チョルム写真館





 息子が、初めてトルコに来たとき、そして、その初めての町、それが、このチョルムだったという思い出がある。夜、イスタンブル空港に息子を迎え、すぐその足で、ハイダルパシャに向かい、アンカラ行きの至極快適な夜行列車に乗り、アンカラに到着。クズライでチョルバをともにすすり(息子にとっては、これが最高にうまかったらしい)、すぐさまチョルムに向かった。それが、高2の息子との20日間に渡るトルコの旅の第一歩であった。ホテルのないところばかり歩いて、ホテルが見つからず、やっとサート・クレシ(時計塔)脇に投宿。街の情報が全くなかったものだから、県庁の観光課まで行くと、大歓迎を受け、おまけに課長さん自身に案内までしていただき、翌日には、課長さんはお仕事なのでと、替わりにその息子さんに案内をいただいた思い出の地。息子にとっては、初めてのトルコの町で、このなんとも濃い歓待ぶりを受け、目をぱちくりさせた、そんな町なのです、ここチョルムは。そうそう、この町の名物レブレビ(エジプト豆)のお土産までいただきました。でも、20日間の初っぱなにいただいたものだから、荷物になってしまって、息子は困っていました。でも、いい思い出付きのお土産になりました。その思い出の詰まったチョルム再訪を考え出したきっかけは、ここに素敵な博物館ができた(実際には「再建」でした)という情報をキャッチしたからなのです。この地は、ボアズカレも近く、ヒッタイトの中心的な場所だった関係で、その遺物を多く持っているはずという直感が働きますから、ぜひ再訪をしてみたいものだと考えていたところ、それを決定的にさせたのが、2003年に、NHKが主催して行われた「アナトリア文明展」。すると、やはり予想通りありました。「チョルム博物館所蔵」、これに突き動かされるように、2004年夏、その再訪を実現させました。ここに載せています写真は、見栄えのする(単にデジカメで撮ったというだけの意味ですが)2004年版チョルムであります。


チャルシュ
時計塔を中心とした街の風景
レブレビ屋


結果的に6年ぶりの再訪になります。オトガルからのセルヴィスの運転手に、「時計塔まで行ってくれないか。途中に、博物館があったら、どこにあるか教えたくれませんかぁ」とお願いすると、すぐにその反応が返ってくる。件の博物館は、オトガルのすぐ近所。これで、目的の博物館は、ばっちり。今度は、運転手のおじさん。「どこに泊まるの」「いやー、名前は忘れたんだけど、時計塔のすぐ近くなんだけど、、、」「だったら、○○ホテルだけど、、、それ、潰れたでぇ」「えーっ!」「、、、、ん、つぶれた」「ま、とにかく、そこまで行ってよ」「ま、そこがダメだっても、この辺にホテル、たくさんあるからね」、確かに、うまいタイミングで、窓外を見ると、ホテルの看板が幾つか見える。なーんだ、ここまでくれば、ホテル、結構あるんだと、6年前を思い出す黄紺。んで、実際に時計塔に着くと、運転手氏、「あれ、だろ?」「ん、そうだよ」「あれは、やっぱり、やってない」、確かに、表が閉ざされてる。ショーック、あーあ、この前、やーっと見つけたホテルが、これでは、ショックでした。でも、その後、替わりに投宿したところが、エコノミーな上、とても広く、快適だったので、到着直後の衝撃は、すぐに忘れてしまった黄紺なのでした。それよりか、この快適なホテルで、新たな思い出ができてしまったのです。最悪の体調不良、いや、要するに、マンモス下痢ぴーを経験してしまうのです。あーあ、チョルムは、いろいろと記憶に残るわぁ。


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