忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2009年 12月 12日(土)午前 2時 55分

 木曜日は、前の職場の方々と、半年ぶりの再開。恒例の呑み会を、京橋で持つことができました。そして、今夜は、ようやく迎えた4週間ぶりに休める土曜日、その前日というので、気分は格別です。そんないい時間を、シネヌーヴォで映画を見ることに使いました。以前、シネヌーヴォで、「オランダ映画祭」が行われたときにアナウンスされ、それ以来、公開を楽しみにしていたオランダ映画「ドゥーニャとデージー」を見に行ったのです。主役の二人は、18歳の女の子。デージーは、生粋のオランダ人ですが、ドゥーニャの方は、モロッコ系オランダ人。仲良しの二人なのですが、デージーは、シングルマザーに育てられ、大変な発展家で、別れることを宣言してから、別れた男の子どもを妊娠していることを知ります。一方のドゥーニャは、オランダ育ちですが、モロッコ人の家族、親族の勧めを断り切れずに、モロッコへお見合いに行ってしまいます。ちょうどその時期に、堕胎手術を受けようとしていたデージーは、シングルマザーに育てられた自分と、お腹の中にいる子どもとを比べて、自分が望まれて生まれた子どもなのかどうか、特に、今は行方不明となっている父親の真意を知りたく、父親がいるはずのモロッコに渡ります。モロッコと言っても知っているわけではなく、頼るのはドゥーニャとなるわけで、二人の再会が実現します。父親探しをしたいデージーと、親の言いなりになり結婚をすることから逃げたいドゥーニャの思惑が一致し、二人は、ドゥーニャの家族、親族のいるところを、他の人には黙って離れます。ここから、二人の進んで行くロードムービーと化していきます。カサブランカ、マラケシュなど、ちょっとステレオ・タイプのモロッコ紀行が始まります。ちょっとくさいのですが、わりかしいい風景を映してくれます。やがて、実の父親と再会したデージーは、父親と話をすることで、子どもを産むことを決意していきます。ドゥーニャの家に戻ると、オランダから駆けつけていた母親と再会でき、大感激で、こちらは、あまりにきれいにハッピーエンド。ドゥーニャはと言えば、デージーと旅をするなかで、自分のルーツが、この地にあることを自覚していきます。オランダ生まれのドゥーニャには、モロッコの旅自体で、自らのルーツから逃げていたことを自覚する旅となったのです。とまあ、きれいにまとまり過ぎたかなっていうところで、鼻をつくような箇所が幾つもの出てきたのが不満かな? ドゥーニャ役の女優さんが、とっても引き締まった顔立ちで、えらく目立っていました。




2009年 12月 9日(水)午後 11時 10分

 今夜は、「講談毎日亭」以来の雀のおやどです。こちらで、落語を聴くのも、久しぶりのような感じがします。今日は、こちらで、「第5回文華の勉強会」がありました。5回目になるようですが、初めてのおじゃまとなりました。番組は、文華「天狗さし」「一人酒盛」(中入り)「狸茶屋」であったということは、出演者は文華だけという会なのです。今日のネタは、それぞれ持ちネタながら、今までの口演回数の少ないものばかり。「天狗さし」は7回目で、「一人酒盛」や「狸茶屋」は2回目だとか。文華自身が、ほぼ完全品と言う「天狗さし」は演じ手の少ないネタ。米朝の復刻品のはずですが、その一門でも演じ手は少ない。一門以外では、松枝、松五師弟くらいかも。オーソドックスに始まりましたが、京都に入ってから、バタバタと進んでしまいました。もうちょっと、町の人との会話があったはずですし、あった方がいいと思います。特に、帰り道で、そういった場面を入れた方が、坊さんを天狗と思い込んでいる無茶もん的おかしさが出てくるのではと思いました。最後は、大阪まで戻ってきて、最初の場面にという文華風アレンジ。落ちを言うために戻ってきました。ま、そうしたいから、京都の場面をカットしたのかもしれません。だけど、前半のやり取りは、文華のリズムで、なかなかおもしろいものだったと思います。「一人酒盛」は、とっても難しい噺。相手を威嚇しながら、一人で呑むことを当たり前のようにしていく6代目の口演が懐かしく思い出されますが、今日のネタの運びは、その手法。ですが、文華の口演では、ちょっと陰気な不機嫌さによる、相手の男に怒ってるものですから、まじになって、聴く者は引いてしまいました。文華も、今日の演じ方は、客には伝わらなかったと感じていたようですね。そういう風に思うと、誠にもって難しいネタですね。一度、米朝、枝雀の口演も、思い出すために、DVDを見なくっちゃとも思いました。実は、二人とも実演には接しているのですが思い出せないのです。「狸茶屋」は、わざわざネタ出しをしてするほどの噺ではありません。バレ噺のーつですし、小咄と言ってもいい長さでしたし、下げも、直前になって判っちゃいました。珍品として、記憶に留めておけば、十分過ぎるでしょう。でも、文華の意欲が光るいい会です。




2009年 12月 8日(火)午後 11時 10分

 今日は、「天満講談席」の日です。月2回、上方講談協会は、定例の会を続けていますが、その一つで、都合がつく限り、覗いている会です。今月は、講談界では、「義士月」と言われ、赤穂義士の物語が読まれることが多い月なのです。今日の番組でも、「赤穂義士」関係が二つ、あとの二つは、「赤穂義士」関係が二つ出るのなら、少し控えようということで組まれたようです。その番組は、南青「赤穂義士外伝〜忠僕元助〜」、南華「西郷の東下り」、南北「赤穂義士本伝?〜雪の南部坂〜」、南鱗「千両の富籤」でした。南青くんは、最近、このネタをよくかけています。ますます、人物の描き分け、その際の間の取り方、微妙な呼吸の違いに磨きがかかってきました。同じ一つのネタを聴いていると、それが、よく分かります。「西郷」は、西郷隆盛が追っ手をかわしながら江戸入りする話をオムニバス風に、ちょっとコミカルに描いた軽めのネタでした。その軽めのネタのあとに、本日の秀逸、「南部坂」が待っていました。以前、南湖の会で、神田陽子さんが、同じネタを演じたあと、旭堂のそれとは違うと言っておりましたが、そのことが、今日、南北さんで聴いて、よく判りました。神田派のそれは、陽成院の心根を、情感たっぷりに語り上げたのに対し、旭堂のそれは、陽成院はほどほどに収め、むしろ、報告に来た寺坂吉右衛門に修羅場読みをさせるのが、最大のハイライトになっています。なんせ、南北さんですから、前段はしみじみと染み入る語りをしてくれますから、後半の修羅場読みには、ただただ呆然と聴き入るだけでした。この変化の大きさこそが、聴かせどころと看ました。となると、「千両の富籤」は、露払いではなくて、後払い的なもの、クールダウンとして聴くには、程よいものだったのじゃないでしょうか。




2009年 12月 8日(火)午前 6時 27分

 昨夜は、「育っちゃったらくご!」がありましたので、繁昌亭に行ってまいりました。「できちゃった」グループの会は、時間が許す限り出かけるようにしているのです。作為日は、「古典特集」と銘打たれたもので、このグループの逆転の発想です。番組は、三金「動物園」、たま「壺算」、遊方「干物箱」、南湖「赤穂義士銘々伝〜赤垣源蔵別れの徳利〜」、(中入り)、あやめ「くっしゃみ講釈」、三風「船弁慶」というもので、なかなかヘビーなネタが揃い、終わると9時20分、抽選会も終わると、9時30分近くになっていました。ただ、一昨夜の寝不足が、やはり出てしまい、「壺算」と「干物箱」の後半に出てしまいました。たまの「壺算」は2度目なのですが、前のときも、後半ダウンで、ダウンをしながらも、下げが違っていたのを覚えてたもので、昨日はチャンスとばかりに待ち構えていたにも拘わらず、全く、前回同様の状態となってしまいました。最後、壺屋が、お金を返すというものなので、どういう風にしたのか、気になっておりながら、また繰り返したというわけです。遊方の「干物箱」は、新作派の噺家さんでありながら、前から演じていたもの。ネタがネタですので、学生時代に覚えたものかなと思っているものです。放蕩息子が、声色の上手な男を身代わりに置き、お茶屋に遊びに行くというもので、仕込みのところはばっちりで、わりかし大きな噺だなぁと思いながら聴いていたにも拘わらず、ダメになってしまったのです。「動物園」は、チラシを持った男が、動物園を訪ねるという形。「赤垣源蔵」は、南湖が、最近、よくかけているネタ。この秋で3度目かな。下僕の男が触れるように報告するところで、もうちょっとくさくすればいいのにと思いました。普段、講談会がある場所と違い、器が大きいのです から、そういった工夫が欲しかったな。昨日の秀逸は、あやめの「くっしゃみ」。年季明けの頃に、人前で、一二度出したことがあるそうで、それ以来とか。喜ィ公を、東京の与太郎風にするという演出。となると、パン屋のおもやんとの関係がと気になるところをうまく処理。不具合を、逆手に取る、見事なあやめ流です。ですから、次は何が出てくるか、思わず体が前のめりになりました。がっかり賞は三風。序盤は、極めてオーソドックスな型。扇子を持つ手のぎこちなさが気になり続けましたが、とってもいい口演で、このネタを、これだけいけるんだったら、もっと他の古典も、じっくり取り上げて欲しいなと思ってしまいました。買い物の噺の部分はカット。船に乗り込む当たりから、あやしくなったのか、省きだしたのか、なんか、しょぼくなり気味。源平踊りもなしだし、お松ぁんの怒りも、なんか伝わらない、尻すぼみになってしまいました。残念なことでした。




2009年 12月 6日(日)午後 10時 27分

  守口市(11)〜大阪市鶴見区、東大阪市(5)写真集

 今日は、午後から芝居を二つ連続で、場所を替えて見るため、ウォーキングをするならば、それまでにということで、朝8時40分をメドに家を出ました。秋晴れとは、正に今日のような天気のことを言うもの、そないな絶好のウォーキング日和。こういった日に、鶴見緑地を入れるコース設定を考えていたなんて、とってもラッキーなことでした。あとのことを考えて、学研都市線のどこかの駅がいいだろうということで、一応、「徳庵」駅を据え、時間に余裕があれば、「放出」駅まで足を伸ばそうと考えていましたが、結局、鶴見緑地で、そのゆとりの時間を使ってしまいましたので、終点は「徳庵」駅になりました。詳しいコースは、次のようになります。京阪「守口市」駅〜西郷通商店街〜西郷南町会集会場〜西三荘ゆとり道〜守口支援学校〜鶴見緑地〜地下鉄鶴見緑地線「鶴見緑地」駅・産直青空市場・鶴見緑地プール〜鶴見緑地球技場〜徳栄橋〜柳本小橋〜徳庵橋〜徳庵下小橋〜住吉神社〜徳庵神社〜JR学研都市線「徳庵」駅。西三荘ゆとり道は、以前、何か用事で、近くを通ったとき目にして、のんびりできるところだとの記憶が残っていたのですがが今日、どのような位置関係にあるかを認識できました。脇道の、錦小学校と錦中学校の間を抜ける小路は、外国にいるみたい。そして、間なしに守口支援学校に到着。更に、横に回り込むと、もう鶴見緑地の木立が目に入ってきます。入口が見つからず、ちょっと戸惑いましたが、外周道路の銀杏が、きれいに色づいており、とってもいい景色。花博のパビリオン跡が判るようにしてあったのですね。韓国庭園は、そのまま残されていました。そして、トルコの場所だけ地図で確認し、実際に行くのは、次回の楽しみにしておきます。そして、今日は、もう一つの目玉、寝屋川と古川の合流点を通ること。えらく複雑な橋がかかっていますし、南に越えると、もう、そこは徳庵。街並みの雰囲気が、急に古くなります。一度、この地域の探検を兼ねたウォーキングを試みたくなりました。
 「徳庵」から学研都市線及び東西線を使って、「新福島」まで移動。一つ目の芝居は、ABCホールでありました伊藤えん魔プロデュース「負け犬イレブン」を見てきました。分かりやすく分かりやすくという芝居なのが、このプロデュース公演。伊藤えん魔だけではなく、関西小劇場界の知られた役者が招請されることでも楽しみな公演で、今回は、美津乃あわ、鴨鈴女、宮都謹次らに加えて、猫ひろしが参加しました。話は、至って単純。〜依存症と言われる「負け犬」たちの更正施設で、施設収容者が、自らの力で団結をして更正しようとするのを、施設側が、典型的な症例として残そうとしたり、また、ヒールらしくさせるために、施設内で麻薬を栽培していたりで、そういった悪と収容者が戦っていく物語。その中で、大事な友情が培われ、また、裏切りに遭ったりという風にして芝居は進行していきます。たわいない内容を、楽しく、おもしろく見せるのが、このユニットの特徴かなと思うと同時に、終わったときには、な〜んだとも思ってしまいますが、なんか楽しませ方のツボのようなものを押さえられているので、また次回とも思ってしまいます。
 今日、二つ目の芝居は、伊丹のAIホール。「新福島」から東西線で行こうとすると、東西線が、どこかの踏切で遮断棒に異常が出たということで、電車は22分の遅れ。幸い、時間に余裕があったので、次の芝居には支障は出ませんでしたが、他の方法を考えると、この移動方法は、ちょっと危険。一旦、大阪駅に戻らねばならないところでした。AIホールでの芝居は、「スイス銀行」という劇団の第2回公演。前回公演を見て、かなりおもしろかったということで、今回も外せないと、黄紺は思ったのですが、客の入りは、イマイチでした。この劇団は、座付作家と女優二人だけの劇団ですので、毎回、助っ人の俳優さんと演出家を迎えます。今回の演出家は、遊気舎の久保田浩でした。この劇団は、台本がしっかりしている上に、達者な役者さんに、著名な演出家ということで、今回もグレードの高い芝居を見せてくれました。舞台は、ある会社のオフィス。一人の女性が、僧侶を名乗る男と訪れ、そこで働く女性に、中学校時代のいじめを謝りにやってきたのでした。最初、怯えから、相手ができない女も、周りに会社の同僚がおり、また、その謝罪を受け入れるよう求めたりしますので、本心を語り出します。更に、その女性は、実際を解ってないにも拘わらず、口を挟んでくる女性の不倫を暴露してしまいます。「痛みを分かち合おう」と言って。夫も、同僚社員ですので、気まずい雰囲気が、一挙に増してしまいます。こんなに問題を二重にして、解決方法というか、物語の収拾方法はあるのかと思っていると、ちゃんと用意されていました。SF的解決方法でしたが、芝居としては、喜んで受け入れたい虚構の世界でした。やっぱり行って良かったな、伊丹まで。今日は、二つ、芝居を見たことになりますが、芝居としての充実度は、「スイス銀行」に軍配を上げたいですね。伊藤えん魔の方が、今、旬の俳優さんたちという感じですが、本と演出に軽さを感じてしまいましたというより、安直さを感じてしまいました。でも、動員力は、やはりFANTOMA以来のネームバリューが大きいのですね。




2009年 12月 5日(土)午後 11時 24分

  大阪市遊歩(30)写真集

今日の土曜日も、平常勤務、但し、午前中だけですが。これで、土曜日の平常勤務が、3週間連続となります。かなり疲れがたまってきているはずです。おまけに、昨日は、まともに帰ってきたために、早々にダウン。夜中の1時半に、目が覚めたままで、出勤。まともではありません。だけど、仕事がはねたあとには、ウォーキングです。雨上がりで、太陽が出た頃に歩き始めました。コースは、次のようになりました。京阪「森小路」駅〜古市橋(京街道)〜旭公園〜大阪拘置所〜春風橋〜毛馬橋〜毛馬閘門(残念石・北向地蔵)〜長柄橋〜水道記念館・柴島浄水場〜西中島東公園〜中島惣社〜崇禅寺〜阪急「崇禅寺」駅・飛鳥人権文化センター〜阪急「柴島」駅。今日のコース設定の狙いは、長柄橋を渡り、淀川の北側に行くことでした。他の橋を渡り、淀川の北側には行っていますが、長柄橋越えは、初めてでした。最後は、あとの都合を考えて、「柴島」駅をベストでしたので、川を渡ってからも、多少ゆとりがあるだろうと思われる「森小路」駅を選択。確かに、程よい時間配分となりましたが、長柄橋も長いですね。そんなで、阪急「西中島南方」やJR「新大阪」駅方向に歩き出しかけながら、途中で断念しました。毛馬閘門辺りに来ると、すっかり気温が上昇。足元が悪いのだけは、困ったことでしたが、それを除くと、誠に結構なお日柄。紅葉も一段と進み、残念石に腰掛けたおばさん二人。コップ酒を交わしながら談笑したはりました。
 「柴島」から電車一本で、日本橋へ移動。目的は、売り出されている文楽1月公演のチケットをゲットするため。今までにないいい席を、2枚ともゲットできて、バンザーイでした。それから、いつもの日本橋駅上のネットカフェで時間調整。夜は、ミナミをうろつかないのに、こちらで時間調整をしたのは、晩ご飯を考えてのこと。ですから、若干早めの食事となりました。夜は、久しぶりの太融寺です。「第64回宗助はんの会〜東西交流会〜」があったのです。以前のように、この会の頻度が下がっていることもあり、久しぶりにおじゃましたという感じがします。番組は、とま都「強情」、宗助「けんげしゃ茶屋」、さん生「お見立て」、宗助「除夜の雪」というもので、最後に、師走の会恒例の抽選会がありました。最近、遭遇することのなかったとま都は、ざこば一門が、最初の頃に手がけるネタをしましたが、これが、なかなかいい出来。どうしても、後半のガマンの部分が目立つネタですし、また噺家さんは、そこに力を入れるという力配分が常でしょうが、とま都は逆。ということは、語りで聴かせる力があるという証拠。変にデフォルメしたりせずに、語り、掛け合い、その辺の呼吸のようなものを積み上げて欲しいお年頃。正に、とま都は、そういう時期だと思うのです。ゲストは、東西交流落語会に来阪しているさん生が出演。大阪にないネタということで、「お見立て」を選択した感じ。ですから、東京の噺家さんが、このネタを取り上げることが多いですね。田舎のお大尽と吉原というミスマッチから起こるドタバタ。ですから、お大尽の田舎度が大切。それと吉原の木瀬川という花魁を始めとした人たちとの対比のようなものがくっきりすると、笑いが高まるものと看ました。そういう意味では、ドタバタ感は、よく出てるのですが、人の対比という部分が弱かったですね。宗助は、年末の噺を二題。ちょうど昼間、同じ会場で、千朝が出したようで、宗助は「もし聴いていても比べないでください」とのお断り。これは、珍事としか言いようがありませんね。その中で、出来は、「けんげしゃ茶屋」に軍配を上げます。つくづくと良くできた噺で、よくもこないなおもしろいことを考えたものと、客も、登場人物にも思わせる、そないな感じが、宗助の口演を聴いてて思いました。嫌がり方、調子の乗り方、そんな反応がうまいのです。客も感心しながら聴いていますから、登場人物に共鳴して感心してしまってるのです。それに対し、「除夜の雪」は、ちょっとした怪談めいた噺。暗い中に降る雪を見せて欲しいな。前半の小坊主のはしゃぐ部分は、「けんげしゃ茶屋」を引きずってしまった感じ。静寂にはならなかったのです、宗助の口演は。最近では、吉坊以来かな、このネタ。「けんげしゃ茶屋」は、雀三郎で聴いて以来。ともに、手がける人の少ないネタです。




2009年 12月 5日(土)午前 2時 56分

  枚方市(6)写真集

 今日は、仕事が早く片付いたので、後半休をとり、ウォーキングの時間に当てました。ただ変な天気が、朝から続いていましたので、心配しながらのウォーキングとなりましたが、歩き出すと全く大丈夫で、わりかしいいウォーキング日和でした。コースは、久しぶりに枚方市内を歩いみることにし、途中、かつて住んでたところの今も見ておこうの魂胆で設定しました。詳しいコースを書くと、次のようになりました。京阪「枚方市駅」〜枚方宿東見付跡碑〜メセナ枚方・鵲橋〜京阪「御殿山」駅〜御殿山図書館・御殿山神社〜中宮団地〜小松製作所・関西外国語大学〜中宮平和ロード〜星ヶ丘厚生年金病院〜本誓寺〜印田会館〜有料老人ホーム「ふる郷」〜村野神社〜京阪「村野」駅。「枚方市」駅から「御殿山」駅まで、ほぼ京阪電車の線路沿いに歩き、御殿山方向から中宮団地に入り、小松製作所前で中宮病院方向に曲がり、村野を目指すというコースです。小松製作所横に広大な敷地を持つ関西外大が出現したために、この辺りの風景が一変しました。学生街らしきものも出現していますし、外大だからでしょうね、女子大生が、やたら目立つ光景です。印田地区に入る道が難しく、地図を手に歩いていたにも拘わらず、途中でギヴアップ、すると偶然、本誓寺前に現れ、ホッと胸を撫で下ろしました。印田地区は、開発をまだ逃れている地区で、替わりに、昔ながらの狭い路地が入り組んでおり、せっかくこれたにも拘わらず、村野神社が全く見当がつかず、ここでも困惑。すると、向こうから、東海大仰星高校の生徒さんが、下校時間に当たっており歩いてきてくれて、ここでも胸を撫で下ろしました。東海大仰星高校を目印に、村野神社が判るからです。しかし、印田地区というのは、神社かと見間違う木立が幾箇所もあり迷子にさせてくれます。でも、昔ながらの路はいいものでした。




2009年 12月 4日(金)午前 0時 0分

 今夜は、京都にお出かけ。まず、京阪で三条へ。駅の近くの古臭い大衆食堂で、晩ご飯。そして、地下鉄で、烏丸今出川へ。金剛能楽堂横に、京都府民ホール・アルティがあります。久しぶりに、そちらでのコンサートに行ってまいりました。このホールのレジデンツ・カルテット「京都アルティ弦楽四重奏団」が素晴らしいのです。これで、何回目になるのかな、年に1回くらいのペースで、コンサートがもたれています。同じ時期とは限りませんので、見逃すことしばしばですが、こうやって見つけると、行くことにしています。プログラムは、ベートーベン「弦楽四重奏曲第11番セリオーソ」、ハイドン「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」の2曲に、アンコールで、ハイドンの「セレナード」の有名な第2楽章が演奏されました。やはり、このカルテットは素晴らしいとの認識を持ちました。今までは、豊嶋泰嗣のうまいヴァイオリンにリードされ、上村昇のチェロが、しっかりと下から支え、こちらもうまいなぁと思わせるという感じだったのですが、今日は、上の三つのハーモニーが極上。特に、二つのヴァイオリンが、いずれが、第一ヴァイオリンになっても、見事に重なり合い、それを、ヴィオラの川本嘉子が寄り添うと感じで、その三つの楽器の合奏に対置するものという感じで、チェロが頑張るという感じだったものですから、緊張感のある演奏が特徴だったと言えばいいかな。「セリオーソ」の2楽章なんてのが、そのいい例。「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」という曲は、同じような調子で、曲は進行し、冗長な曲という印象がインプットされていたものでした。確かに、その感は拭い切れませんが、厚みのある高音部トリオに挑みつつ、支えつつあるチェロとの丁々発止のやりとりが聴かせてくれました。どんどん音が出ていったこともあり、これが弦楽四重奏かと思わせられるほどの迫力を感じさせてもらいました。ここまでの迫力なんて言葉で、カルテットを誉めるということはなかったような、、、。それ程、このカルテットは素晴らしいのです。
 息子との、冬の旅行準備、着々と進行中です。いつかのトゥールーズで懲りた黄紺は、夜遅めに、飛行機で到着するときは、ホテルを押さえるようになっています。あとの日はいいんだけどね。明日は、夜遊びを返上して、いろいろとその準備に入ろうかと考えています。情報収集に、コンサートの予約など、できることはやっちゃおうの精神です。




2009年 12月 2日(水)午後 10時 15分

 今夜は、寝不足のまま、慌ただしく仕事を終えて、繁昌亭に向かいました。開演20分前に飛び込んだ南森町の「すき家」で、鶏そぼろ丼を注文したら、「牛丼まつりでやってません」とつれない言葉。もう、他の店には行けない時間。仕方なく、食べるつもりのなかった牛丼 系を食べてから、繁昌亭へ。今夜の繁昌亭は、「第76回平成創作落語の会」がありました。番組は、たま「伝説の組長」、かい枝「丑三つタクシー」、三風「モレパシー」、(中入り)、遊方「たとえばこんな誕生日」、福笑「千客万来」というものでした。「できちゃった」組から3人、そのネタは、鉄板ネタと思われるものが並びました。かい枝のネタも、鉄板ネタです。ですから、逆に客の反応度を探る尺度になりました。そういった点では、重いというか、おとなしいという、ちょっと物足りないものがありました。黄紺は、かい枝のところから、一部飛び始め、一番具合の悪かったのが、三風のところでした。実は、かい枝のネタと福笑のネタが初遭遇でした。ホラー系ネタの「丑三つタクシー」は、かい枝が出てくる前から、客電が落とされ、雰囲気作りが行われ、マクラからネタに入ると、舞台上の照明も落ち、サ スの光だけが、かい枝を照らすという懲りよう。下げがいいですね。鉄板ものであることは間違いない佳作です。遊方のネタの中でも、「たとえば、、」は、一番気に入ってるネタじゃないかな。ハッピー・バースデイを歌うところが、特にお気に入りです。「千客万来」は、福笑のネタにしては、静かに始まっていきます。なかなかクレッシェンドが起きず、勝手が違うのですが、いわゆる仕込みに丁寧に時間をかけていたことが、徐々に判ってきて、噺の構想力、構造で笑わしてくれます。最初は細かく人物描写をして、正に「千客万来」だということが、笑うツボだと、客に認識させると、今度は、一気呵成に人数を増やしていきます。そうなると、人物描写よりか、何屋さんだけで、特徴をちゃっちゃと掴める人たちを並べていきます。下げを聴いて、思わず「よくできた噺だ」とつぶやいてしまいました。今日は、トリイ講談席を逃して、こちらに来て、少なくとも、損をしたとは思わなかった結構な会でした。




2009年 12月 1日(火)午後 10時 9分

 昨日は、家の用事で夜遊びはなしでしたが、今日以後、今週は、多彩な夜遊びを計画をしています。今日は、中崎町と中津の間に残る町屋の一角での落語会「提法寺寄席」に行ってまいりました。この会は、ざこばの弟子ひろばとそうばの兄弟弟子が開いているもので、前回に続いて、2度目となります。お寺のさして広いとは言えない本堂で、20人を少し超えたかなという客を集めて行われる小じんまりとした会です。番組は、ひろば・そうば「トーク」、そうば「十徳」、ひろば「竹の水仙」、そうば「手水廻し」というものでした。冒頭のトークは、毎回、二人の近況報告が行われます。今日のメーンは、この二人に、歌之助、雀太の、気楽な四人で、島根に仕事に行った話。雀太の5時間しゃべりっ放しは納得のきつい話、変な映画を見ようとしたが、実は動いてないのにお金を入れたため、そのお金を取り戻した人、取り戻さなかった人という恥ずかしい話とか、そうばがリードしながら、ひろばが口を挟むという展開。わりかし楽しめます、二人のトーク。ネタで、びっくりしたのは「十徳」。毎回、こちらでネタ下ろしをしているそうばは、今日のために、「狸賽」を用意したのだが、前回、ひろばが出したところ。そこで、2日間稽古しただけという「十徳」を出したのですが、その冒頭が、何の噺か、全然判らない。聴いたことのない「大根役者」の謂われが並びました。それが、ひとしきり済んでから、十徳へ。よく聴いた文三の展開と、序盤が違いました。初体験の部分でした。また、そうばも、急仕上げというのが見えてこない立派な出来でした。「手水廻し」の方は、な〜んだと思うと、意識朦朧。ぼやーっとしっぱなしでした。そして、めっけもの感が残ったのが、ひろばの口演。最近、大きなネタをかける場合は、これを出していたので、密かに期待していたもの。何がいいと言っても、落ち着いていること。どうやら、梅団治にもらったなというフレーズが出てきてました。懇切丁寧に言葉を運ぶ梅団治よりか、言葉は、きれいに流れていき、とっても聴きやすい口演でした。いろいろと、出せるところでは出してきた積み上げの良さというものが、よく感じられました。ひろばには、今後、どのようなネタが合うか考えながら聴いてしまいました。これは、ちょっとした誉め言葉のつもりです。




2009年 11月 30日(月)午前 0時 21分

  大阪市遊歩(29)写真集

昨日に比べて、かなり明るいお天気。今日も、午後と夜にお楽しみがありましたので、それまでにウォーキング。ただ、午後の予定が3時からだったもので、ちょっとゆっくりめのお出かけ。そないなことでしたので、初めてじゃないかなぁ、ウォーキングの起点として、京阪「守口市」駅と「京橋」駅の間に設定したのは。起点とするポイントに行くまでに、相当な時間を要してしまいますので、若干の余裕がないと、その気にはならないのです。詳しいコースは、次のようになりました。京阪「千林」駅〜新森公園〜地下鉄今里筋線「新森古市」駅〜大阪信愛女学院〜今福阪奈ゴルフガーデン〜南今福公園〜今福下水処理場〜寝屋川歩道橋〜放出橋〜新喜島橋〜放出西第二踏切〜放出西第一踏切〜専永橋〜放出下水道処理場〜左専道公園〜地下鉄中央線「深江橋」駅〜法明寺〜深江稲荷神社〜ふせ三番街〜近鉄「布施」駅。今日は、歩き出しの頃、あまり太陽が出ていなかったのですが、気温は上がっていました。歩いていると、かなり暑く、着ている物を、2回、脱ぐことになりました。今日は、後のことを考え、近鉄大阪線の駅に行こうとしました。今里は、一度経験していますので、布施を目指そうと、しかも、2時間で行けるところということで、「千林」駅を起点にしたのでした。そしたら、見事に計画が当たりました。欲張りな黄紺でも、徐々に距離感は分かってきていますので、以前のような無謀な計画は立てないようになってきています。当初、城北川に沿って南下しようかと考えていたのですが、行き止まりの道に入ってしまったことが多く、そのたびに東にずれていき、結局、「深江橋」駅に出てしまい、そのまま南下することになりました。この辺で、残り30分でしたから、今日のコース設定が成功だと確信しました。とにかく、布施で、駅から出たことはなく、大きなアーケード、駅前の賑やかさに驚いていました。考えてみれば、環状線から僅かに外に出ただけなのですね。
 「布施」駅から、近鉄電車一本で日本橋へ移動。ここから、シアトリカル應典院へ行き、「突撃金魚」という劇団の芝居を見てきました。新しい劇団探しの中で引っかかってきた劇団です。主宰者で、雑付作家のサリngROCKが、OMS戯曲賞を取っているというのが、売りとなっている関学大出身者で作られている劇団です。今日は、「ビリビリHAPPY」という芝居だったのですが、テーマは解ったつもりでいるのですが、一つ一つのプロットが、とっても変わった人たちを出してくるので、かなり無理して出してきているのか、そもそも、こういった思考構造の人なのか、計りかねています。強盗を働いて、住んでる高校生を追い出すカップル、伯爵とその奥方は動物園を持ち動物たちの剥製を頑張って作っている、絶滅を懸念されているつがいの獣、あともう一つのカップルは、ウォーキング疲れで、こっくりきていたところで出てきていたので、よくわからないのですが、共通点というのは、社会のモラルとか、そないなものとは無縁のところに生きているカップル。そこに夢と希望に胸を膨らます女子高生が絡み、自分の夢というステレオタイプ的な偶像なるものが崩れていくのだけど、自分で、自分なりの希望を見いだします。それが、獣との恋。という風に、価値観も何もかも崩した上でのお話。最後は、29歳になった主人公が、砂漠を一人で歩いていくというもの。そういった雰囲気を出すためでしょうか、台詞の言い回しも、いろいろと工夫がなされ、でも、全体的にはテンポが落とされていました。ウォーキング疲れの黄紺には、なかなか厳しい芝居となりました。
 芝居がはねると、日本橋のネットカフェに移動。1時間余りの時間調整。夜は、動楽亭での「できちゃったらくご!」に行ってまいりました。冒頭に、恒例のじゃんけん。出番を決めるものです。今日は、特に、遊方と三風のお二人が、まだ出来上がりが遅いよう。余裕があるように見えたのは、三金とあやめ、それに、南湖かな。そう思ってみると、このじゃんけんの結果は、皆さんに納得のいくものであったかもしれません。番組は、南湖「腎結石」、三金「奥野くんの骨折」、遊方「闘う会社員」、あやめ「クリスマスな夜」、(中入り)、たま「ジャマイカ」、三風「どうでもいいけど」となりました。終わってみると、三風の仕上がりが、ちょっと苦し紛れにまとめたかな、たまが、尻切れトンボのままだったのですが、そうなってもいいようにというか、わざと尻切れにして、下げだけを言いたかったのかもしれません。どっちだったんだろうと思わせぶりなところが、たまらしいのかもしれませんが。そないなこともありましたが、総体としては、とっても粒揃いの出来栄え。ここまでの高い水準を見せたのは、「できちゃった」史上でも、あまりないかもしれません。南湖は、自らの腎結石経験から、結石手術に画期的な手法を導入した医師の開発物語ですが、どこまでが、本当の話なのでしょうね。三金は、ローソン出口での骨折体験を落語化したもの。実話に基づくくすぐりには、三金が、噺の途中にコメントを入れてくれました。遊方の噺は、会社の人事面で行われるパワーハラスメント。それに闘う女性の一団。だけど、昇格という餌には弱い。あやめは、クリスマス物語を、子どもに読み聞かせる、「桃太郎」の変形噺。父親のサンタクロース話は省いて、読み聞かせだけに集中した方がいいように思いましたが、あやめは、本当に、毎回充実しています。たまは、海外旅行での、麻薬噺。夫婦での旅行ですが、妻の方がボケ倒してくれます。麻薬を預けられたと言い、困っていながら、空港で土産に麻薬を買ってきたり、、、。三風は、大学時代の落研仲間が、昔、世話を焼いてもらった飲み屋へ。酒を飲めない飲み屋の主人が、酒を呑んでしまいもらした本音は?という噺。ちょっと、明らかに練り込んでいないのが判りました。毎月独演会を行っている三風には、ここしばらく余裕がありません。




2009年 11月 28日(土)午後 11時 30分

  大阪市遊歩(28)写真集

 今日は、午前中、またしても通常勤務。土曜日が、これだと落ち着きませんし、体の疲れがとれないですね。昼前から、結構風が強くなってきて、ここ数日の暖かさを吹き飛ばしてしまいました。そのようななか、勤務が終わりますと、急いで移動。今日は、京橋からJR東西線に乗り、加島に移動。ここを起点に、大阪市の一番端っこを歩いてみました。詳しいコースは、次のようになりました。JR東西線「加島」駅〜加島人権文化センター〜加島中央公園〜香具波志神社〜富光寺〜神崎橋東詰〜神崎大橋〜田蓑神社〜阪神「千船」駅〜千船大橋北詰〜千北橋〜韓国食材店「有伽」〜大野川遊歩道〜阪神なんば線「福」駅。今日の目的は、神崎川に沿って歩くこと、そして、神崎大橋を渡り、大阪市の端っこを歩くことでしたが、まず、神崎川は、堤防が高く、橋のところに来ないと、視界が広がらないという、とっても悲しい状態になっていました。また、街は、完全に工場街。それに団地群がわって入ってきます。ということは、団地のあるところも、かつて は工場だったのでしょうね。それが、不況やらでたたまれた後に、団地が出現ということなのでしょうね。でないと、あれだけ工場と団地が混じり合わないと思います。最後は、「出来島」駅が、終点としては妥当かと思ったのですが、「出来島」駅と「福」駅間の距離感が、この間のウォーキングで出来上がっていますので、ちょっとだけ頑張ってみました。おかげで、韓国食材店を一つ発見できました。所要時間は、2時間5分でした。
 「福」駅から阪神なんば線で、難波に移動。この新しい電車を、十分に活用しています。千日前のネットカフェで、今日は、2時間以上の時間調整。ウォーキングの疲れが出たのと、空調が効き過ぎていたこともあり、いびきをかいて寝てしまいました。トルコのラジオを聴きながらの爆睡。ヘッドフォン越しに聞こえる自分のいびきに驚くこと、二度三度。おかげで、随分と疲れがとれました。夜は、久しぶりにワッハの7階でありました「林家亭11月席〜染左開発計画〜」に行ってまいりました。以前に比べて、この会場を使って、自分の会を持っている噺家さんは減りましたが、染左は、ずっとこちらに腰を落ち着け、最近では、毎月、公演を行っています。バッティングを繰り返してきたこの会に、久しぶりに行けたのでした。番組は、染吉「千早ふる」、染左「ふぐ鍋」、文三「四人癖」、染左「尻餅」となりました。「尻餅」だけが、予めネタ出しがされていました。染吉が、良くなってきました。愛くるしいキャラで、それが高座にも反映されてきました。入門当初のぎこちなさが、徐々に消え出してきました。となると、キャラ的にいい人なので、楽しみな存在となってきました。喬介ほど強烈な天然ではありませんが、どっちかというと、そっち系の香りがしています。それに加えて、聴いたことのないくすぐりが幾つか。染吉オリジナルなんだろうか。おもしろいのです。「チワワが尾をふる」なんてのは、優れものですね。文三は、残念ながら、生喬独演会と同じネタ、マクラでした。客席の反応は、明らかに繁昌亭の方が勝っていました。主宰者の染左では、完全に「尻餅」に軍配が上がります。「ふぐ鍋」の方は、以前聴いたときには、こんなにしつこくなかったはずです。ましてや、染左という噺家さんは、そういったしつこさは嫌う人だと思っていましたので、自分的には、余計にマイナス印象。一つ、演出的に、珍しい型が出ました。最後、通常は、おこもが勝手に、庭から座敷の方へ回ってきますが、今日の染左は、主人自らが、玄関に出向き、おこもに応対します。おこもが、勝手に庭から回ってくる不自然さを解消しようとしたのでしょうね。そういった意味では合理的なのですが、この方法を採ると、大橋さんが、下げのところにはいなくなってしまいます。ここまで、散々ぼけ倒した大橋さんにも、下げの場面には居て欲しいなぁ。「尻餅」は、丁寧に伝承したネタをなぞってくれました。ちょっとお下品な噺も、染左は、十二分にこなしていってくれます。どんどんと、ネタが増えていくにつれ、かつての染左は手を着けなかったであろうネタも、楽しく仕上げていってくれます。嫁さんの尻を叩くタイミング、掛け声に拍手です。そして、「尻餅」を聴きながら、ふと染左の「けんげしゃ茶屋」なんてのを聴いてみたくなりました。連関性のない連想ですし、林家のしないネタなのに、なぜか、そう思ってました。恐らく、あまり持ってそうじゃないネタだからでしょうね。




2009年 11月 28日(土)午前 0時 13分

 水曜日は、事情があり、急遽、講談会へ行くつもりが中止。昨日は、こないだの日曜日の朝席以来の繁昌亭、でも、夜席は久しぶりのような感じ。昨日は、自身の誕生日に合わせて、年1回、生喬が、繁昌亭で開く独演会「第3回生喬の繁昌亭でまるかじりの会」の日なのでした。ただ、前夜、夜中に目が覚め、結果的にあまり寝てない上に、どこでも補充をしていない。かなり厳しいことになってしまいました。番組は、生寿「犬の目」、由瓶「阿弥陀池」、生喬「吉野狐」、(中入り)、文三「四人癖」、生喬「三人兄弟」というもので、主宰者の生喬の意欲的なネタ出しに興味の行った番組作りだったのですが、客の入りは残念としか言いようがありませんでした。「吉野狐」は、生喬が手がけるようになってから、3回目になるかな、6代目の持っていたネタで、一度だけ、黄紺も聴いています。そういった意味では、笑福亭に関わるネタなんでしょう。また、「三人兄弟」も、6代目のネタにあるということで、その存在を知っていたネタですが、昨日、生喬が、マクラで触れたところによりますと、もう一つ前の5代目松鶴の得意ネタだったそうです。いずれにしても、この二つのネタは、現在、生喬以外で手がける噺家さんはいないはずです。殊に「三人兄弟」は、本日ネタ下ろしということです。黄紺自身も、聴き終わってみて、放蕩三昧の三兄弟が、二階に蟄居させられており、そこから抜け出る算段をしているという展開には記憶があります。それを「三人兄弟」とは知らずに聴いていたということなのでしょう。もちろん、抜け出たあとの展開は、全く記憶は残っていませんでした。実際に聴いて忘れてしまったのか、途中で切れたのか、なんとなく途中で切り上げたような気がしています。末の弟だけが、2階に取り残され、新町に思いを馳せ、いろいろと夢想するところが聴かせどころですね。ただ、おもしろい噺とは、残念ながら言えず、だから、なかなか取り上げられないということなのでしょう。となると、生喬の責任は重大です。他の噺家さんでは、生寿の明るさ、小気味良さが、客席に好反応を生んでいました。ちょっとした間の取り方、アクションでのデフォルメのかげん、生寿は、いろいろと工夫しているなということが見えてきます。体の使い方、有機的な使い方に工夫のあとが読み取れます。「犬の目」で、そないなことを考えさせるっていうだけで、大物感が漂います。由瓶の「阿弥陀池」は、こごろうからもらったものでしょうね。こごろうスペシャルなくすぐりが続いていましたから。ちょうど、楽屋には、生喬の盟友こごろうが詰めていたようですので、由瓶は、これをチョイスしたのでしょうか。ちょっと勘ぐってしまいました。文三は、ベタな爆笑ネタで、つなぎに徹したネタ選びでした。目をこする男のオーバーアクションのおかしさは、抜群でしたが、手を叩く男は、それと比べて物足りなかったな。
 今夜は、珍しい組合せの会に行ってまいりました。動楽亭であった「第1回三語句同盟の会」というもので、落語、講談、浪曲の組合せです。言い出したのは、春蝶だそうで、仲の良い南青くんが講談を、ご近所の春野恵子が浪曲をという組合せでの会となりました。番組は、春蝶・恵子・南青「トーク」、春野恵子「袈裟と盛遠」、南青「赤穂義士外伝〜忠僕元助〜」、(中入り)、春蝶「ぜんざい公社」「一文笛」というもので、おなじみのネタが並びましたが、びっくりしたのは、トリとなった春蝶が、一挙に二席を行ったこと。時間は余るどころか、超過気味なのに、ましてや、「一文笛」を出しながら、二席とは、どうしたことでしょう。サービスなんでしょうね。無機的な噺のおかしさ代表作と、その真逆のネタを披露してくれましたが、「ぜんざい公社」を久しぶりに聴きましたが、この噺が生き残ってること自体がおもしろいなと認識しました。とっても新作入門編と思ってしまったからです。「一文笛」は、新春蝶にやられると、なんか違和感が出てきます。もっと土臭い匂いがしてもいいのにと、このネタを聴いていると思ってしまうのです。別に、先代の手がけたネタだからと言ってしなくてもいいのにと、もう入口のところで、ちょっと拒否反応が起こってしまい、、本日唯一こっくりときてしまいました。それに引き替え、あとの二人は、充実の高座。春野恵子は、新ネタを出してくれないか、期待をしていたのですが、今日もかわされてしまいました。最近「袈裟と盛遠」か「お菊と播磨」しか当たってないよな気がします。ま、そういった巡り合わせなのでしょう。今日は、ちょっと高音が苦しかったかな。いや、「袈裟と盛遠」は、こないに高音部分が多かったかなとも思いましたが。「忠僕元助」は、聴くたびにほろっときてしまうネタです。赤穂義士が、知人らに別れを告げる話には弱い私なのです。「間十次郎雪の別れ」「赤垣源蔵別れの徳利」、それに、大高源吾が義理の兄でしたか、江戸に上る際に永久の別れを告げに立ち寄る話、大石が、主君の奥方に、それとは言わずに別れを告げる話、いずれも、胸に沁みる名作揃いです。南青くんでは、このネタは、2度目のはず。元助の純朴さが、いいですね。




2009年 11月 24日(火)午後 10時 56分

 今週は、わりと講談を聴ける機会の多い週です。その最初は、毎月おなじみの「第148回旭堂南海の何回続く会?」でした。どうも、この会がある日は、前日寝不足ということが多く、今日も、実はそういった日でした。演目は、「真田三代記」より「幸村諸国漫遊記」に入っています。ちょっとこじつけ的な内容で、興趣は、若干薄いかなとは思いますが、足は向いてしまいました。今日の話は、幸村が、二人の家来を連れ、関ヶ原で裏切ったかつての豊臣家に連なる人物を訪ね歩き、父昌幸の墓建立資金を集めて回ります。それぞれが、昔語りをしたり、また、関ヶ原から十数年経た今を語るというものですから、オムニバス形式の物語を聴いているという体裁になっていました。幸村が辿ったのは、まず大川村。ここで、大谷刑部の家臣金崎栄次郎と合い、同道することになります。広島で福島正則に合い、奉加帳のトップを飾らせ、ライバルの福岡藩の黒田長政のところで、更に金額を釣り上げと、そういった人となりや人間関係を援用して、おもしろおかしい話に仕上げていきます。次の豊前細川家と薩摩の島津訪問のところで、こっくりときてしまいましたが、四国に渡って、宇和島藩の藤堂高虎を訪ねたところが、本日の白眉。ここには、三成に味方をしたため、今は落ちぶれた長宗我部の元家臣桑名弥次右衛門が、今は、七条で乞食同然の暮らしをしている元主君の元を離れて仕えています。時の移ろいを感じる幸村でしたが、長宗我部の近況が気になった幸村 は、猿飛佐助に長宗我部の様子を調査させます。忍術を使う佐助は、あっと言う間に七条に現れます。この講談の便利なところです。すると、乞食同然の長宗我部一党に、定期的に、弥次右衛門が、食糧を送っていたのでした。ですから、大阪夏の陣のときには、長宗我部が家臣を率い参戦できたというのです。そして、長宗我部は、戦場で、藤堂高虎を追い詰めます。そのとき、高虎の命を救い、長宗我部に討たれる道を、弥次右衛門は選ぶのでした。元主君、そして現主君にも、義を通して亡くなっていくのでした。長宗我部も、弥次右衛門の亡骸を戸板に乗せ、戦を一旦制してまでも、高虎の元に運ぶのでした。ここで、ほぼ時間切れ。どうやら、南海さんは、今日、同道している筧十蔵の仇を討つために、このあと佐渡に渡るところまで持っていきたかったようですが、時間切れで余韻を残して終わってしまいました。




2009年 11月 23日(月)午後 7時 42分

  大阪市遊歩(27)写真集

 昨夜、11時過ぎに、息子と出かけ、軽くお酒を飲み、冬の旅行の打ち合わせ。帰ってきて寝たのが、1時過ぎ。朝、目が覚めると8時半。完全に予定が狂ってしまいました。いつものように、朝早く目が覚めると思って考えていたことが、パーになってしまったのです。それで、考えていたことをいじりました。今日は、ウォーキングと映画一本だけにして、夕方には家に帰っておこうというものです。ともかく、韓国ドラマ「ニューハート」が、一話半残っているので、それを見ることを最優先しました。借りているDVDを、明日、返さねばならないのです。今日は、とてもいいお天気。おまけに気温が上昇。最近、寒い日ばかりが続いていましたので、とっても爽快なウォーキングとなりました。今日は、久しぶりに都会のウォーキングを試みました。だいたいの目安として、「天満橋」駅から、谷町筋を南下、谷町2丁目交差点で右折。瓦町を抜けて靫公園へ。道頓堀川を幸橋で渡るように歩き、そのまま南下。大浪橋で尻無川を渡り、お時間に合わせて、大正区内を歩き、あわよくば「弁天町」駅を終点にしようとしたのですが、それは無理でした。詳細なコースを書きますと、京阪「天満橋」駅〜谷町2丁目交差点〜大手橋〜靫公園〜韓国料理店「ヒャン」〜「靫本町1」交差点〜「サムハラ」神社〜和光寺〜インド料理店「MAYA」〜幸橋〜イタリア料理店「il Passo」〜赤手拭稲荷神社〜立葉交差点〜大浪橋〜三軒家東福祉会館〜八坂神社〜三軒家公園〜泉尾カトリック教会〜泉尾商店街〜沖縄物産店「ぺぴーの」〜泉尾神社〜萬福寺〜三泉商店街〜三軒家中央商店街〜〜JR環状線「大正」駅。ウォーキングをするとき、黄紺は、ヤフーの地図を手元に歩いています。ところが、この地図、縮尺によって、記入されていたりいなかったりします。通常、縮尺が小さいと、より細かな情報が得られると思うのですが、それがそうじゃないっていうところが曲者です。そのため、歩いていて、思わぬところに出会ったり、逆に地図をネット上で見ているときにはわかっていたのだが、プリントアウトをしたときに、縮尺の関係で消えていて、あとから地図を見ると忘れてしまっているという具合なのです。そういった意味で、今日は、とってもラッキーな日でした。ウォーキングをするとき、ちょっとしたポイントを決めて歩いています。そのポイントに使う一つに神社があります。近くに、古い家屋なんかが残っているのではの期待があるのです。今日は、都心部でしたので、古い家屋には出会えませんが、全く頭に入ってなかった神社に三つも出会うことができました。これは、驚きです。特に泉尾神社の規模は立派で、地図に出てこないわけが分かりません。泉尾神社の近くには、金光教のそれは立派な施設もあるのですが、それも出ていない。いったいどうなってるのかな。
 「大正」駅から、環状線でうつ目「福島」駅へ移動。土曜日に続き、今回ふ回目となる「大阪ヨーロッパ映画祭」に行ってまいりました。今日は、スペイン映画「隣人」の上映があり、終映後、来日していたこの映画の監督さんへの質疑応答などがありました。映画は、60年代の後半と現代とが交互に場面転換をしていきます。60年代はモノクロで、現代はカラーでと、分かりやすい転換ですが、一世代ずれす転換で、且つ、同じ俳優さんを使ったりしますので、誰が誰か、ふっと気を抜くと、混乱してしまいます。だいたい苦手なのです、こういう仕掛けは。でも、大丈夫でした、なんとかついていけました。60年代の方では、母親がガンの末期で、それを前提に話は展開していきます。その母親に反発し、母親が亡くなったあと、男と家族の元を去った娘が、現代の場面では、その去ったときから初めて、父親の元を訪れ、死期が近いことを告白します。こういった形で、過去と現在がシンクロしながら、ストーリーは展開しています。一つ共通したことがあります。それは、アパートの階上、即ち隣人として、アラブ人と思われる異邦人が住んでおり、違った文化を持って生活しています。階下の主人公たちは、距離を置くような言葉を、常には吐いているのだが、その人たちが、何か困ったりすると親身になり心配し、世話をやきます。性根は、とっても優しい人たちなのです。が、家族内の人たちには、そういった優しさを示せない、いつも文句を言ったり、家族の問題を、自分では処理できず、怒ったり逃げたりしています。監督は、母と娘をシンクロさせたのは、子どもは、親を否定したり越えようとしたりするけれど、振り返ってみると、親とよく似た生き方をしているものだと言ってました。そうなのかもしれませんしねまた、自分の歳になれば、ハタと思い当たることは数々と思えます。だけど、話が小さいんだよなと思ってしまう黄紺は、相変わらず「家族」をテーマにした物語は好きになれないのです。「家族」「移民」「同性愛」と、現代のヨーロッパ映画が、好んで取り上げるテーマが、この映画には、全部詰まっています。そういったことで、自分的にチョイスした映画でしたが、その中核が「家族」となると、ちょっと引き気味になってしまいます。一種の習性です。




2009年 11月 23日(月)午前 1時 3分

  大阪市遊歩(26)写真集

 昨日は、仕事でしたが、明日が祝日ですので、この週末は2日休めます。今日は、まず午前中に繁昌亭に行き、そのあと、繁昌亭を起点にウォーキング、夕方からは文楽、そして、深夜、息子と会い、旅行の相談をしました。最近、何があっても、午前か午後を明けて、ウォーキングをしています。今日の場合は、4時からの文楽公演夜の部に行きましたから、午前中に繁昌亭なのです。もちろん、繁昌亭で、そそられる公演があるから、こういった計画を作ることができるのです。繁昌亭朝席は、「第15回桂三風の早起き寄席」がありました。番組は、三風「挨拶」、生寿「色事根問」、こごろう「阿弥陀池」、三風「振り込め!」、松枝「煙草の火」となりました。生寿の「色事根問」は、初遭遇。もう出だしから生喬口調が微笑ましい。ごっつい声の師匠に対し、線の細い生寿という組合せが、余計に微笑ましさを増します。十評判まで行き、「首の仕替え」への繋ぎとなることまで言ってから下りました。本日の秀逸が、こごろう。もうぶっちぎりの出来でした。下ネタ嫌いのこごろうは、「抜き身」「十三で修行」はカット、でも「夜這い」は残していました。いろいろの工夫満載で、聞き慣れたネタを、ホント、わくわく気分で聞くことができました。「西宮」のくだりは、同じ繰り返しは避け、後半部分は、自分で言ってみたり、「しんねこ」のところも、動物名を、自分で言う代わりに、マンモスで引っ張りました。おもしろい、ホントにおもしろい。「振り込め!」は、独演会ファイナルの予行演習というところでしょうか。松枝の「煙草の火」は2回目。なんか、淡々と過ぎていった感じ。松枝は、なぜだか、常にうつむきかげんに言葉を発します。人に話しかけるとなると、ふっと顔を上げます。こないな癖を持っていた人ではなかったと思うのですが。地味さとど派手さ、その両方の要る噺、ちょっと物足りなかったかな。でも、小判のまき方の大きさは、松枝の面目躍如たるものがありました。
 繁昌亭が終わると、近くでお昼ご飯。食後、すぐにウォーキングに出発です。今日のウォーキングは、とにかく、先日前まで行きながら中に入る時間のなかった城北公園に行き、そのときと重複しないように、「千林大宮」駅以外に到着すること。但し、夜の行動を考えて、うまく移動のできる駅を選ばねばならないのです。そないなことでのコースは、次のようになりました。繁昌亭〜星合池〜源八橋〜都島自動車学校〜インド雑貨店(都島小学校前)〜高倉商店街〜西浪橋〜民団旭支部〜城北公園〜平和地蔵尊(淀川河川敷)〜東中宮橋〜旭公園〜地下鉄今里筋線「関目成育」駅。とにかく、城北公園に行くことを優先し、往きの道と帰りの道は、平行して走っているというもの。その城北公園では、菊花展が開かれていました。びっくりしたのは、その会場の横に、菊の栽培場があったことです。どうやら、11月に、毎年開催するために、そこで育成しているらしいのです。時間があれば、ゆったりと拝見することができたのでしょうが、基本的スタンスは、どんなにいいものと出会っても、見学はしない、ウォーキング最優先ですので、入口部分を見て、すぐに失礼しました。あとは、よく似通ったところを、先日も歩いたところですので、特に書き記すことはないかな。
 「関目成育」駅から、地下鉄で今里経由で日本橋に到着。ちょうど1時間ほど、駅上のネットカフェで、時間調整。午後4時からの文楽鑑賞に備えました。まだ見ていなかった方の公演を見てきました。国立文楽劇場の定例の公演は、1回は見ることにしています。そして、混まない夜公演を見ることにしています。今日は、「心中天網島」の公演がありました。今回の公演は、「北新地河庄の段」「天満紙屋内の段」「大和屋の段」「道行名残りの橋づくし」が上演されました。これも、凄まじい話ですね。夫が遊女に入れ込み、心中をも考えていることを知った女房が、相手の女性に別れるように求めることは、納得。殺し文句として、「夫を死なせたくない」が効きます。ところが、遊女が死を覚悟していることを悟った女房が、自分の申し出を受けてくれた義理で、遊女の見受けをすることにより、遊女が死ぬのを防ごうとする。これは、凄まじい勇気です。そないなことをすると、「私は乳母なりとも飯炊き女として置いてくれ」となります。「 」内は、実際に、そないな内容の詞があります。一番、ぐっときたところかな。小春のピュアな気持ち、おさんの強さに対して、治兵衛のつまらなさが目立ちます。だらしない男にしか見えてきません。そこまで深入りするまで、遊女のもとに通うかな? 賢女おさんとの間に二人の子どもを設けている男にしては、分別のなさが目立ちます。最後は、子どもを捨てて、心中してしまいます。不甲斐ない男に振り回された二人の女の哀れが際立ちます。孫右衛門というしっかり者の兄がいますので、余計に不甲斐なさが際立ってしまいます。「北新地河庄の段」の切が住太夫さん。一番心に沁みたところは、住太夫の語り。いや〜、この浄瑠璃は、しびれました。ただ、住太夫のところで、ウォーキング疲れが出てしまい、時々、記憶が飛んでるのが惜しまれます。「天満紙屋内の段」の切は、綱太夫の予定が、病気ということで、津駒太夫が務めました。津駒太夫も、お気に入りというわけではありませんが、おじいちゃん度の高い綱太夫よりは良かったので、ちょっとガッツポーズ。そして、咲太夫に、今日は惚れ込んじゃいました。「大和屋の段」の切を受け持ったのですが、高くて細めの声が、実に伸びます。それが、これから心中に出かけようかという宵の暗さを引き立たせ、もの悲しさが際立ちます。筋立ての強引さが、文楽らしいと言えば、それに、この演目にも当てはまります。そうと思って見ると、結構、感情移入できるものかなと思いました。




2009年 11月 21日(土)午後 11時 53分

  門真市(9)〜寝屋川市(12)〜大東市(3)写真集

 今日の土曜日は、午前中、通常勤務。しかも、たっぷりと仕事がある。終わって、すぐに職場を飛び出し、お昼ご飯を取ったあと、ウォーキングを開始しました。今日は、寝屋川市の東端河北という地域が、JR学研都市線からわりかし近いということを、先日、この辺りを歩いたあと、地図で確認して知ったので、今回、その道をたどってみようと考えたのでした。ましてや、その間には、広い深北緑地があります。歩くのには、とてもそそられるところです。詳細なコースを書きますと、次のようになります。京阪「門真市」駅〜門真警察署〜打越一番橋〜大阪府営門真北島住宅〜門真市立第二中学校〜弁天池公園〜岸和田産土神社〜五軒掘橋〜深北緑地〜JR学研都市線「四条畷」駅。後半は、かなり雲が出てきて、不安になってきましたが、それまでは、とってもいいお天気。ただ、1週間前に比べて、かなり気温が下がっています。ですから、なかなかお天気が良くても、爽やかとは言えません。これからは、写真を撮る手自体が冷え切って困るのでしょうね。今日歩いた門真市側は、今まで南北に歩いていた地域、それを、今回は、横断していくという試み。わりかし道というものは覚えているもので、感慨の深いものがあります。弁天池は、これで3回目となります。南側の通りを東に向かうと、なんと行き止まり。地図を見てみると、ここが、門真市と寝屋川市の境目。寝屋川市側の河北西町というのは、門真市側が開発されたてきに、一緒に開発されたようで、岸和田地区にくっついたところだけは、寝屋川市の市街地から切り離された孤島のようになっています。大東市の三箇地区まで行くと、整然と区画ができていますから、とっても変です。岸和田地区から寝屋川市に入る道を見つけるのも、大変。ようやく路地の奥に抜け道を発見。河北西町の表示のある家々を抜けると、一帯は畑。見事に寝屋川市であって寝屋川でないですね。まもなく寝屋川という川を渡ります。土手の下一帯は、深北緑地です。深北緑地の東側の外環は、何度も、知人の車に乗って通った道。でも、深北緑地の中に入ったのは、初めて。ここは、かつて水害が頻繁に起こった深野池跡。ですから、緑地内の中には、水位が上がったときの警戒についての表示が目につきました。でも、緑の多いのはいいですね。今日は、行きかけたのですが、深北緑地の南側に出て野崎方向に向かうのは断念しました。「四条畷」駅到着は、出発から、2時間5分後でした。今日は、途中での見極めが良く、僅かのタイムオーバーで終えることができました。
 「四条畷」駅から、学研都市線一本で、「大阪天満宮前」駅、即ち、南森町。ここで途中下車し、時間調整のため、いつものネットカフェへ。晩ご飯も、南森町で済ませ、行き先は、「新福島」駅。目的地はABCホールだったのです。こないな予定が、後に控えていたもので、ウォーキングの終点を、学研都市線にしたのでした。今、このABCホールでは、毎年、この時期恒例の「大阪ヨーロッパ映画祭」が行われているのです。今年は、今夜と、あともう一回見るのが、関の山です。作品紹介一覧表を見て、一番見たいなと思ったルーマニア映画は、残念ながら見ることができません。とにかく、この映画祭は、ワンチャンスしかないのが、大きな傷です。なんとかならないものでしょうか。今夜6時から上映されたのが、スイス映画「タンドリーラブ〜コックの恋」というインド映画タッチの映画でした。最もスイスらしいアルプスの山々を前にして、インド風ストーリーに、インド映画としてのお約束ごとの歌や踊りが展開されます。アルプス山中に映画のロケ に来た撮影隊のコックが、地元に、いかにもというアルプスのレストランで働く娘に一目惚れ。そのレストランで、料理の腕を見込まれ働くことになります。レストランの経営者の息子と恋仲の娘に恋をしたのです。そのレストランで、コックが披露する美味しそうなインド料理の数々も、見どころの一つ。インドから来た映画撮影隊が、いかにもというインド映画の撮影風景を見せてくれるのも、見どころ。インド人コックとスイス娘との関係がどうなるのか、スイス娘は、恋人をどうするのか。終盤は、舞台がインドとなります。結末も、インド映画お約束の、映画のヒロインとヒーローはハッピーエンドに終わるというものです。映画が終わると、監督に、「スラムドッグ」の原作者(在大阪・神戸インド総領事)も交えて、インタビューに質問会が持たれました。スイスを舞台に、スイス人の監督が、インド映画を撮ったということだけで観なければならない映画です。ストーリー的には、小さな話なので、むしろおまけみたいな感じでいれば、腹も立ちません。




2009年 11月 21日(土)午前 0時 26分

 いよいよ、1週間続いた「講談毎日亭」の最終日でした。そのためか、昨日までと比べて、客の出足が早かったような気がします。「沖田総司」は、確かに、大団円となりました。半井玄雪を斬ったと思わせておいて、斬っていませんたでした。斬って血しぶきが上がったと言っておきながら、実は、沖田総司が吐血をしていたのでした。日野三兄弟に取り囲まれていると、近藤らが駆けつけているという展開。最後は、療養生活をしている沖田総司を、おゆうが訪ねてくるという、なんか安っぽいメロドラマで終わりました。ちょっとなぁ、別に、この話、沖田総司でなくても良かったのじゃないと、最後に、もう一度突っ込んでしまいました。「化け猫」で、またしてもダウン。ダウンしてから、意識が戻っても、何が語られているのか、日本語が理解できない始末。だけど、化け猫、最初は恨みから、人をかみ殺していましたが、今日になると、なんか、めちゃくちゃスーパーな能力を持っています。人間の姿で現れてきたり、突然、姿を消したり、人間の言葉をしゃべったりと、こうなっては、わけ分かりません。そんなので、ふーと気が抜けてしまっのかな。前半は、わくわく気分で聴いて、途中から、急激に関心が薄れていった話でした。なんか、この手の話は、謎めいているときが、おもしろいですね。南湖も言っていましたが、「寛政力士伝・小野川喜三郎編」の中のエピソードと見ればいい読み物ですね。「関ヶ原」は、配色濃厚となった西軍から描かれました。小早川の裏切りを諫め、思い留まらせようとして、それができないとみると、自ら兜を脱いで、山を下る家老。大谷刑部につき、大 谷より先に亡くなっていく平塚稲葉の義、大谷刑部が腹を切るとき、供をしようとする倅をたしなめ、豊臣を守ることを託する湯浅伍助、介錯した大谷刑部の首を埋めているところを、藤堂仁右衛門に見つかり、その位置を教えないことを頼むが、頼まれた方も、家康に問い詰められても、頑として答えないというエピソード。三成を逃して、豊臣を守ることに賭ける忠臣島左近。とまあ、息もつかせぬ名場面が続きます。やがて、話は、山中を逃げ回る三成。最後は、一人となり、思い出の観音寺を経て、長浜の山中で、生け捕りにされ、京都に移送され、六条河原で処刑されます。南海さんは、処刑直前まで、生きようとする意志を失わない三成の姿を描いてくれました。そもそも、大団円で終わるネタではありません、最後まで、息もつかせぬ名調子に魅せられてしまいました。次回は、3人の日程が合わず、6日間で開催されますが、その前に、1度、6日間に向けけてのプレ公演が持たれるとか、早速、予定表に書き込み、日程を押さえましたが、1回は無理ですね。なんせ、平日の昼間にあるものですから。




2009年 11月 19日(木)午後 10時 45分

 今夜も、雀のおやどでの「講談毎日亭」。6日目となりました。今日は不調で、「沖田総司」はきちんと聴けたのですが、その後、途端にダウンの連続。南湖の「化け猫」などは、読まれた内容の欠片も思い出せない始末です。「沖田総司」は、昨日と違い、だいぶと話が発展しました。攘夷派の日野三兄弟が、計略を用い、半井玄雪父娘を監禁し、沖田総司に果たし合いを挑みます。そして、その場に現れた沖田総司に、父の玄雪を斬るならば、娘は助けると言うので、沖田総司も斬ってしまうのでした。明日が大団円というのですが、これで、どのような大団円が待っているというのでしょうか。人物設定を、攘夷派としているだけで、筋書きとしては、攘夷派でなくとも、主人公が沖田総司でなくてもいいやと思うと、どうしても、このネタに対して、ノリが悪くなります。「化け猫」は、先ほど書いたような状態です。一番最後に、南湖が、「明日は、小野川が化け猫を退治します」と言ってたのだけは、きっちりと入っています。明日、雀のおやどに行くまでに、南湖のブログをチェックして、昨日、今日の内容を把握しておこうと思っています。こちらは、間違いなく大団円となるはずです。「関ヶ原」は、昨夜の、大谷刑部が、夜半、しかも雨中の山道を、小早川を訪ねたところから。次いで、戦の開始を知らせる前のエピソード。家康の四男が初陣だということで、ごまをする井伊が、抜け駆けの初鉄砲を、一発撃たせます。家康の四男は、完全にアホぽんです。いや、南海さんの描き方では、そうでした。その鉄砲音で、結果的に、戦が始まります。それ以後で記憶に留まっているのは、小早川の裏切り、それに対する大谷刑部の怒り、大谷刑部の死、大谷刑部の首を隠すことに由来する一つの約束でした。ひょっとしたら、エピソードは、これだけだったかもしれません。だったら、飛び飛びになってるだけで、大筋は外してないのですが。明日は、当然、西軍の敗戦というところですが、実は、もう今日の段階で、既に負けは見えてきているのです。さて、話は、どこまで追いかけられるのでしょうか。




2009年 11月 18日(水)午後 10時 36分

 今夜も、鶴橋の雀のおやどに足を運びました。「講談毎日亭」の5日目です。まず、「沖田総司」ですが、相変わらず新撰組の活動とか、幕末の動きとか、そんなのとは関係ないところで進んでいます。今日は、総司が、新撰組のメンバーだということが、恋しく思っている半井玄雪の娘に知られ、別れを告げられふさぎ込むという話。それを慰めるために、近藤らが、講談「木村重成」の一席を披露したり、春菜ら3名が車上荒らしに遭った話をするというおちゃらけ話になってしまいました。ちょっと、これは困ったもの。頑張ってよ、南青くん。「化け猫」が、若干、トーンダウン気味。話の先が見えてきてしまったのです。化け猫の正体は、既に明かされていますし、どうやらあとは、その退治の話らしいと思えるようになってくると、謎めいたところが消えてしまい、トーンダウンというわけです。ましてや、南湖の口演がリアル過ぎるというようなことが、客の方から言われたらしく、ソフトな表現を心がけ出したため、南湖の表現力を楽しむという関心も奪われてしまいました。今日は、退治する役を果たす小野川について読まれました。前半は、「雷電の初相撲」という題名で抜き読みされるところをはしょりながら読み、後半は、雷電と小野川の取り組みについて読まれました。今日は、小野川の紹介のパートだなと判ると、急に睡魔が押し寄せてきました。本日の白眉は、南海さんの口演。いよいよ合戦本番に入るところです。いや、その前夜の戦術的な動きが読まれましたが、今日の南海さんは、鬼気迫るものがありました。裏切り裏切りにさらされていく中で、義を貫こうとする男三成に 同調する武将は少ないなか、上杉景勝は、家康の軍を、自らが引きつけるので、三成に挙兵を求める。それに応えた三成は、大垣城に陣を築き、宇都宮から引き返し、赤坂城に陣を構える家康と対置する。そこで、島左近の進言を受け、関ヶ原に着陣する三成。家康は、大垣を攻めるのではなく、佐和山から大坂を、家康は攻めるつもりだろうだろうというのだ。見事に見抜かれた家康も、仕方なく関ヶ原に着陣。関ヶ原での合戦が確定するのだ。そのぎりぎりになり小早川の軍団が関ヶ原に到着する。大谷刑部は、小早川を信用してないものだから、夜半に、三成自身が、小早川に会いに行くことを勧める。その成果を聞いた刑部は、危ないと思い、自らも輿に乗り、小早川のもとに駆けつける。この大谷刑部が出てきて、三成と打ち合わせをしたり、小早川に駆けつけるときの刑部のところが、特に南海さんの口演ではすごいところ。恐らく、南海さんの表現を聞いていると、大谷刑部は、ハンセン病なんでしょうね、病を押して、しかも異形の姿で、雨の中を、小早川に会うために、深夜、山を登ります。ぐいぐいと、南海さんの口演に、一番引き込まれるところです。凄まじい迫力、気合いです。今日の一番最後で、ついに、決戦の朝を迎え、朝靄をついて、決戦の火蓋が切って落とされました。




2009年 11月 18日(水)午前 0時 27分

 この間観ていた韓国ドラマ「ゲームの女王」を観終わりました。ラヴコメディのあとは、復讐劇を見ようと思い、このドラマをチョイスしました。友人の裏切りで、社長の座を終われ、妻や子どもを道ずれに心中を図った父親を持つ男の復讐劇です。主人公は、心中のとき、生還した息子イ・シンジョン(チュ・ジンモ)。復讐の相手は、父親を裏切った男カン・ジェホ(ハン・ジニ)。その方法は、相手を社会的に葬るばかりか、相手の娘カン・ウンソル(イ・ボヨン)と恋仲になり、会社を乗っ取ると同時に、その娘を捨てるというもの。ところが、その二人が、本当の恋仲になってしまう。だが、その二人を引き裂こうとするのが、復讐相手に父親と、イ・シンジョンの母親ハン・ミスク(ナ・ヨンヒ)。この二人は、実は、イ・シンジョンの父親を追い落とすために手を結んでいたという過去を持つとともに、最終的には、男が女を捨てたという過去も持っている。最初、復讐を考えていたイ・シンジョンは、カン・ウンソルを本当に好きになってから、復讐相手を許していきます。この「許し」ということが、あとから崩れるのかどうかという気持ちで観ていたのですが、これは、最後まで崩れることはありません。このドラマの救いとなるところです。ところが、えーっと声を上げることが起こります。イ・シンジョンが、韓国ドラマの王道である記憶喪失になります。おまけに、復讐相手だった会長が倒れ、何もわからなくなってしまいます。ここからが、このドラマの後半戦なのですが、この設定で、どのように始末をつけるのかと思っていたら、こないな形で、まず一人を、事実上、消してしまいます。残るは、イ・シンジョンの母親との争いとして、記憶喪失となった息子、そして、恋仲のカン・ウンソルとの争いとなっていきます。これが、観ていて、不快になるストーリー展開。最後まで、何やら不快なことが起こりそうなんてことで見続けました。「狂」という言葉が当てはまるような人物に、自在な振る舞いを与えるようなドラマは、不快感でしかありません。ネット上のブログを見ていると、後半が評判良くありません。最後の4話はひどいとまで、書いている人を見つけました。その不快感が、最高潮に達するところと言えばいいかな。と言いながら、最後まで、結構、はまった方のドラマでした。思いもがけないことが、結構、起こってくるのが分かったしでしょうが、でも、不快になることが多かったですね。恐いもの見たさという感じで推移したということかな?
 今日も、夜は雀のおやど。「講談毎日亭」の4日目となりました。「沖田総司」は、生まれのところからのおさらいが終わりますと、新しい登場人物、医師の半井玄雪で、お菰姿で張り込みをしていた沖田が会ったのは、この医師の娘だったのです。治療を受けに行くと、そこへ、攘夷派資金調達のごろつきと遭遇。その連中を追い返したことから、連中とトラブり出しそうというところで、こっくりと来てしまいました。今日は、ここが軽い第一弾。「化け猫」がおもしろいですし、猫が、人の喉を噛みきるときの断末魔の叫びを演じる南湖の叫び声が、もう最高にはまってしまってます。南湖のちょっとハスキーな叫び声が、鬼気迫るものがあります。今日、ようやく猫の正体が判りましたし、「化け猫」の「化け」の意味が判りました。猫は、岩波らにいじめられ自害したおタキの方の飼い猫たまでした。主人に仇なす人物に襲いかかっていたのでした。そして、それで、人間の行き血の味を覚えてしまった猫が、怪行動を起こしていくので、「化け猫」なようです。今日は、姉が自害したことを悲しむ有馬の殿様から下賜金をもらった与吉が、金を持っているのを見かけた足軽に殺され、また、それを知った同僚の足軽も殺されてしまいます。その足軽も、主人に連なる人たちを殺したということで、猫に襲われます。そして、更に、人の生き血の味を覚えていくのでした。「関ヶ原」は、三成が、佐和山城に蟄居を命じられ、孤立してしまっています。七奉行をすっかり敵に回してしまいました。それに反し、堂々と伏見から大坂入りした家康の力は増していきます。一人上杉だけが、それに背を向けていきます。その辺から、今日一番の居眠りに入ってしまい、気が付くと有名な真田の兄弟、家康側につくか、つくなら誰がつくかの話にまで至っていました。




2009年 11月 16日(月)午後 11時 48分

 今日も、夜は、雀のおやど。「講談毎日亭」の3日目です。土日の公演が終わり、今日から最終日までは平日。常連さん中心に客席は埋まっています。通し券を買っている人たちばかりが客席を占めていき、日銭が入らないというぼやきが、講釈師さんの口から漏れてくる頃合いです。「沖田総司」は、江戸に出た宗次郎が、手持ちがなくなり、木剣を持ち追い剥ぎを働こうとするが、相手は、なんと近藤勇。そんなきっかけで、近藤勇と再会し本格的に剣の修行を始め、ときは一挙に10年が経つ。南青くんの読み物で、よくあるパターン。これ、まずいよなというものが、今回も出てしまいました。飛んだ先では、もう新撰組に入ってました。そして、お菰に扮して、攘夷派を内偵しているところから、再開。その攘夷派が、日野三兄弟と、ちょっと出来過ぎの話。内偵のところへ、女がやってきます。咳をする総司。それを気遣う女。攘夷派に見つかったかと思うと、攘夷派が訝しがったのは、女の方だった。このあたりから曖昧になってしまっています。今日は、各所で居眠りが過ぎました。ストップしていた仕事が再開したからでしょうか、かなり疲れてたのです。「化け猫」が、今回の「毎日亭」では秀逸で、今日は、老女岩波らによりいじめを受けたおタキの方が自害をしてしまいます。それを見つけたおタキの方のお付きのおなかが、まず呉竹という女を殺し、次いで、岩波の方に行き、お付きのおトラを殺し、岩波を殺しに行くが、岩波には、猫が、その首に噛みつき、噛み切って死なせてしまうという猟奇性を帯びてきてしまいました。題名に「化け猫」と付き、そして、実際に、猫が登場してきてはいるのですが、その猫は、いったいどのようないきさつなのかが、まだ出てきていません。楽しみです、この後の展開が。「関ヶ原」は、三成が孤立していく様が描かれていく日だったのでしょうか。前田利家の死にともない、前田家に駆けつける朝鮮に行っていた七奉行たちは、前田家に姿を見せない三成を訝しがる。こないなことで、溝は深まるばかり。危ないと悟った三成は、伏見に戻り、家康家に、身を寄せる。計算づくでの家康、、、で、このあとどうなったか、ここでダウンなのです。今日も、もったいないことをしてしまいました。
 冬の旅行に関して、今日、思わぬ展開が起こりました。息子が、「行ける」と言い出したのです。冬の予定が立たなかったのが、ようやくはっきりしたので、行ける、行こうということになったのですが、今度は、なかなか飛行機がとれないというぼやきが出てきていたのですが、どうやら取れそうですので、マレーシア以来の息子との旅行となります。但し、黄紺の乗る飛行機は取れずで、しかも、同じ都市へ行く飛行機は取れずで、1日早く向こうへ行った息子が、鉄道かなんかで移動して、黄紺を迎えてくれることになります。従って、最後も違いますから、どこかでバイバイです。




2009年 11月 15日(日)午後 9時 33分

  大阪市遊歩(25)写真集

 今日も、午後に「講談毎日亭」がありましたので、その時間に間に合うように、移動のことも考えてのウォーキングを行いました。今日のコンセプトは、京橋から大川沿いに出て、川沿いをずっと北上し、更に、淀川堤に出ると、城北公園を目指して歩き、うまく行けば、橋を渡り、東淀川区域に入ろうかと考えていました。地下鉄今里筋線の有効活用です。だけど、いつものごとく、欲張りすぎの計画でした。途中、川沿いを離れ、ふらふらと横路に入る悪い癖で、あえなくタイムオーバー。寄り道さえしなければ、今里筋線に乗れる「太子橋今市」駅には、少なくとも行けたと思うのですが、断念。城北公園も、外郭道路を歩いただけで、中を眺めることは叶いませんでした。詳細なコースを記すと、次のようになります。京阪「京橋」駅〜都島区役所〜桜宮〜〜JR環状線「桜宮」駅〜「大阪市水道発祥之地」碑〜春風橋〜淀川神社〜毛馬橋〜長柄八幡宮〜毛馬橋〜毛馬閘門〜淀川大堰〜淀川堤〜日吉神社〜常宣寺〜城北公園前交差点〜大宮神社〜旭通り商店街〜地下鉄谷町線「千林大宮」駅。今日は、ずっとどんよりとしたお天気。せっかくの川べりのコースを選んだのに、これはついていませんでした。そんなお天気でも、ジョギングやウォーキングをする人がいっぱい。さすが、黄紺のような街中ウォーキングでなく、皆さん、こういうところで、楽しんでるんですね。今日のコースで、所要時間は、2時間10分、城北公園から千林大宮が、わりかし時間がかからず助かりました。
 千林大宮からは、谷町線で、谷九まで行き、鶴橋へ到着です。今日も、雀のおやどでの「講談毎日亭」に行ってきました。「沖田総司」は、剣術を、近藤勇から習った宗次郎は、普段、いじめてくる日野村の庄屋の倅三兄弟を打ち据えますが、すると、庄屋自身が出てきて、宗次郎の追放か、姉が妾になるかしないと許さないと迫ってきます。典型的なヒールです。そこで、宗次郎は、国元を離れ、江戸に出て、近藤勇の門を叩きます。そして、どうなったかあたりで、今日唯一のダウン。ちょっと不安になりましたが、大事には至りませんでした。「化け猫騒動」は、思いの外の展開。千代姫が情けをかけた蜆売りの少年のの母親は、千代姫に仕える高橋文左衛門の実妹。情けの篤い千代姫は、姪っ子をお側に仕えさせることにより窮状を救ってやります。タキという名の姪っ子は、ある日、庭に入り込み、猫を追い回す犬を打ち据えます。あとの話の伏線となるエピソードが語られたあと、タキが、有馬の殿様の妾となり、おタキの方と呼ばれるようになり、やがて、まだ登場していない岩波により、いびられ倒して自害する話へとつながっていきますと言って、南湖は舞台をおりました。タキの弟(蜆売りの少年)も死ぬようなので、ちょっとハラハラ気分で聴いています。「関ヶ原」は、秀吉の死とともに、権力闘争が始まっていますが、朝鮮に行っていた荒大名たちを、自らの陣営につけようと画策する家康と三成ですが、秀吉存命中に、管理体制を仕切っていた三成には、不利な展開。頼りの前田利家が、死の前に書いた書面を読み、伏見から大阪へ移動する家康を討とうと、三成の家臣島左近が動くのですが、思い通りにはなりませんでした。このまま、三成は、どんどんと孤立していくのでしょうか?
 「講談毎日亭」が終わると、近鉄電車で日本橋に移動。30分だけ、日本橋駅上のネットカフェに行き時間調整。トリイホールの下の階で、午後5時開演の「とくとく寄席」に行きました。南海さんが、一人で1時間半の講談を披露する会があったのです。南海さんは、ですから、雀のおやどで、小1時間しゃべり、その1時間後に、また全く異なる講談を一席読むという超人的活動を行ったのです。こちらは、「宮武外骨」が演目。これは、おもしろかった。大阪で「滑稽新聞」なるものを発行し、一世を風靡したジャーナリストです。警察の取り締まりの対象になろうが、粉骨砕身、ジャーナリストとして生きた男の一代記でした。南海さんは、この高座のために、「滑稽新聞」からのコピーなど、資料を用意。資料付きの講談となると、もう学術研究の発表会とも言える講談会。「滑稽新聞」の内容もおもしろいしねぇ。感覚的に、当時の人たちの常識を飛び越える時代を先取りするものを持っている人と看ました。「滑稽新聞」の初刊には、当然、広告が載せられないとなると、洒落で、どんどんと広告を作っちゃう、この感性がいいし、そして、適当におもしろ可笑しく作った架空の広告が傑作。すごい人を知ることができました。




2009年 11月 14日(土)午後 11時 33分

  門真市(8)〜大東市(2)写真集

 今日から1週間、雀のおやどで「講談毎日亭」が始まりますから、週末、平日問わず、それに合わせた行動となります。この土日は、午後2時開演ということですので、午前中にウォーキングをしてから鶴橋に向かおうということです。今朝は雨、また雨の中のウォーキングかと覚悟を決めていたのですが、もう起点とした場所に着いた頃には、かなり明るさを取り戻していました。詳細なコースを書くと、次のようになります。京阪「大和田」駅〜産土神社〜二階堂交差点〜上馬伏自治会館〜弁天池公園〜岸和田産土神社〜善福寺〜岸和田公民館〜吉永稲荷大明神社〜御領神社〜氷野北野神社〜会所橋〜両皇大神社〜水郷の里御領・菅原神社〜三ッ島交差点〜なみはやドーム・地下鉄鶴見緑地線「門真南」駅。京阪沿線から大東市方向に歩くのは、2度目の試み。今日のコースの序盤は、先日、ひどい雨の中を歩いたときの逆コースに近い。「大和田」駅から二階堂交差点までは、今日のコースが、若干近いかな。弁天池公園は、中を抜けてみて、想像よりは狭くがっくり。その近くの岸和田地区には、かすかに昔の面影を知ることができましたが、その程度ですね。御領神社から寝屋川までが、思いの外近く、そこで、菅原神社を抜けて三ッ島に向かうことを決意。水郷の郷・御領は、値打ちものです。保存の試みを伺わせるものも感じられ、ちょっと胸を撫で下ろしました。それに引き替え、すっかり変わってしまった三ッ島界隈。手に持った地図すら役に立たない破壊王第2京阪国道。ようやく地下鉄鶴見緑地線への入口を見つけました。後半になると、かなり日差しが強く、汗をかなりかいていました。地下鉄では、Tシャツ姿になり、体を冷やす必要がありました。目の前の乗客には、マフラーまでしている大げさな女性がいましたが、私は、満足のTシャツでした。
 「門真南」からは、時間的余裕があった関係で、地下鉄を2度乗り換えて、鶴橋に向かいました。今日から、もう定番となっています「講談毎日亭」が始まるのです。3ヶ月に1度の会に合わせて、これから1週間は動いていきます。最近は3ヶ月前に、次回の予定を発表するようになりましたので、ばっちり日程確保できています。今回のラインナップは、南青「沖田総司」、南湖「怪談・化け猫騒動」、南海「関ヶ原合戦〜三成・左近・刑部〜」というものです。「沖田総司」は、まだ、宗次郎と名乗っている少年時代が、今日読まれました。日野3兄弟にいじめられるのを見ていて、こいつには剣の才能があると見込んだ近藤勇に出会うところです。この二人が、こんな時代に出会ってたんですね。「怪談・化け猫騒動」は、「有馬騒動」の方です。「鍋島騒動」をするつもりが「有馬騒動」に化けてしまったことなどを、マクラで一くさり述べてくれましたが、これは、先日の「天満講談席」で聴いた話。ネタに入っても、同じでしたが、面白い話なので許しましょう。展開が楽しみです。ついでに、「鍋島」の方も、どこかでやって欲しいな。「関ヶ原合戦」は、南海さんお得意の「難波戦記」もの。冒頭は、秀吉の死の床。死んだ途端席を立ち、部下と喜び合う家康。徹底したヒールの家康です。義に馳せ参じる三成や勝元と好対照です。ウォーキング疲れで、後半は朦朧。さて、どこまで読まれたものか、明日、そこの確認からスタートです。
 鶴橋から日本橋へ移動。夜の部に備えて、日本橋駅上のネットカフェで、ほぼ2時間の時間調整です。夜の部の開演時間が7時だったものですから、仕方ありません。夜は、ワッハの4階でありました「らくご道〜笑福亭生喬と桂こごろうの落語会〜」に行きました。毎月行われている恒例の会です。番組は、生寿「刻うどん」、生喬「茶屋風呂」、こごろう「高津の富」、(中入り)、生喬・こごろう「対談:夕焼け日記」というものでした。生寿は、このネタを手がけてから時間が経ってないのでしょうか、うどんを食べる仕草が十分とは言えませんでした。うどんを噛む時間、うどんの量感を出すために、目でうどんを上げ下げするときに追いかけるという仕草を省いたりと、この人には、らしくない抜け落ちがありました。生喬は、いつものように、近況報告を、たっぷりと。特に、昨日、初出演だったミュージカル報告をしたくと仕方がないというのがありあり。聴く方も、そういった気の乗った話はおもしろく、楽しいものですら、前のめりになって聴いてしまいました。「茶の湯風呂」というネタは、楽茶会の公演に合わせて、落語事典に「茶の湯2」と内容だけが記されていたものを復刻したものだそうです。風呂場を、茶室に見立てて、それ用の様々な仕掛けを用意してあるという噺で、ちょっとこじつけっぽいネタ。下げは、元来はバレ噺系のものなのを、生喬は改めていました。珍品に過ぎない噺かな。こごろうは、大ネタなもので、余計なマクラはふらず、ネタに関わることを少し話して、早々に本題へ。こごろうの大ネタの中では、古くから演じていたものですが、あとの対談で、本人曰わく、「演じようとしてしまっている」「テンポが落ちている」と言っていました。そうかなぁと思うほど、高津神社以後のところでは思いましたが。特に、当たりくじを見つけるくだりは、二人ともに、臨場感抜群で、この部分だけを取り上げると、最高の出来だと看たのです が。ただ、残念なのは、主人公の二人が若いのです。これは、入口のところから感じているところ。この辺では、6代目や松喬の口演を思い出していました。二人の対談では、最後のふとんを上げるタイミングが間違い易いということで、話が盛り上がっていました。ゲタのことを言わずして、ふとんをまくり上げてしまうことがあるそうで、こごろうは、そのミスを犯したとき用に、辻褄合わせができるような台詞まで用意していたそうです。




2009年 11月 14日(土)午前 6時 53分

 昨日も、仕事が、完全にストップしているということで、午後から休暇をとり映画を見に行ってきました。替わりに、ウォーキングはお休みです。京都シネマで、夕方までしか上映してない映画があり、この機会に見ておこうということです。イタリア映画の「湖のほとりで」という映画なのですが、大阪で上映されたときに、見逃していたのです。ならば、ついでにということで、韓国映画「母なる証明」を、少しの間、休憩をとると見ることができましたので、なかなか有意義な午後となりました。「湖のほとり」の方ですが、最近、とんとご無沙汰をしている推理ドラマ。探偵役の警部が、関係者を一人一人回りながら証言を求めていくスタイル。いやこの映画は、それだけと言ってもいい映画です。ただ、こういう映画は、基本的に好きなのですが、理解をするのが苦手なのです。誰が誰だか解らなくなってしまうのです。おまけに、館内の暖房が効きすぎで、序盤は半寝の状態。ますます解らなくなっていきました。ま、なんとか、ラストには間に合ったかなとは思うのですが、ちょっときつかったなぁ。
 2本目までは、小1時間あったので、ちょっと早めの晩ご飯、それと、四条通のお店をぶらぶら。2本目の映画は、韓国映画「母たる証明」。ウォンビン出演の映画です。主演は、母親役のキム・ヘジャです。開場を待っていると、出てきた前の回の客が、大きなガラガラ声で、「ウォンビンのアホな役、初めて見たわぁ」という、なんともお下品な言葉を発する年配者、もちろん女。ウォンビンの役は、あらぬ罪を帰せられ収監される役ですが、軽い知的障害のある青年。それを、そのようなもの言いをする客が来る。今日は、普段の京都シネマに似つかわしくない人たちがうろついていましたというか、「韓流」映画の上映では、よくある現象です。肝心の映画ですが、とってもおもしろい仕上がりぶりに、イタリア映画で、しくじりもあり、かくんと来ていたのを、完全に取り返してくれました。筋立ては、無実の罪を帰せられた男を救う母親の追跡劇です。そのために必要なのは、毎度おなじみのおバカな警察、格差社会のなか相手にされない人々という構図。この構図、韓国の現状を表しているのかもしれませんが、やるせないし、だから、映画の中では、なんとかしてよと思ってしまうのです。ま、それは横に置いて、母親が追跡していく中で、いよいよ煮詰まってきたときに、え〜、それはないやろというルール違反的な展開が待っています。ルール違反だと目くじら立てなければ、おもしろいですよ。カメラワーク、中でも、アングルの設定なんかにこるところなどは、韓国映画の王道をいっています。監督は、「ほえる犬は噛まない」「殺人の追憶」「グエムル 漢江の怪物」のポン・ジュノ監督です。




2009年 11月 13日(金)午前 5時 37分

  寝屋川市(11)〜守口市(10)〜門真市(7)写真集

 昨日も、午前中は、体力作りも仕事の内と、ウォーキングに精を出しました。昨日は、一昨日と違い、明るく、絶好のウォーキング日和。ただ、お昼前には、早くも雲が出てきましたが。詳しいコースは、次のようになりました。京阪「寝屋川市」駅〜木田地区〜寝屋川側道〜京阪「萱島」駅・上萱島橋〜大神橋〜民団北河内支部〜東口公園〜守口テニスクラブ〜山王権現神社〜本性寺〜庭窪浄水場〜守口自動車教習所〜門真市立市民交流館「中塚荘」〜古川橋本通商店街〜京阪「古川橋」駅です。これで、ちょうど2時間でした。昨日のコンセプトは、ウォーキング日和なので、「寝屋川市」駅と「萱島」駅間の寝屋川沿いに歩くというのが一つ。次に、そこから、大日方向に、以前とは異なった道のりで行き、山王権現社まで行く、三つ目が、これは時間との相談なのですが、再度、京阪沿線の駅に戻ってきて、それを終点とするというものでした。これらが、実は全部達成できたのは、「萱島」駅まで、30分弱で行けたことが、一番大きかったと思います。途中、欲が出てきて、淀川畔まで行こうとし、庭窪浄水場横を歩き出したのですが、一昨日でこりており、中途断念することになりました。大体、欲張ったコース設定をして、毎回慌てているのですが、昨日、欲張ったかなと思いつつ、それを達成できたのは、ウォーキングを重ねるにつれ、歩くスピードが上がっているということも、要因の一つなのかなぁなんて思っています。
 次に、昨日は、仕事の関係で、見たいと思っていながら、まだ見ていなかった日本映画「夕凪の街 桜の国」を見る機会を得ました。公開時には話題となり、黄紺も見たいと思いながら時間を取れないまま、断念した記憶のある作品です。テーマが、広島の被爆者の思いを、その孫が、時を越えて受け継ぐという程度の予備知識は持っていました。過去と現在、これが、どのように往来するのかは、観てのお楽しみでした。それに、戦争の記憶が若い人に伝わるという点でも、一定役割を果たしたと言われていた点の確認でした。時間の往来というのは、前半は全くなく、戦後13年を経て、原爆症で、一人の女性が亡くなる話です。そして、後半は、前半で亡くなった女性の一つ下の世代の女の子が、父親(前半の亡くなった女性の弟)の行動を追いかけることにより、原爆で被害を受けた親族のことを知っていくというところで、過去のシーンとの往来が見られていきます。前半の亡くなっていく女性の静かに、でも明るさを失わない、その雰囲気に合わせる、統一された演出がいいですね。後半も、その統一性が維持されています。生きることの幸せを、世代を超えて伝えよう、そのための統一性に込められた演出です。
 そして、夜は、天満橋の古風な「あい粂旅館」であった「ゆるりふたり〜こごろう・花丸の旅館落語会その4〜」に行きました。4回目ということですが、黄紺がおじゃまをしたのは、今回が初めてでした。番組は、花丸・こごろう「対談」、(中入り)、吉之丞「米揚げいかき」、こごろう「代脈」、花丸「鷺とり」というもので、いきなり「対談」からのスタートです。こごろうは、似たような会を、生喬や紅雀ともやっています。「対談」は、入門の動機、弟のこと、間違ったことを覚え込んでいたことなどがテーマとなっていました。入門の動機は、こごろうは、学校公演で落語会が行われたときで、松鶴・春蝶・鶴松の落語を聴いたからとか。花丸は、何気なくつけたテレビで、米朝・枝雀の落語を聴いたからだそうで、そのとき、米朝は「饅頭怖い」、枝雀は「次のご用日」をかけていたそうで、話からして、「次のご用日」に惹かれたみたいです。ためになる対談という感じで、紅雀とのラフなトークとも、生喬との芸論とも違う持ち味の出ているトークでした。中入り後は、落語となりましたが、軽めのネタが並びました。ここで、丸々噺を全部聴けたのは、ゼロでした。要するに、ここにきて、ウォーキング疲れが出てしまったみたい。こごろうの「代脈」は聴いたことがあるからいいとして、花丸でこのネタは初物なのに、部分的に飛んでしまってます。情けない。




2009年 11月 11日(水)午後 11時 26分

  寝屋川市(10)〜四条畷市(1)〜門真市(6)写真集

 昨日から完全に仕事がストップしてしまっている黄紺は、この機会に、体力をつけることも仕事の内と、今週いっぱい、午前中は、ウォーキングをしようと決めました。で、今日は、雨のなか、このくらいの雨なら大丈夫との甘い考えでスタートし、えらい目にあってしまいました。雨足が強かったです、今日は。おかげで、ズボンはぐしょぐしょ、靴には浸水と、散々なな目に遭ってしまいました。そのコースを記しますと、次のようになりました。京阪「寝屋川」駅〜木田小学校〜萱島東交差点〜岡部橋西詰〜岡部小橋〜蔀屋西交差点〜欧風喫茶「地中海」〜本覚寺〜鶯関神社〜ふるさとほほえみ通り〜大法寺〜河北大神社〜弁天池公園〜二階堂交差点〜野口中交差点〜京阪「大和田」駅。岡部川に出たあたりから雨が強くなってしまいました。蔀屋は、懐かしいところです。163号線も、そうだし、なかでも、「地中海」というお店が健在だったのには、雨のなかの鬱陶しい気分も吹っ飛ぶくらい嬉しかったなぁ。コース的には、河北大神社は、またの機会にすべきだったと反省です。あとで、地図を見たら、学研都市線「四条畷」駅に出れば良かったと思っても、地理不案内のため行きませんでした。おかげで、猛スピードを出して、雨のなか歩くことになりました。もう、大変でした。
 そして、夜は、中崎町のプラネット・プラスワンで、ドイツ映画を1本見ました。シネヌーヴォでのオランダ映画祭同様、「大阪・ハンブルク映画祭」と銘打たれたサブ企画が、こちらで行われているのです。ただ、他の予定との関係で、こちらに行けるのは今日だけです。映画の題名は、「マサイの恋人」です。原題は、「白いマサイ」です。恋人と、ケニア旅行に行ったスイス人女性が、当地で会ったマサイの男に一目惚れして、旅行をともにした恋人と、スイスには帰らず、マサイの男を追って、その男の住む村まで追いかけ、一緒に暮らし、更には結婚をするのですが、お互いの習慣や感性の違いに悩み、、、。とまあ、こないな設定ならば、そうだろうし、結論は二つに一つというのは見えているわけだしと、見に行く前から、あまりに展開が読める映画だったもので、結構、躊躇していて、でも、こちらの上映シリーズで見れるのは、今日だけと思い行っておきながら、実際、想像通りになりがっくりきているのであります。因習の違いからくる、かなり想定される事柄が、結婚後頻発していきます。結婚に至るまでのいきさつを見るにつけ、なんか浅薄な人物像として、黄紺の目には映りました。結婚後の生活のしっかりさと、なんかバランスが悪いのです。この映画を見て嬉しかったことが、二つあります。ケニアの街の雑踏と、サバナ気候の定番バオバブの木を、繰り返し見れたことです。なお、この映画は、実話に基づくものだそうです。




2009年 11月 11日(水)午前 5時 5分

 昨日から、突如としてめちゃくちゃ暇になってしまいました。仕事が、完全にストップしてしまったのです。時間の使い方に困った黄紺は、パソコンの前に座り、懸命に情報収集。結果、昨日は早めに職場を出て、晩までに映画を一つ見ることにしました。今週いっぱい、こないな生活が続きます。もちろん、このつけが、あとから返ってくるのですが、今は、それは考えないでいます。で、昨日、見た映画は、日本映画「カムイ外伝」です。崔洋一監督作品ということで見ようとしていて、まだ見てなかったのです。最初、どのように展開しているか解らなくて、難儀をしました。どうやら、カムイというのは何者かを言わんとしていたみたいです。黄紺でも知ってるような、漫画の有名な場面を再現しながら、そないなことをやっていたみたいです。本筋に入ったら、話は解り易いものでした。ある漁村に流れついたカムイが、ひとときの安らぎを感じているときに、「渡り舟」という謎の集団が、大きめ舟で、その村にやってきます。カムイには抜忍の一団だと言い、確かにその集団なのですが、村人たちとも、その集団が懇意になったときに、一挙に、その状況は崩れ、決戦のときへと、そして、カムイの、新たな追忍からの逃走の旅は続くのでしたと、まあ、お約束のエンディングが待っていました。CGの多用が言われていましたが、確かに、そうでしょうね。森の中での闘いは、もちろんそうでしょうし、舟の場面なんかは、ほとんどそうなんでしょう。カメラワークが、一番気に入ったかな。画面的には、確かに楽しめたのでしょうが、筋立てが、露骨にステレオタイプだったというので、そんなにも、人に薦めようという気は起こりませんでした。題材が題材の原作ですから、明るく楽しむものではないのは解っているのですが、何かが、胸に残る映画でもありません。崔監督ですから、何やしらそのようなものを期待してしまうのですが、それがないのですね。
 映画が終わったのが、ジャスト6時。外は雨でした。夜の部は、6時半開演の「天満講談席」でした。梅田ピカデリーから歩いて10分で、会場の北区民センターに到着。時間の関係で、夕食は講談会が終わってから。これは悲しかった。映画の予告編が、15分もあったのは許せません。で、講談会の番組は、南舟「乃木将軍」、南湖「有馬猫騒動」、左南陵「政宗堪忍袋」、南左衛門「若き日の藤堂高虎」というものでした。南舟のネタは、だいぶと前に、里見まさとの口演で聴いたもの。乃木将軍の庶民ぽさを描いたものですが、こないなネタは、もう共感を得ないでしょうね。里見まさとの場合は、ちょっと注釈を入れての口演でしたが、南舟は、何もなしでした。「有馬猫騒動」は、この土曜日から始まる「講談毎日亭」での演目。ちょっと蔵出しを見せておいて、客寄せの趣向。だけど、なかなか面白そうという印象を持ってしまいました。楽しみです、「毎日亭」。「政宗」は、性格分析的な部分までは大丈夫だったのですが、中ほどから、昨日唯一のダウン。南左衛門のネタは、偉い人の話なのに、軽くて小さい話で、トリがこれかよという内容のネタでした。単に、無銭飲食をもったいつけただけのネタです。




2009年 11月 9日(月)午後 10時 30分

 今日は、昨日に続いて、繁昌亭。今夜の繁昌亭は、「笑福亭福笑 祝還暦落語会」ということでしたので、外すわけにはいきません。番組を書くと、一応、たま「いらち車」、鶴二「うだうだ」、鶴笑「紙切り」、姉様キングス、松枝「替り目」、(中入り)、大喜利、伯枝「うだうだ」、岐代松「うだうだ」、福笑「マラソン道」となりましたが、ほとんどの噺家さんは、福笑について語ったり、松鶴の思い出話が続きました。たまは、最近、福笑がこっているカラオケ話。ネタは、3分だけ披露しました。鶴二は、毎年、福笑邸で行われる恒例の呑み会について。ここで、明かされたのが、本日のお茶子が、福笑の娘さんだということ。鶴笑は、仰向けに寝て、背中を、客席に見せながら、紙切りをするという新技を披露してくれました。松枝は、修行時代の悪戯から、福笑夫婦の裏話まで、際どいどころか、完全に超えてしまっている話までしてから、福笑以外では、一番長く落語をやりました。伯枝は、岐代松と一緒だった修行時代の話。6代目の酔ったときに、今までに聴いたことのない話も飛び出していました。岐代松は、出番に文句を、ひとくさりどころか、ずっと言い続ける高座。そして、本日の主役の登場。ネタは初物。以前にやっていたネタと紹介がありましたが、聴いた記憶はございません。韋駄天というお囃子で、間を繋ぐ小咄集。マラソンを走っているということを、韋駄天で表し、同時に、小咄を繋ぐという役目です。中でも、一番時間をさかれるのが、マラソン・ランナー同士が、謎かけをするところ。そないなネタで、賑やかにお開きになりました。




2009年 11月 9日(月)午前 5時 10分

  守口市(9)〜大阪市旭区、都島区、北区写真集

 一昨日は、出勤日だったため、休みは、事実上昨日だけ。そういった日に、フル稼働してしまうとまずいかなとは思いつつ、朝8時40分をメドにお出かけ。昨日も、午後と夜に予定を入れていたので、午前中にウォーキングを持ってきました。午後の部を考慮して、京阪「守口市」駅を起点に、昼の部の会場繁昌亭に近づいて行こうという計画を立てました。詳細なコースを書きますと、次のようになりました。京阪「守口市」駅〜高瀬神社〜後念寺〜八幡大神宮御旅所〜新森中央公園〜京阪「森小路」駅〜大道寺〜旭区役所〜旭区民センター・芸術創造館・欧風料理店「イスタンブール」〜旭江野橋〜旭公園〜旭スポーツセンター〜桜宮稲荷社・渡辺綱駒つなぎの楠〜飛翔橋〜鶴満寺〜国分寺〜地下鉄堺筋線「天神橋6丁目」駅。昨日は、とてもいいお天気なうえ、気温の上昇もあり、絶好のウォーキング日和となりました。途中からは、半袖にならなければならないほどの気温上昇。それでも、汗が出てきました。ついこないだ、雨に打たれて、体が冷え、震えていたのがウソみたいです。こういった日は、どこかの川べりを歩くべきでしたね。昨日のびっくり一番は、鶴満寺でした。桜の寺として落語の題名にもなっているにもかかわらず、その場所を、全く知らなかったのですが、それが、突然、目の前に現れてきたものですから、びっくりでした。そして、お約束の写真撮影は、旭区民センターの向かいにある「イスタンブール」というお店。看板の横に、実は、「名物トルコライス」と出ているのです。昨日は、写真を撮るだけでしたが、次回は、ぜひお店に入り食べてみたいものです。芸術創造館で芝居があれば、一石二鳥なのですがね。
 午後は、繁昌亭の昼席です。天六からだと、地下鉄で二駅ですので、余裕の移動でした。今週1週間は、「春蝶襲名披露興行」が打たれていました。懐かしい名前の復活です。外すわけにはまいりません。その番組は、三四郎「子ほめ」、三金「鯛」、福車「半分垢」、暁照夫・光夫「漫才」、春若「京の茶漬け」、福笑「世帯念仏」、(中入り)、春蝶襲名披露口上、春之輔「まめだ」、福団治「鼻の狂歌」、春蝶「昭和任侠伝」というものでした。色物に、超大物の漫才コンビ、暁照夫・光夫の繁昌亭初登場も話題の襲名披露興行となりました。先代を偲ぶという面が、こないなところにも現れていて、胸キュンものでした。三四郎の「子ほめ」は、若手の中では、随一と思っているもの。とても、言葉の応酬が自然だと思うからなのですが、昨日は、時間の制約があり、持ち味を出せないまま終わったっていう感じ。二番手には、連日、新春蝶と同期の噺家さんを並べるという番組編成。確かに、他の日には、吉弥やかい枝、都んぼの名前が並べんでいます。ゴレンジャーという名のユニットが組まれていた世代。でも、春菜の名前は、ゴレンジャーにはなかったなとか考えながら、三金の高座を聴いていました。ネタは、めでたい席なので、「鯛」にしたそうです。福車の「半分垢」は初物のはず。あまり出ないネタです。短く切り上げるときには、格好のネタ。春若は、「三十石」などを、今シリーズでは出していましたので、ちーとは期待していたのですが、またしても、「京の茶漬け」に当たりました。またかの気分が、昨日唯一の睡魔誘発となりました。福笑も、イキなネタ選び。神戸の劇場で、1週間、先代と一緒になったとき、先代が、ずっとかけていたので覚えてしまったというネタをチョイス。「テーマ落語会」よりか、陰陽のマクラの部分が長くなっていました。その分、途中切り上げでした。福笑は、先代が倒れる直前まで一緒に呑んでいた相手だそうです。初めて知りました。春之輔は、予想通りのネタ。秋だから、そうでしょうね。新しい点が一つ。狸が死んで、トンボを切ったときのことから振り返るところで、お囃子を入れました。初めての経験です。入れるなら、曲の精査が必要ですね。福団治は、一度、「饅頭怖い」に入ったのに、止めてしまいました。「鼻の狂歌」をするときには、そないなことをしているのだろうか? よくわからないところです。春蝶は、何を出すのか、ちょっと分かりませんでした。前日に、「立ち切れ」を出したりしていたからです。ただ、ここまでの流れだと、「昭和任侠伝」「ぜんざい公社」「ピカソ」という先代ゆかりの作品がいいがと思っていたら、どんぴしゃ当たりました。最後の部分は間違いなく、途中も、細かくいじってるみたい。それらが、うまくフィットして、大受けでした。ただ、短いネタなので、マクラで、襲名に関わる出来事を、いろいろと紹介してくれました。
 繁昌亭がはねたあと、南森町のネットカフェで、昨日は、40分余りの時間調整。それから、コンビニで、晩ご飯を買い込んで、阪急千里線「山田」駅経由で、万博競技場に、サッカーを観に行きました。日本で、サッカーを観るのは久しぶりです。ましてや、万博でとなると、どのくらい空いてたか思い出せません。試合は、ガンバ大阪と京都サンガの対戦でした。前半、ガンバが点を取るまでは、お互いきれいなパスサッカーが展開され、これが、Jリーグのサッカーなんだと、感慨深げに見ていたのですが、点が入ってからのサンガ、特に後半はダメだったですね。自陣でボールを奪われ、相次いで失点。更に、フリーで打たせた4点目を見るに至り、スタンドを後にしました。後半28分でした。トルコでも、こないに早く、スタンドを後にしたことはないよな、でも、もう見るに耐えない試合になっていました。点が入るまでのサッカーからは、ちょっと考えられない変化でした。でも、ガンバは、さすが攻撃サッカー。スルーパスが、幾つも出てきました。また、それに反応して、きれいに裏をとれるFWがいます。そういう意味では、やっぱりガンバはいいチームなんだということなんでしょうが、試合経過からみると、久しぶりに、日本で観たサッカーにしては、散々なものでした。家に帰ってきてから結果を見ると、サンガが、あとで1点返したみたいです。万博に、2万人以上入ったときに、スタジアムにいた経験は、初めて。周辺の屋台に、整然と並びながら順番を待つ光景に、日本を見た気がしました。




2009年 11月 8日(日)午前 5時 45分

 金曜日は、ちょっとした家の用事があり、まっすぐ帰宅。昨日の土曜日は、午前中通常勤務。これで、3週間連続で、土曜出勤です。そして、更に、昨日は、午後の半分が、振替の効かない勤務。ようやく、3時半近くになり開放され、その足で、シネヌーヴォに向かいました。中崎町でドイツ映画を見るか迷ったのですが、こちらでのオランダ映画をチョイスです。1本目は、「ラブ・イズ・オール」という2007年制作の作品です。大阪での、このオランダ映画祭に合わせて、ロードショー公開と銘打たれ公開され、今回の映画祭の目玉的作品です。ま、そないなこともあり、ドイツ映画を捨ててしまったのです。映画自体は、なかなか軽くて、テンポ良く、見終わったあとに、ハッピーな感覚を与えてくれる、正に「愛が全て」の映画でした。聖ニコラウスのパレードに、いろんな形で集った人たちそれぞれの愛を描いた作品でした。聖ニコラウスに扮する予定の男が、冒頭で亡くなりますが、その男の娘のカップルは、離婚して子どもを引き取っているのですが、葬式の準備をしなければならないということで、元夫に子どもを預けたところから、元夫に父性が生まれ出し、元の鞘に戻るきっかけになったり、葬儀屋さんの男は、ゲイのカップルで、結婚式を控えていたり、パレードに、箱の被りもので加わっていた女性は、オランダ王室の王子に見初められたりなどと、様々なカップルの愛の行方が、テンポ良く語られていきます。その行方をダイナミックに動かしいからでしょうか、出てくる人たちは、わりかし浮気っぽく、簡単に他の男や女と出来上がっていきます。特に最後の大団円を導き出したいため、ちょっと無茶ぶり的なカップルまで登場させ、混乱させたりします。そんなですから、ちょっとくさいでぇと思っていた客に、スペシャルな愛が、最後に用意されていました。急死した聖ニコラウス役の男に替わり、その役を急遽引き受けた男です。単に、聖ニコラウス役をあてがわれ、振り回されただけではなかったのです。判ってから振り返ると、確かに、気づかないように、ネタふりはされていましたね。この映画を見て、ほっこりとさせられる最大の要因でした。これで、オランダ映画2戦2勝の感覚です。
 2本目のオランダ映画は、「ノートレイン、ノープレイン」というもので、こちらは、クリスマス・キャロルっていう感じの1本目と異なり、かなり見続けるのに、きつい映画でした。映画の最初から最後まで、ずっとカフェというか、パールの雰囲気のお店の中だけで展開します。一人のやさぐれた男が、トランクを持って現れたところから、物語がスタートします。そこに、次から次へと現れる常連さん同士が、言葉を交わす会話劇に終始します。やさぐれ男は、今夜、ここを発ち、イタリアに行くと言い、顔なじみの人たちに、何やらと、自分の持ち物を渡していきます。また、有名な歌手が兄だと言い、そのパールに呼び、皆を驚かせます。一方、店に現れた色男をたぶらかしている女と示し合わせて、その男から財布を盗ったりします。この女が、最後には、男と、本気でイタリアに行く気を見せるのですが、そこに至る二人の間柄が描かれているはずのところや、有名歌手の兄が店に現れたところという、この大切な2箇所で、実は居眠ってしまったのです。なんせ、テンポが遅く、画面もモノクロに近い、暗〜い画面に、ついに降参してしまったのです。従って、最後に彼の執る行動の基になるであろう絶望感のようなものを推し量れないまま、結末を迎えてしまいました。「地の群れ」的に、その臭いを嗅ぎ取り、身を寄せ合うことを決めたように思える女の絶望に目は釘付けになりますが、その背景となる部分を押さえ切れていないことが、悔しいですね。ということで、これを入れると、2勝1敗的気分です。




2009年 11月 5日(木)午後 11時 26分

 昨日は、元同僚と、枚方で呑みました。年に1〜2回呑んでます。そして、今日は、時間休をとり、4時から始まる文楽を見に行きました。この11月は、文楽錦秋公演と銘打たれ、名作二作が、それぞれ通しで、昼夜で行われています。今日は、その内の「芦屋道満大内鑑」を見ることができました。落語「天神山」の本説となった作品ですので、待望の遭遇です。なんせ、「天神山」を聴いて、落語好きになってしまったのですから。今日は、「大内の段」「加茂館の段」「保名物狂の段」「葛の葉子別れの段」「蘭菊の乱れ」が上演されました。おかげで、なぜ狐が、主人公保名の嫁になり、また、その正体が明らかになり、子別れをしなければならなかったのか、それがよく解るとともに、その筋立てが、とてもスムーズで、意外性があり、おもしろいのです。最初の二つの段は、昭和になってからの復活ものだそうで、いわゆる本格的に話が展開していく仕込みのパート。あまり動きが大きくなく、だいぶと眠たくなってしまいました。ただ、ここでは、保名が、葛の葉姫と出会うきっかけを作りますし、葛の葉姫に会った途端、一目惚れしてしまう重要なわけとなる段です。そして、「物狂の段」、いきなり、能楽で、物狂を表現する「翔」を想起させる短い踊りから始まります。浄瑠璃なし、物狂いの主人公登場の場面で使われますから、間違いなく「翔」のパロディでしょう。そこで、遊山に来ている葛の葉姫と会います。その最中に、狐狩りから逃げてきた一匹の狐を助けたことが、葛の葉姫に化けた狐の登場につながると同時に、その狐狩りをしている男が、葛の葉姫を狙っている男としての役割を与えられており、この演目でのヒール役を務めます。とってもうまく絡み合わせられていることに関心しました。「生写朝顔」を見たとき、韓国ドラマの運びを想起しましたが、今日も、韓国ドラマの人物相関図を思い出しながら見ていました。最後の「蘭菊」は、舞踊の場面で、狐が山へ帰っていく姿を表したもので、「ご祝儀」として付け加えられたパートという感じでした。どうやら、「子別れ」のあとも、話が続いていくようで、但し、実際に上演可能かどうかは知りませんが、やっぱりあとの展開も気になりましたね。本日の太夫さんでは、嶋太夫さんだけが、切りを受け持つ人で、他の方は、「心中天網島」の方に回ってはります。人形の方では、蓑助さんと勘十郎さんは、「心中天網島」でコンビを組んでいます。清十郎さんは、榊前でした。そんなですから、吉田文雀が女房葛の葉でした。ところが、おじいちゃんの国宝は勘弁して欲しい、それだったのです。狐の動きが、体が動かないから、野性味のないこと、おまけに動きが少ない。「本朝廿四孝」の「奥庭狐火の段」で見せた勘十郎の軽快な身のこなしが思い出されてしまいました。




2009年 11月 4日(水)午前 0時 11分

  大阪市遊歩(24)写真集

 今日のお出かけは、まずシネヌーヴォで、オランダ映画を見ました。今、シネヌーヴォで、オランダ映画祭なるものが開催されているのです。特にオランダ映画に関心があるわけではないのですが、テーマ的におもしろいかなと思えるものを、自分のスケジュールに合わせて見ておこうかなと思っています。「失われたトランク」という題名の映画です。ユダヤ人問題をテーマにしているということでのチョイスです。テーマだけを知って選んだのですが、なかなか素敵な映画でした。舞台は、1970年代のアントワープ。一人の若いユダヤ人女性の生き方に関わる出来事を描きます。父親は、大戦中の逃亡時に、どこかの庭に埋めたトランク探しに躍起です。主人公の女性は、金欠のため、ユダヤ人の中で保守派とされるハシッド派の家庭に子守のバイトに出かけ、そこで、厳格すぎる家庭のために言葉を失った子どもと出逢う。奔放な彼女に対し、徐々に心を開いていく少年。そのバイトの中で、厳格すぎる父親が迫害を受けたこととか、ユダヤ人家族を嫌う管理人と出会う。ところが、ある日、突然、最悪のニュースがもたらされ、物語は終息に向かう。そういった経験の中で、彼女は、徐々に、ユダヤ人としてのアイデンティティを見出していく。この映画のいいところは、全編、ユダヤ人という存在が、重層的に迫害を受けているってことを比喩的に表しているように思えたのです。ユダヤ人として迫害され、ハシッド派として迫害され、家族の中で迫害され、ただ、お漏らししか、自分の意志らしきものを表せられなくなった少年に、ユダヤ人そのものを見たような気がします。管理人の存在も、社会的下層という地位にあり、人間的にも尊敬できそうもないキャラで、でも、ユダヤ人でないというだけで、ユダヤ人を迫害する。迫害してきた総体、それが管理人という感じですね。主人公は、子どもに同情し、そして、その少年に拘わることで、ユダヤ人という存在のアイデンティティを見出していく。演じる女優さんも、こういったキャラの若い女子学生を演じるのにぴったりっていう感じで、良かったと思います。でも、なぜ、舞台がアントワープなんでしょうか?
 映画が終わると、シネヌーヴォの前からウォーキングの開始です。夜の予定が繁昌亭でしたから、方向を北にとり、西九条から新伝法大橋を渡り、西淀川区を目指しました。JR東西線を利用すれば、繁昌亭に行きやすいからです。昨日と比べて、お天気の方はいいのですが、ぐーんと気温が下がり、外に出ると、肌寒いくらい。ですが、歩いていると、体が温まるだけではなく、気温が持ち直してくれましたね。快適なウォーキングを楽しんでいたのですが、ちょっと欲張りすぎました。最後の40分は、猛スピードで進み、2時間17分で到着でした。詳しいコースを書くと、次のようになります。シネヌーヴォ〜松島〜安治川トンネル〜JR&阪神なんば線「西九条」駅〜クレオ大阪西・此花スポーツセンター〜朝日橋公園〜春日出橋〜此花区役所〜左岸恩貴島橋〜伝法川跡碑〜西念寺〜安楽寺〜伝法大橋〜阪神なんば線「福」駅〜大野川遊歩道〜歌島橋〜JR東西線「御幣島」駅。安治川トンネルに入る前に、少し松島を歩いていきましたので、西九条辺りに行くと、もう30分近くを経過。更に、春日出橋経由のコースを選択したために、自分の描いていた時間配分が狂ってしまいました。相変わらず、欲張ったことを考えてしまいます。今日は、更にまずかったのは、的確な修正ができなかったことです。終わってみて、一番適切だった最終地点は、JR東西線「海老江」駅だったんだろうなと思っています。東西線というので、頭の中にあったのは、「御幣島」駅だけだったのです。更に、新伝法大橋を渡ったとしても、「福」駅で諦めるか、伝法大橋を渡ったところで、コース修正をして、阪神本線「姫島」駅に行くという選択をすべきだったなと、反省です。とにかく、最後の40分は、自分的には最高度のスピードで歩くことになりました。あながち、歩いたことのあるコースは、時間の見当をつけることができる一方、熟知している地域ではありませんから、簡単に判断ミスを犯してしまいます。おかげで、今日のウォーキング疲れは、かなりのものがあります。
 こだわった上での東西線で、容易く「南森町」駅に移動後、いつものネットカフェで、小1時間、時間調整。これで、疲労は、だいぶと解消したかと思っていたのですが、、、。夜は、繁昌亭でした。恒例となりました「銀瓶・文三 ふたり会」があったのです。次代の上方落 語界を担うことは間違いない二人の会は外すわけにはいかないのです。本日の番組は、文三「狸賽」、銀瓶「崇徳院」、銀瓶・文三「対談」、(中入り)、銀瓶「豊竹屋」、文三「くっしゃみ講釈」というもので、全くサプライズのない平凡な番組でした。一方、黄紺は、ウォーキング疲れが、晩ご飯をとることにより、一挙に出てくるという最悪パターン。「狸賽」の序盤を聴いたあとから、ダウンが始まり、「崇徳院」は、ほぼ完落ち。「くっしゃみ」も、ごく一部が飛んでいます。これはいけません。他の催しなんかに、これだけの影響を与えるようでは、ウォーキングも考えものです。「狸賽」は、狸を助ける場面が、冒頭に入りました。懐かしい型です。今は、省略形が大流行りだから、新鮮な印象でした。あまり覚えてないので書かない方がいいかもしれませんが、「崇徳院」に関して、ほやーっしながら聞いた印象では、崩すなぁということです。文三は、対談でも言ってましたが、痩せたために、声の調子が高くなり、以前の持ち味が変わってきてるなの印象です。講釈を、今のトーンで語られると、勝手が違ってきます。覗きカラクリも同様です。そないな具合だったものですから、ちょっと帰りの足取りが重たくなっちゃいました。なお、来年も開催するつもりだと、二人の口から明かされ、銀瓶は「景清」、文三は「立ち切れ」ということだそうです。




2009年 11月 3日(火)午前 4時 39分

  京都市遊歩(8)写真集

 昨日は、午後から家の用事があったため、休暇をとり京都に向かいました。昨日と水曜日が、休暇を取りやすい環境にあったため、同僚と仕事を割り振って、黄紺が、昨日、休暇を取る方に回りました。家の用事と言っても、用事の量は僅かで、但し時間の制約があるだけのことでしたので、用事が終わると、ウォーキングに出かけました。ただ、一昨日と言い、昨日と言い、ホントに困った天気です。不安定な天気というのは、一昨日や昨日のような天気を言うのでしょうね。急に黒雲は出てくる、冷たい雨風は降るしと、ウォーキングするには最悪。傘を持っていませんでしたから、僅かの間、雨を浴びただけで、一挙に体が冷えだし、一時的に、体は震え出すばかり、トイレ探しに、コースを変更したりと、もう散々な目に遭いました。で、そのコースは、阪急百貨店京都店〜料理旅館「鶴清」〜五条大橋西詰・牛若ひろば〜本覚寺〜上徳寺〜養蓮寺(「養蓮寺寄席」会場)〜燈篭町会所(保昌山)〜繁昌神社〜菅大臣神社〜道元禅師示寂の地〜住吉神社〜四条大宮〜旧神先家・壬生寺〜嵐電「西大路三条」駅〜京都市地下鉄「西大路御池」駅となりました。四条河原町から五条河原町方向に、一旦南下し、五条東洞院から、再び北上、今度は、高辻通を西進している途中に、トイレ探しに四条大宮へ。再び、高辻に戻り、そこから壬生寺へ行きました。そして、七本松通を北上、朱雀中学を横目に見ながら西大路通に出るというコースです。一番、体が冷えだしたのが、高辻堀川にいたあたり。お茶を買いに入ったコンビニの暖かさが嬉しかったですね。あとから、壬生寺の写真を見ると、空がすごい。不安定な天気であったことを物語っていてくれます。




2009年 11月 2日(月)午前 5時 9分

  京都市遊歩(7)写真集

 昨日は、変な天気。でも、天気予報通りの変化を遂げました。午前中は、見事に秋晴れ。それが、昼前から雲が広がり、もう、12時半を回ると、雨。その午後に、法事が入ってたもので、いい落語会は、早々と諦めておりました。また、法事のあと、息子や弟の家族と呑むことになり、すっかりのんびりとした日曜日となりました。ただ、ウォーキングは、その秋晴れの時間帯に済ませておきました。観光客は、貪欲に、もう10時前に、東福寺に集っていました。伏見稲荷社には、外国人の観光客の一団にも、遭遇。なかなか有名どころを歩くことになりました。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「東福寺」駅〜伏水街道第二橋跡〜京都第一赤十字病院〜東福寺〜伏見妙見寺〜老舗「ねざめ家」〜伏見稲荷神社〜JR奈良線「稲荷」駅・老舗「玉家」〜攝取院〜石峰寺〜ぬりこべ地蔵〜宝塔寺〜瑞光寺〜深草聖天嘉祥寺〜真宗院〜深草十二帝陵〜JR奈良線「藤森」駅〜西福寺〜京都教育大学〜藤森神社〜京阪「墨染」駅。寺や神社は、ゆっくりと見学はせず、写真を撮るだけというポリシーで歩いています。これで、2時間余かかりました。「ぬりこべ地蔵」の位置を思い違いしていて、ちょっと迷ってしまいました。石峰寺の南側と思いこんでしまっていたのです。逆だったのですね。「ぬりこべ地蔵」は、周囲の気色とともに、インプットされているので、近くまで行けば判るのですが、位置関係がぐしゃぐしゃでは、ダメです。石峰寺で、JR線路を東に越えますが、名神の北側まで、すっと越えたまま歩いてみましたが、すっかり変わってしまいました。十二帝陵が、家屋に埋まっており、木立があったので、位置を特定できましたが、隔世の感がしました。




2009年 10月 31日(土)午後 11時 38分

  交野市(2)〜枚方市(5)〜寝屋川市(9)写真集

 今日は、昼から通常の出勤日。ですから、週末恒例のウォーキングは、午前中です。久しぶりに、交野市と枚方市を歩くことにしました。お天気が良く、おまけに気温が高く、歩き始めて、20分くらいで、これはまずいと、Tシャツ姿になりましたが、それでも、しっかりと汗をかき、まるで季節が逆戻りしたような感じでした。詳細なコースは、京阪「郡津」駅〜松塚公園〜新天野川橋〜村野神社〜釈尊寺〜金龍寺〜西願寺〜春日神社〜高田交差点〜寝屋神社〜打上川治水緑地〜細屋神社〜八幡神社〜観音橋〜寝屋川市役所というものでした。今日一番の感動は、釈尊寺周辺地区。もう道からして、昔のまんま。なんか、タイムスリップしたみたい。家屋といい、道といい、神社といい、韓国の河回村みたいでした。すぐ横まで、新興住宅地が迫ってきています。これに続く茄子作も、それに近い雰囲気。そないなところだとは、全然知りませんでした。高田から星田方向に歩くと、またしても第二京阪国道が現れます。あれに逢うと、道が混乱します。それに加えて、これが、寝屋神社の横をかすめている。あの寝屋川の秘境が、あえなくずたずたにされていました。大ショックです。昼なお人通りの少なかった寝屋地区が、完全に崩れです。環境破壊ということっていうのが、こないなことだということを、身を持って知りました。第二京阪国道建設には、地域の方の強い反対がありました。時を経て、やはり、あのときの反対運動は正しかったと言わざるを得ません。ここまでの惨状を見ると。それだけではなく、黄紺の大事な思い出も、おかげで、ずたずたです。
 仕事が終わると、日本橋経由で、ワッハに向かいました。3日連続です。「南湖だんご47旭堂南湖話術研究会〜入門10周年記念3日間続き読み興行〜」の最終日だったのです。1日目が、芸術祭参加ということで、演者の南湖も、会場の雰囲気も、普段とは違ったのが印象に強烈に残っています。2日目も、1日目の雰囲気が残っていて、何やら違う雰囲気が漂っていたのですが、そのわけが、今日になって判りました。審査員の一人が、一昨日には来れないので、昨日来ていたとか。3日連続興行だから、そないなことができますが、そうでなかったら、一人の審査員は、会場に来ないで審査することになります。それならば、行ってないということで外されたり、その逆で、行ってないのに、いいとするなんてことをしたりしていることになります。実際、一人も、審査員の行かない参加興行もあるそうです。なんか、おかしい話です。参加作品を見れないなら、審査員を引き受けるべきじゃないです。そして、今日は3日目。冒頭のマクラから、南湖の肩の力が抜けていました。いつもの雰囲気です。その雰囲気の中で、1日目はともかく、2日目のことが明かされたのでした。で、今日のネタは、「寛政力士伝」は、おなじみ「越ノ海勇蔵」、「上方名医伝」は、「藪井玄意B」として、天王寺屋をやりこめるパート。昨日は、ダウンしていたので、今日のパートの終わりまで行ってるのか、そうじゃないのか、それがわからなかったのですが、行ってなかったのです。南湖は、余力の問題で、「天王寺屋の病気」の前で切ったと言ってました。大岡越前っぽいところで、話は盛り上がります。「赤穂義士伝」は、「銘々伝」より「赤垣源蔵」。これが、いい出来だったんだなぁ。どんどんと引き込まれていきました。女中が気を利かして、兄嫁が伏せっていると言ってました。赤垣源蔵の覚悟が決まった安らかさのようなものまで感じさせてもらえました。初日のダイジェスト版を持ってくるより、「銘々伝」から、審査の日に出せば良かったのにと思ってしまいました。ダイジェスト版は、番組的変化をつけるってことでは、とてもグーなアイデアだと思ったのですが、これだけ、「銘々伝」の深みのあるものを聴かせられると、そう思ってしまうのです。「大高源吾」の前段部と言い、この「赤垣源蔵」は染みわたってしまいます。




2009年 10月 30日(金)午後 11時 36分

 今日は、仕事の関係で、浪曲二つと落語を一つ聴いたが、やっぱり演芸というものは、自分で、お金を払って行くものだと、つくづく思いました。その自分が払って行ったのは、昨日に続き、ワッハの4階。「南湖だんご47旭堂南湖話術研究会〜入門10周年記念3日間続き読み興行〜」の2日目ですが、寝不足と、昼間の疲れで、ダウンの連続で、惨憺たるものでした。「寛政力士伝」は、「谷風の人情相撲」ということだけで、あとは、ほぼ記憶なし。「上方名医伝」は、「藪井玄意」の続きだという以外は、さっぱり記憶がございません。恐らく大阪で、くろひげ先生をしているところだと想像するばかりです。「赤穂義士伝」は、昨日のような「本伝」のダイジェスト版の続きではなく、突如として「銘々伝」が登場。「大高源吾」となりました。前半が、江戸に下って行く際に、義兄に会う話で、ここだけが、きわどくセーフかなというところで、江戸に入り、宝井其角らとの交流を描いた後半も、再び夢の中となりました。あぁ、情けないったら、ありゃしません。




2009年 10月 29日(木)午後 10時 4分

 今日から、旭堂南湖の3日連続興行が始まります。ワッハの4階での「南湖だんご47旭堂南湖話術研究会〜入門10周年記念3日間続き読み興行〜」という会で、特に今日は、文化庁の芸術祭参加ということで、一番後部座席には、関係者席として、審査の方が占められていました。また、今日は、南湖の会としては、異例の動員が見られました。芸術祭参加効果でしょうか。番組は、「寛政力士伝〜雷電の初相撲〜」「上方名医伝〜藪井玄意〜」「赤穂義士伝〜刀傷から大石の決意〜」というもので、まず、トップに、分かりやすく、ポピュラーで、入門後年数を経ずして手がけるネタを持ってきました。前座役のネタと言えばいいでしょう。今日は、審査員を前にということで、いつもの世間話、近況報告的なことも、全てネタの内という感じで、軽くマクラをふり、客席を暖めると、素早くネタに突入。ただ、今日の口演で、もったいないと思ったのが、このネタ。緊張があったのでしょうか、ホント一呼吸分の間を割愛していく早口。語り慣れもあるのでしょうね、ちょっと滑らかに言葉が出過ぎて、流れ気味。惜しい。一つネタが終わると、ふっと気を変えるインターバル的な話を展開。これが、次のネタのマクラになるという仕掛け。「藪井玄意」が、本日のメーンディッシュという趣。何度目かの遭遇となる冒頭部。つれない息子に怒る玄意、聴いている黄紺も、感情移入させてもらえる絶妙の口演。ここまでくると、すっかりいつものペースに立ち戻っていました。声を落としながら、玄意の失望が語られる部分、気に入りました。今回の「赤穂義士」は、ダイジェスト版。変化の付け方が、うまい。番組編成の妙まで、果たして、審査員は、理解できてるでしょうか。初めは、「銘々伝」から誰かを取り上げるのだろうと思っていましたので、やられてしまったの感じです。




2009年 10月 28日(水)午後 11時 10分

 この間見ていました韓国ドラマ「私の名前はキム・サムスン」を、昨夜、見終わりました。とっても評判の高いドラマで、実際、レンタル屋さんでも、なかなか借りられず、今回、ようやくゲットできたのでした。確かに、見始めは、噂に違わずという感じで、先を見たくて前のめりになっていたのですが、徐々に、映像を見ながら突っ込みが増え、最後は、ようやく最終回にたどり着いたっていうところでした。話は、そないにややこしいものではなく、いたく単純なものです。そんなに美人ではなく、むしろアジュマ(おばさん)の入ってるキム・サムスン(キム・ソナ)が、お金持ちで、イケメンの男ヒョン・ジノン(ヒョンビン)と恋仲になっていくというもので、最後は、めでたくハッピーエンドとなっていきます。ただ、キム・サムスンの恋人となる男ヒョン・ジノンには、自分の責任で、兄家族を不幸に陥れ、また、キム・ヒジンという名の元カノ(チョン・リョウォン)に、理由も言わずに去られてしまい、深く心に傷を負っているというところがあります。更に、二人が出会い、二人の関係が進行している頃に、件の元カノが、男の前に現れ、話を、若干混み入らせます。何が、つまらなくさせたか、それは、キム・サムスンとヒョン・ジノンの間が、うまくいきだすあたりからだということに気づいていきました。要するに、そこに至るまでの二人の関係、深まっていく関係に、感情移入ができるほど、二人の関係の深まりが描き切れてないのです。キム・ソナもヒョンビンも、ともに達者な俳優さんだと、それは、見ていて、よく分かりました。殊に、「アイルランド」で散々だったと思ったヒョンビンが、見違えるほどの出来と見ました。ですから、作り方の問題やなぁと思っています。また、キム・サムスンが、パティシエとしての仕事を、バリバリしている格好良さが、前面に出てこなくなる時期とも、つまらなくなっていく時期が重なります。その辺ですね。その上、キム・ヒジンと、彼女にアメリカから随行してきた医師ヘンリー(ダニエル・ヘニー)との英語での会話が、とってもいい雰囲気で進むものですから、どうしても、キム・サムスンの方が霞んでしまいました。
 ところで、今日は、今週は行く機会の少ない落語会の日でした。玉造で、毎月行われている「第46回猫間川寄席」に行ってまいりました。文我が、毎回お世話をしている会です。今日の番組は、団姫「太田道灌」、歌之助「七段目」、文我「真田山」、(中入り)、阿か枝「祝い熨斗」、文我「付き馬」というものでした。文我の会には珍しい団姫や歌之助の出演を見ることができました。また、主宰者のお話によりますと、「付き馬」で、この会が始まって以来、ちょうど200席目とか。会が始まってから、ネタが、一つもかぶっていないとか。さすが、文我のかむ会です。今日は、「七段目」で、セミダウン。歌之助の「七段目」は聴く機会が多い上に、テンポが合わなくて、ちょっと閉口気味ですので、ま、いいかの感覚です。団姫は、ちょっと久しぶりの遭遇。時を経て、客の掴み方なんてのが、上手になったなぁっていう感じなのですが、声が物足りないです。もうちょっと、声量とか、通る声が欲しいところです。「祝い熨斗」は、愚鈍過ぎるとまではいきませんが、ちょっと喜ィさんを好きになれませんでした。まぁ、阿か枝の責任というよりか、自分的に、好きになれないネタです。歌之助が出るなら、彼に、このネタをやって欲しかったな。歌之助の「祝い熨斗」だけが、自分的には許容範囲内だからです。文我の二席の内、「真田山」は珍品。恐らく、初遭遇です。毎夜、夢に幽霊が現れ、千両が入れた壷を掘り出してくれとせがまれる男が、連れの男と掘り出していると、件の幽霊が現れ、事情を話す。いざ、壷を開けると、中は空っぽ。それだけの話です。掘り出す場所が、真田山の三光神社ということで、「真田山」と付いているだけです。「付き馬」は、大阪に移植すると、もっちゃりとしてしまいます。文我の口演は、その辺を意識してか、かなりの快テンポで進めました。でも、もっちゃり感は拭えなかったなぁ。江戸の情緒の伝わりにくいネタです。そういった情緒とパックになったネタは、移植がしんどいですね。余談ですが、先日の文我入門30周年記念落語会(大阪)のゲストに出た小三治は、なんと「付き馬」を出したそうです。やっぱ行くべきだったと、その話を聞いて、後悔しきりです。




2009年 10月 27日(火)午後 10時 7分

 昨日は、家に直行。月曜日に、家にいると、「鶴瓶の家族に乾杯」を見てしまいます。で、今週は、講談中心の週です。昨日も、実は、南青と春蝶の会があったのですが、思い止まりました。今日は、講談ファンにとっては、最悪の日。毎月行われている南海さんの会と天満講談席とが同じ日だとは、、、。上方講談界も、大きくなったものです。天満講談席は、南青くんが、毎回案内を送ってくれますので、ネタがわかっています。今回は、かなりべたなネタが並んだものですから、迷わず南海さんの会をチョイスです。「第147回旭堂南海の何回続く会?」が、谷六の薬業年金会館であったのです。「戦国武将列伝」が読み続けられていますが、この間は、ずっと真田三代記。前回は、 上田城籠城戦に敗れるところまで。今日は、城の明け渡しに至るところからでした。明け渡しの使者は長子。真田は、二手に分かれて戦っていたところが発端でした。そして、命が助けられ、紀州に落ちて行きます。その過程の後半あたりからあやしくなってきました。我に返ると、幸村は、僧に身を変え、諸国漫遊の旅に出かけていました。今日から始まったのは、荒唐無稽な、「真田幸村の諸国漫遊記」だったのです。お供となるのが、猿飛佐助ともう一人。それがスタート。この供になる者は、真田家縁の人物。供になるきっかけのところは、ぼやーっと記憶にあります。やがて、加太と、どこやらの村が、海の漁業権でもめているところに立ち寄り、水戸黄門ばりの活躍をしますが、どうも勝手が違う。相手は、天下の副将軍、こちらは、命が助けられただけでもラッキーな負け武者。この前提っていうやつが異なる と、どないにおもしろいエピソードを作っても、それだけですね。講釈師による想像の世界に、どこまで付き合えるかが、このネタを聴いていく別れ道です。




2009年 10月 26日(月)午前 5時 49分

  大阪市遊歩(23)写真集

 一昨日が勤務日だったため、この週末のウォーキングは、昨日の日曜日だけ。体がうずうずしちゃいます。でも仕方ありません。そんなですから、こないだの金曜日、うまくいけば、時間休を取って、ウォーキングに出かけようとの計画を立てていたのですが、前日に外せない仕事が入り、断念した次第です。で、昨日ですが、午後からの予定を考えてのコース設定です。昨日は、天気の方がばっとせず、前半の河辺の光景が、もう一つ冴えませんでしたが、お天気相手では怒るわけにはいきません。そないなかげんもあり、気温の上昇もさほどなく、秋になって初めて、半袖姿になることなくウォーキングを終わってしまいました。細かなコースを書くと、次のようになります。京阪「天満橋」駅〜大阪歯科大学〜テレビ大阪〜寝屋川橋〜川崎橋〜桜宮橋〜太閤園・藤田美術館〜JR東西線「大阪城北詰」駅〜片町橋〜大阪ビジネスパーク〜城東スポーツセンター〜下城見橋〜大阪市中浜下水処理場〜森之宮病院〜扶桑薬品工業〜衛門橋〜東中浜公園〜神路公園〜神路銀座〜妙法寺・熊野大神宮〜片江小学校〜近鉄大阪線「今里」駅となります。環状線の外側を環状線に平行に、二筋までは、ビジネスパークの雰囲気を、多少なりとも引きずっていますが、それよりか東になると、急激に庶民的になってしまいます。何度か、ウォーキングで通った地域ですが、その度に、微妙に異なる道を取るようにしています。環状線の外に出るまでに、小1時間を要しましたので、近鉄線沿線までは厳しいかと思いながら歩いていましたが、この行程で、2時間10分もかかってはいません。
 近鉄線で日本橋へ移動。日本橋駅近くで、最近よく行ってる食堂で昼ご飯をとり、ワッハの4階に向かいました。展示場に行き、小演芸場でのライブを見て、そのあとライブラリーを訪れようとの思惑でした。ライブの方の番組は、雀五郎「初天神」、あさ吉「鹿政談」というものでした。「初天神」は、季節外れのネタですが、前に出て、ある程度の長さがないと、二人で、持ち時間が1時間ですから、大変です。従って、「初天神」はフルヴァージョン、それに加えて、雀五郎が、修行時代の話や小咄をふり、マクラをたっぷりめに取っていました。ですから、珍しい場面に遭遇ってところです。あさ吉が、結構いろんなところで「鹿政談」を出していますので、気にはなっていたのですが、どんぴしゃで出会えました。わりかし落ち着いたお奉行さんに、ちょっと納得。だけど、犬の話にする部分は、何かへん。あっちゃこっちゃになり、話の前後が変わったり、抜けたりしたようでした。更に、最後の下げで、一瞬言い淀んでしまいました。どうしたのでしょう。ライブが終わると、お時間まで、昨日は、浪曲の映像資料を試聴していました。全て、NHKの「東西浪曲特選」からの映像です。時間の関係で、3つ目の映像は、全体の2/3ほどで切り上げねばなりませんでした。それらの映像とは、春野百合子「梅川忠兵衛」「おさん茂平衛」、天中軒雲月「決闘巌流島」というものですが、あらためて春野百合子の凄さを知りました。人物描写の描き分けの見事さ、節の部分のビアニッシモの見事さ、ホントしびれさせてくれます。なかでも「梅川忠兵衛」が良かったなぁ。そう言えば、いつぞや春野恵子が、このネタが、「師匠の代表作と言われている」と言ってたことを思い出しました。その春野百合子の見事な口演ばかりか、台本の良さも感じました。封印切りも、二口村の邂逅も、両方が、無理なく入っています。これは、凄いことです。天中軒雲月という浪曲師さんも良かったなぁ。だみ声的な声はパスしたいので、自分的ニーズに合う繊細な声と表現に惹かれてしまいました。
 ワッハを出ると、日本橋〜南森町へと、落語ファンのホットラインを移動。夜は繁昌亭でした。今夜の繁昌亭は、「繁昌亭夜席第35回天神寄席〜噺家ムービー上映&凸風亭楽駄一門会〜」ということで、9月の彦八まつりで上映された映画の再上映、及び、映画出演者による落語会があったのです。従って、番組は、瓶成「いらち車」、遊方「大阪ロッケンロールシネマ」、福笑「もう一つの日本」、(中入り)、映画「あなたのためならどこまでも」、トーク(あやめ・八光・遊方・瓶成・春野恵子・めぐまりこ・コッコ)というものでした。映画は、情報として流れていた範囲を超えるというシークレットな部分が、特段あったというわけではなく、でも、噺家さんのキャラを使い、バカバカしく楽しいものに仕上がっていました。八光演じる噺家が、鶴瓶演じる師匠の落語が聴きたくて、会長選挙に向け、各一門を走り回る中で、八光の出生の秘密も明かされるという物語。とにかく、八光がうまい。それが出ずっぱりで、各一門を回るのですが、その各一門が、噺家の個性を、うまく捉えており、おかしいのです。ヤクザ風一門は鶴志、公家風一門は米輔、薬物中毒一門は福笑とか、また、売りセンの客に、楽珍や生喬、そないな風に、各自の特徴が捉えられていました。誰が、どこで、どないな役で出ているかで、それぞれの噺家さんの、幕内でのイメージなどが判り、おもしろかったですよ。




2009年 10月 24日(土)午後 10時 30分

 今日は、午前中、通常勤務。仕事が終わると、即行で飛び出し、お初天神に向かいました。落語会が、お初天神であると思い込み駆けつけたのです。が、お初天神のいつもの会場は閉まっていました。慌てて携帯を取り出し、予定表を見ると、なんと会場は太融寺。びっくりでしたが、時間に余裕がありましたから、開演には十分間に合いました。2時から、そちらで「太融寺こごろうの会」がありました。これをチョイスしたために、本日のウォーキングはなしです。落語会の番組は、さん都「二人癖」、こごろう「ちりとてちん」、生喬「辻占茶屋」、こごろう「水屋の富」となりました。ですが、この朝からハードな動きに、完全ダウンの午後でした。後半の二つまであやしいという始末。「水屋の富」は、極めて珍しい噺。先代の歌之助が、この太融寺で、35年ほど前にかけたのが、初めての出逢いでしたが、それ以後で、このネタに接したのは、これも、25年くらい前だったかに、文我が出したのを、1回。こごろうで、1回。それだけのはずです。これだけ離れていると、内容は覚えていません。ただ、毎回、おもしろい噺とは言えないという記憶だけは残っています。だけど、ここまで上演頻度が低いと、気になり聴きに行こうとしてしまいます。ストーリーは、富籤で、800両もの大金を当てた水屋さんは、その金を縁の下に隠すのですが、気になって仕方がない。金を取られたりする怖い夢ばかり見る。このネタ、全編、それの繰り返し。そして、ついに金を取られてしまったときに、件の水屋さんは、「これで、ゆっくりと眠れる」と呟くのでした。同じパターンの繰り返しネタですので、かな り難しい。ですから、手がける人がいないんでしょうね。こごろうのような明るいキャラの持ち主で、自在に言葉を操れる噺家さんでないと、歯が立たないネタですね。なお、こごろうは、先代歌之助からもらったと言っていました。こごろうのもう一つの「ちりとてちん」は、客にバカ受けしてましたが、それだけしか残っていません。生喬も飛び飛びで、感想を書く資格はありません。情けない結果となりました。
 落語会がはねると、久しぶりに東梅田のネットカフェで、小1時間、時間調整。夜は、同じ梅田にあるHEPホールでありました「売込隊ビーム」という劇団の公演「徹底的に手足」に行ってまいりました。2日連続の芝居となります。この劇団は、これで、3度目になるのかな。大阪芸大の出身者の作る劇団で、脚本がいいとか、音楽がいいとかなんてことではなく、役者が、なかなかいい味を出してるなということで、見続けています。脚本や芝居作りの感性っていうところだと、タイミングを計って、切り上げそうなところのある劇団ですが、今日の芝居は、筋立てのおもしろさで、見せるものだと言える芝居だったと思います。ある国で、もう60年も前に造られた最終兵器を、持て余し気味に整備しているのが、この芝居の舞台。何やら曰わくありげな登場人物、おまけに一人が監禁状態になっている。いつかは、飛べるようにと、整備に精を出そうとする男と女。でも、国家は、その兵器を使うわけではなく、持っていることでのみ、国家バランスをとっているという設定だが、そのような兵器があると、いろんな人や組織の思惑が働くもの。その辺が、登場人物のあちこちに隠れているということが、一挙に、明らかになるという仕掛けが用意されているという芝居。そこを楽しむ芝居であり、そいいう話だということが、じわじわと時間をかけて判るようにし向けています。おもしろかったなと思うと同時に、そういう話にするなら、なんか、もっとスケールの大きな展開、舞台装置なんか、考えられなかったのかなぁと、自分に、何かアイデアが浮かんだわけではないのですが、物たらなさを感じてしまったことも事実ですが、今回は、次回どうしようとまでは考えませんでした。役者のうまさもあり、むしろ次回公演が楽しみになっちゃいました。




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