アダパザル写真館




地震文化博物館
 今まで、アダパザルに2回入ったことがある。1回目は、マルマラ大地震の義捐金を預かってトルコ入りし、仲介をとってもらった団体から、このアダパザルに支援物資を送ることになったとき、それが、アダパザルだというので、帰ってきてからの報告のこともあり、帰国直前に足早に訪れたのである。そのときは、カメラを旅行中に壊してしまい、訪れた場所の様子をカメラに収めることができなかった。冬場だったこともあり、雪が降ったあとの水たまりが、随所にできていた。街中に、水たまり? おそらく液状化現象の跡だったのでしょう、道が、ぼこぼこでした。ただ、瓦礫とかは、全て片づけが終わってはいたのだが、更地があったり、外側から見ると、壊れてないように見える人家も、人気のないというものだった。行ったのが、1月初旬だったもので、厳しい冬のなか、まだまだ、テントの中で生活していたのでしょう。そういった悲惨な体験を持つこの町に、地震の記憶を残そうという試みがある。それが、町の中心部にあった「地震文化博物館」だ。そんなに大きなものではないが、地震当時の写真などが展示されている。


 アダパザル駅と

  その駅前の光景

 2006年夏、2度目となるアダパザル入りした。1つの目的は、その後の復興ぶりを、一度は見ておきたかったというのがあり、もう一つは、それに比べると小さなことだが、ハイダルパシャ駅からアダパザルまで、直通の列車が、1時間から1時間半おきに走っているので、それに乗ってイスタンブル入りしようというものだった。以前行ったときは、バスで入り、バスで出たので、鉄道の駅の位置が分かってなかった。この2度目のときも、アンカラからバスで入りセルビスに乗って中心部に向かった。そして、降りろと言われて降りたところは、なんと見なれたところ、前に来たときも降ろされたところだけど、そこが、駅前だったのだ。すぐ横っちょのドルムシュ乗り場で、行き先を聞きまくっていながら、前に来たときは、そこが駅前だとは気付かなかったのだ。これは、うつけたとしか言いようがない。あとから考えると、そこが駅前でないと思う気が知れないほどの駅前だった。
 駅前は、まだ、再開発の途上といったところか、駅の脇のチャルシュも、どことなく、まだ、そんな雰囲気。そのチャルシュを抜けていくと、やがて、駅を背にして左側の方向になるんだけど、新しい繁華街が連なっている。そこまでのチャルシュと比べると、街並みは、明らかに彩りが豊かだし、恐らく再興されて、これほどの明るさ、お洒落さを獲得したのだろうの雰囲気。地震直後のときには、この通りの記憶がかすかにしかない。プレハブのバス会社のオフィスがあった通りだと、勝手に決めているが、それだったら、全面復興建築物の可能性があるほど、いずれもが新しいのだ。一度、街をリセットして出来上がった通りという感じがした。まだ、一部には、更地が残ってもいた。駅横のチャルシュが、焼け跡闇市的雰囲気なら、こちらは、お洒落なファッション・ストリートの雰囲気だ。まだまだ、この町は変わっていくだろう。それを見届けるためにも、今後も、足を踏み入れたい町だ。

 メインストリートと

  ウズン・チャルシュ


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