忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2010年 2月 10日(水)午後 10時 39分

 生暖かな一日、夜のお出かけは、随分と迷った挙げ句に、いいもの見っけの気分で、シネ・ヌーヴォに行ってまいりました。現在、こちらの映画館では、「アジア映画の巨匠たち」と題して、アジア映画の上映会が行われており、そのシリーズで上映されているフィリピン映画「カカバカバ・カ・バ?」を見てきました。1980年の作品だそうです。東南アジアの映画が紹介される機会が出てきていますが、フィリピン映画は、まだまだ珍しい。紹介文を読んでいましたので、ちーとは、予想していたのですが、とってもとってもB級映画です。よくぞ、日本で紹介されたなと思えるほどのB級映画です。日本の親分に仕える日本人の子分が、密輸をしようと、何度か試みて失敗するところからスタートします。そして、ついに成功するのですが、手に持っていたカセットテープ(密輸品)を、税関を通る前の男のジャケットに放り込むことにより、持ち込むことに成功したのです。ですから、それを取り戻そうとする日本人子分とそのまた子分、中国人マフィア、謎の神父の一団を交えて、争奪戦が展開されます。ジャケットの持ち主やその友人たちは、変な人間たちにつけねらわれたりして、争奪戦に巻き込まれていきます。そして、その争奪戦が、ドタバタもいいところ。B級以下と言ってもいいでしょうね。役者も、ワンパターンで叫ぶだけという代物。おまけに、日本人をフィリピン人が演じるものだから、ハチャメチャ。日本語指導ということで、日本人スクリプターが付いているものだから、なじんだ日本語を舌が回らないで喋るものですから、とっても変。セットも変だしと、ハチャメチャ度は、うなぎ上り。わざとそうしている映画であることは、そうなんだけど、、、。悪のボスが叫びます。「俺は貧しかった。だけど、日本の技術のおかげで、麻薬を作り、それを、フィリピンの子どもの食べるパンに入れて、フィリピンを支配するようになれるんだ。だから、日本は、独裁者になれるんだ」と。中国人マフィアは、「日本なんて、もう古い、古い、古いんだ。もう、これからは中国だ」と叫びます。最終場面は、ジャケットの持ち主たちの活躍で、麻薬ばらまきは阻止されはしますが、それらをダンスと歌で表現していきます。歌の間の台詞であったり、歌の台詞に、上のような文句が出てくるのです。というような場面が出てくると、単なるドタバタ劇ではないのです。が、終わってみると、アホらしさが、まず残ってしまう映画でしたが、この映画を紹介しようとした方の勇気というか、洒落っけに頭が下がります。




2010年 2月 10日(水)午前 0時 19分

 昨日は、昔の知り合いと酒を呑んでいましたが、週初めから呑むなんてことをすると、やはり堪えます。わりかしハードな状態が続いていますので、ほどほどを心得ないとダメですね。今夜は、久しぶりの繁昌亭。一昨日には、前売り券を買いには寄ってはいるのですが、中に入るのは、久しぶりということです。今日は、繁昌亭で「第4回繁昌亭デブサミット〜肉の日に〜」という公演がありました。初めて行くことになったのには、わけがあります。米裕が繁昌亭の高座に上がるという、これは珍しいことがあったのです。本人が言ってましたが、大阪の高座に上がるのは、13年ぶりになるそうです。彼も、今日の公演に出る有資格者です。体重115kgだそうです。番組は、石松「鉄砲勇助」、染太「いらち車」、三金「大安売り」、米平「子ほめ」、米裕「坊主漫談」、歌武蔵「猫の茶碗」、(中入り)、「大喜利」(ベテランチーム:米平・歌武蔵・米裕)(若手チーム:ひろば・石松・染太)(司会:三金)というものでした。石松は、またまた「鉄砲勇助」。繁昌亭だから仕方ないのかな。染太が二番手に入ったため、「動物園」は避けれた模様。大きな体で「いらち車」に、びっくりでしたが、それが、座布団の上で、座ったままのジャンプを繰り返すものですから、大迫力。客席はどよめき続けました。明るいキャラにタイムリーなギャグが挟まり、とっても楽しい高座でした。こうなったら、このモードを追求してほしいものです。米平の落語を久しぶりに聴けると喜んでいたところ、「子ほめ」にがっくり。伊勢屋の番頭は、全然出てこないショートカット版でした。米裕は、坊主になったわけ、坊主になってからの失敗談で、明るい高座。以前、文我の会で、僧服をまといながらした話の焼き直し版でした。「猫の茶碗」というネタは、大阪物よりか、かなり膨らませてあります。茶店の客は、なかなか猫を買おうとしないのです。周辺の風景を愛でたりと、なかなか芸が細かい。茶店の親父のオーヴァーな応対と絡み、この噺は何だったっけと、思わず忘れてしまいそうになっていたことを意図的に思い出さねばなりません。冒頭の情景描写で、猫が出てきて、何か食べてる、それだけが、なんせ、このネタだと示唆する信号だったもので、そうなっちゃいます。ですから、本体以外のところでごちゃごちゃしてから、思い出したように本題に入っていきます。その辺の空気を、歌武蔵は敏感に読んでいました。なかなか達者な噺家さんです。体とは別で、繊細な表現にこだわるいい噺家さんだなぁの印象が残っちゃいました。大喜利は、三金の司会が盛り上げ効果抜群で、若手チームのもたつきをカヴァー。それにしても、米裕は惜しいキャラですね。坊主なんか止めてしまえと言いたくなります。




2010年 2月 7日(日)午後 11時 29分

 今日は、朝から出勤。振り替えなしの出勤でしたが、とんでもない失態で、50分近くの遅刻。目覚ましの時間設定を間違えてしまったばかりか、起き上がってもずっと気づかないまま。いよいよ出かけようと携帯をとると、ほんの僅か前に着信記録。黄紺同様、確か今日出勤の方から。あっ、警備解除で困って電話が入ったなととっさに閃いたのはいいのですが、そのことと、自分が出かけようとしていることが、大変な矛盾。自分が警備解除してたっておかしくないのに、なんで家にいるのということです。頭の中、大混乱。事態を呑み込むのに、すぐというわけにはいきませんでした。幸い大事に至らず事なきをえましたが、なんか、どんどんとボケていきます。昼前には、お役ごめんとなりましたので、京橋で昼ご飯を食べ、東西線一本で、伊丹に向かいました。今日の午後は、AIホールでの劇団「鹿殺し」の公演「スーパースター」のチケットを持ってましたので、今日のウォーキングは、短縮形で行いました。場所は、JR「伊丹」駅周辺。芝居開演までの小1時間のミニウォーキングでした。猪名川堤防、伊丹空港の外れ、桑津神社と、歩いていて、なかなか楽しいところです。空港の端っこでは、ちょうど全日空機が離陸していきました。間近で見る光景は、大変な迫力です。昔、そないな話を聞いたことがあったっけと、人づてに聞いた話を思い出していました。肝心の芝居ですが、演出も担当するチョビの歌がふんだんに入ったり、ダンスが入ったりするかと思うと、台詞劇に終始したりと、芝居の筋立てにより伸縮自在性を持つ劇団ですが、今日のところは、チョビの歌は控えめ、他の役者の歌がふんだんに入るという趣向。チョビと並ぶもう一人の看板役者オレノグラフィティはラップを披露、また、ダンスも、いつもよりかは多め。舞台正面には、3階建ての鉄骨組み。そこが、全部で12に仕切られており、ときには団地の部屋になったり、単に、前の舞台と距離のある掛け合いに活用されたり、バンド演奏が、そこで行われたり、随分と目先を変えて楽しませてくれます。青山円形劇場での公演を意識しての演出。それだけ、視覚的に楽しませてもらうにしては、筋立てがベタ。団地住まいの家族が、そこから這い上がること夢見ているが、いくらチャレンジをしても、跳ね返されていく。でも、くじけてもくじけても、試みることの大切さを説いていくというもの。主役の挫折を繰り返している男の現在と過去を、別人が同時に、またもう一人の自分まで登場させても、ベタに感じてしまいました。テーマのベタさは、如何ともしがたいからでしょうね。「鹿殺し」は、今年は、もう関西には帰ってこないそうです。独特の雰囲気を持つ劇団ですので、ちょっと寂しい感じがしてしまいます。
 「伊丹」から、JR東西線一本で、「大阪天満宮」駅へ移動。今夜も、もう一日動楽亭でしたから、スムーズな移動と、どこかで時間調整が必要でしたので、この方法を採りました。おかげで、繁昌亭に寄り、前売り券を一枚買うことができました。南森町のおなじみのネットカフェで、1時間余りを費やし、更に晩ご飯は、おなじみのお店で済ませ、堺筋線で移動。今夜も、「たま・南湖二人会」です。番組は、笑子「寿限無」、南湖「義士切腹〜赤垣の巻〜」、たま「兵庫船」、(中入り)、南湖「出世景清3」、たま「禁じられた恋(仮題)新作from心中天網島」というものでした。笑子は、インタビューを受けたときの話をマクラに、「寿限無」へ。笑子では、初めてです。一つ一つの名前の由来はカット。代わりに、寿限無の臨終の場面を入れました。どないな場面を入れても、笑いのツボは長い名前です。こういった古典ネタでも、笑子は、噺家口調が身に付いてきました。南湖の一つ目は、なんてことにはない「別れの徳利」でした。それに、四十七士の名前を全部折り込みながらの、討ち入りの場面が入りました。たまは、今日、漢字検定試験を受けてきたことを、マクラで。「兵庫船」は、たまの傑作の一つですが、今日は鳴り物ができる人が来てないため、情緒に欠けたのが痛がったですね。手拭いを使った演出も、鳴り物がないと、やはり寂しい。問答も、ショートカット。これは、今日だけじゃないかもしれません。前に聴いたときはどうだったか、記憶にはありませんでした。「景清」は、大仏供養で生け捕りにされ、今度は、頼朝の前に引き出され、家来になることを求められるのですが、両目をくり抜いて辞去。日向に下り、阿古屋と人丸と暮らすという最後の部分だったのですが、そのあとに、景清は、再度挙兵すると、南湖は言ってました。あれれれ、景清の話は、これで、終わりじゃなかったのですね。となると、能楽の「景清」は、どこに繋がる話なのでしょうね。それとも、創作? よく分からないところです。たまの新作は、ちょっと警告もの。今回の試みは、近松の作品にヒントを得て、創作するというものでしたが、形になりそうかなと思えたのは、昨日だけだったのじゃないかな? 今日の場合は、禁じられた恋ということと、間に立った人間が、この二人の関係をなんとかしようとするという部分にだけ食いついたものになっていました。これだけだったら、近松を謳うのは、まずもって反則です。もう少し、「心中天網島」に寄り添う要素が入ってないと、反則だと、やはり思っちゃいます。もう少し時間をかけた作品を出して欲しいものです。そないなところで、南湖は、手慣れた「赤穂義士伝」から、それに、「講談毎日亭」の焼き直しヴァージョン、たまの不完全燃焼の新作と、乗りの悪い3日間になってしまいました。




2010年 2月 7日(日)午前 3時 20分

  大阪市遊歩(36)写真集

 今日は、ホントに寒い一日でした。晴れ渡ったいて明るいのはいいのですが、寒さは、どうしようもなくハイレベルなものでした。そのようななか、ウォーキングは相変わらず続いていますが、今日は、午後の部と夜の部の間に入れることにしました。それは、一つに、午後の部の「講談毎日亭」の開演時間が、午後1時だったこと、それに、やはり陽が長くなってきたのですね、5時になっても、まだ明るいですから、時間設定にゆとりが出てきたのです。いよいよ、その「講談毎日亭」も、千秋楽。大団円になる日でした。「血達磨」の意味が、ようやく判りました。妖刀村正を持つ侍を討つことに支援をしてくれた(今日の序盤で仇討ちが成就しました)細川の殿さんに恩義を感じる男色の二人は、細川の屋敷が火事となったとき、家宝を守るために、命がけで動こうとします。最初に村正を持っていた侍が、最後は、命を落とすのは自分だけでというところで、小姓に当て身を食らわせ、一人、火中に飛び込んでいきます。そして、見つけた家宝を、自らの腹を切り、その中に入れ、自らは砂山に身を投じ焼け死ぬという凄まじい話です。だから、「忠義の血達磨」となります。随分と、いろんな要素をぶち込んだネタだったという印象ですが、それだけを追いかけると、6日間では長すぎたかなの印象です。「景清」は、今日が、大仏供養にやって来た頼朝を、景清が襲撃する日。これが、一番最後に持ってこられました。多勢に無勢で、うまくいくわけがないのに、敢行する景清、憐れみさえ感じます。でも、母親を殺してまでも忠義を貫こうとしたわけですから、敢行しないなんてことはありえません。そして捕縛されてしまいます。その中で、有名な目を潰す話が出てきますが、最後は、阿古屋と人丸とともに余生を暮らすという形で大団円となりました。能楽の「景清」では、日向で、景清一人が庵を構え、そこへ人丸が訪ねてきて、また去っていくのですが、実際はどうだったのでしょうか。「紀伊国屋文左衛門」は、やはり航海中のすったもんだは、きれいに済んだところから始まりました。河村瑞賢に、商法を学ぶ話を経て、大きなウェイトを占めたのは、江戸での大番頭探し。そして、選んだ大番頭の策により巨万の富を手に入れ、今度は、儲けたために起こる業界や、政界の妬み、恨みの中で、それらの富を使い切り、紀州に帰り、再び、紀三井寺で花見をするところで終わりました。最後は、1時間近くとなる長講となりました。今回は、南青、南湖のネタが、斬ったはったの話でしたので、毎日、最後の「紀伊国屋文左衛門」で、ホットしてました。また、南海さんの作り出した紀文のゆるキャラ・モードが、自分にはうまくはまったみたいで、南海さんのところになると、お目めが全開状態となっておりました。こういうのを、番組編成の妙というのでしょうね。今回の毎日亭は、初日が驚異的な入り。ですが、徐々にいつも近くの入りに落ち着いていきましたが、それでも、つばなれをするかどうかを心配することはなくなってしまいました。ちょっとずつ支持者が広がってるっていうことかな。
 講談毎日亭が終わると、すぐに雀のおやどの前から、ウォーキングをスタート。これが、ちょうど午後3時。夜は、昨日に続いて動楽亭ですし、時間からすると、時間調整も要るしとなると、日本橋に戻り安いコース設定を考えなければなりませんでした。そこで、考えついたのが、鶴橋から東方向に向かい、布施辺りで、Uターンをして、往きとは異なる道を辿ろうというもの。ただ、最終的には、次のようなコースとなりました。「雀のおやど」〜東成税務署〜入船橋〜東中本公園〜八王子神社御旅所〜神路商店街〜足代安産地蔵菩薩〜近鉄「布施」駅〜近鉄「俊徳道」駅〜三ノ瀬公園〜三ノ瀬公民館〜地下鉄「小路」駅〜清見原神社〜新地橋〜近鉄「今里」駅。とにかく、歩き出しが寒くて寒くて。そないな日でも、程度の差はあるのですが、体が温もってくるものです。「新深江」駅と「小路」駅の間くらいだったでしょうか、だいぶと迂回しながら行ったからでしょうね、その辺りで、出発後1時間を経過しました。そこで、「俊徳道」駅まで行き、終点を、「小路」駅か、近鉄「今里」駅と想定して歩くと、実にうまく、読みが当たりました。「布施」駅の南側から「俊徳道」界隈は、自分的には、全く未知の場所。用意した地図に限りがあり、また、あとの行動制限があったので、このようなコース設定になりましたが、距離感がわかりましたので、布施界隈を、もうちょっと探検してみることが、今後の新たなコースに入ってきそうです。
 「今里」駅からは、近鉄電車で日本橋まで移動。狙い通り、あっという間の移動。日本橋駅上のネットカフェで、今日も、時間調整。50分余りの調整となりました。そして、夜は、昨日より始まった「たま・南湖二人会」へ。今日は、昨日に比べて、しっかりと客は入っていました。番組は、南斗「細川の福の神」、南湖「義士の切腹〜大高の巻〜」、たま「書割盗人」、(中入り)、南湖「出世景清2」、たま「新作from冥途の飛脚(仮題:親子の縁)」というものでした。南斗が、かなり大きな変化が出ました。スムーズになってきたのです。この調子です。マクラでは、入門前の話しをしてました。NSC出身だそうです。オーディションなどを受け続けた話しをしてくれました。「大高源吾」は、江戸に行く途中、義兄を、大高が訪ねる話しで、南湖が、よく取り上げるネタです。でも、このネタを聴く度に、目頭が熱くなります。筋立ては解っているのに、毎度、同じです。たまの「書割盗人」は初めてかもしれません。最後は、つもりつもりで追い立てていかない演出でした。たまオリジナルの庭が描かれており、そこへ盗人が逃げようとするが逃げられないとなっていきました。「出世景清」は、ショートカット気味に進める方策を採りました。明日は、大仏供養でまとめるつもりとみました。ですから、母親殺し、鶴岡八幡宮再興、阿古屋と人丸攻めが、今日、コンパクトに読まれました。ですから、黄紺の居眠りで飛んでる場面は聴けず終いになりそうです。たまの新作は、擬古典。たまにしては珍しいこと。借金返却に腐心する忠助という男、その相談に乗る男が主役、梅川は出てきても、この二人の協力者、最後に、主役二人について、すこんと落としてくれます。たまも言ってましたが、古典の中に紛れ込ませて演じることが可能な出来栄えでした。ただ、客席の空気は、そうだったかなの印象。実験的な会のわりには、こういった会には来ないような人たちが来ていたように見てしまいました。




2010年 2月 6日(土)午前 7時 47分

 昨日は、雀のおやどでの「講談毎日亭」が、昼間の開催でしたので、さすがに仕事の関係で行けず、夜、ここから3日間の予定で始まった「たま・南湖二人会」に行ってまいりました。場所は動楽亭です。今日は、どうやら、先にこの会が決まってたから、「講談毎日亭」の方が昼間に回ったようです。で、この二人会は、特別企画「近松門左衛門に挑む」と銘打って行われます。その番組は、南舟「那須与一」、南湖「出世景清1」、たま「池田の猪飼い」、(中入り)、南湖「義士切腹〜矢頭の巻〜」、たま「新作from曽根崎心中(仮題:病院心中)」というものでした。南舟は、先日の一門会でネタ下ろしをした「那須与一」をかけました。昨日は、ちょっと詰まったところが出てしまいましたが、ホントにいい声が出るようになりました。「出世景清1」は、「近松」を銘打っていましたので、何かいじるのかなと思っていましたが、実際は、「講談毎日亭」での口演の初日の部分でした。がっくりの部分もあるのですが、鶴橋では、そこそこダウンをしていますので、丁度いい追試になりそうです。ただ、こちらは3日です。どうするのでしょうか? たまの「猪飼い」は、福笑直伝ネタをアレンジしましたと、マクラで言ってからの口演。福笑から教えてもらったとき、福笑が、このネタについての説明、構造についての説明もしてくれました。ネタの中のマクラ、アプローチ、本編と分けていたそうで、アプローチというのは、お百姓と会うところ、本編は猪飼いのところということで、本編が、全体の中で、随分と短いということです。で、この出来が、なかなかのもの。「宿屋仇」なんかで見ることのできるたま落語のいいところが、ふんだんに出てました。躍動感を持って流れると表現すればいいでしょうか。この冬は、えらく「猪飼い」の出る年ですが、文句なしの一番の出来でした。構成としては、どこかをいじると言ってましたので、どこかと思っていたら、牛を連れたお百姓が六太夫という設定変更くらいでした。道のりの中で、省かれた橋がありましたが、それは、たまオリジナルかどうかは判りません。と言いますのも、定型を、かなり丁寧になぞってましたから、福笑から受け継がれた可能性が高いと思うのです。それで上出来と、太鼓判を押せるのですから、たまの実力を再認識です。「矢頭右衛門七」は、最近、南湖がよくかけているネタ。昨日は、矢頭右衛門七の討ち入り時での様子も含まれていました。近松ものを扱ったと売りの、たまの新作は、「曽根崎心中」。あとの二つに比べて作りにくかったと言い、心臓移植を待つ少年と腎臓移植を待つ少女の、甘い心の交流を描いたものでした。




2010年 2月 4日(木)午後 10時 44分

  大阪府寝屋川市(16)〜四条畷市(2)〜大東市(5)写真集

 今日は、午前中いっぱいは、かなりハードに仕事が詰まっていたのですが、午後になり、急に仕事が薄くなってしまったので、チャンスとばかりに、ウォーキングに出かけました。外は寒かったのですが、とってもきれいに晴れ渡っていましたから、ウォーキングに心惹かれてしまいました。コース設定としては、以前から機会があればと用意してあった寝屋川発、太秦、明和地域を抜け、忍陵神社辺りから四条畷市に入るというコース。細かく回ると、古い家屋が、わりと残ってるのが魅力の地域ですが、今日は、それらには、あまり目を向けないようにして歩きました。でないと、時間ばかりがかかっちゃいます。できるだけ足早に行かないと、四条畷駅までは、なかなかの距離ですからね。地図上でなく距離感を体で覚えている地域については、やはり見通しがききます。詳細なコースを記すと、次のようになりました。京阪「寝屋川市」駅〜寝屋川市民会館〜太秦寺〜熱田神宮・太秦廃寺跡〜大阪市水道局豊野浄水場・太秦高塚古墳〜西方寺〜寝屋川市教育センター〜讃良川2号橋〜大正寺〜忍陵神社・忍陵古墳〜正法寺〜国中神社〜JR学研都市線米崎踏切〜四条畷市立歴史民俗資料館〜和田賢秀公墓〜四条畷神社参道〜JR学研都市線「四条畷」駅。今日は、歩き始めは、思いのほか暖かかったのですが、3時過ぎから風が出てきて、急激に寒くなっていきました。四条畷は、ウォーキングでは端っこをかする程度でしたが、今日は、四条畷の有名どころを通りがてら寄ってみました。ただ、四条畷神社は、参道の中ほどで、時間切れとなりました。
 「四条畷」駅から京橋経由で鶴橋に移動。ちょうど1時間ほど、鶴橋のネットカフェで時間調整。今日は、期待通り、韓国料理店「大長今」でユッケジャンを食べることができました。前回まで、キムチなどの小皿が、最低一つは付いていたのですが、今回はゼロ。「前回は付いてたんですが、、、」と言ってみたら、肝心の講談ですが、「忠義の血達磨」は、人間関係が、ようやく判りました。男色関係を持つようになった二人というのは、元々、村正を持っていた侍と、村正を奪った侍に殺され、不義密通の罪を着せられた侍の倅です。お互いに探す相手が同じということで接近した挙げ句のことだったようです。今や、細川の家臣として仕えていた二人の思惑を主君の知るところとなる話が、今日の割り当てでした。題名となっている「忠義の血達磨」の意味が、まだ見えてきません。ここまで語られてきたことと、「忠義」という言葉が繋がらなくて、戸惑っています。「景清」は、鎌倉から逃げるところから始まりましたが、その逃げた先は浜松。そこに、阿古屋がいました。そして、阿古屋は、景清との間にできた娘人丸を育てていました。あの能「景清」で、景清を訪ねてくる娘です。そして、阿古屋母娘を守っていた男が、景清と義兄弟の約束を交わした男です。確か2日目に語られた物語の意味を、今日知ることになったのですが、そのあとがいけません。ぼやーっとしながら聴いていて、解っていたつもりなのですが、後から思い出そうとしても、さっぱりダメです。また、南湖のブログで、筋立てを確認しておきます。「紀伊国屋文左衛門」は、船を出す準備の続きとして、船乗りの土左衛門の某に話をもっていくところから、新しいところはスタート。ここで拒否されると、話は終わっちゃいますから、説得が終わると、出かける朝の母とおさだとの会話を経て、船への乗り込み、そして、嵐の中の出立となりました。明日が、完全に山場となってしまいました。でも、明日は、開演が1時からなんですよね。無理なのです。今度行けるのは、大団円の日になってしまいます。




2010年 2月 3日(水)午後 11時 39分

 今日も、鶴橋へ。講談毎日亭です。今日は、この間の仕事にメドがついたので、昨日より早く職場を出て、鶴橋で韓国料理を食べようと考えたのですが、目指すお店は、生憎のお休み。明日以後に回すことにしました。で、肝心の講談ですが、「忠義の血達磨」は、妖刀村正を持った侍の話から、元来、村正の所有者だった侍の話になっていました。昨日、ダウンをしている間に。この侍が、自分の刀が村正と知り、それを出入りの道具屋に処分させようとしたことが、そもそもの発端でした。その侍が再登場したところでは、件の道具屋が殺されたので、そのわけを探っていました。が、その中で、村正を持っている侍なのか、その侍により殺された侍なのかが、黄紺には判別つかないのですが、その侍の倅と出会います。ところが、ここで、記憶が途切れてしまい、次に覚醒したところでは、この二人が、男色行為に至っておりました。これは、どないな展開があったのか、明日こそ確かめたいものです。「景清」も、話が飛んでしまってました。阿古屋という白拍子の取り合いをしていた青年景清は、今や人足に身を変えて、頼朝をつけ狙っています。平家の天下から源氏の天下へと、黄紺がダウンしている間に、大きく時代は変わっていました。昨日、南湖の高座の最後の方で覚醒したとき、景清が畠山某と対峙しているような場面でしたので、こちらは想定範囲内。だけど、南青もそうですが、演者の構成に、かなり悪戦苦闘されている様子が、こないなところから垣間見えてきます。鶴岡八幡改築の事業にかこつけて、身を変え、景清は鎌倉に潜んでいたのです。が、言葉に訛りがないところから正体がばれ、海を使って逃げていきますが、その途中、文覚上人を訪ね、上人から通行手形を書いてもらい、無事、逃げおおせます。この文覚上人が、「袈裟と盛遠」の盛遠が出家した姿です。景清を逃した鎌倉方は、景清の母親を拘束し、景清をおびき寄せようとします。その策略にはまると、主君の恨みを果たせないと、景清は母親の命を取りに行くのでしょうね。今日は、その直前で終わりました。南湖が、何度か口にしている「孝行のために叔父を殺し、忠義のために親を殺した」につながるところなのだと思います。「紀伊国屋文左衛門」は、まず、結婚話から。娘が惚れた相手が紀文だと知ったお大尽は、紀文を呼びつけようとするのですが、紀文は、それを筋違いと追い返します。それを知ったお大尽は、結婚話をないものとしようとするのですが、ここでカッコ良く啖呵を切ったのが、宗兵衛さん。納得のいったお大尽は、二人の結婚を許します。結婚して3ヶ月後、空っぽのはずの蔵に、千両箱二つを見つける紀文。確かめてみると、おさだが、結婚の際、父親から渡され持ってきたものと判る。紀文は、この金を、親心と素直に受け入れ、それの使い方を、自分に任せてもらいます。そこで、いよいよ時化で、みかんの江戸への搬送に困っているのを知り、今こそ、出番だと、みかんを買い、一艘だけ残った船を修繕させ、船乗りを掻き集め、いよいよ荒海に出かけようかというところで打ち切られました。今回は、ネタ選びお工夫が冴えています。妖刀に男色の南青、源平合戦の軍記物の南湖、その両者に比べると軽く、滑稽な色合いもあるサクセス・ストーリー。そのコンビネーションの妙味も楽しませてもらってます。




2010年 2月 2日(火)午後 10時 25分

 今日も、昨日と同じ時間に職場を出て、雀のおやどへ。講談続き読みのの2日目です。が、今日は不調です。昨夜、夜中の3時に目が覚めてしまったのが、もろに響いてしまったようです。南青、南湖のお二人の口演の、昨日の復習分くらいまでも、記憶がございません。殊に、「景清」は、展開が急だったためについていけなかった分をやり直してくれましたので、ラッキーと思ったのにも拘わらず、その復習が終わらない内に、早々とダウンという始末でした。替わりに、「紀伊国屋文左衛門」は大丈夫でした。たっぷりと、それまでに休息を取ったあとは、元気回復というところでした。「紀伊国屋文左衛門」の筋立てが、ちょっと見えてきました。昨夜の位置付けも判ってきました。昨日、道具屋の宗兵衛に渡した屏風が、紀文に残された最後の古道具だったのですが、それを、宗兵衛は燃やしてしまったのです。顔を見せない宗兵衛を考え、そないなことだろうと悠然と考える紀文親子、むしろ、誰も相手にしようとしない自分たちに声をかけてきた宗兵衛に感謝の気持ちを持つのでした。そういったことを語り合う紀文親子は、紀三井寺で花見をしています。一方、宗兵衛は、なんでも屋になり、仕事あさりに、紀三井寺で花見をするお大尽ににじりよっています。たまたまお大尽の娘がトイレを口実に中座するのに付き合い、幕の外に出て行って、紀文と出会ってしまいます。また、それが、娘おさだが、紀文を見初めるきっかけとなってしまうのです。家に帰ると、おさだは、お定まりの恋わずらい。紀文の知り合いだということで、お大尽の伝令役を仰せつかった宗兵衛は紀文のもとに行くのですが、紀文は、結婚を求めるのならばと、宗兵衛が驚くことを言い出します。で、お大尽は、それに、どのように対応するだろうかというところで、また明日となってしまいました。ということで、紀文の復活の道筋が見えてきました。また、復活したならばという約束を、宗兵衛と交わしましたから、どうやら主役は二人の漫才コンビで、話は進んでいくようですね。




2010年 2月 1日(月)午後 10時 13分

 今日から、「講談毎日亭」が本格的に始まります。先週の金曜日に特別企画が終わってますので、今回の続き読みは6日間です。今回の読み物は、南青「細川の忠義の血達磨」、南湖「悪七兵衛景清」、南海「紀伊国屋文左衛門」です。南青くんの今日の話は、妖刀村正の話でした。ある侍が、自分の持つ刀を村正と知り、持っていると災いが起こると、道具屋に処分を頼むのですが、深酒をしてしまったその道具屋が、酔ってぶつかった侍に、村正を取られるばかりか、自分も、その侍に殺されてしまいます。それから、その村正を持った侍が、妻を、そして隣人を殺していきます。その話が、大筋の中で、どのような位置を占めているのかは、今日のところは、欠片も見えてきていません。「景清」は、まず、少年時代から。9歳の景清が、放蕩三昧の叔父を殺す話が、今日の前半。金に困った叔父が、景清の家に盗みに入り、乳母を二人も斬ってしまうのですが、そのことが露見してしまったことから、景清の父親と争いごととなったために、叔父を斬り殺してしまいます。そして、次なる話は、青年景清が元服を受けた頃、女の問題で争いごとが起こるのですが、急に話が転換していったために頭がついていかず、別にうつらうつらしていたわけではないのですが、理解できないまま過ぎていってしまいました。「紀伊国屋文左衛門」は、船を失い、貧乏業平と言われていた時期の話。本日の主役は、紀文ではなく、道具屋宗兵衛さん。金繰りに困っている宗兵衛さん、なんとか儲けようと、紀文の蔵に眠る古道具を分けてもらい商売をしようとするのだが、紀文から譲られる高価な品を割ってしまったり、女房が細工物を削り落としてしまったり、燃やしてしまったりと、大騒動。今日は、それを、おもしろ可笑しく、南海さんが語ってくれましたが、今日のパートが、長い紀伊国屋文左衛門の物語で、どのような役割を果たすかは、これまた、今後のお楽しみです。




2010年 2月 1日(月)午前 4時 38分

  大阪市遊歩(35)写真集

 昨日も、午後からのお出かけに備え、それに合わせたコース設定でウォーキングをしました。ただ、前日とは違い、朝から曇り空。ついには、ちょうど家を出たあたりから雨。晴れていればいいのにと考えたコースが、残念なことになりました。それは、中之島を東端から西端まで歩き、そこから、野田経由此花区に入り、あとはお時間に合わせて、環状線の、「弁天町」あたりを目指そうかと考えていたのでした。歩きながら、川の清々しい風景も、併せて楽しもうと考えていたのでした。実際に歩いた詳細なコースを記しておきます。京阪「天満橋」駅〜天満橋〜将棊島粗朶水制跡碑〜淀川三十石舟唄碑〜天満乃子守歌碑〜中之島東端部〜木邨長門守重成表忠碑〜東洋陶磁美術館〜中之島図書館〜大阪市役所〜日本銀行大阪支店〜大阪府師範学校碑〜玉江橋・朝日放送〜吉野1交差点〜鷺洲公園〜JR東西線「海老江」駅〜周食堂〜福島区役所〜大阪市立北市民病院〜西野田労働基準監督署〜朝日橋東詰〜JR環状線「西九条」駅。結局は、「西九条」停まりでした。あまり時間に余裕がないと気が付きだしたときに、当初は、阪神なんば線「千鳥橋」駅方向に迂回してから、「西九条」駅に入ろうかと、これは大丈夫だろうと考えていたのも無理でした。此花区をゆったりと回ろうと思うと、天満橋よりもっと西側からスタートしないとダメですね。
 「西九条」駅前でお昼ご飯を食べ、午後の部へは、環状線一本での移動。「新今宮」で降り、動楽亭でありました「南華講談はたちのお誕生日会」に行ってまいりました。南華さんの年一回の独演会の日だったのです。番組は、南青「雷電の初相撲」、南華「野狐三次前編」、上方書生節協会(南海・群時)「バイオリン演歌」、南華「野狐三次後編」、(中入り)、南華「真説宮本武蔵〜廻国修行旅の発端〜」というものでした。「雷電の初相撲」は、時間を考え、ショートカット気味。前座役に徹しました。「野狐三次」の「前編」は、8歳の三次が木っ端売りをして生計を支える話。父親はいなく、病気の母親を支える話です。なんか、あとから思い出すとちょっと意味深なネタです。「後編」は、金持ちしか診ない名医を、三次が一計を案じて家へ連れてくると、その名医も、三次の親孝行ぶりに免じ診察をするばかりか薬も与えるというもので、こちらも、三次の子ども時代の話でした。ますます意味深です、このネタ選び。前後編ともに、抜き読みとしては、短めに属します。三席ということで、致し方ないところです。「宮本武蔵」は、一人の家来を連れ、主のもとを離れ、放浪の旅に出かけた武蔵を、影のようについて廻る木偶猿飛佐助。佐助は、各地にいる剣豪との武者修行を勧める。それに応じた武蔵が岡部兄弟を猿飛の術を得て倒すまでが、昨日の口演。ただ、最後に、猿飛佐助が、これらの一件を真田幸村に報告する場面が入って終わりますから、大きい流れが見えた感じがしました。そして、寄席の色物としては初登場だったのが、上方書生節協会。先日の天満講談席で、南海さん一人での出演はありましたが、宮村群時さんと二人での演奏は初めて。宮村群時さんは、しん吉とユニットを組んでるお人。ヴァイオリンの腕も、南海さんよりは上に見えました。関東大震災のあとの「震災節」や、軍歌が入ってきている「男なら」などを演奏したあと、「東京節」で締めくくりました。
 実は、夜の部のことを考え、講談会が、何時頃終わるか、ひやひやしながら、講談を聴いておりました。5時開演の芝居のチケットを持っていたからです。南華さんの会が、去年のトリイホールから動楽亭に変わったことを、すっかり失念して、芝居の会場までは歩いて10分だとふみ、チケットを買ってしまったのでした。幸い、中入りに、3時40分頃入り、安心できました。その芝居というのは、「劇創ト社deネクタルグン」という劇団というか、メンバーは二人ですから、作家と役者のユニットで、プロデュース公演を行っているユニットと言え ばいいでしょう。その「劇創ト社deネクタルグン」の公演「10人写楽」に、シアトリカル應典院へ行ってまいりました。役者は、黄紺の知っているくらいですから、関西小劇場界の名だたる役者が、顔を揃えていたものと思われます。この劇場では、これ以上は無理だろうと思われるくらいの入りでしたから、役者が揃い、芝居自体も再演ものでしたから前評判も高かったものと思われます。黄紺も、この役者が出るのならおもしろいだろうの気分で、チケットを買い求めた次第です。芝居は、二本の筋立てが交互に進みます。決して交差することはありませんが、ラストあたりになってくると、なんとなく相似形の展開となっていきます。一つの物語は、江戸期の刷り物屋に集う戯作者、滑稽本、浮世絵師たちの物語、ここに、題名に出てくる「謎の絵師写楽」が誰かという問題が、最後には大きなテーマになっていきます。もう一つは、現代の窃盗団の動きを追っていき、最後は、仲間を裏切る話へと収束していきますが、この「裏切り」こそが、二つの物語をつなぐ言葉であって、二つの物語をつなぐのは、これだけです。それを、きれいに重ねる相似形を、舞台に表すことができたので、観る者は、この芝居の構成に納得するのでしょうね。写楽の正体が明かされたとき、それまでに撒かれていたプロットに意味が持つのが判るという鮮やかがあります。そういった満足感を味わえるということは、台本の構成力が、しっかりとしているということなのでしょう。それに加えて、役者が、とっても粒揃い。これは、予想されたこととは言え、ネームパリューだけじゃないところを、しっかりと見せてくれたということでしょう。エンターテイメントに徹したホントに、楽しくておもしろい芝居でした。




2010年 1月 31日(日)午後 1時 15分

  大阪府門真市(13)〜守口市(14)〜大阪市旭区、東淀川区写真集

 久しぶりの休日、おまけに天気は、晴れ渡った土曜日。風はありましたが、このくらいでは、絶好のウォーキング日和。午後の行動のことを考えて、家を出たつもりが、1時間早く出てしまいました。しかも、気が付いたのが、ウォーキングも終わろうかという時間帯。もっとゆっくり寝れたのにと思っても、あとの祭りでした。今日は、「大和田」駅を起点にして、豊里大橋を渡り、うまくいけば、阪急「上新庄」駅へと考えたのですが、どんぴしゃ予定通りの目的地に着くことができました。詳しいコースは、京阪「大和田」駅〜弥治右衛門碑前公園〜弥治右衛門碑〜守口市立東部公民館〜モノレール「大日」駅〜庭窪浄水場〜守口市立八雲中学校〜下島公園〜淀川堤防〜豊里大橋〜大宮神社〜地下鉄今里筋線「だいどう豊里」駅〜瑞光寺〜インドネシア料理店「チャチャバリ」〜阪急「上新庄」駅。ウォーキングを始めた頃に、豊里大橋越えを行い「江口の君」絡みの場所を探したことがあり、そのときは、内環状線を大宮神社辺りで逸れてしまいました。そのときから、まっすぐ内環状線を進み、瑞光寺から「上新庄」駅に入ることを計画していました。それを、京阪沿線から2時間で歩くためには、「守口市駅」に近い方が、より確実だったのですが、ちょっとのチャレンジで「大和田」から出発し成功しました。ただ、淀川堤防には入らないで行く方が確実だと思いながら、あまりにいい天気だったもので、一時は欲張ったかなと思いつつ、手持ちの地図を睨みつつ、最終的には行けると判断しました。時間的には、瑞光寺のところで丁度2時間でした。ですから、ま、大成功です。おまけに、素敵なインドネシア料理店も発見できましたしね。
 「上新庄」駅から電車一本で梅田に出て、早く出てしまったための時間調整のため、東梅田のネットカフェへ。40分ほどの時間調整で、午後の部は太融寺です。今日は、こちらで「第56回千朝落語を聴く会」がありました。大層な入りで、200人くらいの客が詰めかけたでしょうか。今、太融寺で行われる落語会では、一番の集客力じゃないでしょうか。番組は、二乗「正月丁稚」、千朝「親子茶屋」、花丸「あくびの稽古」、千朝「抜け雀」というものでした。ただ、ここで、ウォーキング疲れが出てしまい、がっくりです。ネットカフェでいたときは、今日は大丈夫と思っていたのですが、千朝のえらくテンポの落した喋りに、完全に体が反応してしまったのです。二乗と花丸のときは大丈夫で、主役の千朝のときにはダウンと、なんとまあひどいことになってしまったのです。二乗のこのネタは、以前、ウォーキング疲れでダウンしたもの。今日は、きっちり復讐を遂げ、この古風なネタを楽しむことができました。黄紺は、この民俗学的史料ともなるネタ好きなんです。花丸は、大幅アレンジ。初めてじゃないはずなんだけど、丸で初遭遇の気分。花丸流改作の一貫ですね。あくびの稽古に行く前に、今まで行ってはしくじってる習い事を列挙するところが、特に傑作です。とまあ、印象に残ってるのは、ゲストばかりと、なんともはや失礼なことになってしまったのです。
 落語会が終わると、再び東梅田のネットカフェで時間調整。太融寺での落語会が減った今は、こういった梅田での時間調整は激減です。約1時間40分の時間調整ののち、谷町線で千林大宮に向かいました。夜の部は、芸術創造館で「baghdad cafe」という劇団の芝居「ワタシ末試験 追試」を見に行ったのです。その前に、今日こそ「イスタンブール」でトルコライスなるものを食べるぞの勢いで、お店に入ったのですが、おじさん、おばさんの集団が注文待ち状態で、これは、開演時間に食い込むかもと思い、断念してしまいました。肝心の芝居ですが、これは、「OSAKA selection 2009 ステップシアター」の一貫として行われた上演で、幾つかの演劇祭(應典院舞台芸術祭「space×drama2009」優秀劇団)で優秀賞を取った劇団を集めて行われる上演会の一つということで、今回再演されたものです。黄紺も、その「OSAKA selection 2009 ステップシアター」のパンフレットで、この企画を知り関心を持ったのでした。なかなか複雑な芝居という印象を、まず持ってしまいます。それは、次から次へと場面が変化し、一人の役者が幾つかの役を掛け持っていくからです。そして、それぞれの挿話がくっついているかに見えて、離れているのですが、何やら、それだけなんだろうかと、そないな不安感を持って見なければなりませんから、展開が気になるようになっています。主役の高校生の各世代を表しているのでは、要するに時空を超えた登場人物が次から次へと現れて来ているのではとの予感が高まっていきます。そして、それぞれの関連人物の生き方が表されているということなんでしょう。まず、混沌を呈示して、そしてその仕掛けが見えてくるタイミングが、とってもうまい芝居という印象です。そのなかで、ようやく主役が誰なのかが見えてくるっていうのも、とっても心憎い。テーマは、生きる意志、一歩先の扉を開く意志ということでしょうか。それを、細かく、生真面目に追い求め、舞台化した意欲に拍手です。照明の巧妙な使い方での場面転換も洒落てます。衣装のアイデアも、結果的に時空を超える方策だったのですね。文句を言いたいのは、死神という絶対的な存在を出してしまったことです。これが判明すると、何か勿体ない気がしてしまいました。巧妙さが、俗物に壊されてしまったっていうところです。惜しい、ホントに惜しい。照明のうまさ、音響も計算され尽くしてました、それに、役者の素晴らしさが支えています。特に、男優陣の充実は文句なしです。ただ、それらは、客演の役者さんですが。




2010年 1月 29日(金)午後 10時 28分

 昨日は、久しぶりの夜遊びなしの日。宵の口に寝てしまい、また深夜に起きて、そのまま仕事に行くという最悪のパターン。なんのために家に直行しているか分かりません。
 で、今日から、講談毎日亭が始まりました。今回は、三人の講釈師さんの日程が合わなかったらしく、今日1日だけは、特別企画「珍品講談集」ということで行われ、続き読みは、週明けから6日間で行われます。その特別企画の番組は、南青「具志堅用高物語」、(中入り)、南海・南湖・南青「鼎談」、南湖「シャーロック・ホームズ」、南海「アリババと40人の盗賊」というものでした。「具志堅用高」は、2度目の遭遇。だいぶと空いているので、筋立ては忘れてはいたのですが、あまりおもしろいものではなかったなの印象がありました。実際に聞いてみると、やっぱりその印象は当たりでした。要するに、登場人物は、別に具志堅用高でなくてもいい話なのです。これは、反則です。固有名詞を出したなら、その人でなければいけない話に仕立てないとだめでしょう。と思ったのですが、長い物語の一端だけを聴いての勝手判断なのだろうか、実は、その辺の判断がつきかねています。南湖の探偵講談は久しぶり。福島での会が終わってから聴く機会が激減していますから、とっても嬉しいネタ選び。「赤毛同盟」の翻案ものが出されました。舞台は大阪、登場人物も日本名ですが、ホームズとワトソンだけは、元の名前が使われました。また、赤毛の人間は、日本人に移すといないということになってしまいますから、禿頭で代用されました。その辺りのアイデアは、南湖のものではなく、明治期に翻案されたときのアイデアだそうです。鼎談では、南海さんの洋行話から入り、続き読みの宣伝へと入っていきました。今回の特別企画は、南青くんのアイデアのようでした。そのため、「シャーロック・ホームズ」を出すことになった南湖は、探偵講談が久しぶりだったため、えらくこぼしておりました。なんせ、ほんちゃんの「景清」も、ネタおろしですから、気持ちはわかります。南海さんのアリババは、民博の特別展「アラビアンナイト」の際の特別公演として作られたものだそうです。そう言えばあったなと思い出しました。あの特別展は見に行ったのですが、残念ながら南海さんの公演には行けていませんから、これは嬉しい初遭遇でした。子どものときに聴いた「アリババ」の物語では、決して聴いてない、かなり残酷な場面も、元本のままでの口演だったようです。体をバラバラにして殺したり、またその体を縫い合わせたり、ツボに隠れる盗賊に煮え立った油を注ぎ殺したり、かつては、そういった行為自体を楽しんだのだろうということが想像されますが、そのまま演じたはりました。ところで、今日は、講談毎日亭始まって以来の大入りだったんじゃないかな。40人近い入場者に、びっくりしました。ただ、当日券の方が多かったようで、週明けに行ってみると、激減したりしてるのかなぁと、どうしても、悲観的に考えてしまいます。




2010年 1月 27日(水)午後 11時 34分

 今日は、この時期にしては気温が上昇。おまけに快晴とくれば、いてもたってもいられなくなり、ちょっと仕事の手が空いたこともあり、昼間に1時間弱のウォーキングに出かけてきました。オーバーも着ずに歩いていても、かなり温まりました。うっすらと汗をかいたりもしました。そして、夜は動楽亭。今晩は、こちらで、「第5回さん都物語」があったのです。出丸の会にするか悩んだのですが、今日は、一つ気鋭の噺家さん都を選んでみました。番組は、団姫「道灌」、さん都「向こう付け」、生喬「三人旅」、さん都「池田の猪飼い」、(中入り)、さん都「半分垢」というものでした。団姫は、ネタを増やしているはずなのに、今まで3つしか当たったことがないんじゃないかな。あとは、「松山鏡」「商売根問」です。先週の金曜日に、声が出なくなり、今日が復帰戦だったそうです。生喬の「三人旅」は、普段演じられない後半の「尼買い」の部分です。これで、序盤を団四郎で聴いたことがありますから、ようやく「三人旅」全編を聴くことができました。生喬は、こないだの日曜日、「生野弁天寄席」で、これをネタ下ろしをしたところとか。ちょうど、その会には行けず、気になっていたところでしたから、ラッキーな遭遇です。ただ、この後半部分の冒頭は、「宿屋町」と同じ趣向。宿に入ると、風呂に入りに行き、部屋を間違う話が、ちょっと入り、それにヒントを得て、女遊びをしようとするが、女の人数に限りを設けられているために、尼の格好をした女性を入れるというだけの話で、さしておもしろいものではありませんでした。カットされて、あまり演じられないものにある傾向です。さん都のネタの中では、「向こう付け」が、群を抜いた出来栄え。主役の喜ぃさんを、与太郎風に演じるのは×ですから、どのようなキャラにするかが、なかなか難しいところ。ところが、それを、さん都は、見事にやってのけました。異様に朗らかな男、朗らか過ぎてしまりのない男でクリアしてしまいました。これは、そうしようという意図が見えたというものではなく、それを演じ切りました。くやみに行くところで、そのキャラをアピールできますから、もう、このネタの成功は約束されたものとなりました。それと比べるからでしょうか、そこまでできるならという視点での不満が出てくるのです。「池田の猪飼い」は、四つの場面構成でできてます。甚兵衛さんの家、道端で道を尋ねる場面、田舎の百姓が出てくる場面、六太夫さんとのやり取りということになりますが、それらに変化が見られないのです。ですから流れ過ぎてしまうと言えばいいのでしょうか。「半分垢」は、冒頭におかしな場面が入りました。夫の相撲とりが帰っているか訪ねてきた男が帰ると、夫が現れ、女房に、大げさな言い方を慎むように注意します。が、ここでは、まだ何ら大げさなことを言っていません。ところが、次の男が訪ねて来ると、ネタふりになる例の大げさな話をします。これでは、女房は、夫の話を何も聞いてなかったことになります。ここんとこの辻褄が合わないのです。2人目の男が帰ると、再度夫が現れ、注意をします。「半分雪」の話をするところはここです。そないな風にみてみると、最初に現れた男は、はっきり言って、噺にはじゃまです。他の噺家さんでは、聞いたことのない登場人物ですので、一番ありうる可能性としては、さん都のミスじゃないかなと思っていますが、異なった演出があるのでしょうか。ただ、言い淀むということではないのですが、微妙に言葉のタイミングがずれているような感じがして、ちょっと聞きづらかったことは、間違いなかったのです。ですから、先の一件も、ミスじゃなかったのかと思ってしまうのです。そないな文句を書いていますが、この人、やっぱり有望です。ボケに対する、突っ込みの間、言葉の表情が天然系と言えるものがあると思うからです。ただ、それが同じ調子になると、今日、「池田の猪買い」で感じたものになるのでしょうね。やっぱ、落語は難しいということですね。




2010年 1月 26日(火)午後 10時 8分

 3日連続の講談会です。完全に講談漬けです。それだけ、講談会があることを幸せだと思わねばなりません。今日は、北区区民センターで、「第189回天満講談席」がありました。その番組は、南舟「木津の勘助」、南青「将棋の大名」、南海「ウィーン道中記」、南北「寛永三馬術」というものでした。「木津の勘助」は、南舟のネタの中では、初めて聴いたネタ。久しぶりに、このネタを聴くと、目に見えて、 歩が分かります。声一つをとっても、声の表情も、何から何まで進歩です。「大名将棋」は、南青の持ちネタでは、一番聴いているネタじゃないかな。おバカな池田公に苦労する家来たちの話です。声を出さない口パクを用いる演出が入るようになっていました。そして、本日のお目当て、南海さん。昨日、帰国してきたそうです。ウィーン公演のレポートを、漫談調でされるのかなと思っていたのですが、登場からして、ヴァイオリンを弾きながらということで、書生節を奏でながらの登場となりました。そして、格好も書生スタイル。公演の一部を披露するのがメーンという感じで、演奏の間に、ウィーン報告が入りました。3泊5日の弾丸ツアーで2公演。1回はウィーン大学で、もう1回は、王宮内の民族学博物館での一般公演だったそうです。宮村群時さんと二人での公演だったようです。トリは南北さん。ネタは、こういうなのがあるとは知ってはいたのですが、初遭遇の「寛永三馬術」。愛宕山の石段上にある白梅紅梅を、馬にて上がり手折ってこいという秀忠の我が儘な命令を、間垣平九郎が、見事に成し遂げるというものですが、間垣が出る前に、三人の武者が、これを試み、亡くなったり、大怪我をしたりと、将軍の我が儘がクローズアップされるところは不快です。ネタ的には、あとの間垣の成功の引き立たせ役にはなるでしょうが、ちょっと聴くに耐えない場面ですね。それはさておき、南北さんのしみじみ系語り口調に惹き込まれきっておりました。




2010年 1月 26日(火)午前 0時 23分

 今日は、仕事で、とっても体力を消耗した1日。疲れきって職場をあとにして向かったのは、ワッハの4階。今日は、こちらで「第376回上方講談を聞く会」がありました。今週、来週は、とにかく講談会が詰まっています。1月25日は、三代目南陵の誕生日ということで、一門の皆さんは、昼間には、師匠の墓参りをされてきたとか。また、そのような日ということで、今日は、映像で、三代目南陵の特別出演がありました。ということで、本日の番組は、南斗「赤穂義士外伝〜八百屋甚兵衛〜」、南湖「豪傑の母 真柄お秀」、(中入り)、三代目南陵「長短槍試合」、左南陵「赤穂義士外伝〜梶川与惣兵衛〜」、南左衛門「蘇生奇談」というものでした。「八百屋甚兵衛」は、吉良邸前に住む八百屋が、吉良から、討ち入りがあれば、息子の上杉に知らせることを頼まれるが、実際には阻止されてしまう話。南斗で2回目となるネタですが、相変わらず流れがよろしくない。台詞、動作、間が有機的につながってないからなのでしょうね。まだ、時間がかかりそうです。「真柄お秀」という名前はよく耳にするのですが、力持ちで、気は優しく、だけど、人三化七よりひどい顔をしている女性。そのお秀を、からかい半分で嫁にすると言った男が、本当に妻に娶るようになるいきさつを描いたネタ。このお秀が、真柄十郎左衛門らの豪傑 を、やがて生むことになります。三代目南陵を、今聴いてみると、瓢逸とした味わいが、ホントにいいですね。前回、南湖の会で、「天野屋利兵衛」を見せてもらったときも、同様の感想を持ちました。が、生で聴いてた頃は、ぼやーとしていて、起伏がない口演に、あまりいい印象を持っていませんでした。今となっては、恥入るばかりです。「梶川与惣兵衛」は、浅野内匠頭の刀傷を止めた男。刀傷のあと加贈された梶川が、幕府の重臣に挨拶回りに行くと、皆が、「曽我兄弟」の物語を持ち出して、梶川が「空気を読めなかった」ことを批判していくという物語。結局、繰り返してネタで、それが判ったときは、ちょっと気抜けかな。大変な立て弁で、「曽我物語」を語る場面があったりで、なんと大層なネタかと思っていると肩すかしを食らいました。それにしても、判官贔屓のネタです。南左衛門のネタは、明治時代に、よく出た「新聞(シンモン)読み」と言われるネタということです。新聞に掲載された記事を基に講談が作られ、口演されていたということです。三代目南陵は、このネタを営業ネタで使っていましたと南左衛門は言ってました。確かに、これは落語だよという雰囲気です。誰か、時代を明治ではなく、江戸時代の大阪に移植して落語化しないかなぁ、きっと成功すると思いますよ。筋立ては、酔っぱらった男が死んでしまったと思われ葬礼まで出され埋葬までされるが、そこで蘇生。家に帰ると、妻が不倫中。幽霊となって不倫中の妻のところに現れ、男の氏素性を聴き出します。この展開、やっぱ落語です。この会が終わったあと、一門の皆さんは、新年会だとか。そして、「講談、頑張ろう」と泣きじゃくるのが、いつもの光景だとか。今頃、泣いてる人が出てるのでしょうね。




2010年 1月 25日(月)午前 0時 57分

 今日も、午前中は出勤。土日ともに、半日ずつとは言え出勤ですから、この週末は休みなしです。昨日の出勤は振替あり、今日の分は振替なしということで、それを考えただけで、疲労が溜まります。で、終われば速攻で、今日も職場を離れ、残り少ないお休み時間を楽しむことにしました。午後の部として選んだのは、動楽亭での「旭堂南舟・一人前の前座になる為の講談会」。入門後1年10ヶ月経つ旭堂南舟をメーンに据えた南左衛門一門会です。入門当初から、体も振る舞いも線の細い南舟ですが、最初から語り口がしっかりしているので、わけでもあるのかと思っていたのですが、先日、ご本人から聞いたところによると、入門前は、文華の指導する落語講座通っていたことがあるそうです。それで合点がいった次第です。番組は、主役の南舟が三席担当し、黄昏亭さくら「太閤の風流」、南斗「細川の福の神」、南舟「黒田節の由来」、南青「毒婦伝より高橋於傳」、南舟「左甚五郎旅日記〜猫餅の由来〜」、南左衛門「荒大名の茶の湯」、南舟「源平盛衰記〜那須余一〜」というものでした。黄昏亭を名乗る方は、プロでなく、南左衛門に指導を仰いでいる女性の講談師さん。さくらは、本業が歌手だそうで、そのためか、随分としっかりとした声が出る。楽しみな方です。客席は、このさくらの応援団が多数詰めかけ、大変な入り。南斗は、まだぎこちなさが残りますが、徐々にましになってきてるかな。「高橋於傳」は、以前、「講談毎日亭」で出されたネタを、こういったところで出すということは、短縮版を作ったのかと期待したのですが、それは勝手な期待でした。冒頭部分だけでした。「荒茶」は、南左衛門の鉄板ネタ。で、主役の南舟ですが、最初は、ちょっと緊張気味。ですが、三席それぞれにマクラを、きっちり用意をしていました。ネタの並べ方も、この並びがベストでですね。「黒田節」は、槍のやり取りだけの簡潔な話、「猫餅」は、甚五郎が、寂れた餅屋に、カラクリ人形をプレゼントをする話ですが、カラクリと聞いて、かっくんときてしまう話です。やっぱ、水仙やネズミ、大黒と、何か超自然的なことが起こらないとねぇと、他のネタから、そないなものを求めてしまい、ネタ自体を小さく感じてしまいます。そうなると、「那須の余一」は、途中、修羅場読み風になるところが2箇所入り、変化があって、ネタを大きく見せてくれます。そういった変化を持たせる口演で、十分にこなせる技量を確保できるようになってきました。現在、持ちネタが15だそうです。南左衛門門下では、ネタが20覚えられると、弟子修行卒業だそうです。
 今日は、ウォーキング用に2時間という時間を取れませんでした。そこで、講談会が終わってから、夜の部までの間が、2時間15分ありましたので、ネットカフェで時間調整をする代わりに、1時間半と時間を区切ってのミニウォーキングをしました。起点は動楽亭で、通天閣を抜け、堺筋には入らず、堺筋とその東にある阪神高速の間の道を北上し、宗右衛門町の北二筋目を西にとり、一旦、心斎橋シネマートで、夜の部のチケットを買い、再び、ウォーキングへ。今度は、堀江公園の北側の道を阿弥陀池筋まで行き南下、道頓堀川を渡り東へ。御堂筋に戻り、三津寺筋を時間調整で歩き、終点は三津寺に戻ってくるというものでした。夜の部は、心斎橋シネマートで、韓国映画「作戦」を見ました。パク・ヨンハ主演というのが売りの映画ですが、黄紺にとって嬉しかったのは、「ニューハート」「アイルランド」などのキム・ミンジョンが出ていることです。パク・ヨンハの役は、PCを駆使して株の売り買いをする個人投資家。その腕を見込まれ、ヤクザ上がりの投資家に使われる身となり、株の売買をしていくという役柄。株などというものが苦手な者には、ホント理解不能なことが大過ぎる映画です。だからでしょう、客の入りは、かなり低調。パク・ヨンハよりは、キム・ミンジョンに関心ある黄紺ですが、この人、最前線の切れ者役が似合うのか、それともちょっと抜けてるが気の強い女役が似合うのか、この女優さんを観るたびに考えてしまいます。ちゅうことは、どちらもこなすということなんでしょうが。そえと、ダイエットして欲しいなぁ。ほんの少しでいいから。




2010年 1月 23日(土)午後 10時 46分

 今日は、午前中、通常の勤務。目一杯働いて、仕事が終わると、速攻で職場を出て、昼食。更に、ミニ・ウォーキングに取りかかりました。今日は、4時開演の文楽に行く日でしたので、通常通りのウォーキングをすると、確実に文楽で寝てしまうだろうということで、時間を1時間と限定してのミニ・ウォーキングにしたのでした。最初、西三荘から鶴見緑地というお気に入りのコースにしようかと思ったのですが、あとの移動のスムーズさを考え、京橋から歩き始めました。森之宮病院から大阪室内プールの方に回り、以前通ったコースを復習しながら迂回。最後は、地下鉄「玉造」駅で、ジャスト1時間となり、そこで切り上げました。体を休めることも兼ねて、いつもの日本橋駅上のネットカフェで時間調整。いびきをかいて寝てしまいました。やはり、時間を抑制して、このような時間を取ったのは正解でした。というのも、それでも尚且つ、文楽を見ている途中に、幾箇所かでボーっとしてしまったところがあったのですから。今日の文楽の番組は、「二人禿」「彦山権現誓助剣〜杉坂墓所の段、毛谷村六助住家の段〜」「壺阪観音霊験記〜土佐町松原の段、沢市内より山の段〜」というもので、「彦山権現誓助剣」と「壺阪霊験記」に、ようやく出逢うことができました。「二人禿」は、正月の祝言物ということなんでしょうが、禿が二人、羽根つきをしたり鞠遊びをしたりという正月風物を見せてくれるだけの短いもの。ジャスト10分で終わりました。女の人形は動くときに足下を見せないというので、こういった動きのある演目は、回り舞台のように足下の板が動いているよう。それに、人形が前のめりになるような遣い方は止めて欲しいなぁ。「彦山権現誓助剣」は、11段物のスケールの大きな話とか。秀吉の朝鮮侵略をも取り入れた話だそうですが、今回取り上げられた8段目と9段目には、秀吉のかけらも伺い知れませんでした。主人公の毛谷六助が主の仇とも知らず、孝行息子ぶる仇を感心な男ということで、自分の名誉を捨ててまで支援してやるのですが、その男が、大層な悪であることが、その後続々と判ってきて、中でも主殺し、許嫁の妹殺しと、自分にもふりかかる悪だということで、いざ仇討ちに出かけるというところまでというのが、上演された内容ですが、これだけじゃ、あかんでしょう。番組編成の都合上、このようなつまみ食いになったのでしょうが、でも、不満が残るのです。これは、今日見たパートがおもしろかったという証拠なのかもしれません。許嫁を蓑助さん、そこの切り場が咲太夫さんと、この日一番の見どころ、聴きどころでした。「壺阪観音霊験記」は、観音霊験記として作られた作品で残ったものとか。初演は明治に入ってとか。これはびっくりしました。「三つ違いの兄さんが」なんていう文句なんてのは、この演目を見たことのない黄紺でも知っているものですので、もっと以前から広く知られていたものと勘違いをしてました。なんせ観音霊験記ですから、思いっきり悲しませておいてから奇跡が起きるという、考えてみたら単調な物語です。観音が登場します。落語の「景清」のイメージがあり、観音は、なんか高いところから現れてくるものと勝手に考えていたら外されてしまいました。ただぬーっと出てきて、用件を済ませたら、後ろに下がってしまうとものでした。まあ、ようやく出逢えたというところで、手を打ちましょう。お里を文雀、沢市を吉田和生、切り場が綱太夫という布陣でした。綱太夫さんは、もう声が出ません。うまいへたの問題ではなく、客席に聞こえる聞こえないは、それ以前の問題だと思うのですが。むしろ、綱太夫さんの前に出た睦太夫さんに、そのまま居残って欲しかったな。そないに言う綱太夫さんのしわがれ声が生きた箇所がいくつかありました。この感じが続いてくれたらと思いましたが無理でですねぇ。能でもそうですが、おじちゃんの演者は、さっさと一線を退くべきじゃないかなぁ。




2010年 1月 23日(土)午前 0時 13分

 今日は、かなり仕事が詰まっており、もう肩こりがひどい状態。おまけに昨夜の寝不足で、不快感が相当高いなか、芝居を観に行きました。場所は、梅田のHEPホール、大阪の「ミジンコターボ」という劇団の「ダメダメサーカス」という芝居です。この劇団の主宰者片岡百萬両は、以前から名前を知っていたのですが、去年の秋に初めて見に行って、かわいらしいお伽話のような芝居を作るということで、特段何やしらの主張めいた芝居で、考え込みながら見るというものではなかったのですが、楽しい、娯楽に徹した芝居を見せるというので、今回の公演も見に行こうという気になったのでした。今日、実際に行ってみて知ったのですが、この劇団にとっては、HEPホールでの公演は初めてということで、特に衣装の凝り方に、大きめの会場での公演ということで気合いを見た気がしました。今日の作品は、竜崎だいちの作品でしたが、舞台を中世ヨーロッパらしき設定に、悪魔に魂を売り渡すことにより、自分の願いを叶えてもらった人間どもが集うサーカス団での出来事となっていました。そういった設定にしてからが、らしいかなと思わせるものがありますし、外の世界も、常に戦争を繰り広げている東の国と西の国、その間にあって、両国に売っている武器屋があるために、平和を維持している台風の目という名の国と、どこまでもお伽話の枠内を意識している。こうなると、既成の物語からの借り物ではないおもしろい話を、どれだけでっち上げるかが、正否の鍵を握ります。そういった意味では、黄紺は楽しんだかなと思っています。悪魔の正体も、へぇ〜でしたしね。ただ惜しいのは、不揃いの役者たちです。芝居はうまくても、能力では越えがたいところで不満が残します。王子だったら、王子に相応しい背格好などが、やはり欲しいですね。今日、見た役者陣では、マルコをした役者の軽さが、後半に、とっても生きていたのが、最大のお気に入りでした。




2010年 1月 22日(金)午前 1時 1分

 今日は、引き続き、仕事に余裕があると思い、昨日同様、体力作りも仕事の内とばかりに、昼食を食べたあとウォーキングに出かけ、実際40分余のウォーキングをしたのですが、途中、急激にお腹に変調をきたし、これは止めろというサインだなと考え、ウォーキング継続を断念しました。時たま、これがあるので、旅行中は昼食を省くことが、今や習慣化してしまっていますが、ウォーキングのときは、ちょっとなめてかかっていました。かつて、これで苦しんだ苦い思い出ばかりが蘇ってきて、ならばと断念した次第です。まあ、これで正解だったみたいで、帰ってきてから仕事を再開すると、余裕の仕事と思っていた仕事が思いの外、時間ばかりを要する仕事で、結局居残り仕事。自分の判断ミスですから自業自得です。そんなで、ちょっと慌てて、夜遊びの会場ワッハの4階に向かいました。今日は、こちらで、「らくご道〜笑福亭生喬と桂こごろうの落語会〜」があったのです。最近、ネタに関する二人のトークがおもしろく、わりかし優先的に通いつめております。今日は、3ヶ月に1度のお囃子入りのネタの日。番組は、生寿「池田の猪飼い」、生喬「稽古屋」、こごろう「だんじり狸」、(中入り)、生喬・こごろう「対談:夕焼け日記」というものでした。生寿が、めきめきと腕を上げてます。線の細さが、徐々に消えだし、様々な人物表現が可能な声が出来上がってきているのに加えて、表現にも幅ができてきており、合わせて基本に忠実なところはしっかりとしていますから、とってもネタの強さのようなものを感じさせてくれます。楽しみな存在になってきました。生喬は、師匠松喬の娘のバイト話、ふるさとの松阪に帰った話、踊りを習うと言って師匠に叱られた話、由瓶の会でのネタ選びの話など、よくもおもしろい話が続くなと思わせる、この会恒例の近況報告的なマクラをたっぷり。「稽古屋」は、入門6年目で、文太からもらったものとか。文太から、生喬は、「稽古屋」以外では「喧嘩長屋」をもらっただけだそうです。入り方は、女にもてるなら芸が必要と、いきなり入り、ホタル踊りから稽古屋となっていき、最後は、煙が上がる話には入らないで、踊りも満足に教わらないで帰ろうとするところで切り上げました。「ホタル踊りが得意なだけに、尻に火がついたんやろ」が下げです。この下げは、いい下げがないか、生喬が小佐田センセに話したら、後日、手紙に、この下げが書いて送られてきて、「タダであげます」と書いてあったそうです。また、生喬オリジナルな部分は、稽古屋の師匠が煙草 を吸いながら教える部分を、煙草を吸わせないで、踊りの手をしながら教えるというようにしていました。そのために、踊りのお師匠さんに、手を付けてもらったそうです。「だんじり狸」も、小佐田作品ですから、今日は、ちょっとした小佐田定雄特集です。こごろうのネタおろしのときにも聴いていますので、2回目となります。前回は、鳴り物の名手、米左としん吉を揃えての口演でした。今日は、生喬と生寿が担当しましたので、こごろう曰わく、「これで、どこにかけても大丈夫」と自信を深めていました。最後、だんじりを打つのに係わった3人だけをだして終わるのが、小佐田流だそうで、それに、虎ちゃん母子を出すのがこごろう流。これを出すことによって、だんじりを打つのが、狸なのか、虎ちゃんの父親なのか判らなくなって終わるのがいいのでとのコメントが、こごろうから出されました。そこまでしなければ、虎ちゃんの父親が思い浮かばないかなぁとも思いますが、考え方自体は支持したいと思います。南光、む雀と、このネタをかけたことがあるそうで、む雀は、そう言えば記憶の外れにあるような気がします。現在、手がけているのはこごろうだけのようです。噺自体は単調なものなので、あまり買えるネタじゃないですが、こごろうの口演は、お薦めです。下げが言われても鳴り物は終わりません。能で言う残り止めです。その着想が、いいですね。次回は、こごろうが、滅多にしないという「佐々木裁き」が出ます。お代官を演じるのが苦手だそうです。




2010年 1月 21日(木)午前 5時 18分

  大阪府寝屋川市(15)〜守口市(13)〜門真市(12)写真集

 昨日は、少し仕事に余裕ができたため、体力作りも仕事の内とウォーキングに励みました。何度か試みている寝屋川市駅から大日までのコースで、最短コースは、ほぼこれではないかという道筋をたどってみることにしました。が、近くまで行ってから、ちょっとした迂回コースをとったため、大日からあとは、守口市駅方向に向かおうという試みは断念しました。チャレンジしても良かっかなと思いますが、体力作りだけが仕事じゃないとも思い、時間的に確実なコースを採用しました。詳しいコースを書いておきます。次のようになりました。京阪「寝屋川市駅」〜ベル大利〜大利元町〜本行寺〜高柳大将軍〜対馬江〜若宮神社〜守口金田郵便局〜大庭北遺跡〜庭窪中学校〜庭窪公民館〜大日妙見堂〜大日イオン・ショッピングモール〜月出町〜浜町〜門真保健福祉センター〜願徳寺〜京阪「大和田」駅。
 夜遊びの方は、玉造であった「猫間川寄席」です。毎月、サンクス・ホールで行われている文我を中心とした会です。番組は、二乗「正月丁稚」、珍念「二人癖」、文我「ねずみ穴」、(中入り)、八天「茶屋迎え」、文我「初音の皷」というものでした。昼すぎのウォーキングの疲れが、落語会になってから現れてしまい、二乗の途中から文我の途中まで、眠たくて眠たくて。「正月丁稚」は期間限定ネタの上、演じ手の減っているなか、貴重な遭遇でしたが、ダメでした。珍念の「二人癖」は、ラップを取り入れたオリジナリティが売りにもかかわらず、ダメでした。「ねずみ穴」は、東京から移植された上等な人情噺。前半は飛んでしまいました。兄弟が和解したあたりから復活しました。以前にも、文我の「ねずみ穴」は聴いているはずなのですが、そのときの印象は、全然思い出せません。今回聴いてみて、言葉遣いに、随分と違和感を持ってしまいました。田舎から出てきて、何年も経つのにと思うほどの田舎言葉。弟の方がひどい。それに、江戸っ子風の言い回しが絡むものだから、気になってしまいました。「茶屋迎え」は、堅い男と評判の杢兵衛の登場は、操り人形風だったり、悪魔祓いに仕立てたり、お茶屋で賛美歌を歌わせたりというお遊びが入るようになってました。ただ、八天のお遊びって、なんか特有の堅さを感じてしまいます。おもしろいのはおもしろいのですが。「初音の皷」を、上方の噺家さんで聴くのは初めて。短いネタだということで、芸術祭受賞に関わる裏話が披露されました。文我自身が、芸術祭の選考に関してクレームをつけた話です。また、師匠枝雀の思い出話にも及んでいきました。今日の一番おいしかったのは、このマクラを聴けたことかな。ま、自分がダウンしている時間が、わりと長かったため、そうなっちゃったというのが正しいところなのでしょうが。帰り際には、席亭さんの方から、お酒(呉春)、甘酒、ぜんざいが、客に振る舞われました。次回は、50回記念ということで、三象・宗助の二人踊り「矢切の渡し」が披露されるそうです。




2010年 1月 19日(火)午後 11時 29分

 昨日は、夜遊びなしで、家に直行。ゆっくりした替わりに、明け方に目が覚めるという苦悩が待っていました。でも、そないな時間に目が覚めても暖かですから、気の滅入り方も、ちょっとはましです。で、今夜は、繁昌亭。今日の夜席は、「繁昌亭夜席〜第二回上方落語台本入選作発表落語会〜」がありましたから外すわけにはいきません。番組は、仁智「選考結果について」、遊方「ショッカー商店街」、三風「ハンカチ」、仁智「多事争論」、(中入り)、三枝・仁智「表彰式」、都「すし屋繁昌記」、三枝「父娘ん活」というものでした。今年は、大賞がなく、三風と三枝の演じた作品が優秀賞で、あとの三つが佳作ということでした。去年、あやめが演じた作品のように、選外から抜擢した作品というのは、今年はありませんでした。「ハンカチ」は、とっても上手に作られた作品。夫婦喧嘩をして散歩に出た男が、友人に会い、無理やり商店街の企画した「商店街から愛を叫ぶ」に出て、妻に対する思いを喋り、最優秀賞をもらう、それを、妻も見ていたという筋立てで、人情噺風仕立てで、ハンカチをアイテムとして、上手に使っていました。「父娘ん活」は、結婚をしない子どもを抱えた親同士が、集団見合い的な婚活を行うというもの。そこで、到底、結婚など考えにくい親が、次から次へと出てくるおかしさが売りと言えば売りの作品。一番おもしろい部分は、着想かな。三枝の口演に、だいぶと助けられたかなと思えました。これを優秀賞にするなら、おもしろさでは、「多事争論」が、かなりしのいでたかなと思いました。こちらは、大阪に嫁いで30年が経つ妻と、大阪育ちの夫との、大阪と東京の文化の違いを笑いにする作品。これのおもしろさは、「天狗裁き」のように、突然仲裁者が現れるところ。そして、出てくる人たちが、混乱に、どんどんと加わっていきます。そして、最後は、裁判所に持ち込まれ、「裁判員制度」が適用され、客席参加落語になります。その最初から話題は、卵焼きに何をかけて食べるかでした。これが佳作止まりだったのは、大阪対東京という、昔からある対比をネタにしていることによるのと、ツボを心得すぎる新鮮味に欠けるところなんでしょうね。「ショッカー」は、仮面ライダーのパロディ落語。歳を重ねたショッカーたちが、つっぱるのを止めて、まじめに働いているのに対し、ショッカーが悪いことをしたら出ていくと待ってはいるのだが、ショッカーが、そのようになっているため、結局、出番がなく、家で引きこもり状態になっている仮面ライダーが、ショッカーに諭され、仕事についていくというもの。ショッカーが出てきて、結局、諭されるだけというのが、せっかくの思いつきを尻すぼみにしてしまったかな。「すし屋繁昌記」は、グルメ取材の女性記者が、取材中に、寿司職人たちの心温まる話を知っていくという人情噺系のものですが、どうやら、原作を、都が刈り込み過ぎたんじゃないかな。ライバルの寿司屋の主人の描き込み不足に、主人公のはずの寿司職人のお兄さんも、キャラが、よくわからない。かなり都に責任があると思います。もし、元々の台本が、都の口演そのままだと、あまりに薄っぺらく、受賞には該当しはしないと思うからです。ということで、演者により、価値が上がったり下がったりが生まれてしまった今年の結果ではないかな。なお、「ハンカチ」は、漫才の二丁拳銃の一人の作品。「すし屋繁昌記」は、繁昌亭で働いておられる方の作品でした。




2010年 1月 17日(日)午後 10時 38分

  大阪府門真市(11)〜大東市(4)〜寝屋川市(14)写真集

 週末を1日削られてしまい、慌ただしい日曜日。朝8時半をメドに家を出て、ウォーキングに出発。今日は、京阪「萱島」駅からJR学研都市線の「四条畷」駅ないしは「野崎」駅を目指し、途中通過する「深北緑地」で、少し中を歩いてみようとのプランを立てました。このところ、低温で、且つ風が吹くということで、かなり厳しい日が続いていましたが、今日は、決して気温が上昇したわけではないのですが、風はなく、そして空は晴れ渡りと、冬としては、絶好のウォーキング日和となりました。9日の土曜日が、ちょうどこのような天気でしたね。黄紺は、自身のウォーキングに関する記憶で覚えてしまってます。また、深北緑地は、期待にそぐわない素晴らしいところです。深野池を上手に生かした素敵なスペースです。あとの時間を考えながら、こちらで歩ける時間を、目一杯使ったつもりです。で、詳しいコースというのは、次のようになりました。京阪「萱島」駅〜二階堂交差点〜四宮公園〜岸和田北交差点〜菅原神社〜門真団地入口交差点〜門真市立東小学校〜五軒掘新橋〜深北緑地〜権現橋〜深北橋〜三箇城祉碑・三箇菅原神社〜新深野橋〜JR学研都市線「野崎」駅。
 JR「野崎」駅から、学研都市線一本で「大阪天満宮」駅へ移動。午後の部は、繁昌亭の昼席です。自分的には、今年初の繁昌亭です。今日の昼席は、昨日から大阪に来ている市馬の登場、トリが福笑ということで外すわけにはいかない日なのです。番組は、二乗「つる」、三ノ助「動物園」、枝曾丸「鹿政談」、タグリィー・マロン「マジック」、枝三郎「東の旅〜野辺、煮売屋、七度狐〜」、都丸「強情灸」、(中入り)、田淵岩夫「漫談」、市馬「高砂や」、きん太郎「くもんもん式学習塾」、福笑「葬儀屋さん」というものでした。二乗は、安定感抜群の前座。内容的には、前座のそれではありません。しっかり聴き込んだ反動が、三ノ助、枝曾丸できてしまっなのか、ウォーキング疲れが、ここできてしまいました。枝曾丸の普通のネタは珍しいので聴きたかったのに、ダウンです。タグリィー・マロンは、確か、初遭遇。輪っかや小さい布切れを使った定番のマジック中心ですが、なかなかアイデアがあり楽しめました。枝三郎は、動物ネタが続いているということで、「七度狐」へ。ただ、「七度狐」全部ではなく、川渡りだけ。その前の部分を付けた構成にしました。最後は、村人に階段を上って行けと言われたら、それは水車だったという下げ。都丸は、ざこばの意地っ張りネタを振ってから、「強情灸」へ。うまい展開。ネタは言うことなしなのですが、都丸にしては珍しく、噛み気味でした。どうしたのでしょうか? 市馬は、何やしら歌系の入るネタになり ます。ネタで入らなければ、マクラで入れるというパターンです。「高砂や」には、謡などが入りました。繁昌亭では、市馬の、こういった軽めの噺を聴けるのがいいですね。きん太郎は、繁昌亭では、この三枝作品ばかりやってんじゃないかな。日曜日の福笑は、今回も「葬儀屋さん」ということで、ちょっと「葬儀屋さん」を聴きすぎの傾向がありますから、今後しばらくは、日曜日の福笑は避けようかなと考えています。今日は、福笑のところで、客席の反応がいつもほどの勢いがなかったためか、ちょっとネタをはしょっていました。
 夜の部も繁昌亭でしたので、南森町のおなじみのネットカフェで、時間調整。ところが、夜席の開演時間を、30分間違っていて、大慌て。晩ご飯を食べていて、開演時間と開場時間をごっちゃにしているのではと気が付き、調べてみると、その直感がドンピシャ。繁昌亭に着くと、5分遅刻。ですが、ラッキーなことに、開演時間が5分遅れということで、辛うじてセーフ。夜席は、「三十周年記念 桂勢朝独演会」があったのです。勢朝の独演会自体がレアですし、それに、ゲストが市馬ということで、チケットを押さえていたのですが、多くの関係者を含めて、大入り。その番組は、さん都「つる」、勢朝「鴻池の犬」、市馬「片棒」、(中入り)、豊来家板里「太神楽」、勢朝「熱血学園」というものでした。昼間の二乗と言い、最早、さん都の前座は、贅沢品。二乗と味が違うのが、またいいですね。「鴻池の犬」は、子どもの表現が秀逸な勢朝ですので、丁稚の表現が楽しみだったので、自分的には楽しみにしていたネタ。ですが、ここは、さらりと流れてしまいました。そないなことより、犬シリーズで飛ばすダジャレに、神経を集中しすぎちゃったかなの感じでした。そんな進行を遂げたためか、絆とか、船場の雰囲気というものが感じられなかったのが残念でした。次の「片棒」が、昼席も合わせの本日の秀逸でした。次男が、祭り風にするというところで、歌が入りました。ここでの盛り上げ方は素晴らしい。次男で頂点に持ってくるので、三男のけちぶりが、余計に際立ちます。この「片棒」を聴いて、雀松の「片棒」が聴いてみたくなりました。明るさ、華やかさを、雀松の口演に感じてしまうのです。運びでのうまさで唸らせられた市馬との違いを看てみたいのです。「熱血学園」は、小佐田センセの作品。ですが、かなり勢朝がいじったみたい。本人が、そう言うのですから、そうなのでしょう。かつての学園ドラマのヒーロー、ヒロイン風の登場人物を配してというネタですが、主人公の男が変すぎて、逆におもしろくありません。わざとらしい変さなのです。ですから、筋立てが、その変さに振り回されてしまってました。小佐田センセの責任なのか、勢朝の責任なのか、どっちなのでしょうか?




2010年 1月 16日(土)午後 11時 23分

  大阪市遊歩(34)写真集

 今日は、午前中だけの通常勤務の日。お昼まで、しっかりと働かせてもらいました。そして、午後はウォーキング。今日は、ちょっと時間の余裕もありましたので、最初は、塚本、加島界隈を狙っていたのですが、夜遊びのことを考えると、ちょっとかけ離れています。それで、今日は、大阪港を目指してみることにしました。詳しいコースは、次のようになりました。京阪「中之島」駅〜端健蔵橋〜松島公園〜九条モール〜大阪ドーム〜JR市岡元町第一架道橋〜南市岡会館老人憩いの家〜〜市岡下水処理場〜福栄橋〜新福崎橋〜日和橋〜難波津橋〜湊住吉神社〜釈迦院〜地下鉄中央線「大阪港」駅。以前から計画しながら行ってなかった大阪港コースを、ようやく実現しました。だいたい京阪沿線のいずれかの駅を起点とするならば、大阪港に行くのに、寄り道をしていては無理だと悟っていましたので、ダイレクトに向かってみました。そしたら、どんぴしゃの時間に近かったです。ただ、港周辺は、倉庫街に工場街、ま、昔とは違いますから、小ぎれいにはなっていますが、なんとも無機質な風景。そんな風景だろうなと思いつつ行っていますから、納得の風景でもあります。また、この辺りは、埋め立てでできた土地なんでしょうね。区間が、きれいに行き届いています。そないなところに、人の生活のあとが出てきますと、かえってひるんじゃいますね。また、コンビニなども出てきたりします。きっと、週末と平日では違った顔を持っているのかもしれません。
 「大阪港」駅から「阿波座」駅乗り換えで、日本橋に移動。いつものように、駅上でのネットカフェで時間調整。今日は、1時間半くらいかな。夜は、ワッハの4階であった「左(the)らくご」に行きました。実は、今晩は、トリイホールで「柳亭市馬・柳家喬太郎 二人会〜二人のビッグショーin大阪vol.9〜」があったのですが、黄紺の思い違いで予約をせずじまいで、次善の策として、ワッハの会を選んだということです。だいたい、この会は、その傾向が強く、あまり足が向いてない会の一つです。巡り合わせの問題ですが。番組は、米市「子ほめ」、米左「親子茶屋」、都んぼ「餅屋問答」、米左「景清」というものでしたが、それにしても、主宰者の米左の大ネタ2連発がすごい。米左自身も、「普通は、この二つは並べないのですが」とまでは言いながら、並べた理由については説明がありませんでした。「親子茶屋」のマクラでは、米朝の文化勲章受賞式に随行した話をしてくれました。一緒に行ったのは、米朝の実子の中から、考古学をされている双子さんのお一人、米朝事務所社長、それに、その日が空いていた空いていた米左だそうです。ネタの方は、「景清」に軍配かな。「親子茶屋」の方は、倅の方が、ちょっと極道っぽい感じが入って、乗れませんでした。そんな色合いを感じたものですから、花街の華やかさも減じてしまってたかな。「景清」も、米左の語尾を引っ張る癖が、随所に顔を出してはいたので、決して両手を上げての支持ではないのですが、作次郎の突っ張っている感じと、一方で、柳谷観音での無茶話なんかとの釣り合いがとれているようで、わりかし人物像がすんなりと入ってきたような感じを受けました。でも、このネタを聴くと、いつも気になるのが、雷嫌いの設定の甚兵衛さん。それまでの重い役割に、あまりに似つかわしくありません。米左の下げは、目をもらった作次郎が、「ありがとうございます」と言って終わりました。都んぼの高座が良かったですね。4席聴いての爽快感は、群を抜いてます。力一杯という点は変わりはないのですが、所作、台詞、気合い、そないなものが、全て秩序立ってる、そないな印象を持ちました。ネタの練り上げに、かなり時間をかけたなの印象でした。そして、米市には、ようやく遭遇できました。おもしろい間を持っている人です。でも、ずっと同じパターン。それに、なんか噛みそうな感じがして、聴いている方は、ちょっとハラハラ。初々しい前座さんでした。これから、どうなるか、ちょっと見てみたくなる素材だなとも思いました。




2010年 1月 15日(金)午後 11時 43分

 今夜は、3日ぶりの夜遊びです。行こうかなという会が、も一つなかったことに加え、ちょっとした家の用事もあり、お出かけを控えていた次第です。そして、今日は、トリイホールであった「白鳥・恵子の会」に行ってまいりました。冒頭に、春野恵子が登場し、白鳥の紹介と会の趣旨が紹介されました。それによると、昨年、横浜にぎわい座で行われている白鳥の会で、今回と同じ公演を行い、評判も良かったので、それを、大阪の人たちにも見てもらいたかったからということでした。そもそも、横浜の会は、白鳥が自作を披露する会で、その会では、必ずゲストを呼び、白鳥作品を演じてもらうという企画。ということは、春野恵子も、白鳥作品を。浪曲と言えるのかどうかは、ちょっと微妙なところなのですが演じたのです。番組は、白鳥「掛け取り上野動物園」、春野恵子(一風亭初月)「流山の決闘」、(中入り)、白鳥・春野恵子「対談」、白鳥「雨のベルサイユ」というもので、話は、筋が通っていて、三部作になっていました。通しの題名としては、パンフレットに「任侠流れの豚次伝」となっています。まず、白鳥が、上野動物園で、虎の餌としてやってきて、パンダの白黒一家に 入った豚次が、洗い熊親子を救うために、自らの尻尾を切って上野動物園を出て行くところまで。次いで、春野恵子が、豚次がたどり着いた田舎の動物園、流山動物園で、潰れかけていた動物園を立て直したところ、逆に寂れてしまった上野動物園から白黒一家が襲いに来たところ、老いた象の政五郎が退散させるところまで。政五郎は、実は、かつて街道一の親分と言われた亡きゴリラの次郎長の一の子分だったのです。第三部となる白鳥のパートになると、もう政五郎は亡くなり、その遺骨を持って、四国の金毘羅さんに向かっています。金毘羅さんの裏の穴に、亡き次郎長の遺骨が納められているからです。その途中、ウサギのピョン吉親分と知り合います。この街では、猫のマリーが女王様の如く振る舞い、それを、レッサーパンダの用心棒が守っています。そこで、一飯の恩義から、豚次が、マリーのもとに行き争いとなります。その争いのなか、豚次だと知ったレッサーパンダの用心棒が、間一髪のところで、豚次の身代わりになり、矢を体に受けてしまいます。そのレッサーパンダこそが、あの洗い熊の子どもの変装した姿だったのです。とまあ、展開が見事です。新しい話に入るとき、少しずつ時間を飛ばし、振り返るという部分を作っているところがうまいなと思いました。前にだけ話が進むという単線型ではなくなりますからね。それと、うまいネタふりがされています。洗い熊にしてあるのも、完全なネタふりだということが、最後の最後で判りますし、プロレス話という、一見、なんでもない痴話話も、あっと驚き、同時にバカバカしくなるネタふりなんですよね。更に、第三部は、宝塚の パロディとなっていますし、一貫して任侠道のパロディとして、清水次郎長一家を使っているという、なかなかの懲りようでした。その中に、白鳥のバカバカしいギャグ満載ですから、素晴らしい作品になっています。春野恵子も、白鳥の台本に基づいての口演。節の部分は、ほとんどなく、ほとんど落語的な掛け合い。でも、浪曲の調子での掛け合いですから、やはり春野恵子でないとできない芸当だと思います。とってもおもしろい企画です。十二分に楽しむことができました。




2010年 1月 12日(火)午後 10時 14分

 今夜は、谷六の薬業年金会館であった「旭堂南海の何回続く会?」に行ってまいりました。この会は、毎月月末近くに行われているのですが、今月は、21日から、南海さんがウィーン公演をする関係で、この時期に設定されました。今日は、この会150回目、それを記念して特別読み切りとして、「大徳寺焼香場」が出されました。この話は、本能寺の変で、織田信長と、その長男が殺されたあとの100ヶ日法要を営むに当たり、その焼香順位というものが、信長亡きあとの後継者争いに重要な意味合いを持ってくるということで、秀吉と柴田勝家との間で、熾烈な駆け引きが演じられるというもの。話は、本能寺の変から始まり、大徳寺の法要で、秀吉が祭文を読み上げるところまで進みました。その最後の祭文と、その前の焼香順位読み上げは、さすがの南海さんといえども、覚えることあたわずということで、予め巻物二つにしたためられ、それを読み上げるという形を採られましたが、その読み上げが淀みのない見事なもので、特に焼香順位読み上げが終わると、客席から拍手が湧き上がりました。なるほど、この読み物は、焼香順位という一点に焦点化はされますが、それに至る駆け引きが張り巡らせられており、お楽しみ十分なネタであると同時に、最後の読み上げというクライマックスまで用意されており、記念の会に取り上げられるに足るネタだと思えました。この会は、こういう凄いものに出会えるということで、外すわけにはいかない会になってしまっています。




2010年 1月 11日(月)午後 11時 54分

  大阪市遊歩(33)写真集

 日本に戻ってきたら、急に睡眠時間が減ったかと思っていたら、そうでもありません。昨夜は、夜中に何度も目が覚めたわりには、睡眠時間を確保できました。おかげで、昨日に続いて、予定が狂ってしまいました。午前中に映画を見に行って、ウォーキングをして、そのあとから、もう一つのメニューにかかると踏んでいたのですが、頭の部分が吹っ飛んでしまったのです。従って、お昼前にお出かけ。まず、京橋駅近くで、お昼を済ませ、それからウォーキングに取りかかりました。本日のコース設定は、環状線に寄り添うかのように南下し、夕方の部に移動しやすいどこかの駅に達すればいいかなの思いでいました。結果的には、コースは、次のようになりました。京阪「京橋」駅〜京橋南歩道橋〜読売放送テレビ局〜鴫野会館〜上城見橋〜大阪市中浜下水処理場〜韓国料理店「味園」(中浜2交差点)〜八王子神社〜玉津橋〜コリアタウン入口(御幸橋)〜生野税務署〜御殿山南公園〜生野区役所〜インド・カレー亭(寺田町交差点)〜地下鉄谷町線「天王寺」駅。今日は、平野川に沿って南下してみました。玉津橋から生野税務署までです。生野税務署のところを、更に南下し、「東部市場」駅方向に行こうかとも思いましたが、ウォーキングのあとは、文楽を見に行く予定でしたので、環状線の内側方向に進路を取ることにしました。これで、所要時間が、2時間10分となりました。今日も、昨日に続いて暖かく、体が火照り、冬装束でいるとうっすらと汗ばんでしまいました。
 「天王寺」駅からは、谷九経由で、日本橋に移動。また、駅上のネットカフェで時間調整。今日は、ウォーキングに疲れてしまい、ずっと音楽を聴きながら静養していました。1月は文楽の初春公演ということで、ともに夜の部狙いということで、今日は、「先代萩」の出る方の公演に行ってまいりました。番組は、「伽羅先代萩〜竹の間の段、御殿の段〜」、「お夏/清十郎 寿連理の松〜湊町の段〜」、「日高川入相花王〜渡し場の段〜」というもので、「日高川」以外は、初遭遇のものばかりです。「先代萩」は、小さい頃、うちの祖母から、確か、この題名を聞いた記憶があります。黄紺の小さい頃には、「先代萩」ということで、了解されることが存在していたのでしょうね。文楽ネタなどが、普通に語られていた社会の残り香だったのだと思います。これも、狂った人間の出てくる物語です。昨日聴いた浪曲「樽屋おせん」の女将と同じ狂気、但し、こちらは権力欲。この物語は、伊達騒動と、黄紺も名前だけ聞いたことのある仙台藩のお家騒動を下地にしています。政岡の子どもを殺すときのえげつなさ、また、政岡自身も、実子に、毒らしきものがあれば、お前が食えとの指示を出しているのです。身代わりで死ぬ話は、結構ありますが、えげつなさでは随一かもしれません。だから有名なのかな? 「お夏清十郎」っていうのは、いろいろとパターンがあるみたいですね。これは、ハッピーエンドに終わるヴァージョン。そして、誰も死なない。そないな台詞まで入りました。皆が困りきってるところへ、全てを金で解決してくれる人物が現れ、ハッピーエンド。だったら、あんたも関係者なんだから、さっさと出てこいよと、皆さん思ったのでしょうね。そこで、失笑が、大きく出ました。当然でしょう。これが、今回の嶋太夫さんの分担。この人、低い声に苦労しますね。初めて、嶋太夫さんのマイナス部分見っけです。「日高川」は、前に見たときと、同じ印象。能「道成寺」で、こないな追っかけよりかおもしろい部分取り上げてますよって突っ込みたくなるのです。蛇体に変身するだけを楽しむのなら、あまりにもベタじゃないですか! しかも、飛び跳ねながら川を越える、この辺が、文楽に自分的に馴染めないところと思うと同時に、能の優れた部分と思ってしまいます。




2010年 1月 11日(月)午前 0時 13分

 昨日一日は、お出かけはウォーキングだけ。今日は、寝過ごして、午前中に予定していたウォーキングは、あえなくボツに。夜中に目が覚め、眠れなくなってしまいました。日本に戻ってくると、こないなことが起こってしまいます。で、お昼前に家を出て、一心寺南会所に向かいました。今日は、昼を浪曲に、夕方からは芝居に当てるという予定を組んでみました。「一心寺門前浪曲寄席」は、浪曲親友協会主催の月例会。1月は、3日間日替わりの番組が組まれていました。本日の番組は、春野恵子(一風亭初月)「樽屋おせん」、京山小円嬢(岡本貞子/真山裕子)「母と子の絆」、天竜三郎(藤信初子/安井久雄)「忠義の旅日記・ボロ忠」、松浦四郎若(沢村さくら)「相馬大作」というものでした。春野恵子で「樽屋おせん」は2度目。大阪弁のネタにチャレンジしています。この話は、一人の女の常軌を逸した悋気が、あまりにわけが解らないのと、その旦那の頼りなさがあんまりなんで、好きになれない作品。ただ、船のもやい綱を、おせんが解いてしまい、気が付くと船が流れているというところだけが、情緒を感じます。春野恵子の大阪弁は、ところどころ変なのが出てきますが、ここまで持ってくる大変さは、十分に理解はできます。小円嬢は、珍しくも歌 謡浪曲。今日の出演者には誰もいないからということでしたが、そんな余計な配慮は要らないのにと、思わずへにゃとなりました。また、話自体が、難病に苦しむ6歳の子どもを見守る母親という、とってもやるせない内容を、且つベタに展開するものですから、ちょっと引いてしまいました。天竜三郎のネタが、一番おもしろかったかな。親分が便所に入っている間に、その親分の金をちょろまかし、博打をしてしまう三下の話。軽い調子のネタに心地良さを覚え、うとうと。最後は、金を取り戻したものと思われ、慌てながら親分の元に戻ってくると、ちょうど親分が便所から出て来たところという、実にバカバカしいオチがつく。そないなバカバカしい一席を、90歳を超えた天竜三郎がやるんだから、余計におかしさが込み上げてきました。昨年度の芸術祭で優秀賞を得た松浦四郎若は、実は生では初遭遇。ネタは、南部藩と津軽藩の領地争いを背景に、南部藩の浪士と覚しき男が、船頭に身を替え、津軽藩主に一矢を加えようかという話。ただ、いよいよ機会到来というところで切り上げたものですから、上に書いたことは確認まではできていません。松浦四郎若は、生で聴くと、とってもいいお声。それに対し、地語りとなると、わりと平板。くさいところもあったっていいじゃんと思うほどでした。ところで、今日の入りはすごいものがありました。椅子がなくなり、僅かに空いたスペースに、座布団敷きながら聴く人まで現れました。浪曲人気も捨てたものではありません。
 浪曲がはねると、芝居の開演時間を考えると、1時間、ミニ・ウォーキングができると判断。一心寺からJR環状線「大阪城公園」駅まで、ちょうど1時間で歩きました。天王寺警察署、真田山公園、「玉造」駅横とか「森ノ宮」駅横という、ここまでのウォーキングでは、おなじみとなっているポイントを通過してのものとなりました。そして、環状線の「福島」駅経由で、ABCホールに行ってまいりました。今日は、デス電所という近畿大学OB・OGの人たちの劇団で、自分的には評価の高いもの劇団です。今日の芝居は「急襲キルフィールド」という題名で、要すれに、最後に大量殺戮行為を持ってきて、最後は「そして、誰もいなくなった」まではいかなくとも、それに近い場面を作りたくて、逆算をしていったという感じ。そうなると、結末に向かうまでの必然性が重要になるのですが、これが、必ずしもうまくいってたとは、残念ながら、うまく運んでたと思えません。そこまでの必然性はないやろの突っ込みを入れたくなりました。と言いますのは、ラストに入るまでは、黒鉄輪温泉というところのライバル旅館の話、そこに泊まりに来た客の話、それぞれが曰くありげなんだけど、登場人物のほぼ全員が殺し合うというのは如何なものかという運び。ですから、芝居としてやりたかったことは、クリアとなりましたが、そんな不十分なところがありましたから、この殺し合い、そして生き残った者がどうするんだいが見えてこないのです。だから、こういった流れの芝居を作りたかったんだしか見えてこないのです。前回、この劇団、とっても気に入り、期待大だったものですから、ちょっと腰砕けです。




2010年 1月 10日(日)午前 1時 5分

  京都市遊歩(10)写真集

 新年早々の3連休、旅行帰りの黄紺にはありがたい休養日となりました。でも、ウォーキングだけは欠かせません。ウォーキングのおかげで、メタボちゃんから脱出できたからです。今日は、お昼前に行いました。午後から、家を開けていたために、何やらと雑用に追われていたのです。今日は、午前中は、昨日までの寒さとはうって変わって、ほっと一息の陽気。絶好のウォーキング日和となりました。こういったときに鴨川沿いを歩く快感はたまりません。そんなで、ちょっと余計に歩いてみました。それにプラス、十日戎が迫っています。宵戎ということで、京都の恵比須神社も、なかなかの賑わいを見せていました。ということで、詳細なコースを記しますと、次のようになりました。京阪「伏見稲荷」駅〜勧進橋〜(鴨川左岸)〜水鶏橋〜(鴨川右岸)〜勧進橋〜陶化橋〜十条河原町〜九条河原町〜崇仁地区〜七条大橋〜京阪「七条」駅〜正面橋東詰〜(本町通)〜宮川町歌舞練場〜恵比須神社〜団栗橋東詰〜恵比須神社〜松原橋東詰〜(鴨川左岸)〜四条大橋〜(鴨川左岸)〜京阪「三条」駅。京都に長く住みながら、宮川町の花街を歩いたのは初めてでしたし、歌舞練場の位置も、初めて知りました。祇園甲部の歌舞練場や先斗町のそれは、前をよく歩いてもので知ってはいたのですが、宮川町だけは歩く機会というものが、あの位置ではあるわけはありません。その宮川町と恵比須神社の位置関係も、十日戎のおかげで知ることになりました。鴨川を、普段は、上から見下ろすという感じで見ていましたが、今日は、横から眺めさしてもらいました。すると、いろんな顔を持ってることが、よく解ります。中州が、結構残っているなんてこと、普段、あまり気には留めないものですからね。ユリカモメも、鴨川のどこにでもいるものではないですね。餌の関係か、かたまっているところ、そうじゃないところが見えてきます。黄紺が気持ちいいということは、誰しも同じなんでしょうね。ウォーキング、ランニング、サイクリングと、黄紺同様という方とすれ違ったり、追い越されたりと、そんな感じでした。ウォーキングをしやすいようにとジャージをはいた黄紺でしたが、ウォーキングを切り上げると、頃合いの昼時分。そのまま、三条でお昼ご飯を食べて帰ってまいりました。




2010年 1月 9日(土)午前 8時 9分

 今年初めての夜遊びは、ワッハの4階であった「第48回南湖だんご〜旭堂南湖話術研究会〜」です。冒頭に、南湖から、芸術祭参加の顛末、及び、今年の抱負やら、計画が、おもしろ可笑しく話されました。今回は、その辺の話が、南湖の口から、どのように話されるかというのが、最も楽しみにして行きましたから、期待通りの楽しい話に、まずは満足。番組は、「赤穂義士銘々伝〜大石内蔵助・山鹿送り〜」「西行鼓ヶ滝」「藪井玄意4〜帝の御悩〜」というものでした。「山鹿送り」は、南湖で2度目。そして、2回とも、中途ダウン。但し、今回の方が、だいぶとまし。少なくとも、将軍が、前田家にかんでいったわけは分かりました。終盤は、討ち入りの場面となり、気合いのこもった熱弁に圧倒されました。「西行鼓ヶ滝」は、釈ネタとしての落語としては、鶴光らが手がける落語としては聴いたことがありますが、元ネタの講談としては初遭遇。落語は地語りの部分が多く、また、扱うのが西行という著名な歌人というので、かなりの異質感があり、堅い話との印象を残してしまいます。ですが、講談となると、洒脱な話として、自然と受け入れられる、そないな印象を持ち、その辺に、落語と講談の違いのようなもんを感じていました。ましてや、南湖の口演が飄々としており、講談の方が笑えるじゃんという感じでした。「藪井玄意」は最終回でした。帝も病に罹り、御典医が立ち往生すると、大阪に移っていた藪井玄意が呼び出され、見事に平癒させます。官位がないということで、糸治療で脈をとって診察するというおもしろい部分が入りますし、そのあと、その腕を見込まれた藪井玄意と、御典医との間で医療問答が行うよう指示され、実際にその場面に入るのですが、南湖は、あまりにもの内容があるということでショートカット。もちろん、藪井玄意が、その問答に勝ち、息子でもある御典医長を征伐していきます。最後は和解しますが、今まで聴いたことのなかった医療もの、なかなか楽しめました。




2009年 12月 25日(木)午前 0時 18分

 今日は、仕事が詰まっており、なかなか職場を離れられず、もうダメかと思って、繁昌亭に駆け込みますと、開演3分前。今夜の繁昌亭は、満席で、こないな時間に行くと、2階席の端っこだけが空いているという状態でした。今夜は、恒例の「姉様キングスのホワイトフェイスクリスマス〜コンビ結成10周年記念〜」がありました。毎年、出掛けている会です。番組は、カムローズ「踊り」、あやめ「イエス生誕物語(仮題)」、染雀「紙屑屋」、(中入り)、カムローズ「踊り」、姉様キングス「音曲漫才」、シスター・スリーゴールド「懺悔漫談」、姉様キングス「シャンソン・ショー」というものでした。カムローズは、踊りや着付け、カツラ制作、いろんなことができる男性二人のユニット。落語の方は、姉キン結成10周年ということで、染雀が大ネタを選択。そのため、出番が、二人のキャリアからすると逆になりました。染雀の「紙屑屋」は、田辺寄席に次いで、二度目になります。踊りも唄も決まる染雀ならではの演目ですが、染雀が染丸に入門したきっかけになったネタで、染丸には、入門10年目の節目で教えてもらったとか。姉キン10年にひっかけ、10年目つながりで、やりたかったと、染雀は言ってました。姉キンのメニューは、都々逸、落ちてます、阿呆堕落経と続きました。シャンソン・ショーの方は、宝塚の「スミレの花、咲く頃」「ベルサイユのバラ」「ラストダンスは私に(替え歌)」「サントワマミー(替え歌)」「いくよくるよ」というものの間に、シスター・スリーゴールドによるアカペラのソロ「きよしこの夜」「〜の豚」が入りました。相変わらず、下ネタ、中でもゲイ・ネタが多いですが、それは、お約束のネタ。それを含めたパフォーマンスを楽しみに行っているのです。




2009年 12月 24日(水)午前 1時 21分

  京都市遊歩(9)写真集

 今日は、旅行準備中心のスケジュールを組みました。今回の旅行は、何やら落ち着かないのです。と言いますのも、今回は、コンサートの押さえを、わりかし一生懸命にした結果、ここまで、幾つかのチケットを押さえることができました。となると、わりかし、それに縛られるため、ホテルも押さえにかかりました。今の時点で、最後の1日を除きゲットはできているのですが、これって、何やら落ち着かないのです。ホテルの予約を入れたものをプリントアウトできてるかとか、ホテルの位置は間違いなく把握できてるかとか、今までしたことのない押さえを行く前にしなくてはならないのです。コンサートでは、送ってもらったチケットを忘れないようにとか、予約番号を持って行って引き換えるところは、その控えがいるとか、、、あ〜あ、じゃまくさい。こんなの嫌い。だけど、すっごいところで、オペラを見れるという楽しみが、行く前からわかってるっていうのはおいしいね。ひとしきり準備が終わると、午後からは、ウォーキングに当てました。但し、細かい雨が降ったり止んだりでしたが。まあ、今日は、暖かだったのが救いかな。コースは、次のようになりました。近鉄「伏見」駅〜撞木町跡〜桓武天皇柏原陵〜桃山城〜明治天皇桃山陵〜昭憲皇太后桃山東陵〜京阪「桃山南口」駅〜桃仁会病院〜月橋院〜京阪「観月橋」駅〜京都南労働基準監督署〜京阪電車立石踏切〜伏見酒蔵街〜大手筋〜源空寺〜伏見中央図書館〜呉竹文化会館〜京阪「丹波橋」駅。道筋は、ぐるっと円を描くような形で設定しています。桓武天皇陵は、「丹波橋」駅の真東に位置しますので、実は、「伏見」駅から出て、京阪の「墨染」駅と「丹波橋」駅の中間地点で、京阪を越え、東の方に回り込み、桓武天皇陵に入ってるという仕掛けです。桓武天皇陵から桃山御陵に抜ける途中に、廃墟となった桃山城があるのですが、整備され、駐車場やスポーツ施設ができ、桃山城も、以前のように朽ちるのを待つだけではなくなってきました。中には入れませんが、だいぶと格好がついた感じがしました。「桃山南口」駅まで降りてくると、1時間を回っていました。旅行用に慣れておこうと思っておろした新しい靴だったものの、この辺から足に痛みが出てきて困りましたが、歩き続けると、靴の方が、足になじんできてくれると考え、2時間歩き続けました。伏見の古い街並みはいいですね。修復も進んだでしょうが、それが、そんなにも前に出てこない感じなのがいいなぁと思いながら歩いていました。
 ウォーキングのあとは、家に帰り、暫し休憩。夜は、京都シネマで、イスラエル映画「戦場でワルツ」を見に行きました。「おくりびと」よりか、下馬評の高かったという映画です。この映画、まず映画としての作り方がユニーク。ドキュメンタリーをアニメーション映画という手法で浮かび上がらせようという試み。1982年に起こったレバノンでの虐殺に絡んで、そこの記憶が跳んでしまっている監督が、その戦争に参加した兵士や、ジャーナリストを訪ねて証言を求め、自分が、その当時いた場所で、何が起こり、また、自分は、虐殺に関与し、どのような役割を果たしたのかを思い出そうという試み。そして、徐々に記憶が蘇ってきて、当日の役割までを思い出していきます。最後だけ、実写フィルムが流され、虐殺当日の様子を知らしめて終わります。証言集としては、貴重なものなのですが、事実に即しておれば即しているだけそうなんでしょうが、映画の流れ的には、監督の記憶回帰という筋に必ずしも沿ってないというのが痛いですね。貴重な証言であることには変わりはないのですが、ドキュメンタリーにも、一定シナリオを、客は求めてしまいます。「おくりびと」の対抗馬となったからでしょうか、パレスチナ問題を知る上での映画以上に、日本では報道されているような気がしてなりません。そういった映画だと思います。




2009年 12月 22日(火)午後 11時 53分

 1週間ほど前に見終わった韓国ドラマ「ニューハート」について書いていなかったので書いておきます。病院ドラマです。それも、難しい言葉が飛び交う心臓外科医の日常起こる様々な問題を取り上げつつ、そこはそれ、象牙の塔なわけですから、病院内部の権力抗争が絡みつつ、若い研修医の成長を描いていきます。その研修医になるのが、チソン演じるウンソンとキム・ミンジョン演じるヘソク。ヘソクの方は、名門大学を首席出て、その大学の付属病院で働く超エリートで、しかも、その病院長の隠し子というスーパーレディ、それに対し、ウンソンは、地方大学出身で、同じ名門大学で働くなんてありえない存在なのですが、人手の足りない大学病院で、看護助手替わりにでもと、ヘソクと一緒に採用されます。しかも、孤児院育ちと徹底しています。その心臓外科科長というのが、ゴッドハンドを持つという世界的な権威チェ・ガングク(チョ・ジェヒョン)なのですが、ただただ患者のためを考える医師なものだから、経済的安定や世間体を第一に考える院長(チョン・ドンファン)と対立したり、科長の地位から追い落としたい人たちから、攻撃の対象になったりします。大きな一貫した筋立てが控えているわけではなく、彼らが直面する医療問題に立ち向かったり、それぞれの措置に対する医療的観点からの対立に絡めて、権力闘争が展開される、どちらかというと、エピソード集的なドラマです。その中で、ウンソンとヘソクの恋物語もありますが、それが太いテーマになるわけでもありません。とにかく、チソンがいいのです。そして、それに絡むキム・ミンジョンはうまいしと、主役がしっかりとしています。脇役も、そうそうたるメンバーが揃っています。「ハロー!お嬢さん」のイ・ジフン、いろんなところでお目にかかるパク・チョルミン、憎まれ役に徹したチョン・ホグン、「パリの恋人」でサイテーな叔父を演じたソン・ドンイルは、落ち着いた医師で登場、憎まれ役ナンバー2と言えばいいでしょうかイ・ギヨン、落ち着いた医師が似合ったパク・クァンジョン、「ローズマリー」とは全然違うキャラで出てきたチャン・ヒョンソン、、、と、これは、脇が豪華すぎます。ただ、格差社会韓国の縮図も見えてきます。ウンソンをからかう言葉とか、唖然としてしまいます。それを明るく受け流すチャン・ヒョンソンなのですが、だから、そういうキャラにはうってつけのチソンなのですが、これを観ている韓国人たちは、平気ではないとは思うのですが、ドラマで、そんなのがバンバン流れる知性っていうのがあるとはと、黄紺なんかは思ってしまいます。
 ということで、普通の日記に戻ります。昨夜は、家に直行。旅行に備えて、結構、準備に余念がないのです。落語会に行こうかな、韓国映画を見に行こうかな、そんな迷いを持ちながら、家に直行したのでした。で、今夜は、講談会です。谷六の薬業年金会館で、毎月行われています「第149回旭堂南海の何回続く会?」に行ってまいりました。今年一年読み続けられてきました「真田三代記」の最終回でもありました。ここ何回かは、紀州の山中で蟄居しているはずの真田幸村が、猿飛佐助と筧十郎を連れての諸国漫遊記が読まれていました。来るべき豊臣の戦に備えて、諸国漫遊して、参戦を求めるというものです。それに加えて、途中から加わった元大谷刑部の家臣が、行方の分からなくなった刑部の倅大谷大学を探すという話と、筧十郎の父親の仇探しが加わってきます。今日は、その二つの話が、佐渡島で、一挙に解決するという、かなりこじつけの激しいところとなりました。それを終えて、幸村一行は、紀州に戻ります。そこへ、軍師として迎えるという秀頼からの書状が届き、このあたりから、抜き読みで有名な「幸村の大坂城入城」に入るわけです。このあたりで、残り約20分となりましたので、この有名な抜き読みの箇所でおしまいにするのかなと思っていますと、修羅場読み調のところは、抜かさずやられましたが、さっと済ませてしまい、続いて、冬の陣、夏の陣、秀頼の薩摩落ちまで持っていかはりました。一心寺の脇で、幸村は、影武者と替わり、その影武者の護衛を、大谷大学に頼み、自身は、秀頼を伴い、抜け道を抜け、大物の浦まで逃げ、そこから薩摩へと落ちるという話です。講談では、そうなっているというのは有名な話なんで、知ってはいたのですが、実際の口演に接するのは、初めての経験でした。来月は、150回を迎えるそうです。また、南海さん自身が、ウィーン公演を行う月となっています。




2009年 12月 21日(月)午前 5時 37分

  大阪市遊歩(32)写真集

 昨日は、午後から講談会、夜は、息子と、旅行の打ち合わせがてら呑む予定が入ってましたので、ウォーキングを、昨日も、午前中に持ってきました。午後の予定を考えてのコース設定はいつもの通りですが、昨日は、そのため、大阪市内の中心部を歩くアーバン・ウォーキングとしました。詳しいコースは、次のようになりました。京阪「淀屋橋」駅〜かんてきや「要」(道修町3丁目)〜せんば心斎橋〜船場センタービル〜南御堂〜厚生年金会館〜韓国料理店「ふるさと」〜日吉橋〜芦原公園〜木津川大橋下〜落合上渡船場〜落合下渡船場〜津守神社〜地下鉄四ツ橋筋線「花園町」駅。都心部を縦断し、道頓堀川を日吉橋で南に越えたあとは、木津川沿いに、ひたすら南下してみました。木津川大橋を越え、しばらく行くと、木津川を渡る「渡船場」の看板が目に入り、びっくり。大正の西の端には、渡船が残っていれのは知っていましたが、この辺りにあるとは知らなかったものですから、突然、目の前に現れたときには、びっくり。慌てて確かめに行くと、しっかりと時刻表も掲示がありますし、落合下渡船場では、ちょうど、対岸から船が到着したところでした。大阪市の運営です。昨日は、時間がなかったものですから、乗るということはしませんでしたが、いつか、乗ることを前提にコース設定をしようかと考えています。天気の方は、相変わらず猛烈に寒く、歩き出しがつらいですね。40分ほどすると、体が暖まってはくるので、それまでの辛抱です。
 「花園町」から「動物園前」への移動で、恥ずかしい失敗。「大国町」で乗り換えたとき、「新大阪」行きに乗ると、ダメなんですね。おかげで、難波で乗り換えて、「動物園前」に移動。午後は、動楽亭で「第4回講談まつり」があったのです。上方講談協会が、動楽亭の開設に合わせて持った3つ目の協会主宰の会です。昨日は、12月ということで、「義士特集」。「義士特集」と言えば、こないだの「上方講談を聞く会」も、そうだった。ちゅうことで、やられてしまいました。という番組は、次の通りです。但し、南斗は前講です。南斗「外伝〜八百屋甚兵衛〜」、南舟「銘々伝〜矢頭右衛門七〜」、南海「外伝〜荒川十太夫〜」、南左衛門・南北・南海・南湖「座談会:今年を振り返って」、(中入り)、南左衛門「銘々伝〜三村の薪割り〜」、南北「銘々伝〜赤垣源蔵、別れの徳利〜」。これって、こないだの講談会と、ほとんど同じじゃないということが、南左衛門のところで判明してしまったので、がっくりきてると、ウォーキングの疲れも重なり、昨日は、ここでダウン。これで、南北さんも、「天満講談席」と同じだったらと思ったのですが、辛うじて助かったと思いきや、これは、「天満講談席」で、南湖がやってるちゅうねんと、またまた腹立たしくなってしまった黄紺なのです。が、南北さんのしみじみ系の語り口で聞くと、また違った味わいが出てきます。今回は、「義士特集」と銘打ったために起こったと、善意に考えておきましょう。でも、定席を増やすなら、それに対応するネタを出さないとと思うのですが。




2009年 12月 20日(日)午前 6時 34分

  大阪市遊歩(31)写真集

 一昨日のハードな仕事が堪えたのか、芝居を観ている間はもったのですが、家に帰ってくると、HPの更新もできずにダウン。自分的には、睡眠時間をたっぷりととれたと思っています。かなりハードな体力勝負のようなところがありましたので、朝、起きてからも、かなり足腰が重たく、昨日のウォーキングはどうしようかと、一瞬ためらったほどでした。ウォーキングで、かなり足腰が丈夫になったはずですのに、これだと思うと、こないな仕事は、ぼちぼちおしまいだなと思ってしまいます。でも、ウォーキングをするには、絶好のお天気。でも、気温は、極端に下がっています。歩いていると、体は暖まっていきますが、手が冷たくて。手袋を忘れたため、大変でした。昨日は、その寒いなか、淀川を渡るなどという、ちょっと無謀なコースを設定しました。風が強く、長柄橋の上が怖くて、足を踏ん張りながら歩いていました。詳しいコースを書くと、次のようになりました。京阪「森小路」駅〜新森小路橋〜地下鉄「関目高殿」駅〜旭スポーツ・センター〜ベル・パークシティ〜友渕中央公園〜東友渕橋〜城北川遊歩道〜友渕橋北詰〜毛馬橋〜長柄小橋〜長柄橋〜現龍大神社〜柴島神社〜子安地蔵尊・十一面観音堂〜柴島浄水場〜淀川キリスト教病院〜JR「新大阪」駅〜インド料理店「PARIWAR」。京阪沿線のどこかの駅を起点にすると、長柄橋を渡るまでに、1時間を要してしまい、東淀川区内を、あまり歩く時間がとれません。また、大川を渡る橋も限られていますので、どうしても、似通った道筋になってしまいます。一度、起点を変えて、新大阪界隈を歩いてみたいものです。柴島を歩くと、川沿いの道と阪急電車に挟まれた地域が、とっても不自然な印象を持っていました。どうやら、浄水場ができることにより、この地域の風景が一変したようですね。浄水場から枝が伸びている木は桜でしょうか。今度は、川越えは、その桜が咲く頃にしないと、寒くてダメですね。
 「新大阪」駅から、御堂筋線一本で、難波に移動。午後の部は、トリイホールでありました「柳家三三独演会」に行きました。夜の部も、演目を変えてありましたが、今回は自重。夜は上方落語を聴く時間に当てることにしました。三三は、最近、大阪でブレイクしてますね。吉弥との二人会はプラチナ・チケットだし、こうやって、独演会をすると、多くの落語ファンが、大阪でも詰めかけます。番組は、吉坊「池田の猪飼い」、三三「権助提灯」、三三「三味線栗毛」、(中入り)、三三「茶の湯」というものでした。三三は、11年前、トリイホールで行われた「志ん朝独演会」の前座で来て以来のトリイホール出演だとか。今回は、自分の独演会での登場ですから、大変な出世となります。まず、前座役の吉坊が、ショートカット且つ途中切り上げの「池田の猪飼い」。自分的には初物です。淀みがないですね、吉坊は。同じ「池田の猪飼い」をかけても、こないなスムーズで、無理のない美しい口演は、なかなかないよなと思いながら聴いておりました。「案山子」のところがカットされ、冬の景色の描写から六太夫さんの家へ進み、猪を取りに出かける前で切り上げました。「権助提灯」は、三三では、2度目じゃないかな? この人、太い声に魅力がありますね。ですから、そんなにか細い女性の声を出さなくても、いい応答ができる。「権助提灯」なんて、正に、打ってつけ。野太い権助に対し、おめかけさんを対局になる噺で、そのレンジの広さを、全部、権助が決めてしまいます。本宅と妾宅の往来が、テンポ・アップをしていくのが妙。それにつれて、権助の口が悪くなっていくのがおかしいですね。「三味線栗毛」は、そう言えば、そういった名前の付いた噺があったな程度の知識のネタ。城主になってもいい血筋にも拘わらず疎まれ、下屋敷でくすぶっている侍の気持ちを和らげようと、家臣が呼び込んだ按摩錦着との交流で癒され、「万が一、城主になるようなことがあれば、お前を検校」にが、実現するのだが、その頃には、錦着は、病状に伏せっておりという人情噺。昨日の三三は、風邪ひき後遺症か、ちょっと声が荒れていたかな。侍の声に、微かに入るガラガラ声系の音が、ちょっと気になったのです。疎まれて、でも清廉潔白でありたいと思う心の清々しさと、一方で持つ芯の強さのような心根を持つ侍にしてはと思う声の具合でした。「三味線栗毛」が気になりましたので、ちょっと調べてみました。錦着が、検校として城代に再会するというハッピーエンドで終わらせるという手法を採る噺家さんがいたり、「三味線栗毛」の基になる「三味線」という馬の話を、三三は、マクラで使いましたが、そういった手法と、サゲに持ってくる方法とがあるようで、後者の場合は、どないな風情の噺になるかは解りかねるのですが、三三の口演は、最後に金魚売りを登場させ、強引なサゲになる一方、寂しさと余韻の残るサゲでもあり、捨てがたいものを感じました。この運びの違いで、主役二人の演じ分けも生まれるでしょうし、そう考えると、なかなか奥の深いネタです。実は、「茶の湯」で、ウォーキング疲れが出てしまいました。「あぁ、茶の湯かぁ〜」「この隠居、枯れてないよな」「丁稚の押しが強いな」と思うと、ダメだったですね。無頓着で瓢逸とした米二の隠居がいいよななんてことを考えていると、次の瞬間、記憶が跳んでいました。そのようななか、筋立て的には、大阪と同様だったなとの記憶はあります。これから、年2回のペースで、大阪でも会を持っていく由、これだと、いつぞや、お江戸日本橋亭で、三三と初遭遇をし、記憶に残っている「鰍沢」とも再会できる日がくるかもしれません。
 トリイホールでの落語会が終わると、同ホール近くのネットカフェで、1時間余りの時間調整。夜は、ワッハの4階でありました「らくご道〜笑福亭生喬と桂こごろうの落語会〜」に行ってまいりました。毎月あるこの会、中入り後に行われる対談を楽しみに出かけております。特に、昨日は、生喬が「加賀の千代」を出すことになっていましたので、このネタに関する蘊蓄を聞けるのではとの期待で、他の落語会を押しのけて、こちらをチョイスしました。番組は、生寿「くっしゃみ講釈」、こごろう「世帯念仏」、生喬「加賀の千代」、(中入り)、生喬・こごろう「対談:夕焼け日記」というものでした。生寿の「くっしゃみ」はネタ下ろしかもしれません。喜六のいちびり方は、生寿がすると、あまりにも子どもっぽくなってしまいます。大の大人が、子どもっぽいいちびり、すかたんを、落語世界の中でしてくれるので、笑えるんじゃないのかなぁ。一方で、かなり合理的な補足もなされていました。こごろうは、マクラも短く、僅か15分もしないでおりました。いくら「世界念仏」といえども、ちょっと唖然。ゴキブリを追いかけるアクション入りは、初遭遇。ネタ下ろしのときは、蚊をたたくというアクションも入れたそうですが、こういった殺生と念仏という矛盾した行為が、同時に行われていることの可笑しさを、客は100%理解できてるのだろうかと気になりました。こごろうは、今日が2度目の口演だったそうですが、木魚をたたくリズムが崩れるのが、とても気になってしまいました。「加賀の千代」は、もちろん円都作品。生喬は、その音源から覚えたということですが、挿入される俳句が聞き取りにくく困ったそうです。先代三木助が大阪にいた頃、円都からもらい、東京へ持っていったため、現在は、東京での演者さんが、そこそこいる(扇橋など)ので、そちら側から判らないところを探したのだが、俳句は一つしか入れてないそう。有名な「朝顔」の句だけだそうで、行き詰まってしまったとき、米輔に確かめると、米輔の手元に、関学が残した円都の速記本があり、それで、全てが判明したそうです。そこで、今まで知らなかったことが、二人から明かされました。米輔は、最初、円都に弟子入り志願をしたところ、円都の亡くなる2年前だったため、さすが弟子は取らないと断られた結果、米朝の門をたたくことになったそうです。こういった思いがけない話が出てくるのが、ホントに嬉しい会です。




2009年 12月 18日(金)午後 11時 25分

 今日も、一段と寒くなりました。昨日より厚着をして出かけたのですが、そんなのでは追いつかない寒さです。仕事も、今日は過酷な一日で、夕方にはぐったりとしていたのですが、前売り券を持っていたものですから、今夜は、梅田のHEPホールでありました「イキウメ」の公演「見えざるモノの生き残り」に行ってまいりました。座付き作者が、紀伊国屋演劇賞の受賞経験のある東京の劇団です。自分的には、初めての遭遇となります。見終わって、よくできた芝居、うまい役者、受賞もなるほどと思わせられる出来に大満足させてもらいました。主人公は、家にいるだけで幸せを感じられるという座敷わらし。一人の青年が、新たに座敷わらしになるところから、話は始まります。座敷わらしの仲間に迎えられた青年に対し、座敷わらしとしての実務内容を教えるために、一人の座敷わらしの経験談が語られ、次いで、新 たに座敷わらしに迎えられた青年の死ぬまでの人生が語られていきます。そういったなかで、人にとっての幸せとはというところを、その語られる事例の中で、また、それらの報告を聴いた座敷わらし同士の会話の中で語られていきます。青年の亡くなった場面について、どうやら、その場面に、座敷わらしがいたのではないかと思えるふしがあります。その話になると、座敷わらしの一人が、実は、自分が、その場にいたことを告白し、そして、青年が亡くなったあとの展開を報告し、自分が座敷わらしとしていた家を去ったとき、それは言い換えると、その家の人が幸せだと感じているときなのですが、その去るときの話をし終えます。青年は、それらの話を聴いて、意気揚々と座敷わらしとして生きることを誇らしく、初仕事に向かっていきます。そのあと、青年が亡くなった現場にいた座敷わらしが、青年の死の真相を語り、それを舞台で再現して終わります。二つの事例は、ともに、関係者が幸福感を味わっています。その描き方がいいですし、最後には、隠し玉も用意されていてと、客をほっこりと、そして、衝撃を与え、楽しませるツボを心得てくれています。なんか、いっぺんに好きになっちゃいました、この劇団。




2009年 12月 17日(木)午後 10時 52分

 めちゃくちゃ寒くなりました。明らかに、真冬に吹く、雪を降らしてきた冷たい風が吹いています。まだ大丈夫だろうと、セーターを着ないで出かけている黄紺は、かなり体が硬直状態です。ホントに寒い。そないななか、今夜は、ワッハ4階であった「第375回上方講談を聞く会」に行ってまいりました。今夜は、12月だということで、「義士特集」が組まれました。番組は、南舟「赤穂義士銘々伝〜矢頭右衛門七〜」、南湖「赤穂義士銘々伝〜大石の山鹿送り〜」、南左衛門「赤穂義士銘々伝〜三村の薪割り〜」、左南陵「赤穂義士外伝〜俵星玄蕃〜」となりました。南湖のネタは初耳でしたが、あとは知られたネタで、黄紺も、初めてというものではありません。「矢頭右衛門七」と「俵星玄蕃」は、以前、南湖の口演で聴いているはず。でも、内容は、ほぼ忘れておりました。「矢頭右衛門七」というのは、大石内蔵助の実子を除いての最年少義士。そんなですから、身寄りの者とともに討ち入りに加わったと思っていました。ですが、一緒に討ち入りに行くはずの父親に先立たれてしまうのですね。その赤貧生活がテーマの部分です。討ち入りまでは、誰にも知らせない。そして、それまで近しくしていた人との別れがあり、そのあとに、討ち入りの事実を、皆が知って驚くというパターンなのですが、いずれを聴いても、ほろりときちゃいます。「矢頭右衛門七」の場合は、赤貧生活を支える人との交流話です。「俵星玄蕃」の方は、そば屋に扮し、吉良邸を探るのは誰でしたっけ、その赤穂浪士と知り合った俵星玄蕃が、身の上話をしていくなかで、上杉への仕官を止めていきます。そして、突如として知った討ち入り。俵星玄蕃は、自慢の槍を抱えて駆けつけます。三波春夫の歌謡浪曲でおなじみのところです。左南陵は、駆けつけたところで切ってしまいました。次が聴きたいよ〜。「三村の薪割り」は、南左衛門で2度目。前に聴いたときは、なんかくさくて、閉口したものでしたが、今日は、これが南左衛門と思うと、すんなりと受け入れられ、ほろりと来ちゃってました。赤穂義士の引き上げのときに、縁の人が駆け付けるというのも一つの型だけど、来ちゃうのですねぇ。「大石の山鹿送り」は、大石内蔵助が、まだ若い頃の話。片岡源吾の父親も出てきましたが、今日は、ここで、意識が遠のいてしまいました。でも、4つとも「義士」関係でも、大満足。ますます、「赤穂義士」の物語にはまっていきます。




2009年 12月 16日(水)午後 11時 43分

  大阪府寝屋川市(13)〜枚方市(7)写真集

 今日は、仕事に余裕があったため、体力作りも仕事の内と、昼間にウォーキングをしました。日曜日に寝過ごし、悶々としていたのを、ちょっとは取り戻せたかなというところです。うまいタイミングで、時間が空いたものです。コースは、次の通りです。京阪「寝屋川市」駅〜大利橋東詰〜桜木橋〜友呂岐水路遊歩道〜友呂岐水路・二十箇用水路合流点〜野神さん〜池田1号公演(ABC公園)〜上外島橋〜石津農道橋〜韓国食材店「あいみちゃんのキムチ」〜京阪「香里園」駅〜西覚寺〜友呂岐神社〜地蔵寺〜さだ山公園〜京阪「光善寺」駅。今日の発見は、友呂岐水路遊歩道。寝屋川の傍らにあり見落としていました。寝屋川導水路、二十箇用水路とともに、治水、利水の観点で作られたものと思われます。水のある風景は、住宅街に、ちょっとした変化、アクセントを付けてくれます。京阪電車の東側は、雨のなか、一度通ったコースの変型。今回は、簡単に友呂岐神社に行けました。斜面に位置する、なかなか素敵な神社です。周囲も、古い家屋が結構残っていますから、歩くにはいいところじゃないかな?
 夜は、繁昌亭。やはり、繁昌亭は、一度行き出すと続きます。今夜は、「佐ん吉・ちょうば二人会」がありました。米朝一門の精鋭二人の会ですが、ちょうばの方が「咲くやこの花賞」受賞が決まったところでしたので、グッドタイミングな会だったのですが、知名度は低いということでしょうか、動員数は、さして多いとは言えるものではありませんでした。先日、「繁昌亭大賞輝き賞」を、直系の吉之丞に取られ、今度は、「咲くやこの花賞」を、後輩のちょうばに取られ、佐ん吉が、こぼすわこぼすわ。実際、黄紺なんか、佐ん吉が取っても、全然不思議ではないと思っています。いや、ちょうば、吉之丞、佐ん吉と並んだら、佐ん吉が取るべきと思うのです。ところで、今日の番組ですが、三四郎「普請ほめ」、ちょうば「ぜんざい公社」、佐ん吉「皿屋敷」、(中入り)、佐ん吉「ふぐ鍋」、ちょうば「はてなの茶碗」というものとなりました。昼間のウォーキング疲れなのでしょうか、今日は、中入り後に調子を崩してしまいました。ま、そないな体調のこともあるのですが、本日一の出来と思うのは、「ぜんざい公社」。ちょうばの「ぜんざい公社」では、お役人さんは、パソコンを使い、質問して聞き取った内容を、すぐさま入力していきます。こないなことをするだけで、それ以外は、全くいじらなくとも、現在進行形の噺として演じていけるネタです。そして、この軽〜いおかしさを表すのに、ちょうばのキャラと言い、台詞回しが合ってます。ですから、それは、逆に、「はてなの茶碗」にとっては、厳しさを与えます。茶金さんは、飄々とした語り口で、まだ行けるのですが、そのあとのお公家さんになると、もう持ち駒がなくなってしまった状態で、はぐらかすような演じ方になり、腰砕けでした。登場人物を考えてネタ選びをしないとダメっていうのが、教訓かな。ちょうばの場合、「ねずみ」の成功というものがあります。それに対し、佐ん吉は、120%の前座だったため、期待が大き過ぎたからでしょうね、どうも大ネタ、中ネタに、満足しきれないものがあります。「皿屋敷」だったら、皿屋敷の謂われを語る発端の部分、その語りの具合で、もっと怖がらせて欲しいものです。変化が少ないと言えばいいのでしょうか。「ふぐ鍋」の方も、旦さんと大橋さんの演じわけが乏しい感じでした。台詞の言い回しが良く、わちゃわちゃ感がよく出る佐ん吉ですが、その雰囲気作りが先行してるなの感じです。前座として出た三四郎の「普請ほめ」のアイデアが良くて、すっかり脱帽。普請ほめに行った男が、池田のおやっさんの話を全然聴かないで、どんどんとメモってきたことをさっさと言おうとしてしまう、これ、おもしろかったなぁ。




2009年 12月 16日(水)午前 0時 48分

 今週は、前半を落語会で過ごし、後半から変化が出ます。今日は、そんなで、雀のおやどであった「第31回つるはしを飛ぶ都んぼ!」に行ってまいりました。この会は、わりかし巡り合わせが悪く、今回で、確か2度目のおじゃまとなります。番組は、都んぼ「挨拶と小咄」、福丸「月並丁稚」、都んぼ「掛取り」、瓶成「書割盗人」、都んぼ「侵略者ポッポー」となりました。冒頭に現れた都んぼは、出てきたわけ、また、ここで小咄をするわけは、最後に出てきたときに言うと意味深なことを言って、重大な報告しながら、CDの宣伝、小咄をして、福丸にバトンタッチ。「侵略者ポッポー」が変わった噺だということで、そのようなことをしたらしいのですが、いえいえそないなことはありませんでしたよ。SF的な新作っていうのは、大阪では、たまが創る程度ですので、とっても貴重。どないな風に、噺を収めるのか、都んぼの口演も、魅力的なもので、地球侵略、エイリアンとか、落語には馴染みがなかったものを取り入れたにせよ、何やしらお伽話的なおもしろさがあったように思えました。鳩に化けたり、糞攻撃とか、落語らしいたわいのなさがあったので、そう思えたのでしょうね。都んぼが、急に鳩の形態模写をしたときのおかしさは、なかなかのものでした。会場には、ご主人の小佐田センセとともに、作者の、くまざわあかねさんが来られていました。「掛取り」の方は、都んぼスペシャルの落語家尽くしと芝居ぶりで追い返すツーパターンでした。ただ、気になったのは、さっさと掛取りを追い返すところに持っていけばいいのに、なんかごちゃごちゃしたような感じが。そして、肝心の、相手の得意技で挑むという部分の台詞が落ちたりと、前半が気になりました。福丸は、マクラが長すぎます。「水戸黄門」の話は短縮形を考えないと、本ネタがかすみます。昨日の「狸賽」のときも、同じことを思ったのですが、この人、落語家モードにギアチェンジするのに、時間のかかる人です。前半は、言葉遣いや間に、随分と居心地の悪いものを感じてしまいます。だけど、高座に上がると、徐々に噺家モードに変化していきます。本番に入りながら、ウォーミングアップをしている感じです。瓶成の落語で、「いらち車」「いらちの愛宕参り」以外では、初めて接するネタです。それが、思いのほかしっかりしているので、ちょっとびっくりでした。とってもリズミカルで、この人、伸びるでぇの予感を感じ出しました。例の事件で、東京に行ってしまったのが惜しまれます。
 先ほど、嬉しいメールが届きました。冬の旅行のために、音楽会のチケットを手に入れようと接触を試みるのですが、梨のつぶてであったところから、ようやく、5度目のチャレンジでレスが来て、狙いの音楽会のチケットをゲットできました。ダメなら替わりにと考えていたオペレッタのチケットを取ることができなかったという知らせを受けたあとでしたので、もう大喜びで、ガッツポーズを繰り返してしまいました。これで、旅行中、4回のコンサートやオペラのチケットを押さえました。その内の一つなど、昨日、自宅の方にチケットが郵送されてきました。これが、大変な公演のチケットをゲットなものですから、昨日も、ガッツポーズ。2日連続で、ガッツポーズの黄紺であります。一緒に行く息子など、どんな服を着ていっていいのか、そればっか気にしています。




2009年 12月 14日(月)午後 10時 41分

 今夜は、繁昌亭。昨日の昼席に続いての繁昌亭。繁昌亭は、なぜか行き出すと続きます。今夜は、「繁昌亭美女倶楽部」という会がありました。プロデュースをしたのは、三味線の花登益子さんのようでしたので、これは珍しいということで行ってみました。番組は、福丸「狸賽」、春野恵子(沢村さくら)「樽屋おせん」、海老一鈴娘「太神楽」、団姫「松山鏡」、(中入り・抽選会)、花登益子・沢村さくら・団姫・春野恵子「楽しい三味線コーナー」、仁智「源太と兄貴〜純情編〜」というものでした。繁昌亭の会では、今までになかった趣向の会です。噺家、浪曲師、太神楽、お囃子方の女性演者を中心に、幕間には、ぽんぽ娘が、例のメイド姿で現れ、抽選会を仕切る。更に、それぞれの本芸に、プラス、三味線コーナーが、いい企画でした。三味線の花登益子さんと曲師の沢村さくらさんの共演が実現。違うジャンルのお二人が共演するだけで、もうこの企画に大拍手。花登さんは、春野恵子の浪曲(噂の「中山安兵衛」)に合わせて、曲師を務めました。また、沢村さくらは、落語のお囃子にチャレンジというところでは、ボケてくれました。その合間合間に、花登さんが吐く毒のある言葉がおもしろく、とっても楽しい舞台。最後には、二人の三味線の合奏、春野恵子の鈴、団姫の拍子木が入り、クリスマス曲のメドレー。その合奏の背後を、鈴娘さんが、売り物のナイフを使って、ジャグリングをしながら通過をするというおまけ付き。その盛り上がった空気のなか、仁智のポップな落語が、めっちゃはまり。この公演のプロデュースをした花登さんに大拍手です。ホントに楽しい会でした。




2009年 12月 13日(日)午後 10時 45分

 今朝は、8時半に、お目覚め。完全なる寝過しです。昨夜遅くまで、韓国ドラマ「ニューハート」最終回を見ていたのと、暮れに息子と行く旅行の手配などをしていて、夜更かしをしたのが原因です。今回の旅行は、わりかしコンサートに行く機会が多くなりそうです。チケットを確保してしまうと、自ずと行程が制約を受けてしまいます。ならば、今からホテルを押さえておこうじゃないかとなるわけです。二人で行くと、ホテル代が安上がりとなるのが嬉しいですね。ですから、いつもよりか、ちょっとだけグレードの高いホテルになんか泊まっちゃいそうです。ということで、今日のお出かけは、繁昌亭の昼席からスタートです。午前中に予定していたウォーキングは、寝過しのため中止です。
 繁昌亭の番組は、石松「鉄砲勇助」、扇平「閑所板」、さん喬「初天神」、伏見龍水「曲独楽」、遊方「ゴーイング見合いウェイ」、雀松「尻餅」、(中入り)、菊池まどか(虹友美)「浪曲:赤垣源蔵」、小染「上燗屋」、勢朝「ハイウェイ歌合戦」、福笑「葬儀屋さん」というものでした。今日の狙いは、さん喬の来演。昨日に続いて、繁昌亭昼席連続出演。自分的には、昨夜のワッハでの高座に続いての遭遇です。そして、トリが福笑、中トリが雀松。こないなメンバーは、そうは揃わない。まだまだ、いい噺家さんが続きます。小染と遊方、色物には、浪曲の菊池まどかという具合です。他の日でしたら、一番手と二番手に、三幸としん吉が出ていました。もし、この二人が出ていたら、いやいや、そこまでいくのは、ありえないとしましょう。繁昌亭で聴く石松は、いつも「鉄砲勇助」。日により、同じ「鉄砲勇助」でも、演じる箇所を変えればいいと思うのですが。今日は山賊、明日は北海道という具合に。「閑所板」は勢朝ではなく、扇平が出しました。やっぱ、この人は口舌爽やかです。器用にこなします。お待ちかねさん喬は、「初天神」。ネタは、ちょっとがっかりでしたが、定席ではしゃーないですね。向かいのおっさんに、こないだの夜の話はないのですね。東京でのことか、さん喬風なのかは分かりません。でも、さん喬には、ない方がいいですね。飴屋の飴を舐めるというものはやってました。伏見龍水という人は、初遭遇。実際に見せた芸は、剣先止めと輪くぐり。あとは、お遊びで楽しませてはくれるのですが、もう一つ見せる芸が欲しいですね。遊方のネタは、遊方の代表作のわりに聴いた記憶がありませんでした。見合いを勧めることを趣味とする婆さんに、見合いを勧められて困る男の話。なかなかの秀作。「尻餅」は、昨日から連続。さすが師走です。雀松の口演は、やはりライト感覚。餅つきのリズムが、松喬のものより、若干複雑。心地よいものがあります。後半は、討ち入り前日ということで、「赤垣源蔵」。兄が討ち入りを知るところで切り上げました。持ち時間が短過ぎます。しゃーないけどね。小染が良かったな、今日は。同じパターンの繰り返しを、異様な大きな声を出すことで、おもしろく聴かせてくれました。勢朝も、鉄板ネタですが、今日の口演は、民主党ヴァージョン。バス旅行をする商店街の人たちが、全員、民主党の著名人となっていました。以前は、確か、阪神の選手名でやってましたが、かなり今回の新版は、徹底して、キャラを追求してました。福笑の前に勢朝は、贅沢編成ですね。福笑の「葬儀屋さん」も、定番。「葬儀屋さん」に、何回か当たってなかったのですが、日曜日は「葬儀屋さん」というジンクスは生きていました。
 繁昌亭が終わると、約1時間、南森町のネットカフェで、時間調整。そして、夜は玉造に向かいました。「第48回猫間川寄席」が、珍しく日曜日の夜に行われたのです。だいたい日曜日の夜は、落語会が少ない上に、文我特有の珍しいネタが出ましたので、おじゃまをしたというわけです。番組は、まん我「紙入れ間男」、文我「福禄寿」、(中入り)、宗助「不精床」、文我「能狂言」というものでした。この会は、今日が、丸4年経った記念の会。しかも、丸4年の間、ネタは、一切かぶってないというのも、文我主宰の会らしい。そないなこともあり、今日の番組も、「紙入れ」がトップに来るという変則形。その「紙入れ」が、素晴らしい出来。まん我は、スーパーな出来のネタを、またしても増やしました。間男をする気弱な男と、腹の座った女が、その気弱な男を可愛がりながらじゃれあう雰囲気が、えらく艶めかしい。ゲストの宗助のネタは、全く知らない噺。何かのネタの一部でしょうか、短いネタなので、宗助は、不精な親子の小咄を、マクラに入れていました。文我のネタは、いずれも珍品。「福禄寿」は、円朝作品の大阪移植版。文我が、わりかし新しく出掛けるようになった作品で、確か初遭遇のはず。ネタ出しをしているのは目にしていましたが、遭遇は初めてです。放蕩の長兄が家を捨て、実直な次兄が家を守り、やがて両者が和解するという人情噺です。どうも、今日は、昼間の繁昌亭から、調子がいまいちで、夜の部では、ここに現れてしまった関係で、細部が曖昧なのが惜しまれます。「能狂言」の方は、現在、染丸と文我だけが手掛けるネタ。自分的には、文我で2度目となります。前に聴いたときの印象としては、あまりたいそうな噺じゃない、能狂言を、噺の中に取り込むようなネタではないとの印象だけを、自分の中に残していましたが、その印象は、間違っていませんでした。能狂言を知らない侍が、殿さんに、能狂言の実演を設定されて慌てる、どちらかと言うと、武家社会内部のドタバタを描いた噺でした。終演後、文我は舞台に残り、宗助とまん我を呼び込み、手締めをするはずが、そこから、延々と、宗助いじりのトークショーとなりました。来年2月には、50回記念ということで、三象・宗助二人による新舞踊が披露されるそうです。これは、要チェックです。




2009年 12月 13日(日)午前 0時 4分

  大阪府門真市(10)〜守口市(12)〜大阪市鶴見区写真集

 朝になり、ようやく雨が上がりました。午後のお遊び予定が、1時からということで、今日は、8時半に家を出て、ウォーキングに備えました。午後の予定を考えて、地下鉄の鶴見緑地線か中央線のいずれかの駅を目指すことと、先週、色づいた銀杏が、とっても素敵だった鶴見緑地を、再度組み込んでを頭に入れて、コース設定をしました。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「古川橋」駅〜インド料理店「ガナパティ」〜ルミエール・ホール〜インド料理店「SAWARIA」〜南詢寺〜西三荘ゆとり道〜世木公園〜鶴見緑地公園〜地下鉄鶴見緑地線「鶴見緑地」駅〜鶴見緑地プール・鶴見緑地球技場〜古川大橋〜東三荘橋〜茨田アクアテラス〜古川寝屋川合流点〜地下鉄鶴見緑地線「横堤」駅。心配されたお天気でしたが、ちょうど鶴見緑地を抜けたところで、陽射しがさし始め、困ったことにはなりませんでした。それに、今日は、曇っているときから、気温は高め。歩き始めて、30分もしない内に、上着を脱がねばなりませんでした。鶴見緑地は、相変わらず朝から、ウォーキングに、ジョギングに精を出す人たちが、多いですね。今日は、先週見つけた、花博の際のパビリオン跡を求めて歩いてみました。トルコ館を見つけました。でも、その近くにあったモロッコ館やイラン館に、ちょっと圧倒されていました。実際のときはどうだったのでしょう。見ているはずですのに忘れてしまっています。圧巻は、オーストリア館。ヨハン・シュトラウスがヴァイオリンを弾いている有名な像が再現されていたのですね。それが、しっかりと残っています。鶴見緑地を出たところで、時間を考慮して、「徳庵」駅方向へ向かいながら、「横堤」駅に向かいました。午後の予定を考えると、鶴見緑地線に乗るのが、ベターな選択だったのです。中央線まで行く時間はありませんでしたからね。
 「横堤」から、地下鉄を、谷町六丁目経由で、「夕陽丘四天王寺」駅へ移動。午後の部は、「一心寺門前浪曲席」に行ってまいりました。今日の午後は、講談の良い会があったのですが、講談より更に希少性の高い浪曲をチョイスしました。お目当ては、まだ聴いていない大物、三原佐知子を聴くためです。番組は、春野美恵子(一風亭初月)「藤十郎の恋」、長谷川公子(岡本貞子)「赤穂義士外伝〜出世小太夫〜」、天光軒満月(紀之本孝子)「父帰る」、三原佐知子(岡本貞子、鵜川せつ子)「じょんがら流転」というものでした。「藤十郎の恋」は、なかなかえぐい話。近松に「おさん茂兵衛」を書いてもらった坂田藤十郎、顔なじみの女を実験台にして、芝居の演出に役立てるという筋立て。春野美恵子は、初遭遇なのですが、春野百合子節を常に意識させてくれます。だけど、春野百合子だったら、こうだろうなと思ってしまいます。長谷川公子は、お手伝いに来られていた春野ココさんが、「ウチの師匠と同い年」と言うたはりました。でも、残念ながら、おばあちゃんの浪曲になってしまってました。ネタは、大石内蔵助の介錯をした侍が、大石に対し、自分が足軽とは言えず、高位の侍だと偽ったことを悔いる話。ネタはおもしろいんだけど、あんなに音はずしたら、ダメでしょう。「父帰る」と「じょんがら流転」で、ともに浪曲の特徴を知りました。浪曲は、一つの長いストーリーを、コンパクトに表現したり、山場とか、目立って興味を惹きそうなところをピックアップしてネタにします。ですから、「木津の勘助」のように、自分的には、明らかにピックアップのミス、おもしろいところは、そこじゃないでしょうというのが出てきます。これなどは、講談の「木津の勘助」を聞き込んでいるから、そのように思うのでしょうね。今日の最後の二つのネタは、その本説に当たるようなものがあるのでしょうね。ですから、了解事項の上に、このネタがあり、聴く者は了解しているので、ピックアップ部分が、どういったコンテクストがあるか解る、だから、楽しめるとなるのでしょう。ところが、黄紺には、その了解事項が分からないのです。ですから、この二つの楽しみ方は、分からずじまいでした。「父帰る」の父は、なぜ外にいて、また家族の中で、父に対する気持ちが違うのか、これを、分かってる人だけが楽しめるという具合で、「じょんがら節」では、むちゃ者の父親と母親、ともに、浪曲のネタ化したところでは描ききれていませんから、話の盛り上がりを実感しにくいのです。三原佐知子は、語りの部分の声色が、とってもうまいです。そして、他のネタも、そうなんでしょうか、最初と最後が歌謡浪曲。「津軽じょんがら節」の熱唱でした。なんか、昭和の香がぷんぷんしちゃってました。そんなで、ぞくぞくきちゃってました。月曜日に、春野美恵子が「新釈南部坂」を出す予定。このネタ、浪曲では、どうなるか聴いてみたいのですが、月曜日じゃ、どうしようもありません。
 一心寺から、地下鉄を使って、日本橋へ移動。駅上のネットカフェで、夜の部に備えて、2時間近くの時間調整。半分近くは、トルコのラジオを聴きながら、居眠りをしていました。ウォーキング疲れを、このようにして緩和しようとしていました。夜は、久しぶりのワッハの5階でありました「柳家さん喬・笑福亭松喬二人会」に行ってまいりました。待望のさん喬が聴けるチャンスを逃したくありません。今、一番東京の噺家さんで聴きたい人なのです。番組は、喬若「へっつい盗人」、さん喬「そば清」、松喬「一人酒盛」、(中入り)、松喬「尻餅」、さん喬「中村仲蔵」というものでした。喬若が手慣れた噺で前座は贅沢。ちょっと急ぎすぎたかな。割り当て時間の割りに、ネタが長かったのかなと思いながら聴いていました。主役の二人は、まず松喬から。ネタ出しは、「尻餅」の方で、「一人酒盛」は、当日配布のパンフレットで、初めて出ました。さん喬が「中村仲蔵」を出すので、そのために、「尻餅」で、ちょっと引いたのかと思っていたのですが、そうではありませんでした。それで、ちょっと安心。松喬曰わく、「一人酒盛は、持ちネタの中では、一番嫌いなネタ」「ここ10年で、2度しか出してない」「一番最近は、2年前の繁昌亭で出した」と。酒の噺だから、そうではないと思っていました。「松鶴に、最後に教えてもらったネタ」「型として伝わっているのは3割くらい」「あとは、そのときの気分でやれ」「客の反応を知る目印があるから、そこでダメだと思ったら、さっさと降りろ」などという松鶴からの教えも披露してくれました。先日、文華で聴いたと同じ型かと思いました。松喬は、オリジナルなくすぐりを入れていました。刺青をする友だちのエピソードなんてのは、初めて聴きました。ただ、今日の松喬の酔い方には、変化が小さく、ちょっと物足りなかったな。一人でしゃべり続けるという特異な構成、更に、よく似たパターンの繰り返しネタなもので、酔い方が大事だと思いますが、そこに肩すかしをもらった感じです。「尻餅」は、特段に変化技があったわけではないありませんでした。さん喬の方は、期待通り、パーフェクトな内容だったと思います。「そば清」の「ど〜も」という言葉でもって、一言でキャラが判るようにしてみたり、後半戦に入る前に、薬草の解説を入れてみたりで、計算され上がった口演でした。先代正蔵のイメージが濃い「中村仲蔵」は、地語りに特徴がありました。その比重が、さん喬の場合は減っているような気がします。さん喬の描く世話女房っていいので、これは、嬉しい構成。例の五段目の改定については、芝居掛かりで紹介することになります。三味線が、内海英華だったからでしょうか、三味線を入れながらと、東京の噺としては異例の展開。さん喬の型は、いつもこうなんでしょうか? 大阪に来たからなのだろうか? ドラと三味線のシンプルなお囃子が、なかなか効果的で、いい着想とは思えました。何やら、ホッとする、癒し系の噺に仕上がっていました。正蔵の厳しさが前に出る噺とは、だいぶと雰囲気が違うなぁと思いながら聴いていたのです。




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