ムーラ写真館2





2006年の大晦日に、3度目のムーラ入りした。丁度、クルバン・バイラムが始まっており、チャルシュなどは、滞在期間中、ずっと営業せずのままだった。チャルシュの中にあるお目当てのキョフテジも、従って、滞在期間中、1度も入ることはできなかった。もちろん健在だったので、それを確認できただけでも、良しとしなければならなかった。代わりに、同じチャルシュの中に、ちょっと古臭い、しかも、家庭料理度の高いロカンタを発見できた。ここは、周りがカパル状態なのに営業を続けていた。気づくのが遅く、今回は、ムーラを夜行バスで出る前に入っただけであった。ま、そんな食い意地の張った話は抑えて、やはり白い家屋群のことを書いておこう。黄紺は、これらの家屋群は、ルムの残した家屋の名残だと思ってきたが、今回、博物館に行ったついでに、この話を館員の方にぶつけてみると、正に、どんぴしゃ正解だった。それだけではなく、ムーラ県や、周辺の地域にある同様の白い家屋群は、全て、そのカテゴリーに入ると言ってました。確かに、ボドゥルムなどにも、同様の家屋群に、目を奪われたことがあった。その白い家屋群の広がりだが、オトガルを背にして言えば、最初は、その正面の一部、言い換えると博物館裏に見つけて大感激をしていたが、2度目に行ったときには、その広がりが尋常なものではなく、小高い山に向かって右側に広がることを知った。今回は、逆方向に多くの白い家屋群を見つけた。そう言えば、先ほどのキョフテジの前の道を、左に取ったことはなかった。その道を辿ると、普通の家化するように勝手に決めていたのだけれど、とんでもありません、ここにも白い迷路が繰り広げられていた。この広さには、たじろぐしかない。2007年の元旦の夜、夜間に初めて白い迷路に行ってみた。これが、いいんだなぁ。三脚などは持たないで動いている黄紺は、それを写真には収めてはいないのだが、この「夜の白い迷路」は風情があります。最初に来たときに、この楽しみ方を知っていたなら、もっと素朴な光景を見れたのではないかと想像したり、もし、黄紺が、アンタルヤのカレイチで感じた「暗闇の支配する」世界を体感できたかもと、そんなことを考えていました。「暗闇」には、幾つも種類があることを教えてもらったあの暗闇が、ここにもあったのかもしれないと、ちょっと悔しい思いをしたものです。元々静かな街が、バイラムだったために更に静かだった。以前、観光案内所(そんなものが、なぜかあった)のあったところの裏道に、ネット・カフェができてたり、新オトガルからの道が、街の中央部にさしかかる当たりに新しいムーラが増殖しかけていたりと、若干の変化は出てきているが、この静けさと白い迷路が、今後とも黄紺を引きつけることは間違いないだろう。


白い迷路と、その周辺





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