忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、
黄紺、なのさ。


2015年 6月 28日(日)午後 9時 57分

 今日はオペラを観る日。関西二期会の公演「アンドレア・シェニエ」を、吹田の「メイシアター」に観に行ってまいりました。「アンドレア・シェニエ」は、ヴェリスモ・オペラの代表作。主役3人、なかでもジェラードが、半端じゃない難役と思っているものですから、観に行って、逆にフラストレーションを起こすのではないかと思い、当初は、行くつもりをしていなかったのですが、チケットが比較的安く買えるということで、あっさりと考え方を撤回。「アンドレア・シェニエ」は、舞台がフランス革命が、正に勃発しようかというところから始まり、ロベスピエールの時代に、アンドレア・シェニエの処刑で終わります。その時期の、アンドレア・シェニエとマッダレーナとの愛、ジェラードのマッダレーナに対する果たされない愛、苦悩、そして昇華が、物語の主要要素です。演出は、マケドニアのデジャン・プロシェフ。とてもオーソドックスのもので、装置、衣裳いずれも、あの時代のものを再現しようとしていたように思います。1幕は、マッダレーナのお屋敷内部、正面に、外から入れる扉があり、民衆が、ジェラードに伴われて入ってくるのは、ここから。2幕は、街角のカフェという定番の装置ではなく、高台の公園というのがおもしろい。公園から見下ろすかのように、革命派が通るという仕掛け。アンドレア・シェニエが構えているのは、公園のオープンカフェのテーブルか。ベルッシなんて密偵は、木立に隠れて、アンドレア・シェニエの様子を伺うというのは、やられてみると、至極、納得ができました。3幕は、導線が縦に切られるという洒落たもの。従って、民衆席は両脇に。右サイド側に、長机が、これも縦に。ここが、ジェラードの執務位置、及び、革命裁判所の裁判官が座る位置に。対面するような形で、被告席があるという具合。正面が出入口になっており、出入口の両脇と正面に三色旗と、この幕のお約束のものが、このプロダクションにも用意されました。4幕は、基本的に同じ構造。不要な三色旗、階段席が撤去され、替わりに、正面の出入口に鉄格子が配置されると、アンドレア・シェニエの収監場所となりました。このオペラ、1幕で貴族の贅沢な生活を描き、アンシャン・レジームの残り香を見せ、2幕以後の恐怖政治の時代と好対象を見せ、アンドレア・シェニエとマッダレーナの再会で、物語が動き出します。ですから、ここまでが仕込みと言えばいいでしょうか。この仕込みが頼りなかった。原因は、群集を動かせてないこと。舞踏会で、貴族らが動いてないと、楽しんでいるとか、民衆が騒いでいても無視している雰囲気なんて出ません。また、革命の時代になっても、革命軍を出さないで、それを見送る市民だけでは、革命の枠設定ができたとは言えません。一方、バラシに入っていく3幕以後は緊張感が急上昇。ま、特に3幕は、主役3人が、それぞれの内面を吐露する素晴らしい歌唱が用意されていますから、ヘタを打たなければ大丈夫。中でも、アンドレア・シェニエを歌った藤田卓也が群を抜いた歌唱。ジェラードの油井宏隆も、最初は期待を持ったのですが、この肝心の3幕で息切れ状態。声を出すのに頑張っているという印象。マッダレーナの尾崎比佐子はと言えば、声質が、黄紺的には気に入らないけど、緊迫感だけは、いやに高まりました。この緊張の持続に貢献したのが、指揮のダニエール・アジマン。随分とテンポを揺らします。歌手をのせるのが、とっても上手そう。本日のオケ、大阪交響楽団は、よくついていきました。おかげで、前半の失地回復。このくらいのグレードを保ってもらえるなら、毎回観てみたいなの印象でした。



2015年 6月 27日(土)午後 10時 19分

 昨日から、雨が降り続けていました。止んだかに見えて、また降るなんてことも。お出かけは、仕方なく傘を持ってになりました。ただ、大阪は早めに止んでてみたいですね。今日は、午後から、いろいろとそそられるものがあったのですが、倹約をモットーに、夜の落語会だけにしました。夜も、いい落語会が重なったのですが、「千日亭」であった「染左千日快方」を選択。毎月、染左が続けている会ですので、できるだけ優先して選ぼうとしています。治門の会には、かなり心が動いたのですが、こちらを選びました。その番組は、次のようなものでした。染左「大安売」、咲之輔「いらち俥」、染左「腕喰い」、(中入り)、染左「小倉船」。毎回、前座を置かないで、染左は3席。その替わりに、手持ちの前座ネタが1つ入ります。恐らく、この会を通じて、持ちネタを全部披露してくれるだろうと期待しています。今日は、後ろに大ネタ2つが控えていたか、また最近では、出す機会も少ないでしょうから、「大安売」は、ちょっとスムーズさに欠けたところがありました。内掛けを外掛けで返される負け方がなく、もろ差しから負けるのが、2回入りました。「腕喰い」が本日の秀逸。なかでも徳兵衛が良かった。心の広さ、お店を抱える自信からくるのでしょうか、いい落ち着き、慈しみのある言葉、いずれをとって抜群の出来栄え。入門以来、染左を聴いてきましたが、最高の口演と言っても過言じゃないでしょう。ですから、定番のムリから挿入のくすぐりが邪魔に感じるほどでした。猟奇的な変わり落語としてだけ演じて欲しいとすら思いました。それに対し、「小倉船」は、後半がばたつきました。これは、口演前から気になっていたのですが、千日亭の狭い舞台で、このネタは厳しいという点が表に出てしまいました。浦島の踊りは、周囲を気にしながらになりますから、必然的に動きがぎこちなくなりますし、歌舞伎のパロディの部分でも同様でした。鳴り物は咲之輔だったのかどうかは判りませんが、抜けたところがあったり、しっくり合ってたとも思えません。三味線(はやしや薫子)との呼吸も同様でした。「小倉船」のようなネタを出すときは、このネタに慣れた人の配置が肝要ですね。ゲスト枠は咲之輔でしたが、先輩の会に喚ばれて、自分の会でするようなマクラを振るって、どうしたことでしょう。らしいと言えば、らしいというだけですが、しかし、それにしてもと思いました。あとから上がった染左が、やんわりと指摘してましたが、本人には伝わったでしょうか。



2015年 6月 26日(金)午後 10時 59分

 夜半からの雨。地方によっては、かなりの雨のようです。自分的には、今日は、落語と狂言の日。まず、午後は繁昌亭の昼席。最近、繁昌亭は昼席ばかり行っています。夜席は、行きたいと思うと、他の予定が入っていたり、チケットを買えなかったりで、ご無沙汰傾向にあります。今日は、東京の馬桜が昼席に出るというので、行こうという気になったもの。その番組は、次のようなものでした。生寿「兵庫船」、喬若「長短」、菊丸「青菜」、揚野バンリ「曲芸」、遊喬「看板のピン」、文喬「研修医山田一郎」、(中入り)、れ・みぜらぶる「漫才」、馬桜「たがや」、楽珍「島んちゅの唄」、雀三郎「船弁慶」。生寿の久しぶりの「兵庫船」。ちょっと替わりテキストを使うものなので聴いてみたいなと思っていたもの。言葉遊びの中にネズミ尽くしとでも言えばいいものが入っていましたし、生寿独自の編集もあり、期待通りのもの。喬若の「長短」はめっけもの。キャラに合いそうな感じがしないネタだけに、一瞬びっくりしましたが、気の長い男を表すのに、喬若の笑顔が効きました。笑顔を見せるだけで、ネタの狙いを察知した客席は、とってもいい反応。となれば、あとは自在に運べます。喬若大成功のネタ選びです。菊丸の「青菜」はピンときません。聴いたことがなかったと思います。冒頭、植木屋さんはハサミを使っています。これは、単純だが分かりやすい趣向。ただベタな誇張が多いなと思っていたら、居眠りをしてしまいました。派手なバンリの舞台のあと、ぬうっと出てきた遊喬。そのままぼけたマクラをふって、掴みはOK。あとは得意ネタに入りました。文喬の「山田一郎」は久しぶりの遭遇。文喬自体が久しぶり。そうなると、このネタを聴いてみたくなるもの。見事な大当たり。狙いの馬桜は、夏のネタの代表格を出しました。繁昌亭で侍が威張る噺は、いくら定番ネタでも新鮮です。繁昌亭で聴くと、一層お江戸の噺が際立ちます。楽珍は、出身地の徳之島を舞台にした私落語的なネタを披露。中学校の先生が教える島の唄が、それぞれアダルトっぽいものばかりというのが傑作。「中入り後に出た噺家は同じ頭ばかり」、これは、出てきた途端に、雀三郎が言った言葉。確かに揃いました。川涼み、弁慶、「」とかぶるのを承知でのチョイスは、正に夏のネタ「船弁慶」。まだ早いどころではないですね、連日、真夏の陽気だと。今年の夏、初の遭遇となりました。同じ橋の上でも、「たがや」のそれと、「船弁慶」のそれでは、侍が出てくる、出てこないというだけで、風情が違うように感じました。ただ、昼席で、これを聴いていると、最後の能のパロディの場面では、いったい何が起こってるのか、客席の何割が解ってるのだろうかと思ってしまいました。「知盛の祈り」という台詞が入っても、無理だろうなと思ってしまうのは、傲慢でしょうか?
 繁昌亭を出ると、天神橋筋商店街の中をミニミニウォーキング。ちょっとでも、身体を動かしておこうという魂胆です。それから京都への大移動。夜は、「京都観世会館」であった「市民狂言会」に行ってまいりました。この会は、京都市が主催する歴史とともに、人気を博する会。今日の番組は、次のようなものでした。「郭公」(千三郎)、「吹取」(宗彦)、「泣尼」(七五三)、「神鳴」(茂)。千之丞師が亡くなられてからは、解説がなくなった替わりに、狂言が一番増え、一日に四番も狂言を楽しめるようになっています。「郭公」は稀曲。幕末の冷泉家の狂言マニアの作品で、千五郎家にだけ伝わる代物。四季に応じた作品が1つずつ残っていますが、「子の日」は、時たま上演されますが、他は出たためしがなかったところに、出たのです。出ないわけが判りました。おもしろくないのです。気の利いたところは、郭公の鳴き声を知らないのに、知ったかぶりの男が、化けの皮を現すところだけというものでした。「吹取」は、ご夢想のお妻様もの。授かった女がお多福顔というお定まりのパターン。ただ、この曲のユニークな点は、笛を吹くとお妻様を授かるというお告げを聞いた男は、肝心の笛が吹けないので、替わりに吹いてもらうと、お妻様が、笛の吹き手を願掛けした男と思ってしまうところ。最後は、男どもがなすりつけあって終わります。「泣尼」は、追善能なんかでは出ても、それ以外では遭遇機会の少ない曲ですから、これも貴重な遭遇機会となりました。頼りない坊主が、自分の説教に重みを持たせようと、泣尼を伴って行ったが、説教に入ると、尼が居眠りをしてしまうという、ちょっと重い曲という印象の割りに、内容は軽い。千五郎の尼が、ええかげんで、こすっからい尼にピッタリ。おいしい役ではありますが。「神鳴」は、地謡が要るので、能の会では、滅多に出ない曲。雷が出るというので、狂言入門なんて感じでは出やすい曲ですね。雷が、天から落ちて転がっている近くにいたのが薬師、但し、すぐにやぶ医者と言い換えられていました。その薬師の治療のおかげで、無事に天に帰っていくというお伽話っぽい曲。地謡は、網谷さんを地頭に、茂山家ではない5人の方が並ばれました。正邦くんの世代が、もう40歳前後に入ってきています。宗彦、茂という同い年の2人が、ジャスト40歳だそうです。充実の時を迎えている一方、千五郎世代4人の老いは隠しようもありません。寂しさと楽しみが交差します。ぼちぼち竜正・虎真世代にも、目を向ける時代に入りつつあります。



2015年 6月 25日(木)午後 11時 48分

 暑くなってきました。家の中でじっとしてられる時間帯が、どんどんと早まっていきます。さあ、このあとの本格的な夏に耐えていけるでしょうか。今日は芝居を観る日。「ウイング・フィールド」であった「ジャブジャブ・サーキット」の公演「さよならウィキペディア」を観てまいりました。今まで一度だけ観たことのある名古屋の劇団。頗る印象が良かったものですから、今回も観てみようということでした。舞台は、とあるビルの屋上に集う人たちの物語。登場人物が多く、一度舞台に出た役者が、次に登場するまでの間に時間があり、それらの人物が、どのように絡み合うかが、なかなか掴みにくいという特徴があるのですが、最終的には、筋立ては2本に収斂していきました。一つは宇宙人を避難させている人たち。もう一つは、殺人事件に発展していく人たちの一群と、その捜査関係者。もちろん、2本の流れは、単に屋上に集うだけではなく、ブリッジの役割を果たす人物がいることで、1本の芝居に仕上がっていくという仕掛けになっていきます。宇宙人を登場させることで、表題にあるような情報化社会について、地球外から情報化社会を看ればという作劇を可能にしたところから、メッセージ性のある芝居ということができるのですが、そこのところを押し切らないで、殺人事件を持ち込むことで、これは、メッセージ性を持つ芝居を目指してはいないということを見せようとしているように思えました。ブリッジの役割を担ったのが、コンブリ団の座長さん。役割上、彼を中心に芝居は進み、彼の個性により、この芝居の屋台骨が支えられているという印象が残りました。登場人物に意外な展開をもたらすことが好きらしく、キャラを変えたり、埋め込まれたキャラに似合わないアクションを取らしたり、ちょっと小手先のお遊びが過ぎるという印象も残りました。それを楽しめればいいのですが、ちょっと小手先自慢っぽい方が強く、観ていてノリが、あまりいいとは言えない芝居でした。



2015年 6月 25日(木)午前 0時 17分

 今日は落語を聴く日。午前中は、暮れに行くオペラ紀行のスケジュール作りに躍起になっていました。かなり煮詰まってきているのですが、なかなかスケジュールを発表してくれないところで、スケジュール作りのキーを果たしそうなところが出てきていて、やきもきしています。早くしないと、チケットがかなり売れているところがありますからね。で、お出かけは2時半までにということで、しっかり実行に移せました。天満橋から天王寺まで、途中で休憩をとりながらのミニウォーキング。かつてのようなウォーキングができなくなったためのなまくらウォーキングですが、やらないよりはいいかの心持ちです。天王寺のネットカフェで休息をとったあと、夜は、「動楽亭」であった「四尺玉」という落語会に行ってまいりました。同期の噺家さんが、仲よく研鑽を積む会です。その番組は、次のようなものでした。方気「延陽伯」、二乗「天狗刺し」、松五「化物使い」、(中入り)、石松「堀川」、鯛蔵「花筏」。前座の方気は、先日、繁昌亭で、初めて姿を見かけた噺家さん。しゃべり方から、かなりすれてるという印象を持ってしまったのですが、高座も、やはりそうでした。落研出身か、吉本内部のトラバーユ組かなと思わせられる感じです。主役の4人の内二乗だけが、ネタ出しなし。二番手の位置では珍しいですね。ですから、短めのネタでも下ろすのかと思っていたら外れました。いったいなぜと、思ってしまいました。「天狗刺し」は、演じ手が少ないのですが、たまたま松五も持ってますね。二乗では、何度か聴いているので、今日は、マクラで話してくれた噺家グランプリのレポートの方が、印象に残ってしまいました。松五は、一風変わった社長さんのマクラをふりました。個性の強烈な人の話をして、ネタに繋げようという魂胆です。黄紺は、松五の「化物使い」を聴くたびに好きになってきています。化物が出てくるまでが長い噺でもあります。前後半の境目で、人使いの荒い男を、奉公人が諌めるところがあります。もう、これは、今後、使用人となる者はいないという人間決別宣言なのでしょうね。だから、そこからあとは、化物の世界に入ってしまうということなのでしょう。そう考えると、しっかりとした構成の噺で、ましてや、前半を省く演出もあるようですが、もってのほかですね。松五の口演を聴いていて、そないなことを考えていました。石松の「堀川」が、今日の狙い。間違いなく、松之助からもらったものでしょう。黄紺的には、松之助ベストと思っているのが「堀川」です。豪快松之助の良さが、一番出ていると思うのです。ただ松之助は、猿回しの出てくる終盤はやりません。確かに、今日の石松もそうで、火事騒ぎのところで切りました。石松の口演、喧嘩極道の豪快さはありませんでしたが、ひ弱でか弱い、でも、どんな倅でも可愛いことには替わりはないという母親がいい感じでした。豪快さが足りないと思ったのは、火事騒ぎのところでの動きが重すぎます。またリバウンドしたのじゃないかと思わせられた重さでした。最近は、猿回しの終盤を入れるのが、「堀川」を手がけるときのステータスになっている傾向がありますが、噺の醍醐味は、そこに入るまで。松之助にしても、先代小染にしても、そこで聴かせてくれた良き思い出が残っていますし、喧嘩極道を表せなくては、この噺は成り立ちませんしね。石松の更なる研鑽に期待したいものです。トリの鯛蔵は、既に聴いている「花筏」。今年の前半は、ホントに「花筏」の当たり年。前に聴いたときに比べて、進化の姿が見えるのですが、果たして必要だったのかと思ってみたり、千鳥が浜とその親父さんとの場面だけ、えらく噛んでましたし、親父さんのキャラが若すぎて、キャラ作りに疑問を持ったりしてしまいました。噺をパーツごとに分けて稽古をしているなと思ってしまったのですが、確かに、このパーツが少し変調でした。口舌爽やかな鯛蔵ですから、余計に意外でした。中入りに入った段階で、8時20分を、しっかりと回っていました。なのに石松は、しっかりとマクラを喋ったのですが、これがおもしろかった。ネタに繋げるため、今日の出演者の趣味を上げていったのですが、自分のところで食虫植物の話をやり出したら、これがおもしろい。おかげで、鯛蔵は、ほぼマクラなしでネタに入らねばならなくなりました。



2015年 6月 23日(火)午後 10時 13分

 今日は、南海さんの定例の会、京都での落語会でいいものがあったのですが、高校時代の友人たちとの呑み会があったので、全部、チャラ。そう言えば、1年前もそうでした。でも、来年は日が変わることは間違いないので、ちょっと気を良くして参加。狙いの店は休みでダメだったのですが、久しぶりに祇園で呑みました。



2015年 6月 22日(月)午後 11時 14分

 昨日は、思わぬ雨にずぶ濡れになり、かなり身体が冷え、また風邪をひかないか心配したのですが、今回は、幸いなことに大丈夫なようです。で、今日は映画を観る日。基本的に、よほど観たいと思う映画でない限り、映画を最優先させるということはしない方針で、計画を立てています。今日は、最優先ではないのですが、映画を観る日になりました。行き先は心斎橋シネマート。観たのは韓国映画「皇帝のために」でした。完全なるヤクザ映画です。もちろん、それを承知で観に行ったわけですが、韓国映画では、チンピラものやヤクザものに、やりかしおもしろいものに出逢うことがあるので、今日のような日があると、ついつい観に行ってしまう傾向にあります。それに、韓国映画はジャンルを問わず、現代ものでしたら、韓国の世相、風景など、好きな韓国のお勉強になるということで、映画自体がおもしろくなくても、そういったおこぼれが嬉しいのです。今日の映画でしたら、ニュースポット仁川大橋が、幾度も映り、また、その周囲のシーフロントの超現代的なビル群などが、ロケ地として、ふんだんに使われていました。物語のコンセプトは、いたって簡単です。元プロ野球選手(イ・ミンギ/TSUNAMI−ツナミ−)が野球賭博に関与したことから道を踏み外し、ヤクザの世界に入っていき、その実力から、またヤクザの世界に引き入れた男(パク・ソンウン/新しき世界)の引き立てにより、どんどんとのしあがっていくという様が描かれていきます。その中には、日常的な暴力、裏切りがあり〜のというわけで、ひたすら、力、金を求めて上昇していこうという物語です。ラスト近くで、「どこかで止まることはできなかったのか」という台詞がありましたが、正に疾走するが如く、欲望を求めていく映画です。そんなですから、殺しの場面がしばしば出てきますが、それは、全てドスを使ってのもので、この映画に看る一つの美学でしょう。裏切りを描くにしても、誰が、どのようにという部分が判りにくい映画です。そないなことは、大した問題じゃねえぞというスタンス、そないなしっかりと筋立てを追いかけるものじゃねえぞのスタンスが見えてきます。主役のイ・ミンギは、自分的には初遭遇ですが、いいですね。韓国人俳優には稀な顔立ちじゃないでしょうか。ま、一所懸命になって観る映画とは、決して言えませんが、イ・ミンギの好きな方からすると喜ぶのじゃないかな。



2015年 6月 21日(日)午後 11時 20分

 一日二部制シリーズ最終日です。まず午後は講談会です。旭堂南華さんが、年に1回開かれている特別な会がありました。名付けて「南華の会〜特段の回〜」が、「千日亭」でありました。一門の弟弟子の助演を得ての番組は、次のようになりました。あおば「動物園」、南湖「神崎与五郎の詫び状文」、南華「無心は強い」、南海「?」、(中入り)、南海・南湖「対談」、南華「浜野矩ゆき」。いつもは、お誕生月の1月に別会を開かれている南華さんですが、今年は入門30年目に当たるということで、入門月の6月に開催されたということですが、それにしては小ぶりの会場だったので、おかしいなと思っていたら、あまり体調が良くないみたいで、先行きが見えないのでという話を、前座のあおばくんが上がる前に、挨拶として高座に上がられた南華さん自身が述懐されていました。確かに、今日のネタの並びからしても、その辺が伺いしれます。年齢的にも、プライベートな面でも、厳しい時期を迎えられてきたものが、ここにきて噴火したのかもしれないなと、勝手に考えていました。そうは言っても、一つ一つの高座に、そういった厳しい状況であることを微塵も見せないというのは、さすが30年のキャリアはだてではありません。高座名の候補として、南華の他に、「南絵」「南麗」があったという話は、今日初めて伺いました。それらの中から、師匠に選べと言われて、南華を選んだそうです。助演のあおばくんはともかく、お二人とも、南華さんよりは下になる同門の方々。南湖さんは、スペイン帰りということで、赤穂義士の物語の中に、スペイン語が出てきました。南海さんの「?」は、その前の南華さんの高座の後半から居眠りをしてしまい、南海さんのネタに至っては、何が出されたのかも判らないという失態を表しています。
 南華さんの会が終わると、千日亭のすぐ近くにあるいつものネットカフェで時間調整。そして、夜は、京都への大移動で、「カフェモンタージュ」へ。京都に着くと雨でびっくり。コンサートの方は、今日も、「シューマン特集」の一貫で、ピアノ三重奏曲の1番と3番が演奏されました。演奏者は、ピアノが塩見亮、バイオリンが佐藤一紀、チェロが上森祥平という顔ぶれでした。開演前恒例のオーナー氏による演奏曲目の紹介。ピアノ三重奏曲3曲の中で、1番が最高の評価を受けている。3番は、シューマンがバッハに傾倒し出した時期の作品で、繰り返しが多い。確かに聴いてみると、1番は、幾度となく聴いてきた作品で、シューマンらしいピアノと弦楽器との掛け合いや、スタッカートを付けたピアノの独特の進行、ピアノとの独特のタイミングで入るチェロのソロなどなど、そのらしさが詰まっています。これは、昔、シューマンのピアノ五重奏曲が好きで、散々聴いたため、黄紺の耳にはシューマンらしい音の運びが染み付いているために言えること。これは、先日のバイオリン・ソナタの2番を聴いたときに感じたこと。そういう風に考えたときに、3番の方は、そういったらしさから見事に外れています。前触れなしに3番を聴いた場合、まあ、シューマンと気がつかないのじゃないかな。古典的な和声の付け方や、3つの楽器が、やたら同じリズムを刻んだり、ユニゾンなんてのも幾度か出てきました。その辺りに先祖帰り的な音楽を看て取れるのでしょうね。従って、シューマンの代表作には選抜されないということなのでしょう。本日の演奏という観点では、1番には、全然のれなかったですね。塩見さんのピアノに、鋭さとか切れという表現されるものが足りないと見え、ピアノと弦楽器2本との緊張関係が生まれない、弦楽器は弦楽器で、佐藤さんのバイオリンに歌って欲しいところで外され、上森さんのチェロには音色やらパワーに満足できないと、アンサンブルよりか、個人商店としての戦略に満たされないのです。それに対し、3番は、合わせることが肝心ですから、個人商店よりか気になることが他にあるってわけです。となると、こちらは、わりかしどころか、満足度はかなり上昇しました。おかげで、シューマンの多様な面を見せてあただきました。まずは、これらの2曲を並べられたことに感謝です。



2015年 6月 20日(土)午後 11時 45分

 今日も二部制の一日。午後は、民博ゼミナールで講演を聴いて、夜は、大阪市内で芝居を観てまいりました。民博ゼミナールのテーマは「インド刺繍布がうみだす世界」。同博物館の上羽陽子さんがお話しになりました。講演は、この度リニューアルされた南アジア展示の紹介方々進行しました。インド西部をフィールドにされているということで、その地域に伝わるアリ刺繍の紹介からが、今日のテーマに沿ったお話の始まりでしたが、刺繍の技巧などは皆目解らないものですから、その技術が、どのような意味があるのかは解るわけがありません。ただ裏には刺繍糸が、ほぼ姿を残さないという、とっても、刺繍糸が効率的に使われている技法だということで、今のように、ものがあるわけではない時代に考案された技法のようです。また刺繍職人の周りにいる針職人の仕事ぶりも紹介がありました。針を加工する職人もいれば、針を作る職人もいる。そういった分業システムが、町には成立しているようですが、村では、一人の女性が、全ての作業を、仕事の合間にするそうです。ここでも、布が基調だった時代の伝統が生きていて、端切れの再利用が基本だそうで、そのようにして作られた絨毯や衣料の実物の紹介もありました。こうした伝統的な刺繍や手仕事の紹介に次いで、現代の都市の風景の中での刺繍や、また手仕事の変化の紹介があったはずなのです。でなかったら、伝統的技法の紹介で終わってしまいますから。この肝心なところで、最近では珍しい寝不足がたたり居眠り。ダメですね。人の話を、ゆっくり聴けなくなっていっているみたいですね。そういった中で、一つ記憶に残っているのは、刺繍布が出荷されたあと、製品が切り刻まれて、バッグのような土産品に作り直され、出荷時に比べて、かなり高額で販売されていること。伝統の転覆とか、そういった言葉で表現されていたように思います。不十分な聞き方しかできていないのですが、いずれ夏には、無料で入場できなる日があるようですので、そのときの参考に、ちょっとくらいはなるかなというところです。
 民博を出ると、いつものように山田駅まで歩き、そこから日本橋に移動。少し早く着いたので、千日前のネットカフェで時間待ち。そして、夜は「応天院」であった「満月動物園」の公演「ツキノオト」を観てきました。この1年ほどの間、過去に公演した芝居の再演シリーズを組んでいるということで、公演があるたびに通っています。一定の水準をキープし続けている劇団だと看ているからです。今回再演され続けているのは、「死神シリーズ」と呼んでいるもの。毎回、観覧車倒壊という大事故を盛り込み、そこに超自然的きっかけを与えて物語作りをしていこうという試みですので、超自然的きっかけを与える存在として、死神を登場させる芝居です。前回観た芝居では、観覧車の倒壊が始まり、あと僅かの時間で死を迎える人の前に、死神が現れ、死ぬまでの時間に、死ぬ前にやり残したと思うことを体験させようというものでしたが、今回は、交通事故に遇い体ごと吹っ飛ばされ、まもなく死を迎えるという人の前に現れ、死ぬ時期を延ばす契約をかわすものなのですが、その延ばされる先、即ち、本当に死を迎える時期を、うっかり死神がもらしてしまうというもの。それが、時期は言わないのですが、観覧車の倒壊で死ぬことだけを、当人が知ってしまうというものでした。この契約、及び、死神のうっかりが、芝居の序盤も序盤に明かされたあとは、主人公の女性の日常、親や妹、職場の同僚夫婦などの生活が描かれていきます。それに、死神たちが、余計なことをしたりという小ネタなんかを放り込みながら、芝居は進行していきます。主人公の最後が、予め告げられてしまっている芝居ですから、いろいろとばら蒔かれたプロットが、どのように収斂していくか、また、その最期を、主人公が、どのような気分で、どのタイミングで迎えるかが、作家さんの腕の見せどころ。2時間20分という長丁場の芝居だっただけに、小ネタを入れられると、正直腹が立ちます。前に進めてよとなるわけです。上演時間を、予め知らされていたため、倒壊のタイミングが予想できてしまったのが惜しまれますが、登場人物皆が幸せになれる時間帯に持ってきたというのは、なかなか洒落てはいましたが、亡くなっていく主人公と、その恋人だけは、その幸せに浸れない皮肉も、いいスパイスになり、小ネタに邪魔されたことは忘れることができましたが、倒壊の場面の工夫が物足りなかったですし、その後のことは、見事な蛇足になりました。この劇団は、座付作家だけが男性ですから、男優陣は客演。ヌーボーとした主人公の恋人役の上原日呂が好演。主人公のキャラに見合う役柄ピッタリのキャラ作りに納得。次回は9月だそうです。このシリーズは、若干のでこぼこがあるにせよ、楽しめることは否定できません。



2015年 6月 20日(土)午前 2時 2分

 今日も昼夜二部制の一日。午後は、遠出となる兵庫県立芸文センターへ。こちらのレジデンツのオケの定期演奏会に、初めて行ってまいりました。シューマンの2番のシンフォニーを目指して遠出をしたのですが、それに先立つプログラムは、次のようなものでした。「ウェーバー オベロン序曲」「ウェーバー クラリネット協奏曲第1番」。なお、指揮はユベール・スダーンが務めました。今日のコンサートで、一番印象に残ったのはクラリネットのマイケル・コリンズ。技巧的に素晴らしいものを披露したばかりか。第2楽章の緩叙楽章では、事実上、自らがリードしているような雰囲気。指揮者の方が、そのペースに合わすのに苦労していたと看ました。ちょっとしたりタールランドなどを付けたりするものですから、結構大変な指揮ぶり。でも、聴いていて、そういったテンポの揺らしは、極めて妥当と写りました。そういった音楽作りと圧倒的な技巧に魅せられたというところです。このウェーバーのクラリネット協奏曲を、プログラムに持ってきたということなのでしょうか、トップにオベロン序曲を持ってきたのでしょうね。序曲は有名でも、実際の上演の稀有なこの序曲、親しみやすいメロディに溌剌とした音型が信条。ウェーバーって、ロマン派に入れられますが、音楽は古典派の雰囲気。それが、らしさってところでしょうが、そういった観点で言えば、ちょっと物足りなかったかもしれません。特にバイオリンと木管に、そういった雰囲気を感じてしまいました。シューマンは、自分的に好きな曲。1楽章と4楽章は、他のシューマンのシンフォニーにも看ることができるようなものですが、まず何よりも3楽章の緩叙楽章が、たまらなく心地よいのです。それと対になっているかのような2楽章の細かなリズム。この2つの楽章が、ロマン派の極みのような音楽と感じられるのです。そこに目が行っちゃうものですから、3楽章には、もったいぶるほどテンポを落として欲しいのです。すると、オーボエのソロも際立つこと請け合いなのですが、黄紺的期待には、残念ながら応じてはもらえませんでした。ただユベール・スダーンの指揮は、バランスをすごく意識したものになっていたことは間違いなかったと思います。しかし、幾度か木管に対しは、煽るような指揮ぶりが垣間見えました。黄紺が、オベロンのときに感じた物足りなさを、ここで感じてたのかもしれません。オケの定期演奏会では、珍しくクラリネット・ソロも、オケ自体も、アンコール曲を1つずつ演奏してくれました。クラリネットが、「ベールマン クラリネットと弦楽のためのアダージョ」で、オケが、エドアルト・シュトラウス編曲の「トロイメライ」でした。
 コンサートが終わると、直ちに梅田経由で南森町に移動。夜は、天神橋筋商店街の南端にあるカフェ「無花果」であった「大阪書生節協会」の公演に行ってまいりました。言うまでもなく、旭堂南海さんと宮村群時くんのユニットの公演なわけですが、今日は、大正琴兼ギターの山田直樹さんも加わっての公演となりました。会場に着くと、明らかにいつもとは違った雰囲気。山田さんのお弟子さんとおぼしき方々が詰めかけられていたのでした。そのプログラムは、次の通りです。なお、曲名の後に表記のないものは、南海&群時のいつものコンビ、「山」は山田さん、「群」は、群時くんがウクレレ・バンジョー、「G」は、山田さんがギターを弾かれたときということになっています。「民衆の煙草新生」「時代節」「青春の歌」「夢あわき東京(群山)」「白鳥の歌(山)」「雨だれ(リンゼイ曲)(山G)」「東洋的奇想曲(ビッグフィード曲)(山G)」「小ロマンス(ワルカー曲)(山G)」「スペイン風セレナーデ(フェレール曲)(山G)」「野球節(3人)」「大阪行進曲(3人)」「ボルガ河の網引き男(3人G)」「道頓堀の歌(3人)」「カフェの歌(3人)」「フィリピン島決戦の歌(3人)」「あぁ、栄冠は君に輝く」。今日の特徴は、山田さんが入られ、3人で演奏されると、ハーモニーを付けられるのではないのですが、異なる楽器が入ることで、音に厚みが出てきて、聞き応えがあるのです。それと、古関裕而ものが演奏されたことです。中には、軍部から強制的に作らされたものも含まれていましたが、書生節風にアレンジされた感じで演奏されました。この会の妙味は、元歌を歌ったあとに披露される替歌。世相風刺が入らないと、替歌が替歌になりませんから、時事ネタで、政治の実権を握る方を揶揄するものとなりますが、聴く者には、それが痛快。ただ、最近、ニュースをほぼ追いかけていない黄紺にとっては、国会論戦ネタなんてものは、完璧に他山の石なもので、替歌のおもしろさが解りかねるところが、多々出てまいりました。やはり普段の教養ってのが肝心だと実感。床に座る人が出るほどの盛況。黄紺は、幸い座席を確保できましたが、身動きのできない状況下での2時間は、かなりの我慢大会にもなってしまいました。



2015年 6月 19日(金)午前 3時 47分

 昨日も、昼夜二部制のお出かけ計画。午後は繁昌亭の昼席、夜は、枚方でのコンサートに行ってまいりました。今週の繁昌亭昼席は、吉坊の繁昌亭大賞奨励賞受賞記念ウィークということで、外すわけにはいかないのです。その番組は、次のようなものでした。愛染「みかん屋」、佐ん吉「稽古屋」、岐代松「親子酒」、南左衛門「大石順教尼物語」、福矢「野ざらし」、文之助「星野屋」、(中入り)、吉坊・文之助・文福・南左衛門・佐ん吉「口上」、文福「とんち相撲」、文三「ちりとてちん」、吉坊「そってん芝居」。あまり米朝一門の出ない吉坊の記念の会。米朝事務所を離れているからでしょうか。前座は、一昨日まで、一門の団治郎だったのですが、昨日からの2日間は愛染。語り口にめりはりが効いた愛染の口演って、初めて聴いたという印象。2番手の佐ん吉が、この位置で、大胆にも「稽古屋」を出しました。マクラから、客席をわかせた佐ん吉、もう宇治の螢踊りで、客席を手玉に。こないに上手に、この位置でやられた日には、あとから上がる噺家さんは大変と思ってしまうほどの出来栄え。案の定、岐代松の鉄板、十三ネタを出しても、いつもほどの反応が返ってきませんでした。そんなですから、酒のネタは、雰囲気を変えるナイスなチョイス。でも、父親の部分がやたら長く、息子のところに入ったところで、居眠りをしてしまいました。南左衛門は、こういったところで、こないなネタを出すのですね。定番ネタかと思っていたものですから、意外な感じがしてしまいました。福矢の「野ざらし」は、釣りをするところが受けるのは定番にしても、彼の不思議なリズムと、呆気にとられる周囲の人たちの表情に、客席は好反応していたように見受けました。文之助の出番は昨日だけ。それだからでしょうね、同じ吉坊週間に行くならばこの日とばかりに、好事家の皆さんが詰めかけていました。ネタも、もう少し軽めのものを予想していたところ、「星野屋」にびっくり。福矢のリズム、文之助のライト感覚のノリと、個性的な噺家の連続は、客席にかなりの興奮を喚んでいたように思います。「口上」は、3人が、それぞれ吉朝の観点からの言葉。文福が言っていましたが、吉朝の同期は、さんまに阪神巨人、小枝だそうです。見事に逸材が揃ったものです。その少し先輩に、文福は当たるのですね。その立場からの祝辞、納得です。その文福、紋付き袴から着替えての高座は、おなじみのもの。文三は、鉄板の「ちりとてちん」。ここまで極端にデフォルメされ尽くすと、呆気にとられるしかありません。そして、主役の吉坊、「米朝がやったことがない」「米朝が東京で聴いてきた」「吉朝が1度演じたことがある」「だけど吉朝はその1年後に亡くなった」と話してからネタへ。それだけの情報で、頭に浮かんだのは「そってん芝居」。だけど、黄紺は、「そってん芝居」の内容を知らない。帰りがけに、コアな落語ファン氏に伺っても、「判らない」のお返事。外に出て貼り出してあったネタ一覧で、ようやく確認できました。芝居がかりになるのは前半だけ。髪結いの男が、髪を結いながら、芝居の真似事をするという下りです。後半は、髪を結ってもらった男が、追い剥ぎ予防をしながら駕籠に乗るのだが、追い剥ぎに遭ったときの顛末の中で下げになります。前後半のバランスが悪い噺です。その辺が廃れるわけかもしれないなと思いながら聴いていました。振り返ってみると、前回、小鯛の記念ウィークに行ったときに比べると、かなりグレードアップのラインナップになったなの印象を持ちました。
 繁昌亭を出ると、そのまま枚方に直行。3月までの同僚と合流して、「メセナ枚方」であった「クラシック、いとをかし」というコンサートに行ってまいりました。京響のメンバー3人に大フィルのメンバーが1人加わり、弦楽四重奏のコンサートがあったのです。カフェモンタージュのように、格安で優れた演奏を、勤め帰りの人たちに、しかも1時間半程度のコンサートを提供しようという試みかと思い、覗いてみることにしたのです。演奏者は、第一バイオリンが杉江洋子、第二バイオリンが長谷川真弓、ビオラが金本洋子、チェロが石田聖子という布陣で、石田さんだけが大フィルの所属ということです。なお、ビオラの金本さんは、カフェモンタージュで、バルトークの連続演奏会が行われたときのメンバーでもありました。京響と大フィルのメンバーが混在するアンサンブルって、ホント、枚方での企画らしいというのも、そそられた大きな要因でした。演奏曲目は、まず、ルロイ・アンダーソンの「舞踏会の美女」「踊る仔猫」「馬と馬車」といった小品が演奏されたあと、「狩」という名前をもらっているモーツァルトの17番のカルテット、次いで、ブラームスの3番のカルテットでした。「動物」という言葉から連想される曲を集めたというプログラムだったのですが、ブラームスが入ったのは、謎のまま。ひょっとしたら、ブラームスは番外だったのかもしれません。ルロイ・アンダーソンはともかくも、ブラームスとモーツァルトは好対象。無邪気に戯れるような運びのモーツァルトに対し、中音域に重点を置いたブラームスの深刻は大きいものがあります。3〜4楽章にかけてのビオラの役割が、それを象徴しているように思えました。演奏は、ブラームスの深刻度からくる緊張感が、モーツァルトの能天気な無邪気さに勝った演奏だったと思います。ブラームスのカルテットの妙味を感じさせてもらっただけで、満足できるコンサートでした。会場は、中低音域に比べて、高音域に伸びが生まれない音の印象を持ったのが惜しまれますが、100名ほどの客席が入るというもので、なかなかの盛会。こないなコンサートが、枚方のような規模の町で開かれるということは画期的なこと。まずは、続けて欲しい、それが肝心な取り組みだと思いました。



2015年 6月 17日(水)午後 11時 25分

 今日から、昼夜二部制のお出かけが続きます。今日は、昼は落語会、夜は音楽会というスケジュールでした。まず昼ですが、動楽亭の昼席です。米朝一門中心じゃないところから1回ということで、今日を選んだというわけです。その番組は、次のようなものでした。弥太郎「寿限無」、雀太「商売根問」、呂竹「相撲場風景」、小枝「宿屋仇」、(中入り)、新治「狼講釈」、呂鶴「仏師屋盗人」。今日の狙いは中入り明けの二人、それに、ちょっと怖いもの見たさの気分で小枝というところ。まずは、キャリアがさほど変わらない3人から。弥太郎は、恐らく前座として一番出してるだろう「寿限無」。あまりにもベタな前座ネタだけに、他の噺家さんがやらない分、出しやすいですね。雀太は、冒頭から笑かしてくれます。独特の入りをして、びっくりさせる手法が光ります。掴みがうまくいくと、あとは自在に運べます。アホたんの男がアホたんなことをしでかす可笑しさが倍加しました。雀、ウグイス、ガタロと続きました。ウグイスとガタロが同じ日というのが傑作です。3番手に出た呂竹は、あとに師匠の呂鶴が控えているので、ちょっと声が上ずっていました。3番手だったので、「近日息子」かなと思っていたのですが、「相撲場風景」とは、やはり師匠に気をつかったのでしょうか。この位置で「相撲場風景」を出すなんて、年輩の噺家さんのようなチョイスと思えたものですから。小枝は、いろいろと大ネタを持っているという噂は耳にしていましたが、今日は、なんと「宿屋仇」。まともにすると40分くらいかかるもの。ぽつりぽつりと抜けましたから、そないにはかかりはしませんでしたが、でも大ネタ。3人連れのキャラの付け方、侍との区別、伊八の困りとか、山ほど難物が控えています。小枝の口演を聴いて、その辺の確認ができました。新治は、この位置なら出してくれないかなと期待していた「狼講釈」を、ドンピシャで出してくれました。演じ手の少ないネタですもんね。でまかせ講釈は、いろいろな講釈ネタが、くるくると変わりながら出てくるもの。福郎版に比べると、圧倒的にギャグが少ない。新治版の方が本来の型なんでしょうか。呂鶴の「仏師屋盗人」も期待をかけたもの。それがドンピシャで嬉しい限り。偉そうに居丈高な盗人をすかそうとする仏師屋のおとぼけが、きれいに決まっていきます。夜中の店の暗さ、仄かな明かりに照らされる盗人の顔や仏師屋の顔まで見えた素晴らしい出来。この日の昼席を目指したのが正解の証明です。
 動楽亭を出ると、京都への大移動。いつものように、三条河原町近くのネットカフェで時間待ちをして「カフェモンタージュ」へ。今月、「カフェモンタージュ」では「シューマン特集」が組まれているのですが、プログラムを睨みながら、黄紺は、室内楽の日をチョイスして予約を入れておきました。今日は「lebhaft」というテーマを掲げ、あまり遭遇機会のないバイオリン・ソナタ2曲が演奏されました。バイオリンは佐久間聡一さん、ピアノは鈴木華重子さんでした。遭遇機会が少ないと書きましたが、聴き終わってみると、自分的には、たっぷりと聴いていることに気づきました。特に1番の方はたっぷり感があります。ということは、コンサートなんかでは、あまり見かけないための思い込みということなんでしょうね。コンサート開幕前恒例のオーナー氏による解説によりますと、今日演奏された2曲は、僅か2ヶ月のインターバルを空けただけで書かれた晩年の作品。1番だけでは満足できなかったのでしょうと、オーナー氏。2番を聴いてみると、1番には看られなかったことを、シューマンはやってくれてます。ピチカートを多用する3楽章があったり、ピアノ五重奏で看られたリズムの刻み、グラインドするような迫力満点のピアノの音型などが、それに当たるかと思います。1番のムーディーな音型やバッハを想起させるような音の刻みは、逆に影を潜めていきます。しかし、2曲に共通なのは、なんと重厚な印象を与えるのかということでしょう。中低音域を多用し、細かなリズムは、主にピアノに任せ、バイオリンはスラーを多用して、その厚い音型を流します。これが、実に心地よい。佐久間さんのバイオリンが、こうしたシューマン的音楽に合っているのでしょうか、また鈴木さんのピアノも合っているのでしょうか、実に聴いていて楽しい思いにさせられました。但し、ムーディーな箇所を除くという注釈は要ったようですが。佐久間さんは、現在広島交響楽団のコンマスを務められている方。従って、関西では遭遇機会が多くないのが惜しまれます。



2015年 6月 16日(火)午後 8時 23分

 今日は映画を観る日。今日の予定を、昨日に回せば、大阪に行くのが一日減り、今日はがら空きの日になったのですが、がら空きの日は作らないをモットーにして、予定を組んでいますので、こういった変則的なお出かけ計画となります。お出かけ先はテアトル梅田、こちらで、イギリス映画「追憶と、躍りながら」を観てまいりました。この映画を構成している要素は、異文化、同性愛、家族、老後といったところでしょうか。主要人物は3人、それに、プラス2人だけで、ほぼ全編、この映画は進行します。主要3人の内2人が、カンボジア系中国人の母と息子、あとの1人が、息子の同性愛の相手で、この男はイギリス人(フェネルのアルペルにめっちゃ似)。息子カップルが同居しているため、母親は介護施設に入っている。また、息子は、母親に同性愛者であるとカミングアウトできないでいる。この状態で、息子が、交通事故で突然死をしてしまいます。物語のほとんどは、息子が亡くなってあとのもので、回想場面には、息子が出てきて、亡くなる直前にはカミングアウトしようとしていたことなどが判ってくるという仕掛けになっています。残された息子の恋人は、その息子が母親にしようとしていたことを、引き継ぐことで、残された母親をヘルプしていこうとしていきます。施設内で懇意にするようになったイギリス人老人(男)とのコミュニケーションをとりやすいように、通訳をあてがい、また、その通訳を通して、自らも母親とのコミュニケーションをとろうとしていきます。母親は、その男に、同性愛的関係とまでは思ってなくても、単なる友人では済まされない何かを感じていたのでしょうね、最後には、母親の口から嫉妬という言葉が出てきますから、何やら言葉では表しにくいものを感じていたのでしょう。息子の恋人のアプローチは、観ていてイギリス人らしくないと思えます。ヘルプを出そうとしている動きを見ていると、亡くなった恋人を捉えて離さなかった親子関係に依拠しようとしているのじゃないかなと思えます。それが、彼なりの異文化理解であり、亡くなった恋人への愛情表現と看ることができましたが、そこには、相互理解は進まないという形で終わりを迎えます。それは、施設で知り合った老人との間で交わされた子どもや孫についての考え方の相違が出たところで、既に予習されていた内容と言えなくもありません。最後は、大方の予想通り、息子が同性愛者だと伝える場面が核になりましたが、母親からすると、言葉化されてなかったものが、このタイミングで言葉化されただけといった反応のようにされてありました。結局、残された二人は、深い孤独を手にしただけでした。孤独を癒す装置が、家族であったり、息子の恋人が試みようとした疑似家族であったり、施設内で作られる人間関係なのでしょう。そして、それらの装置には、世界標準なんてものがあるわけではないわけですから、装置が有効に機能する確率は、更に一層低くなっていくのでしょう。ですから、この映画のラストは、二人の残された者たちの、それぞれの孤独を生きる決意ということになるのでしょうか。



2015年 6月 15日(月)午後 11時 20分

 今日は落語会に行く日。「雀のおやど」であった「体力増強の会」に行ってまいりました。雀五郎が、月一のペースで行っている会。なかなかうまくスケジュールが合わなくて、ちょっと久しぶりとなりました。その番組は、次のようなものでした。紫「金明竹」、雀五郎「黄金の大黒」、佐ん吉「蛇含草」、雀五郎「次のご用日」。いい4席が並んだ、とっても楽しい会になりました。紫の「金明竹」は、前座としての鉄板ネタ。だいぶとくさくはなりましたが、語り口は切れます。その紫ですが、本日の主役の雀五郎とは、ご近所さんだそうで、雀五郎に言わせると、「スープの冷めない」距離に住んでいるそうです。雀五郎の「黄金の大黒」も、彼の前座ネタでは鉄板もの。昔と違い、「黄金の大黒」の演じ手が減った今、雀五郎は、そのため出しやすく、頻繁にかけています。そういったネタを、一つ目に出したということは、二つ目はネタ下ろしということでしょう。そのネタ出しをしていなかったのが「次のご用日」。黄紺は、夏の暑さ、日照り、そういったものを、最も感じさせるネタが、これだと思っています。また、それを感じさせないでは、健忘症になる女が出現する道筋が成り立ちません。夏の描写をするのに、実にうまいタイミングで売り声のエピソードが入ります。雀五郎、この売り声の箇所は決まったと思ったのですが、天王寺屋のおっさんが出てくる辺りの夏の暑さが、ちょっと物足りないものを感じてしまいました。全体としても、雀五郎にしては噛みかげんだったもので、そういった印象を持ってしまったのだと思います。どうしても、終盤の聴かせどころに神経を使うから、トータルとしては難しいネタなんでしょうね。ゲスト枠の佐ん吉も夏のネタ。佐ん吉の「蛇含草」は、どこかで聴いているはずなのですが、まるで初めての遭遇のような印象。というのも、くさくどころではなく、黄紺的には、しつこさまで感じてしまい、周りでは馬鹿ウケだったのですが、笑えなくなってしまってました。餅の曲食いの場面、餅を押し込もうとする場面がそうでした。ポイントは、さすが佐ん吉、掴んでるとは思うのですが。ちょっと辛口なことも書きましたが、好メンバーが揃い、グレードの高い会であったことを否定するものでは決してありません。



2015年 6月 14日(日)午後 8時 45分

 今日は音楽を聴く日。最近、よく行く「兵庫県立芸術文化センター」であった「タリス・スコラーズ」を聴きに行ってきました。小編成の声楽アンサンブルは、大きなホールでは聴かないをポリシーにしていたのですが、去年、同じ「タリス・スコラーズ」を「びわこホール」で聴いて、ちょっと考え方を改めました。「タリス・スコラーズ」はいいかなと。で、今日のプログラムは、次のようなものでした。J.デ・プレ:喜びたまえ、キリストのみ母なる乙女、G.P.ダ・パレストリーナ:教皇マルチェルスのミサ曲、G.アレグリ:ミゼレーレ、A.ペルト:彼は誰々の息子だった、A.ペルト:ヌンク・ディミッティス(主よ、今こそ御身のしもべを)、A.デ・トレンテス:ヌンク・ディミッティス(主よ、今こそ御身のしもべを)、G.P.ダ・パレストリーナ:ヌンク・ディミッティス(主よ、今こそ御身のしもべを)。前半は、「教皇マルチェルスのミサ曲」がメーン。聴きながら、ひょっとしたら、去年と同じプログラムではないかと思い始めましたが、ま、どっちでもいいこと。グロリアとクレドーの間で、まず1回目の拍手が入り、指揮者も、それに応えたものですから、ひょんなところで切れてしまいました。歌詞が聞き取れなかったものですから、どこでとは言うことができないのですが、もう1回、途中で拍手が入りました。また切れてしまいました。黄紺も、このミサ曲をきっちりと把握しているわけではないのですが、1回目の拍手のあとにクレドーが来たものですから、目をぱちくり。この曲、ずっと押し付けられるような鬱窟とした雰囲気で推移しますが、なんか、それが途切れました。ま、そないなことも起こるのでしょう。後半の冒頭のアレグリの曲が呼び物。びわこでも、特に印象的だったのです。いわゆる応誦というやつで、10人のメンバーが、舞台に5人、客席(3階左後方?)に4人、もう一人は客席3階右後方(?)に配置し、交互に歌うという形で進みます。まるで教会堂内で聴いている雰囲気を体験できたのですが、芸文センターの最上階化のサイドシートには、歌手が入り込めスペースがないため、階下のスペースを活用したのだと思うのですが、結果的に、びわこのような音の抜けに不十分なものが生まれてしまいました。致し方のないことかもしれないのですが、びわこを聴いているだけに、残念な気持ちになりました。続くA.ペルトは現代ものか。微妙な不協和音を的確にとる技量に、ただただ感服。そして、最後は、ふりだしに戻るかのように、ルネサンスもので締めてくれました。アンコールは2曲。内1曲はタリスの作品でした。



2015年 6月 13日(土)午後 8時 9分

 今日は真夏の一日。梅雨の合間に、気温が急上昇しました。そして、芝居を観る日でした。「下鴨車窓」の公演「漂流」が、「京都芸術センター」でありました。「下鴨車窓」の芝居は、これで、3〜4回目になると思います。ここまで、架空の村を設定して、そこで起こる土俗的な物語を展開するという独特の雰囲気を持つ芝居を観てきたのですが、今日の芝居は、ちょっと違いました。2本の物語が、同時並行して進み、最後に、その2本が交わるというものだったのですが、正直言ってよく分かりませんでした。1本は、経済的に苦しいなか芝居を書き続けている劇作家カップルの物語。もう一つが、どこからか誘拐され、国境近くの島に幽閉されているカップルの物語。前者の作家が書きかけている芝居が後者の物語かもしれないのですが、それは、不透明なまま進行します。後者のカップルの男は、漂着する瓶詰めされた手紙を集めています。この漂着してくるメッセージは、現代の言葉のやり取りと違い、未来に向けた願いや希望を認めたものであり、即座のレスを求め、また応じざるをえないような、現代のコミュニケーションとは、性質を異にするものとのメッセージが、座付作家さんが、パンフレットに書かれていましたが、言葉を通じて、現代を照射しようという試みが、この芝居のレゾン・デートルというわけなのでしょう。そのように考えると、国境を越えてきたかもしれない女が、最後に撃たれ、海中に身を投じたあと、まるで瓶詰めのメッセージのようにして、劇作家のもとに漂着するというのは、作劇という作業に、瓶詰めメッセージのような、未来に向けた創造性を期待するということなのでしょうか。今日は、劇場内に入った時点で暑気あたりのようになり、芝居が始まるとぐったりしてしまい、あまりしっかりとは台詞が頭に入っていない中での理解のため、的外れなことを書いてしまっているかもしれません。ようやく身体が冷えたからか、中ほどからは元気を回復。芝居が終わってからは、小1時間ほどのミニウォーキングをしてから、帰宅の徒に着きました。



2015年 6月 12日(金)午後 10時 52分

 今日は落語三昧の一日。昼間は繁昌亭昼席、夜は雀のおやどです。繁昌亭昼席は、今週、小鯛の繁昌亭大賞輝き賞受賞記念ウイークになっています。もちろんそれを目当てに行ったわけですが、その番組は、次のようなものでした。呂好「寄合酒」、笑助「八尾ゴリラ」、米紫「宗論」、小鯛・枝女太・梅団治・塩鯛・米紫「口上」、小鯛「刻うどん」、梅団治「禁酒関所」、(中入り)、内海英華「女放談」、枝女太「鹿政談」、文三「四人癖」、塩鯛「鯛」。今日は、各噺家さんの手慣れたネタが並びました。一番意外だったのが、なんと小鯛の「刻うどん」。「刻うどん」は、いろんな若手の噺家さんが手がけますが、小鯛のは聴いたことがなかったもので、このハレの高座に出されてびっくりだったのです。あっさり系のエッセンスだけを押さえたものでした。変わったものを聴いたというのが、笑助の高座。出身の八尾を素材にしたもの。天王寺動物園から逃げたゴリラは、実は、ゴリラと間違われて捕獲された八尾のおっさんだったという、ちょっとついていけない噺。八尾のローカルネタが入っているのが解るのですが、黄紺には理解できませんでした。東京が活動拠点の笑助は、東京でも、この噺をしているのでしょうか。定番ネタが続いた中で、客席を一番沸かせたのが、やはり米紫。ネタもネタですが、重かった客席を活性化する力を、やはり米紫は持っています。あと関心は、口上に、梅団治と枝女太が並んだこと。梅団治は、小鯛と中学校が同窓だそうです。これは初耳でした。枝女太は、小鯛のことを「よく知らない」と言っていましたが、ちらっと出たのは、塩鯛を含めた3人が同期、ないしは、それに、とっても近い関係のようです。
 繁昌亭を出ると扇町のネットカフェで、夜の部までの時間待ち。そして、環状線で鶴橋に移動。夜は、「雀のおやど」であった「弥太郎勉強会」へ行ってまいりました。弥太郎の会自体が久しぶりじゃないかな。弥太郎の人柄が、なかなかの集客力につながっているのか、わりかし入りがいいのが特徴です。その番組は、次のようなものでした。弥太郎「皿屋敷」、雀五郎「青菜」、弥太郎「桃太郎」、(中入り)、弥太郎「向こう付け」。前座を頼むのを忘れ、お手伝いもなしで、楽屋は、出演者2人と三味線のお師匠さん(豊田公美子さん)の3人という状態だったそうで、広々としている一方で、段取りに戸惑いながらの進行だったようで、弥太郎自身は、ネタ出しをしていたのは、前の2つだけ。「お楽しみ」にしていたのは、当初ネタ下ろしをするつもりだったようですが、ここでネタ下ろしをすると、これからの会で、ネタが枯渇するということで、持ちネタの中から「向こう付け」をチョイスしました。となると、「皿屋敷」は、ネタ下ろしではなかったということですね。初っぱなに持ってきたうえ、序盤は、上下も危うさが残るほどの緊張をしていたものですから、もう「皿屋敷」が、本日のネタ下ろしと思い込んでいました。「皿屋敷」は、そんなで、序盤は不安定さを見せましたが、中盤が、なかなかの好演。怖がりの男がいい感じに描けていたかなと思うからです。終盤は、幽霊の型を決めてもらわないと困ります。「桃太郎」は、父親と息子しか出てこないため、逆に特徴をクリアにし損なったってところです。ある意味では流れ過ぎたってことでしょうか。「向こう付け」は、毎回書くようにアブナイネタ。だから、常に引き気味に聴いてしまいます。一旦家に戻ってくるまでが、あまりにもアブナイ男。こいつを笑いの種にしたらダメやろという男。黄紺は、そこに何らの工夫がないと演じたらダメやろとすら思っています。そういった意味では、習った通りを吐き出したという口演だったものですから、黄紺的には×です。弥太郎の3席を聴いてみて、無理して3席をしなくても、一つ一つのネタを磨きあげることに集中して欲しいなと思いました。それに対して、雀五郎は好調そのもの。オーソドックスな型を維持しつつも、彼の気になるところなんでしょうね、マイナーチェンジを随所に盛り込んでいます。いつしかオンリーワンの「青菜」になってきています。落語に対する真摯な雀五郎の姿勢が、実を結びつつあります。



2015年 6月 12日(金)午前 0時 26分

 今日は、コベントガーデンからのライブ・ビューイングを観る日。朝からの梅雨空は、結局、午後からは雨になりました。京都での、このライブ・ビューイング、上映館がころころ変わり、危なくて仕方ありません。今日は、京都駅前のTジョイで観ることになりました。今日は、ネトレプコがミミを歌う「ラ・ボエーム」が出るということで、福井市在住の高校時代の友人も駆けつけました。今回のプロダクションは、DVD化されているアンジェラ・ゲオルギューがミミを歌っているものと同じジョン・コプリーの演出によるものなのですが、コベントガーデンでは41年続いた伝統を誇るもの。但し、この公演がラストランだそうで、それを記念してのライブ・ビューイングとなったようです。従って、「ボエーム」の定番となるオーソドックスな演出、装置、衣装と言えばいいでしょう。逆に、ネトレプコのように動ける歌手が、こうした落ち着いたオーソドックスな演出だと違和感があるほど。DVD化されているもので、つい2〜3年前に上演されたザルツブルクのプロダクションがありますが、動きは大きなものを求めてはいないのですが、時代設定が現代になっているものですから、このプロダクションでもミミを歌っているネトレプコは、ミニスカのいけいけっぽいお姉さんで出てくるだけで、ノリが違うように見えてしまったのを思い出していました。1幕と4幕の屋根裏部屋には、階段が付き、部屋が上下2段になっているのが特徴。演出のジョン・コプリーによると、ミミが鍵を探すのが、客席のどのアングルからでも見えるようにとの配慮だそうです。新しい発見は、この程度で、関心は自ずと歌手に。これは、友人とも言っていたのですが、さすがコベントガーデンっていうところなんでしょうね、粒の揃った精鋭を揃えました。ネトレプコ以外では、ロドルフォ(ジョセフ・カレヤ)が気に入りました。かなりの声量の持ち主であるばかりか、音程の高低に関係なく、声の艷に均質なものを感じました。友人は、ムゼッタ(ジェニファー・ロウリー)を誉めていました。黄紺は、もう一回り小さければ、大歓迎だったのですが。マルチェルロ(ルーカス・ミーチャム)は、欲を言えば、今少しの温もりが要るかなというところ。コレリーネ(マルコ・ヴィンコ)、ショナール(シモーネ・デル・サヴィオ)も水準をキープ。ということで、とにかく無難なプロダクション。初めて「ボエーム」を観ようする人には、格好のプロダクションとして推挙できるものでした。



2015年 6月 11日(木)午前 7時 54分

 昨日はがら空きの日だったのですが、一昨日になり、急に元同僚の見舞いに行くことになりました。腰の具合が悪かったので、よく覚えているのですが、5月2日に、一度行ったことのある道。昨日は、同じく元同僚と二人で行ってまいりました。そして、帰りは、福島驛界隈で会食。昨日は、それだけの一日。でなければ、珍しくショートトリップを考えていたのですが、また今度にとっておきます。



2015年 6月 9日(火)午後 11時 46分

 昨夜からの雨は、朝にはあがりましたが、一日中、また新たに降るのではと思わせるお天気。今日は落語を聴く日。「動楽亭」であった「生喬百席」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。生喬「提灯屋」、呂好「近日息子」、(中入り)、生喬「貝野村」。生喬は、マクラで学校公演の愚痴を一しきり。小学生相手の高座風景を聴いて、客席は大爆笑。そして、スケッチブックを取り出し、噺家の紋についての講釈。これは、生喬が「提灯屋」を口演するときの定番。それもそのはず、「提灯屋」は、新装開店の提灯屋が、町内の人たちにダジャレの紋でからかわれる噺なんですから。ゲスト枠の呂好は、「天狗裁き」を出すものと決めてかかっていたら違いました。より安全策を考えたのかもしれません。呂好にとっては、生喬の間で、落語をするのはきついでしょうからね。生喬のもう一つ「貝野村」が、今日の狙い。5代目松鶴の速記本を基にした口演だそうです。この噺の後半部は、「手水廻し」としてよく出るもの。黄紺も、フルヴァージョンで聴くのは数十年ぶりです。6代目で聴いたと思っているのですが、小南の口演だったかもしれません。とにかく、フルヴァージョンをするのは、この過去の名人上手と、現役の生喬、文我以外で、このネタ自体を持ちネタにしている人を知りません。前半は、貝野村から船場に奉公に来た女性と、その家の若旦那が祝言に至るまでの噺。一旦、貝野村に入り婿する若旦那が、貝野村で、朝、手水を求めるというところから、「手水廻し」となります。ですから、大坂と貝野村の文化のギャップを埋めるべく、貝野村から大坂に出向いて、大坂文化のリサーチに行くというのが、「手水廻し」の後半部となるわけです。生喬は、南天からのアドバイスを受け、新しい下げを作ったのですが、いわゆる蛇足ってやつで、あっさりと下げとなる現行のもので十分と看ました。先日来、生喬は、東京の小南治と仕事をしてきたとかで、小南治の師匠小南を讃える話を幾つかしていました。この「貝野村」を口演できるのは、小南が高座にかけていたからというのは、確かに生喬の言う通りです。「菜刀息子」「堀越村(後半部がお玉牛)」もそうだと言っていましたが、黄紺も、全く同感です。「菜刀息子」ってネタを教えられたのは、黄紺にとっても、小南のテレビ映像でしたしね。なんて、今日は、ちょっと昔のことを思い出さされました。



2015年 6月 9日(火)午前 6時 49分

 昨日は文楽劇場詰めの一日。午後は「公演記録鑑賞会」のあった日。昨日は「歌舞伎」で「鎌倉三代記〜絹川村閑居の場〜」が上演されました。「鎌倉三代記」は、歌舞伎では知られた演目とは知りつつも、実際に観るのは、初めての経験。そんなですから、全体の構図は解ってないのですが、敵役の大将に北条時政の名前が出てきていました。その時政の娘時姫の許嫁が源家の三浦之助義村。その三浦之助が、母長門を訪ねてくるところから始まります。その長門の面倒を看ているのが時姫なのですが、時姫は、時政から長門を殺すように命じられて来ている。そういった関係を疑っている三浦之助は、時姫には冷たい。だが、板挟みになった時姫が自害を選択するのを知った三浦之助が、初めて時姫の誠意を知り、時姫を受け入れ、今度は、逆に時政を討つことを求めるという凄まじい展開。その様子を知った間者が時政の下へ走ると、それまで水呑百姓の姿を借りていた佐々木高綱に討たれます。佐々木高綱に似ている百姓の命を買い取り、時政に高綱の首として油断を誘う作戦だったと明かされますが、もう何でもありの世界に入ってしまってました。歌舞伎や文楽を観ていると日常茶飯事のように起こることが、この芝居でも起こりました。もう頭がついていかなくなりました。この佐々木高綱(中村橋之助)が変身すると、やたら格好が良く、主役のはずの三浦之助(八十助/十代三津五郎)を、完全に喰ってました。平成7年、国立劇場の公演の記録でした。
 一旦、文楽劇場を出ると、夜まで千日前のネットカフェで時間待ち。夜は、文楽鑑賞教室「社会人のための文楽教室」がありました。この「社会人のための」は、昼間の学生さん相手の公演より、演目が一つ少ないものですから、今まで行ったことがなく、いつもは、土日に行き、学校からの団体さんを避けていたのですが、今年は、土日も、団体さんで埋まり、やむなく夜の「社会人のための」に移ったのでした。そのプログラムは、次のようなものでした。「解説 文楽入門」「曽根崎心中〜生玉社前の段、天満屋の段、天神森の段〜」。「曽根崎心中」を、さほど多く観たことがなかったもので、この公演に行ってみようとしたのですが、今年の「鑑賞教室」は、例年になく豪華な出演者が揃ったこともあり、かなりのお得感があったのです。お初徳兵衛が、昨日の公演では、お初が勘十郎で、徳兵衛が清十郎という組合せ、もう一つの組合せは、玉男と和生というのですから、当代の売りの顔合わせなのです。太夫さんは、「天満屋の段」は、千歳太夫さんが務めていました。「曽根崎心中」って、「天満屋の段」のシナリオができた段階で成功だったのだと、つくづく思いました。悪役九平次が客間に陣取り悪口雑言、それを縁側に座り聞くお初、縁の下で我慢を重ねる徳兵衛。この構図だけでもアイデア賞ものなのに、その構図の中で、お初徳兵衛が、心中の意思確認をするのですから、近松は、やはりただ者ではありません。しかし、九平次は性悪の悪党です。徳兵衛は、どうして長い付き合いのなか見抜けなかったのでしょうかね。最大の不思議です。「天神の森の段」で、二人の年齢が出ます。徳兵衛25歳、お初19歳でした。あたら若い命を取る原因を作った九平次の悪党ぶりが際立てば、また先ほどの不思議が芽生えてきます。会場は、ほぼ満員の盛況。やはり「曽根崎心中」効果があるのでしょうね。



2015年 6月 7日(日)午後 10時 18分

 今日は浪曲を聴く日。「一心寺門前浪曲寄席」に行ってまいりました。今日の番組は、次のようなものとなりました。春野冨美代(沢村さくら)「樽屋おせん」、京山幸太(一風亭初月)「会津小鉄の少年時代」、真山一郎(真山幸美)「日本の母」、松浦四郎若(虹友美)「赤穂開城」。春野百合子門下は、どうしてもネタがかぶってしまいます。「狂」の付くとしか言い表せない女が登場してくるので好きになれない「樽屋おせん」、そのアブナイ人物を、作りものではない生々しさで表現してくれました。それを観れただけで十分。今日は、幸太くんのところでダウン。ここ2日続けて、よく寝るわ、昼間から眠いわ病に捕らわれていたのが、ここで出たというところです。「日本の母」は、真山一郎のネタとしてインプットされてはいるのですが、記憶に残っていない。ひょっとしたら、居眠りをしていたときに出ていたのかもしれないのですが、今日は大丈夫でした。一人の女性の物語。息子を交通事故で亡くした女性が、その事故を犯した青年を許し、また青年も誠実に罪を悔いたことから、両者の間に親愛の情が芽生え、新たに親子関係を結んでいくというもの。こうした物語が、浪曲の素材になっていたのだという資料的価値を知る思いがしました。「赤穂開城」は、なかなかしっかりとしたネタで、今日のトリに相応しいものでした。内容は、講談でおなじみのもので、浅野内匠頭切腹後、切腹追腹を決意した大石内蔵助以下の赤穂藩士が、いざ切腹と集まった赤穂城での物語。二十歳に満たない矢頭右衛門七を、なんとか外そうとする大石に対し、必死の訴えで抵抗する右衛門七のやり取りがメーン。心底見えたりと、右衛門七も含めた藩士の面々に、「あの世に行くには殿に土産が要る」と、討ち入りの意志を明らかにする大石。四郎若師の手にかかると、緊迫感の連続です。聴き知ったネタで、それだけの緊迫感を味わわせてもらえるのは、やはり四郎若師の熟練の技以外の何ものでもないはずです。右衛門七の言い分に応じて、大石主税が大きな役割を果たすという、今まで講談では聴いたことのない流れになっていました。



2015年 6月 7日(日)午前 7時 49分

 昨日はオペラを観る日。兵庫県立芸術文化センターで、「全国共同制作プロジェクト」という形で公演が行われる「フィガロの結婚」を観てまいりました。チラシのキャッチコピーが「井上道義×野田秀樹」となっていました。井上道義はともかく、野田秀樹が演出をするというので、呆気なく飛びついてしまいました。副題には「庭師は見た」と、どこやらかパクってきたようなものが付いていたり、ケルビーノをカウンターテノールが歌うというのも、呼び物の一つ。舞台は、大きな平板が1枚。その上に、能楽で使う作り物のようなものが、3つだけ置かれているという簡素なもの。サイドは、簡易間仕切りが並んでいるだけで、その背後には照明機材が、顔を出していました。芝居では、よくある光景ですが、オペラでは珍しいですね。アントニオが狂言回しを務めるということで、「庭師は見た」の副題が付いたのでしょう。アントニオに人物紹介をさせたりするところでは、レシタティーヴォは省かれていました。場面の説明とか、復習の場面とか、台詞が多く求められるところっていうのが、省かれたところと言えばいいでしょうか。そのわけは理解はできるのですが、レシタティーヴォが減ってしまったことは、寂しさは残ります。時代設定は、黒船が来た後の長崎となっていました。長崎に黒船に乗り、伯爵夫妻がやってきたというもので、この設定の変更が、筋立てに影響することはなく、単に衣裳に影響を与えたこと、自然に歌舞伎や文楽を想起させる所作が入ってきた程度でした。舞台転換は、舞台上に置かれている作り物からの出入りが主なもので、その工夫が、野田秀樹らしさを出していました。またアントニオが、場面転換を図る指示を出すときは、手に持った2本の棒を叩くのがきっかけになるとしていましたが、これなども野田秀樹らしいところじゃないかな。流れ的には通常と変わるところはありませんでした。そうそう字幕は、舞台正面に映し出され、そのテキストにも、野田秀樹の手が入っていたようで、客席からは、何度も笑い声が上がっていました。歌詞は、日本人同士の場合は、台詞、レシタティーヴォ、歌唱ともに、ほぼ日本語が使われていました。伯爵夫妻が外国人歌手だったのですが、彼らとの歌唱やレシタティーヴォでも、日本語とイタリア語のちゃんぽんにしているところもありました。中には、シャレで、外国人歌手が日本語を使うなんて場面もありました。歌手では、スザンナを歌った小林沙羅が抜けてたのじゃないかな。一緒に行った元同僚は、その歌手の名前を知っていましたので、名実揃った歌手なのでしょう。伯爵のナターレ・デ・カロリスは、ところどころに押しの弱さが出る歌唱があり、伯爵夫人のテオドラ・ゲオルギューは、もう少し、声の美しさを追求して欲しいと思いました。フィガロは、日本語の歌唱とイタリア語の歌唱に開きを感じてしまいました。ケルビーノはカウンターテノールのマルテン・エンゲルチェズ。珍しいものを聴かせてもらえたのですが、動きが、少年ではなくおっさんでした。見慣れているせいか、ケルビーノは、やっぱメゾがいいってことを再確認した次第です。なお、オケは、井上道義指揮のこちらのホールのレジデンツ・オケの担当でした。



2015年 6月 5日(金)午後 11時 42分

 今日は、雨が降るとともに、異様に気温が下がりました。以前、これで風邪をひき、未だに咳がとれていないので、細心の注意を払っています。更に、腰痛が再発気味。このままで治まってくれればいいのですが、ひどくなるようでしたら、明日か明後日がピークとなるはずです。そうならないよう、今日は、大阪方面への移動は、間違いなく座れる各停を使いました。時間的に余裕がある分、こないなことができます。で、お出かけ先は、門真市のルミエールホール。ここの和室を使い、定期的に行われている「るみえーる亭」に行ってまいりました。2〜3年ぶりになるのではないでしょうか。ここは、この地域出身の噺家小春団治がブッキングを担当するとともに、毎回出演するという特徴を持つ会です。今日の番組は、次のようなものでした。染八「浮世床」、歌之助「青菜」、小春団治「職業病」、慎悟「深山隠れ」。染八は、前座としての定番ネタを出しました。最近、「浮世床」をする若手の噺家さんはいませんから、このネタを持っているだけで、前座に使ってもらえる確率が高いかもしれませんね。無筆の男が講釈の速記本を読むところだけで下りました。歌之助の「青菜」は、聴いてみて、以前にも聴いていることを思い出しました。植木屋さんが、柳陰や鯉のあらいが出てくるたびにガッツポーズをするという歌之助スペシャルを覚えていたのです。噺の流れは、極めてオーソドックス。オーソドックスなものを丁寧に聴かせるのが、歌之助らしいところですから、それで十分でしょう。小春団治の「職業病」が、久しぶりに聴けるというのが、今日の目玉の一つ。最近、ネタ出しをしていても、このネタは見かけなくなっていたので、久しぶりに聴いてみたくなったのです。葬儀屋さんからファミリーレストランに転職してくる男が、やはり傑出しています。ギャル言葉を喋る女と、マグドからやってきた女に、もう少し活躍の場を与えてあげて欲しいですね。慎悟の「深山隠れ」も、今日の目玉。「深山隠れ」は、露の一門の十八番のネタ。露の一門以外では、文我と、吉朝が持ちネタにしていたので、一門の噺家さんが幾人かが手がけられるだけというもの。そんなですから、露の一門で、しっかりと聴いておこうという魂胆だったのです。落語には、あまり出てこない田舎の森の中の噺。妖怪退治的な雰囲気のある噺で、そういった意味でも珍しい。また、それがため演じ手が少ないのかもしれません。今日の口演で気になったのは、ハメものが少なかったような気がしたのですが。このハメものが入り過ぎるということが、噺家さんに敬遠される理由の一つだと思っていたのですが。なんか、今日は、そういった意味でもやもやが残りました。慎悟の口演で、こないな大きな噺は、今まで聴いたことがなかったものですから、そういった意味でも、ちょっと記憶に残る落語会だったと思っています。



2015年 6月 5日(金)午前 0時 17分

 今日は、今週唯一の二部制。午後に落語会、夜はコンサートを楽しみます。落語会は動楽亭の昼席。この動楽亭昼席は、基本は、米朝一門だけのところから1回、それ以外の一門を含んだところから1回、月に行くことにしてます。あくまでも基本であり、顔ぶれにより、それは変わってくるでしょう。今日は、米朝一門だけの日でした。その番組は、次のようなものでした。そうば「鉄砲勇助」、雀五郎「野崎詣り」、米紫「厩火事」、南天「夢八」、(中入り)、宗助「一文笛」、塩鯛「妻の旅行」。昨夜は、最近では珍しく不規則な睡眠となったためか、居眠りがちになってしまいました。雀五郎と米紫のところが、そのため跳んでしまっていますが、幸い座椅子ではなかったので、まだ浅くて済んだと思っています。そうばの「鉄砲勇助」は、木曾山中だけでしたので、マクラも入れて13分ほどの高座。中トリの南天は、ラッキーなことに「夢八」を出してくれました。夢体験を語るときに、南天オリジナルが炸裂します。山羊が、向こうから突進してくる噺には、毎回、大爆笑です。宗助は、この位置では「禍は下」を聴いたところだったので、「一文笛」を予想したところ、バッチリ当たりました。宗助の描く兄貴って、もうちょっと貫禄があったと思っていたのですが、今日は、主役のスリとさほど違わない位で描かれていたように看えました。トリの塩鯛が、意外なネタを出してくれました。三枝作品の佳作「妻の旅行」を出してくれたのです。三枝作品を手がけ出した頃、立て続けに「鯛」「宿題」「読書の時間」を発表したあと、鳴りを潜めていた三枝作品を、再び手がけたのです。マクラで、自身が還暦を迎えた話をした塩鯛は、その歳まで待っていたのでしょうか。となれば、この年齢に応じた作品が、三枝作品にはたくさんあるので、中からピックアップしていくつもりなんでしょうか。だったら、「友よ」という大ネタ、やって欲しいですね。意外なネタでの幕切れの昼席、今日は、結構な入りにびっくりでもありました。
 動楽亭を出ると、京都への大移動。いつものように、河原町三条近くのネットカフェで時間調整をしてから、カフェモンタージュに移動。今夜は「フレンチ・コネクション」と題し、若林かをりさんのフルート・ソロのコンサート(pf.若林千春)がありました。フランス現代曲が演奏されたため、表記の題が付けられたものと思われますが、その曲目は、次のようなものでした。「フラー プレスト」「ブーレーズ 主なき槌からの2つの抄」「細川俊夫 ブーレーズのための俳句」「ファーニホウ 4つのミニチュアズ」「フランセ ディヴェルティメント」「ブーレーズ ソナチネ」。オーナー氏によると、このコンサート立案の契機は、最後に演奏されたブーレーズの「ソナチネ」を、何度も演奏されていることを知り、ならば演奏していただこうというのが発端で、プログラムのリクエストは、そのブーレーズの曲とフランセの曲で、前半に演奏された曲目は、若林さんのレパートリーの中から調整をされたとか。前衛的な曲が並ぶ中で異彩を放ったのが、そのフランセの曲。メーンのブーレーズの「ソナチネ」とほぼ同年代に作られた曲を並べることで、ブーレーズ作品を際立たせようという試みだったようです。前半4曲の内、細川作品だけがピアノ独奏の曲。ブーレーズの75歳記念に書かれたということで入れられたようですが、これを除く3曲の中で、最も前衛的と感じたのは、冒頭のフラーの曲。何をもって前衛的と感じるのかを考えてみたのですが、一つは、楽器から出てくる音に様々なものがあるということ。フルートに息を吹き込むだけのところへ、高低差をつけたり、正当な音の出し方でない方法での音の出し方を求めたりと、それらを楽しむことで、聴いたこともない音楽が生み出されていきます。そういった意味では、吸口への息の当て方で、様々な音を出すことができますからね。も一つは、出てくる音にばかり気がいくものですが、音の出ていない間を楽しむというのに気がつきました。それに思いついたとき、能楽のお囃子に思いが至りました。間の取り方により高まる緊張感、それを考えると、何と引き寄せられる音楽なのでしょうか。このフラーを冒頭に置かれたものですから、あとから続く曲が、スムーズに体に入ってきました。メーンのブーレーズの「ソナチネ」などは、最早アバンギャルドな印象は吹っ飛んでしまってましたから、不思議なものです。行こうか止めようか迷った挙げ句、今日のコンサートに行ったのですが、間違いなく行って大正解。最近、現代美術好きになってしまってる黄紺ですが、現代音楽に関して、ちょっとターニング・ポイントになるかなという空気を感じ出したコンサートになるかもしれません。



2015年 6月 4日(木)午前 1時 33分

 前夜から、かなりの雨。おかげで、昨日は、気温が少し低め。お出かけの目安は12時過ぎ。昨日は芝居を観る日でした。平日の昼間に芝居を観ることができるというので、この時間帯に入れてみました。応天院であった南河内万歳一座の公演「楽園」に行ってまいりました。舞台は、「最後の楽園」という居酒屋。そこに、一人のサラリーマンが迷い込んで来ることから、物語が始まります。ここは、安い品物が揃う楽園だという、その店に集まる人たち。そこに、パチンコで手に入れた品を持って、一人の女が入ってきます。その女にとっては、日々のパチンコが、楽園に至る戦争という言い方がされます。争いのない戦いの例示がされます。そこに、痴漢行為で刑務所から出てきたばかりの男と、その被害者の女性が現れ、二人のバトルが始まります。男にとっては、自由を束縛されていたところから出てきた楽園の地が戦争にと移っていきます。楽園なるものは、人により違うだろうし、価値観が正反対になってしまうということの例示なのでしょうか。居酒屋に集まってきている人たちには、次第に共通の話題があることが判ってきます。そのあたりのバラシの場面で、不覚にもうとうととしまったため、はっきりとは言えないのですが、同じ事故車両に乗り合わせた人たちで、来ないはずの人たちを、事故のあったと同じ日に、居酒屋に集まり待っているようなのです。ただ、そのときの台詞のやり取りが吹っ飛んでいるものですから、このエピソードと、キーワードの楽園とが、どのような繋がりが出てくるのかが判らすじまいなのです。自分にとって楽園と思えた日があったとしても、また明くる日からは、新しい日常が展開をしていきます。忘れられないあの日に留まる人たちの例示なのでしょうか。それが、居酒屋に集う人たちなのでしょうか。結論的に出てきた言葉は、日々を生きるしかないというもの。戦争なんて大層な言い方をされていたものって、一般化するとどのように言えばいいのか、かなり困惑。楽園から一歩離れると、人はいつも争っているという言い方がされていました。争うわけではない戦争って、自分との戦いということなのでしょうか。他者を蹴落として、吾が上にのしあがる的な戦いではなく、自分の要望とか欲望との乖離とか、自己イメージとのずれなんかを想定すればいいのでしょうか。そういった戦いなら、日々、誰しもがしてそう。そのあたりのイメージで、この芝居が書かれたのだろうか。そうならば、結論的に出てきた言葉は、至極当然のようなもの。その当然のような結論に至るプロセスを見せよう、楽しませようというものなんでしょうか。黄紺には、全く自信のないところです。
 帰りは、雨も大丈夫そうだったので、京橋まで歩いてみました。途中、買い物をしたこともあり、京橋駅に着くと、1時間を10分ほどオーバーしてました。



2015年 6月 2日(火)午後 11時 31分

 今日は、講談を聴く日。先週は、3回も講談会に行きましたが、今週は、今日の1回だけ。今日行ったのは、場所を「千日亭」に移して2回目となる「トリイ講談席」です。今日のテーマは「難波戦記」。講釈師さんのキャリアとは関係なく、ネタの時系列で番組が組まれましたが、次のようなものでした。南海「片桐且元の弧忠」、左南陵「二条城の清正」、南華「青木民部と千姫」、(中入り)、南湖「平野の地雷火」、南海「本多出雲守忠朝の最期」。「片桐且元」は、冬の陣以前の話。秀吉の遺言で、秀頼が15歳になると、天下を豊臣に戻すことを約束した家康が、その約束を反古にする雰囲気。そこで、その仲介に当たるのが片桐且元。のちに、大坂方から、家康寄りと看られ、豊臣から片桐且元は離れますが、今日は、そこまでは行かず、交渉の話まででした。その後、家康が秀頼と二条城で会見をするのが、左南陵師のネタなのですが、期待の一番になると居眠りをしてしまう悪い癖が出てしまいました。どうやら毒を盛る話が出なかったようです。南華さんから、夏の陣に入りました。南華さん、南湖さんと、ともにご自分の会で出されたときに聴いているのですが、そういったところでは居眠りをしないんですね、これが。「青木民部」は、秀頼の妻として大坂城にいる家康の孫千姫救出に関わる幸村の策略を描いたもの。「平野」は、「難波戦記」の一番らしいところ。家康が、後藤又兵衛に殺されるという場面が、後半に用意されています。前半では、用を足している家康が、地雷の爆発で驚き、糞まみれになりながら逃げ惑う話です。ですから、これ以後、家康が出てくると、それは、全て替え玉となります。その替え玉に、誰がなったかというエピソードは、「本多出雲守」の序盤に出てきました。天海坊という老僧が務めたとなるのですが、それが明智光秀だというわけで、かなりハチャメチャになっていきますが、家康が、堺で殺されたとすると、それに合わせた話が、どんどんと加わっていきますから、ハチャメチャ度が、徐々に高まっていきます。「忠朝の最期」とは、幸村との一騎討ちで亡くなるということなのですが、その一騎討ち、やけに幸村が弱い。庚申堂付近で対峙したのですが、そこから一心寺界隈まで逃げていきます。一心寺の向かいには、安居の天神さんがあるので、替え玉と入れ替わり、その替え玉が自刃したりするのかと思っていたら、一発逆転、幸村が忠朝を討ち取ります。そして、穴山小助に時間稼ぎをさせた幸村は、抜け穴を通り、大坂城に戻り、ここから薩摩落ちへとなっていくそうです。薩摩落ちの話は、先日も、南湖さんがやられたところですが、この部分は省かれていました。南海さんも、この薩摩落ちに繋がる部分を読まれたときでも、今日、読まれたところを触れられてなかったのじゃないかな。しっかりと覚えているわけではないので、自信は、全くありませんが。



2015年 6月 1日(月)午後 8時 59分

 6月に入りました。働いていた頃は、一番嫌な季節でした。気温の上昇が激しく、なかなか身体がついていきません。咳も、相変わらずで、じっくりと時間をかけねばなりません。今日は、繁昌亭の昼席に行く日。6月は、繁昌亭大賞絡みの記念の会が続きますので、わりと頻繁に、昼席に行くことになっています。逆に、夜席に魅力的な会が少なく、うまくバランスをとっています。今週は、花丸が、繁昌亭大賞をもらったばかりか「」ももらったというW受賞の記念の会となりました。その番組は、次のようなものでした。染吉「子ほめ」、染太「動物園」、三風「めざせ、ちょっと岳よ」、豊来家一輝「太神楽」、銀瓶「鉄砲勇助」、雀三郎「素人浄瑠璃」、(中入り)、花丸・雀三郎・あやめ・染丸・「口上」、あやめ「妙齢女子の微妙なところ」、由瓶「うなぎ屋」、花丸「幸助餅」。染吉と染太は花丸の弟弟子というところからの出番。ともに、前座ネタで無難に。三風は、口上の司会役を兼ねての出番。「ちょっと岳よ」は、三風の最近の佳作。大阪のおばちゃんが、山登りのアドバイザーに大学の山岳部に依頼するという着想が、成功のポイント。大学生が、おばちゃんたちの餌食にされます。三風と花丸との繋がりは、できちゃった組とラクゴリラ組の関係を考えると納得なんですが、次の銀瓶との関係が、黄紺には意外に移りました。ざこばに遊ばれた話をしてから、そのざこばからもらった噺をということで、「鉄砲勇助」に入りましたが、銀瓶の「鉄砲勇助」って、昔に聴いたきりじゃなかったかな。山賊と木曾の山中の噺で切りました。雀三郎が、定番のマクラから、普通に「寝床」に入っていったので、黄紺の頭は混乱。中トリで、このペースですると、時間オーバーで大丈夫かと思いながら聴いていました。結局、旦さんが機嫌を直したところで切りましたが、雀三郎がたっぷりめにやってた理由が、あとの口上で判りました。あやめが、口上に要る袴を持ってくるのを忘れ、家まで取りに戻っていたからだそうです。あやめは、宝塚つながりで、口上に並びました。1週間の出番が入ってます。休むときの代演は春雨です。こちらも宝塚つながりですね。あやめのネタは、最近の鉄板ネタです。由瓶が、トリ前の色変わりの役を、この1週間、フルで務めますが、花丸と由瓶のつながりは、黄紺には判りません。銀瓶、由瓶と、鶴瓶門下の二人が出ているというのが新鮮です。この記念の会は、主役の花丸の意思を受けて、番組が組まれているはずですから、人のつながりが気になってしまうのです。花丸は、冒頭の月曜日に、大ネタの「幸助餅」を持ってきました。ひょっとしたら、そうかもと思っていたのですが、見台を出さなかったので、ほぼ確信しました。「幸助餅」というネタが好きじゃない黄紺は、この段階で、5%くらいは「天神山」を期待したのですが、芸人がどうのこうのと、花丸が言い出した時点で万事休すでした。幸助って男が、あまりにあかんたれなので、聴くに耐えない噺だと思っているのです。ここまでのダメ人間って、病的とすら思えてしまい、噺の素材にするのは如何なものかと思ってしまうのです。そないな考えからか、拒否反応が出てしまい、途中から居眠りに入ってしまいました。



2015年 5月 31日(日)午後 10時 22分

 昨夜から今日にかけて雨の予報。それを受けて動いていたのですが、結局、夜半にちょっと降っただけ。気温も下がらず、今日も、真夏の気温が続いています。徐々に、夜の気温の下がり方が鈍くなっているのが判りますから、それが嫌ですね。今日は、結局、ペ・ドゥナ主演の韓国映画「私の少女」を観ることにしました。京橋界隈で、45分ほどのミニミニウォーキングをしてから、「シネリーヴル梅田」に向かいました。ちょうど同じ映画館で「国際市場」が上映されていましたが、おもしろさは、その比ではありません。やはり、ペ・ドゥナが選ぶだけある映画です。海岸地帯の漁村、かなり田舎の漁村が舞台です。そこに、左遷されてきて、警察所長に、ペ・ドゥナが赴任するところから、映画は始まります。左遷ということは、すぐに明らかになるのですが、その理由は、半ば辺りまで伏せられていますが、理由は、同性愛行為から問題を起こしたとだけ出ます。具体的には、どのような問題かは、物語には不用だとばかりに、触れられることはないのですが、途中、かつての愛人が訪ねてくる場面での会話から考えると、別れ話のこじれから、悶着が発生した模様ですが、韓国での同性愛の認知度とか、社会的なリアクションを想像できるに足る情報は、残念ながら盛り込まれていませんでした。赴任早々に、トヒという女の子に出会います。学校ではいじめられ、家庭では、祖母と父親の日常的な暴力に晒されていると看られる11〜12歳の女の子です。祖母の事故死(?)のあと、父親との二人暮らしになると、一層、暴力に晒されてしまうということで、トヒがペ・ドゥナの自宅に助けを求めてきたことをきっかけに、トヒを自宅に避難させます。それが続いている辺りで、かつての愛人が訪ねてきて、左遷の理由が判明するとともに、二人の仲のあやしい雰囲気のところを、トヒの父親に見られてしまい、後半の展開の仕込みが揃います。過疎が進む漁村において、トヒの父親は、貴重な若い労働者。だが、一方で、酒が入ると何をするか判らない男。若い働き手がいないため、外国からの不法滞在者を働かせている水産会社で働くトヒの父親が、外国人労働者に対する暴力事件を起こしたことから、ペ・ドゥナは、トヒの父親を逮捕するとともに、不法滞在の摘発に動いたところ、その父親が、ペ・ドゥナを少女監禁、そして不当な性愛行為に及んだとして告発し、ペ・ドゥナ自身が逮捕されてしまいます。その取調官の言説などに、恐らく欧米などでは敬遠されるようなものは感じました。同性愛者と予断の基での言説が散見できたからです。ここからの展開に意外性を持たしているのが、この映画のポイントじゃないかな。トヒという女の子に、常に含みを持たせた描き方をしてきておいて、ここで開花させようというところが、この映画の見せどころとなっています。トヒのアクションでペ・ドゥナは釈放され、そして父親が、新たに逮捕されます。一人になったトヒ、ペ・ドゥナは、この漁村から去ることになります。結末は、そうなるのかなと思いつつも、ペ・ドゥナの心理が解らなくなってしまうのですが、いや曖昧なほど人間らしいから、その方がいいのかなと思ってみたりで、なかなかペ・ドゥナ演じる女の心の闇が見えたような気もしました。ロケは、どこでされたのか、ずっと気にしながら見ていたところ、警察車両に「麗水(ヨス)」の文字を見つけました。便宜上入れたのかもしれませんが、唯一の手がかりでした。黄紺は、東海岸中部辺りかなと、それまでは観ていたのですが。ペ・ドゥナの好きな方は必見、でない方も、チャラチャラした韓国映画を観ている場合ではありませんよ、こないにいい作品が来ているのですから。



2015年 5月 30日(土)午後 11時 16分

 今日も、真夏の気温。予想最高気温が30度と出ていました。黄紺は、先日2日ほど続いた寒い夜のとき風邪をひき、そのときから咳が止まりません。いよいよ咳喘息ってやつかなと思っていますが、以前咳止めを飲んで、その副作用に悩まされたことがあるので、怖くて飲めません。じっと耐えるしかありません。で、今日は、浪曲と講談の日。まず、午後は、文楽劇場であった「浪曲錬成会」に行ってまいりました。毎年行われている若手の浪曲師さんだけの出る会です。ネタ替えをしての2回公演なのですが、ネタの絶対数が少ない浪曲界なものですから、黄紺は1つだけ行くに留めています。12時開演の公演の番組は、次のようなものでした。京山幸太(一風亭初月)「夕立勘五郎眉間割り」、浪花亭友歌(沢村さくら)「ねぎぼうずのあさたろう」、真山隼人(真山幸美)「浅茅ヶ原」、天中軒涼月(沢村さくら)「発明王豊田佐吉」。今日の出演者の内男二人の演者さんは、ともにネタ下ろしだそうです。京山幸太は、去年のこの会でデビューを飾った現役の大学生。ロビーでお会いしたディープな演芸ファン氏によると、昨年のこの会は、そのため報道陣で大変だったとか。「夕立勘五郎」は、京山幸太にとっては、初めての侠客ものだそうです。ただ、このネタ、前後があるのでしょうね、多くの人の前で、散々恥をかかされるが我慢をする勘五郎、恥をかかす方も、義理にかられて無理筋と解った上でやっている。この辺の背景が、判ってんだろうというノリで、さっと通り過ぎるものだから、解ってない黄紺には、さっぱり解らない。これって、浪曲で、よく起こることです。クライマックスだけのええとこ取りで、森が見えて来ないってやつです。「ねぎぼうず」は、野菜ばかりの登場という童話浪曲。これに当たると、居眠りばかりの黄紺、今日も、半ばでダウンです。「浅茅ヶ原」は、「雨月物語」から採ったもの。都に行った夫を待つ妻、だけど、不測の事態が起こり、7年もの間、夫は帰って来れなかったが、ようやく帰って来た夫を、妻は迎えたように思えたが、それは、妻の幽霊だったという上田秋成らしい作品。真山隼人の口演は、いつになく力が入っていたというか、力が入り過ぎていたのは、ネタ下ろしのせいでしょうか? 「豊田佐吉」も、当たると居眠りしていたネタで、フルでしっかりと聴けたのは、今日が初めて。豊田織機の大元となる自動織機発明の背景が物語となっています。芦川淳平作品だそうです。
 文楽劇場を出ると、いつもの千日前のネットカフェで時間調整。そして、夜は、すぐ近くにある千日亭であった「なんせいの不可能を可能にするのが講談だ!」へ。南青くんの会は、廻り合わせが悪く、久しぶりとなってしまいました。この講談会を入れて、今週は、講談会に行くのが、これで3回目という講談ウイークとなりました。この会の番組は、次のようなものでした。南斗「奈須の余市」、南青「荒大名の茶の湯」、(中入り)、南青「近大マグロ物語」。南青くんの「荒茶」は初めてじゃないかな。7人の荒大名全てに、濃厚なキャラを作らず、ピックアップ・メンバーを濃厚にしていくという常套手段を採りました。常套手段と書いてしまったのですが、それは容易い話ではありません。選ばれたのは、ミスの発端を受け持つ加藤清正と、しんがりの福島正則。落語家さんが落語としてもやりたがるネタなものですから、チャリ系のネタでもあるので、やりすぎは禁物なはず。南青くんの口演は、ちょっと禁断のゾーンに入ってるかもしれません。「マグロ」が、今日のセールスポイント。受付をしていた南斗くんが、今日の会が新聞に載ったとか言ってましたが、この「マグロ」ネタ柄みでしょう。近大出身の南青くんからすれば、やりたい、いややらねばならないネタでしょう。おかげで、講談会では、ありえないほどの大入り。南青作のこのネタですが、完全養殖に至る物語かと考えていたのですが、むしろもっと広く、開発に関わった研究者氏の一代記的色彩の仕上がりとなっていました。黄紺の予想とはずれていたため、ちょっと肩透かしを受けたという印象。完全養殖に至る過程で、幾重にも起こった障害については、テレビなどでも、ドキュメンタリーとして伝えられているので、そこに踏み込んで欲しかったですね。口演の中では、項目だて的には触れられたので、きっちり把握しながらカットしたなと思えたものですから、余計に残念な気持ちになりました。前座役は南斗くん。「扇の的」を出したということは、楽屋内でも、「マグロ」狙いの客を想定していたことになりますね。ま、それで正解なんでしょうが、生寿が、宝塚落語会で、「普通の落語会にも来て下さいよ〜」と叫んでいたのとシンクロしちゃいました。



2015年 5月 30日(土)午前 0時 0分

 今日の午前中は曇り空。おかげで、真夏の陽射しからは守られていると思っていたら、午後になって裏切られてしまいました。でも、週末にかけて下り坂のようで、サッカー観戦は取り止めるつもり。今日はコンサートの日でしたが、昼間に一つ付け加えました。大阪市立美術館での特別展「肉筆浮世絵−美の競艶 〜浮世絵師が描いた江戸美人100選〜」のチケットを買ってあったものですから、腰の具合もいいことなので、こちらを観てから、夜のコンサートに行くことにしました。「肉筆」とは版画ではないということを指すのでしょう。でも、肉筆浮世絵の作者は、また版画の世界で著名な作者でもあると同時に、こちら方の作品は1回限りの作品ということを意味する作品群ということになります。今回の展示品は、そういった肉筆ものを重点的に収集したシカゴ・ウエストン・コレクションからの展示でした。昨年だったかに、大阪歴史博物館で、上方の浮世絵を展示する特別展がありましたが、この特別展でも、スタートは、その上方ものからでした。上方で展開した浮世絵が、江戸で開花・発展し、また、それが、停滞していた上方の浮世絵に刺激を与えたというコンセプトでの展示の配列になっていたと思いますが、今回の展示は、とにもかくにも美人画中心のもので、浮世絵発展の推進力の一つとなった役者絵はゼロというわけではありませんでしたが、全くの脇役でしかありませんでした。美人画の中でも、その中心は遊女もの。版画などは、正にブロマイドとして流布していった時代ですから、こういった肉筆の美人画なんてものは、オンリーワンを欲しがる贅沢品だったことが想像されます。その有名作者が並んだのが、後半の幕末編。初代&2代の歌川豊国、同国貞、葛飾北斎といった作者ものが並びました。風俗画って、おもしろいですね。吉原の茶屋の店先から、内の部屋で、娼伎と対峙する客の姿から、同じ娼婦ものでしたら、夜鷹の立ち姿まであり、中には、娼婦が舟に乗っている絵があり、客を舟に連れ込んで、お仕事をするというパターンがあったことが伺えたり、祝儀ものの門付け芸のいろいろが描かれている風俗画なんてものがあり、変化に富んでいて、実に楽しい。おちゃらけものでは、七福神が門付け芸をしていたり、果ては、吉原で遊んでるなんてものさえありました。こないなものを、数多く見ていて、頭をかすめたのは、こういった浮世絵師ってのは、さぞや多くの絵画的に優れた表現力を用いて、多くの春画を残してるんだろうなということ。こういった風俗画の延長線には、それしかないだろうと思うと同時に、こういった展示はできないだろうけどと思ってしまいました。
 美術館を出ると、天王寺のネットカフェで休憩がてら時間調整。そして、環状線で福島駅まで移動して、シンフォニー・ホールに向かいました。今夜は、こちらで、大阪交響楽団の定期演奏会がありました。だいたいオケの定期演奏会に行く基準というのが、黄紺にはあるのですが、マーラーやブルックナーという作曲家の作品が出たり、合唱の入る大曲が出たりするときに、コンサート会場に足が向くことが多いのですが、洒落たプログラムなんてのも、その基準の一つにしています。実は、今日のプログラムが、これだったのです。ドボルザークの全交響詩を演奏しようとの試みだったのです。全部で5曲あるのですが、唐突に尋ねられたら、一つも言えないでしょう。5つの名前が並んでるのを見て、そう言えば「野鳩」という曲を思い出す程度だと思います。このプログラムが、なんと「マーラー周辺の作曲家シリーズ」の一角を占めているのですが、確かに年代的には間違ってないことくらいは、すぐに判るのですが、だからといって、マーラーとドボルザークを一緒に並べることには、頭がついていかないのです。ところが、最後の「英雄の歌」の初演は、マーラーが指揮しているのです。しかも、題名に含まれている「英雄」というのは、ブラームスを指すというのです。そして、この曲が初演されたのが、ブラームス追悼演奏会だったというのですから驚きです。プレトークで、指揮者の寺岡清高さんが言われてましたが、これらの曲の中には、マーラーやワーグナーを思わせられる音楽作りも見いだせるというのです。確かに「野鳩」の中には、らしきメロディ・ラインを確認することができました。これらの作品は、大きな数字で、作品番号が続いています。ドボルザーク晩年に、相次いで書いた作品群となりますが、彼も、時代の流れに、どっぷりとつかり音楽を書いていたことが、よ〜く判りました。交響詩ですから、物語を持っています。「水の魔物」から「金の紡ぎ車」までの前半3曲は、とっても陰惨な物語です。ドボルザークの精神構造を覗きたくなるほどのものです。この時点で、演奏会のプログラム入りから外されるのではないかな? 「野鳩」は、人の救いの問題です。なんか、これも、ワーグナーなんかに近しいものを看てしまいます。5曲聴いてみて、後ろの2つは、何ら講釈なしで聴いた場合、短いシンフォニーと思うのじゃないかな。古典的なシンフォニーの起承転結があるのです。前半の3つは、それに対して、物語に沿ったメロドラマってところでした。あとの2曲は、メロドラマが無くなったわけではないので、念のために書き足しておきます。なお、今日演奏されたドボルザークの交響詩全5曲というのは、次の通りです。順序は作曲順且つ演奏順です。「水の魔物」「真昼の魔女」「金の紡ぎ車」「野鳩」「英雄の歌」。



2015年 5月 29日(金)午前 0時 1分

 今日は、講談を聴く日にしました。京都での落語会にするか迷ったのですが、講談会の案内ハガキが、南舟くんから届き、そこに書かれていた番組を見て、行くことに決めました。講談の抜き読みとなると、なかなかネタが限られているため、聴くキャリアができてくると、ネタにより、会を選り分けないと、同じネタばかりを聴くハメになってしまうのです。ということで、今夜は、動楽亭であった「上方講談を聞く会」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。南舟「わらしべ長者」、南湖「八百八狸」、南海「木村重成の初陣」、南左衛門「賤ヶ岳合戦」。「わらしべ長者」は2度目になるかな。旭堂では、他に持ちネタにされている方を知りませんから、東京でもらわれたネタかもしれません。機会があれば、南舟くんに確かめることにしましょう。「八百八狸」は、南湖さんが、ご自分の会で、次回から続き読みを予定されているネタ。今日は、狸は、サービスとして、最後にちょろっと出されましたが、主人公の来歴に関した読みものでしたから、この読みものの発端に当たるところでしょう。主人公が異類との接触を持つ下りが読まれたということは、それより不可思議な能力を持つようになったということなのでしょう。「木村重成の初陣」は、いろんな講釈師さんが読まれますが、南海さんほど、陣形や、各陣営を守備する武者を詳細に読まれる方はおられないでしょう。時期的には、冬の陣で、鴫野今福の合戦が始まろうかという頃合いになります。鴫野の合戦に、木村重成が出陣し、その応援に、後藤又兵衛が入ると、木村重成は今福に回るというところで切られました。南海さんの口演は45分に及びました。「賤ヶ岳合戦」は、南左衛門さんの持ちネタでは、あまり遭遇機会に恵まれず、聴ける機会を求めていたもの。もちろん「太閤記」からの抜き読みで、秀吉と柴田勝家との合戦に関するものです。合戦そのものを描くというものではなく、賤ヶ岳と岐阜攻めの股裂き状態のうえ、賤ヶ岳で柴田側の有利が伝えられたときに、如何に有効に、秀吉が、岐阜から兵を迅速に動かし賤ヶ岳合戦に間に合わせたか、また非戦闘員を巧みに活用して、勝利に繋げたかが読まれました。同じ合戦ものでも、南海さんのが正攻法の読み方とすれば、この南左衛門さんの口演は、秀吉のキャラ作りも含めて、ちょっとチャリっぽい雰囲気。ですから、番組としては、いいバランスが取れはしたのですが、だったら、トリは南海さんの方ですね。今日は、南湖さんが降りられたところで、開演後、まだ33分しか経っていなかったのですが、南左衛門さんも、ちょうど30分の高座でしたから、程よい終演時間となりました。



2015年 5月 27日(水)午後 11時 16分

 真夏のようなお天気が続きます。今日は落語を聴く日。大阪への出がけに古川橋駅で降りて、ルミエール・ホールへ。6月のるみえーる亭の前売りチケットを買うためです。降りたついでに、門真市内から守口市にかけてミニウォーキング。腰の具合は、ドイツに行く前から続いていた不調が一段落。替わりに左脚の突っ張る感じや左膝の痛みに悩まされているため、具合の悪い箇所を睨みながらのウォーキングとなります。最終地点とした守口市駅まで52分のミニウォーキングとなりました。そして、休憩がてら時間調整のために、今日は、京橋のネットカフェを利用。夜は、天満橋の常磐漢方薬局であった「客寄席熊猫」という落語会に行ってまいりました。桂雀喜が、定期的に開いている新作をかける落語会です。その番組は、次のようなものでした。雀喜「死神博士の苦悩」、団朝「座長の涙」、雀喜「落語クエスト」。今日は、マニアックな噺が2つ並びました。「死神博士」は仮面ライダーもの。既に仮面ライダーのパロデイ作品を2つ作っている雀喜ですが、今日の案内のチラシには、その雀喜作品のスピンオフものと書かれていて、その意味が判らなかったのですが、実際に聴いてみて判りました。ショッカー側からの作品だということで、通常の仮面ライダーものと違った進み方をする作品となっていました。死神博士が、作り出す怪獣が役立たずばかりの変なものばかりという進行でしたが、ひょっとしたら、その中にパロデイ的要素が盛り込まれていたのかもしれないのですが、黄紺には、全く縁のない世界なものですから、さっぱり解りませんでした。「落語クエスト」は、「ドラゴンクエスト」を文字ったもの。ロールプレーイング・ゲームを落語でしようという試みです。ゲームのコンセプトは、「目指せ、人間国宝、落語家人生」。一人の男が、そのようなゲーム・ソフトを買い、それを、ひたすらやり続けるという噺。画面に現れるメッセージを読み、それに指示を与えることの繰返しで推移するものですから、徐々に、これを落語ですることに違和感が高まっていきました。今日の2つは、ともになかなかこちらの頭がついていかない作品が並んでしまいました。ぶっ飛んだ作品なのか、駄作なのか、それとも、そないな表現では言い尽くせない作品なのかは、よく判りません。ありきたりの日常の風景を切り取る小さな作品よりはいいなとは思うのですが。



2015年 5月 27日(水)午前 5時 8分

 昨日は、もう真夏。でも家の中にいると、ありがたいことに、その影響を、ほぼ受けてないのですが、これが逆転するときが、早晩来るのですが、今年は、その対策を考えようとして、なかなかその準備が進んでないのが現状。さて熱中症に耐えられるか、この夏の見ものです。昨日は、講談の日。毎月行われている「旭堂南海の何回続く会?」です。会場は、谷六の薬業年金会館。昨日、読まれたのは「増補・難波戦記(五)『塙團右衛門』〜樫井川の激戦〜」。塙團右衛門のキャラを、とってもクリアに描かれ、そのキャラで、最後まで貫き通すという男に、南海さんは描いていかれました。目立ちたがり屋で、常に戦場で一番に名を上げなければ気が済まない男、それが塙團右衛門でした。塙團右衛門は、信長から秀吉、秀吉から加藤孫六へと下されていった男。だが、関ヶ原の合戦で、なし崩しの開戦になった原因を作ったのが塙團右衛門。それは、主君加藤孫六の指示を無視したものだっただけに、合戦が終わると、加藤孫六の元を離れるどころか、加藤孫六からは、家臣に取り立てないようにとの回状が出てしまい浪々の身。物取りで凌ごうとした塙團右衛門が狙った相手が後藤又兵衛。後藤又兵衛は、黒田長征と袂を分かち、堺に向かい徳川・豊臣の合戦に備えようかというとき。ここから、塙團右衛門が大坂方に着く道筋へと繋がっていきます。塙團右衛門は、著名な武者の中では、夏の陣で最初に亡くなった人物として、「難波戦記」では描かれていきます。塙團右衛門が亡くなると、「難波戦記」で亡くなる人物の話へと進む糸口になったようです。そして、薩摩落ちする人物の動きとが、明確に分かれていくそうです。ですから、最初に討死する男は、どことなく軽めのキャラが良かろうということで、彼のキャラが決まったのでしょう。討死話も、やはり先陣争いがプロットでした。ライバルは岡部大学。伏線は、冬の陣の和平間近のときに起こった蜂須賀の陣の夜襲。これで、先陣を許した岡部が、夏の陣のとき先陣をあせった。紀州から攻め上ってきた浅野軍にたいする樫井川の合戦で、岡部が抜けかけをする、追う塙團右衛門ということで、両者ともに討死をするというものでした。討死の場所は蟻通神社の近くだそうです。蟻通神社は謡跡ですので、黄紺も行ったことがあり、ここにきて、急に距離感を実感することができました。



2015年 5月 25日(月)午後 8時 12分

 今日は、メトロポリタンのライブビューイングを観る日。黄紺は、明日か明後日を用意していたところ、高校時代の友人から連絡が入り、福井から観に行くというので、それに合わせて、今日、行くことにしたというわけです。今日は、最もイタリアの土俗的な雰囲気を持つ「カバレリア・ルスティカーナ」と「道化師」の上映がありました。いずれもが、南部イタリアを舞台にした男女の痴情のもつれが、ついには殺人にまで至るという陰惨な物語。今日は、2つの演目の主役テノールを、マルセロ・アルヴァレスが歌うというのが、最大のポイントなのですが、この土俗的な物語には、これ以上ない配役と楽しみにして赴きました。今季の新しいプロダクションなのですが、古いプロダクションでは、教会に上がっていく階段、その前には広場、それに面してトゥリドゥの母親の家というレイアウトで、いかにもというイタリア南部の風景を表していたのですが、新しいプロダクションでは、三方が壁に囲まれ、右奥に道があり、その道が教会に続くとなっているということ以外は、舞台の風景を特定するのが難しい使い方をされていました。回転舞台には、幅広の長机があり、その前に椅子が並べられたり片付けられたりで、オペラの進行を見て、その空間を、教会前の広場と考えたり、トゥリドゥの母親の家の中だと考えたりと、観る物の想像力に委ねるという方針が貫かれていました。そして、一つ大きな特徴があります。サントゥッツァ(エヴァ・マリア・ヴェストブルック)が、舞台に出ずっぱりなのです。歌唱のない場面でも、サントゥッツァには、舞台のいずれの場所に居場所を与えられているのです。となると、観る者からすると、どうしても、サントゥッツァに肩入れをしがちになってしまいます。逆に言えば、トゥリドゥが軽薄で、無責任男に見えてきます。高校時代の友人は、「サントゥッツァはバカな女だと思っていたが、今日のは違う」と。いいかげんな男の軽い言葉に乗せられた浅はかな女だというわけですが、そういった見方をしていた人にも、サントゥッツァの人となりは違って見えたようで、そういった意味で、この新しいプロダクションは評価されて然るべきなのでしょう。友人は、また興味あることを言ってました。「テキストには出てこないが、サントゥッツァは妊娠していると考えたらいいのでは」と。確かに、これは目から鱗です。サントゥッツァの必死の、直線的な動きを理解するのに、的を得た解釈です。「道化師」になると、同じ南部イタリアと言っても、少し時代が進みます。指揮のパブロ・ルイージによると、音楽的にも20世紀を伺うものが潜んでいるそうです。舞台も、その辺りを意識してか、道化師一座は、車で移動しています。トニオ(ジョージ・ギャグニッザ)とネッダ(パトリシア・ラセット)の絡みが伏線になり、ネッダがシルヴィオ(ルーカス・ミーチャム)といちゃついていると、トニオが手引きをして、浮気の現場を目撃したカニオは、あとは見境なく一直線。道化師たちによる芝居には、ほんまものの道化師も加わり、そして、何よりもネッダ役のパトリサア・ラセットが、巧みな動きでリードします。「衣装を着けろ」は幕前で歌われ、その短い時間の間に、ネッダ、トニオは、正に衣装を着けます。あとは、秋嘆場が待っています。2つの作品ともに、マルセロ・アルヴァレスはもとより、ベテランの女性陣が聴かせてくれました、見せてくれました。更に、当初、出演予定だったジェリコ・ルキッチが体調不良で出演できなかったのですが、代演のジョージ・ギャグニッザが、立派な歌唱を聴かせてくれたのも忘れてはいけません。これで、今年のメト・ライブビューイングは終了です。秋からの再開まで、しばらくお休みです。



2015年 5月 25日(月)午前 3時 59分

 昨日は曇り空。おかげで気温の上昇は、ちょっとはましかな。最近の日本は、大陸性気候のようで、一日の寒暖の差が大きくて、黄紺などは、3日ほど前から咳が止まりせん。一度、風邪をひくと、咳がなかなか止まらない袋小路に入ってしまいました。昨日のお出かけは12時がメド。太融寺での「宗助はんの会」に、実に久しぶりに行ってまいりました。太融寺での落語会も久しぶりです。その番組は、次のようなものでした。小留「小倉船」、宗助「胴乱の幸助」、松五「腕喰い」、宗助「代書」。小留は、先日の米輝の会同様「小倉船」。但し、昨日はお囃子入り。ただ前座のため問答まで。ゲスト枠は松五とはびっくり。宗助と松五の関係って、思い浮かばないからです。そう言えば、宗助と小留の関係も摩訶不思議。松五の「腕喰い」が、なかなか聴かせたんじゃないかた。噺の持つ展開の妙がありますが、それだけではない、松五の語りの力があったからでしょう。宗助も、ぞの辺に期待したのかな。主役の宗助は、重たいものを2つ用意しました。黄紺は、宗助の「胴乱の幸助」は初めてですし、ネタ出しをしているなかで、「胴乱の幸助」は見た記憶がないのです。ネタ下ろし、それとも、それに近いものなんでしょうか。また、好事家の方に会ったときに尋ねてみます。「代書」は、米朝が亡くなったことを受けてのチョイスでしょうか。マクラで、米朝から聴いた先代米団治についてのエピソードは、正に米団治直系だけあるものでした。「昭和10年台を思い浮かべて下さい」と言ってから、ネタに入りました。一番の原型を出してくれたのかもしれません。今のように「代書」のフルヴァージョンが出なかった時代、先鞭をきって高座にかけたのは宗助だったように記憶しています。それに次いで、米二、千朝が着手したのだったはずです。その宗助のネタ下ろしを、同じ「宗助はんの会」で聴いたことを覚えています。「トッコンショウメイ」の朝鮮人を、可愛いキャラに描くのも、宗助の成功があったからだと思っています。それに対して、書家の男とおなごしの上から目線がいい対比になっていますね。



2015年 5月 23日(土)午後 11時 30分

 昨日の検査の結果を聞いて、沈みこんだまま。頸椎の手術をしたときも、胆嚢ガンを臭わされたときも、こないには沈みこまなかったのにと思うほどです。現状維持どころか、どんどんと体が動かなくなっていくことが想定され、それも、そんなに遠い先ではなさそうと思えるからかもしれませんが、明日になるとケロッとしているかもしれません。ところで、今日は落語三昧の一日。まず、午後は、動楽亭での「それ行け、團治郎」に行ってまいりました。團治郎の勉強会に行くのは初めて。米団治門下の有望株です。今日は、東京の噺家で同期の林家木りんとの二人会でした。その番組は、次のようなものでした。團治郎・木りん「対談」、團治郎「がまの油」、木りん「明烏」、(中入り)、木りん「貴ノ爪(仮題)」、團治郎「七段目」。会場は、普段の落語会と違い、明らかに変な雰囲気。聞こえてくる周りの人たちの声を聞いていると、家族、知り合いを集めています。これは、止めておいた方がいいですね。変に受けていると勘違いしてしまうでしょうから。ゼロからやらなくっちゃ。生寿のように、自分のキャラで、力量で、客を増やしていかないとと、老婆心ながら思ってしまいました。有望株なんですからね。木りんは元大関清国の実子。だからでしょうね、大きい。身長が192cm、高座に立つと天井にすれすれでした。ただ、本人も認める通り、滑舌が良くない。ただ、それは、古典をしているときで、新作(本人作ではないとか)は、そうではなかったので、稽古をもっともっと続けねばならないということなのでしょう。とっても、さわやかなキャラで、ちょっと上方の噺家にはいないタイプです。新作の中味は、自分のキャリアが生きるもので、力士そのものの振る舞いをする小学2年生のクラスの風景を描いたものでした。「明烏」では、前日に案内された飛田の話をするものだから、やけに生々しくなるなかで、優男の若旦那が、余計に目立っていました。團治郎は、毎回、ネタ下ろしをしているようで、今回は、南光につけてもらってるそなのですが、お稽古時間がとれずに、次回回しになりました。替わりに、「くっしゃみ講釈」と「七段目」でリクエストを取ろうとしたのですが、時間を考え、リクエストを取ることを止め、「七段目」をしました。ネタに入る前に、「米団治の型ではないものを入れてみました」と言って始めたのですが、あまりよく判らなかったのですが、定吉と芝居を始めてからが、よく聴く型だったもので、そこかなと思ったり、2階に上がる前の芝居ぶりに珍しいものが入ったので、それかなと思ったりしていました。「がまの油」は、酒呑みの噺なもので、若手の噺家は敬遠気味のなか、吉の丞に次いでのチャレンジです。吉の丞のこてこて系に対し、あっさり系と言えばいいでしょうか。しかも、酒を呑んでからは、ちょっとはしょり気味だったもので、頼りないものを聴いたぞの印象。だからと言って、吉の丞の口演を評価しているわけではないのですが。
 動楽亭を出ると、堺筋線で日本橋に移動。いつもの千日前のネットカフェで時間調整後、すぐ近くの千日亭へ。ところが、開演時間を、1時間遅いものと思っていたことに、そのネットカフェで確認をとった段階で気づき、ちょっと慌ててしまいました。今夜は、こちらで「染左百席 千日快方」がありました。染左は、入門後より追いかけてきた噺家さん。久しぶりに、自身の会を、この千日亭で続けているということで、覗いてみることにしました。2回目となるこの会の番組は、次のようなものでした。染左「寄合酒」、染吉「佐々木裁き」、染左「ちりとてちん」、(中入り)、染左「口入屋」。「寄合酒」は、染左の前座時代に、随分と聴いた記憶があります。最近、「寄合酒」が出ても、ほぼやらないすり鉢とすりこぎのところ込みでやってくれたのが嬉しかったな。染吉は、マクラで、「愛染より前に喚ばれた」と言って喜んでみせ、生々しい話に、会場は大爆笑。ネタは「佐々木裁き」にがっくり。「佐々木裁き」は、噺家さんの間で大人気。「またか」と思ったのがいけなかったのでしょうね。奉行所の場面は、ほぼ記憶にありません。染左の二席目は「ちりとてちん」。知ったかぶりをする松っつぁんは、東京弁で女性言葉をしゃべるあやしげな人物。他で、そないな人物が出てくる「ちりとてちん」は聴いたことがないもので、染左オリジナルの可能性があるのですが、だったら、びっくりです。なかなか、そういった変化技を使いそうな噺家さんではないからです。そして、トリの「口入屋」が良かった。染左ベストじゃないかなぁ。とにかく、染左の手の内の中で、実にうま〜く流れるのです。間合い、テンポが、自然に自分の中に入ってしまってるのでしょうね。くってくってして蓄えこんだ財産のようなものを聴かせてもらえたって感じで、次も次も来たくなる素晴らしい口演でした。



2015年 5月 22日(金)午後 11時 9分

 今日は、大津の病院で、2回目のMRI検査を受け、先日の検査も合わせて、その結果を聞く日でした。腰の痛みや重みは、ドイツから戻ってきてからは、今が一番楽な状態ですが、今までなかった脚の筋肉に痛みが起こったり、緊張が看られたりしています。検査の結果で原因が判れば良し、判ったら判ったで、場所が場所だけに、あとに恐ろしいことが控えています。逆に判らないときは、どう ればいいのか、全く見当のつかないなか、大津に向かいました。頸椎を手術したときは、原因が判るまで10年かかりました。でも、あのときは、異常が出ていたのは腕だけだったので、日常生活には、ほぼ支障はなかったのですが、今回は、異常が出ているのが脚腰ですから、そういうわけにはいかないのです。検査結果は、新たな異常は発見されず、以前の手術痕が業をしているとの説明を受けました。要するに、どうしようもないから、今の状態に慣れなさいということでした。それがきついから、大津まで行っているのに、効くか効かないか判らない痛み止を出してもらい、おしまいでした。手術の結果残る全身のしびれ、新たに起こった激痛と言っていい腰の痛み、黄紺の人生ってなんなんだろうって、珍しくマイナス思考になってしまいました。
 大津の病院を出ると、大阪への大移動。JRと京阪を使い、一番安上がりな方法で大阪へです。夜は、動楽亭であった「これが難波戦記だ、南湖の会」に行ってまいりました。今日、南湖さんが読まれたのは、「難波戦記」のダイジェスト版でした。ですから、本能寺で信長が亡くなり、天王山の戦いで明智軍をやぶりなんてところからスタート。秀吉の天下取り、そして死亡。家康の台頭、三成の反発から関ヶ原の戦い、三成の処刑とおさらいが行われ、いよいよ大坂の陣へと進むのですが、ここからは、抜き読みのダイジェストでつないでいかれました。それが災いというか、それならばと気を許してしまったからでしょうか、いい気分の座椅子が悪かったからでしょうか、ちょっと居眠り気味。最後は、燃え盛る大坂城で、秀頼の替え玉の自害、こちらは本物の淀君の自害となりましたが、実は、このあとを、南湖さんが、どのようにされるかが気になり、わざわざ大津から駆けつけたのですが、裏切られてしまいました。大物の浜から薩摩に向け船を出し、途中、徳川方の水軍と出会うエピソードを入れるところまででした。豊臣二度目の旗揚げは、やっぱりと言うかカットされました。徳川の天下が落ち着き、旗揚げの矛先が琉球に向かい、話が小さくなってしまうこと。荒唐無稽過ぎることが出てきてやりにくい。第一、そんな話を聞いたら、沖縄の人が怒るような内容。この3つを、取り上げない理由として上げておられました。ご無理ごもっともなお話は、よ〜く理解はできるのですが、よく上方の講釈師さんは、「難波戦記では秀頼も幸村は死なず薩摩に落ち二度目の挙兵をするのです」と、「難波戦記」のことを宣伝されるのを耳にするのですが、具体的には読まれないので、一度聴いてみたいという欲望だけが刺激されるということになっているもので。いずれにせよ、次回からは「八百八狸」が始まります。その前に、南湖さんは、スペインに行ってこられるそうですから、そのスペイン話も楽しみになります。



2015年 5月 21日(木)午後 11時 57分

 今日は、夜まで予定がなかったもので、午前中に、家の用意をちょろっとして、眼医者に行くつもりをしていました。ここ半年ほど、右目の見え方に気になることがあるので、ドイツから戻ったら、眼医者に行こうと考えていたのですが、ドイツにいる途中から、快復傾向にあったので、先伸ばしにしていたところ、また、最近になり同じような現象が起こってきたので、医者に行ってみると、木曜日は全日休み。それも、こないだネットで調べて知っていながら、木曜日に行ってしまっている浅はかさです。結局、時間が浮いたので、秋冬のオペラ紀行のために、各歌劇場の来シーズンのラインナップを調べることにしました。中小都市の歌劇場で、ドキリとするものを見つけ、にんまりしています。この作業は、まだまだ続く、時間のかかる作業でもあります。
 そして、今日は、大阪で、1時間を超える、しかも休憩なしのミニウォーキングにチャレンジをしてみました。それだけ、腰の具合が良かったので、そういった歩き方をして、どのような変化が出るかも知りたかったこともあり〜のということでのチャレンジでした。実際には、京橋から毛馬橋を渡り、扇町に戻るというコース。正味68分のミニウォーキングとなりました。それだけの時間、連続で歩いてなかったので、脚の筋肉に痛みが出てくるのは想定内。さて、腰に異常が出るなら、3日ほどの間に現れてくるはず。合わせて、自分なりに考えたストレッチも試みて、様子を見てみたいと思います。
 扇町では、ネットカフェで休憩後、繁昌亭に移動。今夜は、「瓶太・文華ふたり会Vol.1」があった日でした。瓶太と文華は同期入門の噺家さん。かつては、同じく同期の銀瓶、宗助、わかばと「はやかぶの会」という勉強会を組んでいて、黄紺も、何度も聴きに行ったものでした。今回は、瓶太の方から文華に働きかけて実現したもので、瓶太にとっては、繁昌亭の夜席を主宰する初めての会となりました。そんなで、同期の文華の協力を仰いだというところでしょう。その番組は、次のようなものでした。慶治朗「狸賽」、文華「阿弥陀池」、瓶太「ハンカチ」、文華「猿後家」、(中入り)、瓶太・文華「対談」、瓶太「百年目」。文華は、昔、よくやってたなと懐かしい「阿弥陀池」から。ボケまくる言い間違いのところは、ボケる箇所を減らす一方で、西宮ではなく東南アジアに引っ張っていくオリジナルなギャグが入ります。そのさじ加減が懐かしいのです。「猿後家」は、先代文枝直系の面目躍如の一席。ただ、今日の文華は、奈良の下りに滑らかさを欠いたように思いました。こんなものじゃないはず、文華の立て弁はというところです。瓶太は、新作と上方落語屈指の大ネタの組合せ。それにつけても、「ハンカチ」は、噺家さんに人気抜群ですね。結婚をして、子どももでき、何年も経つと、この噺に共感してしまうのでしょうか。瓶太の口演は大仰に大仰にという方針。黄紺などは、元来がくさい噺なわけですから、変に頑張られると引いてしまいます。もう1つの「百年目」は、ネタ出しなしのもの。「対談」の中で、このネタが明らかになり、会場にはどよめきが上がりました。結果は、この噺の難しさを教えてもらったというところでしょうか。旦さんはもちろんのこと、番頭にも、船場の大店の格が求められます。二人の品格には、当然、差をつけねばなりません。これが難しい。旦さんの目には、主としての厳しさ、慈愛、それに、軽い茶目っ気も欲しいとなると、益々難しくなる。春の明るさ、温もり、しかも、東横堀川と大川、更に桜宮の風景も見せて欲しいとなると、もう半端では済まないものがあります。瓶太は、船場ものは、確か「鴻池の犬」を持っています。でも、最近は、自分の会なんかを持っていなかったものですから、新たに、どんなネタを仕入れているか知らないので、アブナイことを書いてしまうかもしれないですが、「百年目」をするならば、もう少し船場ものをやってからじゃなかったかなと思いました。



2015年 5月 20日(水)午後 11時 3分

 今日は演芸三昧の一日。まず、午後は、文楽劇場で定期的に開かれている「上方演芸特選」に行ってまいりました。浪曲を聴くことができると、時間さえ合えば行くようにしているもの。今日の番組は、次のようなものでした。団治郎「軽業」、ベビィリッチ「漫才」、真山誠太郎(真山裕子)「あぁ、ヒロシマ」、平和ラッパ・梅乃ハッパ「漫才」、(中入り)、勢朝「永田町商店街」、キタノ大地「奇術」、松浦四郎若(虹友美)「瞼の母」。今月は、団治郎と三河が交替で前座を務めています。団治郎は、ちょっと早口。慣れない客には、ヒアリングがきついかもしれません。ベビィリッチは、大衆演劇好きの女性コンビ。だけど、大衆演劇の真似事は、最後の踊りだけでは淋しい。誠太郎の「あぁ、ヒロシマ」は初めてかもしれません。白血病で亡くなる息子と、それを見送る父親の物語です。真山系に、こうした反戦色のネタがあるのですね。ラッパ・ハッパは、ギターの名手二人の音曲漫才。特にハッパの曲弾きに、いつも魅せられます。勢朝は、繁昌亭と同じノリの高座。大受けでした。キタノ大地は和妻の芸人さん。繁昌亭にも出番がありますね。そして、四郎若師は、「いささかお堅いところを」と言ってから、「瞼の母」に入られました。番場忠太郎が、生き別れた母親と再会し、母親に拒否されるクライマックスの場面ということで、浪曲らしいええとこ取りでした。
 文楽劇場を出ると、30分ちょいのミニミニウォーキングをしてから、いつもの千日前のネットカフェへ。時間待ちをしたあと、北浜経由で天満橋へ。谷町筋にある双馬ビルであった「南華はたちの会」が、夜のお出かけ先でした。こちらは、旭堂南華さんが定期的に開かれている会ですが、今夜の番組は、「難波戦記」から「青木民部と千姫」「有馬御難」でした。南華さんが戦記ものを読まれることは大変稀れで、世話ものを持ちネタとされている講釈師さんです、今日の案内ハガキをいただいたときは、正直びっくりしましたが、大坂夏の陣以来何年ということで、「難波戦記」もしないわけにはいかなくなったみたいですね。来月の「トリイ講談席」も「難波戦記特集」となっていますから、避けるわけにはいかないのでしょう。今日の抜き読み2席には、共通点があります。ともに、家康が、あと少しというところで命を失うというものです。ですから、「有馬御難」の「御難」とは、家康が難儀に遭遇する話です。「青木民部」は、夏の陣を前にした大坂城から、家康に通じている青木民部を見透かしたように、幸村が、息子大助を使い、青木民部と千姫を敢えて逃がし、そこに刺客を付けて、家康の命を狙おうというもの。「有馬御難」の方は、秀吉没後、秀吉との約束を反古にしていく家康に対し、石田三成が、家康が気を許している遠州の当主に働きかけ、家康の命を狙おうというもの。いずれも、失敗に終わる話ですが、「難波戦記」には、こうした大坂方に立った読みものが、幾つか残っています。挙げ句の果てには、家康は殺され、影武者が天下取りをしたとか、夏の陣で秀頼は死なず、薩摩に落ち、豊臣家再興に動くなんてのまで用意されています。



2015年 5月 19日(火)午後 9時 57分

 今日は、韓国映画を観る日。大阪アジア映画祭のクロージング上映作品に選ばれた「国際市場で逢いましょう」の一般上映が行われる映画館(心斎橋シネマート)で、他の韓国映画も上映されているので、それも一緒に観ようじゃないかというわけです。映画館側としては、ファン・ジョンミン(ユア・マイ・サンシャイン、スーパーマンだった男など)ものを並べて客を喚ぼうとの魂胆だったわけで、黄紺は、見事に作戦にひっかかったというわけです。「国際市場」は、一つの家族の歴史を追ったものです。朝鮮戦争中、中国軍の参戦によって起こった家族の離散。離散しそうになったとき、あとを託された長男の成長後を、ファン・ジョンミンが演じます。一家の家計を支えるべく、西ドイツにガスト・アルバイターに出かけるのが、2つ目の山。このときに知り合った女性との結婚エピソードが入ります。3つ目がベトナム戦争。これも、経済的な理由で民間人として行くのですが、脚を負傷して戻ってきます。次が、離散家族の捜索、これで妹がアメリカで生きていたことが判りますが、結局、父親の安否は不明なままで終わりますが、父親と、離散しそうになった言葉が、「国際市場(もちろん釜山の)の伯母さんの店で逢おう」というものだったため、主人公は、その約束を守るべく頑張っていったという物語でした。観ていて、韓国現代史をさらっとおさらいしているような感じ、各節目の時期でのエピソードは、かなりのステレオ・タイプであって、それだけで言えば、韓国での大ヒットは説明できるものではありません。だけど、韓国人からすると、確実に、自分たちの生きてきた人生と重ねて観ますね。これが、大ヒットの原因でしょう。かなりの高年齢まで、ファン・ジョンミンと、妻役のキム・ユンジンは、メイクにより老けていきます。それも、一つの見所ですが、入りに比べて、内容が伴うような作品とは、黄紺には思えませんでした。
 続いて観たのは「傷だらけのふたり」という作品。韓国のチンピラ映画って、わりかしおもしろいものがあるので、これも観てみようの気になったので、決してファン・ジョンミン好きだというわけではありません。悪徳金融業者の取り立て役をしている男がファン・ジョンミン。その男が、病院に取り立てに行き、看病中の一人の銀行員の女性(ハン・ヘジン)と出会い、ときめいてしまいます。取り立て男と銀行員の女性というミスマッチのカップルが出来上がるまでが前半。出来上がった途端、時間が2年も飛んでしまいます。男は、刑期が3年のところ、法律に基づき2年で出所してきます。ここから後半が始まります。なぜ刑務所に入っていたのか、なぜ刑期半ばで出所したのかが明らかになってくるのですが、ここで、出ました、韓国映画の王道、主役の死というプロットが使われました。話が2年飛び、逆流するような進行になったわけが、これでした。物語の舞台は、なんと群山(くんさん)でした。どこか知っているところが出てこないか楽しみにしていたのですが、ダメでした。この映画、主役二人のラブストーリーだけではなく、チンピラのファン・ジョンミンに手を焼く父親や兄夫婦の物語でもありました。ということで、今日は、韓国映画、しかもファン・ジョンミンものを2本観たのですが、いずれも、さほどインパクトがあるわけではないもので、ちょっと肩透かしを喰らった気分で帰路に着きました。



2015年 5月 18日(月)午後 11時 25分

 今日は、寝屋川で、家の用事を済ませてから大阪へ。寝屋川で、ひょっとしたら手間取るかと思い、早めにお出かけ。でも、あっさりと用事が済み、結局、いつもの千日前のネットカフェで時間待ち。そして、夜は、高津神社であった「微笑落語会」に。この会は、笑福亭たまがネタ下ろしをするための会。ネタ下ろしと言っても、毎回、一挙に3つものネタ下ろしをするという、たまならではのエネルギッシュなもの。その番組は、次のようなものでした。天使「田楽食い」、たま「借家怪談」、治門「初天神」、たま「あくびの稽古」、(中入り)、たま「走り餅」。今日のたまのネタ下ろしは、それぞれに短めのものでしたが、いずれをとっても、たまテイストが効き、仕上がり具合は佳とすべきものばかりでした。「借家怪談」は、最近、三喬などがする前半部分のアレンジではなく、後半部分をアレンジしました。怪談話で怖がらせ、空き家を確保しようとする長屋の人たちに対抗する人物が現れるものですから、長屋は大変。怪談話に合わせたことをするのですが、うまくいかないというわけです。昔、後半は聴いたことがあるのですが、誰で聴いたのでしょう。呂鶴かな? 「あくびの稽古」は、志ん生にヒントを得たと言って、たまは始めました。あくびに入る前に、難しい芸を披露するという変な指南が傑作。芸としては、浄瑠璃、日舞、武道が使われました。「走り餅」は旅ネタ。逢坂山にある走り餅屋の前で起こるちょっとした騒動。でも、それは、しゃっくりを止める方策でした。演じ手の少ない噺。前座、ゲスト枠で言えば、治門は、やはり有望な若手です。たまのような強い個性を前面には出さないのですが、ゆったりとした語り口に、不思議とおかしさがにじみ出してきます。オリジナルなくすぐり以外にも、誰にもらったのかを知りたくなるフレーズが入ってたりしました。中入りを入れて、僅かに2時間を越えるという、たま主宰の落語会にしては、珍しい早い終わりでした。



2015年 5月 18日(月)午前 3時 29分

 昨日は日曜日。平日も週末も関係ない黄紺にとって、唯一違いを気にするのが、電車の混み具合。そんなのを気にしながら大阪へ。まず玉造にある「カタリナ・ホール」であった「らくごのたまりば」という落語会へ。毎月、環状線の玉造駅前で行われている落語会ですが、あまり覗いたことのない落語会です。各会の主役となる噺家さんに、あまり関心が向かないということなんですが、逆に足を向けるということは、主役の噺家さんに関心があるということ。昨日は、米輝が主役だったのです。この米団治の二番弟子、とっても落語が上手い上に、多才な人という噂も耳にしているものですから、覗いてみようの気になったのでした。その番組は、次のようなものでした。米輝「アコーディオン漫談」「ひよこ漫談」「天災」、小留「小倉船」、米輝「代書屋」。「アコーディオン漫談」のアコーディオンはボタン式の本格的なもの。アコーディオン自体を買ったのが2ヶ月前と言ってましたが、リクエストを聞いて、ちょっと危ないながらも音をすぐにとっていましたから、これが、噂に聞いていたことかと感心。ただ、まだ漫談にはなっておらず、昨日は、手に入れたアコーディオンのお披露目といったところ。「ひよこ漫談」は、フリップを使い、「きもいひよこはなぜきもいのか」を説いていくという、ちょっと目が点になるもの。ところが、ネタに入ると、本格派です。人物は、くっきりと個性を掴み描き分けられ、台詞回しは小ぎみよく軽快。申し分ないのです。「天災」の主人公は、短気だけど粗野さを感じさせない男に、「代書屋」の田中彦次郎氏の無邪気さは、なかなかのものでしたが、更に一層のグレードアップが期待できるもので、朝鮮人の男は、あくまでも可愛く、書家は厳かでと、このあたりのキャラは非の打ち所がなかったんじゃないかな。先日聴いた生寿と言い、米輝と言い、若い人が「代書屋」のフルヴァージョンに、手を着けてくれています。一時は、葬り去られようとしていたフルヴァージョンが、このようにして、確実に伝承されていくのですね。ゲスト枠の小留は初遭遇。師匠小枝譲りと思われる「小倉船」を、お囃子なしでやってくれてました。この人も落研上がりなのかな。安定した語り口に好感を持ちました。
 落語会が終わると、またしても京都への大移動。少し時間があったので、玉造から京橋は歩いてみました。ミニミニウォーキングのつもりです。京都のカフェモンタージュに行くことを覚えてから、こうした大移動が頻発します。昨日も、三条河原町近くのネットカフェで時間調整後、カフェモンタージュへ。昨夜は、「無伴奏」と題して、金子倫太郎さんのソロ・コンサートがありました。そのプログラムは、次のようなものでした。「レーガー 無伴奏チェロ組曲1番」「J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲3番」。昨日は、ここまでの金子さんのコンサートの中では、最高の入りとか。バッハの無伴奏は、カフェモンタージュでは、他のチェリストを含めても、何度も出ているはずですので、やはりレーガー効果でしょうか。黄紺も、レーガーの無伴奏は聴いたことはあっても、曲の雰囲気などは思い浮かぶまではいかない遠い曲。オーナー氏によると、何度か、他のチェリストも含めてオファーを出したそうですが、断られ続けてきた曲だとか。難しいということがあるようで、実際に聴いてみると、確かになかなかの難物。バッハの後追いのようかなと思っていると、一転、20世紀の雰囲気になってしまうというところ、それに、素人目で見ても、運指が半端じゃない。飛びまくるものですから、どうしてもポジションが微妙にずれてしまうようで、何度かという表現以上に、そうした場面に遭遇してしまいました。金子さんは、おまけに暗譜で演奏されたために、それが余裕を失わせたようにも思えました。特に3楽章のフーガが難物で、アンコールで、「リベンジだ」「フーガの雰囲気を味わって下さい」と言い、楽譜を前にして3楽章を演奏されました。正にリベンジが成った演奏で、楽譜を置いた安心感がそうさせたのか、微妙なずれが消えたどころか、フーガの構造が見えてくる素敵な演奏に変身してました。バッハの方は、やはりレーガーに比べて弾きやすいのでしょうね、しかも弾き慣れているのでしょう、遥かに安定感のある演奏。ただ、もう少し懐の深い演奏を求めてしまいました。アンコールで、有名な1番の冒頭の楽章が演奏されたのですが、こちらは、更に弾き慣れているのが、この日のベスト。昨日のプログラムは短めだということで、結局、アンコールは3曲演奏されたのですが、残りの1つが、レーガーの無伴奏の2番の2楽章でした。順番は、この2番、次がリベンジのフーガ、最後にバッハでした。昨日は、客の入りが半端ではなかったどころか、谷本華子さんを始めとして、演奏者仲間が、幾人も詰めかけたという稀有なコンサートでもありました。



2015年 5月 16日(土)午後 10時 55分

 今日は、朝からは曇り空、あまり気温が上がらないので助かると思っていたら、午後からは回復。世間では、半袖姿で歩く人を、多く見かけるようになりました。ちょっと二度寝が不十分なままのお出かけ。その目安は午前11時。午前中のお出かけは、寝不足になってしまいます。今日は、民博ゼミナールのある日。今日は、「先住民が守る古代遺跡―アムール河流域シカチ・アリャン村の岩面画」というテーマで、佐々木史郎さんのお話を伺うことができました。ロシアのアムール川沿い、ハバロフスクの下流70kmのところに、独特の模様をした岩石画がゴロゴロした「」村があるそうで、その岩石画についての報告でした。一番古いもので、1万2千年以上前、新しいもので千年前くらいのものまであるとか。土器に描かれたものもあるようで、日本の縄文式土器に匹敵する年代のものも出てきており、世界最古の土器グループが、北東アジアにできそうとのこと。模様的にも相似形のものもあり、両者の関連が考えられるのだが、特定には、材料が乏しすぎるようです。また、どういった民族が、どのような目的で作ったのかは特定できてないとか。長い時間の中で、作られ、使われてきたため、後発の民族が、当初作られた目的とは異なる目的で使い続けてきた可能性は、十分に考えられること。それだからこそ、長きに渡り作られたきたことの説明が成り立つので、だからこそ、当初の目的を特定するのが難しくなるそうです。企画展として、民博の通常展示の一角を使い、来週から、この岩石画の拓本か写真の展示に先駆けて、今日のゼミナールが行われたのですが、その企画展に先んじて、具体的な絵の解説に入ったところで居眠り。もうサイテーです。幸い、頂いたレジュメが、かなり丁寧なものでしたので、抜けている部分の補充にはなりましたが。
民博を出ると、山田駅まで歩き、そこから日本橋まで直行。千日前のネットカフェで時間調整をしたあと、今夜はイスタンブル・コナックへ。先日に続き、アイシェ・ハヌムとの会食。先日、会食をしたとき、最近、お互いがイスタンブル・コナックに不義理をしていることが判り、2人で埋め合わせをしようということで計画したものでした。



2015年 5月 15日(金)午後 11時 29分

 今日も、午前中は病院通い。と言っても、今日は、先日の胃カメラ検査の結果を聞きに行ったもの。予定では、昨日行くつもりをしていたのですが、昨日は、大津でMRI検査が入ったため、日延べにしたというわけです。既に結果のようなものは、検査時に所見を伺っていますので、ちょっとしたセレモニーのようなもの。それが終わると、歩いて難波まで移動。ネットカフェで時間調整をしてから、今度は動物園前へ地下鉄移動。今日の午後は、動楽亭の昼席に行ってまいりました。だいたい月2回くらいのペースかなと思っていますので、いい間隔です。今日は、米朝一門以外を中心に据えての番組の日のはずですが、千朝がトリということでのチョイスです。その番組は、次のようなものでした。鯛蔵「牛ほめ」、ちょうば「三十石」、遊方「ゴーイング見合いウェイ」、鶴志「千早ふる」、(中入り)、小染「住吉駕籠」、千朝「佐々木裁き」。客の入りが15人未満という淋しい入り。反応も、ごく一部の客しか良くなく、噺家さんはやりにくかったのではないかな。鶴志曰く、「入りが悪いと恥ずかしくなってたけど、もう慣れました」。鯛蔵の小ぎみ良い「牛ほめ」にも無反応だったので、楽屋は観念したんじゃないかな。ちょうばは、「18分ヴァージョンの三十石をやりたいのですがいいでしょうか」「こんな位置で三十石をやらしてもらっていいでしょうか」と、マクラで念押しをしてからネタに。繁昌亭の独演会で、既にネタ出しをしているので、いろんな機会を捉え、実際に客の前でやってみたいのでしょう。18分ヴァージョンですから大幅カットで、特に船上の場面は全面カット。ですが、きっちりと舟唄も入れていました。遊方は、少ない入りでも、いつもと変わらない元気な高座。このネタ、有名なわりには、黄紺は初遭遇だと思います。お見合い設定マニアのおばさんが、一人の男にお見合いを勧めるのが仕込みの前半、後半のバラシは、その男がおばさんの娘と付き合っていることが判り、おばさんが態度を豹変していくというもの。遊方名作群の一つに数えられるでしょう。鶴志は、マクラで米朝の話をしてくれたのは嬉しかったな。当然、鶴志が話すわけですから、流れで六代目の話へと向かいました。ネタの「千早ふる」は、通常の進行で進むのですが、本来の下げに入る前に、サンプルの下げをやってみせ、自分で否定するという傑作な展開を見せました。小染は、この位置まで、酒の噺が出てなかったものですから、当然のように酒の噺へ。でも、「住吉駕籠」を、小染で聴いた記憶は定かではありません。酔い方が明るく、酔っぱらいがアホげに見えるのが、落語の中の登場人物仕様に思えました。千朝の高座の用意が始まると、見台が片付けられたため、またぞろ「鹿政談」に当たるかもと、ヒヤリとしたのですが、マクラで、好きな子ども番組の話をし出したので、胸を撫で下ろしました。動楽亭の昼席では、最近、「鹿政談」にばかり当たっていたものですから。ただ、最近、「佐々木裁き」に当たると、やたら居眠りをしてしまいます。実は、今日も、ずっと半寝の状態で聴いてしまいました。なんでなんでしょうね。
 動楽亭を出ると、天王寺のネットカフェへ。夕方は、こちらで時間調整。夜は、谷町線で天満橋へ移動して「常盤漢方薬局」へ。あまり行く機会の少ない「常盤寄席」に行ってまいりました。10周年記念ということで、姉キンをゲストに喚ぶというのがおもしろく、覗いてみることにしたのですが、あの狭い空間で姉キンが、どないなことをするのか、ちょっと怖いもの見たさの気分で、行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。智之介「牛ほめ」、染太「電話の散財」、姉様キングス「音曲漫才」、智之介「花筏」。ここへ来ないと、なかなか遭遇機会の少ない智之介、わりと洒脱な喋りが魅力なんですが、今日は、なかなか生真面目な高座。2つのネタともに、そのように思えました。ということは、かなり「花筏」に集中してたのかなの印象。その「花筏」ですが、千鳥ヶ浜親子の会話に、いまいち迫力不足を感じた以外は、まとまった噺に仕上がっていたなの印象。一方の染太の「電話の散財」を、今日は、落語3席の中で、一番気に入りました。「電話の散財」と言えば、最近では、花丸の個性の強い口演が身近にあるものですから、いつものオーバーな表現に走ろうとすると、更にデフォルメを進めてしまい、骨格が崩れないかという不安を持っていたのですが、そうはなりませんでした。染太にすれば抑え気味、そして、噺の持つ華やかさみたいなものを保ってるとなれば、そりゃ聴いていて楽しめます。番頭が困っているようで、遊んでる雰囲気なんてのもあり〜ので、好演と看ました。姉キンが、落語会の勉強会に、ゲストとして出るのは珍しいこと。そこはそれ、やはり染太と染雀という兄弟弟子の繋がりなのでしょう。姉キンは、通常のネタに加えて、この会の10周年を祝うネタまで用意していました。



2015年 5月 15日(金)午前 1時 20分

 今日も、腰の関係で病院へ検査に行ってまいりました。MRI検査の第1回目です。今日は、頚椎と胸椎上部までの半分。結果は、第2回目のあとに聞きますから、今日は、全く検査だけ。そないなことを、かつては年に1度受けていました。そして、ようやく9年目にして、「ここまで大丈夫だったのだから」ということで無罪放免。それから、随分と経ちましたが、MRIなんてものを受けるのは、それ以来です。MRI検査は、造影剤なしの通常撮影。おかげで20分ほどで済みましたが、かつてに比べて、音は大きく、刺激的になっています。フェースガードのようなもので固定されるしと、ちょっときつくなってました。来週、もう一度、胸椎下部から腰椎の検査が待っています。異常が見つかれば大事だし、でなければ、原因探しは、どうなるのでしょう。



2015年 5月 14日(木)午前 0時 48分

 今日と明日は病院通いの日に当てました。今日は、腰痛の原因を特定しようと腹を決めた通院です。黄紺は、随分と以前に、頸椎の手術をしているため、強烈な腰痛なんかが出ると、それとの関連を疑ってしまうのです。ただ、こちらの方に異常が見つかると、大事になるため、腰痛の具合がちょっとましになると、行くのを躊躇っていたのですが、10日ちょい前に出た腰痛が、あまりにひどかったもので覚悟を決めたというわけです。ま、可能性は低いと思いつつ、まず頸椎の異常の可能性を消しておかないと、原因の特定には至らないということです。非常に発症者の少ない頸椎の病気ですが、その西日本のセンター的な病院に行き、もやもや感を晴らそうとの魂胆ですが、万が一を考えると、あまり穏やかではありません。今日は、単純なレントゲン検査と、首と腰のCT検査。ともに異常はなく、明日と、更にもう一日かけて、MRI検査を受けることになりました。骨格面での異常なしということは、普段受けている腰の牽引って、無意味になるということですよね。いよいよ一番気になっている脊髄そのものを上から下まで全部検査すると言われました。その場合は、1回でできるものではなく、2回に分けねば大変な高額になるとの説明を受けました。これで原因が判ればいいのですが、そのときは大事になってしまいます。逆に原因が特定できないのも、気持ちの悪い話で、いずれにしても、気の重い話です。
 大津の病院を出ると、一旦自宅まで戻り、自宅で時間調整というか、いいお昼寝時間。夜まで、かなり時間があったためです。そして、夜は、昨日に続きカフェモンタージュへ。今夜は、「別れの歌」と題し、コルンゴールドとリヒャルト・シュトラウスの歌曲のコンサートが開かれました。リヒャルト・シュトラウスはともかく、コルンゴールドの歌曲は珍しいですね。先日、石上真由子さんが、コルンゴールドのバイオリン・ソナタを演奏されましたが、それとリンクした企画と伺っています。出演は、ソプラノの日下部祐子さんとピアノの佐竹裕介さんでした。そして、演奏された曲は、リヒャルト・シュトラウスが「乙女の花〜矢車菊、ひなげし、木蔦、睡蓮〜」「さびしい泉のほとりで」(ピアノソロ)「3つのオフィーリアの歌〜どうすれば私は本当の恋人を、おはよう今日はヴァレンタインの日、むき出しのまま棺台にのせられて〜」、コルンゴールドが「道化師の歌〜死よ来たれ、いとしい人、悪魔のようなご主人、やあロビン、毎日雨が降るから〜」「花嫁の部屋の乙女」(ピアノソロ)「4つの別れの歌〜挽歌、私の憧れが理解しないひとつのこと、月よお前はまたのぼる、やさしい別れ〜」でした。このコンサートのコンセプトはシェークスピアだそうです。「3つのオフィーリア」が「ハムレット」、「道化師」が「十二夜」用に作られたものだそうで、それを核に、今日のプログラムが組まれたと、オーナー氏から説明がありました。リヒャルト・シュトラウスとコルンゴールドの曲から1つずつ選ぶと、リヒャルト・シュトラウスは、「乙女の花」の中の「睡蓮」。「バラの騎士」か「アラベラ」の中にでも出てきそうなメロディです。コルンゴールドでもそうですが、大きく跳躍するように、音が上がるときに、同時に転調させることで、独特の雰囲気を醸し出します。7度とか9度という、あまり使われない跳躍の上に転調ですから、歌い手にとっては大変です。コルンゴールドの方は、一番最後に歌われた「やさしい別れ」かな。一番耽美的なメロディ・ラインだったということでのチョイスです。日下部さんは、カフェモンタージュ初登場だそうです。ソプラノですが、中音域に一番魅力を感じました。ですから、コルンゴールドの「道化師の歌」が、一番いい声を聴かせてもらえたのじゃないかな。6月のカフェモンタージュでは、「シューマン特集」が組まれることが発表されていますが、その中で「リーダークライス」のコンサートが予定されています。



2015年 5月 12日(火)午後 11時 10分

 台風接近とかで、昼前から雨。ちょうど出かけようかという時間帯でした。今日は、繁昌亭の昼席に行く日でした。花団治襲名披露興行ということで、その場に立ち会おうという魂胆だったのです。その番組は、次のようなものでした。が治門「動物園」、壱之輔「平林」、春雨「短命」、春野恵子(一風亭初月)「神田松五郎」、一蝶「いらちの愛宕参り」、塩鯛「替り目」、(中入り)、花団治・春若・塩鯛・一蝶・春雨「口上」、春若「代書屋」、右喬「看板のピン」、花団治「皿屋敷」。さすが花団治襲名ということで、ずらりと春団治一門の名前が並びました。前座役は紋四郎が務めているのですが、今日と明日の2日間だけ治門。今日が「動物園」ならば、明日は「つる」でしょう。手堅い前座さんです。2番手の壱之輔の「平林」が、ここで出るのが春団治一門らしいところ。そのらしさを出そうとする好チョイスです。色物枠は日替り。従って、春野恵子は今日だけ。「神田松五郎」って、普段、あまり出さないものを出しました。隣に座られたコアな落語ファン氏、「声の調子がいいね」。そうなんです、日によっては、高音を出すのに窮々としていたり、声の伸びを欠いていたりすることがありますものね。他の仕事との兼ね合いの問題なのでしょう。一蝶は、昇蝶が休養中の今、唯一の花団治の兄弟弟子。ただ、今日は、一蝶の途中から塩鯛にかけて居眠り。今日も、またやっちゃいました。口上は、春雨が司会、春若が春団治の替わり、一蝶が先代春蝶の替わりという形で出席。口上を終えて、慌ただしく春若が登場。気を変えるという意味も込めて、冒頭にジョーク集を披露。たまのショート落語と同じ趣向です。「春団治の十八番です」と言って、「代書屋」を始めました。襲名とは関係なく並んだ唯一の噺家が右喬。今週は「看板のピン」で通すようです。そして、トリとして主役の登場。昨日が「猫の忠信」だったそうだと、落語ファン氏から耳打ちをされていたので、これは、大ネタを並べるつもりと思うと、「三枚起請」や「立ち切り」なんてネタを持っている花団治ですから、どこで出すかが気になってくる。今日しか行かないから、今日、どっちか出してくれと願ったのですが、あっさりと外れ。これまた、春団治一門らしいネタとなりました。
 繁昌亭を出ると、そのまま京都へ大移動。最近、こういった大移動が多いですね。うまく予定を組めてない証拠で、2つ目の予定を入れるときに気づき、バタバタしています。京都では、カフェモンタージュに行く予定でしたので、いつものように、三条河原町近くのネットカフェで時間調整。カフェモンタージュでは、今夜は「Andante Concertante」と題し、こちらではあまり出ないモーツァルトの曲ばかりが演奏されました。1つ目は、K.379のバイオリン・ソナタ、2つ目が、K.548のピアノ・トリオでした。今日のコンサートの企画は、バイオリンを弾いたヤンネ・舘野さんのお父さん(有名な館野泉さんです)の教え子のピアニストのマルッティ・ラウティオさんが入洛されるのに合わせて、オーナー氏がモーツァルトを持ちかけたということだそうです。確かに、バイオリン・ソナタは、2つの楽器の掛け合いのような形で進行しますし、ピアノ・トリオに至っては、もう小さなピアノ協奏曲のようなもので、ピアノが大活躍をします。そもそも、モーツァルトのピアノ・トリオってのは、バイオリン・ソナタに通奏低音のチェロが付いたものと、黄紺の頭にはインプットされていましたが(これは決して曲がつまらないということではない)、この曲は、更にバイオリンも伴奏楽器のような動きをしていました。ですから、このコンサートは、ピアノのマルッティ・ラウティオさんをメーンに組まれたことになります。じゃ、マルッティ・ラウティオさんはモーツァルト弾きかというと、そうは思えませんでした。細やかな音の運びや、音の大切にする心のようなものからして、モーツァルトとは違うぞと思ってしまいました。ペダルの踏み方一つにも、気にすると気になるものです。でも、モーツァルトのピアノ・トリオを生で聴く機会は、本当に少ないこと。黄紺は、一時期、モーツァルトのピアノ・トリオを、随分と聴いた時期があるので、どうしても、その頃のことが思い出されてしまいました。なお、あまり出番のないチェロは、京響の佐藤禎さんが担当されました。



2015年 5月 12日(火)午前 0時 4分

 今日も快晴の一日ですが、昨夕から気温が、かなり下がっています。台風が来ているそうなんですが、その影響なんでしょうか。今日は、まず一心寺南会所であった「一心寺門前浪曲寄席」に行ってまいりました。仕事に行かなくなって、月曜日の昼間に行けるようになりました。その番組は、次のようなものでした。天中軒涼月(一風亭初月)「若き日の小村寿太郎」、浪花亭友歌(沢村さくら)「太閤記〜初陣の巻〜」、天光軒新月(虹友美)「二等兵物語」、天中軒雲月(沢村さくら)「佐倉惣五郎、妻子別れ」。今日は、トップで春野美恵子さんが出る予定で、番組表にも「お夏清十郎」とネタまで出ていたのですが、代演に涼月さんが出られました。どうやら1日目だけ出て、体調不良で交代されたようです。昨日の代演は春野冨美代さんだったようです。涼月さんの「小村寿太郎」は、出されたときに居眠りをしてしまい、今日が事実上の初遭遇。「小村寿太郎」は、「徂徠豆腐」と同じ趣向。不遇な境遇に陥った才人の食事の世話をする物語。今日は、友歌さんのところでダウン。その予感もなく、最前列で居眠りです。睡眠不足でもないのに、この低汰落です。新月さんは、前に一度聴いているはずなのに、よく思い出せないまま、登場を迎えました。辛うじて節の調子だけは記憶があります。多分、前のときは居眠りをしたのでしょう。先代の満月師(前名は菊月だとか)のお弟子さん。この人のネタが、また古臭いもの。今どき、誰もやらないだろうというもの。時代は日露戦争。息子が出征しているのに酒浸りのダメ男。息子が、乃木将軍に誉められたことを、村長を通じて知り改心するというもの。雲月師は十八番の「佐倉義民伝」。確かに十八番なんだけど、このネタに遭遇すると、気持ちが重たくなります。だって、あまりにも重苦しい話なものですから。直訴をすると死罪と分かりながら、苦しい生活を御上に訴える惣五郎が、罪が妻子に及ぶことを避けるため、追っ手が迫るなか妻子に離縁状を届けに来るというもの。長い「佐倉義民伝」の物語があるのでしょうが、浪曲は、相変わらずええとこ取りですから、これ以上のことが判らないのが癪ですね。浪曲全盛期には、そんなのは、皆が知っていたのでしょうね。ということで、ネタ的には単調な筋立てのものに終始した番組となりました。
 浪曲が終わると、昨日同様、1時間をメドにミニウォーキング。昨日、そのくらい歩くと、たちまち腰に重みのようなものを感じてますから、あまり頑張って歩かないをモットーとりながらのウォーキングです。終点は、千日前の件のネットカフェです。こちらで時間調整をして、夜は、「in→dependet theatre 1st」まで移動して、「宮川サキ一人芝居全国ツアー〜大阪編〜」を観てきました。一人芝居は、変化が限られているということで、普段は観ないのですが、宮川サキの一人芝居ということで覗いてみることにしました。4つの全く別個の話を、宮川サキが演じ分けるというもので、その4つの話には、全く連関性はありません。それぞれ独特のキャラを持つ女性を、一人の女優が演じ分けるのを見せるというのがコンセプトの公演と言えばいいでしょうか。宮川サキの言葉で言えば「ネタ」と言うショートストーリーを4つずつ組み合わせて、1回の公演を行うというもので、ネタと呼ぶものは、もちろん4つ以上を持っており、噺家が独演会をするときに、ネタ選びをするようなことをしているようです。今日の4つのネタは、「cafeバイト系女子」「ヌルイ女」「おかん」「円山」。「カフェ」はそのまんま。「ヌルイ女」は歌手のようなんだけど、台詞が小さいのと内容が把握できないため、女のイメージを掴めないままで終わってしまいました。「おかん」は、子だくさんの母親の食事どきの奮闘ぶり。「円山」は、心に秘めた男を、道行く人と酒を呑みながら待つ老婆の物語。ただ、最後に、老婆はしだれ桜の化身と判りますが。なんか本説になるものがあるのでしょうか。黄紺には解りかねますが。宮川サキの一人芝居は、ずっと気になっていたものですから、どこかでは観たでしょうが、じゃ、違うネタで、もう一度観るかと問われれば、観ないと言うでしょうね。宮川サキの四変化を楽しむだけですから、一度観れば十分でしょう。



2015年 5月 11日(月)午前 0時 14分

 今日もいい天気で、昼前まで眠れて大正解。もう背中が痛いほど寝てしまいました。昨晩ほどの気温が、ちょうどいいですね。今日のお出かけの目安は2時半。夜の繁昌亭しか予定を入れてなかったのですが、その前に少し歩こうかの気持ちを込めての時間設定です。天満橋を起点に、終点を天満駅前のネットカフェと定めてのミニウォーキングとしました。ただ腰の不安を、相変わらずに持っているため、狙い通りにいくものではないと解ってはいながらも、狙いは1時間と定めてみました。途中、5分の休憩をとり、計68分のミニウォーキング。残念ながら、今は、これが精一杯ですね。天満のネットカフェで休憩をとり、夜は繁昌亭です。今日は、評判の「はにしか宝塚ファン倶楽部〜エリザベート-愛と死の輪舞-」があった日。その番組は、次のようなものでした。春雨「町内の若い衆」、生喬「ヅカ辰2〜メリーさんの執事〜」、生寿「ヅカ丁稚」、(中入り)、花詩歌グランドロマン「エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-」。宝塚ファンの噺家が集まり、年に1度、宝塚のパロディ芝居を見せてくれる日。今年からは、堂々の2日間公演となりました。前半は落語。出番は化粧に要する時間の順。ですから、キャリアの一番長い春雨がトップで、逆に、一番浅い生寿が中トリとなっていました。生寿などは、師匠のあとから出るという、普段ではありえない出番となっていました。春雨は、ネタの中に、宝塚の話題を盛り込む程度の宝塚度。生喬と生寿は、この会仕様に作った新作。生寿の「ヅカ丁稚」は、2年前に発表したものを、2015年ヴァージョンに仕立て直してのもの。古典も含めて、生寿ベストと言える溌剌とした高座でした。後半の宝塚の舞台の再現にはびっくりでした。去年は、奈良で外せない能の会があったため、この会はパスしたのですが、その間に進化の速度が上がってました。正味1時間半ぶっ通しの舞台でした。もう、それだけで、力の入れようが判ろうというものです。また、エリザベート役の染雀は、幾つの衣装を着たのでしょうか、その辺への力の入り方がすごいものがあります。主な配役を記しておきます。トート(花丸)、エリザベート(染雀)、フランツ・ヨーゼフ(生喬)、ルイジ・ルキーニ(生寿)、皇太后ゾフィー(あやめ)、皇太子ルドルフ(はやしや香穂)。生寿のルイジ・ルキーニ(暗殺者)が、うまいのでびっくりしました。芝居の経験があるなんて話などは聞いたことはありませんから、天性のものなんでしょうね。歌は、やはり姉キンの2人がうまいですね。凝り方が半端じゃなくなってきているこの公演、このあと、裏話を聴くのが楽しみですし、当然、来年の公演が、今から楽しみとなってしまってます。



2015年 5月 9日(土)午後 8時 15分

 今朝は、久しぶりに早起き。夜中に、目が覚めることなく、朝まで直行で眠ることができました。今日のお出かけの目安を8時半に置いていましたから、まことに好都合。いつもだったら、二度寝の真っ最中ですからね。今日は、まず、久しぶりに繁昌亭の朝席に行ってまいりました。「」があったからです。定期的に開かれているこの会、ネタを見て、覗きに行くかを決めています。今日も、そんなで行くことにしたのですが、その番組は、次のようなものでした。華紋「煮売屋」、出丸「ふたなり」、文華「堀川」。11時半に終わるということでか、華紋は、ちょっと長めのマクラ。でも、ネタが「煮売屋」だったため15分しかかかりませんでした。出丸は、マクラから予防線を張りっぱなし。「ふたなり」は20年ぶりだなんて、ちょっとホラを入れながらの予防線。確かに、若手で手がける噺家さんは思いつかないし、出丸も、たまにしか出してないことは確か。米二くらいでしょう。わりかし短い間隔で出しているのは。田舎の、土俗的な臭いのする貴重な噺なんですが。出丸は、本人も気にしていたように、噛むまでは行かないのですが、替わりにスムーズさに欠けるものでした。二人の男が、おやっさんの元へ金を借りに向かうところから下げまで、きっちりとやって、ジャスト40分、確かに看板に偽りのない長講でした。「堀川」も、寄席にかかる頻度が少ないネタ。ましてや下げまで演じる噺家さん自体が少ないというもの。しかし、文華は、最後までやってくれました。実は、文華が、最後までするということを知りませんでした。と言うのも、終盤は浄瑠璃となるため、それを敬遠して、浄瑠璃掛かりになる前で切り上げる噺家さんが、わりといるのです。浄瑠璃が入って、ガラリと雰囲気が変わりますし、「堀川」という題名の意味が明らかになりますから、やはり下げまで行ってこその噺です。けんけんしたケンカ極道男が、急に和みます。その辺のコントラストは、さすが文華は心得たもの。いつ躓くか判らなかった出丸と違い、こちらは、安心して聴くことができました。浄瑠璃まで入った関係で、ジャスト30分かかりました。
 繁昌亭を出ると、直ちに京都への大移動。出町柳駅から徒歩で下鴨神社に向かいました。今年、式年遷宮が賀茂の社で行われるのを記念して「糺勧進能」の復活公演が企画されているのに合わせた行事として、、シンポジウム「糺河原河原猿楽とは何だったか」という催しが、今日の午後行われたのです。パネリストは、当神社宮司の新木直人氏、東大大学院教授の松岡心平氏、東大大学院教授の桜井英治氏、慶応大准教授の小川剛生氏という布陣でした。糺勧進能は、義政の時代の、それも、応仁の乱が始まろうかという時期に、糺河原で行われます。宮司さんから、古地図を用いて、その場所が特定されました。鴨川の方の河原が使われていました。境内ではなく、河原が使われたのは、観客が貴賤を問わなかったため、寺社の境内を使用した場合、文句が出る可能性があるからだろうと、中世の政治経済史が専門の桜井氏が指摘されていましたが、中世って、おもしろい時代です。幕府の将軍などの貴人と庶民が、同じ場に居合わせて、同じ芸能を楽しむというのですから。近世に入ると、貴人たちは庶民と同席しないで、その権力を誇示しますが、中世では、そうではなかった。その心性については、3氏ともに、今後の課題とされていました。女性の参加もおもしろいところ。貴人に割り当てられた桟敷席の配分の仕方や参会者の挨拶の記録に見える女性の重視、忌み日に女性だけを派遣する貴人など、勧進能と女性の関連性の問題も、課題とされました。そもそも勧進ですから、寺社造営などに関わる費用捻出のために催されたイベントですから、今のチャリティ・コンサートに匹敵するのが勧進能。寺社造営に必要な国家財政の逼迫が、その背景とか。また、その財政危機に陥った背景となったのが、将軍職の交代劇、それに伴う政策の転換だったとか。義政の場合は、父義教的政治から義満的政治への転換期に当たり、義満の「嘉例」に則り、日取りや、催行者の年齢、管領職に誰を就けるかなど、義満のときのままに勧進能を行ったというわけだということですから、一石何鳥だか判らないほどの効果を考えた政治ショーだったんですね。この「嘉例」っていうのは吉例とでも読み替えればいい言葉ですが、これはおもしろい中世の考え方です。もう少し演じられた曲や、舞台の構造とか、芸能史から看た糺勧進能というお話になるかと思っていたのですが、社会史の中で、この勧進能を位置付けるという観点に軸があったように思います。だったら、あと一人、民俗学の専門家が、パネラーにいて欲しかったですね。本番は、今月の31日。絵図面に残っている通り、橋架かりが、舞台の真後ろに着けての公演だそうです。これは観たいとは思うのですが、黄紺などの手が届くお値段ではありませんから、あっさりと断念しました。



2015年 5月 8日(金)午後 11時 54分

 今日は動楽亭三昧の一日。ドイツから帰ってきて、立て続けに3回行ったのですが、それ以来の動楽亭。ま、GWのときは避けていたこともありますが。昼間は、当然、こちらの昼席。その番組は、次のようなものでした。米輝「つる」、ひろば「看板のピン」、雀喜「うなぎ屋」、雀三郎「野崎詣り」、(中入り)、宗助「禍は下」、米紫「子は鎹」。今日は、昨日に続いて眠たくてどうしようもありませんでした。睡眠時間は十分に確保できていて、動楽亭に来る前には、ウォーキングもしていないのにです。そのため、ひろばから雀三郎の高座は飛び飛びにしか記憶にありません。もったいない話ですが、ひろばと雀喜のネタは、随分と聴いているもの。惜しいのは、正に季節ものの「野崎詣り」。後半は大丈夫でしたが、最近、遭遇機会の少ない宗助が、連続して「禍が下」とは悲しい。これらを、全て取り返してくれたのが、米紫の「子は鎹」。ネタ出しをしている会で「子は鎹」を出しているのを見たことがあったので、米紫が、このネタを持っていることは知ってはいたのですが、最近、米紫の勉強会からは遠ざかっているため、こうした偶然による遭遇は、ホントに嬉しいこと。お花が家を出ていくところからスタート。虎ちゃんは、母親に着いていく型でした。特徴は、虎ちゃんがよく喋ること。決して邪魔になってないのが、米紫の巧みな見きわめなんでしょうね。虎ちゃんが家に帰ってから、更にうなぎ屋の場面になると、一層そうなんですが、噺の展開が早くなります。うなぎ屋の場面は、最近の演じ手は、皆、そうで、せっかく盛り上げた雰囲気を、あまりに容易く店じまいするようで、いつももったいない感じがしてしまいますが、今日の米紫の口演も、そうでした。
 昼席が終わると、動楽亭三昧の日の定番、天王寺のネットカフェで時間調整。夜は「ご近所落語会」がありました。この会は、動楽亭の近くに住む生寿が、同じく近くに住む小鯛と行っている会。その番組は、次のようなものでした。小鯛「葬式マニア(仮題)」、生寿「七度狐」、小鯛「竹の水仙」、(中入り)、生寿・小鯛「対談」。この会は、二人が一席ずつの落語、そして二人の対談というのが基本構造ですが、最近は、冒頭に、小鯛が自作のネタ下ろしをする時間になっています。小鯛が言うには、この会のサイクルが、ちょうど新作を創るペースに合っているそうです。今回の新作は、ペットの葬式を会社をあげてするという異常事態を取り上げたもの。古典の内、「竹の水仙」は、小鯛自身の会で、既に聴いているもの。あのとき感じた通りで、梅団治からもらったもの。宿の主人が甚五郎を呼ぶときの「お客様」の言い方がそっくりでした。小鯛は、言葉が荒れるときがあるのですが、基本構造ががっちりと固まっているため、むしろ強い、そして判りやすい感情表現と受け取ることができます。この辺は、小鯛の技というところなんでしょうね。生寿の「七度狐」は、あまり聴いたことのないフレーズが幾つか入ったり、またなかったため、誰からもらったのか気になっていたところ、あとの「対談」で、鶴二からだそうです。六代目が旅ネタもしていたから、米朝一門からではなく、笑福亭からもらうようにしたと言っていました。鶴二は、松葉(七代目松鶴)に付いていたような時期があり、その松葉が、一番六代目の旅ネタを受け継いでいるそうで、それが鶴二に伝わっているのでということでした。そういったネタ解題的な話を、二人の「対談」でしてくれます。まるで、生喬と南天が、「夕焼け日記」と称してやっていた対談を彷彿とさせます。「竹の水仙」も「七度狐」もともに、自分の師匠以外からもらったものということで、そういった場合のお稽古のいろいろという話を、二人でしてくれました。もちろん、どの師匠が、どのようなお稽古というのは伏せたままでしたが、いろんな稽古の仕方があることが、よく判り、耳をダンボにしながら聴いてしまいました。



2015年 5月 8日(金)午前 1時 8分

 昨日は、久しぶりにアイシェ・ハヌムと会食。これで、GW期間中、3度の食事会。働いている方々は、やはりGW期間中の方が気楽らしく、短期間に集中してしまいました。昨日は、京都のモロッコ料理店「ラパラカ」でのもの。量は、まるでドイツに来たかのようなものでした。で、今日は、はやGW明け。まずしたことは、腰の牽引に行くこと。GW明けだから混んでるかと思い、余裕を持っていくと、そうでもなく、思いの外早く、大阪への大移動ができました。少し早かったので、北浜から日本橋まで歩いて移動。おまけに日本橋駅上のネットカフェで時間待ち。午後は、文楽劇場であった「公演記録観賞会」に行ってまいりました。今日は、文楽で、演目は「ひらかな盛衰記〜松右衛門より逆櫓の段〜」で(切:竹本津太夫・鶴澤寛治(6代))した。が、北浜から日本橋まで歩いただけで、ネットカフェで待機しているところで眠たくて仕方なく、結局、本番でもダウンしてしまいました。今日、上映されたのは、1970年上演の白黒もの。物語は、義仲の最期を受けて、その家来による義経復讐というのが本筋ですが、全然、その筋立てを追えてはいません。松右衛門こと義仲の家来樋口兼光が先代吉田玉男、船頭権四郎が二代目桐竹勘十郎、女房およしが四代目豊松清十郎らの顔ぶれだったのですが、その中に、駒若君として吉田玉女とあります。もちろん現玉男ですね。かつての名太夫、名人形遣いに接する機会を得ながら、結果的には、その場にいただけになりました。
 文楽劇場を出ると、今度は、千日前のいつものネットカフェで時間調整。そして、夜は「淀屋橋」まで移動し、そこから「フェニックスホール」へ。今夜は、こちらで「スプリング・スペシャル」というコンサートがあったのです。ところが、ネットカフェで時間の確認を行ったところ、目玉のオーギュスタン・デュメイが体調不良で出場できず、替わりのバイオリン、指揮をアンドラーシュ・ケラーがすると出ていてびっくり。アンドラーシュ・ケラーは、ハンガリーのリスト音楽院の室内楽科長と出ていましたから、それだけのキャリアのある方をブッキングしたということは、もう少し前から判っていたってことですね。ま、判っていても、どうしようもなかったことなかったのですが。プログラムは、前半が、シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」。後半が、モーツァルトのディヴェルティメントK.136〜138というもので、オケの主催でしか組めないものでした。但し、演奏された曲自体は、えらくポピュラーなもの。ですから、行ってみようの意欲は、デュメイから出てきたというのは明らかなところです。前半の「ます」は、ピアノの五重奏でも、コントラバスが入り、バイオリンが一本になるという変則構成。中低声部楽器が3つもあるということになります。ですから、弦では、ほぼバイオリンだけがメロディを弾いており、メロディ・ラインは、従って、ピアノとの掛け合いになります。序盤は、弦3本のパワーがなく、低声部の和音を付けるだけのコントラバスが、やたら響くという展開。そういった中で光ったのが上田晴子のピアノ。煌めきのある音が、このアンサンブル全体を牽引してくれていました。時間が経つにつれ、でもパワー不足は解決の方向へ。一つには、こちらの耳が慣れたということもあるのでしょうね。それに伴い、アンドラーシュ・ケラーのバイオリンの良さも全開。音楽を楽しむ心と言えば口はばったいのですが、それが出てきているのに気づくと、実に巧妙に揺れながら、シューベルトの音楽自体を牽引している姿が浮かび上がってきました。すると、他の奏者のスタンスのようなもの、いや腕をできればと言えばいいでしょうか、そないなものが見えてきました。ずーっと我が道を行ってたのはチェロですね。この曲の中でのバイオリンの位置を、しっかりと把握し、また、それに対応できる腕の持ち主でした、今日の代役さんは。後半のモーツァルトは、弦部門の楽団員さんが全員出てきたのではと思うほどの大人数。フェニックス・ホール規模で聴くには、まことに贅沢なこと。最近、この3曲を続けて聴く、ましてやライヴで聴く機会がなかったもので、実にありがたいプログラム。モーツァルトの機会音楽ってのは、黄紺の音楽好きになる原点の一つですから、なんか聴いていて、いろんなことが思い出されました。なお、アンコールとしては、K.136の第3楽章が、再度演奏されました。



2015年 5月 5日(火)午後 8時 24分

 腰の具合が、ほぼ快復。今回は、快復の速度がやたら速かったのです。これは、最悪状態のところで牽引を受けた効果かなと思っています。今まで牽引などの理学療法と快復との関連性が、自覚できていなかったのですが、今回は自覚でき、今後に役立つ情報を得たと思っています。そこで、昨日は、小雨の降るなか、家の近くを歩いてみることにしたのですが、最初はぶらぶら歩きしかできず、それも30分近く歩くと、立ってられなくなり、木陰にある公園のベンチに20分ほど休んでなくてはならず、これは、痛みが和らいでも大変なことと思っていました。次に25分ほど歩くと、木陰にベンチのある公園に行き当たったので休憩することに。ここでは、腰の重みはあったのですが、たまたまいい休憩場所があったから休んだというところ。10分休んで、再び歩き出すと、急に足どりが軽くなりました。歩き初めとは、大変な違いでした。ただ腰の重みはなかなかのものでしたから、あと10分歩いたところで、京阪の駅に着いたので歩くのは打ち上げ。合計65分も歩けたと大喜び。ただ腰への負担は大きく、帰宅後、しばらく横になり快復を待たねばなりませんでした。ま、ぼちぼちですね。そして、夜は、昔の同僚との食事会。いつもは3人でしている食事会ですが、一人が、先週の月曜日にわりかし大きめの手術を受けたため、今回は二人で。これで、この三人は、似たような手術を受けたことになります。次回の食事会は、茶話会程度にして快復を祝う会にしようということで散会。
 今日は、一転していいお天気になりました。昼前まで寝ていて、ちょっとだけ家の用事を済ませると、もうお出かけ時間。今日は、八聖亭であった「喬介、落語しま〜す」に行ってまいりました。2日のあさ吉の会と違い、かなりコアな落語ファンが集いました。喬介の落語は、確実に支持を受けている証拠ですね。その番組は、次のようなものでした。八斗「青菜」、喬介「太鼓腹」「二人癖」、(中入り)、喬介「崇徳院」。チラシには「喬介三席」とだけ書かれていたのですが、八斗が前座で出ました。八斗の高座は、かなり久しぶりの遭遇。その間に、えらい腕を上げていました。自分流の色合いが消え、自然なる噺家口調、噺の運びに、えらく好感を持てるようになりました。しかも、ネタが古風な「青菜」を、きっちりと演じることも見せてくれ、ますます好感度アップです。そのあとは、主役の喬介が、中入りを挟んで三席連続の高座。「太鼓腹」は、以前に聴いた記憶があるのですが、あとの二つは初物。常に甲高い声で、テンションが高いというのが、喬介の高座の特徴。中でも「太鼓腹」が一番高かったのじゃないかな。それも、冒頭部分、茂八がお茶屋の面々に、更に猫にまで挨拶するところ。確かに、このネタは、医者ごとをして遊ぶというものですから、後半は、テンションが下がり気味になるので、ちゃんと力の配分を考えてのことと見受けました。茂八が、思いきりはしゃいでくれるのが盛り下がっていくのがクリアになり、とっても楽しませてもらえました。「二人癖」は、師匠から、誰かからもらうだけではなく、自分で工夫しながら覚えることも大切と言われ、自分のものにしたネタだそうで、あと「壷算」もそうだと言っていました。賭けを始める約束をするところも省かないフルヴァージョン。喜ぶところ、悔しがるところが、喬介らしく大きな表現になったくらいで、特段、変化のあった口演ではありませんでした。「崇徳院」は、40分の大熱演。スタミナが持つだろうかと心配するほどの、力の入ったものでした。こちらは、三喬テイストのものでしたから、師匠直伝のものでしょう。熊五郎の解りやすいはしゃぎぶり、困り、これらが、喬介の手にかかると、やたらとマンガ的になるのだけれど、気がこもってる分、随分とリアリティを持ってきていました。大熱演が大熱演であって、決して空回りの大熱演ではないということです。共感の得られる口演だということです。喬介の会自体は、初めて行くことになったのですが、今まで聴いてきて、外れのない口演を聴いてきたという印象が残っていますが、今日の三席は、正に、その印象通りのものでした。
 帰り道、歩くことに腰を慣らしておこうと、30分ほどで歩けましたが、「淀屋橋」駅まで歩いてみました。昨日に比べて、そのくらい歩いただけですが、腰の受ける衝撃が全然違います。今回は、恢復が急なだけに、ちょっと気持ち悪いくらいです。



2015年 5月 3日(日)午後 8時 18分

 腰の牽引が効いたのでしょうか、腰の具合が、昨日と今日では、随分と違います。睡眠から覚めると、腰の具合がよくなっているのが自覚できるほど、昨夜から朝にかけての変化には著しいものがありました。二度寝から目覚めたのが10時頃だったかな。お出かけの目安は12時15分。今日は、高津神社であった「文太・噺の世界in高津の富亭〜文太の『贋作いろは』」に行ってまいりました。出がけに、少し雨がぱらつきましたが、あとは帰るまでは雨に遇うことはありませんでした。毎月続けられているこの会は、文太が3席、若手の噺家が1席という構成の番組で行われていますが、田辺寄席同様、文太が「開口0番」を務めることから、前座を置かないで、若手の噺家の出番は、番組半ばとなっています。その番組は、次のようなものでした。文太「六尺棒」「居残り佐平次」、真「野ざらし」、文太「つるつる」。考えてみれば、珍しいことに東京ネタばかりが並びました。「六尺棒」は、福笑がやりますが、あとは上方では、文我を除いて演じ手はいないはず。特段、地域性のない噺で、コンパクトに仕上がっているので、演じ手が出てきても良さそうなネタなんですが。遊びの過ぎる若旦那の噺です。「居残り佐平次」は、廓噺の代表的なネタ。上方では南光も、持ちネタにしています。今日は、これを目当てにして行ったようなところがありながら、睡魔に襲われてしまいました。「つるつる」は、ネタの存在は知りながら、聴いてなかったもの。幇間の噺です。一八が芸姑といい仲になったのを邪魔する旦さんに、しこたま酒は飲まされるは、時計はいじられるは、履き物は変えられるはで、いじめらる倒して女の元にかけつけた当の幇間が、何とか女の元にたどり着こうと腐心します。旦さんはしくじりたくない、でも女の元に、約束の時間にたどり着きたいと葛藤する幇間のいらいらが聴かせどころです。ゲスト枠の真は8年目に入ったそうです。「野ざらし」のような、ちょっと長めのネタを聴いたのは、初めてかもしれません。テンポとリズムが肝心のネタですが、そういった点で十分であったかというと、決してそうではありませんでした。唄を唄いながら棹を振り回すところなど、正に一番肝心なところですが、調子ぱずれの唄で笑いを取ってはいけないなと思いました。でも、真が、デフォルメされた女を演じると、演じ手が男に見えてきたのがおかしくて。そういった意味で、両性具有的な存在です。



2015年 5月 3日(日)午前 3時 39分

 更にいっそう、腰の具合が悪くなりました。ドイツでは、ここまでひどくなりませんでした。そのわけが判りました。洋室と和室の違いです、畳の上に座る、立ち上がるごとに、激痛が走ります。そんなで、痛みが半端じゃなくなっています。根本的な解決を求めて、GWが明けたら、頸椎の手術をした病院に行くことにします。かつての手術と関連があると恐ろしいので、躊躇ってしまってたのですが、一昨晩から昨日にかけての痛みは、生半可じゃないので決心しました。こんなじゃ、トルコもドイツも、韓国にすら行けません。昨日は、とりあえず、近所の整形外科医で腰の牽引などを受けたのですが、椅子に腰かけるのもままならない状態の上に、うつ伏せになるのを求められ、激痛に叫び声を上げてしまいました。お世話をしてくださるおばさんたちの優しい言葉に、かなり励まされてきました。それがスムーズに終わり過ぎたため、京橋のネットカフェで時間調整をしなければなりませんでした。GW前なので、整形外科医が、かなり混み合うと考えていたのが裏目に出ました。昨日の午後は、八聖亭であった「あさ吉・ぽんぽ娘二人会」に行ってきました。珍しい組み合わせが魅力というか、変わったもの見たさが先行して行ってまいりました。ぽんぽ娘の高座自体が久しぶりでした。その番組は、次のようなものでした。ぽんぽ娘「引き出しの多い女(仮題)」、あさ吉「軽業」、あさ吉・上田康介「対談」、(中入り)、ぽんぽ娘「メイド漫談」、あさ吉「鯛」。ぽんぽ娘は、あさ吉よいしょのマクラを振りまくり、初めて聴く新作に。彼女の描く女って、現代の下世話な、アブナイ系の仕事をしている女が出てきます。彼女の生きてきた中で出会ってきた女たちかもしれません。そうした女性を描くことができるのは彼女だけじゃないかな。そう思うと、あとのメイド漫談ともども貴重な存在と思えるようになってきました。下ネタも、だいぶとトーンが落ちましたしね。あとで上がったあさ吉は、ぽんぽ娘のメイド漫談を「マンガみたい」と言ってフォローしていました。あさ吉は、ぽんぽ娘が新しいところをやりそうだしと、古くさい噺の方がいいだろうということで、「軽業」をチョイス。ネタは、ともかくも、あさ吉って、米朝や一門のエピソードを喋らせたら、めっちゃおもしろいですね。ここでも、貴重な話を聴くことができました。「鯛」を取り上げるということで、今度は、一緒に回った文枝襲名披露から「鯛」をもらうに至る話。これは、2度目だったのですが、この文枝襲名話から一連の流れでネタ化してしまっています。中入り前に、あさ吉と対談を行った上田康介氏は吉朝の長男。米朝や枝雀の写真を撮り続けたカメラマンに弟子入りして、噺家の写真を撮るカメラマンになっているということで、その写真展が、同時に行われているということで、高座に引っ張り上げたもの。いや勘ぐると、上田康介氏を紹介しようと、あさ吉が3日連続の落語会を企画したものかもしれません。さすが、吉朝の一番弟子と言えるところを見せてくれます。落語会が終わると、歩いて行ける距離にある病院に、元の同僚を見舞いました。週初めに、大きな手術をしたものですから。黄紺の想定を上回る元気さで、ちょっとホッとしました。



2015年 5月 2日(土)午前 5時 44分

 またまた腰の具合が最悪状態です、ほぽ。このような痛みが出てくるきっかけが、まだ判ってないので節制のしようがありません。ミニウォーキングをしたのが悪いのでしようか。働いているときぐらいは、日々歩いておこう程度に留めているのですが。こないなこともできないのなら、絶対に他にアブナイところが出てくると思うのですが。ですから、腰が痛くても予定は粛々と遂行します。元々無茶な予定は立てていませんしね。今日は、午前中に映画を入れていました。午前中しか上映がない映画です。インド映画「女神は二度微笑む」なんですが、大阪で上映していたときには行けず、もう諦めていたら京都シネマでの上映ってのを見つけたのでした。これは、おもしろい映画です。今までに観たインド映画の枠を超えています。シリアスなサスペンス映画で、推理力をどんどん働かせて、一つの謎を追求しようというもの。主人公は、ロンドンから来た身重のインド人女性。夫の失踪の真相を知りに、そして夫を見つけるためにとやって来ます。舞台はコルカタ。その女が探偵役で、ワトソン役が若い警察官。二人の感じがとってもいいのが、この映画の大きな取り柄。小さな手がかりを手繰りながら、判ってくるのは、テロ事件の関係で重要な人物とされている男と、失踪した夫がそっくりなため、事件に巻き込まれたのではないかということ。となると、その重要人物にたどり着けると、失踪の真相が明らかになるはずと、追求は大きな問題へと発展していき、情報局も、この問題へとかんでくる。かなり進んだところで、情報屋なんてのを登場させ、展開に幅をもたらしていくなんて手を使ったり、なかなかよくできている。それに、コルカタの街の雰囲気が伝わる、そうしたロケも、十分に盛り込まれていて厭きない展開。更に、この映画、二重三重に、それまでの流れをひっくり返すことまで用意。倒叙的な手法ってやつです。ワトソン役の警察官について、そして主人公の女性にまで。追い求めた男は、主人公の女に向かって、「おまえは何者」と言って亡くなっていきます。観ている我々も、最後の最後まで、そこまで前提としたことが崩壊して、「あんたは何者」と言葉が出かかります。裏返し、裏返しの技か冴え、推理もおもしろく、絶妙の娯楽映画です。今日が、上映の最終日。よくぞ、おもしろい映画に間に合いました。昨日の韓国映画と、えらい違いです。
 映画館を出ると、三条通まで移動。京都文化博物館に、いい流れで行けるというので、前売り券を買っていたので行ってまいりました。こちらでは、今、「京に生きる 琳派の美」という特別展が行われています。この博物館は、さほど広くないので、腰が心配ながらも我慢しようと、頑張って行くことにしました。今まで日本画関係の展覧会などというものには、ほとんど行ったことのなかった黄紺ですが、ふらっとした気持ちで行ったのはいいのですが、琳派の祖尾形光琳の絵画の特徴をかいつまんで言えと言われても、言えたものではないところへ、琳派となってしまうと、さっぱりなわけです。幸い、現代の作家さんの作品ばかりでしたので、自らの作品に短いコメントを書いておられて助かりました。そこから察するところ、教科書的に琳派を捉え、その作風や描かれる素材や画材を使ったりして表現されている作家さん、江戸時代の琳派もさもあらんというような、現代の作家さんと明かされていなければ、その時代と間違うような作品もあれば、琳派は自由な発想で描いたのが特徴なのだから、自由に描きましたというものとの違いはあまりに大きく、単なる日本画や陶器展、工芸品展を歩いているような特別展でした。ただ、その中に、素人が見ても琳派を簡単に連想するものが多いのかなというものでした。ただ、予想以上に、腰が悪く、コメントをゆっくり眺めることが無理で、作品と言葉を見比べながらそぞろ歩くなどという、真面目な鑑賞者になれなかったのは悔やまれます。1時間ほどいたでしょうか、腰の痛みに、これ以上は無理と、文化博物館をあとにして、大阪への大移動。夜は、昔の同僚と京橋で呑む約束をしていました。3年ぶりの再会でした。3年も会ってないと、お互いいろいろなことがあるものですね。



2015年 5月 1日(金)午前 1時 19分

 今日は、仕事に行っていたときよりも早いお出かけ。結核予防会大阪支部で、胃カメラ検査を受ける日だったのです。今まで、こちらで、毎年、この検査を受けていたため、今までのデータが残っているので、比較をしてもらえるということで、ドイツから戻ってきてから予約を入れたところ、今日の分で、一人キャンセルが出たというので、あっさり検査を受けることができました。去年、同じ時期に予約を入れたら、7月にしか予約ができなかったのと比べると、めっちゃラッキーなんだけど、心の準備も整わない内に、検査の日を迎えてしまいました。もう9時半には、検査は終了。あとの予定からすると、まだまだ早いということで、千日前まで歩いて移動して、いつものネットカフェで時間調整。この時間にネットカフェに入っている人って、何をしている人かが気になったのですが、周りの人たちも、黄紺を見て、そう思ってんでしょうね。ちょうどブランチをとるのにも好都合でした。なんせ、胃カメラ検査後1時間は、絶食絶飲ですから、ネットカフェでの時間調整がベストでした。そして、世間が昼休みに入った時間帯に「心斎橋シネマート」へ。韓国映画「群盗」を観てまいりました。カン・ドンウォン(「デュエリスト」「私たちの幸せな時間」など)の4年ぶりの出演作だということで目をつけました。相手役はハ・ジョンウ(「マドレーヌ」「チェイサー」など)。男と男の対決という映画で、ヒロインのいない映画でした。もう早い内に、黄紺は、この映画をチョイスしたことが失敗だったと気づきました。そして、その受けとり方は、最後まで変わりはしませんでした。朝鮮王朝期羅州(ナジュ)の悪徳領主の庶子として生まれ、正妻の子ではないと疎まれてきたため、かなり屈折した人物がカン・ドンウォン。剣の達人で、めちゃくちゃ強いヒール。ええもん方が、「群盗」という名で表される智異山(チリサン)に居を構える義賊の一団。その一団に、屠蓄人で、家族をカン・ドンウォンらに殺され、それを契機に加わったのがハ・ジョンウ。見せ場は、カン・ドンウォン側が、暴力的に、民から搾取し、思い通りにならなかったら殺すというのが一つ。その暴力の頂点に立つのが、めっちゃ強いカン・ドンウォン。それを、義賊の一団が、いかに克服するか、その中で、ハ・ジョンウが、いかにして強いカン・ドンウォンを倒すのかが、次なる見せ場。こうした対決の構図って、あまりにも陳腐。ヒールは、やるだけやって、またそれに、苦難の中からヒーローが立ち向かう。これだけの映画ですから、韓国B級映画と言えばいいでしょうか。帰りは、腰がまたしても悪くなってきているのに、淀屋橋まで歩いてしまいました。



2015年 4月 29日(水)午後 10時 53分

 世間はGWに入りましたが、毎日が日曜日の黄紺にとっては、電車が混むことを心配するくらいが、変化と言えば変化。毎日、どこかに出かけることを課題にしている黄紺の今日のお出かけの目安は12時半。京橋まで出てから、昨日同様、1時間をメドにしたミニウォーキング。ちょっと腰の不安が大きくなってきているので、それ以上の時間をとることは危険と判断した結果ですが、結構深刻な状態にはなってきています。だから休みながらの1時間強。あとのこと、及び休憩を考え、大阪城内を歩いたあと、終点を天満駅近くのネットカフェに定めてのものになりました。そして、今日は、少し早めの落語会へ。祝日ということで、開演時間が午後5時という「猫間川寄席」に行ってまいりました。場所は、玉造駅から歩いて5分ほどのところにある「サンクスホール」。毎月、文我のブッキングで開催されていますが、年に3〜4回行ってるでしょうか。今年は、ひょっとしたら、今回が初めてかもしれません。その番組は、次のようなものでした。吉の丞「天災」、文三「狸賽」、文我「高野駕籠」、(中入り)、鶴二「ハンカチ」、文我「佐野山」。吉の丞は、普段聴くのとは、ちょっと違った「天災」を聴かせてくれました。心学の先生が違ったり、おなじみのくすぐりがなかったり、出回っているざこばテイストが入る前の型のように思えました。文三は、なんと「狸賽」。前座ネタを、キャリアを積んだ噺家さんがやってくれると、やたらおもしろいという典型的な高座。今は、省く人が多い、狸をいじめているところから入ってくれました。何がいいって、狸の可愛らしさですね、これは、簡単には前座さんでは、出せるものではありません。文我の一つ目は「高野駕籠」。米朝から、段取りや筋立てを聞いていた噺だそうです。駕籠に乗りながら、堺の海に入り、釣りをするという趣向が目につく程度のネタ。下げは、想定範囲内のもの。「高野」から「廁」に繋ぐ安直なものでした。珍品でしか、片付けられないネタです。「ハンカチ」は、繁昌亭の公募台本の入選作。発表会で演じた三風だけではなく、演じ手が増えているネタです。古典派の鶴二も、その一人ですが、わりかし自分風くすぐりを入れていましたが、年数が経った夫婦を扱った噺は、今日のように、年配客の多い会場では、よく受けますね。「歌謡ベスト10」の中に、突如、演歌がランクインした雰囲気の噺に、鶴二は仕上げていました。「佐野山」は、講談の「谷風の情け相撲」。東京の地噺という仕立てではなく、純粋な落語仕立てにしていたのですが、文我のごだわりが透けて見える改変が施されていました。谷風を一人の関取として取り扱うというのが、大きなポイント。講談の世界で出てくる谷風は、技だけではなく、徳を備えた大人格者。ですから、噺の総元締め的な役割を担っていますから、彼を超える存在は出てきません。文我は、もう少し普通の人間に描きたかったようで、親方を登場させました。ただ、佐野山との取組を求める谷風に反対していた親方が、簡単に考えを翻したり、ちょっと解せないところもあり、だったら絶対者谷風の方が良いのではと思いました。まわしを取らしたり、もろ差しにさせたりするのは人情相撲だとする谷風が、最後は勝とうとする、これが次なる大きなこだわりです。負けてやるとまで行けば、人情相撲ではなくなると言いたいのだと思いますし、佐野山自体を、あまりにもバカにしているというところでしょう。でも、最後の一突きで、佐野山が勝ってしまいます。完全に、絶対者谷風を崩壊させました。それって、おかしくないのって、正直、思いました。だって、この噺って、絶対者谷風を認知しているから成立しているはずだからです。その根本まで崩せば、噺自体が成立しないと思ったからです。珍品二題、文我のネタ二つとも、異なった意味で、あまり楽しめなかったなぁ。その替わりと言えばまずいかもしれませんが、鶴二が出た関係で、師匠の六代目の思い出話を、文我が、たっぷりしてくれたのは嬉しかったな。



2015年 4月 28日(火)午後 11時 22分

 どうもお昼前まで寝ているものですから、昼間に予定していることを実行に移すのが億劫になっていきません。今日も、できれば眼医者に行くか、大東市歴史民俗資料館に行くか、いずれかを予定していたのですが、前者は、時間的にダメということで、あっさり却下。後者は、野崎詣りに関する展示をしているというので狙っているのですが、行きにくいので、なかなか気が乗らないものですから、前に起きたとなると、行かない口実にして、こちらも却下。結局、ミニウォーキングをして、ネットカフェで体を休めて、夜の予定だけにするという昨日と同じパターンになってしまいました。ミニウォーキングは、北浜駅から迂回しながら地下鉄の桜川駅を経て、いつもの千日前のネットカフェへというコースで、腰の不安があるため、途中で休憩を入れ、計1時間の行程としました。そして、夜は、谷六の薬業年金会館であった「旭堂南海の何回続く会?」へ。日本にいるときは、最優先にしている会の一つです。先月は、ドイツにいたときでしたので、残念ながら聴くことはできませんでしたが、今は「増補・難波戦記」と称し、普段の「難波戦記」では取り上げられないところや、「難波戦記」の速記本(?)かどうかは知りませんが、講釈師が残した「難波戦記」の幾つかある記録本を比較しながら、抜かれていった部分を増補として読まれているというわけです。前回、予定されていたところまで行かなかったため、今日は、その続きから。講談は、そういった形で聴いても解るのが嬉しいところ。ひょっとしたら、ここ数年間、よく講談を聴いてきた結果が出てきているのかもしれません。読まれているのは冬の陣です。家康軍と出丸で対峙する豊臣軍。幸村の計略は、真田の抜け穴を使い、家康軍の背後に回り込み大砲をぶっ放すこと。これで、家康は、お約束の大久保彦左衛門に抱えられ逃走します。南海さんも言ってられましたが、「般若寺の焼き討ち」と同じ構図。今日の話の方が古いそうです。これを参考にしてできたのかというエピソードも入りました。できるだけみっともなく逃げるというのが、これまた「難波戦記」のお約束。摂津富田まで逃げたとなります。米どころ、お酒、奈良漬との連想で、摂津富田をチョイスのようです。もちろん、この話を作った講釈師の業です。戦も収まったあと、家康のもとへ奈良漬が献上品になったと、話が収まってから、いよいよ、今日の読みもの塙團右衛門へと進みました。家康の逃亡話とは、また別の話です。今日は、野心家で、大将になることを夢見る團右衛門。まず手始めとして、加藤孫六の配下に無禄で入り、出世の機会を伺います。やがて派手な格好で出陣し、朝鮮の役で、抜け駆けをして名前を上げていくというところまで読まれました。今日は、かなり南海さんの蘊蓄が入りました。ときには、本により展開が異なると言って、二様の展開を読まれました。こんなのは、ほぼ南海さんしかできないと言っていいんじゃないかな。ホント、凄い方です。今、「難波戦記」の口演を録音されているそうです。「太閤記」とあともう一つ言われてましたが忘れてしまいましたが、「難波戦記」に続く録音計画があるとか。「米朝全集」の役割を果たすことになればいいのですがね。



2015年 4月 27日(月)午後 10時 55分

 今日も、二度寝が十分にでき、昨日の寝不足分を取り戻した感じ。その替わり、起きたのはほぼ11時。1日の活動時間が減ってしまいました。お出かけは2時半をメドにしていたのですが、少し遅れてしまいました。枚方で、コンサートのチケットを買い、せっかく電車を降りたからと、そのままミニウォーキングに。京阪「香里園」まで歩いて、45分かかりました。そして休憩のため、京橋のネットカフェへ。夜は、守口市文化センターの和室であった「とびっきり寄席」に行ってまいりました。動楽亭では、南天の会があったのですが、相当な混雑が予想されることから、こちらの方を選びました。その番組は、次のようなものでした。優々「近日息子」、雀五郎「寝床」、ちょうば「天職(仮題)」、佐ん吉「火事場盗人」。FMはなこで流すためなのか、開演前の前説が付きます。まずちょうばと佐ん吉のトークが15分ほど。米朝の思い出なんかが話題となりました。いつもと違い、4人とも長めのネタを出してくれました。優々の「近日息子」は初めて。この頃、優々を聴くと、噺の中の人物だけではなく、常に優々自身が見えてしまい、もちろんジャマな感じで見えてしまい、あまりいい印象を持てないでいます。今日も、特にしょうもないこと言いの男を責めるところで、気になって仕方ありませんでした。雀五郎の「寝床」も初めてなんですが、この口演って、雀五郎ベストじゃないかと思うほどのいい出来栄え。立て弁でたたみかけるようにレポートしていくところ、旦さんがぶち切れてしまうところのクレッシェンド、一人の報告に入る小さな小さなくすぐり。これらは、この聴き慣れたネタにも拘わらず、次に、どのような喋りをしてくれるかのワクワク感がありました。恐るべし、雀五郎です。ちょうばは新作、しかもネタ下ろしでした。機内での緊急放送、事故や事件が発生したときに入るあれ、それで呼び出される人が、徐々に思いがけない人になっていくというもの。そこのおもしろさに焦点を当てていたので、呼び出されな人が何をしたとか、そもそも何があったかは、薄くしか触れられませんでした。もっと突っ込む方がいいのか、ちょっと難しいところですね。佐ん吉のネタは、どこかで一度聴いているのですが、それが、どこだったか思い出せません。ディープな落語ファン氏と、「どこだったか」、帰り道で話していたのですが、結論は出ませんでした。黄紺は、くまざわ作品かと思っていたのですが、声をかけて下さった方は、「小佐田作品だと米二さんが言ってた」と言われていましたので、そうなんでしょう。盗みに入った家で火災が発生。慌てる主人は、自分の赤子をつづらに入れ、店の者に託したつもりが、託されたのは、当の盗人だった。最初は、親元に返そうとした盗人だが、情が移りわが子として育てることに。そして、お約束の18年後、実の親との再会でドラマが待っているというもの。いい人情噺です。この噺の口演者としては、佐ん吉をもってしても、ちょっとがさつな感じがしました。齢を重ねながら、より深まる、そないな噺ですね。さて、黄紺は、佐ん吉が幾つになるまで、このネタを聴いてられるのでしょうか。かなり涙腺を刺激される噺で、幾人もの方が、手にハンカチを持たれていました。



2015年 4月 26日(日)午後 11時 50分

 今日は文楽の日。文楽は、夕方から始まるということで、その前に芝居を1つ観ることにしました。日曜日ということで、午前11時開演。今となっては、起床時間あたりが開演時間ということで、ちょっとした緊張があったのでしょうか、全くの寝不足でお出かけ。行き先は、「天下茶屋」駅に近い「can tutku」。黄紺にとっては、初っぱなから大遠征。今日は、こちらで「オリゴ党」の公演「イルカゴロシ」がありました。舞台は生命科学研究所。特殊な研究が行われているという。それが何かということを、なかなか明らかにせず、研究所の所員の人間関係や出入りの業者を描き、本題に触れかかると、ふっとそらしじらす戦法。本題に入ってからの展開があるわけではなかったので、時間稼ぎとしか思えませんでした。本題とは無関係な人間関係を描いたりするのが、逆に本体だったのだろうかと思ってしまいます。本題とは書いてみたのですが、研究所内の秘密を守るための、様々な人間の動き、それに男女関係が絡んできたり、そのおもしろさを描こうとしたのかもしれません。ならば、それらの描き方は稚屈としか言いようがありません。で、隠された秘密というのは、人間とイルカの脳の空き容量を使い、相互に入れ換えをしようというもの。結論は失敗と、簡単に片付けられてしまいました。単なるおもしろい秘密となることを思いついたぞレベルですね、これでは。ちょっと、これでは、もう行けないですね。
 芝居が終わると、歩いて千日前のいつものネットカフェに移動。ちょっとしたミニウォーキングのつもり。いい季節なので、途中、適当に公園を見つけて、スーパーで買ったものでお昼ご飯。そして、夜は文楽劇場へ。「二代目吉田玉男醜名披露」の千秋楽に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。「靭猿」「吉田玉女改め 二代目吉田玉男 襲名披露 口上」「一谷嫩軍記〜熊谷桜の段/熊谷陣屋の段〜」「卅三間堂棟由来〜平太郎住家より木遣り音頭の段〜」。今日も、前半は不調。原因は猛烈な寝不足。前日まで、そないなことはなかったのですが、昨夜はダメでした。芝居のときは、事なきをえたのですが、文楽の方に影響が出てしまいました。それも、一番の狙いの「一谷嫩軍記」で起きてしまったのですが、被害が、前だけ半で済んだだけでも良しとしましょう。「靭猿」は狂言からの取材。展開は全く同じなうえ、能舞台の装置を使います。文楽らしくデフォルメがありますが。「口上」は、千歳太夫が務め、口上を行ったのは、順に嶋太夫、鶴沢寛治、吉田和生、桐竹勘十郎でした。「一谷嫩軍記」は、敦盛を討った熊谷次郎直実が、実は、義経の命を組み、敦盛をかばい、替わりに自らの息子小次郎の首を差し出すという、いかにも文楽という筋立てになっています。この熊谷を、新玉男さんが遣われるというのが、目玉の興行だったわけで、特に敦盛を討ったとして仕方話風に語る前半を、ダウンしてしまったというわけです。ましてや、その前半の太夫さんが咲太夫さんだっただけに、余計に残念な気持ちになりました。後半も、実はなかなかの場面です。バラシの場面、即ち首実検に用意された首は、敦盛のそれではなく、小次郎のものだったというわけで、また、そこから新たな悲劇が展開していき、最終的に熊谷の出家となるわけです。ただバラシのあとのコーダが長く、ちょっとうんざり。筋立てが濃厚なうえ、しつこいコーダ、これが文楽では時々ありますね。ゲップが出るほど満腹なのに、まだ食事が運ばれてくる感じです。黄紺は、いたって少食なものですから、そんなのは苦手です。「卅三間堂棟由来」は、よく出ますね。去年の文楽鑑賞教室にまで出てました。黄紺の好きな演目です。いわゆる異類婚姻譚で、人間の相手が植物(柳)というのが珍しいですが、何か本説となるものがあるのでしょうか。黄紺は、寡聞にして知りません。院宣で、柳の木を伐り、三十三間堂を造るとなったことからスタートします。法皇の病気治癒のためだそうです。それは、柳の精であるお柳という女に死ねと言っているのと同じ。そこから家族との別れ、そしてお柳の死、木の搬送にお柳の気持ちが乗り移る話へと展開していきます。こってり系、脂がぎとぎと浮いてそうな「一谷嫩軍記」のあとは、あっさり味の「卅三間堂棟由来」を並べるという、考えればいい番組構成ですね。戦記ものと世話ものと並びましたからね。今日は文楽4月公演の千秋楽、更にその第2部、オーラスだったからでしょうか、大入り満員、補助席まで出ていました。



2015年 4月 25日(土)午後 11時 53分

 今日は、久しぶりの観能の日。去年の8月以来ですから、ホント、久しぶりです。京都観世会館であった「片山定期能」が、その行き先。京都一の職分家の会は、さすがに大入り。黄紺の狙いは、「翔入」の小書が入る「正尊」。斬組と、能の世界では言いますが、普通の型でも、その斬組、即ちチャンバラが入るのですが、この小書が付くと、かなり大がかりになるのです。静かに進行し眠たくなるのだけが能ではないのです。番組は、次のようなものでした。能「西行桜」(片山九郎右衛門)、狂言「八句連歌」(小笠原匡)、能「正尊-起請文・飛入-」(青木道喜)。「西行桜」は、予定では、シテを片山幽雪が務めるとなっていましたが、既に亡くなっていますので、その息子で、既に片山家の当主になっている現九郎右衛門が替わりを務めました。「西行桜」は、老体の能ですから、まだ年齢的には達してないものですから、声をつぶしかげんに謡い、らしく見せようとしていましたが、如何ともし難いのが、その立ち姿の美しさ。老いた体つきには見えるはずがありません。小細工のしようがないところをつついても始まりませんね。ワキが、福王流宗家の茂十郎師。お若い頃から観ているわけですが、こちらは、正にワキに多い年齢になられました。ま、そういうものでしょう。この九郎右衛門師、実は、「正尊」にも、義経の家臣役で、当初から出番が決まっていたようで、連続して出演。通常は、片山家の当主がツレで出るということはないのでしょうが、お家の稽古能であること、そして、とんぼも切れる軽くて鋭い動きができるものですから、こうした斬り組には欠かせない存在なのです。今日も、味方玄師とともに、切れのある動きで、楽しい舞台を見せていただきました。「正尊」のシテ青木道喜師が、ここにきて「正尊」を務めようとされたわけが、番組表を見て、更に進行とともに判りました。子方が活躍する曲が幾つかありますが、この「正尊」も、その一つです。「烏帽子折」のように、派手に斬り組にかむわけではありませんが、義経が剣を構えると、静御前役の子方も、剣を構えるなんて型が入り、決定的に凄いのは中之舞を舞うのです。子方が舞を受け持つというおいしい役どころを息子さんにやらせようというわけだったのです。「西行桜」は、満開の桜の下、夜、西行の夢の中に桜の老木の精が現れるという幻想的なもの、一方の「正尊」は、頼朝と義経という兄弟の不仲から起こる争いを描いた生々しい現在能。行き方の違う種類の曲があって、能楽が成り立っているというお手本のような番組でした。それにつけても、別会用の小書を付けた「正尊」と、重い扱いの「西行桜」を並べた番組を、定期能で出すなんて、片山家は、なんて太っ腹なんでしょう。
 能が、予想より早く終わり、ならば外をうろつくよりは、自宅で時間調整の方が涼しいと、あっさりと予定変更。夜は、今日も、カフェモンタージュのコンサートに行くことになっていたのです。今日は、バイオリンの石上真由子さんが登場される日。現役の医大の学生さんで、バイオリニストという方。お師匠さん筋に当たられる森悠子さんも来られていました。今日は、他にも用意はされていたようでもあるのですが、メーンに考えていたコルンゴールドのバイオリン・ソナタが長いので。それ1曲というプログラムとなりました。黄紺は、先日ハンブルクで、「死の都」を観てきましたが、コルンゴールドの曲なんてものは知りませんでした。ま、それを聴ける、しかも石上さんが弾くということで、より楽しみがあったコンサートでした。確かに長い。50分は超えていたと思います。ところが、50分もかかったという印象が残りませんでした。それだけ、自分が聴き入っていたということでしょう。4楽章構成ですが、各楽章に、コルンゴールドは、メロディアスな音楽というか、とっても耽美的な音楽を用意しています。「死の都」でもそうですが、高音部を多用したものです。このメロディを、15歳の人間が書くかというものでした。早熟すぎるコルンゴールドと、さほど年齢が離れているわけではないのが演奏された石上さんですが、耽美の耽じゃないですが、おぼれているっていうのではなく、とっても健康的に受け止めてるなという姿勢が貫かれていました。恐らく10年後に、石上さんが弾かれると、変わってくるのだろうなと思える溌剌とした健康的な音に聴こえました。ですから、とってもいいコンサートだったのです。コルンゴールドを紹介してもらっただけではなく、等身大のいい演奏を聴けたという満足感です。「死の都」は20歳のときの作品だというですから、コルンゴールドは基準になりません。妻を失った男の再生物語を、あのような耽美的な音楽で包むなんて、普通の20歳にはできっこないですからね。コルンゴールドつながりで、今度は、歌曲のコンサートを、カフェモンタージュでは用意しているようです。とっても痛いところを突いてきています。また、足を運ぶことになるのでしょうね。



2015年 4月 24日(金)午後 11時 47分

 今日のお出かけは、夜のカフェモンタージュだけ。ゆっくりと睡眠をとり、午前中より「パルジファル」を観て、ドイツの思い出にふけり、眠気を催すとごろっと横になる。これでは、体がなまると、ミニウォーキングに。もう春満開の陽気。桓武陵や桃山御陵を回る1時間と25分のコース。ちょっと歩きすぎました。腰の心配をしながらのウォーキングです。そして、夜は、カフェモンタージュです。今夜は、「ベラ・バルトーク」と題されたコンサートでした。この間、3回に分けて行われていた「バルトーク弦楽四重奏曲連続演奏会」の最終回でした。黄紺は、アンラッキーなことに、前2回には行くことができなかったので、ようやくの気持ちで行ってまいりました。なんせ、カフェモンタージュでは、バルトークものが人気で、そこへさして弦楽四重奏曲ですから、余計に人気をよび、予約開始後3日ほどで満席になってしまうので、このコンサートは、ドイツに行っている間に、替わりに息子にやってもらったほどです。おかげで最終回に滑り込めたという次第です。演奏者は京響のメンバーで、第1バイオリンがコンマスの泉原隆志、第2バイオリンが長谷川真弓、ビオラが金本洋子、チェロが城甲実子という顔ぶれでした。演奏されたのは、2番と6番でした。不協和音が鳴り響き、それが繰り返されていくと、異様な高揚感が生まれていく魔力のような力を持つバルトークの弦楽四重奏曲というイメージに合うのが2番。仕事をするときに音楽をかけて場合、そもそもバルトークをかけておくということ自体が、まともじゃないかもしれないのですが、知らない間に、どんどんと曲が進行し、気がつくと終わっていたという経験が、度々あるのが6番。6番について、オーナー氏は解説で、第2次世界大戦の影響があるのでしょうと言われていました。野性味溢れる2番とは、全く違った行き方をしていました、全体的にも。カールマンのオペレッタを観ていると、オーストリアとハンガリーの違いなんてのが話題にされていますが、バルトークの持つ激しい感情の発露のような音楽は、やはりハンガリー人らしさを表しているのでしょうか。演奏は、カフェモンタージュの空間で聴くには、まことに贅沢なもの。泉原さんの伸びのあるバイオリンが、奔放に動き回る感触が素敵でした。昔、ハンガリーの弦楽四重奏団で聴いたものを思い出しながら聴いていると、何か足りないものを感じ出しました。アクセントを着ける思いきりだと、しばらくして気がつきました。このあと、この4人で、演奏する予定はないので、またお願いしてみたいと、オーナー氏が口走ると、会場から大きな拍手が起こりました。だったら、次はショスタコービチですね。これは、勝手な黄紺の呟きです。



2015年 4月 23日(木)午後 11時 52分

 今日は、7月にある佐渡裕プロデュースの「椿姫」のプレ公演のあった日。3月までいた職場の同僚ご夫妻ともども、兵庫県立芸術文化センターに行ってまいりました。「“椿姫”ハイライトコンサート −ええとこどり!」という名のコンサートで、「椿姫」鑑賞の手引きにしようというものでした。コンサートの進行は、ピアノ演奏を兼ねた伊原敏行さんが、オペラの筋立てを解説し、その流れに合わせて、ヴィオレッタ(坂口裕子)、アルフレード(小林 峻)、パパジェルモン(迎 肇聡)が歌唱を聴かせるというもの。このコンサートの演出も担当した木村孝夫さんがヴェルディ役で、オペラの成立の背景、上演裏話などを加えて、花を添えてくれました。歌われたのは、3人で歌えるところは、ほぼ網羅してくれたんじゃないかな。アリアがなくとも、2幕の第1場のような聴かせどころはたっぷりと時間を取るなどという、味わい深い演出もあり、すっかり「椿姫」の世界に浸ることができました。衣装も着け、動きも入るというものでしたから、もう十分に堪能できたというわけです。このコンサート、今後、県内を数ヶ所回り、7月の本公演に向け、雰囲気作りに貢献する由。どこかの地方公共団体との違いを、今回も思い知った次第でした。
 コンサートが終わり、暫くお茶をしながら、ドイツ話。そして、「梅田」経由で「新今宮」までの大移動。夜は、動楽亭での「上方講談を聞く会」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。南舟「名月若松城」、南湖「長命村」、南海「浪花侠客伝〜大川の達引〜」、南華「梅若丸」。南舟くんは、「名月若松城」を東京の講釈師からもらったんじゃないかな。同じ一門の南青くんも、このネタをしますが、基本的な運びは同じですが、細部がかなり違います。蒲生家についての簡単な解説が冒頭に入ったり、氏郷を投げ飛ばす頑固な侍を試すためと、氏郷は、必死のところを忘れていたわけではないとしていたり、脱藩したあとの侍の様子は描かれなかったり、そもそも松阪での話ではなく、会津若松を舞台にしてありました。そりゃ東京からすると、松阪より会津若松の方が身近ですね。南湖さんの「長命村」が、今日のお目当ての一つだったのですが、今日は、ここでダウン。しっかり睡眠が取れているのに、これはどうしたことでしょう。太閤記からの抜き読みで、安土城を造るときの話のようだという程度までしか記憶に残っていない情けなさです。南海さんの高座が、もう一つのお目当て。南海さんの「浪花侠客伝」は、ホント、どの話を聴いてもおもしろい。今日のネタは、三好屋四郎右衛門の活躍譚です。祭で酒を飲みすぎ、担ぎものをうまくコントロールできなり大事故が起こりそうになったところを、担ぎものをコントロールして救った石仲仕の男に感謝するどころか、半殺しにしてしまう担ぎ手のえんかん(何を指しているのかが判らなかった)仲仕の男こたち。両者の抗争に発展しそうなところを、体をはって救う三好屋の男伊達を描いたもの。チャリの子分を三好屋に登場させたり、いつもながら南海さんの侠客ものは絶品です。南海さんが降りられて、南華さんが上がられると、急にお腹が変調。南華さんには失礼と思いながらも、席を立たねばなりませんでした。「梅若丸」は、謡曲「隅田川」を講談化したもの。南華さんが、東京からもらってこられたもの。既に「はたちの会」で聴いています。幾つか謡曲とは異なる点があります。子どもに名前が着いているところ、ま、梅若丸伝説なんてのがあるそうですが。船頭が、実は公安系の人間だったり、人買いに名前が付いていたり、その人買いの男が、女と同じ舟に乗っていて、捕り物になったりと、かなりダイナミックになっています。20分もないネタなんですね、これって。もう少しあるのかと思っていました。



2015年 4月 23日(木)午前 0時 5分

 今日は暖かい一日。黄紺は、二度寝がうまくでき、起床は11時少し前。ゆっくりと睡眠が取れるようになり、随分と爽やかになってきています。お出かけは、午後4時を目安にしていましたから、それまで家の用事をして、それでも時間があるので、DVDでオペラを観たり、HPの更進作業まででき、まことにのんびりとした一日。お出かけ先は、まず観世会館に行き、能のチケットを買い、それから岡崎界隈をミニウォーキングというほどのことはないのですが、なんせ足には切り傷がありますから、観光客に混じりぶらぶらしてから、いつもの三条のネットカフェへ。軽く休憩をしてからカフェモンタージュへ。ようやくカフェモンタージュへの復帰を果たしました。先日の田村さんのコンサートで、オーナー氏と会いましたので、挨拶はしてあったのですが、今日から、また、こちらのコンサートのお世話になります。ドイツにいる間は、息子に替わりに予約を入れてもらい、難関のバルトークのカルテットも聴くことができるようになっています。で、今日のテーマは「ルイーズ・ファランク」で、ファランクの「三重奏曲変ホ長調」、その前に、フォーレの「三重奏曲ニ短調」が演奏されました。演奏は、クラリネットが上田希さん、チェロが上森祥平さん、ビアノが岸本雅美さんでした。オーナー氏の説明に拠ると、このコンサートは、ルイーズ・ファランクの三重奏曲をやろうとの上田さんからの申し出で実現したものとか。と言われても、ルイーズ・ファランクという作曲家の名前は、これで、初めて聞いた名前。こちらのコンサートでは、20世紀の作曲家が、よく取り上げられますから、新しい人かと思っていると、なんとメンデルスゾーンと同時代分だそうで、実際に聴いてみて納得がいきました。いずれかのソロがあって目だったりとかするのではなく、あくまでもアンサンブルに重心を置いたスタイルの曲でした。誰の曲かを告知されないで聴いた場合、誰の曲と思うかなぁ。ハイドンやベートーベンでもなく、シューベルトでもないなぁ。ましてやシューマンあたりにはいかないのは確か。てなところかと書いても判りませんな。一方のフォーレは、ビアノ三重奏曲のクラリネット版。これも、オーナー氏の説明に拠ると、元々、フォーレはクラリネット用に書き出したらしいということですが、どうもバイオリンの方が、耳になじんでいるようで、ひたすら繰り返し繰り返し、上昇しようとするメロディ・ラインはバイオリン向きのように聴こえました。上田さんと上森さんは、カフェモンタージュでは、おなじみの演奏者なんですが、ピアノの岸本さんは初遭遇の方だったのですが、えらくきれいな音を出される方で、記憶に残っちゃいました。



2015年 4月 22日(水)午前 1時 1分

 今日は文楽の日。だけど、出掛けにアクシデント。何を踏んずけたのか、左足が血だらけに。黄紺の左脚は、大きな麻痺があるので、この痛みはただごとではない。左足の麻痺がひどいので、局部は血の出具合で特定。ホント、左足が血だらけになってました。また、その血が止まらないので、血を拭く手や、その周りまで血だらけに。ようやくじわじわと、患部に痛みが集まってきて、傷の大きさに気づく有り様。黄紺の場合、時間が経ってから傷に気づくってことが多いもので、その痛みを感じ出す早さで、傷の深刻さを知ることになります。でも、お出かけ時間が迫っているので、バンドエイドを貼り付けて、足を引きずりながら文楽劇場に向かうことになりました。どうやら古い髭そりの機材を踏んだようですが、家を出てから、左手親指も血だらけになっており、こちらにも切り傷ができている。痛みを感じないものだから、目で確認して、初めて切り傷に気づいた次第。慌ててバンドエイドを取りに帰り応急措置。ただ、こちらの傷は、何でできたのかは判らずじまい。痛みはなく血だらけって、黄紺にはよくあることですが。ところで、文楽4月公演は、今日が、昼夜交替後の第1部を観る日。ドイツに行っていた関係で、後半の公演を観ることにしたというわけです。その番組は、次のようなものでした。「絵本太功記〜夕顔棚の段/尼ヶ崎の段〜」「天網島時雨炬燵〜紙屋内の段〜」「伊達娘恋緋鹿子〜火の見櫓の段〜」。ただ、今日は不調でした。明け方に目が覚め、二度寝が不十分で、かなり眠ってしまいました。「絵本太功記」は頻繁に出る演目。明智光秀もので、光秀は逆賊との明確な立場で描かれています。母親が、主殺しなどは許されるものではないと、自らの命をかけて諌めるという文楽らしい極端さが出てきます。「天網島時雨炬燵」は、「心中天網島」の同工異曲。いわゆる紙屋治兵衛と遊女小春の物語です。この物語は、治兵衛の妻おさんが、小春が自害してはいけないと奮闘するという部分が入ります。身を引くという行動を執ろうとする小春の命まで取っては義理が立たないというわけです。この辺りも、文楽特有の展開です。筋立ては、「心中天網島」と同じです。ちょっとしたダイジェスト版と考えればいいのかな? 「伊達娘恋緋鹿子」も、よく出ますね。八百屋お七が、江戸の大門を開けさせるために、火の見櫓に上がり半鐘を打つ場面だけを抜き出したもの。20分もかからないオマケ的な出し物ってところかな。
 文楽が終わると、ミニウォーキングをするつもりだったのが、出掛けのアクシデントで取り止めに。いつもの千日前のネットカフェで、時間待ちをするしかありませんでした。そして、夜は動楽亭へ。今夜は「ショウゴイズム」がありました。笑福亭松五の会です。その番組は、次のようなものでした。染八「蓮の池クリニック」、松五「手水廻し」「お囃子紹介」、(中入り)、松五「化物使い」。チラシには、松五のネタは3つで、その内の1つは「お楽しみ」になっていました。松五自身は、新作を発表するつもりだったそうですが、間に合わなかったということで、「お囃子紹介」に変わりました。「持参金」をすることも考えたそうですが、まともに古典3席はきついということで、結局「お囃子紹介」をチョイス。染八が急遽お手伝いで、高座に上がりました。当然、三味線のはやしや香穂さんもお手伝い。ネタの方は、松五でわりかし聴いているもの。「化物つかい」を、適度な間隔で出しているのは、今では松五ぐらいですから貴重なことです。結局、このネタも、仕込みとバラシに分かれていると考えればいいのでしょう。人使いの荒い男のところに、珍しく長くいた男の話が仕込み。長く続かなかった化物の話がバラシと考えればいいのでしょう。マクラを喋る松五は、喋りがスムーズじゃないのですが、ネタに入ると、急にメリハリの効いた喋りとなります。「化物使い」のような長めの噺も、立派に最後まで引っ張って行ってくれました。びっくりしたのは染八。「新作をします」と言って始めたのが、なんと福笑作品。福笑作品を、他の噺家さんがしたのは、洒落で、あやめが茶臼山時代と、近々福笑との二人会で出すのと、弟子のたまが「山寺剽吉」をするのしか知りません。個性の強い福笑作品はもらいにくいという先入観があるのと、現在進行形で、福笑自身がかけているものはもらいにくいものとの先入観、そもそも福笑は福笑と皆が考えているという先入観で、あやめとたま以外にはありえないと思っていました。それを、染八がやり出したもので、びっくりしたというわけです。ですから、染八ほど離れると、こうしたこともありかと思ってしまいました。ただ、染八は、落語界では、特異なポジションにいますから、お願いしやすかったことは確かでしょうし、福笑も譲りやすかったということかもしれません。ちょっと、この件は要注目です。とにかく、松五の会に行き、思ってもみてなかった副産物に遭遇できました。



2015年 4月 21日(火)午前 0時 50分

 昨夜から雨。こないだまでのドイツ、雨がよく降りました。一日おきに雨が降りました。その雨が降らなくなると、いきなり春がやってきました。黄紺がいない間の日本も、雨が、よく降ったようで。まだまだドイツと比べてしまうということは、普段に戻りきってないということでしょうか。今日は、まず芝居を観る日。月曜日の午後に芝居を観れるということで、前からキープしてあった時間帯。京阪「野江」駅近くの「アトリエS-pace」であった「突撃金魚」の公演「幽霊を踏んだ」を観てまいりました。不思議な芝居です。公園で、満開の桜を横になり眺めている幽霊を踏んだため、頭に桜の木が生えてしまった女の物語です。当然ながら、落語の「アタマ山」を連想させるプロット、最後には、この頭にまで、共演者が入り込んでいくという発想も、ますます連想が深まります。頭の木って、広い意味での「個性」って読みかえて観てたらいいのかなぁって思うようになっていきました。強烈すぎる個性、他人の関心は、本人を見る前に、その個性にばかり目がいく。ホントの自分なんてのは見てくれもしない。劇団に誘われ、主役として成功しても続かない。初めて自分を探し求め、そして探し出してくれた男が結婚を求めます。女は嬉しかったのでしょうね、その結婚を受けません。何て台詞を言ったのかなぁ。「やめとこ」までは覚えているのですから。普通の、当たり前の私を見ていたら、逆に自分が見失われていくきっかけになるような気がしたからでしょうか。腹違いの姉妹が出てきます。その女は、アイドルをめざし、多少は成功していきます。そのアイドルをめざす女を出した意味が、主人公の女の胸の内が判ったかのような感じになったとき納得がいきました。個性という名の虚像を売り買いする立場の人間を出したということなのでしょう。全体の雰囲気が、とってもアングラ風に仕立ててありました。安っぽい感じの装置。水を頭からかけたりというなんでもありの雰囲気と言い、そんなのを見ていて、そう思いました。この劇団を、ずっと観続けている要因に、そのように、今どきの劇団には見ることのできないテーマ性、雰囲気に惹かれてしまってるからだというのは、以前から気づいているところ。今日も、その期待に応えてくれた舞台だったと言えるでしょう。
 芝居が終わると、ちょっと買い物に寄り道をしてから、京橋のネットカフェで時間調整。そして、今夜は繁昌亭。「月刊笑福亭たま」があった日でした。動楽亭での公演がパンク状態になり、より収容人数の多い繁昌亭に移ったこの会の入りは、確かに抜けたものがあります。毎月やっていて、補助席まで出てるのですから。その番組は、次のようなものでした。華紋「寄合酒」、鯛蔵「ふぐ鍋」、たま「伝説の組長」「親子茶屋」、(中入り)、染雀「昆布巻芝居」、たま「ショート落語」「学校の怪談」。華紋、鯛蔵と、若手の中でも頗る付きの噺家が露払い。ネタは、ともにしばしば聴いたもの。たまは、まず自作の「伝説の組長」。たま作品の中では佳作組に位置するもの。前半は、際どい、知りたい部分を繰り返すのがおかしく、後半は、あわしげな夢が繰り返されるのがおかしい。パターンはバレていますから、それを前提に、更に笑いを誘うところが凄いですね。「親子茶屋」は、ネタ下ろし以来の遭遇。普通に演じました。あまりに普通だったので、たまは、このネタの何に惹かれたのかが気になってしまいました。普通に演じたら演じたで成果を残せる人なのに、華やかさとか、贅沢な感じとかがしませんでした。これは、ちょっと残念なところ。染雀は、「紙屑屋」を教えたお礼の出番と分析。なんと「昆布巻芝居」を出しました。ほぼ幻っぽいネタ。黄紺も、随分と前に、1度だけ文我で聴いたことがあるだけ。最近、染雀が、雀五郎の会でネタ出しをしていたので、いずれは遭遇できるだろうとは思っていたのですが、こないに早く聴けるとは、ラッキー極まりない話。昆布巻が食べたいばかりに、それが入っている鍋は蓋を開けさせたいばかりに、宮本武蔵の芝居をするというもの。斬組となるところでは、座布団を横に飛ばしての大きな動きが入りました。染雀だからできたものの、なかなか大変なネタであることを再確認。演じ手の少ないはずです。たまのトリネタは、本日の出来上がりの作品。染雀が下りても、なかなか出てきませんでした。たまの場合は、もうこれが売りになっています。まだ出来上がってないというサインなのですから。学校の怪談を切り口に、たま作品を、かつて聴いたことがあるような感じがします。ただ内容は覚えてはいません。たま自身も言ってましたが、既成の4つの作品のアイデアを使ったと。男女の入れ替わりというのは、アイデアの1日つなんでしょうね。あとの2つって、解りませんでした。ただ、この新作、生き残りそうな予感がしました。ストーリー展開に無理がないからです。客席の反応は、もう一つって感じでしたが。一つには、もう9時半を回っていましたから、疲れてしまってたかもしれませんが。久しぶりのたまの会。ネタ下ろしの会は、ずっと行っているのですが、それ以外では久しぶりでした。普段、落語会で見かける顔は少なく、そうじゃない若い女性などが多い客席でした。



2015年 4月 19日(日)午後 11時 22分

 今日は、朝から町内の仕事。そして、午後は京都府民ホール「アルティ」へ。今日は、こちらで田村安祐美さんのバイオリン演奏会がありました。田村さんは、元大阪シンフォニカーのコンマスで、現在は京都市交響楽団に所属されているバイオリニスト。関西弦楽四重奏団のメンバーでもあり、カフェ・モンタージュで、その演奏に何度か接しているということで、今日の演奏会に行ってみようと思った次第です。ピアノは、こちらも、カフェ・モンタージュでのおなじみの塩見亮さん。お二人で、ベートーベンのバイオリン・ソナタ全曲を、3回に分けて演奏しようという試みの、今日は、その第1回目だったのです。今日は、最初の4曲が演奏されました。ベートーベンのバイオリン・ソナタを全曲を聴いたかどうか、自分でも断定する自信はないのですが、今日演奏された4曲で、記憶の中にあったのは、4番の1曲だけでした。1番と2番は、ホント初期の作品という感じで、モーツァルト的な作品。ところが、3番となると、1番と2番と同じ作品番号ながら、ちょっと雰囲気が変わってきます。2楽章の緩叙楽章を聴いていると、もう少しあとのロマン派真っ盛りって雰囲気があるのです。ベートーベンに何かあったのでしょうか。そして、4番になると、この日のコンサートを閉めるにふさわしい大きな変化のある音楽へとなっていきます。ベートーベンらしいダイナミズムが出てくると言えばいいでしょうか。今日は、自由席ということでしたので、わりかし前の席で聴いたからでしょうか、ちょっとピアノとバイオリンのバランスが悪いぞという印象を持ってはしまいましたが、丁寧なバイオリンの演奏に対し、やたらと塩見さんのピアノが煌めいて聴こえてしまいました。ダイナミズムを求められる4番が、大胆さを求められるとともに、それに応じる演奏スタイルだったのかなと思いました。2回目は、「クロイツェル」を含む3曲が演奏されるそうです。トルコにいようかなと考えていた10月上旬の日程。パスをするか、トルコ旅行の日程変更をするか、暫時思案中です。



2015年 4月 18日(土)午後 11時 38分

 ドイツから帰ってきてから、全ての時間が自分のものとして動かせる生活が始まっていますが、それで変わったのが生活のリズム。今までのように、朝早く起きなくてもいいわけですから、夜更かしをする、昼前まで寝ている、こないなパターンができあがりつつあります。お出かけする時間に合わせて目覚ましをセットするのが常態化しつつあるのです。そのための弊害が出始めています。自分の身の回りを、この際、整理整頓するというのが、まずやりたいこととして考えていたのですが、それが、全くできていないのです。これは崩したくないポイントですので、なんとかせねばという、実に小さな問題が、生活が変わった今の課題となっています。今日も、正にその通りになった日。お出かけは、12時15分が目安。行き先は伊丹のAI-HALL。今日は、こちらで「空の驛舎」の公演「追伸」がありました。この芝居、「校庭にて」「児童公園にて」「病院の近くの公園にて」という3つのタイトルが付いた短い話から成り立つオムニバス形式の芝居。それぞれ「死」がキーワードとなった芝居。「校庭にて」は、高校時代の部活で一緒だった3人が、かつての部活での友人の葬儀の帰り道での物語。この物語は、友人の死をきっかけにして、3人の卒業後の生き方を問うというもの。3人の生き方が、それぞれ平等に描ききれてないのが逆に効果的で、また死者について語るということを、ほぼしないという点がおもしろい仕上がり具合。「児童公園にて」は、2組の男女が出てきます。行き倒れた男と妹、その行き倒れ男を前にして、アンケートを取る男と答える女の2組。兄妹の会話(死者も口をききます)は、生き残った者たちの叫びという感じで、とっても直接的な表現になるというのが特徴で、死者は死者で、突然死自体を認識してない様子が描かれていたように思えたのですが、アンケートの2人がよく判らない。行き倒れを前にして、気にする風情を見せながらも、自分たちだけの会話に終始していたためなのです。関心のなさを見せようとしていたのでしょうか、よく解りません。「病院の、、」は、交通事故に遭った男とその彼女との会話の中に、女の友人が訪ねてきて、男に仕事を依頼するのですが、一風変わった雰囲気を持つ女性に仕立ててありました。やがて、友人同士だったはずが、彼女の方が、「この人、知らない」と言い出します。ここからの急展開で、どうやら2人の女性は死んでいる、友人の方は死者だと自身があるのですが、結局、3人の会話というのは、生き残った男の彼女との思い出の中に入っていたようなのです。友人の女性というのは、彼女の生前に、男が会ったことのある人物ではなく、彼女の思い出の中に入っていた小鳥だったようなのですが、当たっているでしょうか。一人残された男の淋しさが溢れていました。「死」を切り口にしての様々な思索が交差した作品。「第20回OMS戯曲賞大賞」を受賞した作品ということです。なかなかの佳品と、黄紺も思います。
 芝居が終わると天満駅まで移動。駅近くのネットカフェは、この辺りに来ると利用するのが定番になっています。そして、夜は繁昌亭であった「桂しん吉春の採点'15」に行ってまいりました。1ヶ月ほど、繁昌亭には行ってなかったものですから、その間に発売が始まったチケットを購入するのも、今日の大事なお仕事。で、肝心のしん吉の会の番組は、次のようなものでした。二乗「千早ふる」、しん吉「若旦那とわいらとエクスプレス」「スシ24の魅力」、元祖お囃子カントリーぐんきち「演奏」、(中入り)、しん吉「社長誘拐事件」。今日は、この春廃止になったトワイライト・エクスプレスに対するオマージュとすべく、しん吉自作の鉄道落語から、関係の3作品を、一挙口演しようという会。更に、マクラやネタの中でも、トワイライト・エクスプレスについての解説が入ったり、思い出が語られたり、「10時打ち」と言われるそうですが、チケット購入のチャレンジ話があり、長い長い会になりました。中入りに入った時点で、既に2時間を超えていたのですから。また、二乗が前座として頼まれたネタ「千早ふる」にも仕掛けがありました。下げにつながる「とは」は、トワイライト・エクスプレスの略称なんだそうです。ですから、正真正銘のトワイライト・エクスプレス追憶落語会となりました。「若旦那」は、黄紺もよく聴いている作品。トワイライト・エクスプレスのチケットを譲ることを頼まれた若旦那が、誰にも引き取ってもらえず、気がつくと在来線を乗り継いで、札幌まで行ってしまう噺。「スシ」は、トワイライト・エクスプレスの食堂車のこと。初めて聴くネタでした。食堂車のフルコースのメニュー紹介が前半の仕込み、後半は、それを真似て作り、アホげなものばかりができあがるというバラシに分かれていました。「社長誘拐」は、昨年の暮、梅団治との二人会で発表したもの。トワイライト・エクスプレス廃止に怒った鉄ちゃんが、廃止撤回を求めて、JR西日本の社長を誘拐するというもの。噺の中に出てくる鉄道カフェが生々しくて、しん吉作品のベスト候補と、黄紺は思っています。ぐんきちの鉄道ソングも入り、もう堪能しました。ゲップが出そうなほどの満腹感のある会でした。



2015年 4月 18日(土)午前 0時 44分

 今日は、メトロポリタンのライブ・ビューイングを観る日。ついこないだまで生で観ていたのに、今日は、映画館での観賞。生で観るのとは、そうは違わないお値段に首をかしげながら、今日は、ジョイス・ディドナートとホアン・ディエーゴを観れるんだと、うきうきとお出かけ。今日のオペラは、ロッシーニの「湖上の美人」。DVDは手に入るのですが、上演機会の極めて少ないもの。メトロポリタンでも初演だそうです。ロッシーニのオペラの中で、いわゆるオペラ・セリアと言われるシリアスものの方で、このジャンルのものを、ロッシーニは数多く書き残しているわけですが、こちらのジャンルの上演機会が少ないというのが現実です。舞台はスコットランド、その地での国王軍にはむかう一団、不勉強で、どの時代を想定して描かれているのかを調べずに観に行ってしまったのですが、その対立関係に、男女の恋愛が絡むと言えば、「ロメオとジュリエット」的関係を想起しますが、このオペラは、少々ひねりが加わります。湖上の美人ことエレナ(ジョイス・ディドナート)に恋する男が3人もいるというのが、そのひねりの基。一人は、身分を隠してエレナに接近したスコットランド王(ホアン・ディエーゴ・フローレス)、そして、二人目が、反乱軍を率いるロドリーゴ(ジョン・オズボーン)、三人目が、反乱軍に加わるマルコム(ダニエラ・バルチェッローナ)。エレナのポジションというのが、父親が反乱軍に加わるダグラス(オレン・グラドゥス)というのだから、黄紺が苦手なちょっと複雑な人間関係。冒頭で、早くもMCのパトリシア・ラセットが、「二人のテノールは報われません」「二人のメゾが結ばれます」と結末をばらしたのですが、こういった人間関係ですから、どのような展開で結ばれるのか気になるのが筋立て。前にも、このオペラを観ている黄紺ですが、すっかり忘れてしまってますから、進行をたっぷりと楽しむことができました。両軍は激突することになります。その一方で、身分を隠して愛を告白する国王。でも意中の人(マルコム)がいるエレナは、これを拒みます。国王は、自身の告白が真実であった証に、「王から賜った」指輪を渡し、「困ったことがあれば指輪を王に見せなさい」と言って去るのですが、これが、後の反乱軍に対する恩赦の伏線になり大団円を迎えるのですが、ちょっと指輪は水戸黄門の印籠でもあり、「ラ・チェネレントラ」の腕輪に通ずるものがあります。爽やかな終演を迎える重要なアイテムです。戦いの中で、ロドリーゴが亡くなり、エレナを巡る男の一角が崩れ、国王は引きますから、残るは意中の人マルコムだけとなるわけです。一方、戦いは国王軍の勝利となり、ダグラスは部下の命と引き換えにということで、王のもとに出頭し囚われの身、同じくマルコムも囚われてしまいます。そこで、指輪効果が出て大団円となるという趣向でした。舞台がスコットランドですから、ヒースの痩せた風景で済みます。そこにエレナのあずまやを出したり、木を差し込んだだけで、場面転換を図ったり、小技が冴えた印象。王宮の場面になる前には、照明をしぼり場面転換を行い、王の身分明かしでさ、玉座、廷臣たちがせり上がってくるという具合で、とってもスムーズ。感情表現に対する指示(ポール・カラン演出)も細かく出ているようで、歌手陣も、インタビューで高く評価していました。このプロダクションの前に、よく似た陣容で、ミラノで、このオペラをやってきたようで、それに比べて的な物言いをしていた歌手もいたほどでした。歌手陣は、狙いの二人だけではなく、2幕の国王のアリアに次ぐ三重唱が、凄まじい聴かせどころ。狙いの二人に加えて、ロドリーゴが加わるのですが、そのロドリーゴというのは、国王と同じ声質のテノールが務め、正にハイCを交替で出すというすごい試みです。ロッシーニ、ホントやってくれます。それ、三者三様の渾身の歌唱に圧倒されました。ジョイス・ディドナートに至っては、頬の色がどんどんと紅潮していくのが判るほどの気合いの入れようでした。それに加えて、マルコムが良かったなぁ。黄紺は、この人、映像でだったはずですが、何かで観ているのですが、思い出せないのです。とまあ、これだけ揃えばそうなるだろうし、また、そうなった見事なプロダクションに遭遇できたことに感謝です。
 オペラが終わると、京都で一つ所用を済ませ、大阪へ大移動。本来ならウォーキングというところなのですが、腰に不安を抱える今、時間調整によく利用する千日前まで、天満橋から歩いて移動することに留めました。途中、文楽劇場に寄ると、4月公演での「吉田玉男襲名」を記念しての特別展示をしていたものですから、流されていた映像に、すっかり見いってしまいました。30分近くいたんじゃないかな。最初の目的は、海舟氏がボランティアに来られてないかなと覗いただけだったのですが。ありがたい副産物に遭遇できました。それからネットカフェで時間調整。夜は動楽亭に移動し「南湖の会」に行ってまいりました。先月は、以前から予定していた宴会でお休み。「難波戦記」はおさらい編に入っているはずが、まだ大坂城は落ちていませんでした。その「難波戦記」に先立ち、「英国密航」と「八百八狸〜発端〜」が読まれました。「英国密航、海を渡った長州ファイブ」は、最近、南湖さんがよく読まれるもの。師匠譲りのネタのようです。もちろん、井上馨、伊藤俊輔らの物語です。「八百八狸 松山狸騒動」は、南湖さんが、「難波戦記」のあとに、この会で読む予定にされているもの。物語の本舞台は、伊予松山に住む悪わるしい一族との対決話らしいのですが、今日は、その主人公が特異な育てられ方をして、そのため特異な能力を持つに至る経緯を含めて、その出自について読まれました。なかなか楽しめそうな内容でした。そして、「難波戦記」なのですが、平野で家康が地雷に脅かされ逃げまどうところからのスタートでした。「難波戦記」は、完全に大坂方に立って構成されていますが、その中でも最も痛快なところ。とにかく家康が、みっともなくみっともなく描かれ、命からがら三河に逃げ帰るところなんですから。そういった部分ですから、抜き読みでも、しばしば取り上げられるところですね。聴き慣れたところという気の緩みが、そんなで出てしまったとみえ、気がつくと、今度は、大坂方が総攻撃を喰らっていました。次から次へと、豊臣方の武将が討たれていく話になっていたのです。かなり居眠りをしてしまったのかもしれません。そんなで討死の話が続くと、自ずと大坂城落城なんてところに入る前に、今日は終わってしまいました。千姫救出は、わりかし丁寧にでもなかったかな、家康からの和睦の申し入れ話も、さほど詳しくはないのですが、そないな挿話が詳細に入ると、簡単には終わりませんわね。でも、そのあと薩摩落ちがあるのですが、次回で終わると南湖さんは言ってましたが、大丈夫でしょうか。ま、いつ終わらねばならないというものではないのですから、ゆっくりと楽しみましょう。



2015年 4月 16日(木)午後 11時 53分

 今日は、所用があって、3月までいた職場に。その途中にある顔なじみの食堂に「しばらく休みます」の貼り紙。随分と通った食堂の親父が、以前、通院しているなんて言ってたことを思い出し不安に。所用を済ませて、職場からの帰り道、弟の家に寄り、一旦帰宅。家で時間待ちをしてから、夜の落語会へ。今夜は、久しぶりに「養蓮寺寄席」に行ってまいりました。五条烏丸近くのお寺で、定期的に開かれている落語会。何よりも、仁智がブッキング担当で、毎回出演というのが魅力の地域寄席。今夜の番組は、次のようなものでした。智六「花色木綿」、花丸「近日息子」、岐代松「紙入れ」、仁智「アフリカ探検」。智六の落語を聴くのも久しぶり。彼のとらえどころのないマクラは、たまに聴いてみたくはなるのですが、ネタに入ると、どことなく不安げな顔を見せてしまいます。聴いているこちらも落ち着かなくなってしまいます。花丸は、いきなり宝塚の話に入るものですから、なかなかついていけてない客が大半なのですが、進むにつれ空気が変わっていきます。やはり宝塚漬けのマクラは鉄板です。「近日息子」の爆笑部分は、言わずと知れたしょうもないこと言いの男をいじるところ。花丸テイストのくすぐりが入ったり、最後は、見台を振り上げるところまで行くのですが、なんかクレッシェンドが物足りなくて。先の見える花丸にしては、ちょっと珍しい現象でした。岐代松の「紙入れ」は、自分的には初もの。でも、「紙入れ」をする噺家さんて、どうしてデフォルメしすぎるんでしょうね。岐代松の場合は、最後には上滑り状態で、肝心の下げがぼやけてしまいました。でも、新さんを引っ張りこむ女が、それらしい感じで、なかなかのものでした。仁智の「アフリカ探検」は待望のネタ。なかなか遭遇できなかったものに、ようやく遭遇できた嬉しさを感じています。このネタって、「阿弥陀池」風のネタだったのですね。マクラでも、旅の話を仁智がするものですから、旅ネタの進行を見せるのかと思っていたところ、アフリカ探検の自慢話を聞いたアホが、友人に自分のことのような話として喋るものですから、失敗ばかしをするという「阿弥陀池」型となるわけです。ちょっと「近日息子」とつくところがありますが、爆笑ネタであることには変わりはありません。仁智は、ネタに入る前に、旅がらみで、プロペラ機体験を話したものですから、もうその段階でヒートアップ。ネタを、連続して2つも聴いたという感じがするほどのたっぷり感のある高座でした。なお、開演前には、いつものように、金剛流の今井克紀さんによる仕舞(自然居士)があり、終演後には抽選会がありました。



2015年 4月 16日(木)午前 0時 58分

 ドイツにいて、一番枯渇感に襲われるのが、落語や講談などのライヴに行けないこと。ですので、帰ってきて一番最初にすることと言えば寄席通い。まず、動楽亭の昼席。あまり後半の方の昼席には行ってなかったのですが、今日は、得がたい好メンバー。黄紺の帰国を待っていてくれたかのようです。その番組は、次のようなものでした。優々「動物園」、ひろば「竹の水仙」、福矢「天災」、三喬「花筏」、(中入り)、染雀「花ねじ」、小春団治「猫の災難」。優々は、久しぶりに「田楽食い」から離れてくれました。ひろばは、この位置で「竹の水仙」とは、勇気ある行為。なんか、このあと出す機会があるのかもしれませんね。福矢は、得意の鶴志ネタをマクラで披露。「天災」に入るには、絶好のチョイスです。関口のご隠居が出てきたので、ざこば組の誰かからもらったものでしょう。マクラが効いて、いい聞き物になりました。三喬は「花筏」。三喬テイストのくすぐりをちらつかせながらも、骨太の仕上がり具合。聴いていて、三喬って、結局、何をやらしても上手いと思わせられました。地噺的部分の語りがしっかりしているからなのでしょうね。染雀は季節ネタをということで「花ねじ」。やかましく語るというのが、このネタの進め方の手なんでしょうね。ご陽気に、最後の鼻ねじは、正に花見の座興っていうところですね。染雀は、下げのあと、大和屋に伝わったという躍りを披露してくれました。小春団治は、自身の酒の失敗談をしてから「猫の災難」へ。このネタ、確か独演会で出したものですよね。大きなネタが、こうした機会に聴けることは、まことに嬉しいこと。酒のネタでは演じ手が少なめのネタということもあり、ラッキーな印象。この噺、胴のない鯛をもらって帰るところって、なんか仕事帰りに、一杯ひっかけた感じなんだけど、時系列で言うと、喜ぃ公は、朝から呑んでるわけですから、魚屋に寄るくだりは昼間なんですね。その部分って、どの酒の噺に入るか気になり、鯛が出てきて「猫の災難」と判ると、急に目がつり上がります。やはり遭遇機会が少ないもので。小春団治の口演では、酔う喜ぃ公が唄う場面が入りました。こんなのあったっけと思いながら聴いていたのですが、それも含めて、わりと古風な印象を持ってしまいました。そんなで、落語会への復帰戦を果たしました。やっぱ、落語を聴いているってのは格別です。
 動楽亭昼席が終わると、今日は、夜も動楽亭でしたので、天王寺のネットカフェで時間待ち。夜は「生寿成熟の会」がありました。その番組は、次のようなものでした。團治郎「初天神」、生寿「米揚げいかき」、歌之助「花筏」、(中入り)、生寿「さんま芝居」。團治郎の高座は久しぶり。しかし、その間に、えらく腕を上げていました。もちろん前座ですから、「初天神」はみたらし団子屋まで。父親のぶっきら棒なしゃべり方がいい。あまり思慮のある父親に思えず、こりゃ虎ちゃんにやり込められるわと思わせるものがあるのです。ゲスト枠の歌之助は、最近聴いた「花筏」。しかも、昼間に三喬で聴いたばかりということもあり、時差ボケで睡眠不足が出てしまいました。後半が、かなり跳んでしまいました。生寿は、持ちネタを3グループに分けているそうで、1軍は、どこでも安心して出せるネタ。1軍半は、慣れた会で出せるネタ、2軍は自分の会でしか出しにくいネタなんだそうです。ですから、「米揚げいかき」は2軍になるのだそうです。前座ネタのわりには、あまり出してないということは、ネタとの相性ってやつでしょう。「さんま芝居」の方は、フライングをして、1度出したことがあるそうですが、生寿の新ネタ。「さんま芝居」と言えば、文我からもらったとしか考えられませんが、本人の口からも確認されました。田舎者の口調が、正に文我の口調そのものでした。あまり長くはありませんが、芝居が入るからやりたくなったのかなと思いながら聴いておりました。この会も、徐々に客が増えてきています。生寿自身の落語に対する情熱、おしゃべりだけど、親近感が持てるマクラの魅力が、好事家を中心に集客力を高めています。



2015年 3月 16日(月)午後 11時 49分

 この水曜日の夜出発で、春のオペラ紀行に出かけます。わりかし出る前にトラブルが続いています。先日も、さる歌劇場からキャンセル通知が届きました。宿も押さえ、鉄道の早割も押さえたあとですから、一時は真っ青だったのですが、なんとかなりました。今回は、これに似たパターンが、あと3つありましたから、ちょっと尋常ではありませんが、なんとか乗りきれていますが、日本を出てからだとお手上げですね。
 ところで、昨日は、今の職場のOBやOGの方々の懇親会に仲間入り。京都の街の散策に食事会、とってもいい時間を過ごせたのはいいのですが、続けて歩いたために、またしても腰が心配、ついでに膝もという具合で、ますます不安がつのるばかりです。そして、今日は、その旅行前最後の夜遊び。「高津神社」であった「たまの微笑落語会」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。紋四郎「色事根問」、たま「夢八」、笑子「笑子ワールド(地獄八景)」、たま「辻占茶屋」、(中入り)、たま「代書屋」。紋四郎は、春団治が1年何ヵ月ぶりかで、人前で挨拶したことを紹介してくれました。さすが一門の噺家さんです。紋四郎も、前座として重宝されています。たまの一つ目は「夢八」、冒頭でネタ解題が入りました。露の五郎一門のものでもなく、小佐田センセの手が入った雀々のものでもなく、笑福亭のものを覚えましたということでしたが、笑福亭オルジナルな「夢八」って思いつかないのです。なんとなく6代目のネタに入っていたようにも思うのですが、自信があるわけではありません。たまも言ってましたが、前半が聴いたことのないもの。八兵衞が仕事をしていないのは、夜番の仕事をしくじったからだとなっていました。その失敗談がおもしろく出来上がっているのですが、その仕事として太鼓を叩きながらの夜番があったということで、床を叩きながらの首吊りの見張りとなります。これは、えらい合理的なため、もし「夢八」にネタの伝承の道筋というものがあるなら、今日、たまが演じた型がルーツになるのでしょうね。いよいよ見張りに入ると、祟りをなす猫が息を吹きかける前に、八兵衞は境のムシロを落としてしまい、首吊り死体と対面してしまいました。ここは、現在五郎一門のしている型に軍配かなと思いました。どこから八兵衞の夢の中の噺かが判らなくする方が、噺に深みが出ると思うからです。でも珍しい展開に大満足。笑子は、オーストラリアから、昨日戻ってきたとか。またまたバタ臭くなっていました。最初、鶴笑と戻ってきたときもバタ臭く、シンガポールに旅立つ前に、一番日本の色に染まってはいたのですが、それ以後は、どんどんと日本から解離していきますが、それを観るのが、黄紺には楽しいのです。衣装の派手さ、ノリのリズムやくすぐりが、日本のそれと違うのです。今日は、腹話術でのパペット落語。なんと「地獄八景」を10分でやろうという試み。地獄行きのきっかけになる死ぬ場面、亡者が列をなして歩く場面、地獄の旅行社、閻魔の前でのジャッジ、一芸披露がパロディ化されていました。たまの2つ目は「辻占茶屋」、「本日の自信作」と、自らハードルを上げて臨みました。いつも聴くものとは違うなと思われたのは、辻占を、ねじり昆布でしたっけ、包み紙の文句ではしないで、隣から聴こえてくる唄だけでしたことと、四ツ橋の身投げでは、女だけが石を投げ込むというもの、また、最後に二人が出逢うのは、お茶屋の前ではなく、単なる路上。女の身投げが嘘だったことを知った男が、「心底見えたり」と言うのが下げ。噺の流れから来る下げなものだから、客席はどっときました。その辺のたまの読みが心憎いものがあります。中入りを挟んで、たまの3席目は、ネタ下ろしではなく、修行時代に習ったという「代書屋」。たまが、師匠福笑に付いている頃、春団治、枝雀も出ている会に行くと、枝雀が、春団治の前で「代書屋」を出して、春団治に意見を求めたところ、春団治が「君は君のやり方でやりなさい」と言ったのを聞いた福笑が、「代書屋」というネタに目覚めたという話をしてくれました。いい話ですね。このおおらかさが、伝承芸の枠を超えるものを、落語は持っているように思います。たまは、代書屋という職業がどういった地位だったのかを意識した好演。代書屋が活躍した時代背景を残すため、御大典の挿話を残したりの工夫はさすがです。いい爆笑編に仕上がっていました。



2015年 3月 15日(日)午前 0時 45分

 昨日は、以前の職場の方々と、今年で定年を迎えられた方のお祝いの会。そのため、落語等の夜遊びはお休み。そして、今日は、午後に関西フィルの定期演奏会に行くことになっていたのですが、せっかく買っておいたチケットを紛失。いくら探しても見つからない。ということが、ついに起こってしまいました。前売りチケットの管理には、十分に注意をはらっていたつもりだったのですが、やっちゃいました。いつか起こるかもとは思ってはいましたが、実際に起こると、情けなくて情けなくて、、。結局、仕方ないので、自宅で悶々たる時間を過ごすことに。気を取り直して、夕方から大阪へ。動楽亭であった「新世界で南天の会」に行ってまいりました。先月も、「らくだ」を出すというので行ったのですが、もう大変な入り。もう動楽亭では無理でしょう。たまに次いで、動楽亭卒業第2弾の噺家になりそうです。今日の番組は、次のようなものとなりました。弥太郎「寿限無」、南天「桜宮」、坊枝「天王寺詣り」、南天「鬼薊」。「寿限無」は、弥太郎の前座ネタの定番。名前の由来が終わってから変化を出します。最後には、寿限無が父親になり和尚のところにやって来るというものでした。南天は、一つ目で目一杯のマクラ。今日は高級家具屋に行った話と、新しく買った便座の話を、たっぷりとしてくれました。南天の「桜宮」は、誰よりも明るいのがいいですね。それだけで、春爛漫の風情が出ます。この春は、「桜宮」に当たる傾向が出てきています。ちょっとなかったことです。ゲスト枠に坊枝というのは、なんとも不思議。坊枝もそう思ったのか、二人の関係を、かなり脚色も入れながら紹介。子どもさん繋がりだそうです。その話に加えて、今、繁昌亭昼席では、「文鹿ウィーク」が続いており、坊枝も出ているのですが、そうなると、文鹿の師匠であり、且つ坊枝の兄弟子になる文福と一緒になるということで、文福ネタが出ました。ということで、かなりロングなマクラ。ネタは、米朝一門では演じ手が少ないということで、得意の「天王寺詣り」。南天の2つ目が、本日のお目当ての「鬼薊」。人情噺でもない大盗人の子どもの頃の噺。いかにも釈ネタって感じがするのですが、講釈で、これをやってるのを見つけたことすらありません。南天は、清吉を悪々しく描くということはせず、淡々と世話もの語りという感じの口演。当然、師匠の南光からもらったのでしょうが、南光も、そういった語り口ですね。先代歌之助とは違う語り口です。子どもの頃の話の中では、大盗人になる人物との紹介さえしなければ、それも十分にありと言えます。ということで、「鬼薊」でお開き。来月は「天神山」だそうです。これも外せないですね。



2015年 3月 13日(金)午前 9時 54分

 今、「大阪アジアン映画祭」が行われています。ところが、チケットの売れ行きが凄まじく、黄紺が気がついたときには、かなりが完売状態。仕方なく当日売りが残っているようなマレーシア映画「カッパドキアの甘い恋」は観ることができました。丁度トルコ絡みだということで、マークしていたものだったので、ラッキーと言えばラッキーな話です。映画は、ラヴロマンスと簡単にまとめることができますが、俳優さんを隠してしまえば、日本、アメリカ、ヨーロッパのどこの映画と言われても判らない代物に、まずびっくり。だって出てくる人たちが、皆、セレブ系で、リッチの家に住み、洒落たオフィスで働いたり、こましなカフェでお茶したり、スポーツクラブでエクササイズをしたりという場面しか出てこないのです。おまけに、外国に買い付けに行くということで、トルコの調度品を仕入れに行くという具合ですから。筋立ては解りやすいもの。標題通りの恋物語ですが、少しずつフェイントがかけてあります。女性が既婚者と思わせる場面が序盤に続きます。二人が燃え上がると、今度は、男性に妻子がいるのではとの疑惑が持ち上がります。そういったフェイントを経て、二人が結ばれるという物語。午後からのシンポジウムには、この映画の監督と台本作者が、この映画について語ってくれたのですが、マレーシアでは、男女が接触する場面は上映できないため、様々な工夫を施すそうです。ですから、イマジネーションを働かせながら、ちょっとした行為や言葉が、象徴性を持っているかもしれないのです。そういった意味で、きっちり読み解けたかどうかは判りません。でも、どう観ても、この作品は娯楽作品であり、大衆的な支持を求めて創られた作品です。セレブで、自立した女性、そして甘い恋物語、それが、娯楽作品として、マレーシアで一般的に流布している。それを知っただけで、もうびっくりです。丸でマレーシア版トレンディ・ドラマを観た思いがしました。
 映画館を出ると、「大阪歴史博物館」に移動。午後は、こちらであった「大阪アジアン映画祭」を記念したシンポジウムに行ってきました。黄紺は、ここまで、この映画祭の上映作品は1本しか観ていませんから、今年、この映画祭で上映された他の作品について、ちょっとだけでも知る機会になるかもと思い、シンポジウムに参加をしたのですが、実際は、「カッパドキアの甘い恋」の監督さんと台本作家さん、そこに京大の先生で、マレーシア映画に詳しい方がパネラーとなられたものですから、全編、パネラーの監督さんの作品についての検討というものでした。従って、黄紺は運が強いと言えば強いのですが、替わりに、この映画祭を通じて看ることのできる傾向のようなものは、一切知ることができませんでした。聞いていておもしろかったのは、上に書いた表現法に関する制約の問題。ご自分らのことを含めたアイデンティティの問題。これらについての発言に興味か惹かれました。マレーシア人としての統合については、世代が一つくだると、様々のマレーシア人が出てきているので楽観視しているような発言があったのは、外向けの発言のような気が、半分ほどしました。楽観的な見通しがされる一方で、自分たちの映画制作チームが稀な構成をしているとも言ってたのが気になりました。そないなお話を聞いていて、「カッパドキアの甘い恋」というのが、どの辺りをターゲットにしているのかが気になりました。この映画でも、格差社会が、一つのプロットとして使われていましたから、そういったことを前提にして考えると、この映画が、マレーシアの全ての層から支持を受けるとは思えないと考えること自体が的外れなんでしょうか。ちょっと消化不良で終わった大切な問題でしたが、京大の先生がいいことを言われました。マレーシアは、エスニック集団の関わりでは世界の模範となるべき国だ、一つのケーススタディとしてとしてとの意味合いでしょうが、そういった意味で世界の注視を受ける国なんだとの押さえをされたこと、これは、今後のマレーシアの拠って立つべき位置なんでしょうね。
 シンポジウムが終わると、徒歩で繁昌亭へ。前売り券の購入のためでした。初めて繁昌亭昼席の1番をゲットしました。それから千日前のネットカフェへ。夜は、高津神社であった「高津落語研究会」に行ってきました。前回の80人ほどの入りに比べ、ぐ〜んと落ち52人の入りだったそうです。ただ前回の入りを想定して、かなり窮屈に席を設定。こんなのは、たまが仕切るようで、実際にはそうならなかったら、窮屈なのはたまの責任とされ、その責任転嫁が笑いを誘うというのが、この会の笑いの一つの構図になっているということは、固定客がついているということです。会場に入ると、とにかく若い女性が、大きな声で喋っているというのが特徴ですね。ところで、肝心の番組は、次のようなものでした。たま「貧乏花見」、雀五郎「米揚げ笊」、ひろば「佐々木裁き」、南天「皿屋敷」、全員「大喜利」。たまの「貧乏花見」がかなりの優れもの。花見に持って行く食い物のバカバカしい洒落の繰り返しを控えめに、だけど貧乏であることを徹底させることは外さず、衣装については、出かける前では全面カット。だけど、お囃子に乗って桜宮に出かけるときに入れます。ちょうど「鷺取り」の「えらいやっちゃ」に乗せてエピソードを入れるやり方です。これは、めっちゃグーなアイデア。桜宮についてからのきちゃない光景は、目の前にパーっと広がりました。口演としても拍手もの。「不動坊」「兵庫船」「宿屋仇」などと並んで、たまベスト集には、確実に入ります。雀五郎は、他に配慮したのでしょうか、彼だけが軽めのネタ。インテンポで、かなり早口の口演、だけど噛みません。淀みがない分、知らず知らずに引き込まれてしまっていました。ひろばの「佐々木裁き」、黄紺は、ひろばが「佐々木裁き」を持っていたことを知りませんでした。そうだったからかもしれないのですが、なんとなく聴いていて居心地の悪さを感じてしまいました。なんか、ひろばが、お奉行さんが出てくる噺をしていること時代に、自分が合わせきれていないのです。要するに勝手に人に合ってないと思って聴いてしまっているところに、しっかりと仕込まれた「佐々木裁き」を聴いてしまったと言えばいいでしょうか。口演を聴いていて勢朝の「佐々木裁き」を思い出していました。四郎吉の印象が、そのように思わせたのだと思います。南天は「皿屋敷」。「最近、南天は皿屋敷ばっかやってるよ」と、コアな落語ファンに教えていただいたのですが、黄紺は遭遇してなかったもので、この会に行ったのですが、その教えていただいた方は、やはり来ておられませんでした。時間が押していたからか、最近のハイテンションのマクラは封印。早々にネタに入りました。南天のいいところは、噺のツボの掴み方のうまいこと。「皿屋敷」では、恐がりの男にスポットを当てました。さすがです。ですから、どこもかしこもではなく、目を着けた一点をデフォルメします。また、そのやり方にセンスが光りますから、客席を鷲掴みにしてしまうんですね。それぞれが、目一杯奮闘したため、南天が下りたところで、もう9時3分ほど前。ということで、「大喜利」は短めでお開き。黄紺が座っていた場所が悪かったのか、「佐々木裁き」の後半から、寒くてふるえながら聴くことになってしまったのが惜しまれました。



2015年 3月 12日(木)午前 6時 10分

 腰痛が悪化しています。昨日の痛み程度で治まるかという考え方は甘いものでした。せっかく治まっていたものが、立ちっぱなし仕事でおじゃんになりました。あと1週間で出発ですから、かなり緊張が走っています。だけど、相変わらず夜遊びは敢行。今夜は動楽亭です。平成15年入門組による落語会「四尺玉」がありました。その番組は、次のようなものでした。米輝「阿弥陀池」、松五「半分垢」、石松「桜の宮」、(中入り)、鯛蔵「短命」、二乗「天神山」。最近、前座役の米輝に、よく出会うようになりました。端正な噺ができるだけではなく、あとから出た松五によると、お囃子が上手で笛もできるそうです。その辺が、前座として重宝がられている秘訣のようです。ネタの「阿弥陀池」は、米輝では初遭遇。噺の達者な米輝も、リズムを求められるこのネタには、ちょっと苦戦したかなの出来でした。口演を重ねることで、解消していくのでしょうね。松五は、前座時代によく出していた「半分垢」。暗くぼそぼそと喋る松五の口調がキャラとして認知されてきています。仕込みがそれで、バラシもちょっと明るくなるだけで受けるようになりましたからね。今日のお目当ては石松と二乗。とにかく石松の新ネタが気になります。というのも、松之助からネタを色々ともらってきているので、今回もそうだったらと思うのですが、その思惑が、見事に的中。正に松之助テイストの語り口を披露してくれました。石松は、マクラではひょうきんなキャラを見せ楽しませてくれる能力を持つのですが、ネタに入ると、教えてもらったものを踏襲する姿を見せてくれます。伝承芸というものの楽しさを伝える立派な役割を果たしています。鯛蔵は「短命」でお付き合いというスタンス。この鯛蔵にせよ、二乗、雀五郎と、えらく「短命」が流行っています。若手実力者が揃っていますが、一番むっつり系の雀五郎の「短命」が、自分的には一番楽しいものがあります。二乗もそうですが、鯛蔵も、いわゆる人に合ってないなと、聴くたびに考えてしまいます。二乗は、ネタ出しなしで臨みました。チラシを作ったときには、仕上がっていなかったことを紹介していました。まさか、それが「天神山」とは。また、その出来栄えが素晴らしい。丁寧な人物描写を、常に心がけていた二乗の努力が、ここに開花したかの思いがしました。へんきちの源助よりは、安兵衛の描写の方をより買いたいと思います。安井天満宮では、石をぶつけられて納得、狐獲りの男の前で喋りまくる安兵衞、二乗の人から外れるかもと思っていたら、とんでもありません、出来杉くんでした。師匠米二からもらったのでしょうか。でなかったら、誰からもらったかが気になります。いずれにせよ、本日の秀逸、抜群の出来と看ました。



2015年 3月 10日(火)午後 11時 50分

 昨日は、3時間半立ちっぱなしの仕事があったため、さすがに腰がやばくなり、夜遊びは中止。やはり今朝起きてみると、かなりやばい。ま、今日は、京都でだけお出かけ計画を立てていたので、そのまま実行に移しました。まず朝から「メトロポリタン・ライブビューイング」に。今日は、ヴィットリオ・グリゴーロがタイトル・ロールを歌う「ホフマン物語」だったものですから、外せるものではありません。若々しさがみなぎるグリゴーロは、もうそれだけで魅力。悩める男ホフマンを、幾つくらいに想定するのがいいかは別にして、若さが溢れるというだけで、もうこの物語は成立しそうですから、グリゴーロをホフマンに立てるだけで、かなり成功かと思えました。それに加えて、グリゴーロの魅力は親近感。幕間のインタビューでも、MC役のデヴァラ・ボイトとのやり取りでも、それが判ります。いつもインタビューを受けるときに、他の歌手たちに、とっても愛されているのが判ります。その魅力は、役柄作りにも、演出家との関係も、いい雰囲気で作品が仕上がっていくのだろうと思わせるものがあります。直接的だけど、決して激情的な雰囲気を与えないのがいいですね。歌手では、ホフマンを支えるニクラウスのケイト・リンジーが、とってもいいズボン役。またまたいいメゾに出会ったという印象。ショートカットと言えるほど、髪は短くしてないのですが、ちょっと太めの声質が、でもスリムな姿形が、ズボン役という観念を吹き飛ばすかのような雰囲気。悪役4役はトマス・ハンプソン。もう言うまでもないはまり役。女性4役は、当初、ヒブラ・ゲルツマーヴァが4役全てを歌うというふれ込みだったのですが、実際に歌ったのは、ステラとアントニア。オリンピアはエリン・モーリーが、そしてジュリエッタはクリスティン・ライスが歌いました。やはりおいしいのはオリンピア。最高音が聴いたこともないような高さだったので、「こりゃ、ハイG」に行ったんじゃないかと思ったら、実際には、もう半音高いものでした。これは、気を利かしたデヴァラ・ボイトが、インタビューで本人に聞くという形で披露してくれました。あとの2人は、特段強い印象を残したというものではありませんでした。演出はバートレット・シャー。19世紀のヨーロッパを推定しての装置作りで、全体的に照明を落とし気味で、大勢の人たちを動かすのに長けており、且つ空間を巧みに埋めるバレエを使うのに優れていたとなると、これは好演出。来季は、シーズン幕開けの「オテロ」を担当するということで、内部的にも評価が高いということでしょう。そういった中で、歌うことを禁じられたアントニアの場面が、開放的な装置だったことに違和感を感じてしまいました。バートレット・シャーが、一つおもしろいことを、インタビューの中で言っていました。「オッフェンバッハはユダヤ人なので、その存在の不安定さを出したかった」と言っていたことです。ジュリエッタの場面は、元々ヴェネツィアが舞台ですから、これは空間移動が元からあります。オリンピアの場面で、この工夫が発揮され、中国を連想させる装置にされていました。こうしたことは、直接聞いてこそ合点がいくことです。全体としてえらく優れもののプロダクション。やはり中でも、グリゴーロの評価が、自分の中でぐぐーんと上がったことは間違いありません。ここまで、評判ほど、自分の中では高くなかったものですから。
 オペラが終わると、ウォーキングをしたかったのですが、腰痛が完全復活の兆しで、できたものではありませんでした。このオペラを観ているとき、終わったあとくらいが、今思えば最悪のときで、先日のようにはなりませんでしたが、このあとの旅行のことを考えると、とんでもない展開となってきました。3時間半立ちっぱなしは、腰にいいわけがありません。そこで、自宅に戻り静養。そして、夜は、再び三条にお出かけ。「カフェ・モンタージュ」に行く日だったのですが、黄紺は、毎回、三条から徒歩で往復しています。程よい歩く距離なもので、余計な交通費を使わなくて済むというものです。今日のコンサートは「GEORGES ENESCO」という題名が付けられていました。バイオリンの谷本華子さんとピアノの塩見亮さんのデュオ・コンサートとなっていました。そのプログラムは、次のようなものでした。J.S.バッハ「パルティータ第1番」、エネスコ「バイオリン・ソナタ第3番」。エネスコのバイオリン・ソナタは、2年越しで、3曲全部を、こちらで演奏されたそうで、今日が、その最終回に当たるそうで、黄紺は、こちらのカフェの存在を知ったのが、確か昨年の6月のことですから、全く知らない話。第一、今回、このコンサートを知るまでは、エネスコがバイオリン・ソナタを書いていること自体を知りませんでした。ましてや3曲もあることなどは。こういった意味で、こちらのカフェを知ることで、今まで黄紺の目が行き届かなかった作曲家や作品に出逢えるということは、まことにありがたいこと。従って、ついついこちらへと足が向いてしまいます。今日、演奏されたもう一つのバッハは、エネスコの録音が残っているものの中に、この曲があるからだと、今日も、開演前に、オーナー氏から説明がありました。こちらのバッハは無伴奏曲です。同じようなフレーズが延々と続き、それが終わると、そこまでを倍速で演奏するようにとの指示が出ているというもの。バッハの声楽曲と違い、聴いていると、頭の中がボヤーッとしてきて、やがて夢現で聴いてしまうパターンの曲ですが、今日は、目の前で、谷本さんが倍速になると、見事な運指を見せられるものですから、夢の世界には入れませんでした。一方のエネスコは、「ルーマニア風」と副題が添えられていました。確かにエネスコはルーマニア人ですから、民族派の音楽家かというと、この曲を聴く限りでは、確かにそれらしきメロディは込められているのですが、むしろ新たな現代音楽の作曲家見っけの気分となりました。野性味という言葉を使えば、バルトークなんかと一緒に括れるのかもしれませんが、かなり非なる音楽を聴いたぞの印象です。バッハのときは、古楽器の弦を使って演奏された谷本さんですが、エネスコでは、現代の弦を使っての演奏。このことは、予めオーナー氏が告知されていたのですが、黄紺には聴き分ける自信なんてものはなかったのですが、実際に聴いてみると、現代の弦になると、えらく音の伸びや彩りが多様になってきました。最初に古楽器のバッハを聴いていたものですから、その違いに気づくと、今日のプログラムは、エネスコを、よりダイナミックに聴かせる戦略じゃないかなと思ってしまいました。いやはや、いい勉強になったというか、自分の視野が拡がったかなと思わせられたコンサートとなりました。



2015年 3月 9日(月)午前 4時 37分

 今日はオペラの日です。「びわ湖ホール」で「オテロ」を観てきました。こちらの先代の音楽監督だっ若杉弘から続くヴェルディ作品の上演が、ついに「オテロ」に至ったのです。チケットの発売時期を失念していたため、日本で観るオペラとしては、自分的には奮発して観に行くことを決めたものです。現在の音楽監督である沼尻竜典になってからは、初期の作品よりは中期後期の名作群の中からチョイスされているようですが、「オテロ」が出ると、放ってはおれないの気分です。先日のプレトークでは、演出の粟国淳はオーソドックスなものをする人であり、今回も、その路線だと臭わされていました。装置を、5〜6つに分解し、それらを組み合わせて、各場面を作るというのが、装置の基本的なコンセプト。4幕のような場面では、装置を全部くっつけると、丁度頃合いの寝室の広さになるという具合ですが、ホリゾントに、明るいめの照明を当てると、広い舞台を狭く見せようとしていることが丸判りとなり、結果的に、装置がちゃっちいものに見えてしまうということになりました。常に屋内という考え方で、ホリゾントは大黒にしておけばいいのにと思う場面が、複数回ありました。特に3幕のヴェネチアからの使者着くところで、一番強く感じました。工夫という点では、冒頭の海戦の場面。大きな布を波立たせ、中央に船を浮かべるというアイデアは、なかなかこだわりの一品。装置が、そないな組み合わせ方式なのに、各幕間に休憩が入ったのには、びっくりどころか、客が高齢者に偏ってるからだろうかとか、休憩中の売上げを考えてだろうかと、くだらないことも考えてしまいました。歌手の動かし方は、気にならないというか、あまりにも気にならないほどのものでした。歌手陣では、オテロを歌ったアントネッロ・パロンビが、パワー抜群。声質的にはパヴァロッティ風のもの。しかし、パヴァロッティほど明るくはないのが、オテロには好都合。時間が経つにつれ快調さの度合いが増していきました。デズデモーナの安藤赴美子は、声質的には線が細め。そんなに強い意志を表す役柄ではありませんから、十分セーフ。ですから、「柳の歌」がいい聴かせどころとなりました。微妙に不安定になるところなんか、このアリアにピッタリです。もう一人の主人公イアーゴは堀内康雄。昨年の「リゴレット」に次ぐ遭遇ですが、去年のようなパワーと大味さが薄らいでいました。動き、歌唱ともに、今一つのデフォルメが欲しかったですね。「柳の歌」が良くて、オテロが調子を上げてきて、イアーゴの出番が少ないとなると、お分かりですね、最終幕が良かったのです。あとカッシオの大槻孝志のよく通る声が印象的でした。休憩時間に偶然会ったオペラ通の高校時代の友人は、オケピットに入った京響を誉めていました。具体的に、どこがどうとは聞いてはいませんが。黄紺的には、よく鳴った2幕以外は、控えめな音の出方だったとの印象を残しました。



2015年 3月 8日(日)午前 6時 26分

 昨日は、昼前に、職場から大きな荷物を搬出。細かなものだけを残し、完全リタイア態勢が、本格的に整ってきました。黄紺は、全く車とは縁がないもので、全面的に息子におんぶに抱っこです。ま、息子の予定に合わせて、昨日になったというだけです。ただ、息子が、黄紺の職場のすぐ近くに住んでいるので、こういったときは助かります。荷物を運び込んだあと、再度、大阪方面へ。息子が家に帰るのに便乗して、大阪に遊びに行こうとしたのでした。ただ、荷物の搬出、搬入が、思いの外早く済んだので、大阪で、夜までかなり時間調整が必要なことになりました。あとのことを考え、いつもの千日前のネットを利用しました。そして、夜は「応天院」へ。なんと、今年になって初めてとなる芝居を観ました。チェックをきっちりしてなかったこともありますが、初めてでした。昨日は、「満月動物園」の公演「ツキノウタ」がありました。この公演は、劇団15周年を記念した連続5作品の再演シリーズの一環で、その第2弾に当たります。第1弾は、年末に公演があったもので見逃してしまっています。大きな支持を、この劇団にしているわけではないのですが、一定の水準を保ち続ける公演を行うとともに、ほぼ女性で占められた役者陣もいいかなと思うので、わりかし観ている劇団の一つとなっています。「ツキノウタ」も、実は2度目となります、勿論観るのが。観覧車が崩れ落ちる瞬間の僅かの時間を描くといった設定がおもしろく、記憶に残っている公演です。ただ、このモチーフがシリーズ化され、今回の連続公演は、そのシリーズの再演となっているのですが、その中では、最高傑作ではなかったはずと、観ている途中に、気がつきました。観覧車の崩壊という特異な設定のおもしろさから導き出されたのが、この芝居では「走馬灯」というプロット。死神を登場させ、死に行く男の命と引き換えに、時空を超えた「走馬灯」体験をさせてもらうというもの。ただ、その体験として選ばれたプロットというのが、家族との人間関係の総ざらい。それをすることで、しかも時空を超えるのは、未来にも行けるという設定で展開するものだから、死を前にして、自分の位置を、より長い時間の中に置くことができるという、ちょっとフライングもいい挿話も出てきてしまいます。自分の位置を知ることの満足と、周りの人たちは、それなりに懸命に生きてきて、生まれてきたことの喜びを誰しもが感じていることを知ることの満足とは、違うはずですよね。そこの混同があるのかなというのが、ちょっと不満ではあるのですが、開演前、パンフレットを読んでいて、この作品が、東日本大震災直後に書かれたことを知ると、無理もないかといい気分になってしまいました。これは、前にも感じたことだったのですが、話の展開上、死神を出すのはてっとり早いのでしょうが、疫病神に貧乏神って、一体何なんだとは、今回も思ってしまいました。生ぬるい満足感って、前もそうだったなと思い出してしまいました。でも、この再演シリーズは観続ける決意は変わったわけではないですね。



2015年 3月 7日(土)午前 4時 39分

 昨日は春の雰囲気。ようやく冬服から解放されたのですが、また翌日から寒くなるそうです。昨日は出勤日になったのですが、仕事は、午前中に終わるということで、午後からは、当初の予定通り動楽亭昼席へ。本来なら昨日だけしか行く予定ではなかったのですが、一昨日がお休みになった関係で、結果的に2日連続で昼席に行くことになりました。もう、次に行けるのは、旅行から帰ってきてからですから、2日連続もいいかなの気分でした。その番組は、次のようなものでした。そうば「ろくろ首」、雀五郎「池田の猪飼い」、しん吉「地下鉄(3代目染語楼作)」、歌之助「花筏」、(中入り)、雀喜「ポイントカード」、文之助「百年目」。昨日は、トリで、びっくりの「百年目」が出ました。ちょっと進行が早いかなと思っていたところでした。しん吉や雀喜が短めでしたからね。文之助が上がったのが3時50分、下りたのが4時32分でした。ほとんど、マクラがありませんでしたから、正味の口演時間です。いつもの軽い感じを遮断した口演で、それだけで緊迫した印象を持ってしまいました。なかでも、冒頭の番頭の説教が聴かせました。昨日は、一昨日と違い、客足がぐんと落ち、15人ほどの入り。特別招待を受けたかのような雰囲気で聴くことができました。中トリの歌之助も、「花筏」を出すとはという感じで聴き始めたのですが、終盤に入りかけたところで、「結末を知っているのは私だけ」というフレーズを入れたところで、以前に聴いていることを思い出しました。中入り時に、近くにいた熟年カップルが「上手やねぇ」と感嘆の声を上げておられました。丁寧な丁寧な口演が、篤い支持を受けたのでしょう。バカバカしい可笑しさという点では、「地下鉄」がバカウケ。御堂筋線の駅名をダジャレで折り込んだバカバカしさが受けました。小品ですが、もっと広まってもいいネタです。雀喜は、昨日も気を使っちゃったてことになりました。前の2人のところで、実はダウン。動楽亭に行く前に、若干、時間があったもので、ミニミニウォーキングしたのが響いたみたいでした。冬の終わりに、「池田の猪飼い」を聴いておきたかったのですが、ついていなかたというところです。
 楽亭を出ると、天王寺のネットカフェで時間調整。昨日は、夜も動楽亭だったのです。夜は「生喬百席」がありました。その番組は、次のようなものでした。生喬「米揚げ笊」、染吉「猫の忠信」、(中入り)、生喬「替り目」。今日の近況報告を兼ねたマクラは、結婚式の司会をした話。一通り話をしたあと、結婚式ではゲンをかつぐものと、実にスムーズにネタに入りました。ただ、この「米揚げ笊」では、抜けた箇所が2つありました。天満への道筋を、急いでいる人を掴まえて、しつこく尋ねる場面、それに、笊の粉を落としながらタテマエを教わる場面でした。これについては、生喬自身から、説明というか申し開きがありました。前者は、しつこくなるから意図的に抜いたそうですが、後者の方は、抜かしてしまい、下げの直前で気づいたとか。そりゃ、下げ自体の伏線として、粉を落としながらのタテマエがあるわけですから。生喬曰く、「来週の石切の落語会でリベンジします」。生喬クラスになると、前座噺をする機会が減りますから、こういったことが起こるのでしょうね。「替り目」は、松枝からもらったとか。確かに、師匠の松喬はやらなかったですしね。パンフレットに、この噺は、最後までやるもの、冬の夜にやりたいものと書いていました。よく途中で切るってことがあります。多くは、時間の関係ってことでしょうが、生喬は、それなら「替り目」はやらないということまでの意味を込めたもののようです。夫婦間の情愛の機微だけではなく、父親の手で育てた娘に嫁がれる友に寄せる情愛を含めてこそ、情のこもった落語が完結するという考えからのようですが、こういったこだわりが、生喬人気を支えているのでしょうね。確かに、昨日の高座も、夫婦物語は爆笑で落ちが着きますが、後半はそうじゃないぞの気のこもった静かな酔い方が、かなり聴かせてくれたなの印象を持ちました。ゲスト枠は染吉。なんと「猫の忠信」を出してくれました。染吉で聴く初めての大ネタでしたが、ちょっと家賃が高いなの印象。登場人物全体が、染吉の描くそれよりは、もう少し年齢層が高いと思うのですが。そこの掴み方の違いだけで、ちょっと薄っぺらく感じてしまいました。それだけ難しい噺ということでしょう。じっくりと時間をかけて練り上げていって欲しいものです。



2015年 3月 6日(金)午前 4時 49分

 一昨日は、夜遊びのない日としていたので、替わりにちょこっとだけ、息子と呑みました。そして、昨日は、今日が、非勤務日だけど仕事が入ったために、昨日に休日を振り替えたので、珍しく木曜日がお休み。そこで、朝から旅行の資料集め。ネット上でいいのを見つけたのはいいのですが、発信元のデータが不正確であったため、ホント、四苦八苦させられました。ガセではなかったのですが、正確さを欠くと、えらい間違いが起こります。また、ネット上の情報は、ウラをとる必要性をいたく感じました。で、今日は、昼夜二部体制で、お出かけ計画。まず、午後は動楽亭昼席でした。その番組は、次のようなものでした。米輝「つる」、雀五郎「黄金の大黒」、米二「定年日和」、よね吉「天神山」、(中入り)、ざこば「笠碁」、雀喜「帰り俥」。雀喜がトリで、よね吉が中トリと、なかなか魅力的な顔ぶれ。それを、米二とざこばが脇を固めるというもので、しかも、ざこばがネタ下ろしの「笠碁」を出し、古典派の米二が、くまざわ作品という具合に、変化がついたのもおもしろい番組。おまけに中トリのよね吉は「天神山」を出すということで、結局、あおりを喰らったのが、トリの雀喜。ざこばが下りたときには4時10分ということで、雀喜のことですから「帰り俥」にしたのでしょう。やはり聴きものは「天神山」。随分と前に、京都の北大路界隈で聴いて以来の再会。狐獲りの男の台詞が跳んだり、お囃子との呼吸が合わなかったりしましたが、それもネタにしながらではあったのですが、やはりよね吉の「天神山」は上ものです。春の温もりのようなものが、冒頭の掛け合いのところから窺えます。もう一心寺に入ると、春爛漫の雰囲気。「天神山」は、これが欲しいんだな。寓話的な噺ですからね。ざこばの方は、マクラで謙遜の言葉。「今朝、娘に聴いてもろたら、今日はやらん方がええと言われましてん」「そやけどやってみます」。恐らく細かなエピソードのようなものは跳んでいるのだと思います。例えば、後半、再び碁を打ち出すまでが、引っ張るのは好きではありませんが、ちょっと呆気ないまでも、家に飛び込んでしまったりしてたもので。最初、「笠碁」と判ったとき、東京ネタということもあり、ちょっと意外な感じを持ってしまったのですが、なかなかどうして、いわゆる人に合ったネタだと、噺が進むにつれ判ってきました。これから、どんどんと練り上げられていくことと思います。かなり期待していいんじゃないでしょうか。米二の「定年日和」も値打ちもの。たまごっちがもとで、夫婦の危機があったというマクラが、ネタにめっちゃ効きました。定年後の夫婦の風景が活写されました。最後は、娘が出てきて落ちをつける、まぁ定番と言えば定番でしょうが、いい下げですね。この下げで、なんか夫婦の問題に恒久性が出ました。雀喜の「帰り俥」は、やはり雀三郎テイストが満載で、雀喜が、下げを含めて、雀三郎的口調になると違和感が出てしまいますが、仕方ないですね。元々、このネタ自体が、雀三郎を想定して作られたわけですからね。前の2人は定番のネタ。動楽亭の昼席で、雀五郎に遭遇するたびに、「黄金の大黒」を聴いているような気がしますね。
 動楽亭を出ると、昨日は、地下鉄で「日本橋」に移動して、いつもの千日前のネットカフェで時間調整。そして、夜は、今度は、阪神なんば線で「九条」に移動。「シネ・ヌーヴォ」で、インドネシア映画「サラ」を観てきました。アクションもののB級映画と言えばいいでしょう。タイ映画では、そのようなジャンルの映画は観たことがあったのですが、インドネシア映画では初めてです。全編の多くを占めるのが、機関銃を使った銃撃戦とカーチェイス。台詞も少なく、筋立てが解る最低限のところといった感じ。その筋立てが解るかなというのが、序盤の雰囲気。なぜ銃撃戦が起こるのか解らないまま、かなり続きます。それも、三すくみ、四すくみ的な感じで、銃撃戦が起こるものですから、黄紺は引き気味。でも、今回は解りました。なかなかおもしろい設定であることが判り、ホッとしました。三すくみ、四すくみ的だったのが、最後には、二組による対立にまとめていき、ひょっとしたら、対決が起こるのではと思っていた育ての親と生みの親の対立にも持っていかずに終えました。その辺が判ってくると、設定はどうでもいいほど、ドンパチやったわりには、後味のいい仕上げになっていました。こりゃ、受けたんじゃないかなと思わせられたのは、そこんところにありました。そして、もう一つ嬉しかったのは、現代都市ジャカルタの風景が楽しめたことです。豊かなアジアってところでした。





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