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【トルコ編】H使った言葉、ホテル

エスキシェヒールのごく普通のホテ
ル  トルコヘ個人旅行で行ってきたと言うと、必ず聞かれるのが、言葉は、そしてホテル はどうしたという二点に相場は決まっている。言葉については、もちろんトルコ語を使 おうとしたが、向こうは日本人だと見て取ると、英語を話せる人は、英語で語しかけて くる。イスタンブールを歩いていると、わぎわざ足を止めてまで、“Can I help you?” と声を掛けてくれるトルコ人までいる。英語で語しかけられたとき、僕の方からの答え は、一つは英語をペラペラと話せるわけではないこともあり、また、トルコ語の勉強だ と思って、一生懸命トルコ語を使おうとしていた。トルコ語は、最低限の自分の言いた いことを、伝えようと思えば伝えられるが、なんせ聞き取れない。英語はなんとか状況 が合えば聞き取れるが、自由自在には話せないというジレンマに陥っていた。しかしこ ういった生活を2週間もしていると恐ろしいもので、確実に英語を聞き取る能力は上が っていってるし、トルコ語の言い回しを確実に習得していっているのである。君たちも、 語学力を高めたいと思うのなら、小遣いためて、長期間観光ピザが許す範囲内で、外国 に滞在することですよ。ほんと、これが実感です。
 次にホテルですが、これは、全く行き当りばったりである。そもそも、ホテルをきっ ちり予約してからでないと、旅行しにくいなんていうのは、日本だけの感覚と思ってお いた方が、世界で通用する。もちろん、イスダンブールで、アガサ・クリスティの泊ま った「ホテル・ペラパレス」に、ぜひ泊まりたいと思っている人は、日本から予約を入 れておくにこしたことはないが、そうでなければ、泊まるところはいくらでもある。ま ずホテルに入ると、「泊まりたい。風呂付きの部屋があるか」と尋ねる。風呂をトルコ 語で「パンヨー」、シャワーを「ドウシュ」と言うので、「パンヨー付きか」と聞くの だが、実際、「パンヨー付き」部屋に泊まっても、そこはシャワーだけなのである。2 週間いて、本当に蕩舟が付いていたのが2度。但し、その1度は、お湯が出なかったので、 使っていない。結局日本のホテルと同じような風呂に入れたのは、ただ1度だけだった。 お湯が出るか出ないかには、随分と神経を尖らせた。いくら夏とは言え、お湯のシャワ ーにかかりたいので、ホテルで部屋を確保する前に、必ず部屋を見せてもらって、お湯 が出ることを確認しておくようにしておいた。これも交渉の一つである。部屋は、ツイ ンが原則で、基本的に部屋の構造は、日本のそれと同じである。ただ、空調が付いてい なかったり、テレビのないケースが、多いぐらいである。冷蔵庫が付いていたのは、イ スタンブールのちよっといいホテルぐらいである。それでお値段は、僕が利用したホテ ルで、飛び抜けて高かったのは、イスタンブールの三つ星ホテルで、3000円。イスタン ブールでも、1500円も出せば、十分いいホテルに泊まれる。逆に安い方は、ジハンペイ リという田舎町のホIテルで、な、な、なんと300円である。しかもトリプルを一人で使 って、そして、後二つぐらいヘツドが入りそうなほど広い部屋でである。次が、エーイ ルディール湖畔のベランダ付きのホテルで、450円であるからして、先ほどの3000円と いうのが、いかに高いかということが、分かるというものだろう。
  (注)ここに書いたのは、94年当時の価格である。今は、随分と、その頃に比べ円
   安となり、「イスタンブールで1500円も出せば、十分にいいホテルに泊まれる」
   などと書いたホテルは、部屋に冷房を付けたこともあり、現在はシングルで5500
   円もする。だからずっとイスタンブールの常宿にしていたこのホテルを諦め、場
   所は同じイスタンブールのカドゥキョイだが、その半額以下のホテルに泊まるこ
   とにしている。言葉の方だが、最近は「英語は知らない」で通している。今の自
   分の英語力では、とてもではないがトルコ語に及ばないし、またできるだけ多く
   トルコ語を話したいので、そのようにしか言わないことにしている。





【トルコ編】Iグルジア国境で

 僕は、入国はしたことはないが、隣の国から見たことがあるという国が、三つある。 韓国から見た北朝鮮と、トルコから見たグルジアとアルメニアだ。今回は、その中から グルジア体験を書いてみることにする。
 トルコの北東隣は、かつてはソ連の一言で済んだわけだが、今は、黒海沿いにグルジ アがあり、その南東にアルメニア、更にその南がイランとなっており、トルコ語と最も 近しい言語を語すアゼルバイジャンは、その間で、ちょっとだけトルコに接している。 しかも、それは、アゼルバイジャンの飛び地らしい。さて、トルコの最も北東部にある 町らしき町として、ホパがある。黒海沿いのホントに小さな町である。ここは、黒海沿 いから内陸に入る曲がり角となっているとともに、もう一つは、ただ黒海沿いに進み、 グルジアを目指すだけなのである。この界隈に入ってから気が付いていたことであるが、 海岸沿いにトラックが何台も止まっていることと、白人の女性たちである。トラックは、 恐らくトルコヘの買い出しのものであろうし、女性たちは、グルジアやロシアあたりか らやって来ているのだろう。買い出しや旅行で来たのではと見える女性に混じって、一 見して派手で、売春目的としか見えない女性たちもいる。彼女たちのことを、トルうで は、「ナターシャ」と乎んでいる。NHKが、「アジア発見」という番組で、トラブゾンの ロシア・バザールを取り上げたとき、旧ソ違からの人たちが、たくさん入ってきたこと を表しているトルコの曲をBGMとして流したとき、その歌詞に、「ナターシャ、ゲルディ」 が繰り返されていて、のけぞったことがある。NHKは、「ロシア女が、やって来た」程度 の意味で流したのであろうが、とんでもない。「売春婦が、やって来た」という意味の 歌を、あのNHKが流してしまったのである。
 そのホパから国境の村・サルプまでは、乗り合いのドルムシュしか走っていない。一 方が黒海、他方が絶壁に挟まれた地道を、ガタガタ20分程走ると、海岸沿いの道を、急 に右にカープした途端止まってしまう。余りにも寂しい光景に、「ここは、サルプなの 外国人立入禁止の札(サルプ) か」と、遺伝手に確かめると、「そうだ」としか、答えてくれない。急に不安が募る。 降りたところから、進む方向は一つしかないことは、一見して分かる。一つは、何やし らフェンスに囲まれた建物群であり、もう一つは、崖にへぱりついている小さな小さな 村への道である。建物群の入口には、ポリスが立っているおり、通りすがる人たちと言 葉を交わしているので、とりあえず村への道へと数歩歩き出した途端、一つの看板が目 に入る。こんな所にと思う程、トルコ語と並んで英語でも書かれている。何てことはな い、「この村へは、外国人立入禁止」である。おまけに村自体が、フェンスで囲まれて おり、その入口には、兵士が銃を構えて立っている。念のためと思って、「ダメなの」 と尋ねてはみたカら、表情は柔らかいが「ダメ」の一言。相手が銃を構えているので、 僕はいたって素直に、その言葉に従う。ただ、後で分かったことだが、このサルプとい う村は、かつてのベルリンではないが、一つの村が真ん中で分断され、片方がトルコで あり、もうひとつがグルジアとなっているのであった。その話を、この後出会うトルコ 側のボリスに教えられ、自分としても納得せざるをえないのである。ところで、一つが ダメなら、後は建物群に入っていくしかないのである。たまたま入口にいるボリスが、 他の人と話していたので止められずに、どんどん中へ入っていく向こう見ずな日本人1 名である。まだこの時点で、ここがどの様な場所か、気付いてないのである。建物群の 一つにトイレの表示が目に入る。お金が要らないことをいいことに、借用する。そして、 そのトイレを出てきところで、ボリスに呼び止められ、初めて、ここがトルコ・グルジ アの国境検間所であることを知らされるのである。何も知らないで入ってきたとは知ら ないそのボリスは、「おまえ、グルジアヘ行きたいのか」と聞いてくる。それまでグル ジアヘの入国なんか、全く考えていなかった僕だが、そう聞かれりゃ「エヴェット(ハ イ)」と答えてしまう。すると「グルジアのヴィザを持ってるか。持っでないのなら、 トラブゾンにグルジアの領事館があるので、そこで取ってこい。そしたら入れるから、 いや待てよ。今日は、日曜日だから、領事館はやってないはずだ。ここは一つ、俺が、 グルジア側に掛けあってやるので、ついてこい」と言う。根が素直なものだから、喜々 として付いていくと、ホントのホントの国境の所まで行き、グルジア側の係官を、早事 標高約2000mにあるアルダハンという町 なロシア語で呼ぴ出し、事情を説明してくれている。しかしグルジア側は、ただ一言 「ニェット(ノー)」。僕も無理を承知の上での話なので、「分かった。諦めるよ」と、 ポリスに言って引き上げようとすると、このポリスは、世間語を仕掛けてくる。トルコ を歩いていると、よく聞かれることだか、日本とトルコの給料の比較である。特に同じ 公務員なので、関心があるのだろう。すると、それを見た他のポリスが、話に加わって くる。新しいボリスは、自分のお国自慢をやり出す。とまあ、こんな具合である。トル コで人の輪が広がっていくのは、ポリスであっても、勤務中であっても、ただ、僕は、 ここで非常に貴重な情報を得るのである。アルダハンという町が、とても素敵な町だと いうこと、そこに古い城跡が残っていることである。このアルダハンこそが、僕が、 「天空に浮がぶ町」と呼び、この町に来るために、自分はトルコ語を覚えたのではない かと思った町なのである。Hへ戻る
  
  (注)サルプ村は、半分トルコ、半分グルジアの村である。村人は、国境に関係な
   く、行き来することはできるということである。またトルコからアルメニアに陸
   路抜けようとしても、現在国境は封鎖されているので、サルプ越えや、アルダハ
   ンからグルジアを抜けて、そこからアルメニアに入る手がある。また、冒頭に書
   いた入国はしていないが、見たことのある国にシリアが、その後加わった。







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