忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2011年 7月 9日(土)午後 9時 19分

  大阪市内遊歩(102)

 昨夜は、この夏一番の寝苦しい夜。まだまだこれよりすさまじい熱帯夜が、これから何度もあるのでしょうね。ウォーキングをして汗をかくのは、快感なのですが、寝苦しくて汗をかくのは、最低です。昨夜は、早く帰宅した関係で、早々とダウンしたのは、いつものことながら、夜中に目が覚めたときの不快感は、半端ではありませんでした。結局明け方まで眠ることはできず、お酒の力を借りて、ようやく二度寝をすることができました。
 で、今日は、昨日と違い、午前中にウォーキングを済ませてから、午後に、落語会に行くというもの。夜、今日も、自宅で過ごすというもの。ウォーキングは、午後の行き場所を考え、西淀川区内のいずれかのポイントを目指そうということで、コース設定をしました。その詳しいコースは、次のようなものとなりました。京阪「北浜」駅〜西天満どんぐり公園〜大阪野崎郵便局〜野崎公園〜地下鉄「中崎町」駅〜道引之地蔵〜JR「とうかい211」架橋〜地下鉄「中津」駅〜JR「うめだ006」架橋〜阪急電車架橋(中津4丁目)〜新十三大橋〜大阪府立北野高校〜大阪市立新北野中学校〜大阪市立田川小学校〜JR東海道本線「田川」踏切〜大阪市立東淀工業高校〜加島希望の家・正恩寺〜市民交流センターよどがわ〜大阪市立加島人権文化センター〜大阪市立加島小学校〜JR東西線「加島」駅。あとの移動を考えて、できれば「加島」、それが無理なら「御幣島」、最低限の歯止めとしては「塚本」を想定したため、淀川を渡る橋としては、新十三大橋をチョイス。この橋を、1時間以内に渡りきると、「加島」を終点にできるとふんでいました。実際には、渡りきったところで、1時間10分でしたので、「塚本」狙いは、この段階で捨て、「御幣島」と「加島」のチョイスは先延ばしにして、両者の分岐点とするポイントまで行ってから判断することにしました。淀川区は、わりかし時間を要するという気でいたため、そないな考えを執ったと思います。今まで、いいコースどりをしていなかったのでしょうね。今日は、ホント、途中から余裕を持って、「加島」まで行くことができました。加島地区を歩いていて、貴重な碑文を、目にすることができました。正恩寺というお寺というのが、この地区の解放運動で大きな役割を果たしたということを示すものです。並んで建っている「希望の家」は、解放運動の中でできた保育園だそうです。その前に、「希望の家」の謂れが認めてある碑文があり、併せて、正恩寺の位置付けも記してありました。正恩寺が、随分と立派な出で立ちだったもので、思わずふらふらと、門前 まで足を運んだ成果でした。
 「加島」から、尼崎乗り換えで、「塚口」に移動。今日の昼間は、「ピッコロシアター中ホール」であった「第10回阪神ハートフル寄席」に、初めておじゃまをしてきました。ピッコロの中ホールは、初めて入りましたが、舞台なんかを設営すれば、小劇場の芝居なんかをするのに、とってもいいスペースです。ということは、落語会をするのにも、格好のスペースということです。落語ファンが、多く詰めかけた会でしたが、その番組は、次のようなものでした。小鯛「延陽伯」、紅雀「向こう付け」、米二「植木屋娘」、雀三郎「遊山船」。小鯛は、右を向いて左を向いて、次の台詞が待ちきれないのでしょうね。ほんの僅か、フライング気味の台詞回しが、気になってしまいました。上手く口が回り過ぎたためでしょうか。風呂屋の場面はカットのショート・ヴァージョン。そのあとの3人が凄かったですね、今日。めちゃめちゃグレードの高い会に、おかげでなっちゃいました。「向こう付け」は、いつも書くことですが、アブナイ系男の登場落語です。東京の与太郎にしないで、無邪気で、可愛がられ、地域の中で存在感を持たねばなりません。紅雀の台詞にもありますが、「町内の人気者」でなければなりません。ご隠居が、好きで、会いたがる男でなければならないのです。紅雀は、ご寮さんに、「臨終の間際まで、喜ぃさんに会いたがったはんよ」とまで言わせます。喜ぃさんは、ご隠居の顔に被せてある白布をめくり、ご隠居に語りかけます。「もうじき、ご寮さんも、私も、そっちに行きまっさかい、待っといておくれやすな」、自分だけやなくて、目の前にいるご寮さんも入れてしまうのが、喜ぃさんです。ここ、気に入りました。ご寮さんも、つられて、無筆の喜ぃさんに帳場を頼むという失態を演じてしまうのでしょうか、そないな想像が広がってしまいます。帳場の場面は、ショートカット傾向。人の名前を、どんどん書かされる男と、下げに繋がる無筆の二人だけの登場に抑えました。米二の「植木屋娘」は、初遭遇もの。幸右衛門がいいのです。「うちのお父さんは、きょとで慌てもん」、これは、お光が、伝吉に言う台詞。この台詞に、最もしっくりきたのが、今日の米二が描いた幸右衛門。常に、体半分前のめりに突っ掛け、人の話は、半分以上スルーさせて、自分の言うことは、聞かせようとする。台詞で語られる人物に息が吹き込まれた感じです。この幸右衛門が出てきたときの、ごちゃごちゃ感が、とってもいい感じがしました。下げは、伝吉を植木職人として育てるという趣旨のもので、嫌な落ちをクリアしていましたが、そうなると500石の家督相続の話は、どないすんねんと突っ込みも入るところが苦しいところです。雀三郎の「遊山船」は、定評のあるところ。とにかく、2人の掛け合いが絶妙です。これに尽きます。まるで、しゃべくり漫才のように、間髪を入れずに、突っ込みが入ったり、ボケが入ります。およそ一人でやってるとは思えない掛け合いです。落語が終わると、お宝満載の抽選会。当たらないものです。




2011年 7月 9日(土)午前 1時 48分

  大阪市内遊歩(101)

 昨日は、前の前の職場での同僚が、年に1度集う日。今年は、開催の連絡が遅れたようで、参加者は、例年の半分くらいでした。そのため、いつもは数が多くてできない各自の近況報告をすることができました。来年は、7月20日の開催と決め、再会を約してお別れしました。とりあえずは、来年まで生きてられるようにしたいものです。昨日は、少し気温が低めだったのですが、今日は、きっちりと真夏の暑さが戻ってきました。今日は、夜の部として行きたいところもあったのですが、午前中は、ゆっくりして、大好きな真夏のウォーキングを優先して、夜は割愛することにしました。で、昼間は、繁昌亭の昼席に行ってまいりました。今日は、円楽が、夜席のきん枝会に出るということで、昼席にも出るというので、夜席はスルーして、昼席だけを覗いてみました。その番組は、次のようなものでした。ぽんぽ娘「寿眼無」、瓶二「看板のピン」、花丸「鉄砲勇助」、なすなかにし「漫才」、鶴松「刻うどん」、松枝「はてなの茶碗」、(中入り)、千田やすし「腹話術」、円楽「うだうだ」、かい枝「豊竹屋」、九雀「親子茶屋」。トップは、今日だけ、ぽんぽ娘。今週は、団姫が出番。ぽんぽ娘の「寿眼無」は、婆さんが、「寿眼無」の名前を言っている間に、お経になるくだりが入っています。瓶二は東京在住。以前、いつ聴いたか記憶がないほど。フレンドリーな口調で、周りの空気を、嫌みなく自分のものにする力があります。却って、次の花丸の方が、あざとい印象。肩肘はった印象が出てしまいました。「鉄砲勇助」は、オーソドックスに、しかし、小さく花丸テイストのスパイスが効かせてありました。木曽山中と北海道の話が出てきました。鶴松も珍しい、繁昌亭ならではの遭遇です。このあたりから、ちょっと半寝状態。「刻うどん」「はてなの茶碗」と続くと、ダメなのかな。松枝の「はてなの茶碗」は、初遭遇です。このネタをすることすら知りませんでした。主人公の油屋さんが、松枝の「三枚起請」の主人公のノリと看ました。軽〜く描くと言い換えればいいかな。松枝のいいところが出たネタかもしれないなとは思いますが、半寝ではいけません。円楽は、「夜席の声ならし」と言い、ネタをしませんでした。旅行噺あれこれっていうところかな。かい枝が、実力者らしい好演。浄瑠璃が様になっているので、ネタの強さが、最大限に出ていたと思います。それに反し、九雀の「親子茶屋」には乗れないなの感じがしました。九雀にしては、人物描写が、えらく荒かったですね。特に、色街の女の雰囲気に出てましたし、前半の親子の対話も、友だち同士の口喧嘩の雰囲気。愉快で楽しい九雀落語とはならず、ごちゃごちゃ感が残ってしまいました。
 繁昌亭昼席が終わると、直ちにその前から、ウォーキングのスタートをきりました。今日は、夜の部をカットしましたので、少し迂回をしながら毛馬橋を越えたあと、友渕小学校の南側の道を東にとり、突き当たれば少しずつ北側にずれて行くというコースをたどり、あとは、お時間に合わせて、最寄りの京阪電車の駅に到達しようというものでしたが、最後の15分ほどで、失態を演じてしまいました。順調に思い描いた通りのコースをたどり、あとはうまく行けば、「土居」駅まで行けるかと考えていたところ、道を間違え、「千林」方向に向かってしまいました。最終的に、「千林」駅の前に出てしまい、慌てて京阪電車の線路に沿って歩き、「滝井」駅到着までの所要時間は、2時間1分でしたから、十分「土居」駅まで行けたコースでしたね。詳細なコースは、次の通りです。繁昌亭〜地下鉄「扇町」駅〜北区役所〜黒崎町公園〜浮田公園〜南インド料理店「ダルマ」〜本庄東交差点〜大阪市立北図書館〜大阪市立豊崎中学校〜長柄公園〜毛馬橋〜東友渕橋〜都島友渕保育園〜大阪市立高倉小学校〜JR「じょうとう」架橋〜大阪市立旭陽中学校〜旭公園〜古市橋〜京かいどつ商店街〜千林商店街〜今市会館〜今市商店街〜京阪「千林」駅〜京阪「滝井」駅。




2011年 7月 7日(木)午前 4時 58分

 昨日から今日にかけては、根を詰めた仕事が待ち構えている日。なんとか、1日目は、目標通りに運んだので、ちょっと胸を撫で下ろしています。そして、今日の分に、ちょっとだけ、手を着けかけたところ、節電ということで、クーラーを切られてしまいました。切られてから、15分でギヴアップでした。まあ、翌日があるので、そないなところでのギヴアップは可能でしたが、お目めは虚ろ、肩から背中になけては、ガチガチにこりきっています。そして、今夜は映画を観てきました。「新京極シネラリーベ」で上映中の日本映画「プリンセス・トヨトミ」です。講談の「難波戦記」なんかで語られる素材を基に、万城目学が、自由に展開した物語ということで、講談会に行くと話題に上っていた関係もあり、かねてから狙っていた作品です。でも他愛のない話でしかありませんでした。「大阪国」の着想だけの話と言えばいいかな。原作ではどうだか分かりませんが、「大阪国」に気づくのもあっさりとしているし、気づくと、呆気なく種明かしをされてしまうし、有名な俳優さんが、なんで、こないな役やってんだで、種明かしの前にバレてるし、エピソード作りで、真田大助は女装趣味になってるし、番長にいじめられるしと、なんか展開が下世話なのです。「大阪国」の発想だけで、猫だましをくらい、下世話なエピソードで引っ張っいくという、強引さが目立っちゃいました。




2011年 7月 6日(水)午前 0時 55分

  大阪市内遊歩(100)

 昨夜の雨で、今日のお天気が心配されたのですが、ぱっちりと夏の晴れ間。となると、日曜日に再開したウォーキング日和。股関節に不安を抱えながら、今週は、体力に余裕ができそうですので敢行しました。今日も、午後に予定を入れていますので、それに合わせてコースを設定しました。その詳細なコースは、次のようなものとなりました。京阪「天満橋」駅〜韓国料理店「ベジテジや」〜中大江公園〜大阪市立南大江小学校〜南大江公園〜イタリア料理店「来鈴亭」〜大阪市立中央小学校〜高津公園〜高津神社〜生国魂神社〜大寳寺〜大阪夕陽丘学園高校〜大阪市立五条小学校〜天王寺区役所〜久保神社〜興国高校〜大阪市立聖和小学校〜大阪市立西生野小学校〜大阪市立生野中学校〜生野本通り中央商店街〜大阪市立林寺小学校〜桑津町3丁目歩道橋〜桑津天神社〜美章園公園〜文の里公園〜文の里商店街〜地下鉄「昭和町」駅。谷町筋から一本西側の通りを南下するというのが、前半のコース。高津公園の北側の通りで行き止まりとなり、高津神社の西側の通りへ移ることになります。しかし、すぐにこの道は、千日前通に遮られ、迂回してから生国魂神社の前へ。しかし、この道も、夕陽丘学園のキャンパスに遮られてしまいます。そこで、南下を諦め、東に方向を変え生野区に入り、そこからは、時計とのにらめっこで、「動物園」前に移動しやすい駅探しで、最後のコースが定まりました。最初、「美章園」で切り上げるのがいいかなと思っていたところ、5分残っていましたので、移動が楽な「昭和町」にしたところ、「文の里」付近で道に迷い、結果的に10分の超過となり、ちょっと慌ててしまいました。
 「昭和町」から、御堂筋線一本で、「動物園前」に移動。午後は、「動楽亭寄席」に行ってまいりました。今月は、これで月2回を達成です。今日は、トリが吉弥、中トリがざこばだったからでしょうね、平日の昼間なのに、満員の盛況でした。開演15分以上前から、開場を待つ人の列が見られたくらいでした。その番組は、次のようなものでした。そうば「手水廻し」、吉坊「商売根問」、米紫「替り目」、ざこば「遊山船」、(中入り)、わかば「いらち俥」、吉弥「皿屋敷」。そうばと吉坊の高座は、ウォーキング疲れで半寝の状態。そうばは、何度か聴いている「手水廻し」だったので、そないな状態でもいいのですが、吉坊は、「商売根問」の演じられにくい部分を出していたので、悔しさが残ります。米紫の高座は、相変わらず、パワー全開です。力みとなるか、元気いっぱいととれるかは、それぞれの高座の出来具合で分かれてしまいますが、酒のネタは、どうしても、力みと映ってしまいます。酒呑みの噺ほど熟練の要るものはないですね。ざこばは、孫の話を中心に、マクラが随分と続いたので、今日は「うだうだ」で下りるのかと思っていたら、いきなり「遊山船」が始まり、びっくりでした。流れは常のものでしたが、思いつきくすぐりが入ったり、飛ばしてしまうところが出てきたりして、ざこばらしいと言えば、ざこばらしい高座でした。わかばは、もう47歳だそうです。わかばで、「いらち俥」は2度目となりますが、以前に比べて、体の切れは、確実に落ちていました。歳は争えないものがあります。吉弥の「皿屋敷」は初遭遇。皿屋敷の謂れを教えるおやっさんが、えらく威張り散らしています。なり陰気な出だしでした。姫路の街中という感じがせず、田舎っぽく響きました。
 動楽亭からは、徒歩で35分歩いて、千日前のおなじみのネットカフェに移動。小1時間の時間調整をして、夜に備えました。夜は、ワッハの4階であった「2パターン」に行ってまいりました。今日は、落語会の2連発ということになりました。この会は、同期の吉の丞とべ瓶の会。今日は、2人とも、大ネタを、ネタ出しをして、会に臨みました。ところが、行ってみてびっくり、不入りなのです。今日は、他には、目立った会もなく、ましてや、この2人、しかも、べ瓶の、大阪での復帰戦だというのに、この不入りは、どうしたことでしょうか。いずれにせゆ、番組は、次の通りです。吉の丞・べ瓶「挨拶」、べ瓶「江戸荒物」、吉の丞「高津の富」、(中入り)、吉の丞「千早ふる」、べ瓶「崇徳院」。2人とも、ネタ出しをしていた大ネタの出来栄えが素晴らしかったです。「高津の富」は、前半の空っけつのおやっさんのホラ話を丁寧に描き、一挙に引き込まれてしまいました。逆に、当り番号を探し当てるくだりは、しつこさを排除しようという意図が、よく伝わってきました。ただ、吉の丞は、自分でも言ってましたが、声が大き過ぎます。ここで、抑揚がつくと、大きなステップアッブをすると思うのですが。このネタは、6代目松鶴から南光へ、そして、吉の丞に伝わったそうです。「千早ふる」の方は聴き慣れたネタですので割愛です。べ瓶の進歩ぶりは、目を見張るものがあります。謹慎期間中も、ネタをくってたなの感じです。自然な流れが、とても心地好いです。ですから、目前にとらわれたどうでもいいくすぐりは捨て、ネタをしっかりと演じてくれるだけでいいと思うほど、いい流れです。冒頭で、熊五郎が、若旦那から話を聴くのも、余計なくすぐりを排して、がさつな男だということが判れば十分だの気分で演じると、本格派の道を歩めるのではと思うほどの大変身です。なお、このネタは、米朝〜仁鶴〜仁嬌と渡ってから、べ瓶に伝わったとか。今日の口演を聴いていると、やっぱべ瓶は、戻ってきて正解です。




2011年 7月 4日(月)午後 11時 20分

 寝不足なのか、疲労の蓄積なのか、今日一日が、ずっとどよ〜よんとしていました。仕事をしようとすると、やたら眠たくて仕事にならない。幸い切羽詰まった仕事は、ゆとりのある間に、前倒ししてやってあったため、事なきをえました。夜は、テアトル梅田に、トルコ映画「蜂蜜」を観に行ったのですが、ほぼ居眠り状態でした。だいたい筋立ては、いろんな情報でだいぶと入っていたのですが、圧倒的に少ない台詞、BGMなし、ほぼ森の中ばかりが、画面に続くでは、今日の私には、最悪の環境。最後、父親の死が知らされたときに、ユスフは帰ってきます。雨が降ってたからでしょうか、バッチをもらったからでしょうか、小走りに軽やかに帰ってきました。その小走りには、ユスフの意志が込められています。「早く、お家に帰ろう」という。人々が、自分の家に集まっているただならぬ姿を見て、万事を知ったと思われるユスフは、同じ小走りで、道を引き返し森の中に入って行きます。そして、黄昏とともに、木株に身を寄せ微睡むのでした。「えっ、これで終わるのか」と、一瞬たじろいだ途端、「Bal」の文字が浮かび、ここでも、BGMなしでクレジット画面となりました。これで、ユスフの自立の芽生えを表したとの評価が出たのだと思います。その前に、涙を流し途方にくれる母親の前で、嫌いなミルクを飲むシーン、次いで、父親が消えてから、言葉の出なくなったユスフが、学校で本読みの時間に、ちょっとだけ声が出て、バッチをもらうシーンが入っているので、森の中に入って行くラストを読み解くことができる仕掛けになっています。「僕のうちはどこ」のニューヴァージョンのような映画ですねと書きたいのですが、大半をダウンしていたため、あんまし観てきたような書き方は慎まねばならないのですが、書いちゃいました。




2011年 7月 4日(月)午前 0時 15分

  大阪市内遊歩(99)

 今日は、せっかくの日曜日ながら、二度寝もせずに、眠気眼のままおでかけ。久しぶりに、繁昌亭の朝席「あされん」に行くつもりだったからです。あとの予定とかで無理がなければ行くことの多い繁昌亭の朝席です。八斗「代書屋」、三弥「火焔太鼓」、三四郎「憂鬱なヴァイオリンの調べ(仮題)」、べ瓶「いらちの愛宕参り」、三弥「悋気の独楽」。八斗は、春団治に習ったとも思えるような丹精な「代書屋」を披露。入門後そんなに経ってない噺家さんの「代書屋」は珍しいかな。ですから、教えてもらったことを、きっちりなぞることは大切ですね。三四郎は、自作のネタ下ろし。43歳になっても親がかりの男を表現するという着想は奇抜ですが、噺の展開が追いつかなかった感じは、残念ながら否定できませんでした。べ瓶は、破門明けでは、初遭遇。ネタも、新しいものを期待したのですが、ちょっと外されてしまいました。でも、復帰は嬉しいこと。今後の活躍を祈念するところであります。三弥の2つ目が「悋気の独楽」と判ると、がっかり感が一挙に睡魔を呼び寄せてしまいました。新しいネタを期待していたのですが、、、。
 繁昌亭の朝席が終わると、昼食を摂らずに、ウォーキング開始です。時分時でしたが、食後すぐのウォーキングよりはいいだろうの気持ちです。その詳細なコースは、次の通りです。繁昌亭〜インド料理店「インド・タイガー」〜都島橋〜JR「かんじょう117」橋梁〜都島自動車学校〜大阪市立都島小学校〜善源寺楠公園〜春風橋〜毛馬橋〜長柄東交差点〜大阪市立豊仁小学校〜本庄公園〜JR京都線樋口架道橋〜地下鉄御堂筋線地上出口〜富島神社〜大阪市立中津小学校〜中津商店街〜長尾谷高校梅田校〜中津5交差点〜梅田シティ〜JR「大阪」駅〜大江橋〜京阪「淀屋橋」駅。繁昌亭から、一旦東に向かい都島区の大川よりを歩き、毛馬橋を渡り、今度は淀川の南側を内に入った道を西へ。あとの移動を考え、また、残り時間を考え梅田のj繁華街を貫通し、御堂筋を通り「淀屋橋」駅へとの目新しさのないもおとなりました。これで、所要2時間5分です。股関節に違和感を感じ、2週間自重していたウォーキングの再開の日だったのですが、果たして、明日以後、再発しないかが心配なところです。
 「淀屋橋」から「なんば」に移動。昼は、トリイホールの「三遊亭王楽ひとり会」に行ってまいりました。王楽は、東京でその高座に触れ、えらく筋のいい人だなと感じていたため、この会をチョイスしてみました。その番組は、次の通りです。王楽「高砂や」、団姫「松山鏡」、王楽「愛宕山」、(中入り)、王楽「子は鎹」。しかし、残念ながら、2週間ぶりのウォーキングが響いてしまいました。「子は鎹」は、まともに聴けたのですが、あとは中途半端にしか聴けてないのです。「愛宕山」は、春の描写が、上方では入るのですが、それはないのだなくらいで、あとはダウンという始末です。「子は鎹」は、子どもが、母親といるという形。父親が、偶然子どもと出会い、進展のきっかけとなるという型でした。父親の熊五郎がいいですね。それに反して、子ども、かみさんが物足りない。そして、感情の表現が直接的過ぎます。いろんな意味合いで、感情をストレートに表しがたい登場人物の心情を、もう少し丁寧に表して欲しかったな。特にうなぎ屋のくだりは、あまりにはしょりすぎ。ですから、尻すぼみの感が否定できませんでした。前半、大阪での初の独演会ということで力みを感じ、こないに嫌なやつだったかの感を持ってしまったのですが、「子は鎹」のマクラなんかに入ると、堅さもとれ、本来の調子に戻っていましたが、経験不足という感じで、表現の細やかさの薄さを感じてしまったのですが、これは、東京で聴いたときも、同様の感想を持ちましたから、予め織り込み済みで行っています。5年後、10年後を楽しみに、今の王楽を聴いておこうの気持ちで行ってますから、これでいいのだの気分です。
 トリイホールがはねると、近くのおなじみのネットカフェで、小1時間の時間調整。夜は、息子と待ち合わせをして、「イスタンブール・コナック」で会食。ラクをキープしたので、息子を誘っての会食となりました。




2011年 7月 2日(土)午後 10時 52分

 昨夜は、二度寝がばっちりきまり、睡眠時間を確保できたため、爽やかなお出かけ。暑さは、ぶり返してはきていましたが。今日は、まずは、動楽亭です。月初めの定番、こちらの定席です。特段、何もなければ、こちらの落語会には、自分のスケジュールと出番を睨み合わせて、行く日を決めていますが、あまり週末には行かない傾向にあったのですが、今日の午後は、「市馬・喬太郎二人会」の予約をするのを忘れたものですから、特に行くところがあるわけではなかったものですから、土曜日に行くことにしました。番組は、次のようなものでした。二乗「普請ほめ」、まん我「桑名舟」、米左「一文笛」、紅雀「青菜」、(中入り)、塩鯛「近鉄バッファローズ話」、雀松「菊江仏壇」。今日もと言えばいいかな、途中から急に起きてられなくなりました。確かに動楽亭に着く前の30分間は、ミニミニ・ウォーキングをしたのは事実なのですが、僅か30分のこと。それで、丸で2時間も歩いたかのようなことが起こるとは考えてもいませんでした。まともに聴けたのは、「桑名舟」まで。中入りで覚醒して、塩鯛の変化技は、短かったため聴けたのですが、2度目となる雀松の「菊江仏壇」は、こないだと違うところで、朦朧としてしまいました。結果的に、今日の目玉となったのは、まん我の「桑名舟」。文太と文我以外では、まん我くらいしかやらないネタ。まん我で初遭遇できたのが、目玉というわけです。威張り散らす侍がこけにされる噺で、なかなかおもしろい噺だけど、演じ手がいないですね。塩鯛は、近鉄バッファローズ仕立ての着物を着ての登場。元近鉄バッファローズのオーナーに作ってもらった逸品だそうですが、なぜ近鉄バッファローズの噺をするとかなったかというと、昨日も、トリに出た米左が「菊江仏壇」を出したため、他の噺家は、短めの噺を出さねばならなくなったので、塩鯛は、近鉄話で降りたそうなのですが、「明日は、近鉄の落語をします」と言ってしまったために、先ほどの出で立ちでの登場となったそうです。ネタは、近鉄バッファローズの可笑しげな応援歌を作る噺でした。また、雀松が、「菊江仏壇」を出すから、このネタをすることにしたとも言ってました。雀松の「菊江仏壇」は、繁昌亭で吹っ飛んでしまった冒頭の長台詞を聴くことができました。まず、親旦那、次いで、それをまぜかえす若旦那の長台詞が続きます。雀松にしては、厳しい表情で、親旦那は説諭していきますが、重さが、まだまだ足りないぞと思いましたが、若旦那の身勝手さが、雀松ペースに合うようで、これで、だいぶと挽回はできたのですが、満足はできなかったなぁ。そんなで、自分に不満の残る動楽亭となりました。
 動楽亭を出ると、千日前へ歩いて移動。夜の部までの間、いつものネットカフェで時間調整。夜は、長居スタジアムで、サッカー観戦をしました。Jリーグの試合を観るのは久しぶりのことです。セレッソと、今現在、首位を走るレイソルの試合でした。しかし、日本のサッカーを観に行くと、女子どもが、めっちゃ多いですねぇ。特に、試合をじっと最後まで観戦できない子どもの多いことったら、ありゃしない。長居スタジアムは、サラリーマンや年配のおっさんが、ぽつんと一人で、試合を観ている姿を見ることができ、小さな子どもが溢れかえっているガンバの試合と違い、いいところだなと思っていたのですが、もう過去の話となりました。試合は、序盤からセレッソが躍動。オリンピック世代の清武、乾といった売り出し中の選手の活躍で、前半20分も経たない内に、2点を先制。そこで、レイソル側に退場者が出て、試合の興味は、一挙になくなりました。後半に、3点目が入った段階で、席を立つタイミング計るようになり、後半35分で、実際に席を立ちました。JR「鶴ヶ丘」駅に向かって歩いていると、スタジアムで大歓声が上がったので、更なる追加点が入ったものと思われます。こないな試合でも、日本では、帰って行く人は、ほとんどいませんね。不思議な光景です、自分的には。




2011年 7月 2日(土)午前 7時 14分

 もう7月。ところが、前夜来の雨で、一昨日までの酷暑が和らいでくれました。先日、シュトゥットガルト歌劇場からのメルマガで、夏以後のスケジュールが発表されていることを知り、それならば、他の歌劇場もそうだろうと、頑張ってドイツの歌劇場のHPにアクセスして、情報をかき集めています。この段階では、大都市の歌劇場は、ほぼ来季のスケジュールを発表していることが判りました。ですが、中小都市の歌劇場となると、もう少しの猶予が要るようです。出揃えば出揃ったで、組み合わせてというか、コース作りに、新たに頭を痛めます。3月には、ロッシーニの「ウィリアムテル」なんてのが、ニュルンベルクで出ますし、ドレスデンの喜歌劇場では、よだれの出そうな演目が並んでいます。ま、それはいいとして、昨日は、まず映画です。「梅田ガーデンシネマ」であったイラク映画「バビロンの陽光」です。かなりしんどい映画です。話は、サダム・フセイン政権崩壊後3週間という時期からスタートします。婆さんと孫が、さる刑務所を目指して、危険極まりないイラクを旅しています。孫の父親、即ち、婆さんの息子の消息を確かめにです。息子は、1991年と言ってましたから、湾岸戦争の時期、刑務所に収用されたという情報を頼りに、フセイン政権崩壊で、釈放されるのではの期待からです。だが、行ってみると、解放リストには、名がなく、係員からは、集団墓地を紹介されただけでした。でも、集団墓地でも遺体が発見されず、また、他の集団墓地へ行けと言われます。それが繰りかえされているうちに、婆さんは精神的にもたなくなっていきます。そして、ラストへと繋がっていくのですが、そういった婆さんの姿を見るにつけ、孫が確実に成長を遂げていくという物語です。荒れたバグダッドのバスターミナル、おんぼろのバス、瓦礫の転がる街角、イラク戦争の様相が伝わってきます。そんな中で、優しさを持ったイラクの人々の登場が、ほっとさせます。民衆の目で映画は作られています。「サダムは糞だったが、アメリカもブタだ」という台詞に、それが象徴されているようです。ヒッチハイクをして乗せてくれた車の運転手は、一旦金をもらいながら、別れのときには、「これは、婆さんの金だろ」と言って、金を返します。バスターミナルで孫が出会った少年は、乗り遅れた婆さんを、必死でバスに乗せてくれます。帰りのバスで出会った男は、2人が気になると言い、ずっと寄り添おうとしてくれます。集団墓地で、夫が行方不明になり、同じように墓地に来ていた若い女は、「言葉は解らないけど、悲しみは伝わってくる」と言います。婆さんと孫は、クルド人なのです。孫は、アラビア語が解りますが、婆さんは、全くアラビア語を解さないのです。クルド人でもない、アラブ人でもない、人間としての悲しみが伝わってくる素晴らしいシーンです。映画だからこそ、こういったシーンを作り出すことができ、一つのメッセージを伝えることができるのです。帰りのバスで出会い、寄り添おうとした男は、かつて、サダムの政権下で、クルド人殺戮に動員された男でした。最初、それを知った婆さんは激怒します。男の優しさを受け入れられません。ここで、「許す」ことの大切さを、この男との交流を通じて、監督は伝えようとしています。イラク国民が心を一つにする方策を、なんとか編み出そうとする智の呈示なんでしょう。深い、イラクへの愛を感じます。「糞」も、「ブタ」も要らないイラクへの愛を感じます。これも、映画だからできることですが、古代メソポタミアの遺跡、物語が絡め取られています。外国人として羨望の的であるバビロン遺跡なんかは、物語の重要なプロットとして使われています。これって、映画への彩りとして添えられているのではないのですね、クルド人でもない、アラブ人でもない、イラクを愛している、もちろん狭小な民族主義ではない、人間愛的観点でのアイデンティティを見せてくれてるのでしょう。黄紺は、言うまでもなくイラクへは行ったことないのですが、お隣のシリアへ行ったことがあります。なんとピュアな人たちよと、ほんとにほっこりとしてしまいましたが、その感性で、この映画は観なければならないのだなということが、映画の後半になるにつれ解ってくると、徐々に、胸が締めつけられるようになってきました。お薦めの一品です、この映画は。
 映画が終わると、梅田シティからミニミニ・ウォーキング。と言っても、30分間、地下鉄「淀屋橋」駅まで、JR「福島」駅経由で歩いただけですが。そして、難波に移動。夜に備えて、千日前のネットカフェで時間調整。夜は、ホントに久しぶりに、「イスタンブール・コナック」へ行き会食。最初の職場で出会った元同僚と、ん十年ぶりの会食でした。これは、先日、文楽劇場前で、その内の一人と出会ったのがきっかけです。他の一人が、9月にトルコに行くということを知ったので、ならばトルコ料理店で会食をしようではないかということになった次第です。久しぶりに会ったR氏の体型が変わっていたのに、無沙汰をしていた年数を感じてしまっていました。だべること4時間、ん十年が、一挙に戻ってきた感じでした。ウォーキングおばさんになっている一人と、ならば、京阪「淀屋橋」まで歩こうと、ほとんど深夜徘徊の様相で帰路に着きました。




2011年 6月 30日(木)午後 11時 24分

 昨日は、仕事が延びてしまい、あえなく落語会を断念。幸い予約を入れるような会ではなく、被害は出ませんでしたが、かなりショック。今日は、無事に職場を出ることができ、スムーズに繁昌亭へ。今夜は「雀松向上委員会in繁昌亭」がありました。目玉は、「菊江の仏壇」です。それを含めての番組は、次のようなものでした。雀松「雀松時遊本舗」、鯛蔵「二人ぐせ」、雀松「播州巡り」、こごろう「書割盗人」、雀松「菊江仏壇」。この間では、期待度が最大級の会だったのですが、今日は、とってもアンラッキーな日。昨夜は、午前2時前に目が覚めたまま、眠れていなかったのです。かつて、南海さんの会が、いつも、この状態だったことを思い出します。休日の2日後に、よくあるパターンなのです。フル勤務だった頃は、火曜日に、よく看られたことで、これは辛い。仕事に、なかなかならない上に、楽しいはずの夜遊びが、却ってストレスを招くというやつです。朦朧として、ダウンしなくとも、前で喋られていることが理解できなくなってしまいます。鯛蔵のときが、一番ましだったかな。それからあとは、体力が続かない感じでした。「播州巡り」は、演じ手の極めて少ない噺。福笑・たまの師弟と、松之助からもらったという石松、それに、明石出身ということで、覚えたと思われる阿か枝くらいでしょう。前座噺で、旅をしながら、二人が他愛ない会話を延々と繰り広げていくという噺ですから、変化がない。ましてや、雀松のライトで流れるような口演に、まどろんでしまいました。明石から始まり、最後は、どこまで二人は歩いたのでしょう。こごろうの「書割盗人」は、家具調度を描くときの描写が丁寧なのが、人気の口演。今日も、それが、客に受け入れられていました。「菊江仏壇」は、なんと、冒頭の長台詞が飛んでしまっています。最大の聴かせ場が、いきなり訪れるという、大きなハードルが待ち構えており、演じ手の調子なんかが推し量れるところが、吹っ飛んじゃいました。放蕩の若旦那が、番頭をいびるところ、店の者が酒を呑み、くだをまくところがいいですね。「菊江仏壇」は、救いのない噺です。後味が悪く、聴いたあと、胸に重いものが残る噺と、よく言われますし、黄紺自身も、そう思いますが、今日の雀松の口演は、それがないというか、極めて小さいのです。それは、中盤の宴会のシーンの、ライトだけど、インパクトの強い描き方が、同時並行で起こっているお花の死を忘れさせる力を持っていたからだと思います。雀松の力量の凄さが判ると同時に、果たして、そういった描き方が妥当かという問題は、別口のような気が、一方でしてきます。若旦那の行動に、救いなんてものはないのだから、そのような描き方は、的を得ていない、救いのない噺として、後味の悪い噺として描くのが至当との考え方が湧いてきても、おかしくないとも思えるからなのです。やはり、これは、難しいネタです。




2011年 6月 28日(火)午後 10時 21分

 朝から、ぐんぐんと気温上昇。梅雨は明けたのでしょうか。ウォーキングには最適の季節。でも、諦めています。じっくりと、回復を待たねばなりません。今日は、まず、寝屋川のお気に入りのお店で、お昼ご飯。この間、いろいろと外し続けていましたから、嬉しいお昼となりました。そして、お店の前から、股関節を傷めたときの定番、京阪「萱島」駅までのミニミニウォーキング。それだけで、汗びっしょり。早くも、本日1回目の着替え。そして、「北浜」経由で難波へ。今日の午後は、ワッハのライブラリーで、次のような映像資料を観ておりました。@NHK-TV「上方演芸ホール〜必見寄席芸ワールド〜」、姉様キングス「音曲漫才」、染二・染弥・染左「富士の裾野」、染丸・染二・染弥「松尽くし」、橘右佐喜「寄席文字を学ぼう」、横山ホットブラザース「音曲漫才」、河内家菊水丸「河内音頭〜八百屋お七〜」ANHK-TV「上方演芸ホール〜ピン芸人大会〜」、木川かえる河「ジャズ漫画」、神田山陽「講談:宮本武蔵」、ケーシー高峰「時事漫談」。BNHK-TV「日本の話芸」、露の五郎「夢見の八兵衛」。@は、姉キンが、NHKに出た記念すべき番組。音曲系を伝えるコンビとしての出演です。染丸一門は、染雀は出ず、染丸御大自らが、「松尽くし」を演じるという貴重なもの。ホットの師匠も、芸尽くし。ノコギリ演奏も、客席よりリクエストをとるサービスぶり。河内音頭も、「八百屋お七」から始まり、言葉遊びに入る凝ったネタが披露されています。Aの「ピン芸人大会」は、データ検索をしていたとき、神田山陽の名前が、目に入ったためのチョイス。更に、木川かえるも気になる。第一、木川かえると神田山陽が並ぶなんてのは、通常ありえない組合わせ。割り当てられた時間は、芸の性質上、1枚描いておしまいにはできないでしょうから、木川かえるの方が長いものがありました。山陽は、講談の解説に大半を使い、ネタは、武蔵が狼に取り囲まれる知られたところ。でも、取り囲まれて、さてどうなるのでしょうで終わっちゃいました。しかし、山陽の立て弁は見事です。Bも、新収蔵品の一つで、目を付けていた映像。露の五郎のこのネタは、自分的には、落語を聴き出した最初期に聴いた思い出の詰まった高座なのです。首吊りをする前のぼやきは、この映像でも言ってます。「私、このネタ、これがあるから、嫌ですねん」、それが言い終わると、素早く首吊り死体に変身します。白眼を剥くのが、やたらリアルです。「日本の話芸」は、30分ですから、五郎は、かなり長いマクラをふっています。それが、実に貴重な話。雁玉十郎が和解したときの、漫才ではなく、芝居の舞台を取り持ったのが、二代目春団治で、当時、春団治のお付きをしていた春坊時代の五郎の思い出話が聴けたのです。程よくカットされてはいましたが、貴重なものが、映像資料として残ったものです。
 ワッハに、今日は、2時間半ほどいたかなぁ、まあ、その辺を目安にしていますから、そのあとは、ネットカフェで、夜遊びまでの待ち時間としました。トルコのサッカー関連のニュースを追いかけ、手持ちのオペラのDVDを観るのには頃合いの時間を過ごせたと思います。夜は、千日前から谷六に移動。「薬業年金会館」であった「第167回旭堂南海の何回続く会?」に行ってまいりました。2日連続の講談です。この会は、来月から、いよいよ「八犬伝」が受始まります。今日は、その前に、時節柄ということで、「曽我物語」が読まれました。時節柄というのは、仇討ちが敢行されたのが、旧暦5月28日、五月雨降りしきる中だということです。南華さんは、「曽我物語」を、現在、何度にも分けて読まれています。それを、1時間半の中で、全部やっちゃおうということですから、土台、いいところ取りになってしまいます。父親が討たれる話は、発端になるので、まず、そこからスタート。それ以後、選ばれていった話は、次のようなものでした。箱王の出家、出家修行並びに得度を受けずに下山、母による勘当、大磯の茶屋で頼朝主宰の狩りの開催を教えてもらう話、「小袖曽我」として知られた母との永久の別れ、狩り場へ勢子として仇討ちの機会を窺う2人、、、とここまできて、「門教え」の下りに入り、南海さんの立て弁が続き、いよいよ仇討ち敢行かと思うと、仇討ちが成功し、十郎は討たれ、五郎は処刑されたと言って終わっちゃいました。要するに、時間切れになってしまったのです。ですから、五郎が、御所五郎丸に道を教えてもらったり、討ったあと、五郎丸と再会したとき、敢えて勝負を挑まないで捕縛された話はカットでした。ただ、冒頭で、講談での「曽我物語」の脚色の話をされたときに、その例として、御所五郎丸関連の話をされたので、ぎりぎりセーフかな?




2011年 6月 28日(火)午前 0時 12分

 真夏日なのが、もう当たり前になってしまいました。朝から28度以上あるのですから、半端ではありません。夕刻、夜遊びにでかける際、ミニミニ・ウォーキングをしましたが、暑さに反し、随分といい風が吹いていました。爽やかな気分を、少しは取り戻した感じがしました。今夜は、徳徳亭であった「連続講談席〜新鋭四人会〜」に行ってまいりました。昨日と今日と、2日連続の講談会を、今回で3度目になるようです。覗いたのは、初めてになります。今日の番組は、次のようなものでした。南斗「将棋大名」、南舟「赤穂義士伝〜矢頭右衛門七〜」、南青「後藤又衛門〜大坂城入城〜」、南湖「浪華百人斬二人目」。ところが、今日は絶不調。もう、南斗の高座が始まった途端に、目をこすっている始末。目をこすらないと、お目めがしっかりしないときって、必ずダウンしてしまいます。南斗と南舟のネタは、普段からよく耳にするネタだから、ともかくも、特に南湖の「浪華百人斬」なんて、初遭遇もの。それが、聴いていても、人物関係が、序盤から、頭の中に、全く収まらない始末。一番ましだったのは、「後藤又兵衛」かな。ただ、いよいよ入城を決意して、嘘も方便で、金集めをするところまではいいのですが、入城の際に、修羅場読み口調になったりするあたりは、これも、全くダメでした。ここまで、体調が悪いと思っていませんでした。それだけ、暑さに根を上げてたんですね、体自身が。




2011年 6月 27日(月)午前 4時 11分

 昨日も、雨は降ってないのに、ウォーキングはできません。前回、痛みが股関節に出たときのことを思い出すと、最初30分ミニミニ・ウォーキングをしたとき、痺れが大きくなり、大変なことになってしまったと感じたものでした。でも、そのときのことに比べると、かなり軽いものだと思いますので、今回も、フルヴァージョンのウォーキングは慎み、しばらくはミニミニ・ウォーキングを続け、徐々に治して行こうかと思っています。とりあえずは、昨日は、午後に文楽劇場に行くことになっていましたので、京阪「北浜」駅から文楽劇場まで歩いてみました。これは30分ほどで行けます。いい様子見になるかということで。
 で、文楽劇場では、年に1回行われる「若手文楽会」。その番組は、次のようなものでした。「源平布引滝〜九郎助住家の段〜」「釣女」。「源平布引滝」は、4月公演で出たところ。毎年、近い本公演で出た演目が、この会で取り上げられます。木曽義仲が生まれるときをプロットとして使っていますので、時代設定は、平家の御世。実盛も、重要な役として登場します。平家方なんだけど、源氏の出だということで、義仲誕生を救います。ただ、自らの有名な最期を予告して去っていきます。前回、実盛が、源氏側を救う、一番不可解なところでダウンを喫してしまったのですが、今回も、全く同じところで、朦朧としてしまい、気がつくと、源氏側といけいけの会話をしておりました。「釣女」は、狂言の移植もの。ですから、「勧進帳」同様、舞台は、能舞台を模したものですし、狂言風もの言いが、しばしば登場していました。大名と太郎冠者の二人が釣るのですが、大名は美女を釣り上げ、太郎冠者は、醜女を釣るとなります。最後、醜女が追い込むとき、足が出ます。これにはびっくり。女形には、足がないというのが、文楽の約束事ですからね。
 文楽がはねると、30分だけ、日本橋駅上のネットカフェで時間調整。夕方からは、一心寺シアターであった「つかこうへい追悼企画」の最終公演「飛龍伝」に行ってまいりました。今回、この企画をした同シアターのプロデュース公演として、大阪の小劇場で活躍する役者を中心に上演されました。おまけに、春野恵子も、役者復帰。ヒロイン神林美智子を演じました。安保闘争において、全共闘委員長神林美智子と、機動隊隊長山崎一平との愛を描いた作品として、知っている人は知っている有名な作品。今回の追悼公演で、一番観たかった作品は、これですね。様々なプロットが用意されています。全共闘のメンバーと、機動隊のメンバーが、同郷でクラスメートだったり、機動隊員の力まかせの行動を学歴とリンクさせて茶化したり、全共闘の主要メンバーが、警察側とボス交を行ってたり、機動隊の作戦を盗むために神林美智子をスバイとして送りこんだり、そないなプロットがちりばめられながら進行しながら、どうしても、判らないのが、神林美智子と山崎一平の愛が、どうして結実するのかです。それが、ギリギリのところで、神林美智子が語り出す自らの生い立ちでした。何度も語る機会はあったはずなのに、つかこうへいは、語らせないのです。実は、その生い立ちは、プロットとして、何度も使われてきた、全共闘の主張していることの生の見本は、機動隊員に看られる、それが神林美智子の生い立ちにこそ当てはまるというものでした。二人が一致し、二人の愛が偽らざるものと判ったとき、つかこうへいの美意識は、神林美智子を死なせるという昇華の仕方を採ったのでしょう。神林美智子は、樺美智子から取られたことが明らかな以上、神林美智子が死なねばならなかったのでしょうし、敗北を喫した全共闘委員長は死ぬのが道理ということでしょう。関西小劇場界の粒揃いの役者陣の素晴らしさに感服です。春野恵子も、動きに、あと少しのシャープさがあれば良かったのですが、、、でも、好演。いい締めくくりとなりました。




2011年 6月 26日(日)午前 0時 14分

 今日も真夏日。ウォーキングをするのには、絶好の日和。朝起きたときには、完全に出かけるつもりをして、ウォーキング・アイテムまでもセットしたのですが、お出かけ準備に入ったところで、躊躇してしまいました。歩いても痛みは出なくなりましたが、股関節の痺れが、躊躇させるほどの大きさだったのです。大きさの違いはあれ、去年激痛が走ってからは、ずっとある痺れなのですが、ここまでの大きさって、あの激痛が治まった直後くらいだったと思うと、やはり躊躇ってしまいます。そんなで、一旦出かける気になって、出かけるのを断念。結局、お出かけ時間は、昼の落語会に間に合わせることのできる時間。今日の午後は、淀屋橋近くの御霊神社であった「第4回超古典落語の会〜落語作家の元祖・月亭生瀬特集〜」に行ってまいりました。この会は、学者、落語作家、噺家三者が寄り集まり、演じられなくなった作品の復活、または、断片しか残ってないようなネタの再構成をして、実際に、掘り起こされた作品を上演するという会で、好事家垂涎の会です。その番組は、次のようなものでした。ちょうば「念仏小僧」、花丸「ひやかし帰り」、三喬「七福神」、九雀「おろち山」、(中入り)、大座談会(九雀・三喬・花丸・ちょうば・荻田清・小佐田定雄・くまざわあかね)。「念仏小僧」は、「南無阿弥陀仏」を唱えながら歩く小僧さんが、色んな店、人の前に現れると、殺生を生業としている人が困惑する可笑しさを狙った作品。序盤に、その小僧さんのいたずらぶりが入り、一編の落語に。座談会で明かされたことに拠ると、下げだけが判っているのを、小佐田センセが脚色したものとか。「ひやかし帰り」は、生瀬作品ではなく、橘ノ円都復活作品とか。脚色をした荻田教授から花丸への注文は、不思議なメロディを口ずさみながら歩くところは省かないことだったそうで、このメロディがなかなか難しい。噺自体は、他愛のないもので、道にお金が落ちてたらの「たら」の話が続いたり、落ちていた本を拾い上げ、色々と妄想を膨らませていくというものでした。「七福神」は、七福神が揃って旅をするというもの。京から三十石に乗り、大阪の日本橋の宿に逗留し宴会をするというもの。三喬は、落語マニアが集まると会という性格の会だということを、徹頭徹尾ついてきました。「三十石に乗り」「日本橋の宿に泊まる」となれば、「三十石」「宿屋仇」。そこへさして、主人公が7人なものですから、キャラ付けが大変だということで、毘沙門天をざこばキャラにしたものですから、客席はヒーヒー言わせられてしまいました。これを始めとして、どうもくまざわさんの台本から、かなりいじり倒したみたい。あとから出た九雀が、「繁昌亭で鶴笑のあとに出たみたい」という雰囲気でした。もう三喬、やりたい放題。それができるんだから、すごい人です。「おろち山」は、うわばみが、2人の旅人を呑み込むのでが、その2人が、かつて別れ別れになっていた兄弟だったということで、噺は展開。あとの座談会でも、九雀が言ってましたが、「夏の医者」の基になった噺のようです。この会は、あと1回で休養に入るそうです。惜しい気もしますが、そうは続く会でもないのも事実でしょう。
 御霊神社を出ると、千日前まで徒歩で移動。このくらいは歩かないとの気持ちです。そして、昨日同様、夜の部に備えて、おなじみのネットカフェで時間調整。夜は、鶴橋に移動して、「雀のおやど」であった「雀五郎体力強化の会〜その32〜」に行ってまいりました。番組は、次のようなものでした。治門「平林」、雀五郎「米揚げいかき」、卯三郎「がまの油」、雀五郎「野崎詣り」。治門の高座は初遭遇。声の太さ、体つきから、先日、これも、初遭遇した太遊を思い出してしまいました。武骨ですが、丁寧に演じようとしているばかりか、状況を、自分で把握しながら演じているという雰囲気が伝わってきて、好感が持てました。雀五郎の「お楽しみ」は、「米揚げいかき」でした。「お楽しみ」にしていたということは、初演なのかなぁと思ってしまいますが。ネタ出しをしていたのが、「野崎詣り」だったので、「お楽しみ」は軽いネタかもとは思っていましたが、まさか「米揚げいかき」とは思っていませんでした。「米揚げいかき」が良くなかったということではないのですが。むしろ、出来は良かったと思います。畳み掛けるところを心得ていて、うまい具合のクレッシェンドに、テンポアップ、見事なものでした。ゲスト枠で見る卯三郎は、初めてです。前半の流暢さに、びっくり。この人、こないに台詞回しがいいとは、、、。その一方で、酔ってからが物足りない。酔うということと、テンポダウンとは、別のことじゃないかなぁ。「がまの油」で成功している雀々と坊枝も、そうじゃないはず。酔いたんぽであることを示す方法として、騒ぎ立てるご陽気な酔い方を心得て欲しいなと思いました。雀五郎のもう一つの「野崎詣り」の途中で、腹具合が悪くなり中座。中抜けになってしまいました。船が岸を離れるところでの中座。戻ってくると、喧嘩は始まっていました。今日はフルヴァージョンで、遊山の船も出てきて、川岸を歩く人との喧嘩を見せてくれました。この遊山の船が出てくると、パーッと視界が広がった感じがしました。喜ぃ公のボケにばかり視点が当てられ、割愛されることが多いのですが、噺全体の中での役割を知ることができました。




2011年 6月 24日(金)午後 11時 47分

 昨日は、仕事が定時を大幅に越えて続いたために、楽しみにしていた講談会に行けず、家に直行。最近、そのようなことはなかったのですが、昨日は、ダメでした。それに、昨日の夕方から、股関節の痛みが復活してしまいました。明くる朝になれば、痛みはなくなっているだろうと思っていたところ、ダメでしたねぇ、これが。歩くと響きます。痺れも、だいぶと拡大しているように感じます。それで、あえなくウォーキングは中止。今日は、寝屋川のお気に入りのお店で、お昼を食べ、それからウォーキングと考えていたのですが、それも中止。一挙に二つも、楽しみが奪われてしまいました。今日は、かんかん照りの夏日。こういった日のウォーキングが大好きなもので、ダメージは大きいのです。でも、去年の3度にわたる激痛も記憶に、強烈に残っていますし、第一、夏のトルコが迫ってますし、その前には、プチ旅行も計画していますので、大事を取りました。幸い、午前中、家でじっとしていたのが良かったのでしょうね、歩くと痛むというのはなくなりました。でも、大きな痺れは残っています。気色の悪い話です。
 で、今日は、ワッハのライブラリーを利用することにしました。その視聴ラインアップは、次のようなものとなりました。@NHK-TV「上方演芸ホール」、文紅「鬼薊」ANHK-TV「上方演芸ホール」、歌々志「うなぎ屋」、喜丸「骨つり」B読売TV「米朝ばなし(11)〜おさかはなれて〜」。@とAは、新収蔵品です。「鬼薊」が、晩年の文紅で収蔵されたことは、特筆もの。ちょっと口の回りが悪くなっていますが、元々流暢な喋りをする人ではありませんから、我慢しましょう。序盤の、母親と清吉とのやり取りが聴かせどころ。これで、どういう噺かが判りますものね。性根の曲がり切ったあたりを、文紅は植え付けていました。Aは、喜丸の口演が入っている貴重なもの。ましてや、歌々志の「うなぎ屋」は、喜丸からもらったものだけに、喜丸一色の収蔵品です。志半ばで亡くなった喜丸を意識しての 収蔵と看ました。Bは、30分ほど時間が余ると、ずっと観てきたもの。終盤に近づいてきました。今日のは、「伊勢参宮神賑」を踏まえてのもの。お伊勢参りは、一種の「通過儀礼」と、米朝は言っていました。ちょっとした目から鱗の感じです。盛んだったわけの説明として、目から鱗と思えたのです。
 ワッハのライブラリー利用は、2時間をメドにしています。楽しみは、何度にも分けようの気持ちです。そのあとは、夜の部までは、千日前のネットカフェで、時間待ち。夜は、「in→dependent theatre 2nd」であった「化石オートバイ」の公演「プラズマ・バンドワゴン」を観に行ってきました。大阪で、劇団を主宰したり、また、看板役者たちを集めての公演。この劇団の主宰者兼座付作家、山浦徹も、いろんな劇団に客演していますから、年に何度か見かけることができる役者でもあります。この芝居、おもしろい設定を思いつきました。そして、それに筋道のあった合理的な副次的エレメントも、ばっちりと決まる展開を見せてくれました。「存在しているようで存在しないもの」という二律背反的なアンビバレントな存在を、物語に登場させることに成功したと言えると思います。地上に存在しているのだけれど、存在していることが判らない存在の中での物語。物理学者の失敗が、事の発端です。物質を見えなくする装置を人間に適用しようとしての失敗で、「見えるようで見えない」「ここに存在しているようであちらに存在している」となった男の恋人は、見えなくなった男を探して30年。また、外の世界から、恋人を探しに行き行方不明になった女の捜索を求められた男が、偶然、見えない世界入り内なる人間と、当時、見えない内なる世界で頻発する落雷などの現象を捜索することになっていきますが、その原因は、アンビバレント存在となった男の放つエネルギーであり、また、そのエネルギーでもって、内なる見えない世界が存在しているということが判ってきます。落雷などで亡くなる人が出てくるため、内なる世界では、原因究明の捜索隊も出されているが、実は、内なる見えない世界を成り立たせているエネルギーを供給しているのが、その落雷など、行方不明の男が発するエネルギーだという構造。ここにも、アンビバレントな構造が仕掛けられています。また、内なる見えない世界の住人は、外の世界からドロップアウトしたような人間を先祖に持つとされ、ウチとソトという古典的な二律背反的構造が仕掛けられています。最後は、内なる人間が、脅威の基を追求する中で、結局、根源を追いつめることで消滅していきます。登場人物たちは、越境して外の世界に戻ります。この物語は、実は、消えた女性の捜査を求められた男の記録に認められたものだということが、最初と最後を繋ぐ話として用意されています。その物語を読んだ男が執った行動は、いつもと異なる道を歩くということ、もちろんメタファーでしょう。単調なことを求めるメッセージながら、それの奥深さのようなものを解らせてくれる芝居となったような気がしました。自分的評価は花◎です。だって、こういったメッセージを込めながら、一つの物語をでっち上げるのって、ただ事ではありませんから。




2011年 6月 23日(木)午前 5時 20分

 典型的な日本の夏がやってきました。湿気が、不快感を、どんどんと高めています。職場にも、微かにクーラーが入ったようです。去年は、クーラーのない部屋で、仕事をしていましたから、微かにも冷気らしきものを感じられたのだから、ありがたいと思わないといけません。そして、定時を若干オーバーしてから職場を離れ、向かったのは動楽亭。今夜は、企画自体にそそられて選んだ「雀喜・たま二人会〜新作交換会〜」がありました。自作を発表し続けている二人が、互いに相手の作品をいじって、高座で披露しようというのですから、外すわけにはいきません。その番組は、次のようなものでした。福丸「書割り盗人」、たま「桃次郎」、雀喜「ドーベルマン刑事」、(中入り)、たま「ストーカー」、雀喜「仮面ライダーなにわ」。福丸の「書割り盗人」は、初遭遇。古風な物の言い方を並べたりするのは、「金明竹」で実力が示されている福丸にとってはお得意のところ。テンポ良く、どんどんと進み、あほげな「つもり」のところへ入っていくと、これが、「八五郎坊主」で見せた弾けぶりに、客席はキャーキャーという悲鳴。いい出来栄えです。そして、メーンの2人。中入り前に、交換ネタを持ってきました。メーンがこれですから、後回しにすると、最初のネタへの集中力が切れそうだと考えたからと、たまは言っていました。「桃次郎」は、元の噺が、どんなものだったかが判らないほどの改作が進んでました。桃太郎亡きあとの第2次鬼ヶ島征伐を任されようとする桃次郎には、戦いに行く合理的理由が分からない。反戦的メッセージを込めてるのかとも取れる台詞が、随分と出てきました。そこで、願いが3つかなうという猿の腕をもらいに、おじいさんの家へ。最後は、平和がかなったのかな。「ドーベルマン刑事」は、後半が、大きくいじられました。たまの作品では、ホントの悪者を、廃屋のようなところで追い込む噺になるのですが、今日の雀喜は、そのような連絡を受けたはずだったのですが、行った先は、引きこもりがが立て込んでいた。誰とも意思の疎通を欠いた男が、ドーベルマン刑事と打ち解けるという筋立てに。犬がジェスチャーで意思疎通を試みるところは、客席がドッカーンと響いたところでした。中入り後は、自身の新作の持ちネタ。たまの作品は、初遭遇ネタでした。「ストーカー」は、ストーカー行為をしている女が、自分の兄とストーカー行為をしていると、殺人未遂事件を現認してしまい、ドタバタが展開されるというもの。危ない人間を、おもしろ可笑しく描いている佳作です。雀喜は、お好きなのねぇと言わねばならない「仮面ライダー」ものの第一作。コアラ男が相手となる噺です。毒気のあるネタのたま、ほのぼの系の雀喜、そんなだから、こういった会の値打ちって出てくるのでしょうね。




2011年 6月 21日(火)午後 10時 51分

  大阪市内遊歩(98)

 今日は、勤務日ではないのですが、書類を届けるという出張が入りました。3日勤務では、なかなかそのための時間が取れず、こういった非勤務日を利用しなくればならないというのが現状です。今日は、それを逆利用し、出張先に近いリバティ大阪に行き、今日から始まった「本橋成一写真展・屠場」を観てきました。予想はしていたのですが、この写真展「屠場」は、ドキュメンタリー映画「屠場」が撮られたと同じような時期に撮られたものの展示でした。後退りする牛、その牛に銃弾を撃ち込む屠夫と呼ばれる男の人の厳しい眼、そして職人技の極み皮剥ぎ、そういった厳しい環境の中でふっとこぼれる笑み、もう25年も前に観た映画「屠場」の記憶が強烈に蘇ってきました。流れで、常設展を、何年ぶりかで見てきました。随分と変わっています。命の大切さ、生きることの大切さを、直接的に解りやすく展示するという方向性を感じました。いいのか悪いのかは別にしてです。そして、差別の歴史や現状展示のところも、大幅改定。ただ、展示の統一性に疑問も感じました。地元大阪の歴史が差しこまれているのです。それに加え、なんか居心地の悪そうな「水俣」「アイヌ」。この博物館のHPを見ると、学校の利用が多そうですが、小学生が見て解りやすいところと、そうじゃないところがくっきり分かれてしまったっていう感じがしました。
 出張を終えると、その近くからウォーキング開始です。出かけたときは、空模様を気にしながらのウォーキングになるのではと思っていたのですが、とんでもありません。完全に夏に近づいた陽射しの下でのウォーキングとなりました。今日の目標は、此花区内を前半に据え、後半は、西淀川区内をこってりと歩き、あわよくば兵庫県内に入ろうかというものでした。その詳しいコースは、次のようなものとなりました。JR環状線「弁天町」駅〜安治川大橋〜島屋・恩貴島・春日出・四貫島共同墓地〜島屋公園〜産土神社〜北港大橋〜此花西島郵便局〜伝法大橋〜西淀川福郵便局〜大阪市大野下水処理場〜西島橋〜中島川架橋〜出来島大橋〜阪神なんば線「出来島」駅〜大阪市立大和田幼稚園〜JR東西線「御幣島」駅。伝法橋を渡るところで、1時間経過しているというコースとなりました。此花区の西側の地区は、なかなか行けないのでと考え、入りすぎました。的を絞らなければならないのに、それができなかったのが反省です。「福」駅〜「出来島」駅ラインの西側に入り、「御幣島」駅まで行こうとした場合、最も遠くまで「御幣島」駅から離れた場合は、少なくとも30分は見ておかねばならないのですが、今日は、それをぬかってしまいました。結局、神崎川の北側には行くことができず、兵庫県入りなんてのは、夢のまた夢でした。結局、欲張りすぎたっていうことです。焦点をしぼって歩かないとダメってことです。せっかく、「弁天町」駅を起点とする機会を、十分に生かすことができなかったということです。
 「御幣島」から東西線で「大阪天満宮」まで移動。夜は繁昌亭でした。「大阪天満宮市」には、5時頃に着いたので、いつものように、繁昌亭近くのネットカフェで、時間調整。今夜の繁昌亭は、「大阪市民寄席」。この会は、大阪市民に特典があるからでしょうか、よく入ります。番組も、かなり練られたもの。特に、今日は「雨の名作特集」と銘打たれ、とってもいい番組が出来上がりました。その番組は、次のようなものでした。団姫「道潅」、染雀「金明竹」、小染「景清」、九雀「雨乞い源兵衛」、(中入り)、団四郎「雨夜の傘」、鶴志「笠碁」。「道潅」は、上方では、演じ手の少ないネタ。根問ものは、他にもありますからね。「金明竹」も、最近でこそ、演じ手が増えてきましたが、まあ昔はかからなかった。演じ手が増えるきっかけは、染雀だったかもしれません。「景清」は、今日の番組で、一番不満の残った高座。小染のテンションが、高値一定という感じで、聴いていてくつろげないのです。いっそのこと、「景清」は九雀に任せ、「雨乞い源兵衛」は、しん吉に回してくれたらと思ってしまいました。「景清」の終わり方は、目が開いたところででした。九雀は、「雨乞い源兵衛」を、今日のために用意したはず。事前に、どこかで出したかもしれませんが、ネタ下ろしです。枝雀の高座の中でも、印象の強いネタですから、やりにくかったでしょうね。1ヶ所だけ、枝雀テイストと断って、枝雀風動きを見せてくれました。雨が降りすぎたときの描写でしたが、やっぱ、九雀も懸念したことを考えていたんだというのを実感できました。百姓二人に、庄屋と源兵衛、お花と、のどかな田園風景を想像させる素朴で分りやすい人柄の描写に魅せられました。期待通りの好演でした。「雨夜の傘」は、初遭遇。「雨」つながりで、このネタまで入れてくれたかという感じで、グルメもグルメも極上の彩りとなりました。これも、新作のはずです。擬古典というやつで、なおかつ怪談物です。だから、彩りと思えるのです。団四郎は、サービス精神が旺盛なのか、ネタに似合わない駄洒落マクラをふっていました。「笠碁」は、秋の雨が降る中での、ぽっと暖まる可笑しさがあります。何度か聴いているのに、同じところで笑ってしまいます。鶴志自身が、登場人物と重なっていきました。とまあ、大満足の会です。何よりも。この番組が企画されたことに、大拍手です。




2011年 6月 21日(火)午前 0時 2分

 梅雨の真っ只中です。蒸し暑いのですが、気温は、まだまだ我慢できる範囲なのが助かります。朝の4時に目覚め、二度寝に失敗して仕事に。夕方になると、目が痛い感じが出てきておりました。ちょっとの間、このまま家に直行しようかの気持ちも起こったのですが、気を取り直して夜遊びに。今夜は、高津神社へ。噺家さん二人が、定期的に行っているトークライブ「第14回遊方・染弥の蔵出し!うちわ話〜噺家による噺家の日常話〜」に行ってまいりました。2度目となります。以前は、ゲストを招いて、テーマを決めて喋ってましたが、最近は、ゲストなしで、打ち合わせもしてないそうです。ただただ、二人が雑談をし続けるというもの。最後の20分余りは、客から回収した質問に答えるというものでしたが、それまでは、二人の雑談に終始するというもの。主たる内容は、遊方が、4日後に行くことになっている久しぶりの同窓会、電車の中で見た変な風景、東京での遊方のライブ「青春ピンク」などでした。今日は、開演前に、遊方の弟子太遊が、前説を務めましたが、自分的には、太遊は初遭遇でした吉本芸能学院を出た、元漫才師だそうです。




2011年 6月 19日(日)午後 8時 18分

 今日は、文楽の日です。毎年、6月は、本公演はないのですが、観賞教室と若手文楽会が設定されています。今日は、観賞教室の方です。その中でも、大阪市が主催する会は、入場料がお安いということに気づき、ここ3年は、「文楽デー」と言われる日の公演に行くようにしています。それが、今年は今日なのです。番組は、次のようなものでした。「五条橋」「解説・文楽へようこそ(竹本相子太夫・鶴澤清丈・吉田)」「仮名手本忠臣蔵〜二つ玉の段、身売りの段、早野勘平腹切の段〜」。今日の番組は、4年前の「観賞教室」と、全く同じ番組。このくらいのサイクルで、番組を回しているのかもしれません。それを承知で行ったのは、それほど、文楽に接する機会が少ないからです。「五条橋」は、有名な牛若丸が弁慶と出会う話。最後、牛若丸は、弁慶の左の腕に飛び乗ります。「忠臣蔵」は、これも、有名な「五段目」の「山崎街道」と、それに続く「六段目」です。「忠臣蔵」は、お軽と勘平が、うまく話を盛り上げていきます。「三段目」で、突然の刀傷で混乱する家臣の様子を、この二人の密会という形で表し、今日の2つの段で、浪々の身の中でも、特に負い目を持つ勘平を通じて、家臣団の悲哀が出され、ここで、祇園に売られたお軽が、「七段目」の「一力茶屋」で、内蔵助とお軽の絡みへと進んでいき、討ち入り話も展開を見せていくという巧みな構成になっています。偶然が必然を惹き起こし、どんどんと苦境に追い込まれて行く勘平。そして、これも必然の一つとしての「腹切り」。これを頂点にして、逆転が起こっていきます。転換は呆気ないものがありますが、これが効果的。平右衛門の致命傷が違うというだけです。これを、ぐずぐずしていると、勘平は死んでしまいます。可哀想なのは、一人残される婆さんです。勘平が息を引き取ってからの時間が大切なような気がしました。寂しさが支配する時間が身に滲みます。
 文楽劇場を出ると、徒歩で動楽亭に移動。途中、食事をして行くと、頃合いの時間に、動楽亭に到着です。今日の午後は、こちらで「第12回講談まつり」があったのです。上方講談協会が主催する3つ目の定例の会ですが、日曜日の昼間ということで、なかなか行くことができず、久しぶりにおじゃました感じがします。今日の番組は、次のようなものでした。南斗「雷電の初相撲」、南湖「谷風の情け相撲」、座談会(南左衛門・左南陵・南湖)「講談の歴史と講釈師について」、(中入り)、左南陵「酒井の太鼓」、南左衛門「扇の掟」。南斗は、この頃、マクラをふるようになりました。先輩から言われたのでしょう。空板ではなく、番組表に名前が乗っているのですから、自分で客席を温めてから、ネタに入るようにしているというわけです。南舟もそうですが、このマクラが、独自のテイストなものだから、受けはいいんじゃないかな。「雷電の初相撲」も、南斗で、3回は聴いていると思います。南湖は、反則を犯しました。金曜日のネタを使っちゃいました。客に選ばせたもう一つの候補が「関ヶ原合戦」でしたから、金曜日そのまんまです。まあ、それだけ、金曜日の会に、エネルギーを注いだということでしょう。左南陵のネタは、信玄軍が、三方原に陣を張ったのにし、当時、信玄よりかなり力の劣る家康が、浜松を勝手に通らせるわけにはいかないと戦いを挑むというところまでは覚えているのですが、その先が飛んでいます。左南陵のところで、吹っ飛ぶというのは、実に悔しいものがあります。「扇の掟」は、存在は知っていたのですが、遭遇は初めて。「水戸黄門漫遊記」の抜き読みです。渡船場で、船が出されていても、公儀飛脚が来れば、船は引き返し、乗客はおろし、公儀飛脚を先に向こう岸に渡さねばならないというローカルルールを、黄門様が諫めるという、話としては、小ぶりの話です。南左衛門の大仰でくさい口演が際立つ高座でした。外に出ると、雨は降っていませんでしたが、かなり雲が厚く、暗くなるのが早かろうと、終演時間が、ほぼ4時半だったこともあり、ウォーキングは止めて、家に直行することにしました。




2011年 6月 19日(日)午前 4時 4分

  大阪府守口市(37)〜大阪市旭区、城東区、東成区、天王寺区

 昨日は、朝から雨。ただ、小降りだったため、午前中にウォーキングを開始。昨日は、午後、夜ともに、予定を組んでいたため、また、その2つの予定の間に、さほどゆとりがなかったため、午前中スタートのウォーキングを組んだというわけです。これが、大正解。夕方に組んでいれば、強い雨で断念せざるをえなかったでしょう。おまけに、ウォーキングを開始する時間には、雨が止むというラッキーな展開でした。そのウォーキングのコースは、次のようなものとなりました。京阪「守口市」駅〜両国町公園〜大阪市立光陽特別支援学校〜大阪市立旭東中学校〜地下鉄「新森古市」駅〜大阪信愛女学院〜北菫橋〜大阪市立関目東小学校〜奄美料理店「花岬」〜大阪市立鯰江中学校〜大阪市立今福小学校〜極楽橋〜華厳温泉〜JR学研都市線「鴫野」駅〜大阪市立鴫野小学校〜城見橋〜中道2交差点〜大阪府立公衆衛生研究所〜JR環状線「玉造」駅。「守口市」駅から鶴見緑地方向に向かい、鶴見緑地に入る手前で、西に向かうという、あまり取ったことのないコース設定です。とは言っても、今まで、様々なコースを歩いてきましたから、部分部分は、いずれも知った道。この道は、普段ならば、こちら側から出てきて、今歩いてきた道と合流しているという確認をしながら歩いていました。さしたる特徴のある建物や、史跡があるコースではありませんから、記憶に留めるための画像は、自ずと公共建造物となってしまいます。以前、鶴橋の雀のおやどから「守口市」駅まで、2時間で歩いたことがあったので、それを目標としたのですが、今日は、あとのことがあるもので、鶴橋まで行っても、2時間10分は切るのは分かっていたのですが、「玉造」で切り上げました。これで、所要時間は、1時間55分でした。
 「玉造」から「天王寺」まで移動。午後は、一連の「つかこうへい追悼企画」第3弾の「蒲田行進曲」を観るために「一心寺シアター」に向かいました。この芝居担当は、伊藤えん魔でした。ゆかりの役者を集めたプロデュース公演として上演されました。役者起用に、ヴァージョンが2つあるらしく、黄紺が観たのは、伊藤えん魔自身が銀ちゃんを、小夏を、男の田渕法明が演じてました。ヤスは、いずれのヴァージョンでも、行澤孝です。映画にもなり、つか作品では、最も知名度のある作品でしょう。ですから、何らの差別化をしなければならないというプレッシャーはあったこととは思いますが、この上演では、若干悪のり的ギャグと、ヤスが自分を語るときに、コントを入れてみたり、銀ちゃんとヤスの関係を、ベルばらに置き換えたりというおちゃらけネタを入れて対応してました。ヤスのアイデンティティーの相克っていうのかなぁ、一人の人間が悩む姿は、当然、小夏の悩みと表裏の関係、それが、銀ちゃんにも伝わっていく。そういった悩める人間群像を描くのに、大部屋俳優とは、思わぬところに、でも、とっても描きやすい世界に目を付けたものです。改めて感心させられました。そして、問題の「階段落ち」ですが、実際に、舞台に用意された階段は3段。あとは、舞台を転がるときに、ストロボを当てていました。一つの工夫ですね。
 芝居のあとは、「田辺寄席」に行く予定にしていましたが、芝居が終わり外に出ると、強い雨が降っていたわけではないのですが、急に行く気が失せてしまいました。おそらく芝居の満腹感が、そないな感じにさせたのでしょう。家に直行です。




2011年 6月 17日(金)午後 10時 21分

  大阪府寝屋川市(32)〜四条畷市(6)〜門真市(30)

 梅雨の合間、雨が降っていなければ、即、ウォーキングです。今日は、昼過ぎにウォーキングを入れ、今日一日のお出かけはスタートしました。ウォーキングの詳細なコースは、次の通りです。京阪「寝屋川市」駅〜出雲町公民館〜寝屋川出雲郵便局〜しらゆり保育園〜新家橋〜南寝屋川公園・なわて水みらいセンター〜本覚寺〜大念寺〜鶯関神社〜寝屋川市立堀溝小学校〜河北大橋〜弁天池公園〜大阪府立門真なみはや高校〜門真上島頭郵便局〜門真市民プラザ〜門真市立五月田小学校〜北島大橋〜大阪府立門真西高校〜柳町交差点〜京阪「西三荘」駅。寝屋川市駅から、ほぼ真南に向かい国道163号線を越えたところで、少し西に向かい、再び南下してから、河北大橋を渡るというのが、このコースの狙い。河北大橋を渡るところで、50分が経過していました。蔀屋、堀溝といった街並み保存をしたいような地区を通過できるのが、とってもおいしいのです。弁天池公園も、久しぶりに歩けました。あとは、時間に合わせて、うまく京阪沿線に戻れるかでした。「門真市」駅が妥当なところかと思っていたところ、頑張って一駅のばすことができました。所要時間2時間1分でした。
 「西三荘」から「淀屋橋」経由で、難波に移動。千日前のネットカフェで、時間調整をしながら、夜の部に備えました。この頃、時間があっても、ネットカフェで身体を休めるという選択肢を取ってしまいます。加齢現象の一つでしょうね。で、今夜は、ワッハの4階であった「人情噺百撰」に行ってまいりました。南湖が、大阪文化賞を取りに行った会と言えばいいでしょうか。黄紺が、講談会に足を運ぶきっかけを与えてくれた講談師さんが、賞狙いで開いた会ですから、外せるわけはありません。今日の番組は、次のようなものでした。南青「木津の勘助」、南湖「関ヶ原軍記〜大谷刑部〜」、三三「妾馬」、南湖「寛政力士伝〜谷風人情相撲〜」。南青は、強力な暖め役。南斗や南舟ではなく、南青を置いたのは、そういうことなんでしょう。そないなところからも、賞を取りに行っているという南湖の気合いが出ています。南青で、「木津の勘助」を聴くのは初めてです。暖め役に徹し、淀十が、娘の結婚話をしに表に出ると、怪しげな男に狙われそうになるとして、無理やりに終わりました。「大谷刑部」は、マクラなしに突入。もう、それだけでも、いつもと違うという緊迫した雰囲気。また、ネタにも合わせている。ハンセン氏病にかかった刑部の悲壮な決意、壮絶な死、そして、このネタのいいのは、刑部の死で終わらないところ。刑部の首を隠そうとする家臣の動きにまつわる話が続くのです。緊張の連続です。大阪文化祭参加というのが、かえってその緊張を持続させるのに寄与したと思える好演。南湖は、ハスキーな声質でもあり、総じて声量の変化、声質の変化を、大きく使い分けることのできる講釈師さんではないのですが、刑部の最期などでは、そないな声って、普段聴いたことないよというくらいの大音量を出せていました。充実の高座です。三三は、「芸術祭の受章ハンターです」から始まり、マクラから大受け。大名の話をし出したので、何を出すのかといぶかしがってると、なんと「妾馬」。だいたい、このように呼ばれたときは、主役を喰わないようにと、軽めのネタを心がけているように思えた三三ですから、南湖のリクエストかもしれません。「大谷刑部」からの、空気の転換を、三三に期待したとも思えるのです。「谷風の人情相撲」を、滑稽な風味を厚くしたものとして読んだからです。マクラも付け、そこでも笑いを取っていましたから。三三や南青のネタを、自身のネタの中に取り込んで、笑いを取る工夫もしてましたし。このネタは、いろんな講釈師さんで聴いてきましたが、「人情噺」の「人情」に重心を置いた話になっていましたが、昨今の状況から、このネタが知られるようになったため、一捻り加えたものにしたかったんじゃないかな。笑いを取りにいったくすぐりで、滑稽な雰囲気をつくり、ネタの本筋にある可笑しさを引き出した、そないな趣向と看ました。受章は、十分ありそうな手応えを感じています。




2011年 6月 17日(金)午前 7時 13分

 昨日は、昼頃から、気温が低下。半袖で過ごせる状態ではないほどの低下。にも拘らず、黄紺は半袖。朝の天気予報で4月の気温と言っているのを聞いていたにも拘わらず、甘くみてしまいました。真っ直ぐ帰りたくなるくらい肌寒かったのですが、昨夜は、京都コンサート・ホール(小)での室内楽のコンサートのチケットを持っていたのです。小ホールは初めてでしたが、実際に聴いてみると、豊かに音を包み込んでくれるようで、ホールとしては、とっても気に入りました。昨日は、ソロやアンサンブルで名を馳せた名手が揃いました。ヴァイオリンが竹澤恭子、チェロが堤剛、それにアンサンブルの名手の豊嶋泰嗣です。「河合隼雄Presents文化創造第 10回室内楽のひととき」というのが、会の名称。プログラムは、次のようなものでした。フランセ:弦楽三重奏曲、ベートーヴェン:2つのオブリガード 眼鏡付の二重奏曲変ホ長調WoO 32 ヘンデル/ハルヴォルセン:パッサカリア モーツァルト:二重奏曲変ロ長調k.424 ドホナーニ:弦楽三重奏のためのセレナードハ長調op.10 。この中で、フランセとドホナーニが、3人による演奏。ベートーベンが、ヴィオラとチェロ、ヘンデルが、ヴァイオリンとチェロ、モーツァルトが、ヴァイオリンとヴィオラという、それぞれの組合せで演奏されました。特に印象に残ったのは、冒頭のフランセとヘンデル。フランセは、アンサンブルの巧みさに酔いしれました。3人の力の入れ方、抜き方、そういったものが、一人一人の真剣勝負といった形で入れ替わっていきます。それが、一人一人の勝負という場合もあれば、2人がタッグを組んで呼吸をはかっている、そうかと思うと、さっきまでタッグを組んでいた2人が、呼吸をはかりあっているという具合で、聴いている方は、目が離せません。アンサンブルの妙っていうのは、こういったことを言うのでしょう。もう一つの発見は、ヘンデルで見た、竹澤恭子の音の幅です。名の知れたソリストなのに、聴いて得をしたという実感を持ったことのなかったこの人に、昨日は、初めて感嘆しました。表面的な音の訴えだけではなく、その奥にある他の感情、表面とは異なる内なる思いのようなものを想像させられる音に出会えたのです。このような出会いって、そうはあるものではありません。この2つ以外では、出番全体を通じて、堤剛のアンサンブルの上手という姿にも遭遇でき、大満足です。もう70歳前のはずです。で、この軽さ、音の伸び、呼吸の見事さ、唸るばかりでした。豊嶋泰嗣のアンサンブルの巧みさぶりは、モーツァルトで発揮されました。竹澤恭子は気が乗っていたのでしょうか、モーツァルトにしては、とげとげしく頑張るのに合わせるヴィオラ、この抑制がなければ、かなりしんどいものとなるところでした。アンコールは、ドホナーニの第1楽章でした。それにつけても、名手たちの気合いの籠もった演奏に、とっても満足の夜でした。なかなか室内楽の演奏っていうのは聴けない環境ですから、こんなコンサートにあると、嬉しさは倍増します。




2011年 6月 16日(木)午前 5時 18分

 昨日は、午後から出張に出るつもりをしていたら、すっかり日にちを間違っていて、急にど暇になってしまったため、柄にも似合わず、先の先の仕事をしてしまいました。そして、夜は落語会。八聖亭でありましたので、京阪「淀屋橋」駅から歩いてみました。「福島」駅まで、20分ちょっとで行けるのを覚えたためです。で、今夜の落語会は、「生喬新十八種好」というもので、この間、毎月、この八聖亭で開かれています。昨夜の番組は、次のようなものでした。福丸「金明竹」、生喬「辻占茶屋」、(中入り)、生喬「植木屋娘」。福丸は、学校公演の話をマクラで。大受け。「金明竹」は、ネタに入ってからも、ツボで受けていました。ネタの強みもありますが、丁稚の応対が、すかさずと言った感じで、本人は悦に入ってるが、実は間が抜けてるという印象を与えます。福丸のうまいところです。生喬の口演では、明らかに「辻占茶屋」を取ります。大きな声で、ガンガンきて、逆に聴く者を引かせるときがあるのが、「植木屋娘」で出てしまいました。ただ、昨日の口演では、幸右衛門が、結構粗忽で、喜怒哀楽が激しい人物と描いていましたので、エスカレートするところ、即ちおみつのお腹の子どもの父親が判ったときなどの興奮ぶりに唐突感はなく、大音響も、わりかし聞き流すことができました。更に、単に興奮ぶりを表すだけでなはい所作や感情表現を入れたりで、今までの生喬にはなかったところがあり、そういった意味で、次は、どないな感じになるかなの期待も持ちながら聴くことができました。春若からもらったそうで、春若は文枝からもらったそうです。更に、文枝は五代目松鶴からだとか。「植木屋娘」は、いつも下げが気になるネタです。一挙にテンションが下がる下げを、どうするか、噺家さんは困ります。生喬は、伝吉とおみつをハッピーエンドにするわけにはいかない、即ち、伝吉の事情は崩せないということで、子どもは、おみつが引き取り、幸右衛門夫婦とともに育てるとしました。ただ、そのために、伝吉側に、今で言えば、養育費でしょうか、それをもらう話で、下げを作り上げました。お金の話になるのも、ちょっと抵抗がありますが。「辻占茶屋」は、廓のネタだということで、その辺の小粋さを、十分出せていたと思います。ですから、下品にはならない範囲でのいちびりを心掛けているのが、よく解りました。それが良かったのでしょう。四ツ橋界隈の描写って、生喬の口演では、随分と簡素なものと感じました。ここでのやり取りで、暗さをたっぷりと出しておくと、さっと明るくなった途端に、すとーんと落ちが決まるのですから。なお、三味線のはやしや絹代(吉川絹代)さんの張りのある声が、とっても素敵でした。もちろん「辻占茶屋」でのことですが。密かに、こういったお囃子が入るときの一番じゃないかなと思い出しています。




2011年 6月 14日(火)午後 11時 56分

  大阪市内遊歩(97)

 昨日は、家へ直行。そういった日のわりには、睡眠時間を確保。ありがたいことです、眠れるというのは。そして、今日は、まずなくしたデジカメを引き取りに、大阪市交通局の「お忘れものセンター」へ。昨日、電話で確認したところに依りますと、黄紺がなくしたタイミングとドンピシャのデジカメが、井高野営業所に保管されているということでした。最初、「井高野営業所にカメラが一つ保管されています」という話が出てきたときに、自分のものと確信が持てました。翌日以降は、四ツ橋線「なんば」駅にある「お忘れものセンター」に移管されるというシステムになっているそうで、ホント助かりました。お出かけついでに取りに行けるからです。井高野営業所まで取りに行くとなると、一仕事どころではありませんからね。そのあと、今日は、ワッハの視聴覚ライブラリーを利用することにしました。その視聴ラインナップは、次のようなものとなりました。@NHK-TV「東西浪曲特選」、澤孝子(東家栄子)「春日局」、真山一郎「嗚呼!吉田松蔭」、ANHK-TV「日本の話芸」、文珍「御神酒徳利」、BNHK-TV「日本の話芸」、五郎「大丸屋騒動」。@は、以前、同じ番組に入っている春野百合子だけ観て、残しておいたもの。澤孝子は、毅然とした舞台姿は、春野百合子のそれに通じるものを感じます。話は、春日局が重病だと聞いた家光が、春日局に薬を服用することを勧めるが、それを拒むわけを尋ねるという形で進行します。痘瘡にかかった家光を救うために、春日局が薬断ちの祈願をしたことが判っていきます。真山一郎は、引退し、名前も譲ってしまったので聴いてみたくなりました。歌謡浪曲で、「吉田松蔭」とはというびっくりも、聴いていると慣らされるものですね。AとBは、新収蔵品。吉本の経営になってからも、在阪のマスコミが協力してくれていることが判りました。「日本の話芸」も、幾つか新しく入っています。まず自分的に色めき立ったものを、2つチョイスです。「御神酒徳利」は、徳利を、熊五郎のうっかりで消えてしまったのですが、熊五郎は、うっかりを言えなくて、易ができるふりをして、場所を教えると、大変な能力だということで、広島に呼ばれ、道中、易の占いで功績を上げるという部分と言っていいはずですね、おかしみの大きなところだけを、一編の噺に仕上げたと言えばいいかな。「大丸屋騒動」は、放映されたときに、観た記憶のあるもの。先日、染二が出したとき、総三郎が、あまりに幼稚に感じられ、これでは、女は惚れないぞと思ったのだが、五郎の口演も、基本的にはテキストは同じです。だが、染二で受けた印象は、かなり小さい。それは、「斬る」という行為が、妖刀村正の為せる業という描き方になっているのです。それは、台詞回し、所作、特に芝居がかった所作は、この世のものとは思えない雰囲気が出され、村正が、総三郎に「斬らせている」と感じさせられます。そして、羽織の使い方が、めっちゃ巧み。羽織の紐を解いた総三郎と、羽織の紐を結んだ女、また、斬ったとき、片腕だけ、羽織がはだけ、斬って憑き物が憑いた状態で、体重を羽織の残った腕にかけると、残りの羽織がそろそろと落ちていきます。憑依状態を、ヴィジュアル的に見せてくれました。これは、素晴らしいものを、ワッハは収納したものです。
 ワッハのライブラリー利用を、2時間に留め、ウォーキングに移りました。そのコースは、次のようなものとなりました。ワッハ上方・NGK〜元精華小学校〜インド料理店「ASIYANA」〜住吉橋〜南堀江公園〜大阪市立日吉小学校〜大阪ドーム前歩道橋〜大阪ドーム〜阪神なんば線「大阪ドーム前」駅〜大阪ドーム北公園〜大阪市立九条南小学校〜抱月小公園〜安治川保育園〜安治川大橋〜梅香公園〜住吉商店街〜阪神なんば線「千鳥橋」駅〜台湾料理店「味軒」〜嬉ヶ崎橋〜吉野交差点〜大阪府立西野田工科高校〜大阪市立海老江西小学校〜JR東西線「海老江」駅。今日は、狙い通りの道筋。安治川大橋を、1時間前後で越えられるかが、勝負だと思っていました。実際には、降り終わったところで、70分ちょっとだったかな。ただ、そのあと千鳥橋までが、思いの外時間がかかり、吉野交差点まで行った段階で、「野田」駅に向かうか、「海老江」駅に向かうかを決めることにして歩いていました。結局、「海老江」に向かったのですが、最終的には、時間が余り、迂回してから「海老江」駅に入ることになりました。今日のコースは、なかなか変化に富んだコースであるとともに、久しぶりに安治川大橋を越えることができ、大満足でした。
 「海老江」から、東西線一本で、「大阪天満宮」まで移動。夜は繁昌亭だったので、いつもの南森町のネットカフェで、2時間近くの時間調整。今夜の繁昌亭は、「第8回長寿の会」がありました。歌之助が、2ヶ月に1度開いている会に、久しぶりに行ってまいりました。必ずネタ下ろしが入るというのが売りの会です。行くたびに思うのは、歌之助の集客力の確かさです。「あがき」という名で開始した自分の会の入りからは、考えられない集客力です。それだけ、世間の認知度が上がったということでしょう。今日の番組は、次のようなものでした。そうば「十徳」、歌之助「看板のピン」、米平「立体紙芝居」、歌之助「胴乱の幸助」、(中入り)、歌之助「骨つり」。歌之助は、「骨つり」だけがネタ出し。「胴乱の幸助」がネタ下ろしと思われます。そして、思ったこと、久しぶりに歌之助を聴いてみて、やっぱ、この人、うまいわということ。噺に、知らず知らずの内に引き込んでしまう力を持っています。そして、ふっと気の抜けるくすぐりが入る。そして、エッセンスだけで引っ張ると良いと看ると、カットしちゃう。その絶妙のセンス、しつこさを一切感じさせないタイミング、そのベースには、いつも歌之助のいいところとして、黄紺の言う「身体表現」としての噺。そういったものを、客は総合的に感知するのでしょうね、「おもしろい」「引き込まれる」「上手い」という言葉で。「看板のピン」は、そぎ落としたテンポの良さが真情。「胴乱の幸助」は、キャラの程よい描写と、意外な展開を語る身体としての噺家、「骨つり」は、早くから手がけているため、噺に余裕を感じる語り口に熟練のおもしろさをいただきました。助演の2人もいい感じ。そうばの「十徳」の工夫が目立ちました。冒頭の「大根」の謂われで弄ばれ、それを、「十徳」の謂われを言う前に訪ねるなんぞは心憎いものがあります。下げもオリジナル。なんか、そうばが動いたって感じがしました。こないだまでの「十徳」と、全く違う印象です。




2011年 6月 13日(月)午前 2時 12分

  大阪市内遊歩(96)

 午後から、またまた雨となってしまった日曜日、11時をメドにお出かけ。今日は、毎月恒例の「一心寺門前浪曲寄席」に行ってまいりました。昨夜、一心寺シアターで芝居を観たところで、また一心寺に戻るという珍しいケースです。今日の番組は、次のようなものでした。真山誠太郎(真山祐子)「源平悲恋物語」、長谷川公子(岡本貞子)「仙台の鬼夫婦」、松浦四郎若(藤信初子)「嘘も千石」、京山小圓嬢(岡本貞子)「入墨丁半」。「源平悲恋物語」は、平家の落人を追い詰めた那須大八郎が、無益な殺生はしたくないと、その平家の者たちを救ったとき、その仲立ち役となった平家方の女と大八郎との恋物語。「悲恋」とされているのは、大八郎が、やがて鎌倉に上らなければならなくなったとき、平家の女は連れて行けず、別れ別れになっしまうことを指しています。「仙台の鬼夫婦」が、なかなかおかしみのあるネタ。賭け碁ばかりをして負けが重なるたびに、妻の実家に、金の無心をする情けない亭主の根性を直すため、剣術の相手を、妻が申し出る。女などにと思っていた夫だったが、あっさりと妻の長刀に討ち据えられてしまう。そのため、まず5年、次いで3年、計8年の修行で、ようやく妻に腕前を認められ、帰宅が許されるという、メチャクチャ強い妻を持った侍の話でした。「嘘の千石」は、関ヶ原で、大谷刑部の自刃を聞きつけ、敗走を決意した宇喜多秀家の家臣が、無事主君を薩摩まで逃すため、家康に、主君は死んだと嘘の知らせを届けるが、嘘は、時が経てばばれるもの。だが、バレたとき、主君思いの忠臣だとして誉められるという話。「入墨丁半」は、博打打ちの貫太郎が、身投げをしたおなかを救ったところから話はスタート。その二人が結婚、だが、おなかが病に倒れ、死を覚悟したおなかが、貫太郎の腕にサイコロの入れ墨をほる。なんとか救ってやりたいと考えた貫太郎が、高価な薬を手に入れようと博打場に。でも、うまくいかない。それを救ったのが、突然登場した政五郎親分。逆いかさまをして、金を渡してやるのでした。貫太郎というのは、なかなか愛すべきキャラ。それに、突然出てくる政五郎親分言い、何やら知られた話のいいところ取りかもしれませんね。さすが、四郎若、小圓嬢と続くと締まります。それに、長谷川公子師のネタがおもしろく、上々の会でした。
 浪曲が終わると、そのまま、ウォーキングに移行です。でも、表を見て、びっくり。雨です。でも外に出たときは、気にはならない程度。それが、ウォーキングの後半30分余りは、どしゃ降り。それも、5分間ほど、一度は止んでいながらのどしゃ降り、まいりました。そのコースは、次のようなものとなりました。一心寺南会所〜大阪市立天王寺中学校〜JR環状線「寺田町」駅〜大阪市立西生野小学校〜此花学院高校〜弥栄神社〜寿橋〜東成大今里郵便局〜神路銀座〜東今里1交差点〜東成郵便局〜天王田公園〜放出西踏切〜寝屋川大橋〜大阪市バス「地下鉄今福鶴見駅」停留所。実は、最後の到達点まで持っていたカメラをなくしてしまいました。いつも、撮ってきた写真を見ながら、コースの確認をするのですが、今日はできません。今福鶴見に着いたときは、カメラはあったのですが、そのあとが判りません。帰りのバスの中で落としたのか、バス停で待っているときに落としたのか、全く見当がつかないのです。とりあえずは、明日、大阪市バスの忘れものセンターに問い合わせてみます。バスの中で座っている間に、ポケットから落としたとなると、バンコクでやったと同じことの繰り返しです。ま、それはそれとして、今日のコースは、1週間前のコースの少し外を歩いたもの。知っているところは避けようと、コリアタウンに入りかけては、その外側を歩くというコースです。そないなことをしていると、緑橋の東側のところで迷ってしまいました。神路銀座を横切る辺りは勘で歩いています。この辺りは、わりかし道が碁盤の目状態だという安心感があるので、迷っても勘で歩けるのです。その辺からですね、雨が一旦止んだかと思うと、どしゃ降りへと変わっていったのは。こないな雨に遭うのでしたら、もうちょっと早めになってくれれば、切り上げていたのですが、最後の30分程では逃げようがありませんでした。




2011年 6月 11日(土)午後 11時 49分

 今日も、朝から雨。その替わり、涼しいのはいいのですが、週末の楽しみ、ウォーキングはできないと判断していたら、お出かけ前頃には、雨は止んではいました。今日は、まず文楽劇場へ。こちらでは、過去の公演の記録を、月に1度ですが、無料で上映会をやってくれています。ジャンルも様々で、今日は、歌舞伎で、「女殺油地獄:序幕徳庵堤の場、二幕目河内屋与兵衛内の場、三幕目豊嶋屋油店の場」でした。文楽の4月公演で、ちょうど同じ演目が上演されたところですから、筋立てを理解できてる強みで安心して観ることができました。その辺を配慮して、上映会が組まれているのかもしれません。序幕では、与兵衛の人となりを描くのと、お吉との関係を、三幕目のために呈示しておきます。二幕目は、家庭内の諸問題を描きます。与兵衛が、自分勝手な性格になった背景を描いていると同時に、三幕目の展開を準備します。三幕目は、それらを受け、与兵衛が、自分勝手さをエスカレートさせ、ついには殺人事件を起こしてしまいます。与兵衛の中村翫雀は、台詞回しなどは、惹き付けられるのですが、この役をするためには、体重をしぼって欲しいですね。義父の河内屋徳兵衛を演じた板東吉弥が説得力ある演技で、特に印象付けられましたが、片岡秀太郎のお吉が、役柄相応という年格好の綺麗さが良く、最後の場面の悲惨さが凄まじいものとなっていました。その他の配役は、次の通りでした。(妹おかち)片岡愛之助(豊嶋屋七左衛門)尾上松助(小姓頭小栗八弥)尾上辰之助(与兵衛母おさわ)板東竹三郎。
 文楽劇場を出て少し歩くと、突然呼び止められました。以前、同じ職場で机を並べた同僚でした。消息を掴めていなくて、時として話題に上がっていた方だったので、びっくり。文楽劇場に行くと、こないなことが、よく起こります。30分ほで、近くの喫茶店で旧交を温め、そのあとは、千日前のネットカフェで、小1時間、時間調整。夜は、一心寺シアターであった「つかこうへい追悼企画」の一つ「ステージタイガー」の「リングリングリング」に行ってまいりました。つかこうへいが、長与千種を主役に据え、芝居の中でも、その名前のまま登場させた芝居。上演当時、話題になったので、黄紺の記憶にもくっきりと刻まれています。当然、芝居の中では、プロレスをさせたであろうことが想像させる芝居を、一般の劇団が、どう取り扱うのか、そこはそれ、ステージタイガーの腕の見せどころと考え、行ってまいりました。一言で言えば、芝居の中の長与千種が、プロレスに、人生をかけた夢を、本人ばかりか、周りの人間たちをも巻き込み、各自が自分の夢として、実現させていく物語と言えばいいかな。途中には、つかこうへい独特の毒のある言葉で、それが遮られようとします。毒があればあるほど、夢は崇高さを増していきます。その対比が月並みではない分、興趣が増していくのです。肝心のプロレスの場面を女優同士では無理なので、クライマックスの、ベルトをかけた試合のあとに、わけの解らない場面が入りました。男の役者を、正体不明のレスラーとして登場させ、長与千種を襲わせ、プロレスをさせ、大技をかけさせたのです。まあ、プロレスの芝居に、プロレスらしい技を挿入することで、辻褄合わせをしたというところでしょう。これで、「つかこうへい追悼企画」2作目ですが、つか作品は頑張って生きる人、頑張って生きていこうとしていることを発見する人を描いてくれているものに出くわしているところです。




2011年 6月 10日(金)午後 11時 52分

  大阪市内遊歩(95)

 この週末は、雨が降るらしい。ということで、うまく雨が降らない時間帯、ないしは強い雨が降らない時間帯を選ばないと、週末恒例のウォーキングができません。今朝も、かなり鬱陶しいお天気。午後からの予定も考え、ウォーキングに適した時間帯は、午前中でした。そのコースは、次のようなものとなりました。京阪「淀屋橋」駅〜肥後橋南交差点〜土佐堀2交差点〜地下鉄「阿波座」駅〜伯楽橋〜大阪ドーム〜「かんじょう045」橋梁〜尻無大橋〜尻無水門〜甚兵衛渡船場〜泉尾浜公園〜大阪府立大正高校〜泉尾公園〜大阪府立泉尾高校〜泉尾神社〜JR環状線「大正」駅。今日は、足早に大正区内に入るコースを考えました。このコースで、大阪ドームを回りきり南側に出るまでに、55分かかりました。そこから尻無川右岸道路が、本日のハイライト。古〜い瓦屋さんが、延々と続きます。結構、閉めてしまってるのかと思える店も多いのですが、懐かしい昭和の匂いのする光景です。尻無川を渡り、大正区内へ。尻無川を渡るのも久しぶりだし、尻無水門の横に出るのも、久しぶり。以前は、水門の巨大さに驚いたものですが、東日本大震災の様子が、目に焼き付いた今、以前のような巨大さに圧倒されることはありませんでした。むしろ不安を感じるくらいでした。
 ウォーキングが終わると、大正駅から新今宮駅まで移動。環状線一本で行けますから、電車さえ来てくれれば呆気ないものです。今日の午後は、動楽亭です。今月2回目の「動楽亭6月席」です。特に何もなければ、番組を睨みながら、月2回は、この寄席に行くことに決めていますが、この間ちょっとできていなかったことを、今月はできました。今日の番組は、次のようなものでした。あおば「桃太郎」、そうば「餅屋問答」、しん吉「若旦那とわいらとエクスプレス」、米紫「足上がり」、千朝「三枚記請」、(中入り)、米二「道具屋」、吉弥「質屋蔵」。あおばは開演前の口演。それがあったからでしょうか、そうばのネタにびっくり。トップバッターでは、出しにくいネタですからね。そうばは、「アカンベー」をする替わりに、「指を下に突き立てる」所作をして、「地獄に落ちろ」だと説明していました。しん吉の「鉄道ネタ」は初遭遇。繰り返しネタですが、繰り返しの数を減らして、お得意の鉄道ネタを、更にしつこくぶちこんだネタに高めて欲しいですね。米紫の芝居噺は、恐らく初めてでしょう。「足上がり」は、芝居がかりの部分が少ないので、まず手始めに、このネタに手を着けたのかな。千朝は、前回、「動楽亭寄席」で遭遇したときには「本能寺」でしたから、大ネタが続きます。ほんわかギャグが入り、千朝テイストが印象付けられる仕上がり具合に好感を持てました。米二は、独演会が控えているため、米朝事務所に、自分から依頼して、この3日間出番を組んでもらったとか。「決して独演会のネタを試すためではありません」と断わっておりました。「声の調子を整えておきたい」ためだそうです。吉弥がトリだということで、一番怖れていたことが起こりました。「吉弥・三金ふたり会」と、ネタが同じだったのです。吉弥は、新しく手がけたネタをかけ続ける傾向があるからでした。そういった個人的なことは置いておいて、今日の番組は豪華じゃないかなぁ。満足度高しの落語会でした。
 動楽亭を出ると、うっすらと雨。だが、降りはかわいらしいものだったので、歩いて文楽劇場に向かったのだが、中ほどから雨足は激しくなるばかり。避難するところもなく、コンビニもないものだから、ずぶ濡れ状態で、文楽劇場に到着。7月の文楽公演のチケットを買い求め、千日前のネットカフェへ。こちらで、1時間余りの時間調整。夜は、「5upよしもと」、即ち、元のワッハホールであった「よしもと花形寄席」に行ってまいりました。吉本の落語会が、どんどんと変化を遂げていくなか、新たに始まった会を覗いてみようというものでした。番組は、次の通りでした。三四郎「刻うどん」、スマイル「漫才」、笑丸「野ざらし」、文三「四人ぐせ」、(中入り)、由瓶「がまの油」、あやめ「妙齢女子の微妙なところ」。噺家の皆さんは、とにかく落語初体験者を前にしての口演ということを、かなり意識していました。「気楽に聴いて下さい」を連発した三四郎、会場も広かったからもあるのでしょう、過剰な表現に走った笑丸、落語のツボを外した反応に困惑した実例を紹介しながら、解りやすい落語の楽しみ方を諭した文三と、かなりの気遣いが看て取れました。殊に、「ありえない設定」を押さえてから始めた文三のデフォルメぶりは、流石でした。「ありえない設定」を押さえたことは、単にネタへの言い訳ではなく、デフォルメに及ぶ準備だったとすら言いうる「おことわり」だったと言えるかもしれません。由瓶は、この会の「ゲスト枠」だそうで、一部「吉弥」と発表されたとかで、冒頭、そのつもりで来た客はいないか確認を取っていました。由瓶の「がまの油」は、坊枝からもらったもの。ネタ下ろしのときに聴いて以来の遭遇じゃないかな。そして、あやめ。予想通りのネタ。いつもながら、ネタに仕込まれるプロットのためのリサーチ力に関心するばかりです。




2011年 6月 10日(金)午前 6時 22分

 一昨日は、家に直行。落語会枯れの日でした。そういった日は、判で押したように寝不足となります。ご多分に漏れず、昨日も、そのような日となりました。おまけに、昨日も、気温が上がりました。一昨日で懲りたため、昨日は、半袖でのお出かけ。もうこれ以上は、薄着することはできません。これからは、ますますむし暑くなっていくんでしょうね。今夜は、ワッハの4階であった「らくご道」に行ってまいりました。生喬とこごろうという大阪芸大出身コンビの会です。まず、受付をしておられるはずの生喬夫人に、次回の八聖亭の会を予約するつもりだったのがかなわず、替わりに生寿くんにする。考えてみれば、繁昌亭で遊方の会がありましたから、生喬夫人は、そちらに行っておられるということでした。会場が、ワッハに戻ってきてから初めて行く「らくご道」でしたが、その番組は、次のようなものでした。こごろう「挨拶」、生喬「提灯屋」、こごろう「青菜」、(中入り)、生喬・こごろう「対談:夕焼け日記」。生寿の修行が明けてから、冒頭は、二人の内一人が前説をしていますが、昨日は、こごろうが南天襲名について、しゃべってくれました。2.3年前から襲名話は出ていたが、他の噺家さんの襲名話と重ならないタイミングでの発表を、師匠南光は考えていたとか。来年4月から2ヶ月間、襲名披露興行が組まれ、ラストは、生まれ育った枚方で行われるそうです。生喬は、「提灯屋」のマクラで、噺家の家紋解説。噺の中に、提灯屋が家紋入れサービスをするところがあるからです。でも。この家紋解説の方が、ネタより長かったのが、生喬風です。ネタが終わると、舞を披露。冒頭には、宝塚歌劇体験レポートまでありましたから、あとから出たこごろうは、「自由人ですなぁ」と。こごろうは、前説をしていますから、夏に近づいているということを簡単に触れたあと、すぐにネタへ。こごろうの「青菜」は、冒頭の情景描写に特徴があります。情景が客のイマジネーションの中にできあがったところで、旦さんが、植木屋さんに声を掛け、そして、酒をふるまっていきます。昨日は、この辺りまでは大丈夫だったのですが、寝不足と疲れが祟りました。終始半寝状態。何度か、こごろうの「青菜」を聴いているので、気の緩みが出たかもしれません。対談は、昨日は、ネタ解題は、「提灯屋」に関し僅かだけ行われましたが、あとは、南天襲名に向けての話と、ある新聞記者の記事をめぐっての討論となりました。この対談を楽しみに、黄紺は足を運ぶのです。お二人の落語に対する真摯な気迫が嬉しく感じられるからです。




2011年 6月 7日(火)午後 10時 56分

 雨だとの予報だったのですが、朝目が覚めてもうっすらと陽が射していました。が、二度寝で目が覚めたのは、10時。出勤日じゃないと、これができるので、嬉しいですね。とにかく、今日は、天気予報に従い、ウォーキングを外していましたので、こないな時間に起きても、問題はありません。今日のお出かけは、、11時をメドにして、繁昌亭に向かいました。今月1回だけ予定している繁昌亭昼席です。今週は、福笑がトリをとる週なので、外すわけにはいかないのです。番組は、次のようなものでした。笑助「遊山船」、文鹿「延陽伯」、三風「農と言える日本」、二重丸「太神楽」、珍念「目薬」、三喬「借家怪談」、(中入り)、タグリィー・ロマン「マジック」、仁嬌「替り目」、坊枝「刻うどん」、福笑「金庫番」。トップの笑助が、なんといきなり「遊山船」。久しぶりに聴いた笑助ですが、この「遊山船」が実にいい。冒頭、花火が三発も上がるので、あれっと思っていると、喜ぃ公が、花火の真似をして、浪速橋の上で騒いでいた、これには笑いましたし、完全に会場内の主導権を握ってしまいました。笑助が、こないに腕を上げたとは、びっくりの大化けです。そのあとも、特段の演出をしなくても、喜ぃ公のボケた応対と、そのタイミングがいいからでしょうね、笑いが絶えませんでした。素晴らしい出来栄えでした。なお、時間の関係で、巻き寿司以後はカットして、錨模様の船へと入っていきました。いきなり「遊山船」が出たからでしょうね、文鹿は「延陽伯」と、先輩の配慮。こういったバランス感覚は嬉しいですね。三風は、ベスト作品群に入る「農と言える日本」。前半の駄洒落や呆けに対し、後半は、食の安全や自給率問題が入るという変化が嬉しい作品。あまり出会えないネタと遭遇でき、お得感がありました。珍念は、うだうだでかき回して、3分ほどで「目薬」。珍念が、ベタなかき回したためか、三喬テイストが、あまり際立ちませんでした。質の高い笑いが、ベタなうだうだに跳ばされた感じ。後半の二人の噺家さんは、いつものという感じで、福笑が出るまでは、ちょっと気分は萎え気味。そして、福笑だったのですが、「金庫番」は、初遭遇ネタです。健康オタクの男が、働かないで、様々なエクササイズばかりをしているので、まともな仕事をさそうとして仕事をさせたら、その職場で、男の仕事と思われている仕事をしている女と出会うというもの。健康オタクが、心の健康を体験する噺と言えば、カッコいいかな。今日の入りは、今まで行った昼席の中では、入りが最低の方だったと思いますが、一部を除き、充実した内容に満足度高しでした。これには、色物も良かったというのが華を添えています。
 繁昌亭を出ると、時間調整のため、南森町のいつものネットカフェへ。1時間半ほどいて、扇町へ移動。夜は、北区民ホールであった「天満講談席」に行きました。今日の番組は、次のようなものでした。南斗「角屋船の由来」、南湖「大谷と湯浅の最期」、南左衛門「水戸黄門漫遊記長屋の出世」、左南陵「伊達政宗堪忍袋」。今日は、南左衛門以外は、全部家康がらみ。確かに、その関係の話はおもしろいのだが、もうそっとネタの調整をしてほしいものです。「角屋船」は、本能寺の変のあと、家康にも追っ手がかかり、伊勢湾を渡るに手がないかというときに、干鰯船に匿われて、その危機を脱出する話。「大谷と湯浅」は、関ヶ原で、石田三成にくみした大谷刑部と、その刑部が自害したあと、その首を、敵に知られずに葬ろうとする部下湯浅の物語。この辺は、以前、南海さんが、「関ヶ原の合戦」を読まれたときに出てきた話。「長屋の出世」は反則です。こないだの「上方講談を聴く会」で、当の南左衛門が出したところ。こういったことだけは避けてほしいと願うことです。「水戸黄門漫遊記」ながら、光國は出てこず、光國の義兄の物語。お手が着いた女が宿下がりとなり、子どもを産んだあと亡くなるが、形見の品で、身分が明らかになっていくというもの。「伊達政宗」は、左南陵師のいいところが詰まった口演。この人の気の入った立て弁は、実に爽快。今日は、生意気だと自分を殴った武士に、曽我物語をひいて意見をするところで現れました。カッコいいと言われる左南陵師の面目躍如です。
 講談会がはねると、まだ、8時20分にもなってなかったので、天満橋まで歩きました。今日は、ちょっと身体を休める日。でも、繁昌亭までは京橋から歩き、帰りのこの歩きとで、歩きたい欲求を満たしておきました。




2011年 6月 6日(月)午後 11時 55分

 かなり暑くなってきました。半袖シャツでの出勤直前というところです。1年で、働くのが一番辛い季節に入ってきています。でも、夜遊びは健在です。今夜は、繁昌亭の夜席「第11回桂文三の満腹全席」に行ってまいりました。この会は、長らくワッハの4階で続けられてきたもの。繁昌亭に移って2回目となります。黄紺は、繁昌亭に移ってからは、初めてとなります。番組は、次のようなものでした。ちょうば「明石飛脚」、文三「青菜」、春蝶「紙入れ」、(中入り)、文三「天神山」。今日は、昨夜の寝不足が深刻で、日中も辛かったのですが、繁昌亭でも同様のことが起こってしまいました。特に、主役の文三のネタに入ると、変調をきたしてしまいました。「天神山」はうっすら変調でしたが、「青菜」の方は、中央部が、ごっそりと抜け落ちてしまっています。あと、「明石飛脚」は、ちょうばが前座として、よく出していたネタ。久しぶりに聴きました。演じ手が増えてくれればいいのですが。春蝶は、出会うと必ずや「紙入れ」という具合で、遭遇体験の多いもの。一つの方法である「エロく」演じることを追及した演出です。最近、繁昌亭がはねると、ほとんど天満橋駅まで歩いて帰るのですが、その途中にあるコンビニで、「マッコリ」を発見。「マッコリ」を置いているコンビニが増えてきたのは、大歓迎です。しかし、ここまで韓国食材が入ってきたのかと思わせられます。こんな時代が来るとは、想像すらしてませんでした。この分で、ラクも簡単に手に入るなんてことになればいいのですがね。




2011年 6月 6日(月)午前 2時 20分

  大阪市内遊歩(94)

 昨日に比べると、かなり雲が拡がり鬱陶しいお天気。今日も、芝居の日です。お出かけは、12時過ぎの予定が、ぐずぐずしてしまい、際どく会場へ。今日は、一心寺シアターであった「石原正一ショー」の「熱海殺人事件」に行ってまいりました。つかこうへい追悼記念と銘打たれた公演の一つとして、上演されたものです。ある殺人事件の取調室が舞台です。登場人物は4人。取り調べ当たる主任捜査官、その下で働く助手の女と、富山から出てきたばかりの捜査官、それと犯人です。予断と偏見で満ちた捜査官、犯人は、それに抗うわけでもなく、取り調べは進み、犯行の動機が明らかになっていきます。すると、ストーリー全体が、一つに収斂していきます。地方出身者に対する、芝居の書き手であるつかこうへいの温かな眼差しが見えてきました。せっかく東京に出てきた若い捜査官は、最後には、富山に帰る決意をしますし、主任捜査官の助手役の女は、結婚で、静岡のお茶農家に嫁いで行きます。地方と東京の格差の激しかった時代、70年代なんでしょうか、これが書かれたのは、そういった連想が働く作品でした。主任捜査官には、蟷螂襲を迎え、この芝居の主宰者石原正一は、犯人役をしていました。
 芝居がはねると、一心寺シアターの前からウォーキングの開始です。3日連続のウォーキングは避けることをモットーにしていたのですが、出勤日ではない次の火曜日は、雨だということですので、頑張って、今日、ウォーキングをすることにしました。ウォーキングを再開してから、ちょっと時間が経ったせいでしょうか、かなり体調が良くなってきています。そんなで、こういった変化技も使えるようになってきました。今日のコースは、次のようなものでした。一心寺シアター〜清水坂〜口縄坂〜鳳林寺〜上宮高校〜大阪市立天王寺図書館〜大阪府立生野聴覚支援学校〜鶴橋本通商店街〜韓国料理店「アリラン食堂」〜韓国料理店「珍味」〜韓国料理店「順天」〜大阪市立東小橋小学校〜東小橋交差点〜玉津2交差点〜大阪市立玉津中学校〜入船橋〜八王子神社〜地下鉄「緑橋」駅〜中浜幼稚園〜大阪市立中浜小学校〜鴫野大橋〜JR学研都市線「鴫野」駅〜新喜多大橋〜地下鉄「蒲生四丁目」駅〜聖賢会館〜関目1南交差点〜京阪「野江」駅。玉津辺りで、もう50分かかってしまいました。そんなに迂回したわけではないのですが、予想外の経過。以前、鶴橋から「守口市」駅まで行けたということで、もう少し進めるのかと思っていたのですが、ダメでしたねぇ。最後は、「鴫野」駅から、「京橋」に向かうか、「野江」に向かうか迷ったのですが、地図を見ると、ほぼ同じと判断、「野江」を選びました。「京橋」の雑踏を思い浮かべると、気が滅入るためという単純な発想です。家に帰るには、「京橋」の方が良かったのですが。




2011年 6月 5日(日)午前 6時 52分

  大阪市内遊歩(93)

 一昨日よりも、いいお天気でした、昨日は。こないだまでの雨がうそみたいです。その代わり、気温がかなり上昇。夏の雰囲気十分です。お出かけは、11時をメドに準備。昨日は、芝居を2つ観ることにしていた日。その2つの間に、いいお天気のなかウォーキングを行いました。なんせ、気温が高いものですから、昨日からは着替えを持参してのお出かけでした。まず、昼の部は、ABCホールであったイキウメの公演「散歩する侵略者」でした。もう4回目になるかな、東京の劇団で、大阪公演も併せて行っています。だいたい架空の空間を想定して、物語を作り上げていくということを、常にというわけではないのですが、記憶に残る舞台っていうと、そないな芝居を思い出してしまうイキウメの舞台、昨日は、エイリアンの侵略を物語の縦糸に、人間を人間らしくさせているものを描いていきました。大変な秀作だと思います。エイリアンが地球侵略に備えて狙ったのは、人間の持つ概念。言葉でななく、その背後に潜む概念そのもの。例えば、「家族」「禁止」というものが、実際に奪われていくのですが、奪われた人間には、奪われた概念が欠落していきます。概念を奪っていったエイリアンは、奪った概念が増えると、人間らしくなっていくという仕掛です。探偵役は、元警察官のジャーナリスト。そのジャーナリストのところ、努力で、ようやく警察も事件を認識し出したため、エイリアンたちが、任務を終えよとします。一人のエイリアンは、ある若い男の体に入っています。その若い男は、妻とは壊れかけという状態。だが、エイリアンが体内に入ったため、かつての記憶がよみがらず、一種の痴呆状態になったため、妻が仕方なく介護をしていると、この二人の関係が良好になっていく。そういったときに、引き上げということになります。エイリアンが出ていくと、借りていた体は死んでしまいます。男が死んでしまうと、「愛」というものとは無縁になると思った妻は、「愛」の概念を譲ることにします。この辺に来ると、会場は、鼻をすする音が蔓延。で、どうなるかということで、ラストが用意されていました。役者は、男性陣の充実が素晴らしいものがあります。台本は、毎回言うことなしで、楽しませてもらえますので、これからも、足を運び続けることになるでしょう。
 芝居がはねると、ABCホールの前からウォーキング開始です。昨日は、ウォーキングを再開してから、まだ歩いてなかった西淀川区内を目指してみました。夜の部を考えると、阪神なんば線様々です。詳しいコースは、次のようになりました。ABCホール〜福島公園〜大阪市立上福島小学校〜鷺洲交差点〜大阪市立大淀小学校〜新十三大橋〜十三公園〜JR東海道線「とうかい234橋梁」〜野里2交差点〜御野橋〜西淀川消防署〜韓国料理店「モッポ」〜千舟2丁目交差点〜大阪市立大和田小学校〜大阪市立西淀川特別支援学校〜大野川歩行者専用道〜阪神なんば線「福」駅。昨日の反省点は、西淀川区内を歩くなら、さっさと入るべしです。新十三大橋を渡りきった時点で、50分もかかっていてはいけません。渡るまでに迂回コースを取ってはいけないですね。更に、未だになぜ間違ったのかが分からないのですが、またまた道に迷ってしまいました。地図を見ながら、その通りに歩いていたはずが、突如、左手には見えないはずの東海道線が視界に入ってしまいました。これは、「塚本」駅の北でのお話し。かなりのロスをしてしまいました。そんなで、佃の方には渡らず、御幣島方向から「福」駅を目指すことにしました。かれこれ半年以上、この地域へは足を踏み入れてないと、距離感とかが抜けてしまいます。
 「福」からは、阪神なんば線一本で「難波」駅に移動。30分ちょっとだけ、千日前のネットカフェに入り、休憩と水分補給。ヴェルディの「二人のフォスカリ」のDVDを観ていました。夜は、「應天院」で、「コトリ会議」と「baghdad cafe'」の合同公演「メェメと鳴くのは動物だからそうさ」に行ってみました。合同チームの名称は、「コトバグリ」。客演陣も含め、なかなか等質のいい役者陣が、骨太の芝居を展開。始まってから、芝居の狙いが、なかなか見えてこないのもいい。かなり管理の厳しい職場で働くアルバイト従業員。その仕事は、最後まで明らかにされないものだから、芝居を観ている者からすると、その仕事が秘密の仕事で、それが芝居を前に進めていく原動力と錯覚させられてしまいます。しかし、そんなのはどうでもいいのです、物語の展開には。ということが判ったとき、この芝居の進んでいる道筋が見えてきます。恋愛をテーマにした群像劇なのです。登場人物全てが、恋をするなり性を弄んでいるのです。職場の管理は、謂わば人間の持つ固定観念とでもいうのでしょうか、「緩やかな束縛」という言葉を、芝居の中では使っていました。ちょっといい言葉です。自分の言葉で、自分の気持ちを、少しでも自由に伝えることができるか、それが、なかなか「束縛」により伝えられないように、我々はなっている、それを、この芝居で見せてくれたように思います。様々な思いなし、思惑、慣習、精神的な弱さ、性格、いろいろと「束縛」について、客に想像させます。言葉は過剰です。関西の小劇場界で、これほど言葉が過剰な芝居は観たことがありません。脚本を書いた「コトリ会議」の山本正典。以前、「コトリ会議」の芝居を観たとき、そんなだったっけと思っています。そんなですから、ちょっと気に入りました。更に気に入ったのは、そういった過剰な言葉の芝居に合う過剰のアクションを求めた演出です。こちらは、「baghdad cafe'」の座付き作者でもある泉寛介でした。役者としても出ていましたが、「baghdad cafe'」の公演のときは役者としては出てこないので、初めての遭遇じゃないかな。何やしら、20〜30年前の芝居を観ている雰囲気でした。




2011年 6月 4日(土)午前 7時 9分

  大阪市内遊歩(92)

 昨日は、天気予報では晴れるのかと思っていたのですが、朝からどんよりとした雲に被われ、時々、日射しを見ることができるという一日。勤務がないということで、しっかりと予定を立て、それを実行に移してきました。まず、10時僅か前にお出かけ。ウォーキングです。午後の予定を考え、京阪沿線から、港区や大正区を目指すコースを設定しました。その詳細なコースは、次のようなものとなりました。京阪「北浜」駅〜インド料理店「タージ」〜北御堂〜靭公園〜スペイン風バール「ヴァレンシア」〜地下鉄「阿波座」駅〜日生病院〜土佐稲荷神社〜千代崎橋〜スリランカ料理店「アジアン・キッチン」〜ナインモール九条」〜大阪境川町郵便局〜大阪府立市岡高校・大阪市立市岡東中学校〜大阪市立市岡中学校〜三社神社〜市岡中央公園〜大阪市立市岡小学校〜磯路中央公園〜JR環状線「弁天町」駅。一昨日とはうって変わって、ムシムシとしたなか、1時間余経過すると、以前に傷めた股関節の具合が、ちょっと変調。気がついたことは、水分補給なんかで、少し立ち止まったあとの歩き出したあたりが、最もおかしい。少し歩き出すと、大丈夫という具合。でも、違和感があるということは、決していいことではありません。それから、昨日は、ちょっと甘い考えで、コース設定をしてしまいました。市岡高校辺りで、環状線の外に出て、一旦、「大正」駅を目指しかけたのですが、途中で、このまま進むと、2時間を大幅超過してしまい、予定していた落語会へ行くのに支障をきたすかなと思い、市岡小学校まで行っていたのですが、「弁天町」駅に引き返しました。それで、ちょうど所要時間2時間で、ウォーキングを終えることができました。ですから、結局は、大正区内に入ることはできずに終わりました。
 「弁天町」から「新今宮」まで移動。昨日の午後は、動楽亭です。こちらで、毎月月初めの10日間行われています「動楽亭寄席6月席」に行ってまいりました。先月は行けませんでしたから、2ヶ月ぶりとなりました。番組は、次のようなものでした。なお、なお修業中のあおばは、開演前の口演です。あおば「桃太郎」、ちょうば「酒の粕」、団朝「金釣り」、雀松「星野屋」、(中入り)、米平「犬の目」、塩鯛「住吉駕籠」。あおばは、まだまだ噺家らしい口調になっていません。ちょっと時間がかかります。それに対し、優々の口調、表情は、立派に噺家のそれ。しかも、かなり有望。声のトーンの違いを使い分けるのが、自然な感じで、好印象。前に聴いたとき、ここまで上手という印象ではありませんでしたから、この間の成長が著しいということでしょう。仕種も、自然な動きを、かなり追及している印象。型を演じているという感じがしないのがいいですね。ちょうばは、師匠ざこばの酒癖をマクラで語ってから、ネタへ。この辺は、ざこばという師匠を持ったメリットです。団朝は、西成ネタで、客席をヒーヒー言わせてくれます。動楽亭でだからこそ映える話、また西成を楽しむことのできる団朝だからこそできるマクラです。あやしげなお店を紹介して、またあやしげな金儲けのネタへと、実にスムーズです。ただ、この団朝の高座の後半から、ウォーキングの疲れが出始めました。軽いクーラーの風、豪華な座椅子、すっかりいい気持ちです。雀松が、せっかく「星野屋」を出してくれたのに、途中が細かく跳んでしまいました。そして、中入りの時間帯は最悪。トイレにも立てないほど、ぐったり、意識がかなり遠退いて行ってました。米平の高座の冒頭は記憶にないほど。気がついたときには、もう医者が出てきていました。トリは塩鯛。「動楽亭寄席」で、塩鯛に遭遇するのは、久しぶりじゃないかな。酒ネタを期待していたら、どんぴしゃで「住吉駕籠」。酔っぱらいまででした。ただ、昨日の口演は、らしくないものでした。塩鯛の酔い方に、ノリの悪さを感じてしまいました。まあ、こんな日もあるわなという話なのか、酔っぱらいのところで、テキスト的に、他の噺家さんの口演より、若干余計な言葉が入るからか、その辺の判断は、ちょっと出来にくいですね。
 「動物園前」から地下鉄一本で、「南森町」へ移動。夜の繁昌亭までは、まだ時間があったので、いつものネットカフェで時間調整。昨夜の繁昌亭は、「第80回創作落語の会」がありました。「オール自作&新作」が売りの会です。番組は、次のようなものでした。「さろめ「婚活パラダイス」、雀喜「こだわり君」、三歩「トライ」、八方「ZUBORA」、(中入り)、仁智「自分と遭った男」、三枝「猫踏んじゃった」。なかなかレヴェルの高い新作が並びました。さろめの新作は、初の遭遇。「忘れ物承り所」同様、いろんな変わった人たちが現れます。その辺な人たちに圧倒されて、お口ポカーンというのが、客席の反応。さろめの口から出る言葉が解らないというのが大きいかな、なんせ、今どきのヤンキーの女が発する言葉って、解らないものねぇ。雀喜は、米朝に名前を覚えてらえない話をマクラでして、客の中に入っていきました。ネタは、落研の部長が、ルーティーンを求め、公演に臨む姿を描いたもの。落語マニアが喜びそうな構想になっています。なかなかいい出来栄え。三歩は、新作が、うまく立ち上がらなかった場合の卑怯手段を使いました。新作落語を作れない三歩が、その過程を落語にするという手を使ったのです。工夫が一つ、結果を、占い師に占ってもらうというもの。これは、アドリブで、進行中の落語の反応を伝えれば良いというものです。ここは受けてました。でも、他の日では使えない一期一会の口演かもしれません。八方の新作が、なかなかの出来栄え。ボラという魚と「すぼら」をかけ、且つ、ぼらが出世魚だということを使って、最後は落ちまで、それで決めてしまいました。発想の豊かさ、教養面の豊かさ、そういったものに納得の出来栄えです。仁智の作品は、たまの「マイセルブズ」を思い出させるもの。ただ、たまと違って、20年後の自分との出会いだけです。噺は、主に、20年間に怒った風景の変化などで進行していきます。20年後にワープした自分を、どのように戻すかと注目していたら、20年後にワープしたと同じ方法を執りました。恐らく、このアイデアが浮かび、それに肉付けをしたネタですね。そして、三枝の登場、出囃子は、「猫、ふんじゃった」でした。筋立ては、はっきりしています。桃太郎の鬼ヶ島遠征に、猫が喚ばれなかったことを、解明するものと言えばいいでしょうか。猫は、喚ばれた犬と、酒をかわしながら探求します。最後は、猫自身が、桃太郎と直談判。すると、犬があやしげな行動をしているということで、猫がいきり立つ。でも、それは、犬の猫に対する心遣いだったということが判明と、相変わらず、ユニークな発想、展開です。犬や猫に関する慣用句をふんだんに盛り込んで華を添えます。いや〜、すごい。




2011年 6月 3日(金)午前 6時 42分

 一昨日は、家に直行。となると。晩酌をしながらの早寝。そして、真夜中に、お目覚めパターン。結局二度寝が叶わず、2時半に目が覚めたままの出勤になりました。そして、昨晩は、ちょっと久しぶりの繁昌亭。「第2回三金・吉弥ふたり会」がありました。番組は、次のようなものでした。弥太郎「狸賽」、吉弥「犬の目」、三金「幸助餅」、(中入り)、三金「宿題」、吉弥「質屋蔵」。前回は、そうでもなかったのですが、昨日は、吉弥の威力を、まざまざと発揮。しっかりとした入りとなりました。弥太郎は、もう30歳とか。若く見えます。以前に比べると、なんとなく自信なさげに見えました。最後の天神さんの格好をするところで、扇子がうまく掴めませんでした。吉弥は出てくるなり、「扇子は座布団の上に置いとけと言ったのに」と、高座から注意。その吉弥は、「今日は、二人とも大ネタをしようということになってます」と告知。「犬の目」は、常のくすぐりに吉弥オリジナルが入ってはいますが、しつこさを、全然感じません。患者を、歯医者にかかるときのように、寝かせて診察していました。「質屋蔵」の方ですが、最近の独演会では、頻繁に出ているようなので、唐突感はなかったのですが、「狸賽」と、きっちりついてしまいました。「質屋蔵」自体は、まだまだ発展途上という感じがしました。中でも、旦さんの位が物足りません。熊五郎なんていうのの変化は、及第点を取っていると思えたのですが、、、。離れへ行ってからは、2時半起きが堪え、かなり朦朧気味。一方の三金は、「幸助餅」を出しました。ネタ下ろしだろうというときに聴いて以来となります。雷の風格が、一番の聴きもの。幸助よりか、雷が風格を持って語られると、このネタはしまります。ですから、幸助の方が軽すぎる人間になることを防がねばなりません。昨日は、これがまずかった。新町のお茶屋を出て、雷と会ってしまうところに、もう少ししつこく、ためらいを見せないと、ダメなんじゃないかな。「宿題」は、さんざんやりたおしているという雰囲気。「三枝独演会」なんかに、よく出ているそうですから、そないなところでやりたおしているのでしょう。ネタくりが、しっかりとできている以上の流暢さにびっくりでした。




2011年 5月 31日(火)午後 10時 59分

  大阪市内遊歩(91)

 今日は、朝からオペラの日です。メトロポリタン歌劇場のライブビューイングを観に行ってきました。今シーズン最後になる予定です。今日は、ヴェルディの人気曲「イル・トロヴァトーレ」でした。とにかく歌手陣が、素晴らしい出来栄え。中でも、ルナ伯爵を歌ったディミトリ・ホヴォロストフスキーが、容姿を含めて、素晴らし過ぎました。ライブビューティング関係のHPを見ていると、ホヴォロストフスキーはリゴレットもするとか。あまりに容姿端麗なので、びっくりしました。アズチェーナのドローラ・ザジックも凄みがあります。見てくれも凄みがありますしね。それに対して、自分的には、マンリーコのマルセロ・アルヴァレスは、ちょっと控えめの評価。徐々に調子を上げてはきましたが、声の張りや艶が、序盤は、残念ながら欠けました。もう一人の、レオノーラ役のソンドラ・ラドヴァノフスキーは、特に終盤になってから、体力的な問題なんでしょうが、バイブレーションがかかり過ぎになりました。そないなことを言っても、このカルテットは選り抜きの4人と言えると思います。ヴェルディが、この4人と同クラスの歌手を当てることを求めたというフェルランド役も、良かったですね。ルナ伯爵とは異質な低温は、とっても魅力的なものでした。この人で、「リゴレット」のスパラフチーレを聴いてみたくなる、そういった声質でした。幕間のインタビューでも言ってましたが、主役4人は、それぞれに狂気をはらんでいます。実の弟とも知らず命を狙い続けるルナ伯爵、復讐に燃えるアズチェーナ、お互いの愛を貫くためには、命をも捨てようかというマンリーコとレオノーラ。今日は、アズチェーナの狂気もさることながら、女をつけまわす執念、恋敵などの命などは、屁とも思わない残忍さを見せるルナ伯爵に、目が行ったのは、やはりホヴォロストフスキーのせいでしょうね。
 京都の映画舘を出ると、大阪までの大移動。夜遊びまでには、たっぷりと時間があったので、ここで、ウォーキングを入れました。今日は、昨日までの雨が晴れ、いいお天気に恵まれ、気持ちよくウォーキングができました。そのコースは、次のようなものでした。京阪「京橋」駅〜大阪市立聖賢小学校〜「巡航船船着き場」跡〜大阪市立今福小学校・極楽橋〜新喜島橋〜西放出公園〜放出公園〜大阪市立今津中学校〜大阪市立汎愛高校〜大阪市立今津小学校〜比枝神社ー徳庵駅前商店街〜韓国家庭料理店「真里庵」〜七軒家墓地〜七軒家北交差点〜山科神社〜東大阪市立楠根東小学校〜菱家東公園〜地下鉄「長田」駅〜長田東内介公園〜長田大師堂〜長田神社・一乗寺〜長田橋〜植田家〜近鉄大阪線「八戸ノ里」。ほぼ狙い通りのコース、そして時間でした。今福小学校界隈の風景が、わりかし好きなため、こちら方向に取ると、必ず通ってしまいます。今日も、京橋から寝屋川右岸を進もうと考えると、極楽橋までは、方向転換をしないという具合です。今まで、寝屋川沿いを、何度となく歩きましたが、今日は、ほんの少し南側を歩いてみました。初コースですね、七軒家辺りまでは。長田まで行ってみると、前回迷ったところの確認だけはしておきました。今日のコース取りでしたら、迷うわけはないのですが、表通りが交差するところ鬼門です。長田神社方向は久しぶり。神社周辺は、伝統的家屋が多く残っていて、落ち着いた佇まいが素敵なところです。そして、八戸ノ里へ真北から入る、このコース設定も初めてのはず。御厨交差点からか、も一つ南の交差点から駅方向は歩いた記憶があるのですが。
 「八戸ノ里」からは、近鉄電車一本で、「日本橋」まで移動。夜遊びまでの時間、千日前のネットカフェで時間調整。1時20分ほど、ネットカフェにいたかな。そして、夜は「徳徳亭」。「第11回なんせいの講談格闘中!」がありました。こちらでは、2ヶ月に1回のペースで「太平記」が読み続けられています。開演前、講談会の常連さんから、ワッハの視聴覚ライブラリーに、東京の講釈師さんの音源が、結構残っているということを教えていただきました。二代目や三代目南陵師の音源も、同時に拾っておられたので、そないことが話題になっていると、それを、楽屋で聴いていた南青くんは、高座に出てくるや、マクラ替わりに、三代目南陵の稽古の仕方、「点取り票」と呼ばれていた「ネタ帳」のこと、ぞれに、三代目南陵の口演を記録しておこうと、直弟子たちが、録音して残したというような貴重な話を聴かせてくれました。「太平記」の方は、毎回行けてないので、どこまでが復習なのか、よくは解らないのですが、察するところ、後醍醐天皇が、隠岐に流されたところまでが、前回読まれたのだと思います。その流されている間に起こった出来事というか、その間のエピソード集というのが、今日の新しいところなのでしょう。後醍醐が流されている間にも、楠木正成は挙兵をしているのですね。そして兵糧攻めをくらうくだりで、閑話休題、女を巡る争いが入ったりしました。新田義貞が出てきました。そこのところが跳んでしまってます。かくんといってたのでしょう。最後は、そういった挙兵が起こる基を断てばいいのだと、隠岐に刺客が放たれます。その男の動向を追っている中で、一人の盲目の琵琶法師が現れます。刺客に着かず放れずという行動を執っているようにも、聞こえました。その辺の正体を明かさないで、余韻持たせて終わってしまいました。次回は、もうトルコに行ってしまってますから、聴けないんだなぁ、気になる続きを。




2011年 5月 30日(月)午後 11時 53分

 ようやく雨が止みました。今週は、雨によって、仕事が左右される1週間。ですから、雨が気になるのです。この雨のサイクルだったら、特に支障なく勤務ができそうという予測を立てているところです。で、今夜のお出掛けは芝居です。やたらと、この時期に、行ってみようかと思う芝居が続きます。この週末などは、芝居一色です。一方で、狙いの落語会のような演芸関係が枯れ気味と、うまい具合にバランスがとれています。今日のお出掛け先は、「」、こちらで、今夜は、「伏兵コード」という劇団の公演「留鳥の根」がありました。関西小劇場界の知られた役者陣を集めた公演。この劇団は、作家兼役者の一人劇団と言えばいいでしょうか。ですから、役者陣は、外部から集めてこなければならないのです。なかなかハードで、ダークな芝居でした。そういった言葉で表現される芝居というのを、最近、とんと観てないものですから、新鮮であると同時に、ちょっと観ているのがしんどいという芝居でもありました。恐らく作者を反映しているであろう主人公の警官が、警官という「公」的部分を活用して、よく生きるということを実践しようとするのだが、なかなかうまくいかない。よく生きるには、どうすれば良いかが高じて、狂気の世界に踏み込んでいく警官は、「人の気持ちを思いやる」という部分が抜けることにより狂気に踏み込んだとの認識に立ちます。この警官のところに相談を持ち込む女がいます。その女は、町会議員に立候補しようかという男と付き合っていますが、男からすると、あくまでもとことん付き合う相手であるとは思っていない。ここで、気持ちのスレ違いが起こる。「よく生きよう」とする警官の生き方に対するヒントになってもいます。もう一組、夫婦ものが出てきます。金の算段に困り、食べ物にも困り、よその畑から野菜を盗んで飢えをしのぐところまでいきます。この夫婦ものが、最後に予想外の行動に出ます。救いを求めに訪れた議員にあしらわれたために、警官からもらったなけなしの金を使って、「○○議員には入れるな」という横断幕を作ります。世の中を変える、それが、「よく生きる」ということの方法だということでしょう。こないに書いてくると、芝居の中で導き出されたものは、ごく当たり前と言っていいメッセージ。実際の芝居は、そないに生易しい舞台ではありませんでした。警官役の豊田真吾(デス電所)がうまかったです。時として泣き叫び、多くは諭すような語り口が、舞台を引き締めていました。時には、こういったハードな芝居を観るのも、いいかなとは思いました。




2011年 5月 30日(月)午前 2時 38分

 今日も雨。どうやら台風が近づいているようです。そんなで、今日はウォーキングをしない日。まあ、したいと思ってもできなかったのですが。なんせ、二度寝が、思いもよらない大爆睡。かなり疲労がたまってたみたいです。で、今日は、生でオペラを観る日。日本で生でオペラを観るなんて、何年ぶりでしょうか。お値段が高いということ、オペラの上演が、大阪や京都では、ほぼないということが、大きな理由ですね。実際、今日も、尼崎まで行かねばなりませんでした。ヨーロッパでの経験で、5千円以上出す気もしないというのが、最近の心境でもあります。これは、年末に、一緒にヨーロッパに行った方も言われていました。そんなで、今日は、尼崎のアルカイック・ホールまでお出掛け。関西二期会の公演、プッチーニの「ロンディーヌ(つばめ)」を観てまいりました。実は、CDでも、ましてやDVDでも聴いたことのないオペラなのです。確かに、プッチーニの中でも、ほとんど取り上げられない作品ですが、聴いてみて、びっくり。とっても美しいメロディーの連続です。中にはレハールばりのメロディーまでありました。プログラムの解説を読んでいると、オペラとオペレッタの間で揺れる「ロンディーヌ」と書かれていました。オーケストレーションにも、プッチーニって、こないな曲作りをするかなぁというところがあったのです。やたらとと言ってもいいかな、歌手とオーケストラのメロディー・ラインが重なるのです。そんなで、納得できました。それこそ、世の中では、レハールなどが大活躍している時期に書かれたということなのでしょう。筋立ては、「椿姫」の改作の赴き。主役のマグダは、ヴィオレッタ同様、娼婦なのでしょう。プッチーニは、相変わらず、娼婦性を消しています。設定と筋立てで解らねばならないという、プッチーニを観るときのお約束です。「椿姫」の後半がないと言えばいいかな。「椿姫」では、ジェルモンが出てきて、別れさせます、そこで終わる物語が、「ロンディーヌ」だと言えばいいかな。但し、ジェルモンのような人物は登場してきませんが。それに加えて、第一幕が、ちょっと「ボエーム」の雰囲気があります。なんか、有名オペラの継ぎはぎで、プッチーニというビッグネームで、オペレッタもどきを作ったというところかな。「もどき」というのは、オペレッタのお約束、ハッピーエンドではないのです、「ロンディーヌ」は。でも、レハールの中にも、「微笑みの国」というハッピーエンドで終わらないのがありますね。ま、その辺の分類はいいとして、とにかく、とっても極上のメロディー・ラインにうっとりだったことは間違いありませんでした。歌手陣では、マグダを歌った上村智恵が、抜きん出て目立っていました。透明感のある高音は、ホント聴きごたえがありました。ただ、高音でいきなり入る部分のアインザッツが、最初不安定だったのが惜しまれます。オケは大阪交響楽団、指揮は寺岡清高でしたが、丁寧に振ろうとしていることが、何度も客に分かるような指揮ぶりは、結果として、あまりおもしろい演奏だったとは言い難いですね。もっと、音を流してくれないと。オペラが終わって、外に出ると、台風が来ていました。阪神「尼崎」駅へ行くだけで、びちゃびちゃ。この段階で、阪神電車は、「台風のため電車は遅れました」との放送が入っていました。




2011年 5月 29日(日)午前 0時 35分

  大阪市内遊歩(90)

 今日も、朝から鬱陶しい天気。台風も近づいているとか。梅雨間近なんでしょうか。今日はまず、10時10分をメドにお出掛け。12時開演の「第22回浪曲錬声会」に行くためでした。場所は文楽劇場です。あろうことか、この会に行くのは初めてとなります。巡り合わがよくなかったということでしょう。その番組は、次のようなものでした。春野ココ(沢村さくら)「太閣記〜まちがいの婚礼〜」、京山倖若(藤信初子)「会津の小鉄」、真山誠太郎(真山裕子)「あゝヒロシマ」、天光軒満月(紀ノ本孝子、美勝勝広)「昭和立志伝」。一番楽しみにしていた京山倖若のところで、寝不足のためダウン。一番前の席でダウンでは、演者の方に申し訳が立ちません。それがダメだということで、残りの演題は、ちょっと興味を引きませんでした。「まちがいの婚礼」は聴いたところだし、「あゝヒロシマ」は、二次被爆を扱ったものですが、あまりにステレオタイプ過ぎて、全然おもしろくない。天光軒満月師は、ネタが少ないのか変化が乏しい。どうも前に身を乗り出して聴こうかというものがありませんでした。浪曲の席では、今までで一番物足りない思いで、会場を去るハメとなりました。
 浪曲が終わると、雨が降っていたのですが、雨脚が軽かったもので、予定通り、ウォーキングを敢行。今日のウォーキングの狙いは、久しぶりにディープな大正区を回ろうというものでした。ですが、久しぶりだったため、時間的な見通しに、若干誤りがあり、辛うじて千島公園の南側を回れた程度でした。なかなかそれより南側には行けないものです。どうしても、その辺りまで行き、大正駅まで戻ろうとすると、30分は見ておかねばなりませんね。そないな雨中ウォーキングのコースは、次のようなものとなりました。文楽劇場〜高島屋〜難波西口交差点〜大阪市立難波特別支援学校〜南海汐見橋線「芦原町」駅〜大阪人権センター〜木津川橋〜千島養護老人ホーム・ビーナスホーム千島園〜落合上渡船場〜千島公園〜小林交差点・大正警察署〜泉尾交差点〜カトリックなみはや教会〜三軒家公園〜大浪橋〜大阪市立立葉小学校〜阪神なんば線「桜川」駅。今日の最大の成果は、落合上渡船場を見つけたことです。津守側、即ち、木津川左岸には、木津川橋以南に、2箇所の渡船場を、既に見つけていたのですが、右岸では、初めての発見でした。最初、通り過ごしてしまっていたのですが、たまたま「落合上渡船場200m」の看板を見つけ、慌てて引き返しての発見となりました。木津川水門の僅かに下流になります。渡船場乗り場への階段上からは、木津川水門を見み絶好のポイントとなります。左岸には、渡船場が2箇所あるわけですから、もう1箇所は、少なくとも右岸にもあるはずです。恐らくもう少し南側と思われます。今日は、木津川橋を降りてから、今まで通ったことのない阪神ゴルフセンターの横の道を歩いたのが、この発見に繋がりました。千島公園の裏手に回ったのも初めてでした。実は、まだゆっくりと、千島公園内部を歩ききってはいません。今日は、とにかく南側を回るということを優先させてみました。雨脚は、終盤に入り強くなってしまい、おかげでズボンからシャツ、カバンに至るまで、かなり水分を含んでしまいました。
 「桜川」から一駅だけ阪神電車に乗り、「難波」に移動。夜の部まで、千日前のネットカフェで時間調整をしました。2日連続の利用です。そして、夜は、ワッハの4階であった「南湖だんご54〜旭堂南湖話術研究会〜」に行ってまいりました。ワッハが閉鎖していた関係で、半年ぶりの開催だそうです。途中5分の休憩を挟んで、一人で2時間の会となりました。その番組は、次のようなものでした。南湖「講釈師銘々伝〜桃川実〜」「赤穂義士銘々伝〜大石内蔵助5・山科閑居〜」「太平記〜楠木の泣き男〜」「太閣記〜長短槍試合〜」。まず、4月に掲載された、講談に関する朝日新聞の記事の紹介から、上方の講談界についてのよもやま話をしてから、ネタへ。「講釈師銘々伝」は、今日が読み初め。シリーズ化されるようです。桃川は、明治初期の人。講談全盛期のときのスターだそうです。両親を9歳のときに亡くし、替わりの育ての親が講釈師だったことから、講釈の世界に入ったそうです。後半は、女には目がなかったところが紹介されていました。「大石内蔵助」は、2つの大きなポイントとなる話が入りました。一つは、天野屋利兵衛が、武器調達人として、浪士を支える役割を演じるようになった話と、山科に居を構え、遊里に足を運ぶようになるきっかけの話が中心となりました。「赤穂義士伝」の中で知られた話の「なんで?」に応えてくれました。「大石内蔵助」は、この会では読み続けられていくそうです。あとの2席は、修業時代に、師匠からもらったネタと思われます。何度も聴いたネタですが、さすが南湖は、自分のものとしてました。ともに、若手の講釈師さんで、よく耳にするネタですが、南湖の口演は、一味も二味も違ってました。淀みない口演、これに格なんて言葉も思い浮かんできます。「楠木の泣き男」では、普段聴かない泣き男の功績話が、最後に付け加えられました。こういった聴き慣れたネタを、一定キャリアを積まれている講釈師さんの口演で聴くと、実に豊かな表現の可能性を看る思いがしました。




2011年 5月 28日(土)午前 6時 1分

  大阪府寝屋川市(31)〜守口市(36)〜門真市(29)

 一昨夜から雨模様。翌日から、同様の天気が続くようなので、雨の少しでもましな今日は、ウォーキングを敢行。お昼を、先週に続き、寝屋川のお気に入りの店でとったということで、先週に似たコースを歩くことになりました。そのコースは、次のようなものとなりました。京阪「寝屋川市」駅〜寝屋川市立中木田中学校〜中木田町公民館〜寝屋川左岸〜愛馬橋〜寝屋川右岸〜寝屋川市立神田小学校〜寝屋川市立第五中学校〜大久保神田橋〜守口市立大久保中学校〜大久保中央公園〜守口市立大久保保育園〜守口市立藤田小学校〜大一温泉〜守口市立浜町中央小学校〜松葉町交差点〜即念寺〜門真神社〜門真本町商店街〜居酒屋「ソウル」〜西三荘ゆとり道〜大宮中央公園〜守口市立三郷小学校〜大枝公園〜守口市立第三中学校〜京阪「土居」駅。先週と似たコースどりになったのですが、昨日、淀川までは行かずに、門真市内を通るようなものとしました。距離的には、先週の方が長いと思うのですが、「土居」駅までしか行けませんでした。原因は、自覚できています。以前でしたら、開始1時間後あたりから、体が軽くなってきて、気分が、どんどんと高揚していったものでしたが、昨日は、全く逆。疲労ばかりが、どんどんとたまるばかり。ようやく最後の方で、少しは楽になりましたが、時は既に遅しという状態。如実に、到達点の違いという形で現れました。なお、昨日歩いた大久保中学校辺りは、今まで何度も迷ったところ。ですから、周囲との位置関係が、よくわかってなかったのですが、昨日は、どんな裏道を通っても、一切迷わずで終わりました。そういった意味で、このコース取りを、記憶に留めておきたいのですが、大丈夫でしょうか。
 「土居」から「北浜」経由で「日本橋」へ移動。4月に再開して以後、以前のように、視聴覚ライブラリーが存続していると聞いたため、ワッハに行ってまいりました。職員の方も解雇はされたのだけれど、3人の方が戻れたということで、久しぶりの再会に、思わず「良かったですねぇ」と、黄紺自身も喜んでしまいました。橋下知事は、パフォーマンスばかりで、人の生活を簡単に奪ってしまいます。こちらで働いていた人たちが、「12月26日でおしまいなんです」と言われるのを聞いて、愕然としていたのでした。で、昨日の視聴ラインナップは、次の通りです。@NHK-VTR「浪曲名人選9」、春野百合子「おさん茂兵衛」(s59「東西浪曲」A関西TV、「おたのしみ米朝噺〜米朝一門噺の酒盛〜」(米朝・枝雀・朝丸他)、米朝「一人酒盛」B関西TV「新春扇町寄席〜五代目桂米団治襲名記念〜」、口上(米団治・米朝・雀々・きん枝・八方・ざこば、司会:南光)、対談(米朝・米団治・八方・八光・南光)、米団治「親子茶屋」。@は、同じものを、DVDで視聴しているはずです。VTRが、陳列棚に置かれてあったのですが、前はなかったはずなもので、念のために視聴したら、最後まで観てしまいました。たまという、おさんが身代りを申し出る女中が、頗る付にいい。ちょっと田舎言葉というか、そういったイントネーションを入れる工夫が抜群で、幼さや、下の者という地位を表します。この描き方が、結果として、おさんが際立つのです。もう名人芸としか言いようがありません。Aで観た米朝の「一人酒盛」が、おもしろいものでした。とにかく理詰めなのです。色々と手伝わせて、一人酒盛をする男は、ただ単にむらっ気なところから、手伝わせているのではないのです。最初は、「壁紙を張り替えている」から、用事をさせます。熱燗過ぎるから呑めないからと言って酌をさせます。てな具合に、それなりに理詰めに、一人酒盛をするのです。ですから、酒を呑み始めてから、件の男が、怒って帰ってしまうまで、そないな長い時間という設定ではありません。その時間まで、米朝は用意をしています。鍋焼うどんを注文に行かせて、その鍋焼うどんが届くまでの時間としています。今日のは、途中からでしたので、次回は、フルバージョンのDVDを観なくっちゃの気分です。Bは、新しく収蔵されたものと思われます。ただ、ウォーキングのときの格好そのままで、館内に入ったため、寒さに我満できなくなり、米団治の「親子茶屋」の半ばで、退出するなんてことなっちゃいました。一つには、米団治の口演に、ちょっと我満ができなくなったという部分もあります。時間の関係で急いだのでしょうか、間も何もあったもんじゃないっていう感じがしてしまったのでした。
 そんなで、千日前のネットカフェに避難することにしました。2時間弱の時間調整となりました。6時20分をメドに、そちらを出て、「梅田」経由で、「十三」に移動。夜は「BlackBoxx」という「劇団そとばこまち」のアトリエを使った「スイス銀行」という劇団の公演「悪役姉妹〜ムチと五寸釘〜」に行きました。いい脚本に、手慣れた役者、的を得たゲストに、毎回楽しませてもらっていますので、自分の中では、優先度の高い劇団の一つです。物語は、40台にのったにも拘わらず、アクションという団体でトップを張っている2人の女子プロレスラーの物語。年齢的なことから来る世代交代を求める会社側、その手段が、ヒールへの転向。プロレスの世界では、よくあるだろう展開を、生身の人間が、どのように感じ対応していくかを、おもしろおかしく見せてくれます。筋立ては、考えてみれば、それだけの話なんですが、時間の経つのが分からなくなるほど舞台に釘付けさせるものがありました。脚本の妙と役者陣の充実ということなんでしょうね、やっぱ、それは。クラッシュ・ギャルズなんかじゃないですが、主役の2人は、タッグで売っている、となると、両者の間には力関係があるとの設定が、まず、展開に深みを持たせている。両者のキャラの違いの調停役に、団体のレフェリーが登場。見解の相違のレフェリングも務めるという位置にする。世代交代だから、若手のタッグコンビが要ります。この2人にも力関係がある。一人はスター候補生だが、も一人は、ちょっとおばかキャラにしてある。この役者が、めっちゃ節目になっている。長身で、常に口を開けているという強烈キャラを、見事に演じてました。そこへさして、無駄キャラを登場させます。こういった展開には、全く関係ない部外者を登場させて、本筋をいじらせるのです。しかも、強烈キャラに仕立てているものだから、観ていて、すっごい楽しいのです。とまあ、筋立てはちゃっちいかもしれないけれど、その何倍もの肉付けをされているところに、この芝居の良さを感じました。会場が狭いということもありましたが、超満員の客。その一人として、満足度は高かったですね。いい脚本、達者な役者、ゲストの熟練度の高さ、これらのレベルの高さは相変わらずでした。




2011年 5月 27日(金)午前 6時 28分

 昨日は、お天気は下り坂。ちょうど職場を出るあたりから、雨が降ってきました。昨夜は、ワッハの4階であった「上方講談を聞く会」に行ってまいりましたが、若干時間に余裕があったので、北浜から40分弱のウォーキングをしました。ま、そないなことができる程度の雨でした。昨日の番組ですが、次のようなものとなりました。南舟「三河屋幸吉」、南斗「後藤又兵衛入城」、南湖「楠木の泣き男」、南海「南総里見八犬伝」、南左衛門「水戸黄門漫遊記〜長屋の出世〜」。南舟は前講。ネタは、「天満講談会」で聴いたのと、同じネタ。谷風ものです。「後藤又兵衛」は、又兵衛が、秀頼からの召集を受け、大坂城に向かい出立するまでが描かれましたが、その中心は、家康になびいている大名を欺き、軍資金を集めるところ。軍師後藤又兵衛が、女を身請けするから金を出せというのが、この話の面白いところ。昨日は、珍しく南斗がマクラを喋りました。それが、なんと「パッチギ」への出演。但し、映画には映らなかったか。「楠木の泣き男」は、いろんな方が出されます。ということは、南湖も修業時代に、師匠から教えてもらったものでしょう。孟掌君を彷彿とさせるお話しです。「南総里見八犬伝」は、「講談毎日亭」であったもの。その序盤、伏姫物語。8つの珠が飛び散る直前まででした。「長屋の出世」とは、相性が悪いみたいで、このネタが出ると、こっくりいってしまいます。黄門様の兄に当たる人の物語だというのは解っているのですが、、、。




2011年 5月 25日(水)午後 10時 29分

 今日は、目一杯仕事。肩はこりこりです。背中にもこりが回ってきているので、じっと座ってるのも辛いところがあります。さっさと帰って横になりたいのですが、仕事が終わると、天満橋に足が向きました。常盤漢方薬局であった「第11回客寄席熊猫」に行ったのでした。プログラムには、これまでの会の記録が載っているのですが、それを見ると、ちょうど1年ぶりとなります。何やらとバッティングしたのでしょうね、わりと、この会は逃さないようにという意識が働いていますので。この会は、桂雀喜が、自作の落語を披露する会なのです。ほのぼの系の独特の味わいを持った新作を発表するものですから、足が向いてしまうのです。今日の番組は、次のようなものでした。雀喜「ケチケチ家族」、染太「魁!学習塾」、雀喜「仮面ライダーなにわ〜道頓堀編〜」。「ケチケチ家族」は再演もの、自分的には初遭遇です。35年という長い家のローンを組んでしまった家族が送るケチケチ生活の点描です。食事の節約ぶり、蝋燭生活、今日はと奮発していく回転寿司屋でのケチケチぶりなどが描かれました。実は、ネタに入る前のマクラに、先輩噺家さんのケチケチぶりが紹介されました。もちろん誰のことかは判りませんが、こちらの方がおもしろかったな。事実ほど、おもしろいものはないですね。染太の新作は、画板を持って現れたところで思い出しました。二度目の遭遇です。ただ、どこで聴いたのか思い出せないままです。染太自身のアルバイト経験からというのですが、画板に、実際にあったという珍答回答を紹介し、出来の悪さをアピールするのですが、もう次の場面では、その生徒らが、入試で結果を出すという噺へと跳んでしまいました。起承転結の「承転」のない噺でした。雀喜曰く、「色物落語でした」。「仮面ライダー」は、2作目。今回は、道頓堀に現れたカニバブリーというショッカーを相手に戦う仮面ライダーでした。カニバブリーというのは、人の気づかない内に、バブリーな気分にさせるカニのエキスを飲ませ、不要な金を使わせるというショッカー。物語の発端は、飲み放題の店に入ったら、カニ風味のビールを飲まされたところという設定でした。ちょっと噺が、えらく呆気なさすぎなので、もうちょいもったいぶる展開になった方が楽しめるのかと思いました。




2011年 5月 24日(火)午後 11時 7分

  大阪市内遊歩(89)

 今日は、午前中にしか観ることのできない映画を観に行ってから、それからウォーキングをしてと計画を立てていたのですが、夜中に目が覚めたため、明け方に二度寝をすると、熟睡。一応目覚ましをかけておいたのですが、目が覚めると、かなり疲労感があったため、三度寝へ。出勤日じゃない日があると、適当にクールダウンすることができるのが助かります。おかげで映画は観そこなってしまいましたが、体調維持には替えられません。そして12時を目安にお出かけ。すっかり回復したお天気のもと、ウォーキングに出かけました。そのコースは、次のようなものとなりました。京阪「淀屋橋」駅〜田簑橋〜JR「福島」駅〜八聖亭〜韓国料理店「オモニの味おかめ」〜鷺州第二団地〜大阪海老江郵便局〜大阪市立海老江西小学校〜阪神「淀川」駅〜大阪市立此花中学校〜澪標住吉神社〜阪神なんば線「伝法」駅〜西念寺〜庚申堂〜伝法水門・旧伝法川河口〜大阪市立西島小学校〜北港新橋〜大阪市立梅香中学校〜大阪市立四貫島小学校〜四貫島中央通商店街〜阪神なんば線「千鳥橋」。最初、計画を立てたときは、梅田シティを北上して、かなり大回りで、秘境「淀川」駅を目指そうかと考えていたのですが、自分にとっては、なかなか行きにくい此花区を目指すなら、そちらの方で時間が取れるようにと、上記のコースに設定しました。自分的には、伝法大橋より下流域で、淀川沿いを歩くのは初めての経験。実は、旧伝法川の淀川への注ぎ口が渡れないと、勝手に判断しておりました。ですから、伝法水門も、初遭遇となりました。できれば、安治川大橋を渡り、「九条」駅まで行こうと目論んでいましたが、時間的に無理な考えでした。
 「千鳥橋」から「難波」に移動。最近、ウォーキングのあとは、休息を取らないと、次の行動に移れなくなってしまっています。もう夜まで休息だの気分になってしまうのです。千日前のネットカフェで、その時間を使い、6時をメドに、ネットカフェを出て、道すがら食事をして、谷六まで移動。夜は、薬業年金会館であった「第166回旭堂南海の何回続く会?」に行ってまいりました。先月は、すっかり予定表に、この会を入れてなく行くことができず、3月はドイツに行ってましたから、2ヶ月行ってなかったら、新しい読み物に入っており、ついていけるかと心配だったのですが、なんと、その新しい読み物が、今日で最終回に、びっくり。慌ただしく切り上げてしまったみたいです。確かに、「浪花五人男」並の不入りですからね。来月は「曽我物語」の読み切り、再来月からは、「南総里見八犬伝」が始まります。で、あえなく終わる読み物は、「植木屋春吉」。振り替えってもらえたおかげで、筋立ては分かりやすく、仕込みの部分が、最後に効いてきて、二つの大きな殺人事件が、最後には一つに繋がり、西町奉行の名捜査作で一挙に解決し、大団円を迎え、且つ、離散していた父子も再会できました。主役春吉が6歳のとき、父親は殺人未遂事件に遇い、一時記憶喪失に。その間に、妻子は借金のために離散。帰るに帰れなない父親は、四国に定住。そのときの子どもが春吉。春吉の母親も、心労のため亡くなるのですが、亡くなる直前に、養子に欲しがる人がいたために、あとを託せるとばかりに、気を鎮めて亡くなっていきます。ここからが、春吉の成長の物語。育ての親に孝行を尽くすには、植木屋稼業を、立派に継ぐことと、育ての親の本家に入り、修行を積む春吉。そこで、親方に連れられた仕事先で、似たような薄幸な女たまと出会います。最後には夫婦になる二人です。ところが、仕事先で、親方がにケガをしたところから、話は事件へと発展していきます。親方の替わり送られた兄弟子が胡散臭い。仕事はしない、女に手が早いと、性悪男。この男が、端はたまに目をつけたかと思うと、次は大金に目をつけた。ついには、人を殺め、更に、その罪を、春吉に着せたものだから、えらいことになってしまいます。運悪く、たまに継母が縁談を無理強いすることが進んでいたために、二人が駆け落ちしたときに、事件は起こった。いや犯人は、二人に罪を擦り付けるために、駆け落ちの時間帯を選んだのでした。それを救ったのが、生き別れになっていた父親。四国で寺男になっていた父親が、偶然、京都に行った帰り道、片町の旅籠に泊まります。そこで、自分を殺そうとした男を見かけ、西町奉行に訴えます。その奉行が賢い。「植木屋」に響き合うものを感じ、直ちに操作を指示。お見事、2つの事件を、一挙に解決することに成功してくれるというわけです。なかなか良くできた話です。最後の1回だけ聴いて、そないに思えるのですから、全部聴きたかったと思っても、あとの祭り。今日で終わってしまいました。




2011年 5月 23日(月)午後 11時 17分

 今日は、一日中雨が降り続きました。おまけに気温の下がり方が、尋常ではありません。土曜日には真夏の暑さを経験した身には、この涼しさは、驚きです。風邪をひかないように気を付けなければなりません。今夜は、梅田で芝居を観ました。HEPホールであった、ミジンコターボの公演「いたずら王子バートラム」に行ってまいりました。この時期、芝居の季節なんでしょうか、関西の小劇場の主だった劇団が相次ぎます。今日のミジンコターボは、関西では代表的なファンタジー系の劇団。今日の作品も、既成の絵本を、この劇団の主たる作家である竜崎だいちが、オリジナルのスパイスを効かせながら脚色したもの。いたずらっ子の王子が、いたずらが過ぎたため、魔女に姿を変えられたため、自分の城に帰ることができず、森の中をさ迷うなか、またそこでもいたずらを続ける一方で成長していくというもの。書いていて恥ずかしくなるような内容。と言いながら、芝居の後半、雰囲気をヒートアップさせていた追っかけあいが、単にいたずらが過ぎたために始まったのかが解らないのです。恐らく無意識の内に、こくんと行っていたのかもしれません。ダンサーを、特別ゲストに招いたりで、舞台は、ツボをとらえ、華やかでスピーディーなものに仕上がっていました。この劇団は、この路線を突っ走るんでしょうね。ファンタジー系の劇団は、他にもあるでしょうが、演出の巧みさは、頭抜けたものがあります。あとは、どれだけここまでもってきたレベルの台本が続くかというところでしょう。




2011年 5月 22日(日)午後 11時 16分

 昨夜は暑くて、Tシャツのままで寝てしまいました。酒に酔いつぶれたままです。最近、コンビニで、缶に入ったマッコリが売られています。昨夜、初めて呑んでみたのですが、そのまんまのお味に感激。値段が、ちょっと高いんじゃないのかなぁ。でも、これからは、時々買うのでしょうね。今日は、午前中に、猛烈な雨が降り、おかげで気温が大幅にダウン。随分と過ごしやすくなりました。お出掛けは、12時20分をメドに、「中之島」駅を目指しました。ABCホールであった「スクエア」の芝居を観に行ってまいりました。「ラブ☆ギャラクシー」という芝居です。一つの劇団の物語です。芝居内芝居は、宇宙に出かけて、滅亡しかけている地球を救おうという物語ですが、その芝居に、劇団の代表を務める男は、劇団の解散の思いを込めています。それを察知した他の劇団員たちが、芝居内で、芝居に合わせた形で意見表明をしていくのがメーンとなっていますが、そのちぐはぐなおかしさが見せてくれます。役者陣が充実してるからでしょうね、自然と笑みがこぼれてきて、ほんわか気分にさせてもらいました。肩のこらない芝居が多い昨今、今日の芝居も、その一つでした。
 芝居が終わると、「新福島」駅から「大阪天満宮」まで、東西線で移動。夜は繁昌亭でした。時間調整は、いつもの南森町のネットカフェです。今夜の繁昌亭は、「染二繁昌亭奮闘シリーズKETEMU序章〜5月公演〜」があったのですが、今日は、血なまぐさい「大丸屋騒動」が出るというので外すわけにはいきませんでした。その番組は、次のようなものでした。福丸「米揚げいかき」、染左「茶の湯」、染二「稽古屋」、(中入り)、北新地さく与「お座敷遊びへいらっしゃい方」、染二「大丸屋騒動」。福丸は快調、滑舌が良く、畳み掛けるテンポアップが決まり、爽快な出来栄え。「茶の湯」も良かったなぁ。茶道の解る人が入っている方が、客席の沸き方が大きいのですが、今日は、その感じがしました。米二の演じる隠居のような好好爺という風情は出さないけれど、おかしなことを、大真面目にしている雰囲気が出ているのがいいんでしょうね。借家の三人も、大真面目に対応するからおかしさが出るのでしょう。「稽古屋」は、「色事根問」の部分は「芸」のところだけ。稽古屋に行って、喜ぃさんがほたえ倒すところは、染二の真骨頂。「染二の狂気の部分が出てましたなぁ」、これは、客席の近くにいた人がしゃべっていた言葉。まことに、その通りです。問題の「大丸屋騒動」、やはり血しぶきで凄惨過ぎます。染二の描く惣三郎は、あまりにも幼い。幼いからだだをこねる、それが殺人に繋がる、これを徹底して描きます。気持ちの悪くなるほどの幼さです。一種の狂気と言えるでしょう。コンセプトを徹底し、それが客席に伝わるという意味では成功だったと思います。文枝や五郎兵衛の描き方は、傍観者、即ち語り部的スタンスでした。染二の描き方の気持ちの悪さは、おときという殺された女の性格にも疑問が沸いてきました。なんで、こないな男に、そこまで惚れるかと。ここにも、また違った狂気が看えてきます。徹底した狂気、だからこそ起こった惨劇。であるならば、なぜこないも噺が落語となり、細々とながらも、ここまで生き残ってきたのか、それに対する疑問が、どうしても残ってしまいます。こういった描き方を採るというのも、一種の染二の狂気かもしれませんね。なんか、今日は、狂気で括れる噺を残してくれた、そないな落語会でした。




2011年 5月 22日(日)午前 4時 30分

  京都市内遊歩(18)

 昨日は、午後に京都でのコンサートに行くだけというお遊び計画でしたので、午前中にウォーキングを入れてみました。コンサートが終わってからだと、暗くなってしまうだろうの読みでした。従って、ウォーキングのコースも、京都で組んでみました。そのコースは、次のようなものとなりました。京阪「丹波橋」駅〜京都市立板橋小学校〜京都市立板橋幼稚園〜土橋〜念故寺〜三雲橋〜下鳥羽公園〜城ノ越公園〜京川橋〜久我橋〜久我交差点〜桂川右岸堤防〜祥久橋〜野間詰児童公園〜上鳥羽橋〜上鳥羽小学校〜近鉄「上鳥羽」駅。実に久しぶりに、久我に行ってみました。前回は、中書島をスタートして、とっても大変だった記憶が残っています。昨日は、丹波橋から久我を目指し、一つ北の橋(祥久橋)を渡り、近鉄沿線辺りに帰ってくると、そんなにきつくないのではと、机上の思惑を立てたのですが、やはり久我は手強い。久我橋に着いた時点で、既に50分も経ってしまっていて、大焦り。ただただ久我に入ると、桂川の右岸土手を歩き、最短コースで祥久橋に行こうとしているのに、そういったときに、うまくいかないものです。土手の上が交通量が多い上に、歩道がないものですから危なくて仕方がない。土手沿いの道がなかったので、仕方なく歩いていると、側道と思える道が現れたので、喜んで下に降りると、なんと、その道は袋小路。目標の橋が見えていたために、迷うことはないだろうと下に降りたのが間違いの始まりでした。おかげで余計な時間を費やし、結局元の道に戻らねばなりませんでした。昔の伏見の街を離れると、かつては田畑が広がっていたろうと思われる一帯は、工場&倉庫地帯。これは、久我の桂川沿い、上鳥羽方向も同様で、とっても味気ない風景が続きます。コースをポイントを記録しておきたいと写真を撮っていますが、ホントに撮るべきところがありませんでした。今度、久我に行くときには、JR東海道線か、阪急京都線に抜けてしまうようにしないと、かなりスピードアップして歩くものですから、疲労が大きくて、終わってみるとぐったりでした。
 自宅で時間調整ということで戻ってはみたのですが、寝ころんだまま起き上がれない。慌てて目覚ましをセットして、仮眠をとりました。午後は、京都コンサートホールであった京都市交響楽団の「第546回定期演奏会」へ。地下鉄「北山」駅を降りるとえらく多くの人がホールへと流れていきます。完売していたかもしれません。それだけの大入り。7月定期のチケットは、もう完売していました。いくら大野和士がマーラーの3番を振るからと言っても、これはすごいこと。昨日は、ラフマニノフの2番のシンフォニーで、これだけ入るとはびっくりです。黄紺は、そのラフマニノフ狙いで行ってまいりました。ラフマニノフは、なかなか出ません。3番ともども、とってもいい曲なのに、出ないのです。昨日は、おまけに、これまたいい曲なのに、なかなか出ないグラズノフのヴァイオリン協奏曲まで付いているという、嬉しいプログラムでした。冒頭は、尾高惇忠の「オーケストラのための“肖像”」という作品。尾高は、著名な指揮者尾高忠明の実兄。パーカッションを使いすぎるオーケストラの新作ものは、あまり関心がないのですが、ま、程よいところかな。エネルギッシュな曲で、結構楽しめたと思います。グラズノフは、ゲザ・ホッス=レゴツキのヴァイオリン。プログラムなどには、「ロマの血を引く燃え立つような情熱のヴァイオリン」などというコピーが見られるのですが、そうであったらいいのにという演奏でした。きれいに弾き過ぎです。音があまり出ないのかなと思っていたら、アンコールでは音が出ていましたから、そうではありません。熱い曲なのに、ちょっと肩すかし。そして、注目のラフマニノフ。マーラーやブルックナー並みの編成かと思っていたのですが、そうではありませんでした。4月にマーラーの5番を聴いたときも感じたのですが、京響は音が出るようになりました、特にヴァイオリンがいい。それが人を惹きつけてるのかなと思ってしまってます。このラフマニノフも、それが最大の魅力。だけど、第1楽章は甘さが足りなかったな。指揮の広上 淳一が、「くさく、くさく」と指示を出してるような指揮ぶりに、とっても納得です。全編、映画音楽のようなこの大曲、緩叙楽章よりも、ギャロップのような第2楽章や、同じくリズミカルな第4楽章の統率のとれた演奏の方が見事でした。でも、この曲はいいです、まどろむことができます。そして、元気ももらえます。




2011年 5月 20日(金)午後 10時 29分

  大阪府寝屋川市(30)〜守口市(35)

 昨日は、夜遊びなしでまっすぐ帰宅。相変わらず、晩酌で、早々にダウン。夜中の3時に起きて、HPの更新なんぞをやっていました。そして、今日は、とってもいいお天気。但し、気温の上昇は、かなりのもの。初夏の雰囲気です。そんななか、午後にはウォーキングを設定。3月以来、無沙汰をしているお気に入りの寝屋川の食堂で、お昼ごはんを食べてから、ウォーキングをスタートしました。そのコースは、次のようなものでした。京阪「寝屋川市」駅〜福田寺〜上中木田共同墓地〜寝屋川新橋〜寝屋川市立成美小学校〜高柳府営住宅西交差点〜寝屋川高柳五郵便局〜高柳七丁目商店街〜仁和寺交差点〜佐太天神宮〜淀川佐太渡船場跡碑〜淀川左岸河川敷〜八坂瓊神社〜守口市立北部公民館〜守口市立八雲小学校〜大阪府立守口東山高校〜タイ料理店「マニー・タイ」〜インド料理店「RANI」〜地下鉄「守口」駅・守口市役所〜大阪府立淀川工科高校〜守口車庫前交差点〜京阪「土居」駅〜京阪「滝井」。久しぶりに、淀川の河川敷を歩いてみました。気温は高いのですが、やはりいい風があります。少しでも高い土手の上は、更にいい風が吹いてました。このコースだと、土手に上がったところで、50分経過です。目安としては、京阪「守口市」駅だったのですが、その2つ先の「滝井」駅まで行けました。これで、ジャスト2時間です。
 「滝井」駅から「京橋」まで移動。ここで、お仕事。これがあったので、昼間に出かけたのです。書類を、郵送ではなく、直接届けた方がベターだと判断したことがあり、京橋で下車でした。が、ここで道に迷い、控えてきた番号はファックスのだったりと、ウォーキングのあと、体を休める時間もあまり取らずに動いたものですから、かなりへばり気味。この寄り道を済ませたあとは、何をする気も起こらなくなり、千日前のネットカフェに行き、体を休めていました。ウォーキングをしているときは、かなりの早足で歩いているため、プラス30分近く、直後に歩くと、こないなことが起こります。夜は、動楽亭での落語会。千日前からでしたら、普段は、25分ほどかけて歩くのですが、今日は、それも止めておきました。股関節を傷めてからは、無理をしないことにしています。動楽亭では、「鯛安吉日Vol.2〜桂鯛蔵落語会〜」がありました。塩鯛門下の有望株鯛蔵の会です。その番組は、次のようなものでした。生寿「四人ぐせ」、鯛蔵「向う付け」、たま「寝床」、鯛蔵「仔猫」。生寿の「四人ぐせ」は、かなり当たっています。癖を協調するときだけ、癖を出すというコンセプトですね。一切、そうじゃない場面でしないのならば、それって癖じゃないのではと思ってしまいます。鯛蔵の一つ目は、ネタ出しなしで、「向う付け」を出しました。明るく朗らかな喜ぃさんの雰囲気が、なかなかいいですね。「祝いのし」の喜ぃさん同様、与太郎キャラ。だけど、与太郎にしないところが嬉しいですね。たまは、月曜日のまん我の会に続いて、後輩の会にゲストで登場。この人、落語マニアだけではなく、幕内でも人気があるということです。旦さんの娘が、すねた旦さんの心をほぐすというもの。ご近所の人も、提灯屋と孝行息子、産気づいた家、それに、長屋の死人に留め、奉公人や妻子については、全部まとめてしまいます。繰り返しのおもしろさをほどほどに留め、より濃いキャラにして補っていくという手法です。最後を変えてました。「女殺油地獄」を使っての落ちになっていました。最後が、本日のお目当て、鯛蔵の「仔猫」。こないな大ネタを、自分の会で出すようになりました。えてして、こういった場合、壁に当たる人、すーっとスルーしてしまう人、大きく二つに分かれてしまいますが、鯛蔵は、後者でした。歳が若い分、番頭や旦さんの落ち着きといったものに不満は残りますが、それは、今後付いていくもの。その下地があれば十分なわけですから、やはり鯛蔵は合格点です。ただ、ネタ下ろしなのか、それとも、そんなに時間が経ってないんでしょうね、流れない箇所が顔を出します。「あの〜」「あ〜」といった繋ぎのところで、こないな不要な間が入ってしまいます。これも、時間の問題です。いつか、初めて聴いたときは、あんなだったと言えるときがくるはずです。そういった実力者ぶりを感じました。天然キャラですが、噺は上手い人です。




2011年 5月 18日(水)午後 10時 56分

 気温が上がってきました。これから、仕事をしていくのに、一番辛い時期に入っていくのでしょうね。ちょっとお疲れのなか、今夜も講談会です。「講談毎日亭」は終わりましたので、今夜は、「天満講談席」です。も今夜の番組は、次のようなものでした。南斗「雷電の初相撲」、南舟「三河屋幸吉」、南青「木津の勘助」、南鱗「荒浜藤蔵」、南華「大塩平八郎」。南斗は、空板と言われる前講。南舟が谷風ものを出すのが判っていながら、こちらも谷風もの。まあ、南斗は、今日は、空板ですから、目くじらを立てることはないのですが、ちょっと気にはなりますね。「木津の勘助」は、いろんな人で聴きましたが、南青では初遭遇。今まで聴いた「木津の勘助」の中で、最も表現力豊かに演じてくれました。「荒浜藤蔵」は、水戸黄門もの。土地のやんちゃな男が、結婚が整った女に、横恋慕をしようというむちゃ者ぶりを戒めるお話です。これも、特段珍しいネタではないですね。この「荒浜藤蔵」の終盤から、疲れに負けてしまいました。ですから南華に入ると、マクラが終わり、ネタの枠組みが語られ、いよいよ本格的に話が展開していくという段になると、再ダウンを喫しました。内容は、平八郎が、役人の不正を暴くというもののようで、「大塩平八郎」という長い読み物の序に当たるところのようです。




2011年 5月 17日(火)午後 10時 47分

 今日は、先週の火曜日同様、午前中は、メト・ライブ・ビューティングに行ってまいりました。今日の演目は、リヒャルト・シュトラウスの「カブリッチオ」でした。変わったオペラです。いわゆるアレゴリー文学っていうのが、中世ヨーロッパにありますが、それのオペラ版ですね。言葉と音楽、どちらが先か、どちらが大切かという争いが、一人の女を取り合うというラヴ・トライアングルの物語です。要の女は、芸術のアレゴリーと言えばいいのかな。それが、ひいてはオペラ制作の話へと派生していきます。オペラの制作側の人間、果てはプロンプターまでの登場となります。そこで、この議論を踏まえて、オペラを創ることになって、議論は打ち上げられますが、そのあと残された伯爵令嬢(ラヴ・トライアングルの要の女)が、ラヴ・トライアングルに結論を出すべく、長大なモノローグに入っていきます。最後の最後で、何かメモをとり、執事に手渡しますが、客には明らかにされません。書いたあと、にやっと笑うところが気になります。とまあ、ナチス支配下で書かれたとは信じがたいリヒャルト・シュトラウス最後の作品でした。主役の伯爵令嬢は、ルネ・フレミングが務めました。
 オペラの映画が終わると、今日は、家に戻って時間調整。4時の予約があった歯医者に行ったあと、その足で大阪へ。少し時間に余裕があったので、京橋から鶴橋まで、徒歩で移動。今日は、「講談毎日亭」の最終日です。「岩見重太郎」は、仇討ちが成功して大団円です。うまい具合に再現してくれましたので、仇討ちの過程が解りました。宮津の宿で起こった盗人事件の検分にやって来た侍の中に仇がいたのですが、ここから話が、ちょいとややこしくなります。仇の侍を家臣に持つ小大名が、重太郎の主君に逆恨みをしていたがため、藩を上げて重太郎を返り討ちにしてしまおうとなるというわけですが、これで返り討ちに遭ってしまっては大団円にはなりません。「山城屋和助」も辛うじてつながりが解りました。洋行に行くために、山県有朋に用立ててもらった金は公金。これが問題だということになり、急いで呼び戻され返金を迫られる和助。豪商といえども、即金では返せない。四方手を尽くすが、返せないものは返せない。番頭は、偽の印鑑を使い、偽の使者をたて、返金手続きをごまかそうとするが、ばれないわけばない。番頭も死を覚悟し、和助も腹を切るつもりでいる。いよいよ千秋楽のクライマックスというところで、にわかに腹に射し込むような痛みが走り中座。戻ってきたら、和助は亡くなり、番頭は生き残っていました。出世物語かなと想像していたら、そうではありませんでした。山県の後援を、奇兵隊のよしみで受けたということなので、政商としての活躍記かというと、これも、そうではない。なんかとりとめのない物語だったというのが、1週間を終わったところでの感想です。「八犬伝」は、詳しい細かなことは、残念ながら解らなかったのですが、偽の村雨丸を持って行ってしまった信乃はが、公方の城で籠城することになるのですが、それを捕まえによこされたのが、犬飼現八。最初は戦っていた2人が、互いの痣に気づき、2人して川に転がり落ちると、船の上に転がり落ち流されてしまうというのが、昨日のところ。流されていたのを助けたのが、犬田小文吾親子。ところが、追っ手がかかり、詮索が始まる。ちょうどこの時期に、信乃が破傷風にかかり動けない。犬飼現八は、薬を手に入れるために、信乃の元を離れたので、今日の主役は小文吾。信乃検索の部分と、小文吾の義弟房八との確執物語が絡んでいきます。房八はヒールとして、ずっと描かれてはいるのですが、「房八」という名前が気になっていたら、最後でどんでん返し。破傷風の信乃を助け、房八が信乃に似ていることを利用して、房八の首を出すことで、信乃を追ってから守るのです。そして、房八が、そのような行動を執ったのは、父親が死に際に語った小文吾の家とは、玉梓がらみで縁のある家だと聞かされていたから。そして、この房八の息子、これは、小文吾の甥に当たるのですが、この子が犬江親兵衛です。生まれてからずっと手が開かない、、、この話、「新八犬伝」で観た記憶がありました。そして、ここで、出家した金碗大輔と出会います。そして、信乃、現八、小文吾とともに、大塚に戻っている荘助に会いに行くと、宗助が処刑直前、、、あれれ、ここで時間切れとなりました。いや〜、「八犬伝」はおもしろい。「新八犬伝」では、大きな役割を果たした犬山道節は、ちょろっと出てきただけですし、「新八犬伝」で人気を博した犬坂毛野も出てこなかったのです。続きを聴きたい気分です。




2011年 5月 17日(火)午前 6時 28分

 昨日は、「講談毎日亭」は、昼間の興行。夜に、雀のおやどに落語会が入っているのです。そこで、昨日は、雀のおやどではなく、ワッハの4階であった落語会「第31回お笑いまん我道場〜大阪編〜」に行ってまいりました。その前に、文楽劇場に寄り、6月にある2つの文楽公演のチケットを買いに行きました。それから、久しぶりのワッハでした。再開館してからは、初めてになります。4階は、ほぼ変わっていませんでした。で、昨日の番組は、次のようなものでした。松五「兵庫船」、まん我「寝床」、たま「池田の猪買い」、まん我「吉野狐」。最近、「兵庫船」を手がける若手の噺家さんが減っていますが、松五はやるんですね。かなり物言いが良くなっています。年季というものを感じます。言葉遊びの部分を、若干跳ばしながら、次へのバトンタッチです。まん我は、マクラで、たまとの関係を披露してから、習い事のお師匠さんの褒め上手の話、落語を習い事にしている人の話、とまあ、こういう具合にくれば、「寝床」で仕方ないでしょう。まん我の「寝床」は、初遭遇です。触れ役の久七が困りながら、ちょっとは遊んでる雰囲気がいいですね。おがおがと言う替わりに、「おーっ」と叫んでみたりと工夫もあり楽しめるものでした。たまも、お返しとばかりに、まん我との関係を言うわ言うわ、客席はヒーヒーと反応、すごい一体感。「池田の猪買い」は、たま流アレンジが随所に。喜六は、甚兵衛さんの家からは出直さないで、池田に出発。甚兵衛さんに教えてもらう道順も短縮。池田で道を尋ねたら、それが六太夫さんなどの変化もつけてありました。百姓に道を尋ねる場面ってとこは、大阪から池田に来たぞという場面転換に大切なところだと思うのですが、コンパクトにされてしまうと、逆にカットされた場面の大切さが解るものです。「吉野狐」は、現時点では、生喬に次ぐ2人目の演者です。前半、ちょっと人情噺風な気配を見せながら、実際には成りきらず、ネタ自体が中途半端な印象を持ちましたし、後半の狐の登場も、唐突すぎる感じ。このネタが、演者さんに好まれない理由が、よく解りました。そんなで、まん我も困ったんじゃないかなぁ。たま曰く「まん我は江戸前を目指している」噺には、結局ならないネタなんですよね、これ。昔聴いた6代目の口演も、人に合ってなかったしと、中途半端なネタなのでしょう。




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