかったなぁ。ネットで、この映画の情報を得ていますと、主演の2人はつきあっていて、4年ののち、その関係にピリオドを打ったとか。2人とも、A型だそうです。ハン・ジヘは、可愛くてきれいですが、彼女の映画を追いかけてみたいという気は起こりません。その辺が、いかに映画の中で、魅力的なキャラで描かれてるかに拠るってことを示してますね。
 夜は、落語会へ、しかも、落語だけの会へと行ってまいりました。この月曜日からなかったことです。その落語会は、大阪能楽会館のすぐ近くにある「大阪造形センターOZC」でありました「新・カラビンカ寄席〜6〜」というもの。記憶を辿ると、確か、こちらでの会は、4回目になるはずです。いずれも、笑福亭由瓶の主宰する会です。今回初めて、3階と言っていいのかな、そちらのスペースで、折り畳み椅子に腰掛けて聴くことになりました。客層は、由瓶縁の人たちで埋まってるって感じです。番組は、ちょうば「強情」、由瓶「稲荷俥」、染弥「読書の時間」、由瓶「千両みかん」というものでした。ネットなどでは、「千両みかん」だけが出されており、季節外れの、この難しいネタを、由瓶が、どのように演じるかを楽しみに行ってまいった次第です。冒頭に、石段の囃子で、由瓶が登場し、会場の変更についての説明。どうも、従来と勝手が違うとにがりきっておりました。それを意識してか、ちょうばは、お宝の「白い粉」マクラをふってからネタに。きばらない、落ち着いた感じで、語って聴かせてくれ、なかなかグーな「強情」。最後の我慢の部分だけは、異なったテンションを作り出して欲しかったと思うくらいが注文すべき点でした。次の由瓶も、客席を温めねばの意識があったのでしょうか、阪急電車で出会ったおばはんネタ2連発で楽しませてくれました。久しぶりに聴く由瓶の口演は、随分と安定感が出てきているのに、びっくり。緩急とか何かと言う前に、人力車に乗った客の語り口を、安心して聴くことができるようになっています。いろいろな噺を、手に入れていく中で、こういう語りができるようになったんだと、勉強家由瓶に拍手です。ただ、後半の、俥夫の喜びようや慌てようといった変化に出るときに、バタバタ感が残ってるかな。わりかし気に入りました、由瓶の「稲荷俥」。染弥は、マクラで、まず、兄弟弟子の学歴の高さを紹介し、掴みはOK。次いで、街で見かける疲れたサラリーマン話で笑わせ、となると、これかなの予想が当たり、三枝作品へ。三枝の味わいに 似た雰囲気を出せるのが、染弥の特徴。何度聴いても、楽しく笑えるネタですし、そのネタの魅力に見合う活躍の染弥でした。最後の「千両みかん」は、由瓶のネタ下ろし。楽屋に、九雀が来ていましたから、その九雀からもらったものと思われます。ネタ下ろしらしく、不適切なものや、小さくつまづく箇所は致し方ないかな。静かに静かにをコンセプトにしながら、奇声にも似た驚き声はいただけません。天満のみかん問屋当たりが、ちょっと気に喰わないところだったかな。でも、こう言っちゃなんなのですが、予想以上の出来だったことは間違いないです。由瓶本人のキャラがかぶるものですから、こういった物言いになってしまいます。




2008年 12月 19日(金)午前 6時 25分

 体力的に、かなりの消耗がみられる今日この頃、連日、講談を聴いております。昨日は、ワッハの4階でありました「第363回上方講談を聞く会」に行ってまいりました。昨日は、300回を越える開催を誇るこの回の最高の入りを記録したということです。小演芸場に、補助椅子が出たという記憶は、講談会では、経験がありません。昨日は、12月ということもあり、「忠臣蔵特集」。聴き終わってから気が付くと、南湖のネタ以外は、全て討ち入り当日を描いています。それこそ、討ち入りまでのエピソードは多々ある中で、これほど、討ち入り当日を描いたネタを並べた会というのも珍しいのじゃないかな? 残り一つも、「松の廊下」ネタなわけですから、討ち入り当日じゃないと言っても、よりベターな選択で、申し分ないラインナップとなりました。客の入りも素晴らしく、ネタの並びもよく、何よりも、演者の質が高く、圧倒的なハイレベルな会だったと言えます。
 で、その番組は、南青「堀部弥兵衛の駆け付け」、南湖「刃傷松の廊下」、南左衛門「三村の薪割り」、左南陵「南部坂雪の別れ」というものでした。南青くんで、「堀部親子」ネタは、初めてだと思います。そう言えば、南青くんは、「赤穂義士」は、あまりやらないですね。番組表を見たとき、一番違和感のあったのが、ここでした。ところが、これが、素晴らしかったんだなぁ。弥兵衛爺さんが、直で、かわいいというか、いじらしいまでに直なんですね。チャンバラになるときの迫力、緩急、いずれも素晴らしい出来でした。いきなり、レベルを圧倒的な高みに引き上げてしまいました。南青に負けられないぞの気合いが、あとから出てくる講釈師さんの口演から感じることができました。昨日の功労者です。南湖は、毎日亭で、「赤穂義士本伝」を続き読みをしていますので、こういった本線の抜き読みは、お手のもの。昨日は、おもしろい構成で、「刃傷」に至る物語を作ってくれました。吉良上野介は、毎年、賄賂を求め、いや、収賄をしなければならないよう仕向けていたということで、浅野匠頭が刃傷を起こす2年前から、同様のことが繰り返されていたという中で、じゃなぜ、実際に刃傷が起こったかという構成。これは、敢闘賞ものです。最後は、切腹の場面までいきました。昨日の最優秀賞が、南左衛門。浪々の身の義士が、刀の研ぎ師のところで、薪割りのバイト。そこで深まる二人の交流。別れの記念に、刀を研いでもらう義士。それが、討ち入りの当日の朝。翌朝、討ち入りを知り、引き上げて行く義士の中に、件の薪割りを見つけて、言葉を交わすも、それが、永久の別れとなってしまいます。研いでもらった刀を持って立ち去るところでは、まだ、それが、討ち入り当日だとはわからない筋立てがよく、その直後に、そうだと判ると、涙腺が、ぐっと刺激されてしまいました。そこまでの二人のほのぼの交流を、ちょっとくさめに、でも、感動的に描いた南左衛門の技は見事で、見事で、酔っちゃいました。左南陵は、名作「南部坂雪の別れ」、これは辛い話なのです。主役、大石内蔵助と陽成院、この二人が、話の主役ですが、それに加えて、更なる主役がいます。それは、討ち入りに唯一足軽身分で加わり、討ち入り後は、大石より伝令役を任され、唯一生き残った寺坂吉右衛門です。この話には、陽成院に、その伝令役の男が報告にやってきます。これが、大変な立て弁で、義士の名を織り込みながら、討ち入りの様子が報告されます。それが、左南陵というのが、いいな。かっこいいです、この人がすると。客席にも、この日は、とっても昂揚感がありました。空気、拍手で、それが解ります。それだけ、素晴らしい会だったということです。なお、昨日も、前講があり、黄紺が、会場に着いたときには、南舟が、これまた、「赤穂義士伝外伝」より、「松良壱岐守」を読んでいました。そして、南左右衛門のところに、また、新たな弟子が入ったということです。確か、受付のところに、見慣れぬ若い男性がいましたから、その人なんでしょう。「南と」という名だとは、左南陵から紹介がありましたが、どうやら、「南斗」と書くようです。
 京都に戻ってきて、息子と待ち合わせ。ちょっと軽く呑んできました。おかげで、帰宅後すぐに、ダウン。これは、酒のせいだけではなく、体が悲鳴を上げているからであります。今週も、今日1日働けば休めるということなので、なんとか持たすことができるかと、そんな考え方をするほど疲れています。




2008年 12月 18日(木)午前 5時 47分

 昨日は、久しぶりに繁昌亭に行ってまいりました。すると、繁昌亭が改装されていましたので、びっくり。茶寮とあったものがなくなり、休憩所に衣替えが成っていたのです。そう言えば、工事をしていたなと思い出すのでした。要するに、ロビーが広がったということなのですが、インターヴァルの時間にパンなどを食べてる人もいましたから、いいスペースができたなの印象です。
 今日は、「育っちゃったらくご〜東の旅特集〜」があった日で、日本にいる限りは外さない会です。今日は、この会にしては珍しい「東の旅特集」だったのですが、これは、あやめが、自身の弟子さろめが、「たたき」と俗に言われる「発端」の稽古をしているのを見て、自分も舞台にかけたくなったために企画されたものということでした。ま、あやめのキャリアでは、普段の舞台ではかけられるネタではありませんから、こちらの会でとなったみたいです。あおりを喰ったのは、講釈師の南湖。最初発表された番組では、「瘤弁慶」となっていましたが、結局、昨日、手に入った会のチラシでは、「講談版矢橋舟」、納得です。そんなで、番組は、南湖「上方膝栗毛:矢橋舟」、あやめ「発端〜軽業」、たま「七度狐」、三金「宿屋仇」、(中入り)、遊方「走り餅」、三風「三十石」となりました。南湖のネタは、毎日亭で出したネタからの抜き読み。幾つかの会でも、これは聴いてきたもの。舟の中の余興に、講釈師の物まねが入り、「旭堂南舟」に、毎回笑ってしまいます。また、今日は、特別版として、「できちゃった」のアンケートというのを入れておりました。あやめは、たたきがネタおろし。実際、たたくことを省略気味、且つ、リズム感も悪く、さろめの方が、しっかりしてると言われますよ、あれでは。「軽業」は、「煮売屋」に次いで覚えたネタということ、文太につけてもらったっていう話は、かつて、茶臼山で聞いたことがあります。昨日は、「発端」を付けたので、ショートカット版でした。次のたまが、本日の秀逸。たまのネタいじりの大成功組に入ります。それも、このネタは、こうしないと生きてこないとか、分かり易くなったとか、ネタの質の向上に貢献したから、秀逸というのとは、ちょっと違うのです。「七度狐」っていうネタは、かなり進化しきったネタと思いますから、銀瓶やるようにが、喜六に、べちょたれ雑炊を食べ続けさせるようないじりでは、現在の型を越えるとか、違った味わいとかとは言えないのです。ところが、たまは、このネタの進化をさかのぼらせ、違った進化を果たさせたと言ってもいいようなおもしろいものに仕上げてしまいました。まず、狐が騙しかかってるっていうことを、お囃子で知らせます。これって、ワグナーの楽劇の手法です。騙された二人が歩き 出した途端、鐘がぼ〜んで、次なる危機が迫ってきます。今、助かったはずやのに、もう、こいつら危ないことになりよるっていうので、会場に笑いが起きます。これは、すごいことです。次に、「べちょたれ雑炊」という言葉を出しませんでした。これも、すごいこと。このネタの看板となる言葉を出さない、これは、すごい。違った進化をさせるんだという、たまの意志を看たような気がしました。とにかく、お囃子を、巧みに使うのです。やっぱり、この日のたまはワーグナーです。三金の出来、これが、本日二つ目の秀逸。インテンポで、ホントに軽快。こんなに軽快に、ネタを前へ前へと進める三金って、記憶にありません。三金は、古典のなかで、タメ口とまで言わなくても、現代的な表現、アクセントが出てきて、雰囲気を壊すことがあるのですが、今日は、それもなく、また、デブネタを、適度に放り込むもので、余計におもしろかったです。ただ、黄紺は、疲労が濃く、仇討ち話をしているところで、心地好いテンポに酔ったのでしょうか、ダウンしてしまったのです。これは、もったいない話です。中入り明けの二人は、ともに、ネタ下ろしとか。遊方は解るのですが、三風は、そうだったのですね。これは、予想外。遊方の方は、また、珍しい噺を手がけたものです。存在は知っていたのですが、遭遇するのは初めてですし、口演があったっていうことすら、記憶にありません。場所は、大津の宿ではなくって、逢坂山、そこの関所前の走り餅屋での出来事。でも、遊方の口演を聴く限りでは、別に、大津でもどこでもいいよな噺。ちょっといじってと、遊方自身が言ってましたが、くすぐり以外で、手を着けたのかな? 遊方は、終演後、相変わらず、マイナス思考で、ネタに関して悲観的な話をしていましたが、程よい時間ですし、単純明快な噺でもありますので、気分転換気味に、繁昌亭あたりでも出せばいいのにと、聴き終わったあと思いましたよ。「三十石」は、伏見街道から始め、お女中の部分は妄想部分をカットして、時間調整。舟唄を、客席参加型ということで、掛け声を、客と幕内から掛けるというもの。ですから、幕内からの舟唄はカット、そないな構成でした。まあ、客席参加が売りですから、そないな工夫をしたのでしょうが、夜も更けてきて、暗闇のなかを走ってほしいところに、太陽が出てしまったって感じで、夜船の情緒は、替わりになくなってしまいました。それだけではなく、噺が流れなかったですね、全体的に。なんでなんでしょうね? 中書島の浜の賑わいとか、舟の混み具合とか、そんなのが思い浮かばないからだと思います。三風の、どこがまずかったのか、ちょっと思案中です。客の反応を気にしながらってところかも、ですから、変な間ができてたからかもしれません。終演後、全員が舞台に出てきて、次回のチケットが当たる恒例の抽選会。次回は、数日後にあるのですが、そのときは、もう、黄紺は日本を離れておりますので、この抽選会には不参加で、見ているだけでした。




2008年 12月 17日(水)午前 5時 54分

 昨夜は、谷六の薬業年金会館の5階和室でありました「第137回旭堂南海の何回続く会?」に行ってまいりました。気になる落語会もあったのですが、希少性を重視して、講談会をチョイスです。この会は、毎月続く南海さんの一人舞台の会です。一人で、毎回、1時間半、講談を読み続けるすごい会です。今回は、前回から始まっています「戦国武将列伝(2)」として、珍しく二席用意されました。前席が「山中鹿之助」、後席が「島左近勝猛」でした。昨日は、一昨日の体力消耗と並ぶ消耗の日だということを、会場に着いたところで感じ入りました。とにかく、一旦座ると、じわーっと疲労が押し寄せてきたのです。ですから、あまりにあっけないダウンに、完全にギブアップしました。ただ、昨日は、二部制だったということが幸いしました。正気付くきっかけを得られたからです。そのようななか、前席で記憶に残っていることとは、山中鹿之助という男は、尼子家再興に尽力しながら、備中高梁で殺された武将とのことでした。名前を聞いたことのある武将ですので、ダウンしている間に、そういったエピソードの紹介があったものと思われます。後席の島左近は、藤堂氏に仕え、後には、石田三成に仕え、関ヶ原で散った武将で、山崎の合戦、関ヶ原の合戦が出てくるたびに、この人の名前を外すことはできないと言える名武将だということは、南海さんの口演を聴いてますと、手を換え品を換え出てきますので、黄紺にも、きっちりとインプットされています。昨日は、山崎の合戦後、浪人生活を送っている島左近が、引く手数多だというところから始まりました。そこへ、当時、水口に家碌を持つ4万石の武将でしかなかった石田三成に、2万石で迎えられるという、講談ならではの大仰な話になりますが、それほど、石田三成に惚れ込んで主君と仰ぐようになるのですが、それは、三成に、人間としての器を看てとってのことだったとか。それは、一方では、冷徹になり切れない勝負師としての弱さを持っていたようです。島左近の進言では、家康に夜討ちをかけることを進められながら、謀を任せている手前、部下を裏切ることにならないかと躊躇う三成が、ちょっとした時間のずれで、家康を討ち損なうエピソードが入れられることにより、証明されていきます。それはまた、島左近の有能ぶりをも紹介するエピソードにもなっていました。そして、いよいよ関ヶ原となるわけです。いわゆる合戦場の修羅場読み口調というのは、基本的には採用しないという特徴を持つ旭堂一門の伝統に順じ、合戦場が描写されていきます。何が良かったといえ、この描写が素晴らしかった、昨日の南海さん。いくつかの場面が紹介されるという形の進行なのですが、合戦場の混沌、混乱が活写され、まるで、映像を見せられているような雰囲気に浸れました。以前、南海さんの口演で、「川中島の合戦」を聴いたとき、同様の感想を持ちましたが、あのときは、テンポが命のように感じましたが、今日は、複数の場面が連続的に描写されるだけで、臨場感が湧き上がってきました。それぞれの描写のディテールの質が、均質なんでしょうね。ですから、聴く者には、同時に多元中 継をされているような感触を得られるんじゃないかなというのが、自分的分析です。体調が、いいときに、聴きたかったなというのが正直な気持ちです。
 とにかく、腰に異様に疲れが溜まっています。朝、起き上がってから、昨日のお出掛け記録を書いていますが、尋常な疲れではないことは、体が承知しているようで、鬼のように眠った、でも、まだまだ、腰には疲労が残っている、それが、只今の状態です。こうなることは予想されていたのですね、そして、そうなった。とっても厳しい、週明けの2日間だったのでした。




2008年 12月 15日(月)午後 11時 14分

 昨夜は、息子と呑んで帰ったために、あえなくダウン。でも、情けない話ですが、夜中の2時に、目が覚めてしまったのです。ひとしきりしなければならないことを終えても、一向に眠たくならないため、DVDで、韓国映画を一本観てしまいました。それは、「角砂糖」という映画で、ついこないだ観た「ハピネス」つながりで、イム・スジョンが主演した競馬映画です。済州島の牧場で生まれたイム・スジョン演じる主人公は、幼い頃から、馬と親しみ、一緒に生活してきたため、成長してのち騎手になります。一方、幼い頃、親しんだ牝馬が、一頭の子馬を生んで亡くなり、更に、その子馬も、外国へと売られていきますが、騎手となりうだつの上がらない日々を送っているときに、その馬と再会します。主人公の女騎手は、馬を故障から守るべく、競走の途中で、コースを外れたために、叱責を受け、一旦競馬の世界を離れ、済州島に戻ります。が、ある調教師が、馬を探しに訪れた済州島で、その馬と出会い、且つ顔見知りの主人公と再会し、馬ともども、競馬の世界に戻ることを誘われ、それに応えていってから、一つのサクセス・ストーリーが待ってはいるのですが、その先には、またぞろ、いろいろと事が起こるといったところが筋立てでしょうか。でも、この映画、気に入らないのです。映画の進行上、悪役は必要なのかもしれませんが、こうも、競馬界をダーティーに描くことに同意できないのです。日本と韓国の違いでしょうか? 少なくとも、日本では、競馬は、ギャンブルの世界というよりか、最早、スポーツと捉えられるようになって、随分と久しいと思いますが、この映画のように、悪徳調教師がおり〜の、金で動く騎手がおり〜のは、ついていけません。また、映画のクライマックスが近づくにつれ、一つの予想が立ってきます。馬を危ない目に遭わせる筋立てだけは勘弁してくれと。でも、その予想は、見事に当たってしまいました。日本と韓国の違いを看た気がしました。そして、イム・スジョンですが、これで、彼女の出ている映画は、5本目となりますが、「サッド・ムービー」でのイム・スジョンが抜けた感じがします。そう考えると、「ハピネス」のキャラや大胆演技は、異色ですね。そして、先ほど知ったのですが、「ピアノを弾く大統領」にも出てたっていうので、調べて、びっくり。大統領の娘役だとか。えーっ、です。
 そして、仕事、週初めから、なかなかハードな時間を過ごしてきましたが、今日は、思い切って、京都へ戻り、京都駅近くの「YIC京都工科専門学校」でありました講談会「第1回なんせいの講談研究中」に行ってまいりました。南青くんの会ですので、彼が二席、それに、ゲストの雀喜の落語が一つ付きました。番組は、南青「寛政力士伝〜越の海勇蔵の最期(前)」、雀喜「鬼の面」、南青「寛政力士伝〜越の海勇蔵の最期(後)」というものでした。「越の海勇蔵」の話は、体が小さいので、なかなか弟子にしてもらえない、弟子にしてもらえても、本当の弟子扱いされることがない、だけど、谷風が、その力を見いだしたという「(前)」の部分は、よく演じられるネタとして承知していたのですが、後半部分は、今日が初めてです。いや、前後半に分けて、南青くんが演じているという情報は掴んでいましたので、その知らない部分を聴けることを楽しみに、今日、出かけていったというわけです。ちょっと、疲れから、半寝状態で聴いていましたので、正確さに欠けるかもしれませんが、越の海の元の師匠が、当時、越の海とともに関脇をはっていた四海波に敗れたのを、越の海が、土俵上で、をうったのに腹を立て、その四海波に殺されてしまいます。それを、更に、師匠の柏戸が報復を果たし終わるという物語でした。ゲストの雀喜は、講談の会で、まさかまさかの釈ネタ。びっくりしました。今日のこの会は、南青くんに言わせると、急に決まった会ということで、宣伝も、何もしてなかったとか。客は、黄紺を入れて、5人でした。今までの、自分の会のタイ記録だそうです。会というものは、続けていくことに価値があるとの認識が披露されていましたが、その通りだと思います。実際、今日、来られていた黄紺以外の4人の内1人は、講談や落語は、あまりご存知じゃなかったようなのですが、終わったあと、連れの方に、「お二人とも、こんな値打ちのあるものとは思っていませんでした」というようなことを言われていました。そうなんです、会場に、足を運んでもらうと、それが解るのです。だから、続けていって欲しいと思ってしまうのです。次回は、3月だそうです。




2008年 12月 15日(月)午前 3時 5分

 昨日は、昼前から出勤でしたので、それまでの時間に、一昨日の出掛けに、クライマックスまで来ながら時間切れで観れなかった韓国映画「人生の逆転」を、最後まで観ることができました。ハ・ジウォンものということで観ることにした映画ですが、やはり、ハ・ジウォンを観るための映画だと、とっても納得できました。結婚した相手、というと、この映画のハ・ジウォンは、なんと人妻役なのですが、その夫が、我が儘三昧の横着な男。その夫のことを考えるだけで、顔が曇ってしまうという役柄。今まで観たことのないキャラなのですが、見事にこなしてるどころか、若い女性のオーラをも、存分に醸し出していました。この映画あたりから、ブレイクしていくのでしょうから、納得の一本です。肝心の筋立ては、パラレル・ワールドを描いた映画で、韓国映画は、正に、ドラえもんの世界です。キム・スンウ演じる主役の冴えないサラリーマン、でも、昔は、ゴルフ界で、ジュニア・チャンピオンにまで輝いた経歴を持っている男が、パラレル・ワールドに迷い込みます。そこでは、ゴルフを引退することなく、世界的な選手になっているのですが、性格は、我が儘の限りを尽くしていて、その妻がノイローゼ状態。それが、ハ・ジウォンなわけですが、そんな鬱屈とした妻の前に、同じ男なのですが、ノーテンキな男が転がりこみ、徐々に、その女性が癒やされていくのですが、再び、パラレル・ワールドが逆転するときがやってきて、さて、元の自分に戻った ら、、、。最後には、裏パラレル・ワールドが用意されているのですが、再逆転をしたあとの裏パラレル・ワールドは描かれませんでした。そこでは、きっとハ・ジウォン演じる人妻の悲しみがあるのでしょうね。そんなで、キム・スンウ演じる主役の男のやかましさは我慢す ると、ハ・ジウォンの様々な顔を観ることのできる映画でした。
 仕事がはねて、大阪に向かう電車の中で携帯を見ると、息子から、「呑みに行かへん?」のメール。「桂雀三郎WITHまんぷくブラザーズ年忘れコンサート」に行くつもりでした黄紺は、慌てて、途中下車。てっきり京都へ来いということだろうと思ったのですが、なんと、息子は、大阪におりました。ならばと、梅田で待ち合わせ。予定の変更です。東通りのやかましい飲み屋で呑んでまいりました。わりかし早い時間から呑みましたので、おかげで早い時間帯から眠たくって。またぞろ、夜中に起き上がってしまってます。このまま、週が明けてしまいますと、ピンチです。只今、フェネルバフチェが、アンタルヤ・スポルとカドゥキョイで試合をしており、前半を終わり、インターヴァルの時間。1:0で勝ってます。前半終了前に、アンタルヤ・スポルのヴォルカン(昔、ガラタサライにいたあのヴォルカン)が退場処分になりましたので、ま、心配は不要です。今週は、首位のトラブゾン・スポルが、ブルサで負けましたから、リーグ戦は、大混戦の様相です。おかげで、序盤に躓いたフェネルバフチェが、いつの間にか優勝戦線に加わってきています。アラゴネス爺さん、生き延びそうです。




2008年 12月 14日(日)午前 7時 33分

 今日は、午前中、「だんだん」の1週間総集編を観るために、3部制を放棄。替わりに、空いた時間に、韓国映画をDVDで鑑賞。「人生の逆転」というハ・ジウォンものを観ていたのですが、クライマックス直前で、時間切れ。お昼のお出かけ先は、天満橋経由で中崎町。ECCアーティストカレッジ梅田校の7階芸能ホールでの「中川兄弟 落語かれっじVol.6〜落語と解説〜」という落語会に行ってまいりました。兄の中川桂氏が、落語の背景などを解説し、弟の林家染左が、取り上げたネタを実演するという恒例の会です。昨日、取り上げられた のは、「七段目」。そこで、番組は、さん都「初天神」、中川桂・染左「解説:七段目」、染左「七段目」となりました。さん都のこのネタ、初物です。羽織を着せる型が入ってたりと、見たことのない箇所が幾つか。誰からもらったのか、気になってしまいました。口演は、ちょっと若さが出てしまったかな? おやっさんとおかみさんの会話も、なんか頼りない。ましてや、向かいの隠居も、頼りない。下世話な下ネタなんかが、さん都になじんでこないのです。「みかん屋」で見せてくれた、すっとぼけた味わいが、結構気に入ってたのですが、このネタは違うんですね。年嵩が、ある程度いってないと、出せない味なんですかね、序盤のやりとり。全体の雰囲気も、序盤の家内でのやりとりが決めてしまいますからね。で、今日のメーン、「七段目」の解説の中心は、「七段目」自体と、このネタの各所で使われる歌舞伎の各場面の解説で、ほぼ終始しました。いかに、かつては、歌舞伎の有名場面の台詞というものが、世間で知られていたかということを思い知ることになりました。実際の「七段目」の口演を、染左で聴くのは、初めて。普段聴くものと比べても、若干の相違が確認することもできました。定吉が上がってくる前に、どめき屋さんによる屋号の呼びかけの真似事はなし、「三段目」のパロディとなるところで、立て膝になり、右足を前に踏み出す所作もなし、人形ぶりも小ぶり、とまあ、林家はこうなのか、途中で、誰かが、派手な所作なんかを放り込み出したのか、その辺のことを探求しなければならないなという認識が生まれただけでも、今日の会は、行って、大正解と言えます。この会、1月には、出張講義も行われることが決まっているとか。お二人ならではの会ですから、こういった広まり方をしてくれることは、喜ばしい限りです。
 中崎町での落語会は、1時間半もかからない短いもの。必然的に、時間調整が必要となり、最近、よくおじゃまをする東梅田のネットカフェで、ほぼ1時間、時間調整をいたしました。夜の部は、またしても、心斎橋シネマートでの韓国映画、題名は「ハピネス」。先日まで、こちらで行われていました「韓流シネマ・フェスタ」では、「特別上映」の名で、確か1回だけ上映された記憶があります。そないな風に、えらくもったいぶった上映だったものですから、韓国映画の動員力が、がくんと落ちる夜の部でも、そこそこに入りはあるだろうと思って行ったところ、なんと、客は、黄紺を入れて二人。びっくりしました。主演が、「ユア・マイ・サンシャイン」などで人気のファン・ジョンミン、相手役の女性は、「サイボークでも大丈夫」のイム・スジョンという、知られた俳優さん同士のわりには、意外性を通り越して、けったいな組み合わせが災いしたのでしょうか。それとも、ファン・ジョンミンが、チョン・ジヒョンが、なんで、こないな映画に出たんだという映画「スーパーマンだった男」で、あろうことか、そのチョン・ジヒョンの相手役を務め、評判を落としたからでしょうか、はたまた、そのまんまを書きますが、駄作だとの評判が立ち、それを、真に受けたからでしょうか、客が二人には、ホント、びっくりでした。問題の映画の出来なのですが、世間の風評は、実は全然知らないのですが、ですから、純粋な自分的感想を書きますと、おもしろくないのです。ターミナル・ケアの施設「希望の家」で、二人の男女が出会います。男は、ソウルで遊興関係の仕事をしている業界人。金、生き残り、それがすべての世界で生きてきた男。最初は、そういったキャラでも、なんでもいいのですが、終わってみて、この男の人格を、言葉で、どのように伝えればいいのか、困ってしまいます。その辺の突っ込みが、この映画が持っている根本的な弱さです。女は、ストレートに単純化できるキャラとして見ることができるにも拘わらず、男の方が頼りないのです。最初、ターミナル・ケア問題を絡ませるのかと思い観ていると、それらしきものもあるのですが、それらしきものは、簡単に消えていきます。ですから、一体、この映画は何だったのと思ってしまうのです。最後に、「希望の家」に戻って行くところで終わりますが、ソウルの生活との対比というだけでは、あまりに単調です。監督は、「八月のクリスマス」「四月の雪」のホ・ジノ監督です。「四月の雪」は観てないのですが、観たことのある「八月のクリスマス」も、確か頼りなかったなぁなんてことを思い出していました。




2008年 12月 13日(土)午前 4時 59分

 昨夜は、難波に、芝居を観に行く日だったもので、これを活用して、文楽劇場に行き、文楽1月公演にチケットを買いに行きました。昨日から、チケットの一般発売だったのです。文楽劇場のチケット・カウンターは、6時で閉まってしまいますので、大慌てで職場をあとにしました。幸い、昨日は、すんなりと出ることができました。芝居の方は、7時開演でしたので、チケットを買ったあとは、少々時間はありましたので、普段は行けないトリイホールの北の方にあるラーメン屋で、晩ご飯。なかなかスープのおいしいお店です。最近のラーメン屋んの流行りは、白菜を使って、ほんのりと、スープに甘味を落とすことと看ていますが、このラーメン屋さんは、その典型的なお店です。
 で、今晩のお芝居は、精華小劇場での公演。「PM/飛ぶ教室+Zsystemプロデュース」と銘打たれた公演で、「ながれまち」という芝居が上演されました。特に、「PM飛ぶ教室」という劇団、及び、座付作家の蟷螂襲は、関西では知られた存在なのですが、まだ、その公演には接したことのなかったもので、最近、またまた芝居の追っかけをしかけているところですので、その網に引っかかってきたのです。芝居の傾向も知らないなか出かけたのですが、とってもシリアスな、ちょっといまどき珍しい、肩のはる芝居を見せてくれました。舞台は、病院の家族控え室。そこに集う人たちの親族が、正に亡くなろうとしているというところです。最初は、亡くなろうとしている親を看取ろうという家族が、昔を回想しているしか見えない家族が、徐々に増え出します。なかには、これから家族に加わろうかという人物も登場してくるとともに、今まで、お互いが知らなかったことが明らかになっていきます。最後の方では、故あって、これまで、お互いには顔を合わすことのなかった人物も登場してくるのですが、正直言って、その関係が複雑過ぎて理解しきれないのですが、そういった人たちを全て、亡くなろうとしている男が、大切にしていたこと、また、集まってきた人たちは、お互いを受け入れるキャパシティーを持ち合わせていることが、心打つのでしょう。会場は、かなり、涙、涙、涙という状態でした。そして、演出をうまいとして言うのなら、人を動かさないことがいいと言えます。芝居の登場人物一人一人に、それぞれのポジションでの長台詞が用意されています。そのときに、特に著しいのですが、長台詞を喋っている人を動かすだけで、他の人たちは動かさないのです。まるで、家族の集合写真から、一人だけが抜け出してきたっていう雰囲気を出していたのには、感心することしきりの私だったのです。好きな芝居かと言われると、ちょっと戸惑ってしまうのですが、達者な芝居です。テンポとか、素材に関して、自分的には乗り切れないなの感じなのですが、一方で、他の素材を取り上げたものも観てみたいなの気持ちも潜行しています。




2008年 12月 12日(金)午前 6時 36分

 一昨夜は、まっすぐ家に帰りましたので、週末のことも考え、帰り道、新たにDVDを借りてきてたのです。9時半ちょっと前にダウンしてしまい、夜中の1時半少し前に、目が覚めてしまったのです。借りてきましたのは、韓国映画「恋する神父」。これは、クォン・サンウとハ・ジウォンという人気の二人の組み合わせ。もちろん、クォン・サンウが神父になろうかという神学生役、似合うんだろうかという怖いもの見たさのような感じで見始めましたが、時間が経っていくと、そこはそれ、それらしく見えてくるものです。いたずら小僧的な顔は、ほとんど見せることはなく、特にソウル・タワーのところで、話す言葉は、なかなか篤信と言えるもので、徐々に、神学生という雰囲気を漂わせていきます。確かに、韓国は、アジアで、最もキリスト者の比率の多い国ですから、迂闊なことはできないはず。明洞大聖堂までロケ地に使ってますので、尚更そうでしょう。クォン・サンウとコンビを組んでる男が、心から司祭として、最後には叙品されていくのも、そういった配慮だと思います。ちゃらけた部分を序盤に作っておき、最後は、大まじめに収束させていく、そないなスタンスが垣間見えてきますので、涙腺が刺激されます。一方、ハ・ジウォンの役は、アメリカ帰りの軽い女という設定。「愛しのサガジ」でも、同型の女性を演じてますが、あの映画より、だいぶと自然体だなという印象が残り、先日観た「二つの恋と砂時計」とともに、ハ・ジウォン、とっても気に入りました。筋立ては、恋や結婚のできない神学生の前に現れた奔放な振る舞いをする女、そうくれば、この二人が結ばれるのか、そうでないのかで、話は進行していきますよね。その予想通りの展開なのです。ちゃんと楽しませてくれるじゃないのって感じの映画だったのですが、寝不足の中、観ていましたので、見終わったあとの爽快感というものに乏しかったというのが、実感です。
 で、昨日の夜遊びは、トリイホールに行き、「雀松向上委員会〜あしたのためのその54〜」という落語会に行ってまいりました。ただ、開演時間を間違えてしまい、30分弱でしたが、トリイホール近くのネットカフェで、時間調整をしなければなりませんでした。番組は、雀松「フリートーク:雀松時遊本舗」、吉之丞「ちりとてちん」、雀松「般若寺の陰謀」、南海「忠僕元助」、雀松「三枚起請」、ミニ抽選会でした。フリートークでは、学校公演の話や時事ネタでの駄洒落を飛ばして、会場の雰囲気をほぐしてくれるのは、毎回、この会のお楽しみ。吉之丞の「ちりとてちん」は、確か2度目、もう少し聴いているかもしれません。このネタになって、急に気張りすぎとか、そのようなことを、吉之丞に感じたのですが、ちょっとは、肩の力が抜けたかなと、昨日は思えました。でも、そないに、吉之丞がなるわけが判りました。わあわあとおもしろいことの続く噺じゃないというところから出発してるのですね。なんとか、話術で持っていかないとという気負いがあるみたいです。「般若寺の惨劇」は、ようやく出会えた小佐田作品。村おこしならず、寺おこしで思いついたアイデアが、実際に起こってしまうお伽話のような噺。軽いノリの雀松には、格好のネタになってます。小佐田作品は、噺家のキャラを掴むのがうまいなと、このネタでも思いました。南海さんは、忠臣蔵を前にしてのネタ。討ち入り場面の修羅場読み風が入り、講談って、こんなに素晴らしいのだよと言ってくれてます。隣に座ってた女性の二人連れ、「声がいいねぇ」と、南海さんのいいとこ、早速、見つけたはりました。落語会に講釈師さんが出られて、会場がわくと、この頃は、ホントに嬉しくなってしまいます。そして、いよいよお目当ての「三枚起請」、とにかく、とっても早口、それも、軽く軽く進めていくのが、雀松テイストの心髄ですから、苦にはならないのですが、とにかく速い。その軽さ、速さようなものが、やたらと臨場感を高めていきます。間髪を入れずに、3人が突っ込み合い、また、更に、上から突っ込みが入るという具合なんで、リアル、リアル。せめてもの注文をつけるのならば、最後の小てるの居直りで、ギアチェンをしたって良かったんじゃないかとは思いました。最後のミニ抽選会では、こんなのは当たって欲しくないと思ってました「墓拭きグッズ」が当たってしまいました。




2008年 12月 10日(水)午前 5時 56分

 昨日は、もうちょっとでフリーになる日でした。特に、どこへ行く当てもないと、一昨日まで思いこんでいました。ところが、月曜日、ワッハに行ったとき、公演情報の貼り出しがしてあるコーナーを見て、びっくり。天満講談席の日だったのです。案内状を、南青くんからもらっているにも拘わらず、完全に失念していたのです。と言いますのも、普段、講談を含めた寄席情報は、おなじみ「ネタのたね」のお世話になっておるのですが、そこには記載されてないうえ、南海さんや、南湖のHPの公演情報にも書いてない。考えてみれば、このご両人は、昨日は出番がなかったのに加え、出番のあった南青くんのHPにも記載がなかったのです。ホント、上方講談協会のチラシと南青くんからの案内状、これだけが、昨日の公演を知る手段だったのです。危なくセーフ、天満講談席に行けました。
 番組は、南舟「赤穂義士外伝〜松良壱岐守〜」、南青「臆病の一番槍」、南華「高田馬場の決闘」、南北「赤垣の徳利」、南鱗「千両の富籤」でした。なお、南舟は、前講というやつで、討ち入りを上杉の屋敷へと知らせないように努めた話だったよう。会場に入りましたら、話は半ばまで進んでおりました。南舟は、年明けからは、南青と交代で、開口一番を務めるそうです。どんどんと成長していってますので、当然の措置かと思います。南青のネタは、自分的には初物。よくかかるネタですが、聴ける聴けないは、当たり外れもあるってことです。話は、目の前で、自らの下僕を手打ちにされても、ただ震えているだけの侍が、あまりだということで、逆に家康の手でお手打ちになろうかというときに、刀を見ても、今度は震えてないのを見てとった家康が、ちょっとしたマインド・コントロールをして、立派な武士にと成長させるもの。話が込み入ってるわけではなく、南青の手にかかると、自在に料理されました。南華は、定番ネタで、今宵もこれかと突っ込まれるのを承知でのネタ出しっていうところです。昨日は、安兵衛に果たし合いの知らせが届くところから、仇討ちが完了するところまで。仇討ちの斬り合いの場面は、完全にはしょってしまい、一気に、18人から4人に減ってしまいました。これは、省力し過ぎです。南北の「赤垣源蔵」は、いいですね。源蔵が、兄の衣を相手に、酒を呑むシーンは、心に沁みます。また、南北のしみじみとした語りは、涙腺を刺激します。菊池まどかの浪曲では、下僕が報告に戻ってくるところが、完全に山として作られており、それで納得ですが、南北の講談では、むしろ、その場面は、兄の打算が見えてしまい、なんか引いてしまいました。講談と浪曲の違いなんでしょうか、それとも、南 北の語りが、そのように感じさせたのでしょうか? 「赤垣源蔵」のあとに、「千両の富籤」は、ちょっと、ネタとしては、小ぶりですね。金より、名誉、武士としてのプライド、そういった点での美学なんでしょうが、だったら、富籤を買うなよと突っ込みたくなっちゃいます。そんなで、今年最後の「天満講談席」は終わりました。会場を出ると、恒例となった、出演者、プラスお手伝いの南湖のお見送りを受けて、家路に着きました。帰りは、今回から、JRで天満から京橋に向かうことにしました。以前のように、地下鉄で北浜に出るメリットが、京阪のダイヤ改訂で減りましたからね。




2008年 12月 9日(火)午前 5時 51分

 昨日は、仕事が済みますと、難波に直行。いつも、晩ご飯の定番にしてましたラーメン屋が、先日おかしな動きをしているなと思っていましたら、案の定、ひいきのラーメンが消えていました。その店で、一番安く、且つ一番うまいラーメンを消してしまったのです。明らかに、一番安い値段設定を止めにしたかったっていうところでしょう。人気の商品を消した報いは、きっとあることでしょう。
 昨日は、ワッハの4階でありました「らくご道」という、生喬とこごろうの会に行ってきました。昨日は、いくつか有力な会が集まった日なのですが、二人の対談で語られるネタのあれこれがおもしろいので、黄紺は、こちらを選んだのです。昨日の番組は、生寿「池田の猪飼い」、こごろう「兵庫船」、生喬「蛸芝居」、(中入り)、対談(生喬・こごろう)「夕焼け日記」でした。生寿は、ネタおろしだったようです。順調に進んでいたようですが、生喬によりますと、一瞬、「米揚げいかき」に行きかけのところがあったようです。それと、池田の里に入ると、田舎ぶりになっていきますが、これが、あまり土臭くはないですね。これからの精進のポイントでしょう。こごろうは、「兵庫船」を、内弟子修行中、2つ目に習ったネタだそうです。「子ほめ」「兵庫船」「煮売屋」「阿弥陀池」「道具屋」の順だと言っていました。今日は、そんなに疲れるようなことはしてないのですが、相変わらずの寝不足のためか、聴いているのが、初めからきつかったのですが、ついに、謎かけのところで、しばしダウンしてしまいました。こごろうの「兵庫船」って、会にかかっているのを、ほとんど見た記憶がないものですから、惜しい話です。歯切れがよく、かなり手慣れた雰囲気がありましたので、もったいない話ですが、フカの身入れへと入る前には回復してましたから、ほんの僅かのダウンだったみたいです。それだけのダウンで、ほぼ持ち直しましたから、ま、良しとしましょう。生喬は、マクラで、風喬の結婚式リポート、繁昌亭の出番の話、今週は、女性噺家わんさかだという話ですが、それに次いで、藤山直美の舞台を観に行くことになった顛末、その舞台の話から、ネタに入っていきましたが、生喬のこのネタ、見どころだっぷりです。体の切れがいいですね。特に、蛸が、旦さんに当て身を喰らわせたあと、花道を引き上げる様は、ホント、リズミカルで、切れます。今、一番いい「蛸芝居」かもしれません。対談は、ネタの話は、あまりすることはなく、着物選びや、着付けの話が中心でした。長襦袢が、着物の袖口から見えそうになるのを、こごろうが、気にしながら演じていたのを見抜いた生喬が、話を切り出したものでしたが、噺家さんの、着物に対するこだわり、気遣いが、よく分かり、勉強になったなぁというのが、率直なところです。次回のお知らせをしがてら、「初天神」についての2人のコメントがおもしろい内容でした。生喬は、大学時代、最初に覚えたネタだそうです。仁鶴の下げまで演じている音源から覚えたそうです。そして、そういったネタは、全て、プロになってからは封印していたそうです。落研の変な癖がついているからということです。それを、最近、手がけるようになってきていると言ってました。プロとしての自信というやつなんでしょうか。「初天神」を、プロとしてネタおろしをしたのが、前回の成恩寺での会でだったそうで、同じようなネタに、「ぞろぞろ」もあると言っていました。




2008年 12月 8日(月)午前 5時 30分

 昨日は、朝から3部制のお出かけ予定を立てたのですが、更に、お出かけ前に、韓国映画をDVDで、1本観ました。「二つの恋と砂時計」という映画で、狙いは「デュエリスト」「愛しのサガジ」のハ・ジウォンです。ハ・ジウォンが、こういった名前の映画に出てるということは、レンタル屋さんの棚で、初めて知った次第で、この映画を観始めると、なんか、おかしい。韓国映画の名作と言われる「足ながおじさん」じゃないのって予感。レンタル屋さんでは、「足ながおじさん」名の映画は見つからないので、諦めていたのですが、まさかまさかで、ネット上で調べてみると、これが同一なんですね。そうとは知らずに諦めたり、また、新しいのを見っけっていう感じで借りてきていたのです。で、肝心の中身ですが、やはり名作の誉は、噂通りで、折り紙を付けて言いふらしたいほど、気に入りました。過去の映像が、現在の環境に結びついてくるにも拘わらず、倒叙の仕掛けに気が付かないのです。いや、仕掛けがあるならば、こうだろうと思っていながら、仕掛けの本当の姿には届かないのです。ハ・ジウォンは、いろんな役に取り組んでいますが、この映画のハ・ジウォンが、一のお気に入りです。余計なキャラ作りをしないで、静かに恋する、自然体の女が、一番しっくりきますね。また、相手役のヨン・ジョンフンが、「韓国版いい人」ぶりなのが、この映画に、ぴったり。ハ・ジウォンの静かなキャラに、うまく合っています。また、観る者に、倒叙を気づかせない手法として、過去の映像に、ヒョンビンやパク・ウネといった有名俳優を起用しているっていうことも、大きいですね。韓国映画らしい良さを持った素敵な映画です。
 で、昨日の朝の部は、10時半上映開始の台湾映画「遠い道のり」でした。一連の台湾映画シリーズは、結局、この3本目までとなるはずです。この上映会は続いていきますが、昼間にしか、このあとは上映されませんので、昨日で打ち止めになります。ちょっとゆったりとしすぎた映画でしたね。いや、ゆったりと流さなければ、映画のコンセプトに反するでしょうし、、、でも、徒に長回しが過ぎたっていう感じです。心に、それぞれ痛みを持つ3人が、台湾東部の旅に出ます。その内の2人は、美人局に引っかかりそうになった男を、もう一人の男が助けたことから、2人で、旅を続けます。その助けた方の男は、プロの録音技師。自分が、旅の途中に採った音を、「フォモサの音」と称して、別れた彼女に送り続けたますが、そこには、もう彼女はいなくて、違う女が入っています。それが、3人目の主役です。送られてきた手紙を開封した女が、中に入っているカセットテープの中味を 聴いてしまい、男との関係に疲れてしまっていた女は癒された気持ちになり、やがて、その音を追いかけに向かいます。問題は、この女と男らが会うのかという点が、一番の関心事だったのですが、それより前に、男たち2人が別れてしまい、ならば、別れた方の男と女が出会い、そして、録音技師の男につながっていくという具合なのかというと、これも、そうじゃない。最後、突然、2人が並んで出てきます。但し、画面の両端に。それに、「ロング・ディスタンス」の歌詞の入った歌がかぶさっていきます。それぞれの心の癒やしは、どうなったのでしょうか? 魅力的なキャラは、音を求めた女なのですが、彼女は癒やしから、更に異なった気持ちへという展開も見せそうで、そないな具合で終わってしまいますので、どうなんだろうかと、気になってしまうのです。余韻を持たせる終わり方ですが、そこに至るまでの情報が、もう少し欲しい映画ですね。ちょっと物足りなかったです。
 心斎橋から、色づいた御堂筋を南下。途中、道頓堀を越えたところにある松屋で、昼ご飯。デミタマ・ハンバーグ定食でした。南海電車各停で粉浜まで行き、無学でありました「帝塚山DEらくごパラダイスVOL.17〜三風・銀瓶二人会〜 」に行ってまいりました。少し早めに着いた会場は、出足は悪かったのですが、最後は満席の客。銀瓶は、惜しげもなく大ネタを出してくれました。番組は、銀瓶「動物園」、三風「ああ、定年」、銀瓶・三風「対談」、(中入り)、三風「刻うどん」、銀瓶「帯久」でした。「動物園」は、マクラで、銀瓶の子どもの通う小学校でかけたときの話をふってから、丁寧に口演。聴きすぎた噺を、丁寧にされると、ちょっとついていくのが、しんどいです。「ああ、定年」は、「できちゃった」で聴いて以来。後半のカラオケ教室の仲間と歌うところでは、きっちりと客席参加型になり、このネタは、完成した感じがしました。そして、そのあとの対談が値打ちものでした。と言いますのは、三枝一門の噺家さんは、わりかし師匠について話すことを避ける傾向があるのですが、なかでも、そういったことを律儀に守ろうとする三風のことですから、機会がありながら、ずっと口が堅かったのですが、昨日は、どうしたことでしょうか、えらく滑らかで、聴いているこちらが、びっくりでした。師匠の独演会には、あまり出ない傾向だとか、逆に、25周年の独演会には、師匠に出てもらうこととか、積極的に話してくれました。ひょっとしたら、こういったことを言ってもいいというお許しが出たのか、それとも、遠慮しすぎたことを、三風自身が反省したのか、どちらかなんでしょうね。その三風は、たま化した「刻うどん」を出してくれ、ネタの方でも、びっくりさせられました。最後の「帯久」は、つく枝との二人会でネタ下ろしをした大作。登場人物のキャラ的には、お奉行さんが、一番気に入りました。まっすぐな、しかも、若くて気鋭のお奉行さんっていう感じで、爽やかさすら感じさせるキャラです。銀瓶自身が、齢を重ねていくにつれ、どのように変貌を遂げていくのでしょうか、そないな楽しみがありますね。一方、和泉屋さんや帯久は、もうちょっと変化をもたせて欲しいものですが、こちらは、齢を重ねるにつれ、味わいが加わっていくのでしょう。でも、いずれせよ、ゆったりとした運びは、さすがで、それを聴けるのが、銀瓶の、こういったネタを聴く楽しみになっています。
 夜の部へは、南海本線粉浜駅から、再び、難波に戻り、千日前のネットカフェで、30分だけ時間調整。三津寺前のラーメン屋さんで、昨日も、晩ご飯。再度、心斎橋シネマートに戻り、韓国映画「最強☆彼女」を観ました。ですから、昨日は、心斎橋から粉浜に行き、もう一度、心斎橋に戻った勘定になります。一度に済ませてしまおうの魂胆です。この映画、所謂、剣法ものです。「デュエリスト」や「中天」のような凝った構成になっているわけではないのですが、出ている俳優さんの明るいキャラで、結構楽しめた映画です。主役は、「サッド・ムービー」「マドレーヌ」のシン・ミナ、相手役が、アイスホッケーの選手がユゴン、幼なじみで剣法の後継者が、オン・ジュワンという具合でした。話は、至って簡単。剣法の家に生まれ、修行を積み、将来を嘱望されながら、普通の女の子になろうとしていたシン・ミナ演じる女が、自分の意志とはそぐわないところで、秘剣を継承し、結局、究極の戦いをしなければならなくなってしまうと、簡単に書くと、そないなことになるのでしょうか。この映画が苦労したところは、どのようにして敵を作るか、それも、一定必然性があって、戦うに足り、そして、それが、客を喜ばしうる存在として位置づくかというところだったろうと思わせられます。第一、敵を、なかなか明確にしない進行のため、余計に苦労のあとが見えてきたのです。でも、余計な理屈を並べる前に、観ているときに、ハラハラしたり、先を楽しみにできれば、それで十分でしょうし、で、実際、そのような楽しみ方のできた映画でした。
 ま、こないな感じで、慌ただしく1日が過ぎていきましたが、昨日は、幸い寝不足にも拘わらず、ダウンが起こったと言うまでには至りませんでした。一番危なかったのは、朝の台湾映画。あの長回しは、しゃーないです。これで、今回の台湾映画シリーズは、自分的には、 最後になるのですが、総じて内容が乏しかったなの印象です。そういう映画ばかりに当たってしまったのかもしれませんが、韓国映画が、これだけ並んだ場合、ここまで、自分的評価が低いことはありえないことですから、やっぱり物足りないのです。一つ、記憶に留めてお きたいのは、台湾東部には、ぜひ行きたいなということです。それは、できるだけ早く実現したいなの気持ちです。これは、残りましたね。




2008年 12月 7日(日)午前 3時 23分

 木曜日(12/4)は、前の職場の同僚と、枚方で呑み会。毎年、この時期に行っています。7月の全体の会以来の再会。今回は、5人が集まりました。美味しい日本酒をいただき、あぶないあぶないと言われる口当たりの良さに、黄紺は、はまりました。後半には、ダウン。気がつくと、皆さん、お帰り準備に入っておられました。伊勢に行ったときも、そうでした。ホント、お酒が弱くなりましたが、根本は寝不足。寝られないと、こないなことが繰り返されます。翌金曜日(12/5)は、現在の職場での忘年会。前日のダウンが、どうやら黄紺の適量を越えてたようで、この日は、朝から不調。中之島線開通記念ということで企画された著名ホテルでの会にそそられたことを、後悔。黄紺的には、体に優しいと決めつけている水割りをいただくことにより、調整をつけておりました。オードブルとともに、握り寿司が登場で、お腹の膨れ具合は、欺されてしまいました。
 昨日の土曜日は、久しぶりに観能をしようと決め、他にも行きたいところもあったのですが、ぐっと我慢しました。その土曜日の朝、観能の前に、借りてきてありました韓国映画をDVDで観ました。「ウェディング・キャンペーン」という映画です。主演二人が魅力的なため借りてきてあったのです。男の方が、「トンマッコル」で北の中隊長を演じたチョン・ジェヨン、先日観た「正しく生きよう」で、大笑いをさせてくれた印象も新しいところです。一方、その相手役が、スエ。ようやく、この美形の女優さんに再会できました。「夏物語」で、イ・ビョンホンの相手役をしていたので覚えたのですが、出演映画が、ここまで手に入らなかったのでした。で、今回で2回目。やっぱり、今回もはまりました。この映画の本筋は、農村のもてない君の嫁さん探し大作戦。その場所が、なんと、ウズベキスタン。ウズベキスタンには、旧ソ連時代、スターリンにより、朝鮮族が強制移住させられている、その事実を活用した嫁さん探しとなるのです。この映画では、ウズベキスタンの朝鮮族を、高麗人と呼んでいました。そして、スエが、韓国からやってきた男たちの通訳として登場しますが、何やらいわくありげ。そうなんです、彼女は、脱北者の役だったのです。もてない要素満開男を、くさく演じて様になる男チョン・ジェヨン、そのまっすぐな男の気持ちを、ホントに掴めるのは、ウズベキスタンから、男たちが帰国する直前。ここがクライマックスです。3割を、韓国の農村で撮影。恐らく方言とか駆使して、くさく演じてるのでしょうね。そんなのを観てると、韓国行きたくなります。7割が、ウズベキスタンでの撮影。ウズベク化した、ロシア化した高麗人、そんな雰囲気も味あわせてもらえる貴重な映画です。そして、またまた、主演の二人にはまる黄紺なのであります。
 観能は久しぶりです。記録を調べますと、今年の観能は、これで、2回目でした。何はさておき観能をしようと思える会がなかったということでしょうか? まあ、見過ごして、大事な会をパスしてしまったということもあったでしょうが。昨日は、大江定期能に行ってまいりました。明治の雰囲気を残す大江能楽堂での公演です。番組は、能「龍田」、狂言「腹不立」、能「項羽」でした。「龍田」は、錦織りなす紅葉を素材にした秋の代表作。シテは、大江定期会期待の若手能楽師と言える宮本茂樹。確かに、声が通るのを抑え気味の頃合いがいいですし、体の安定も素晴らしい。ただ、シテはご神体なのですから、人と違う何かが欲しいなというところです。「項羽」は、あまり遭遇しない曲。やはり、前半、あまりにも展開が、無理っぽいのが、ダメです。舟に乗る乗らないというのも、全部、美人草を引っ張り出すだけ。やっと引っ張り出した途端に、項羽の物語となり、語りが終わった途端、ワシが、その幽霊さでは、あまりに、出来が稚屈。上演機会の少ないはずです。シテは、大江家の次代を担う信行。この人、父親同様、体が大きい。その体を使いこなすのに困っていました。特に、橋がかりが、観世会館なんかに比べると、狭いみたいと感じさせられました。一畳台の上での演能、しかも、早い動きが求められますから大変です。この「項羽」のワキは、小林努。ちょっと見ぬ間に、風貌が、ワキをするにいいごっつさが出てきてます。元々、謡には頼もしいものを感じてました若手のワキです。ますます、期待が高まります。




2008年 12月 4日(木)午前 5時 15分

 繁昌亭って、行き出すと行きます。そそられる会っていうのは、類は友を喚ぶのでしょうか? 黄紺が目を付ける会というのは、何らのグレードが高いものと思っているのですが、月曜日の生喬の会も、昨日の会も、入りが悪いのです。飽きが来たのかな? なんか、変化ですね。昨日は、「第3回月亭遊方・三遊亭白鳥二人会in繁昌亭」でした。番組は、三幸「道しるべ」、白鳥「給水塔の怪談」、遊方「あほーりーらぶ」、(中入り)、白鳥「アジアそば」、遊方「葬マッチ・トラブル」でした。冒頭で、今日の主人公の二人が登場し挨拶。もうすっかり大阪に慣れてしまった白鳥と、そんなのもネタにする遊方との会話は、それだけで、会場の雰囲気は盛り上がっていきます。まず、三幸の新作が上出来。旦さんが、丁稚に用事を言いつけるという「平林」形式を踏襲。その道しるべに指定するものが斬新。三つの道しるべが、全部動くもの。こういった頭の動きを持っていたのですね。三幸の新作は聴いたことはあったのですが、スイッチが切り替わるような作品は初めて。何か一風変わった何かがありそうな噺家さんだった三幸に、具体的な期待というものが湧いてきました。白鳥の一つ目は、中学生時代の思い出をベースに、東京コンプレックスを裏返した作品。怪談をでっち上げて、東京からの転校生を脅かす噺なのですが、最後にちょっとしたオチがついている、ちょっとノスタルジックな作品。白鳥の噺の中では、ちょっとしたいたずらは、いつもほのぼのと、心暖かなるものです。「あほーりーらぶ」は、「できちゃった」で下ろされたときに聴いて以来。あのとき、バカバカしさが人気で、残すべしと言われた作品との記憶があります。白鳥との会は、対抗上、どうしても濃いネタとなると言う遊方ですが、その中に、これを入れてくるとなると、遊方自身、かなり自信を持ってるなの印象。ネタ自体の構造は、基本的には、初演時とは変わっていませんね。中入り明けの白鳥、自作じゃない新作ネタを持ってきました。マクラで、池袋駅側のアパートに、12年間住んでいたときの思い出を語り、すんなりとネタへ。格安の家賃だったために、外国人が多かったアパートの話のため、ネタにぴったりでした。このネタの演者さんたちは、皆さん、インド人を登場させるのでしょうか? 気になってまいりました。トリの遊方のネタが、存外、おかしくて。福笑の「葬儀屋さん」と、ちょっと似た感じのするネタで、遺影にレントゲン写真を出したり、戒名は、「上町のおっさん」であったりと、報復絶倒でした。変に落ち着いての遊方の口演だったのですが、その落ち着いた口調から、傑作な言葉が出てきますので、余計に可笑しかったのかな? 会場、ヒーヒー言いながら笑うという受け方って、今までにないんじゃないかな、遊方。そんなで、大成功の会なのですが、なぜ、客が遠のいたのでしょうか? もったいないとしか言いようがありませんでした。




2008年 12月 3日(水)午前 5時 29分

 昨日も、前日に引き続き、かなりハードな1日。雑用も多く、自分一人で処理しなければならない仕事は、どうしても後回し。疲労だけではなく、ストレスも、かなりたまっている今日この頃。昨夜は、トリイホールでの「第22回TORII講談席〜南青君 あみさん、結婚祝賀講談会〜」に行ってまいりました。今日の講談会は、かなりおもしろい趣向。南青の結婚に合わせた企画だったのです。
 番組は、南湖「木津の勘助」、南華「堀部婿取り大作戦」、南青「山内一豊と千代」、(中入り)、南海「南青・あみの恋の物語」、座談(南青、あみ、南海、南華、南湖)というものでありました。中入り前の講談は、それぞれオーソドックスなものが並びましたが、それぞれ、結婚にまつわるものばかり。南青は、なんと、この日のためにネタ下ろしをして、この会に臨んだとか。生真面目な側面を見せてくれました。南青の演じたネタは、南海さんなどは、チャリ場よろしく、とっても滑稽な演出を盛り込み、ぐいぐいと客を引き込んでいくのが、耳に染み着いているものですから、陳腐なと思えるほど、受け継がれてきた型のようなものを、かっちり演じようとしてましたので、首をかしげたい気持ちだったのですが、ネタ下ろしだと、あとの座談会で、南海さんより明かされ納得しました。雀のおやどでの続き読みと違って、長年、手塩にかけられてきたネタへのアプローチは、大変なことだということが、よく分かりました。傑作だったのは、南湖の口演。勘助を南青に、十兵衛の娘をあみさんに、女中は南華にと、関係者を講釈師らに置き換えて演じるものですから、おかしくておかしくて。一番いじられていたのが南華。体格がいいものですから、饅頭を、常に食べているという傑作なキャラですし、南舟まで登場させて、喋らせないという具合で、大受け。南湖が降りて、南舟が座布団返しに出ただけで、笑いが起こるという具合でした。ですから、南華が出てきた途端、饅頭を食べる仕種に、会場、大爆笑。南華は、南青の師匠夫人でもありますから、もう、和気あいあいムード満開です。いっそのこと、打ち上げのため、近くで待機しているという南左衛門も呼んでくれば良かったのにと、これは客の一人の贅沢な要求。南華のネタは、先日、南湖の口演で聴いたところでしたので、あれやあれやと納得。南海さんは、すっかり余興気分で、二人のなれそめの事実を、ちょこっとだけ入れ、恋物語をでっちあげました。落語の「次の御用日」をもじったものですから、これも、おかしくって。ホント、仲の良い一門の方々です。その雰囲気は、最後の座談にも、当然持ち込まれ、会場は大爆笑の連続でした。講談ファンの方々だけではなく、お二人の縁の方々も来られていたようで、結構な盛り上がりを見せていました。期待通りの会で、昼間の疲れを、この間だけは忘れさせてくれました。




2008年 12月 2日(火)午前 0時 10分

 今日は、仕事が、とってもハードで、体を酷使し続けて、へとへとになりながらも、頑張って定時にお出かけ。8日ぶりの繁昌亭に行ってまいりました。今日は、笑福亭生喬の独演会「第2回生喬の繁昌亭でまるかじり」があったのです。番組は、生寿「米揚げいかき」、生喬「豊竹屋」「踊り〜五段返し〜」、三喬「子盗人」、(中入り)、生喬「らくだ」でした。お目当ては、「らくだ」なのですが、「五段返し」も、生喬の意気込みが解る演目。でも、今日の客の入りは納得がいかないですね。2階は、最初から閉鎖してあるという入りなのです。そごう劇場で、盟友のこごろうの独演会、「三枚看板・大看板・金看板」と看板を引っさげて、文珍・南光・鶴瓶共演の会がシアターBRAVA!でありましたし、トリイ・ホールでは、米団治襲名記念の会といった具合で、人気の会の影響を、もろに受けてしまったという印象でした。
 生寿は、きっちりとネタを演じます。本人の几帳面さに、生喬テイストがブレンドされ、心地よい前座。「豊竹屋」は、生喬が、若い頃から手がける鉄板ネタ。生喬的には、浄瑠璃が、大変な進歩です。最後の「〜のようで〜でない」の繰り返し部分はカット。ネズミが出てきて、あっと言う間に終わってしまいました。こないな進行は、初体験です。あとの踊りの関係で、ショートカットをしたのでしょうか? 「五段返し」は、大学時代の落研仲間の祖父が、大阪の噺家三遊亭歌遊三の孫だった関係で、その縁の方から教えてもらったと言っていました。縁の方というのは、三遊亭小円からもらったそうです。「春団治師匠のとは、型が、ちょっと違います」と言って始めた踊りは、型が大きく、派手な感じがしました。また、お囃子も、3人もの手が要るたいそうなものでした。この「五段返し」は、一番最近では、染雀が踊ったのを記憶していますが、確かに、そのときに型よりも賑やかだったという印象です。いいものを見せてもらったという嬉しさがありますね。三喬は、嬉しい泥棒ネタ。それも、聴いたことのない、かねてから聴いてみたかったネタに、大満足。盗人に入った大店に、子どもが出てきて、それを、盗人があやすという発想は、どこから出てくれのでしょうね。こういった飛んだ発想というのは、落語ならではであり、その落語の世界の住人を彷彿とさせる三喬の口演は、秀逸です。中入り明けは、お目当ての「らくだ」。フルヴァージョンでの口演でしたが、らくだを棺桶に詰め込み、担いで出るまでを、軽くはしょったのと、隠亡という言葉は省き、火屋に近づいて行くあたりは、抑制したなの印象です。紙屑屋の酔いが進みすぎるのを防ぎ、地の群れ的な、下卑た感じを与える、場合によっては、差別的という印象を与える火屋の部分を抑制する方法を、生喬は取りました。今までは、火屋の部分を省くという手法で対応するという口演には、幾度と出会いましたが、火屋まで行き、抑制的に描いたのは、初めてじゃないかな。街のごろつきのらくだや、その兄貴分の男、身を崩し貧乏を代表する職の紙屑屋、そういった人たちからも、笑いの対象にされる火屋、即ち、隠亡。差別の重層構造が、見え隠れするネタです。そこんところを考え、噺の真実を伝えようとしたのが、生喬の「らくだ」だったような気がしてなりません。細かなところで言いますと、熊五郎は、「脳天の」ではなく、「やたけたの」という表現になっていたのも、珍しいかな? 表現方法では、紙屑屋の酔い方に、クレッシェンドが欲しかったですね。階段を上がる酔い方って、写実的じゃないですものね。




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