忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。


「黄紺のお部屋〜紀行編〜」



2012年 11月 10日(土)午前 8時 8分

  京都市内遊歩(27)

 昨日は、まずこないだの水曜日の失敗をフォローアップをする時間に当てねばなりませんでした。要するに「メト・ライブ・ビューイング」を観なければならなかったのです。なんせ京都での上映は、作日が最終日だったですからね。この1週間の上映は、ドニゼッティの「愛の妙薬」でしたが、アディーナをネトレプトが歌うといういうことでは、外すことはできませんでした。ただネトレプト、また太っちゃいました。昨年は、ダイエットしたのかと思える体型になっていたのですが、、、。相手役のネモリーノはマシュー・ポレンザーニ、それにベルコーレはマリウシュ・クヴィエチェンで、ネトレプコとは「ルチア」で共演したのが記憶に強く残っているところ。そしてドゥルカマーラ、威風堂々の体躯のアンブロージョ・マエストリ。見事に役者が揃いました。こういったメンバーが集まれば、歌唱面では鬼に金棒。だから気になるのは演出と衣装、大道具。まず演出面では、これをコメディとしなかったのが、このプロダクションの特徴。だから、ネモリーノが格好いい。ださい田舎男にしていない。また、ネモリーノのお嬢様性が強調されたプロダクション。だから、アディーナだけではなく、登場人物の衣装が田舎のおっさん、おばさん、お兄さん、お姉さんという風情よりかグレードが高そう。これが違和感があったな、ちょっと。ですから、舞台設定も、ドゥルカマーラ登場シーンは、街中の雰囲気が出ている。結婚式の場面も屋内。田舎、田舎するのを、できる限り避けようとしている。そこんとこが特徴ですね。でも、最後の場面は屋外にしたかったようで、結婚式の場面を、徐々に解体していった、目の前でオペラが進行しているのに、、、?! これには、さすが、それはどうかと突っ込んじゃいました。ただ、舞台のシルエットは、まるでブリュメールの世界。美術担当の腕が冴え渡っていました。デボラ・ヴォイトがMCを努めていましたが、その口から嬉しい知らせが。来シーズン、アンナ・ネトレプコとマリウシュ・クヴィエチェンのコンビで、「エウゲニー・オネーギン」だそうです。アンナ・ネトレプコのタチアナなんて想像もしてなかったのですが、でも雰囲気出てきそうって、即座に思っちゃいました。田舎の生真面目なお嬢様時代のタチアナも観てみたいけれど、社交界にデビューした3年後のタチアナこそが素敵なような気がします。そして、芝居巧者のクヴィエチェンの最後の場面、観たいよなぁ、、、! タチアナをくどく激しい気持ちのぶつかり、そして落胆、「これが俺の運命だったのか」を叫ぶオネーギンの一番最後の場面を想像するだけで身震いしてきます。メトロポリタンに観に行きたいとは思ったことがありませんでしたが、この「オネーギン」だけは観に行きたいと思いましたね、いやホント。
 映画が終わると、その映画館を起点にウォーキングをスタート。昨日は、前回と同じ三条界隈のスタートということで、かぶらないようにと左京区方向に足を向けたのですが、その詳細なコースは、次のようになりました。MOVIX京都〜本能寺〜京都市役所〜下御霊神社〜日本キリスト教団洛陽教会〜同志社新島会館〜京都市歴史資料館〜京都御所寺町御門〜京都府立鴨沂高校〜清荒神護浄院〜京都荒神口郵便局〜インド&ネパール料理店「タージマハールエベレスト」〜荒神橋〜鴨川左岸〜京阪「出町柳」駅〜京都大学〜吉田神社・山蔭神社〜京都吉田郵便局〜京都市立錦林小学校〜京都市武道センター〜冷泉橋〜メキシコ料理店「Reine de Reina」〜京都文教中学校・高校〜京都智恩院前郵便局〜京都市三条保育所〜三条東公園〜京都市立有済小学校〜大和橋〜京都祇園郵便局〜京阪「祇園四条」駅。当初、荒神橋を渡り、一条通から京大に出て、銀閣寺を目指そうと考えていました。ところが、荒神橋を渡っていると、鴨川沿いを歩きたくなり、川端通を渡らず、鴨川左岸の河川敷に降りてしまい、一挙に出町柳へ。今出川通を東へ進んでいると、銀閣寺の手前に、吉田神社への登り口がある。こちら側から吉田山に入ると道がいいということ聞いたことがあったのを思い出し、あっさり銀閣寺に向かうことを断念。確かにちょっとした山道を味わうことができます。山頂付近には、雑木林に囲まれた木造のお店があるのですね。しかし、そこから吉田神社方向に向かう区域は、人の手が入りすぎています。確かに今出川通からの道は良かった。1週間前は、こないな山道を歩いてたなと、こないなところで韓国を思い出していました。吉田神社からは、京大正門方向には降りず、近衛道方向に向かい、更に途中からそれ丸太町通に出て、岡崎はかするようにして歩き、時間内に四条までたどり着くことができました。歩き始めたあたりでは、雨が心配されたのですが、幸い雨に遭わずに、ウォーキングを終えることができました。
 そして、夜は交野の秘境っぽいお店で、職場の同僚と宴会。週末だけの営業と、趣味のお店って感じ。でも知っている人は知っている。そんなに呑んだわけではないのだが、帰りの電車で、車掌さんに起こされたり、もう少しで最寄り駅を乗り過ごしかけたりと、わりと酔いがまわってしまいました。




2012年 11月 9日(金)午前 6時 24分

 韓国から帰ってきたのが、先週の土曜日なのに、もうはるか前のように感じてしまってます。カレーオムライス食べたいよなって思い出してはいるのですが、ずっと前のことのように思えてしまいます。ま、それだけ日常に戻ってしまってるということでしょうね。
   昨日は、普通の勤務。そして、夜は、いつものようにお出かけ。今夜は、梅田の「Hep Hall」であった「劇団ババロワーズ」の公演「妖星アバンチュール」を観てきました。この劇団は、今まで1回観た記憶がありますが、それ以後はスルーしていたはずです。大体そういったときっていうのは、台本が稚窟でおもしろくないとき、自己満足的で自分たちだけで盛り上がっていたり、演出や道具などにセンスの欠片も見られなかったりとか、いろいろあるのですが、この劇団の場合はどうだったのかは思い出せないのですが、今日観た感じでは、恐らく稚窟な印象、中でも稚窟の稚でしょうね、幼いって印象を持ったのじゃないかな。昨日の芝居も、どちらかというと、筋立て明快ファンタジー系、SF系物語。それに、大阪的こてこて系の笑いを求めるというもの。謎の惑星が、地球の第二の衛星になったどころか、地球環境にそっくりだということで、地球人が続々と移住を初めていくのだが、その地球人の間で不思議な事件が続き人が消えていく。そういったなかで、恋人を失った女と、母親を失った少年二人が、消えた人間を探すという展開。今回は、観ていておもしろく思えたのは、地球外生物の設定を、地球人の概念から明確に異なる設定を提示したこと、アホらしい大阪的こてこて劇場が、いい感じだったからでしょうか。頑張って声を大きく張り上げる主役の役者さんには抵抗を感じてしまいましたが、くつろいで、くだけた気分で観る分にはカヴァーしておくとお得感が残るなの印象を持てたので、次回もマークすることにします。




2012年 11月 8日(木)午前 0時 2分

  京都市内遊歩(26)

 今日は、朝からとんだミス。午前中は、メトロポリタン歌劇場のライブ・ビューイングを観て過ごすはずが、上映開始時刻を間違ってしまったのです。何度も行っているにも拘わらず、なぜか30分ずれて考えてしまってました。おかしいぞと思ったのが、三条駅を降りたところ。あわてて携帯の予定表を見ると、間違いが確認できました。仕方がないので、見終わったあとに予定していたウォーキングに変更。ライブ・ビューイングは後日に回すことにしました。そのウォーキングのコースは、次のようなものでした。京阪「三条」駅〜二条大橋〜京都寺町二条郵便局〜スペイン料理店「Antonio」〜檜書店〜「烏丸夷川」交差点〜京都衣棚夷川郵便局〜夷川児童公園〜夷川橋〜ひまわり幼稚園〜二条城〜二条公園・鵺神社・NHK京都放送局〜京都市児童福祉センター〜京都聚楽郵便局〜二条公園〜京都府立朱雀高校〜京都市立中京中学校・「二条城撮影所跡」碑〜姉坊城児童公園〜みぶ操車場・中京警察署〜嵐電「四条大宮2号」踏切〜光緑寺(新撰組墓所)〜光林保育園〜菅大臣神社〜京都若宮松原郵便局〜東本願寺〜渉成園(枳殻邸)〜七条大橋〜京阪「七条」駅。二条通(途中からは夷川通)を西に向かい、程よい時間で、再び京阪沿線に戻ってこようというもの。二条通から夷川通に変更したのは、烏丸通で。ウォーキングで、二条通は、前にも通ったような気がしたからですが、その夷川通も、二条城にぶつかるので、またちょっと北へ。二条公園のところまで来ると、NHKが見えたので、鵺神社があったのを思い出し行ってみたのですが、表示は全く出ていませんでした。「妖怪スポット」にもなるところですし、第一、「謡蹟」なんだけどと突っ込んでしまいました。そのあたりで、歩き始めから50分に近づいていましたので、千本丸太町近くまで行き、再び二条公園に戻り、ここからは南下です。今回も、壬生地域を歩くことになりました。おかげで、存在を知らなかった「新撰組墓所」を見つけてしまいました。ジグザグに進んだ結果、東本願寺に出てしまい、あとは七条通を真っ直ぐに七条駅へというコースです。七条駅へは、時間的に厳しいかと思っていたのですが、あとの行動を考えると、京阪特急停車駅をめざしました。まんまと成功です。4分前に、七条駅に到着したのですが、ちょうど特急の到着時刻直前でしたので、そこで切り上げることにしました。
 「七条」から大移動で「京橋」へ。朝の予定を間違ったのに気付いたとき、その場で考えついたのは、ウォーキングをしたあと、「動楽亭昼席」に行くことでした。時間的にも、ちょうどいい割り振りとはなりました。その番組は、次のようなものでした。二乗「阿弥陀池」、まん我「紙入れ」、雀喜「軽業」、米左「まめだ」、(中入り)、雀三郎「刻うどん」、九雀「文七元結」。京都から大阪への移動の電車のなか、睡魔に襲われながら、寝ないで他のことをしていたため、結局元の木阿弥、開演中にうとうととなってしまい、京都でウォーキングしたことが台無しになってしまいました。ですから、ちょっとしたコメントを書けるのは、中入り後だけです。雀三郎の「刻うどん」にはびっくり。まあ、位置的には手頃なネタなんでしょうが、まさか雀三郎の「刻うどん」が聴けるなんて考えもしなかったことです。独演会なんかで、小ぶりのネタを入れるときですら、このネタを出しているのを見た記憶はないですからね。二人ヴァージョンの「刻うどん」でした。聞き慣れたネタであるはずなのに、「引っ張りな」の動きがリアルで、しつこく、引っ張られながらもうどんをすすっているものですからおかしくて、会場はヒーヒー言わせられました。こうしたものが決まると、あとはやられ放題って感じになっちゃいます。大家の出す小ぶりのネタは外せません。「動楽亭昼席」のおいしいところです。トリの九雀の「文七元結」にもびっくりさせられました。前から手がけていたのかなぁ? 記憶にないうえ、かなりかみかけ状態が頻繁に見受けられたので、ひょっとしたらネタ下ろし後、日にちが経ってない可能性があります。もちろん大阪への移植がされていました。吉原ではなく、新町に変わっていました。その新町の清水屋というお茶屋なんか噺の口開けになりますが、清水屋の女将と主役の男の会話に、娘が口を挟みます。これは生々しすぎ、逆に話の重みが薄まった感じがしました。親に黙ってお茶屋に行ったのですから、女将に顛末を説明させ叱らせる方が、重みというか深刻度が高まる感じがしました。また、直で物言いをするような娘ならば、こないな方法を執っただろうかとも思いました。文七が見投げをしようとするのは四ツ橋で。金を与えるとき、今一つの溜めが欲しいですが、これは、全体的に言えること、長すぎないようにとの気持ちが働いているとしか考えられないのですが。近江屋の家内での進行も、最後の場面も、同様に溜めが少ないのです。家内では、金の所在話は、先に入れておいた方がいいでしょうし、近江屋の旦那に風格や大きさがあった方が、大団円での暖かさが違ってきます。ということで、全体的にスケールの小ささを感じてしまいました。そして、知られた噺なんで、細かなくすぐりが邪魔になって仕方がなく、そないなところでも、スケールの小ささを感じてしまいました。
 「動物園前」から、堺筋線で「扇町」に移動。夜に備えて、駅近くのネットカフェで時間待ち。そして、夜は「天満講談席」に行ってまいりました。最近は、ネタ選びをするようになり、以前のように毎月行くことが減ってきていますが、今日は、上方では珍しい「四谷怪談」が出るというので外すわけにはいきませんでした。その番組は、次のようなものでした。南舟「長屋の出世」、南青「間違いの婚礼」、左南陵「四谷怪談お岩様誕生」、南華「黒雲のお辰」。「長屋の出世」は、水戸光圀の異母兄弟出生にまつわる物語。南舟くんは、「水戸黄門の発端です」と言ってましたが、「水戸黄門」の全体像を把握してないので、よく解らない言葉でした。南青くんは、マクラで一龍齋貞山の指導について語ってくれました。東西交流で習っているようです。「間違いの婚礼」は、ねねと秀吉の婚姻に至った経緯が、チャリっぽく読まれました。自身の深謀遠慮で、前田犬千代との結婚を思い留まったねねだったが、父親は犬千代との結婚を決めてきてしまった。その間の調整役として秀吉の登場。犬千代との結婚を破断する方便として、自身を隠し男と言ってしまった秀吉の言葉が思いがけない展開へというなかなかおもしろいストーリー。そして、お待ちかね左の師匠。「四谷怪談お岩様誕生」は、どうやら国宝貞水師直伝のよう。「四谷怪談」の発端だそうで、お岩の誕生の時期に、お岩の父親は、主人に死体の処置を頼まれるが、機転の利かない愚鈍な男だったようで、処理しきれず江戸を捨てる。また、死体の処理をさせた主も、殺人発覚を怖れて江戸を捨て、下総で結婚、子どもまでなしている。その元の主と再会したお岩の父親は、元の主に殺される。話はここまでだったのですが、父親を殺した男の伜とお岩がやがて夫婦になってしまうという展開だそうです。なかなか興味ある読み物です。しかし、左の師匠は格好いい。トリの南華さんは、しばらく封印していたはずの「黒雲のお辰」を再開、試運転か。女白波お辰が、同業者のすった金がなくなり困り果てている田舎者の男を救い、また、救われた男が感謝の気持ちで、お辰の行く末を守る観音経を唱え続けたおかげで、お辰自身も死罪から解放されるという人情噺。南華さんも、東西交流で、宝井琴調師にネタをもらっている。その発表会が、来年のお誕生日記念の会に、当の琴調師を迎え行われます。今から楽しみです、南華さんの成果もさることながら、琴調師を大阪で聴けるなどという希有な機会だからです。




2012年 11月 7日(水)午前 0時 58分

 韓国の寒さからは考えられない日々、ありがたい話です。昨日、ベシクタシュの試合を、新聞記事で追いかけていると、「カンナム・スタイル」の真似をして、ゴール後のパフォーマンスをして見せたとありました。「カンナム」って、やっぱ「江南」だよなと、ネットで探してみると、「サイ(PSY)」というグループが、そういった名前で、ヒットを飛ばしていることを知りました。YouToubeで、「江南スタイル」でヒットした映像を観ると、小太りの男が不思議な振り付けで踊ってました。要するに、ベシクタシュの選手は、それを真似たということが、これで判明しました。トルコで、そないなことがなされるということは、とんでもないワールド・ヒットということですね。韓国の小太りなオッサンが、世界を制しちゃいました。
 で、今夜は、ワッハの4階での「らくご道〜笑福亭生喬と桂南天の落語会〜」へ。「夕焼け日記」と題される対談の方針転換で、若干、この会への興味が薄れてきているのですが、今日は行くことにしました。その番組は、次のようなものでした。生喬「前説」、南天「七段目」、生喬「池田の猪飼い」、(中入り)、南天・生喬「対談:夕焼け日記」。生喬は「前説」で20分。学校公演や、自身の繁昌亭大賞奨励賞授賞についての話でした。生喬の「前説」が猛烈に長かったのに触発された南天が、珍しくマクラで弾けてしまいました。奥さんのおもしろ話、博多天神落語祭、ロックのコンサートと落語会の違いについて喋り続けて30分。ネタ出しをしてはいたのですが、ネタに入らないかもと思わせられた大爆発。「七段目」は、この会でも聴いたことのあるもの。確か吉朝からもらったと言ってたという記憶があります。手慣れたもので、30分もの長大マクラを振ったあとなのに、これだけのパワーが残っているなんて、そういった意味でも感心しきりです。生喬は、「池田の猪飼い」を口演するのは5年ぶりとか。あまり持ちネタを寝かすことがないと言う生喬、「このネタは難しい」と言いながらの口演。確かに繊細な心遣いが看られました。繋ぎの言葉、ちょっと身体の動き、そないなものに神経を使っているのがありあり。それだけ、細やかにネタに執着してくれている姿勢に感服。いい「猪買い」を聴かせてもらったの印象です。超マニア系が集う会、笑いが違うので、他の会で使えないと言いながら、閃くプロットを続々と披露してくれたお二人は、やはり只者ではありません。ですから、どうしても月1回、この会に足が向いてしまいます。




2012年 11月 6日(火)午前 5時 45分

 昨日から、仕事の再開です。韓国で、体力的には、かなり鍛えられたので、1週間ぶりの仕事でも差し支えないのですが、韓国で睡眠を取りすぎた反動がきているようで、睡眠時間が少し減っただけで、やたらと眠たいのです。昨夜は、繁昌亭での「満腹全席」という文三の会に行ってきましたが、正に、そないにひどい睡眠時間ではないのですが、やたらと眠たかったのです。ま、それはいいとして、番組は、次のようなものでした。文三「開演前トーク」、三四郎「刻うどん/お婆ちゃんのお葬式(仮題)」、文三「替り目」、福矢「笠碁」、(中入り)、文三「たち切れ線香」。三四郎は、拠点を東京に移したため、久しぶりの遭遇。なのに、以前随分と聴いた「刻うどん」と思っていたら、ばらしの入口で、とんでもない言い間違い。本人の同様が大きく、出囃子からやり直し。ネタも、恐らく自作ネタでしょう、短い子どもネタで下りました。福矢の方は、最近頻繁にかけている「笠碁」。親交の深い鶴志からもらったものと思われます。自分的には。初めての遭遇でしたが、この人特有のイントネーションが、このネタでは気になったな。一家を構えるいい大人同士の無邪気な会話なのですから、一定、位というものが欲しかったですね。文三は、頑張ったネタ二つ。酒を呑まない文三の演じる酒呑みの噺が「替り目」。人力車の車夫とのやり取りに時間が割かれます。酔って呆然と立ち尽くす光景なんてのは、狂気が乗り移ったようにすら見えました。文三の冴えた技です。口演は、女房に感謝の声を上げているのが、当の本人に聴かれてしまってるところまで。もう一つは、思いがけずに「立ち切り」。こないだ、「ラクゴリラ」でかけたところじゃなかったでしょうか。折角の名作を聴きながらダウン傾向。ですから、コメントを控えるのが妥当ですね。




2012年 10月 28日(日)午後 11時 25分

 今日は、芝居三昧の一日。金曜日もそうでしたから、どうやらこの週末は、そういった巡り合わせのようです。まず、午後は、ABCホールで、「スクエア」の公演「けーさつ」を観てきました。再々演だそうですが、黄紺は、以前の公演は、全然知りませんでした。舞台は、精緻に造られた歴史のありそうな小学校の教室。そこに挙動不審な警官が入ってくるところから、芝居はスタート。どうやら前日から家出をした小学生の息子を探しにきたのす。そこに現れたのが、このクラスの担任と用務員、それになぜだか交通整理の警官数名(ちょっとうとっときたため入ってきたわけが判らない)、その人たちがまきおこす騒動の中で、最初に入ってきていた警官が、なぜこないなところにいるのかが、徐々に明らかになってくる仕掛けになっています。結局、息子は、子どもの動きを、よく把握している用務員の男のところに、身を寄せていることが判明。なぜそないなことになっているかを、用務員の男が語る中で、警官父子の親子関係が問われるといったものになっていました。展開は、この劇団らしく、多彩でおもしろいものだったのですが、話があまりにも小さいのが難点ですね。そないなことを、わざわざ芝居にして見せてもらわなくともという感覚かな。「スクエア」は、その名が表す通り、元々4人の男たちの劇団。ところが、前回公演から数が倍になりました。その新人たちが、初めて全編を通じて出演した芝居だったのですが、強い個性の集まった4人に比べると、えらく爽やか系ばかりを集めたものという印象でした。
 ABCホールを出ると、「肥後橋」から「難波」へ移動。千日前のネットカフェで、今日も時間調整。そして、歩いて「鶴橋」まで移動しようとしたのですが、上六辺りで、とんでもない雷雨に遭遇。歩いて行ける状態ではなかったため、一駅だけ近鉄電車に乗りました。夜は、「カンセイの法則」の自身のアトリエで行われた公演「色色ある人たち」に行ってまいりました。今まで、劇団探しの網にかかりながら、観ることのできてなかった劇団です。今回は、狭い空間で、短編を3本上演をしました。劇団を知ってもらおうという趣旨で、初めての者には、入場料百円で観せるというウソのような企画に乗っかることができました。1つ目は「ルームシェアの法則」という芝居。ルームシェアをする3人の男女が、ルームシェア1周年記念の日に、自分たちのしているルームシェアを揺るがす出来事を経験しながら、ルームシェアを続けていくというものでしたが、続けていく基になる3人の絆のようなものをスルーして話が進行したため、居心地の悪い芝居となりました。2つ目は、「寂しがらせ屋」という芝居で、独身男性のマンションに、一人の見知らぬ女が現れたところから、芝居は始まったのですが、その女は、時間単位で恋人役を演じるというもので、男の同僚が、世話になったお礼に派遣したもの。簡単に女の正体が明らかになるのは、ショートショートのような芝居では仕方ないか、、、。見ようによっては、アブナイ系になりそうな設定。でも、そうはならなくて、女の方は、うまく時間内に、相手に恋人同士の雰囲気を出して戻っていきます。役者が達者な分、芝居はおもしろく観ることができたのですが、もう一捻り、台本に欲しかったっていうところです。3本目は「言えない言葉」。結婚10年を迎えた役者夫婦の物語。うだつの上がらない夫に対し、家計を支える女は、離婚を考えている。台本も書く妻は、その思いを書いた芝居を用意するのですが、あまりにリアルな芝居に、内心穏やかでない夫。その夫が、偶然に妻が用意をしている離婚届を見てしまうことで、稽古中の芝居が、妻の本当の思いだということを知ってしまいます。男は離婚届に記入します。妻も記入したように見えたのですが、実際には、台本の結末部分を書き直していました。うまい結末への導き方で、ハッピーエンドとなります。3本を通じて、それぞれの思いなしが捉えられず、交錯するはずの関係性に変調をきたす物語でした。役者陣は達者なのですが、脚本のめざすところが小さいのが気になります。本公演になると趣を異にするかもしれません。もうちょっとマークに入れておこうかと思っています、この劇団。




2012年 10月 28日(日)午前 6時 36分

  京都市内遊歩(25)

 昨日は、午前中にウォーキングを済ませ、身体を休むてからのお出かけ。必然的に、京都市内でのウォーキングとなりました。泉涌寺だけは行こうと、特にコースを決めないで、そのときの気分で行き先を選ぶというウォーキング、その詳細なコースは、次のようになりました。京阪「東福寺」駅〜京都第一赤十字病院〜泉涌寺・京都市立月輪中学校・悲田院・京都市立日吉ヶ丘高校〜え日幼稚園〜九条大橋〜在日大韓基督教会京都南部教会〜松ノ木保育園〜カラオケ「ソウル屋台」〜「九条河原町」交差点〜韓国料理店「済州島」〜韓国料理店「葉月」〜枳殻邸〜正面橋〜京料理老舗「道楽」〜耳塚〜耳塚公園〜豊国神社〜韓国料理店「ペナムコル」〜JR橋梁「とうかい92」〜JR橋梁「なら82」〜高松橋〜京阪「鳥羽街道」駅。昨日は、「東福寺」駅を起点に選び、その後2回、その傍らを通ることになりました。1つ目は、泉涌寺から東福寺寄りの道に出て、ほぼふりだしに戻ってきた30分後。もう1回は、耳塚方向から南下をして、九条大橋の下をくぐった終了約10分前という具合でした。九条大橋の上を渡った時点では、東寺辺りまで行ってから、北へ行くか南へ行くかを決めようと思っていたのですが、九条大橋が終わりかけると、急に東九条地域の変貌ぶりを見たくなり、急なる方向転換。ここで時間をとってしまったので、河原町通を北上することに。すると、今度は正面橋を渡りたくなり東へ。耳塚と豊国神社は、その流れです。もうその辺りで、残り30分は切ってしまってたので、終点を考えたら、繁華街には行きたくなかったもので、結局、南方向に進路を取ると、再びふりだしに戻る道となってしまいました。昨日は、一昨日よりは気温が高め。かなり汗をかいてしまいました。
 ウォーキングが終わると、昨日は、一旦家に帰り休息。2時半過ぎを目安に、再度お出かけ。昨日の午後というより夕方は、「いずみホール」であった「ウィーン音楽祭 in OSAKA 2012」の一つ「ウィーン楽友協会合唱団」の歌う「ベートーベン ミサ・ソレニムス」を聴きに行ってきました。オケは日本センチュリー交響楽団、指揮はクリスティアン・アルミンクで、ソリストは小泉惠子(ソプラノ)、加納悦子(メゾソプラノ)、櫻田亮(テノール)、三原剛(バリトン)といったメンバーでした。「ミサ・ソレニムス」は、多人数の合唱団に4人のソリストが要るということで、通常のコンサートでは聴けないもの。黄紺も、生で聴くのは初めてのこと。それが、「ウィーン楽友協会合唱団」で聴けるというので、さすがに外せません。これで、この秋は、「ドイツ・レクイエム」ともども初めて聴いた記念すべき季節となりました。この2つの指揮は、偶然にも同じ指揮者というのも、不思議なご縁です。アルミンクの指揮は、キリエあたりは、合唱団に対し遠慮がちなのかなぁ、アインザッツの指示すらも出そうとしない。オケの方も、テンポを探ってる風情で、えらく不安が先立ったのですが、グロリアからは、一転して大きく動き出した。きっかけは、ソプラノがちょっと弱いと感じたからかな、まずそちらの方から指示が出始めていました。ただ、それも、黄紺のいた位置が、ソプラノが、一番聴こえにくい位置にいたため、勝手に、そのように判断しただけかもしれません。「ミサ・ソレニムス」って曲は、オケのパートだけを聴いても、一曲として成り立つのではと思うほど、シンフォニックな響きを持っているため、合唱に相当なパワーが求められます。特にグロリアとクレドーがそうで、昨日は、もう迫力満点。一つには、いずみホールという器の小さめのところだったもので、余計にパワーアップして聴こえたのですが、一方で、蓋をされちゃったっていう感じもしたものですから、より大きな器で聴いて、響きの壮大さも体験してみたいとも思いました。サンクトゥスとアニュス・デイ(アグヌス・デイと歌っていました)は、逆に美しいハーモニーが織りなす響きが身上のところ。そういった精緻な響きの凄いのを、「ドイツ・レクイエム」で聴いてしまっていたので、軍配は、あちらに上げてはしまいますが、だからといって「楽友協会合唱団」の腕が落ちるというものでは、決してありません。これら合唱団の素晴らしさだけじゃなく、このコンサートの殊勲賞はソリスト4人の見事なアンサンブル。ソリストとは言え、ほとんどソリストはアンサンブルを歌うというという特徴を持っているこの曲、見事に、その特徴を意識させてくれました。ということで、狙いを定めたコンサート、期待通りの満足度高しの結果となりました。なお会場で、講談会でおなじみの御坊ご夫妻とばったり。この音楽祭の通し券をお持ちだそうですが、法事とかち合わないのかしらん、そないな余計なことを考えてしまいました。
 「いずみホール」を出ると、京阪「京橋」から「北浜」「淡路」経由で「正雀」へ。夜は「ジャッキー7」に行ってまいりました。ちょっと移動が面倒なので、コンサートが延びるようだと無理と考えていたのですが、幸い無理なく移動ができました。但し、晩ごはんは、コンビニのおむすびになりましたが。「ジャッキー7」は、桂雀喜の勉強会。その番組は、次のようになりました。紫「真田山」、雀喜「死亡根問」、米団治「くっしゃみ講釈」、雀喜「親子酒」。紫が、前座でよく使われています。あとで出た米団治が、「対話式」「HRみたい」と言ってましたが、会場の空気を柔らかくする力を持っています。それが歓迎されているのでしょう。「真田山」は、存在を知っていながら聴いたのは初めて。こないなネタが、まだ残っていました。「死亡根問」は、雀喜作品か? 地獄について尋ねていくというもので、雀喜作品のあどけなさモードとも無縁で、ちょっと冴えませんね。米団治あたりから、睡魔に襲われ出したのですが、まだ米団治のところは、辛うじてセーフ。何度目かの「くっしゃみ」になりますが、確実に動きが多く、そして大きくなっています。最近の米団治の方向とまでは行ってないとは思うのですが、こと「くっしゃみ」に関しては、身体表現がにぎやかと言っても言い過ぎじゃないでしょう。要注意のところです。「親子酒」がダメでした。ダウンしたという意味です。デコを床につけるポーズが入ったので、雀三郎直伝のものでしょう。ボケとツッコミ講座が入ったかどうかは、ダウンのため確認できていません。




2012年 10月 27日(土)午前 3時 27分

  京都市内遊歩(24)

 一昨日の木曜日は、真っ直ぐ帰宅。最近、夜遊びをしようか、止めようかと迷ったときは、必ずと言っていいほど帰宅を選ぶようになっています。ちょっと無理するということが嫌になってきています。ちょっと変調だと思い始めているのですが、、、。
 そして、昨日は秋晴れのとってもいいお天気、ようやくウォーキングに時間を割くことができました。昨日は、午後に、阪急沿線に出掛けるということで、かねてから狙いの、伏見区方向から阪急京都線まで歩き抜けをしようというものでした。その詳細なコースは、次のようになりました。近鉄「伏見」駅〜モーツァルトしずか保育園〜下ノ郷橋〜「この付近近藤勇遭難の地」碑〜伏見墨染郵便局〜法務局伏見出張所〜龍谷大学〜砂川西公園〜近鉄「竹田」駅〜大宮大橋〜新鍋ヶ淵橋〜鳥羽水環境保全センター〜上開ノ内児童公園〜祥久橋〜久世ふれあいセンター図書館〜京都市立大薮小学校・京都市南区役所久世出張所〜中久世児童公園〜中久児童公園〜JR「桂川」駅〜京都市上下水道局洛西中継ポンプ場〜阪急「洛西」駅。まず、本日の失敗@は、久世橋を渡らねばならないのに、地図上では久我橋を渡るということで計画を立ててしまい、完全に見透しが狂ったこと。気がついたのが、なんと大宮大橋を渡り終わったところ。久我橋を久世橋だと思っていましたから、そこまでかなり迂回をしていたのでした。そもそも、これがいけなかったのですが、そのAのミスは、祥久橋を久世橋だと勘違いして歩いたため、少し時間のロスをしてしまいました。そのBは、久世橋から阪急までが、思いのほか時間がかかるのを見誤っていました。結局、15分もオーバー。ウォーキングが終わったあとは、かなり腰にきていましたが、昨日は歩いている間は、足取りが軽くて、かなり快調に歩くことができ、快適なウォーキングとはなりました。
 「洛西」から、阪急で「十三」に移動。身体を休める目的で、駅近くのネットカフェへ。そのあと観る芝居の間に眠らないための対策です。そして「カフェスロー大阪」であった「隕石少年トースター」の公演「冷凍カプセルと流星群」を観てまいりました。ファンタジー系の芝居を観せる劇団で、若干子どもじみてるかなと思いっていた劇団でしたが、昨日の芝居は、全く趣を異にしたライトコメディという感じで、なかなか素敵な出来上がりに感服。二人の男が、いかがわしい冷凍カプセル販売会社の入社試験を承けるところから、話はスタート。一人は、今夜の流星群を眺めながら、結婚届に捺印をしようとしているのですが、リストラに遭ってしまい、このままでは結婚できないと焦っています。彼女には、まだリストラされたことは言えないでいるのです。もう一人の男は、妻から浮気とギャンブル狂いから離婚を迫られ逃げてきた男。迂闊に離婚すると、妻からの援助を受けることができなくなるのです。高収入の仕事でも見つかれば、離婚して安心して暮らせるというわけです。だが、彼らが就職しようとしている会社は、何やらいかがわしい。人間を冷凍させて、未来に復活させようというカプセルを販売しているというのです。それを、制限時間内で1台でも売ると、高収入の職を保障しようというのです。悪徳商法だと気がつきながら、背に腹を変えられない受験者は、販売に精を出そうとします。そこへ、別れたがっている妻が飛び込んできたり、恋人の仕事ぶりを伺いに彼女が来たりの大騒ぎになる中で、収まるところに収まるという、ま、お約束の結末なのですが、それが頗る心地好い終わり方。この劇団のイメージが、随分と変わりました。適材適所の客演陣の充実も目を惹くもので、いいラブコメディに仕上っていました。それに、いいスペースを見つけたものです。他の劇団の公演も行われているのかもしれませんが、自分的には初めてのスペース。喫茶店の奥に、あのようなスペースが広がっているだけでびっくりしてしまいました。
 一つ目の芝居が終わると、「十三」から「梅田」経由で「難波」に移動。毎度のごとく千日前のネットカフェで時間調整。そして、歩いて「恵美須町」駅上まで移動。夜は「in→dependent theatre 1st」で行われた「劇団ガバメンツ」の公演「READING RE」を観てきました。昨日は、連続していい芝居に当たりました。こちらの芝居は、形式が斬新。全て椅子に腰掛けたまま演じられたのです。椅子を回転させたり、椅子の上で、身体を倒すというようなことがあっても、全編役者は、椅子に腰掛けたままの演技なのです。もうこれだけで、充分にすごいこと。次に演出の特徴として、自分の気持ちを表現するのに、その本人が演じるだけではなく、他の役者が、当人の内面を、同時進行で朗読するという手法が使われます。このテンポが素晴らしいので、頭がついていかないほど。そのような設定で芝居が推移するのは、舞台上で、宮沢賢治の「注文の多い料理店」の朗読劇を進行しているという設定になっているからです。朗読劇の進行とともに、主宰者の男の女性関係を主に、朗読劇に参加している男女の人間関係が暴かれていくというものです。あまりにもテンポがよく、また第三者が他者の心情を語るというのが頻繁に起こるため、筋立てとしては単純なものなのですが、内容を追いかけるのに、観る者の頭の中は、かなり混乱していきますが、筋立てが複雑なわけではないことに気付いていけます。そんなですので、ストーリーを追うというよりは、ユニークな芝居の作り方を楽しむと言えばいいでしょうか。こうした表現方法を、よく思いつくものです。こういった着想の豊かさに出会うと、ホントに嬉しくなっちゃいものです。




2012年 10月 24日(水)午後 11時 17分

 最近、わりかし睡眠時間を確保できています。今日も、朝、目が覚めると思いの外の時間。結果的にウォーキングは断念。で、お出かけは11時を目安に。今日も、午後は「繁昌亭昼席」に行っておりました。福笑が、この1週間トリをとるということで、狙い打ちした落語会です。その番組は、次のようになりました。団姫「刻うどん」、扇平「手水廻し」、団朝「秘伝書」、サンデー西村「バイオリン漫談」、一蝶「にぎやか寿司」、文華「口入屋」、(中入り)、ビックリツカサ「マジック」、九雀「幽霊の辻」、吉坊「初音の鼓」、福笑「牛ほめ」。団姫の「刻うどん」は初めて。うどんをしつこく食べないで、すぐに横の男がちょっかいを出すというもの。従って、かなりスリムな仕上がり。今日は、扇平から文華まで、前半にダウン。前座が終わるとダウンというパターンが多すぎます。せっかくの文華の「口入屋」が出たのに、飛び飛びでは情けないのも夥しいですね。後半からは再生。いいメンバーが3人並んだものです。九雀が、この位置で出るのが珍しいので、何を出すのかと思っていたら、「幽霊の辻」。いいチョイスです。下げは、「私を幽霊だとは思ってないの」ではなく、幽霊の話をする男に、「私のこと、よう知ってるんやね」でした。吉坊は、マクラで骨董の話。「猫の茶碗」「しびんの花活け」が思い浮かんだのですが、吉坊はやってないはずと思っていたところ、「初音の鼓」を思い出しました。上方で手がける噺家さんが稀有なものなもので、なかなか思い浮かばなかったというわけです。序盤の、偽物列挙がおかしいですね。そして、福笑、なんと「牛ほめ」。若い頃の福笑を思い出しても、このネタをやっていたのは思い出せません。鶴瓶にはあるのですが。ですから、お宝高座っていう感じで聴いていました。また、噺の進め方も、「桃太郎」「千早ふる」のように、かなり自分流の演出を入れたものですが、全くオーソドックスなもの。ですから、若い頃に覚えたままを出してくれたというところでした。ただおもしろかったのです。同じテキストで、間の取り方、言葉のアクセント、気の入り方で、これほどまでに違うのかという高座。おもしろいものを聴くことができました。
 繁昌亭を出ると、天満駅近くのネットカフェで時間調整。夜は、久しぶりに鶴橋に移動して、「雀のおやど」であった「つるっぱし亭」に行ってまいりました。今日は、雀三郎が「口合小町」を出すうえ、もう一つが「軒づけ」ということで行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。染吉「米揚げいかき」、雀三郎「口合小町」、出丸「餅屋問答」、雀三郎「軒づけ」。染吉は、アウェー感を感じていたのでしょうか、軽めの噺を、堅い表情で演じていました。売り声が、なかなか出なくて困る部分をカットした「米揚げいかき」でした。「口合小町」は、演じ手の少ない噺。早口でテンポよく進めねばならないというところが、演者には嫌われるのでしょうか。おもしろいネタだと思うのですが。出丸が、なかなか快調。お得意のかみかみというのが出なかったのもさりながら、勢いがありました。マクラで、昔、師匠のざこばから、「元気に、頑張ってやってるだけで、お客には、それが伝わり笑ってくれはるんや」と注意されたことがあると言ってましたが、正に、今日の高座がそれ。今まで、随分と出丸の落語を聴いてきましたが、いっぱいいっぱいのところまでの勢いを感じた高座って、今日の「餅屋問答」ほどのものを聴いたことがないのじゃないかな。いい高座に出逢えたなの印象です。ざこば一門らしい気の高座でした。雀三郎の「軒づけ」はさすがです。何がいいと言っても、時々入る浄瑠璃が聴かせます。下手な語りも、うまく浄瑠璃ができるものですから、おもしろく聴こえるというものです。ただ、軒づけに歩く人は、天さんも、「鰻の茶漬」の男も、特に目立つように描かれたというものではありませんでした。軒づけをしている「集団」が、自分たちの思い通りに運ばないおかしさを追いかけたという印象でした。
 「鶴橋」からの帰り、JRは人身事故でストップ。改札口に向かって、大集団が階段を降りてくるものですから、何事が起こったのかと思ってしまいました。結局、「今里」「関目」経由で、時間をかけて帰るはめに。貴重な時間を奪われてしまいました。




2012年 10月 24日(水)午前 7時 55分

 一昨日の月曜日は、いい落語会が目白押しなのにも拘わらず、ちょっと鬱気味なのか、行く気がせず、まっすぐ帰宅。おかげで、余貴美子のルーツを探る番組を観ることができ、怪我の功名でした。
 そして、一昨日に比べると、がくっと気温が下がった昨日、涼しいじゃなくて、寒いという言葉が出るようになりました。昨日の火曜日は、目一杯の仕事の日。疲れた身体を引きずり向かったのは、谷六の「薬業年金会館」。昨夜は、こちらでの定番「旭堂南海の何回続く会?」があった日でした。昨日も引き続き「南総里見八犬傳(十三)〜犬村大角登場〜」が読まれました。マクラでは、東京に行ったとき、鯉風さんの運転で、館山に取材に行ったお話。物語の中の出来事なのに、史跡風に案内板が立っているおかしさを話されていました。昨日も、ここまでは良かったのですが、本題に入ると、前回と似た状態に。犬飼現八の話から始まりました。記憶のある話でした。京都で剣術道場を開いていた現八の夢枕に、他の犬士たちが立ち、バラバラになってしまったのを咎め、それを放置してしまっている現八を奮起させようとするものだったのです。そこで、再び旅立った現八は、下野に入ったところ、さる山の麓にある茶店で、山に棲むという化け猫の話を聞かされます。一人を除いて、化け猫退治に行き戻ってきた者はいなかった。その一人の来歴を話されている中で、犬村某が出てきましたので、昨日は、まだ登場していなかった犬村大角の登場する日だということが判ったまではいいのですが、そのあとの展開が判らないのです。一番最後に、「こうして犬村大角は八犬士の仲間入りをしました」と締め括られていましたので、間違いはないのですが、それを聞きたかったんだと、自分に突っ込んでも始まりませんね。




2012年 10月 21日(日)午後 10時 53分

 昨夜は大爆睡。その前の日が、甚だしい睡眠不足だったので、きっちり辻褄が合ったのはいいのですが、予定していたウォーキングが潰れてしまいました。昨夜は、夜中に一旦目が覚め、仕方なくHPの更新作業をし出したら、もう起きてられなくなり、倒れ込むようにダウン。体が悲鳴を上げていたっていうことですね。
 今日のお出かけは11時がメド。久しぶりに繁昌亭の昼席です。日曜日の昼席は避ける傾向にあるのですが、福笑が代演という形で、今日のトリを務めたもので行くことにしたのです。月曜日からは、福笑が新たに1週間トリを務めますので、再度、他のメンバーは変わっているということで、どこかの日に行くことにしております。今日の番組は、次のようなものでした。飛梅「延陽伯/平林」、染二「いらち俥」、蝶六「昭和任侠伝」、ともや・みちや「漫才」、達瓶「うどん屋」、春駒「天狗裁き」、(中入り)、瓶吾「犬の目」、竹林「相撲場風景」、菊地まどか(虹友美)「赤垣源蔵」福笑「葬儀屋さん」。飛梅は、「延陽伯」の「六甲の、、、」が出てこなくて絶句。「平林」に変更というありそうでなさそうなことをしでかしてしまいました。語り口のいい人なので惜しい話です。染二が、都合でなんでしょうね、二番手で出てきましたが、これが正解。地味なメンツが揃ったところに活を入れてくれました。但し「いらち俥」は、時間の関係でしょうね、「いらち」の出てこない「いらち俥」でした。蝶六は、昼席では、よく「豊竹屋」を出すのですが、今日は「昭和任侠伝」。「春蝶世代が客席に多いから選んだんちゃうか」とは、常連さんの弁。まだ「豊竹屋」だったら色変わりになったかもしれません。その辺りの読み違いも含めてイエローカード。達瓶は、キャリアのわりに噺家口調を会得できてない中で、酒呑みの噺は、ほとんどレッドカード。「うどん屋」は、「親子酒」のうどん屋をからかうところだけということです。春駒は、今日も「天狗裁き」。繁昌亭でかけるネタが限られ過ぎています。鶴瓶一門が二人と、珍しい番組。瓶吾の方は、達者な噺家口調になっていますが、これまた、いつも「犬の目」ではお粗末です。団体客がたくさん入った今日の昼席の鈍〜い反応を見透かしたように、竹林は、「落語とは?」から始めました。さすが空気を読むのがうまいうえ、なんとかしようという気概と、なんとかできる力量に感服。その上での「相撲場風景」ですから拍手です。要するに、そういった雰囲気だったのです。菊地まどかは、「赤垣源蔵」で通してるみたい。源蔵が、兄の家を辞去するところから始めました。下男に確かめに行かせるところもカットせざるをえませんでした。お目当て福笑は「葬儀屋さん」。「葬儀屋さん」と「入院」を久しく聴いてなかったので、聴いてみたいなぁと思っていたら、ドンピシャでした。次回が「入院」だったら、花○なのですが。
 繁昌亭を出ると、歩いて「中崎町」に移動。「コモン・カフェ」であった「茶ばしら」の公演「怪獣使いと少年少女」を観てきました。「コモン・カフェ」では、小さな芝居がかかっているのは知っていたのですが、実際に観るのは初めて。かつて、たまの会が定期的に行われていたところですので、ちょっと懐かしい気分。芝居は、「コモン・カフェ」の調理場兼カウンターを利用して、あるカフェに集う人たちの会話として進行。客たちは、オタクと言える人たちで、彼らが繰り広げる蘊蓄が、この芝居の売り。アニメ、怪獣、音楽、映画、コマーシャルなど、様々な分野の蘊蓄が、猛烈なスピードで語られていきました。黄紺的には、解るものもあり、解らないものも、いや解らないものだらけと言った方が正しいでしょう。そういったカフェに、一人の女性が現れます。人探しをしていると言います。しかし、話をしている中で、この女性もオタク系、また探している相手というのが、このカフェに、かつて集っていた映画オタク。ということで、結局、オタクの語りを楽しむ芝居となり完結するという、それはそれで貴重な芝居、楽しめる芝居でした。こんなの書ける人、尊敬しちゃいます。絶対、自分にはできそうじゃないっていう雰囲気感じたものですから。また、粒ぞろいの役者さんを揃えているのも、この芝居の強みです。狭い空間、身体を動かすのすら難しいところを計算尽くした演出ともども、いい芝居を観せてもらいました。




2012年 10月 19日(金)午後 11時 3分

  京都市内遊歩(23)

 今日は、珍しく午前中に、京都でウォーキングをしてから大阪に回るということをしてみました。京都からの大移動の電車の中で体を休め、午後の落語会で眠らないようにしようという魂胆でした。その詳細なコースは、次のようになりました。京阪「伏見稲荷」駅〜伏見稲荷退大社〜京都市立稲荷小学校〜伏見稲荷郵便局〜JR「稲荷」駅〜師団橋(第2軍道)〜深草東児童公園〜深草西公園〜気楽堂〜地下鉄「くいな橋」駅・京都府立京都高等技術専門校〜水鶏橋〜京都拘置所〜新道橋〜村山保育園〜稲村橋〜京都市立祥栄小学校〜京都市立山ノ本保育所〜鍋ヶ淵橋〜大宮大橋〜近鉄「竹田」駅。まず、今日は稲荷神社に行ってみたかったのっです。単にお社を見てくるだけじゃなく、裏手の千本鳥居を歩いてみたくなったのです。そしたら、観光客の多いことにびっくり。なかでも中国からの観光団が複数来てました。秋の京都が人気で、その中に稲荷神社が組み込まれているのに隔世の感がしました。それから、藤森方向に歩き、京阪電車を西に超え、竜谷大の西側に出てから鴨川を渡り、若干、十条よりにあるいたあと、一つのポイントとしていたのが、祥栄小学校。ここを越えて、桂川も越えたかったのですが、時計を見ると到底無理。京阪沿線に戻ってきたかったのですが、早々と諦め、「竹田」駅を終点と見込んだのが正解。ジャスト2時間で到着でした。
 「竹田」駅から「丹波橋」「京橋」経由で「新今宮」に移動。午後は、今月4回目となる「動楽亭昼席」に行ってまいりました。今日は、可朝が出るということで大入り。椅子の付け足しなんかをやってました。その番組は、次のようなものでした。弥太郎「刻うどん」、市楼「市民税」、しん吉「初天神」、鶴二「ねずみ」、(中入り)、かい枝「お玉牛」、可朝「野ざらし」。この時間に寝ないようにの配慮は功を奏しませんでした。移動の電車の中で、かなり体を休めたと思っていたのですが、それでもダメ。弥太郎の途中から、市楼、しん吉が、半ば以上のダウンです。どうすればいいんでしょうか? 市楼が、せっかく家の芸的ねたを出したのに、残念です。鶴二で、目がくっきりしました。上がるなり「可朝師匠は、まだ入っておられません」の一言で、お目めぱっちりです。その一言で、会場も湧くのですから、おかしなものです。可朝のキャラが、来ないことすら待たせているみたいです。そんなこともあり、長講「ねずみ」。鶴二の持ちネタだということは把握していましたが、初遭遇でした。それぞれの登場人物をくっきりと描き分けていて、なかなか好感。かい枝が登場して、可朝の楽屋入りが報じられて、また湧く会場。笑いを取ったかい枝の方がやりにくそう。かい枝の「お玉牛」は2度目と思います。もっとあるかもしれません。古風な雰囲気を出していていいのですが、そこに無理やり、現代的な物言いでくすぐりを放り込みます。サービス精神旺盛というところでしょうが、せっかくいい雰囲気を出しているのに、実にもったいない。そして、可朝。カンカン帽にメガネは相変わらず。大阪ネタ、ノックネタを振ってから、秋の夜長の男女話に入り、自然と「野ざらし」へ。可朝が、「野ざらし」を持っていりことを知らなかったもので、耳がダンボに。声の張りなんかは衰えを感じませんが、高座数が減っているからでしょうね、間がというか、テンポというか、その辺が80%くらいか。長いマクラと併せて30分の高座でした。なんか冬眠から出たての可朝というところでしょうか。
 「動物園前」から「扇町」まで移動。今日は、天神橋商店街にあるネットカフェで時間調整。そして、夜は「繁盛亭」。久しぶりでした、繁盛亭。今夜は「テーマ落語会vol.6〜こんな事になろうとは。結果、最悪特集〜」のあった日。福笑主催の会で、ユニークな内容のため、毎年満員となる会。今年の番組は、次のようなものでした。たま「ペッパーラッパー」、福笑「雨に濡れても」、三喬「手水廻し」、(中入り)、生喬 「須磨の浦風」、福笑「便利屋さん」。「ペッパーラッパー」は、ようやく聴けました。三金作だそうです。それを、たまがてこ入れしたものの上演です。「くっしゃみ講釈」のディスコ版というもの。全く「くっしゃみ」に沿って噺は展開。覗きカラクリのところは、ピンクレディの曲で代用。これがすごい。「講釈」のところは、レディ・ラガの曲を歌う、しかも訳詞を紙芝居風に繰っていくというもの。もうアイデア満載で、大受け。「雨に濡れても」も初もの。女の別れ話の片棒をかつぐことを頼まれた男、思いがけない展開で、完全に蚊帳の外。それが、「結果最悪」ということなのでしょう。三喬は、「手水廻し」を大阪の宿に泊まるところまでは、通常の方で進めたのですが、大阪の宿で「手水」を頼むと長い頭の男が出てきて、場内仰天の笑い。しかも、長い頭を使いエロいことをやっちゃうというハチャメチャ。下げだけが、いつもと同じものでした。生喬は、余興に行っていた沖縄から駆け付けての参戦。「須磨の浦風」も、最後でとんでもないことに。取り替えられた「浦風」を嗅いだ紀州の殿さん、その臭いがやみつきに。日々、須磨から「浦風」を運ばせるのだが、ある日途絶えてしまった。慌てて場内で間に合わせると、いつもと異なる臭いに訝しがる殿さん、「浦風は須磨に限る」と、見事に「目黒の秋刀魚」のパロディに仕立ててしまいました。福笑「便利屋さん」は、先日繁盛亭の昼席で福笑が出したもの。健康オタクの男に、健康に一番いいとストレス解消をするのが一番と勧められてやってきた「便利屋」。ここに持ち込まれる仕事依頼のリストが傑作。男の初仕事は、女子プロレスで客を煽るという仕事ということで、、、。福笑の二題は、持ちネタからすると、ともに小ぶりだったかな。




2012年 10月 18日(木)午後 11時 19分

 今夜も引き続き「第8回徳徳亭講談続き読みの会〜新鋭四人会〜」へ。昨夜が一人ということで、かなりびびってしまったのですが、今日は大丈夫でした。つばなれはしませんでしたが、昨日からは、だいぶと離れました。続き読みを掲げるこの会、番組は、次のようになりました。南斗「越ノ海勇蔵」、南舟「道具屋吉兵衞」、南青「安倍晴明」、南湖「佐賀猫騒動」。南斗、南舟のお二人は、続き読みではありませんでした。南斗くんの方は、ネタ出しの段階で判っていのですが、南舟さんの方は、「善悪二筋道」の「Pert1」「Pert2」となっていたものですから、琴調師からもらった東京ヴァージョンというのは、そのようになっているのかと期待してしまいました。が、実際は別のネタ。ピカレスク、それも質の悪いピカレスクもの二題ということでした。「道具屋吉兵衞」は、あまり出ない話。侍から手に入れたお道具の中から出てきた小判を騙し取った吉兵衞は落ちぶれ、目も見えなくなってしまった。日が経ち、落ちぶれた格好で街をさ迷っているときにぶつかった人力車に乗っていたのが、かつて小判を騙し取った相手。よくできた人物で、吉兵衞の哀れな姿を見て、救いの手を差し出すという話なのですが、両者を取り持つのが、正直者の吉兵衞の妻子。ここに、確かに「善悪二筋道」はあることはあるのですが。ということでの看板出しだったということなのでしょう。「安倍晴明」は、有名な安倍保名と、狐が化けた葛の葉の出会いと別れが読まれました。葛の葉と保名の仲をやっかむ男の讒言で、相模に流された葛の葉の一家。葛の葉に思いをかける保名が願かけをしているときに、命を助けた狐が葛の葉に化けて夫婦になるが、本物の葛の葉が現れ、ジ・エンドとなるくだりです。ネタ出しは「妖術対決」。晴明と芦屋道満の対決の予定が、晴明は子どものままで終わっちゃいました。情けなかったのはそのあと。この会で聴くために残してあった南湖さんの「佐賀猫騒動」に入り、昨日のおさらいが終わったあとから、記憶が途絶えてしまってるのです。もうサイテーです。




2012年 10月 17日(水)午後 11時 23分

 今日は、明け方より雨。早々にウォーキングは断念。家で、冬と春に行くオペラ紀行の予習をしていました。で、12時をメドにお出かけ。今日はまず、動楽亭の昼席に行ってまいりました。わりかしいいメンバーの揃う「動楽亭昼席」を外すわけにはいきません。今日の番組は、次のようになりました。小鯛「動物園」、佐ん吉「犬の目」、かい枝「豊竹屋」ざこば「崇徳院」、(中入り)、文福「フルムーン」、染丸「子は鎹」。最近、ウォーキングをしてから動楽亭に行くと、ほぼ前半はダウンということが続いています。今日は、そういった意味では大丈夫なはずが、いつも以上にダウンを喫してしまいました。佐ん吉とかい枝なんて、ネタの欠片すらも聴けていません。ですから、帰り際に貼り出されるネタ表で、初めて知った次第。ざこばの逸品「崇徳院」も、「瀬をはやみ」と大きな声で歩いているごく一部しか聴けてないのです。やかましい文福の高座も同様というので、すっかり心地好い座椅子に馴染んでしまったようです。ですから、まともに聴いたのは染丸だけ。それが「子は鎹」というからついている。先日聴いた染左の基を聴くことが聴けたのです。染左の口演を聴いたとき気になっていたところは、染左に起因するのではなく、染丸に起因することが判明しました。虎ちゃんが母親と話すところで、父親の女性関係にさぐりを入れなかったり、あまりにもあっさりと、鰻屋の2階に上がってしまい、バタバタ感がしてしまうのは、全く染丸流でした。気に入った点も、従って染丸流。冒頭部分です。ケンカをするくだりから入り、噺の枠組を決めてくれています。今日は、米朝一門だけでない番組にしては、いい入りでした。雨降りという悪条件も加味すると、尚更いい入りと言える昼席でした。
 動楽亭を出ると、徒歩で千日前に移動。いつものネットカフェで時間調整。夜は、徳徳亭であった「第8回徳徳亭連続講談席〜新鋭四人会〜」に行きました。明日との共通チケットを購入。2日で続き読みが行われる会なのですが、客は、なんと黄紺だけでした。午後の部は、そこそこ入ったそうですが、聴く方も居心地が良くなく、演者さんも目線の持って行き方で困っておられました。その番組は、次のようになりました。南斗「那須余一」、南舟「善悪二葉の松〜名刀捨丸〜」、南青「安倍晴明 救世主誕生」、南湖「佐賀猫騒動 化け猫の祟り」。南斗くんは、お馴染みネタ。南舟さんは、東西交流で琴調師からもらった「善悪二葉の松〜名刀捨丸〜」。旭堂では「善悪二筋道」として演じられもので、扱いが重たいもの。それをもらったのですから、お得感が大きい。また、今日の口演を聴いて、東西交流の良さが、特に南舟さんに現れている印象を持ちました。とってもスケールが大きくなっているのです。一方で、琴調テイストが出てないので、いい勉強になったと思えました。善悪に分かれた兄弟が再会したのは、強盗の犯人と被害者と間柄で。被害に遭った弟は、どこまでも正直に行動し、その結果、兄弟が名乗りあう機会が訪れます。悪の道を走ってきた兄には辛い再会でもあり、且つ目覚めのときでもあるのですが、そうなればなるで後悔が出てきてしまい、執った行動は、無残なものでした。いい話だが、辛い話でもあります。南青くんの「安倍晴明」は、今日は、安倍家の由来、そして保名と葛の葉の出逢いが話の中心。陰陽師が主人公ですから、超能力的な話が出てくるのがおもしろい。南湖さんは、本ネタに入る前に、特別サービスとして琴梅師から稽古をつけてもらっている「本能寺」の一部を披露してくれました。かなり慣れない言葉が続き、覚えるのが大変そうなものです。いずれにか、全編を聴くことができるでしょう。「佐賀猫騒動」は、「鍋島騒動」と言われるもの。今日は、肝心の猫が、最後の方でちょっと出てきただけ。話の枠組みとなるのだろうと思える某家の跡取り問題が読まれました。子どもがない家に養子に迎えられたが、そのあとに実子が生まれたものだから疎まれた男が、はずみで義父を殺してしまう。そして、その男も責任上腹を切り、家が守られる。この話が、明日の展開に、ましてや猫との関係はどうなるんでしょうか?




2012年 10月 17日(水)午前 7時 26分

 一昨日は、真っ直ぐ帰宅。そういった日には珍しく熟睡。HPの更新も、朝の出勤間近に出来上がるという始末。睡眠時間が確保できたらできたで困っています。
 そして、昨日は、詰めたデスクワークの一日。思ったほどの時間がかからなかったので、思いがけないフライング気味のお仕事。これで、次回の勤務日が楽になりました。夜は高津神社へ。今夜は、こちらで「たまのお試し落語会」がありました。その番組は、次のようなものでした。紫「平林」、たま「胎児」「かけ酒」、雀五郎「阿弥陀池」、(中入り)、たま「七度狐」。紫は、初めてたまの会に出番をもらったとか。おもしろい、変わった「平林」を聴かせてくれました。定吉が、名前を尋ねる人は、皆同じ人。そして、その隠居が、違った読み方を繰り返すというもの。また、名前を教えてもらった定吉が、町内にいるか尋ねる相手も同じで、結局、定吉は、二人の人の間を往復するというもので、しかも、その隠居が平林さんというもの。元ネタを崩さないでの改変がおもしろいのですが、誰の改変なのでしょうか、今のところ心当たりがありません。ゲスト枠は雀五郎、もうちょっと大きなネタを持ってきても良かったのではの雰囲気です。「でこに小判」が出てくるのは、誰の「阿弥陀池」でしたっけ。九雀だったかなの記憶ですが、も一つ自信がありません。要するに、雀五郎の型が、それだったもので。たまは、新作2つに古典1つのラインナップ。中でも、「胎児」を聴けたのが大収穫。新作ベストと言っても、いい作品ですが、最近は、ほとんど出してないんじゃないかなぁ。お腹の外の世界が前半、後半が、お腹の中の胎児の会話になります。双子の胎児という設定を持ち込み、落語の姿となる対話が可能な設定に仕上げています。また、胎児の様子を診るエコーを使い、お腹の外と内でのコミュニケーションも実現するという斬新な試みもあります。「かけ酒」は、一時頻繁にかけていた新作もの。「一人酒盛」を彷彿とさせるもの。酒場で、そこのママを相手に呑んでる設定。一つ一つのくすぐりに無理やりっぽさが消えています。かなりの進化で固まった感じがしました。たまの「七度狐」は久しぶり感があります。狐に欺されそうになると、そのモティーフとなるお囃子が入ります。ワグナー的発想です。麦畑で欺されたあと、山寺に移るのが早い。そこで、もう欺される雰囲気にもっていくのが可笑しい。庵主さんに泊めてもらう交渉をするところはカット。べちょたれ雑炊も出てきません。これは、ちょっと寂しい。べちょたれ雑炊は、「七度狐」の主要アイテムだと思うので。最後、狐を追いかけるのもカットで、あっさりと「欺されよった」でおしまいでした。これはこれで、おもしろい「七度狐」じゃないかな。ということで、たまテイスト満載で満足です。




2012年 10月 14日(日)午後 10時 15分

 5連休も最終日となりました。10月の末には、仕事の関係で休暇を取りやすく、最大10連休にすることができる時期があることに、最近気づきました。すわドイツでオペラかと思ったのですが、気づくのが遅く、それは断念。半分の5連休は、容易くできるということで、朝からプチ旅行の算段。うまく計画を実行できる運びとなりました。
 ま、それはいいとして、今日は、午前11時をメドにお出かけ。まず「一心寺門前浪曲寄席」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。春野ココ(沢村さくら)「おとぎ浪曲カチカチ山」、泉敏栄(藤初雪)「子別れ三度笠」、天中軒雲月(一風亭初月)「心の故郷」、天光軒満月(美勝勝廣、紀ノ本孝子)「雲ェ門一代記」。春野ココは、「おとぎ浪曲」シリーズが持ちネタ。だけど、それ以外にネタがあるのかと思うほど、毎回これ。泉敏栄は、先日、文楽劇場で聴いたと同じネタ。そないなネタが続いたためか、うとうと。藤初雪は、初月さんの下に当たられる方。今回初めて、この名前でお目通でした。天中軒雲月のネタ出しは「心の故郷」、ご本人が言われたのは「哀れな孤児」。同じものを違った言い方をしただけかもしれませんが。「今日は、お若い方もいらしているので新しい話を」と言って始まった途端、「昭和5年のこと」にはひっくり返りました。養い親を助けるため、車への当たり屋をして金を稼ごうとした少年。当たられた車の持ち主が親切な人で、事情を詳しく聞くにつれ、支援を申し出る。少年2人が孤児だと判ったことから、事情を尋ねて行くと、秘められた過去が明らかになってくるというもの。いかにも浪花節ってやつなのですが、こうしたヴェリスモ話があって、浪曲は人気を博したという側面があるので、一番浪曲の中に生きる感性を知るのにはいいのでしょうね。ネタが少ないという印象の満月さんは、初めて聴く「雲ェ門一代記」に当たり、ラッキー! 桃中軒雲ェ門の若かりし頃、岡崎の町で世話になった小屋主さんに、名前が売れてから恩返しをする話。単純だが、いい話です。終演後、雲月さんの新曲披露がありました。浪曲の寄席は、これがあります。嬉しい付録です。
 一心寺南会所を出ると国立文楽劇場へ。11月公演のチケットを買うのを忘れていたのです。それから、いつもの千日前のネットカフェに行き時間調整。夜は、地下鉄で「動物園前」に移動して、「動楽亭」であった「第12回兄丸寄席〜し・シマウマの巻〜」に行ってまいりました。ざこばの弟子そうばの会です。その番組は、次のようなものでした。優々「つる」、そうば「へっつい盗人」、まん我「蜆売り」、(中入り)、そうば「茶の湯」。一席目、そうばは、「私の高座の特徴はマクラが長いこと」「それは本題の落語に自信がないから」なんて言いながら、昨日から今日にあったことを話してくれました。大変な過密スケジュール。昨日は、米朝一門の若手19人が出た「十九箱」という会に7時間拘束され、深夜には「24時間マラソン落語会」に出番があり、今日の昼間に「動楽亭昼席」に出てと、まともに寝る時間がなかったという話。このマクラのおかげで、パスした「十九箱」という気になる落語会の様子が判りました。「へっつい盗人」は、なかなかいい出来。そうばベストかもしれません。喜六のアホさがいいのです。はしゃぎ過ぎでアホさを表すことは、よくやられます。そうばの表現にも、もちろんそういう部分もあるのですが、何をしていいか分からず、ずぼーっとおっ立つという手法を採ったのは、初めて観ました。そのときの、困りながらも清々しい表情が、なかなかのものでした。逆に「茶の湯」は、余計なことをしてしまいました。「茶の湯」の作法を外すだけでおかしいのですが、そのおかしさがおいしいとばかりに、変なだめ押しをすると、しつこくなり、口演自体が下品になってしまいます。気をつけねばならないことです。ゲストのまん我は、惜しげもなく十八番の人情噺を出しました。真冬の噺ということもあり、そうばからのリクエストがあったのかもしれないのですが、気がつくと、まん我は、11月の京都の独演会で、このネタを出すことになっていました。ですから虫干しをして、自らの人前お稽古を企てたのかもしれません。まん我の人情噺シリーズの中の一つで評価の高いもの。久しぶりに聴くことができました。




2012年 10月 13日(土)午後 11時 17分

  京都市内遊歩(22)

 今日は、朝から息子が車を出して墓参り。普段してないことをしてしまいました。そのあと、買い物のために、黄紺は車を降り、用事を済ませると、そのままウォーキングに移りました。昨日に続いて、京都市内を巡るウォーキングとなりました。その詳細なコースは、次のようになりました。大丸京都店〜大原神社〜京都堀川仏光寺郵便局〜天道神社〜京都壬生松原郵便局〜西大路五条〜西大路七条〜若一神社・平清盛公西八条殿跡碑〜JR「西大路」駅〜京都府立洛陽工業高校〜花園児童公園〜京都市立南大内小学校〜東寺〜京都駅八条口〜京都市立下京渉成小学校〜七条大橋〜京阪「七条」駅。まず、四条通にほぼ並行に、西大路通まで移動。前半は鉾町を通り抜ける道。少し歩いていると、壬生寺の南側の道と気づく。せっかくだからと、中を軽く一周。西大路通に出ると、西大路九条が見えかけたところで、道を東にとりました。「東福寺」駅を終点とするなら、九条通を真っ直ぐに東へ行けばいいのですが、それならば時間が余るのではと、「七条」駅を目指したところ、目測ミス。京都駅をようやく越えたところで、残り5分という始末。結局7分オーバーで「七条」駅到着でした。
 「七条」からは大移動。大変混みあう京阪特急に乗り大阪へ。早く大阪に来すぎたので、千日前の普段行かないネットカフェで時間調整。そして、夜は、ワッハの7階であった「林家亭10月席〜染左開発計画〜」に行ってまいりました。今日は、大きな落語会が目白押し。だけど、自分の琴線に触れるものはなく、ぽっかりと空いていた空白の時間帯、それを見透かしたように、染左さんから案内メールが届いたのが、ほんの数日前。実は、この会があるのがチェックミスで抜かしていたのでした。染左さんの持ちネタからすると、ちょっと異質な感じがする「子は鎹」が出るというので、飛び付いた次第です。その番組は、次のようなものでした。咲之輔「ぜんざい公社」、染左「平林」、由瓶「転宅」、染左「子は鎹」。咲之輔は、今日はまともに「ぜんざい公社」。現代に会うように工夫されており、ちょうばのこのネタと並ぶ出来栄えに。由瓶は、染左との違い、都会育ちと田舎育ちを、マクラで振りまくり、とどの詰まりは、女にもて方が違うというところに持っていき「転宅」へ。女に、一瞬でもの躊躇い、居直りの欠片も見させなかったのに抵抗を感じちゃいました。そして、盗人から金を巻き上げる挿話はなし。カットしたのか、抜かしてしまったのかは不明。明くる日訪ねてきた盗人が盗人と、際どく見分けられない言い方を考えなきゃならないはずなのでしょうが、あれだったらバレるやろという言い方にも抵抗を感じちゃいました。染左は、2つとも初演。「平林」もそうだそうで、これは意外なことでした。落語教室で教えるときは、このネタを取り上げていたというので、全くさらの状態ではない由。教えていると、やってみたくなったと、パンフレットに書いてました。「子は鎹」は、虎ちゃんが母親といるヴァージョン。構成上良かったのは、廓から酔いつぶれて家に帰ってくるところから始めたこと。夫婦喧嘩のくだりが入ることにより、最後に二人が出会う重みが、全然違ってきます。口演の中で気に入ったのは、木場に向かう熊五郎と、親方の会話。熊五郎が、しみじみと、自分の行状を回顧するのが、またそれを聞きながら相づちを打っていく親方の会話が、実にしみじみしていました。染左が、こうしたところに進境を示すなら、もっと手がけて欲しいネタがちらついてきます。初演として、この部分に成果を残せたのは、とっても大きなこと。虎ちゃんが、まだ描ききるには時間がかかりそう。子どもらしい物言いとか、工夫が要りますね。母親が出てきてからは、ちょっとバタバタしちゃったかな。母親が、熊五郎と会ったときのことを尋ねるくだり、結構あっさり系。熊五郎が一人身か尋ねるくだりが、少なくとも入ってもいいんじゃないかな。なんか、母親が出てきてから、総じて言葉が少なくなっていった印象。正直言って、初演のため、台詞が跳んだ可能性は否定できませんが。総じて、今後に期待の持てる出来栄えに拍手です。最近、噺家さんの間で、「子は鎹」は大人気。その中でも、トップランクに躍り出たという雰囲気です。




2012年 10月 13日(土)午前 0時 12分

  京都市内遊歩(21)

 昨日は、仕事のない日。でも職場に行き、冬の旅行の打ち合わせ。職場の同僚と、冬はオペラを求めての旅を計画しているのです。かなり煮詰まり、昨日は、鉄道の打ち合わせ。
 で、今日は、午前中にウォーキング。久しぶりとなりました。ま、東京なんて行っていたので、その時間がなかったと言うのが正しい言い方でしょうが。そのコースは、次のようになりました。京阪「丹波橋」駅〜京都市立板橋小学校〜京都市立板橋幼稚園〜京都市立伏見中央図書館〜聚楽橋〜三雲橋〜京都市立下鳥羽幼稚園〜京都市立下鳥羽小学校〜中島共同墓地〜京川橋〜天神橋〜久我橋〜「久我」交差点〜妙昌寺〜誕生寺〜久我橋〜天神橋〜京川橋〜鳥羽離宮南殿跡〜城南宮〜白河天皇陵〜内畑児童公園〜近鉄「竹田」駅〜京都市立竹田小学校〜京阪「藤森」駅。今日の狙いは、久我を目指すこと、但し、桂川を越えたあと、再び桂川を越えないと、あとあとが大変なので、どうしても再度桂川を越えねばならないのだが、単純に同じ道を戻ること。これを鉄則にしました。でないと桂川を越える橋が少ないものだから、2時間という枠内のウォーキングが、かなり難しくなってしまうのです。ですから、今回は場合だと、久我橋を2度綿っているのです。もう一つの目玉は、城南宮を抜けたこと。今まで近くを通りながら実現していなかったこと。大概近くを通るときは、時間に追いたてられていたのじゃないかな。そんなで、ウォーキングでは初めて実現。そして実際に歩いてみて、「竹田」駅との距離感を把握することができました。思いの外遠いという感じはしませんでした。かつての鳥羽離宮の跡ということをご存知なのでしょうか、平日の昼間にも拘わらず、観光客とおぼしき方が歩いておられました。
 ウォーキングが終わると、一旦家に戻り静養。午後1時をメドにお出かけ。行き先は、伊丹の「AI-HALL」でした。今日は、こちらで「突撃金魚」の公演「夏の残骸」が行われたのです。ただこの芝居、3ヶ月ほど前に、エッセンス版が上演されたものを膨らませたものでした。かなり猟奇的な作品。あるゴミ屋敷に侵入した強盗、そこに住む女に、逆に包丁を奪われ、女の言いなりになっていく。その流れとは別に、その女と一緒に暮らしていた男との生活が流れていく。詩人を名乗る男は、声の暴力で女を支配している。ところが、女はそれに不満を見せている様子が見られない。もう一人、大きな役割を果たす女がいる。どこか近くの喫茶店で働いている女だが、別に援助交際で金を稼いでいる。その客に、詩人カップルの部屋に住む男が客になっている。そして詩人自身も。詩人の隣部屋の男は、隣から大きな声がしようが、悪臭がしようが無関心である。全く自分的ルールで生きる男だ。強盗が、一番まともに見えてくる芝居。社会的規制から外れおのがルールで生きている人間模様を描いたこの芝居、やがて狂気の風景が、舞台に現れる。詩人が消え、悪臭が立ち込め、死肉を喰らう二人の女が描かれるのがクライマックスか。エッセンス版では。ここで終わったのだが、今回は、蛇足っぽい部分が連なります。あまりの光景に黄を失った強盗の夢の中と、後日談っぽい話です。舞台だけではなく、客席の上に太い針金を使い、独特の空間作り。それはそれで興味深いものなのですが、猟奇的な展開、声の暴力によるDVっていうのを、舞台上に見えられてしまうと、正直引いてしまいます。
 「伊丹」から、JRで梅田に移動。かっぱ横丁近くのネットカフェで時間調整。夜は、「テアトル梅田」で、ポーランド映画「ソハの地下水道」を観てきました。ナチス支配下のポーランドで、地下水道に身を潜めたユダヤ人を、地下水道管理人のソハが救った話です。ユダヤ人狩りが行われるなか、自宅から地下水道への穴を掘ったユダヤ人が逃げ込み、それを仕事の途中、偶然発見したソハが、最初は金目当て、途中からは金を度外視して助けるというもの。観る前から、ある程度予想はしていたのですが、地下水道に身を潜めたユダヤ人に、襲いかかる苦難を、いかにソハが乗り切るのか、ハラハラドキドキの展開になるのではと思い、ちょっとは観に行くのを止めようかとも思ったのでしが、行っちゃいました。そしたら、ドンピシャの展開に。逃げ込んだユダヤ人の中での恋あり、親子愛、裏切り、出産、大雨による水没の危機、外からはナチス親派による探索が再三あり、ソハの夫婦間の温度差、ソハの部下の離反と死などというものが絡み、ハラハラドキドキ。なんかサスペンスものを観ているのと同じような気分にさせられました。途中、「だから止めようかと思ったんじゃないの」と、自分に突っ込んでたのですが、終わるとわりかし爽快感を味わえるものだから、また次も観てしまうのでしょうね。実話だそうです。地下水道に身を潜めていた子どもが、成長後、14ヶ月にわたる逃避行を著したということのようです。




2012年 10月 10日(水)午後 11時 4分

 昨日は、遅くまでお仕事。狙いの落語会も諦めてお仕事。帰ってきて軽く晩酌をしただけでダウン。この間続いていた寝不足に限界が来たみたいです。
 今日は、お昼の12時をメドにお出かけ。行き先は「動楽亭」。こちらの昼席が、今日のお楽しみでした。なかなかいいメンバーが揃った昼席の番組は、次のようなものでした。鯛蔵「宿屋町」、雀太「粗忽長屋」、しん吉「若旦那とわいらのエキスプレス」、千朝「鹿政談」、(中入り)、吉弥「お玉牛」、雀三郎「高津の富」。今日は、眠ってしまわないよう、ウォーキングをしないで、動楽亭に行ったのですが、前回ほどひどくはなかったのですが、中入り前は不調でした。不調のピークが雀太のところ、しん吉のところで持ち直し、千朝の中途が飛んでしまってます。鯛蔵は、「発端」を米紫から習ったときのエピソードを紹介してからネタへ。「宿屋町」は、演じ手が減ってきているだけに嬉しい口演。「粗忽長屋」は東京ネタ。上方で出るのは珍しい。しん吉は、10月14日が鉄道の日で、その日に、鉄道三昧のラジオ番組に出る話から、ずっと鉄道ネタ。となると、お定まりのトワイライト・エクスプレス・ネタでした。千朝のところでダウンしちゃいけません。これは猛省しなきゃならないところです。吉弥の「お玉牛」は初遭遇のはず。土俗的な田舎くさくなる噺を、それはそれでいいのですが、ご陽気にいちびり噺に仕立てた吉弥の力量に感心です。雀三郎は、想定外の「高津の富」。中入り時に、ご常連さんと「口入屋」「はてなの茶碗」かなの話をしていたところでした。確か、雀三郎の「高津の富」も初遭遇のはず。序盤のホラ話の中で、家の大きさを言うくだりが入りました。宿屋町が3つあり、庭から山賊が出たというもの。また群衆の中で2等が当たるという男は、「当たらへんかったら」と問われ、茶漬けではなく、うどんを屋食って寝るそうです。当たり籤の確認をするところは、しつこくならないような配慮が看え、自分的には拍手。ということで、意識がはっきりしているところでは、いいもの聴いたぞの気分。満足です。
 動楽亭を出ると、千日前までのミニウォーキング。そして、定番のネットカフェでの時間調整。夜は、ギリシア映画を観ることにしました。場所は、「心斎橋シネマート」です。カンヌ映画祭「ある視点部門賞」受賞作という看板がかかった「籠の中の少女」という映画でした。自分的には、「カンヌ映画祭」という看板がかかると、引く方が大きいところがあるのですが、ギリシア映画というところに惹かれて覗いてみました。確かに「カンヌ」が喜びそうな映画。実験性が高く、テーマ性を押し出そうとしていましたから。ましてや「ある視点部門」ですから。父親は、大きな工場の管理職を思わせる裕福な家庭。そのゴージャスな家に、子ども3人(男1人、女2人)が囲われている。高い塀に囲まれた家。外からの攻撃に備え、犬になり吠える稽古をする家族。様々な知識獲得の勉強をしているのだが、外の社会に出ないと見聞できないものは、正確な言葉が教えられない。電話は母親の部屋に隠されている。食事は家族全員で行い、正装で臨む。ただ性欲の処理には熱心で、息子に、父親は会社の女に金を渡しあてがっている。子どもたちには、外部の人間と接触する唯一の議会だ。綻びが、ここから生じてくる。その女が、自らの性欲の処理に、姉妹の方に、ものと交換に相手をさせるというところが、その綻びが生まれる発端となる。完全なる父親の、いや夫婦と言わねばならないかもしれないが、親による子ども独占の狂気の世界である。外部との交流を断つことにより、内なる家族の絆を構築しようという狂気、社会性を断ち切られている彼らは、他者を容易く傷つけ、感情のひだが単純、行動も極端、個性に乏しい。それらを、映画一本を通じて描いていきます。カメラワークも、それに呼応して、顔を外すアングルを多用していました。没個性の人間を、視覚的に表す手法が、そのようなものでした。父親の超家父長支配という設定は、ギリシアだからなのでしょうか。それとも、この映画の設定を、僅かでもリアリティあるように進めるための道具だったのでしょうか。




2012年 10月 9日(火)午前 0時 11分

 この間、4連休になったので、またまた東京プチ旅行。その記録です。今回は、芝居と演芸巡りの日々となりました。

 10月5日(金)

 4連休を利用して、再び東京に来ています。毎度の如く、演芸巡り、芝居巡りです。今回は、都合上、音楽会はありません。まず東京に着くと、あとのことを考えた場所に荷物を預け、「六本木」に向かいました。「サントリー美術館」で行われている「お伽草子」展に行ってまいりました。これは、実におもしろく、期待を裏切らない素晴らしい美術展でした。遊び心に溢れ、また中世近世にかけての人々の感性が伺い知れるものとして楽しむことができました。どうやら、役割を終えた観のあるお公家さんらが、ありあまる学問的素養を背景に、想像力を逞しくして創作を始めたのがルーツにあるようですが、おもしろいものですから、大衆的人気を博し、様々な摸本が生まれ、また内容も、職人が登場したりと庶民化していったようです。「職人歌合」や「付喪神」の活躍する絵図、そして極めつけが「百鬼夜行絵図」となるのです。「百鬼夜行絵図」は、一番の元本となる絵図と摸本の一つが展示されており、本美術展の目玉となっている展示品の一つです。傑作なのが、茂山家が「妙音へのへの、、、」として狂言化してしまった「福富草紙」。完全に「宇治の蛍躍り」です。「今日はお腹の具合が悪く脱糞」には笑ってしまいました。書き上げるとキリがないのですが、丹後の浦島神社からは、浦島伝説を表した絵巻が来ていましたし、酒呑童子を表したお馴染みの絵巻など、中世から近世にかけて、この国は豊かな物語に溢れていたことを知ることができましたし、何よりも、豊かは発想に、思わずほほ笑むようなものが多く、純粋に楽しむことができました。狙いは、ドンピシャ大当たりでした。
 「六本木」から、大江戸線で「新宿」に移動。毎度お馴染みの買い物をしてから「中野」に移動。午後は、「なかの芸能小劇場」であった「講談協会」の「中野講談会」に行ってまいりました。「中野講談会」は、もっと頻繁に開かれているのかと思っていたのですが、年3回の開催だそうです。ということは、今回、うまく日程があったということで、ちょっと嬉しかったな。だけど、心配事が現実になりました。ここ3日の平均睡眠時間が4時間を切っているので、パーフェクトには聴いてられないと思っていたら、前座さんの途中から、中トリまでダメでした。ですから、このあとに記す番組も怪しいもので、自分のメモが判らないものもありますが、一応書いておきます。こなぎ「竹千代と長四郎」、宝井梅湯「平家物語〜源氏揃え〜」、田辺一乃「飛之須山の初陣」、神田春陽「いか佐の銘々伝〜海賊退治〜」、神田すみれ「五郎正宗孝子伝」、(中入り)、一龍斎春水「樋口一葉伝」、一龍斎貞心「は組小町」。こなぎと梅湯が前座。梅湯の途中からダウンしてしまっています。聴けていたこなぎのネタは、9月の「木馬亭」と同じでした。「木馬亭」と言えば、あのときと、メンバーがわりかしかぶっているのは、偶然なのでしょうか。そんなだったのですが、後半はばっちりでした。そして、後半の二人が良かった。春水の独特の落ち着いた雰囲気は、他の講釈師にはないもの。それが、文芸もの雰囲気に合うから、事の外感動を喚びました。小説の書き方を教わる先生へのほのかな恋心、小説の成功、本の廃刊に伴う貧困、引っ越しを機に生まれる名作群、そして死、しみじみとした語り口がナイスでした。そして、トリが期待の貞心。マクラでお鳥さまの話をして、江戸の雰囲気にしてから、火消しの物語へ。話の柱は、恋の鞘当てです。しかも、逆切れの。それに、火消しの纏持ち同士ということで、話が大きく、派手派手しくなります。結婚した女に鞘当てして、火消しの夫を殺した、同じく火消しの男に、妻が火消しの女房として、自らが命ををかけて、纏持ちになり復讐を遂げ亡くなっていきます。こういうのを気が入る貞心はうまいものです。たっぷりと楽しませてもらいました。こちらの劇場は、100人ほど入るとってもいいところ。おまけに黄紺には懐かしいところ。昔、往き来していた道は変わってしまい、もう判らなくなってしまってるだろうと思いながらも、懐かしいものだから、ふらりと歩いてみました。すると判ったんですね、簡単に。時間があればゆっくりと歩いたのですが、間違いなく見つけたという自信だけを胸に、またいつか歩いてみようと思って、中野を去ることにしました。
 「中野」を去ると、夜の部までにホテルへ。とりあえず荷物を、ホテルに放り込んで、夜は「王子」に向かいました。「王子小劇場」であった「犬と串」の公演「さわやかファシズム」に行ってきました。「犬と串」は、早稲田の劇研出身の劇団で、かねてから狙いの劇団。今回、ラッキーにも、その公演に遭遇できました。ただ観ていて、次第に判っていったのは、お下品で、下ネタ大好きで、猥雑で、能天気で、屈託なくて、アホらしくて、罪はないことはないっていう言葉が並んでいきます。お下品というのは、卑猥な言葉を敢えて連呼します、脱ぎます、フリークスを登場させるのはともかく、敢えて放送禁止用語を連呼します、ただ、これは、芝居の中でフォローはしますが、最初はどぎまぎさせます。でも、どうやらこれらが、この劇団の売りみたいです。ですから、芝居の進行も、わざと漫画チックに進行させていきます。ですから、お下品なプロットも、その漫画の一コマだという印象を植え付けながらの進行ではあるのですが。芝居の大枠は、社会的なマイノリティが、よってたかってメジャーとなってしまっている自然破壊的団体に戦いを挑もうというもの。でも最後は、マイノリティが、皆が皆、ちょっとした能天気な理由を見せられ、マイヨリティに吸収され、あとは歌って踊っての大騒ぎというものでした。最後は、舞台の大騒ぎに対し、客席は引きぎみ。でも、ここまでお下品に進められると、裏をとりたくなります。そう、この劇団のポイントは、裏をとりたくなる芝居を見せるということなのでしょう。ただ、それが当たっているかどうかは、この劇団の芝居を、もう少し観なくっちゃの気持ちにはなりましたか、再遭遇は、簡単なことではありません。

 10月6日(土)

 土曜日の朝、空いた時間を利用して美術館巡り。当初は、新国立美術館に行く予定が、都合で「東京都美術館」に行くことになりました。と、今日はアクシデントが続いた一日。その一つ目でした。こちらの美術館では、今、「メトロポリタン美術館」展が行われています。実際に入ってみて、テーマが「自然」だということが、初めて判りました。下調べをしてなかった証拠ですが、ざっくりと年代順に並べてあるのも、一つの展示方法でしょうが、数多あるメトロポリタンの収蔵品から、こうした形で抽出するという趣向も、なかなかおもしろいものがあります。小テーマとしては、「背景」「動物」「空」「水」「風景」「写真」などに分かれていました。「動物」などは、その種類により区分されており、その分、展示が多かったかな。また展示されているものも、時代的には、多岐に渡っており、古くは古代のエジプトやメソポタミア、新しいものは19世紀の作品まで(写真は除く)、数は少なかったのですが、中にはイスラーム圏のものも含まれていました。後ウマイヤ朝ものなんてものがありました。自分的には、とっても珍しいもの。地域的には、やはりアメリカものが多く、アメリカは行ったことがないもので、アメリカの美術館の感覚がなかったもので、当たり前のことなのに、アメリカの作品が多いことに、新鮮なものを感じたのはいいのですが、知らない作家さんばかり。今回来ていた作品で、最も注目を集めていたのは、ゴッホの「糸杉」じゃないかな。ゴッホものは、もう一つきてました。黄紺が、一番気に入ったのは、2つ来ていたルノワール作品の一つで、砂浜に佇む女性たちを描いたもの。浜風とともに、太陽の温もりも感じさせるものでした。今まで見たという記憶がほぼないターナーの作品に驚かされました。港に停泊している船舶群を描いたものなのですが、港に根を下ろしたかのように、重量感溢れる船舶に圧倒されました。ゴーギャン、ドラクロア、マネ、セザンヌと言った19世紀フランス美術を代表する作家などの作品も並び、十分に楽しませてもらえました。
 「東京都美術館」を出ると、これも定番の「御茶ノ水」まで歩き、駅の近くや神保町でお買いもの。そして、都営新宿線で「新宿三丁目」へ移動。「シアターサンモール」に向かいました。ところが、入口前に行くと、様子が何やら変。案内掲示板には「本日仕込み」の垂れ札。完全に失敗。間違って会場をメモっていたのです。もうどうしようもありません。控えなんてものは、会場名だけでしたから。しかし、あとで調べると、シアターサンモールのすぐ近くが会場だったのです。二重のショックでした。で、仕方がないので、夜の部を考え、「赤坂見附」に行きネットカフェを探したのですが、こちらは不案内なもので見つからない。仕方ないので、ネットカフェに当てのある「神保町」に移動。そちらで、完全に時間潰し。そして、半蔵門線で「半蔵門」に移動。夜は、「国立演芸場」であった「東西笑いの喬演」に行ってまいりました。笑福亭三喬と柳家喬太郎の二人会。プロデューサーは大阪のあの方です。その番組は、次のようなものでした。鯛蔵「二人ぐせ」、喬太郎「バイオレンスチワワ」、三喬「くっしゃみ講釈」、(中入り)、三喬「七福神」、喬太郎「真景累ヶ淵〜宗悦殺し〜」。前座役は、笑福亭ではなく鯛蔵。プロデューサー氏のお眼鏡に叶ったものと看られます。まず三喬から記すと、「七福神」にはびっくり。「超古典の会」でバカ受けした作品。でも、三喬のいじりは、上方落語に精通してないと解らないもの。だから、大変危険な試み。三喬曰く、一度は断ったが、主催者の求めで出すと言ってました。分を心得た判断だと思います。でも主催者が押し切ったとか。案の定、「超古典の会」のときのようにはいきませんでした。でも当たり前。上方落語好き者が集まったからの大受けだったことを、プロデューサー氏は解ってない模様。三喬にとってもきつい話です。「くっしゃみ講釈」は、聴いたことのないヴぁージョン。覗きからくりが、全然違うだけではなく、講釈の部分も、「難波戦記」ではなく「三方原戦記」。くっしゃみとの調和ということでは無理があります。あとの変化は、ヒーロー「後島一三」が出てこず、替わりに南左衞門。大阪ではウケるでしょうが、東京の人には解らない話。そんなで、なんとなく盛り上がりきらない「くっしゃみ」でした。喬太郎の方は、番組を見たときに予想した通りの展開に。怪談物の前には、不要なマクラは振りにくいということで、「チュワワ」の前に、目一杯楽しませてくれました。「自分の新作ものでは下の下」と言ってから「チュワワ」に。目一杯デフォルメされた肉食系女子と逆の草食系男子のカップルの結婚話。肉食系女子に飼われているチュワワ、可愛さが売りのはずだが、つまり草食系の犬が、ご主人の結婚相手がピンチとみるや、突如暴力的になるおかしさがメーンのネタ。チュワワの表現が可愛くて。その表現力が、ちょっとじゃまだなぁと想わせられたのが「宗悦殺し」。抑制した語りが命と思う怪談噺に、リアルな人物描写は違和感が残ります。研ぎ澄まされた語り命じゃないかなぁ、大切なのは。喬太郎が、その手の噺を出す度に思ってしまいます。
 「三喬・喬太郎二人会」が終わったのが、午後8時35分、これなら大丈夫と、「赤坂見附」まで歩き「新宿三丁目」まで移動。でも外に出てびっくり。凄い雨。全く立往生。しばらく待ち、近くのコンビニに駆け込み傘を購入。ようやく「新宿末廣亭深夜寄席」の列に並ぶことができました。その番組は、次のようなものでした。時松「お血脈」、鬼〆「愛宕山」、粋歌「恋する蛇女」、才紫「目黒の秋刀魚」。時松はマークを付けている噺家さん。でも「お血脈」は、地噺系ネタ。くだらないことを、ぐちゃぐちゃ言いながら、噺を進めて行かねばなりません。それが、残念ながら物足りない。鉄ちゃん的雰囲気を見せながら、弾けきらないのが歯がゆいものを感じました。鬼〆は、相変わらず物議を醸します。この位置で「愛宕山」にびっくり。東京の「愛宕山」は初遭遇。登り始めから始まりました。季節感のない噺です。ですから、道行きの場面はないのでしょう。またお茶屋からのピクニックという雰囲気ではありません。東京から京都に遊びに来た旦那のお伴という設定。そんなで華やかさに欠けます。噺の柱が山登りと、瓦け投げです。東京に移植されたときによく看られる悪しき刈り込みが看て取れました。粋歌は新作派。でも「恋する蛇女」は白鳥作品。蛇柄好きの叔母さんに、小学生が受ける恋の指南と、その実践というもの。白鳥的とんでもない飛躍があり、よく受けていました。才紫は初遭遇の噺家さん。なんか語り口がバタ臭い。ハキハキし過ぎてるんですね。ですから、「目黒の秋刀魚」を聴いても、達者なんだけど、落ち着きが悪いというやつです。鬼〆と粋歌が、20分を超える高座だったためか、終わると11時を過ぎていました。幸い雨は、ほぼ止んでいました。

 10月7日(日)

 土曜日の夜から日曜日の朝にかけては、東京にいると、毎度せわしない。深夜寄席に行き早朝寄席に行くからなのです。今回も、両方に行けそうなスケジュールを組み、そして、実際にも成功。その「早朝寄席(上野鈴本)」の番組は、次のようなものでした。わさび「壺算」、鏡太「近日息子」、歌太郎「植木屋娘」、歌扇「猫の災難」。後半二つが大きなネタ。初っぱなが、しかも「壺算」と、普通の落語会でも、かなりヘビー。ちょっと鏡太が、前にも感じたことですが、噺家口調という感じが、ちょっとしないので、割り引いて考えても、なかなか粒ぞろいのメンバー。中でも、一番気に入ってるのは、やはりわさびかな。ボーッとした語り口調から、テンポアップの切り替えもよく、また言葉の選び方についても細やかというところがいいかな。落語世界の住人っぽいですからね。でも最近、東京で「壺算」に、よく遭遇するようになりました。下げは、上方と基本的に違うのか、わさびオリジナルなのか、前に東京で聴いたときの下げを忘れしまってます。「近日息子」は、しょーもないこと言いの男が出てこないので、盛り上がりに欠けます。でも、元の形は、こないものだったんでしょうね。冒頭の「去年の暦を買った」話はなく、主人公親子の家の商売が示され、荒物屋でした。「植木屋娘」には、正直びっくり。東京に入ってたっていうことを知らなかったからです。進行は、全く同じです。幸右衞門のキャラも同じ、伝吉の影が薄いです。冒頭に、伝吉についての情報は与えられず、養子話が出てきたところで、初めて出てきました。ちょっととってつけた感じです。お光から子どもの父親を聞き出すところは、あっさり系。歌太郎は、濃い演じ方をするものですから、それでいいかなと思いました。「うちのお光はぼてれんじゃ」も伝わってるのに、思わず笑っちゃいました。25分でまとめました。「猫の災難」っていうのは、酒の噺です。ところが、歌扇は、爽やかに呑みます。あまり酔態は出しません。なんか憎めない男が、なんにも考えないで、屈託なく呑んじゃったっていう雰囲気。なんか不思議なおもしろさのある「猫の災難」でした。
 鈴本を出ると、直ちに浅草に移動。午後は、「浅草木馬亭」に向かいました。月の頭7日間は、こちらで、浪曲の定席が開かれています。その番組は、次のようなものでした。東家孝太郎(水乃金魚)「闇に散る小判」、富士琴美(吉野正樹)「恋と武士」、鳳舞衣子(水乃金魚)「中乗新三」、一龍斎貞橘「赤穂義士銘々伝〜中山安兵衞、高田馬場の駆けつけ〜」、玉川福助(吉野正樹)「祐天吉松」、(中入り)、港家小柳(伊丹明)「太刀山峰右衞門と清香の友情」、東家浦太郎(伊丹明)「国定忠治」。東家孝太郎は初遭遇。新しい入門者かもしれません。「闇に散る小判」は、ちょっといい話。金に困り盗みに入ったが、怖くて逃げでたところで、一人の同心に捕まったこんにゃく屋の職人。ところが、この同心、お縄にするどころか、事情を聞いたり諭したり。この男が、義賊だった模様というもの。「恋と武士」は、美人で武芸者の女の養子を決めるために、武芸の試合をして勝った者とするということで、話が進むが、指命された侍の中に、へそ曲がりの侍が、簡単に話に乗らないため、話がおもしろい展開になるというもの。「中乗新三」は、博打で身代をつぶし、家を飛び出た新三が、母に会いに戻ってくるが、堅気になるまでは会わないと頑なに拒む母親。でも息子の姿を見たいと願う母。典型的な浪花節調ストーリー。木曽節が歌い込まれていました。一龍斎貞橘は、あまりにベタなチョイス。浪曲の中に講談が入るからということからでしょうか。福助は初遭遇。勝太郎、福太郎の系統だと言いつつ、玉川派の宣伝。これは、情報としてはありがたかった。「祐天吉松」は、小円孃と同じ箇所の口演でしたが、本編に入る前に、子どもに会いながら名のれない背景が解るようにしてくれていました。これは嬉しい構成。ようやく「祐天吉松」の大枠を捉えることができました。港家小柳の高座が、本日最高の盛り上がり。港家小柳は、以前聴いたときは、えらく頼りない印象を持ってしまったのですが、今日は違いました。ですから、単にその日の調子の問題だったみたいです。「太刀山峰右衞門と清香の友情」は、解り易い話。太刀山の師匠友綱親方が返せない借金の替わりに、太刀山に八百長相撲が持ちかけられたのを、芸者清香が金を工面して助けるというもの。東家浦太郎は、前回聴いたと同じネタ。上州を追われ諸国を逃亡中の忠治が、実の息子を助けてもらうことを頼むために、旧知の銚子の五郎蔵を訪ねるくだりでした。浦太郎は、口演後定番の歌謡ショーを、今日はしませんでした。
 木馬亭を出ると、再び上野に戻り、「鈴本」へ。近くまで来てびっくり。とんでもない行列ができていたのです。夜席で、こないな行列ができているのを見たことがありません。座ることができるのか、とっても不安になりましたが、中ほどから後ろめでしたが、大丈夫でした。「鈴本」は、それだけのキャパを持っているということですね。もちろん小三治人気なんでしょうが、小三治以外でも、よくもこないな顔触れを集めたものという好メンバー。「鈴本」の力を見せつけたような番組となりました。それは、次のようなものでした。さん坊「真田小僧」、時松「時そば」、鏡味仙三郎「太神楽曲芸」、扇遊「天狗裁き」、百栄「弟子の強飯」、ロケット団「漫才」、馬石「王子の狐」、二楽「紙切り」、三三「道具屋」、(中入り)、小円歌「三味線漫談」、小三治「甲府い」。さん坊は前座。師匠がさん喬だということが判る口演。「真田小僧」を、さん喬で聴いてみたくなりましたが、無理でしょうね。「時そば」を聴くのは久しぶり。吉朝ものが、東京からの移植ものということが確認できました。扇遊は、またしても「天狗裁き」。でも、この「天狗裁き」が素晴らしいものだから、許してしまいます。百栄は、一之輔の代演。師匠栄枝との出逢い話をマクラに「弟子の強飯」へ。初めて聴くものでしたが、傑作な新作。師匠の方から弟子入りを求め、少年に勧誘に行くというもので、その少年が円生の声色で演じられます。場内大受け。百栄の実力を、しっかりと受け止めることができました。馬石も聴けました。「王子の狐」は、先代の馬生で聴いて以来。三三は、中トリで「道具屋」、これは外されました。客を装い、売り物の毛抜きを使い、髭を抜いていく男が出てきました。上方版にはない客です。そんなのが判ったのは収穫かな。小三治は、乳癌検査の話をマクラでして「甲府い」へ。「癌」から「がんもどき」へとの連想があったのではと、座席の前にいた客が、終演後に話していました。「甲府い」は、全く初めて知るネタです。題名だけは、頭にありますが、主人公が甲府出身という身の上話をしたところで、そないなネタがあったなと気づく、自分的には、全く珍しいもの。去年は、「猫の茶碗」を出され、ガックリときてしまったのですが、今年は大満足。「甲府い」を聴いて、小三治の凄さを再認識。主人公の止むに止まれね気持ちからの冒頭の行動は、口で窮状を言うのではなく、この人物が、根は真面目一徹な人間だということを表されて、初めて了解できるもの。しかも、本人の言動だけではなく、この男を受け止めた豆腐屋夫婦の眼差しに、くっきりと現れねばなりません。なんか、その辺の空気を感じさせるんだなぁ、小三治の口演。いや〜、素晴らしいものを聴かせてもらいました。45分の長講でした。

 10月8日(月)

 今回の東京プチ旅行最終日となりました。そこで、まず今日は、最終日の定番、荷物を帰り際のことを考え、「有楽町」駅のコインロッカーに預け、その足で、丸ノ内線で「池袋」に移動。祝日限定で行われます「池袋演芸場」での「福袋演芸場」と題される落語会に行ってまいりました。この会は、ネタ出しをされているため、それを見ると、あまり乗り気がしなかったのですが、今回は、「池袋演芸場」の定席を、都合で省いてしまったので、この会に行くことにしました。自分的には、こちらの会場が気に入っているのです。前回は、真打ち昇進間近だった朝太と菊六が出たものだから、大変なことになりましたが、今日は平穏さを取り戻していました。最近の「福袋」の傾向だったらと思い、早くに来て並んだのですが、客足は、とてもおとなしいものでした。今日の番頭役は右太桜。この会は、番頭が番頭を組むというシステム。あとの3人を選んだのは、前座時代をともに過ごした仲だそうです。結果的に「柳家vs古今亭」となりました。そして、今日のネタは、ネタおろしばかりだそうです。で、その番組は、次のようなものでした。ろべえ「看板のピン」、右太桜「親子酒」、馬吉「家見舞」、馬治「風呂敷。ろべえに、最近よく当たります。「看板のピン」の親方の歳を出すために、ちょっと声を絞り過ぎました。あれじゃ聞き苦しい。また、いい手を知ったというはしゃぎが、もっと入った方がいいのじゃないかな。達者な人なので、簡単に修正するでしょう。右太桜は権太楼の弟子。名前は、よく見かけますが、初めての遭遇。マクラの喋りっぷりからすると、酒飲みネタ大丈夫かと思ったのですが、ちょっと合わないですね。二人の歳の違う酔っ払いの演じ分けは、更に厳しかった。東京の「親子酒」は、家で父親が酒を呑み酔いつぶれていると、そこに酔いつぶれて息子が帰ってくるというもので、息子は、ここで初登場。上方のうどん屋を冷やかす場面に相当するものがありませんでした。馬吉は、遭遇した記憶がない噺家さんです。とても丹精な語り口をしています。「家見舞」は、上方の「祝いの壺」。汚ない話なんで、上方では、演じ手はごく少数。めったに出ない噺。でも、東京ではよく出ます。最近は、東京に来るたびに遭遇。大阪弁ですると、一層汚なくなるので、出ないのかと思ってしまいました。今日の馬吉の高座を聴いていて、こないな丹精な噺家さんの口演でもこれだからと。「風呂敷」って浮気の話だと思ってたら、そうじゃありませんでした。たまたま亭主に世話になっている若い男が訪ねてきたときに雨が降り、表を閉めたら、運悪く焼きもちやきの亭主が帰ってきたというもの。黄紺自身が、「紙入れ」とこんがらがってしまってますね。
 「池袋演芸場」を出ると、その足で「吉祥寺」まで移動。いつものお店でお買いものをしたあと、近くのネットカフェで時間調整。頃合いの時間をみて「三鷹」まで移動。駅から約15分歩いて「三鷹市芸術文化センター」へ。1年ぶりです。毎年、この時期に、次代を担いそうな劇団を幾つか集めて、公演が連続的に持たれているのです。今回は、日程的に「はえぎわ」という劇団の公演「ライフスタイル体操第一」と、こちらのスケジュールが合いました。こちらの劇団の座付作家が、今年の岸田国士戯曲賞を授賞したということもあり、観に行かねばならないの気持ちになりました。芝居の目指すところ、芝居が始まると、容易く提示されます。「起きる」「食べる」「排泄する」「寝る」、芝居の最後には、これに「死ぬ」が加わりますが、それらの行為は、世界中の誰しもがしていること、それ以外のところで何をするかである、人間が生きるということはと。そして、芝居は、我々の周りで、ごく普通に見られる小風景が描かれていきます。姉と弟で、親が経営していた食堂を受けついでいる。姉はしっかりものだが、弟はコミュニケーションをうまくとれず、会社勤めがままならないから、姉の元に身を寄せているという。その店に出入りする客に、条件の悪い土地でのスーパーを任されているが、業績が上がらないため、上から追及に遭い、憔悴仕切っているサラリーマン、また逆で、いい条件下の支店を任されているため、業績の上げているサラリーマンもいる。ケンカの絶えない日韓のカップル、余命宣告を受けた青年もいる。この芝居のいいのは、通常の劇団員の他に、お年寄り俳優が10数人出ていて、その年齢層に看られる小風景も描いているところだ。身近な小風景を描くことで、観る者も、そういった小風景を生きているということを実感させます。しかし、その生き方を問いかけるということはしません。そして断定的に言います。生きていることが素晴らしいのだと。その生き方には、人それぞれがあるが、生きてきたこと、そして、これからも生きていくことが素敵なんだと。芝居を通て、一人の老女が、バイクを押しながら舞台を回ります。最後に、女性は、そのバイクの謂れを語ります。彼女にとって、生涯忘れられない思い出の品だったのですが、彼女は、更にこう言います。「これからも、あと少し進んでいきたいと思います」と。この言葉に聞き入る出演者一同。高齢者に、「生きるということの素晴らしさ」を、この言葉を言わせ、いろいろ悩み、喜び、悲しみながら生きている出演者に、更に客に聞かせる芝居を作ろうとしたのだということが、ここで明らかになったように思いました。なかなかこしゃくなことをしてくれました。こちらの演劇祭に選ばれるだけあると、今年は思えました。去年すかされた分も、十分に取り戻してくれた感じです。
 これで、今回の予定は終了です。今回は、一つの予定が吹っ飛びました。お詫びのメールを劇団の方に入れると、ご丁寧なレスをいただき、恐縮しきっているところです。あれ行かないのだったら、あれに行けたのになんて考えても、それは不謹慎な話です。芝居3つ観るというのは崩れましたが、先程観てきた芝居が、1つ以上の値打ちがあったぞと、自らを慰めています。あと2つ加えて、ベスト3にするならば、小三治と港家小柳ですね。貞心と喬太郎が次点というところかな。ということで、帰りは、いつもながら銀座のお気に入りのお店でご飯を食べてから、東京出発でした。




2012年 10月 5日(金)午前 2時 40分

 自分的には、明日から4連休。またまた明日から、プチ旅行を計画しています。その直前の今日は、慌ただしく時間が過ぎていきました。勤務時間が少ない分、仕事が詰まり過ぎていて、ミスをおかさないか不安この上ありません。そして夜は、梅田の「HEP HALL」であった東京の劇団「柿食う客」の公演「無差別」を観てきました。激しい科白使いと統率のとれた厳しさのあるアクションが魅力の劇団で、観劇は3度目となりました。今日の芝居は、この劇団で観てきたものと、明らかに異質。芝居の手法は同じで、2人以上の役者が科白を重ねたり、シャープな身体表現がそれ。でも描かれた世界は、土俗的なムラ社会。冒頭と最後に、私が私となることの大切さ、また私が私でなくなってからあとの大切さに言及する言葉が語られます。また、自分が、今生きていることの素晴らしさが語られたり、デカルトよろしく生きることを考えていることで生きていることを実感できる素晴らしさが語られたりしていきます。が、芝居の進行の中で、それらをどのような文脈で描こうとしているのかが見えてこないというか、客である自分自身が理解できていないのです。そのため、芝居後のアフタートークに、初めて参加してみました。何かヒントをもらえるのではの期待があったからでした。作・演出の中屋敷法仁は、芝居のメッセンジを、想いっきり簡単に言うと、「元気に生きよう」「生きているってのは素晴らしいこと」となるという言い方をしてましたが、ストーリー展開の中では、どのようになっているかまでは言及しなかったもので、結局振り出しに止まったまま。犬の肉を食べることを強いられた男犬吉、差別と蔑みの中で生きているが、妹犬子が誕生すると、犬は食べさせないで、仏像を彫る日々を送らせ、自分と同じような穢れた体にはさせないで、差別、蔑みから逃れさせようとする。こういう調子で始まり、なんとか這い上がろうとする犬吉、穢れから守られてい犬子が穢れを受けてしまう。いじめとか自殺とか、現代の社会問題を投影した作品のようにも思える雰囲気を感じます。それを、土俗的な民俗社会を使い表そうとしているというところかな? 観ていて、言いたいことと、表現法が乖離しているのではの不安がずっとしたままで、終わったあとも変わらず続いています。それと、テキストとして、聞きかじり学問的表現が耳障りだったという印象です。上にも書いたように、デカルトを想起させる表現があるかと思えば、古事記を踏まえた表現があったり、中世の穢れ思想を使ったりと、持てる知識の豊富さを感じる一方、その使い方がそのまんま過ぎて、だささをも同時に感じてしまうというところでした。作・演出の中屋敷法仁の言葉を聞いていても、その辺を感じてしまいました。そう言っている一方、そういった芝居を書ける人間が、他にいるのかと言えば、答はほぼノーでしょう。期待の高い劇団です。客席には、関西の有名劇団の看板女優さんの顔をお見かけしました。その筋の方にも関心の的なんでしょう。




2012年 10月 3日(水)午後 11時 54分

  大阪市内遊歩(152)

 今日は、ちょっとご無沙汰のウォーキングをしてから、狙いの場所へとの予定。単に仕事が入ったり、時間がうまく取れなかったりだけだったのですが、ウォーキングをしていませんでした。その間に行き、ウォーキングをしても、そろそろ着替えの用意も不要になりつつあります。今日のウォーキングのコースは、次のようになりました。京阪「京橋」駅〜片町橋〜「城見1南」交差点〜大阪城〜城星学園〜大阪市立玉造小学校〜玉造公園〜地下鉄「玉造」駅〜明星高校〜大阪市立真田山幼稚園〜大阪市立味見幼稚園〜地下鉄「鶴橋」駅〜東上町公園〜大阪市立桃陽小学校〜JR「桃谷」駅〜プール学院中学校・高校〜大阪府立桃谷高校〜生野区役所〜生野郵便局〜舎利尊勝寺〜生野神社〜大阪市立生野小学校〜大阪東生野郵便局〜生野八坂神社〜生中橋〜大阪市立生野南小学校〜神子橋〜大阪市東部中央卸売市場〜東住吉東部市場内郵便局〜JR「東部市場前」駅。今日は、久しぶりにウォーキングで大阪城内を歩いてみました。そして、「桃谷」駅の少し南で、環状線の外に出るというもの。このコースで行くと、ピース大阪までで30分経過。「細工谷」交差点近くで1時間経過と、なかなか時間がかかります。生野区役所辺りでは、もう終点は「東部市場前」と腹を決めました。当初は、「昭和町」辺りを狙っていたのですが、それは、ちょっと欲張った考え方だということは、もう鶴橋駅界隈で認識できていました。
 「東部市場前」から、JR一本で「新今宮」に移動。午後は、「動楽亭昼席」に行ってまいりました。今月は、巡り合わせが良いのか、わりかし行けそうですし、また覗いてみようかという番組が組まれています。その番組は、次のようなものでした。二乗「ろくろ首」、佐ん吉「阿弥陀」、まん我「佐々木裁き」、米平「はてなの茶碗」、(中入り)、米二「ふぐ鍋」、ざこば「一文笛」。ウォーキング直後は、最早よほどの睡眠時間が確保できてないと無理みたいです。しかも、ちょっと間のあいたウォーキングの直後の疲れは、結構なものがあります。今日も中入り前は、体を休める時間帯となってしまいました。ただ惜しいなと思うのは、佐ん吉の「阿弥陀池」くらいで、まん我の「佐々木裁き」も、わりかし最近聴いたところでしたから許しましょう。中入り後は元気回復。「ふぐ鍋」が出る季節になりました。まだちょっとは早いかなというのはありますが。ましてや米二だったもので、自分的には興味津々。だって、米二で、「ふぐ鍋」を聴いたことがなかったのですから。まず誰からもらったのが気になっていたのですが、吉朝からでした。吉朝テイストに彩られていたので、米二の中の「陽」の部分が、普段の口演よりは、占めるウエイトの大きいもので、新しい米二発見ということで、本席最大の収穫。ざこばは、松竹新喜劇にゲスト出演する話をマクラで話し、その舞台が、砂川捨丸師をモデルとしていることから、捨丸師の思い出話へ。それが、なんと楽屋ドロの嫌疑をかけられていた話。で、「一文笛」へ。うーん、お見事。「一文笛」も、テキストの進化を伺えるもので、ざこばらしあハートのこもった言葉が増えたように思えました。本日二つ目の収穫でした。
 「動物園前」から、堺筋線一本で「扇町」に移動。初めて行った天神橋筋商店街にあるネットカフェで時間調整。夜は、「北区民センター」であった「天満講談席」に行きました。今日は、東京の神田阿久鯉さんが出るというので楽しみにしていたものでした。その番組は、次のようなものでした。南斗「有馬御難」、南青「一休禅師」、阿久鯉「浅妻舟」、南鱗「谷風人情相撲」、南海「熊谷直実と法然上人」。「有馬御難」は、「太閤記」もの。秀吉亡きあと、秀吉との約束ごとを守らない家康に警戒を強める石田三成の進言を受けた有馬家が、家康殺害に動くものの、父子の意見の違いから、家康は命びろいをするというもの。今日は短縮形かな。なんせ、いつもよりか、出演者が一人多いですからね。「一休禅師」は出自話から始まり、初年時代の頓智話。「一休さん」的展開になりました。期待の阿久鯉さんは、「柳沢昇進録」から。これは、上方にはないネタですから嬉しいチョイス。主人公は、花房一蝶という絵師。其角から勧められた図案で作った絵双紙がヒット商品になったが、その図案が公儀に不都合なものだったため遠島処分となるが、責任を感じた其角が、一蝶の母親の面倒を看るという二人の友情物語でもある。でも、なぜ、これが「柳沢昇進録」に入っているのでしょうか? 南鱗さんは、定番の相撲ネタで「谷風人情相撲」。いつもながらネタの少なさが気になってしまいました。南海さんは、たっぷりと50分かけて「熊谷直実と法然上人」。でも、ほとんど直実と伜の物語。序盤は、平家から源家へと移る話、これは、イコール頼朝を助ける話でもあります。中ほどから、源平の合戦に入り、伜に功を上げさせ、途中から源家に入った熊谷家を上昇させようとする話が続きます。その中で、鵯越を前にした抜け駆けとなるのですが、伜が射抜かれ、また敦盛を討つ話へと発展していきます。敦盛を討った直実は無常観を感じ出家をしてと、能「敦盛」で描かれるところとなるわけですが、この段になり、ようやく法然上人登場となります。今日は、えらく変化に富んだ番組。一番増えるだけで、えらくヘビーに感じてしまったけれど、皆さん、たっぷりと口演をされたヘビー感もありますね。お腹、満腹でした。




2012年 10月 3日(水)午前 6時 26分

 火曜日は、1週間で一番疲れる日。お昼休みに、ソファーに腰かけると、僅か10分だけですが、眠ってしまってました。昼間は、簡単に眠ることができるのに、夜は手強いのです。眠っても、そんなに長い時間、眠れないからね。そして、昨日は、職場で時間調整をしてから、夜遊びに出かけました。今夜は、「無花果」で行われた「大阪書生節協会」の公演を聴きに行ってまいりました。今回は、「心中ヲ唄フ」というテーマでした。歌われた書生節の主なものをメモっておきます。「サンクフル」「ロング・リヴズ・キング」「チンタオ節」「東雲節」「大大阪オンパレード」「曽根崎心中」「琵琶湖心中(近江情話)」「明石心中」「大阪都心中」「大阪行進曲」。テーマの心中ものは、後半の中程に登場。実際にあった心中事件を脚色し、市井にに伝えるという役割を担ったようです。書生節の内容が、政治批判から三面記事化していく中で取り上げていったようだということでした。フルヴージョンで演奏された「明石心中」に至っては、中之島図書館に行き、群時さんが、心中事件を伝える当時の新聞記事を探りだし紹介もしてくれました。その記事と、書生節の歌詞が随分と離れているようで、講談よろしく、おもしろく聴かせるよう脚色がなされているということでした。まるで朝のTV番組で、いろいろと人目を引く事件、芸能ネタで盛り上がるのと基本的に同じですね。あと興味を引いたのは、序盤に歌われた簡単な英語の入った歌。単語ではなく、誰しもが解るような簡単な英文が挿入されるのです。繁盛亭でも定期的に出番をもらわれているお二人、ネタがどんどんと増えていきますが、その開発は、学者の世界。また、昨日は、演奏の合間、前後に、SPレコードに残っているのでしょうね、そういった音源を使い、昔の書生節を流してくれました。群時さん曰く、「私らと変わらないでしょ?」。その通りです、かえてより南海さんが言われてます。「うまくやらない」と。昨日も、懸命にチューニングに精を出す群時さんに向かい、「そこまでする必要ないよ」と。復刻ものとして、かつての雰囲気を出すコツが、それだと古い音源を聴かせてもらうことにより確認できました。




2012年 10月 2日(火)午前 1時 28分

 台風一過、わりかし涼しくなってきたので、だいぶと仕事が楽になってきました。それでも、昼間の気温上昇は、なかなかのものがあります。今日の夜は、ずっと空いていたのですが、一昨日の「浪曲タイフーン」で、春野恵子さんが、今日から6日まで、「春野恵子のカフェde浪曲」という企画を立てられていることを知り、早速予約を入れた次第です。特に、この6日間のシリーズでは、「幸いってんお兄さんの舞台復帰を祝して」と銘打たれているのが魅力で、それに飛び付いたってわけです。恵子さんの方は、聴ける機会も多いのですが、いってんさんは少ないもので、しかも、この3年間は聴けなかったわけですから、余計貴重な会となりました。番組と言っても、お二人が一席ずつの高座を持たれただけの小さな会です。客席も15人入れたかなぁという狭いところ(北堀江:スワロウテイル)でした。先に、ゲスト扱いの幸いってんが「竹の水仙」を出し、そのあとに、春野恵子で「おさん茂兵衛」でした。曲師は、お二人とも一風亭初月さんでした。「竹の水仙」は、以前、当代幸枝若で聴いています。落語の筋立てや流れと、全く同じです。ですから、けれんを旨とする幸枝若一門には似合いのネタです。いってんさん、生死を彷徨われたわけですが、そういった面影もなく、声にも、その陰りは一切感じさせないものがありホッとした次第。恵子さんの方は、「樽屋おせん」だけは避けて欲しかったら、際どくセーフ。客席を見渡し、「浪曲タイフーンの夜席に来られた方が多いようですから」と危うく難を逃れました。同じ近松でも、こちらは間違いの悲劇。気が違ったようなキャラが出てこないので助かります。敢えて言うなら、出番のないおさんの亭主か。出番がないので助かります。会場は阿弥陀池の近く。堀江っていいとこだななんて考えながら家路に着きました。




2012年 10月 1日(月)午前 0時 51分

 今日は台風の日、よりによって、そないな日に、3部構成を採ってしまいました。あまりにも慌ただしいので、3部構成を止めてから久しいのですが、昨日が出勤だったこともあり、時間的に制約がかかってしまったため、しかも行きたいものが並んでしまったってこともあり、一日だけ3部構成を復活させました。まず、朝9時をメドにお出かけ。伊丹のAIホールを目指しました。朝11時開演で、「東京タンバリン」の公演「鉄の纏足」がありました。かねてから狙いの劇団だったのですが、東京では遭遇できず、今回めでたく伊丹で観ることができました。しかし生憎の台風の日。入りが懸念されましたが、用意された席は、きっちりと埋まりました。予約した方は裏切らなかったということです。舞台は組まれず、中程にバスケット・コートに見えるスペースが設えられ、前後に、3枚ずつのフェンスが置かれている。そのフェンスの外側2ヶ所に客席が作られていました。バスケットボールのやり取りは、場面の繋ぎに用いられ、それ以外では、バスケットに関わる事象は、ほぼ出てきません。バスケットボールのやり取りは、人と人とのコミュニケーションを象徴するものとして使われていると推察できます。場面の多くは、レンタル・ビデオ屋の店員らの人間関係が描かれていきます。ハンバーガー屋と並び、したがってレンタル屋というところが、マニュアル化された物言いに溢れ、感情や思考を遮断したコミュニケーションとは言えないコミュニケーションが行われているからでしょう。それの店員たちの日常会話から、言葉不足から来る入れ違い、思いなしが描かれる一方、嘘や流言という過剰な言葉による暴力も描かれていき、最後は、衝動殺人に至ってしまいます。このプロセスの狭間に、不思議な図書館が挟まれます。そこの職員は、感情や思考を挟まず、一心に本を読みます。すると、その記憶がコピーされ、貸出ソフトになるというのです。そこに就職した女二人が、そういった環境で働くのに戸惑うのですが、やがてその一人は、徐々に慣れていき、その職場に居着き、もう一人は、そういった環境を受け入れられず、図書館を去って行きます。その居着いた方が、衝動殺人を犯した男だということが、最後に明かされます。用するに、昨今頻発する殺人事件というものの個人的資質でなく、個人は、生きている社会の資質をも背負っているということを表現したものでしょう。取り立てて新しいテーマというほどのことではありませんが、そのテーマを表すのに、この芝居で伝わったのかというと、それは、十分に達成できていたのではないかな。場面転換や大道具もおもしろく、堅物なテーマも気に入りました。狙いの劇団だったのに狂いはありませんでしたが、役者陣の個性では、普通の人が多く、ちょっと弱いかな。
 芝居が終わり、外に出ると、完全に台風モードに。2時間ほどの違いで、大きく変わっていました。でも、それにくじけず「伊丹」から「大阪天満宮」経由で「日本橋」に移動。午後は、昨夜に続き、「トリイホール」であった「第6回柳亭市馬独演会」に行ってまいりました。ネタにより、若干温度差があることに気づき出してから、かつてほどの市馬熱はなくなってきてはいるのですが、やっぱ落語を語るに、この人は申し分ない声をお持ちなんで、吸引力が衰えるわけではありません。その番組は、次のようなものでした。市也「一目上がり」、市馬「粗忽の使者」、市馬「歌;夜行列車+?」、(中入り)、楽一「紙切り」、市馬「猫の忠信」。こちらも台風のなか、入りは十分。雨にも負けず風にも負けずです。ただ、前半は、お腹がいっぱいになったからでしょうか、うとうととしながら聴いてしまってました。ごっそりと抜けてる部分が出てきてしまいました。市馬の「歌」というのは、最近リリースしたCDに入っている2曲のお披露目で、春日八郎をカヴァーするものでした。楽一は、初遭遇の芸人さん。人数が多くても困るということで、落語協会には入ってないそうで、だから見てないということのようです。トリの市馬は、まさかの「猫の忠信」。マクラで、芸事の話をしだしたので、「茶の湯」かもとは思ったのですが、嬉しい外れ。東京の噺家さんで、「猫の忠信」をネタ出しをされている噺家さんを見たことがないので、貴重な遭遇です。もちろん円生は得意ネタにしてましたが。噺の流れは、上方ものと全く同じです。ただ、真田の抜け穴の喩えが出てないので、ちょっと噺の膨らみが薄く感じました。簡単に、稽古屋で、師匠と酒を呑むのは何者なのとなってしまうのです。猫が正体現すところには、鳴り物が入りました。
 「トリイホール」を出て、今度は「南森町」に移動。夜は「繁昌亭」でした。今夜は「たまのフレンドリー寄席」がありました。番組は、次のようなものでした。眞「強情灸」、羽光「ニューシネマパラダイス」、たま「崇禅寺馬場」「スペースフレンドシップ」、学光「試し酒」、(中入り)、学光・羽光・たま「座談会」、たま「次の御用日」。眞は、なんとも男臭い噺に手を付けたものです。「関口の旦さん」の出てくる「強情灸」でしたから、ざこば一門の誰かからもらったのでしょう。羽光は、鶴光の東京の弟子。高槻出身だそうです。「ニューシネマパラダイス」は傑作。着想勝ちです。映画の予告編的に落語ネタを披露。「寿限無」「刻うどん」が最高。学光のまともな落語って、ほとんどない。それなのに「試し酒」とは、これまた驚き。ただ、現代に置き換えたのかな、でも、大宮はんは出てくる。中途半端に時代を飛ばした印象。5升呑む男は、会社の従業員? 権助風の男の方がいいですね。「試し酒」をするようなキャラでないとダメです。たまの中では「崇禅寺馬場」が、本日のベスト。すっとぼけた盗人は母親同伴という発想が秀逸。しかし、「崇禅寺馬場」が出るのは珍しい。「スペースフレンドシップ」は、SFもの。木星に移り住もうとして幻影ばかりみる噺」「次の御用日」はいじり過ぎたかな。声が出にくくなる原因の「あ〜」の繰り返しは、単調な方がいいことを教えてくれた高座でした。そこをリアルにやろうとしても、不自然な「あ〜」の効果が大きいのだから、それだけでやればいいのにと思ってしまいました。
 繁昌亭を出ると、なんと台風は通り過ぎたあと。雨は止んでました。ですから、一番ひどかったのは、伊丹にいた頃でしょう。大阪に戻ってきた頃には、風はましになっていましたから。




2012年 9月 29日(土)午後 10時 19分

 今日は、午前中出勤。週末の3連休が、あえなく潰れてしまいました。せっかく職場に足を運んだのだからと、今後の慌ただしさを、少しでも解消するために、勤務時間を大幅に過ぎてお仕事。わりに合わないことをしています。そして、頃合いを見て行動開始。と言っても、行く宛があるわけではなく、いつもの千日前のネットカフェで時間調整。夜は、昨日に続き、トリイビルに。今日は、「トリイホール」の方であった「浪曲タイフーン!Vol.3 」に行ってまいりました。玉川奈々福と春野恵子の会です。最近は、菊地まどかなしでの会が主流のようです。その番組は、次のようなものでした。あとまわしスターズ「音曲漫才」、姉様キングス「音曲漫才」、(中入り)、玉川奈々福(澤村豊子)「亀甲縞の由来」、春野恵子(一風亭初月)「樽屋おせん」。あとまわシスターズは、主宰者二人の漫才。この会の楽しみの一つ。遭遇は2回目となります。今日は、衣装が凄かった。あとで出たあやめ曰く、「浪曲師の肩や腕は、簡単には見られるものではありません」、確かに。ここで阿呆陀羅経が出てしまったので、姉キンは、どうするのかと思ったら、姉キンはマイペース、こちらでも、きっちり阿呆陀羅経をやってから降りました。本職の浪曲の方は、奈々福さんは、8月にネタ下ろしをしたばかりという「亀甲縞」をチョイス。大阪の話なんで、大阪弁が出てくる。本場でチェックしてもらおうとの意図。本番前に聴いた初月さんは、「イントネーションはおかしくないけど、ミナミの帝王みたい」と評したとか。どこを指して言ったのか、聴いてみて判りました。道頓堀の中の芝居に出る団十郎のことを言う町衆の物言いが、言葉は大阪弁を使ってるのだが、空気が江戸っ子なのだ。恐らくその辺を指して言ったのでしょう。ストーリーは、飢饉などで財政危機に陥った藤堂藩が、一人の侍のアイデアで、亀甲縞の反物を作ったが売れない。事情を聞いた団十郎が、その反物が売れ、藩内で生活に苦しむ民を救うのに協力するというもの。一方の春野恵子は、あまり聴きたくない「樽屋おせん」。およそ常人とは思えない女のやきもち。常軌を逸したキャラに、聴く度に嫌な気になるもの。春野恵子は、どんどんと気を入れちゃうものだから、余計に嫌味に聞こえちゃいました。初月さんの三味線が、殊の外堅いものだから、ますます苦痛。なお、昼の部は「おさん茂兵衛」だったそうです。
 今、これを書きながらTRT-3を聴いているのですが、「アリラン」を初めとした韓国音楽が流れています。伽耶琴(カヤグム)のソロが心地好いのですが、TRTから流れていると不思議な気分になっちゃいますね。




2012年 9月 28日(金)午後 11時 28分

  大阪市内遊歩(151)・・写真なし

 昨日は、「上方講談を聴く会」に行くつもりだったのが、冬の旅行を一緒に行く人と打合せをしていたら吹っ飛んでしまい、すごすごと家に直行。おかげで、昨夜から今朝にかけて、だいぶとホテルの予約を入れることができました。今日のお出かけは午後1時をメドに。ちょっと間が開いたウォーキングです。ところが、電車に乗りカバンを開けると、ウォーキング用グッズが、一つも入ってない。ボケるのにも程があります。カバンの前に、全部揃えていたのに、何一つ入ってないのですから。ただ、実際に歩いたコースは、地図を用意していたものと、大筋は変わりません。コースを考えるとき、わりかし地図とにらめっこをするので、記憶に残っているものだということが判りました。そのコースは、次のようになりました。京阪「野江」駅〜大阪市立成育小学校〜南菫橋〜済生会野江病院〜大阪市立菫中学校〜鶴見菊水幼稚園〜鶴見南公園〜大阪市立鶴見南小学校〜横堤みのり保育園〜今津橋〜JR「稲田」踏切〜日本キリスト教団稲田教会〜東大阪稲田郵便局〜稲田八幡宮〜東大阪市立楠根小学校〜楠根川緑地〜「藤戸新田」交差点〜沖縄料理店「がじまる」〜東大阪長田郵便局〜楠根橋〜智葉池橋〜新御厨中橋〜稲田家住宅〜御厨行者堂〜天神社〜東大阪御厨郵便局〜大阪商業大学〜近鉄「河内小阪」駅。済生会野江病院の一つ東の筋を南下し、今福鶴見にあるイズミヤの南の通りを東に、それからジグザグに歩き、寝屋川に出て、今津橋を渡り、「徳庵」駅の南を回り、稲田地区を通り抜け、近鉄沿線に出る、これが覚えていたことで、ほとんどそれに沿って動けたのじゃないかな。最後、「八戸ノ里」駅に直進する道に入っていたのですが、「天神社」の表示に誘われ、結局「河内小阪」駅まで行くことになりましたが、時間的には、それが正解で、所要時間は、2時間を1分過ぎただけでした。
 「河内小阪」から「日本橋」に移動。いつものように、千日前のネットカフェで時間調整。今日は、時間調整というよりは、ウォーキングで疲れた体を休めるのに使ったっていう感じでした。ぐったりしてしまい、何もできなくなってしまったのです。ウォーキングに行ったあと、落語会などに行き、意識が朦朧としてしまうときって、こうしたときなんでしょうね。で、夜は、「徳徳亭」であった「徳徳亭 連続講談席〜旭堂南湖・神田京子二人会〜赤穂義士伝特集」に行ってきました。3ヶ月連続で行われた会の最終回でした。京子さん人気なんでしょうか、黄紺は2回目ですが、入りがいいうえ、お若い方も見受けられるという、他の講談会ではない風景がある会です。この会は、3回とも「忠臣蔵」からのネタばかりが出るということで、自分的には、とっても嬉しいラインナップ。その番組は、次のようなものでした。南湖・京子「対談」、京子「大高源吾」、南湖「不破数右衛門(5)」、(中入り)、京子「雪の南部坂」、南湖「不破数右衛門(6)」。「大高源吾」は、討ち入り前夜、両国橋で、大高源吾が其角と会い、句を交換するのだが、其角は、討ち入りを臭わす大高の句の意味をなかなか理解できない。ようやく句の意味を悟った其角は、吉良の屋敷の隣で行われた連句の会に行き、夜半、隣家に断りを言いに現れた大高と再会するというもの。あとに上がった南湖さんは、旭堂の型を紹介。其角が、最後まで句の意味を理解できず、隣家の門番に回され、そこで大高に会い、初めて句の意味を理解すると紹介して、「こちらのはもっちゃりしている」と。京子さんのもう一つ「雪の南部坂」は2度目。「名探偵ナンコ」に、京子さんがゲスト出演されたときに出されました。大石内蔵助と陽成院は会い、討ち入りをしないと言う大石に、怒って席を立つ陽成院。仕方なく、戸田局に血判状を手渡して帰る大石。夜、その血判状を盗みに来た間者との争いのなか、血判状が、それと判るというもの。ハイライトは、その血判状に記された47士の名前を、戸田局が読み上げるところ。寺坂吉右衛門が報告に訪れるのは旭堂の型でしたっけ? 京子さんの口演ではありませんでした。一方の「不破数右衛門」は、2つ目の粗忽が、まず読まれました。再び浅野の家臣になってからのことですが、暴れ馬に乗った数右衛門が、紀伊家の侍群に突っ込み、それを諫めようとした侍を斬ってしまいます。これで、再度、浅野家を出ることに。それを受け入れたのが伊達藩。剣術の腕を見込まれたのだ。ただ、浅野家への忠節を切れない数右衛門は、レンタルという形をとられる。それで、討ち入りメンバーに入る、入れるということになったというわけ。粗忽と忠節を切り口に、おもしろキャラの最後、その介錯は、数右衛門が斬り殺した紀伊藩の侍の伜。そういった義理堅さも、おもしろキャラにしているのでしょう。東西の違い、またカラーの違いと、なかなかおもしろい組合せの二人会です。定期化して欲しいものです。




2012年 9月 26日(水)午後 8時 22分

 昨夜から、パソコンの一部が損壊したようで、なかなか起動せず、悪戦苦闘。そんなため、HPの更新ができたのも、朝の9時を回ってからでした。勤務日だったら、完全にアウトでした。今日からあと、一体どうなることやら。滞りがあっても、大事に至らなければいいのですが、そうじゃないこともあり、早く修復をしたいのですが、その方法が解らない、時間もないということで、かなりお手上げ状態です。
 ところで、今日のお出かけは昼間だけ。国立文楽劇場であった「上方演芸特選会」に行ってまいりました。その番組は、次のようなものでした。咲之輔「七段目」、泉敏栄「子別れ三度笠」、松島ひで夫・ひで丸「漫才」、レッツゴー正児「おとこ放談」、(中入り)、西川まさと・吉田かおり「漫才」、京山小圓嬢「壺坂霊験記」、春之輔「鰻の幇間」。お目当ては小圓嬢。もう少し広げて、浪曲を聴ける機会が少ないものですから、この会は貴重なものとなっています。「壺坂霊験記」は、沢市が死を決め、おさとに用を言い付けるところから。沢市の身投げ、おさとの後追い、観音による救済と続く、この物語のクライマックスが扱われました。存外良かったのが、泉敏栄とそのネタ。泉敏栄って、こないに通るいい声だったっけと思うほど、絶好調。「子別れ三度笠」は、とってもベタなネタだけど、節がいいとネタまで光ります。凶状持ちが、御上に捕まる前に、生涯最初で最後となる実子と会う話です。落語では、春之輔の「鰻の幇間」を、初めて聴くことができました。かつがれる幇間は、最初、羊羹をぶらさげ、昼飯をご馳走になろうと奔走しているところから始まりました。咲之輔には呆れました。マクラで、芝居のことを話し出したので、まさかと思ったら、そのまさかでした。前座の役割が解っていない、相変わらずです。漫才さんは、ともに初遭遇。松島ひで夫・ひで丸は、なんかお下品。ガラの悪いおっさんの立ち話系なんで、完全にひいてしまいました。西川まさと・吉田かおりは、この会には珍しい吉本の芸人さん。たまのショート落語のように、連続して出される落ちのあるコントが楽しい。レッツゴー正児は、レッツゴー三匹の現状報告から入り、掴みはばっちり。それをやられると、なんか大物って感じがしてしまうから、めっちゃお得。ネタは、古い歌謡曲を歌いながらのものだけに、客層には合ってたかもしれないのですが、あまりに古いので、ちょっと引いちゃいました。正児、72歳だそうです。




2012年 9月 26日(水)午前 7時 50分

 一昨日は、あまりに寝不足がひどかったこともあり、予定していた落語会に行くのは止め、自宅に直行。だからといって、寝不足が解消するわけではありません。相変わらずの寝不足のまま出勤することになりました。昨日は、涼しさが若干遠のき、ちょっと暑さが戻ってきました。でも1週間前のようなことはありません。夜は、昨日は、予定通り敢行。行き先は、谷六の「薬業年金会館」。今夜は、こちらで「第182回旭堂南海の何回続く会?」がありました。自分的には定番の会で、特に「南総里見八犬伝」に入ってからは、楽しみが倍増しておるのです。ところが、先日来の寝不足が解消してないうえに、今日の仕事疲れで、かなりのダウン。話の詳細は、全然頭の中に残っていないのです。一旦集まった五犬士がバラバラになったあとの話で、犬田小文吾が、舟虫の悪計に遭い、1年以上に渡り幽閉されてしまうくだりが入り、ようやく幽閉から解かれた小文吾が、故郷に帰ってくると、粉屋の文吾兵衛宅はなく、文吾兵衛自身も亡くなっていたが、里見家に身を寄せると、他の犬士探しができないと旅立つところまでで、話は一旦途切れ、主役の座が、犬飼源八に移ります。源八は、バラバラになったあと、一旦文吾兵衛宅を訪ねたのだが、文吾兵衛とは会えず、京都に行き道場を開き、時が3年経ちます。その後、再び犬士探しに立ち上がり、下野の霊峰を目指します。その山に入るときに、もののけが出そうなところという茶店の主人とのやりとりは覚えているのですが、そこで、事切れてしまっています。こうやって話が跳ぶと、次回ついていけないのではの不安が高まります。だけど、この南海さんの会の前夜は眠れないというのが、変なジンクスのようになってしまっています。悲しい現実です。




2012年 9月 24日(月)午前 5時 40分

 冬のオペラのチケット購入に、今までになく手こずっています。しかも2ヵ所も。1ヵ所は、歌劇場の会員登録をして、送られてきたパスワードを入れてもはじかれてしまいます。ちょっと手を変えながら、何度試みてもダメ。この歌劇場は、昨年は、直接購入はできず、新しいシステムを導入したのですが、それが不具合を起こしている模様。違う予約システムも、こちらの歌劇場は用意していたので、今は、そちらでチャレンジ。ま、この方法だと去年と同じなんで、気が楽なんで、ほぼ完了の気分。ところが、もう一つのところが難物。こちらは、予約システムだけ。フォームの指示通り行き、呆気なく予約完了。ところが、このあとが大変。このケースは、チケットの引き取り方法と支払い方法について、メールで問合せをします。普段開けてないメルアドに送ると、レスポンスがなく手こずるのですが、まず、それがあり、ようやく使われているメルアドを突き止め、レスポンスがあったのに、再度、メールを送っても、今度はレスポンスがない。また再度送ったら、いきなり「あなたの予約は確認できません」というメールが入ってしまいました。英語でやりとりしているのに、こないなときには、ドイツ語で送ってきました。このときのレスポンスは早く、しかもドイツ語で送られてきたことに、正直、ぷっつんです。最悪ドイツ人の典型みたいな人なんだなろな、ミスを認めないし、そのあとのフォローってしようとしないし。気の利かないったら夥しい。
 てなことは、いいとして、単なるぼやきにしかなりませんから、昨日は、「オーケストラ・アンサンブル金沢」のコンサートを、「シンフォニーホール」まで聴きに行ってきました。このオーケストラは評判がいいので、前々から狙っていたところ。去年だったか、一昨年は、チケットを手に入れようとしたら買えなかった記憶の残るオケ。そのプログラムは、次のようなものでした。前半が、ベートーベンの「田園交響曲」、後半は、森麻季をソリストに迎え、オペラのアリア(ヘンデル:歌劇 「リナルド」より“涙の流れるままに”、グノー:歌劇「ファウスト」より“宝石の歌”、プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」より“ムゼッタのワルツ”、モーツァルト:歌劇 「コシ・ファン・トゥッテ」より“岩のように動かずに”、久石譲:スタンド・アローンなど)などでした。指揮は、このオーケストラの音楽監督の井上道義でした。「田園」は、2楽章と5楽章が気に入りました。いずれもが、緩徐楽章になるのですが、聴いたことがないような、音の流れというか、自然の永遠の営みに吸い込まれるような豊穣感というか、包摂感のようなものを感じさせられました。編成が小さいと、わりかし音の構造とかが解りやすくなるようなところがあり、一方で、音の厚さ、重層構造が剥がれた感じがしてしまうのが、かえって新鮮な感じがしたものです。結構、管楽器が活躍する曲ですから、どのように吹かれるかが気になる曲でもあります。なかでもフルートの瑞々しさが光っていたし、この日は客演だと紹介されたクラリネットのくすんだ控えめな演奏も好感を持っちゃいました。この「田園」が前半で、森麻季をソリストに迎えてが後半という変則プログラム。ところが、席が悪かった。サイドで、ほとんどオルガン前という席だったもので、歌手の声が全然ダメ。正面から聴かないと声が届いてこない。これは声量の問題ではありません。そんなで、とんだ失敗作になってしまったのですが、そんななかで気づいたことは、中低音のよく出る方です。ソプラノとしては得難いこと。その一方で、高音を出すときに引っ張り上げるような印象を持ってしまったのですが、正面から聴くと、それが心地よいのかな? 「コシ・ファン・トゥッテ」のフィオルデリージの歌う難曲は、声を上下移動が激しくて大変ですが、中低音よりか、高音の方に苦労しているなの感じでした。リリックで、舞台慣れしてるなのアクションで、ムゼッタのアリアなんか聴かせてくれた一方、ヘンデルのノンヴィヴラートのアリアでは、持ち前の澄んだ声が冴え渡っていました。やっぱ、正面から聴くべきでした。森麻季のアンコールは、「私のお父さん」でした。




2012年 9月 23日(日)午前 0時 26分

  大阪市内遊歩(150)

 3連休の中日の土曜日、すっかり弛緩しております。来年3月のメドが立ったのが嬉しく、この時期のオペラ紀行の準備にも入っています。で、お出かけは午後になりました。まず行き先は「大阪歴史博物館」。今こちらで、「ウクライナの至宝〜スキタイ黄金美術の煌めき〜」展が開催されているのです。スキタイ関係の美術展なんて、今までにあったかなぁ? とにかく珍しいということで、かねてから狙いの美術展だったのです。展示は、半分がスキタイもので、残りが、サルマタイなど、それ以後、現在のウクライナの地で栄えた諸民族の遺物が展示されていました。スキタイものは、墓からの出土品を中心に、遊牧民らしく馬具、及びその装飾品が主となるのは当然でしょうし、金製品が幅を効かすというのも教科書通り。目玉の動物紋様いっぱいの首飾りは門外不出とかで、レプリカの展示に留まりました。動物紋様は多彩で、でもその多くは、ライオン、グリフィン、鹿、豹といった動物でした。後半部分では、この地に広かったギリシア文化であるサルマタイなんてのは、そういった語法すら知りませんでしたし、ルス関係、ハザル関係の遺物を見たのは、全く記憶がありません。そういったものを見れたのは嬉しかったのですが、ある程度予想されたこととは言え、展示物が小さいものばかりだったのが残念なことでした。また、日本では、「スキタイ」を前面に出しても馴染みがないものですから、美術展はすかすかで、土曜日の午後ながらゆったりと観ることができたのは、ありがたいことでした。
 「大阪歴史博物館」を出ると、その前からウォーキングを開始。東京に行ったりしていたので、久しぶりのウォーキングとなりました。そのコースの詳細は、次のようになりました。大阪歴史博物館〜国立病院大阪医療センター〜大槻能楽堂〜天王寺清水谷郵便局〜空清町公園〜産湯稲荷社〜大阪市立味原小学校〜JR「鶴橋」駅〜南弁天橋〜大阪市立大成保育所〜今里中川橋〜地下鉄「小路」駅〜小路公園〜三ノ瀬公民館・三ノ瀬公園〜ソウル食堂・岸田堂交差点〜寿町公園〜JR「長瀬」駅〜東大阪市立長瀬子育て支援センター〜東大阪市立長瀬青少年センター〜近鉄「長瀬」駅。まず産湯稲荷がターゲット。大阪の有名稲荷社ながら、ウォーキングのコースに組み込んだのは、これが初めてとなります。実は、最近まで、その場所を知らなかったのです。たまたま近くを通りかかったときに発見し、今回、ウォーキングのコースに取り込んだというわけです。「鶴橋」駅通過で、40分くらいだったかな。「三ノ瀬公園」に差し掛かった辺りで、ラスト30分。となると、終点をどこにもってくるかが悩ましくなってきました。当初の予定では、2つの「長瀬」駅を回り込み、「八戸ノ里」くらいまで行けたらと考えていたのは、この時点で、完全に崩れ。「俊徳道」駅を抜けて、近鉄奈良線に出るのなら何度も試みているので、未踏の地を選びました。近鉄「長瀬」駅は、ウォーキングでは初登場です。5分前に着いたのですが、あとのことを考え、切り上げることにしました。
 「長瀬」から「日本橋」に移動。普段あまり使わないネットカフェで、着替えと時間調整。ウォーキングでは短パンをはいていたので、着替えなければならなかったのです。そして、夜は、少し堺筋を歩き「ウィングフィールド」へ。こちらで、「南河内万歳一座」の鴨鈴女の主宰する「鴨リンピック」の芝居「青木さんちの奥さん」を観てまいりました。この芝居は、内藤裕敬の作品で、同じく「南河内」の荒谷清水が演出しているもので、鴨鈴女が、旬の女優を集めて、4年ごとにオリンピック・イヤーに開催しているもの。今回は、離風霊船の伊東由美子、新感線の村木よし子らが参加。この結果、今年は、伊東由美子の出る芝居を2つも観ることができました。ただ、離風霊船の公演じゃないのが惜しいところですが。芝居は、誰も正体を知らない「青木さんちの奥さん」の前で行う芝居を、あれやこれやと知恵を絞るというもの。それも、公演3日前に台本も演出も投げ出された女優たちが、「青木さんちの奥さん」というのは、こんな人だと思いなして芝居を仕上げようとするもの。舞台上には、ビールケースが積み上げられており、それを活用して、様々な芝居を試行する4人の女優。どこからが、その場のアドリブに任せられているのか、いや全部演習の指示通りの動きなのか、その辺のボーダーが不明朗な危うさを持ちながらの進行が、とっても心地よい。そして、前回もそうでしたが、最後は、積み上げられたビールケースの上に上がっての演技が求められます。半分以上、悲鳴の中で進む芝居。そこで、はたっと気がつく女優たち、誰も、「青木さんちの奥さん」って知らないじゃないか、、、、ここから大団円に。規範となるはずの「青木さんちの奥さん」が、様々な顔を持ち、それに振り回される対象物。だが、その規範自体が曖昧となったとき、言葉を失い、動きすら緩慢になってしまう。ポストモダン的な芝居、男性版を含めて3度目になるのかな、毎回、楽しく見せてもらっている芝居です。




2012年 9月 22日(土)午前 0時 5分

 昨夜は、随分と冷えました。本格的な秋の到来が予感されました。そして、朝からは冬のオペラ紀行に向けてのチケット予約に頑張ってはいたのですが、なかなか手強いところに当たりました。ネット予約システムの不具合に巻き込まれることが多く、なかなか前へ進まないのです。ま、それはいいとして、今日のお出かけは、まず「繁昌亭昼席」でした。その番組は、次のようになりました。呂好「寄合酒」、喬若「道具屋」、うさぎ「手水廻し」、豊来家玉之助「太神楽」、わかば「いらち俥」、三喬「延陽伯」、(中入り)、文三「十徳」、団四郎「温泉宿」、喜味家たまご「女道楽」、松喬「禁酒関所」。今日は、松喬がトリをとるというので、買ってあったもの。松喬は、昼席の出番を、ガン発見ということで、昨年の12月の出番をキャンセルしたため、約1年ぶりの昼席登場ということです。今回も、1週間の出番の内、最初の3日は代演が立ったようですが、昨日の木曜日からは舞台を務めています。ラッキーなことに、出番のある日に、チケットを買ってありました。今日も、病院から直での楽屋入りとのこと。腕には病院の腕輪をはめた状態での高座でした。来週の月曜日からは、また新たな抗ガン剤治療が始まるそうです。かなり体重が減ったようですが、声はしっかりしていて、以前と変わらない高座を務めてくれました。昨日が「花筏」で、今日は「禁酒関所」ということで、ちょっと読めないネタですね。松喬は、ネタに入る前に、自分の入院をネタにマクラにするのが、最近の高座の特徴です。今日も、40分にわたる高座になりました。そないなことがわかっているからということなんでしょうね、出演者の皆さん、総じて短めのネタをチョイスしていました。前座の呂好はともかくも、「道具屋」「手水廻し」「いらち俥」「延陽伯」「十徳」と並ぶと、どうしても、そないなことを考えてしまいます。こうして並ぶと、文三の巧者ぶりが光ります。空気まで変わってしまうというところです。あと印象に残ったのは、喜味家たまご。喜味こいしネタを中心に据えるというネタの構成は定番ですから外せないのですが、すごくいい意味で、高座に厚かましさが出てきています。女放談は、そうじゃなくっちゃいけません。「粋曲」の看板を掲げるのなら、もっと三味線を弾いてもらわないとダメでしょうが、そうじゃないのですから、今の路線を伸ばしていって欲しいな。「女放談」ができる人が、あの人しかいないんだから。
 繁昌亭を出ると、「日本橋」へ移動。いつもの千日前のネットカフェで、夜の部まで時間調整。そして、夜は「ワッハ4階」であった「南湖だんご」に行ってまいりました。子育ての時間確保に、この「南湖だんご」を、今回で閉じるそうです。その最終回で読まれた講談は、次のようになりました。「曽呂利怪談」「猫塚の由来」「ねぎま」(中入り)「四国お遍路の旅」「祝島反原発30年」「本能寺」。「曽呂利怪談」は、「太閤記」の中にある話のようで、どういったコンテキストで出てくるのかは判らないままなのですが、いずれも短いもの。南湖さんは、このネタを使い、怪談を切り口にして、アマチュアの講談師さんを育てる計画だとか。「猫塚の由来」「ねぎま」の2つは、落語の元ネタ。前者が「猫定」、後者が「ねぎまの殿様」ですが、いずれの落語も、釈ネタとは知りませんでした。「四国お遍路の旅」「祝島反原発30年」は、客から取ったリクエストの結果、選ばれたもの。実は、今日は、自作の講談集を出版をする記念の会として開かれる予定だったのが、筆が進まず看板を下ろすハメになったのですが、その本に入るものからリクエストが募られたというわけです。ともに何度も聴いたネタだったので、黄紺がリクエストしなかったものでした。「本能寺」は、今度、東西交流で、南湖さんが、琴梅師からもらうネタ。既に旭堂の型をネタにしているということで、学びに行く前にかけておこうというものでした。東京ものは、「修羅場」として読まれるそうです。中入りの時間を省いても、2時間を超えた講談一人会は初めてでした。すごいエネルギーに感服するばかりです。しかも、ネタ下ろしが、幾つか含まれているという会。つばなれしない客席が、あまりに悲しいものがありました。




2012年 9月 20日(木)午後 11時 54分

 昨日は、最近定例化している食事会、最初に勤務した職場の同僚との食事会を、「イスタンブール・コナック」を行いました。久しぶりに腹いっぱい過ぎる食事をし、ラクもたっぷりと呑んだのですが、寝つけなかったのですねぇ、なぜだか。これで3日連続の寝不足です。がため、今夜、行くことを躊躇ったのですが、ダメ元で出かけたのが、「ワッハ4階」でした。今夜は、こちらで「第38回お笑いまん我道場〜大阪編〜」があったのです。その番組は、次のようになりました。団治郎「狸賽」、まん我「餅屋問答」、遊方「憧れの一人暮らし」、まん我「替り目」。やはり不調でした。まっすぐに帰り、睡眠をとれるように努めた方が賢明だったようですが、遊方のところは、ばっちりだったのですから、不思議なものです。あまり当たりのない「憧れの一人暮らし」だったからじゃないかな。まん我は、まだ「替り目」の方が元気でした。わりかしベタな古典ネタを、最近になり増やしているような印象を持つまん我なので、「替り目」には至極納得ができました。「替り目」は、若手の噺家さんが、酔っぱらいネタを欲しいときに、よく取り上げるものですが、酔っぱらいに、誰の口演も満足できないのですが、まん我は、ものが違うのでしょうね、最後まで乱れず、酔っぱらいの姿を維持してくれました。「餅屋問答」が、本日一番のダウン場面。やはり「またか」というところで、あえなく緊張が緩んだのだと思います。団治郎は、ここまで、今日の「狸賽」と「動物園」以外を、まだ聴いていません。ぼちほち他の演目も聴いてみたい気にさせる好演でした。




2012年 9月 18日(火)午後 11時 13分

 今日は、朝から雨、台風がらみの雨。そのため蒸し暑くっていけませんでした。相変わらずクーラーのない部屋で働いていますから、汗が流れっぱなしという感じ。なんか食欲もないしと、とっても鬱陶しい一日。今週は、水曜日が休めず、3日連続の勤務が続きます。
 そして、夜は繁昌亭でした。今日は逃すことのできない「生きてりゃ還暦〜七代目松鶴(松葉)十七回忌追善」がありました。その番組は、次のようなものでした。鶴二「軽業」、鶴笑「ガマの油」、春若「京の茶漬」、松枝「蛸芝居」、(中入り)、姉様キングス「音曲漫才」、福笑「繁昌亭ラブソング」、岐代松・伯枝・出演者全員「大喜利」。福笑を除く皆さんは、やはりこの会に相応しい松葉縁のネタをもってきました。鶴二や鶴笑に、松枝までが、松葉にもらったネタを出してくれました。「軽業」は、普段聴くのと、口上のテキストが違ったように聴こえましたし、軽業の際のお囃子も違って聴こえました。鶴笑の「ガマの油」は、当然、パペット・テイスト。ガマの作り物を出し、更に、それが飛び道具になっていました。春若は、「京の茶漬」を「岩田寄席」で出したときうまくいかず、松葉から帰りの電車の中で、励ましとアドバイスをもらった思い出のネタとか。これ以上、この話をすると落語ができなくなってしまうと、詳細には話してくれませんでしたが、同期生への並々ならぬ思いが聴けたように思いました。松枝の「蛸芝居」には、正直びっくりさせられました。芝居噺はしない人だと思っていたものですから。でも、なかなか淀みのないもので、他に芝居噺を持っているなら聴いてみたいものです。6代目は、芝居噺を手がけた人なんで、松枝が持とうとしても不思議ではないはずなのですが。下げは、「黒豆三粒」を使わず、「薬を買うてきてくれ」「蛸にあたったから」というものですが、「あたった」のではなく、「あてられた」のですから、ちょっと無理っぽいのじゃないのかな。福笑は、「繁昌亭ラブソング」の中に、松葉讃歌を盛り込み、そういった形で、松葉に繋がるネタとしました。この会の企画は、松枝が立ち上げたということです。会場には、松葉の家族の姿もあったということです。なつかしいですね。こうした会が開きやすくなったのは、やはり繁昌亭という器があるからでしょうね。嬉しい限りです。




2012年 9月 17日(月)午後 10時 45分

 この間、4連休になったので、またまた東京プチ旅行。その記録です。今回は、芝居と演芸、音楽会巡りの日々となりました。

 9月14日(金)

 ここのところの4連休を使い、また東京に来ています。今回も、演芸に芝居、音楽会通いにやってきました。10時前に東京駅に着くと、すぐに上野へ。午後の部までに、一つ美術展に行こうという魂胆でした。行き先は、直前に変更して「国立西洋美術館」にしました。あとの行動を考え、ちょっとでもフットワークが軽くなるからです。今、こちらでは「ベルリン国立美術館」が行われているのです。世界遺産にもなっているベルリンの博物館島にあるいくつかの博物館・美術館からピックアップされた作品で構成されているものでした。冬にベルリンに入ることが決まっているので、ちょっと躊躇ったのですが、フェルメールを見ることのできる保証があるわけではないと思い、行くことにしました。素描30点ほどを入れて、全部で100点余りですから、混んでいたとは言え、そないに時間のかかる美術展ではありませんでした。ルネサンス絵画から始まり、18世紀までの作品が並んでいました。リーメンシュナイダーを含めていましたので、今は扱いが変わったのでしょうか。自身だけの作品は一点だけでしたが、工房の作品などを含めると、リーメンシュナイダー関連の木彫が3点も一度に見ることができたのはすごいことです。肖像画のコーナーでは、クラナハの描く「ルター」などという有名作品を見ることができました。存外縦長の作品でした。それに、デューラー最後の肖像画というものがありました。「マニエリスム」というコーナーが設けられていたのは嬉しいこと。はしょられてしまうことの多い作品群れ。体のくねりや体のバランスなど、ルネサンス絵画を超える作品群です。17世紀に入ると、今回の目玉作品フェルメールが控えているのですが、このコーナーの最初は、風景画から始まっていたのが嬉しいところで、更にローマの遺跡が風景の一角を占めている作品が、冒頭に配置されていたことは、理に叶った展示。初期の風景画家は、イタリアで勉強してきたからだと言われている証拠です。そして、風景画の大家ロイスダールときてました。ロイスダール作品は、横長キャンパスに引いた視点で描かれた作品が好きなため、今回のは流してしまいました。肝心のフェルメールですが、窓からの光が、思いの外強いのに驚きました。それに見あった女性の表情と見なければならないのでしょう。自分の中に、特に刻まれたものだけをピックアップしましたが、ラファエロやミケランジェロ、ボッティチェリも、素描でしたが来てたんですよ。
 「上野」から「田原町」に移動。午後は、「浅草木馬亭」であった「浅草木馬亭講談会」に行ってまいりました。講談協会の方の定席の一つです。黄紺は、初めておじゃまさせていただきましたが、定席の中では、歴史の浅い会と伺っています。その番組は、次のようになりました。神田こなぎ「竹千代と長四郎」、宝井梅湯「本能寺の変」、一龍斎貞寿「応挙の幽霊画」、神田春陽「長平ごさつ」、宝井琴星「西村軍四郎」、(中入り)、一龍斎春水「左官長八伝」、宝井琴桜「曲馬団の女」。こなぎと梅湯は、番組外の前講。貞寿は、東西交流で南左衛門についてる。はまっているなんて言い方まで、耳にしたことがあります。地の部分は東京弁で、台詞は大阪弁での口演は、南左衛門テイストを伺わせるところもあり、かなりの成功。10月に、大阪で行われる口演を聴けないので、こちらで遭遇できたのは、ホントにラッキー。春陽と琴星は、初遭遇のはず。しかし、今日は、この時間帯でうとうと。2日連続の寝不足が出てしまいました。春陽のネタは、欠片も思い出せないのですが、「西村軍四郎」は「名月松阪城」です。中入り後は大丈夫で、またいいネタが続きました。「左官長八伝」は、左官であると同時に絵師でもある長八が、若いにも拘わらず大仕事を頼まれたため、兄貴分の職人に疎まれたところを、同居中の女に助けられるが、それは、同時に、二人の別れでもあるという話。女は、男を助けるために金を用意したのでした。春水の静かな語りが沁み入ります。「曲馬団の女」は、終戦直後の混乱期らしいネタ。香典泥棒を考え、戦死公報の出ている家を訪ねたお蘭という女、戦死した男の婚約者を名乗るのだが、一人暮らしになっていた母親にほざされ同居を始めるのだが、死んだはずの息子が帰ってきて慌てるお蘭さん。でも事情を知った息子から、母親を悲しませたくないと、この二人が、本当の夫婦になり、めでたしめでたしとなります。琴桜は琴梅と夫婦。低い声が魅力の講釈師さん。トリとしての貫禄を感じさせる落ち着きのある高座でした。
 講談会がはねると、一旦ホテルに行き荷物を預け、夜の部に備え、「王子」に移動。夜は、「王子小劇場」であった「アマヤドリ」の公演「フリル」を観てまいりました。「アマヤドリ」は、今まで「ひょっとこ乱舞」と名乗り活動していた早稲田の劇研出身の劇団。かねてより狙いの劇団で、今回うまく公演に出会えました。舞台を組まず、会場の床をそのまま活用。スペースの中ほどに、横一列に上から紐が吊るされ、スペースが前後に仕切られている。前面は、向かって右側に椅子が3脚あるだけ。後面には後ろに椅子が横に並べてある。上の踊り場に向かっては梯子がかかっているという構造。話は、ベンチに腰かけている学生に見知らぬ男が話しかけるところからスタート。女を待っているところと言い、そのわけを語り別れていきます。芝居は、その後が語られていくというのではなく、先程の男が語ったことが、その周辺が再現されるという形で進行していきます。構造的には、それだけの芝居です。また、再現される事柄というのは、一組の男女の別れです。周辺部分では、別れの問題を抱える女性が、会社から去る話です。その結論部分が最後のシーンで語られます。人と人との関係というものは、当事者の関係を続けていこうという意志がなくては、どのようなものであっても難しいというものでしたが、それを、あまりにストレートに表現しすぎです。言葉の使い方、役者の動かせ方、役者自身の演技、いずれを見ても、力のある劇団だということは、よく解るのですが、表そうとするもの、その扱いが小さくと、芝居自体が小さく見えるだけでした。

 9月15日(土)

 今日も、午前中の空き時間を使い美術展に。大阪で行けなかった「草原の王朝契丹展」に行ってまいりました。「東京芸術大学美術館」でありました。副題に「3人のプリンセス」というものが付いていたように、皇帝に連なる3人の遺物を、主として展示したものでした。その内2人は墓の副葬品、残りは、白塔と呼ばれる7層の仏塔の最上階に収納された舎利のような遺物です。最新の発掘に基づく展示だそうです。最大の目玉は、プリンセスの遺骸が納められていた木棺です。中には埋葬されたときのままと言える頭髪が残っていたそうで、発掘時の様子、その遺骸は映像で紹介されていました。高貴な契丹人は埋葬されるときは、黄金の仮面を付けるそうで、これは類似した習慣が、周辺地域では見つからないものだそうで、その仮面は顔を正確に移したものなので、埋葬された人物の顔立ちまでが判るということです。契丹は、中国文化をたっぷりと受け入れてもいる中でも、やはり仏教は大きな位置を占めているということで、先程の仏塔関連の展示となるわけです。「契丹」という括りで見ることができる貴重な展示、気になっていたものを見ることができ大満足でした。
 美術展を出ると、歩いて「御茶ノ水」まで移動。最近、よくこの道のりを歩きます。この界隈でのお買いものも、最近の定番。それから、半蔵門線で「錦糸町」に移動。午後は、「すみだトリフォニーホール」であった「新日本フィルハーモニー」の演奏会に行ってきました。そのプログラムは、次のようなものでした。ブリテン「イリュミナシオン」、ブラームス「ドイツ・レクイエム」。黄紺は、「ドイツ・レクイエム」という曲が大好きで、亡くなったときは、これを流してもらうことを、既にお願いしているほどなんですが、実際に生では聴いたことはありませんでした。なんせ大合唱団が必要ですし、ソリストも2人要りますから、演奏される機会が、とっても少ないのです。今回、この演奏会がある時期に、東京にいることができるということで、正に千載一遇のチャンスと出かけることにしたのでした。やはりこの曲は、合唱が命です。それも、合唱の冒頭、「キリエ」のアインザッツと、その直後にくる「ゼーリッヒカイト」という歌詞の部分が、どのように歌われるかで、その演奏の見通しがついてしまうとまで思っています。今日の演奏は、そこを見事にクリア。素晴らしい合唱に、心震えました。この曲ばかりは、常に次が読めるほど、曲のディテールが解っていますので、僅かに外される部分がないわけではさなかったのですが、概ね極めて良好。黄紺のお眼鏡に、ばっちりかなってしまいました。指揮はクリスティアン・アルミンク。ソプラノはリーサ・ラーション、パリトンはロベルト・ホルツァー、合唱は、栗友会合唱団でした。ブリテンの方は、全く知らない曲だったのですが、これが、かわいくきれいな曲で、いいおみやげをいただいた感じがしました。ソプラノのソロが入るもので、リーサ・ラーションは、ブリテンには合っていたなの印象です。ブラームスには、もうちょっとパワーと透明感のある声が欲しかったな。ロベルト・ホルツァーの方も、ちょっと軽い印象を受けたのですが、ま、贅沢な要求かもしれません。
 音楽会が終わると、「錦糸町」駅近くのネットカフェで時間調整。そして、頃合いをみて、隣の「両国」へ移動。ちょっと間が開いたかなという感じだったので、円楽一門の「両国寄席」に行ってまいりました。土曜日の夜だからでしょうか、この寄席では見たことのない入りにびっくりさせられました。番組は、次のようなものとなりました。こうもり「都々逸親子」、楽大「寄合酒」、左吉「祝いの壺」、小歌「浮世床」、遊史郎「猿後家」、楽京「そば清」、(中入り)、兼好「看板のピン」、ミスター梅介「放談」、とん楽「目黒のさんま」。こうもりは前座。前座はしゃべり過ぎないのがいいの典型例。「都々逸親子」は、なかなかおもしろいネタ。ませた都々逸を作る子どもがおかしい。東京の「寄合酒」は、肴を調達するのに、同じ乾物物屋ばかりからにするのですね。それはそれでおもしろい。「祝いの壺」は、上方ものだが、大阪では、めったに出ない噺。不快なきちゃなさがあるからでしょうね。東京の扱いは、どうなんでしょうか。小歌は、かなり年輩の噺家さん。全然、存在すら知りませんでした。「猿後家」のところで、なぜか急に睡魔に襲われ、ここだけがダメでした。東京の「猿後家」体験は初めてのことでしたので、惜しいことをしました。ただ下げだけは大丈夫で、「猿も木から落ちる」と言いかけて「いや猫です」と言い替えるというものでした。楽京の「そば清」が、なかなかの受け。そば清の「ど〜も」という繰り返し使われるフレーズの受けがいいようです。誰が考えた演出なんでしょうね。兼好はものが違います。マクラからおもしろいし、言葉に顔の表情を、自在に操ります。これは、じっくりと聴かねばの気持ちにさせられました。世間の評価も高いですので、遭遇機会が多いはずです。ミスター梅介は替わり芸人に数えられそうなお方。ギターが傍らに置いているが、使いこなすわけではなく、話の都合で、ちらっと挿入するくらい。話にまとまりがなく、ただアメリカに住んでいたことからくる感性で世相を切っていきたいのでしょうが、話にまとまりがないので、よく解りません、何がいいたいのかが。芸人さんとも呼びにくいキャラです。とん楽は登場するまで忘れていました。そして姿を見て失望に。地噺的に「目黒のさんま」をやられても、そして、そこに入るくすぐりが疲れるものだから始末が悪いのです。なんか最後の二人が、ちょっとなという感じで、とにかく兼好を聴けたのですから帳消しと思いましょう。
 「両国寄席」が終わったのが8時32分。40分までなら、必ず行こうと決めていた「新宿末廣亭」の「深夜寄席」に向かいました。大江戸線のおかげで、こないなことができるのです。「末廣亭」に着くと、ちょうど入場が始まったところ、最後尾に回ろうとしてびっくり。いつもと、明らかに客の数が違う。正面入口まで来て、そのわけが判りました。志ん八と菊六という真打ち昇進直前の二人が出る日だったのでした。辛うじて桟敷席の後ろの方に座ることができました。市江「うなぎ屋」、志ん八「ピリオド」、菊六「やかんなめ」、志ん八「三方一両損」。市江は、以前聴いたときと変わってないなぁ。流れないのです。東京の「うなぎ屋」は、うなぎ職人がいなくなって、うなぎ屋の主人が困る形に。えらく立派な設定になっているのに驚きました。「ピリオド」は、新作もの。親子で泥棒の親の方が引退記念に「鶴子」というコウノトリを動物園から盗むが、そのコウノトリが、思いがけない幸せを持ってくるというものだが、後半はちょっと無理筋なところがあります。菊六は、かなり老成した語り口に、もう一つ乗れないなという印象は、前に聴いたときと変わらずでした。一之輔の何人抜き以上抜いたというのは、にわかに信じがたいのですが。志ん八も、普通の噺家さんという印象。「三方一両損」は、もっと刈り込める噺じゃないかなぁ。大家までがメンツを気にするというのはしつこい。そのために、同じフレーズが繰り返されすぎています。終わったのが11時7分。今日は11時を回ってしまいました。

 9月16日(日)

 東京に来てから3日目の朝です。日曜日だということで、朝からせわしなく上野へお出かけ。「上野鈴本早朝寄席」に行ってまいりました。9時30分ちょうどに開場。いつもその10〜15分前から並ぶようにしています。鈴本は縦長の席なので、あまり後ろに行きたくなのです。今日の番組は、次のようになりましたが、昨夜に続いて菊六に出番がありましたが、昨夜の末廣のように、特番を組んでいたわけではありません。駒次「お世継狂騒曲」、粋歌「おいてけ権助魚」、ろべえ「ぐつぐつ」、菊六「天災」。駒次、粋歌と、新作派が2人入っていたので、どないな番組構成になるのか、またネタは、どのようになるのか、今日のメンバーを知ったときは興味津々。そしたら、あっという展開に。駒次の「お世継狂騒曲」は、以前の「早朝寄席」で遭遇済み。皇室を真似た生活をする駄菓子屋の天野家の騒動を描く噺。粋歌は、半ばまで、古典の「権助魚」そのままで進行。気を使い、新作を避けたんだと思っていると、一挙に魚を買って帰るところで変わってしまった。が、基本ラインは。古典のまま。次からは、純粋古典に入るだろうと思っていたら、次のろべえが、びっくりの「ぐつぐつ」。喬太郎作品が、こないなところで出てくるとは、びっくりしました。菊六は、今日も同様の印象。これから真打ちになるという勢いなんてものより、やけに老成してしまっていて、おもしろいと思えないのです。それに、もうそっと台詞の刈り込みをやって欲しいものです。これも、昨日感じたことでした。聴く前のわくわく感が乏しくなってしまいます。
 鈴本を出ると、時間調整を兼ねて、またしても大江戸線のお世話になって新宿へ。こちらでも定番のお買いものをしてから、今度は「恵比寿」へ移動。午後は、「恵比寿」駅の近くにある「エビス駅前バー」であった「エムキチビート」の公演「SayHellowToFuture」を観てまいりました。最初、ちょっと早く着いたので、会場を確認しに行くと、薄暗い雑居ビルの3階で、正直、完全に引いてしまったのですが、少しぶらついてから行くと、若い女性が並んでいたので、安心して入って行くことができました。会場の名前が記すように、会場はバーです。とっても狭い空間でのお芝居でした。登場人物は、のび太、ジャイアン、スネ夫、デキスギの4人と、スネ夫の弟。ときは、ドラえもんに、この4人が15年後の世界に連れて行ってもらってから15年後。ちょうどドラえもんに連れて行ってもらった日に近づいてくるのだが、そのときの世界とは全然違う。世界では戦争が起こっているし、日本も戦争に加わっている。そのようななか、偶然乗り込みを指示された輸送船に、4人が乗り合わせるという設定でスタート。ストーリーの展開で、物語を左右するプロットは、一つしか用意されていません。それ 以外は、各キャラクターにあてがわれている人柄をたどることに終始と言っていいと思います。話が動くのは、この輸送船が、実は大変な任務を帯びていることを知った敵が攻撃を仕掛けてきたとき、輸送しているものと乗組員を救うために、囮船を出すと良いということになり、誰が、皆の犠牲になり囮船を操縦するかとなったところ。自分が自分がと主張する5人の乗組員。結局、普段遊んでいたトランプで決めるということになり、そして決まり、その男が任務に向かうところで終わったのですが、あまりにも他愛なさすぎました。イメージの広がりに寂しさを感じてしまいました。黄紺の劇団探しの網を、もうそっと狭める必要性を感じてしまいました。
 芝居の長さが、70分ほどのものでしたので、急いで「池袋」へ。夜は、「池袋演芸場」の夜席に行くつもりだったのですが、この時間なら、昼席の最後の方を聴くことができるということで急いだのでした。思った通り、円窓の高座の終わりかけに入って行くことができました。おかげで、昼席のトリ一朝の高座は、完璧に聴くことができました。それらの番組は、次のようになりました。正楽「紙切り」、一朝「片棒」、(これより夜席)、市也「手紙無筆」、市江「黄金の大黒」、柳朝「武助芝居」、鏡味仙三郎社中「太神楽」半蔵「桃太郎」、扇遊「天狗裁き」、笑組「漫才」、円丈「夢一夜」、(中入り)、白鳥「アジアそば」、今松「壺算」、アサダ二世「奇術」、市馬「酢豆腐」。昼席のトリの一朝は、なかなかの聴きもの。次男の祭り囃しを口で表現するところは、雀松を彷彿させるものがありました。夜席は、半蔵の高座までは、かなりダウン気味。ほとんど聴いたことのない「武助芝居」が出たのにです。でも、扇遊以後はばっちりです。扇遊の「天狗裁き」は2度目。かなりの優れものであることを確認できました。「天狗裁き」は繰り返しネタですから、手際の良さが求められます。そういったニーズに合うのが、扇遊の高座。だからいいのでしょう。円丈を中入り前に置き、中入り明けに、円丈の弟子白鳥をもってくるというすごい出番が、今席の売り物か。「夢一夜」は末期ガン患者が、自らの最期の地を求めて救急治療室を抜け出しタクシーに乗り込む噺。円丈の過激さが現れた逸品。これは凄いと思わせる狂気があります。白鳥は「アジアそば」でした。修行時代の悲哀が重なります。今松の「壺算」は平凡か。トリの市馬は、完全に肩透かし。まさかの「酢豆腐」でした。マクラで、お世辞のうまい人の噺を聴いたときですら、「酢豆腐」ということが思い浮かばなかったほどです。

 9月17日(月)

 今回のプチ旅行最終日となりました。朝8時をメドに、ホテルをチェックアウト。帰りを考えて、出やすい、また午後の部からの移動が容易い「有楽町」駅のコインロッカーを荷物を預けに行き、それから、丸ノ内線で「池袋」に移動。昨夜に続き「池袋演芸場」にまいりました。「旗日限定」を銘打って「福袋演芸場」が行われるのです。「早朝寄席」「深夜寄席」同様の二つ目の会です。こちらでも、新真打ち送り出しの卒業公演がありました。その番組は、次のようなものでした。駒次「駅名寿限無」、菊六「火焔太鼓」、志ん八「七福神オーディション」、朝太「お見立て」。今日の番頭役は志ん八ということで、菊六は外せないので、二人の古今亭が並んだので、ならば古今亭で揃え、且つ古今亭らしいネタにしようとしたが、こないなことになってしまったと言って、笑いをとっていました。駒次は鉄道シリーズの内、初めて遭遇するものでした。鉄道会社の職員が、新駅の名前を、「寿限無」の名付け親に付けてもらい、困ったことが起こるというもの。噺の題名を見ただけで、成り行きは想像できるのですが、聴いててもおもしろいものです。菊六3連発の内、今日の「火焔太鼓」が、一番気に入ったかな。おかみさんの憎まれ口が気に入ったのです。序盤の憎まれ口は平板に流れたのですが、終盤、憎まれ口が消えていくのが、すぐあとに来るぞと解っている前の憎まれ口に、聴いていて「ほうづらかくぞ」の気持ちが湧いてきました。そして、実際に変わっていく。この辺を、菊六はしつこくしなかったのが良かったのではないかと思います。ひょっとしたらの可能性ですが、時間を考えショートカットしたこともありえます。だったらケガの功名です。志ん八は上がるなり、「10分で下ります」宣言。「お見立て」のことを考えてです。ネタは他愛のないもの。七福神が、八福神になって、ローテーションで休むため、補充メンバーを公募するというもの。今日は、3人の応募者にしていましたが、ホントは、もっと多いのかもしれません。志ん八は、今日も、普通の人でした。この人も、菊六ほどではないのですが、何人も抜いているはずなのですが。キャラ付けが特にうまいわけではないし、語り口が目立って爽やかなわけでもないということで、よくわかりません。ただ愛くるしい表情が取り柄だから、はまるネタがあるのだと思います。それに当たってないだけなのでしょう。
 今回は、移動がスムーズになるように考えてスケジュールを組んだため、わりかし移動がタイト。その中に、買い物も組み込むものだから、更にタイトになっちゃってます。池袋からの移動先は、まずは、「新宿」経由で「吉祥寺」、そして「下北沢」へというもの。「吉祥寺」は、最近定番のお買いもの場所。「下北沢」へ行きやすいものだから、ワンセットでの移動も定番化しています。「下北沢」では、「スズナリ」で「tumazuki noishi」の公演「HEAVEN SEVEN OF THE DEAD」を観てまいりました。今回は、この芝居を含め、どうも当りが良くありませんでした。結論から先に書いてしまったのですが、ゾンビが出てくるような芝居は、もうそれだけで、自分的には拒絶反応が起こります。そうなると、現実には存在しないものですから、芝居の早い内に設定説明が必要になってきます。この芝居は、それにとっても時間を使ったのはいいのですが、名だたる学者の名を幾人もあげ、とってもまだろこしい話が続いたのです。要するに、よく解らない話が延々と続いたのです。それで、設定が理解できればいいのですが、一つには鬱陶しくなったこともあり集中できず、よく解らないままに芝居は進行となってしまいました。でも、見ていて判ってきたのは、一人の女を通して、その女も、またその女も、自分で生きて行こうとすること、また、父親に支配されていた家族が、父親がいなくなって、あとの母親と子ども2人の3人が、自分たちで生き方を考え出して行こうとしていることが明らかになっていきます。結局、落としどころはそこだったのねということが判ると、そないなことを言うのに、もうちょっと他の方法はなかったのかいと突っ込んでしまいました。一人、よく判らない男が出てきます。芝居をまとめるのには、ありがたい人物ですが、説明なしに使われてしまい、これにもぷっつんきてしまいました。ということで、結局、「アマヤドリ」で、感じたと同じことを感じたということです。方法を見せないのか、テーマを見せないのか、前者に拘られるとなかなか手厳しいぞということかなです。
 帰りは、「渋谷」経由で「銀座」に出て、お気に入りのお店で晩ごはんを食べおしまいでした。




2012年 9月 14日(金)午前 1時 35分

 完全に、真夏に逆戻りした一日、今週1回だけの出勤日ということで、クーラーのない部屋で耐え忍んでおりました。そして、夜はワッハの4階に。今夜は「らくご道〜笑福亭生喬と桂南天の落語会〜」のあった日ですので外すわけにはいきません。その番組は、次のようなものでした。南天「夏の医者」、生喬「ピカソ」、(中入り)、南天・生喬「夕焼け日記」。南天の「夏の医者」は15分余り。それに対し、生喬の「ピカソ」は50分近くもかかりました。それは、南天が軽くマクラを振ってネタに入ったのに対し、生喬は、今日行ってきた母校での学校公演報告とともに、自身の高校時代の思い出話へと発展していったからでした。落語の方は、珍しいものが並びました。長閑な夏のネタ「夏の医者」は、限られた演じ手しか手がけないもの。持ちネタに変化が出るので、頃合いのネタだと思うのですが、若い人はしない。番組のにも変化が出るのですがね。「ピカソ」は、先代春蝶の作品。美術系大学出身の生喬は蘊蓄をかためながら地口噺風に展開。ピカソの独特の画風をちゃかす他愛のないネタです。先月はトルコでしたから行ってなかったのですが、その内に、「夕焼け日記」に変化がありました。椅子に座らないで立ったままのおしゃべり。従って、ネタ解題的なことはやれないですね。立ったままのトークです。ネタには全然触れません。そんなで、これが続くようだと、この会へは足が遠のく予感がしています。 完全に、真夏に逆戻りした一日、今週1回だけの出勤日ということで、クーラーのない部屋で耐え忍んでおりました。そして、夜はワッハの4階に。今夜は「らくご道〜笑福亭生喬と桂南天の落語会〜」のあった日ですので外すわけにはいきません。その番組は、次のようなものでした。南天「夏の医者」、生喬「ピカソ」、(中入り)、南天・生喬「夕焼け日記」。南天の「夏の医者」は15分余り。それに対し、生喬の「ピカソ」は50分近くもかかりました。それは、南天が軽くマクラを振ってネタに入ったのに対し、生喬は、今日行ってきた母校での学校公演報告とともに、自身の高校時代の思い出話へと発展していったからでした。落語の方は、珍しいものが並びました。長閑な夏のネタ「夏の医者」は、限られた演じ手しか手がけないもの。持ちネタに変化が出るので、頃合いのネタだと思うのですが、若い人はしない。番組のにも変化が出るのですがね。「ピカソ」は、先代春蝶の作品。美術系大学出身の生喬は蘊蓄をかためながら地口噺風に展開。ピカソの独特の画風をちゃかす他愛のないネタです。先月はトルコでしたから行ってなかったのですが、その内に、「夕焼け日記」に変化がありました。椅子に座らないで立ったままのおしゃべり。従って、ネタ解題的なことはやれないですね。立ったままのトークです。ネタには全然触れません。そんなで、これが続くようだと、この会へは足が遠のく予感がしています。




2012年 9月 12日(水)午後 10時 14分

 今日は、午前中は、冬のオペラ旅行の準備や週末のプチ旅行の準備に追われ、気がつくと気温がどんどんと上がっていました。朝晩は過ごしやすくなったのですが、日中は、まだきついものがありますが、ちょうどトルコにいた頃の気候に近づいてきたなの印象です。ただトルコは、気温の下がり方は、もっと強烈でしたが。今日は、その暑い日中に墓参り。そして、その足で大阪へ。墓参りで歩いたのですが、思いの外近かったもので、ウォーキングの替わりにはならないということで、結局、「北浜」から「千日前」まで、ミニミニウォーキング。墓参りと併せて、1時間を超えるウォーキング時間を確保できました。そして、夜は「天満橋」に移動。「双馬ビル」であった「はたちの会〜44〜」に行ってまいりました。今日は、珍しく南斗さんがお手伝いに。南華さんも、そのことを、まずマクラで話されました。それから、いつものように、前回からあとの近況報告や会の宣伝をされました。恒例の南華さんの「お誕生日に合わせた会」には、キリのいいお誕生日だということで、東京から琴調師を喚ぶと言ってられました。今、ちょうど、東西の交流で、琴調師にお稽古をつけてもらってる南華さんならではのチョイス。おかげで琴調師を、大阪で聴く機会が生まれました。ネタは、まず、先日の「天満講談席」で出されたところの「弥次喜多道中」。やはり物売りの描写がいいですね。大阪で「でぇでぇ屋」が「紙屑屋」で、東京で「れぇれぇ屋」が「下駄の鼻緒直し屋」というのが出てきます。音が似ているので、弥次喜多が間違ってしまうというエピソードが挿入されています。それにおもしろい裏話、弥次喜多ゲイ説というのがあるそうで、それを基に、宮藤官九郎が映画にしたんだと言われてました。もう一つのネタが「野狐三次〜両国橋から女が身投げ〜」。いよいよ大詰め近くになり、今日は、三次が実妹のおはなに再会するところでした。ただ再会と言っても、おはなは、ずっと三次の近くにいながら、実妹とは知らずに付き合いがあったという間柄。ただ、それがどのようなきっかけで判ったかが判らないのです。一番肝心なところでもで、うとっときてしまったのです。三次が応援している相撲取りの話が噛んでいるようなのですが、判らないのです。あ〜、情けない。




2012年 9月 11日(火)午後 11時 28分

 今日は、朝方に雨。これでウォーキングを断念したのは間違いでした。ウォーキングをしようかと考えていた時間帯には、太陽も顔を出していました。お出かけは、12時を回ってから。まず「動楽亭昼席」に行ってまいりました。今月2回目となります。その番組は、次のようなものでした。二乗「子ほめ」、しん吉「明石飛脚」、三喬「近日息子」、文太「高津の富」、(中入り)、新治「狼講釈」、福笑「桃太郎」。今日から、米朝一門以外の噺家さんも出る昼席に入りましたが、福笑に文太、三喬まで付いてくるという好メンバー。それだからでしょうか、平日にも拘わらず、いい入りを見せていました。ただ、こちらは、心地好い座椅子のせいでしょうか、うとうとしながら、眠るでもなく、完全に目覚めもせずに聴いておりました。期待の福笑は、「桃太郎」ということで、前回、こちらで聴いたのと同じネタに。ま、こないなことは起こるものですが、実際起こってみると、残念な気持ちが残ります。ネタ的には、「狼講釈」が聴けたのは大ヒット。なんせ、新治と小染くらいしか演じ手がいないものですから、遭遇機会が稀なネタ。黄紺も、前段の内容は忘れていました。狼に取り囲まれて、長々と講釈が入るのが聴かせどころというのは覚えていたのですが。それも、デタラメな講釈で、「太閤記」から始まり、「赤穂義士」になったり、「国定忠治」になったりと、どんどんとネタがすりかわって往きます。このすりかわりが、一番の聴かせどころとなっています。新治は、一時体調を崩していたようですが、顔つやとか元に戻ってきていると見えました。
 動楽亭を出ると、昨日同様、千日前のネットカフェへ。今日も、こちらで時間調整をしたあと、「高津神社」へ移動。今夜は、こちらで「たまの緊急落語会」がありました。最近、たまの会に行けてなかったので、嬉しい夜となりました。その番組は、次のようなものでした。八斗「四人癖」、たま「悪霊の棲む家」、まん我「寝床」、(中入り)、たま「船弁慶」。八斗の落語は、久しぶりに聴きました。噺家さんらしい口調になってきただけでなく、普通のお兄さんから、雰囲気的にも噺家さんらしくなってきました。「四人癖」は、誰からもらったのかな。文三であるようで、そうじゃないところもありっていうところです。たま「悪霊の棲む家」は初遭遇。風貌や声の変わった家族が住む家にやってきた男が、この家に棲みつく幽霊を探す噺ですが、一種の倒叙もので、終盤にどんでん返しが用意されています。構造的におもしろい作品です。まん我の「寝床」も初遭遇。かなり丁寧に抜くところはなく進んでいきました。浄瑠璃の会を知らせに回る久七の困りがいですね。旦さんが、再度会を行う決意をするときの、決め言葉は「芸惜しみ」でした。でも、その前に、「生涯、浄瑠璃は語らないと言ったのを聞いてない」とするので、旦さんは、だいぶと機嫌を直したところへの決め言葉として使われました。こういったところが、丁寧だというわけです。たまの「船弁慶」も進化の跡が見受けられました。雷のお松が上町のおっさんの家から帰ってきた聴かせどころで、喋り続けることを強調するために、同じ言葉の繰り返しを入れたのが、とっても新鮮。船への乗り込みのために通い船に乗っているところは、科白の配分とお囃子の配分とを細かく割り当てるのは、お囃子との連携を大事にするたまらしいところ。それは、終盤、お松が乗り込んでくるところのお囃子に細かく強弱を付けるのもたま流。八斗が、和女さんとともに、そのお囃子を担当。八斗が、たまの「船弁慶」に合わせるのは初めてとか。たま、まん我と並ぶと、お互い意識し合うのでしょうね、2人とも気合いが一段と入っていたように思えました。聴く方としては、まことに結構なことです。




2012年 9月 10日(月)午後 10時 35分

 ようやく休みになりました。さすがに、昨夜は熟睡。自覚はないのですが、体には疲れが染み付いているみたいです。久しぶりのくつろぎ。朝から軽く水割りなど呑みながら、冬のオペラ・ツアーの準備などしておりました。そして、11時をメにお出かけ。今日は、まず「一心寺南会所」であった「一心寺門前浪曲寄席」に行ってまいりました。先月は、トルコにいたため外した会。今月は、きっちりと行ってまいりました。その番組は、次のようになりました。春野冨美代(沢村さくら)「両国夫婦花火」、京山倖若(藤信初子)「後藤又兵衛」、京山小圓嬢(岡本貞子)「直助誉れの国帰り」、松浦四郎若(虹友美)「差し越し願い」。やっぱりというか。予期していたことが的中してしまいました。倖若師と小圓嬢師のところで、見事なダウン。倖若師は、最近聴く機会がなかったものだから楽しみにしていたのがおじゃんになり、小圓嬢師は、黄紺の一の贔屓ですから、悔しいったらありゃしない。「両国夫婦花火」は、春野恵子で聴き倒しているので、新鮮味に乏しく、結局、今日の収穫は四郎若師の口演のみとなりました。ところが、この「差し越し願い」が良かった。「伊達騒動」の抜き読みだということです。伊達藩が、救済措置を求め、公儀に訴えようとするのだが、訴えを受けると、ときの大老を敵に回すことになるので、月替わりの老中は引き受けようとしないなか、3ヶ月先に月番が回ってくる老中が、それを引き受けるまでの話でした。「差し越し」というのは、月番を越えて訴えをなすことを指す言葉のようです。侍としての心意気が描かれたもので、四郎若師の迫力ある節と、高位の侍を表す気品のようなものが感じられ、大収穫でした。
 浪曲が終わると、「一心寺南会所」の前からウォーキングをスタートするつもりだったのですが、空には明らかなる雨雲。間違いなく雨に遭いそうだったので、急遽ウォーキングは中止。仕方がないので、時間調整のために、いつもの千日前のネットカフェへ。幸い、ネットカフェに行くまでは、雨には遭いませんでしたが、夜の部への移動のため、外に出ると、きっちりと雨の降ったあとを確認。今日の判断は、大正解でした。そして、夜は北浜経由で「関目」へ移動。「大阪市立城北市民学習センター」であった「第33回城北にぎわい亭」に行ってまいりました。定期的に雀三郎一門会が開かれている会です。しかし、今日いただいたチラシを見てビックリ。このセンターも閉鎖されるそうです。いろいろな企画をされて、市民への啓発されてきたところが閉鎖とは。開いた口が塞がりません。大阪では、「文化」というのは「ムダ」と読むと言ったのは寒空はだかですが、全く同感です。で、落語会の番組は、次のようなものでした。雀五郎「江戸荒物」、雀太「青菜」、雀喜「長柄橋」、雀三郎「口入屋」。雀五郎は、方言のマクラを、たっぷり振ってネタへ。ちょっと変わった「江戸荒物」でした。東京弁を教える人が、以前東京に住んでたことがあったり、最初の客がすぐに引き上げたり、微妙に違うところが気になりました。雀太の「青菜」が秀逸。植木屋がちょかで、アホげなことを言うのは、他の噺家さんと変わらないのですが、旦さんとの釣り合いがとれないことが、ほとんどなのですが、雀太の描く植木屋は、旦さんの前では落ち着きを感じさせます。これがほんとにいい。植木屋にいちびらせるあまり、旦さんの前という状況を飛ばしてしまうのばかり聴いてきたような感じがしていたので、雀太の口演は、とても新鮮に聴こえました。そして、家に帰ると、嫁さんに合うようにと変えていました。雀太ベストじゃないかな。「長柄橋」は、元又三郎の以西氏の作品。人柱となった男が、父を亡くしたショックで、口をきかなくなった娘に、閻魔の許可を得て生き返るのだが、失敗ばかりで、何度も死んでしまうというもの。繰り返しネタだけど、アホげな死に方を繰り返すのがおかしい佳作です。雀三郎の「口入屋」はいいわぁ。番頭の一人しゃべりが、中でも秀逸。更に、その中でも「ドガチャカ」のところが最高。体を斜めに構え、そう構えるのです。構えるから、たっぷりと間が生まれ、そしてようすをしながら早口で「ドガチャカ」に入る。このフレーズを知らなかったので、雀三郎の「口入屋」は、初めてだったみたいです。まだ、こんないい口演を残していたのが不思議な感じです。ということで、この会のグレードの高さに大満足しました。




2012年 9月 10日(月)午前 7時 40分

 4日連続勤務の4日目が終わりました。ようやく休めます。今日から3連休となります。まずは体を休めねばならないのですが、、、。昨夜は、前日に続き、芝居を観る日に当てました。「大阪市芸術創造館」で、東京の劇団「北京蝶々」の公演「都道府県パズル」があったのです。「北京蝶々」は、前回の公演を東京で観ているのですが、昨日の芝居は、そのときとは、内容を全く異にするもので、随分とシリアスな芝居となりました。芝居は、道州制をめぐる議論だけで進行し終わるという会話劇。登場人物たちは、道州制が実施されたなら、道や州となるだろう地域の代表。最初は、「道州制フェスティバル」の目玉とすべきイベント、商品などを考える議論からスタートするのですが、徐々に、イベントの効果に関する議論に移っていき、その効果を訴えるなら、自分たち自身が、道州制を理解できているかの議論へと発展していく。そういった中で、道州制推進で金儲けのみを企む人物の告発が行われたりもする。実際、ここに集まってきている人間も、道州制の何たるかが解っているわけではない。でも、地元への愛着のようなもの、芝居の中では、くさく敢えて「愛」と呼んでいたましが、改めてその確認が求められると、言い方に差はあれども、認めていく面々たち。道州制のメリット、デメリットも、細かく詰めるわけではないのだけれど、登場人物のキャラに応じて答えていく。そういった両論併記的なシンポジウムをして、道州制の理解の推進を図ることを主張する人たち、いやフェスティバルそのものが、道州制推進の立場で企画されているのだから、デメリットを聞かせる必要はないと主張する人たち。この議論が最終の議論となるのだが、あまりにファナティックに、推進を主張する女がいるものだから、そのわけへと話がすすむことで、この芝居の行く道が見えてきました。福島がらみの話へと入っていきます。原発事故の「福島」をなくそうということからの、この会議への出席をきめたのでした。その福島と、原爆投下を受けた長崎と広島との類比が行われるのです。ここの発想は秀逸。そして、希望を与える連想がいいですね。ここを言いたいから、台本を書いたような気がしました。こういった大まじめな芝居、久しぶりに観た気がします。だけど、東京と大阪の違いがありますね、震災の取り上げ方、それが全然違います。震災を体感した人たちの責任のようなものを感じた芝居でした。




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