忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。


「黄紺のお部屋〜紀行編〜」



2012年 9月 8日(土)午後 11時 23分

 4日連続勤務の3日目。睡眠時間は長くはないのですが、かなり深い眠りが、この2日は続いています。疲労がたまっているのでしょうね。そして、夜は芝居にお出かけ。初めて行くところでした。天王寺にある「ロクソドンタブラック」、名前は聞いてはいたのですが、今まで行く機会がありませんでした。今夜は、こちらで「テノヒラサイズ」の公演「泥の子と狭い家の物語」がありました。もっと大きなホールでの公演が持てる集客力のある劇団ですが、話の設定が、とっても狭い家に住む家族となっている関係で、こちらでの公演が企画されたのかなと勝手に考えています。ストーリーは、その狭い家に住む家族、中でも高校生の娘小豆が主人公。小豆の家に、ある日、悪魔が住み着いてしまう。悪魔は、小豆の母親を操り、父親は追い出されるは、同居している父親の弟と父親を仲違いさせるは、小さいときに亡くなった小豆の姉が、男の体に蘇ったと言っては、見知らない男を住まわせてしまうのですが、これは、母親が持っていた欲望であり、それまでは抑制していて表面化していなかった事柄でもあり、家族の持つ矛盾を表しているというものだったのです。実際に、家族が崩れていく姿を目の当たりにしていく小豆は、幼なじみのたっくんや、得たいの知れない猫おばさんの助けを借りて、悪魔に対峙していく中で、子どもから大人へと成長していく姿を描いていきます。変に突っ張っている小豆が、この家族の子どもという自覚を持つところが、悪魔に対峙する出版点になっています。その自覚を促したのが誰だったかなぁ? たっくん? 父親? 姉が宿った男? 思い出せないのです。自分の立ち位置が決まったら振り返らないのがいいですね、切迫感が出ていて、悪魔が退散したあと、元に戻った母親と普通に話せる娘になってるってことに説得力がありました。悪魔なんてものを出すというのは、ちょっと反則めいた見方をしてしまうものなのですが、母親の持つ一面と考えれば、ま、セーフに看ようかなというところです。この芝居の一番秀逸な点は、舞台の作りです。部屋の中央に置かれるテーブルと椅子のサイズで、部屋の中を行き来するのに、ちょっとした無理が求められるようにしてあって、部屋の狭さが解るようにしてあったり、部屋の外壁沿いに、すれ違いも困難を伴う狭い路地を作り、たっくんや猫おばさんのような、不思議な能力を持った人は、この路地を通らせます。これも、「狭い」を強調する点で、とってもグーな演出でした。




2012年 9月 7日(金)午後 11時 33分

 昨日は、まっすぐ帰宅。日本代表の試合を観ていたのですが、晩酌の関係で、後半早々にダウン。夜中に起き上がり、冬の旅行の準備などをしていました。
 そして、今日は暑かった。相変わらずクーラーなしの部屋でのお仕事。昨日から4日連続勤務の2日目でした。夜は動楽亭。今夜は、こちらで「鯛安吉日〜桂鯛蔵落語会Vol.7〜」という落語会がありました。鯛蔵が、さん都時代の勉強会「三都物語」には行ったことがあるのですが、「鯛安吉日」になってからは初めてとなります。その番組は、次のようなものでした。団治郎「動物園」、鯛蔵「桃太郎」、米二「くっしゃみ講釈」、鯛蔵「船弁慶」。前座ネタが2つ続いたあとに、大ネタが2つ、それも頗る付きの好演が2つ続きました。鯛蔵は、「桃太郎」をネタ出しをしていて、「船弁慶」はネタ下ろしということで、ネタ出しはしていませんでした。ただプログラムらしきシートに、「船弁慶」と書かれていて、いっぺんに納得。鯛蔵の流暢さは、正しく的を得たネタ選びと思えたからです。そして、実際の口演は、その期待通りの出来栄え。しかも、身体の動きが、とっても自然で理に叶っているのがいい。ちょっと身体の向きを左右に切り替えるだけで、自ずと臨場感が高まります。そして、その頻度が高く、自然体で動いていくのです。喜ぃ公の頼りなさは、更に自然体かもしれません。ということで、「船弁慶」のいいものが生まれた瞬間に立ち会うことができました。今日は、米二がゲストだということで、てっきり米二からもらったネタを下ろすのかと思っていたのですが、それは外しました。米二は、プログラムらしきものにも「お楽しみ」と出ていたのですが、すぐにネタは判りました。高座に上がるや、すぐに懐中から2本目の扇を出したからです。米二の「くっしゃみ」は、記憶にないほど久しぶりです。でも、この「くっしゃみ」が良かった。ポイントポイントに、通常は入らない軽いデフォルメ、小さなくすぐりを差し込むのです。いつもは、ほとんどそないなことをしないで、米朝直伝の噺を聴かせてくれるので人気の噺家さんなのですが、いいスパイスを入れてくれたものです。講釈のところは、他の噺家さんと違って、かなりゆっくりめのテンポが珍しかったな。




2012年 9月 5日(水)午後 10時 12分

 昨日は、仕事が若干延びただけで、予定していた映画は断念。家で、サッカー観戦。ひどい試合でした。ぶつぶつ文句を言いながら、最後まで観てしまいましたが、実際、生で観戦していたら、最後まで観る試合ではないですね。
 今日は、まず冬の旅行の日程が確定し飛行機も押さえたので、その代金支払いに旅行社へ。そして、今週唯一の平日の休みを活用すべく動楽亭へ。久しぶりの「動楽亭昼席」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。吉の丞「桃太郎」、雀五郎「青菜」、歌之助「壷算」、米団治「立ち切れ線香」、(中入り)、米平「饅頭怖い」、米二「胴乱の幸助」。今日も、大ネタが出ました。米団治の「立ち切れ」は、あやめの25周年の会で聴いて以来のはず。なんか大きく大きく演じようとしていたように思えましたので、ひょっとすると、近々大ホールでの口演が予定されているのかもしれません。米二の「胴のの幸助」にもビックリ。特に「立ち切れ」の出たあとだったもので。自分の記憶では、米二の「胴乱の幸助」は初めてのはず。人物が、かなりクリアに描かれ、米二の口演としては、かなり上出来の部類に入る堂々とした高座でした。遭遇機会が少ないのが不思議な感じがしました。米平の「饅頭怖い」にも、ちょっと驚き。膝がわりで出したからですが、そこは心得たもので、饅頭が出てくる前で切りました。でも、「じたじた」の部分は、久しぶりに聴く機会を得ました。長くなるのでカットして、饅頭のところに入る人が多いですからね。あとは定番ネタでした。ただ、今日は、黄紺の体調が今一つで、かなりぐったりしながら聴くという状態だったのが惜しまれます。
 動楽亭も出ると、南森町まで移動。いつものネットカフェで時間調整。夜は、北区民センターであった「天満講談席」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。南斗「秀吉と易者」、南湖「恨みの鎌」、南華「弥次喜多道中記」、南左衛門「面の餅の由来」。トリの南左衛門の「面の餅」は、先日の「聴く会」で、ご本人が出したところ。連続で出すのは反則です。それ以外は、変化に富んだおもしろい番組構成。「秀吉と易者」は、「太閤記」から知られたネタ。矢作橋を通りかかった青年藤吉郎を、一人の易者が呼び止める、「あなたの人相など見させてくれ」と。ぱっと見で、大変な相を看て取ったのです。易の心得のある藤吉郎も、易者の人相を見て、これまたただならぬものを看て取った。そこで、両者は、いずれのときにか再会を約し別れ、実際に再会が実現するというもの。「恨みの鎌」は怪談もの。怪談は少ないと言われる旭堂にあって、こないな話があったのかというもの。全くの初遭遇となりました。持っていた木切れが当たり、落馬した侍に無礼討ちにあった百姓の妻の怨念が、12歳の伜を突き動かして復讐を成し遂げるという、かなり陰惨な話でした。倅を動かすところが、怪談じみていて、表現にも、ちょっと猟奇的風味がしましたが、それは、演者の南湖さんの好みかもしれません。「弥次喜多道中記」は、南華さんが、以前どこかで出されたとき聴いているはずなのですが、内容は、さっぱり覚えていないというもの。ひょっとしたら、ダウンしてしまっていたのかもしれません。大阪にやってきた弥次喜多が、偶然拾った富くじが当たりくじと思い込み、散財をしてしまうというもので、それがメーンの話なのですが、富くじを拾うまで、高津神社に行ったり、道々会う物売りの描写が、とっても気に入ってしまいました。なんか絵巻物を見せられているような推移で、このまま行ってくれれば、自分的には大ヒットだと思っていたのですが、残念ながら外れてしまいました。来月の予定を見ていると、神田阿久鯉さんが出演となっていました。いかにも江戸前という女流の講釈師さん、今から楽しみです。




2012年 9月 3日(月)午後 11時 30分

 今日も雨が降りました。ちょうど職場から出ようかという時間帯。幸い、実際に出かける頃合いになると小降りになったので大事には至らなかったので良かったのですが、どうも最近、雨に振り回されることが多くて困ります。夜は繁昌亭です。「第22回彦八まつり・あとの祭り〜宴は終わってからもオモシロイ〜」ということで、彦八まつりの裏話を聴けるというので、それを楽しみに、毎年足を運ぶ恒例の会です。その番組は、次のようなものでした。小染(司会:遊方・生喬)「実行委員長挨拶」、三金「奥野くんの祭り」、春雨「青菜」、遊方・生喬・小染・春雨・三金「今年の祭りを振り返る魅惑のスライドショー」、(中入り)、遊方・三金「お茶子クイーン&素人演芸バトル優勝者インタビュー」、小染「相撲場風景」。彦八まつりには、丸々開催期間中にいることは無理なことですから、この会は、とても便利でありがたい催し。しかも、会場に行っても気づかない場所、催しやブースもあるので、そういった意味でも嬉しい会なのです。ですから、この会のメーンは、中入り前の「スライドショー」。境内の一角に、スポンサーの一つだった「サントリー」が、えらく涼しげな休憩所を作っていたり、見ることのできなかったミニSLや相撲を見ることができましたし、「文枝襲名披露」では、本人が出席できない「襲名披露口上」に、6代文枝のかぶり物を付けて登場したのが鶴瓶だったりと、新しい情報を仕入れることができました。写真を撮った生喬推奨の一品は、「月亭だけの楽屋」。確かに得がたい一品です。来年は、その「月亭」から月亭八光が実行委員長に指名されたそうですが、早くも不安視する声が上がっていましたが、大丈夫でしょうか。落語では、春雨の「青菜」が聴き物でした。最近、「青菜」を演じる噺家さんは、自在にいじったりしていますが、今日の春雨は、オーソドックスな型を、ほぼそのまま維持しての口演となりました。これは嬉しいこと。ネタとしての強さを確認することができたということです。最後は、彦八まつりの残り福のような抽選会でお開きとなりました。




2012年 9月 2日(日)午後 10時 3分

  大阪府門真市(39)〜守口市(51)〜大阪市旭区

 あえなく3連休の3日目、時間が経つのが、ホントに早い。今日は、早めに出かけて、午前中にも彦八まつりを覗いてみようかとも考えていたのですが、夜更かしをしてしまい、それは断念。彦八まつりよりかウォーキングは外せないので、そちらを取りました。その詳細なコースは、次のようになりました。京阪「古川橋」駅〜門真古川橋郵便局〜幸福本通商店街〜浜町公園〜門真月出郵便局〜月出町中央公園〜モノレール「大日」駅〜守口市立八雲東小学校〜大阪市水道局庭窪浄水場〜守口市立八雲中学校〜守口八雲西郵便局〜下島公園・守口市立下島小学校〜淀川左岸〜豊里大橋〜大阪市立太子橋小学校〜太子橋南公園〜大阪市立思斉特別支援学校〜城北公園〜大阪市立大宮中学校〜大宮神社〜旭大宮郵便局〜ネパール・インド料理店「ラムシャンティ」〜地下鉄「千林大宮」駅〜京阪「森小路」駅。久しぶりに門真市内と守口市内の淀川よりを歩いてみました。大日辺りを歩くのも久しぶりです。古川橋から上手に行けば、20分で、大日のイオンの端っこに行けるということを発見。当初の計画では、下島公園の横で淀川河畔に入り、少しだけ河川敷を歩いてから、すぐに市街地に戻るつもりで、そのコースも、あらかじめ用意はしてあったのですが、実際に河川敷に立ってみると気持ちいいものですから、豊里大橋まで歩いてしまいました。城北公園も、したがって久しぶりになります。ところが運悪く、ちょうど城北公園にさしかかったあたりで、またしても雨。昨日のゲリラ豪雨の記憶もあるなか、早々に城北公園は切り上げることとなりました。ま、それが、結果的に良かったのでしょうか、地下鉄「千林大宮」駅に、5分余して着くことができました。幸いあのあたりの地理にちょっとだけ詳しくなっていたことで、「森小路」駅に向かうことを躊躇なくすることができました。おかげで、わずかですが、電車代を浮かすことができました。
 「森小路」から「北浜」経由で「日本橋」に移動。午後は、「トリイホール」であった「トリイ講談席」に行ってまいりました。今日は、普段の同席で見られない入り。なんせ、今日は「後藤一山特集」だったのですから。「後藤ー山」とは、落語「くっしゃみ講釈」で、くっしゃみまみれで講釈ができなくなってしまうという上方落語に出てくる最高のいじられキャラの一人。それが講釈師だからということで、今度は、講談会で、落語には出てこない後藤ー山を作り上げようとの試みなのです。この企画は、「トリイ講談席」で一度、頃もちょうど同じ、「彦八まつり」にぶつけて行われていますし、「講談毎日亭」では、南海さんが、1週間の続き読みに仕立て上げ続き読みをされたことのある代物です。その番組は、次のようになりました。南青「吾輩ハ後藤ー山デアル」、歌之助「くっしゃみ講釈」、南華「後藤ー山の逆襲」、(中入り)、南湖「アナザーストーリー・モシモ犬糞がナカッタラ」、南海「帰ってきた後藤ー山」。南青くんのパートは、東京の講談界をしくじり、大阪に逃げてきて甚兵衛さんと出会い、釈場を任されるまで。次の歌之助と南華さんのところで、今日はウォーキング疲れが出てしまい、朦朧状態で聴いていたところ。ただ歌之助が、講釈に入ったところで、えらくテンポを変えた点が、えらく印象的でした。目から鱗状態です。もっとしゃっきりした状態で聴き直したい気分です。南華さんのところでは、後藤ー山が、唐辛子をくすべた二人に復讐を企て失敗するパートのはず。傑作だったのは南湖さん。「もしも」ということでの南湖オリジナル。おもよも喜六も、後藤一山の講釈に魅せられるだけではなく、おもよが、後藤ー山に惚れ込んでしまい求婚するが、後藤ー山には忘れることのできない生死不明の妻子がいたというもので、震災を取り込んでの話となっていました。南海さんは、再び大阪に舞い戻ってきた後藤ー山が、生活に困り、盗人になり人家に入るが、盗むというよりは、そこで、いろいろな講談のさわりを披露していくというけったいな展開。ちょっとチャリっぽい話でお開きとなりました。




2012年 9月 2日(日)午前 1時 00分

 今日は、ある演芸ファンの方からいただいたチケットで、思わぬ会に行くことができました。それは、NHK大阪ホールであった「NHK東西浪曲大会」。年に1度のビッグな会です。葉書で申込みをして、2枚当たったということでいただくことができたというわけです。その番組は、次のようなものでした。春野恵子(一風亭初月)「両国夫婦花火」、菊池まどか(沢村さくら)「村松三太夫」、国本武春(沢村豊子)「南部坂雪の別れ」、(中入り)、松浦四郎若(沢村さくら)「相馬大作手紙読み」、三原佐知子(虹友美)「母恋あいや節」、京山幸枝若(岡本貞子、京山幸光)「恋の道成寺安珍清姫」。司会は、お定まりの芦川淳平氏。いろいろと、耳より情報をいただくことができました。菊池まどかが、芸術祭新人賞をもらったのは「村松三太夫」だったのですね。他の演目だと思ってました。「相馬大作」は、四郎若師の師匠松浦四郎師の十八番だったとか、それを伝えているということでのチョイスのようです。三味線の虹友美さんは、民謡三味線も弾ける方だそうです。今日の三原佐知子師の演目に、民謡が取り込んでいるということでの起用のようです。三原佐知子と虹友美という組合せは、通常ないですからね。「母恋」は、三原師の代表的演目だと言ってましたが、黄紺は、「一心寺」で遭遇体験がありませんでした。それとも、今日の会は、よそ行きのネタを出されたのかな? 今日は、NHKに着くまでが大変でした。なんせ、開演30分前くらいから、とんでもないゲリラ豪雨。黄紺も、谷三で、食事をして外に出ようとしたら、信じられない光景が、目に飛び込んできました。地下鉄の「谷町四丁目」駅構内を利用し、最小限の濡れで済むようにして、NHKに入りましたが、びしょ濡れのうえ、席は2階の後方。当然、顔の表情なんてのは見えません。おまけに音響が良くなく、とっても言葉が聞き取りにくかったのです。それが原因か、朝からオペラのDVDを観ながら、ちょっとお酒を入れてたからかもしれませんが眠たくて、結果的に内容を、しっかりと把握できていません。特に国本武春の「南部坂」が跳んでしまってるのが痛くって。「手紙読み」なんか、ほとんど聞き取れなかったしと、ちょっと不満。一番聞き取り易かった幸枝若の口演も、最後の節のところに入ると、不明瞭さが、一気に高まってしまいました。「安珍清姫」は、陳腐な構成でした。安珍には、他に思う女がいるにも拘わらず、思いを寄せた清姫が、一方的に恋心を持ち追いかけるというもの。幸枝若のネタで、軽妙さのないネタって、も一つ、興味がわかないですね。
NHKを出ると、歩いて生国魂神社へ。こちらでは、今日、明日は「彦八まつり」。奉納落語会は、時間の関係で行くことはできないのですが、やはり「彦八まつり」は覗かないわけにはいきません。屋台で粉ものを買って、神社の片隅で食べていると、生喬さんの奥様がアイスを食べに。しばし落語会の話などをして、ステージへ。今年は、まんぷくブラザースの演奏はなく、文福一座、ぐんきち、そしてヒロポンズハイの3組でした。久しぶりにぐんきちを聴きたかったのですが、番組の都合上、2番手。要するに、ぐんきちを聴くためには、文福一座を聴かねばならないという悲しい番組だったのです。ヒロポンズハイの演奏を見届け、3曲目に入ったところで会場をあとにしました。




2012年 9月 1日(土)午前 0時 37分

  大阪市内遊歩(149)

 今日も、暑〜い一日。世間より一日早く、週末に入っています。今日は、まず体調が回復した証として、朝からちょっとお酒を呑み、回復具合を確認。そして昼前にはお出掛け。まず行先は、心斎橋シネマート。こちらで上映されている映画「かぞくのくに」を観てまいりました。以前観ておもしろかった「デイア・ピョンヤン」のヤン・ヨンヒ監督作品だということで、かねてより狙いを定めていた作品です。「ディア・ピョンヤン」と違い、こちらはノンフィクションです。25年ぶりに、帰国事業で北朝鮮に渡った兄が、病気治療の目的で日本にやってきます。兄がやってきたことを喜ぶ家族、かつての友人たちと違い、兄の雰囲気は何やら微妙。北朝鮮にいる家族のことは話さない、監視が常時ついている、妹にスパイらしき仕事を持ちかける兄、病気治療のメドも立たないままの突然の帰国。すれ違った雰囲気だけが伝わってくる。そのエレメントとして出来事は少ない。兄は寡黙なままだから、会話が弾む芝居ではない、映画の時間としては、そういったエピソードがかなり少ない方だろうが、映画の持つ緊張感が、その少なさを補って余りある映画である。ヤン・ヨンヒ監督の撮ってきた映画や、彼女を取り巻く環境などが、観る者の頭の中にあるものだから、少ないエレメントから膨らむイメージが、他の映画では看られないほどの広がりを持つからなのでしょう。また、カメラワークが、ドキュメンタリーー・タッチだということも、その緊張感を持続させるに貢献しているように思えました。そして、妹役の安藤サクラは、デビュー作品の「風の外側」以来ですが、評判通りの存在感を持つ女優になっていました。
 映画が終わると、映画館の下から、早速ウォーキングをスタート。今日は、だいぶと南の方からスタートできるということで、ディープな大正区巡りを企画しました。その詳細なコースは、次のようになりました。心斎橋シネマート〜大阪戎郵便局〜ORANGE STREET〜大阪市立堀江中学校〜「勧進相撲興行の地」碑〜幸橋〜韓国料理店「黄金石(ファンキンソク)」〜赤手拭稲荷社〜JR「芦原橋」駅〜大阪市立浪速第4保育所〜浪速消防署浪速支部〜木津橋〜大阪市立泉尾東小学校〜千島団地〜千島公園〜大阪市立千島下水処理場〜小林公園〜落合下渡船場入口〜大阪市立大正中央中学校〜沖縄料理店「たえ」〜大阪市立泉尾幼稚園〜大阪市立大正北中学校〜千林橋公園〜大正消防署泉尾出張所〜大阪市立三軒家西小学校〜JR「大正」駅〜大阪市バス「大正橋」停留所。大正区内をたっぷりとという気持ちで歩き始めたのですが、木津川橋の階段の下で、もう45分経っていました。ですから、大正区内の、一番南の地点というのが、「落合下渡船場入口」。渡船場まで行くのもためらってしまいました。もうその時点で、「大正駅」から離れすぎたかの感があったからです。結果的に、「小林公園」とともに、未踏の地が、今回、黄紺のウォーキングエリアに仲間入りしたことになります。「落合下渡船場入口」から終点までを、ほぼ40分の見通しで歩いて、ほんの僅かゆとりを持てた程度でしたので、この見通しで正解です。これより海寄りに出るためには、年に1回できる「弁天町駅」スタートのときぐらいかな。ウォーキングを始めたときから、そのあたりを歩くための地図は用意してはあるのですが、未だ実用化できていないのです。
 大正駅前から難波へ移動。いつもの千日前のネットカフェで時間調整。そして、お時間に合わせて、「南森町」に移動。ところが、地下鉄から出ると、とんでもない土砂降り。おかげで、晩ご飯をたべないまま繁昌亭へ。今夜の繁昌亭は、「福笑松喬松枝三人会〜仲の悪い兄弟たち〜」がありました。その番組は、次のようになりました。松五「松竹梅」、福笑「渚にて」、(中入り)、松喬「お座参り」、松枝「一人酒盛」。随分と珍しいネタが並びました。「松竹梅」は、東京では前座ネタだが、上方で持ちネタにしている噺家さんっていたっけ? しばし、何が始まったのか、戸惑いました。福笑の「渚にて」は、自分的には初遭遇。以前は、よく出していたネタですが、その頃は当たりが悪く遭遇できずで、ようやく出逢えました。聴いてみると、夏のネタ。琵琶湖畔に行き、ほたえ回る噺。季節限定だったため、遭遇機会が少なかったのですね。松喬の「お座参り」は、「風呂敷」「紙入れ」風ネタ。こんなのは東京ネタだと思っていたら、上方ネタがあったのですね。存在すら知らなかったネタです。松喬のブログを見て、半月ほど前にネタ下ろしをしたようです。ということは、入院中に覚えたネタ。この前向きさはすごいものがあります。トリの松枝は、「おやっさん(6代目松鶴)は、あまりやらなかったのですが」と言ってから、「一人酒盛」へ。思わず、そうかなぁとの突っ込みを入れてしまいました。黄紺は、記憶をたどってみると、少なくとも2回は、6代目で聴いているのですが。とにかく難しいネタです。ほぼ一人語りです。他の登場人物の科白が入るのは、冒頭と最後だけというもの。松枝の口演は、最初の酒を呑む前から、酒が回っていそうな雰囲気。そこからテンションは上がったまんま。6代目の緩急のある呑み方、文句の言い方、そんなのが思い出されてしまいました。




2012年 8月 30日(木)午後 11時 22分

 今日も、丸一日、クーラーのない部屋で、通常勤務。騒音もかなりあり、尋常な神経ではおれない劣悪な環境です。せめてうるさければ窓を閉めたいです。そのささやかな希望がなんかも叶えられない劣悪さです。夜遊びに行かなしゃーないです。今夜は、動楽亭であった「旭堂南左衛門講談会」に行ってまいりました。この会は、単に一門会というだけではなく、今、文化庁がお金を出し、東西交流という形で、若手を指導していこうというプランて、南左衛門師が指導している貞寿、銀冶という東京の女流講釈師さんがお稽古に来られているということで、今日は、特別出演となりました。実は、それが楽しみで予約を入れてあったのです。その番組は、次のようになりました。南斗「将棋大名」、南舟「臆病の一番槍」、南青「大塩平八郎」、銀冶・貞寿(車読み)「木村又蔵、鎧の着逃げ」、南左衛門・貞寿・銀冶「対談」、南左衛門「大坂の豪商・淀屋と水戸黄門」。まず南斗は、「将棋大名」を途中で切り上げました。出演者が多いからでしょうが、切りにくいネタを強制終了です。「臆病の一番槍」は、無惨な話です。刀に触れただけで切り捨てられた下郎の仇を討てず、ただ震えるだけだった侍が、戦場で、仇となる侍を討ち取るまでが描かれますが、出発点が無惨過ぎます。今日は、南青くんのところでダウン。「大塩平八郎」が出ると、ダウンする傾向にあるような気がしています。東京の二人は、持ちネタが重なる「木村又蔵、鎧の着逃げ」を車読みしました。上方の「木村の麻風呂敷」ってやつでしょうか? 貧乏暮らしの又蔵が、鎧を持ち逃げして、その鎧で功を上げる話です。「対談」で、再度東京のお二人が登場。銀冶だけではなく、貞寿も、東京で聴いたことがありました。喋り方の特徴が、記憶に残っていました。南左衛門は「大坂の豪商・淀屋と水戸黄門」。商人の身の程を心得ぬ所業ということで、おとり潰しに遭った時期の淀屋です。扱いが、そうだからということで、借金をしていた大名たちが金を返さない姿を目につけ、ご老公が、一肌脱ぐという物語となっていました。




2012年 8月 30日(木)午前 0時 25分

  大阪市内遊歩(148)

 今日は非勤務日。雨模様のお天気ながら、午後にはウォーキングをするつもりでお出掛け。まずは、梅田シティにある「シネリーブル梅田」で、ドイツ映画「あの日 あの時 愛の記憶」を観ました。ストーリーは、2本立てで進んでいきます。よくある手法で、過去と現在と言っても1970年代だが、2つの時が交差しながらの進行である。過去は、ナチス支配下の収容所。ポーランド人の政治犯トマシュと恋に落ちたユダヤ人女性ハンナの脱出劇、及び脱出後の様子、やがて生まれる別離が描かれていきます。現在は、ニューヨークに住むハンナが、偶然、TVで自らの過去を語るトマシュを見かけ、死んだと思っていたトマシュが生きているのではないかと方々をあたり捜索をかけていく物語。やがて、2人が別離に至る真相が明らかになります。トマシュもハンナが死んだと思いこみ、また、ハンナもトマシュが死んだと思いこむ要の位置にいたのが、トマシュの母親であったことが明らかになります。現在のハンナは、トマシュ探しの一方で、ニューヨークで家庭を持っています。その辺葛藤が、当然の如く描かれていきますが、むしろ、この問題は、ハンナの夫からのアプローチで、ハンナの心も氷解していきます。夫に勧められたハンナは、トマシュの住むポーランドに向かい、そして、2人が再び顔を合わせたところで終わります。実話だそうです。生き別れ、しかも、お互いに死んだと思いこんでいた恋人同士が再会を果たすという奇跡のような物語です。この映画、2人が会って交わす言葉は描いていません。2人が再会することに重点が置かれているからでしょう。奇跡のような再会に重点が置かれているからでしょう。2点が交わること自体が不可能な、それは、死んだと思いこんでいるだけではなく、2人とも結婚して、子どももいるという事実が難しくしている、そこをクリアして再会すること自体が奇跡だということでしょう。確かに、逃亡も奇跡的だし、逃亡ののち2人が生き延びたこと自体奇跡的だし、そして、再会まで齢を重ねながら2人が生きていたことも奇跡的だし、偶然、ポーランドで収録されたと思しきTV番組がニューヨークで放映されたことも奇跡的だしと、そういった奇跡の物語として、この映画は観るものなんでしょう。そう考えると、この映画の価値が沸々をわき上がっていく気がします。お薦めですね、そういった意味で。
 映画が終わると、梅田シティから、そのままウォーキングをスタート。映画が終わったら、恐らく雨じゃないかと思っていたのですが、幸い雨模様から、徐々に解放される天気となり、2時間のウォーキングを、最後までやり遂げることができました。だいたいこういったときには、雨に遭っていたものですから、ラッキーと言えます。今日は、出発点を考えると、西淀川区内を動くことができるというので、期待度の高いウォーキングでしたが、その詳細なコースは、次のようになりました。梅田シティ〜大阪市立中大淀幼稚園〜「大淀中5」交差点〜淀川左岸〜淀川大橋〜慈雲寺〜大阪市立姫島小学校〜南姫島公園〜阪神なんば線「福」駅・「福駅東」踏切道〜西淀川福郵便局〜大阪市大野下水処理場〜大阪府立西淀川高校〜阪神なんば線「出来島」駅〜千北橋南詰〜大阪市立大和田幼稚園・小学校〜JR東西線「御幣島」駅。淀川大橋を渡りきったところで40分経過でしたので、その段階で、ちょっと欲張ったことを考え過ぎてしまいました。東西線と阪神なんば線を往復するようなコース取りになってしまったために、神崎川を越えるということが無理になってしまいました。「福」駅より西側地域に入ると、結果的に厳しくなりますね。最後まで「千船」駅界隈に入ることを考えていたのですが、千北橋の南詰にさしかかったところで、ラスト23分となっていたため、一旦橋を渡りかかったのですが断念しました。結果的に、それが正解でした。
 「御幣島」から「大阪天満宮」へ移動。夜は繁昌亭でした。今夜は、「焼肉繁昌亭」と称して、おでぶ〜な噺家さんばかりが出演する会がありました。東京からも、歌武蔵が参戦するというでしたので、チケットを押さえてあったのです。その番組は、次のようなものでした。染太「電話の散財」、三金「蛇含草」、歌武蔵「うだうだ」、(中入り)、米平「天狗裁き」、雀三郎「遊山船」、三金・歌武蔵・米平・染太「大喜利」。今まで「でぶサミット」で行っていたメンバーに、「焼肉」ということで、雀三郎がゲストで喚ばれたという構成。染太の「電話の散財」は初遭遇。林家のお家芸を受け継いでいます。遊び人の親旦那のキャラからして、花丸からもらったんじゃないかなぁ。三金の「蛇含草」は、餅ではなく肉を食べるという風に、「焼肉繁昌亭」に合わせての改変。今日は、ダウンがここだけだったので、ウォーキング明けにすれば上出来。体調の復活とともに、落語をしっかりと観賞できるようになってきました。歌武蔵は、マクラ特集という感じで、ネタには入ってくれませんでした。米平は、しっかりと「天狗裁き」。最近、東西を問わず、手掛ける人が増えたネタですが、今日は、米朝直伝の「天狗裁き」が、いかに優れものかというここを確認させてもらえました。テキストといい、扇子の使い方といい、大したものです。「遊山船」は、雀三郎ベストコレクションの一つ。今夏の「遊山船」の大トリにしたい気分です。最後は、「でぶサミット」から恒例の「大喜利」。やはり、この会は、普通に終わっちゃおもしろくありませんから、いいデザートになりました。




2012年 8月 28日(火)午後 10時 17分

 暑いなか、相変わらず体調が万全でないなか、仕事に行ったあと、今夜は、谷町六丁目の「薬業年金会館」であった「第181回旭堂南海の何回続く会?」に行ってまいりました。「南総里見八犬伝」は続いております。今日は、「謎の美女・旦開野」と題して読まれました。その主役は、犬田小文吾。一旦、犬塚信乃、犬川荘介、犬飼源八、子どもの犬江新兵衛、それに犬田小文吾が揃ったあと、別れてしまったあとの展開です。なお、話の中には、既に犬山道節は出てきていますが、八犬士と名乗りあってはいません。一人になってからの小文吾、道に倒れている一人の男を助けます。その流れで船虫との出会いが生まれてしまいます。「八犬伝」に登場する悪女の一人としてインプットされている女です。その船虫と、どういった関連で、次なる展開になったのかが思い出せないのですが、小文吾は、お家争いの話を伝え聞いてしまいます。そして、どうやら、そのお家争いに組み込まれていくようですが、その中で、犬坂開野との出会いが待っているようです。開野は、まだ登場してはいないのです。NHKが放映したとき、八犬士の中で、人気を博したキャラが、この開野だったため、登場は、極めて楽しみな出来事となるはずです。




2012年 8月 28日(火)午前 0時 45分

 どうも体調が回復せず、ついに薬物の世話になりました。効いてくれるでしょうか? これでダメなら、次は医者の世話にならなければなりません。時差ボケの方も、万全ではない状態。今日から、本格的に、仕事を再開しているのですが、黄紺の身体は、まだまだ本格復帰をしていません。早く治らないとストレスはたまるばかりです。夜は、演芸の世界に完全復帰はしてはいるのですが。ということで、今夜は、「雀のおやど」であった「三日坊主の会」に行ってまいりました。3回連続の会ですが、前2回は、黄紺がトルコ滞在中。ですから、ラストの今日の会だけ行くことになりました。その番組は、次のようなものでした。吉の丞「桃太郎」、佐ん吉「ろくろ首」、弥太郎「色物」、吉の丞「餅屋問答」、(中入り)、弥太郎「軽業」、佐ん吉「ふたなり」。吉朝門下の3人の会、3人の内1人が色物に回り、計5席が演じられました。ですが、やはり懸念していたことが表面化。まともに聴くことができたのは、吉の丞の「餅屋問答」と、何をするのかという興味があり、また短かった弥太郎の「色物」だけでした。「桃太郎」や「ろくろ首」のように、それぞれの演者で聴き慣れたネタならともかくも、中入り明けの2つなどは初遭遇ものだっただけに惜しまれてなりません。弥太郎の「色物」というのは、ホワイトボードを使った「言葉遊び&数字遊び」というもの。あとから出た吉の丞は、その弥太郎を指して、「ケーシー一門」と称してました。




2012年 8月 26日(日)午後 11時 26分

  大阪市内遊歩(147)

 まだ時差ボケが続いています。昼間には眠たくても、夜に目が覚めるという日々が続いているのです。それに加えて、日本に帰ってきてから、急にお酒をたくさん呑んだために、体調を崩しています。旅行疲れとも重なったのだと思いますが、本格的な仕事の再開を前にして、かなり不安。と言いながらも、今日も予定通りのお出掛け。行先は、「寺田町」駅から徒歩15分、「成恩寺」であった「生野弁天寄席」でした。この会は、生喬が年季明けから始めた会で、毎回、生喬がネタ下ろしをするというもので、足の便が悪いなか、好事家の関心の高い会でもあります。その番組は、次のようになりました。紫「眼鏡屋盗人」、生喬「佐々木裁き」、(中入り)、阿か枝「皿屋敷」、生喬「長短」。昼夜逆転気味になっている黄紺にとって、なかなか厳しい会となりました。さすがに、昨日までは気にしていた、体調不良による中途退出の不安は、今日は消えていましたが。まともに聴けたのは、冒頭の紫と、最後の生喬だけ。生喬の「佐々木裁き」は初遭遇でしたし、阿か枝は久しぶりだったもので、きっちりと聴きたかったのですが。生喬が、マクラで、ワイロ柄みで、田沼意次の話をしていたのと、阿か枝の「皿屋敷」で、冒頭、旅帰りの話から入らなかったのだけは覚えております。露のの三姉妹に遭遇する度に感じることを、今日も実感。なんて、短期間で腕を上げたんだろうと。紫は、繁昌亭落語入門講座の受講生から、プロになった噺家さん。そないなことは知ってはいながら、あとから出た生喬に紹介されるまで、このお二人は、その時期からの旧知の間柄だと気づいてない黄紺でした。生喬は、その講座の講師陣の一人ですからね。ということは、自分の会の前座に出してもいい実力を着けたぞのメッセージが読み取れます。生喬のネタ下ろしは「長短」でしたが、当初は、他のネタを考えていたことを、終演後告白。師匠松喬からもらうつもりだったようですが、松喬の入院の時期に当たったため、次回回しにしたとか。これは致し方ありません。その次回が、「生野弁天寄席」の最終回だそうです。これも、終演後、生喬から告知されました。会場のお寺さんの都合だそうです。18年続いた会が消えるのは、なんとも寂しい話です。
 落語会が終わると、会場の「成恩寺」前からウォーキングをスタート。トルコから戻ってから初めてのウォーキングに、ちょっと興奮気味。ましてや真夏の西陽を浴びてのウォーキング。大好きなウォーキング日和です。そのコースの詳細は、次のようになりました。成恩寺〜生野八坂神社〜生中橋〜大阪市立田島中学校〜東部市場〜上水時橋〜生野巽郵便局〜巽神社〜平野下水処理場〜JR「新加美」駅〜JR「加美」駅〜菅原神社〜善正寺〜「加美西」交差点〜樋之尻橋〜平野公園〜赤留比売命神社・環壕集落土塁跡〜光源寺幼稚園〜堺口地蔵〜地下鉄「平野」駅〜大阪市立平野中学校〜「中野」交差点〜「今川改修之碑」〜地下鉄「駒川中野」駅。「成恩寺」を起点にできるということで、自分的には未踏の地、加美をめざすことにしました。「東部市場」の前にさしかかる辺りで、20分くらいだったかな。その辺りから南巽にかけてくらいまでは、数多くはないのですが、ウォーキングで来ているところ。だけど、そのあとから地下鉄「平野」駅までが、全く初めてのところ。「下水処理場」を過ぎると、写真に収めようかというものが、一切出てきませんでした。工場街というのが、被写体に、一番困るところ。ただ、この辺りは、飼料工場があったからでしょうか、異臭に困りました。地域住民の方々、大丈夫なんでしょうか? 明らかなる公害だと思いましたが、それほどの異臭でしたよ。「加美」を過ぎてからは、どこを終点にすればいいか、不案内なもので距離感が解らず、また、地下鉄の経路や、どこの電鉄会社かもすぐに判別できないまま歩いておりました。線路だけはやたらありますからね、この辺り。最終的に、どうやら阪神高速の下を、谷町線が走っている模様との認識が正しいようだったので、「平野」駅以後は、そのようにして歩いてみました。歩いていて、わりかし汗が出ませんでした。思いの外というやつで、一つは気温の上昇がさほど厳しくないのがあったと思います。それに、湿度が、昨日に比べるとかなり下がっているような気がしました。ですから、てかてかに照りつける夏の太陽の暑さというものではなく、ひょっとしたら秋の気配、なわけないな、ならば台風と関係があるのかななんて考えながら歩いておりました。
 帰りに、谷町九丁目で地下鉄を乗り換えると、仕事帰りの南舟さんとばったり。南三国の師匠の会に行っての帰りとか。見台を袋に入れてお持ち帰りは大変です。東西の交流で、琴調師に次いで、東京の南北師について稽古を付けてもらえるそうです。そんな話をしていたら、電車を乗り過ごすところでした。




2012年 8月 26日(日)午前 0時 22分

 今日は、午前中、まだ体調が戻っていないため、ウォーキングを断念。トルコで撮ってきた写真の整理をしておりました。そして、午後1時半をメドにお出掛け。行先は「應天院」。こちらでは、今、「月曜劇団」の公演「SF」が行われています。こちらの役者さんは、他の劇団で見かけるのですが、劇団としての遭遇経験が少なく、今日で2回目となりました。今回の芝居は、どこか地方のキャンプ地。そこへ、中学生時代にタイムカプセルを埋めたので掘り返しに来た2人の男、1人でキャンプにやってきた女、地元で陶芸教室をしている男、その妹で都会で恋に行き詰まり故郷に逃避してきた女、ペンションを経営している男とその娘、更に宇宙人の男女2人が出会い、夏のひとときを過ごすという物語。特に起伏のあるものでもなく、お互いが出会い、友情をはぐくんだり、地元の人の親切に触れたり、宇宙人は地球人を観察しつつも友情の輪に取り込まれていったりと、ごく日常の出会いから生まれる交流が描かれていくだけと言えばだけの芝居である。それが結構吸い込まれていくのは役者がうまいからなんでしょうね。そうなると、前回も感じた脚本の煌めきのなさが際だってしまうのです。単なる人と人との交流への信頼を描いているとしか見えない台本では、ちょっと幼いです。昨晩の「結婚」に関する豊富な言説に満ちた芝居を観たあとだけに、どうしても頭の中で比較してしまいました。
 芝居がはねると、文楽劇場で、1枚チケットを買い、久しぶりに千日前のネットカフェで時間調整。夜は、鶴橋へ移動して、こちらも久しぶりとなる「雀のおやど」へ。席亭さんと挨拶を交わし会場へというのは、こちらにおじゃましたときの定番。今夜は、こちらで「第110回雀三郎つるっぱし亭」があったのです。その番組は、次のようなものでした。咲之輔「みかん屋」、雀三郎「くやみ」、花丸「うぬぼれ屋」、雀三郎「仔猫」。咲之輔も、随分と安定してきたなとは思うのですが、この人の噂は、いろいろとかけめぐっているので、聴こうという気にはなかなかならないものです。やはり人間、常識というものが肝要です。本日のお目当ては、雀三郎師以外にもありました。それは、遭遇経験のなかった花丸の「うぬぼれ屋」。小佐田作品です。噺は、「寝床」の後日談的内容。元々そうした展開だったのか、でき上がった作品が、「寝床」に酷似しているからと、花丸がいじったのかは、現時点では掴んでいません。今日の展開は、「寝床です」と言った定吉を救うなんてのが、モチーフとして使われていました。雀三郎の「くやみ」は、以前も聴いているのですがは、「仔猫」の方は、聴いたことがあるか、自分でも定かではないため、一度聴く機会を持てたらと、かねてより考えていたもの。ともに、この22つのネタでは、雀三郎スペシャル的な演出があるわけではありません。ただ一つだけ、スペシャルな演出というわけではないのですが、こういった型があったかと思ったのは、最後のおなべの語りに入る直前、一旦、おなべが番頭を押さえつけるというものが入りました。あとは、雀三郎の豊かな人物描写に加え、アップテンポの喋りが冴え渡る口演でした。




2012年 8月 25日(土)午前 1時 9分

 昨晩も、時差ボケのまま。幸いなことに、TRTが、欧州リーグのプレーオフの模様を放映してくれていましたので、結局、試合終了まで観てしまいました。仕事への完全復帰は週明けからですので、もうちょっとトルコでゆっくりしていたならば観に行っていた試合。だけど、ブルサ・スポル完勝でした。前半10分ほどまでに、決定的なチャンスを4回も外すときって、往々にしてある相手による先制点。そこから3点入れたのだから大したもの。ちょっと球さばきに難があるかなと思っていたセスタックのファインゴールもさりながら、バッターシャの活躍はお見事でした。
 で、また朝とは言えない時間に起床。こないなことをしていると、なかなか時差ボケはなおりません。今日は、繁昌亭への復活の日でもありました。久しぶりとなる昼席です。福笑がトリで出るということで行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。石松「道具屋」、ひろば「大安売り」、春雨「代書屋」、トライアングル「漫才」、雀喜「遊山船」、小枝「次の御用日」、(中入り)、豊来家一輝「太神楽」、米輔「始末の極意」、染雀「蛸芝居」、福笑「裏切り同窓会」。今日の客は、始まるやすぐに寝入った人が多いようで、反応が全くもって鈍い。満席で、この反応じゃ、演者さんは嫌だろうなと同情的。本日の収穫は、やはり福笑の「裏切り同窓会」。なかなか出会いが悪く、今日が初の遭遇。初老の鬱の男を気づかい、幼なじみが同窓会に連れ出すと、豹変してしまう男と、それを連れ出した男の戸惑いを描いた噺で、同窓会で行われる余興の2人3脚がクライマックス。反応の悪かった客も、さすがここではヒーヒー言ってました。次なるヒットが、小枝が、なんと夏の大ネタ「次の御用日」を出したのには、びっくり。大ネタを随分と手がけてるらしいという噂が伝わっては来ていたのですが、「次の御用日」とは驚きです。驚かすところのうだる夏の暑さ、夏の陽がさすなか、異形の男が音もなく近づいてくる恐怖、そして、お奉行さんの位、それがあやしくなっていく終盤、とっても難しい噺。前半の情景描写に落ち着きが欠けたかと思いましたが、お奉行さんが出てきてからの聴かせどころの畳みかけるような部分が、なかなかで「あ〜」が出てくるたびに笑いが起こる、極めてまともな反応を得ていました。次に収穫は、雀喜で「遊山船」を聴けたこと。ちょうどこの日曜日に行こうかと迷っていた「ジャッキー7」で出す予定にしていたネタだったため、ここで聴いてしまったので「ジャッキー7」は行くのを止めることにしました。ただ、今日の口演は、時間関係で「うなぎ」のやりとりのところで切り上げてしまいましたが。染雀の「蛸芝居」もおいしかったですね。お茶子さんが見台をしまったところで、芝居噺かと思われたのですが、まさか「蛸芝居」とは、、、。全くフルヴァージョンの口演でした。あとは、定番ものかな。ということで、大ネタも出て、色物もいい感じの2組でと、いいラインナップで満足です。
 繁昌亭がはねると、京橋までの往復。もちろんミニウォーキングがてらですから、往復歩きでです。小1時間のミニウォーキングになりました。そして、南森町に戻っていてネットカフェ時間調整。夜は、フジワラビルであった「タカコキカク」の芝居「結婚出来ずですみません!」を観に行ってきました。「タカコキカク」という団体は知らなかったのですが、客演に来ている女優さんらが、関西の小劇場を代表する方々が名を連ねているということでのチョイスですが、内容もともなういい芝居を観たなの印象です。婚活をする女性たちを集め、1年後には100%の結婚をいつ現させるという「ラ・パラディス」という団体が舞台。そこには、様々な女性が集まってきている。結婚はしたいが結婚に踏み切れない女、一人は自分で自分の人生を歩んできたという印象が持てないから結婚にも踏み切れない、もう一人は結婚の条件にいろいろと注文を考える内に結婚に踏み切れない。また、30まで待って、そのときに再び会って結婚しようという気になれば結婚しようと男に言われ、待ち続けていたら男はさっさと他の女と結婚してしまったという過去を持つ女、結婚は好きな男性が見つかるまではしないという夢を追求する女、そして、なぜここにいるのかが判らない女、その女は結婚をすることにより自分の全てを失ってしまいそうだと主張する。そこへ、この団体の事情調査に潜入するマスコミを女が絡み、話は進行する。得体の知れなかった女もフリーのジャーナリストだったと判明するのだが、彼女の主張する結婚観を言わせるキャラが欲しかったのでしょうね、ちょっと無理筋であるとともに、ジャーナリストが2人とはちょっとかぶってしまったのが惜しいところでした。それに、もう一人、この団体の所長が出てきます。この女性には、神託のような言葉を吐かせます。ま、話のまとめ役、結婚の推奨、提案をする立場の人間が欲しいということの設定で、これも納得。結婚に関する言説が戦わせるだけではなく、こういったキャラの内、2人が結婚していきます。1人が退会し、実情調査に潜入した女は、自分を送り込んだ先輩女性社員の裏切りに遭い(これも結婚に係わるもので秀逸)、宙ぶらりんの形で会に残っていますが、その女を入れ3人が会に残ります。3人が残ったところで、自分らしく生きること、結婚もそうだと、大体予想通りのまとめにはなりましたが、それよりおもしろかったのは、結婚していく2人のところでしょうね。結婚も自分らしく生きることの証明のような描き方をするとともに、個々の生き方に係わるものとの認識を具体的な形で、しかも違った形で見せたというところが良かったですね。なかでも 竜崎だいち演じる女、自分の生き方に自信を持てない女が「チャレンジとしての結婚」に踏み切るところは、いいシナリオだなぁと、ちょっと感動してしまいました。いいシナリオに、観る前から期待していたとおりの出来栄えの役者陣、こうくると良くないわけがありません。「タカコキカク」は最終公演だそうです。最後の公演にぎりぎり間に合ったことを幸せと感じました。




2012年 8月 24日(金)午前 1時 00分

 昨晩は、時差ボケで4時を過ぎてから、ようやく就寝。そのため、目が覚めたのは10時半。びっくりしました。目覚ましが鳴り続けていたでしょうに、起きなかったのです。自分的には、極めて珍しいことです。寝過ごしても、仕事に支障が出なかったのが、不幸中の幸いでした。
 そして、夜は、早速、演芸に復活。今夜は、ワッハの4階であった「第407回上方講談を聞く会」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。南舟「日蓮上人俎岩の御難」、神田京子「カルメン」、南湖「蛤の吸い物」、南左衛門「面の餅の由来」、南鱗「井上聞多」。「日蓮上人」ものは珍しい。南舟は、誰からもらったのでしょうか。ちょっと気になっています。話は、伊豆に流される際、従来の念仏を否定するところから疎まれた日蓮が、役人に水没する岩の上に捨て置かれたところを、通りかかった船頭に助けられる話。神田京子は、今日の昼間に、南湖さんと会をやっていたためのゲスト。「カルメン」をする前に、「浦島太郎」の英語講談を聴かせてくれました。神田京子のようなキャラは、上方にはいませんから、一挙に、舞台の雰囲気が変わり、明るくなりました。逆にやりにくかっただろうと思われるのが南湖さん。旭堂に伝わる数少な怪談でしたから。若旦那に裏切られた色街の女の怨みが、幽霊となって現れます。「面の餅」は、落語「鬼の面」の基になる話。主人公おせつは、漁師の娘だったのですね。時化で金に困った父親が、おせつを色街で働かそうとするのを咎めた旦那が、悪戯心を起こすというものでした。「井上聞多」は、南鱗スペシャルのように、南鱗さんでしか聴いたことがないネタ。俗論派と正義派に長州藩が分かれる時代に、テロに遭った井上聞多(薫)が生死を彷徨う話と、維新後テロリストと再会する話ですが、このネタ、終盤に再会譚が入っているのがいいですね。後半の2つは十八番ネタだけど、前の3つは新鮮な匂いのもの、こういう番組が楽しいですね。帰り際、南湖さんを通じて、月末に田辺銀冶さんの来る会を予約。別嬪さんにお目にかかれる嬉しい機会です。




2012年 7月 29日(土)午前 0時 4分

  大阪市内遊歩(146)

 いよいよ、トルコには、明日出発となりました。今年は、サッカーのリーグ戦が始まるのが、思いの外遅く、ならばヨーロッパのカップ戦は押さえなくては、観戦できる機会が少なすぎると思うのですが、組み方が難しいですね。なかなか取捨選択ってやつの決断がつかないので、毎度の如く、トルコに着くまで、飛行場の中で、迷い続けることでしょう。ということで、今日の午前中は、旅行準備の続きをして、11時をメドにしてお出かけ。まずは、トルコに行く前最後のウォーキング。今日は、西区、大正区を目指して歩いてみました。このコース設定は、午後の行動を睨んでのものでしたが、その詳細は、次のようなものとなりました。京阪「淀屋橋」駅〜「北浜3」交差点〜肥後橋商店街〜靭公園〜立売堀公園〜松島橋〜松島公園〜スリランカ料理店「アジアン・フード」〜大阪市立西保育所〜大阪市立西中学校・大阪ドーム〜大阪境川郵便局〜尻無大橋〜大阪府立大正高校〜泉尾浜公園〜「千島」交差点〜地下鉄「大正」駅。今日は、午後の遅めの時間帯にウォーキングを設定したため、どうやら疲れが残っていたようで、とにもかく歩き出しからきつくてきつくて。そういった場合でも、1時間くらい経つと、体が軽くなってくるものですが、今日は、そうはならない。今日同様、気温は高いしと、かなりストレスのたまるウォーキング。ところが、不思議なことに、ちょうど1時間半が経ったところで、急に体が軽くなり、ウォーキングにリズムが出てきました。はずむような感じで、体が動いていくのです。そうなると、気分が高揚してくるのですから、現金なものです。最後、大正区内に入ったところで、時間的に大丈夫と判断し、泉尾浜公園まで行ったのが、結果的には、甘い判断で、さすがに「千島」交差点に出たところで、焦りを感じてしまい、そこからは、ひたすら「大正」駅を目指して、最短コースを歩きました。おかげで2時間ドンピシャで、「大正」駅に到達できました。ホントは、大正区内で、もう少し寄り道をしたかったのですが、無理なことでした。今日のお天気は、どうでしょう、昨日よりは、乾燥していたかな。でも風がなかったですね。ですから、体感的には、今日の方が暑く感じましたが、こちらの不調も影響したかもしれません。
 「大正」から地下鉄で「西長堀」に移動。駅のすぐ近くにある「大阪市立こどもセンター」であった「さん喬・松喬二人会」に行くのが、本日の目玉。この会に合わせて、トルコへの出発日を決めたにも拘わらず、チケットを買うのを忘れていて、ほとんど1週間前に購入。幸い買うことができ、胸を撫で下ろしました。その番組は、次のようなものでした。生喬「時うどん」、松喬「大安売り」、さん喬「船徳」、(中入り)、さん喬「たが屋」、松喬「へっつい幽霊」。松喬の体調が気になるところですが、抗がん剤治療以外にも、様々な治療法を試みているようで、今のところ進行を食い止めるのに成功しているようです。確かに普段と変わりのない口演が、何よりも、それを示しているようです。闘病報告を聞いていても、前に聞いたときも、同じように感じましたが、前向きなところが、聞いていて暗くなりませんし、いい結果につながっているのでしょう。それでも、生喬から聞いていた北海道ツアーのあとは、1ヶ月の入院をして、昨日、この会のために退院したところとか。8月にも、入院が予定されているそうです。そういう風に、ガンに付き合いながら、いつまでも高座を務めていただきたいものです。「大安売り」は、20数年ぶりの口演と言ってました。ま、前座ネタですから、今の松喬には出す機会はないでしょうね。「へっつい幽霊」は定番です。最初の道具屋に訪れる客からして、キャラの描き分けがくっきりです。さすがです。一方のさん喬、なんと、「たが屋」は初演だそうです。夏のネタということで依頼されたからということでの口演。ちょうど、アメリカ帰りで、帰った途端、「応挙の幽霊」と「たが屋」と2つも初演が続いてとぼやいてました。「船徳」も夏の噺。そして、滑稽ネタ。さん喬の滑稽ネタは、「転宅」しか聴いてないので、貴重な経験でした。「たが屋」のマクラでは、いろんな掛け声を披露してくれました。ついでに掛け声を掛けられる方の声色も披露するというサービスぶり。先代文楽が出たときには、思わず頬が緩んでしまいました。




2012年 7月 28日(金)午前 0時 59分

  大阪市内遊歩(145)

 今日は、朝から旅行準備が一つ、次に旅行に行くために、早めに9月のプチ旅行の用意もしておかないと、トルコから帰ってからでは遅いかと、ネットで買い物をしようとしたら、それができなくなっている。完全に真っ青。関係のところに電話を入れ、トラブル処理に当たったのだが、異常なしの回答。1時間ほど大騒ぎをして、結局は、黄紺の単純入力ミスだったことが判明。だけど、パスワードなんかの再確認なんかしたとき、表示されてなかった記号があったと思うので、なんだか腑に落ちないんだなぁ、これが。ということで、お出かけは、大幅に遅れてしまいました。まず、今日は、真夏の真っ昼間のウォーキング。一番好きなウォーキングの環境ですが、今日は、湿度が高く、汗が滴り落ち、こういう風に汗が出て蒸発が少ないと、不快感が増します。でも、後半は、ちょっと風が出たようで、びしょびしょ感は、かなり減りました。その詳細なコースは、次のようなものでした。京阪「京橋」駅〜JR「かんじょう004」橋梁〜蒲生中公園〜城東蒲生郵便局〜地下鉄「蒲生4丁目」駅〜大阪市立鯰江小学校・幼稚園〜鯰江南公園〜大阪市立鯰江中学校〜大喜橋〜大阪市立菫中学校〜大阪産業大学附属高校〜大阪信愛修道院〜大阪市立緑中学校〜大阪市立鶴見商業高校〜鶴見緑地〜鶴見スポーツクラブ〜「諸口4西」交差点〜諸口中公園〜地下鉄「横堤」駅。今日のコースは、「京橋」から「鶴見緑地」を目指そうというもの。初めての試みです。かなり東に歩かなければならないというのは覚悟の上ですが、北方向にも結構動かねばなりません。このコースで、「鶴見緑地」の鶴見商業高校の横の入口に到達したのが、ちょうど1時間後。これでは、ゆったりと、「鶴見緑地」を回ることができませんでした。旧花博の庭園のあるところは、大回りをせずに小回りで、南東隅の出口を目指すことに。でも「鶴見緑地」の中に入ると、少し気温が下がったように感じました。木陰のところだけではなく、そのように感じられたってことは、木々から水分が蒸発を続けているからでしょうか。打ち水をしたようになってるからかななどと考えながら歩いていました。終点は、一旦「徳庵」駅を目指して歩き始めました。でも歩きながら、そのあとの行き先を考えると、地下鉄一本となる「横堤」を目指した方が安くつくかなと、急遽変更。最初から、「徳庵」を目指していなければ、「今福鶴見」駅まで、間違いなく行けたと思っています。
 「横堤」から「長堀橋」乗り換えで「日本橋」に移動。ちょっとした買い物をして、「徳徳亭」へ。今夜は、こちらで「第1回 旭堂南湖・神田京子二人会〜赤穂義士伝特集〜」がありました。この二人の共演は、懐かしい「名探偵ナンコ」以来ですが、このお二人は同期という間柄だそうです。講談界では、あと神田織音も同期だということです。このあと2回予定されているこの会のテーマは「赤穂義士」となっています。震災を受けての、京子さんからの提案だそうです。その番組は、次のようなものでした。南湖・京子「対談」、京子「和歌の恨み」、南湖「不破数右衞門@情の手討ち」、京子「天野屋利兵衞」、(中入り)、南湖「不破数右衞門A浅野家出奔」。「和歌の恨み」は、松鯉師からもらったものだそうです。ちょっとぼやーっとしていたところもあり、不明確なところもあるのですが、刃傷に至る忠臣蔵の発端となる話。浅野内匠頭の奥方が、和歌の名手ということで、吉良が嫌味ったらしいことを言う話だと思うのですが、、、。京子さんのもう一つはおなじみの「天野屋利兵衞」。全部通すと40分かかると言ってました。今日は、対談で時間をとったため30分弱にはしょっての口演。天野屋利兵衞と浅野家の絆の強さが、前半に入る口演。これはいい構成です。よく出るのは、天野屋利兵衞が拷問を受ける下り。これだけだと、聴いていてうんざりする。なぜ、天野屋利兵衞が拷問に耐えられる男かが描かれないで、拷問場面は聴きづらいのです。これは拍手です。南湖さんは、以前「講談毎日亭」で読んだ「不破数右衞門」を、この二人会で続き読みする予定。@で、身内の不埒者を手討ちにする直前まで。Aで、その責をとらされて、不破数右衞門自身が手討ちになるところを、忠義なところを買われ、浅野内匠頭に命を救われるが、赤穂にはおれなくなり地方を巡り2年の歳月が経つ。そして、大石内蔵助の仲介で、再仕官が叶うところまでが読まれました。粗忽であると同時に、熱血漢、要するに単純構造と見える不破数右衞門が、義士の一員になる背景がよく解るいい話です。今日は、徳徳亭がいっぱいになりました。神田京子さんが美人だといっても、そないなこと、世間の講談ファンが知ってる人って、こないに多くないだろうという入り。どうしたのでしょう? サラリーマン風の客が多かったのも驚いたなぁ。




2012年 7月 26日(木)午後 11時 46分

 トルコへ行く前最後の勤務日。とっても厳しい暑さのなか、クーラーなしは、これでしばらくは遠ざかることができます。そして、夜は文楽。昨日観ていなかった第3部のレイトショー「曽根崎心中〜生玉社前の段・天満屋の段・天神森の段」を観てまいりました。夜の部の集客力が落ちると言われますが、「曽根崎心中」は別格なようです。チケットも、思い通りに取ることが難しいものがありました。開演前、客席がざわつくので、その方向を見ると、橋下市長が客席に着いていました。文楽への助成金を減らすためのパフォーマンスでしょう。開演前に、不快なものを目にしたものです。「曽根崎心中」って、文楽として復活したのは新しいんですね。パンフレットを読んで知りました。筋立てとしては、文楽的なびっくりするような展開があるわけではありません。友人のたっての頼みを受け、自分の大切な金を貸してしまう徳兵衞。25歳にしては、人を見抜く力がないようです。徳兵衞を騙して金を巻き上げた男は、いかにも街の食わせもの的男、そんな輩の言葉を信じるなよと思ってしまいます。あまりわかってないお坊っちゃん的男と言えば、オペラにもよく出てきます。それに対するしっかり者の娼婦、なんか「椿姫」のパターンです。娼婦の真心、これも相似形。こういうパターンの男女関係って、洋の東西を問わず受けるようです。「天満屋の段」の切り場担当が源太夫師、まいったなぁ、もごもごで、何を言ってるのか、さっぱり解らない。眠気を誘うばかりでした。お爺ちゃん度が上がった太夫さんは、なんとかして欲しいものです。「天神森の段」は、簑助さんと勘十郎さんというエースの共演。太夫さんも若返り、上々の雰囲気。三味線の単調なリズムの繰返しメロディが、いい雰囲気を醸し出していました。鶴澤寛治さんが、立て三味線を務めていました。最後に、二人で果てるところが美しいと感じてしまいました。血渋きが飛ぶ凄惨な場面のはずですが、それを美しいと感じる感性ってのは、何なのでしょうね。また、そういった凄惨な場面を、美しく演じる感性って、何なのでしょうね。全部で、休憩なしで1時間40分の公演。文楽で、こないな時間というのは、ちょっと短いですね。




2012年 7月 26日(木)午前 4時 45分

 昨日は、朝から文楽の日でした。文楽の7月公演は、3部構成になっていますので、最初の2つを1日で観て、夜の部だけを、日を変えて観るようにしています。毎年の恒例です。これが済まないと、トルコへは出発できないのです。第1部は「親子劇場」と銘打れ、小学生が観ても解るような内容が目指されています。番組は、次のようなものでした。「鈴の音」「解説・ぶんらくってなあに」「西遊記〜水簾洞の段 ・ 閻魔王宮の段 ・ 桃園の段 ・ 釜煮の段〜」。「鈴の音」は、桐竹勘十郎が、自分の子どもが幼稚園に通っていた頃、その幼稚園で公演するために創ったものとかで、一般公演としては、初お披露目になるとか。河童が拾った鈴を狐にやると、鈴を付けた狐が、猟師に狙われて しまい、今度は、河童と狐が合作で、猟師を退散させる話で、筋立て一つとっても、よくできたものでした。三味線が、鈴の音を真似る手が入ったりと、普段聴けないものを聴くことができました。「西遊記」の方は、始まってまもなくダウンをしてしまい、話がよくわからないのですが、三蔵法師が出てくる前の話だったようです。最後は、孫悟空を扱う豊松清十郎師が宙乗りを披露されました。
 第2部が始まるまで45分ほどあったので、日本橋駅上のネットカフェで、オペラのDVDを観ておりました。そして、第2部ですが、こちらは「名作劇場」と銘打れ、「摂州合邦辻〜合邦庵室の段〜」「伊勢音頭恋寝刃〜古市油屋の段・奥庭十人斬りの段〜」「契情倭荘子〜蝶の道行〜」が上演されました。「摂州合邦辻」に、俊徳丸が出てくるのですね。初めての遭遇でした。この芝居の主役は、玉手御前。この女性、夫がありながら、俊徳丸を好きだ好きだと言って憚らない強者。不義だということで、夫に成敗されているはずと思っている両親のもとに、玉手御前が帰ってくるところから、昨日の上演はスタート。両親、中でも父親は、激しく娘を咎めます。それでも、玉手御前は、俊徳丸への思いを主張します。ここまで、自分の意志を明確にする女性主人公って珍しいなと思っていたら、案の定、文楽らしい仕掛けが用意されていました。我が身を捨てて、お家を守る、忠義を尽くすってやつです。そのために、愛を主張するっていうのが、方策だったのですが、ちょっと異色な印象を持った作品でした。切りを、咲太夫さんと嶋太夫さんの連続でという豪華な布陣に満悦です。「伊勢音頭恋寝刃」は、夏の話なんで、この位置で、よく出るんじゃないかなぁ。血渋きが飛び、血糊でべとべとという凄惨な演目です。これも、忠義のため、失われた刀と、その由緒書のようなものでしょうか、折紙を取り戻そうとする侍が、ふとしたことから、刀の鞘が割れ、お茶屋の仲居を斬ってしまったことから続く、凄惨な物語です。意味もなく、人が斬られていく場面があり、凄惨度は増します。そして、そないな血の海の中で、刀と折紙を取り戻せて良かった良かったとなります。このラストも凄惨です。このラストを書いた作者の頭の中が凄惨かも? 「蝶の道行」は、死後の世界なんですね、これは。無邪気に飛ぶ蝶の舞に至る死の由来は語られないで、舞が続きます。これも、忠義からの替え玉死の物語の結末のようです。なんとなんと、悲惨、凄惨、こないな言葉が続くものばかりが集まりました。




2012年 7月 24日(火)午後 11時 18分

 暑いです。クーラーのない部屋にいるだけで、暑いなんてものではありません。今日は、真っ昼間過ぎに、そのクーラーのない仕事部屋から逃れることができました。出張だったのですが、一番暑い時間帯に、外を歩くことになりました。行き先で、同情をかってしまいました。でも、その出先で、ようやくクーラーに出逢うことができました。夜遊びの方は、今日は、谷六の「薬業年金会館」。今夜は、こちらで「旭堂南海の何回続く会? 15周年記念特別読切」がありました。今月は、この間続いている「南総里見八犬伝」ではなく、今月だけの読み切りで「後藤一山物語〜伝説の講釈師の素顔が今明らかになる〜」でした。9月の「トリイ講談席」が、このネタなので、ちょっとしたプレ企画という感じでしたが、実際は、「八犬伝」が切れ目のところに来ているようで、ちょっとした遊び心での企画のようです。すると、途端に、「八犬伝」のときに比べ、客席も賑わいが出たようでもあり、顔ぶれも変わったような気がしました。「講談毎日亭」で読まれたり、また「トリイ講談席」でも読まれた「後藤一山物語」の筋立てを覚えていないということもあるのですが、でも 聴いていて、こんなだったかと思う筋立てになっていました。まあ、ネタ自体が、南海さんの創作なわけですから、聴くたびごとに変化があっても不思議ではありません。まず、後藤一山は東京の講釈師ですから、東京を離れる話が必要です。今日は、後藤富士山を総帥とする後藤一門から一山が離れる話がありました。新聞評に出た後藤一門の書き方の中で、一山の扱いが、弟弟子の後藤天保山より低かったため、一山がすね、天保山に意趣返しをしたのが基で、師匠から釈場への出入りを禁止されたところ、席亭が救いの手を出し、浅草の花屋敷での仕事を与えられるのだが、そこでもしくじり、結局大阪に逃れるとなりました。ここまでが、結構チャリ場で、後藤一門を、旭堂一門になぞらえたり、花屋敷での仕事を、落語「動物園」になぞらえたりしていました。そして、大阪で、甚兵衞さんに出会い、「化物屋敷」となっている家で、講釈をするようになるくだりとなり、その祝い酒の飲み過ぎで、家に帰るときに、落語「くっしゃみ講釈」の発端となる部分が入りました。そして、後藤一山は成功します。講釈小屋が始まって以来1年足らずのちに、犬糞を塗りたくられた喜六が横町に戻ってきます。ここからが、「くっしゃみ講釈」の話となるわけです。南海さんは、その話と、後藤一山が、よりグレードの高い釈場へと上がろうとする話を重ねました。二つ井戸の席亭が、後藤一山の講釈を聴きに来ている前で、悲劇が起こったのです。講釈がむちゃくちゃになったばかりか、後藤一山は栄転の道まで摘まれてしまったとなるわけです。今日は、ここまででした。このあと、「その後の後藤一山」「後藤一山の逆襲」となるのですが、それは、9月の「トリイ講談席」でとなりました。「トリイ講談席」では、歌之助が「くっしゃみ講釈」を口演することになっています。




2012年 7月 24日(火)午前 5時 45分

 いよいよトルコへ出かける前1週間に入ってきました。どうして、そういった時期に入ると、暑さがおさまるのでしょうか。ジンクスめいたものを感じています。でも、夜が涼しいというのは、ありがたいことです。昨夜のお遊びは繁昌亭。トルコへ行く前最後の繁昌亭になるはずです。次に来るのは、8月下旬。それを考えると、ちょっと寂しくなります。今夜は「桂雀三郎独演会」がありました。その番組は、次のようなものでした。雀太「商売根問」、雀三郎「蛇含草」、仁智「兄貴と源太」、雀三郎「帯久」、(中入り)、雀三郎「皿屋敷」。昨日は、絶不調。昼間は、さほど感じてなかったのですが、「蛇含草」に入ってまもなく、眠たくて眠たくて。雀三郎や、それに続く仁智で、これなんですから、半端な睡魔ではありません。仁智なんか、マクラで何が話されたか、全く思い出さない始末。お目当ての「帯久」も、見事に飛び飛び。「帯久」はネタ下ろしかもと思っていたのですが、常連さんのお一人に伺うと、「2ヶ月ほど前からやってるみたい」「鶴橋の会がネタ下ろしやったみたい」と、的確なお答え。黄紺も、それで思い出しました。他の会とバッティングすることの多い「つるっぱし亭」で、確かに出てました。「皿屋敷」が、一番雀三郎テイストを活かしやすいネタであることは明白。聴かせどころは2ヵ所。冒頭の、格好をつけ、威張りながら知識を披露するおやっさん、大きく咳払いしながら、居丈高なもの言いをするおやっさんは、完全に雀三郎の十八番です。2つ目は、皿屋敷への道すがら怖い話をするところ。怖がり皿屋敷には行かずに引き戻そうとする男に追い打ちをかけるかのようにする怖い話は、これまた十八番。自在な台詞廻しのできる雀三郎ならではの聴かせどころです。ということで、かなりのショックを受けての帰り道。情けない、もったいない。
 家へ帰っても起きてられない疲労を感じ、あえなくダウン。爆睡をしてしまいました。こんなときってあるのですね。




2012年 7月 22日(日)午後 11時 32分

  大阪市内遊歩(144)

 今日は、午後に「田辺寄席」を覗くつもりだったのが、あまりにせわしなかったため中止。午後はウォーキングにとどめ、落語会は夜だけにしました。従って、ウォーキングは真っ昼間。じっとしているとなかなか感じない風というものを、ウォーキングをしていると感じることができます。ですから、人に言われるほど暑くないのです、ウォーキングをしているときって。そのコースは、次のようなものでした。京阪「天満橋」駅〜あい粂旅館〜北大江公園〜台湾料理店「華庭」〜インド料理店「RAJA」〜インド料理店「チャンダン」〜大阪市立南大江小学校〜桃園公園〜空堀商店街〜九之助橋〜地下鉄「長堀橋」駅〜大阪府南警察署〜大阪市立南小学校〜フランス料理店「ル・クロ・ド・クロ」〜イタリア料理店「カンティーナ・アレーグリ」〜トルコ料理店「イスタンブール・コナック」〜堀江公園〜大阪日吉郵便局〜大阪ドーム前歩道橋〜大阪ドーム〜大阪市立西中学校〜九条モール〜茨住吉神社〜松島〜喫茶店「トスカ」〜きらら九条商店街〜大阪市立九条北小学校〜九条中三公園〜「辰巳橋」交差点〜岩崎橋〜大阪市バス停「大正駅前」。街の中心街を横断して、川の風景を楽しみ、九条を丁寧に回ろうというのが、今日のコンセプト。ですが、地図を見てメモった内容がおかしく、かなり適当に歩いています。ただ、「大阪ドーム前歩道橋」を渡り、九条に入ることだけは、きっちりと覚えていましたので、それと齟齬をきたさないようにというコース選択です。ドームの前に下りたところで、1時間10分経過でした。そして、九条地区を木津川から安治川まで横断し、また違ったコースを通り戻ってくるというもの。最後は、ドーム前の阪神電車の駅へ行くことも視野に入っていたのですが、1度通ったところなのでやめ、時間的にはほぼ変わらない「大正駅前」へ向かいました。
 「大正駅前」から「難波」へ、バスで移動。今日も、千日前のネットカフェで時間調整。そして、夜は、トリイホールであった「第14回柳亭市馬・柳家喬太郎 二人会」に行ってまいりました。大人気の会のため、会場は、毎回、満員の盛況。中に入るのに並ぶのが嫌な黄紺は、列がなくなった頃をみはからって会場入り。予約を入れているので、必ず入れるので、混みあう会は、そのような対応をしています。ま、トリイホールは狭いですから、どこに座っても、さほど変わりはないですからね。で、番組は、次のようなものでした。福矢「天災」、喬太郎「錦の袈裟」、市馬「鰻の幇間」、(中入り)、市馬「長短」、喬太郎「孫帰る」。福矢は露払い役。福矢の起用は、ちょっと意外な感じを受けてしまいましたが、何か主催者との繋がりがあるのでしょう。主役の二人は、中入り前に、重量級の噺を並べました。「錦の袈裟」は、今、上方では、松枝か文我しかやらないんじゃないかな。動楽亭の出番があったときに、円三が出したようですが、どうしても、このネタになると、円三を思い出すほど、彼の口演が耳に残っているため、比較をしてしまいそうになりますが、喬太郎の口演は、趣が、だいぶ違ってしまいました。東京の噺は、与太郎ものなんですね。その与太郎を、喬太郎は、露悪趣味よろしく、冒頭で思い切りどぎつく演じてしまいます。引くのを忘れてしまうほど露悪的に。その与太郎が、吉原で殿さんに間違われるので、完全に喬太郎ペースで、おかしくなってしまいました。円三の勢いとテンポで運ぶ快活な展開とは違う楽しさを見せてもらった気がしました。市馬の「鰻の幇間」は、以前、横浜でだったかな、一度聴いているもの。市馬の口演を聴いていて、先日、鈴本で聴いた天どんの口演が、耳元で蘇ってきて困りました。鰻屋の仲居の独特のイントネーション喋りです。端正な市馬の口演が、ますます端正に聴こえてしまいました。展開は、全く同じものでした。もっとも異なった演出があるのかは知りませんが。中入り明けの市馬は「長短」、な〜んだといった気になりましたが、市馬の口演では初もの。しつこく引っ張る演出ではなかったので、ちょっと安心しました。トリの喬太郎は、新作で「孫帰る」。マクラで、祖父母の家を訪ねたときの思い出話をします。実は、これが、最後には仕掛けであることが判ります。まことにもって周到な噺です。一種の倒叙落語です。ウソは入れず、でも、客の想像する世界を、描かれる世界からは乖離させてしまうのです。落語も、ここまできたかの感がする秀作です。その効果が、見事に出たのでしょう。ラストでは、鼻をすする音が会場で聞くこととなりました。




2012年 7月 22日(日)午前 1時 19分

  大阪府門真市(38)〜大東市(15)〜東大阪市(32)

 今日は、ひどい目に逢いました。ウォーキングをしたのは、いいのですが、大変な雷雨に遭ってしまったのです。しかも、自分で思い描いていたコースをうまく歩けず、そこへ運悪く、雷雨てなってしまい、しかも逃げ道がなく、且つそのあとの予定が迫ってきているという最悪のコンディションとなってしまいました。幸い上下の着替えを持っていたため、すぐに着替えることができたのは、不幸中の幸い。着替えを入れたカバンを抱きしめ、自分の体はびしょ濡れになっても、必死になり、カバンの中の荷物を守っていました。一応、そのコースを記しておきます。京阪「古川橋」駅〜「門真大橋西詰」交差点〜幣原兄弟の碑〜北島大橋〜堤根神社御旅所〜三島神社〜「三ツ島西」交差点〜「御領西」交差点〜南郷公園〜大東市立西部図書館〜太子田橋〜大東市立灰塚小学校〜大東大橋〜戎大黒橋〜鴻池橋〜JR「鴻池新田」駅〜東大阪市立中鴻池第3公園〜JR「鴻池新田」駅。「鴻池新田」駅を通ったときは、まだ30分残っていました。ですから、「徳庵」駅を、余裕の終点にできるだろう、雨が近づいているので、場合によっては、早めに切り上げることもありかと思っていたら、そのあとで、道をあやふやなまま歩いてしまったのがあだになりました。なんせ、近畿自動車道が越えられなくなってしまったのです。すっかりウォーキングの鉄則を無視してしまった自分が悪いのです。川や高速道路、中央分離帯が長い場合、越すことができるときに越す、これが、ウォーキングの鉄則なのです。自分に都合のいいように、道っていうものは走っていないということは、ウォーキングをしながら覚えた経験知。さっさと近畿自動車道を越えて、判りにくい「徳庵」駅へのアプローチに入るべきだったのです。黒い雲は、「徳庵」駅に向かって流れていましたので、そちらに向かって歩けば、黒雲から逃げて行くことになるので、雨は大丈夫という読みもあったのですが、結果的には、「鴻池新田」駅に引き返すことになってしまい、迫って来る黒雲に向かって歩くことになり、完璧なずぶ濡れになってしまいました。ウォーキング始めて以来の、見事なずぶ濡れでした。
 「鴻池新田」から、学研都市線一本で「新福島」まで移動。午後の部は、ABCホールで芝居を観ました。今日は、こちらのホールによるプロデュース公演「目頭を押さえた」があったのです。プロデュース公演ということで、脚本は「売り込み隊ビーム」の横山拓也が、演出は、「スクエア」の上田一軒がという具合に、関西の演劇界で、一家をなしている人たちが集まったばかりか、東京の「柿食う客」という劇団の七味まゆみまで参戦するという多彩なメンバーを揃えていました。お話は、林業を伝統的な生業とする村のある家族が舞台です。その家族に身を寄せている父親と娘は、亡くなった妻であり母親の実家にいることになります。その娘と従姉妹にあたる女の子が主人公といったところ。古い村の因習を残しつつ、その村で生きていこうとする内なる人たちと外から来た父親と娘の生き方を、ソフトタッチで描いたもの。母親役の役者さんのとぼけた味が秀逸で、この人の科白を聞いてるだけで、ほのぼの感が出てくるのですが、葬式に係わる因習めいた話と、それと調和をさせつつ新しい生き方を模索する、そういったところが描かれるわけなのですが、そういったレトロな芝居を、今、こういったキャストを集め行われるわけというものが解しかねるなと思いつつ観ておりました。
 外に出ると、まだ雨は降っていました。傘を買うほどではないちうことで、「肥後橋」駅まで歩き「難波」に移動。いつもの千日前のネットカフェで時間調整。夜は、「心斎橋シネマート」で韓国映画「依頼人」を観てまいりました。一つの殺人事件、しかも死体のない殺人事件をめぐる法廷推理ミステリーという触れ込みです。韓国映画で、初の本格的法廷推理と銘打たれているのに目を惹かれ、心待ちにしていた映画。大阪では、この日が初日でした。検事、弁護人、容疑者の3人に、当代の人気俳優を集めたというのも、売りの材料らしい。最近、こまめに韓国映画&ドラマを押さえていない黄紺は、コピーを鵜呑みにするしか方法はないのだが、弁護人役のハ・ジョンウは、黄紺の目にも人気俳優の雰囲気がぷんぷんする。熱血漢、野性味、そういった雰囲気を醸し出す俳優さん。推理ドラマとしては、どうだろうかと言うと、決して緻密なものとは言えない。それは、あくまでも黄紺的評価ですが。検察の動きで、変な動きが用意されています。マンションの監視カメラの記録映像が、警察により持ち去られているなんてものが出てくるのです。そういった話なんかいと、思わず突っ込んでしまいましたが、そのわけは終盤に明らかになっていくが、なんか変な引っ張り方しないでよと、そのときは思ってしまいました。こういった傍らの方に目を向けさせるなどというのもやめて欲しかったな、なんせ本格法廷推理なんだから。こういった細かな手を使われると、本筋の殺人事件の捜査では、持たせられないと認めているようなもの。確かに本筋が弱いですね。中程で初めて出てくる道路沿いの店の爺さんと子ども、最後には、この2人が鍵を握るぞの予告がされてるような出し方、それを最後まで引っ張るのだから、、、。格調高く法廷場面が多い映画ですが、それと事件解決に至る流れを比べると、それが弱く感じてしまいます。おもしろい映画であるなとは思う反面、韓国映画らしいくささが気になる映画でもありました。




2012年 7月 21日(土)午前 7時 54分

 一昨日は、「ドクターG」を観たかったので、夜遊びは断念。ところが、晩酌をすると、あえなくダウン。お目当ての番組も観すごしてしまいました。おかげで、夜中に目が覚め、うだうだしながらウォーキングの準備をしていると、明け方に雨。こちらも、あえなく断念。でも、午前中は変な天気でしたね。晴れているかと思うと、雨が降ってる、ま、ウォーキング断念で正解かな。ということで、午後は、繁昌亭の昼席。久しぶりとなります。その番組は、次のようなものでした。団次郎「狸賽」、竹丸「酒の粕」、鶴二「七度狐」、レッツゴー長作「漫談」、佐ん吉「田楽食い」、松枝「鹿政談」、(中入り)、吉次「私がパパよ」、松浪千寿「上方舞」、文福「豆屋」、米団治「稽古屋」。今席は、佐ん吉の「芸術祭新人賞受賞記念」を銘打った特別ウィーク。そのため、キャリア11年目の佐ん吉が、深い位置に出ています。こういうときって、どのようなネタを出すのかと思っていると、軽いネタをチョイスでした。ま、前に「七度狐」が前に出ていたので、「幽霊の辻」は消えたかとは思いましたが。でも、佐ん吉にとっては、前座ネタの中では、「田楽食い」は鉄板ネタですから、これでいいのでしょうね。団次郎は、前座としては、やはり目につきます。佐ん吉級の、ビッグな前座であることは間違いありません。竹丸は、今、相撲の本場所中なので、「相撲場風景」を予想したのですが、外れました。鶴二が、この位置に出てくると、風格を感じます。自在にマクラをふり、おにぎやかにもっちゃりと「七度狐」、上方落語ですね。松枝の「鹿政談」には、びっくりしました。こないなネタを持っているなんて知らなかったものですから。上方落語として普通に演じられている「鹿政談」でした。一瞬、違った型が出てくるのかと期待したのですが。吉次は新作。初めての子どもを授かる父親の不安、期待が表されました。ここで、出番変更。文福があとに出ました。ま、文福のあとに、静かな「上方舞」はやりにくかろうということかな。米団治の高座の用意で見台は下げられ、「稽古屋」を予想してしまいました。こちらは当たりです。やはり、踊りの振りが入るところは、米団治は抜けています。
 繁昌亭を出て京橋まで徒歩で移動。昨日は、京橋のネットカフェで時間調整。夜は、前の前の職場の同窓会。今年は、随分と集まりました。昨年、顔を見なかったと思ったら、生死の境をうろうろしていたとの報告にびっくり。そういう黄紺も、気分的には、そのようなことを味合わせてもらったこの1年でした。今、普通に食事ができ、お酒が呑め、体重が回復してきた幸せを噛みしめています。とにかく生きていることが大切です。




2012年 7月 18日(水)午後 11時 41分

  大阪市内遊歩(143)

 真夏日となると、クーラーなしの生活を、家でも始めている黄紺にとって、午前11時を過ぎると、熱中症の危険が出てくるので、お出かけタイムの目安にしていますが、今日は、かなりぐずぐずしていたかな。今日は、まずウォーキングです。真夏日の真っ昼間、一番、ウォーキングをするのが好きな時間帯です。その詳細なコースは、次のようなものとなりました。京阪「野江」駅〜大阪市立成育小学校〜「城東警察署前」交差点〜蒲生幼稚園〜城東今福西郵便局〜三郷橋稲荷社〜極楽橋・大阪市立今福小学校〜成徳保育園〜放出新橋〜大阪市立放出小学校〜JR「放出西第一」踏切〜専永公園〜専永橋〜左専道公園〜城東諏訪郵便局〜大阪府立成城高校〜菅笠の里「段倉」〜深江稲荷神社〜東大阪市立長堂小学校〜東大阪市立長栄中学校〜東大阪市立高井田東小学校〜JR「おおさか019」橋梁〜東大阪市立市民会館〜小阪病院〜カトリック布施教会〜永和公園〜近鉄「俊徳道」駅。今日は、風を感じることができたので、歩き始めに、汗が吹き出してくる時間帯以外は、影のところを歩いている分においては、心地よくウォーキングができました。一つには、湿度が、さほど高くなかったんじゃないかな。早くも、トルコの夏を体験しているぞの気分になっていました。もちろん意識して、水分補給をしています。一昨年の夏、キプロスにいたあたりで、水分補給を不十分にしかしていなかったため、体調に異変が出てからは、水分補給にはかなり注意を払っています。あのとき、息子が、メールで、唇に渇きが少しでも出たら、もう脱水症状は始まっていると注意してくれたことは、忠実に守っています。コース的には、今福から放出界隈の旧道を使い、非常に効率よく東大阪市に入っていったコースじゃないかな。その辺りで、今回、目安としたポイントは2つ。成城高校と深江稲荷神社です。あとは、そのときの気分です。「八戸ノ里」方向へ向かうのか、「北巽」、ないしは「俊徳道」方向かです。結局、時間的には、最終的には、いずれへも行けると判断したのですが、最近、「俊徳道」は、近くをかするばかりで、終点にはしたことがなかったことを思い出し、ちょうど2時間で行けるかなというコース取りをしてみました。すると見事にドンピシャでの到着となりました。
 「俊徳道」から「日本橋」へ、近鉄電車で移動。そして、毎度のように、千日前のネットカフェで時間調整。お時間になると、歩いて谷町六丁目へ移動。夜は、薬業年金会館で、定期的に行われている「笑いのタニマチvol.102〜仁智の新作落語道場〜」に行ってまいりました。客席は、圧倒的におっさんが占めるという会です。会社帰りのサラリーマンが、わりかし多い会ですが、ここまでおっさん度高かったかという客席でした。その番組は、次のようなものでした。三四郎「さよならの向こう側」、仁智「阪神タイガース近未来型(仮題)」、純瓶「久米仙人」、仁智「大阪の歩き方」。東京在住の三四郎は、師匠の文枝襲名披露興行に合わせて帰阪。披露興行の話などをマクラでしてから本題へ。「さよならの向こう側」は、結婚式ではなく、離婚式があったらという無理無理設定での様子を描写した噺。着想はおもしろいと思ったのですが、葬式イメージかは離れない言葉がわんさか出てきて、ちょっと閉口。そして、同じ言い回しを、何度も使うので、こちらでも閉口。着想がおもしろくても、同じパターンしか思いつかない場合ってのは、設定自体に無理があるということ。仁智の一つ目は、今の和田監督が4年目に入った阪神タイガース。ところが、絶不調、そこで、その再建策を話し合うのですが、そこが、仁智お得意のショート・コント的展開。これが、本日のネタ下ろしでしたので、一つ一つのネタが、どのような反応で聴かれるかを測るのが、最大の目的でしょう、仁智にとっては。純瓶は、「久米仙人」が短いということで、師匠鶴瓶ネタで、随分楽しませてくれました。中には、6代目のことも。トリの「大阪の歩き方」は旧作、確か繁昌亭の何か会で、仁智が下ろしたと記憶しています。仁智が、大阪のツアーガイドになり、大阪を案内するというだけのネタですが、そこはそれ、ギャグ満載の仁智落語の傑作の1つです。「ミナミの南」という言い方には、笑っちゃいました。




2012年 7月 18日(水)午前 1時 21分

 ついに恐れていた真夏日の蒸し暑さが到来です。今年は、クーラーなしの部屋で働いているものですから、いつか訪れるこのような日を恐れていたのです が、来ちゃいました。完全に思考力が2割は落ちます。行動力は、もっと落ちているでしょう。水を、頻繁に摂ってないと、確実に流行りの熱中症になります。ましてや、昨夜は眠れず、体調を崩しているため、さりとてお酒の世話になれずで、3時間半ほどの睡眠時間なもので、ホント、ぼーっとしてしまってた一日でした。夜遊びに行く電車に乗って、初めて体を冷やすことができました。おかげで、夜遊びに行く体力が蘇りました。その行き先は、ワッハの4階。今夜は、こちらで「らくご道〜笑福亭生喬と桂南天の落語会〜」でがありました。先日横浜で拝見した南天さんと、早々と再会でした。その番組は、次のようなものでした。生喬「馬の田楽」、南天「はてなの茶碗」、(中入り)、南天・生喬「対談:夕焼け日記」。今日は、枝雀一門が集まり、中元の挨拶のあった日ということで、開演前、南天が、スーツ姿で登場して前説を務めました。生喬は、ネタに入る前に、長々と近況報告、これが、この会の楽しみの一つ。前回、この会の途中、出発してしまった北海道巡業の旅報告が、主にありました。そのあたりから食べ物話となり、気がつけば「馬の田楽」の入口に立っていました。生喬にとって、「馬の田楽」は3度目の口演とか。6代目の速記録から覚えたと言っていました。あとの対談でも話題になっていましたが、このネタは、昔はよく出たのですが、最近は、とんと出なくなりました。特に若い噺家が手を着けないのが気になります。古風なのが嫌なんでしょうか。黄紺なんかは、その古風さが気に入っていますが。馬が、街中を普通に歩いている風景、馬の手綱を結びつけることができるものが、店先にある光景なんていいじゃないですか。生喬は、子どものキャラがおもしろいからと、しつこ目には描かず、心地よく流れることを重視した展開にしてくれました。拍手です。これも、あとの対談で話題になっていましたが、「馬の田楽」と言えば、どうしても亡き松葉(7代目松鶴)を思い出してしまいます。南天は、「はてなの茶碗」は、あまり出してないそうです。そうかなぁとは思いますが、ご本人の弁だから、そうなんでしょう。「米朝師匠の茶金はすごい」という南天は、茶金の位、品格を出す努力をします。油屋さんをがらっぱちに描くのも、茶金さんとの対比となり、なかなかグーな試み。更に細かな言葉の追加が、描写の狭いスペースを埋めてくれているようで、リアリティーがより行き届いているような印象を受けました。やはり、ホーム感覚なんでしょうか、横浜で聴いたときのような、なんとなくお尻の座らない前のめり気味の口演とは違いました。




2012年 7月 16日(月)午後 10時 37分

 この間、4連休になったので、またまた東京プチ旅行。その記録です。今回は、芝居と寄席巡りの日々となりました。

7月13日(金)

 7月の4連休を使い、再び東京に来ています。目覚ましをかけておきながら、寝とぼけていて、一度鳴った目覚ましを切ってしまい、予定よりは少し遅れて東京入り。まずは、「品川」から「浜松町」経由で六本木へ。GWに来たときに目を付けておいた新国立美術館で行われている「エルミタージュ美術館展」に行ってまいりました。実は会期きわきわなのですが、今回間に合うということで、GWに来たときには、「セザンヌ展」に留め、今回のために残しておいたものでした。ただ、この美術館、最大の売りというのが、「エルミタージュ」というブランド名。要するに、誰しもが知っているという作品が来てないのです。黄紺は、何を間違えたのか、ラファエロが一つ来ていると思い込んで行ったのですが、ルネサンス関係の作品は、ヴェネチア派中心で、黄紺が分かるのでしたら、ティントレットとティツィアーノぐらいでした。展示の構成は、16世紀から始まり、100年ごとに刻まれた、まことにシンプルなもの。なぜか描かれている素材が異教(キリスト教ではない)趣味のものが多数を占めるというものでした。そうなると省かれてしまうのがマニエリスム。ここでは市民権を奪われしまっていました。ロココの時代には、プーシエが2点来ていたのが目をひき、19世紀のフランスものでは、霧に霞む橋を描いたマネ、可憐な女性を描いたルノワールに、目が行きました。20世紀では、マチスが大きく取り上げられ、その他の野獣派も並んでいましたし、マチスの絵が、パンフレットを飾りはしていたのですが、自分的には好きにはなれないものですから、軽くスルーしてしまいました。野獣派に重点を置けば、自ずとピカソもということで、一点だけ来ていましたが、これが不思議な絵で、背景は写実的に描かれ、その前の男性は、ピカソにありがちな形にというものでした。
 新国立美術館を出ると、「乃木坂」から「渋谷」経由で「駒場東大前」へ。午後は、「駒場アゴラ劇場」であった「範宙遊泳」という劇団の公演「東京アメリカ」を観てきました。おもしろい舞台作り、真ん中に舞台があり、入口側と、その向かい合った反対側に客席がある。役者さんは、両脇から客席に挟まれた中で芝居を進めていくという仕掛け。芝居は、ある劇団の稽古風景を見せると形で進行しました。劇中劇として演じられるのは、前半が東京編で、主人公の女の子の一家が異星人の攻撃を受けて、東京から避難するところまで。アメリカに難を逃れてきたが、こちらでも異星人の攻撃を受けるが、逆にめでたしめでたしで終わるというもの。その芝居に演出をしていく演出家と役者のやり取りを中心に進んではいくのですが、その中に、スパイスを効かせるエピソードを散りばめていくという芝居。ただ放り込まれるエピソードに、何かしら一貫したテーマが潜んでいるのか、その辺りに頭を働かせて観ていたのですが、終わってみると、それはなかったと言えます。それらは、単に放り込まれたエピソードに過ぎないということでした。恋人同士という人間関係が隠れていたり、先輩役者に演出家が指示することが入っていたり、役者経験の少ない男が、役作りに理屈を捏ね回したり、それぞれは、深く追求されないまま、また次のエピソードが出てくるという具合です。ただ最後のエピソードだけは気になります。演出助手の男が見た夢のようにストーリーが運ぶというもので、ひょっとしたらここまでの話は、全部この男の夢の話、だったら、えーっ、それはないよの気分ですが、それでも、大層なエピソードが連なったわけではないからいいかの気分になるのです。劇中劇の動きがユニークで、特に意味のないものも楽しくて、こういった身体表現があるんだ、こういった繋ぎの動きがあるんだという感じで、とってもグーなのです。東京には、まだまだユニークな劇団が埋もれているのでしょうね。それにつけても、駒場アゴラ劇場で観た芝居は、ここまで見事に2戦2勝です。
 「駒場東大前」から「吉祥寺」まで移動。東京に来るたひに行くお店で、今回もお買い物。それから、今度は「新宿」に移動。こちらでも、お馴染みのお店でお買い物。これが終わると、頃合いのお時間。「花園神社」であった「椿組」の公演「20世紀少年少女唱歌集」に行きました。ですから、今日は、芝居三昧の日となりました。「花園神社」でということは、テント芝居です。テント芝居のメッカですが、実は、こちらで芝居を観るのは初めてのこと。階段状になった座席が組まれていたのには、正直びっくりしました。作品は、鄭義信が10年前に書いたものの再演だとか。そうなんです、「椿組」は、「唐組」の流れを引く「新宿梁山泊」から生まれた劇団なのです。だからテント芝居なのです。鄭義信の作品らしく、どこかは判りませんが、とある町の国有地に住み着いた朝鮮人部落が舞台。過去(20世紀)の風景と現在(21世紀)を往き来しながら、話は展開していきます。往き来しているということがわかってくるのは、途中からなものですから、途中までは、ミシンの訪問販売をしている中年の男女コンビが、どういう役割を果たしているのかがわからないように仕組まれています。一方では、高度成長期の朝鮮人部落の描写が続きます。貧しい、希望のない生活、希望の光として広報活動されている帰国事業という、鄭義信が「人魚伝説」で描いた朝鮮人部落を想起させる風景です。この芝居は、帰国事業の占める比重の重い作品。帰国事業を推進する男には、三角関係のゴタゴタも付け加えられています。主人公は、男の格好をした女の子ミドリ。この子の夢も、この町を出て船乗りになること。子どもなりに、町を出たいと思い、実際に町を出ようとして失敗し、親を捨てられずに、町に留まるという選択をしてしまいます。このミドリが、ミシンの訪問販売をしている女だということは、最後に明らかになります。いい思い出など、何一つないという女に対し、コンビを組んでいる男が、アルツハイマーになった妻の話をします。思い出が途切れたら、自分たちの関係は続かないと。思い出は、嫌が応にも生きてきた証ということなのでしょう。ちょっと渋い芝居です。鄭義信の作品だということが判っているという意味では、先が読める作品なのです。役者では、ミシン販売の女、「21世紀のミドリ」を演じたのが、「離風霊船」の伊東由美子。この人の芝居を観れただけでも、いい経験でした。

7月14日(土)

 東京2日目です。夜半には、雨が降ったようですが、朝には降っていませんでした。この調子で、雨をかわすことができれば嬉しいのですが。今日は、横浜で遊ぶ日なのですが、午前中は、横浜には行ってみようと思う美術展のたぐいがないため、東京で美術館へ。できるだけ、横浜から遠ざかるのを避けるということで、選んだのは、東京駅から歩いて行ける「ブリジストン美術館」。今、こちらで「ドビュッシー展〜音楽と美術、印象派と象徴派のあいだで〜」が行われているのです。でも、音楽家をテーマに掲げて行われる美術展というのは珍しいことです。ま、そういった興味もあり、この美術展をチョイスです。ブリジストン美術館自体、19世紀のフランス絵画を多数所蔵していますので、それにプラスして、パリのオルセー美術館などの所蔵品で構成された美術展でした。音楽の世界では「印象派」という言葉で括られるドビュッシーですが、絵画の世界の「印象派」とは、むしろドビュッシーの方が影響を与えたようです。ストラビンスキーが出てきて、斬新さは、一層高みに上がって行きますが、それに先行するドビュッシーの音楽が与えた影響というのは、いかに大きなものであったかが、そないなことから判るというものです。ドビュッシーが、当時の先端行く画家との交流を持てたのは、ドビュッシーが世に認められる前、彼を支援してくれた人物のサロンであったとか。その頃の支援者の一人が、音楽家のショーソンだったということも、この美術展で、繰り返し現れてきたテーマでした。黄紺は、初めてドビュッシーとショーソンの関係を、おかげで知ることができました。従って、その関係の絵画、そして嬉しいことに、写真までが展示されていました。画家ドガは、写真家でもあったのでしょうか、展示品の中に、ドガの作品として、写真が二葉展示されていました。おもしろかったのは、19世紀のヨーロッパを席巻したジャポニズムの影響を、ドビュッシー自身が受けているということです。実際、ドビュッシーが、自身の書斎で撮った写真には、部屋に架かる浮世絵が写っていますし、有名な「海」という作品のスコアの表紙を飾ったのは、北斎の「富岳三十六景」をアレンジしたものでした。ということで、大規模な美術展ではなかったのですが、十二分に楽しませてもらうことができました。
 「ブリジストン美術館」を出ると、その足で、「東京」駅から横浜へ。午後の部までは、若干時間があったので、「関内」まで行き、界隈をうろうろ。そして、頃合いを見て「横浜にぎわい座」へ、歩いて移動。。今日は、こちらで「南光・南天二人会」があったのです。東京に来てまでも上方落語かと突っ込みが入りそうですが、上方の噺家さんが、東京では、どのような姿勢で高座に臨むのかに、興味津々なのです。中でも南天がどのなのかなのです。南光ほどのキャリアがあれば、自在に臨むでしょうが、南天は、そこまでの場数を踏んでいませんからね。その番組は、次のようなものでした。南光・南天「挨拶」、南天「阿弥陀池」、南光「義眼」、(中入り)、南天「茶の湯」、南光「佐野山」。入りは、3/4くらいかな。今や南光も、全国ネットの番組には出演してないということで、仕方ないかな。でも、南天の「動物園」を聴いたことがある人が多いのには、正直びっくり。今日は、鳴り物も三味線も東京の方らしく、「二番太鼓」「石段」が、微妙に違いました。ということは、前座もなし、鳴り物入りの落語はできないということ。自ずとネタに枠がかかってしまいました。従って、冒頭に「挨拶」という名のトークを入れて、客席を暖めてからの開演となりました。トークと言っても、南天の方はアウェー感丸見えのところへ、師匠に対する遠慮もあり、ほぼ南光のワンマン・トークショー。そうなれば、もう南光の独壇場でした。聞き物は、なぜ南天襲名披露興行が、4〜6月に行われたかという話。南天の口からは、襲名裏話としては出てなかった南光ならではの話でした。ネタは、二人のお馴染みネタだったなか、唯一意外性のあったネタが「佐野山」。これは、南光が、動楽亭の自分の会で出していたので、最近のでやり始めたか、昔やっていたのを、虫干ししたなと思っていたもの。それを、横浜で出したのに、びっくりでした。講談の「谷風の人情相撲」が元ネタですから、この噺、元来は東京ネタでしょう。それを出したのですから。更に、大幅な改変となっていました。一つには、地噺風味が消えている点、更に大きくなポイントは、谷風ではなく、小野川の人情相撲とした点。谷風ならば、あまりに有名だから、大阪での噺に作り替えにくいとの判断でしょう。更に、小野川が負けることを、予め佐野山に伝え、了解を求めている点も、通常の進行とは違いました。そのようにすると、佐野山に理由を告げねばなりません。「親孝行の真似事をしたいんじゃ」と言わせていましたが、それは、面と向かって言うことかなぁと思ってしまいました。この二人会を聴いて思ったこと、南光は、さすがにサービス精神旺盛ということ。南天は、そういった意味では、まだまだ師匠から受け継ぐものがあります。
 「南光・南天二人会」が終わると、逆コースを辿りながら関内方向へ、歩いて移動。またぞろその界隈を歩き、中華街に入り、その流れで、夜の部の会場「神奈川県民ホール」へ。夜は、こちらで「橘家圓太郎・三遊亭歌武蔵激突二人会」がありました。こちらの県民ホールでは、定期的に落語会が開かれており、以前に一度、「入船亭扇遊独演会」でおじゃましたことのあるところ。この会は、GWに来たときに、情報を掴んでいた会で、今回は、この会を基本に予定を立てたようなものでした。その番組は、次のようなものでした。しあわせ「子ほめ」、圓太郎「祇園祭」、歌武蔵「馬のす」、(中入り)、歌武蔵「看板のピン」、圓太郎「紀州」。しあわせは前座。歌之介の弟子だそうです。最近は、変な名前の前座が増えています。圓太郎の一つ目は、初遭遇ネタの「祇園祭」。単に、京都の人間と江戸っ子がお国自慢をしあう噺なのですが、今日一番の聴きもの。というのも、両者の自慢しあうものに、祇園祭と三社祭のお囃子があるのですが、特にリズミカルな三社祭のお囃子を再現するところが素晴らしい出来映えなのです。下げは、上方落語の京の人間が出てくるときに、よく使われるもの言いでした。このネタが先なのかどうか、気になってきました。圓太郎のトリネタは、なんと「紀州」。がっくりきて気が抜けてしまい、半ばでうとうとしてしまったところが出てしまいました。歌武蔵は、2つとも、小ぶりのネタ。但し、ともに滑稽噺ですから、歌武蔵お得意のジャンル、また、黄紺自身も聴きたかったジャンル。「馬のす」は、上方の「馬の尾」で、短く、そしてあまりにバカバカしいので、めったに出ないネタ。それを中トリで出したものですから、唖然としていたところ、歌武蔵は、辻褄合わせ的なロングなくすぐりを用意していました。この噺は、できるだけわざとらしく、話をはぐらかしながら引っ張るのが聴かせどころだけに、歌武蔵の採った手は最高だったのです。要するに、意味もなく、相撲ネタをしゃべり続けたのです。通常マクラで、「支度部屋外伝」を語るのが、歌武蔵の売りというところですが、今日は、ここでやったのでした。歌武蔵のお得意だと、彼のファンは知ってますから、大受けでした。しかし、もう一つの「看板のピン」は、とってもあっさり系。この会は、とにかく時間を気にしているという感じがしてなりませんでした。だったら、前座の時間を削るなり、開演時間を早めるなりして欲しいな。やっぱ二人会というなら、たっぷり系のネタを、せめて11つずつ入れて欲しいものです。

7月15日(日)

 東京滞在3日目となりました。昨日は、気温が上がったようなんですが、横浜にいたため、いわゆるハマ風の恩恵を受け、健やかに過ごすことができました。さて、今日は、東京に居続けの日ですから、大丈夫でしょうか? かなり気温の上がる真夏日のようです。今日は日曜日ということで、朝から忙しい日なのです。東京にいるときの、日曜日の朝の定番、「上野鈴本」で行われた朝席を欠かすことができないのです。その番組は、次のようなものでした。正太郎「引っ越しの夢」、時松「天狗裁き」、初花「佐野山」、天どん「鰻の幇間」。えらくヘビーなネタが揃いました。となると、先に出た方が勝ちという進み方。一番初めに出た正太郎が、マクラをふり倒して、25分も使ってしまいました。正直、「引っ越しの夢」と判ったときは、唖然としてしまいました。ただ、上方の「口入屋」と違い、冒頭の口入屋の場面はないし、番頭の喋りも短めなうえ、ご寮さんとの会話もない。それがもともとなのか、正太郎の演出なのかは判りませんが。とにかく25分で終わり、ほっとしました。正太郎以下、今日の出演者は巧者が多いのですが、時松の変身ぶりにびっくり。最近、東京で人気の「天狗裁き」を、またしても聴いてしまいましたが、どういう表情、間を、次にはとってくれるだろうか、そういった期待を抱かせてくれた口演でした。初花は、前に新宿末廣亭の「深夜寄席」で聴いた「佐野山」。前日に続けての「佐野山」とは珍しいこと。天どんが出てきた段階で、11時10分は気の毒。ゆっくりマクラなんてふってる時間はありませんでした。ネタは、夏ネタの「鰻の幇間」。上方にはない噺なので、嬉しいネタが出てくれました。幇間が、相手が誰だか判らないのによいしょをして、逆に騙される噺。単線的な噺だけに難しいネタ。うつけた幇間だけではなく、鰻屋の仲居の物言いに特徴を持たせ、幇間のうつけぶりを補強する演出に拍手です。
 「鈴本」を出ると、「日本橋」経由で「高田馬場」へ。ちょっと気になるお店に寄り、「新宿」へ移動。午後は「シアター・サンモール」に行き、「ジェットラグプロデュース」の公演「リ・メンバー」を観ました。今回は、芝居が多く、これで3度目となります。「シアター・サンモール」という劇場は、実に久しぶり。20年近く、行ってなかった劇場です。いい劇場なんですが、ちょっとアクセスが不便かな。テレビにも出ている役者さんがいたものとみえ、ロビーには、テレビ局や有名な役者さんのネーム入りの花輪が飾られていました。が、入りは、もう一つだったかな。芝居は、とってもおもしろいもので、そして、特に男優さんがうまく、いいものをチョイスできたと満足できました。芝居は、詐欺師たちの手口を見せるのが、第1場。次は、その詐欺師たちが際結集し、第1場の詐欺を行うに至る様子を見せ、そして、詐欺を敢行したあと、金の分配に至るときに起こるゴタゴタ、このゴタゴタが、何重にも仕掛けられており。サスペンス推理ドラマを観ている雰囲気に仕立てられているのです。第1場の仕込みの場面は、ややマンガちっくに描き、ばらしのゴタゴタの部分はシリアスにと、楽しませるこつをのみ込んだ台本、演出の姿勢も小気味よく、いいエンターテイメント作品に仕上がっていました。今回の芝居は、これで終わりますが、3つが3つとも、色合いの違う作品だったというのがおもしろく、大成功でした。
 芝居が終わると、そそくさと池袋に移動。今回、どこに行くか、一番迷った時間帯。結局、「池袋演芸場」の夜席に行くことにしました。そんなに肩入れはしてないのですが、五街道雲助がトリだというのが、この席の目玉かな。弟子の馬石も出ることだしということで、腹を決めました。が、一番の決め手て は、午後の部の新宿から移動が簡単ということかな。30分もかからないで移動できたので、開演に際どく間に合いました。その番組は、次のようなものでした。きょう介「たらちね」、駒次「戸越銀座の天野家」、燕路「だくだく」、すず風にゃん子・金魚「漫才」、吉窓「本膳」、種平「干物箱」、小菊「俗曲」、伯楽「猫の茶碗」、(中入り)、馬石「安兵衛狐」、小燕枝「無精床」、正楽「紙切り」、雲助「妾馬」。きょう介は前座。途中はしょりながら、下げまで持って行きました。駒次は鉄ちゃんとして有名、今日も、新ネタが出るかもと思っていたら、新作は新作でも、天皇家ならず天野家の物語でした。燕路は、文左衛門の代演。「だくだく」は、上方の「書割り盗人」。すず風にゃん子・金魚は、落語協会所蔵の漫才さんで出逢いたかったコンビ。昔聴いて、おもしろかったという印象があるのに、なかなか遭遇できなかったからです。ようやく実現すると、確かにおもしろい女性コンビです。典型的な美人とぶさいくコンビです。吉窓は初遭遇のはず。なかなか落ち着きのある芸風。「本膳」は、「荒茶」に似た噺、東京にだけある噺です。種平は、大阪でも会をしているのですが、遭遇体験はなかった噺家さん。おじいちゃん風貌が、一見不安をもたせますが、リズムのある噺のできる方。噺が進むにつれ、いい感じに。小菊や正楽の、定席での遭遇機会は、自分的には、極めて大きなものがあります。伯楽は、マクラで、落語協会の分裂騒動の話をして、その流れで大師匠の志ん生についていたときのエピソードに入り、志ん生の骨董好きというところから、自然とネタへ。うまいもんです。中入りの最中に、急な腹痛。客席に戻ると、馬石が「天神山」をやっているではありませんか。びっくりしました。東京では「安兵衛狐」と言っているようです。噺の入りの場面は、腹痛の関係でよく判らないのですが、「花見」「墓見」のくだりはあったようです。狐を取るところが簡素化、近所の人らに、変な女房たちと評判になり、その男たちは、安兵衛のおじさんに、狐かどうか確かめに行き、そこで下げとなります。「天神山」のような大きな噺、華やかな噺という印象はしませんでした。馬石がというより、東京への移植の中で、「芦屋道満大内鑑」のパロディという部分を削ぎ落としたからでしょう。小燕枝は、気品のある噺家さん。それが、下世話な床屋の噺をするおかしさがありました。そして、トリの雲助は、考えもしなかった「妾馬」。でも、これが抜群に良かった。八五郎のネイチャーボーイぶりが最高。無理がないし、作りもない、これは聴きものでした。雲助って、こないに良かったんだと、再認識です。

7月16日(月)

 今回の東京プチ旅行の最終日となりました。今日は、昨夜になり、突如予定を変更。昨日、「池袋演芸場」に行ったとき、「旗日限定落語会」っていうのを、「池袋演芸場」はやっているということを思い出したのです。確かに、その関係のチラシも貼り出されていましたので、簡単に行くことに決定。てなことで、最終日の午前中は、「旗日限定福袋演芸場」となりました。その番組は、次のようなものでした。小太郎「おすわどん」、市楽「粟餅」、こみち「民謡大家」、小駒「鈴振り」。今日は、副題に「地下室デ珍品ヲ愛デル会」というものが付いており、黄紺も、「おすわどん」については、その存在も知らなかったお宝ネタ。小太郎は、「怪談噺です」なんて言うと、一部で失笑が洩れましたが、確かに聴いてみると、「怪談噺」風に噺は進行するのですが、「幽霊の正体」が判ると、失笑しか出てこないバカバカしいネタ。でも、1回は、絶対に笑えるネタです。内容的にも場所を選ぶ噺ではないので、上方の噺家さんも手がければいいのにと思ってしまいました。小太郎に、今回も出会うことができました。嬉しいことです。次の市楽が、今日の番頭役。「珍品特集」を企画したのは、自身が「粟餅」を出したかったからとか。実は、この話を聞くまでは、「粟餅」っていうネタがどんなだか失念していたのですが、市楽が喋り出して、このあたりで判りました。他ではできない「シシババ」ネタなのです。市楽は、雲助師からいただいたそうで、そのとき「決して鈴本ではするな」と言われたそうです。「今日はネタ出しをしているので、お客様にも責任があります」と、ネタに入る前から、客席のボルテージは上がるばかり。「珍品」「シシババ」とくれば、好事家が集まるということなんでしょう。「民謡大家」は、こみちが、文生のところへ「高砂や」をもらいに行ったとき、「色物にいいから、これも覚えろ」と言われ、強制的に覚えさせられたネタとか。民謡の一節や合いの手を折り込んだ噺でした。こみちが下りたところで、時間は、10時55分、最初の2人は、20分の持ち時間を使ったのですが、こみちが15分で下りてしまったのです。「珍品」と言っても、いずれも短いネタばかり。引っ張りきれなかったこみちは、責任感じて欲しいものです。トリの小駒は、どうするのか、気が気ではありませんでした。「鈴振り」も短い噺だと判っているからです。ところが、小駒は大したもの。30分持たせました。「鈴振り」は艶笑噺ですから、その手のネタを、マクラで振り続けるということをしてくれました。小駒を、完全に見直しました。更に、わけのわからないまま入ってきたのでしょうね、小学生を連れた客が入ってた、知っていて入ったのなら、単にバカな客なのでしょうが、そうとは考えたくない。でも、現実にいる。これが、かえって高座に、そして客席に緊張を生んだことは事実。緊張をしながら艶笑噺を演じる、聴くという得難い経験をさせていただきました。
 「池袋」から丸ノ内線で「お茶の水」へ。この界隈にある2軒のお店に、毎度の如く買い出しに。今回は、いい出物がなく、がっくり。こちらに来る前に買い控え傾向にあったことを惜しんでも、後の祭り。そして、少し時間があったので、神保町のネットカフェで時間調整。ただお酒の飲み過ぎで、お腹をやられてしまい、ほとんどトイレを借りに入ったようなもの。それから、「淡路町」から「銀座」に移動。今回のラストは、山野楽器銀座店7階であった「銀座山野亭落語会」でした。この会は、この3連休中、日に3回ずつ計9回行われたものの1つ。この会を知ったのが遅く、他に予約などを入れてしまっていたため、今日の第2部「古今亭菊之丞・隅田川馬石二人会」だけに行くことになりました。その番組は、次のようなものでした。辰じん「鈴ヶ森」、馬石「強情灸」、菊之丞「不動坊」、(中入り)、菊之丞「死ぬなら今」、馬石「松曳き」。辰じんは扇辰の弟子。ど新米の盗人のおとぼけが可愛く、それにいい突っ込みを入れる親分もおかしく、えらく有望な人と看ました。そのあとに、馬石が上がったので、あれ?っていうところ。菊之丞の方が先輩なのだけど、会場に着くなり、トリを指名されたとか。ネタ出しをしている「松曳き」を、こちらでしようかと思っていたそうですが、気が変わり「強情灸」へ。前に、新宿の「道楽亭」で聴いたときは、この人の人気の秘密が解らなかったのですが、今日は、それがはっきりと解りました。振幅の幅を自在に操り、小気味よいリズムが素晴らしいのです。特に今日のネタは、2つとも滑稽ネタ、特に「強情灸」はテンポが命という部分があるので、まず、このネタで、客席のパートを鷲掴みにしてしまいました。更に「松曳き」の方が傑作。殿さんと三太夫のキャラがおかしくておかしくて。全然デフォルメすることなく、言葉の語尾を、ちょっと下げてみたり、短い間をとるだけで、もうおかしな人全開になるんだから、すごいわ。それが繰り返されるなか、何が、そんなにおかしく感じられるのか判りました。表情を作らないのです。本人たちは、大まじめで言っており、変なことを言ってしまったという自覚もないという具合に見えるようにしていたのです。ルックスのいい馬石が、これをやってくれるものですから、女性客大喜びの巻きでした。一方、菊之丞が「不動坊」で見せた畳み掛けるようなテンポアップにびっくり。序盤の結婚の決まるところ、風呂屋でほたえるところ、幽霊を出す相談をするところ、そして実際に幽霊を出すところ、この流れは、上方と同じ。それぞれのパートで、省略が行われているだけ。ですから、上方のネタのマイナーチェンジっているというところ。夏の噺にされていますが、あまり季節感のない噺という感じがしました。「死ぬなら今」が出たこと自体にびっくりでした。東京でも、このネタをする人がいたのですね。あとから出た馬石も「珍しい」と言ってましたから、間違いありません。菊之丞は、政治ネタを入れたり、閻魔庁がパソコンを使ってたり、普段見せない顔を見せながらの奮闘高座でしんた。
 これで、全て終わりです。せっかく銀座に来たのだからと、お気に入りの店が復活しているか確かめに行ったところ開いてました。お店の方に伺うと、店を閉じていたことはないと言われ、びっくり。日曜日はやってないと伺い、結局、黄紺は、そのお店に、日曜日ばかり行っていたということになりました。表から見たら、営業していても、潰れていると見えてしまうお店だから、そないなことが起こったみたいです。でも、やってて良かった。これで、銀座に行く楽しみが蘇りました。




2012年 7月 13日(金)午前 1時 11分

 明日からのプチ旅行前の出勤日。昨日までに、手っ取り早く仕事を片付けてあったので、今日は、余裕の一日。そして、夜は應天院であった「ともにょ企画」という劇団の公演「エンカウントLOVE!」に行ってまいりました。この劇団の公演に行くのは初めて。黄紺の劇団探しの網の一番外側に引っ掛かっていた劇団。約60分ほどの芝居でしたが、まじめに芝居に取り組んでいる劇団だなというのが、まず大事な印象。それに、大道具の工夫が気に入ってしまいました。芝居は、主人公イチオの中学生時代からスタートします。そして学生服を脱ぎ捨てたところからは、コンビニの店員として働く社会人としてのイチオになっているのでしょう。この芝居、イチオが中学生であろうと、社会人であろうと、一貫してコミュニケーションを取れない現代人を描きます。イチオは、コンピューター・ゲームで、そういった現代人をやっつけながら主人公を成長させていくゲームを続けています。そして、イチオ自身も、ゲームの中に入り込み、ゲームの主人公ととも旅を続けて行きます。芝居ならではの架空空間ですが、そこで出会うのは、アイドルやアニメのキャラに夢中になる少年たち、仮想の恋人役を務めてくれる女の子との会話に夢中になる男とかであり、それらが現れるので、イチオの行き先が解らなくなるという構成になっていました。しかし、そこから明らかになってくるのは、イチオ自身が、正にコンピューター・ゲームにうつつをぬかし、コミュニケーションを拒否している姿だということ。それに気づいているのでしょう、イチオはコンピューターを破壊します。が、今度は、コミュニケーションを自らがとれないことの自覚に立ち尽くすのみという我が姿。が、そこへ、コンビニの同僚が通りかかり、声をかけます。「イチオ君じゃない」「急に仕事をやめたので心配してたのよ」「具合が悪いじゃない?」「救急車よぼうか、タクシーよぼうか」、何かに気づいたように、ふと元同僚の女の子の顔を見上げたイチオ、これがラストでした。いい終わり方でした。イチオがコンピューター・ゲームをする部屋の造りが気に入りました。枠だけで正方体を造り、それを平面とずらす置き方、更に枠自体が、中程で歪むという工夫。自分にはない優れた能力を見せつけられたという印象。こうしたことも、気に入りました。もう少し筋立ての変化があればとも思いましたが、初遭遇の印象としては上々というところかな。




2012年 7月 11日(水)午後 11時 15分

 今日から雨という天気予報。ですから、雨が降らない内にと、午前中にウォーキングを計画。実際、「天満橋」駅からウォーキングを開始したのですが、早々と雨。開始48分というところで断念。地下鉄「玉造」駅に逃げ込みました。仕方なく「玉造」から「日本橋」へ移動。千日前のいつものネットカフェで時間待ちをしておりました。そして、午後は「動物園前」に移動。「動楽亭昼席」に行ってまいりました。今月は、これで回目となりますが、今日は、米朝一門狙いではなく、トリを予定されていた三馬枝が狙い。実際には、出番変更で中トリでしたが、とにかく初めて遭遇できるというので、頑張って行ってみました。その番組は、次のようなものでした。吉の丞「刻うどん」、しん吉「三人旅」、三弥「火焔太鼓」、三馬枝「坊主茶屋」、(中入り)、宗助「足上り」、瓶太「上燗屋」。吉の丞は、汗を拭きながらの「刻うどん」。しん吉は、マクラで放送禁止用語の話をしてから「三人旅」へ。しん吉は、このネタ、最後までやらないようです。三弥は、動楽亭初登場とか、その気負いが、「火焔太鼓」を選ばせたのかな。下げは、笛のピーピー鳴る音と、貧乏でピーピーしているをかけたものでした。三馬枝は、ホントに初遭遇。今や三枝の一番弟子なわけですから、年齢は重ねているはずなのは解ってはいても、実際に目にした途端、円丈を、ほんの僅かに若くしたような風貌にびっくり。でも、いい声をしています。ネタも、三枝作品なのか、古典なのか、全く予測がつかなかったのですが、なんと「坊主茶屋」、これには、またまたびっくり。宗助は、さすがに安定感抜群の「足上り」。この流れで、芝居噺をもってくるのは絶妙。丁稚の愛くるしさが、一層噺のグレードを上げています。その宗助と同期なのが瓶太。ここで、お酒のネタが来れば、完成形の番組だと思いつつ、瓶太に、トリネタになるような酒の持ちネタあったっけと思っていると、「上燗屋」を始めたので、てっきり「首提灯」までやるんだろうと思っていると、見事な肩すかし。トリで、「上燗屋」で降りたらダメでしょう。
 動楽亭がはねると、今度は歩いて千日前に移動。雨が降ったのは、結局、黄紺がウォーキングをしていた時間帯だけ。しかも、ウォーキングを中止しようかという降りになったのも、その瞬間だけという悲しさです。で、本日2回目の時間調整は、千日前の他のネットカフェでした。そして、夜は、「北浜」経由で「天満橋」に移動。フリダシに戻り、双馬ビルの一室で行われました「はたちの会〜その43〜」に行ってまいりました。2ヶ月に1度のペースで行われている旭堂南華さんの会。今日は、まず受付に、南斗くんが立っていて、それにびっくり。この会は、様々な状況から、若い衆がお手伝いに来にくいということで、今まで顔を見せてなかったのも理解していたのですが、逆に南斗くんが現れると驚いてしまいます。いつものように、南華さんは、この2ヶ月間にあった自分的ニュースを、マクラとしてお話になりました。今日のメーンは、先日あった中学校の同窓会話。今日は、珍しく講談界楽屋話が出ませんでした。ネタは、まず「復讐奇談 安積沼〜死霊小鰭小平次〜」。これは、以前、この会で読まれていた「復讐奇談 安積沼」のスピンオフものとか。本筋の話は、すっかり忘れていますので、どれがスピンオフで、また、これが本筋と言われても、黄紺には判断致しかねます。キャラや名前も覚えられないところへ、真ん中辺りで、本日唯一のくらっときてしまったので、うまく話をまとめることができません。どさ回りの芝居をしている男のところへ、囃子方の仕事をさせて欲しいと言って来た男は、座頭の女将さんが通じていて、またその地の山賊の首領の弟でもある。ある日、皆で謀って、釣り船に誘われた男を消そうとする。この辺りまでは大丈夫なのですが、そのあとがダメなんですね。「怪談もの」という触れ込みだったのですが、どこがそれなのか解らず終いでした。これが50分ほどかかったため、次の「野狐三次〜当分の間、幟の注文、お断り〜」は、めちゃくちゃ短い時間で終わってしまいました。この長い続き物も終盤に入っているとのことは、はねてから言われたこと。読まれている途中には、どういった意味かは解らなかったのです。三次が、急に両国という相撲取りに肩入れをし出します。それに対抗しようという男も出てきて、お互いに張り合う話だけが、今日読まれた内容なんですが、どうやら両国に対抗する相撲取りが話の鍵なようなのです。てなことが、最後に南華さんの口から明かされ納得でした。ということで、次の9月には、「野狐三次」が終わる可能性があります。




2012年 7月 11日(水)午前 6時 8分

 暑い日が続いていますが、わりかしクーラーにあたらないでも、ペースが落ちないで仕事ができています。暑いといっても、暑さの延びしろがまだあるということなのでしょうか。立て込み仕事が、昨日で一段落。夏のトルコへと舵をとってもいいような雰囲気が出てきていますが、その前に、この週末には、プチ旅行を計画。準備も、ほぼ完了というところです。
 ま、それはいいとして、今夜は高津神社へ。いい落語会があるにも拘わらず、昨日選んだのは「遊方・染弥の 蔵出しうちわ話〜奇跡の共演!八天登場〜」。最近。案内なんかを見てないなと思ったら、昨年の8月以来の開催だそうです。しかも、昨日は、ゲストが八天だということで、好事家の関心をかい、ディープな落語ファンが、結構詰めかけました。というのも、遊方と八天は、3週間違いの入門にも拘わらず、交わらない二人と言われ、八方一門会ぐらいでしか顔を会わすのを見ることはなかった二人。それが、トークで顔を会わすというのですから行かないわけにはいかなかったのです。ましてや、八天は、来春には、上方落語界の大名跡文都襲名を控えているという身の上。昨日は、染弥の進行で、会は進行。まず、二人の相性度チェック的な質問を受ける二人。新作派で大きな実績を残す遊方、古典一筋の八天、感覚派の遊方、理屈っぽい八天と、自ずと二人の違いがクリアになっていきます。頃合いをはかって、エピソード・トークへ。こちらでは、修行時代のエピソード、駆け出しの頃のエピソード、師匠八方についての二人の思いが語られました。こうした共通の話題については、話が弾むのですが、お互いの個人的なことについては、知らない同士のお二人。お互い嫌いではなく無関心な関係であることが浮かび上がってきましたが、師匠や月亭一門についての熱い思いは、似たものを感じました。特に、文都襲名についての遊方の熱い思いは、なかなか沁みるものがありました。遊方の下に2人目の弟子が入りそうなので、この君をいれても、総勢9人しかいない八方一門の中核を担っているというお二人の自覚を、強く感じさせていただきました。最後は、ともにライヴ活動もしていることで知られた二人の歌のセッションで締めくくられました。おそらく、染弥が間を持って、文都襲名までに、何らの形で、「奇跡の二人会」なんて銘打って落語会がプロデュースされるんじゃないかな。とっても喜ばしいことです。




2012年 7月 9日(月)午後 11時 52分

 昨夜は、かなり気温が下がったにも拘わらず、今日の気温の上昇はたいがいのものがありました。今年は、一昨年に続き、クーラーなしの部屋に詰めているため、今日は、かなりへこたれました。ましてや、今日はデスクに向かってのお仕事。もうお目めチカチカ、肩はこりこりで痛いくらい。この日照りを見ていると、こないな暑い日が、最早ノンストップなのでしょうね。明日までに間に合わせねばならないお仕事は、思いの外順調に進み、余裕をもって完了。ちょっとフライング気味の仕事にまで、手を着けることができました。下手すると、夜遊びに影響が出るかもと心配をしていたのですが、余裕でセーフ。今夜は、なんせ繁昌亭で「福笑昇太二人会」というビッグな会があったものですから、かなり心配をしていたのでした。その番組は、次のようなものでした。たま「二人忠信」、福笑「瀞満峡」、昇太「花粉寿司」、(中入り)、昇太「親父の王国」、福笑「絶体絶命」。土曜日夜の爆睡のため、昨夜は睡眠をしっかりと取れず、しかも暑い一日ということで、かなりのお疲れ。繁昌亭の席に着くや、一挙に疲労に襲われてしまい、残念ながら「瀞満峡」半ばでぐったりしてしまいました。終盤には持ち直しはしましたが、体はすっきりしないまま。気だるい感じに終始してしまいました。本格的夏っていうのは、こないな感じになっていくっていうことなんですね。「瀞満峡」「絶体絶命」は、ともに福笑の旧作で、ちょっと久しぶりのもの。特に「絶体絶命」は、昇太の「親父の王国」なんか、ちょっと気の利いたネタのあとに聴くと、えげつなさが際だちます。このネタ、ですから、今まで聴いた中で、一番おもしろく聴けたんじゃないかな。シシババネタの極意です。昇太は、「花粉寿司」は短めのネタ。花粉症に苦しむ寿司屋と客のやりとりだけのもの。昇太の才能の輝きは、従って「親父の王国」に詰まっていました。家庭で毛嫌いされる親父という要素を、これでもかこれでもかと並べたあと、不意に、押し入れの中に身を潜めた男が現れ、更に、その男の案内で秘密の扉が開かれます。そこが親父の王国で、今度は、親父がのびのびできる空間が現れるという仕掛けになっていました。これはいいネタです。たまの「二人忠信」は久しぶり。同姓同名の男が異常性格で、その男と間違われると、えらい恐怖となるというところかな。冒頭が強烈なキャラで登場させるものですから、徐々にじり貧になっていくのが悲しい作品です。ということで、今後も続くか予測のつかない二人会、一期一会かもしれない会に行けた幸せを噛みしめています。




2012年 7月 9日(月)午前 0時 44分

  大阪市内遊歩(142)

 今日は、朝は晴れないまでも、雨ではないお天気。そしてウォーキングの時間帯は、大好きな夏の太陽が照りつけるお天気となりました。お出かけは、11時をメドに。まず行き先は、月に一度のお楽しみ、「一心寺門前浪曲寄席」。来月は、トルコにいるので行けませんから、大切にしなければならない7月の例会です。その番組は、次のようなものでした。天中軒涼月(沢村さくら)「徳川家康〜人質から成長〜」、春野美恵子(安藤記江)「樽屋おせん」、真山一郎(真山幸美)「涙の花嫁姿」、天中軒雲月(沢村さくら)「中山安兵衛〜婿入りの巻〜」。天中軒涼月は、ニューフェース。雲月師のお弟子で、一昨年の9月入門だそうで、元は、演歌や民謡の歌手だということです。年齢は30くらいかなぁ。も一つ判りかねる風貌の方で、師匠雲月師に、体型は似ておられます。やはり元歌手ということで、節がしっかりされているのが、何よりの魅力。「徳川家康〜人質から成長〜」は、講談でお馴染みのもの。今日は、残念ながら、この涼月さんの口演の後半から、次の春野美恵子さんの口演は全部でダウン。昨夜9時間以上も、睡眠を取れながら、この様の説明が、自分ではつきかねています。真山一郎師は、あとから出る雲月師に、「3日とも忠臣蔵でいくからよろしく」という電話をもらったので、今月は、忠臣蔵を避けてのネタ出しとか。「涙の花嫁姿」は、最近聴いたところの、いかにも浪花節的ネタ。育ての親と産みの親という古典的な葛藤を描いたものだけど、その二人の関係が、奥様と使用人というものだから、あまり葛藤にもならないで、おとなしく、きれいに繕われて、話は展開していきました。雲月師は「中山安兵衛」、「婿入り」は、高田馬場のあとに続く話。既に、高田馬場に向かう安兵衛にたすきを渡す話で、この婿入りの話のフリが入っています。「婿入りの巻」は、中山の家を復活させたい安兵衛が、なんとか堀部の家から追い出されようと、呑んだくれるところがハイライト。滑稽な動きを交えて、雲月師ベストと言える口演でした。
 浪曲寄席が終わると、一心寺南会所前から、ウォーキングをスタート。金曜日と似たコースになっちゃいましたが、最終的には、環状線のいずれかの駅を目指そう、できれば「西九条」駅辺りに着ければいいなと考えながらのスタートとなりました。その詳細なコースは、次のようなものでした。一心寺南会所〜通天閣〜阪堺線「恵美須町2号」踏切〜大阪市立恵美小学校〜大阪市立木津中学校・大阪府立今宮高校〜大阪府立今宮工科高校〜大阪市立市民交流センターにしなり〜出城西公園〜「北津守4中」交差点〜大阪市立北津守保育所〜北津守中央公園〜大阪市立北津守小学校〜木津川橋〜八坂神社〜沖縄料理店「やんばる」〜大正泉尾郵便局〜大阪府立泉尾高校〜泉尾中公園〜尻無大橋〜大阪市立市岡小学校〜市岡中央公園〜大阪市立市岡中学校〜大阪府立市岡商業高校〜安治川大橋〜大阪市立春日出中学校〜春日出橋〜JR「西九条」駅。今回が、初めての三大大橋の制覇となりました。木津川、尻無川、安治川と順次越えて行くコースを、1回のウォーキングで実現することができたのです。一旦、今宮工科高校の南側の道まで南下するコースで大丈夫という判断で、そのコースで歩き出したのですが、実際に歩いてみると、その今宮工科高校までに、存外時間を要し、「西九条」まで行けるか不安になってきたのですが、そのときは、安治川大橋ではなく、安治川トンネルを使うとか、もっとダメと判断したときには、「弁天町」で切り上げるとか、他の方策は講じてあったので、あとは出たとこ勝負の気持ちで歩き続けたところ、大正区内横断に、想定以上の早さで通過できたために、俄然希望が沸いてきました。念のため、港区を縦断するときは、さすがに欲張りコースは捨て、とにかく時間が余るようだったら、此花区内に入ってから、迂回コースを取ろうということにしました。安治川大橋を渡ってからは、従って時間調整をしながら、余裕の到着となりました。一度チャレンジしたかったコース、無事に達成です。拍手です。
 「西九条」からは、環状線一本で、「大阪」駅まで移動。夜の部のことを考え、初めて行くカッパ横丁近くのネットカフェで時間調整。そして、夜は、「テアトル梅田」で、スペイン映画「ブラック・ブレッド」を観てまいりました。この映画、一つの殺人事件から始まります。結局は、この映画は、その犯人捜しの映画なのですが、時代設定が、1940年代だから惑わされてしまいます。時期は、スペイン内戦が終わり、フランコ政権による反対勢力狩りが行われている時代。実際、映画の中でも、「アカ狩り」なんて言葉が飛び交うものですから、ましてや、主人公の少年の父親が「理想」を説くものですから、そういったレベルの映画かと思ってしまいます。確かに、時代背景を受けての物語の設定にはなっている映画ですが、問題のミステリー本質は、かなり土俗的なもの。となると、いわゆる倒叙的ミステリーという分野に入る作品だということです。その土俗的雰囲気を醸し出すのが、いい村の風景です。古風な村の風景が素晴らしい。ロケ地は、どこだったのでしょうか? 土色的トーンで覆われている色彩も素晴らしい、森の中の怪物などというおどろおどろとした設定を受けて立つに相応しい光景です。と書いても、そんなにきれいな映画ではありません。冒頭の殺人の場面といい、最後の主人公の子どもの判断といい、追い詰められた両親の執った行動といい、とてもじゃないが、目を背けないで観てはいけないようなものです。それだけ重いファシズム政権なのか、共同体の土俗的体質なのか、、、雰囲気は、全編を通じて重い苦しいものがある映画です。ミステリーとしては、そういった意味で成功なんでしょうね。倒叙にやられたという印象をもった以上は、ミステリーとしては成功なんだと思います。




2012年 7月 8日(日)午前 7時 21分

 昨日は観能の日でした。今年の前半最後の観能となります。京都観世会館であった「杉浦定期能」に行って来たのですが、お目当ては、「氷室」「水無月祓」と、あまり出る機会の少ない2つの能でした。それらを含めた番組は、次のようなものでした。能「氷室」(杉浦豊彦)、狂言「左近三郎」(茂山千五郎)、能「水無月祓」(出本勝範)、能「天鼓」(金子昭)。京都は、なかなか珍しい曲に触れられないところで、中でも脇能の珍しい曲が出ない傾向。そういう中で、「氷室」が出たのは嬉しいこと。その昔、夏の時期に、供御を天皇に納める習慣があった。贄とも呼ばれるもの。婢賤両世界に足場を持つ天皇の地位を表すものなのだけれど、「氷室」は、その供御となる氷を守る神を称えるとともに。供御の行き先である天皇の御世を言祝ぐというもの。出ない理由って、こうした内容に負うところが多いのだけれど、脇能は、祝言的色彩満載なものだから、派手派手しいもの、お賑やかなものが多いので、観ていて楽しいのです。ここで、出ない理由のもう一つが出ましたね。そんあであるため、金がかかるのです。だから、数少ないチャンスを、昨日は、ゲットできたというわけなのです。シテの杉浦豊彦師は、杉浦家の若当主。お父上の元三郎師譲りの身体表現としての能らしい切れがあり、有機的な動きをされていました。花◎です。「水無月祓」も珍しいですね。遊女を受け出しに行ったら、姿がない。惚れあっていたのにと、落ち込みながら、賀茂の社に来ると、最近おもしろい物狂いが舞を舞っているという話を聞いた。それを眺めていて、はっと気づくと、、、このしばらくしてから気づくっていうのが、とっても虚けた印象を与えてしまうのですが、とにかく狂女の舞を見ている内に、はっと気づくと、それが探し求めていた女であったということで、これも賀茂の神のおかげと、二人でお礼参りをして手を取り合って去っていき、めでたしめでたしというわけです。ちょっと「班女」に似ていますね。この無理っぽい筋立てが敬遠されるのでしょうか、狂女が舞う水無月祓の舞が、とっても季節限定だということで出しにくいのでしょうか、出ないのです、この曲も。昨日の演能は、実はひどいもので、おシテの方は、詞章を忘れまくり。登場した場面から忘れていましたから、つっかえるはつっかえるはで大変。鑑賞などという対象にはならないものでした。「天鼓」が逆にとってもよく出ます。でも、変なお話とうか、惨いお話。漢の時代、良く鳴る鼓を皇帝が所望したため、自分の鼓を奪われるのが嫌だと逃げた天鼓少年は捕らえられ、水中に沈められ殺されてしまう。ところが、奪われた鼓は、誰が打っても音が出ない。そこで、皇帝は勅使を出し、天鼓の父王伯を喚びだし打たせると、妙なる音がする。これに感動した皇帝は、、、勝手な話です、ここが、、、天鼓の冥福を祈るために、沈めた池の畔で管弦講(弔いのコンサート)を開くと、天鼓の霊が現れ無心に鼓を打つというものです。なんか芸術至上主義で語られそうな内容でもあるのですが、黄紺は無惨で、あまり好きとは言えない曲です。見所は、霊として現れた天鼓が、いかに無邪気に鼓に戯れるかが出せるかだと言われます。ま、救いはそこしかない曲ですから、それはそうだと認めていますし、かつてその極地とも言える梅田邦久師の演能を観たこともあるのですが、でも、無惨さだけはどうしようもなく残ります。おシテの金子師は、杉浦家のいい伝統をひかれ、とっても落ち着いた型を示される方ですが、見所になると、ちょっと落ち着いたままでしたね、捲土重来を期待したいものです。「水無月祓」の不満を取り返してはいただけました。




2012年 7月 6日(金)午後 11時 8分

  大阪市内遊歩(141)

 昨日は、仕事がいっぱいで夜遊びを諦めました。そして、今日は、かなり雨にたたられた一日。でも、ウォーキングを午前中にもってきて、かろうじてセーフ。あとの時間帯では、途中ギブアップだったことでしょう。そのウォーキングですが、詳細なコースは、次のようになりました。京阪「淀屋橋」駅〜京阪「大江橋」駅〜イタリア料理店「ア・フリーク」〜インド料理店「ROYALTANDRI」〜JR「かんじょう002」・「かんさい220」橋梁〜JR「西梅田一番」踏切〜タイ料理店「ブッサバ」〜シンフォニー・ホール〜浦江公園〜JR「とうかい227」橋梁〜鷺洲上公園〜阪神「野田」駅〜地下鉄「野田阪神」駅〜江成公園〜福島区役所〜大阪市立吉野小学校〜JR「かんじょう017」橋梁〜中央市場西門〜安治川トンネル〜大阪市立九条北小学校〜九条北公園〜「境川」交差点〜大阪ドーム〜岩崎橋〜仲里ボクシングジム〜JR「大正」駅。あとで、動楽亭の昼席に行くつもりだったので、最終地点を「弁天町」か「大正」にしよう、だけどちょっとひねろうということで、一旦はシンフォニーホールの北側の筋まで北上し、それから安治川トンネルに向かい、あとはお時間に合わせて、終点を決めようというものでした。時間的にゆとりを感じるようだったら、安治川トンネルに入る前に、多少なりとも迂回コースを辿ろうとは考えてはいたのですが、この北区というのは、毎回歩くと、存外時間がかかるというのは、今回も同じで、最短コースじゃないかな、今日のコースは。安治川トンネルの九条側出口を出たところで、残り時間は25分。少し余裕をもっての「大正」駅かと思ったのですが、ちょうどいい時間でした。「境川」交差点からが、ちょっとかかりますね。
 「大正」から「新今宮」まで、環状線で移動。午後の部は動楽亭の昼席でした。米朝一門だけの出番の10日間の内2回は行きたいと思っているのですが、なかなか難しいですね。今月も、今日の1回だけです。その番組は、次のようなものでした。團治郎「子ほめ」、佐ん吉「幽霊の辻」、九雀「転宅」、宗助「はてなの茶碗」、(中入り)、米團治「質屋芝居」、米二「千両みかん」。團治郎の遭遇機会が増えてきています。だけど、今日は、思い切りかんでいました。どうしたのでしょう。佐ん吉と九雀は、この間聴いたばかりのネタ。こういったこともあります。そして、九雀のところと宗助のところで、思い切りダウン。冒頭は元気だったもので、今日は大丈夫かと思ったていたら、とんでもないどんでん返しがありました。だが、後半戦は大丈夫。米團治の「質屋芝居」は、プリーゼでの独演会の予行演習でしょう。1週間の間に2回も「質屋芝居」が聴けるなんて、隔世の感がします。米團治は、芝居の素養が身に付いているので、型が大きく、メリハリもしっかりとしており、見栄えがします。肩衣の紋の話がなかったり、番頭が三番蔵を見に行くときに、店番を旦さんと替わるくだりがなかったりしました。これの真相は判りかねます。単純に、米團治が抜かしてしまったのか、抜いたのか、そういう型ではないのかです。トリの米二の「千両みかん」は絶品。写実の極みと言ってもいいくらいに、丁寧に、且つ流れを途絶えさせない見事な口演でした。今まで聴いた米二の口演ベストと言っても過言じゃない出来映えじゃなかったでしょうか。しかし、この番組はすごいものがあります。大ネタが3つも並ぶ重量級番組に加え、「幽霊の辻」「転宅」なんかが、それらに先立つなんて、この並びだけでも、絶妙でした。
 「動物園前」から「梅田」経由で「十三」に移動。今日は、夜に備えて、十三のネットカフェで時間調整。夜の部、3回目となる「七芸」での「フランス映画未公開傑作選」の最後の一つ「刑事ベラミー」を観てまいりました。結論から書くと、不思議な映画です。いよいよバラしに入るかと考えていたところで、急に終わってしまったのです。ホントは終わっていたのかもしれません。黄紺が理解できてないだけかもしれませんし、またあとは知らない、お前らが結論を導けという映画かもしれません。筋立ては2本あります。刑事ベラミーが、休暇を送っているニームの町で、私的に捜査をする殺人事件の行方と、ベラミー夫婦の休暇先に転がり込んで来たベラミー刑事の異父弟と刑事自身との関係の行方です。映画は、殺人事件の犯人とされた男が、無罪判決を勝ち取ったところ、及びベラミー刑事の弟の事故死の連絡が入ったところで終わりますが、ともに釈然としないのです。殺人事件の方は、入れ替わり殺人が、更にもう一つの入れ替わりだったのではとの余韻が残るうえ、ベラミーの弟の死も、自死ではなかったのか、もうそうであるなら、その意味するところはとなり、展開が大きくなっていくところです。そないなわけで、もやもや感が消えない終わり方だったんだと思います。そういうもやもやが残る終わり方をしたのですが、懐かしいニームの街を見ることができたのは、とっても嬉しいことでした。黄紺は、この町から、サン・ジルへ行ったという濃〜い思い出があるのですから。




2012年 7月 5日(木)午前 0時 24分

  大阪市内遊歩(140)

 雨が晴れ、いいお天気。楽しみのウォーキングは、夕方に回し、今日は、まずは文楽劇場へ。「第60回上方演芸特選会」に行ってまいりました。浪曲が聴ける、古いタイプの漫才さんが聴けるということで、最近は定番化している会の一つです。その番組は、次のようなものでした。鯛蔵「動物園」、特殊免許「漫才」、春野恵子(一風亭初月)「両国夫婦花火」、春駒「持参金」、(中入り)、大塚珠代「南京玉」、三原佐知子(岡本貞子・鵜川せつ子)「ああ残留孤児」、暁照夫・光夫「漫才」。今日は、浪曲もさりながら、暁照夫を見ることが、大きな楽しみ。そろそろ見ておかないとという年齢ですから。芸歴62年と言ってましたから、80近いのでしょうか(ネットで調べると79歳だった)。まだまだ大丈夫です、安心しました。三味線の曲弾きは、やはり売り物、毒舌も売り物。宮川左近ショウでは、一番若かったそうです。期待通りの舞台でした。浪曲のお二人は、手慣れたネタ。くつろいで聴くことができました。春駒は、今日の客の顔ぶれを考えると、極めて妥当なネタ選び。それほど、年齢層が高いウエイに高かった今日の客でした。
 文楽劇場を出ると、その前からウォーキングをスタート。今日は、浪速区から大正区方向を目指すというコースを歩いてみました。その詳細なコースは、次のようになりました。文楽劇場〜日本橋商店街〜浪速区役所〜鴎町公園〜大国町北公園〜大国町南公園〜JR「かんさい076」橋梁〜木津今宮墓地〜大阪市立長橋第五保育所〜鶴見橋2番街商店街〜「橘」交差点〜大阪市立橘小学校〜敷津松之宮御旅所〜大阪市立橘保育所〜大阪市立津守小学校〜津守神社〜津守公園〜落合下渡船場〜木津川水門〜木津川橋〜大阪市立栄小学校〜芦原公園〜大浪橋〜JR「かんじょう051」橋梁〜桜川公園〜南海「汐見橋」駅・阪神「桜川」駅〜地下鉄「桜川」駅。今日も、かなり目測を誤ってしまいました。「今宮」駅近くで、JRの橋梁を越えた段階で、既に40分を経過。この段階で、それまで考えていた大正区内へ入るコースは断念。「西天下茶屋」駅付近まで向かうことすら考え直そうとしたのですが、難しくなれば、「芦原橋」方向に逃げることなど、いろいろと想定できたものですから、そのまま続行。ちょうど同じ頃、小雨がぱらつき始めました。空も明るかったものですから、これは、全くの想定外。これも、空に任せて続行。幸い、雨の方は、すぐに止んだため、空の明るさを信じて正解だったのですが、コース設定の甘さともども、ちょっと憂鬱な時間帯がありました。「橘」交差点から西に進む道は、つい最近、その逆コースを歩いたところ。地図を眺めながらコースを考えているときは、全く気づいてないのですから、うつけた話です。前回と違ったのは、津守神社から木津川沿いの道に出たことかな。でも、栄小学校辺りは歩いているので、新鮮味に乏しいコース設定でした。木津川橋が見えた辺りで、「桜川」駅まで行けることを確信。阪神なんば線の「桜川」駅だと、僅か1分超過という結果になっていたので、最後の判断は、間違いのないものでした。
 「桜川」駅から地下鉄を使い「日本橋」に移動。駅上のネットカフェで時間調整は久しぶり。あとの移動を考え、よりスムーズなこのネットカフェを選びました。そして、夜は、ウォーキングで歩いた道を辿るかのように、堺筋を南下。「in→dependent theatre 1st」であった「突撃金魚」という劇団の公演「短編作品集 キンギョの人々vol.2〜蛇口からアイスクリーム〜」に行ってまいりました。35分の芝居を10分のインターバルを挟み、2本「絶対の村上ちゃん」「夏の残骸」上演するというもの。「突撃金魚」は、大阪の劇団で、要注意劇団際右翼の一つと言っている劇団。なんせ主宰者サリngROCKの書く台本が、今の芝居では類を見ないおもしろさがあるのです。ファンタジーや家族回帰の物語が多い昨今の芝居の世界の中で、人間存在の根源を問いかけるような芝居を発表し続けてくれているのです。「絶対の村上ちゃん」の方は二人芝居。高校時代。文豪を夢見た二人の女、一人は、書くことを止めず、最初は、一見、少女時代の夢を追いかける初心貫徹女のように見えている。もう一人の女は、普通に社会人になり、やがて赤子を連れて、もう一人の女に会いに来る。だが、夢を追いかけているように見えた女は、実は死刑囚で、夢などとは、最も縁遠い存在だということが判ってくる。この逆転がおもしろい。芝居を見ている間、どちらの目線で書かれているのかが気になりました。解らず終いだったのですが、それを混乱させることが目的のような芝居で、印象は頗るグーです。一方の「夏の残骸」は、正に残骸としての芝居。甘いものをひたすら食べる男、食べられないと暴言を浴びせるだけの男、また浴びせられ続ける女、甘いものを食すると性欲に走る男と女、まるで物化してしまっている。物化した男女の行き着く先、相手を物として食べ味わう、、、とまあ猟奇的な話になってしまいました。究極の「愛」と言いたいのでしょうか? 35分の芝居では短すぎました。




2012年 7月 4日(水)午前 0時 2分

 雨でちょっと涼しめの一日。雨が上がると、気温は上昇気味かな? ま、夕方に入っていったので、ひどくはなりませんでしたが。そないななか、ひたすらデスクに向かった一日、肩のこりが尋常ではありません。目もかすんでくるわで、なかなか大変な日でした。そして、夜は繁昌亭。今夜は「芸能文化科創立20周年 東住吉高校OB落語会〜こんなに大きくなりました!〜」のあった日。顔ぶれを見ると、東住吉高校は、一定役割を果たしてきたことは間違いありません。その記念の会の番組は、次のようなものでした。團治郎「動物園」、佐ん吉「幽霊の辻」、染二「鴻池の犬」、(中入り)、吉坊「浮かれの屑より」、しん吉「船弁慶」。東住吉高校を看板に掲げてはいましたが、会自体は繁昌亭の企画ものだということが、実際に行ってみてから判りました。年齢的には、芸能科ができる前に高校生だったはずの染二も、芸能科ではないのですが、東住吉高校の卒業生でした。会のグレードは、頗る高く、とっても楽しめたものでしたが、あらためて吉朝一門の実力を思い知った気がしました。佐ん吉の「幽霊の辻」は、2〜3回目かになりますが、とてもいい噺を持ちネタにしたなと、毎回感心しています。前半の婆さんによる脅かす噺がメーンと言ってもいい噺。わざとらしく噺を盛り上げ気味に語る佐ん吉の語り口が冴え渡ります。吉坊も良かったなぁ。語り口の切れの良さと、確かな踊りの手が魅力的です。芝居ぶりはお手のものですから、吉坊にうってつけのネタでした。源兵衛が居候を見に行くときは、中腰で舞台を歩くという手法はとらず、また娘道場寺でも鞠をつきながら歩き回るのも、小さく小回りにするのに止めていました。一回転しながら扇を飛ばすなんていう荒業は残されていました。この吉坊の「紙屑屋」も、次のしん吉の「船弁慶」も初遭遇。しん吉の口演て、演じているしん吉自身の姿が見えてくるのですが、違和感がないというのが特徴かなと思っているのですが、「船弁慶」でもそうだったのですが、それでも楽しい雰囲気を感じてしまう。臨場感に欠けるのではなく、顔を出すしん吉自身が、常に噺の世界の住人に愛着というか、楽しんで見守っているという目を感じるからでしょうか。染二の「鴻池の犬」も初遭遇。細かな手直しを施しながらの口演、中でも印象的だったのは、鴻池にもらわれたクロが、弟の犬を気づくのではなく、弟の犬の方が、まず兄だと気づくとしたところ。初めての演出でした。クロの方は、弟の話を聞けば解っているはずだから、弟の方から口を切らせた方が兄弟愛の深さが出てくるという配慮でしょう。なかなか渋い改変です。前後逆になりますが、犬の使いが正装でやってきたときの主の怒り出しの早さも目についたかな。こういった細かな手入れが何カ所かあったということです。團治郎は、在学中に染丸から「動物園」を習ったとか。それが、人前での初めての高座だったと言ってました。僅か5年ほど前のことのようです。客の入りもよく、東住吉高校関係の方とおぼしき反応も多くということで上々の会でした。ただ、現役の東住吉高校の生徒を招待しようと学校に電話すると、丁度中間テストの中日だということで実現はしなかったそうですが、この話は大受けでした。




2012年 7月 3日(火)午前 1時 12分

 今日から新しい携帯になりました。喜んでられないのが情けないところです。職場では、ずっとパソコンに向かっていた一日。寝不足も手伝い、夕方には、かなり目が痛くなっていました。ただ夜遊びは健在。今夜のお出かけは、ワッハの4階。今夜は、「生寿成熟の会」があった日でした。あまりといっても、まだ3回目の新しい会なのですが、前2回は、何かとバッティング、初めてのおしまゃまとなりました。その番組は、次の通りでした。治門「真田小僧」、生寿「代脈」、壱之輔「もう半分」、(中入り)、生寿「質屋芝居」。治門も、遭遇機会が増えてきました。「真田小僧」は2度目かな。今日のような小ぶりの会場ですると無理がないかな。変に気負わない方がいいですね。生寿の一つ目は、わりと意外な感じがした「代脈」。笑福亭の噺を敢えてしようとしているという感じがしたところで、次のような話を。仁嬌からもらったのだが、その仁嬌が、師匠の仁鶴の口演を一言一句違えず演じているのを知って、仁鶴師のやり方を伝えていくことにしたということで、他の演出もあるなか、そう決めたと言っていました。ゲスト役の壱之輔は「もう半分」。師匠春之輔の持ちネタです。ちょっと猟奇的雰囲気のある噺ですが、爺さんが恨みを残して死んだあとに、赤子になって現れたというさほど複雑なものではありません。そして、生寿のトリネタは「質屋芝居」。師生喬が、生寿が習った染丸の言葉として、「師弟ともにその気になってしまう」と言ってましたが、確かに気合いが入っているのが判ると同時に、力が入っているのも判る高座。しかし、その意欲と、こなしてしまう力量に感服しきりです。先日のあやめの会で、染雀が、この噺をしたのは、三味線の佐々木千華に見せるためだったのかなと思ってしまいました。今日は、佐々木千華が弾き、染雀のときは、林家和女が弾いていたものですから、そないなことを考えてしまいました。なお、生寿の口演の幕内からの応対は福丸がしていました。




2012年 7月 1日(日)午後 10時 57分

 今日は、朝から雨。早々に、予定していたウォーキングは没にしての行動。ところが、昼頃に凄まじい降りになっていながら、直後に降り止むという、びっくりの展開。よもやという展開だったため、ウォーキングは不発のまま。残念なことをしてしまいました。その凄まじい降りのなか、お出かけは12時半をメドに。行き先は高津神社。毎月、こちらで行われている「文太・噺の世界in高津の富亭〜文太の贋作あれこれ〜」に行ってまいりました。なかなか他の会とバッティングすることが多く、頻繁には行けない会ですが、文太をたっぷりと聴ける会なので、常に頭の中にある会でもあります。その番組は、次のようなものでした。文太「まんじゅう怖い」、文太「足上り」、福丸「寝床」、文太「松島心中」。「まんじゅう怖い」は、おやっさんの怖い話はカットで、好きなもの、嫌いなものの言い合いの中からまんじゅう怖いへ。「足上り」は珍しい噺。芝居噺の中でも、そんなに濃い噺ではないので敬遠されるのじゃないかな。むしろ昨日聴いた「質屋芝居」などという噺の方が遭遇機会が多い。「足上り」の方は、「四谷怪談」の真似が行われてます。ゲストは福丸。福丸の「寝床」は初遭遇。カラオケ接待のマクラをふってからネタに入りました。極めてオーソドックスに。下げもオーソドックスにというものでした。そしてトリは「松島心中」。ようやく、このネタに出会えました。文太自身は、決して出し惜しみしているわけではないのにも拘わらず、遭遇機会に恵まれなかったネタです。いわゆる文太の「贋作」シリーズの一つで、江戸落語の移植もので、「心中」と付けば判るように、「品川心中」の移植です。噺の展開に、目新しいものはなく、金蔵が海から上がってきて、兄貴の家にやってきたために起こる混乱までが口演されました。
 落語会が終わると、「谷九」から「東梅田」経由で「十三」に移動。先日、この界隈を歩いたときに狙いをつけておいたネットカフェで時間調整。この時間調整の間は、トルコのサッカー・ネタを追いかけているか、オペラのDVDを観ています。朝方、家で「タイス」を観終わったので、「アラベラ」に移っています。キリ・テ・カナワがタイトルロールを歌うDVDですが、小さい役で、ナタリー・デセイが出ているのを発見して、一人盛り上がっています。で、夜は、七芸での「」の中の「三重スパイ」を観ました。最後まで息の詰まる心理劇サスペンスです。自分的には、とっても気に入ってしまいました。よくぞ未公開になったかと思う反面、時代的背景に一定理解がないと難しいかなとも思った映画でした。映画のスタートは、フランス人民戦線が成立したところから、独ソ不可侵条約が結ばれところまでが、ほぼ映画で描かれているところです。映画の展開は、ほとんど全部が一組の夫婦の会話で進みます。そうでない場面も、次なる夫婦の会話の呼び水となっています。題名の「三重スパイ」は、誰のことなのか、それを気にしながら筋を追いかけますが、徐々に夫らしいと感じるようにはなってくるのですが、何やらどんでん返しがある倒叙ものかなとも考えながら観ることになりました。夫だとしたら、どこのスパイなのか、白軍の将軍だったという触れ込みだったので反ソ派なのか、不気味だったのはナチスと通じているという可能性、それに逆転のソ連のスパイというもの。可哀想だったのは奥さんです。最終的にそう言えるのですが、種明かしがされるまで、この女性は、単なる普通の奥さんなのかも判らないようにも作ってあるので、どきどき度が増していきます。終わってみると、スペイン内戦、独ソ不可侵条約などに深く関わったという超大物スパイだったのではと考えさせる構造にもなっています。いや〜、おもしろいものを観たぞの後味がいい映画でした。




2012年 6月 30日(土)午後 10時 57分

 暑い日が戻ってきました。昼前には、クーラーのない家にはいたくない、そういった蒸し暑さになってきました。今日は、そないななか、まず伊丹まで出かけてきました。黄紺が出かける一番遠い遊びところです。今日は「AI HALL」で「baghdad cafe」の公演「サヨナラ」があったのです。「baghdad cafe」は、まだまだマイナーな劇団ですが、自分的には評価の高い劇団です。同劇団としては、初めてメジャーな会場を使うんじゃないかな、今回の公演は。客演の役者も多く、この劇団としての動員力も見せてもらったようだったのですが、今日も途中でうつらうつらきてしまい、芝居の正確な把握ができじじまいでした。2日連続ですから、かなり反省です。どうやら週末の午前中の楽しみ、お酒を呑みながらのオペラ鑑賞が、足を引っ張っているようなのです。量的には進んでなくとも、あまりお腹に入れずに、お酒を入れるものですから、酔いが回りやすいみたいです。今までは、たとえそうであっても、大阪へ向かう電車の中で一眠りをすれば、後には影響がなかったところが、昨日、今日と失態続きでは、ちょっと反省が必要です。芝居に関し記憶に残っているところを書けば、最後の一日に何ができるか、いや何かができるものではないということではなかったのかなと思えます。津波か何かの災害で、飛行機でないと入れない町に生きる人たち、その人たちの数組の生き様わやわ描きながら、隕石が落ちてくる最後の日までを追いかけていたように思います。と書いたのは書いたのですが、かなり自信はありません。おもしろいテーマかと思いつつも、自信がなくては、その先を綴ることは避けねばなりません。
 芝居が終わると、東西線を使い「大阪天満宮」に移動。いつもの駅上のネットカフェで時間調整。夜は繁昌亭だったのです。ちょっとご無沙汰の繁昌亭、今夜は「桂あやめ30周年!〜私がAKB48〜」がありました。その番組は、次のようなものでした。団治郎「狸賽」、あやめ「妙齢女子の微妙なところ」、染雀「質屋芝居」、あやめ「立ち切れ」、(中入り)、雀三郎「遊山船」、姉様キングス「音曲漫才」。独演会に、あやめは美形の前座を、よく使います。年季明けの挨拶状もらってすぐに、団治郎にオファーを出したとか。団治郎は、巻き舌の悪い癖がとれ、いい感じになってきました。染雀は、こういったときに、鳴り物入りの派手なネタを、よく出します。「質屋芝居」は、「忠臣蔵」の三段目が取り入れられています。幕内からの応対は、お手伝いに来ていたと考えられるたまが務めました。染雀が、こういった噺をすると、芝居が決まり過ぎて、果たしていいのだろうかと思ってしまいます。ゲスト役の雀三郎は、夏の噺「遊山船」。喜ぃ公のはしゃぎぶりがとっても楽しい口演で、雀三郎ベストの一角を占めるネタと思っているものです。あやめは、新作と古典を一つずつ。姉様キングスをトリに持ってくるところがらしいところでもあるのですが、着替えや化粧のことを考えると、この順番にならざるをえないのでしょう。「妙齢女子の微妙なところ」は、アラフォーの女性たちの生々しい会話が展開する、あやめ等身大落語です。そして目玉は「立ち切れ」。今まで、誰かに「立ち切れ」を口演してもらったあとに、自作の「立ち切れ、小糸編」を出したりしていましたが、今日は、正真正銘の「立ち切れ」。序盤、番頭の台詞で抜かしたのか、抜いたのか解りませんが、台詞が飛んだところがありましたが、正真正銘の正調「立ち切れ」でした。人物では、番頭と「木ノ庄」の女将という年輩の男女がよく、逆に若い若旦那や芸者の描き方が、現代風になってたのが気になりましたが、全体的にしっとりとした雰囲気が漂っていたのに好感が持てました。やはり年齢からくる落ち着きが噺に出ていたと思えます。姉様キングスは、今日は、専属のメイク担当が付いての登場。そういうことも楽しみながらの登場が、また受ける由縁なのでしょう。




2012年 6月 29日(金)午後 11時 37分

  大阪市内遊歩(139)

 今日は晴れるということで、安心してウォーキングを用意できる日。暑くなってきてからのウォーキングには、何か燃えるものを感じてしまうのです。今日は、その前に、七芸で行われている「フランス映画未公開傑作選」で上映されている「ある秘密」を観ましたが、これが情けない。人間関係をうまく捉えることができず、退屈だなとちろっと思ったところで、うとっと少しの間きてしまい、結局解らずじまい。筋立ては、フランスでナチス傀儡政権ができて、ユダヤ人に対する迫害が強まった時代、一家及び知人友人で、国外脱出をするものなのですが、あと少しで国境越えというところで、警察の尋問を受けたとき、一人の女が、偽パスポートとともに、ユダヤ人と刻印された本物のパスポートも出します。これは間違って出したというのではなく、わざと出したという感じ。がために、子どもとともに女は連行されて行きます。その行為が、どうやら人間関係を押さえてないと解らないようなのです。とまあ、解らないことは、まだまだあるのですが、結局は情けないという言葉で締めくくるしかありません。
 七芸を出ると、そのままウォーキングに移行。先日のウォーキングでできなかった西淀川区内を目指すことにしたのですが、前半は、阪急本線の東側を歩いたことがなかったので、前回の終盤に歩いたところまで近寄ってみました。その詳細なコースは、次のようになりました。七芸〜阪急「十三」駅〜淀川区役所〜阪急「能勢街道」踏切〜JR「能勢街道」踏切〜三国本町公園〜インド料理店「ジャムナ」〜バリ料理店「HappyBali」〜サンティフルみくに〜淀川西三国二郵便局〜阪急「三国」駅〜「新高1」交差点〜阪急「神崎川第二」踏切〜淀川三津屋郵便局〜大阪市立三津屋小学校〜JR「三津屋街道」踏切〜塚本公園〜「野里1」交差点〜住吉神社〜野里本町商店街〜阪神「姫島」駅。今日も、かなり甘い見通しだったことが、早々に露呈。かなり「新大阪」駅間近まで近寄ったため、「三国」駅辺りで、1時間近くになり、大幅修正。最初は、「加島」駅辺りを経由して「千舟」か「姫島」を狙っていたのですからはなしになりません。とにかく「塚本」駅方向に歩いて行くことを心がけての方針変更でした。この辺りは、大ざっぱな地図しかなく、案の定道が解らなくなってしまったのですが、幸い方角だけは、正確に押さえていたようで、最短距離で歩くことができたと思っています。そして、このコース変更が当たり、「姫島」駅到着が、僅か4分超過で済みましたが、今日の場合には、あまりにもの大きなコース変更に、ちょっと不甲斐ないですね。
 「姫島」から阪神本線で「梅田」に移動。久しぶりに東梅田のネットカフェを、時間調整に利用。そして、夜の部は岡町まで移動。「豊中市立伝統芸能館」であった「いきなり(^o^)九雀の日」に行ってまいりました。九雀の定例会がなくなってからは、「豊中市立伝統芸能館」に行くのは久しぶり。恐らく今年初めてでしょう。なくなった会が復活したのは、推察通り、寒空はだかが大阪に来ているからということでした。九雀に言わせると、繁昌亭に東京の芸人さんが出ても、交通費も宿泊費も出ないので、その救済策となりますが、あながち洒落ではないでしょう。で、番組は、次のようなものでした。九雀「金明竹」、真「鴻池の犬」、寒空はだか「漫談」、九雀「転宅」。九雀は、二席ともネタ下ろし。145席あった持ちネタを総入れ替えしようとしているとのことで、新ネタを開発中だそうです。枝雀独演会が行われていた大ホール仕様になってしまっていたからというのが理由だそうです。今日の2つのネタも、考えてみると、今までの九雀のネタからすると、確かに目新しい感じがします。「金明竹」は、丁稚のキャラを、もっと克明に出した方がおもしろくなるかな。キャラ付けはいろいろあるでしょうが。真はトップではなかったので、ひょっとしたらと思った「鴻池の犬」、ドンピシャでした。都一門の3人は、入門時から考えると、ホント3人とも形になってきたのは驚異と言ってもいいくらいの上達ぶり。この聴かせる噺を、最後まで引っ張っていく力量を持ってきました。寒空はだかは、大阪に慣れてきた分、大阪ネタが自然と入るようになってきました。繁昌亭に出るときは、1週間大阪に詰めているわけですから、浅草ネタをするのと同じテンションで、大阪ネタが入ってきているのが新しいところ。そして、最後に「東京タワーの唄」で締めくくりましたが、厄介な存在がスカイ・ツリー。こちらも、新しいフレーズを披露してくれました。「転宅」は盗人ネタでもあり、お妾さんネタでもあるのですが、盗人の間抜け度が、もう一つだったかな。えらく明るい盗人だったので、そう感じたのかもしれません。盗人とお妾さんの盃ごとは省かれていました。反応の良い客がたくさん集まった雰囲気のいい会でした。それにしても、宣伝活動がほとんどされてないにも拘わらず、膝送りをしなければならない入りにびっくりでした。




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