
旅行者である黄紺にとって、イズミールは連続して滞在したことのある貴重な町である。と言っても、僅か1週間のことであるが。それもこれも、全てJ子のおかげである。日本トルコ文化協会のトルコ語教室の同級生で、果敢にトメルへ出向いて、トルコ語の習得を決意したJ子、彼女が選んだ場所が、ここイズミール。長期滞在をするにつけ、最も違和感の少ない町、それがイズミールだろう。日々エザーンも聞かないし、雰囲気も、トルコで最もヨ−ロッパ・ナイズされた町、それがイズミールだ。J子のいたアルサンジャック、黄紺が宿を構えたバスマネ、ヴァプールで渡るカルシュヤカと、それぞれに思い出は尽きない。でも、つくづく思ったのです。ここは、暑い。海沿いの町だから、日本と同じで、湿気が多い。だから、夏は、このようにJ子と会うという目的のようなものがなければ避けるべし、というのが自分の中に作った約束事です。黄紺が最後に行ってから、数年経ってしまっています。丁度、海岸通に遊歩道を造る計画が公表されてました。きっと、ブユック・エフェスからアルサンジャックのヘイケルのあるところまでの雰囲気、にぎわいも変わっていることでしょう。そのヘイケルのすぐ前にあるのが、アルサンジャックのマグドナルドです。 |
J子を訪ねていったとき、僅か3〜4ヶ月前のJ子とは違い、トルコ語を普通に喋っているのに衝撃を受けた。そしてJ子の周りにいる人たちに驚かされた。マケドニア人、ヨルダン在住のパレスチナ人、イギリス人もフランス人もいた。韓国人の牧師さんもいたし、ちょっと内気なナイジェリア人や、イラン人がいた。もちろん、トルコ人は、いっぱーい。いろんな人たちにとって、住みやすいのだろう、この街。なんか、自分の世界観が、音を立てて崩れていったような気までした。そのとき、もう少し遅くこの街を訪れていたら、Ayさんと最初の遭遇をしたのは、この街になったろう。だから、会うと必然的に、イズミール話が出てしまう。かつてのJ子のように、何をするでもなく、でれでれだらだらとこの街で、時間の流れに身を任せたいと思ってしまう黄紺なのです。トルコのいろんなところを知っても、やはり、こういう感じでいたいと思う街に、確実に入ってくる、イズミールは。 |
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