忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2010年 10月 15日(金)午後 10時 38分

 昨日は、職場を病気休暇をとり、早めに出て、夕方MR検査を受け、そのまま帰宅。結果は、明日あたりに聞きに行きます。股の付け根あたりの痺れは、若干ましかな。そないなこともあり、今日は、午後に予定している繁昌亭昼席の前に30分、終わってから30分、試し歩きをしてみました。普段、勤務のある日は、仕事がら、日に1万歩は歩いていますので、そのくらいは歩いても、大事には至らない、また、歩き方も、ウォーキングをしていたときのようなスピードは出さないということを心がけて、歩いてみることにしました。いきなりウォーキングを止めるのは、体の他の部分に悪影響があると思ったのです。ということで、繁昌亭に行くために、「京橋」駅から歩いていきました。全部通しで歩くと、30分ちょっとかかりますので、とりあえず30分というところで、インド屋さんがあったので、昼食がてら休憩。ところで、今日、繁昌亭の昼席に行ったのは、大阪書生節協会(旭堂南海・宮村群時)が、初めて登場ということでです。その番組は、次のようなものでした。呂竹「煮売屋」、喬若「看板のピン」、きん太郎「くもんもん式学習塾」、南海・群時「書生節」、団四郎「阿弥陀池」、文太「八五郎出世」、(中入り)、三歩「鯛」、仁嬌「風呂番」、伏見龍水「曲独楽」、染丸「三十石」。本日の最大の聴きもの、それは、文太の高座。まず、家主さんがいいですね。ちょかで落ち着かない八五郎を見る目が、実に暖かい。誰にでも愛されて止まない八五郎、それが、家主の目を通して、くっきりと描かれます。素晴らしい。殿さんにも、八五郎とさしで呑む気分を起こさせなきゃいけないから、序盤のほっこりする描写が大切なんですね。八五郎が、おつるの方に、母親の伝言を伝えるところで、じーんときちゃって、、、涙もろくなりました。染丸の「三十石」も、なかなか聴かせました。伏見街道の部分をちょこっとだけ入れ、中書島の浜へ。時間のこともあるのでしょうが、名前を聴くところ、お女中での妄想と、コンパクトに仕上げ、小気味良く進めていきました。最後は、中書島の橋の上からの女郎たちが声をかけたあと、舟唄を歌って終わりました。注目の書生節は、この高座のために用意した歌でオープニング。続けて、のんき節、東雲節をすれば、あとは、東京節で終わりという、あまりに短いものとなりました。替え歌も、当然、用意をされていました。この三者以外では、特に目新しいもののない高座が続きました。記しておかねばならないのは、団四郎の「阿弥陀池」は、新聞記事は一切カットでした。東京でのカットは、逆に新聞記事を残したものでしたので、カットの仕方も、いろいろです。
 繁昌亭が終わると、2回に分けたミニウォーキングの2回目を敢行。繁昌亭から出て、扇町まで行き、再び南森町に戻ってくるというもの。幸い、足腰には、特段目立った痛みなどは出ていないので、明日も、様子を見ながら、同じことを続けてみようかと思っています。南森町に戻り、1時間ほど、いつものネットカフェで時間調整。夜は、関目高殿まで移動し、城北学習センターであった「桂雀三郎withまんぷくブラザース」のコンサートに行ってまいりました。年に3〜4回、当学習センターの主催で、雀三郎一門の落語会が開かれていますが、今日は、コンサートでした。確か、去年も、この時期に、同じコンサートに行きましたから、恒例化するつもりなのかな。だったら、嬉しい限りです。プログラムは、次のようになりました。@ヨーデル食べ放題Aやぐら行進曲B二人のやぐらC浜風ラプソディD思い出の渚Eおばあさんの古時計F遠野物語Gコモエスタ一人鍋H反逆者の歌I江戸の人気者J怖い夜K煮えろ水炊きLあぁ、青春の上方落語Mそれぞれの味N忘れんぼうのサンタクロースOサルサ・デ・ベツバーラ。それぞれ、聴いた記憶のある曲ばかりです。そないに、まんぷくブラザースのコンサートを聴きに行ったわけではないのですが、耳に残りやすいメロディー作りがなされているからでしょう。リピート山中さんの功績大です。そして、ギター二丁に、ウッドベースにマンドリンという組み合わせがいいですね。客層は、舞台に近い前の半分が、歌にとっても反応する人たち、後ろ後半が、鈍い反応。どないしていいのかわからないという層と言えば、いいでしょうか。ま、学習センターというところでの公演ですから、紛れ込んできて、こないな反応をしているのでしょう。




2010年 10月 13日(水)午後 10時 51分

 今夜も繁昌亭です。これから、ちょっと繁昌亭づきます。こういうものですね。今夜は、三金と吉弥という同期の二人の噺家さんの会「三金・吉弥ふたり会」がありました。吉弥のチケットは買いにくいはずなんだけど、この会は、容易くチケットをゲットできました。開演前には、ラフな格好で受付に現れた吉弥が、おばさまたちの写メールに、快く応じていました。番組を記しておきます。弥太郎「子ほめ」、三金「奥野くんの幽霊」、吉弥「くっしゃみ講釈」、(中入り)、三金・吉弥「対談」、吉弥「桃太郎」、三金「竹の水仙」。弥太郎は、口調の軽やかさ、まったり感と、噺家としては好素質なんだけど、掛け合いの間が前のめり的に忙しい。しかも、同じパターンが繰り返されてしまいます。三金は、定番の骨折話をマクラにして、自作のネタへ。「幽霊」はいい出来上がり。あまり聴いた記憶がありません。遭遇体験が少ないということです。吉弥の一つ目は、「くっしゃみ」。自分的には、確か遭遇体験がないはずです。全体として言えば、前半がかわいくて、後半の講談に違和感というところでしょうか。前半はボケかげんが、元々わざとらしいボケのところなんだけど、あざとさを感じさせないでもたせる技は、さすがだと感じました。後半は、講談のテンポに違和感があり、なんか追いつかなくてというところです。「桃太郎」の方は、9月に国立演芸場で聴いた通り、お伽話小咄から始め、昔の子どもの部分は、極めて短く演じるというものでした。「桃太郎」が終わったところで、9時を回っていましたので、三金は何を出すかと思っていたら、「竹の水仙」。ちゃんと、時間の配分は考えてありました。三金の古典て、良くないときって、流れてしまうきらいがあります。登場人物のキャラづけとかにこだわらずに、筋を追いかけてしまうというやつです。今日の口演は、その傾向が強かったかな。もう少し、腰を落として、人を描くことに精を出せばいいのに。「幸助餅」の成功を観ているだけに、要求が高くなります。それとも、膝がもたないのかな、じっくりと構えての口演となると。ならば、本末転倒、ダイエットに頑張って欲しいものです。このネタは、おそらく梅団治にもらったのでしょうね、あまり好きでない梅団治テイストの台詞を、幾つも見つけました。また、対談で明らかになったことですが、この会のチラシ制作は、三味線の豊田公子さんだとか。おもしろい字体を使ったシンプルなチラシが、なんとなく気になっていたのですが、そないなグラフィック関係のプロの方だとは知りませんでした。ところが、制作の打ち合わせをした吉弥が、豊田さんに三味線の依頼を失念し、一方で依頼したとの思い込みで、結局、開演前になり、三味線方がいないことが判明。急遽、電話かけまくりで、探し回った結果、今日の昼席で三味線を弾き、娘さんと買い物に出かけられていた吉川絹代さんをつかまえることができ、事なきを得たそうです。そないなことって、あるのですね。




2010年 10月 13日(水)午前 5時 58分

 昨日は、勤務日ではないのに、どうしても、午前中は出勤しなければならず、医者通いが、後回しになってしまったのですが、幸いネットで、午後1時まで受付をしている病院を見つけ、行ってまいりました。いろんな可能性を考え、MR検査も、一緒にできそうなところを探していましたので、ちょうどニーズに合う病院を見つけたということになります。とにかく、昨日はレントゲン検査は済ますことができ、骨折とかの心配は消え、まずホッとできました。ただ股関節が、若干変形しているので、そこから痛みが出たのではということでした。腰の骨は、全く異常はなく、ヘルニアなんてことの可能性は消えました。あと、骨のMR検査を受けると、骨自体に異常のあるなしが判るということで、後日、検査を受けることになりました。とりあえず、昨日の診察結果だけだと、あまりに頼りない。あれほどの激痛が走るには、かなりのことが起こっているはずと思っていたため、これで安心をするわけにはいきません。とにかく冬の旅行は、いろんな手配が、全て完了させた段階ですから、何がショックだと言っても、これがつぶれるのではの恐怖が大きく、原因を、早急に解明したいのですが、ちょっと中途半端な気持ちです。それにつけても、その病院、12時40分過ぎに受付を済ませ、全てが終わったのが、4時半。これには、まいりました。
 とりあえず、昨夜は、予定していた繁昌亭に行ってまいりました。前日が、浅草演芸ホール、そして、一夜明けると繁昌亭。極楽巡りをしている気分です。で、昨夜は、「ナイトヘッドスペシャル」があったのです。番組は、三段「僕たちヒーローキッズ」、たま「火焔太鼓」、文華「替り目」、たま「生命」、(中入り)、たま「ショート落語」「宿屋仇」というものでした。「古典の巧者を迎えて」のコピーが、会のチラシに踊っていた会。当然、ハードルを上げられた文華は気にします。文華は、たまの敬意とか、ホントのこと書こうとしているというのが解っていながら、シャイなんですね、「こんなこと書かれて叶わん」ということを、本気で思い、それを口にしてしまう人。おまけに、先に上がったたまが、「私の二席は短いので、たっぷりしてもらいます」の言葉に引っ掛かります。そんな気はないのに、「勘定板をするつもりやったのに」と言い、笑いを取っていました。逆の言い方で、「天狗」を装って笑いを取るということをしないのが文華。それが解っているから聴いてしまう、ほれぼれとする、いいキャラを持ったいい噺家さんです。「替り目」を下げまで、たっぷりと演じてくれました。もう10年ほどしてから、文華のこのネタを聴くと、後半の部分が、めっちゃリアリティを持ってくるんだなと思いながら聴いていました。黄紺的には、その後半の酔いっぷり、うどん屋を困らす我が儘ぶりが、気に入りました。たまの方は、ベストの内の一つ「宿屋仇」が出ました。久しぶりに聴いて、なんか軽くなった感じがしました。もともと小気味良く、右手の動きで、このネタの進行に節目を付けていて、そこが印象に残り、快適なテンポを感じていたのですが、昨日の場合は、そこに目が行かないのです。パントマイム的な部分を入れたからでしょうか、そのため、節目の決めポーズの印象が薄くなってしまった、そないな感じがしてしまいました。たまの「火焔太鼓」は、前から書いてますが、刈り込みすぎで、ダイジェスト版のようになっているので、せめて小僧を登場させて欲しいと思っているもの。いきなり、侍が「ごめん」では、のっけかからノンストップになっちゃいます。「生命」は、初演のときに聴いているネタ。これだったのかと思い、同時に、気持ちの悪いネタっていう印象も復活。昨日も、同じ感想でした。ということで、最近のたま、以前のように、びんびん響く新鮮さが消えています。ちょっと出し過ぎて、充電中なのかもしれません。




2010年 10月 12日(火)午前 0時 15分

10月8日(金)

 再び、3連休を使って、東京での演芸散策、コンサート巡りをしてきました。ただ、出発の前日から、左腰に傷みが走り、ついには新幹線を降りる頃には、歩くのもおぼつかない状態。歩いていると、僅かだけどましになり、予定していたスケジュールをこなすこととしました。月の上旬に、東京へ行く最大のメリットは、木馬亭で、浪曲の常席に行けること。早速、東京に着いてすぐに、浅草に行ってまいりました。少し時間がありましたので、浅草花やしきの近くにある「江戸下町伝統工芸館」に行ったのですが、ここへ足を伸ばすのさえ、大儀な状態でした。本日の番組は、以下の通りでした。浪花亭友歌「太閤記」、神田すず「三藁屋清蔵」、富士鷹雄「松阪城の名月」、玉川こう福「別れ涙の花舞台」、大利根勝子「雪の夜話」、(中入り)、天津ひずる「母の罪」、春日井梅光「天野屋利兵衛」。「太閤記」は、日吉丸が、矢作橋で蜂須賀小六と出会ったところから、義元に取り立てられ、元服の儀式をしてもらうところまで。浪曲としては、異例の欲張った台本。友歌は、ルックスも声も良いという女性浪曲師。ただ掛け合いのところでは、変なタイミングのずれがあり、ちょっと気になってしまいました。すずは、神田一門の講談師。初遭遇です。親から放蕩が過ぎて勘当された清蔵が、別れるときに、親から渡された3本の藁を、いろんなものに変えていって、成功する話。講談らしくて、おもしろいネタ。すずも、丹精な語り口で、好感を持ちました。富士鷹雄は軽いのがいいんだけど、「松阪城の名月」の後半のちょっとシビアな場面も、同じノリでされると、抵抗を感じてしまいます。このあとの三人のネタは嫌だったなぁ。全部、新作でと言っても、現代ものではありません。とってつけたようなお涙頂戴物語は、勘弁して欲しいものです。玉川こう福の「別れ涙の花舞台」は、旅役者もの。大利根勝子の「雪の夜話」は、純粋な弟に兄夫婦がうたれる話。天津ひずるの「母の罪」は、子どもを産んだことがあることを隠して結婚した女の話。半ばで、歌謡浪曲に変化したところがありました。梅光も、初遭遇ですが、切れのある台詞から出てくる貫禄に魅せられました。東家浦太郎同様、ネタが終わると、自分の持ち歌など二曲を披露してくれました。
 腰の状態が、想像以上に悪いので、無理して、ホテルにチェックインせず、神田に置いてあった荷物を取り、中野へ移動。夜は、なかのZEROであった「二人のビッグショー」に行ってまいりました。番組は、次の通りですが、市馬の出番が多く、喬太郎は最後だけでした。市江「太鼓腹」、寒空はだか「漫談」、市馬「付き馬」、(中入り)、市馬(寒空はだか・恩田えり)「(音曲茶番)転宅」、喬太郎「宮戸川(お花半七)」。市馬は、マクラで、前座が暖め損なったこと自体をネタに、また寒空はだかのステージにコメントを出して、徐々に客を暖めていっていました。そして、やおら吉原話。何を持っているか、把握しきってないので、この時点では、何か判らないのですが、お金の話になり、「付き馬」で当確。どろんする男が、どのへんから横着になってくるのかを見ていると、寄り道をしながら飲み食いをするところから。そないなものなのか、よく分かりませんが、序盤は、得体がよく分からないという演出でした。「おじさん」のところに入っていくあたりで、噺はヒートアップ。それまでは、のらりくらりっていうところ。市馬の口演も、そないな雰囲気でした。「転宅」は、市馬が盗人役、恩田えりが、盗人に入られるおてかけさん。寒空はだかが、おてかけさんが転宅したあと入ってきた住人という配役。打合せも、十分行われており、なかなか楽しませてもらえました。恩田りえって、女放談もできるだけあり、こういう試みには、ユーティリティ・プレーヤーになります。そして、トリは、長講の喬太郎。以前、ワッハで聴いたことのあるネタ。今日は、最後までするつもりで、マクラで、夢の話、五臓でギャグを飛ばしていました。ワッハでは、雷のところで切りましたから、たっぷり目に演じてましたが、今日は、そういうわけにはいきませんでした。自分的には、雷以後を聴いたのは初めて。夢だからいいけれど、中味は、かなり救いようがない雰囲気に、一時的にせよなってしまいます。「小僧の遣い」と「五臓の疲れ」の洒落で落とすのは、この噺だったのですね。中野から新宿に出て、山手線で帰ったのですが、山手線が揺れて揺れて、腰が悪いと、普段、感じないことを感じてしまいました。

10月9日(土)

 腰の状態は、相変わらずひどいものがあります。かなり歩行困難。ちょっとした体の向きで、激痛が走ります。ただ、昨日で、最悪状態までいってしまったのか、悪くはなっていないみたい。昨日の変化は、凄まじいものがありましたから。まだ、朝は、普通に歩けていましたから。今は、できれば車椅子に乗りたい気分。座っていると、全く大丈夫ですから。でも、せっかくの東京。ひょっとしたら、二度と来れないかもしれません。あまりに、激痛が走るので、そないな感じになってしまいます。そこで、午前中は、9月に来たときに、目をつけていた「シャガール展」に行ってみました。東京芸大付属美術館です。初めて行く美術館でした。こんな美術館は公開されていませんでした、昔は。広さ的には、手頃なもの。特に、今の私の体の状態では、このくらいが限界です。最大の収穫は、シャガールが、1967年、メトロポリタン歌劇場の依頼で作った装置、衣装などの絵コンテが、大量に来ていたこと。その公演は、パパゲーノに、ヘルマン・プライ、パミーノにニコライ・ゲッタ、夜の女王にルチ・ポップ、指揮がヨーゼフ・クリップスという、当時を代表する布陣で行われています。そして、上野から東京駅に移動、午後は、大手町の日経ホールであった「大手町落語会」に行ってまいりました。まだ3回目というホール落語会です。最大の狙いは権太楼。その番組は、次のようなものでした。一之輔「鈴ヶ森」、百栄「お血脈」、文左衛門「ちりとてちん」、桃太郎「金満家族」、(中入り)、権太楼「文七元結」。若手や中堅で有望と見られてそうな噺家さんが並び、実際聴いてみると、なかなかセンスの良さなんかを感じ、全体として、好印象を持ちました。一番気に入ったのは、一之輔。くすぐりのセンスや、マクラのセンスが抜群です。個人の会で、大きなネタをやっているのを聴いてみたくなりました。百栄は、ボーっとした雰囲気が得がたいものがあります。文左衛門の軽さ、オーバーアクションも、色変わり的におもしろい。桃太郎は、柳昇の弟子。ずっと新作をやってるんだろうか。繰り返しネタだけど、ちょっとしつこいですね。権太楼の「文七」は、繁昌亭に次いで、2度目。繁昌亭より、かなり広い会場のため、かなり拡散するという印象。こちらも、没頭しにくい。だけど、酒の肴になると、今回も泣きそうになりました。どこかで壁を越えてしまってるのですね。冒頭の長屋の場面は、もっと時間を、権太楼はかけてると思っていたのですが、実際はそうではありませんでした。そのように聴かせる権太楼の技なんでしょうね。ここが効くと、全編に渡って、噺の骨格がしっかりしますものね。
 腰の痛みがひどいので、大手町から直接、六本木一丁目に移動。夜は、サントリー・ホールであった東京交響楽団の定期演奏に行きました。いい落語会もあったのですが、一回は音楽会に行きたいもので、これをチョイス。プログラムは、モーツァルトの27番のピアノ協奏曲と、ブルックナーの4番のシンフォニー。指揮は、このオケに長年関わってきた秋山和慶。秋山のブルックナーというのは、あまりないというのが、大きな関心。聴いてみて、とってもバランスのいい演奏に感心。特に、それを支えるバイオリンのパワー。これは、モーツァルトが始まった途端、そんなに響きが、特に音色がいいわけではないのだが感じました。黄紺のいた位置が、バイオリンを聴きやすい位置にいたからかもしれません。ただ、ブルックナーを聴くときのポイント、ブルックナー休止という長い休符のあと、ふっと気の変わる音の流れとなると、物足りないという印象を持ってしまいました。ですから、そつのない演奏という言い方が、一番いいかもしれません。各パートとも、満足できたかと言うと、それは別ものというところです。ファースト・ホルンのこわごわ吹いているのは、ちょっと気になり過ぎましたし、モーツァルトでの木管の音が抜けてしまってたのは頼りないものでした。ただ、木管は、ブルックナーでは見違える音を出してくれていました。モーツァルトのソロは、伊藤恵。前にも聴いたことがありますが、なんかこじんまりとしていて、2日前に聴いたモーツァルトと比べてしまいました。ネームバリューは、伊藤恵の方が上ですのにね。ただ、右サイドにいたため、そないに聴こえた可能性は否定できません。
 音楽会が終わると、足腰の状態が、だいぶと楽だったので、溜池山王駅に回り、赤坂見附経由で、新宿3丁目に移動。新宿末廣亭の「深夜寄席」に行ってきました。本来なら、出番をもらってるのは4人のはずなのに、実際は3人。一人が、出番を失念していた模様。代役なしの公演は、ダメなんじゃないでしょうか。番組は、次のようなものでした。鬼〆「鈴ふり」、粋歌「二人の秘密」、右太楼「黄金餅」。鬼〆は、落語の分類から始め、最後に艶笑噺を入れ、艶笑噺の小噺をして、にんまり。結局、「鈴なりなんかなぁ、でもな、これだけ余計な話をして、鈴なりはないよな」と思っていたら、そうでした。鬼〆が降りた途端、客席から、「下劣」の言葉がかかりました。確かに、たっぷりと時間をもらっているときに、こないなネタをかけるなんてということでは納得しますが、鬼〆が、地噺的に、ネタに入る前にしゃべり、時間を保たせたということは、大きく評価したいと思います。粋歌は、新作専門なんでしょうか。それにつけても、きゃぴきゃぴ系でない新作って、話題性に欠けます。右太楼は、高座に上がるなり、ぼやき尽くし、こなかった噺家、「鈴ふり」について、ぼやくはぼやくは。なんとか、客の気分を緩和しようという心根と看ました。「黄金餅」は、大阪では文太だけかな、ネタにしているのはの噺なんで、移植が進まないのでしょう。右太楼は、ぼやいた上に、責任を取る感じで、「黄金餅」を出すだけの実力があります。筋立てに変化があるので、それに着いてこさせる力のある語りができる噺家さんです。楽しみな存在です。

10月10日(日)

 腰の具合は相変わらずです。昨日の昼過ぎくらいには、今日の朝一番にでも帰って、医者にでも行こうという決意までしたのですが、対応の仕方がわかってきたこと、また、必要以上の大きな出来事としてとらえているのではと、推移を見ながらと思い始めたこともあり、とりあえず、今日、帰ることは止めにして、もう一日は、少なくとも、東京で遊んでいこうのつもりですが、これが、あとから考えてみると、大変な失敗ということになるかもしれません。昨夜は、ホテルに戻ったのが、12時半頃。それから、一日の記録で、まだできてないところを、お酒を呑みながら書き出したのですが、2時過ぎに、全部仕上がらない内にダウン。そして、日曜日の午前中は、定番、鈴本の早朝寄席ですので、睡眠時間は4時間。この睡眠時間では、治るものも治らないかもしれません。確かに、起きがけは、腰も調子いいですから。体を休める必要があるのあもしれません。でも、体重が、61.35kgまでしぼれましたので、この状態で、ウォーキングができないというのは、なんとも悲しい。夢の50kg台目前なんですから。で、鈴本の早朝寄席の番組は、次のようなものでした。小太郎「あくびの稽古」、馬るこ「吉田さん(仮題)」、遊一「目黒のさんま」、つくし「接待ゴルフ」。この順番は、入門順とか。つくし曰く、「私、芸風からして、トリじゃないんですけど」。黄紺も、そうだなと思いました。小太郎は、池袋で聴いていますので、2回目。小柄過ぎて、どうしても噺をじゃましてしまいます。でも、喋りは巧み。いつの日か、体格が気にはならないときがくると思います。「あくびの指南」は、このあと、両国でも聴いたのですが、東京の「あくびの指南」は、あっさりし過ぎです。実際に、あくびを披露するのは、一つだけ。それを、学び手が、いろいろとちゃちゃを入れるだけ。ちょっと削ぎ落とし過ぎです。あとで聴いたとん楽より、小太郎に一票です。馬るこは新作。夢だったという噺なんだけど、その夢というのが、ばあさんに迫る大学生というもの。ちょっと引きました。遊一の「目黒のさんま」、大名のお坊ちゃんかげんが気に入りました。ただ、他の登場人物の描写が弱いですね。つくしの新作は、あやめ風であり、あやめ風でない。若いキャビキャビ系の女の子を出しつつ、その処理の仕方が物足りない。だけど、この人には、新しい系の新作テラーとしての可能性は看ることができました。
 鈴本から、徒歩での移動。移動先は、本牧亭です。ようやく本牧亭にたどり着きました。かつて、東京にいた頃、関心を持ちながら、ついに行かなかった本牧亭、今や、新しくなり、本牧亭は残っています。ここで、講談の月並会が、月2のペースで開かれています。それに、今回は、うまくはまったのでした。その番組は、次のようなものとなりました。真紅「桂昌院」、あっぷる「鬼夫婦〜井伊直人とさだ〜」、松之丞「宮本武蔵〜竹之内加賀之介〜」、紅葉「越ノ海勇蔵」、陽司「勝海舟」、松鯉「水戸黄門〜出世の高松〜」、(中入り)、松鯉「那須ノ余市、扇の的」、昌味「爆裂お玉」、愛山「講談私小説〜品川陽吉、酒のしみ〜」。前座が3人も。その内、真紅のネタは、上野広小路で聴いたのと、同じ。あっぷるの口調って、子ども相手に講談をするといいなと思わせる、他の講釈師さんとは異質の雰囲気。松之丞は、9月に続いて「宮本武蔵」。時間の関係で、展開部の入口でカット。武蔵にケンカを売ろうという男に、武蔵が、どのような対応するのかと待っているとカットでした。紅葉は、聴き慣れた「寛政力士伝」から。だからでしょうね、寝不足のため、ここでうとうとしてしまいました。陽司は、勝海舟の子ども時代も説き、人物の全体像を表そうとの試み。この人のごだわりかもしれない構成。中入り明けの愛山が乗った小田急電車が、信号機の故障ということで、中入りを挟み、なんと松鯉が2連続登場という幸せ。しかも、愛山は、昌味が上がったあたりで到着したので、最後に高座へ。だから、番組より一つ多く聴け、松鯉を2回聴けた勘定になりました。松鯉の一つ目は、水戸の殿さんのお手がついた女の側から描いたもの。生まれた男の子虎松が、水戸黄門の兄に当たる人。ただ、虎松が生まれたあと、母親が亡くなるので、しばらく素性が解らないまま過ごす、その辺の話が中心でした。松鯉は、結構、間に笑いを挟みます。ちょっとイメージが変わりました。「扇の的」は、落語の寄席なんかでかけてんじゃないかな。手短かに出来上がっていました。昌味のネタは、女泥棒のネタ なんですが、展開に入ったところで、2度目のうとうと。2日連続で、睡眠時間4時間は、ダメです。そして、愛山。存在は知っていた「講談私小説」っていうのは、自分のアルコール依存体験を講談にしたものだったのですね。口演中、何度も、自分のことではないと言ってましたが、そう言えば言うほど、愛山と主人公が重なっていきました。
 移動に、少し余裕があったのですが、足腰のこともあり、両国へ寄り道せずに移動。夜は、迷ったのですが、円楽一門の「両国寄席」に行ってみました。GW以来です。月の前半に来ると、いろいろと選択肢ができます。本日の番組は、次のようになりました。松幸「半分垢」、時蔵「新聞記事」、鳳笑「手紙無筆」、遊史郎「六尺棒」、楽生「たらちね」、竜楽「時そば」、(中入り)、とん楽「あくび指南」、スティファニー「マジック」、喜八楽「木乃伊取り」。松幸は、立川派の会で遭遇経験のある噺家さん。高座に上がったときは、客席は、まだ4人でした。同じ調子の繰り返しは、変化を持たせる工夫が必要です。「新聞記事」は、「阿弥陀池」の「糠に首」の部分、そこだけという噺。和光寺の部分の大切さが、よく解りました。噺の枠組みを教えているのです、あの部分は。もちろん、米政の部分がありませんから、頼りないネタになっていました。このパターンが多いですね。上方から移植されて、価値の落ちているものが気になります。鳳笑は、「二ッ目昇進記念」の高座。「手紙無筆」を、笑福亭がかけるときの定番「書いたぁる」の可笑しさが、よくできてる相槌だと思いました。落語になる台詞です。鳳笑の場合は、いろいろと指摘され、まじになっていく進行で、これじゃ落語ではないっすね。遊史郎は、なんか声がなじめない感じがしました。とっても、ネタ選びに慎重にならないとなの印象でした。「六尺棒」は、放蕩息子を締め出そうとして、逆に家に閂をかけられてしまう父親の噺。逆転の噺です。楽生は、陽気なキャラが、得をする噺家さんです。「たらちね」と合ってるし、 またあっけらかんと演じるように努めていましたが、真打ちが「たらちね」は反則です。竜楽も反則気味ですが、この人は、やはり安定感は抜群です。海外公演でできないネタの話から、大阪の噺家が、赤いキツネを買って帰る話などで、麺類に到着というマクラ。ネタ自体は、吉朝テイスト満載でした。ということは、吉朝と東京の「時そば」との関係はとなると思います。一人ヴァージョンは東京風ですが、そんなことではなく、くすぐり全般についてです。とん楽は、地味な噺家さんです。声も小さく、デフォルメもしないということです。「早朝寄席」で、同じネタを小太郎で聴いてきたところでしたので、どうしても比べてしまいます。小太郎は、体が小さい分、大きく描くように努めていたことが、よく解りました。とん楽は、風邪気味で咳こむところがありました。その中で、このネタでは危ないです。残念ながら、あくびをするところで、咳こんでしまいました。ステファニーは、ハロウィン・ヴァージョンのマジックでした。「1年後にしか見られませんよ」の言葉は堪えました。足腰の悪さから、一時、「これが最後の東京か」と思っていたものですから。そして、トリの喜八楽。いい「木乃伊取り」を聴けました。番頭、頭、清蔵の順で、放蕩三昧の若旦那を迎えに行きます。中でも、清蔵が素晴らしい。権助ではなく、清蔵でした。キャラは権助です。融通の効かない清蔵の弱点、それが酒+女。そこまでは、頑として融通が効かない。この辺のけじめが、しっかりしているので、可笑しさが増します。願わくば、他の登場人物のキャラ作りに、もう少し色合いが付くと、更に上昇です。会がはねると、この会の常連さん同士の挨拶が交わされたり、中には、噺家さんと一緒に、夜の街に消えていく客もいました。両国寄席、今年で20周年だそうです。客は、最後は、20人くらいに増えていました。

10月11日(月)

 足腰の具合が、大幅に改善。朝、東京を出て、病院に行くことを1日ずらすことを決めました。徐々に、傷んだところが判るようになってきました。鈍い痺れがあるところが、そうなんでしょうね。昨夜、息子と連絡をとると、「疲労骨折では?」という、一番聞きたくないことを言われました。黄紺自身も、その可能性が否定できないだけに、歩くということを、頑張って抑えているところです。で、最後の一日は、浅草演芸ホールの昼席+αに行くことにしました。定席だと、歩くことはありませんからね。で、今日の昼席の番組は、次のようなものでした。はな平「牛ほめ」、金兵衛「寿限無」、馬桜「ぞろぞろ」、伊藤夢葉「マジック」、白酒「米揚げざる」、彦いち「おしゃべり母さん(仮題)」、のいる・こいる「漫才」、しん平「赤子の災難(仮題)」、歌る多「替り目」、東京ガールズ「音曲バラエティ」、扇治「狸の恩返し」、扇遊「一目上がり」、紫文「粋曲」、志ん輔「目薬」、円窓「半分垢」、(中入り)、扇里・円窓・金馬・扇橋・歌る多(司会)「扇里真打昇進披露口上」、あした順子「漫談」、金馬「太鼓腹」、扇橋「子盗人」、和楽社中「太神楽」、扇里「お血脈」。次に、+αの夜の部の序盤の番組です。三三目当てに考えたスケジュールでしたが、三三は休演で、歌奴が代わりを務めました。禄太「道灌」、小太郎「動物園」、喬之助「初天神」、ロケット団「漫才」、歌奴「浮世床」。今回は、東京で久しぶりの真打披露興業を観ようというものでした。あまりにも、多くの高座と出会いましたので、印象に残った噺、書き留めておきたい高座などだけを記しておきたいと思います。馬桜という噺家さん、いいですね。昔気質の噺家さんっていう雰囲気を漂わせています。米左と会を持ったりしていますので、今度は聴きに行こうと思いました。伊藤夢葉は初遭遇。コミック・マジックに入る人です。ネタの数より冗談ネタの方が多いパターンですが、お気に入りに間違いなく入ります。白酒、彦いちの二人は、他の噺家さんとの組合せで、番組表に載っていたところ、大当たり。「米揚げざる」は、「米揚げいかき」の、最後のおいしいところだけというもの。しかも、「下る、下がる」の部分はなしというものでした。ですから、あっという間に終わりました。彦いちの新作は、傑作。おしゃべりな母親が言いふらす内容が、またおかしい。青春グラフィティの雰囲気もある噺でした。のいる・こいるは、多分、初遭遇。ボケ役は、相手の話を、全然聞こうとしないというパターンが繰り返されます。芸なのかどうかすら判別がつかない代物。こないなキャラを持った爺さん漫才師がいたとは、驚異です。歌る多は、なんと、酒の噺、そして、男性目線で作られたネタを出したのには、びっくり。但し、俥屋との部分はなく、家で酒をねだるところからで、最後は、かみさんに感謝するところまで。東京ガールズは、ようやく出会えました。女性二人のユニット。おしゃべりが物足りないな。今日は、あとから紫文も出てきたので、師弟ともに聴けた記念日です。扇遊は上手かった。一目上がっていくたびに、僅かながらもテンポアップ。実力を垣間見たみたいです。このひとは、じっくり聴いてみたい噺家さんです。紫文は、鬼平犯科帳を、今日も聴かせてくれました。冒頭は、富山の薬売りではなく、相撲とりでした。東京ガールズと比べて、何なんだけど、三味線の音が違います。志ん輔は上手いですね。とっても、客席に近づいてくるようなしゃべりっぷりに、会場の反応も、かなり高いものがありました。トリイホールでの会を予約してないことを思い出してしまいました。円窓は、馬風の代演。とっても嬉しい交代です。仕方がないのかもしれませんが、せっかく円窓を聴けたのに、「半分垢」では、がっくりです。あした順子は、ひろしが出られないため、一人高座。ひろし・順子の有名な場面の再現を、前座さんを使って披露。大拍手を浴びていました。最後は、歌謡曲にのって、新舞踊を披露してくれました。金馬は、繁昌亭で聴いたときのスタイルでの高座。講釈用の見台でしょうか、それを前に置いての高座でした。扇橋は、高座を務めるのは、残念ながら厳しくなってしまってます。しゃべってることが分からないのです。扇里は、いくらなんでものネタ。トリとしてですが。扇橋門下なんだからね。冒頭で、艶笑小咄などを入れるものですから、危ない雰囲気が、のっけから漂っていたのですが、やはり、心配していた通りになってしまいました。語り口は、爽やかなんですが。トリが、15分ちょっとで終わったら、ダメでしょう。夜の部で、小太郎に、また出会いました。東京にも、「動物園」は入ってたのですね。但し、「珍獣動物園」で、もらう給料が、月で100万円はありえません。ロケット団も、毎回当たります。今回のネタは、残念ながら、9月に聴いたものでしたが、この漫才のボケって、ちょっと知的な印象を受けてしまうのです。わりかしお気に入りの漫才です。7時までいると、権太楼を聴けたのですが、帰りに、最近の定番、銀座のお気に入りの店で、晩ご飯を食べてから帰りたかったので、歌奴が終わったところで、外に出ました。
 今回の東京プチ旅行は、とにかく腰の異常で、散々な目に遭いました。日経ホールのところが最悪で、車椅子が、ホントに欲しいと思いました。幸い、激痛は収まりましたが、常に歩き方、体の向き、これを、まだ考えながら動いています。だって、トイレも、普通にできず、階段を上がったり降りたりするのに、右手で手すりを持つと、それだけで激痛が走り、常に左手で持ったり、椅子から立ち上がるときは、膝の屈伸力を効かし、重心を考えながら体を動かさねばならなかったり、ズボンをはくときは、一大決心をしなければならなかったのですから。とにかく、明日、医者に行きますが、怖ろしい話にならないことを祈っているところです。




2010年 10月 8日(金)午前 4時 46分

 世間は3連休、自分的には4連休に突入しかけています。実は、昨日の午後、休暇を取って、4.5連休に入ろうかとも考えたのですが、今晩は、どうしても外せないものが大阪であったため、プチ旅行には踏み出せなかったのです。その外せないものとは、ブルックナーの2番のシンフォニー。このブルックナーのシンフォニーが演奏されることは、まあ、ないのです。場所は、もちろんシンフォニー・ホール、大阪(シンフォニカー)交響楽団の第149回定期演奏会に行ってきたのです。このオケは、垂涎家の好むコアな作品をかけることで知られ、昨日のブルックナーも、その一つなんでしょう。プログラムは、モーツァルトの17番のピアノ協奏曲が、前半に置かれ、後半がブルックナーとなっていました。ところが、肝心のブルックナーが、何やら変。私が聴き慣れていない版を使用しており、且つ、この2番のシンフォニーは、版により、かなりの変動があるようなのです。楽章の移動、新しい楽章の挿入があるということを、あとで読んだパンフレットの解説で知りました。それと、狙いの緩叙楽章の演奏が気に入らないのです。咬んで含めたようなリズムの刻み方が気になって、癒し系の音楽を期待している者には、すこぶる落ち着かない。そこへさして、当然入ってくるブルックナー特有の金管の合奏が入ると、ますます落ち着かないのです。期待が肩すかしっていうところですかな。なんか、普通のブルックナーを聴いている気分にさせた版選びで、がっくりでした。めったに出会えない2番で、思い通りの演奏に出会うのは、更に難しいことです。緩叙楽章で、結局、音が淀んで聴こえた同じオケが、とっても滑らかで、優しく、透明感のある響きを出していたのが、モーツァルト。ピアノは石井克典。音の煌めき、だけど欲を出さない淡々と弾いてくれた音色が、オケの優しい音色に合って、なかなか素敵なモーツァルトを聴くことができました。17番という小じんまり系の選曲も、良かったんじゃないかなぁ。拍手も多く、定期演奏会では珍しく、ソリストのアンコールがありました。曲は、シューベルトの「即興曲」でした。




2010年 10月 5日(火)午後 11時 24分

  大阪市遊歩(84)写真集

 昨日は、夜遊びをしないで、まっすぐに帰った場合の定番、晩酌で、あえなくダウン。夜中に起きて、更新が間に合っていなかったHPに、手を加えていたら、冬の旅行のための、ホテルの予約作業、ちょっとした手配をするための作業なんかが、完全にお留守。これも、アルコールを補給しながらするものだから、朝方に再ダウン。明けると、見事な秋晴れ。絶好のウォーキング日和と、やらねばならないことを、そのままにして、日曜日と同じ電車に乗り、お出かけしました。ウォーキングの詳細なコースは、次の通りです。京阪「京橋」駅〜ネパール料理店「カトゥマンドゥ」〜ネパール料理店「カトゥマンドゥ」〜インド料理店「アルナーチャラム」〜片町橋〜インド料理店「ロイヤルタジ」〜鴫野グランド〜上城見橋〜大阪市中浜下水処理場〜天王田公園〜天王田大橋〜大阪市立諏訪小学校〜大阪府立成城高校〜永田公園〜永田大橋〜神路公園〜大今里1交差点〜玉津橋〜JR環状線「玉造」駅。今日のコースは、東大阪市に入る直前まで、西側から迫り、環状線まで引き返してくるというもの。成城高校から玉造駅までが、45分見当だと思ってもらえばいいかな。今日は、あとの移動のことを考え、環状線に着くことを考えていたのです。そういったときというのは、京阪沿線から向かったりするのがほとんどなのですが、今日のようなコースを取ることにより、違った向きで、似たコースを歩くことができ、歩く楽しみが、また増えるというところです。
 「玉造」から環状線で、新今宮まで移動。午後は、「動楽亭10月席」です。しん吉以外は、メンバーがごろっと変わり、おいでおいでをしているようです。本日の番組は、次のようになりました。弥太郎「軽業」、しん吉「若旦那とわいらのエクスプレス」、よね吉「刻うどん」、雀々「くっしゃみ講釈」、(中入り)、出丸「看板のピン」、米二「まめだ」。弥太郎は、言葉の流れに、何か乗れない。村祭りの軽やかさがないのです。変に落ち着いた口ぶりに、変さを感じてしまいました。しん吉が、いろんなところでかけてる新作に、初遭遇です。トワイライト・エクスプレスのチケット・プレゼントの遣いを頼まれた若旦那が、しまいには札幌まで行ってしまう、単純にバカバカしい噺だが、その中に、しん吉らしい乗り鉄の蘊蓄が入ってるから、大受け。次に上がったよね吉は、弟子修行時代のしん吉の乗り鉄ぶりを披露。自身は、吉朝に最も似た「刻うどん」を出してくれたのですが、なんか、よね吉の高座はくさくて。そないな感じを持ったからでしょうね、後半部分はダウンしちゃいました。雀々は、上がるなり、米団治ネタを、次から次へと出すハイテンション。そのテンションのまま、異様に高まった「くっしゃみ」を演じたものですから、汗がポタポタ。一人で引っ張りに引っ張って、中入りに入ったのが、3時50分。あとから出てきた出丸曰く、「昨日と3中入りが30分くらい違う」。また、「汗がひどいので、見台を使うのを止めました」。なんてなことを、マクラで触れ、雀々のテンションを引き継ぎつつ徐々に下げるように努めていました。米二も上がるなり、「待ちくたびれました」「帰ったろかと思いました」と、雀々をいじって、上手に掴んでいくのですが、なんせ、ネタに「まめだ」をチョイスなものですから、大変。だけど、今日の気温を考えると、「まめだ」は、まだ早いですね。全体として見ると、うまく連携が、結果として働いている感じがして、いい印象を持った寄席でした。
 「動物園前」から南森町に移動。繁昌亭で前売り券を買い、近くのネットカフェで、30分余りの時間調整をして、北区民センターに移動。夜は、「第198回天満講談席」に行ってまいりました。今夜の番組は、南斗「黄門と農業」、南青「大川友右衛門」、南鱗「無名の碑」、南海「長短槍試合」というものでした。ネタ的には初物はなかったのですが、久しぶりのものもあり、たっぷりと楽しんで帰ってきました。「黄門と農業」は、漫遊に出かける前の動機付けになるような部分。以前、前講で、南斗で聴いているはずです。「大川友右衛門」は、講談毎日亭で、南青が出掛けたネタの一部。何だったんだろうと思い出そうとするのですが、それが難しいのです。「無名の碑」も、南鱗で聴いているネタです。伊勢詣りをする途中、強盗に命を狙われた男が、誤って強盗を殺してしまい、生涯後悔し、晩年、その場を訪れ、縁ある者がおれば討たれる覚悟で出向き、新たな真実が判り意外な展開が待っているという、じっくり聴き込むとおもしろい。こういったネタって、南鱗のインテンポの口調って、沁みてきますね。トリは、南海さんで、なんと、らしくないと言えばらしくないネタ。こういったネタなんかを出すと、南海さんも、普通の修行を積んで来たんだなと思ってしまいます。普通の「長短槍試合」と違い、細かな工夫を入れています。なんか、若き日の南海さんの努力を跡づけるような気がしてしまいました。




2010年 10月 3日(日)午後 10時 44分

  大阪市遊歩(83)写真集

 朝、家を出るときは、そないな天気ではなかったのですが、京橋に着くと、いつ雨が降ってもおかしくない天気。実際に歩き出すと、もう簡単に雨が降り出しました。最初は、しばらく糸を引くような雨だったので、ほっとしていたのですが、天神橋を渡るところで、本降りになってしまいました。久しぶりの雨中ウォーキング。マイドーム大阪近くのコンビニで、傘を買い求めてのウォーキング、詳しいコースは、次のようになりました。京阪「京橋」駅〜京橋花月〜大阪市立桜宮小学校〜桜宮橋〜真宗大谷派天満別院〜大阪天満宮〜繁昌亭〜天神橋〜農人橋歩道橋〜地下鉄「松屋町」駅〜九之助橋〜地下鉄「長堀橋」駅〜インド料理店「アカーズ」〜インド料理店「Shama」〜堀江公園〜大阪市立中央図書館〜汐見橋〜大正橋〜岩崎橋公園〜JR環状線「大正」駅。わりかしおもしろいコース設定。一旦、北に上がってから、北側から天神橋筋に入るというもの。大きな表通りは、うるさくて、空気も悪いので、あまり歩かないため、天神橋筋を、そのまま歩くというのは、逆に新鮮。そこから西に行く道は、大宝小学校の傍らを通る道だと、途中に気づき、一つ南に道を変えると、今度は、「イスタンブル・コナック」の横と、この辺りは、もうかなり歩き尽くしていると、微調整は止めにして、大正方向を目指しました。このコースで、「大正」駅ダイレクトに行くと、10分前に着いてしまいます。そこで、最後は、岩崎橋方向へと迂回路をとり、「大正」駅に向かいました。
 「大正」駅から、環状線で新今宮に移動。今日の昼間は、「動楽亭寄席」に行ってまいりました。今月は、今日と、あともう1回行く予定にしています。番組は、そうば「動物園」、しん吉「刻うどん」、雀喜「桃次郎」、雀松「般若寺の陰謀」、(中入り)、わかば「片棒」、雀三郎「崇徳院」というものでした。そうばの「動物園」、気に入りました。頼りない男が、不安げにわあわあ言っている雰囲気が、うまく出てるのです。言葉をかぶせてみたり、トーンを変えてみたりする上に、この人は目がいいな。眼力なんてものがあります。相手をしっかりと見据えてしゃべるので、人の位置が、よく判るのです。しん吉は、下げの部分に関わることを先に言ってからネタに入るという掟破りに、場内、大受け。吉朝の弟子ですが、二人ヴァージョンでした。仕込みの部分から、あまりネタを仕込まない、あっさり系。こういうのもいいですね。「桃次郎」、聴けました。何度か、新作はかけてみたいと言っていた雀喜ですが、その場として「動楽亭」を上げながら、白い眼で見られるのでと言ってはいたのですが、よくやってくれました。この人らしいほのぼの系の噺。桃太郎の弟桃次郎は、争いを好まず、鬼を嫁にして帰ってくるというもの。雀松は上がってくると、「雀三郎兄さんがまだ来ていない」と。だから、長講でもするのかと思ったのですが、小佐田作品。想定外のネタでした。ところが、よりによってここで、ウォーキング疲れが出てしまい、後半はうとうと。なんともったいないことをです。わかばは、雀松伝来と思われる「片棒」。雀松が「片棒」だったら、何にしたのでしょう。雀三郎は、マクラをふらずに、いきなりネタに。こういう機会に「崇徳院」を聴けるとありがたい。お酒の噺が出てなかったので、そちらを予想していたのですが、外れてしまいました。
 「新今宮」から環状線で、今度は福島に移動。夜は、ABCホールで、伊藤えん魔プロデュースの芝居「惑星ボーイズ」を観ました。年に2回のペースで、新作を提供する伊藤えん魔。今回は、美津乃あわが出ない公演で、男中心の芝居となりました。それが、かえって功を奏したのでしょう、大変おもしろい芝居となっていました。今までの芝居を思い出すと、美津乃あわがはまればいいんだけど、そうでないときもあったような記憶があり、何か物足りなく感じたときもありました。今日の芝居は、日本で有人宇宙船を開発するチームが、事業仕分けで解体される前に、マスコミと組んで、実物模型として作った宇宙船を、実際飛ばしてみるというのが、荒い本筋。そこに、事業仕分けにあい、落胆するメンバーに恋をすることを進めたり、技術者が宇宙開発に携わる動機として、祖父から聞いたロケット機を使った特攻隊の話を再現したりという横道が入り、芝居は進んでいきます。特に特攻隊の横道は、無理筋の感が強いのですが、お遊び的部分にしては、話が重いのですが、それで、筋立てが混乱するわけではないので、挿話的横道として見ておきましょう。本当のロケットではないのを、CGを使ったりで、テレビでは、ホントのロケット発射と思わせようという 発想がユニークで、とてもおもしろいもので、この芝居の不満の部分も吹っ飛んでしまいました。その発想に乗せられると、マウスの替わりに亀を乗せるところなんかがおもしろい発想で、いい感じが上昇していきました。宇宙飛行士2人、科学者、実験動物担当の4人に、今、関西小劇場界の人気男優を配したのが良く、充実した舞台となっていました。




2010年 10月 2日(土)午後 10時 45分

 今日は、先週に続き、午前中勤務。振り替えが効くので、冬の旅行に活用できますが、普段しないことをすると、余計な疲れが溜まります。それが、もろに午後の部に影響しました。その午後ですが、いい落語会を捨てて、狂言を観に行ってきました。実に久しぶりの大阪能楽会館であった「善竹狂言会」に行ってまいりました。目玉は、「釣狐」の小書付が出たのでした。番組は、狂言「昆布売」(大名:長徳、昆布売:徳一郎)、素囃子「中之舞」(大皷:大村滋二、小皷:荒木賀光、笛:左鴻雅義)、狂言「釣狐〜老狐〜」(伯蔵主・老狐:忠一郎、猟師:十郎)、小舞「鵜の鳥」(弥太郎)、狂言「六地蔵」(すっぱ:隆司、田舎人:吉次郎、すっぱ:忠亮・隆平)というものでした。長徳、徳一郎のお二人は、久しぶりの遭遇。徳一郎さんが、立派に成長されました。声が、よく通る狂言師の声になっていましたので、舞台に立つ機会は少なくとも、稽古は積んでおられるのでしょう。ただ長徳さんは地味です。父上の玄三郎さんのような枯れ方も起こりそうもないでしょうね。後半から、疲れからかうとうとしてしまいました。そのうとうとが、「釣狐」の前半にまで及んでしまいました。肝心の小書により、どこが変わったのか、前場の中の細かな動きは、そのため判りません。ただ、名乗りが一の松で行われ、通常後見により行われる地取が省かれました。前場のキリでは、一部、狐の本体を表す常の型と違い、そのままで幕内へ。後場の衣装は、白狐です。これで、老いを表しているのでしょう。また、罠にかかったあと、あっけなく、その罠を解いてしまいました。笛に乗って、動くふりが、あまりに少なかったですね。これも、老いを表しているのでしょうか。「六地蔵」は、善竹家の若い世代に、一世代上の吉次郎が付き合ったもの。相変わらず、たわいのないおかしさのある作品で、こういう会で遭遇できる作品です。
 狂言がはねると、時々行く東梅田のネットカフェで時間調整。夜は映画を観ました。候補作品が二つあったのですが、梅田固定ということで、テアトル梅田で上映中の日本映画「恋愛戯曲」を観に行ってまいりました。鴻上尚史原作、及び監督ということが、最大の動機です。主演が、深田恭子と椎名桔平で、有名な俳優陣が脇を固めていますが、客の入りが、極端に悪い。土曜日の夜だというのに、客は4人だけ。これだけのネームバリューが揃って、こないな入りというのは、ネットなんかでは、相当な不評なんでしょうなという予感が、始まる前にしちゃいました。そして、また、その予感通りの内容でした。先日、新宿で観た最新の鴻上作品も、そうだったように、ごく普通の作品。かつての才走った煌めきのある作品とは、全く縁遠い作品です。新宿で観た芝居の方は、才気の片鱗のようなものを、若干なりとも感じましたが、こちらは欠片すら感じないもの。腹立たしいのは、原作が鴻上尚史だから、余計に腹立たしい。遅筆の作家を、窓際プロデュースが奮闘して、最後には仕上げまで持って行くという筋立て。作家が書くのは、作家の卵の恋。そして、その作家が書く作品も登場と、一瞬、合わせ鏡の作品か、幾重にも重なった作品かと色めき立ったのですが、あえなく裏切られました。お遊びで、著名人を集めて、その名前だけで売ろうとした、人を食ったとしか言いようのない作品です。こりゃ、集客力のないのは当然かと思いました。




2010年 10月 1日(金)午後 11時 9分

  大阪府守口市(31)〜大阪市旭区、都島区、北区写真集

 昨日とは一転して、見事に晴れ渡り、絶好のウォーキング日和。気温も上昇して、程良く汗ばみながらのウォーキング。最高にいい気分です。今日は、久しぶりに城北公園を目指し、且つ淀川沿いを歩き、繁昌亭方向を目指しました。城北公園までが50分。毛馬橋を渡るところで、まだ40分残っていましたので、繁昌亭まで行けるとの確信を持てました。確かに、ほとんど2時間ジャストというところで、繁昌亭に到着です。桜宮高校の前を通る道が、城北公園からの道としては、とっても効率的に効きました。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「守口市」駅〜守口市立第三中学校〜梅園歩道橋〜今市商店街〜太子橋南公園〜城北公園〜淀川左岸〜大阪市立桜宮高校〜大阪市立淀川小学校〜淀川神社〜毛馬橋〜長柄中交差点〜関西大学天六キャンパス〜地下鉄「天神橋六丁目」駅〜韓国料理店「玉一」〜JR環状線「天満」駅〜天神橋商店街〜地下鉄「南森町」駅〜繁昌亭。
 今日は、午後と夜、ともに繁昌亭という日になりました。福笑三昧の日です。まず、昼席の番組を記すと、次のようになりました。団姫「狸賽」、笑丸「野ざらし」、うさぎ「みかん屋」、寒空はだか「漫談」、伯枝「へっつい盗人」、文喬「住吉駕籠」、(中入り)、れ・みぜらぶるず「漫才」、千橘「蔵丁稚」、文鹿「酒の粕」、福笑「もう一つの日本」。今日の昼席は、福笑を除くと、とっても地味系メンバー。その中で、噺家さんでは、文鹿に感心。ホントに上手に、つなぐ役に徹しました。ちょっと聴きとりにくい千橘の高座、しかも、芝居噺に、実に軽妙に「酒の粕」で下りました。見事なチームプレーで、花◎です。次に、気に入ったのは、色物さん二つ。寒空はだかは、東京からの来演。言葉遊びが上手で、とってもあっさりとした芸風がいい。最後の「東京タワーの唄」も、心には残らないが、耳につく唄の前口上のまんま。おもしろい芸人さん発見です。もう一つのれ・みぜらぶるずの片割れは、なんとリピート山中さん。えらく歌が上手だなと思い、且つ、何か見覚えがと思っていたら、リピート山中だと名乗る替わりに、「ヨーデル食べ放題」の作曲者と名乗り、更に、歌まで披露してくれました。漫才は、ちょっと素人くささの残るものですが、リピート山中の名前で、引っ張っていって欲しいものです。その他 で、注釈のいるのだけ書いておきます。笑丸とうさぎではダウン。気乗りがしないのが、そないな形で出てしまいました。伯枝の「へっつい盗人」に出てくる喜ぃ公は、もう与太郎系。ちょっとやりすぎの感がしました。文喬は、最初「研修医山田一郎」なのかと思うほど、長々と病気の噺。「住吉駕籠」にするんだったら、余計なマクラはカットして欲しいな。ただ、研修医ネタは、バカ受けしてましたが。千橘は、ネタが終わると、踊り「桃太郎」を披露。お目当て福笑は、まだ遭遇体験のネタに当たり、大満足。日本にやって来たアメリカ人が、変に日本の習慣、言い回しを知っている可笑しさを描きます。最後まで行かずに、途中で切ったみたい。その切る前は、おかしな短歌、川柳を並べて、大受けでしたが、福笑ネタの中では、若干、爆発力不足かもしれません。
 夜の方は、「テーマ落語会Vol.4〜お囃子をこき使え!特集〜」がありました。開演までは、いつものように、南森町のネットカフェで時間調整でした。この落語会は、シシババネタから始まり、毎年、けったいなテーマを設定してくれ、楽しませてくれる福笑主宰の落語会。今年のテーマは、新作ものはともかく、普段は入らないネタに、無理やり、お囃子をこじいれるという試み。うまくいったのもあれば、無理筋なのもという感じで、特に松喬一門の二人は、ぼやくことしきりの会になりました。番組は、たま「三味線アリ」、福笑「マラソンマン」、三喬「道具屋」、(中入り)、生喬「青空散髪」、福笑「繁昌亭ラブソング」というものでした。たまは、この会のための新作。古典落語「立ち切り」のプロットを散りばめた上に、春団治、三枝、染丸まで登場させ、お囃子を無理やり活用。でも、噺は、なかなかおもしろい仕上がり。「小糸の三味線の呪い」を受けた浮気男が、次から次へと三味線に変化していくのを探索するというもの。結末への道筋を、もう少しこると、結構な大作になりそうな予感のする作品でした。「マラソンマン」は、「紀州飛脚」の方法を用いたオムニバス落語。前にちょっとだけ、福笑が出しかけて、途中で止めたなんて記憶があります。「道具屋」は、買い物に来る客が、全部、古典落語に出てくるキャラ。「青菜」の植木屋さん、「牛ほめ」の池田のおじさん、「池田の猪飼い」の六太夫さん、「はてなの茶碗」の油屋さん、「一文笛」の身投げをした子ども、「皿屋敷」のお菊さんという具合。最後に出てきたお菊さんで落とすというもので、「一文笛」の子どもを出して、笛を買わせるというブラックな部分もあったりしたのですが、序盤の活躍者、甚兵衛さんは死んだ人という設定は、後半では、どうなったのでしょうか。ちょっと不完全燃焼。去年は、福笑に叱られてくしまったという生喬は、今年はバッチリ。「青空散髪」で、いったいとこで入れるんだと思っていたら、序盤に新世界の描写を放り込んだところで1回、バリカンを使うところで2回目、馬に狙われるという部分を入れて、ここで3回目。これは、着想が豊かで、生喬を、一段と見直しました。「繁昌亭ラブソング」は、早い話が替え歌集。歌の途中で、本日の三味線を担当した長嶺かほりと吉川絹代を、舞台に呼び込んで、礼を述べるとともに紹介していました。さて、来年は、どのようなテーマを設け、楽しませてくれるのでしょうか。




2010年 10月 1日(金)午前 7時 38分

 一昨日は、仕事三昧で、夜遊びはパスした日。昨日は、仕事にメドがついたので、気分安らかに夜遊びに出かけました。行き先は「徳徳亭」。今夜は、こちらで「第7回 なんせいの講談格闘中! 〜太平記〜」がありました。ずっと、こちらでは、この「太平記」が、読み続けられています。昨日は、護良親王が出てきました。ただ筋立ては、よく解りません。「太平記」の枠組みのおさらい的部分と、護良親王のプロフィールまでは大丈夫だったのですが、肝心の物語に入ると、ダウンの時間が長かったためと思われます。「太平記」のような時代が読まれるケースが稀なので、楽しみなんですが、仕事三昧の日々が続くと、ダメですね。で、終わって帰ろうとすると、常連さんに、南青くんとの打ち上げに誘われ、同じ上方ビルで呑んできました。芸人さんと一緒に呑むというのは、一部の常連さんでは行われているというのは知っていましたが、その網に、黄紺も入り込んでしまいました。なんせ、お誘いいただいた方とは、いろんなところで会ってしまうものですから、お誘いになり、楽しい時間を持つことができました。




2010年 9月28日(火)午後 10時 48分

  大阪府寝屋川市(29)〜門真市(28)〜守口市(30)写真集

 今日は、勤務日ではないのに、午前中は、家で持ち帰り仕事。そして、冬の旅行の打合せに行った寝屋川から、ウォーキングをスタートしました。詳しいコースは、次のようなものとなりました。京阪「寝屋川市」駅〜寝屋川トレンドホテル〜寝屋川立南小学校〜萱島東交差点〜太平橋〜四宮住宅前交差点〜四宮公園〜門真市立第二中学校〜北島大橋〜門真運転免許試験場〜柳町交差点〜西三荘ゆとり道〜天乃神社〜京阪「守口市」駅。歩き出しは、大変な天気。東寝屋川方面は、真っ黒な雲。予定していたコースが、たまたま巣本交差点を目指す方向で助かりました。こちらの方向は、太陽を追いかけるコースとなりました。途中、ライフの門真店近辺で、先日、深北公園に抜けたコースと、きれいにクロス。今日は、あまり京阪沿線から離れないように、気をつけながら、歩いてみました。ただ、西三荘っていうところは、京阪の北側も、南側も、パナソニックが道をじゃまします。ですから、その界隈を歩くときは、同じようなところばかりを歩かねばなりません。これは癪な話で、時間的ゆとりがあるときは、変化をつけられるのですが、ウォーキングの終盤に、その辺りにくると、同じコースとなってしまいます。今日が、完全に、そうでした。
 「守口市」駅から北浜経由で、日本橋駅上のネットカフェで、1時間余りの時間調整。夜の部は、更に鶴橋に移動し、染吉「兵庫船」、雀のおやどであった「雀五郎体力強化の会」に行ってまいりました。番組は、雀五郎「短命」、ひろば「竹の水仙」、雀五郎「天王寺詣り」というものでした。雀五郎は頑張ります。結構な大ネタを着実に持ちネタにしていってます。今回は、師匠雀三郎の名演の記憶も残っている「天王寺詣り」でした。とっても難しい噺だと思っているネタの一つです。お彼岸のときの天王寺さんの描写に終始する噺。何をどうしたらおもしろく聴かせることができるのか、その端緒にも着きにくい噺と思っています。それに対し答を出してくれた一人が、雀三郎だと思っています。犬の供養をしようかという男の無邪気さ、可愛らしさのようなものを出すということと言えばいいのでしょうが、それを出すのが難しい。なんせ、あまりにベタなボケが続くのですから。ですから、狙いと、その狙い通りに演じることのできる技が求められると思っています。雀五郎は、その雀三郎の弟子で、端々に雀三郎テイストが入ってましたから、師匠から、極意のようなものをもらったなの雰囲気は解るのですが、掛け合いで進む中で、二人の会話がかぶさるかのような入れ込み方に磨きがかかると、一層、師匠の域に近づいていくのかと思いました。狙いとか、コンセプトが伝わってくるという口演だったことは、評価できるところだと思いました。「短命」は、ネタおろしから時間が経ってますから、間合いとかが、とことん鈍い男がぼけたおすおかしさを、きっちり出してくれていました。そこまで鈍いやつはおらんやろという話ですが、噺家さんは、その男の鈍さで引っ張っていかなければならないわけですから、大変です。教え手の困りっていうのも、一つのポイントなんでしょうね。真剣になって解らせようとすればするほど、おかしいのでしょうね。そういった配慮が、雀五郎の場合は行き届いているのでしょうね。とっても楽しい噺に仕上がっていて、今日一番の沸きようでした。ひろばの「竹の水仙」は、梅団治からもらったものでしょうね。梅団治のくどさが消えて、とてもテンポアップして、いい感じの口演でしたが、冒頭の、亭主と甚五郎の対話を、ひろばはカットしたのかな、また、侍が、2度目にやってくるときのやりとりも、刈り込んでしまったのかな、もう少し遊んで欲しいと思いました。染吉は、最近、若手があまり手を着けないネタを覚えてくれて、感謝です。謎かけは、何度聴いても、秀逸さに目を見張ります。通の客ばかりという客席も、この部分に入ると、びんびん響き出しました。染吉も、反応に呼応して、調子が右肩上がり。「破れた財布」の入れ方をミスりましたが、それはご愛嬌。でも、調子づいてからは、ネタを外から見ながら演じているという風情ではなくなりましたね。これは、なかなかやるという気分に、聴いていてなりました。演者を乗せるというのは、客席の仕事なんでしょうね。ということで、随分と楽しんだ会だったと言えます。




2010年 9月27日(月)午後 10時 54分

 どんどん涼しくなっていってます。黄紺は、まだ半袖姿ですが、朝晩は、さすがに薄めの上着を引っ掛けねばなりません。夕方は、雨も降り、職場を出るときには、くしゃみ3連発でした。今夜は、ワッハの4階であった「第8回文三満腹全席」に行ってまいりました。この文三の会は、他の会と、よくバッティングを起こし、ちょっと間が開いてのおじゃまとなりました。番組は、吉の丞「刻うどん」、文三「煮売屋」、花丸「太鼓腹」、(中入り)、文三「みかん屋」というもので、人気の吉の丞、花丸をゲストに迎えるという贅沢なものとなりました。ただ、出されたネタは定番ものばかり。なんだなんだの連続だったのですが、最後の「みかん屋」は、なんかしみじみとしちゃいました。ほのぼの系の噺家文三、ここに極まれりの名演だったと思います。この噺、気のいい人ばかりが出てきます。そういった中で、アホな男が、実にのびのびと生きています。それを喜び、楽しんでいる長屋の住人。下げの前に、文三は、あざとい言葉を、長屋の男に吐かせます。「この男の目、見てみぃ、犬のような(済んだきれいな)目、しとるでぇ」。このくさくと、あざとさまでも感じさせる言葉に、しびれてしまいました。響き合う人と人の心根、そこまで、しっかりと描いてきたものを、文三は、この言葉で、下げを言う前にまとめてみたという感じがしたのでした。すごいぞ、文三、こないな前座ネタで、そこまでのものを見せてくれた文三に大拍手です。その文三と花丸のご両人は、桃山学院大の落研の先輩後輩だそうです。大学では、花丸が2年先輩。ですが、落語界では同期で、入門月で言うと、文三の方が、半年ほど先の入門になるとか。ちゅうことは、「らくごりら」は、生喬・こごろうが、大阪芸大落研の同期、花丸・文三が、桃山学院大落研の先輩後輩ということになります。




2010年 9月26日(日)午後 10時 24分

 今日は、朝から冬の旅行についての調べもの、また持ち帰り仕事のために、時間を当てたので、通常のウォーキングは中止。替わりに、午後の部のあとに、少し時間ができたので、そこでミニウォーキングを行いました。で、いきなり出向いたのは文楽劇場。2ヶ月に1度、こちらの小ホールで行われています「国立文楽劇場寄席 第49回上方演芸特選会」に行ってまいりました。実は、今日だけ、ホットのお師匠さんが出るというのが魅力だったのです。かなりな高齢になっていますので、観ておかねばの気持ちです。番組は、天然もろこし「漫才」、坊枝「がまの油」、ゼンジー北京「マジック」、若井やるき・たまる「漫才」、ナオユキ「漫談」、(中入り)、若井りき・ゆうき「漫才」、浮世亭三吾・美ゆる「漫才」、横山ホットブラザース「漫才」というものでした。お目当てのホットブラザースは、「売り声」「落ちてます」のような昔の漫才さんがネタにしていたものを披露したりしたあと、お待ちかねのノコギリ演奏。「お前はアホか」「荒城の月」という定番のもの以外も披露してくれ、大盛り上がり。特に、後者はリクエストを取ってのもの。これはすごいものがありました。ノコ ギリだけではなく、アコーディオンもギターも、即座に合わせてしまうのです。これは、TVで観ていては判らなかったこと。会場、えらい盛り上がりでした。あとは、三吾・美ゆるが、やっぱり良かったなぁ。他の漫才さんも、それはそれで楽しませてもらったのですが、なんかこの二人は、それまでの漫才さんとは、もう違うステージに上がってしまってるように感じました。ネタなのか、日常の親子のじゃれあいなのかが解らなくなるような場面が、しばしば。だけど、ネタなんですね。途中で外れても、また、わざと外しても、ネタに戻るルールがあるのでしょうね。いい漫才を聴いたという印象です。ゼンジー北京も、今日のお目当ての一人。わりかしマジックを続けるんだの印象です。実際に舞台で観るのは、実に久しぶり。TVの印象も含め、もうちょっと、マジックをしないで、おしゃべり優先の人だと思ってました。
 文楽劇場を出ると、すぐにミニウォーキングに迎かいました。新世界方向に歩き、「恵美須町」駅を通り抜け、木津の勘助像を見てから、「今宮」駅方向に歩き、半ばで引き返し、宗右衛門町から、トリイホール近くのネットカフェまで55分間のミニウォーキングでした。ネットカフェでは、40分弱の時間調整。夜の部は、トリイホールでの「柳亭市馬独演会〜噺家生活三十周年記念 柳亭市馬落語会・夜の部〜」に行ってまいりました。昼間は、「市馬一門会」があったのですが、そちらの方はパスをしました。番組は、市楽「鮫講釈(兵庫船)」、市馬「七段目」、南光「小言幸兵衛」、(中入り)、市馬「こんにゃく問答」というものでした。二番太鼓は、上方で聴くのと変わらなかったのですが、そのあとの出囃子の冒頭の太鼓は、東京風。鳴り物も、東西の混成チームのようで、市楽は「石段」で上がりました。この会のプロデューサー氏からのリクエストで「兵庫船」。上方起源のネタが、東京に行くと、どういう変化を見せるかをみてもらおうとの趣向でしょう。以前、東京の噺家さんで聴いたときには、問答の部分が、バッサリとカットされていましたが、そこでは、市楽は、噺家謎がけを入れてました。小三治ネタは、後から出た市馬も誉める佳品。ネタ的には、講釈師が、身入れをされ、ならば名残の講談をと、いろんなネタが混じった講談を読むと、船が動きだすどういうもの。市馬は、まず「七段目」。若旦那が2階に上がり、丁稚が上がってくるまでの間は、歌舞伎の襲名披露にかけて、噺家の襲名ネタを語っていました。芝居が演じられるというのは、丁稚とともに演じるところだけでした。普段は、どうしているのか分からないのですが、芝居が始まると三味線が入り、丁稚が階段から落ちるところでは、拍子木の叩きが入りました。三味線は、芝居の鳴り物ではなく、隣の稽古屋から聞こえてくるもので、BGM風に流されたものです。南光は、何を出すのかと思っていたら、演じ手の少ない「小言幸兵衛」。南光では初めてです。わりかしネタ的には、大きめのものをやってくれたなの印象でした。そして、トリが嘘だろっていう選択。「安中のこんにゃく屋」で、「こんにゃく問答?」と思いつつ、「まさか、、、」との思いでした。「七段目」というネタを重いネタと考えてるのかなぁ。




2010年 9月25日(土)午後 10時 26分

  大阪府門真市(27)〜寝屋川市(28)〜大東市(13)写真集

 今日は、午前中、通常の勤務。来週の土曜日も、午前中勤務。2週間連続で、3連休が壊れてしまいます。午後からは、ちょっとした計画を練ってはいたのですが、せっかく職場に行ったのだからと、勤務時間をかなりオーバーして、お仕事。程よいところで切り上げ、ウォーキングに向かいました。長らくご無沙汰の深北公園を目指しました。詳しいコースは、次のようになりました。京阪「大和田」駅〜野口交差点〜ライフ門真店〜弁天池公園〜岸和田産土神社〜五軒堀橋〜深北公園〜大阪府立緑風館高校〜深野西村自治会館〜両皇大神社〜会所橋〜住道大橋〜大東市立市民会館〜三箇大橋〜本通商店街〜末広公園〜JR学研都市線「住道」駅。もう涼しくて涼しくて。歩いていると、実に爽やかな風が吹いてくれます。特に深北公園のように、遮るものが、何もないというところでの風は一番です。汗をいっぱいかいてのウォーキングは、最高だとへそ曲がりなことを、ついこないだまで言ってきましたが、いざ、いい季節になってくると、完全に浸ってしまってます。今日は、一応、「住道」駅を目指していたのですが、深北公園から住道方面への道が、わりかしスムーズで、最後は、駅を迂回して歩いて時間調整をしながらの到着となりました。
 「住道」から、京橋乗り換えで、鶴橋に移動。夜は、「雀のおやど」であった「第87回雀三郎つるっぱし亭」に行ってまいりました。かなりな寝不足のうえ、ウォーキングのあとということで、かなり不安な気持ちで、開演を待ちました。番組は、咲之輔「寄合酒」、雀三郎「浄瑠璃息子」、染二「三年目」、雀三郎「胴乱の幸助」というものでしたが、お目当ては、珍品「浄瑠璃息子」でした。このネタは、10数年前に、安井金毘羅であった「米朝落語研究会」で、確か、同じ雀三郎で聴いたきりのネタです。内容もすっかり忘れていたのですが、「七段目」よろしく浄瑠璃三昧の息子に、父親が意見をすると、浄瑠璃で返してくるという代物でした。今日は、どうやら浄瑠璃特集らしく、雀三郎の二つ目は「胴乱の幸助」。独演会でも、頻繁に取り上げる得意ネタ。いつでも聴けるというので、雀三郎が、これを出すからといって聴きに行くわけではないのですが、当たっちゃいました。わぁわぁと、朗らかに、落語的人物を包み込む雰囲気が、格段と進化していると看ました。前回は、ここまでのわぁわぁ感はなかったよなと思い出しながら聴いておりました。前回は、「吹田サンクス寄席」だったことと関係があるかもしれません。咲之輔が、こういう大物落語家の会で、しかも他門の噺家の会で、前座に喚ばれたのは、初遭遇です。言葉の流れが悪いというのが、この人の特徴ですが、今日は随分とましだなと思っていたら、あとから上がった染二に、流れの悪さとかみかみなのをネタにされていました。その染二自身も、そのことを、再三かみながら言うものですから、会場は、もうヒィーヒー言ってました。ネタに入る前に、「三年目は志ん朝師匠が得意とされていたネタ」と、えらくハードルを上げてしまってました。ついでに、志ん朝師の思い出話を、ちょっとだけ披露してくれました。染二の描く死に行く女性は色気を感じさせるのですが、可愛らしさのようなものが物足りない。薄幸な女性という意識が高いのでしょうか、下げとも関係づけると、健気さ、可愛らしさが出る方がスムーズでしょう。むしろ悋気を強く出した方がいいかもしれませんね。米紫が、このネタを持っていますが、彼の場合、そんなに青白い、死に行く女性を感じない代わりに、持っていきどころのない嫉妬が出ていて、好きなのです。




2010年 9月25日(土)午前 4時 23分

  大阪市遊歩(82)写真集

 昨日は、一昨日、ウォーキングができなかったので、朝から入れこんでしまって、ちょうど12時あたりで、ウォーキングの終点に到達していました。そのコースは、次のようなものでした。京阪「淀屋橋」〜大阪市立船場幼稚園・大阪市立西船場小学校〜西船場歩道橋〜大阪市立花乃井中学校〜湊橋〜上船津橋〜野田城跡碑・地下鉄「玉川」駅・JR環状線「野田」駅〜吉野町公園〜フローラルタウン〜伝法川跡碑・鴉宮〜正蓮寺〜北港新橋〜此花郵便局〜JR桜島線「墓地道」踏切〜西法寺〜春日出橋〜阪神なんば線「西九条」駅。とにかく、汗をかきません。最後に、担いでいたリュックを下ろして、初めて背中が濡れているのに気が付く程度でした。とにかく涼しく、ウォーキングをしていて、ホントに爽やかです。贅沢を言えば、天気が良ければ言うことがなかったのですが。コース的には、此花区内で、一番西まで行けたのじゃないかと思います。そこまで行かないで、安治川方向に向かっていましたら、安治川大橋を渡り、阪神「九条」駅まで行けたかなと思っています。
 阪神「西九条」駅から難波へ移動。久しぶりに、阪神なんば線を使っての移動となりました。午後は、ワッハのライブラリーで、映像資料を観ることにしました。最近、新しい映像資料が、相次いで入っています。それも、テレビ局各社から、また、新しく発売されたDVDも収容されており、一層、映像資料が充実してきています。昨日は、それらの中から、次の三点を、試聴することができました。@よしもとDVD「急ぎ星を想う四代目小染」、(出演者)仁鶴・文珍・現染丸・現小染ANHk-TV「上方落語の会」、松葉「隣の桜」、春蝶「植木屋娘」B読売放送TV「平成紅梅亭15」、吉朝「昆陽の御池」、福笑「憧れの回転寿司」。@は、去年が、先代小染の23回忌だったかで、その映像がDVDとして発売されましたが、それに付属して発売されたもの。縁の3人の噺家さんに加えて、唯一の弟子である現小染のインタビューが収められています。「破天荒な芸人らしい生き方をしたかった噺家」という評価が、共通したところでした。また、文珍の言葉に、「早くにうまくなりすぎた噺家」というコメントがありました。誠にもって言い得て妙な言葉です。Aは、何か春蝶の映像があったなの記憶で、検索をかけてみると、新しい資料に遭遇してしまいました。松葉(七代目松鶴)の「隣りの桜」まで付いてきました。松葉は、高座に、自身の人柄がかぶりますね。真正面から、色合いは薄味で、そないな感じは、この映像資料でも変わりませんでした。春蝶の「植木屋娘」を観ていて、自分の口からこぼれたのは、「うまいなぁ」という言葉。登場人物の誰の言葉を聴いても、なんか嘘がないのです。実に自然に、登場人物の口を通じて、言葉が発せられるのです。ここまで等身大の人物表現をした噺家さんというイメージは、今日までなかったので、意外な顔を観た思いがしました。Bも、最近、収蔵されたもの。まず、吉朝のネタにびっくり。98年の収録ですので、まず、「昆陽の御池」自体が放送されたことが快挙ですが、映像を観て、こないなやり方があったんだと、二度びっくりです。「唖の釣り」なんて言う言い方があるネタですが、その唖が登場する前で、強制終了されました。こないな手があったんだと、ただただ驚くばかり。吉朝は、二人目が役人に見つかったところで切りました。吉朝は、実にのびのびとしています。吉朝テイスト満載のくすぐりは冴えています。よくぞ、ワッハに提供してくれたものです。ワッハの福笑の映像資料は、「今日の料理」以来のものとなります。「回転寿司」を食べに行く家族の物語。後半は、寿司屋さんからの帰りの風景に入り、暴走するタクシーや、出産に立ち会う家族と、目まぐるしく変化をしますが、ちょっとはみ出しすぎという印象を持ちました。それだからでしょうか、最近、福笑は、このネタを出さないですね。
 ワッハでの試聴は、3時間半程で切り上げ、千日前のネットカフェに移動。ここで1時間半近くの時間調整。夜は、天満橋に移動して、雀喜の新作の会「第7回客寄席熊猫(客寄せパンダ)」に行きました。番組は、團治郎「動物園」、雀喜「歴史が苦手」、あさ吉「LOVE八卦」、雀喜「ポイントカード」というものでした。團治郎も、落研で鳴らしたのでしょうね、語り口としゅっとした風貌が合わないんで戸惑います。それほど、もっちゃりとした大阪弁が板に付いているという感じでしたが、パンのくだりを抜かしてしまいました。あとでパンという台詞が出てきて、会場にピッと緊張が走りました。「LOVE八卦」は、聴いていたつもりでしたが、聴いてみて初めてだということが判明。守護霊ものですが、ほんわか雰囲気のもので好感を持ちました。お祖父さんだったようなのですが、ちょっと解りにくかったかな。雀喜の一つ目「歴史が苦手」は、元又三郎の作品。歴史上の事件で、駄洒落や混ぜっ返しを言いたいがための作品と看ました。「ポイントカード」の方は、雀喜新作で、一番遭遇経験の多いもの。いろんなお店で買い物をしながら、ポイントカードに関わるギャグとか、おもしろ話を放り込んでいくオムニバスもの。ビッグイシューを買うところまであります。ほのぼの系新作を書く雀喜の会、こごろうの会を捨てて行きました。2ヶ月に1度というペースで開いているもので、どうしても行かねばというほどの思い入れはないのですが、でも、その日が来ると足が向いてしまう会です。




2010年 9月24日(金)午前 0時 14分

 真夏の気温だった昨日は、遊びすぎたか、その分、取り返す仕事で大わらわ。持ち帰ってまで仕事をしてしまいました。しかし、今日は、えらく涼しくなったものです。汗をかきながら、暑いを連発しながら働いていた昨日とは、大変な違いです。昨夜から、雨が降り続くというので、今日は端からウォーキングは諦めていました。ところが、雨は、ウォーキングを自重するほど、激しい降りになったわけではなく、また断続的に降り、ウォーキングを中止したことを後悔したのは、もうウォーキングを始めるには遅い時間でした。今日は、そんなで、午後を過ぎてからの行動。まず、トリイホールに行き、「第9回古今亭の会」に行きました。志ん朝縁の上方旅館跡にあるトリイホールですから、定期的に「古今亭」の噺家さんの会を開いてくれています。本日の番組は、南青「木村の麻風呂敷」、志ん丸「野晒し」、(中入り)、志ん橋・志ん丸・南青「対談」、志ん橋「三枚起請」というものでした。南青が前座とは、頭の中に入ってなかったものでびっくり。東京の講談を聴いてきたばかりだったので、大阪の講談が、とっても落語ちっくに聴こえてしまいました。志ん丸は初遭遇。志ん橋の弟子だそうです。声に厚みがなく、ちょっと聞きづらい。なんせ出演者が少ないため、持ち時間が長く、マクラに困り気味。さりとて、師匠の会だから長講はできず、ちょっと気の毒。そして、時間稼ぎか、中入り明けに「対談」コーナー。志ん朝話が聴けたので、それはそれで良かったのですが、番組編成に疑問を感じます。客の入りが良くないことと関係があるかもしれません。そして、お待ちかねの「三枚起請」。東京の噺家さんで聴くのは初めてとなりました。起請をつかまさられる三人は、棟梁、どこかのお店の若旦那、それに職人。若旦那がボケ役で、棟梁が仕切り役という配分。他には出てこないキャラなので、名前だけではわからない仕掛けになっている。上方版と一番違うなと思ったのは、一枚しかないはずの起請が三枚あることのおかしさを追求したというところかな。と思って聴いていると、お茶屋に行き、隠れているボケ役の男が、しつこく確かめに出てきたりと、刈り込まれるどころか、くすぐりが増えているところもある。松枝の高座が、一番キャラ作りの濃い「三枚起請」であると思っているのですが、それに比べてはなんだけれど、描き分けが薄いように思いました。ただ、噺自体がお遊びの中での出来事という目が、志ん橋に見られたように思えたのは、さすがだと思えました。同じ廓噺と言っても、「幾代餅」とは対局にある噺なんで、そういう目というのが、落語世界の人間を、一緒に楽しみましょうというメッセージになっているように思えました。ほぼ50分かかる長い「三枚起請」でした。
 「古今亭の会」が終わると、千日前のネットカフェで、小1時間の時間調整。夜は、ワッハの4階であった「第384回上方講談を聞く会」に行ってきました。この会としては珍しい休日開催です。番組は、南斗「将棋大名」、南湖「大久保彦左衛門」、左南陵「難波戦記〜清正聖録〜」、南北「大石の東下り」というもので、会場に着くと、既に、南舟が、前講として「乃木将軍」を読んでいました。「将棋大名」は、我が儘な大名を諫める話。南青くんが、よく出すネタです。南湖のネタは、「目こすりナマス」が出てくるもの。先代南陵が、戦時中、最後の突撃命令が出る前に、戦友の前で演じたと伝わるネタで、南湖は、よくこのネタをかけています。左南陵は、兄弟弟子があまり出さないネタを出してくれるので、自分的には大歓迎の講釈師さん。今日のネタは、徳川の御代になりながら、秀頼も健在の頃、何かと家康に働きかけて、豊臣家への忠誠を尽くそうと務める清正の動きを追ったもの。クライマックスは、二条城での家康と秀頼との会談としてありました。今日の左南陵は、ちょっと噛みすぎでしたね。そして、南北。この人のしみじみ系のネタは、ホントに素晴らしい。隣に座っていたおじさんは、ハンカチで涙を拭っていました。「東下り」のおり、正体がばれそうになったのを救ってもらった話です。「赤穂義士伝」は、ホントいい話が含まれています。




2010年 9月22日(水)午前 1時 9分

9月17日(金)

 世間の3連休を挟んで、自分的には、その両脇が勤務日ではないので、結局5連休。この機会を捉えて、プチ旅行ということで、GWに次いで、東京に行くことにしました。夏前から計画していましたから、韓国旅行、トルコ旅行と同時並行で、計画を練っていたことになります。いや、東京に行くには、いろいろとチケット押さえをしなければなりませんから、こちらの方に、エネルギーがシフトしていたかもしれません。のぞみに乗れたので、あっけなく東京に到着。10時をほんの僅かに過ぎたところでしたので、ちょっと不忍池を散策。まず、午後の部は、上野広小路亭で行われていました「立川流広小路寄席」に行ってまいりました。定席に出られない立川流の噺家さんたちが、月に2日間だけ、寄席を開いているのです。そういった日に、東京にいるめぐり合わせに共鳴して、他の定席を捨てチョイスしてみました。本日の番組は、次の通りです。談吉「狸の恩返し」、松幸「桃太郎」、談奈「町内の若い衆」、志の八「花色木綿」、キウイ「短命」、談幸「寄合酒」、龍志「崇徳院」、(中入り)、志の吉「看板のピン」、文字助「角界ウラ話」、里う馬「権助提灯」、雲水「竹の水仙」。かなり上方ネタが並んだのには、びっくりです。「狸」は、これは「狸賽」の変形ヴァージョン。天神さんの格好というのは、東京にはなじまないのでしょう。より直接的にお札に化けます。なんてところは、以前確認済み。「桃太郎」は、演じ方の心得の違いなんでしょうね。演者の眼差しが違うような気がしました。「花色木綿」「崇徳院」は、半分以上眠ってしまいました。ここで、このネタなのの気持ちが、睡魔に誘われてしまったみたいです。「崇徳院」は、熊五郎の無神経なはしゃぎ方も原因したと思います。ただ、場所の置き換え以外の変化は聴きたかったのは事実です。「短命」は、完全にキウイの個性を楽しませてもらいました。噺の展開にちゃちゃを程よく入れるのがいいな。前座16年は伊達ではありません。談幸は、静かな語り口。ですが、決めの言葉に切れがあります。キウイと談幸、それに里う馬が、本日のいち押しです。「看板のピン」は、「博打なんて、やめておけよ」の押さえが入りません。単におもろいもの見せてもらったからばらしに入ります。その枠の弱さは物足りなさを、全体から感じさせました。里う馬は、談志が軽めのネタとして、よく取り上げる「権助提 灯」。まず、ネタが嬉しかったですね。顔つきは、先代米紫風のごっつい顔。権助にはぴったりなんだけど、お妾さんの雰囲気を上手に出してくれ、とっても楽しめました。雲水は、上方落語を、ネイティヴ・スピーカーとして演じますが、いわゆる落語世界で使われる言葉とは、微妙に違うという違和感があります。その辺りを、上方の噺家さんの教示を受ければいいのにと思いました。全体を通して、派手さはないんだけど、グレードが高くて、いい会に行ったなの印象です。
 夜は新宿で、芝居を観る日でした。新宿の街を、時間があったので歩いてみました。まだ、暗くなりきっていなかったので、末廣亭に行き、表の写真を撮っておきました。歌舞伎町広場から西武新宿に抜ける道なんて、20年は歩いてないんじゃないかと、つい昔が懐かしくなってしまいました。芝居は、「スペース107」であった「people purple」という劇団の「The old CLOCK」という芝居です。「スペース107」は、西口からすぐの場所。200名くらいは入るでしょうか。小劇場の劇団にとっては、一定の集客力を持ってないと使えない劇場です。そこへ、消防法も真っ青というくらい詰め込みました。おかげで、開演時間が20分も遅れるという非常識。客層は、小劇場に足を向けそうもないおばちゃん多数。関係者でしょうか、不思議な光景でした。「people purple」という劇団は、元々は関西の劇団。今は、東京を本拠に活動しています。その舞台に接するのは、初めての機会となりました。舞台の着想というのは、「大きな古時計」という歌。あの歌に描かれている古時計の由来を、独自に物語を作り上げたもの。物語の構成としては、古時計のあるホテルを訪れた音楽家の客に、ホテルの年老いたメイドが、古時計の由来を語って聞かせるというもので、語られる世界と語っている世界がクロスしながら、芝居は展開していきます。大きな時計は、おじいさんが誕生した記念に買われ、家にやって来ますが、その大きな時計と一緒に、妖精が付いてきます。その家には、家具や置物、ピアノなどに、妖精が付いています。妖精は、人には見えないので、過去の物語は、人間の世界と妖精の世界という二部構成。その両者を行き来するのは、純な心を持ったおじいさんだけだったのです。過去の物語は、おじいさんが成長し、齢を重ねるのに従って進行していきます。妖精は、歳をとらないのですが、人間は老いが進んでいきます。では、おじいさんが亡くなるときは、どうなるのかという進行が、早くから予想され、また、実際の芝居も、そのように進んでいきます。そういった芝居だから、それが判っているのですから、そこに文句を言うのもおかしな話でもあります。筋立てが見えてくるのをカバーしていたのが、音響と洋ものらしい台詞回しだったと思います。情緒面に訴える巧みさを看てしまいました。一種のファンタジー系劇団に分類できると思いますが、時代考証的に納得できる言い回し、それに合った台詞、そんなのが、独特のハートウォーミングな雰囲気を醸し出していました。再度接する機会があれば、きっと足を運んでみようと思う劇団と言っていいと思います。

9月18日(土)

 今日は、朝からウォーキングがてら、両国から本所、深川と回ってきました。時間にして、約4時間かけるというものでした。そして、「門前仲町」から「銀座」に回り、有楽町マリオンの上にある「有楽町朝日ホール」であった「第102回朝日名人会」に行ってきました。さん喬、喜多八、小遊三目当てのホール落語会です。番組は、市也「高砂や」、弥助「夏どろ」、王楽「片棒」、喜多八「癇癪」、(中入り)、小遊三「錦の袈裟」、さん喬「猫定」というものでした。市也で、このネタは、トリイホールに次いで、2度目の遭遇。「夏どろ」は、東京ネタというか、改作ネタというか、微妙なところ。弥助は、のぼ りからの改名で、まもなく真打ち昇進を控える身。聴いておきたかった噺家との、ラッキーな遭遇でした。王楽は、大阪でも聴ける噺家さんですが、今までは聴きに行こうとはしていませんでした。でも、マクラやネタの冒頭を聴いた分では、予想以上の出来。でも、「片棒」は、三人の兄弟に変化をつけねばならないし、全体として、徐々にテンポアップして欲しいネタ。そういった意味では、ちょっと物足りなさを感じました。「癇癪」は、明治時代の新作。外では穏やかな夫が、家に戻った途端、口うるさくわめきたてる。耐えきれなくなった妻が、実家に帰ってしまうが、両親に諭され、家に戻り、そつなく応対し、文句の持って行きどころを失った夫が困ってしまうという、まあ、それだけの話。それを、少しずつ変化を持たせ、且つキャラは確実に崩さず演じる喜多八に拍手です。じゃまくさそうに話し出すマクラから、不思議な妖気のようなものが流れるから、おかしなものです。いろいろな噺を、この人で聴いてみたいですね。小遊三が、この会一番の爆笑落語。まず、マクラで、師匠遊三の最晩年話で、ドッカーンドッカーン。そこへさして、ネタがネタのうえ、与太郎が受けるように受けるように運びます。危なくもあり、それなりの機転が利き、かすかすのきわどいタイトロープを渡ります。この人、こんなにうまいとはと、びっくりでした。さん喬は、予期だにしなかった怪奇落語「猫定」。定吉と猫の対話、定吉の女房と源太の会話を丁寧に丁寧に描 いていきます。特に、その二組の対話が印象に残ります。猫の復讐となる凄惨な場面にリアリティを持たせるためには、この二組の対話が重みを持っています。文太で聴いたときには、ちょっとしたてらいを、文太が見せたために、この対話を軽くすると、復讐の場面を終わったとき、こういった話なんでと、地を出さなければならなくなってしまいました。さん喬は、我々から見て、それが正攻法の口演だと思ったのですが、最後に、「なんてことない話なんですが、今に残る猫塚の由来でした」で下りました。下げはありませんでした。その猫塚ですが、奇しくも、午前中、回向院で見てきたところという偶然の出来事がありました。
 落語会がはねると、5時15分。ちょっと急ぎ足で、銀座6丁目にあるお気に入りのとんかつ屋さんで、晩ご飯。そして、「新宿3丁目」まで、地下鉄で移動。夜は、紀伊国屋ホールであった、鴻上尚史主宰の「虚構の劇団」の公演「エゴサーチ」に行ってまいりました。鴻上尚史の芝居は、第三舞台の頃は、幾つか観ているのですが、それは、90年代の前半までのことだと思いますから、ホントに久しぶりとなりました。今回の東京でのお遊びの目玉中の目玉との思いがありました。正直、観劇後の第一感は、普通のおもしろい芝居でした。ポストモダン華やかなりし頃、そういった最先端の思想を踏まえ、芝居作りをしていた頃の第三舞台の芝居とは、演出の趣向などは似たものを観 た思いがしたのですが、台本が飛んでないのです。ゴーストものであり、フェアリーものでした。しかも、交通事故で記憶をなくした男が出てくると、韓国ドラマっぽい。題名の「エゴサーチ」などというところから、何やらネット上のテクニックを活用した思いもよらない着想を期待していた者からすると、外されたなぁの感想です。ま、これは過大過ぎる期待の結果と言えます。そこを外すと、それはそれで、楽しめました。登場人物たちをキャンパスにばらまき、それを、徐々に収斂させていく技はさすがと思わせるものがありますが、ゴーストものであることは、もう少し伏せておけばと思ったのと、ホモセクシュアルを思わせるプロットは、どこへ行ってしまったのだろうという気色悪い部分が残りました。
 芝居がはねると、9時を若干回ったところ。これなら行けると、新宿末廣亭の「深夜寄席」に向かいました。僅か500円で4席出されるというお得な会ということからでしょうか、開演時間には、満席状態となっていました。その番組は、三木男「不動坊」、左吉「厩火事」、小駒「千両みかん」、馬治「らくだ」というもので、大ネタの並ぶ会となりましたが、及第点を出せるのは、正直、いませんでした。安いから来る、時間が空いているから来るということでは、外しても良かったかなと思ったのは、終わってからのものです。夏ものの「不動坊」を聴いたのは、初めての経験ですが、どこが夏なのというもの。それに時間の関係なのか、風呂屋の部分が中途半端に刈り込まれたみたい。東京版の特徴か、幽霊を吊すという悪戯をした男たちの個人的な恨みは語られていません。そのわけを知らせるということはないものなんでしょうか。なんか、急に風呂屋の場面から、幽霊を吊す相談へと跳びました。幽霊が出てくるところは、当然、鳴り物は入りませんから、それを補う雰囲気出しの何かが欲しいのですが、何やら盛り下がっていきました。「厩火事」も頼りなかったなぁ。聴いていて、この噺は、一定齢を経てないと難しいのかと思わせられました。かみさんが怒るところはいいとして、一方でのろける場面が入ります。本音はここなんですから、ここを、どのように描くかで、夫婦の全体像が見えてくるはずですが、ダメでした。小駒の口演が始まると、しばらくは、ここまでの二人とは違うぞという気の入った口演と聴こえてきました。でも、時間が経つにつれ、ずーっと同じトーンで進んでいきます。場面ごとに、番頭の心境の変化って、あって然るべきだと思うのですが、結局、それが出ないまま終わりました。「千両みかん」が難しい噺だと言われるわけが解ったような気がしました。トリは「らくだ」。既に、10時40分になっていましたから、びっくり。4人の口演の中では、一番受けていました。主要登場人物二人のやりとりが、小気味よく絡まっていたからだと思います。ただ、二人のキャラの違いが際立つ口演となると、より受けるんじゃないかな。特に紙屑屋の弱々しさを出してほしいものです。二人の違いと、紙屑屋の変化に大切な部分です。噺は、紙屑屋が出来上がっていくところで切り上げられました。そこまでで、27分間。考えてみると、えらく速く進んだものでした。11時過ぎの新宿の表通りは、週末に入り多くの若い人たちで溢れていました。

9月19日(日)

 今朝は、昨夜の「深夜寄席」に続いて、上野鈴本での「早朝寄席」。もう寄席巡りで、大忙し、そして、大満足。こちらも、朝10時開演というのに、満席に近い入り。その番組は、志ん八「臆病源兵衛」、玉々丈「金明竹」、朝太「粗忽の釘」、喬之進「出来心」というものでした。「臆病源兵衛」は、全くマークしてない噺。上方の噺としては聴いたことがありません。臆病だけど女好きという源兵衛をからかってやろうとした計略が思わぬ展開を見せるという、なかなかおもしろい噺。ありえないすっとぼけた噺に、また志ん八に合っています。玉々丈は、二つ目になって、まだ1年未満とか。不思議キャラ見っけです。与太郎を演じているときは、ちょっとかったるいのですが、最後の客が名古屋弁でしゃべり出すと、めっちゃ流暢に。さっきまでのヘタなしゃべり方は演出かいと、突っ込みたくなりました。名古屋弁が出るのは、師匠円丈が名古屋出身だからだそうです。「粗忽の釘」は「宿替え」。引っ越し前のドタバタは押さえ気味、だから、表題が表しているように、釘の一件に焦点化した噺になっている。夫婦ののろけ話のところで、意識が跳んでいますが、風体からしても、滑稽噺に向いていそうな朝太です。最後が喬之進。とぼけた盗人の噺です。これも、上方にはない噺。あまりにバカバカしいので、見向きもしないんじゃないかなぁ。盗人になった与太郎噺のようなネタです。言われたら言われた通りをして、失敗ばかり。最後は、親分の家に盗みに入るという、およそ最後に聴く噺ではありません。同じパターンの繰り返しネタですが、喬之進は、最後まで持っていく力は感じました。明るさがいいんでしょうね、こういった噺をするに向いた明るさだったんだと思います。昨夜の「深夜寄席」、そして、この「早朝寄席」、ともに二つ目の噺家さんの勉強会でしたが、今朝の会の方は、安心して聴けるばかりか、玉々丈のような不思議な雰囲気を持った噺家さんに出会えるはで、かなりお得感がありました。
 鈴本から出ると、午後の部が、同じ上野での公演に出かけるということで、今日も、不忍池界隈をうろうろ。「下町風俗資料館」で、古い東京の民俗資料を観たあと、湯島天満宮と旧岩崎邸を回ると、ちょうど頃合いの時間となりました。その午後の部は、東京文化会館小ホールであった「長谷川陽子チェロの個展2010」でした。長谷川陽子のリサイタルは、5年ぶり、いやもうちょっとになるかもしれません。今日のプログラムは、@ブラームス「チェロ・ソナタ第1番」Aブリテン「無伴奏チェロ組曲第1番」Bショパン「序奏と華麗なるポロネーズ」Cショパン「チェロ・ソナタ」というものでした。長谷川陽子のチェロは、ちょっとかすれるような音が出ます。特にパワーが入った場面になると、そういった傾向が強くなるかな。黄紺は、どちらかというと、それが、ちょっと気になる方。そういったなか、本日一番のお気に入り演奏は、ショパンのソナタ。あまり聴けない曲で、かなり渋い。その一方で、ブラームスは、随分とイメージと異なる演奏。ショパンの音の厚さ、勢いを、ブラームスに持ってきてもらうと、自分的ブラームスのイメージに合っていきます。ですから、柔らかく、優しく流すようなブラームスだったのです。こんなブラームスもあるんだと聴いていると、ふんわりとした心地よさが出てきました。ピアノ伴奏は、野平一郎。高音が軽やかで、特にショパンでは、ピアノの方に、耳がいっちゃうほど素敵な音色。また、ショパンのソナタは、チェロが伴奏役をするようなところも多いものだから、いい人を伴奏者に選んだものと思っていました。なお、アンコールは4曲で、次のようになりました。@ショパン「夜想曲第20番」Aブラームス「ハンガリー舞曲第1番」Bピアソラ「天使のミロンガ」Cプーランク「愛の小径」。
 コンサートが終わると、寛永寺に寄ってみました。そして、根津まで歩くと、うまい具合に、根津神社の御輿行列に遭遇できるラッキーさ。結局、根津神社には行けずに、タイムアップ。根津から大手町経由で半蔵門に移動。夜は、なんと、国立演芸場であった「桂吉弥独演会」に行ってまいりました。大阪ではプラチナ・チケットの「吉弥独演会」も、東京では、そこまでではないので、しっかりとゲットできたのでした。おまけに、まだ行ったことのなかった「国立演芸場」も行けました。で、番組ですが、「仔猫」だけがネタ出しされていたのですが、最終的には、次のようになりました。佐ん吉「道具屋」、吉弥「桃太郎」、しん吉「雨乞い源兵衛」、吉弥「遊山船」、(中入り)、吉弥「仔猫」。佐ん吉の「道具屋」に東京で出会え嬉しさです。お 雛さんによる落語が入りました。しん吉の「雨乞い源兵衛」は、トリイホールでの三三独演会で聴いたもの。ネタのおもしろさに惹かれ、枝雀のDVDまで観てしまったというもの。会場も、徐々に噺のおもしろさが解ったのか、時間が経つにつれて、わいていきました。吉弥は、「遊山船」が意外性があり、嬉しいネタ選び。二人のはしゃぎ方が、他の人を巻き込むわけでもなく、うるさ過ぎて、周りの人が困っているわけでもなく、聴く者の目を引き寄せるという手法を取ったような気がします。これも、「遊山船」の一つの表現法と言えると思いました。「桃太郎」は、昔の場面は、どんな状態か解ればいいんじゃないというスタンスで、大幅カット。すごく優しいお父さんを演じてくれました。吉弥が「遊山船」を演じるのを知りませんでしたが、主人公の二人が、とても可愛く感じられました。この「優しい」とか「可愛い」というのが、いつの間にか、吉弥テイストになり、人気が上がっ たのかもしれません。癒し系噺家という感じと言えばいいかな。「仔猫」も、怪異譚風に演じるのは、立派な演じ方ですが、この人が演じると、ちょっとした謎めいたおとぎ話風に聞こえました。しかし、東京で、大阪の噺家さんの噺を聴くのは、変な気分です。阪神百貨店と阪急百貨店の違いなんかを、わざとマクラで使ってんのかなぁ。マニア的興味をくすぐっていく、そないな手法も使われているような気がしました。なかなか貴重な経験をさせてもらった落語会でした。

9月20日(月)

 今朝は、あまり時間がなかったもので、泉岳寺に行ってみました。考えてみれば、かつては、この近くを、毎日通っていたのですが、見向きもしてなかったのが、講談や浪曲を聴き出すと、やはり、ここへは行ってみたくなります。ちょうど手頃な時間がありましたので、品川駅から、徒歩で往復してみました。そして、有楽町へ移動。午前11時開演の「民音落語会」に行ってまいりました。場所は、有楽町駅前のよみうりホールです。ここは、昔のそごうですね。で、その番組は、はら生「不精床」、白鳥「マキシム・ド・のん兵衛(仮題)」、さん喬「幾代餅」、(中入り)、正楽「紙切り」、円丈「藪椿の陰で」というものでしたが、なんか円丈一門会に、ゲストを喚んだという番組でしたが、ここでも狙いは、まずさん喬でした。はら生は、円丈の弟子。元気はいいのですが、かなりがなり過ぎで、聴き苦しいものがありました。白鳥は、かしこまった感じ。繁昌亭で聴く方が、だいぶと弾けています。前座はいたとしても、はら生の高座では、客席を計りかねていたのでしょう。半分、トップのような役回りでした。越前高田の母親ネタで温めていきました。ネタは初遭遇。前半の仕込みでは、銀座のセレブなフランス料理店に、孫に誘われて、婆さんが食事に行く場面。ばらしの後半は、銀座の店で学習したことを、そっくり壊れかけの居酒屋に当てはめようとする婆さんのドタバタです。噺をコンパクトにしようとして、あまり深い仕込みをしないので、こんなでもつのかなと思っていたら、そこは、やはり白鳥、仕上げはギャグ満載で、ばっちりでした。さん喬の「幾代餅」が素晴らしい出来栄え。清次側から描かれる噺ですから、この噺の仕上げへと繋がる幾代の台詞っていうのが、すっごく大切なところです。清次に関しては、誠実で、まじめな働き者ということは、随分と描かれるのに対し、幾代の心は、1ヶ所でしか表現できないのです。そして、その誠のこもった台詞を引き出す清次の台詞が大切なところでしょう。ですから、廓で一夜明けの場面が、いかに説得力あるものに仕上げられるかが、ポイ ントだし、正に、それを完璧なまでに演じ切ったのが、さん喬の高座だったと言えると思います。正楽は、普通のリクエストを募ってでは、時間を持たせられないので、美空ひばりの歌に合わせて、既に切り上がったものを見せていくというパフォーマンスをしました。その量は大変なもので、オーバーヘッド・プロジェクターを上手に使ったものでした。円丈のネタは、繁昌亭であった「円丈・福笑二人会」で出されたもの。ペットを失うことにより、壊れかけた家族の絆に気づき、家族が再生していく人情噺めいたネタ。最後、ペットを死なせないのが肩すかしです。
 よみうりホールでの会が終わると、慌てて遅めの昼食。そして、有楽町線で池袋に移動。途中からだったのですが、池袋演芸場の昼席・夜席に行きました。池袋演芸場は、昼夜入れ替えなしですので、一旦入ると、最後までいることができるのです。このアイデアを思いついたのは、よみうりでの会が11時開演という早い時間だったからです。また、権太楼とさん喬が並ぶ夜席はともかく、雲助・白酒・馬生と並ぶ昼席も、なかなかおいしいメンバーが揃ったからです。残念だったのは、喜多八には間に合いませんでした。番組は次の通りです。【昼席】ホンキートンク「漫才」、今松「質屋蔵」、(中入り)、白酒「真田小僧」、雲助「持参金」、ホームラン「漫才」、馬生「笠碁」。【夜席】朝呂久「狸の恩返し」、小太郎「権助提灯」、正楽「紙切り」、喬之進「平林」、小んぶ「牛ほめ」、藤兵衛「半分垢」、ロケット団「漫才」、権太楼「火焔太鼓」、(中入り)、喬之助「盗人の仲裁」、馬の助「本膳」「百面相」、小菊「俗曲」、さん喬「文七元結」。入っていくと、ホンキートンクの真っ最中。入りは、補助席まで出ていました。ここは、舞台と客席が近いから、ホントに聴きやすい寄席です。昼席の中トリで、「質屋蔵」が出たのには、びっくり。序盤の恨みがこもる仕掛けを話す場面はカット。東京版にはないのかもしれないのですが。最後の蔵の中を確かめるのに、旦さんは出てこない。時間に制限されないで演じられる「質屋蔵」を聴いてみたいものです。噂の白酒は、期待通りの噺家さんです。マクラのセンスにも惹かれるし、ネタに入ってからの、間の取り方、声の調子と、魅力たっぷりです。逆に雲助に肩すかし。えらく丁寧な語り口に、ちょっと勝手が違いました。しかも、米朝復活ものだったというのも、肩すかし。江戸前の古典中の古典が得意な雲助も、定席では、こないなネタをかけるんですね。ホームランは、ネタなのか、そうじゃないのかが分からない、そういった漫才が魅力。一人が三波伸介の弟子、もう一人が小野やすしの弟子です。馬生は初遭遇。大きな名前を襲名した人だったので、以前から聴いてみたかった噺家さん。ゆったりとしたしゃべり出し。えらくもったいぶった始まり方。声は高めでハスキー。だが、ほのぼのとした年寄りの友情っていう雰囲気は出なかったなぁ。主人公二人に、そないに年嵩を感じさせないのがまずいのだと思いました。「質屋蔵」「笠碁」と、ちょっと涼しくなったからでしょうか、秋の噺が、早くもかかりました。

9月21日(火)

 いよいよ最終日。帰らなければなりませんので、今日のお遊び計画は、午後の部だけです。その場所に合わせて、午前中は、ミニウォーキングを計画しました。コースは、JR「浅草橋」駅から地下鉄「蔵前」駅までです。直線的に歩けば、1時間どころか、30分ほどのところを、あっち行ったり、こっちへ行ったりで、気が付くと、午後の部の開演時間が迫ってる始末。慌てて「蔵前」駅に向かいました。そして、地下鉄で、「御徒町」に移動。今回の東京プチ旅行は、結局、御徒町で始まり、御徒町で終わりました。それも、鈴本ではなく上野広小路亭です。初日に来たときは、立川流の落語会でしたが、今回は「日本講談協会 講談広小路亭」ということで、講談会です。東京で講談会に行ったのは、これが初めてになりました。ずらっと女流が並ぶなか、中トリが松鯉、トリが愛山、これはしびれる番組編成。落語会の定席を蹴飛ばして、広小路亭に向かいました。その番組は、次のようなものでした。真紅「桂昌院」、あっぷる「女侠客奴の小万〜生い立ち〜」、松之丞「宮本武蔵〜岡崎・桃ノ井源太左衛門〜」、茜「幸せの黄色い旗」「☆☆閻魔」、松鯉「天明白浪伝〜悪鬼の万蔵〜」、(中入り)、紅葉「回善寺の梅の精の物語」、阿久鯉「慶安太平記〜宇津野屋峠〜」、紫「浜野矩随の苦心談」、愛山「太閤記〜曽呂利新左衛門柿のご意見〜」。真紅は体調不良とか、持ち時間中、噛みっぱなしでしたが、いい声に、なんで、こないな女の子が講談をと思わせられる風貌に満足。紅門下です。同じく、なんでと思ったのが、あっぷる。こちらは、紫門下。柔に関心を持つお嬢さんの話かと思っていたら、女侠客の序とか。続きが聴いてみたくなりました。松鯉・愛山の大御所二人を除けば、唯一の男性講談師が松之丞。松鯉に惚れ込んで講談師になったのでしょうね、松鯉テイストがあちこちに。但し、松鯉よりくさい。だけど、そんな風情で高座を務めることができるというのは、かなりの実力者。先が気になる人です。茜は、持ち時間が30分ということで、新作を2つ連続口演。2つのネタに関連性はありません。黄紺は、二つ目が始まった途端、お腹に変調をきたし、二つ目はほぼ聴けていませんが、一つ目を聴いていて、あやめの落語を思い出していました。通じるものを感じてしまったからです。そう言えば、あやめと親交がありますね。松鯉は、ホント渋くて貫禄がある。その位の高さを聴きに行ってるのです。盗人の話です。盗人の大親分の家に盗みに入った盗人二人の行く末が読まれました。かたぎになりきり成功を収めていく男と、どこかに甘さが残った男との行く末に余韻が残ってしまいました。紅葉は、木馬亭で遭遇体験があるので、2度目。年嵩がいってから講釈師になった人と聞いています。語り口が、しっかりした人で、声のトーンの使い分けに長けています。ネタは、合戦の中で一番槍を仰せつかり、あえなく殺されてしまう若武者の夢か現か分からない物語。最後にすかされた感じがしましたが、そこまで見事に引っ張っていかれました。阿久鯉のネタ、誰かで聴いたような気がするのですが、思い出せないネタです。増上寺の僧侶が上洛するおり、付いて離れない男の正体が判ったところでおしまい。これは、どういう話か気になります。紫は、落語ネタにもあるネタを。いい細工物が出来上がるわけのようなものがないと、とっても居心地の悪い話です。紫が20分で下がってしまったために、愛山は40分の高座を務めることになりました。冒頭は「太閤の風流」として、独立しても演じられるもの。歌道を心得てくると、今度は、家来たちに歌を求める秀吉。これが聴かせどころとなります。なかなかおもしろい歌ができたものです。最後の方は、曽呂利新左衛門の機転などが読まれ、なかなかおもしろいネタです。
 終わったのが、ほぼ4時。帰るには早かったので、神田の古本屋街をうろついたあと、銀座に出て食事をしてから帰ってきました。のぞみに乗ると、ホントに呆気ないですね。




2010年 9月15日(水)午後 11時 18分

 水曜日は、1週間で一番ハードな日。そこに、睡眠不足が重なると、更に厳しくなります。今日は、正にそういったところに、仕事が立て込んでおり、ハードは一層高まりました。そんななかで、午後7時半開演の芝居は、どこかに歪みを生むはずです。明後日からのプチ旅行を、疲労の極で迎えそうですし、自分の悪い癖なのですが、遊びに行く前に、帰ってきてからのハードさに思いをはせ、嫌な気分になっています。で、今夜は、HEPホールで行われたテノヒラサイズという劇団の「テノヒラサイズの人生大車輪」という芝居を観てきました。昨日と今日しか公演がありませんから、今日の水曜日に行かざるをえなかったのです。いきなり6人の男女が監禁されているところから、舞台は始まります。監禁場所の様子を伺うという動きとともに、それぞれの男女が、自分たちが監禁されるかもしれないと思う事柄を独白していきます。男女関係の壊し屋をしている女は、壊したつもりが壊し屋に壊されたのだが、壊し屋同士の間に恋が芽生え、だけど、壊し屋同士の関係ということで、関係を壊したことの後悔を語ります。ホステスの女は、アル中で、ある日、酔った勢いで、間違ってやくざの組長の頭をどつき、死なせてしまったという失敗談を語ったりするという具合です。一見、全く重なりそうもない独白が、やがて一本の糸に結びついていきます。その強引さが楽しいものです。テノヒラサイズは、遭遇は2度目となりました。前回は、もういいか、もう一度だけ観ようかの気分でしたが、今回は、全然印象は違います。いいんです。役者は素晴らしい人たちも、揃ってますしね。




2010年 9月15日(水)午前 4時 49分

  大阪府寝屋川市(27)〜守口市(29)〜門真市(26)写真集

 月曜日は、仕事の関係で、予定していた夜遊びがダメとなり、すごすごと家に直行。昨日は、朝から年末年始の旅行のための情報収集に、朝から躍起になっていました。1週間ほど、航空券のお値段を見てない内に、大きく変動していたもので、今が買い時かもという印象を持ってしまったのです。今回は、同行者がいますので、その人とも連絡をとりつつ、かなり絞り込んでいたら、大きな変動があり、慌ててしまったという次第です。ま、それはいいとして、昨日は、お昼過ぎからウォーキングを始めました。その詳しいコースは、次のようなものとなりました。京阪「寝屋川市」駅〜大利商店街〜寝屋川高柳郵便局〜寝屋川市立第九中学校〜高柳神社〜韓国雑貨食材店「ポグニU」〜守口市立梶中学校・梶小学校〜天の手刀男尊社〜京阪「西三荘」駅〜松下幸之助歴史館〜京阪「守口市」駅。昨日は、夕立に2度も遭ってしまいました。一度目は、梶小学校・梶中学校のすぐあとで、熱帯ばりのスコールが5分余り、もう一度は、終点直前。一度あったので、もう大丈夫と決めてかかっていたら、遭っちゃいました。もう、このときは、駅ビルに走り込みました。夏のウォーキングは、常に替えのシャツを用意していますので、最後には濡れてもいいかということです。寝屋川市から守口市内へとスイッチするところでは、よく道に迷うのですが、昨日は無事に歩くことができたなと思っていると、今度は、モノレールを越えたところで、分からなくなってしまったのですが、この地域は、よほどのことがない限り、西三荘駅前のパナソニックの敷地にぶち当たりますので、自力回復ができます。その安心感があると同時に、同じようなところばかりを通らなければならないという不満もあります。そんなで、昨日も、「寝屋川市」駅発は、「守口市」駅止まりでした。
 「守口市」駅から、ちょっと寄り道をして、夜の部までの間、ワッハのライブラリーで、落語の映像資料を観ていました。寄り道と言っても、年末年始の飛行機を押さえていただけですが。で、ワッハでのラインナップは、次の通りです。@「楽悟家 笑福亭松之助」DVD から、松之助「苫ヶ島」「播州巡り」A毎日放送TV「特選落語全集」、千朝「掛取り」、米朝「けんげしゃ茶屋」。@は、吉本が発売元で、近年の松之助の高座を集めたものです。珍品二つを聴くことにしました。「苫ヶ島」は、間違いがなければ、NHKの「日本の話芸」で流されたものです。ネタに入る前に、外郎売りの口真似を披露していますのでね。噺自体は、前半と後半が合わない感じで、演じ手が極端に少ないというわけが解ります。「播州巡り」は、少し前に、石松が松之助から習ったと言っていたので、継承という点ではほっとしたネタです。福笑からたまへと受け継がれているのも、松之助の系統なんでしょうね。松之助自身は、師匠の五代目松鶴から教わったと言っていました。千朝の「掛取り」は、自分的には聴いたことのないもの。動物尽くし、芝居好き、けんか好きという3人の掛取りが登場しました。「特選落語全集」は、比較的新しい映像のため、米朝の口演が、加齢のため必ずしもスムーズじゃないという特徴がありますが、この「けんげしゃ茶屋」も、そうでした。
 ワッハから、堺筋線を使い、扇町まで移動。夜は、北区市民センターであった「第197回天満講談席」に行ってまいりました。昨日は、この会の前に、上方講談協会の総会があったそうで、そんな関係なんでしょうか、当分は見れないだろうと思っていた南華さんと南左衛門さんが、同じ席に顔を並べていました。番組は、南斗「太閤の風流」、南舟「江島屋騒動」、南湖「大石内蔵助とりく」、南華「野狐三次、大井川を渡る」、南左衛門「谷風の情け相撲」というものでした。南斗くんの口演は、開演前の前講です。彼も、声が出てきて様々な変化を示すテクニックを習得してきました。「江島屋騒動」は、「講談を聴く会」と同じ。「大石内蔵助とりく」は、下郎に絡む犬侍に毅然とした態度を示す内蔵助の応対に魅せられた男が、自分の娘との縁談を進める話。「野狐三次」は、先日の南華さんの会で出たもの。島田の宿で出会った歌舞伎役者一行を、大井川の渡しで三次が救う話。挿話的な話でした。「谷風の情け相撲」も、以前、南左衛門で聴いている。谷風生涯唯一の注文相撲の一席です。この会も、12月に200回を迎えますので、特別興行が組まれています。だけど、当日は、「さん喬・松喬二人会」がある日。どうしましょう?




2010年 9月12日(日)午後 10時 34分

  大阪市遊歩(81)写真集

 台風のおかげで、朝晩はかなり涼しくなっていたのに、またまた元の木阿弥です。昨夜の暑かったこと! 今日も、相変わらずでしたが、今日は、朝から繁昌亭に行き、午後にウォーキングをするという変化がつきました。朝の繁昌亭は久しぶりです。今日は、「あされん」がありました。朝の繁昌亭は、「あされん〜若手鍛錬落語会〜」に行くことが多いですね。三弥と三幸の主宰している会なのですが、お目当ては、不思議感覚の新作を書く三幸だったのですが、三弥が、冒頭で、「今日は出ない」とのお断り。これは肩すかしです。そんなで、番組は、三弥「牛ほめ」、雅「狸賽」、喬介「寄合酒」、こごろう「動物園」と、なんとまあ前座ネタばかりが並びました。客の入りは悪かったのですが、若い女性客の目に付く客席。落語ビギナーと看ての配置なんでしょうか。せめて、トリのこごろうは、しっかりとしたネタをして欲しかったな。こごろうの「動物園」は久しぶり、かなりいじり倒しています。2度目に「動物園」を聴くならという感じのいじり方。冒頭は、「こんな仕事があるんやけど、やってみないか」から始まりますし、最後に至っては、怖くて、立ち上がって逃げ出すという演出、これには、びっくりでした。
 繁昌亭がはねたあと、近くで食事を終えると、すぐにウォーキングに取りかかりました。一応、目的地を「俊徳道」と見積もっての出発となりました。結果的には、「布施」止まりになったのですが、これは、時間を見ながらの迂回コースを取ったのですが、「俊徳道」に行くには、ちょっと無理がありました。終点は、「河内永和」でも良かったかもしれません。その詳細なコースは、次のようになりました。繁昌亭〜桜宮橋〜東野田町交差点〜大阪市立桜宮小学校〜「片町橋」〜地下鉄「大阪ビジネスパーク」駅〜新鴫野橋〜大阪城公園〜ピース大阪〜大阪市立玉造小学校〜JR「かんじょう104」橋梁〜八坂神社〜玉津橋〜東成しんみちロード〜新道橋〜神路本通〜深江稲荷神社〜布施柳通交差点〜近鉄「布施」駅。繁昌亭方向から、桜宮橋を通り、京橋、大阪ビジネスパークに抜けるという、簡単に思いつくコースを取るのは、今回が初めてとなります。大阪城通過というのも、ちょっと間が空きました。さすがに強い夏の日差しの真昼に、大阪城公園を歩いている人は少ないのですが、かたまりとして歩いているほとんどは、中国人観光客です。えらく増えたものです。東成しんみちロードも、初通過。入口は、以前確認していましたし、神路辺りでは、再三横切っていたのですが、今日は、端から端まで歩いてみました。同じ距離 を歩くにしても、周りに目移りのする商店街があると、スピードがアップしたように思えました。最後は、北方向から「布施」駅到着でした。昨日に続き、2時間ジャストで、終点に到着しました。
 「布施」駅から、近鉄電車一本で、日本橋に移動。夕方に始まる芝居までの時間を、おなじみのネットカフェで、2時間半近くの時間調整。夕方からは、「independent theatre 2nd」で、「化石オートバイ」の公演「スタンプラリー」を見に行ってまいりました。主宰の山浦徹に加えて、関西小劇場界を代表する強者5人が繰り広げる激しい動きに満ち溢れた芝居となりました。亡くなってしまった彼女に、伝えたいことがあるということで、時空をさかのぼる男。子ども時代に戻った男が見た世界は、自分の記憶にない世界。だが、その記憶とは違う世界だということに気付かず、他の子どもと同じように過ごす男。そこは、異星人に支配され、単純なスタンプラリーが繰り広げられている。行動を他者に規制されて、ただ動くことを余儀なくされている世界。意志としては、勝ち抜くことだけ。勝てば、何かが起こるかもという競争である。そのスタンプラリーの様子が描かれていきます。激しい場面転換、役柄転換と、体力勝負的な演出。そして、勝った者が、主人公の役柄も得られるとの演出がおかしい。最後は、時空のずれをかいくぐって、目的の彼女と出会います。だけど、元の世界に戻れなくなった男、戻れないということは、彼女とは出会わない。どうなるのだという袋小路に入った物語への解決法は、ただ一つです。な〜んだと落ちを聴いたときには思いましたが、それまで、過程を楽しませてもらえたのだがらいいではないと思えたのですが、それが、作者の仕掛け? そう思わせるのが、作者の仕掛けのように思えました。




2010年 9月11日(土)午後 10時 20分

  大阪府守口市(28)〜大阪市旭区、城東区、東成区写真集

 ようやく朝晩の気温が下がってきました。今までと同じような寝方をしていると、ひどい目に合いそうです。昼間は、今までと変わらないほど、気温が上がるんですけどね。一方で、気温が上がっても、乾燥しているので、自分的には、暑さはさほど気になりません。今日も、昼前からウォーキングを始め、午後の行き先に合わせて、コースを組んでみました。その詳細なコースは、次のようになりました。京阪「守口市」駅〜京阪「土居」駅〜大阪国際学園滝井校〜清水小学校前交差点〜清水南公園〜新森公園〜北菫橋〜大阪市立関目東小学校〜奄美料理店「花岬」〜鯰江公園〜大阪市立永福小学校・極楽橋〜そば処「仙酔庵」〜JR学園都市線「かたまち074」橋梁〜大阪市立城東小学校南鴫野商店街〜城見橋〜大阪市立森之宮室内プール〜JR環状線「森之宮」駅。実は、京阪「滝井」駅を起点に歩き出すつもりだったのですが、「守口市」駅で、電車を乗り換えたとき、何の前触れもなく、ドアを閉められ立ち往生。次の電車まで10分待たねばならないということだったので、もう、「守口市」駅を起点にしました。そのため、事前に用意していたコースから、微妙にいじられたものとなっています。永福小学校界隈の雰囲気が好きで、更に「鴫野」駅方向に出るのに便利なところということもあり、近くに来ると、必ずと言っていいほど、コースに組み入れていました。その辺の話を、あとで、一緒に呑んだ息子に話すと、この地域が、大変、我々親子に縁のあるところだということが判り、びっくりしました。最後は、時間的には、「大阪城公園」駅が終点として妥当かと思ったのですが、頑張って「森之宮」駅を目指したところ、ジャスト2時間での到着となりました。
 「森之宮」から天王寺に移動、午後の部は、一心寺南会所での「一心寺門前浪曲寄席」に行ってまいりました。昨今は、この会に行くのが恒例となっていますが、先月はトルコに行っていて、お休み。10月、11月も、都合がつかず行けないということが、例会の予定が記されたチラシを見て判明。かなりの衝撃が走ってしまいました。ま、それはおいておいて、今日の番組は、真山誠太郎(真山裕子)「長兵衛男の花道」、京山宗若(岡本貞子)「藤堂高虎、出世の白餅」、春野恵子(一風亭初月)「樽屋おせん」、天竜三郎(藤信初子、安井久雄)「吉原百人斬り、怨みの戸田川」でしたが、最初の三人のネタは、複数回聴いたネタ。真山誠太郎は、前回、この会に出たときに出したネタで、がっくり。問題は、天龍三郎。なんとなんと、「吉原百人斬り」なんて。3日連続で出します。師匠梅中軒鶯童の得意ネタで、レコードが30万枚出たネタだそうです。「吉原百人斬り」には、ネタが20ほどあるとも言ってました。とにかく、今日は発端の部分。次郎兵衛という男が、おたみという女乞食を殺すところです。それが、尾を引いていろんな事件が起こるというもののようですが、「吉原百人斬り」をネットで検索すると、今日の部分らしき話が浮かんできません。どういう流れか気になっちゃいます。
 浪曲が終わると、息子と待ち合わせて、新世界で呑みました。これで、新世界で、息子と呑むのは3回目となります。堂々と、昼間から呑めるときの場所です。




2010年 9月10日(金)午後 11時 16分

  大阪市遊歩(80)写真集

 自分的には週末に入っています。今日も、お昼前からウォーキングを入れ、午後からは、いつもと同じような、お楽しみのスケジュールを入れました。ウォーキングですが、今日は、「北浜」駅からひたすら南下をしていき、一旦「芦原橋」駅方向にそれ、行けるかどうかお試しで、「天下茶屋」を目指してみました。かなりカラッとしたいいお天気のもとのウォーキング、その詳細なコースは、次のようになりました。京阪「北浜」駅〜インド料理店「タージ」〜韓国料理店「みなり」〜タイ料理店「TAWANT HAI」〜イタリア料理店「Golosi」〜鰻谷商店街(トルコ・カフェ「Saz Cafe」)〜大阪市立大宝小学校〜韓国料理店「兆」〜相合橋〜ナンバ・パークス〜絵本カフェ「holo holo」〜浪速区役所〜大阪市立塩草小学校〜JR環状線「芦原橋」駅〜長橋交差点〜大阪市立鶴見橋中学校〜日本キリスト教団西成教会ー鶴七商店街〜大阪市立松之宮小学校〜大阪市立梅南小学校〜南海汐見橋線「西天下茶屋」駅〜大阪市立橘小学校〜大阪市立天下茶屋中学校〜地下鉄「天下茶屋」駅。ダイレクトに向かうと、2時間を下回って到着するだろうとの予想で、塩草交差点まで行き、そこから南下をするという迂回コースを設定しみました。当初は、更に西になる「津守」駅の前まで行くつもりだったのですが、さすがに無理だと判断して、鶴見橋中学校までとしました。このコースで、2時間を5分も超えないで、「天下茶屋」に到着です。通過したところでは、自分的には、「鰻谷」が大正解。落語の珍品「鰻谷の由来」に出てくる「鰻谷」を、ずっと東西の通りだと思っていました。今日は、その間違いを知り、大収穫です。
 「天下茶屋」から、地下鉄で一駅移動。動楽亭に向かいました。今月2度目となる「動楽亭昼席」です。今日の入りは76人。大入りです。先々月に、南光の出番があったときも、大入りだった記憶があります。今日は、それに加えて、雀々が中トリで出るというのが大きかったのでしょうか。年配の人だけではなく、男女ともに、若い客が入っていたのに目が惹かれました。平日の昼間に、何をしている人なのかと思ってしまいました。本日の番組は、優々「普請ほめ」、吉坊「寄合酒」、あさ吉「鹿政談」、雀々「猿後家」、(中入り)、宗助「ちしゃ医者」、南光「素人浄瑠璃」というものでした。吉坊、あさ吉、宗助と、自分的にはなじみのあるネタが並んだ一方、雀々の「猿後家」は、一度聴いた記憶があるのですが、聴いていても、随分と前。南光の「素人浄瑠璃」も、南光が出す頻度が高いにも拘わらず、遭遇体験の極めて少ないネタなので、かなりラッキーな日となりました。雀々は、マクラから修行時代の失敗談で、ボルテージを最高度まで高めてから、ネタに突入。そのボルテージのテンションでの口演、ま、それが合うネタです。最後までは行かず、猿沢池でしくじり、又兵衛の失敗談を聞かせられるところまで来て、「私も去ることにします」と言って、高座を下りました。南光は、「寝床」と言わず、「素人浄瑠璃」という題名を使っています。冒頭に、旦さんが、会の用意をする描写が入ります。その流れの中で、長屋の人たちの動向についての報告が入ります。これは、米二もやってる型で珍しいわけではありません。そのあとの流れも、常の型でした。ただ、南光も、時間の関係でしょうね、長屋の連中がやって来るところで切りました。この分だと、「寝床」で落とさないだけかもしれません。優々は、全くの初遭遇。とっても弁舌爽やかで、溜めが入っていたり、かなりのテクニシャン。落研上がりなんでしょうが、あまりに整っているので、逆に、これがいいのか悪いのか、そないな関心が出てしまうほどでした。
 「動物園前」から御堂筋線一本で、梅田に移動。約40分ほど、久しぶりの東梅田のネットカフェで時間調整。夜は、梅田シティにある梅田シネリーヴルで、アルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」を観ました。アカデミー賞の外国語映画賞受賞の映画です。だいたい、日本で公開されるアルゼンチンやブラジル映画は、非常に当たりがいいというのが経験知なんですが、この映画も、ドンピシャの大当たりです。二人の男女の再会から、映画は始まります。司法関係で働く二人は、25年前、ともに手がけた事件があったようです。その事件のことを、男の方が小説にしたため、その書いたものを女のところに持ってきたのでした。この未解決の事件の解読が、過去と現在を行き来しながら、徐々に明らかになっていくとともに、二人が、かつてお互いを意識しながら、その愛が成就しなかったのだろうということも判ってきます。ですから、前半は、事件の解読と、ノスタルジックな愛の行方とが、この映画の収束地点だろうと思わせられるのですが、とんでもございません。新たな問題が、事件の解読に伴って生まれていき、現在にまで尾を引く問題なのだという、新たな展開を始めるのです。そして、驚愕の事実が、最後の最後にやってきます。それで、ここまで描かれてきたキャラの統一性がとれるという安心もありますが、すごいことを考えるものです。




2010年 9月 9日(木)午前 4時 48分

 昨日は、9月25日(土)に仕事があるための振り替えで、午後からお休み。そこで、夜には、落語会に行くということで、午後は、ワッハのライブラリーで過ごしていました。すると、そこへ、知人からメールが入り、食事でもとのお誘い。その知人が、この10月から、ピースボートに乗る予定をしているものですから、それまでに、一度は具体的な行程とかを聞いておきたいと思っていたものですから、落語会に行くのを止め、そのお誘いを受けることにしました。夕刻には、ワッハに長居するのも腰が落ち着きませんから、ネットカフェで時間調整しながら、約束の場所に出かけるまでを過ごすということになりました。
 さて、ワッハのライブラリーですが、そのラインナップを記しておきましょう。@読売放送TV「YTVサロン(2)寄席の踊りと上方の寄席囃子」、ゲスト:花柳芳兵衛、千太郎「桃太郎」「深川くずし」「かっぽれ」、桂南天「ずぼら」、花柳芳兵衛「大津絵〜五段目・おいおい親父どん〜」A毎日放送TV「特選落語全集」、米朝「代書」、米之助「仔猫」B読売放送TV「米朝ばなし(8)いろはにほへと」、米朝・雀々・小米朝・南光、米朝「三枚起請」。@は、大変なものを見つけたものです。また、こないな番組を、よく作ったものです。とにかく、南天の映像が残っているということで、飛びついたのです。ですから、40年ほど前の映像だと思います。米朝師が、「素人名人会」で審査員を務めていた時代(1968年5月〜1975年3月)の映像です。花柳芳兵衛が、1974年に亡くなっています、南天は、1972年没です。よくぞと思ったのは、この番組、全部が、米朝と花柳芳兵衛の二人の会話で進みます。入る踊りは、短いものが4つですから、すごい。番組自体が70分以上あります。そして、この二人の話がすごい。二代目米団治と三代目米団治、橘ノ円、、、そんなのが平気で出てきます。花柳芳兵衛は、「家元に叱られるがな」と言いながら、寄席の踊りを披露してくれています。手拭いを、杖や鉄砲などに見立てながら、「五段目」の登場人物を、次から次へと演じ分け、最後は、猪になって舞台を走り回るという、いかにもという寄席の踊りです。それに、千太郎さんも、古い噺家さんから習われたということで、著名な「かっぽれ」も、網打ちをする型が入ったりで、これまた得難いものを残してくれています。米朝師は、この番組を、「米朝よもやま噺」で振り返っています。これで知ったのですが、花柳芳兵衛は、NHKに芝居噺「本能寺」「綱七」「昆布巻芝居」を、映像資料を残しているそうです。芳兵衛師は、踊りに転向してからは、人前では落語は演じませんでしたから、これは見てみたいものです。Aもまた、貴重なものです。「代書」を映像で、米朝が残しているのは、他にあるのかな? もちろん原典版ではありません。それはできないと、米朝自身が、マクラで断っています。自分ができるように作り直したものをと断ってから、ネタに入っています。一人目の男が、すかたんをするという、よく演じられる型の大元が、これなんでしょうね。賞罰ですかたんを言って、ここで切り上げるというものです。時間にして、15分弱です。ですから、メーンは米之助。ワッハに残っている米之助の映像資料は、これと、まだ聴いていない「兵庫船」の二つのはずです。下げは、兄が「芸州」の人ということで「それで、おまはんは猫をかじってたんかいな」です。広島の「芸州」と、芸者の「芸衆」をかけたものです。こういった本来の下げを聴けるのが、いいですね。となると、「兵庫船」も、生寿で聴いたことのある古い型を残してくれてるのではと、ちょっと色めき立っています。Bも、いい出来の回を観ることができました。「三枚起請」を基に、遊郭の紹介の回なのです。実際に、飛田の「百番」を使いスキットを演じたり、「百番」自体の紹介のコーナーもあり、米朝の「もう、これは文化財ですな」の言葉がかぶるというものです。なかなかの優れ物となっています。
 そして、夜の部は、北浜のイタめし屋さんでおしゃべり。久しぶりにワインを呑みました。ピースボ−トは、リマソールに寄港する行程のものに乗るとか。レフコシャへのオプショナル・ツアーを、自分的お薦めとして強調しておきました。しかし、地中海域はいいとして、中南米の寄港地は、こういったものとしてしか行かないものでしょうね。ここは、さすが羨ましくなってしまいました。コロンビア、パナマ、エクアドル、ドミニカなんてところに寄港すると言ってましたから。




2010年 9月 9日(木)午前 4時 48分

 昨日は、久しぶりに、びっしりと肉体を酷使する仕事に追われた一日。おまけに、睡眠を十分に取れてない中での、そういった一日だったもので、夕方になると、かなりぐったりとしていました。睡眠不足なんてのは鍛えようがありません。そのようななか、昨夜は、天満橋駅近くのビルの一角で行われました南華さんの「はたちの会」に行ってまいりましたが、条件が悪すぎました。マクラで、南華さんが話した「トリイ講談席」レポートは、しっかりと聴くことができたのですが、ネタに入るや、意識がどんどんと跳んで行きました。最初の「野狐三次」の方は、まだしも話のポイントらしきものは書けるのですが、後半の「曽我物語」となると、断片すらも出てこないという低汰落です。とにかく「野狐三次」ですが、三次が、父親探しに、大坂に向かう道中での出来事描写の巻だったと言えばいいのかな。前の宿に、懐のものを忘れて困っている人を、三次が助けるところは思い出せるのですが、こちらも、この程度かと思うと、情けなすぎます。いたく反省の日です。




2010年 9月 7日(火)午後 11時 7分

  大阪府寝屋川市(25)〜門真市(25)写真集

 今日もお休み。なので、いつものように、午前中にウォーキングを済ませ、午後からは、落語会のはしごをしました。ウォーキングも、自ずと午後の部に合わせたコース設定となりました。実は、あやうく寝過ごしかけて、午前中のウォーキングが台無しになるところでした。ウォーキングの詳細なコースは、次の通りです。京阪「萱島」駅〜南水苑橋〜新佐伯橋〜すずらん幼稚園〜門真市立上野口小学校〜野口東交差点〜沖町南交差点〜門真市立砂子小学校〜三ッ島南交差点〜三ッ島大橋〜二島郵便局〜門真自動車教習所〜ルミエール・ホール〜京阪「古川橋」駅。今日は、ウォーキングの大半を、道に迷っていました。1回目は、「萱島」駅を出てすぐの南水苑町。寝屋川と友呂岐水路に囲まれたところなのですが、この二つの川を渡るのが大変。特に後者は、寝屋川市と門真市の境界になるものだから、なかなか越えられないのです。他の場所でも、この二つの連携が悪くて困ったところがあります。外国へ行くのと違うと言いたくなります。ようやくそこを抜け出して、国道163号線に出るのに、また迷ってしまいました。細い路地に入ったのが、結果的には間違いだったようで、スプロール状態に巻き込まれ、方向を見失ってしまったみたいなのです。そこを、ようやく抜け、163号線を渡り、第2京阪国道で、またしても分からなくなってしまったのです。とにかく第2京阪国道は鬼門で、従来の道路を遮断するのみか、斜行しているために道を誤ってしまうのです。これは、今までも、しばしば起こっていること。気が付くと、大東市方向に歩いており、西の方に向かっていると思って歩いていたら、南に向かっていたのでした。三ッ島交差点という、今までも間違い倒しているところから、門真市内の京阪線に向かい歩き出し、三ッ島地域に入ってしまい、この地域が、水に囲まれているために、今度は、そこから出られなくなってしまったのです。三ッ島大橋に出られて、ここはそうだったと思い出す始末。自動車教習所の近くで、門真市の西部に向かって歩き出し、何気に時計を見てびっくり。慌てて引き返し、「古川橋」駅方向に歩き出し事なきを得ました。更に、引き返した途端、知り合いが向こうから歩いてくるではありませんか。何年ぶりかの再会に、偶然が重なったとは言え、驚きで驚きで。とにかく変なウォーキングのベストワンです。
 「古川橋」から、天満橋乗り換えで、南森町に移動。午後は、繁昌亭の昼席です。今日は、米紫襲名披露興行の最終日でした。その番組は、小鯛「子ほめ」、雀五郎「黄金の大黒」、吉弥「刻うどん」、米平「立体紙芝居:シンデレラ」、福矢「延陽伯」、米団治「七段目」、(中入り)、「米紫襲名披露口上」、ざこば「始末の極意」、春之輔「まめだ」、米紫「替り目」というものでした。今日は、最初から波はあったのですが、最後までうつらうつらと聴いてしまいました。すーっとということは珍しいのですが。小鯛は、そつなのない「子ほめ」を演じてくれましたが、こじんまりとまとまりすぎてました。変化をつけると面白くなると思います。雀五郎の「黄金の大黒」は聴いているという安心感から、かなり跳んでしまってます。吉弥は、こういったときは「刻うどん」ばっかと思うと、ばらしの方では、うつらうつら。米平も同様。今日の同期生枠は福矢。福矢と米紫の取り合わせは、こないだの同期生の会で、初めて知ったほどで、全然結びつかない。福矢の「延陽伯」は、初遭遇。微妙に語尾を伸ばしたりするのが、気になりだしたら気になってしまう福矢。今日は、気になっちゃいました。風呂屋の部分とかはしょったり、名前のところをしつこくやらなかったりで、ということは、「お公家女房」と考えればいいのかな。よね吉、佐ん吉に次いでということになるのかな? 米団治の「七段目」は、若手の噺家さんが演じる刈り込み方とは違うやり方。2階に上がってから、5段目を、一人で演じます。丁稚が上がってきても、立ち回りにはならないで、二人で芝居の話をします。そんなですから、派手なお囃子は、最後の2階から落ちるところでしか出てこないというもの。米団治は、体の線の動きを意識した動きをします。これ だけは、他の噺家さんにはできない花◎のところです。口上は、塩鯛が出ないものですから、替りをざこばが務めました。「朝丸からざこばへの変更は悩んだ」「朝丸という名前が売れていたから」「だけど、都んぼは、全然売れてなかったから、そないな心配は不要」、ついでに、米団治の襲名にまで話が及び、場内大爆笑。そのあおりが、春之輔にまで及んでいました。ざこばの「始末の極意」は、自分的には珍しい。昔に聴いているかもしれませんが、最近では聴いたことがない代物。紙の3通りの使い方から始めて、扇子の使い方、梅干とうなぎでご飯を食べる方法を経て、極意へ。改めて出直して来いとはならないので、石を吊るしてある話はカットでした。春之輔は、またしても「まめだ」。米紫は、体の動きが堅い堅い酒飲みを演じました。「らくだ」を聴いたときは、さほど気にならなかったのに、「替り目」は気になってしまいました。登場人物が、夫婦ということで、無頼漢ではないという、噺の違いからくる違った印象なのでしょうね。
 繁昌亭がはねると、南森町のネットカフェで、2日続けて時間調整。1時間半余りいました。夜の部は、中崎町まで移動して、「第9回ひろば・そうばの提法寺寄席」に行ってまいりました。3ヶ月に1度のペースで、ざこば一門のひろばとそうばの兄弟弟子が開いている会です。番組は、ひろば・そうば「近況報告トーク」、ひろば「狸賽」、そうば「餅屋問答」、ひろば「崇徳院」というものでした。トークで盛り上がったのは、そうばの大家さんとのやりとり。あくどい人もいるものですし、それに対抗するためには、やはり情報ですね。ちょっとためになりました。それと、ざこばに入門してきた見習いさんの話。一門のアホ一番とされていたひろばを上回る例をいくつか紹介してくれました。落語では、ひろばの二席が、絶好調の出来で聴き応えがありました。「狸賽」は、とにかく明るい雰囲気がいい。お伽話なんだから、明るく、素直な動きを表現することが一番です。「崇徳院」は、ざこばの気合いが乗り移ったかのような出来栄え。気の乗り移った「崇徳院」では、とにかく神憑り的な口演を見せるざこばのそれが、ひろばに乗り移った、そないな口演で、少なくともひろばベストの高座でしょう。そうばの「餅屋問答」も、なかなか力で引っ張って行こうという口演。会場のご住職がおられないということで、遠慮会釈なく破天荒な寺方の生活を描けたということが良かったのでしょうか。そうなると、どうしても、そうばの場合は、訛りが気になって仕方ありませんでした。二人ともに充実の高座。腕を上げてきています。




2010年 9月 7日(火)午前 5時 47分

  大阪市遊歩(79)写真集

 昨日は、土日を働いたための代休。今日は、勤務日でないのに、職場一斉で代休が入ってるので、黄紺は、夏のトルコに行くときに、既に振り替えてあります。一昨夜、更にその前と、まっすぐ家に帰ってはきたのですが、ようやく休めるとばかりに、お酒を、だいぶと呑んだのですが、熟睡度が低く、眠気眼のままのお出かけとなりました。昨日も、昼前からのウォーキング、そのあと、大阪で遊ぶというパターンです。そのウォーキングの詳しいコースは、次の通りです。京阪「北浜」駅〜福井県大阪事務所〜地下鉄「堺筋本町」駅〜中国国際航空公司〜地下鉄「長堀橋」駅〜南郵便局前交差点〜大阪市立大宝小学校〜北堀江病院〜阿弥陀池公園〜幸西橋〜地下鉄「桜川」駅〜桜川三丁目劇場〜JR環状線「芦原橋」駅〜浪速東3交差点〜木津川大橋〜泉尾交差点〜泉尾公園〜泉尾商店街〜JR環状線「大正」駅。昨日は、歩き始めて40分経ったところで、左脚に変調をきたしてしまい、一時は、途中で止めねばならないかと思い出していました。膝を中心に、その上下の部分が、なんか棒のようになってきて、足運びが重くて仕方なくなってしまったのです。徐々に歩き進めていると、楽になってきたので、そのまま最後まで歩き続けましたが、初めてのことで、かなり動揺。必要以上の負担が、ウォーキングを続けている間にたまってきているのかもしれません。木津川大橋を渡ったところで、真っ直ぐに「大正」駅に向かって、2時間ジャストだったのでしょうに、ちょっと欲張ってしまいました。
 「大正」駅から環状線一本で、新今宮へ移動。昨日の午後は、動楽亭の昼席です。今日の番組は、鈴々「東の旅〜発端・野辺〜」、しん吉「高宮川天狗昨」、こごろう「道具屋」、雀々「手水廻し」、(中入り)、米左「応挙の幽霊」、千朝「まめだ」というものでした。鈴々は、初遭遇。最後のところで言い間違えがありましたが、なかなかの出来具合。身体表現としての落語を理解している人だと思いました。少々のミスは許しちゃいます、可愛いから。しん吉は、「東の旅」に、敢えてつけて旅ネタを。演じ手の少ないネタですね。ただ、きちゃない。こごろうの「道具屋」はめっけもの。こごろうは、やっぱえらい噺家です。自分なりの工夫で、聴き慣れた「道具屋」を、わくわく気分で聴かせてくれます。基本的に、枝雀の型で、金魚すくいを冷やかし、下げは「家一軒盗まれた」でした。雀々は、上がってくるなり、「中入りまではヴァラエティー。中入り後は本格派の二人」と言って笑わせ、同時に、中入り後の二人にプレッシャーをかけてくれます。確かに、シシババネタ、ヒーヒー笑わせた「道具屋」、そして雀々ですから、雰囲気的に、そないな言葉が出てくるのに納得だから、会場に大受け。おまけに、「手水廻し」を出すわけが傑作なものだから、会場の笑いのボルテージが上がる。ましてや、客層が、濃〜い落語ファンが多いということを前提にしてのマクラをふっていくものだから、ドッカーン度が高い。寺の坊主に尋ねに行くところを省いた型でした。米左は、「本格派」と言われ照れくさそう。雀々のマクラを受けついで、こちらもボルテージが上がる。一種の暴露話なんだけど、会場も「なるほど」という話なものだから、こちらもドッカーン度が高まりました。そして、やおら幽霊話をしたものだから、まさかまさかの「応挙の幽霊」。季節ものとは言え、こんなネタを聴けるなんてと、お得感でいっぱい。米左は、ちょっと酒の飲み方が荒いかな。「らくだ」だと、こないな飲み方でいいんだけどなと思いながら聴いていました。千朝は上がるなり、「私は本格派ではありません」と一言。最も本格派の千朝が、そないに言うものだから、会場に受けないわけはありません。ネタは、ちょっと季節的には早い「まめだ」。千朝では、かなり聴いています、このネタ。外が猛暑なものだから、ちょっと聴いている方としては、イマジネーションに乏しいものがありました。
 動物園前から、堺筋線一本で南森町へ移動、おなじみのネットカフェで、約1時間の時間調整。夜は、繁昌亭です。「彦八まつり・あとの祭り〜宴は終わってからもオモシロイ〜」があったのです。仕事の関係で、彦八まつりを覗くことができませんでしたので、楽しみにしていた会です。ただ、去年もそうでしたが、入りが悪いのです。宣伝不足なので、実行委員さんは、来年は「彦八まつりのチラシに、この会のPRをしてもらう」と言ってました。なるほどです。番組は、遊方・生喬「挨拶」、福丸「桃太郎」、鯉朝「ミルクハウス(仮題)」、瓶太「上燗屋」、遊方・生喬・鯉朝・瓶太・三風「写真で振り返る彦八まつり」、(中入り)、素人演芸バトル優勝者「マジック安来節」、松枝「素人浄瑠璃」というものでした。福丸は、ネタの中に、実行委員へのごますりが入ったりの特別版。鯉朝は、毎年、東京から応援に来る噺家さんで有名。今まで、可哀相な帰し方をしていたという話は、茶臼山舞台で聴いたことがあったので、出番が組まれたのでしょう。ネタは新作もので、ブラックなオチが気に入っちゃいました。お留守番をする健気な子ども二人が、ちょっとした間違った電話をしてしまって、、、という噺で、気に入っちゃいました。瓶太は、ホント久しぶり。「上燗屋」を聴いて、やっぱ、この人、もっと出しゃばって欲しいなと、再認識。自然体で、酔っ払いを演じることができますもの。写真による彦八まつりの紹介、これが中トリ。黄紺も、これが楽しみで行ってきました。実行委員長のざこばが、酒を呑まなかったとか。えらいと思う反面、名物が無かったんだの思いです。写真集は、とってもまともに、彦八まつりの始まりからクロージングまでを紹介してくれました。そんなの見ていると、土曜日に少しでもいいから覗きに行けば良かったと後悔。素人演芸バトル優勝者が、おもしろい芸で、びっくり。演出も、よく考えられている。ドジョウ掬いを踊りながらマジックを見せるというものですが、そのマジックというのが、掬ったドジョウを水槽に入れる格好をすると、金魚が水槽に入るというものだったりと、とってもよくできたもの。納得の優勝です。松枝は、はしょり気味の高座。町内の衆が来ないというところから始まり、旦さんを説得する場面もカットで、最後は、浄瑠璃を聴いている連中がわあわあ言っている場面で切り上げるというもので、会の空気をよんでの適切な高座だったと思います。最後に、彦八まつりの残り物が当たる「天神の富」抽選会でお開きとなりました。




2010年 9月 3日(金)午後 11時 3分

  大阪市遊歩(78)写真集

 昨日は、まっすぐ帰宅。 今日は、明日、明後日の出勤を控えて、束の間の休日。普段だと、今日から3連休なのですが、今週は、そういうわけにはいかないのです。そこで、今日は、午後に文楽劇場、夜に動楽亭という予定を立てました。そのため、今日も、ウォーキングは午前中。今日は、午後の部への移動を考え、西九条、九条界隈を歩くことにしました。詳しいコースは、次のようになりました。京阪「淀屋橋」駅〜堂島米市場跡記念碑〜蛸の松〜ABCホール〜下福島公園〜野田恵美須神社〜野田6交差点〜大阪卸売市場〜安治川トンネル〜抱月小公園〜抱月公園〜南境川児童遊園地〜JR044橋梁〜大阪ドーム〜岩崎橋〜大正橋〜日吉橋〜日吉小学校〜地下鉄「西長堀」駅。毎日、同じような猛暑が続いており、普段は、完全に顎を出しているのですが、ウォーキングをしていると、ホントに快適なものですから、歩いていて不思議になってきます。さすが、日陰を選んで歩いていますが、スーッと風などが吹いたときの快感というのは得難いものです。コース的には、特別変わりあいのあるものではなく、変わったと言えば、このコースを歩くなら、いつもは逆ですね。今日は、狙い通りに歩き、狙い通りの時間で完了するというあまりないことが起こりました。
 「西長堀」から、地下鉄千日前線一本で、日本橋へ移動。今日の午後は、文楽劇場であった「第314回公演記録鑑賞会」に行ってまいりました。主として金曜日に、2ヶ月に1度、とってもありがたい会を開いてくれています。これで2度目となります。前回は歌舞伎でしたが、今日は文楽でした。今日の演目は、「伊賀越道中双六〜沼津の段、伏見船宿北国屋〜」でした。1984年の公演で、もう見ることのできない豪華な顔ぶれの公演です。「沼津の段」が、竹本津太夫・竹澤團七、「伏見の段」が、竹本十九太夫・豊澤富助の組合せ。お二人とも美声の持ち主で、現在ではおられませんね、ここまでの美声の太夫さんは。それが感動です。人形方も豪華で、(平作)2代桐竹勘十郎、(呉服屋十兵衛)吉田玉男、(荷物安兵衛)吉田和生、(お米・瀬川)吉田文雀、(池添孫八)桐竹一暢、(和田志津馬)吉田蓑助、(桜田林左衛門)吉田玉幸などです。ストーリーは、基本的に仇討ち話です。「沼津」では、十兵衛が、命がけで、仇の居場所を知ろうとする実父に対して、教えてしまうというくだりです。ただ、この段までに、どのような展開があったのかが分かりませんので、なぜ十兵衛が、実父や義妹が仇と狙う男の側にいるかが分からないので、しっくりとは入ってきにくい段です。「伏見」では、仇に連なる人物を、計略で追いつめたにも拘わらず、そこで、件の十兵衛が現れ、彼が、まず討たれてしまいます。ですから、なぜ、十兵衛が、これまでの大きな役なのか、ここでも戸惑ってしまうのです。このことが、追いつめた相手を逃しても語られているわけですから。
 文楽劇場のあと、ワッハのライブラリーに行くことも考えたのですが、せわしないと思い、トリイホール近くのネットカフェで、夜の部に備えての時間調整をしてました。1時間半もいなかったことが、結果的には正解でした。と言いますのも、夜の部の動楽亭が、早々と人が詰めかけ大入りになったからです。今夜の動楽亭では、「第4回なんことけいこ」があったのです。講談の南湖と、浪曲の春野恵子が、同じネタを、講談と浪曲で演じるというおもしろい会なのです。特に、今日は、春野恵子の方が、この会では、初めて二席演じるということで、客が多く詰めかけたのではというのは、南湖の分析。今日は、近松特集ということで、番組は、春野恵子「おさん茂兵衛」、南湖「女殺油地獄」、春野恵子「女殺油地獄」、(中入り)、南湖・恵子「対談」というものでした。今日は、春野恵子が肺炎を起こしており、声の出方が、だいぶと普段より悪く、二席目の「女殺油地獄」の最後の方は苦しんでいました。その辺は、最後の「対談」で、南湖がおもしろおかしく紹介していました。「対談」でも言われていましたが、同じ話でも、今日ほど、講談と浪曲の違いがくっきりしたネタというのはないでしょう。講談は、物語の最初から順を追って丁寧にたどっていきますが、浪曲は、完全にいいとこ取り。ま、それは、浪曲を聴きだしてから、すぐに気づいていたのですが、「女殺油地獄」は、その典型。問題は、「いいとこ取り」の場所を外してないかということですが、「女殺油地獄」だけは外しようがない。そう殺しの場面です。油に体を滑らせながら斬るという有名な場面です。かなりドラマチックな仕上げになっています。「いいとこ取り」がヒットすれば、あとは表現の問題です。「おさん茂兵衛」は、冒頭の部分をカット。おさんが身代わりを提案するところからでした。「対談」では、春野恵子の体調を考え、ほぼ南湖の一人しゃべり。今日の会の打合せのため、春野恵子に連絡を取ろうとして取れなかったことを、おもしろおかしく紹介してくれました。




2010年 9月 1日(水)午後 11時 22分

 今週は諦めていた勤務日の夜遊び、敢行しました。別に無理をしたわけではないのですが、むしろ体が暑さにへばっていて、無理をしたというならば、仕事の方ではなく、体の方です。出かけたのは、動楽亭。「できちゃった落語」があったのです。出番は、恒例のじゃんけんで決まり、次のような番組となりました。たま「グラビア・カメラマン」、三金「理由なき理容所」、三風「ヒーローインタビュー」、遊方「すったもんだ校争」、(中入り)、南湖「園長」、あやめ「シックス安堂寺シティ」。それぞれ、微妙に出来上がり方に違いはありましたが、全体的な質の高さでは、最近の「できちゃった」の中では、グレードの高いものだったと思います。たまは、グラビア写真を撮るのに、戦場カメラマンを雇ったためのドタバタを描くのですが、そのカメラマンを、有名人の物まねで、たまが演じるのですが、黄紺にとっては、その物まねがわからない。会場は受けていました。三金は、デブネタを止めて、ハゲネタに挑戦。ヅラネタです。おもしろいんだけど、ちょっと引いちゃいます。遊方は、自作「スクールバスターズ」を作ったときに、使わなかったくすぐりを集めて、同様のネタを作ったという代物。今日は、南湖のときが谷底状態。猛暑のなかクーラーなしで、仕事をしっぱなし、全滅かもしれないと思っていた会にしては、よくここまでもちました。中入りのときに、お尻が痛いので立っていたら、その状態で寝てしまい、崩れ落ちそうになりましたから、まあ、致し方ありません。幼稚園児に、お話しをする園長先生という枠組みの作品で、落語をパロったりして進めていたなの記憶が、うっすらと残っています。会場の受け方が大きい高座でしたが、最後は下げを言って降りるということで、講談ではなく落語でした。そして、あやめが問題作。14年ほど前に作ったネタを、あまりに赤裸々な内容であるため、封印していたものを、このたび、その封印を解くために、仕立て直したものとの解説が、あやめ自身により行われました。あやめにしかできない、でも、どこでもできるという代物ではありません。




2010年 8月 31日(火)午後 10時 59分

  大阪市遊歩(77)写真集

 今週は、勤務日は、夜遊びはほぼ絶望。ですから、昨日は、仕方なく家へ直行。今日も、朝から暑い一日でしたが、、勤務日ではありませんから、お昼前からウォーキング、午後からは、講談、そして落語という予定を立てました。まずウォーキングですが、日曜日に歩いたのと、ちょうどクロスするようなコースを設定しました。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「京橋」駅〜鴫野橋〜萬倍地蔵尊〜全愛幼稚園〜大阪市立城陽中学校〜JR「かたまち077」橋梁〜聞通寺〜天王田公園〜天永橋〜新永橋〜左専道公園〜インド料理店「スパイス・キング」〜韓国料理店「あじくら」〜森河内本郷墓地〜川俣公園〜川俣大橋〜沖縄料理店「がじまる」〜楠根橋〜天神社〜御厨栄町交差点〜大阪商業大学〜近鉄「河内小阪」駅。今日は、日曜日とは違い、東西方向に移動の方が多く、直射日光を受ける時間が、比較的少なく、しかも優しい風もあり、気温の上昇のわりには快適なウォーキングをすることができました。日曜日のコースとは、鴫野駅近くでクロス。今日は、クロス地点から天王田方向へ移動したのですが、実は、この天王田という地区が、自分的には鬼門で、地図を持ちながらも、どこにいるかが分からなくなった経験があり、その同じ地点に立つと、迷いそうという気持ちの方が、先に立ってしまいます。今日は、幸い、地図の読み取りがうまくいき、大事には至りませんでした。当初、近鉄「俊徳道」駅を終点にとの思惑で歩き出したのですが、「長田」駅&「八戸ノ里」駅方向に、若干膨らむようなコースどりをしたため、最後は、「河内小阪」駅で歩を収めました。これで、所要時間は、2時間4分でした。
 「河内小阪」からは、近鉄電車一本で、鶴橋に移動。今日は、「講談毎日亭」の最終日で、それが、平日の昼間に行われたのですが、ラッキーなことに、勤務日でない日に当たり、聴くことができました。「難波戦記」は、やはり3人が、無事に江戸から薩摩に帰るというのが本筋でした。また、一昨日、3人の内、誰かが斬られたかもと思ってたのは、聞き違いで、3人は、途中、宮中にもいき、大坂城入城のお墨付きをもらっていました。今日は、幕府の征伐指令に呼応した安芸の浅野の殿さんに対し、命をかけて、その行為が不忠義なことかを解らせようとした侍の話が中心でした。最後は、薩摩に戻ったあと、大久保彦左衛門が駆けつけ、大坂入城を思い止まり、世界に出かけて行くというところで終わるかと思いきや、この話は、秀吉の夢だったという夢落ちで終わらせました。「後藤一山」は、今日は、殺人事件に巻き込まれる話が中心でした。なんとか食い扶持探しに躍起になっている後藤一山に、釈場として寺の本堂を提供しようという人が現れたのですが、その人物が殺された上に、その寺が焼かれるという事件が起こり、それに巻き込まれるという展開でした。後藤一山に、放火殺人の疑いがかかったのです。この疑いが晴れた後藤一山は、喜六らと再会し、チームを組んで、演芸の世界で生きていくことになるという大団円を迎えました。「業平」は、都に戻ってきていました。その業平が、母の急を聞きつけ、母のいる長岡に赴く途中、母親と同じような年齢の女の誘いを受け、それにのったことを回想する場面が入ります。いや、老齢の女性とまでも情を交わした業平が描かれたわけです。母の急というのは、その話を導き出すためのきっかけでしかなく、今日の読み物は、老いらくの恋の物語だった言っていいでしょう。今回の「業平」は、事件性に乏しく、むしろ様々な女性遍歴を、恋の歌で綴るという、構成がとっても難しいもの。しかも、大きな事件は、前半にあり、徐々に尻すぼみ状態になったことは否めません。そういうネタと言えば、それだけなんですが、、、。今回は、中ほどで、南海さんの手術が入るというアクシデントがありましたが、無事、終わることとなりました。1週間というスパンに収めるのが妥当なのかとか、その辺のことを考慮してのネタ選びというのは、なかなか難しいものとの認識が、一段と強まりました。
 鶴橋から京橋経由で、大阪天満宮まで移動。おなじみのネットカフェで時間調整をして、繁昌亭の夜席に備えました。今夜は、「繁昌亭夜席〜米紫襲名記念・同期集結〜」があったので外すことはできなかったのです。今週は、勤務日は遊べないので、ラッキーだと言えます。番組は、小鯛「兵庫船」、染弥「看板のピン」、かい枝「丑三つタクシー」、文鹿「阿弥陀池」、(中入り)、同期5人「記念トーク」、三金「鯛」、米紫「遊山船」というものでした。「兵庫船」は、最近の若手は、あまり手掛けないみたいですが、塩鯛門下は受け継いでく れてます。船が出るときの鳴り物だけで、情緒が漂います。そういった中で、のんびりとした言葉遊び。よくできた落語だなと再認識。もっともっと出番のあっていい噺です。「看板のピン」も、昔ほどは出ない。「狸賽」は、噺家さんには人気なのですが。染弥は、物言いとかで巧者ぶりを発揮してくれました。特に最後のところでのスピードアップは、秀逸でした。なお、染弥は、このネタを、きん枝からもらったそうです。「丑三つタクシー」は、照明を落としての口演。バカバカしいが、ブラックな噺。文鹿は、自身が係わる河内俄の紹介をして、祝儀替わりで降りるのかなと思っていると、「俄」という言葉の説明だったみたいで、ここに時間を使い過ぎ、肝心のネタをはしょることに。そう考えていいんでしょうね。まさか、ぼけるのをはしょったのが、文鹿流? 三金は、米紫襲名が、師匠の塩鯛襲名に連動した出来事ということで、ネタは「鯛」。そして、トリの米紫は、おそらくざこばからもらったのだろうと思われる口調が入る「遊山船」。新米紫では、初遭遇のネタです。体に力がみなぎった独特の高座。もう、完全に米紫の個性と言えますね。逆に、浪速橋上でのすかたんな対話に、リズムがついているように感じました。トークがなかなかおもしろいもので、今日の5人に、吉弥を加えた同期生たちの仲の良さのようなものを感じました。一人の襲名が、他の噺家さんにも、刺激になるようですね。




2010年 8月 29日(日)午後 10時 39分

  大阪府門真市(24)〜守口市(27)〜大阪市鶴見区、城東区写真集

 通常の週末が戻ってきました。ウォーキングをして、落語や講談を聴き、ときには芝居やコンサートに行く、その合間をぬって、ワッハのライブラリーで、映像資料を試聴するという日々を、この3日間過ごしてきました。今日は、ウォーキングを午前中に、午後は「講談毎日亭」、夜は、昨日に続き芝居を観ました。まず、ウォーキングは、とにかく真夏の鶴見緑地に行ってみたくなり、コースを設定しました。起点に選んだのは「門真市」駅。一応、「鴫野」駅を目指して歩き出しました。行けるかなの気持ちもあったのですが、ジャスト2時間で踏破です。最終的なコースは、次のようになりました。京阪「門真市」駅〜門真税務署〜菊水通2交差点〜守口寺方本通郵便局〜大阪府立守口支援学校〜鶴見緑地〜緑地橋交差点〜西三荘水路跡〜横堤2交差点〜大阪市立横堤小学校〜三荘橋〜寝屋川大橋〜古堤橋〜大阪市立今福小学校〜極楽橋〜地下鉄「鴫野」駅。今日は、日照りが強く感じられて、かなり厳しいウォーキングとなりました。真っ昼間と夕方の日差しの違いかもしれません。3日連続ということで、体に疲労が溜まりきっているのかもしれません。真夏の真っ昼間の鶴見緑地は、さすがに人出は落ちます。2組ほど、何かの撮影のためのクルーを見ました。2回に1回くらいは見ることがあります。木々も、さすがに元気がありません。そういった中でも、モロッコ庭園は見栄えがします。鶴見緑地を出ると、このコースは、なかなか退屈なコース。いつも、今福小学校にたどり着くのを励みに、このあたりは歩いているような気がします。今福小学校から「鴫野」駅までは、約10分と頭に入っていますから、いい目安になるのです。特に、今日のコースは、主として南に向かいましたので、真っ昼間は、日陰に頼ることができず、おまけにコースは退屈となると、厳しさは倍加してしまうのです。
 「鴫野」から地下鉄で鶴橋まで移動。午後の部は、「講談毎日亭」の5日目です。今日は、南青くんが、ワッハの演芸場で、出番があった関係か、南海さんなんかは、ちょっと引っ張り気味。「難波戦記」は、大助ら3名が、秀忠に刃を突きつけて、自分たちの要求を飲ませようとする緊迫したところから。そないな状況なものだから、飲まないわけにはいかない。大坂城奪還の約束をさせ、薩摩に引き上げるのですが、まともに帰してもらえるわけではない。追っ手がかかるところまでは大丈夫だったのですが、今日は、ここからあとの記憶が飛んでしまってます。どうやら、3人の内誰かがやられてしまったみたい。要するに、今回の南湖が取り上げている話というのは、薩摩に匿われたあと、匿われていることが漏れ出すと、自分たちの要求を飲まそうとする、いや消してしまえの攻防、それだけの話のようです。ちょっと肩すかしを食らった感じがします。「後藤一山」は、いよいよくっしゃみまみれになるところとなりました。ところが、傑作なのは、それを契機にして、後藤一山は、「難波戦記」の同じところに来ると、くっしゃみが出てしまうという後遺症に悩まされてしまうようになってしまいます。そのために、せっかく決まりかけていた本格的な講談席への進出も、ご破算となり、横町の釈場も、お化け屋敷の汚名は返上できたと追い出されるはで、結局、またまた路頭に迷ってしまいます。食べるに事欠くようになった後藤一山は、ついに盗人の真似事をしようとします。「業平」は、東下りなのでしょうか、東下りそのものの一部しか覚えてないものですから、歌を引用されても、東下りなのか、いや違うのかの判断がつかないのが悲しいところ。もう一山、何か事件が欲しいものです。今日は、昨日出てこなかった「カキツバタ」の歌から。恋の歌を連ねていました。
 鶴橋から、近鉄電車で、日本橋へ移動。駅上のおなじみのネットカフェで、50分の時間調整。夜は、「恵美須町」駅上で、芝居を観ましたので、こちらでの時間調整です。夜の部は、「石原正一ショー」の芝居「野球狂の詩子」を観ました。場所は、「in→dependent theatre 1st」です。まず、中に入ると、いつもの配置と異なり、会場真ん中が、一番低く、そこが舞台。その前後に、階段状に客席が用意されていました。芝居の性格上、野球の試合をしなければなりませんから、納得の舞台作りです。まず、設定が変わっています。かつて、野球の試合中に、ミサイルが飛んできて、ドーム球場の屋根を突き破り、多くの有名選手たちがなくなり、今は、そのスタジアムがあったところは、平和を祈念する場となっている。ただ、ミサイルは飛んできたが、爆発しなかったため、試合中だった選手たちだけに犠牲が出たとの設定。そのため、プロ野球は、一度に多くの有名選手たちが亡くなったため、火が消えたようになったが、今や、亡くなった選手の二世たち が、立派に、プロ野球を盛り上げている。その選手たちの中に、野球アニメの主人公たちが混じっていて、アニメの中で与えられたキャラを再現してくれるという、お遊びいっぱいの娯楽作品。ミサイルがどうのとか、後半には、月の引力が強くなって、どうのこうのという場面が用意されていますが、これとて、野球の試合をするきっかけ作りでしかありません。いかに、かつての有名キャラを出して、客を喜ばせるかに腐心した作品と看ました。女性陣中心の役者さん、プロデュースを旨とする芝居ですから、適材適所、いい役者さんが揃ったなぁの感じ。これは、間違いなく、新たな劇団探しの材料となったことは間違いありません。




2010年 8月 29日(日)午前 7時 52分

  大阪市遊歩(76)写真集

 昨日は、午後には「講談毎日亭」が、また、夜には、芝居に行くことを予定していたため、お昼前に、少しワッハのライブラリーに行き、夕方にウォーキングを入れるというスケジュールを組みました。ワッハの試聴ラインナップは、次の通りです。@毎日放送TV「特選落語全集」、松喬「おごろもち盗人」、文紅「鬼あざみ」A朝日放送TV「枝雀寄席」、ゲスト:春蝶、枝雀「道具屋」。一昨日、その存在を知った毎日放送TV「特選落語全集」に、文紅の「鬼あざみ」が入ってました。大ヒットの収蔵です。文団治直系の映像資料が収蔵される、もう、それだけで、値打ちは抜群です。「鬼あざみ」で描かれるのは、少年時代の継母泣かせと盗み癖、それと、行方知れずになっていた清吉が、家に戻ってくる10年後です。改めて聴きなおしてみると、これは、落語というよりか講談ですね。元となる話があるのではと、どうしても考えてしまいます。また、文紅の口演がなかで、今まで聴いたものの中では、一番良かったかなと思いました。「枝雀寄席」の方は、春蝶がゲストということでのチョイスです。もちろん対談だけなのですが。ただ対談も、春蝶の闘病についてのものが全てで、落語談とかを期待するとダメというものでした。胃に穴が開き、血圧も、最高が40まで下がったと言ってました。枝雀の「道具屋」は、記憶にありません。店を出しに、本屋の善さんに会う前に、金魚すくいにちゃちゃを入れたりしています。現在、雀太のやっているものっていうのは、枝雀起源のものだったのですね。それと、下げが違います。笛を持って逃げられてしまい、「家一軒持ち逃げされた」としてました。
 午後は、「講談毎日亭」でしたので、近鉄電車で、日本橋から鶴橋へ移動。開演前、南海さんとお話しする機会がありましたので、様子を伺ってみると、痛みは、今までの4割くらいになり、だいぶと楽になったとか。手術前の様子を伺うと、手術をしなければダメという状況ですね。黄紺は、ヘルニア患者ばかりに囲まれての入院経験があるものですから、その辺は解るのです。しかし、入院なしで、ヘルニアの手術ができるようになったとは驚きです。その南海さんは、今日は、30分余の高座を務められました。ただ、くっしゃみを演じるのはダメということで、講談版「くっしゃみ講釈」の、後藤一山が、くっしゃみまみれになる直前で切り上げられました。前後しますが、トップ の「難波戦記」は、なかなか話が前に進みません。それは、真田大助らが、将軍秀忠と面会させてもらえないのです。それを構わず、秀忠に近づこうとする大助一行、また、それを遮ろうとする秀忠家臣。ついには、秀忠に刃を突きつけるところまで行っちゃいます。さて、その顛末はというところで切られてしまいました。「業平」は、都落ちの旅の途中に起こる出来事の点描です。特に、大きな事件が起こるわけではありません。「東下り」の有名な、八橋の場面も出てきました。その都度、心情を表すのに歌を詠みます。これが、今回の特徴です。このまま終わると、南海さんの「菅原道真」を出されたときと同様の尻すぼみ展開となります。
 「講談毎日亭」がはねると、その直後、会場の雀のおやどを起点に、ウォーキングをスタートさせました。昨日は、一旦、天王寺を、環状線の内側から目指し、そこから、今度は、新世界へ、その辺りで、環状線の外に出て、南巽を目指せればの思惑でした。実際のコースは、次のようなものとなりました。雀のおやど〜小橋町交差点〜五条公園〜聖和歩道橋〜大阪市バス「あべの橋」停留所〜JR「天王寺」駅〜天王寺動物園〜新世界〜JR環状線「新今宮」駅〜西成警察署〜阪堺線「今池」駅〜地下鉄「阿倍野」駅〜阿倍野区役所〜JR阪和線「美章園」駅〜大阪市立北田辺小学校〜地下鉄「昭和町」駅。実際には、天王寺までに、40分余かかり、これは大変とばかりに、阪堺線を越えたところで南下、飛田にも入らず、懸命に東に向かったのですが、「阿倍野」駅と「美章園」駅の間が思いの外、時間を要したために、「美章園」駅に着くかという辺りで、狙いを「昭和町」に変更。「文の里」の方が、あとの移動を考えると良かったのですが、それでは時間が余るということで、終点は「昭和町」駅となりました。昨日は、ウォーキングにとっては、いい環境。確かに、気温は高かったのでしょうが、乾燥している上に、優しい風があり、爽快感がありました。汗が額から流れ落ちないだけで、随分と気分は良くなるものです。
 「昭和町」から「谷町九丁目」へ移動。夜は、應典院であった「baghdad cafe」という劇団の「ごっこでいいから、手をつないでて」という芝居を観てきました。「space×drama2009」で優秀劇団に選出されたということで、その記念の公演で観たのが最初で、今回が2度目の劇団です。自分的には気に入っている劇団の一つです。過去と現在、しかも、同じ時空間でも、複数の場面が入れ替わるため、なかなか追いかけにくい、でも、それがストーリー展開への期待を掻き立てるという芝居でした。最後に判るが、この物語は、作家となった女の、少女時代から大人になるというところで起こる葛藤を表していたということです。そこで、少女時代、養護施設で遊んだこと、そこで起こった事件などなどを回顧しながら、その葛藤を洗い出していこうというものだったように思いました。大人になるということは、何か特別なことではなく、小さい頃のひきづりを生きていていい、いや、そこからは解放されるものではないし、いや、忘れないで、それらを、如何に対象化できるかが、大人になるということなんだというようなメッセージが込められていたのかな? 女の子たちの元気な芝居です。冒頭の顔が並ぶ場面、それに続く、台詞が重なりながら、てんでばらばらに台詞を言い合う場面、それが、この芝居の進み方を教えます。それは、子どもの世界を、きれいに観客に解らせてしまうからです。應典院の舞台は広いのですが、昨日の芝居では、中央にだけ狭い舞台を作り、その両脇を役者の待機場所として使ってました。最近、どこかの劇団も、この手法を使ってました。「Sunday」だったかな? 空間を分け、空間を異なった活用ができおもしろいのですが、中央の舞台が狭くなってしまいます。役者の数が、10人近くになりましたから、ちょっと厳しかったですね。でも、観たあとの印象はいいですね。やっぱ、気に入っている劇団と言えます。




2010年 8月 28日(土)午前 8時 30分

  大阪市遊歩(75)写真集

 昨日になり、ようやく散髪に行く時間がとれました。トルコに行く前には行こうと思いながら、結局、それは叶わず、必要以上に暑いトルコを余儀なくされていましたが、これで、少しはましになるかなと思っています。午前中に散髪を済ませ、その足で大阪に向かい、真夏の、しかも真っ昼間のウォーキングをすることとしました。空いた時間は、夜の「講談毎日亭」が始まるまで、昨日も、ワッハのライブラリーのお世話になることとしました。ウォーキングのコースは、最終的には、次のようになりました。京阪「天満橋」駅〜地下鉄「谷町4丁目」駅〜龍造寺町・安堂寺町〜専念寺〜近鉄「上本町」駅・新歌舞伎座〜大阪市立夕陽丘中学校〜大正湯煙突〜JR環状線「桃谷」駅〜桃谷公園〜東大阪朝鮮第4初級学校〜大阪市立御幸森小学校〜韓国料理店「福一」〜耕整橋〜大阪市立中川小学校〜東中川橋・大阪市立東中川小学校〜小路小学校南交差点〜近鉄「布施」駅。昨日の発見は、新歌舞伎座。オープン仕立てのなんとかというビルには、多くの人が殺到していました。平日の昼間だというのに。次に、あまり試みた記憶のない桃谷駅を経由して、環状線の外に出るというコースが、自分的には新鮮。。しかも、桃谷駅の北端を抜けての道が、御幸森小学校へ、ほぼダイレクトにつながっていることを知りました。最後は、「北巽」にするか、「布施」にするかで、街中の道を歩けるということで、「布施」をチョイスです。
 「布施」駅から、近鉄電車一本で、日本橋へ移動。午後は、3時間弱、ワッハのライブラリーで、映像資料を試聴しました。館員の方から、最近では珍しいのだがと、新しい映像資料が、毎日放送から提供されたことを知らされました。検索をしていると、今まで@なんて入ってなかったのにと、ちょっと不思議な気分になっていたところへ、そのことを知らされましたので、納得の出来事でした。「特選落語全集」関係のものが、圧倒的に多く、新しいものは、DVDで30枚以上はあったと思います。貴重な、今まで、ワッハのライブラリーには入ってなかった待望のものも入っているようです。昨日、試聴したものでは、米朝の「古手買い」、南光の「ざこ八」なんてのは、ホントにありがたい資料が収容されたものです。その試聴ラインナップは、次の通りです。@毎日放送TV「特選落語全集〜南光襲名スペシャル〜」、口上(南光、春団治、仁鶴、米朝、枝雀、司会:雀松)、枝雀「かぜうどん」、米朝「佐々木裁き」、南光「ざこ八」A毎日放送TV「特選落語全集」、染丸「電話の散財」、米朝「古手買い」B朝日放送TV「浪曲招待席」、(司会)小沢昭一、(ゲスト)三枝、幸枝若(藤信初子・小池菊江)「橋弁慶」。@といういい資料を見つけながら、実は、ここでウォーキング疲れが出てしまい、半寝で聴いていました。「かぜうどん」は、たっぷりと物売りの声を披露してから、ネタへ。落ちに入る直前、ほんの軽く空咳をしました。誠に合理的なアクションです。「ざこ八」の下げがまわりくどいものでした。「うちは米屋やから、ぬか喜びやったんや」と、うろうろさせられる魚屋をこけにするものでした。Aは、とにかく「古手買い」が、映像資料で残っているというだけで、バンザーイです。このネタは、まともに落語をしていた時期の米朝が、最終段階で、高座にかけだしたもの。自分的には、米朝の高座に触れないままでしたので、初遭遇です。米朝によるネタの説明も、番組に入っていたのですが、このネタは、三代目米団治が得意としていたネタで、若い頃に覚えてはいたのだが、高座にかけだしたのは、晩年になってからで、アホな男を連れて、古手屋に買い物に現れる前半に対し、後半は、一転して、「百年目」ばりに、旦さんが番頭を諭す、なかなかしみじみ系に変わってしまいます。更に、その横で、丁稚が暇を持て余していたり、勝手に接客をしたりと、雰囲気が大きく変わっていく、たいそう難しいネタ。米朝も、終盤の丁稚が難しく、なかなかうまくいかないと、率直に語っています。「電話の散財」は、林家の噺です。電話というアイテムを使った大正時代の新作です。染丸の旦さんも、なかなか子どもっぽくて、いいですね。花丸のぬけた旦さんも、おもしろいですが。Bは、早朝にやっていた番組じゃないかなぁ。司会とゲストは、浪曲については語りますが、ネタの内容には触れない内容です。この日の対談は、ヤング(三枝)から見た浪曲というような内容でした。「橋弁慶」は、五条大橋での出来事とともに、弁慶が、源家再興に関わる人物である来歴が語られる部分が、えらく長く、詞章の難しいものでした。
 そして、夜は、「講談毎日亭」です。ただ、昨日は異変が生まれました。南海さんが、この間、ヘルニアに悩まされていたようで、昨日、レーザーで、脊髄内部に出ている突起物を除去するという手術を受けたということで、10分限定で高座に、その旨報告がてら出てくるという痛々しい姿。そのため、あとのお二人が、いつもより長めの高座を務めるということになりました。南湖は、そのためでしょうね、真田大助が江戸で宿としている藤堂高虎の出世物語「出世の白餅」のあらましを読んだりしていました。本筋のところは、大助と幕府側との交渉。まともに交渉せず、消してしまおうとする動きが描かれていました。「在原業平」は、藤原高子と歌のやり取りをするなかで同衾をするようになった業平が、高子の家に通うのを良しとしない高子の兄弟が、それを遮ろうとします。業平は、一方で、高子を連れ去ろうとし、それを敢行するのですが、その途中、追っ手に取り替えされてしまい、ついに都におれなくなり都を、離れることとなったというところまででした。話の展開そのものは、南青が読んだ時間ほどではないのですが、折々に歌を挿入してくれますから、雰囲気が出ています。




2010年 8月 26日(木)午後 9時 59分

 今夜も、雀のおやどでの「講談毎日亭」に行ってまいりました。今日は、昨日と違い、元気溌剌、失敗を克することが、ほぼできました。「難波戦記」は、秀頼一行が薩摩に匿われていることに気づいた江戸幕府では、身代わり家康も亡くなり、二代秀忠の御代。幕府側は、懐柔策として、久能山城を与えるふりをして、地雷で根絶やしにしようという計画。そのようなものはお見通しの幸村は、それを断り、代わりに大阪城を求めようとするのですが、それを伝える使者がいない。ということで、この大事を伝える使者としては、真田大助でということになり、実際に東上するのですが、今日は、ここの交渉のところでダウン。宇都宮城の名が、最後に出ていたのが気がかりなのですが、その辺は、明日聴けば判るでしょう。「後藤一山」は、東京をしくじった後藤一山が、無賃乗車で、大阪にくだり、大阪で釈場を巡り、食い扶持を求めようとするが、うまくいかず、東横堀の曲がりで野宿をしがてら、講釈を読んでいると、東京で後藤一山を見かけたことがあると言う甚兵衛に出会う。そこで、甚兵衛が、近所で「お化け屋敷」と言われている空き家を紹介し、釈場を後藤一山のために用意をしてやる。この辺から、一気に「くっしゃみ講釈」に接近です。あとは、犬糞を踏むところ、犬糞を塗りたくられた喜六の嘆き、怒りへと繋がる場面で、「くっしゃみ講釈」です。明日は、「講談版くっしゃみ講釈」の聴ける日です。「在原業平」は、「筒井筒」の女が多恵という女であり、その女との思い出を語る中で、高安の女のところに通う業平を心配する女の歌が紹介されるという、「伊勢物語」の名場面を、過去の物語として語る業平が描かれましたが、そのきっかけというのが、多恵似の女藤原高子を見かけたからという工夫がなされていました。二条良経でしたっけ、誰かの女に手を出し、東下りを余儀なくされる業平を描くような予感がしています。今日は、「筒井筒」の跡と言われているところの紹介も、かなりの時間が割かれていました。




2010年 8月 26日(木)午前 5時 18分

 昨夜から、再び、鶴橋の雀のおやどで「講談毎日亭」が始まりました。先週の水曜日、即ち、トルコから帰ってきた日の夜に、プレ公演があり、今回は、そのプレ公演を含めての通し券が発売されるという、大変お得なシステム。今回は、昼公演が多く、フルで聴くことができませんが、頑張って鶴橋まで通いたいと思っていますと書いたすぐあとからで情けないのですが、昨日は、ダウン続きで、情けないというか、疲れているのを自覚する契機になったというか、悲しい結果となりました。今回は、南青が初トリということで、出番がいつもと変わっていますが、その番組とは、次の通りです。南湖「大阪再興・豊臣二度目の旗揚げ」、南海「伝説の講釈師・後藤一山物語」、南青「在原業平」。南湖のネタは、「難波戦記」のラストの部分で、大阪らしく、秀頼、真田幸村らは討ち死にせず、薩摩に落ち延び、豊臣家再興を図るというもので、一方の家康も、死んだはずの後藤又兵衛の槍にかかって亡くなり、後に幕府を起こすのは、替え玉だったということになります。昨日は、便所で、家康が用を足していると、地雷が爆発し、家康が逃げるところから、家康の討ち死にまで。一方で、薩摩落ちが起こりという有名なくだりまでは、しっかりしていたのですが、そのあと、南湖が、翌日へのつなぎを話し出したあたりから、記憶が吹っ飛んでしまっています。「後藤一山物語」は、南海さんが創ったもの。徐々に増やし、改定していっているようで、今回は、7話にまで伸びていった成果を伺えるはずだったのですが、初日でつまずいてしまいました。昨日は、江戸在住時代の後藤一山。今日以降の展開のためには、このお江戸でしくじらねばなりません。しくじる場面は、しっかりと覚えています。お化け屋敷で幽霊の格好をしていた後藤一山が、そこへ入ってきた席亭に抱きついてしまうということになり、江戸におれなくなってしまうということでした。前半には、後藤一山と、その師匠との対話があり、それが、旭堂一門をなぞっているということで、会場では大受けでした。「業平」は、業平と、その従者巽との出会い、井筒の女多恵に似ている女との出会い、このあたりが描かれたことは間違いないのですが、詳しいことは吹っ飛んでしまってます。




2010年 8月 25日(水)午前 5時 47分

  大阪府寝屋川市(25)〜守口市(26)〜門真市(23)写真集

 昨日からウォーキング復活です。先の週末は、トルコに行っている間にできなかったことを優先し、ウォーキングができていなかったのです。真夏の昼間のウォーキングっていうのが心地好いというので、喜んでやっていたのですが、トルコにいる間に、汗をかきすぎ、どうやら水分補給が足りてないところへ、何やら感染したみたいで、膀胱炎らしき症状を起こし冷や汗をかいたものですから、とにかく猛烈に水分補給することを肝に銘じてのウォーキングです。そのコースを記しておきます。京阪「寝屋川駅」〜木橋(出雲町)〜寝屋川新橋〜神田天満宮〜守口市立大久保中学校〜JA北河内大久保支店〜守口市立藤田中学校〜守口市立東部公民館〜門真市保健福祉センター〜幸福町公園〜韓国居酒屋「チヂミ」〜韓国居酒屋「チョアヨ」〜カトリック門真教会〜インド&ネパール料理店「エベレスト」〜西三荘ゆとり道〜京阪「守口市」駅。暑いなか、汗を思いっ切りかくのが心地好いのですが、歩き出しは暑気あたりのようになり、かなり体が重く、やばいのではと思いつつあるいていると、時間が経つにつれ、確実に体が軽くなっていきます。特に1時間余り過ぎた頃が快調です。昨日は、湿気が少なくべとつくことが少なく、替わりに喉の渇きが進みました。コースは、よく似たコースを歩いたところだなと思いつつ、またまた迷ってしまいました。寝屋川と守口の境目辺りは、道がスクロール状態の上、毎回、地図を良く読み取れてないみたいで迷ってしまいます。昨日は、幸い、バスの停留所があり、大久保中学校にたどり着けたため、なんとか位置確認ができた次第です。終点が、「守口市」駅ということで、距離が出ていません。やはり歩き始めの体の重さが関係しているのでしょうね。道に迷ったのは、毎回ですから、あまり影響ないと思います。
 ウォーキングが終わると、北浜経由で日本橋へ。ワッハに行き、ライブラリーで映像資料の試聴をしました。昨日のラインナップは、次の通りです。@NHK-TV「BK芸能スペシャル〜幸枝若うかれ旅」、幸枝若「吉良の仁吉」「一本刀土俵入り」(曲師:小池菊江・藤信初子、ギター:安井久雄)A朝日放送TV「浪花なくても三枝と枝雀」、オペラ「池田の猪飼い」(ゲスト:岡村喬生)B読売放送TV「米朝ばなし〜7.野崎詣り」。実は、昨日のラインナップ、いずれをとっても、まともな寄席番組ではないのです。検索をしているなかで見つけたものばかり。@は、幸枝若中心にして、露の五郎、小南陵が、幸枝若ゆかりの土地をめぐるという番組の中で、本芸は幸枝若だけが放映してもらえるというもの。まず、幸枝若の大きな実家(岡山県越畑)を訪れ、そこでの本芸披露。次が、幸枝若が、長年住んだ西成の明治湯で、素人さんの浪曲を、風呂の中で披露させるというもの。第3部が、スタジオで、幸枝若が歌謡浪曲を披露するというものでした。幸枝若も、歌謡浪曲をしてたんですね。二丁三味線にギターが入り、更にオペレーターがBGMを流すというものでした。Aも、偶然見つけたもの。オペラの音楽ばかりか、演歌なども、替え歌で入れながら、話を進めていくというもの。三枝が喜六で、枝雀が六太夫という配役で、ゲストが本物のオペラ歌手岡村喬生で、猪寄せのためにセレナードを歌うという役。実際に、トスティの「セレナード」を歌ってました。「池田の猪飼い」は、喜六が六太夫さんの家に到着するところから。三枝が、入門20年目と言ってました。Bは、残り時間が30分余となったときにチョイスする番組。これで、ほぼ半分観たことになります。野崎詣りを舟に乗り行くのが、いつもの雀々と小米朝、土手を歩き、けんかを売られる役が朝丸(ざこば)でした。最後には、米朝と雀々、小米朝の3人が、慈眼寺を、野崎詣りの時期に、実際に訪れ、境内の紹介、住職のインタビューが入っていました。
 夜は、日本橋から北浜経由で天満橋に移動、「第一回ふくまる研鑽会」に行ってまいりました。桂福丸が、初めて行う自身の勉強会です。会場は、「常盤漢方薬局ビル5階」でしたが、この会場で、昨日のように満杯になったのは、自分的には知らないことです。ところが、福丸が、橘右一郎師に書いてもらったという名ビラを持ってくるのを忘れ、家まで取りに帰ったため、主役不在で、且つ開演時間を10分遅らせてスタートしました。番組は、さろめ「セールスウーマン」、福丸「天災」、福丸・長嶺かほり「実験コーナー」、(中入り)、福丸「稽古屋」というものでした。福丸は、サービス精神旺盛で、来てくれた客を楽しませようの気が詰まった会となったと言えるとともに、「稽古屋」という想定外のネタを出したこと、しかも、この難しいネタの出来が、ここまで観てきた福丸のレベルを、かなり上回っていたこと、そないなところから、次回も行ってみようだけではなく、この人の可能性の深さのようなものも看た感じがして、爽快な印象を残しました。根問ものの喜六のようなキャラではないところに可能性を看た感じがしたのです。落ち着いた感じを与える「稽古屋」のお師匠さん。所作がたくさん入った踊りの指導ぶりがいいですね。ここの部分が、他の演者さんより長め。最後は、稽古屋の中で落としました。「指南の他でございます」というものでした。女の人が入るといいのかな、そういった意味では「天災」というネタは、福丸にはなじまない感じです。声の質とか考えてみると、心学の先生と無茶もんとの差が、この人の場合、狭すぎます。それが、そんなに今後クリアされそうに思えないのです。となると、ネタの選択を考えなければなりません。アクシデントで、トップに出たさろめが、30分、もたしました。同期の噺家さんネタなど、フリーで喋らしてもいけるやんの印象です。いい一面を観た気がします。ネタも、ベストです。あやめネタを受け継げそうな予感がしてきました。ただ、もう少しのデフォルメが必要ですが。それは、これから経験を積んでいけば、程よいデフォルメが生まれていくと思います。「実験コーナー」は、福丸の一人色物+三味線の長峰かほりによる三味線の本芸というものでした。歌舞伎の「外郎売り」の口上を、たたきをしながら言うというのが、大受け。実際、猛烈なスピードでの口上は聴き応えがありました。2つ目が、テーマを掲げての一人ツイッター。長峰かほりは、「縁かいな」を、江戸版と、それを改作した中田つるじ社中による変型版。この変型版は、5代目松鶴の「船弁慶」用に作ったものとか。次が、伊勢音頭。それも2つのヴァージョンを披露してくれました。1つ目が、「七度狐」に使われる常のヴァージョン。2つ目が、「住吉踊り」用の伊勢音頭。同じ曲ですが、全く違った曲に聞こえました。




2010年 8月 24日(火)午前 8時 43分

 昨夜は、講談を聴く日。ただ、この頃、夜、お酒を呑んでも、なかなか眠たくならない。夜更かしが続いてしまっています。翌日が、勤務日でないときは、ゆっくりと眠れるのですが、勤務日のときは睡眠時間が短くなり、疲労が倍増します。夜遊びに影響が出てくるというわけです。昨夜の講談会、その影響をもろに受けてしまいました。昨夜は、ワッハの4Fであった「第383回上方講談を聞く会」があったのですが、出演者が出したネタは、真夏を意識してか、怪談が多く並んでしまいました。南青が嘆くには、こないな結果になるのなら、自分も怪談にしたのにとぼやいておりました。彼は、「蛤の吸い物」を持っていますから、それが出ていれば、正に「怪談特集」となっていたところでした。番組は、南舟「江島屋騒動」、南青「名月松阪城」、南左右衛門「応挙と幽霊の花魁」、南鱗「生首の碁盤」というものでした。このラインナップは、かなりいい番組です。黄紺的には、存在を知ってはいましたが、遭遇は初めてのネタばかりです。「江島屋」は、強欲な商人に偽物の花嫁衣装を買わされた女の怨みが江島屋を襲う物語。いつもは滑らかな南舟が、この日は途中で詰まってしまうという醜態を演じてしまいました。一度詰まると、あとが続きにくいのかと言うと、そうではなくて、エアポケット状態になるみたいで、詰まった部分が出てくると、あとが続いていくものなんですね。「松阪城」は、浪曲で聴いたことのあるネタ。意地を張り合った主君と家臣、お互いに後悔し、結局は元の鞘に収まるというもの。五月一朗で聴いたときの情感、そういったものを濃く出すには、浪曲はいい芸能なんだなと考えながら聴いておりました。このあとの二番が、疲労が出てきてところ。「応挙」は、序盤、宿屋の一室で出逢った女性をモデルに、応挙が幽霊の絵を描く、、、確かそうだったなと不安になりながら書いていますが、その辺もあやしいということは、かなりダウン度が大きかったようです。「生首」は、「鍋島の猫騒動」の序に当たる部分だということを、初めて知りました。その序盤は、「へっつい幽霊」とそっくり。碁盤を買い求めるが、必ず返品に来る。そこで、道具屋が家に置いておき確かめると、夜中になると、碁盤の上に生首が二つ並ぶという怪奇な展開。その首が、どうやら鍋島藩のごたごたと関係があるみたいです。その後、生首の由来が語られたようですが、ダウンです。ホントに、勿体ないというのが、昨夜のネタ。なんせ、待望のネタだったもので。




2010年 8月 23日(月)午前 0時 29分

 今日は、久しぶりの観能に当てた日。京都観世会館で行われた「京都観世会8月例会」に行ってまいりました。今日は、この会で、稀曲と言っていい「玉井」が出たのです。その今日の番組を記しておきますと、次のようになります。能「玉井」(シテ:井上裕久)、狂言「呼声」(シテ:茂山茂)、能「富士太鼓」(シテ:大江又三郎)、能「野守」(シテ:片山清司)。「玉井」は、海彦山彦神話の物語です。その話だと解ってないと、けったいな話です。無くした釣り針を取りに、海中まで入って行く男、それを歓待する二人の女性、竜宮に誘われ、そこで3年を過ごす、帰りしなに、海の神が無くした釣り針ばかりか、宝物と思しき珠まで与える、そないな話なもので、これは、いったいなんなのだというもの。「玉井」が終わると、帰っていく客多数。無理もありません。出ないはずです。いや、それとも稀曲だけ見に来た人たち? 天女に相当する二人の女神、狂言方は、貝の精がいろいろと登場と、登場人物多数という能は上演が敬遠され、ましてや脇能ですから、余計に敬遠されます。寓話的なお話ですから、演出の仕方でおもしろくなると思いますし、実際、梅若では、そういった試みの対象となった曲ですが、常の型は退屈なものでした。今度、いつ遭遇できるかわからない曲ですが、そういったものだったということだけは、覚えておきたいものです。「富士太鼓」は、「現之楽」という小書付き。この小書は、楽がのっけから盤渉だったはず、それを確かめねばと思うのですが、黄紺は、この曲が、あまり好きじゃないものだから、ついつい気が緩み、うとうととしてしまってました。だって、夫が、ライバルの男に殺されたのを知った妻は、殺した男を憎むのじゃなくって、そもそも太鼓の名手になったから、殺されたのは、その太鼓のせいと、太鼓を見て心乱れるという展開。これについていけないのです。「野守」は、「黒頭」の小書付き。この小書が着くと、通常は、作り物の塚は出さないはず。鬼神が姿を現す塚ですが、今日は出ました。出さないときは、幕内を塚と見なすのですが。詞章が一部省かれます。更に、常の場合には入る働という短い舞まで省かれてしまいます。この小書の嫌いなところが、ここです。後シテの鬼神が出てくると、謡が強くなり、替えの型も入っているのでしょうが、働をカットだなんて、なんてセンスが悪いのでしょう。鬼神さんの見せ場なんだから、「小書」を付けて、ショーアップじゃなくって、ショーダウンしてどうなるんだと思ってしまうのです。終わって、外に出ようとすると、スコールのような雨。KLで、随分と悩まされました。そないなことを考えていると、僅か15分で止んでくれました。




2010年 8月 21日(土)午後 11時 9分

 今日は、全く違った芝居を2本観た日です。まず、午前11時開演の「第20回上方歌舞伎会」にまいりました。年に1回の歌舞伎を観る日なのです。番組は、「寿曽我対面〜工藤館対面の場〜」、「戻駕色相肩」、「菅原伝授手習鑑〜寺子屋(寺入りより)〜」というものでした。「菅原伝授手習鑑」は、トルコに行く前に、ちょうど文楽で観たところ。二つの芸能の比較というチャンスです。やはり、人が演じると、演技が派手で濃くなりますね。見栄を切ったりする歌舞伎特有の動きで、デフォルメが激しくなるので、濃い感じがするのでしょう。だいたい文楽を基にした物語というものは、なんでもありの世界で、作者のやりたい放題という感じで、惹きまくるほどの物語。それに加えての濃い動き、分かりやすいと言えば、分かりやすいのだけれど、ちょっとどぎつくなります。「曽我物語」の方は、「忠臣蔵」の大序と同様、動きが少なく、様式美を楽しむような仕掛け。ストーリー展開の妙を楽しむというものではなく、能を観るような感覚になりました。ストーリー展開という点では、「戻駕色相肩」の二人の駕籠かきが、実は、五右衛門であり秀吉であるとする不思議さは理解に苦しむところ。文楽や歌舞伎は、どうして、このような奇想天外な設定を持ち込み、楽しむのでしょうか。そないな慣れないことからくるおかしさばかり書きましたが、まずは素直に観ること、そういったことでは、名作中の名作「寺子屋」を、歌舞伎で観れたことは大収穫でした。
 文楽劇場を出て、すぐに日本橋のおなじみのネットカフェへ。すぐにウォーキングに取りかかりたかったのですが、深夜に野暮用ができたために、この時間を利用して、HPの更新準備をしていました。結局は、深夜の野暮用は消えてしまったため、ムダな時間を使ってしまったことになりましたが。ネットカフェで、ちょうど1時間。午後4時過ぎから、1時間半をメドに、ミニウォーキングを開始。終点を、東西線の「新福島」か「海老江」と想定し歩き出しました。コースは、堺筋を長堀まで歩き、あとは、長堀通を西進。松島公園まで行き、この段階で、「新福島」が終点として適当と考え、少し松島の中を歩いてから、中之島の西端を目指し、堂島大橋を渡り、「新福島」駅へというコースを辿りました。東西線の駅を目指したのは、夜は、伊丹のAIホールであった尼崎ロマンポルノという劇団の公演「富岳三十六系」があったからです。デス電所同様、近畿大OBやOGの作った劇団です。分かりにくい芝居でした。とにかく分かりにくかった。その分かりにくさというのが、仕掛けのパーツをないまぜにし、それを適当なグリーピングをしてばらまいているなの予感がしないものだから、皆目わからない言葉、前提なのです。それは、場面展開がなく、そのわけのわからない場面が続けたという点があると思います。これは、かなり苦痛で、授業の解らない子どものように、うとうとしてしまいました。うとうとしてから見ても、解るところは解り、不明朗なところはあやしいままでしたから、うとうととしてなくても同じじゃなかったのかな。芝居のコンセプトは、様々な自分を縛り付けているものを、縛り付けられているとは気づいてない現代人を描きたかったのが一つ。次に、縛り付けられていることに、たとえ気づいたとしても、それで、一定の安住を手に入れていると、勇気とか、チャレンジとかは生まれようにも生まれない。だが、人間というものは、自由になる喜び、それは持っており、偶発的に、そういった機会を持つと、喜びを爆発させるはず。でも、その喜びは、自分から獲得するということはしない。芝居の最後では、自由を与えられた人間らが、山から海を目指し進んでいくという場面になっていました。その山というのは、題名にもなっている富士山。火山としての富士山が振動を度々起こす場面が出てきてましたが、これは、何かに縛り付けられていることに対する不快感を喚起させようとするかのような振動と思えました。舞台には、登場人物を天井から釣った鎖で繋いでいます。正に、何かに縛り付けられている姿を、視覚的に表してしまったために、設定を、展開を分かりにくいものにしたのでしょうね。背景として、富士山を描いた大きな布を吊っていました。これが、なかなかいい仕掛けになっていました。縦に並べて、布に空白を作ってあるため、照明の当て方で、山に起伏を感じさせますし、布の裏側が見えますから、そこを通すという演出にも使えます。色の塗ってない白い部分は、スクリーンにもなります。ここに、新しい富士が描れていきます。こういう着想いっぱいの装置を見ると、自分にはない才能を感じさせられ、嬉しくなっちゃいます。特におもしろかったというわけではありませんでしたが、もう少しは観続けてみたい劇団かなと思いました。




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