レフコシャ写真館@






5年前ここを初めて通ったときは暗闇だった レフコシャ旧市街の北の入り口。入ったらすぐに、アタテュルクの写真が目に入る。ギリシャ側から入ると、 トルコ側に来たとき、それをまず実感させてくれるところである。この場所そのものは、5年前とそんなに 変わったわけではないが、1歩中に入ると、随分と明るくなったなぁというのが、第一感である。まぁ、も っとも初めてここを通ったのは、戒厳令かと思わせる雰囲気だったもので、余計にそのように感じるのかも しれない。なお、ここを入ってすぐに右手におれると、ギリシャ人側を、眼下に見下ろせる公園に行けるは ずである。行けるはずというのは、自分自身できっちり確認をとってないからである。ただ、ギリシャ側か ら、北のトルコ人に、上から見下ろされたことがあるもので、行けることは間違いない。


ヴェネチア時代が蘇る


北側の真ん真ん中、それは言い換えれば、南に1番近いところにあるジャーミー。形状からして、ゴシッ ク風のキリスト教会を転用したことは言うまでもない。キプロスを歩くことの楽しみは、ここは西ヨーロッパ かと思えるような、立派な教会に出会えることである。なかでも、これは最大級。これは、かつて東地中海に 威勢を誇っていたヴェネチア時代の名残である。ここを拠点に、対イスラム交易に多大の富を得ていたヴェネ チアの夢の跡である。この教会の裏手は、もうすぐにグリーン・ライン。際まで行くと、南の繁華街の喧噪が 耳に入ってくるほどである。初めて見たときは、本当に感動で立ちすくんだものである。


レフコシャ旧市街 レフコシャ旧市街 レフコシャ旧市街

南と違って、北は、まだまだ古き良きキプロスの風情が残っている。旧市街のメーン・ストリートから、 ほんの少し中に入るだけで、そういった風景と遭遇することができる。ということは、南に比べて、経済的 に立ち遅れているということの証明になるが、定住者ではない身の上では、やはり、この風情が、たまらな くいい。しかし、スピードは、南に比べて劣るかもしれないが、徐々に開発とやらの波が、確実に打ち寄せ てきていることも、また事実である。


レフコシャのオトガル レフコシャのオトガルで

レフコシャのオトガルは、一番上の写真の門を出て、東へ7分ほど歩いたところにある。95年に行っ たときは、随分と殺風景なところだったという印象が残っているが、大部と建て込んできた。すぐ近くにあ った立派目のホテルも、視界に簡単に入らなくて、思わず探したくらいにはなってきている。基本的には、 トルコ本土とシステムは同じだが、ここで見かけるバスには、いろんな思惑が見え隠れしていて、そそられ る部分がある。上の写真は、95年のものだが、このアングルから見るオトガルは、全く5年間同じである。 さすが、このボンネット付きのバスは、現在見るものではない、いや6年前のトルコ本土でも見かけなかっ た代物である。ここから、ギルネへは、30分足らず。ガージマウサとギュゼルユルトゥへは、小1時間て ところである。但し、ガージマウサへは真っ直ぐ行くが、ギュゼルユルトゥへは、寄り道をしながらの小1 時間である。95年には、この道の前で、多くの青いベレー帽(国連軍兵士)を見たものだが、00〜01年には、全 く見かけなかった。が、相変わらず、トルコ兵は多い。


レフコシャの旧市街のホテル跡 レフコシャのオトガルのすぐ横のちょっといいホテル

思い出のホテルである。「なんでもトルコ」北キプロス 編A“分断都市レフコシャ”で書いた闇夜の中に立つ銃を構えた兵士に、その場所を聞いたホテル跡が、 左の写真である。5年後に訪れたら、無惨な姿に変わっていた。それに対し、右は、オトガル近くのちょっ とばかしではないいいホテル。黄紺も、こんなとこに泊まってると、ちょっと知ってもらおうと思って、掲 載します。5年前は、周りはひっそりとしていたが、今は結構建て込んできた。旧市街を出て、東方向に歩 くとある。



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