エルズルム写真館





東部への憧れ、その第1関門として、エルズルムが、自分の前に立ちはだかっていた時期がある。初めて、東部に入ったとき、アルトヴィンからカルス方向に流れたが、アルトヴィンからエルズルム行きが目の前にあるにも拘わらず、行かなかったときがある。やはり東部の中心的な町との印象が強かったがため、好ましい情報が、つい数年前まで流れてこなかったからである。にもかかわらず、初めてのエルズルム入りが、息子を帯同してのものだった。懸念が払拭されると、急に大胆になるのが、黄紺の特色だが、正直言って、エルズルムに入る前に、シワスからエルジンジャン方向に入る前の夜は、頭で分かっていても、息子の顔を見ると、尻込みしている自分があった。自分1人だったら考えないようなことを考える黄紺も、まともな父親の顔を持ってしまう。非合理なことを考えてる黄紺なのでした。この後、いつ、息子とトルコへ行けるか分からない、ひょっとしたら、これが最初にして最後の息子とのトルコ旅行かもしれないと思い、理性に従うことにした。あわよくば、一緒にドウベヤズィット、ワンを、息子と行きたかったのだった。でも、全く偶発事故で、そちら方向へは適わなかったけれど、理性に従って、誤りはもちろんなかったのである。




ジャー・ケバブ


エルズルムは、高原の街である。真夏でも、夜窓を開けて寝る気がしないほど、涼しい。ということは、その反対の冬が、とても厳しいという。黄紺は、まだ夏しか行ったことはないが、冬には零下20度になることも、珍しくはない。黒海方向からは、バイブルトなどのカラダー越えで入る方法と、アルトヴィン経由で大回りをしている方法がある。が、こちらは、まだ果たせないでいる黄紺は、エルズルムに入った2度ともに、シワスからエルジンジャンを抜けてのものだった。2度目のときは、サッカー・シーズン開幕戦を、ここで観ようと、急いで駆け抜けた記憶がある。中心部に有名な2本のミナレットを持つ立派な神学校跡があり、またそのすぐ近くには、城跡残る。その城跡に残る塔の上から眺めると、エルズルムが、如何に高原の街かがよく分かるのである。また、城の周辺には、昔の面影が伺いしれる下町的雰囲気が残っており、ここで食べるジャー・ケバブなどに舌鼓を打ってると、遙々と来ぬるものかなの感慨に、ついつい耽ってしまうのである。






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