バルケシル写真館





 この町を、初めて知ったのは、まだ、トルコを、あまり知らないで、一人歩きをしだした頃である。アイワルック経由でイズミルに入ろうとしたときだった。距離感もあまり解らないまま、イスタンブルのハレムで、アイワルック行きのバスを探していたら、このバスに乗り、バルケシルで乗り換えろと言われ、その存在を知り、実際に、乗り換えたときだった。イスタンブルを出て、バルケシルに着いた頃には、とっぷりと日も暮れ、更に、そこからアイワルック行きのドルムシュに乗ったものだから、アイワルックには、夜も9時を回ってから着いたという曰くつきのときなのだ。そんな時間帯に着き、また、離れただけであったのだが、町を通り過ぎる車の窓から見た街の様子は分からないまま、ただ、結構な規模を持った町だという印象だけが残った。当時、まだ、オトガルは、町の中心にあったものと思われるので、そういった印象を持ち、再訪の機会を伺う基になったと言えるでしょう。

ザーノス・パシャ・ジャーミー この町の象徴となる1461年建立のジャーミーです

 夏場、エーゲ海や地中海沿いを歩くと、暑くってたまらないとインプットされているので、バルケシルに入ることができたのは、ようやく2006年の暮れのことだった。このときも、イスタンブルからダイレクトに、この町に入ったが、前回の薄暗くて、もの寂しい印象しか残ってなかったオトガル比べて、このとき入ったオトガルは、180度異なる雰囲気。明るくって、モダンな造りになっており、当然のことながら、幹線道路沿いの郊外に位置していた。最近の傾向で、この町にもセルヴィスがなく、バスに乗って、中心街へと向かう。メルケズィと言われ降りたところは、ちょっとしたバスターミナル。黄紺は、この町の地図もなければ、案内板も見つけられずで、とにかく、そのバスターミナル近くに投宿し、歩いて歩いて、そして、この街の構造を知ろうとした。ま、これは、不安な反面、一から探訪し、自分で、お気に入りを探し出す楽しみもあるのだ。バスターミナルを背中にし、その前の幹線道路と90度に交わる道路との間の左45度の角度で入っていく小道を、くねくね歩いて行くと、県庁横に簡単に出られ、この街の官庁街、繁華街へ出れるというのは、この日の夜になって知るのだが、どうしても、目の前の大通りに目が入ってしまうのです。そして、これが、結構、賑やかなんですね。今から考えれば、先ほど書いたショートカット小道に行っておれば、ひょっとしたら、発見できなかった場所にも行けたのではないだろうかと思っています。幹線道路に90度に交わる大通りを右に入り発見したのが、この街の公設市場、そして、その周辺にチャルシュの賑わい。恐らく、これだけでも満足したでしょうね、でも、こんなの序の口というのが、この街の規模の大きさでしょう。

バルケシル公設市場 この周囲にもチャルシュが広がります

 今度は、90度に交わる大通りの左側に広がるチャルシュへ行くと、これが、また広い。そのチャルシュをくねくねと抜けていくと、いや、もっと抜けて抜けて行くと、到達するのが、ザーノス・パシャ・ジャーミー。くねくね抜けるのが、途中で不安になって、表通りに出ると、徐々に、街が新しくなっていっているのが分かります。これには、どんどんと引き込まれる黄紺。さすが、県庁所在地です。街が大きい上に、急ごしらえじゃない落ち着きというものが、この街にはあります。ザーノス・パシャ・ジャーミーは、威風堂々、その重量感は、数多く、トルコのジャーミーを観てきた黄紺の目にも、かなりの位置にランクできる代物です。いや〜立派なジャーミーです。その前に公園が広がり、その傍らには、幾重にもチャルシュが広がる。表通りとの線対称の位置に、ちょうど県庁があると言えば、位置関係的には、いいかな? 県庁周辺は、これは、都会の雰囲気があります。小奇麗なカフェがあり、店の構えも地方のお店という感じを越えたものを感じてしまいます。チャナッカレ方向、ブルサ方向、イズミル方向、キュタフヤ方向と、ちょうど分かれ道に相当するのでしょうね、そういった地理的な位置取りが、この町を、古くから栄えさせたものと、黄紺は推察しています。いずれ、近いうちに再訪してみたいと思っております。今度、入るなら、それは、チャナッカレ方向からですかな?

中心街とその周辺

街の新しい部分と古い部分が微妙に重なりながら続いていきます

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県  庁





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