忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2011年 5月 15日(日)午後 11時 1分

  大阪市遊歩(88)写真集

 昨夜は、飛び飛びながら、合計すると、わりと睡眠がとれました。一つには、夜中、明け方と、目が覚めるたびに、お酒を呑むと寝ることができました。それと、やはりウォーキング効果でしょうね、間違いなく。まだまだ、ウォーキングをした日には眠れる段階だということでもあります。ところで、今日は、11時をメドにお出掛け。まず、天王寺経由で、一心寺に向かいました。ということは、「一心寺門前浪曲寄席」です。今日の番組は、次のようなものでした。春野富美代(沢村さくら)「梅川忠兵衛」、京山幸枝司(岡本貞子)「破れ太鼓」、三原佐知子(岡本貞子・鵜川せつ子)「母ちゃんしぐのはいやだ」、京山倖若(藤信初子)「幡随院長兵衛」。「梅川忠兵衛」は、封印切りから二口村へ落ちて行くまでという具合に、おいしいところを詰め込んだもの。特に、前半の封印切りに、無理があります。春野富美代は、平成15年から今回の出演まで、介護のため休養をしていたとか。初めての遭遇となりました。「破れ太鼓」は、紀州藩の物語。荒鷲組という無頼漢を倒すと、家老の娘をめとらせるということで、藩内の侍を募った中で風采の上がらない男が名乗りを上げ、実際に成し遂げる物語。三原佐知子は、今日も創作もの。今回のあとの2日は、古典ネタ。一度、三原佐知子の古典ものを聴いてみたいものです。今日のネタは、結核の父親と、その家族の物語。父親の世話に苦労する母親のことを心配する子どもが中心に展開しました。題名は、父が亡くなったとき、母親にも、そうなって欲しくないということで、子どもが発した言葉です。「幡随院長兵衛」は、長兵衛自身が、水野の屋敷を訪ねるところから。少し旗本奴との間でやり取りがあったあと、すぐに風呂場の場面へ。最後は、棺桶をかついだ男が、長兵衛の遺体を引き取りに来るところまで。典型的なクライマックスのつまみ食いでした。倖若は、シリアスものより、圧倒的にコミカルなものの方がいいなと思ってしまいました。
 浪曲が終わると、ただちに会場だった一心寺南会所前から、ウォーキングをスタートしました。一心寺をスタート地点にできるということで、今日は、平野をめざし、千日前線の一番南端辺りを最終地点にして、「講談毎日亭」のある鶴橋をめざすことにしました。そのコースは、次のようなものとなりました。一心寺南会所〜夕陽丘予備校〜大阪教育大学天王寺キャンパス〜JR「寺田町」駅〜大阪市立高松小学校〜天王寺南2交差点・大阪女子高校〜桑津3北交差点〜桑津天神社〜今川霊園〜平野白鷺公園〜平野区役所〜地下鉄「平野」駅〜光永寺〜大念仏寺〜JR「平野」駅〜両国橋〜韓国炉端「たかちゃん」〜巽神社〜地下鉄「南巽」。平野での目標地点を、平野白鷺公園を通って、平野区役所まで行ってから、北に方向転換するつもりで動いていました。環状線の内側からスタートして歩いた中では、こちら方向では、一番南まで行ったんじゃないかな。東住吉区から平野区に入った辺りで、もう終点は、「南巽」だろうということで動き、その時点で、杭全神社経由は放棄しました。大念仏寺も寄らないつもりだったのですが、前に来たときも、閉門後に到着したため、中には入れないということでしたので、今日は、入り口を少しだけ入ることにしました。実際に歩いてみて、JR「平野」駅と地下鉄「巽」駅は、わりかし近いんですね。一応読み通りだったので、無事2時間ジャストで、最終地点に到着できました。
 結局、鶴橋では、食事をしても、ゆとりがあったので、ネットカフェで、30分余りの時間調整をしていました。そして、今夜も「講談毎日亭」、今日が第5日目となりました。「岩見重太郎」が、知らない世界からのスタートで、びっくり。昨日のダウンが、思いの外長かったということでしょう。重太郎は、3人の男を探していました。父親と兄の仇をということでしょう。いきなり山賊退治から始まったので、びっくりしたのですが、どうやら3人の内の誰かがいるという情報を得たみたいです。ただ山賊の中からは成果があったわけではないのですが、そこで助けた娘を、宮津まで送って行ったところ、そこで、3人の内の1人を見かけるという展開となりました。「山城和助」ですが、藤田伝三郎がすっ飛んで来たのは、長身の外国人がやって来たというだけのこと。藤田伝三郎ネタを入れたいための、南湖風演出でした。今日は、外国人がらみの話でした。写真で見たオランダ人女性に心を奪われる和助。実際に、洋行を行い、当の女性と会い、結婚にこぎつけます。そのあとの話は、お金の話だったような、、、。ぼやーっとしてしまっています。傾いていく話に入ったように感じています。「八犬伝」は、悲しい物語となりました。信乃の許嫁が亡くなりました。育ての親に、代官との結婚を無理強いをされたため死のうとしているところを、村に滞在する元侍に助けられるのですが、その元侍こそが、信乃の刀をすり替えた男。また、信乃の許嫁に心を寄せているから話がややこしい。許嫁を連れて逃げた元侍は、逆らう女の命を取ろうとしたとき、手裏剣が飛び、その男は呆気なくなくなります。手裏剣を飛ばした男は、犬山道節でした。そのとき、その場に追いついたのは、信乃と別れて大塚に戻ろうとした犬川宗助です。二人は戦います。宗助の放った刀が道節の肩を斬ります。そのとき、道節の身体から珠が出ます。宗助の珠は、道節の刀に巻き付いています。珠が入れ替わったのです。宗助は、それに気づき、道節は気付いていません。せっかく遭遇した剣士は、結局交わることなく別れます。道節は、信乃の許嫁の異母兄だったことも、二人の出会いのところで判ります。今のところ、気付き合っているのは、信乃と宗助。その信乃は、鎌倉公方に赴き、伝来の刀を見せようとしています。そこで、信乃は、刀が入れ替わっていることに気付きます。さて、信乃の運命はというところで切られました。明日は、昼なので行けないのです。悔しいです、ホントに悔しいね。




2011年 5月 15日(日)午前 4時 13分

  大阪市遊歩(87)写真集

 昨日も、一昨日に引き続き快晴。雨の日が続いたので、とってもいとおしい感じがしますね。絶好のウォーキング日和だということで、一昨日に続いて、お遊びが済む夕方に、昨日も、2時間のウォーキングを設定しました。とりあえずは、時間の流れで振り返っておきますと、まず、昨日は、芝居を観ました。ABCホールであった「売り込み隊ビーム」の公演「俺のカー・オブ・ザ・イヤー」を観たのです。大阪芸大出身者で創られた劇団ですが、台本のおもしろさを楽しむというよりは、達者な訳者陣の演技を楽しむために行くという劇団だと思っています。わけは分からないのですが、しばらく休養に入るとか。その前の最後の公演ということで、観に行ってまいりました。朝11時開演ということでしたので、家を出掛けたのは、9時20分。珍しい開演時間でした。芝居自体は、看板の役者である山田かつろう、宮部謹次という2人を前面に出した、なかなか楽しめた芝居でした。15年ぶりに、大学時代の友人が訪ねてくるところから、事実上芝居はスタートします。いやになれなれしくする訪ねてきた男に、拒絶反応を見せはするのだが、完全には拒絶しきれないところに、何かわけありの関係だという点が見えてきます。また、訪ねてきた男が、大学生活の途中に、姿を消しているという点も気になります。その辺のわけ、また、今になって、再び訪ねてきたわけが判ってくることが、この芝居の進行と関わってきます。ただこの進行が、主として単線的に展開する芝居だということは気になります。確かに、訪ねてくる男の子どもとの関係の挿話、訪ねてこられる方の男の女性関係、街に現れている錐刺し犯罪の挿話などが用意はされているのですが、あくまでもとって付けたよくな傍線的なもの。この辺は、ちょっと淋しいですね。舞台は、軽トラックが1台置かれただけの簡素なもの。そのトラックを回転させ、また運転台に入っての芝居は、簡素なりにも、分かりやすい芝居でした。
 芝居が終わると、今度は「講談毎日亭」です。昨日は、昼間の公演だったのです。少し時間に余裕があったので、ABCホールから京阪「淀屋橋」駅まで歩き、京橋乗り換えで、鶴橋へ移動してみました。昼下がりになると、一昨日にはなかった気温の上昇がみられました。で、昨日の進行具合をメモっておきます。まず、「岩見重太郎」は、剣術指南役の地位につき、2度目の手合わせは、軍学についての講義だったのですが、重太郎の父の相手となった侍は、全く歯が立たず、指南役の地位を追われてしまいます。それを逆恨みされ、重太郎の父と兄は殺されてしまいます。重太郎は、諸国行脚の途中です。それでどうしたとかっていう話が跳んでしまってるということは、ここでダウンしたみたいです。「山城和助」は、昨日は、和助の下で修行した藤田伝三郎物語。藤田美術館の藤田です。目を患い、あんま業で生活した頃に知り合った男に、治療費をもらい、目を治したのはいいが、仕事がうまくいかずくさっているところを、かつて治療費をもらった男と再会し、一念発起、和助の下に弟子入りするというだけの話。その藤田が、和助の下に声高らかに走り込んでくるというところで話は切られましたが、それは、前日の切れ場ですから、昨日は、藤田についてのちょっとした挿話だけでした。20分程の口演、なんか、今回は南湖が短めなのが気になります。そして、お楽しみの「八犬伝」。犬塚信乃の物語の続きです。昨日は、客のメンバーがごろりと変わったため、南海さんには珍しく、かなり前日の振り返りをされました。信乃と出会った犬川宗助が、徐々に自分たちの不思議な縁に気付いていきます。その一つが、信乃が庄屋の家に移る前に見た庭の梅。それが、八房の実を成したり、その実に「仁義礼智忠信孝悌」の文字が浮かんだりします。更に、大きなこととして、大塚の村人の一人が亡くなるとき、信乃に頼み事をします。自分の息子を探してくれというのですが、その目印に珠の話が出てくるのです。こういった流れと、もう一つ大きな流れは、庄屋の悪巧みです。信乃を殺しにかかったり、刀をすり替えにかかったり、偽の刀を持たせて公方へ送り出したり、信乃の許嫁として公言していた自分の娘を代官に嫁がせようとしたりする話が進みました。信乃と公方方へ出かけた宗助が、許嫁の様子がおかしいと引き返すところで、昨日は終わりました。あと3日なのですが、とっても残念なことに、月曜日は昼の公演。さすがに仕事があるため行けません。せめて「八犬伝」だけでも聴きたいのですが、、、。しかし、「八犬伝」はおもしろい!
 「講談毎日亭」が終わると、「雀のおやど」を起点に、ウォーキング開始です。昨日は、夜の予定が入ってなかったものですから、できるだけ帰りやすいようにと、環状線の外側をあまり離れずに、京阪のどこでもいいから駅を目指そうという考えでスタートしました。そのコースは、次のようなものとなりました。雀のおやど〜インド料理店「カマナ」〜大阪市立中道小学校〜玉津橋〜大阪市立中道幼稚園〜新開橋〜大阪市立城東小学校〜新喜多橋〜城東商店街〜インド料理店「ラニ」〜大阪市立鯰江小学校〜南菫橋〜大阪信愛女学院〜古市3交差点〜新森中央公園〜西光寺〜京阪「滝井」駅〜京阪「土居」駅〜京阪「守口市」駅。あまり目立ったものがあるわけではない地域。何か歩いた目安になるものが、あまりないため、学校を目印にするしか、手はありませんでした。歩き始めには、あれほど晴れ渡っていた空に、またぞろ雲が増え出しました。




2011年 5月 14日(土)午前 4時 34分

    大阪市遊歩(86)写真集

 久し振りのいいお天気。日差しは強いのですが、先日のような暑さはないので、このくらいがいいのかな。昨日は、朝一番で歯医者。勤務日でない日の午前中や夕方早めに、歯医者の予約が取れるのはありがたい。歯医者が終わると、その足で大阪へ。午後は、繁昌亭の昼席に行くつもりだったので、南森町まで行ったのですが、少々ゆとりがあったので、おなじみのネットカフェで時間調整。昨日、繁昌亭の昼席をチョイスしたのは、繁昌亭大賞を取った文華が、それを記念して、トリを取るということで行ってみました。繁昌亭のHPを見ると、一昨日は、「立ち切れ線香」を出したということで、かなり気合いが入っている様子が伺え、楽しみにして行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。三段「松山鏡」、壱之輔「犬の目」、わかば「刻うどん」、三歩「神様のご臨終」、澤千佐子「地唄と上方唄」、松喬「道具屋」、(中入り)、勢朝「南京玉すだれ」、歌武蔵「相撲うだうだ」、恭瓶「平の陰博多版」、文華「阿弥陀池」、鶴瓶「錦木検校」。ネットカフェから繁昌亭に向かう僅かの間に、鶴瓶とすれ違いました。「あっ、鶴瓶や」「周りの人、誰も気がついてないやん」「協会の会議でもあったのかな」なんて考えながら歩いて行くと、繁昌亭の前に、大看板が出ています。「今日は、大看板で書かれるような噺家さん出なかったはず」と思いながら歩いて行くと、なんと「笑福亭鶴瓶」の大看板でした。どうやら、昨日は、上方落語協会会館建設の記者会見があったため、それに合わせた飛び入りだったようで、繁昌亭前で並んでいる人の話だと、「今日決まった」そうです。繁昌亭での突然の登場は、これで2回目かな、いやもう1回あったかな。そんなで、文華に、歌武蔵、松喬に加えて、えらい付録が付いたものです。三段は、あまり出ない「松山鏡」。ちょっときばりすぎです。地噺的に経過をレポートする風に演じる方がいいですね、このネタは。壱之輔の抑揚の少ないしゃべり方はなじめないです、どのネタを聴いても。わかばの「刻うどん」から、客席の雰囲気が変わりました。わかばの「刻うどん」は、初めての遭遇のはずですが、なんか無邪気な可笑しさがあり、わりと気に入ってしまいました。辛い出汁とべちゃべちゃのうどんであることを、何度も繰り返すくだりが、特に可笑しさを誘っていました。昨日は、鶴瓶が出るということで、全体に短め。三歩は、定番ネタですが、松喬は、完全に配慮したもの。本来のトリの文華まで配慮型。でも、今、松喬の「道具屋」なんて、こういうときにしか聴けないネタですし、文華の「阿弥陀池」も、随分と昔に聴いたままのネタです。また、文華オリジナルが傑作。「たい」を出すのに、西宮ではなく、東南アジアに連れていったり、「ぞう」を出すのに、象の習性を、やたら詳しく説明したりで、もう可笑しくって。純瓶は、博多弁落語でした。枝曾丸の和歌山弁落語のように、言葉に合ったネタを作らないとダメですね。「平の陰」は、むしろ大阪弁が、とっても似合うネタのはずです。そして、鶴瓶、聴いてみたかったネタ。情報が流れている通りで、喬太郎からもらったもの。これも、批判的な情報が流れていますが、大阪弁と東京弁のちゃんぽんになっています。特に父に疎まれた角三郎でしたっけ、この男の使う侍言葉は、東京弁です。台詞だけ聴いていると、違和感はないのですが、なんせ鶴瓶の口から出るものですから、引きぎみになってしまいます。それを置いておくと、錦木の表情、そして、それで表そうとしていた錦木の、くったくのない、非功利的な態度に、とっても好感を持ってしまいました。喬太郎の演出では、もっと、検校になれることに執着していました。鶴瓶の描く錦木は、角三郎が大名になったことを知った長屋で、1度口走るだけです。ですから、そのことを覚えているということを出せば、その台詞は充分だとの考えです。大名となった角三郎の前に出た錦木は、顔すら上げずに、息を引き取ってしまいました。コンセプトが一貫しています。それが、何よりもいいですね。
 繁昌亭の昼席が終わると、その前から、早速ウォーキングに移りました。夜は、「講談毎日亭」が待っていますので、時間的には、ちょっとタイト。コース設定に気をつけないと、遅刻をしてしまいます。狙いは、安治川トンネルを抜け、千日前線か、阪神なんば線・近鉄線の駅にたどり着きたいというものでした。すると、晩ごはんも食べることができ、遅刻もしないということです。ということで、コースは、次のようになりました。繁昌亭〜大阪弁護士会館〜鉾流橋〜中之島公会堂〜日本銀行大阪支店・京阪「大江橋」駅〜京阪「渡辺橋」駅〜京阪「中之島」駅〜上船津橋〜大野東公園〜大阪中央卸売市場〜安治川トンネル〜松島地区〜松島公園〜千代崎橋〜高台橋公園〜堀江公園〜ベトナム料理店「チャオ・ルア」〜道頓堀橋北詰交差点〜太左衛門橋〜道頓堀〜近鉄「日本橋」駅。最初は、中之島を歩くつもりではなかったのですが、昨日の気候から考えると、歩かないともったいないという気になり、変更したものでした。確かに、日差しがあっても、いい風があったため、とっても爽やかで、このコース取りで、大正解でした。一応、時間的なメドとして、繁昌亭から安治川トンネルの入口までで1時間で行けると、遅刻はないだろうとふんでいましたところ、実際は、65分を僅かに切るというものでした。終点が、「日本橋」駅なら、もう言うことなしでしょう。所要時間は、ジャスト2時間でした。
 そして、夜は、雀のおやどでの「講談毎日亭」。とにかく、ネタ的には「八犬伝」が聴きたくてうずうずです。南海さん自身じゃありませんが、黄紺も「新八犬伝」にはまった一人、あの頃のわくわく感が蘇ってきています。一応順番で、まず「岩見重太郎」。回顧物語が続いています。聴いていて、昨日書いていて思い出せなかったところが蘇ってきました。身体が弱く、父親に剣術指南をしてもらえなかった重太郎は、自分で身体を鍛える内に、箱崎宮の祭神に武芸を教えてもらっていたのでした。そうそう、箱崎宮は三韓征伐がらみの物語のあるところと考えながら聴いていたことを思い出しました。そして、身体ができてきたと看なされた重太郎は、いよいよ父親から剣術指南を受けるのですが、箱崎宮の祭神と、教えを請うたことを知られないようにとの約束を守るため、臆病な性格を装ったため、武芸を学ぶ武者修行の旅に出よとなったということです。その旅立ちが、父親との今生の別れとなるということのわけが、そのあと読まれました。藩内での剣術指南役の座を決める御前試合に召された重太郎の父親と、相手の侍との相克が描かれたのです。老齢ゆえ、力量がありながら勝ちを譲った重太郎の父に対し、相手はいかにも愚鈍な敵役。剣術の試合を、自分の力で勝ったものとしか思えない愚か者として描かれ、次いで、武術に関する学問対決へと入っていくのですが、愚鈍な相手は、学問など解るわけがないというところで、何やら卑怯な行いが見え隠れするところで切られました。「大和屋和助」は、もう豪商になていました。そのサクセスストーリーが、核心かと思っていたら、早々とそこまで行っていました。山県有朋の支援を受けていたのです。そんなで、頼りないエピソード集で、昨日は肩すかし状態。せっかく元気だったのにと、勝手な文句を口にしていました。妾とする女を受け取る話、次いで、会津に行き、勤皇方に組みし、この地で殺された弟の足取りを訪ねる話、後の藤田男爵が、大和屋で書生として働いていた話という具合です。20分ちょっとで、南湖は下りてしまいました。「八犬伝」は、八剣士登場の物語に入りました。南海さん曰く、「全員の登場物語は無理」「二人でもいい」なんてことで、昨日は、犬塚信乃。そうそう、「新八犬伝」でも、確かに犬塚信乃が主役的な扱いでしたね。信乃の両親は、ともに鎌倉公方方に組みした侍、しかも意気投合し子ども同士を結婚させる約束まで交わしていた。その子ども同士が、偶然遭遇し、その約束通り夫婦になります。そして、落ち着いた先が豊島の大塚郡。だが、なかなか子どもが生まれない。そこで、女房が願をかけていると、ある日、八房にまたがった伏姫が現れ、珠を授けるが、それを取り逃がしてしまい、そこにいた子犬を連れて帰ると懐妊、それが信乃というわけです。やがて時が経ち、父親の異母姉に疎まれた信乃の父親が、あらぬ嫌疑をかけられ自害します。そのとき、件の犬も瀕死の状態だったため、信乃が死なせてやると、体内から「孝」の文字の入った珠が出ます。一方、父親の異母姉が、信乃の監視役に送り込んだ男も、「義」の珠を持っていた。ついに、八剣士同士が出会いました。感動的な場面です。でも、ここで切られるんだな、講談は。翌日のお楽しみです。




2011年 5月 12日(木)午後 10時 59分

 今日も、雨にたたられた一日。かなりせわしない一日でもありました。外に食事に出るのにも、僅かな時間を狙いすまして出なければならない始末。でも、夜は、バッチリと「講談毎日亭」。まず、南青くんの「岩見重太郎」、人身御供の女を求めていたのは、ヒヒでした。その祟りを恐れて、弔いをするところまでいくと、南青くんは、話を一旦止め、岩見重太郎が、剣術修行に出かけた話へと、フィードバック。そのあたりから、またしても怪しくなってしまってます。「山城屋和助」の話になると、昨日の繰り返しの部分しか思い出せません。どうも、南湖のところで、どつぼにはまってしまってます。そないなことで、今日は、南海さんのところに向けて、エネルギー充填完了状態。今日は、八剣士探しに出かける大元の物語。それは、言い換えると、伏姫物語。その前に、玉梓の怨霊が生まれるわけが読まれました。これらは、すべて安房の国内部の勢力争いが絡んでいます。玉梓も、里見の殿さんに、首をはねられたわけです。伏姫の物語に外せないのが八房。八房が、伏姫を女房にするのも、里見家が、安房を統一する物語に、深くかんでいます。金丸大助が、後に出家をして、八剣士探しの旅に出るというのも、安房統一問題にかんでいます。八剣士が、伏姫の子どもという言い方がされ、また、その8人全員に、犬の文字が付いているわけは、「新八犬伝」の序で語られたため、しっかりと頭に入ってなかったところが、今日の南海さんの口演でわかりました。明日からは、八犬士探しの話に入るそうです。こちらも楽しみです。なんか、センチメンタルジャーニーをしている気分です。今日の南海さんの口演は、1時間を超えるもの。終わってみると、9時を回っていました。




2011年 5月 11日(水)午後 11時 32分

 今日も、朝から雨。ちょっと鬱陶しい過ぎます。昼休みに、食事に出るのも、面倒になります。仕事の方は、かなり詰まっていて、肩はこりこり状態です。そういったなか、今日から1週間、鶴橋の「雀のおやど」通いが始まります。「講談毎日亭」の皐月1週間が始まったのです。今回の続き読みのネタは、次の通りです。南青「岩見重太郎」、南湖「山城屋和助」、南海「八犬伝」。で、今日のお話というのは、まず「岩見重太郎」からメモっておきますと、武芸者岩見重太郎が、諸国を巡る旅をしているなかで、摂津の国岩里に立ち寄ると、若い娘を人身御供にしようとしているというので、その本体を探ろうということで、娘が置いていかれた神社に待機していると、何者かが現れたはずなのでのすが、一番いいところで、意識が遠のいてしまいました。ひょっとしたら、南青くんは、いいところで切り上げたかもしれません。「山城屋和助」は、幕末から明治にかけて生まれた豪商。今日は、幕末でのエピソード。奇兵隊のメンバーだったようで、廓で遊んでいるときに、長州が、イギリス軍に砲撃を受け、結果的に奇兵隊の行動に遅れてしまい、除隊となってしまいます。そして、旅に出たところで、誰かに会います。さあ誰でしょうというところで切るという続き読みらしい終わり方だったのですが、旅に出たあたりで、記憶が途切れています。ここでも、ふっと軽いダウンを喫しています。南海さんは、まず、曲亭馬琴について語り、そして、人形劇の「新八犬伝」の思い出を語りと、かなり「八犬伝」については、強い思い入れを感じさせられました。今日は、里見家の物語でした。足利本家と鎌倉公房との関係、公房の力を弱めるために設置された関東管領、やがて起こる鎌倉公房による反旗、そして失敗。里見家というのは、その中で、公房についた家で、落ちに落ちぶれた末に、安房の国に流れ着き、お家再興をかけていく。そないな中で、キーパーソンの一人傾城玉章が出てくるのですが、玉章の名前が出てくるまでは大丈夫だったのですが、あとはさっぱりなのです。「新八犬伝」でも、しばしば登場した玉梓の怨霊、なぜ怨霊になりさ迷うのかが判らないまま観ていた記憶も甦ってきました。それを取り返すチャンスを逸してしまったことになります。寝不足が祟っています。




2011年 5月 10日(火)午後 11時 00分

  大阪府守口市(33)〜大阪市旭区、鶴見区

 今日は、朝から雨。楽しみにしていたウォーキングに、水をさされてしまいました。出勤日ではありませんので、今日は、午前中、MOVIX京都であった、メット・ライブビューイングに行ってまいりました。今日は、上演頻度の少ないロッシーニの「オリー伯爵」でした。メトロポリタンでも、初の上演だとか。この公演ですが、いつ行っても、平日なのに、そこそこの客を集めます。実際の公演日から僅か1ヶ月ほどで、メトロポリタン歌劇場の公演が観れるのですから、ありがたいことはありがたいのですが、京都で、これだけの人が来るというのは、当初考えてもしなかったことです。で、「オリー伯爵」ですが、ロッシーニ最後の喜劇に当たるそうで、フランス語上演となりました。十字軍に出征中の男たちから残された女たちが城に籠り、貞節を守ろうとするのですが、オリー伯爵らの騎士団が、あの手この手を使い、城の中に忍び込もうとする物語です。このオペラ、3人の主役がいるのですが、これが、なかなか大変な役。高音が多く、そして、ベルカントのハイテクニックが求められるもの。だけど、今日の3人は、見事に難しさを感じさせないで演じきっていました。いわゆるズボン役が上手いと、作品は一層引き立つと言いますが、正にドンピシャ。容姿も、それに大きく貢献してました。クレジットを観ていると、主役の3人が挨拶をするときの歓声は凄まじく、スタンディング・オーベーションを受けていました。
 幸い映画館から出てくると、雨はやんでいました。そこで、ちょっと弟の家に寄ったあと、手には傘を持ったまま、ウォーキングを試みることにしました。そのコースは、次のようになりました。京阪「土居」駅〜護念寺〜両国町公園〜鶴見緑地〜地下鉄「鶴見緑地」駅〜鶴見緑地球技場〜明覚寺〜今津諸口橋〜比枝神社〜大阪市立汎愛高校〜榎本南公園〜JR「放出」駅。結局、雨が降ったり止んだり、そして、降ったり降ったりでした。最後は、雨足がしっかりしたものになってきましたので、またタイミング良く、「放出」駅に逃げやすい位置にいたこともあり、2時間にはならないのは分かっていたのですが切り上げました。このコースで、所要時間は1時間50分というところでした。先日につぎ、鶴見緑地に行ってはみたものの、やはり晴れてないと悲しいところです。幸い雨足が落ち着いていたことで助かりましたが、最後のような降りでは、危険なところです。逃げやすいところを選ばないと、こういう日はダメですね。
 ウォーキングが終わると、東西線で「大阪天満宮」駅まで移動。夜が、天満橋での落語会に行くつもりでしたので、いつもの南森町のネットカフェで、時間調整をしようということでの移動でした。そして、おじゃました落語会というのは、「第4回ふくまる研鑽会」という落語会。天満橋近くの「常盤漢方薬局ビル5階」でありました。黄紺は、巡り合わせがいいのか、4回の内3回も行くことができています。その番組は、次のようなものでした。鉄瓶・福丸「対談」、福丸「平の陰」、鉄瓶「青菜」、(中入り)、はやしや香穂「五段返し」、福丸「悋気の独楽」。この会は、落語以外を、「実験コーナー」と称しています。その中でも、長嶺香改めはやしや香穂さんの三味線のコーナーは、第1回から続くシリーズ。今日は、このコーナーだけに、「待ってました」の声がかかりました。確かに、他の会では見られないものですから、楽しみになるコーナーです。もう一つの「実験コーナー」は、ゲストとの対談ということで固まってきているようです。鉄瓶は、落語より、こういうフリートークの方がおもしろいですね。今日は、福丸の問いに対し、師匠鶴瓶ネタを、随分と披露してくれました。ところが、肝心の高座となると、マクラがマクラになってない不安定さを露呈していました。噛む上に、話のまとまりがないのです。さっきのフリートークのざっくばらんさは何だったのかと、突っ込みたくなりました。また、そうかと思うと、「青菜」が、極めて合理的に仕上がっている。自分なりにイメージを膨らませて、再構成している節が、随所に看られ、好感度は大変アップしました。不思議な噺家さんというイメージが、今日の遭遇で生まれてしまいました。当の福丸ですが、今日も、意外なネタを出してくれました。「平の陰」です。前回も、「八五郎坊主」に驚かされたことが思い出されました。ただ、「八五郎坊主」の能天気さのような売りとなるようなポイントは、今日の「平の陰」では、残念ながら看ることはできませんでした。緻密に、じっくりと演じ過ぎましたね。おそらく「平の陰」は、ネタおろしじゃないかな。もう一つの「悋気の独楽」は、以前から手掛けているネタですものね。まだ、こちらの方が、福丸カラーが生きるネタです。その中で異色のキャラがお竹。このネタに活力を与えるキャラであると同時に、福丸が、おそらく一番苦労した人物でしょう。ということで、まだまだ発展途上の福丸ですが、「八五郎坊主」の好演に接した以上は、見守り続けねばならない噺家さんだと思っています。




2011年 5月 10日(火)午前 6時 35分

 GWが終わり、仕事に復帰。前夜の帰宅が遅くなり、かなり寝不足での出勤。途中、眠くて仕事にならなかった時間帯もあったのですが、なんとか一日勤務を終え繁昌亭へ。昨夜は、「大阪市民寄席〜不可思議な力〜」と題打ったなかなか興味の引かれる会があったのです。その番組は、市楼「ちりちり」、たま「マイセルブズ」、文三「堪忍袋」、(中入り)、春蝶「こうもり」、福笑「神通力」。文三以外は新作が並ぶ番組、しかも、それぞれの新作物が興味津々のもの。「ちりちり」は久しぶりの2回目の遭遇。舞台は平安初期という設定からしておかしい。嘘発見器ものなのですが、この時代設定がいいですね。紀貫之を思わせる人物が出てきたりして、そっと時代背景にそれらしさを入れているのもいい。市楼は、こないでの「ドリームジャンボ」で、このネタを出せばファイナルに残れたかもという最高の出来。たまの「マイセルブズ」も久しぶり。6年前の作品だそうで、最近はお蔵入り傾向だったもの。20歳の僕のところに、10歳ごとの僕が現れ、一人の男の人生を振り返るというもの。はちゃめちゃものに仕上げていますが、シリアスもの、人情噺風ものとか、ヴァージョン変更もできそうなネタです。「たまの後はやりにくい」とぼやきながら文三の登場。でも、この人、顎の外れた話で、きっちり自分のペースに持っていくのですから、すごいわぁ。文三は、トーンが上がりすぎてきてしまっています。たまの悪声も聴きにくいときがありますが、文三のハイトーンも、かなりしんどくなってきています。特に「堪忍袋」のように、夫婦喧嘩で興奮状態を表現しようとすると、その傾向大です。でも、上手い。上手いと思うからこそ、きっちりと聴き取りたいのです。この前半が最高。客席の昂揚感はすごいものがありました。ちょうどいい間で中入りです。春蝶のペースは、ここまでの3人と異なるからです。ところが、春蝶、うまい具合にマイペースに持ち込みネタに入ったのですが、なんかネタを進めるのに困ってるぞと思った瞬間、「もういっぺんやり直していいですか」と言って引っ込んじゃた。お囃子は、春蝶の出囃子を鳴らしているのですが、なかなか出てこない。と突如、福笑の出囃子に変わる、どよめきが、客席に走りました。確かに出てきたのは福笑。どうやら、口演中に貧血気味になったみたいです。それで、ボヤーッとしてしまい前へ進めなかったみたいです。「真っ青な状態でした」とは、福笑の弁。そして、福笑の「神通力」、初物です。福笑の新作で、時々乗れない物に当たることがありますが、「神通力」はそれ。湿った駄洒落に終始してしまってます。最後は、福笑版蜘蛛の糸です。でも、この会はグレードが高かった。大阪市民だと500円キャッシュバックだそうで、そないなこともあり入りはかなりのもの。贅沢すぎる会でした。

【以下は、5月3日(火)の記録です。韓国出発前夜、息子のところで前泊しましたので、ここでアップです】    大阪市遊歩(85)写真集

 昨日は、GWの谷間の出勤日。夜は、歯医者の日で、夜遊びはお休み。今日は、朝から韓国旅行の準備。朝の思い切り早い飛行機のため、夜は、息子のところに泊まるため、1泊分多い荷物。そして、12時をメドに、お出かけ。息子のところへ行く前に、落語会に行き、次いでウォーキングをすると、ちょうど息子と約束した時間になる寸法でした。従って、旅行の荷物は、JR「京橋」駅のコインロッカーに預けてのお遊びとなりました。で、先ずは落語会ですが、それは「動楽亭寄席5月席」です。5月は行けないものと諦めていたのですが、今日、行く手があったのです。番組は、次のようなものでした。鞠輔「子ほめ」、小鯛「癪の合薬」、まん我「近日息子」、雀松「般若寺の陰謀」、よね吉「稽古屋」、(中入り)、あさ吉「あくびの稽古」、団朝「座長の涙」。鞠輔は、他の落語会に顔を出しにきていたところを見たことはあったのですが、実際の落語を聴くのは初めて。師匠の米輔に、語り口や仕草が似ているのには、びっくりです。小鯛は、「癪の合薬」なんて、上方では、演じ手の少ない噺をするのですね。染弥の演じる「癪薬」に比べると、かなりの短縮形でした。まん我の「近日息子」も、初遭遇。「てんぶら食べたい」の男への突っ込み、まん我のテンションで大丈夫かと案じていたところ、さすがに巧者です。うまい具合の力配分で、爆笑を誘っていました。雀松は、このあと出てくるよね吉がやりにくうだろうなと思わせられるほどの最高級の出来栄え。よね吉の「稽古屋」は、聴いてみたかった代物。ですが、よね吉の最高レベルの口演を知る者からすると、テンションが高いところ一定というのは、聴いていて引いてしまいます。マクラからして、その状態では、聴いているのがしんどいですね。あさ吉は、稽古ものでかぶるにも拘わらず、ネタを選んでしまいました。マクラも似たようなもの。これはダメやろうと思うのですが、マクラは、あさ吉の方が受けていました。トリの団朝は、西成ネタ、ざこばネタを、たっぷりとふってから、ネタに入りました。西成には、大衆演劇が多いということで、このネタです。納得のネタなのですが、初めての遭遇になります。団朝のキャラに会ったネタでした。考えてみれば、「座長の涙」にせよ、「般若寺」にせよ、伴に小佐田作品。今更ながら、すごい功績です。
 落語会が終わった動楽亭前からウォーキングに移りました。ジャスト2時間のウォーキングを目指しての出発です。そのコースは次のようなものでした。動楽亭〜天王寺動物園〜JR「天王寺」駅〜大阪鉄道病院〜阿倍野区役所〜JR「美章園」駅〜桑津2交差点〜林寺2交差点〜生野本通中央商店街〜大阪市立生野工業高校〜大阪市立生野中学校〜「かんじょう078」橋梁〜大道3交差点〜久保神社〜大阪けいさつ病院〜石ヶ辻公園〜明星高校〜寺山公園〜難波宮跡〜地下鉄「谷町4丁目」駅。息子との待ち合わせ時間を考え、大阪市内中心部へとシフトするコースです。「谷町4丁目」が、急遽決まった待ち合わせ場所。このあと近くの呑み屋さんで、晩ご飯がてら息子と呑んだのでした。




2011年 5月 2日(月)午前 0時 43分

4月28日(木)

 今日の木曜日は勤務日なのですが、うまい具合に、明けることができました。おかげで、今年になって3回目の東京行きと決まりました。10時前に、東京に到着。神田の古本街をのぞきながら、中古のDVDの買い漁りに走り、思いもしなかった作品が出回っており、早々に大量購入。東京は、オペラのDVD収集には、やっぱりすごいものがあります。初日から、これだけ買ってしまうと、かばんがパンクしてしまいそうです。目移りして仕方ないのを振り切って、歩いて上野広小路に移動。この辺の距離感覚を身に付けてしまったため、歩いての移動が増えています。今日の午後は、上野広小路亭での講談協会の公演がありました。これは、毎月定期的に開かれている会なのですが、今日のは、特別な意味合いが。神田織音の真打ち昇進披露が行われていたのでした。講談会での口上というのは、初めての体験。会場も、そうだからでしょうね、大入り満員でした。番組は、次のようなものとなりました。梅湯「三方原軍記」、一邑「鼓ヶ滝」、琴星「猿飛佐助」、貞花「男の花道、名医と名優」、貞水「赤穂義士銘々伝〜倉橋伝助〜」、(中入り)、織音・貞水・貞花・香織「真打ち昇進披露口上」、香織「お歌合わせ」、織音「桂小五郎と幾松」。「三方原軍記」は、前講。前に聴いたと同様、台本を置いての口演でした。一邑が、なかなかいいですね。言葉がハキハキしているので、とっても聴き易いのです。「鼓ヶ滝」は、落語でもおなじみになってきています。琴星、貞花、貞水の3人の聴いておかねばならないところで、それぞれ半分以上ダウンという悲しい結末に。口上は、落語会と、同様の進行。貞花が、司会役を務めました。織音は、女性の講釈師さんが育てた初の真打ちだそうです。貴重な披露興行に立ち会えたものです。香織は、弟子の紹介をしたあとで、「師匠山陽から教わった短いネタをやります」と言って、ネタに入りました。そして、トリの織音、桂小五郎のロマンスがテーマでした。女性講釈師さんらしい凜とした語り口調に加えて、女性を表す場面がいいのですが、一方で、東京の人が話す京ことばに抵抗を感じ続けました。結果的に、こういったものじゃないネタを聴いてみたいというのが、聴き終わったところでの感想です。
 上野広小路亭を出て、夜の部までは、中途半端な時間が空いてしまいました。上野鈴本に行くつもりをしていたので、他のところに行くほど、時間的にゆとりがあるわけではないということで、ミニウォーキングをすることにしました。狙いは、上野広小路から本郷までの距離感覚を知ることでした。かつて東京に住みながら、この辺りの感覚のない黄紺でありながら、漱石の小説に出てくる、本郷と上野との距離感覚が、気になっていたのです。頃合いの時間に、鈴本に入りました。普通の夜席です。番組は、次のようなものでした。辰じん「手紙無筆」、遊一「真田小僧」、鏡味仙三郎社中「太神楽曲芸」、三之助「浮世床」、燕路「粗忽の釘」、ぺぺ桜井「ギター漫談」、さん喬「転宅」、扇辰「千早ふる」、(中入り)、遊平・かおり「漫才」、歌武蔵「ぼやき酒場」、ダーク広和「マジック」、扇好「ねずみ穴」。なかなかオーソドックスな古典の名作が並びました。「真田山」は、毎回寄席に行くと聴いているような感じです。さん喬の「転宅」は初遭遇。この位置だと、こういったネタを出すのですね。今回は、さん喬を聴けるのは、ここだけでした。でも、満足の一品です。扇辰が中トリだということで、もう少しヘビーなネタを期待していたのですが、ちょっと落胆気味だったのですが、そこはそれ業師の扇辰のことですから、緩急自在、充分に楽しませてもらいました。歌武蔵は、なんと三枝作品。武骨な表現力ですが、何かにつけて大きなところが、おもしろい仕上がり具合。トリの扇好は、驚きのネタ選び。3月の鈴本では、さん喬が「柳田格之進」でしたから、やはり夜席のトリは、大きなネタを出してくれます。肝心の扇好ですが、ちょっと勢いで喋り過ぎっていうところ。もう少し緩急をつけ。間の取り方に工夫が欲しいなというところでした。それにつけても、「ねずみ穴」が聴けるなんて、望外の幸せです。

4月29日(金)

 東京にいるときの平日は、街中ウォーキングをしたり、博物館・美術館めぐりをするチャンスです。いろいろと準備をしてきた中で、一番行ってみたいのだが、猛烈な混み具合が予想されてたため躊躇していたところに行ってまいりました。時間がたっぷりとあったということが、決定した最大の要因です。国立西洋美術館で、「レンブラント展」が開かれていたのです。ところが、予想外だったのは、祝日の朝というのに、わりかしスムーズに回ることができました。入場者の年令を見て判りました。年寄りが少なく、若年層が多い、ということは、時間のある年寄りは、こういった日は避け、平日狙いだということだと看ました。展示内容は、版画が中心。となると、作品が小さい。ですから、見て回るのに大変なはずなのですが、それが苦にならない程度の入場者だったのです。版画ですから、原画、原版、複数の刷り上がった作品、それをいじった改変作品と、様々な展示に出会うことができました。主として、アムステルダムの「レンブラント・ハイス」からの出品でした。出ようとすると、常設展の一角に、「レンブラント以前の風景画」の展示があると出ているではありませんか。17世紀オランダの風景画の好きな黄紺はそそられてしまい、常設展に向かうと、その企画展だけではなく、当美術館の収蔵品の素晴らしさに、ビックリ。モネの作品など、一つの展示室を、一人締めできるほど持っています。マネ、ゴッホ、ゴーギャン、ルノワール、セザンヌ、コロー、ピカソ、ミロに加えて、自分的に嬉しかったのは、風景画の大家ロイスダール、それと似た時期に活躍のヤン・ステーンなんてのに出会えました。とっても優れものの常設展です。美術館の外に出たのは、たっぷりと楽しんだおかげで、12時をだいぶ回ってはいましたが、すぐに昼の部へ向かうには、まだ時間があるということで、ウォーキングがてら、根津方向に向かいました。谷中ウォーキングでもあります。ただ昼の部のことを考えて、山手線に戻らねばなりません。時計をにらみながら歩いていて、大名時計博物館というのがあることが判り、そこに寄ってから、JR「鶯谷」駅に向かうことになりました。大名時計博物館は、可愛い博物館です。一つ大切なことが判りました。機械時計だろうから、定時法の時計だろうと思っていたら、そうじゃないことが判りました。時計の重りや表示板の工夫で、不定時法に対応していたとか。ヨーロッパでは、機械時計の出現は、定時法での時計の必要性から生まれたものですが、日本は、明治になってから、法律施行で定時法が入ったようで、それまでは、そうじゃなかったということです。これは、おもしろい発見でした。
 「鶯谷」駅から「信濃町」駅へ、JR線を使って移動。目的地は、「信濃町」駅から、歩いて10分ほどのところにある四谷須賀神社。こちらの立派な社務所で、「鯉のゆくえ〜神田阿久鯉の太閤記を聴く会 その3〜」があったのです。東京では、こういった地域寄席タイプの会に行くのは、初めてとなります。中入りを入れて、計1時間半の会となり、東京でも、このように頑張ってる講釈師さんに出会えるだけで、嬉しいものです。阿久鯉は、女流の講釈師さん。この人のいいのは、太めの声に安定感抜群の語り口。東京の講釈師さんにも、結構出会いましたが、その中で、特に印象に残っている一人です。また、この会は、「太閤記」を時系列順に読んでいるようです。全部で、38話になると言ってました。今日は、「佐屋川の合戦」を40分以上かけて読み、後半では、軽く「岩倉山の合戦」に触れたあと、「三日普請」を読みました。いずれも、清洲時代の信長に仕える藤吉郎の活躍を描いた読み物で、「佐屋川の合戦」は、藤吉郎の出世を良しとしない他の武将に率いられた軍団が、やる気のないところを見せたのを立て直していくような話。ようなというのは、その辺りで、今日も、ダウンを喫してしまいました。後半は大丈夫。どうも、美術館めぐりに、ミニウォーキングで疲労がたまったみたいです。「三日普請」は、今川方に通じている信長の普請奉行が、壊れた城壁を、なかなか修復しないのを、藤吉郎が、3日で修復するという、わりかし有名なところです。ダウンしてしまったパートも、以前聴いた話だとは思うのですが、思い出せないでいます。
 講談会が終わったのが、4時20分、中入りが入った分、終演が遅くなり、新宿で寄りたいところがあったのですが、今日はパスをして、JRで吉祥寺に直行。吉祥寺では、お買い物です。最近、お手頃値段で売られているオペラのDVDを、頑張って買い漁っていますが、東京へ来る目的の一つが、この買い出しなのです。昨日いきなり、お茶の水駅前と神保町で、大量に買ってしまい、かなりかばんがパンク気味。吉祥寺でも2枚買ってしまいました。だって、サンサーンスやトマの珍しいものがゲットできたのですから。そして、井の頭線で「下北沢」に移動。夜の部は芝居です。久しぶりに下北沢に行きました。この間、東京でも芝居を観てましたが、下北沢には行ってなかったのです。今回は、「駅前劇場」で「とくお組」という劇団の「雲をつかむような冒険」という芝居を観ました。「とくお組」という劇団は、慶應の演劇部出身者で作られた劇団のようで、黄紺の劇団探しの網に引っ掛かっていたのが、今回、タイミング良く公演を行っていたというわけです。10日前に、東京行きを決め、この公演だけ、前売り券を買っておきました。ある意味では、その時期で、まだ買えたということで、嬉しくもあり寂しくもありというところです。大変珍しいことですが、男だけの劇団でした。芝居は、ファンタジー系と言えばいいでしょうか、敢えて分類すれば、そのように言うしか仕方ありません。でも、正直言って、大の大人の男がする芝居ではありません。海賊にあらず、空賊たちの飛行機の中での出来事が、芝居の中味です。登場人物に、いろいろなキャラ分担をしなければならないことからくることなのですが、急に切れる男の物言いなんて、客席から失笑が漏れるほど、大人の芝居ではありません。終わってみて、リーダー役の男は、どれだけリーダーシップを発揮したのだろうかと思うと、何もないのですね。上から目線のパイロットが、途中で、麻酔銃で眠らされてしまうと、仲間の一人が、替わりに操縦をすることになります。じゃ、それまで、操縦は任されているというところからくる上から目線っていうのは、なんだったのでしょうと、突っ込みたくなりました。筋立ては、一人の男が、その飛行機に助けを求めてきたところから動き出しますが、結局その男とのやりとり、その男も空賊だったということでのやりとり、それと、乗っている飛行機が安物だということで、物語が作られますが、話は小さ過ぎるのです。なんてことで、不満たらたら。ま、黄紺の劇団探しリストからは、削除でしょうね。

4月30日(土)

 東京に来て3日目の朝、今日も、朝はゆとりがあるので、ウォーキングがてら懐かしい場所を歩いてみました。泊まっているところから近いということで、まず自由が丘、その流れで奥沢へ。奥沢は、かつて東京に住んでいた頃、最初に住もうとしたところ。縁がなく洗足になったのですが、そういった薄くはあっても縁があるところということで、自由が丘から歩いてみました。その次には、これも懐かしいところの武蔵小山と続け、新宿で買い物をして、狛江に向かいました。武蔵小山も大岡山も、東急の目黒駅自体も地下に入っちゃいました。そんなですから、昔の面影なんてのは、簡単に見つかるものではありませんね。
 狛江なんてところに向かったのは、神田愛山師のお宅に伺ったのです。以前から、自宅で、「六畳庵」と称して、講談会を開いておられることを知っていましたので、今回、東京に行くことが決まった段階で、師のブログを見ると、ドンピシャで、開催の告知が出ておりました。そこで、愛山師のご自宅に電話を入れ、オファーを出したところ、一人では、お互いにやりにくいということで、断られかけたのですが、京都から行くと伝わりますと、愛山師自身で、二人目の客を見つけていただき(最終的に客は3人+露地野ぽん子さん)、今回実現する運びとなりました。地図を送っていただいたり、道が分かりにくいかもと、狛江駅まで向かえの方を手配していただいたりと、贅沢な講談席を経験することができました。ネタは2つ、「大久保彦左衛門〜将棋のご意見〜」と「脳内依存症」でした。「将棋のご意見」は、将棋三昧の家光に、ほどほどということを、三方原の戦いを引き合いに出し、彦左衛門がお説教する物語。途中、修羅場読みが入りますが、短いネタでした。それが終わると、地震の話へ。大阪での会と同じく、近況報告かと思っていたら、それが、一つの新作ものになっていました。自宅講談会以外でもかけたと言われていました。栃木県の佐野市で被災された体験談です。会が終わると、釈台をテーブルに変えて、雑談会へ。約1時間ほどしてお開きになりました。
 狛江から新宿経由で、池袋に移動。夜は、池袋演芸場での「歌武蔵・扇好二人会」に行きました。落語会で、もう一つ気になる会があったのですが、狛江からの移動ということもあり、池袋での会をチョイスです。番組は、次のようなものでした。いっぽん「道灌」、歌武蔵「長短」、扇好「百川」、(中入り)、扇好「看板のピン」、歌武蔵「柳田格之進」。扇好と歌武蔵ともに、一昨日の鈴本で出番があり、特に扇好はトリだったので、「ねずみ穴」なんてのだけは避けたかったのですが、そんなことは、心配無用でした。やはり東京の噺家さんは、ネタが豊富です。大きなネタを、たくさん持っているので、いろいろとかけてみたいのでしょうね。とにかく中入り前の二つの出来が最高水準のもの。歌武蔵は、言葉のテンポを、ほぼ落とさずに、このネタを演じきりました。気の短い方の男の台詞や間、仕草と顔の表情で、気の長い方の男を表したのです。これは、すごい発想だし、また、その意図通りの高座を見せる力量は、すごいことです。「百川」は、市馬で聴いたときには、おもしろいと思えなかったネタですが、今日は違いました。なまった言葉の聞き違い二題というネタなのですが、描かれる人物が、ネタの流れにはまっていると、傑作な噺に仕上がります。訛りのある男が、下目遣いに弱く、でも愛想笑いを浮かべながら話すのが、今日の好演の心臓部。これと対になるお兄さんが、ですから、そんなに肩肘張らなくても、充分に様になっていきますから、おかしみが増していきました。後半の「看板のピン」は、長講の露払い役。さらりと演じて、「深川」を踊っておりました。まさかの「柳田格之進」は、仁福状態が気になり、落ち着かないまま。「アー」「ウー」が、台詞と台詞の間に入りすぎます。これは聴きずらい。特に、こういった人情噺では、決定的に足を引っ張ります。演出的には、序盤で、柳田と源兵衛との関係性が、しっかりと描かれなかったのが気になりました。ここを、きっちりと描いておかないと、番頭の暴走を叱ったり、また最後に、番頭をかばいにいったりするところに対する共感が減ってしまいます。向き不向きの問題なのでしょうね。歌武蔵は、人情噺ではなく、滑稽噺に真価が出てくる噺家さんです。
 「柳田格之進」が35分で終わっため、本屋で、ちょっと時間潰しをしてから、新宿末廣亭へ。定席2つの掛け持ちです。これができるかもの気持ちもあり、池袋演芸場の夜席を選んだというところもあります。毎週土曜日の午後9時半から、新宿末廣亭では、「深夜寄席」が開かれているのです。今日の出番に当たっている噺家さんは、半年ほど前に来た「深夜寄席」と、2人が同じ。そういった組み合わせのサイクルで、黄紺は来ているということみたいです。で、番組は、次のようになりました。玉々丈「権助魚」、三木男「天狗裁き」、鬼〆「道具屋」、金兵衛「宿屋の富」。玉々丈は、青白い雰囲気を持ちながら、ネタに入ると、なかなか巧者で勢いがあります。「権助魚」は、上方の「禍は下」に相当する噺です。三木男は、大進歩です。半年前には、頼りない喋りっぷりで、3代目の不幸を見た感じがしたのですが、とんでもありません。えらい進歩です。変化をつけないともたないネタを演じ分けていました。楽しみな噺家の仲間入りです。鬼〆は、前回、「鈴ふり」という艶笑噺を出し、客の一人から叱責を受けたことが思っい出されます。でも、そないなことは、気にもしないキャラのようで、マクラでは、不思議な自虐的なマクラをふっていました。そないな噺家さんですから、与太郎ものはアブナクて。そう、東京の「道具屋」は、与太郎ものなのです。与太郎ものを、うまくやられればやられるほど、引いていくところも出てきます。鬼〆が「道具屋」をチョイスしたのは、「宿屋の富」が出ることがわかっていたからでしょうか。あとから、考えてみると、落語会らしいネタ構成。「宿屋の富」は、上方の「高津の富」。構成は同じです。ただ、空っけつのおやっさんのつく嘘が、微妙に違います。上方ネタの方が、長閑な感じがします。金兵衛は、ちょっとテンションが高いままの口演で、あまり追いかけたいという気の起こらない噺家さんです。以前、繁昌亭で聴いたときは、そないな印象は持たなかったのですが。終演は、ジャスト11時。土曜夜の新宿は、さすがに人出は、なかなかのものがありますね。

5月1日(日)

 東京ミニ旅行最終日の朝です。それが、月替わりになるというのがミソで、午後には、浪曲の木馬亭の公演に行くことができます。そして、今日は日曜日ということで、鈴本の朝席にも行くこともできるのです。今日の朝席は、通常の朝席ではなく、震災復興のチャリティ公演として行われました。時間前には、鈴本の前では、多くの関係者が呼び込みをしていましたが、普段の朝席の休止だけが伝わっていたのでしょうか、入りは、普段の朝席に比べて少なめでした。で、その番組は、次のようになりました。たい平「七段目」、文生「うわごと」、ぺー「ギター漫談」、馬風「うだうだ」。まともな落語は、トップのたい平だけ。しかも、「七段目」は、大阪の独演会で聴いたネタというアンラッキーさ。でも、たい平の「七段目」は、格段の進化を遂げていました。冒頭の、若旦那が、家に戻ってくるところで、派出所の警官と、芝居のやりとりをするなんてのは、なかったような記憶があります。替わりに、二階に上がってからの芝居が減ったような感じでした。この日一番の聴きものでした。あとは、ぺーを観たいわけではないのですが、遭遇機会の少なくなっている芸人さんなので、ま、良かったかなというところで、あとの二人は、マクラ集というか、漫談でした。
 鈴本を出て、地下鉄で田原町に移動。今回の最後は、浅草木馬亭の浪曲席です。月の上旬にしか公演がないので、今回では、今日がワンチャンスなのです。番組は、次のようなものでした。神田あっぷる「地の果ての花嫁」、浪花亭友歌(伊丹明)「太閤記〜藤吉郎の初陣〜」、富士琴美(伊丹秀敏)「安兵衛の婿入り」、玉川こう福(沢村豊子)「袖ヶ浦恋唄」、港家小柳(伊丹明)「命の振り袖」、(中入り)、国本武春(沢村豊子)「佐倉惣五郎、甚平衛の渡し場」、東家浦太郎(伊丹秀敏)「王将一代」。「地の果ての花嫁」は、王昭君の物語。講談で、中国ものっていうのは、珍しいんじゃないかな。「太閤記」は、元服から初陣での功績だったのですが、途中でダウン気味で、展開がよく思い出せません。浪花亭友歌は、若手の女流ですが、気張らないで、軽くきれいで、大きな声が出ます。楽しみな人を発見です。「安兵衛の婿入り」は、堀部の妻と娘が、安兵衛の長屋を尋ねてくるところから始めりました。中山の家を復興したい安兵衛は離婚されるように振る舞うのですが、最後には、弥兵衛の心意気に打たれ、心からの堀部になるまででした。「袖ヶ浦恋唄」は、千葉県の袖ヶ浦地方の民謡をヒントにしての創作物です。津田城主の娘が、小田原の北条に攻められ、袖ヶ浦に落ちて来たのを、土地の百姓が助ける話でした。「命の振り袖」は、塩原多助ものです。継母に毒を漏られ、絶望の淵に投げ込まれた多助が救われ、実の親を探すところまでのはず。はずというのは、ここでも、意識が遠のいた時間があったみたいです。国本武春は、やはり病気だったようです。相次ぐキャンセルが発生していましたので、その可能性を案じていたところ、ドンピシャでした。木馬亭の定席には、今日が復帰戦だったようで、大変な歓迎を受けていました。これで、今日の大入りのわけが、GWだけではなかったことが判りました。佐倉惣五郎ものは、行く末がわかっているだけに、聴くのがつらい話です。将軍への直訴を決意した惣五郎が、あとのことを考え、離縁状を届けにきて、渡し場で止められてしまうのですが、意を決した渡し守の源兵衛が、ご法度の時間外運航をして、惣五郎に、家族との最後の別れをさせてやるところでした。国本武春は、久しぶりだったのでしょうか、声の調子は、本調子とは言いがたいものがありましたが、回復をしたとのことですから、次回を楽しみにしておきましょう。東家浦太郎は、有名な坂田三吉物語。同じような話の繰り返しで、そんなにおもしろいネタとは思えませんでした。浦太郎は、終演後、歌を披露するのが恒例になっているのですが、今日は、CDを忘れたとかで、節の物まねを披露してくれました。今日、木馬亭で、驚いたことがありました。アマチュア講談家の海州氏とばったり会ったのです。氏も、大阪から来られていたわけで、伺ってみると、東京のアマチュアの会に出演するために上京されていたそうです。会った途端、海州氏は、昨日、黄紺が、愛山師宅に行ったことを知っておられました。伺ってみると、愛山師からメールが入ったようで、結局、狭い世界の中で動いていることが、よーく解った次第です。
 海州氏に一緒に帰らないかとお誘いを受けたのですが、銀座に気になるお店があるので辞退して、黄紺は、銀座に直行。でも、3月に見たときと同じ状態。閉鎖だったら、ショックなのですが、変化がないのでは、判断しようがありません。最後には、このお店に寄って食事をしてから、東京を離れると決めていたのができなくなっているのです。




2011年 4月 28日(木)午前 5時 3分

 GWの谷間に、一日だけ出勤しますが、それ以外は、5月8日まで、ずっとお休みという、正にゴールデンな日々が、今日から始まります。ですから、昨日は、もう朝からウキウキ。そして、定時になると、手を着けていた仕事を、そのままにして、いそいそと出てまいりました。今夜は、繁昌亭です。「繁昌亭まるまる出丸の会!」がありました。普段は、東梅田教会で、毎月開かれている人気の会のスペシャル版です。その番組は、次のようなものでした。鯛蔵「強情灸」、寒空はだか「漫談」、出丸「狸の化け寺」、三喬「鹿政談」、(中入り)、出丸「立ち切り線香」。寒空はだかは、飛び込み的出演。この1週間、繁昌亭の昼席に出演しているということで、出丸が出演依頼をしたようです。黄紺は、寒空はだかを観るためにだけ、昼席に行くことを真剣に考えていたのですが、スケジュール的に諦めることになっただけに、とってもラッキーな遭遇でした。鯛蔵は、もうお得意になってしまっているネタで、贅沢な前座。「狸の化け寺」は久しぶりの遭遇、出丸の口演では、更に久しぶりとなりました。親方が、いちいち吐くだじゃれって、前から言ってましたっけ? 三喬の「鹿政談」 は、初遭遇でしたので、楽しみにしていたのですが、ネタに入ったあたりで、昨日唯一のダウン。マクラで、三喬テイスト全開でしたので、そそられていたのに、この始末です。お目当て「立ち切り」は、出丸らしい噛みそうで噛まない、噛むとは言えないのですが、なんとなく口に言葉が溜まる感じが続きました。そういった物言いに、耳が慣れてきているところで、若旦那が喜ノ荘に入ってからの物言いが飛び込んできました。気が乗るというのは、こないな口演で言うのだという見本のようないい雰囲気。それに、残念ながら水を差したのは三味線方。地唄の「雪」が寂しすぎました。終演後は、抽選会。なんか、あたらなくって良かったというのが正直な感想。
 あと少しで、東京に向かいます。いつものように、演芸と芝居の追っかけです。目玉は、神田愛山師の自宅講談会にオファーを出したら、愛山師が実現に尽力してくださいました。6帖間での講談会です。狛江のお宅まで寄せていただくことになっています。




2011年 4月 26日(火)午後 11時 48分

  大阪府守口市(32)〜大阪市鶴見区〜東大阪市(20)

 昨日は、歯医者への通院もあり、家に直行。またまた、十分すぎる睡眠をとることができ、大満足。そして、今日、ちょっとウォーキングを再開してようかなと思い立ちました。先週の金曜日と土曜日に、2時間近くのウォーキングをしたあと、ゆったりと休息をとれたからでしょうか、股関節に異常が発生しなかったものですから、今日は勤務日ではないのを利用して、ウォーキングを再開することにしてみました。その第一番目のコースには、やはり鶴見緑地を通過するコースを選んでみました。半年ぶりくらいになります。そのコースは、次のようなものとなりました。京阪「守口市」駅〜光明寺〜大枝公園〜南寺方東通3交差点〜西三荘ゆとり道〜鶴見緑地〜迎賓館前交差点〜宗圓寺〜葭田橋〜安田公園〜安田2交差点〜安田東交差点〜鴻池水みらいセンター〜寺島ポンプ場前西交差点〜三嶋橋〜ポッポ保育園〜大阪機械卸業団地〜地下鉄「長田」駅。ようやく4月後半の気温を取り戻した中でのウォーキングは、なかなか壮快な反面、昨日までの記憶で、薄着で出掛けたにも拘わらず、この気温に対しては厚着だったようで、ちょっとへばりました。しかし、そういった疲労感がないと、身体に負荷をかけて鍛えるということはできないということなのでしょう。鶴見緑地は、春の訪れが遅かったためでしょうか、それとも、GWを控えているからでしょうか、春の花の植え付け作業が、各所で行われていました。GW中には行くことはできないと思いますので、また、旅行から帰ってきたら、行ってみることにしましょう。安田の交差点までは、順調に進んでいたのですが、最後にきて、完全に道に迷ってしまいました。阪神高速と近畿自動車道が交差するところで、歩道が消えてしまったり、地下鉄「長田」駅と、二つの高速道路との位置関係が分からなくなってしまい、誤った方向に、わりかし歩き出してから、誤りに気づいたのが、最大の原因なのですが、最後の最後で、そないなことになってしまったため、大幅に時間超過をしてしまいました。所要時間は、2時21分ということで、ウォーキング再開初日としては、無謀と思える時間となってしまいました。
 長田から日本橋へ移動し、いつものネットカフェで時間調整。2時間近くの時間調整をしてから、今夜も歩いて、動楽亭へ移動。今夜の動楽亭は、「get's待っツ動楽亭」がありました。実は、この会に行くのは初めて。今日も、本来なら行ってないところ。南海さんの会が、今日だったことを、すっかり失念していて、この会を予約してしまったため、結果的に、初めておじゃまをすることになりました。この会は、今日の出演者5人、毎月、月末あたりで行われているものです。今日で、客の入りが、約40人。この数字で大きいそうですから、吉弥の落語を聴きたい人には、お薦めとなります。出番は、どのように決めているのかわかりませんが、かなりフレキシブル。キャリアの長い缸雀がトリで、同じく長い吉弥がトップですから、わかりませんね。その番組は、次のようになりました。吉弥「おごろもち盗人」、ひろば「首提灯」、吉の丞「遊山船」、出演者全員「トーク」(中入り)、佐ん吉「道具屋」、缸雀「宗徳院」。吉弥も「おごろもち盗人」をするんですね、知りませんでした。ひろばは、「首提灯」をやりだしているとの情報は握ってはいたのですが、初遭遇。ざこば一門が得意としているネタですが、ひろばは、思っていた以上の出来栄え。酔い方なんかに雰囲気が出てきたなと思うのと、かなり意識して、間に変化を持たせようとしているのがわかったからです。でも、上燗屋の部分の街の暗さや、そこに、ぼやーと灯りを灯している道具屋、そういった街の空気、雰囲気というものや、後半の空気が変わるところという、このネタにとっては、上物になるかどうかという目印のところあたりは、これから、年数を重ねていくなかで築かれていくことでしょう。吉の丞は、声を飛ばさないのと思うほどの大声量。台詞が、若干飛んだのが気になりました。こちらの方は、3度目くらいの遭遇となりました。佐ん吉の「道具屋」に再会できました。待望の遭遇です。お雛さんに落語をさせるスペシャルなくすぐりが聴きたくって。今日のは、「偽物」を請け合うところで、それに先立ち、客が掛け軸にケチをつけるところで、佐ん吉オリジナルが入ってました。「これだと、ボラが素麺食ってるみたいだ」というのは、この人のセンスの良さを表しています。そして、最大の収穫が紅雀。「崇徳院」は、紅雀にとっては、「不動坊」と並ぶスーパーな出来栄え。心地よいテンポの良さが、ぐんぐんと聴く者を引っ張っていきます。この人、ネタ数は増えないけど、これはと思ったネタは、とことんまで追求してくれます。テンポの良さとぶれない古風な大阪言葉は、すごいものがあります。そこへさして、考え抜いた紅雀オリジナルな言葉、補いが入ります。とりわけ秀逸だったのは、何も言わないで街中を探していたと言って、熊はんが、かみさんに叱られるところ、最初、かみさんは丁寧な言葉掛けをします。お疲れさんという意味での言葉掛けです。これは、普段の熊はん夫婦の関係性を表してくれていて秀逸です。だけど、なんととんまな夫だと判ると、かみさんは怒り出すのです。それが怒って当然のうつけた噺ですから、とっても説得力があります。普段は、こないな関係なのに、怒らせてしまう熊はん、しっかりしろという気分にさせられます。まことに見事な修正。ここまでいったなら、下げを言ってほしかったなぁ。せめて、下げを言わないで終わるときは、師の枝雀のように、ちょっと恥じ入るように、でも愛らしく、明るく終わって欲しいと思うのは間違っているのだろうか? 終演は、9時25分、さすが動楽亭で、この終演時間はきついです。




2011年 4月 24日(日)午後 10時 40分

 大爆睡をして、明け方目覚めると、昨夜は、あまりお酒を飲んでないことに気づき、改めて呑み始めると、しっかりと二度寝までしてしまいました。ですから、合計の睡眠時間は、10時間になりました。いつ以来でしょうか、こないな大爆睡。ウォーキング効果抜群です。さすがに、股関節が怖いのと、過屈曲で痛めた足の指も痛みますので、長い時間をかけるウォーキングは、今日は、自重することにしました。結局、繁昌亭周辺で、計44分間のミニミニウォーキングだけとなりました。朝方は、そんなであまり時間がなかったのですが、GW期間中のミニ旅行に備えて、情報収集。そこそこ集めて、あとは行き当たりばったりです。で、今日のお出かけは、まずは繁昌亭の昼席。昼席に行くのは、日曜日は混むので避けてはいるのですが、年度初めは、勤務日が定まるのが遅いもので、どうしてもとなれば、日曜日のチケットを買うことになります。今週は、花丸の繁昌亭大賞爆笑賞受賞を記念して、中トリをとるということで、外すわけにはいかなかったのです。その番組は、次のようになりました。雀太「色事根問」、阿か枝「狸賽」、団朝「秘伝書」、朝太郎「マジカル落語」、喬楽「餅屋問答」、花丸「ナイモノカイ」、(中入り)、三ノ助「お忘れ物承り所」、米輔「悋気の独楽」、喜味家たまご「女道楽」、仁智「スタディ・ベースボール」。なかなか暖まらない客席に雀太は、ちょっと手を焼きながら、時間切れ。阿か枝は、小学生相手の公演話で、少しは暖めたのですが、ネタに入ると、どちらかというと、感心しながら聞き入っているという風情。どうも、地方からの客が多い感じ。その辺を見越してか、団朝は、マクラで、お伽噺の改作小咄で暖めにかかり、ようやくエンジンが動き出した感じ。そういった意味では、朝太郎が、絶好のポジションであるとともに、ぴったりの芸風。喬楽は、その恩恵を受け、且つナイスなネタ選び。序盤をカットして、修行僧が現れるところから。花丸も、客の様子を気になってたのでしょうね、この間、中トリという位置で、「蔵丁稚」をかけていたのですが、今日は、進化を重ねた爆笑ネタをチョイス。繁昌亭では、花丸を呼び出し小咄をさせるなんてのも入ってました。中入り明けは、自分的には聴きにくい噺家さんの三之助からスタート。この人、テンションが変わらないのですね。米輔が、今日は、唯一古典を完全にやってくれるのかと思ったら、定吉が帰ってくるところはカットされました。仁智は、この調子だと、これだろうなと思っていたネタが出ました。散々聴いたネタですが、今日は仕方のないことでしょうし、また何度聴いても笑っちゃいます。そんななか、本日の最大の収穫は、喜味家たまご。こいしとの漫才も聴けず、女道楽でも聴いてなかったのです。やはり、この人のいいのは、しゃべりができるっていうところ。これは大きい。三味線を使ったのは、都々逸一つと、新内を挟み込んだ都々逸の二つだけというのは、ちょっと寂しいなとは思いましたが、それは、今後に期待しましょう。繁昌亭では、しっかりと不快感をお互いに与えないようにとの配慮が行き届いているのですが、それが解らない客がいるのも昼席です。かつては、黄紺の席を勝手に取ってしまった客、酒を持ち込む客などなど、ひどい客という形容以前の、何も解ってない客にお目にかかりましたが、今日も、いい歳をこいたおっさん、携帯を口演中にいじりまくり。まるで授業中に遊んでいるお粗末な中高生みたいなのがいて、えらい迷惑。照明が、携帯の待ち受けに反射して目つぶしを喰らってしまいました。繁昌亭の方が、いくら注意書きを読み上げ、それだけではなく、二番太鼓が鳴る前には、館内放送が入っても、この低駄落です。携帯を鳴らしたアホたんもいましたしね。一番前で鳴らしたものですから、やりにくかったでしょうね。以前、福笑は、鳴った途端、「ちょっと待ちましょう」と言って、噺を中座したことがありました。「繁昌亭 今日も携帯が 鳴り響く」なんてのは、噺家さんの間では、当たり前みたいです。
 繁昌亭がはねると、その足で、難波の精華小学校に移動。こちらのグランド跡であった唐組の公演の整理番号をもらいに行きました。それから、いつもの千日前のネットカフェで時間調整。約1時間20分の時間調整でした。精華小学校は、もう使えなくなるはずですから、唐組の公演も、来年からは、また場所を移すのでしょうね。今回、観に行くか、若干迷ったところがありました。去年行ったときに、休憩を入れての1時間10分という上演時間はダメだろうし、内容的にも新味がなく、唐十郎と言えども、創作力が落ちていると思ったのです。そして、やはり今回も、同様の感想を持ってしまいました。10分の休憩を入れての上演時間が、1時間10分はダメでしょう、いくらなんでも。そんなに短い芝居ながら、登場人物が多いものだから、誰が誰だかわからないまま、芝居は進行してしまいます。もともと人物描写なんてものを、丁寧に積み上げていくような芝居ではありませんが、芝居を観ている内に、中の空気で、何となく登場人物をとらまえることができたのですが、これだけ短いと、おまけに装飾一杯の言葉遊びが続きますから、さっぱり理解できませんでした。もう意気消沈です。唐組には、もう行くことはないなの気分です。




2011年 4月 24日(日)午前 6時 8分

  京都市遊歩(17)写真集

 昨日は、今月3回目となる京都観世会館での観能の日でした。京都では、珍しく短期間に、稀曲が3番も出たのです。「井上同門定期能」があったのですが、その番組は、次のようなものでした。能「盛久」(吉浪寿晃)「富士太鼓」(橋本雅夫)「第六天」(井上裕久)狂言「茶壺」(善竹忠一郎)。「盛久」は、平家方の武者が、鎌倉まで護送され、首を斬られる直前に、刀が折れるということが起こり、観音経を唱えていた徳が、そうさせたとして、赦免になる話。最後に、祝いの男舞が舞われます。吉浪寿晃師は、とってもいいお声をされています。それだけでも清々しいものがあります。「富士太鼓」は、途中でえらいトラブル。これほどまでのトラブルは初めてですね。途中、物著と言い、舞台上で着替えがあるのですが、その際付ける「鳥兜」という大きな帽子の装着がうまくいかず、2度にわたり落ちてしまい、その都度付け直します。おかげで楽という舞の序盤は吹っ飛んでしまいました。でも、しないで舞うわけにはいかないですね。でも、「現之楽」という小書の特徴である、橋がかりに行って、正先にある太鼓を見込んだりするところには間に合い、胸を撫で下ろしました。シテを務められた橋本雅夫師の頭が大きすぎるんですよね、原因は。「第六天」は、魔王とスサノオの対決が見物です。働という短い舞の中が、両者の争いの場面です。お二人とも、特にスサノオの動きが、スポ−ツ選手のそれで、とっても小気味良く爽快でした。やっぱ、能はおじいちゃんではなく、若い人のがいいです。狂言は珍事です。京都で善竹家の狂言を観るなんて、いったいどうしたんでしょうか?
 観能が終わると、即、ウォーキングに移りました。前日で自信を持ってしまったため、2時間近いウォーキングを試みてみました。ただ、前日、1時間50分のウォーキングをしていますので、股関節の痺れが出てきています。それを気にしながら、程よいところで切り上げるはずが、ウォーカーズ・ハイってやつで、気が乗ってしまい、前日同様1時間50分のウォーキングをしてしまいました。あと10分で目標の2時間でしたが、さすが痺れがひどくなっていましたので断念しました。そのコースを記しておきます。京都観世会館〜東山二条〜檜書店仮店舗〜烏丸二条〜両替町二条〜御池両替町〜室町御池〜老舗永楽屋〜池坊短期大学〜五条室町〜七条室町〜京都駅〜塩小路高倉〜大石橋〜勧進橋〜京阪「稲荷」駅。もう少し西まで行ってから南下するつもりだったのですが、股関節の具合を考え、京阪沿線から遠ざかるのを避ける方法を採りました。逃げやすいようにです。結果的に、室町通は、とっても懐かしいところ。祇園祭のメーンストリートになるところでもあり、いいチョイスだったかなと思っています。高倉通が東海道線などJR線を越えるところ、久しぶりに通りました。歩いて通るなんてこと、記憶にありません。となると、市電廃止以来? だったら、あすこから見る景色は、何年ぶりになるのでしょうか? 大石橋からは、東福寺に出るのがいいのかもしれませんが、勧進橋まで、そないな距離でないのは、先日、みなみ会館へ行ったときに歩いていましたから、じゃーっていうところで、稲荷まで歩いてみました。これも、市電の走っていた場所。別に意識をしていたわけではないのですが、結果的に、足の向いたところがそうだったということになります。
 夕刻に帰ってきて、晩酌をしながらの食事。僅かのお酒で大爆睡。2日続けて、2時間近くウォーキングをすると、こないな効果もあるのを思い出しました。健康オタクって、爽快です。でも、股関節が心配で、3日連続のウォーキングに出かけるか、只今、思案中です。




2011年 4月 23日(土)午前 6時 10分

 昨日は、勤務日ではないのですが、全日出張扱いの日でした。午前中は、胃カメラを飲むのが、出張扱い。勤務先での定期検診で、胃検診が含まれているのですが、胃にポリープのあることが判っている黄紺は、職場での検診の際、バリウムを飲んでも、必ず精密検査を求められるので、最初から、直接、精密検査即ち胃カメラ検診を受ける手筈を整えます。もう4年目になります。それが、結核予防会での検査。出張扱いで行けるのですが、いつも、呆気なく終わります。昨日は、午後に、違う出張が入っていましたので、時間調整のために、ウォーキングをしました。次のようなコースを歩いたのですが、うつけた話で、結核予防会に傘を忘れてしまい、それに気づいたのが、そろそろと、ウォーキングを切り上げようかと考え出していた梅田シティにさしかかったところでのこと。仕方なく、再度結核予防会まで歩き、いつもの時間調整の場所、おなじみの東梅田のネットカフェまで、最終的には、歩くことになりました。ですから、所要時間が1時間50分となり、股関節を傷めてから以後歩いた最長時間となってしまいました。結核予防会大阪支部〜靫公園〜靭交番前交差点〜岡崎橋交差点〜地下鉄「阿波座」駅〜木津川橋〜西警察署〜端建蔵橋・船津橋〜下福島公園〜JR「新福島」駅〜福島7北交差点〜ザ・シンフォニーホール〜梅田シティ〜JR「大阪」駅〜地下鉄「西梅田」駅〜地下鉄「肥後橋」駅〜結核予防会大阪支部〜地下鉄「淀屋橋」駅〜東梅田。
 午後は、阪急京都線の「崇禅寺」駅近く。自分的には、珍しい場所への出張でした。ウォーキングでは、時々歩いていましたが、仕事で行くのは、過去に一度だけ行った記憶のあるところでした。幸い「崇禅寺」駅は、阪急京都線ですので、帰宅するにつけ、悪くはありません。昨日は、これで、京都に戻ると、夜遊びには、嬉しい場所となりました。そして出張終わると、まっすぐに四条河原町へ。昨日は、珍しく、こちらのネットカフェでも、時間調整の時間を持ちました。40分程度です。そして、今夜のお出かけ先は、京都コンサートホール。京都市交響楽団の定期演奏会で、マーラーのシンフォニーの5番が出たので、自分的には外せないのです。京響は、7月にも、めったに出ない3番のシンフォニーを出してくれます。昨日のもう一つは、ハイドンの第100番のシンフォニー「軍隊」でした。指揮は下野竜也でした。聴き終わって、自分的には、「軍隊」の方に軍配を上げようかなの気分。両者ともに、サウンドとしての統一性というものにおいては、実に見事なものを感じたすばらしい演奏だったことは認めるのですが、マーラーは、なんか音の洪水的な印象で、乗れないのです。いや、ひょっとすると、5番のシンフォニーそのものを、そういった曲という風に看ている自分があるのかもしれません。かつて、この5番に涙した頃は、それぞれのフレーズに意味を付ける自分があったのだと思います。それができなくなったお歳頃になっているのかもしれないなと思っています。しかし、凄まじい音の洪水でした。京響は、そのニーズに応える頼もしさを持つようになっていると思っています。ですから、いつ聴いても、水準が落ちないなというのが、最近の印象です。「軍隊」をチョイスしたのは、第2楽章のトランペットがあるからと、下野竜也は説明していました。確かに、そのつもりで聴いていると、マーラーの5番の冒頭のトランペット・ソロのリズムと、微妙に似ていました。トランペット・ソロには、大きな拍手が、終了後与えられていましたが、冒頭は、緊張があったのだと思うのですが、指揮 者のリズム刻みと違うのが気になっていました。それに、もう少し突き抜ける音を出して欲しいものですね。「軍隊」を気に入ったのは、全編を通じての気品です。高貴な身分に生まれて、それに釣り合った環境で、昨日の演奏を聴くと極上でしょうね。下野竜也の名前を、いろいろなところで耳にするわけのようなものが判った演奏会であったことは、充分に認識できたことは間違いのない演奏会でした。




2011年 4月 22日(金)午前 4時 55分

 昨日は、定時を過ぎても仕事から解放されず、夜遊びには、かろうじてセーフ。今朝、胃カメラを飲まねばならないため、午後8時までに食事を済まさねばならない身分からすると、めっちゃ際どい時間。食事を済ませて、繁昌亭に着いたのは、開演5分前。ギリギリセーフでした。今夜の繁昌亭は、「林家和女お囃子30周年/生誕50周年祝賀会」がありました。この公演は、林家和女さんの誕生日、合わせて行われたもの。妹のあやめのプロデュースしたものです。ご主人の小染は、他に仕事でもあったのでしょうか、お姿は見かけることはできませんでした。番組は、次のようなものでした。あやめ「挨拶」、たま「和女ショート落語」、あさ吉「軽業」、染雀「蛸芝居」、三金「バルーン」、福笑「繁昌亭ラブソング」、春団治「親子茶屋」、(中入り)、和女・あやめ・遊方・三金・たま「写真展&トーク」、染雀「踊り:六歌仙」、お噺子バンド「月光価千金」「蘇州夜曲」「オクラホマ・ミキサ〜あんまり落語が好きなんで〜」。前半は、和女さんフル稼働の鳴り物入り落語集。色物的に、たまと三金が入りました。あさ吉は、笛の名手ということで、鳴り物には欠かせない存在。染雀も、こういったときにはお役立ちのユーティリティ・プレーヤー。「六歌仙」の稽古では、自ら太鼓を叩くは、三味線を弾くはで、和女さんに、かなりのプレッシャーを与えた模様。一番の緊張を強いられた模様です。ゲストも豪華、福笑に春団治。福笑は、繁盛亭を歌声喫茶の雰囲気に変え、春団治は、もう一度聴いておきたかった「親子茶屋」を。ただ、春団治の声の調子が気になりました。かなりかすれていて、その分聞き取りにくかったのが惜しまれます。ただテンポとかは往年に近いものを保っており、81歳とは思えないものがあります。「写真展」では、幼い頃から、近影では有名人とのツーショット(歌舞伎の御曹司から犯罪者まで)が披露されました。お囃子バンドのパートは、次の通りです。(三味線・胡弓)和女、(ギター)遊方、(ピアノ)染雀、(笛)あさ吉、(鳴り物)たま、(パーカッション)三金、(歌)あやめ。舞台には、親交の厚い「できちゃった」組が出ていましたが、楽屋には、多くの噺家さんが詰めかけ、この日の舞台を見守っていたようです。




2011年 4月 21日(木)午前 1時 58分

 今日は、しっかりと働いたあと、定時に職場を離れ、天満橋駅へ移動。そこから、夜遊びの会場の福島まで、ミニウォーキング。北新地を抜けてABCホールに出てから、八聖亭に向かいました。約50分の行程です。久し振りとなる八聖亭で、今夜は、「生喬十八種好」の第1回目があったのです。番組は、次のようなものでした。生喬「挨拶」、生寿「代脈」、生喬「蛸芝居」、(中入り)、生喬「愛宕山」。鳴り物入りの大ネタ2つが並びました。それに、「忙しくてなかなか掴まらない生寿に来てもらいました」と、師匠に言われた生寿が前座で加わりました。そう言われた生寿、「たまたま空いていた生寿です」と開口一番。実際、前座としては、誰しもが誉める福丸と生寿、その対極にいると、ネタに使われるのが、咲之輔。今日も、たっぷりと、生寿は、咲之輔ネタを使って、笑いを取っていました。ネタの「代脈」は、存外意外なチョイス。大先生の貫禄は出ているのですが、代脈に行く男は、東京落語の権助的キャラであって欲しいところですが、生寿の演じたキャラは、かわいいいちびりです。その辺はなじめなかったですね。生喬の二番では、断然「蛸芝居」です。それは、一つには、頑張る「愛宕山」は好かないという消極的指示がありますが、芝居をしっかりと、大きく描いてくれるところがいいなと思います。前に、繁昌亭で聴いたときも、よく似た印象を持ったのを思い出しました。すばらしい鳴り物に乗った、小気味良い口演、所作が、とっても印象に残っています。今日は、笛を誰が吹いてたのでしょうか、生寿の太鼓とともに、印象的でした。「愛宕山」の演出は、生喬の書いたもので判ったことなのですが、菜の花畑で、蝶を追う演出は、米朝一門の演出で、他門の噺家さんはしないとか。黄紺は、この演出の違いは、一門で分かれるのではなく、個人レベルのものだと思っていました。あれがなく、頑張られると、春のぽかぽか陽気も、どこかにぶっ飛んでしまうようで。12月まで、この会は続くそうです。




2011年 4月 20日(水)午前 0時 5分

 最近、わりかし睡眠時間が取れてます。ドイツ旅行の疲労が、ようやく出てきたかなと感じたのは、帰ってきて10日ほどしてから。それから、自分的には、よく眠れているのです。今日は、勤務日ではありませんので、二度寝のために、明け方に、お酒を呑むと、また睡眠をとることができ、大満足です。そこで、まずお出かけは、弟の家に寄ってから、京都みなみ会館へ。弟の家へは、オークションで買ったDVDを取りに。いつも、固形の郵便物は、弟の家に送ってもらうのです。今回は、ヴェルディの「二人のフォスカリ」というオペラのDVDを買いました。みなみ会館では、大阪では見過ごした「トスカーナの贋作」を見に行ったのです。イランのアッバス・キアロスタミ監督の作品です。ほとんどのシーン、二人の俳優さんだけで推移します。その二人が夫婦であって、かなり壊れてしまっている関係であることに気づくまでには、だいぶと時間がかかります。最初は、美術関係の著作を書き下ろした作家とファンという印象を持たされてしまいます。だけど、女がメモを渡すと、作家の男は、女の店を訪ねるというように、その時点では、こなしきれない事柄が出てきますが、二人の会話の内容は、至って私的な事柄とは遠く、もっともあとから考えると、贋作論というのは、二人の関係性についての比喩だったのでしょうが、そないなことは、あとになってから判ることで、途中までは、進行していることは、美術論の意見交換のように見えます。やがてと言っても、どこからが、やがてなのかがわからないのですが、夫婦の本音が戦わされ、言い合うことにより、お互いが傷つけあったことを知ったのでしょうか、二人は、新婚旅行で訪れたホテルを訪ねます。そのホテルのあるところの風景が素敵です。トスカーナの、どこかの小さな町なのでしょうか、ぜひとも訪ねてみたくなりました。美術論の意見交換をしているあたりで、かなり睡魔に襲われてしまって、映画の流れが変わっていくところを逃してしまいました。何らのきっかけがあったはずです。その辺がポイントかと思うのですが、残念ながら押さえていません。
 映画が終わると、ウォーキングを兼ねて、徒歩で帰宅。所要時間57分、だいたい狙い通りの時間ですが、これだけ歩くと、やはり股関節の具合が違ってきます。違和感というやつです。でも、リバウンドが、はっきりと数値で出てきていますので、ちょっとウォーキングの質を上げようかなと思い始めています。夕方には、予約をしてあった歯医者に行き、今夜のお出かけは、京都コンサート・ホール。今夜は、こちらで、「大阪フィルハーモニー特別演奏会〜大植英次スペシャル〜」がありました。年に一度の大フィルの京都での演奏会です。大植英次が、今季で、大フィルの常任指揮者の地位を離れるということで、スペシャルなんて言葉が入ったのでしょう。プログラムは、モーツァルトの第9番のピアノ協奏曲。ソリストは、小曽根真。そして、マーラーの1番のシンフォニー「巨人」。マーラー好きの黄紺ですが、「巨人」は、出る頻度が高いものですから、敢えて聴きに行こうとはしないのですが、大植英次だということで、行こうとしました。確かに、期待を裏切らない熱のこもった演奏。テンポの設定がおもしろくて、緊張をもって聴くことのできた、かなりハイレベルな演奏と看ました。特に印象的だったのは、第1楽章の終盤の猛烈なテンポアップ。それに応えたみごとな弦の合奏。今日一番のしびれた場面です。第2楽章は、レントラー風に始まるまどろみの楽章。ABAと進むBの部分の後半のムーディーな場面での極端なテンポ落としに、はっとさせられたりと、おもしろい設定に、わくわくしていました。モーツァルトもおもしろくて。小曽根真の奔放な演奏に、びっくりです。カデンツァなど、自身でアレンジしているのでしょうね、どないな展開があるか、ハラハラドキドキで聴ける、とってもおもしろい演奏を聴くことができました。どういった経歴を持つ人かと調べてみると、ジャズ界では有名人ということが判り、納得です。あの奔放さは、ジャズそのもでしょうしね。終わった途端の、異様などよめきは、ホント、京都では聴いたことのない新鮮なものでした。それだけ、聴衆を釘付けにしちゃったんでしょう。黄紺も、終わった途端、「ウォー!」と思わず声が出てしまってました。2曲とも、鮮度抜群の好演。これだけの満足感をもらった演奏会って、ホント久しぶりです。




2011年 4月 18日(月)午後 10時 52分

 昨日の日曜日は、振替なしの出勤。丸々一日奉仕して、そんなですから、とっても割に合いません。その憂さ晴らしに、帰りの駅前で一杯。そして、今日は、定時に職場を出ようとすると、大変な雨。幸い京橋に着くと、雨は小降りに。繁昌亭に向かうのに、今夜も、京橋から歩いて行くことができました。今夜の繁昌亭は、「大喜利男まつり!」という催しが開かれました。噺家さんが、次の4つのチームに分かれ、大喜利を競い、勝ったチームの3人が、落語ができるというものでした。@できちゃったチーム(遊方・三金・たま)A三枝一門チーム(三之助・山弥・三幸)Bセブンエイトチーム(三四郎・雀太・まめだ)C林家一門チーム(染弥・笑丸・染太)。1回戦は、@とA、BとCの対戦で、@とBが勝ち上がり、決勝では@が勝ちました。とにかく、まめだの的外れというか、次元の違う答に、場内が沸き返っていました。司会を、三金と交代で務めた染弥は、まめだを指して、「秘密兵器どころか核兵器」とたとえていました。勝った「できちゃった」チームの3人は、中入り後、それぞれのネタを披露したのですが、それは、次のようなものでした。たま「かけ酒」、三金「奥野くんの幽霊」、遊方「たとえばこんな誕生日」。それぞれ定番となっている新作ものを並べました。「奥野くんの幽霊」が、久し振りだったので、これは、有り難かったネタ選びでした。




2011年 4月 17日(日)午前 1時 55分

 今月は、稀曲が続いて出るということで、観能の議会を3回設定していますが、今日は、その2回目。京都観世会館での「片山定期能」で、「東方朔」が出たのです。稀曲の中でも、今月観るあとの2つに比べると、稀曲度は、少し低いのですが、観ておかねば、次はいつだろうかという代物です。それを含めた番組は、次のようなものとなりました。能「東方朔」(片山九郎右衛門)「放下僧」(橋本磯道)狂言「魚説法」(小笠原弘晃)。「東方朔」は、落語「厄払い」にも、その名が出てくるように、九千歳の東方朔、東方朔に桃実を提供した西王母の相舞が観ることができます。二人で、楽を相舞するなんて曲、他にありましたっけ。おめでたい二人が、漢の武帝の前に現れいで、御世をことほぐという能です。東方朔と西王母を二人とも出すなんてショーアップされた曲は、だいぶと時代が下ったものと、相場は決まっているのですが、「東方朔」は、どうなんでしょうね。狂言方が、たくさん出てきて、桃の精の頭を舐めるという傑作な替間は、費用が嵩むからでしょう、観ることはできませんでした。なお、片山九郎右衛門というのは、人間国宝の方ではなく、息子さんの清司さんの方です。「放下僧」は仇討ちもの&遊行もの&劇能です。ゆったりとした謡で進行するのではなく、台詞劇に謡が挟まっているというもので、能の多様性を示すものです。扱う素材も多様、演劇の構造としても多様、舞台で示されるパフォーマンスも多様などなど、能が生き残ってきた理由は、こないなところにあると思っています。今日の「放下僧」で兄弟を演じたシテとツレは、実の親子。親子共演をしたいから、この曲を選んだのかな。あまり年配のシテ方が演じない曲なものですから、そないに思ってしまいました。案の定、年配の方にはむいてないなと思うシャープな動きを求められるところで、もたもたしてしまいました。だけど、橋本磯道師、そこまでの年齢でもないはずなんですが、、、、。年齢が嵩むと、能楽師さんは、いろいろと肩書きが付いていきます。でも、おじいちゃんの能は観ないことにしています。首の筋肉が落ち、声が震えたり、足腰の筋肉が落ち、動きが鈍くなったりで、いいことはありません。狂言は和泉流。シテは、小笠原匡の息男小笠原弘晃。お父さんがアドで親子共演。この子が可愛い。投げ飛ばされたりするときの動きが、ホントに微笑ましい。そこへもって、魚尽くしで、施主を煙に巻こうとする長台詞を言うものですから、客席にも大受け。楽しいものを見せていただきました。
 観能が終わって外に出ると、またしても寒の戻りで、えらく寒い。大阪まで行って夜遊びを敢行するのもかったるいと、京都観世会館前から、寒い風の吹くなかミニウォーキングを開始。コースは次のようなものです。京都観世会館〜平安神宮〜聖マリア幼稚園〜熊野神社〜河原町丸太町〜二条河原町〜寺町二条〜寺町御池〜御池麩屋町〜四条麩屋町〜ジュンク書店四条店。これで、所要47分です。土曜日なもので、平安神宮前は、観光客でいっぱいでした。




2011年 4月 15日(金)午後 10時 37分

 昨日、一昨日と、2日連続で夜遊びなしの平凡な日々。勤務日でないはずの今日になり、あわただしくなってしまいました。朝から歯医者に行き、そのまま電車に乗り、大阪市内へ市内へ出張。勤務日ではありませんから、どこかに振替なければなりません。そないなことが、来週もです。おまけに、この日曜日は、振替なしの出勤ですから、いったい、ここしばらくは、少ない給料で、どれだけ働くのでしょうか。出張に行くまでに、若干時間があったので、大阪城界隈を、37分間のウォーキング、更に出張の用が終わると、夜遊びまで時間があったので、千日前のなじみのネットカフェで時間調整のために向かったのも徒歩で。こちらは、所要時間43分。そして、ネットカフェで時間調整をして、夜遊びの会場まで、23分の徒歩での移動。今日は、計1時間43分も歩いてしまいました。夜は、薬業年金会館であった「神田愛山独演会」です。大震災の影響で、自身の独演会を自粛したりで、こういう形の会の復帰戦が、この大阪での会と言われていました。その番組は、南海「広瀬武夫と山本夫人」、愛山「め組の喧嘩」「安心できない男」。南海さんは、珍しく日露戦争に出てくる有名人の若かりし頃の物語。義兄弟に結婚の話が持ち上がったとき、その相手は、山本中将の娘。後々、義兄が出世に利用したとの陰口を叩かれることが必定と、広瀬は反対。広瀬は、山本中将宅まで断りを言いに行くハメに。応対に当たった山本夫人の胆の座った言葉が聞き物です。愛山さんの古典の方は、「寛政力士伝」の「外伝」と言える一品。め組の若い者が、相撲見物に行くと、木戸番の相撲取りとぶつかり、今度は芝居見物に行くと、雨で場所が流れたため、芝居見物に来ていた、先程喧嘩をした相撲取りと、再びぶつかるという進行。最後は、お奉行さんの珍裁定で一件落着。喧嘩をするようにするようにと構成されたネタ。愛山さんは、滑稽な噺に仕上げていました。「安心できない男」は、自伝的講談。強迫神経症の様々な経験を、時系列的に並べた作品。最後は、確定申告をするときに、容易に印鑑を押せない挿話や、大家さんとの契約更改の際の緊張が出てきて、やたらとリアルな話となっていきました。最後に、7月に、大阪で、再度「独演会」をすることを告げられて、高座を降りられました。今まで、年に1度しか、大阪では聴けなかった愛山さん、何はともあれ朗報です。




2011年 4月 12日(火)午後 10時 42分

 今日は、勤務日ではない一日。ずっと京都にいました。朝10時上映開始の「メトロポリタン・オペラビューイング」に行くのが、一つの目的。大阪でも、上映されるのですが、夜の上映となり、オペラのことですから、帰りが遅くなるということで、京都の朝の上映を見ることにしています。今日は、「ランメルムーアのルチア」です。シュトゥッガルトでは、不完全燃焼に終わった演目、そのリベンジの気持ちで行ってまいりました。幕間にインターミッションが、計2回入り、出演者へのインタビューなどの特典映像が入ったりするので、クレジットが終わるまで、3時間半以上もかかってしまいました。まず嬉しいのは、舞台です。スコットランドの大地を再現しようとしてくれたこと。具象的な舞台作りが全てとは思いませんが、せめて色調は、らしくして欲しいなとは思っています。第一幕で、ルチアの最初の大アリア、池で亡霊を見たとかというアリアですが、そこでは、池に沈んでいると歌う女の亡霊を、実際に出したのには、びっくりでした。第2幕は、最初、エンリーコの執務室の風情ですが、背後や横に、大きなテーブルクロスが、いくつも掛けられ、調度品が隠されています。その中には、大きなシャンデリアが2つもあることが、後で判るのですが、要するに、アルフレードが登場し、結婚式の場面になると、このテーブルクロスが取り払われ、一転、結婚式場へと変身するという仕掛けでした。しかし、何度見ても、最後のエドガルド(ジョセフ・カレーヤ)の乱入は唐突ですが、話を前に進めるためには、欠かせないのでしょうね。第3幕は、普段カットされるエドガルドの屋敷を、エンリーコが訪ね、決闘の約束をします。そして、大仕掛けで場面が変わり、結婚式の続きとなります。ここもカットされるのですが、ここを入れると、ルチアが、アルフレード殺害に向かう場面か、何か殺害に関わる場面を入れねばなりません。この公演では、大きな螺旋階段に橋がつながっており、その橋の先が新婚さんの部屋になっており、先にアルフレードが部屋に入ると、ルチアが部屋に走り込んで行きます。そして、ライモンドの叫びに入るまでは、ダンスが続きます。やがて、橋の先に、血だらけのルチアが現れるという仕掛けです。とにかく、この辺からが、クライマックスの「狂乱の場」となるわけですが、ここの圧倒的迫力には、ホントに脱帽です。ルチアを歌ったナタリー・デセイは、インタビューで、演技に走ると歌が疎かになり、逆だと、またバランスが崩れてしまう、そこが難しいと言ってましたが、その辺の配慮が見ごたえ充分。ラストは、ルチアの死を知ったエドガルドが自害するところですが、ここにも、既に亡くなっているルチアの亡霊を出しました。そして、ルチアに導かれるように、エドガルドは短剣を手にして、自らの身体に突き刺します。倒れ込んだエドガルドの身体に、ルチアが身体を寄せていきます。これがラストでした。ようやく、安住の地を迎えたかのようなルチアの表情が印象的なラストシーンでした。兄のエンリーコに関して、それを演じたルードヴィック・テジエがいいことを言っていました。ルチアだけが「狂気」の世界に入ったのではなく、兄も病的な人物だと思って演じていると。したりですね。ということで、興奮状態、大変素晴らしい「ルチア」を見てしまいました。映画が終わると、買い物をしてから、一旦帰宅。自宅で、時間調整をして、夜遊びに備えました。
 夜遊びは、烏丸丸太町上がったところにある護王神社であった落語会「桂こごろうの京まち寄席」です。こごろうが中心となって開かれている会で、今回で6回目だそうですが、足を運ぶのは初めて。護王神社内に、いいスペースを持った護王会館なんてのがあり、そこで開かれました。番組は、次のようなものでした。鯛蔵「二人ぐせ」、こごろう「へっつい盗人」、花丸「幸助餅」、(中入り)、こごろう「七段目」。お目当ては、あまりこごろうが出さない「七段目」もさることながら、ようやく捕まえることのできた花丸の「幸助餅」。何度か機会がありながら、その都度逃し続けてきた「幸助餅」を聴くことが、最大の狙いとしていましたが、期待以上の出来であるばかりか、今後、年を重ねるにつれ、変わっていくのまで楽しめるのではの予感まで感じました。以前、染丸で聴いたことがあるのですが、今日の型だったと思います。釈ネタなんだけど、講談の進め方とは異なる、そういったことを考えると、他からの要素が入っているとも考えられます。雷という贔屓の関取と会うのが新町だったり、金を用意するのも雷だったりと、噺としての華やかさが、染丸系の進め方にはあると言えます。ましてや、花丸自身若いですし、ましてや、華のある噺家さんですから、全体的に明るさを感じます。人情噺に明るさというのは不釣り合いかもしれませんが、そないな感じがするからこそ、今後の変化が楽しみだと言うのです。動きが大きいことも、若さと華やかさを感じさせるところです。この辺の変化もあることでしょう。終盤に入ると、周りでは、鼻をすする音が、各所から聞こえて来ました。こないな雰囲気になった落語会は久し振りです。それだけ、花丸の口演が、客の心を捕らえたということでしょう。これに対し、主宰者のこごろうは、短めのネタが並びました。この会は、ゲストに、中トリをとってもらい、たっぷり系の噺をしてもらってると、言い訳みたいなことを、「七段目」の冒頭で言っておりました。「へっつい盗人」は、最もこごろうらしさの出た爆笑編。下げを変えてました。へっついを手の上に落とすこともないので、ちょっと静かになりましたが、終わり方は、「わあわあ言うとります」でした。「七段目」は、特に変わったところはなく、一番短めのパターン。短い替わりに、マクラはたっぷり。内容は、長渕剛のコンサートと落語会との違いでした。もう一人、鯛蔵は、最早トップでは勿体ない感じがします。と見てみると、実に結構な会です。次回の予定を聞いて、行けないのが残念な思いで、会場をあとにしました。




2011年 4月 11日(月)午後 10時 32分

 今晩も、繁昌亭です。最近、他の落語会に、あまり恵まれてないのですが、繁昌亭には、行く機会が増えています。繁昌亭は、行きだすと、それが続くというジンクスは続いています。今晩は、「繁昌亭ドリームジャンボコンテスト〜小枝杯3R〜」がありました。入門15年までの噺家さんのコンペです。投票権は、当日の客が持っているというもので、この形式のコンペは、この繁昌亭の企画しているものだけのようです。冒頭に、繁昌亭企画委員長の小枝が出てきて挨拶。今日は、副委員長の雀松が司会役だったのですが、雀松の仕事を、すっかり小枝が奪ってしまってました。そして、今日の出演者4人で、出番を決める抽選。その結果を踏まえた番組は、次のようになりました。さろめ「セールスウーマン」、佐ん吉「皿屋敷」、三之助「初恋」、市楼「天狗裁き」、(中入り)、雀松「天神山」、雀松・小枝「結果発表」。暖まりきらない中でのトップは、大変です。ですから、マクラを、落ち着いて、ゆっくりふればいいのに、さろめは、ちょっと急ぎ過ぎたかなの印象。普段の力が出たとは言い難い出来でした。次の佐ん吉の途中から三之助はほぼ全部で、今日はダウン。兆候なんてのは、全くと言っていいほどなかったもので、えらくショック。この中では、語り口が、全然違うだろうと思っていたのが、正にそうだったと確認している最中に、あえないダウンでした。皿屋敷に向かっているところの最後の方でのことでした。「天狗裁き」は、市楼には、まだまだ難しい感じがしました。えらく格の異なる人物、更に天狗が出てきます。それの描き分けの方への意識を、もっと研ぎ澄まさないと、同じパターンの繰り返しネタですから、しんどいですね。雀松の「天神山」は、市馬との二人会以来ですから、まだ10日ほどしか経っていませんが、今日の出来映えの素晴らしさには酔い酔いました。二人会のときは、気を乗せようとして乗りきらなかった。今日の方がリラックスしていたように思えたのですが、それが功を奏したのでしょうか、セリフに、雀松の気が重なり、おかしさが上がりました。最後の「ある春の物語でした」という枝雀風終わり方も、納得してしまうのです。気が乗ることにより、暖かな温もりのある物語と感じることができたからでしょう。肝心のコンペは、佐ん吉の圧勝でした。2位は三之助で、得票数から判断して、ほとんどの客は、この二人に投票したのではないでしょうか。客が投票できるのは、「◎(2点)」と「○(1点)」をつけることだけですが、おおよその入場者数と、得票数を聞くと、類推がききます。




2011年 4月 10日(日)午後 10時 19分

  写真集

 ようやくコートがとれました。暖かくなっていても、羽織らないでのお出かけには抵抗があったのですが、今日は、さすがにあっさりと決断できました。お出かけは、11時が目安。それまでは、プッチーニのオペラ「マノン・レスコー」を見て、映像に突っ込みを入れていました。なんて身勝手な女なんだと。ても、解説書を読んで納得。「ボエーム」のミミも、「椿姫」のヴィオレッタも、そして、このマノンも、「娼婦文学」のヒロインとして捉えねばならないキャラなんだと。ヴェルディの「椿姫」は、そうだろうという雰囲気で書かれています。だから、ジェルモンの怒り、狼狽、願いが出てくるのでしょうね。ところが、プッチーニは台本作成に、深く関わり、ヒロインの娼婦性を削ぎ落としていったようです。ですから、ミミを娼婦と言われると、戸惑いが先に立ちます。が、マノンは、それを消しきらなかったなのか、消せきらなかった。清楚な女かと思うと、一転贅沢に走り、一方で、純粋な愛に憧れる、そういったキャラが不可解に思ったとき、一挙に解決する言葉が娼婦。ですから、プッチーニの作り出したマノンというキャラは、ちょっとアンビバレントなキャラと言えるのかなと思いながら楽しんでおります。
 ま、それは置いておいて、今日のお出かけ先は、一心寺南会所。毎月行われています「一心寺門前浪曲寄席」に足を運びました。天中軒雲月が高血圧で静養中ということで、真山一郎が代演に立ちました。昨日の代演は、小円嬢だったようで、惜しいことをしました。で、その番組は、次のようになりました。天光軒満月(紀之本孝子・美勝勝太)「父帰る」、真山一郎(真山幸美)「元禄秋晴れ街道」、天龍三郎(藤信初子・安井久雄)「吃又大津絵道中」、京山幸枝若(岡本貞子・京山幸光)「河内十人斬り(下の巻)」。「父帰る」は、満月で、3度目になるんじゃないかなぁ。行き方知れずになっていた父が、突然、帰郷したことから起こる家族内の混乱を描きます。「元禄秋晴れ街道」は、大石の東下りの中で、橘左近という公家の名を借りていることがばれそうになる一件です。とっても印象深い挿話で、講談ネタです。講談は、大石が示すものが血判状であることは、実際に、大石が見せるまで言いませんが、今日の浪曲では、早々と、武林などに打ち明けてしまいます。なんと、センスがないとは思いましたが、そうであっても、感動の大きな話です。真山一郎の口演の素晴らしさが、大きく貢献したと思います。「吃又大津絵道中」は、修行中の絵師が、女と通じたということで破門になり、苦労しながら、路端で、大津絵を売る絵師になるという物語と思います。思いますと言うのは、間が跳んでしまっているのです。「河内十人斬り」は、「吉原百人斬り」を文字ったものでしょうか。途中、主人公の一人が、道頓堀で「吉原百人斬り」を文見る場面が、前後と関係なく入っていますから、間違いなく意識しています。今日は、昨日の続きということなのですが、昨日は、恐らく女房を取られ、文句を言いに行くと、ぼこぼこにされ、しかも、貸した金も踏み倒されるという仕込みの部分だったと思われます。今日は、それに立ち向かう二人のちんぴら風情の男の物語です。幸枝若おことですから、ましてや、河内の男のすることですから、端正な話にあっては面子に拘わるとばかりに、滑稽に描いていきます。むしろその辺の部分を大きく、肝心の出入りについては、幸枝若の語りで過ぎていきます。金剛山の山狩りをされ、行き場を失った男二人を待っているのは自害です。滑稽さのある語りであるだけに、もの悲しさの残る作品です。素晴らしい浪曲を聴かせてもらい感謝です。
 浪曲がはねると、一心寺の前からウォーキング開始。ひたすら松屋町筋・天神橋筋を北上するコース。目的地は繁昌亭。63分の行程です。繁盛亭に着くと、ちょうど昼席のはねたところ。ほとんど4時半でしたから、かなりのひっぱりがあったようです。トリの米団治は「崇徳院」を出したようです。繁盛亭の前売りチケットを1枚買って、再び歩き出し「天満橋」駅に到着。計70分以上のウォーキングとなりました。




2011年 4月 10日(日)午前 7時 45分

 どうも、この3日間ほど、よく眠ります。と言っても、普段が、4〜5時間眠れるのが関の山ですから、睡眠がとれたと言っても、6〜7時間程度なんですが、でも、そのくらいの睡眠がとれます。どうやら、今頃になって、旅行による疲労、また、長く続く睡眠不足の帳尻合わせが出ているようです。昨夜も7時間半ほど睡眠がとれたのはいいのですが、まだ、身体はすっきりしませんから、疲労が蓄積しているものと思われます。本格的に新年度が始まる今週、心してかからねばなりません。
 そんなで、日々の立ち上がりが遅くなっている黄紺ですが、昨日のお出かけは、文楽の夕方の部に留めておきました。その前に、映画を1本観ようかなんていう計画もあったのですが、あえなく断念です。文楽の番組は、次の通りです。「碁太平記白石噺〜浅草雷門の段・新吉原揚屋の段〜」「女殺油地獄〜徳庵堤の段・河内屋内の段・豊島屋油店の段〜」。「碁太平記白石噺」は、仇討ち物です。ですが、今回上演されているのは、仇討ちに立ち上がる姉妹が出会う場面、そして、それを後援する者の名乗りというところ。その姉妹が名乗り合う場面が、吉原というのが悲しい。姉は、年貢が納められないということで花魁に。それも、今をときめく宮城野太夫、それを訪ねる妹が、奥州訛丸出しという対比の妙を狙った構成。田舎者の妹を題材にする場面がわりかし長く、ようやく名乗りあったかと思うと、そこがくどくて、観る者には辛抱が要ります。肝心の仇討ちに向けてのパートは、今回、上演されませんから心残りとなってしまいました。「女殺し」は、まことにもって凄まじい、凄惨な場面が、ラストに待っています。油、殺し、、となると、それだけでも想像がつきます。その場面は進むにつれ、完全に会場の空気が変わりました。えらいものを観ているという空気に。それほど、凄惨な場面を、人形でも表現します。これは、すごいもの観てしまったという感覚です。この演目が、江戸時代に上演されたあと、上演機会がなくなったそうです。この殺しの場面、また殺す与兵衛の身勝手さが、当時、受け入れられなかったものと考えられます。あれほど、ありえない設定、どんでん返し受け入れた感性でも、これほどリアルに、いやリアルすぎる表現には耐えられなかったものと思われます。与兵衛の身勝手さというのが、現代ではありうると思われるから、人気演目になっているのかもしれませんが、この男と身勝手さはたいがいです。理解しようとしてはいけない身勝手さです。
 休憩時間、ばったりと昔の職場の同僚と会いました。1月のときにも、その同じ職場だった同僚と会いました。文楽は、不思議な縁を結んでくれます。特に昨夜会った方とは、20年近くの再会でした。終演時間が、まだ、8時半くらいでしたので、文楽劇場近くの呑み屋さんで、旧交を温めるとともに、お互いの近況報告をして、一献傾けることとなりました。




2011年 4月 9日(土)午前 6時 44分

 今年も、金曜日が非勤務日となり、毎週3連休を楽しむことができるということが確定した初めての金曜日、残念ながら、どんよりとしたお天気で、(昼からは雨となりました)。昨日は、文楽の日です。まず、第一部を観る日に当てていました。番組は、次の通りでした。「源平布引滝〜竹生島遊覧の段・糸つむぎの段・瀬尾十郎詮議の段・実盛物語の段〜」「竹本綱大夫改め 九代目竹本源大夫、鶴澤清二郎改め 二代目鶴澤藤蔵 襲名披露口上」「艶容女舞衣〜〜酒屋の段・道行霜夜の千日〜」。「源平布引滝」の「実盛物語の段」は、襲名披露公演として企画されたものですが、新源太夫は、ドクターストップがかかったということで、代演が立ちました。英太夫です。ただ、源太夫は、口上には登場という変則的な形となりました。「源平布引滝」は、舞台上の動きが少なく、かなり半分ほどが飛んでしまってました。でも、反則技がまかり通る文楽といえども、これは卑怯きわまりないという手法が用いられているのが、この狂言。だって、先ほどまでの悪役が、一転して善玉に変わるのですから。プロレスの世界真っ青な仕掛けっていうのは、何とかという名前が付いているくらいですから、文楽の筋立ての一つの基本のようです。しかも、実盛が討たれる相手は、30年前にさかのぼる宿命であったというから、びっくり仰天です。「30年後、おまえに討たれる」「30年経ったら、皺も増え、髪も変わり、誰か判らなくなってしまう」「だったら、髪を黒く染めておいてやる」、確かに、能「実盛」でおなじみなように、老武士実盛は、身を隠す目的で、白髪を黒く染めています。首実検のときに、池で髪がすすがれ、白髪頭が出てきます。それ、そのまんまパクって、運命ものに仕上げる、いや〜、文楽はなんでもありの世界です。「艶容女舞衣」は、あの名文句で有名な演目。「今頃、半七さんは、、、」「去年の秋の煩いで、いっそ、、、」、こないな言葉が、黄紺の口からすらっと出てくるくらいですから、浄瑠璃というものの大衆性というものは、かつて大変なものがあったのでしょう。半七は、なじみの三勝にうつつを抜かし、家に寄りつきません。おまけに、女がらみで人一人を殺してしまいます。その半七に嫁入りし、側にも寄せてもらえないお園が言う言葉が、その有名な台詞です。嫁女の鏡で、姑にも舅にも好かれます。封建社会の悲しい女の性が出ていて、胸が痛みます。永らく、黄紺の携帯には、行灯を前にして「今頃、半七さんは、、、」と言うお園の姿が、待ち受けになっていました。
 文楽劇場を出て、日本橋駅上のいつものネットカフェへ。1時間20分ほどの時間調整で、南森町に移動。昨夜も繁昌亭でした。昨夜は、「上方寄席囃子の世界」がありました。どうやら、染丸が、寄席囃子の集大成のような大部な本を出版した記念に開くつもりだったのが、震災の影響で、出版は間に合わず、会が先行するということになったようです。従って、お囃子中心の会で、落語も、ハメものがたっぷりと入ったネタが選ばれていました。その番組は以下の通りでした。「寄席囃子春夏秋冬」、姉様キングス「音曲漫才」、染丸・あやめ・染雀「お囃子夜話」、「お囃子連中名取お披露目」、(中入り)、染左「七段目」、染丸「本能寺」、染雀「後ろ面」、染丸「五段返し」、染雀・染左・愛染「松尽くし」。会場に入ると、まだ開演時間には15分もあるのに、舞台上では、一番太鼓が演奏されていました。そういう趣向の会なのです。裏で、普段しているものも、お囃子がらみのものは、舞台に出してしまおうとのコンセプトで、会は進行しました。また、会の主旨から考えて、進行は、全て染丸が仕切るという贅沢なものでした。「寄席囃子春夏秋冬」は、1月〜12月まで、その月に相応しい曲が選ばれていました。それを、次に記しておきます。(1月)正月娘(2月)梅は咲いたか(3月)春は嬉しや(4月)藤娘(5月)鯉(6月)いざや(7月)獅子舞(8月)盆踊り(9月)たぬき(10月)鞍馬(11月)祭(12月12月)。色物に、姉様キングスを喚んで、そのあとの座談会に加えたという趣向は、なかなか考えたもの。染雀は、染丸の弟子であるばかりか、寄席囃子で卒論を書いた噺家さん、あやめの方は、姉が、林家和女ということで、お囃子の世界にも精通しているというもの。この座談会の中で、黄紺の関心を引いたのは、お囃子さんの系譜。噺家系図は、珍しくありませんが、お囃子さんの系図は初物でした。落語の方は、ちょっと物足りなさが残りました。染左の語尾を引っ張る癖は、もう定着したみたい。変な癖が付いてしまったものです。染丸の「本能寺」は、番組表を見たときは、びっくりしてときめいたものでしたが、言葉の切れが落ちてしまってます。体の切れがなくなるのは、致し方ない年齢でしょうが、セリフ回しの上手な染丸だけに、ちょっと淋しさを感じてしまいました。「お囃子連中名取お披露目」というのは、染丸の寄席囃子教室の元生徒でプロになった人たちが、今回、一斉に「はやしや」姓を与えられたということで行われました。この三味線方を育てたということは、後世に残る偉業と言えると思います。しかも、今回の出版では、CDへの録音をしただけではなく、採譜をして、それを印刷したものとして残すということまでやってくれています。これで、お囃子の世界が、永遠のものとなります。三味線を、自身でも達者にこなす染丸だからこそできる、大変な業績です。




2011年 4月 8日(金)午前 7時 11分

 一昨日の暖かさから一転して、朝は、えらく冷え込みましたが、午後からは、だいぶと盛り返しました。そないななか、作日も、年度初めとはいえ、のんびりモード。今年は、一年を通じて、こないな感じで推移するのでしょうね、ありがたいことです。夜遊びの方は、作日は、繁昌亭。定刻に出ることができましたので、最近の定番、京橋から歩いて、繁昌亭入り。25分程度で行けますので、ウォーキングとまではいきませんが、歩かないよりはいいかなという程度のものです。今夜は、「福笑と異常な仲間たちvol.4〜アブノーマル人物伝〜」がありました。福笑主宰の会も、いくつかが定番化され、季節ごとの楽しみとなってきています。番組は、次のようなものでした。たま「プロレス」、福笑「スパイス国の内乱」、(中入り)、橘右佐喜「寄席文字」、福笑「千早ふる」。「プロレス」は、先輩と連れだって、プロレス博物館に行った男が、気がつくと、プロレスのリングに上げられ、ホモ・ブラジルと対戦するハメにという噺。途中、プロレス界の名選手に関わる蘊蓄が込められており、黄紺のように、プロレスの知識がさほどない者も楽しめるようになっていました。が、考えてみると、かつて、日本では、プロレスに関して、多くの人たちが共有できる情報を持っていたんだということを、再認識しました。ブッチャー、ハンセン、、、こういった名前を聞くと、イメージが湧きますものね。福笑作品は、良さと悪さの両面を看た気がします。駄洒落に終始し、聴く者を疲れさせるというパターンが、悪いとき。笑いの仕掛けのパターンが同じであるために起こる現象です。昨日の「スパイス国」は、正にそれ。「千早ふる」は、ネタ下ろしで聴いたときは、そのパターンでした。それから、何年かが経ち、今回久しぶりに聴いてみると、大きく変貌を遂げたように感じました。浪曲が入ったり、河内音頭が入ったり、もちろん駄洒落も、また、おかしな言い間違いをしつこく入れたりと、おもしろくて受けると判ると、そこを深めていったりできているのです。ですから、「千早ふる」は完成品と、今や言えると思います。三味線が、和女さんだっということもあり、「和女がダメなら、あやめ」のフレーズが入りました。今回のゲスト橘右佐喜さんは、大ビットです。舞台上で、喋れるというのは大きいのです。まるまる、ご自分の高座にされていました。これだったら、繁昌亭昼席の色物として出ることができます。黄紺は、「鶴」という字を書いてもらうことができました。六代目をイメージして書いてくださいました。家宝にします。




2011年 4月 6日(水)午後 11時 22分

  写真集

今日は、午後から長居公園の近くまで出張。初めてする仕事のうえ、いきなりの出張。なんだかわからないままのお出かけ。すると、元の同僚と、ばったり。誰かと会うかもと思っていましたが、一番最近に出た職場の方でした。で、それが終わると、今日は、特に夜遊びの予定がなかったこともあり、また、ようやくポカポカと、春の陽気になってきましたので、そのままウォーキングに入りました。ちょうど桜は満開。お天気もいいということで、最高のウォーキング日和となりました。そのコースを記しておきます。出張先〜長居住宅〜長居公園〜長居公園北口交差点〜山坂神社〜田辺不動尊法楽寺〜桃ヶ池公園〜明浄学院高校〜地下鉄「文の里」駅。所要65分というものでした。まだまだ左足の小指が完治していないものですから、このくらいの時間をかけると、腫れや傷みが出てきます。股関節を傷めてからも、65分という時間は歩いたことはなかったんじゃないかな。




2011年 4月 5日(火)午後 10時 50分

今日も、まだまだ寒の戻りが続いています。職場では、暖房が使われていると、ほっとします。年度始めとは言え、自分の仕事は、まださほどないのではと思っていたら、甘いものがありました。わりかしきっかりと仕事をしてしまいました。他の人が、パソコンに向かい続ける黄紺の姿を見て、いぶかしがっていました。で、今夜のお出かけは、久しぶりの北区民センター。こちらでの「天満講談席」が復活です。3ヶ月間、他会場での開催を余儀なくされていた「天満講談席」が、この地に戻ってきたのです。今日の番組は、次のようなものでした。南斗「将棋大名」、南青「木村の麻風呂敷」、左南陵「三方ヶ原の合戦〜酒井の太鼓〜」、南海「面の餅」。今日は、ダウンの連続。やはり、旅行から帰ってきてから、まともに睡眠がとれてないというのが、最大の原因。考えてみると、旅行中も、充分な睡眠がとれていたとは言えませんから、見えない疲労がたまる一方なのでしょう。で、今日、まともに聴けたのは、南海さんの高座だけ。南青、左南陵お二人の高座などは、話の欠片も、記憶にとどまってない始末です。「面の餅」は、落語の「鬼の面」。講談の常として、場所が特定させています。茨城県の大洗神社近辺の話になっています。このネタは、南左衛門で聴いて以来の遭遇で、これで2回目となります。「将棋大名」は、南青くんで、再三聴いたネタ。南左衛門一門では、比較的早くに、稽古をつけることになっているみたいですね。南青くんのネタは定番のもの。となると、左南陵さんの高座は、ちゃんと聴きたかったなぁ。北区民センターに復帰した「天満講談席」、器が広い分、落ち着いて聴くことができます。だからでしょうね、客足も伸びました。皆さん、この会場に戻ってくるのを、待ってたのね。




2011年 4月 4日(月)午後 11時 13分

 新年度に入り、まだ出勤する曜日が決まっていません。そこで、今週は、私用に差し障りのない範囲で、仕事が、まちがいなくある日に出勤しようということで、今日は、休む日としました。午前中は、この間疎かになっていたHP更新作業を行い、ちょうど12時をメドにお出かけ。今日は、まず動楽亭に行ってまいりました。月の上旬ですので、動楽亭4月席が開かれているからです。今月は、とりあえずは、今日くらいしか行けないかなということで、外せない気分でした。その番組は、次のようなものでした。吉の丞「千早ふる」、佐ん吉「代脈」、塩鯛「米揚げいかき」、千朝「本能寺」、(中入り)、出丸「二人癖」、歌之助「茶の湯」。今日は、なんと言っても、千朝の「本能寺」に出会えたことにつきます。ハメものがふんだんに入り、即座に上演できるネタではないので、ひょっとしたらと思い、調べてみると、大当たり。近々に行われる東京公演で、「本能寺」を出すことになっていました。冒頭、芝居の符丁としての「青田」の話が出てきたときには、正直びっくりでした。出丸の「二人癖」も、出丸では聴いた記憶のないネタ。出丸では、いろいろなネタを聴いているので、忘れているだけかもしれませんが。噛まないで、ハイテンポで進んだときの出丸は、その勢いと言い、トーンの変化など、聴く者に熱く迫ってくるものがあります。塩鯛は、この位置で出るから聴けるネタ。その前のマクラが、ざこばネタで傑作。塩鯛の結納の前夜、ざこばは留置場に入ってたそうです。あとは、定番ネタと言っていいでしょう。歌之助がトリで、何を出すか注目していたのですが、オーソドックスなものでした。
 動楽亭がはねると、ウォーキングのつもりで、日本橋の電気屋街を通り、日本橋交差点まで移動。駅上のおなじみのネットカフェで、小1時間、時間調整。夜は、更に南森町へ移動して、繁昌亭の夜席に行ってまいりました。今夜は、九雀の主催する「江戸っ子だってねぇ!Vol.4」があり、東京から、林家正雀が来演するということで、行ってみました。その番組は、次のようなものでした。九雀・正雀・由瓶「挨拶」、福丸「金明竹」、由瓶「千早ふる」、正雀「?」、(中入り)、九雀「らくだ」。正雀のネタは、さっぱり検討がつかないのです。女房に逃げられ、乳呑み子を抱え、途方に暮れている男を助けたのは、カラスの化身の女。やがて、女はカラスに戻り、大空に戻って行ったあと、男手で育て上げるのだが、奉公先で見込まれ、大家の養子になった息子に疎んじられるようになった男が人間となって献身的に世話をしてくれたカラスを求めて、大空に羽ばたき上がっていくという、メルヘンチックな噺。噺の内容からして、新作ぽい感じがしています。「らくだ」は、二人が、棺桶を担いで歩き始めて、まもなくサゲとなりました。所要30分余というところです。特徴としては、屑屋が、最初からわりと明るい。熊五郎と長屋の人たちとの間を往き来するのを、楽しむという風情を出します。さすがに、3回目となる漬物屋に行くときは、じゃまくささや情けなさを出しますが。そして、酒を呑むくだりを、急いだのか、カットしたのか、せわしないものがありました。ほとんど酒を呑む仕種で推移しましたので、急いだ感が拭えませんでした。箸を持つ仕種に気をつかっている節が見れたのですが、これも、箸をひっくり返す仕種もなしだし、ましてや手で直接掴むという仕種も出てきませんでした。なんか、せわしない。紙屑屋の明るさは、一つの主張として納得できるのですが、この酒を呑む時間を大事にして欲しいというのは、かなり大切なことのように思います。由瓶ではダウンです。昼間もそうでしたが、どうも前半があやしい一日でした。




2011年 4月 3日(日)午後 9時 31分

 昨夜は、夜遊びなしの日だったため、早々に酒を呑み、ダウン。だが、そのあとがいけなかった。目が覚めると、まだ日が変わっていない。てっきり明け方かと思い起き上がったら、この様である。また、二度寝をするために、酒を呑みながら、何やかやしだしてしまい、すっかり生活のリズムが狂ってしまいました。今日も、昨夜からの寒の戻りが続いています。お出かけはお昼前。梅田のHEPホール。こちらであったテノヒラサイズの公演「致命的誤謬」を見に行ってきました。かなり倒叙的で、隠してある部分が大きすぎる、言いようによっては、かなりずるい作品。一人の定年を迎える男の人の送別会をどうするか、前半は嫌われ者の人が、実はそうではなかったことが判り、一転、積極的に送別会を企画していく。ここまでで、かなり進んでいるのですが、まだ大枠が出されてないという状態。そして、突如として、この話は、宇宙船内の話であり、進化した人類と、進化以前の人類の関係性の問題だとか、新しい星を求めて、宇宙をさまよっているところだとか、そのための食糧として、レタスが栽培されているとか、また、その栽培に関し異論もあるなんてことが、この段階で、突如出てきます。これだけの情報が、何ら臭わすことなく、いきなり出されるというのは、完全に反則としか、言いようがありません。役者陣は、特に男優陣が、いつもの如く達者ですが、この展開は、呆気にとられるしかありませんでした。芝居がはねて、時間調整の意味合いで、東梅田のネットカフェへ。小1時間の調整のあと、地下鉄で「心斎橋」駅へ移動。心斎橋シネマートで、韓国映画を一本見るつもりでした。ですが、どうやら時間を間違って行ったことが、着いてから判明。仕方なく、ミニウォーキングを開始。歩き始めて、息子のところに向かい出しました。息子のところまで、所要43分のミニウォーキングでした。




2011年 4月 3日(日)午前 1時 14分

 昨日は、仕事始め。昨年は、転勤ということで、慌ただしかったという印象はあったが、2年目となると、急に落ち着いたものとなってきます。夜は、弟の家に土産を持って行ったりで、夜遊びはお休み。そして、今日は、今年2回目の観能の日。脇能で稀曲が出るときは外すわけにはいかないのです。場所は、京都観世会館。かつて、「観世蛍雪能」という名前で行われていた、観世流の師範さんたちがシテを務める会で、今は「四季彩能」という名称で行われています。名前が変わって、年間のテーマが決まっています。今年は、「近江の能」ということで、京都の観世会では、珍しく脇能の稀曲が、連続して組まれましたので、それを逃す手はありません。「竹生島」「志賀」「白髭」と続くのです。今日の番組は、次のようになりました。能「志賀」「源氏供養」狂言「竹生島詣」。「源氏供養」も、紫式部がシテで、「源氏物語」を執筆したのが石山寺ですから、もちろん近江がらみです。「竹生島詣」は、解説に立たれた河村晴久師も初遭遇と言われていましたが、滅多に出ない曲です。中堅、若手の師範さんに、学者としても能楽を研究されている方が、京都観世会にも出てきていますので、少しずつ変わってきているようです。「志賀」は、大伴黒主がシテ。和歌というものの持つ力が、神的なものだという認識が中世にあったということが解らなければ、さっぱり何のことかという曲。六歌仙の一人に数えられる大伴黒主は、従って神に祭り上げられるということで、この能は成り立っています。前場で、樵姿で現れ、自身が黒主であると明かし、後場では、志賀明神となり現れ神舞を舞い、世の繁栄を寿ぐというもの。久しぶりに観て、神舞物だったことを思い出したほど、接するのは稀な曲です。神舞物ということは、脇能物でも「高砂」「養老」同様の分類をされるものということです。「源氏供養」は、美しい女性が出てきて舞を舞うという三番目物に分類される曲ですが、舞がイロエというほんの短いものしかないという特徴ある作品。「井筒」「野宮」のような序之舞、「松風」「熊野」のような中ノ舞が入らないということです。「源氏供養」も、中世的な前提が必要です。「源氏物語」のようなフィクションを認めたが、登場人物の成仏について責任を負わないというのは問題ありとの認識です。ですから、シテの紫式部は、光源氏の供養をしていない悔恨を持ちつつ現れます。それを、安居院法印(ワキ)という僧に依頼するのですが、布施に舞を所望され舞を舞うという展開です。その舞が、独立した舞ではなく、イロエという舞に入る準備運動的な舞に続いて、源氏物語54帖の題名を織り込んだ詞章を持つ謡に支えられて舞うという趣向の能です。「竹生島詣」は、主人に黙って竹生島詣をしたことを咎められた太郎冠者が、駄洒落を言って、主人の機嫌をを取り結ぼうとするのですが、あえなく失敗してしまうというまことにもって、たわいのない小品です。
 観能が終わると、夜に予定を入れていませんでしたから、ミニ・ウォーキングに出かけました。所要56分のウォーキングのコースは次の通りです。京都観世会館〜青蓮院〜知恩院〜円山公園〜二年坂・三年坂〜東山五条〜東山七条〜本町館〜京阪「東福寺」駅。夕方の5時過ぎでしたが、清水寺界隈は大変な人出、そのため、清水寺前まで行くことは断念しました。まだ、桜には早いのですが、ましてや、今日は、夕方になり、気温は急低下、にも拘わらず、この人出、円山公園では花見をしている人たちと、なんか、よく分かりませんでした。




2011年 4月 1日(金)午前 0時 20分

 朝の8時40分に、ヘルシンキ経由で、フランクフルトから帰ってまいりました。今回は、「9夜連続オペラでないと(ナイト)ツアー」と称した旅行を、ドイツで行ってきました。とにかく、毎晩オペラを見る。しかも、できるだけコンパクトに、しかもお好みの演目を拾っていくということをコンセプトに、企画を立てました。その発端は、冬にシュトゥットガルト歌劇場に行ったときに、3月の下旬に、「ランメルムーアのルチア」が上演されることを知り、ぜひ来るのだという意志を固めたのでした。ですから、迷わずシュトゥットガルトを基点に、コース設定をしました以下、その具体的なコース、及びオペラの演目を記しておきます。

 21日(月) [シュトゥットガルト]ドニゼッティ LUCIA DI LAMMERMOOR(ランメルムーアのルチア)
 22日(火) [シュトゥットガルト]ビゼー Carmen (カルメン)
 23日(水) [カールスルーエ]ヴェルディ LA TRAVIATA(椿姫)
 24日(木) [カールスルーエ]モーツァルト DON GIOVANNI(ドン・ジョバンニ)
 25日(金) [マンハイム]チャイコフスキー Eugen Onegin(エウゲニー・オネーギン)
 26日(土) [ヴュルツブルク]ロッシーニ LA CENERENTOLA(シンデレラ)
 27日(日) [ニュルンベルク]ヴェルディ Macbeth(マクベス)
 28日(月) [レーゲンスブルク]ロッシーニ Der Barbier von Sevilla(セヴィリアの理髪師)
 29日(火) [ヴァイマール]レハール Lustige Witwe(メリーウィドウ)ゲネプロ

 コンパクトながらも、無理なコース設定もあります。最後の「レーゲンスブルク〜ワイマール」の移動は、実に4時間半かかっています。それには及びませんが、「マンハイム〜ヴュルツブルク」の移動も、2時間半かかっています。あとは、1時間程度の移動でした。総合的に言って、今回のベスト3は、トップが、演出が気に入った「ドン・ジョバンニ」、次いで、作品の力に圧倒された「オネーギン」と歌劇場のレヴェルの高さを知った「マクベス」が続きます。
 そして、今朝、帰国。黄紺が到着するより2時間ほど早く、息子が、ラオスのビエンチャンからハノイ経由で到着していましたので、待っていてもらい待ち合わせ。無事帰国を祝して、朝から呑むこととしました。午前中から呑めるところとなれば、おさだまりの新世界、すっかり酔っぱらって帰宅となりました。
 夜は、早速、繁昌亭です。今夜は、「桂雀松・柳家市馬ふたり会」がありました。今まで、東京と大阪で1回ずつ開かれ、今回で3回目だということです。今日の番組は、次のようなものになりました。そうば「手水廻し」、雀松「太鼓腹」、市馬「味噌蔵」、(中入り)、市馬「転宅」、雀松「天神山」。「味噌蔵」と「天神山」がネタ出しをされていたのですが、もう一つずつは、本当に二人ともに得意とするネタを持ってきました。納得するとともに、もっと他のネタも聴いてみたいなの気分です。市馬は、よく言われるように、寄席で出しても大丈夫な噺という振りで入れる、また、実際に冒頭で触れてから入りました。「けち」と「盗人」の噺です。「味噌蔵」で、旦さんが外から帰ってきて、店の者たちが散財しているところと遭遇するあたりで、夜行便の疲れが、残念ながら出てしまいました。一番うとうととしてはいけないところでのダウンでした。けちで、結婚すれば、かみさんを養う米がもったいないと言うほどの男が、何やしら子どもができたことが゛嬉しそうと見える微妙なところを、市馬は出してくれていました。「転宅」は、中野で行った「二人のビックショー」では、コント仕立てにまでして上演していました。雀松の「太鼓腹」は、「どわいすき」の言葉が出てくる雀松の十八番。「天神山」も、ライト感覚で、春の温もりとともに、胴乱の安兵衛の温もりも伝わってくる好演。ということで、帰国してすぐに、えらくグレードの高い会に行ったものです。オペラも観たいは、落語も聴きたいわ、落ち着く暇がありません。




2011年 3月 20日(日)午前 5時 49分

 ようやく気温が上がってきました。お天気もいいし、春本番の雰囲気です。今日から、日本を離れますが、一番気になっているのが服装。一度えらいめにあってるもので、どうしても寒すぎたときのことを思い浮かべています。トゥールーズというフランス南部の町での経験ですから無視するわけにはいかないのです。ところで、昨日は土曜日でお休みにも拘わらず、日本を離れなかったのには、訳があるのです。夕方から、昔の職場の方々との再会が予定されていたのです。ですから、その昼間は有効活用しようということで、予定を組んでみました。まず、朝8時20分をメドにお出かけ。行き先は、テアトル梅田。昨日から、朝一番の時間帯に、オペラの映画が上映されているのです。昨日は、特に「椿姫」が上映されるということで、外すわけにはいかないのです。今回の旅行はオペラツアーで、観ることになっているオペラの一つですので、おさらいとして観ておこうの魂胆なのです。で、当のテアトル梅田に着いて、びっくり。余裕をみて行ったため、開館時間前に到着すると、早くも10人ほどが並んでいました。黄紺の後ろにも並ぶ人が出てきたりして、この映画が人気があることを、そないなことで知りました。プラシード・ドミンゴという看板が上がると、すごいものがあります。映画は、実写版です。第1幕の場面にせよ、第2幕のパリ近郊の家も、ともに豪華なお屋敷を使っての実写でした。そこに、豪華なインテリアに、豪華な衣装ですから、華やかさの演出は、これ以上ないというもの。あまりに豪華過ぎて、出演者が、その中に埋もれてしまうほど。新しい眼鏡に変えてからの初めての映画だったものですから、身体の持って行き方で、焦点がうまく合わなくなると、ホントに、主人公たちが分からなくなってしまう始末でした。そんななか、一つの不満があります。第1幕の「乾杯の歌」にせよ、他所から喚ばれてやって来たダンス・グループの人たちが、実際に踊るスペース確保が十分でないのです。歌手陣ではドミンゴはさることながら、ヴィオレッタを歌ったテレサ・ストラータスが素晴らし過ぎます。やはりヴィオレッタは細身でないと、ダメです。なんせ、第3幕では、瀕死の床にいるわけで、最後には亡くなってしまうわけですから、太っていては、あまりに違和感があります。そして、この人、とっても演技がうまい。ドミンゴは大根とは言えませんが、あまりに動きに差があります。この映画は、ドミンゴを聴きに行って、テレサ・ストラータスに魅せられて帰ってきました。演出で驚いたのは、ラストです。ヴィオレッタが、生気を取り戻したかのように、立ち上がり倒れます。これは、同じですが、立ち上がるまで、ヴィオレッタの横にいたはずのアルフレードもジェルモンも、画面から姿を消し、ヴィオレッタ一人が歩き倒れます。そのあと、カメラがフェードアウトすると、アルフレードもジェルモンもいないというものでした。先ほどまで、アルフレードとジェルモンに看取られていたのは、ヴィオレッタの夢であるかのように見受けられました。ならば、拍手を送りたいですね。全てが終わったあと、周りで鼻をすする音が聞こえました。黄紺は、この「椿姫」では泣けないのです。だってジェルモンさえいなければ、こないな展開にはならなかったでしょうし、第1幕で体調に変をきたしているヴィオレッタと一緒に住みながら、体調がわからないアルフレードも変ですし、第2幕で、ジェルモンが、何かしたくらいの頭が回らないとダメですね。そないな感じで、筋立てに不満があるので、そこまでの感情移入ができないのです。
 ちょうど12時に映画が終わり、買い物なんかをして、もう2時には帰宅。旅行の準備の詰めをしてから歯医者へ。無事、旅行前に治療を済ませることができました。そして、夜は京都で昔の同僚と再会。黄紺は、お酒をそんなに呑んでないつもりだったのですが、後半は居眠っていました。そして、帰ってからも爆睡。あともう少しでお出かけです。




2011年 3月 19日(土)午前 4時 59分

 今日は、今年度最後の出勤。明後日の日曜日出発で、春の旅行に出かけます。31日の朝に帰ってくるのですが、はたっと、今頃になって気がついたのですが、その日の夜は落語を聴きに行けるじゃないということ。そこで仕事が終わると、夜遊びの時間が遅めだったため、まずそれのチケットを買いに行きました。繁昌亭でしたので、定番の「京橋」駅から歩いて繁昌亭へ。まだ時間があったので、南森町のお馴染みの熱心カフェで40分の時間調整。それから、東西線で「新福島」へ移動。今夜のお出かけは、ABCホールでの芝居でした。劇団赤鬼の公演があったのですが、なかなか遭遇できなかった劇団に、ようやく出逢えたのでした。主宰者の行澤孝は、関西小劇場の有名どころの公演に行くと、しょっちゅう遭遇できる人。なのに劇団には、なかなか出逢えなかったのです。今日の芝居は「コズミック・ラテ」という題名。一人の男のモノローグから始まりました。そこへ、久しぶりに再会を約したと思える旧知の間柄の男女が集まってくる。どうやら、この男女が仲良くなっていったのに、何やら特別なわけがあるようなのだ。そこからは、ずっと彼らの高校生活のラスト6ヶ月が描かれていきます。彼らが知り合ったのは、合宿部。ただ、このクラブは、どのクラブにも行き場のない者たちが集まってくる。いじめられっ子、火事に逢い大火傷を負っている女の子、ブスで空気が読めない女、柔道で幼なじみに大ケガをさせ、ついには亡くなってしまい衝撃を受けている女の子という具合だ。そこへ、わけありの特進クラスの男子生徒が入部してくる。悲観の先行する部員たちは、卒業式で参列者を眠らせ、その間に、壇上で自殺をはかり、今まで自分たちを疎外してきた他の生徒らに復讐をと目論むのだ。その準備をしている間、生徒たちは活発に協力しながら、目標に向け動き出し、それまで関係などというものが看られなかったのだが、連帯感なんてものが生まれていく。そして、いよいよ計画実行の卒業式を迎え、ということで、ラストへとなだれこんで行きます。「泣かせる芝居」というのが、この劇団の売りだそうですが、人物設定が、ちょっとステレオ・タイプ過ぎます。なんていう文句はありますが、合唱部の連中が取ろうとした行為を編み出したということが成功なのでしょうね、そこに観る者の気持ちを緊迫させるに十分なものがありました。こういう劇団だったのかというのが、よく判りました。ただ、役者陣の質が、劇団の売れ方ほどではないなの印象は拭えませんでした。7時半開演という芝居でしたので、家に戻ったのは、もうほとんど11時、これは、ちょいっときついですね。




2011年 3月 18日(金)午前 6時 3分

 昨日は、仕事が早く終わったので、1時間の時間休をとり、ミニウォーキングに出かけました。と言いますのも、夜は、上新庄での落語会に予約を入れていたので、「守口市駅」から、うまくコース設定をすれば、1時間のウォーキングができ、程よい時間に上新庄に着けるとふんだのでした。コースは、次のようなものとなりました。京阪「守口市」駅〜豊里大橋〜大宮神社〜大阪府立北淀高校〜「豊里里2」交差点〜阪急「上新庄」駅。若干、迂回コースを設定して、1時間のほどよいウォーキングとなりました。
 そして、行ったのは、「上新庄えきまえ寄席」。毎月行われているこの会なのですが、本来は3月だけお休み。大相撲春場所のためなのですが、今年は春場所が中止ということで、急遽開催が決まったもの。しかも、ネタも相撲ものを並べるという洒落の利いたものとされました。その番組は、次の通りです。ひろば「大安売り」、文我「富士の雪」、(中入り)、まん我「鍬潟」、文我「稲川」。ひろばは、マクラで、腹の立つ運転手の話をしてました。提法寺で聴いたものです。確かに、ひろばの言う通り、わけの解らない人というものがいるものですが、そういった人がいるということを込みにして考えなければならないのが、今の世の中です。で、「富士の雪」は、「半分垢」。短いので、八百長相撲に絡めて、様々な嘘の紹介がありました。中入り明けの「鍬潟」は、演じ手の少ない噺。おもしろくないからと、聴くたびに思ってしまいます。身体が小さいからとからかわれてばかりいる男が、雷電を負かしたという鍬潟の話を聞き、また、相撲の稽古をすると、身体が大きくなると聞き、相撲部屋に入門。ですが、もうこのあたりで退屈になってきている。挙げ句の果ては、ダウンしちゃいました。せっかく随分と久しぶりに遭遇した「鍬潟」を全部聴けませんでした。「稲川」に入る前に、文我は、東西の違いを言うために、懐かしの漫才コンビを、どんどんと挙げていってくれました。と言うのも、「稲川」というネタは、この東西の違いというのが、噺のベースになっているのです。大阪相撲の稲川が、東京深川八幡境内で行われた江戸相撲に出て、全く人気が上がらない。特に築地の人らが応援する力士を敗ると、散々な言葉を浴びてしまう。そこで大阪に戻ろうとしたときに、思いがけないことが。このネタは、間違いなく講釈ネタでしょう。それらしきネタを、講談で聴いた記憶がありますから。上新庄に行くのも大変ですが、帰りも大変。幸い、昨日は早めに終わったので、10時には帰宅できました。




2011年 3月 17日(木)午前 4時 51分

 昨日は、いつもより勤務時間が30分くりあがったため、その分早く職場を離れることができたので、夜遊びに出かける前に、ミニウォーキング。京阪「京橋」駅から大阪城内を抜け環状線「玉造」駅まで40分ちょっとのものとなりました。そして、夜は「猫間川寄席」に、先月に次いでおじゃまをしました。番組は、次のようなものでした。三幸「ロボG」、花丸「宗論」、文我「菜刀息子」、(中入り)、坊枝「火焔太鼓」、文我「馬の尾」。三幸のネタは、三枝作品。「ロボG」の「G」は「爺さん」のこと。退化式ロボットのため、介護の実践トレーニングができるという、相変わらず着想力抜群です。花丸の「宗論」は初物。期待通りの大幅改作ネタでした。父親は神社の神主。しかも、生国魂神社の近くの目立たない「イカ玉神社」。ですから、前半は、息子が、その貧毛さをあげつらう展開。それが一段落すると、キリスト教徒の息子とのやり取りとなり、こちらは、だいぶと定番のやり取りを踏襲していました。「菜刀息子」は、文我の言葉によると、先代米団治が書いたものを残してくれたおかげで、現在再現できているとか。但し、「弱法師」という名を使っているそうです。吉朝は口演で、「弱法師」を聴いたことがありますが、ここまで、元ネタの後半部分。天王寺での親子再会の場面。能「弱法師」と同じ趣向です。でも、昨日の文我の口演は、40年ほど前に聴いた小南の口演と同じで、親子が離れる序盤から始まり、消えた息子を探す場面、そしてこのネタの白眉と思ってるというか、この場面があるからこそ、記憶に強く残っている、時の経過を、物売りの声の変化で示す場面があってから、天王寺での再会譚へと入っていきました。待ち望んだフルバージョンとの再会が果たせたことになりました。坊枝の「火焔太鼓」も定番。志ん朝からもらったというのが売りという逸品だけど、どうも、亭主にせよ、かみさんにせよ、トーンが同じような感じでは、客席は暖まりにくいものがあります。「馬の尾」に入る前に、文我は、自身の今回の地震体験を披露。「新宿」駅で地震に遭い、電車がストップした様子などの話を聞かせてくれました。やはり東京の揺れは半端じゃなかったということが実感できました。3日違いで難を逃れた偶然に思いを馳せながら聴いておりました。「馬の尾」は、桂文楽最後の日のネタということを紹介してからネタへ。文我か言葉ではないですが、まじめに聴く噺ではありません。引っ張るだけ引っ張って、最後はそれかいというネタです。昨日は、前夜遅くまで、オペラのDVDを観ていたため、絶対的に睡眠時間が少ない日。その影響が、よりによって「菜刀息子」のところで出てしまいました。でも、本筋は外してないはずです。




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