タルスス写真館







クレオパトラ門

クレオパトラ門向かい


パウロの恵み


パウロの恵み
 

2005年夏、10年ぶりに、タルススに入った。聖パウロとクレオパトラで、歴史に名を残している町、それが、ここタルススだ。10年前、アダナからドルムシュに乗り、この町に降り立ったとき、夏も真っ盛りで、砂ぼこりにまみれており、かなりくたびれていた町という印象が、黄紺の脳裏に焼き付いている。クレオパトラ門の存在は知っていたが、聖パウロ縁の物が残っているとは、この町に入るまで知らなかった。たまたま、タルススに入ってから、この町に博物館があることを知り、早速、訪ねて行った。バスを降りたところから、すぐの小さな博物館だった。そこのお役人さんから、聖パウロ縁の物が残っていることを教えられ、しかも、自ら道案内までして訪れたのが、家の軒先にあった一つの井戸だった。「パウロの恵み」と名付けられているもので、パウロ関係のものでは、これだけだと、そのお役人氏は言われていた。ただ1つ、タルソ人サウロ(後のパウロ)の家の前にあったという井戸だけが残ったというのだ。



メルシン行き中型バス

 4年前に、メルシンに入ったとき、タルススに、バスが停車した。クレオパトラ門の、すぐ近くだったのだが、その辺りの変化に驚いたことがあった。旧オトガルは、クレオパトラ門の近くにあった。だが、最初に来たときドルムシュを降りたところが判らない。クレオパトラ門との位置関係で判断すると、通り過ぎてきたはずなのに、判らない。この感覚は、この夏も続く。もう、町の形が変わってしまっているのだ。町の中心がずれている。古い家が、どんどんと立て替えられている。道が変わってる。アダナからメルシンに抜ける幹線道路、クレオパトラ門がなかったら、皆目、何が何だか判らない状態だった。町のリニューアルのコンセプト、古代ローマの港湾都市としての遺跡の大切さを認識しつつ、快適さ、便利さを追求しようとしている。ここまで徹底している町、トルコを歩いてて、他に見たことがあっただろうか、いえいえ、思い浮かばないのである。史跡・遺跡は、観光資源として保存する姿勢は、かなりのものである。10年前には知らなかった史跡も、きれいに整備されていた。その極めつけは、駐車場を造ろうとして掘り返したら出てきたというローマ時代の都市遺跡。それが、新しくなった町の中心に、どっかりと占めている。管理をしている職員の方のお話によると、タルススは、ローマ時代には、港町で、その港に面してクレオパトラ門があったとか。その港から続く道路が、遺跡として出てきた道路で、この道の真ん中を通ることの出来たのは、高貴な人たちだけで、下々のものは、道路の端っこを歩かされていたと言ってました。
 パウロの恵みの周りには、伝統的家屋の保存をしようとしている地域がある。ただ、10年前を知っている者からすると、その頃は、こんな家ばっかじゃなかったのと、思わず突っ込んでみたくなったんだけど、1つの地域を、歴史地区として残す意向らしい。この残し方には、賛否が分かれるところかもしれないが、都市づくりの明確な意志を感じる。ようやく見つけた旧博物館跡、その前に佇んでいた人に尋ねてみた。「タルススの変わり様に、びっくりしてるんだけど、、、」「市長が替わってから、町も変わったんだよ」ということだった。確かに、新博物館も、入れ物の立派さに、驚く他はなかったんだけど、また、それだけのものを造るに足る歴史を持っている町だ。ぶらりと巡り歩くに、とてもいい町になったものである。


歴史的建造物


ハマム跡

ウル・ジャーミー

ローマ時代のハマム跡

旧博物館、新博物館へ


ローマ都市遺跡


ローマ都市遺跡


聖パウロ教会全景

聖パウロ教会内部

聖パウロ教会天井画
伝統的家屋群

「パウロの恵み」の周辺には、伝統的家屋が保存されています。かつては、その辺り、そういった家ばかりが、立ち並んでいたのですが、ね。



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