忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2007年 4月 4日(水)午前 9時 54分

 今日、明日は、年度内に土曜出勤をした分の振り替え休日。ちょっと骨休めです。一昨日、なんか、疲労しきってしまい、その疲れた体を休める、いい教養日となるはずです。
 日曜日も、昼と夜、ダブルヘッダーを組んだ。土曜日はせわしなかったんだけど、この日は、午後2時始まりの落語会だったので、ちょっとは、お出かけが楽だったかな? でも、この頃の定番となっている京阪特急の中でのお昼ご飯は、今回もやらせてもらった。コンビニで、パンやおむすびを買って、電車の中で食べるのだ。特急だと、座席の関係で食べやすいからだ。こないなことをして、時間を編み出しているのです。あ〜あ、涙ぐましいね。
 「文太の会 in 高津の富亭」へ行ってきた、昼間は。「TORII寄席〜卯月吉例 林家一門会〜」と迷ったのだが、こちらの方は、わりかし林家の定番となる噺が並んでたので止めて、文太の「贋作」シリ−ズに賭けてみたのだ。すると、どうだ、高津神社に着くと、桜の下で花見が真っ盛り、屋台まで出ている。おかげで、花見もさせてもらって、まことに結構なチョイスと相成りました。まず、開演前に、今日は、文太が、アコースティックなギターを抱えて登場。自作のフォーク調の曲を、二つも披露してくれた。詞の内容は、全部落語というのが、いい。大笑いさせてもらった。六代目が、角座で「遊山舟」をかけてすべりまくってた話が、2度も出てまいりました。可笑しかったなぁ、きん枝は、ごみ箱でどつかれるしと、エピソード満載の歌に、大満足。で、肝心の番組は、、、、文太「近日息子」、文太「禁酒関所」、歌之助「噺家入門」、文太「九年母」だった。「近日息子」は勢いで突き進む噺、だから、若い人のエネルギーほとばしる口演がいいのだが、文太は、そういった意味では、歳なのだが、頼りなさそうなキャラ同士がやり合うことにより、可笑しさを出していた、やはり、業師だ。「禁酒関所」は、文太の中では、この日のベストかな? 安心して聴ける逸品でした。「九年母」は、贋作シリーズなのだが、短いお話。文太も言ってたが、元は小咄程度のものだったそうだ。丁稚もので、だから、同じ丁稚ものから借用したくすぐりなども入れ、一つの噺にまとめ上げていた。そんななか、文太には失礼だが、この日の、自分的ベストは、歌之助の新作。この噺は、制作過程を見ているものだから、変化に興味津々。一番最初は、こないなものだったかなぁなんて考えながら聴いていました。何がおもしろかったのかというと、落語フリークを喜ばせる組み立て方、くすぐりを入れているからだ。歯医者は、何者? 歌之助の家は医者だと聞いているので、ひょっとしたら、それを背景にしてるだろうか? 噺の流れでは、別に歯医者でなくてもいいので、そんなことを考えてしまいました。
 そして、夜は、十三に回り、第七劇場で映画を観た。奥田瑛二主演の「ヒョンジェ」という映画だ。一言で言えば、「パッチギ」的映画と言える。シージャックをした在日の青年を警視庁の狙撃チームの隊員が狙撃をする。その狙撃隊員が、若い頃の奥田瑛二。それで、犯人を死なせてしまったことを悔い続け、警視庁を辞め、全国を回り回って、大阪に落ち着くが、その息子が、ふとしたことからバンド仲間に引き入れた高校生が、その狙撃された犯人の弟という設定。筋立ては、悔いる中味が、単に狙撃をして死なせたことかと思わせておいて、大詰めで、それだけじゃない、深い在日の苦しみ、悲しみが語られ、終結へと向かう。ここの詰め方がいい。そして、考えてみれば、個人としては、誰一人として邪悪な人物は出てこない。ちゅうことは、大状況に弄ばれる悲劇、だけど、確実に、奥田瑛二の息子と、犯人の弟が、それを、個のレベルで切り開いていってくれることを予感させる、そういう終わり方で、いいものを観させてもらったというのが実感で、見終わったときの満足感は、たっぷりとあった。
 2日(月)は、年度初めの日。おまけに、際どく職場を出て、繁昌亭に辿り着いたときには、椅子にぐったり。そのまま座ってると、眠り込んでしまうんじゃないかと思いました。そういったお疲れのときは、たいがい三席目が危ない。これは、経験知。いい気持ちに、なってくるんだよね。で、この日は、普通の夜席、このあと、普通の夜席は、5時半始まりになるので、これが、最後でしょう、平日では。番組は、団姫「眼鏡屋盗人」、つく枝「刻うどん」、猿笑「お見立て」、五郎兵衛「高野聖(?)」、(中入り)、学光「荒茶」、小米朝「崇徳院」だった。団姫は、初物。お目々がくりくりで、愛嬌がある。20歳の女流噺家さん。気をつかって「吉永小百合」と言ってました、自分のこと。猿笑から学光まで、珍しい噺が並びました。五郎兵衛のネタは、これでいいのかすら分かりません。猿笑のネタは、単に東京ネタだから、珍しいと書いただけです。「荒茶」は、講談では、とてもポピュラーなもの。それを、落語に焼き直しての口演は、全くの初物。学光も、久しぶりのうえ、このネタで、マニアは、とても喜ぶものですよ。若旦那のこのネタ、若旦那のなかでは、ベストかもしれません。小気味良く、くすぐりも薄目なんだけど、タイミングがいい、オリジナリティがあるので、うける。ちょっと、後半、調子に乗りすぎた嫌いはあるのだけれど、とても練れてるという感じがしました。いわゆる商品になる出来具合でした。そんなで、ちょっと変わった雰囲気を味わった会でしたが、久しぶりに入りが少なく、繁昌亭で、こないな日に行くと、最近は、安らぎます。
 3日(火)は、前日の疲れが尾を引き、きつい1日だった。この日に、ホントは、休みを入れていたのだが、急遽、会議が入り、出勤。そしたら、会議の出席メンバーの半分が忘れてた。ま、黄紺が覚えてると、こんな具合。普段は、逆なんだけどね。どんどん、忘れていく。だから、簡単に、人のことも許しちゃうのです。そんなで、疲れてたものだから、この日は、真っ直ぐ帰るつもりで家を出たのだったが、職場に行くと仕事がある。だから、腹が立ってきて、そうなると、しんどくても遊びに行っちゃう。「こふんよ講談会」という会に、ワッハの4階へ行ってきました。まだ、見ぬ女流講談師旭堂小二三の会だ。まず、弟弟子の南陽が出て「北原白秋物語入門」、これが、自分の会を紹介してからやり出して15分。次が、南陽も残って、小二三をまじえて、ゲストの和泉流狂言師中本義幸師を迎えてのトーク・ショーに50分。ようやく、最後に、小二三の講談「山内一豊とその妻」、これが30分だった。ゲストが、中本師だと知って、実はそそられた部分も、実はあったのです、この会。とにかく、上方の講談界は強者揃い。どなたを聴いても、満足度が高いけど、南陽は、ちょっと乗れないなぁ。トーク・ショーの仕切方一つにしても、自分の世界だけで進む、人が何を考えてるか、ましてや、、客の気持ちなど、お構いなしでは、乗れません。てな、文句を言ったのですが、会は、十分に楽しめましたよ。ただ、主役は、小二三なんだから、あなたが、前に出なくっちゃと思ったので、出さなかったのか、出なかったのかは分からないのですが、ま、そんなで、ちょっと不満を書いてしまいました。講談に入ると、小二三の熱意は感じました。若い講談師の皆さん、どなたを聴いても、まず、熱いものを感じます。昨日も、そうでした。そして、どの人を聴いても、うまい。小二三は、芝居の経験があるからでしょうね、一豊の妻の科白になると、女優になってました。いや〜、良かったですよ。じーんときちゃいましたから。宝井馬琴師との話も、良かったです。講談に対する熱意、ホント、嬉しい限りです。話は戻って、トーク・ショー。自分的には、謎の人物、中本師の素性が判りました。元鼓童の研修生なんですね。そこの研修でのメニューのなかに狂言があって、その講師にきたのが小笠原匡師だったという関係だそうだ。初舞台が、山本能楽堂ということだったが、この人の名前が出始めた頃に、黄紺は、山本能楽堂で、この方の間狂言を聴いてるのです。それが、「熊坂」だったかは、はっきりしないんだけど、ひょっとしたら、立ち会ってる可能性があります。そんなで、昨夜は、不満一方、それを越える満足たくさんで家路に着きました。




2007年 4月 1日(日)午前 9時 38分

 年度末を迎えている。もう、自分的には、忙しい時期を過ぎてしまったので、どこかで韓国を狙っていて、でも、ダメかと思い、でも、行けたらと狙っていたところ、先週末から、土日を含めて辛うじて4日の休みが見えたので、韓国へ行ってきた。1週間前に、航空券を押さえたというのは初体験である。そんなで、釜山・蔚山・浦項に行ってきたわけだが、そのときの記録は、BBSに書き込んだものを貼り付けておくことにして、その前後の行動を書き残しておこう。
 まず、21日は、久しぶりのどフリー。それこそ、ごろごろと旅行前の骨休めと言えばいい日だった。というのも、そのあとの2日、言い換えると韓国行き前2日間、呑む機会があったからなのだ。22日(木)は、新年度に転勤される方を囲んでの飲み会、23日(金)は、息子と繁昌亭へ行って、その後、呑む約束があったのだ。そこで、その繁昌亭の記録を、ここに書いておく。「桂枝光SHIKO咲く語の会」があったのだが、何を、血迷ったのか、同じ前売り券を2枚買ってしまい、その1枚が、結局、息子のものとなったのだった。息子は、2回目の繁昌亭、一緒には、初めてのことだった。番組は、かい枝が開口一番で、「ハル子とカズ子」という定番の爆笑ネタで開始。続いての枝光の「相撲場風景」は、北海道でのつかみは、こんなで頑張ったんだろなと思わせられてしまいました。そして、そのあとが、この日のお目当ての一つ、小枝が登場。ひょっとしたらと考えていた「くっしゃみ講釈」。前半は会長だったんだけど、講釈のところをはしょりすぎてしまい、ちょっと興趣が落ちました。だけど、こんなネタもできるんだというところを見せてもらいました。中入り後が、目玉の「帯久」を、枝光が出しました。こういったしんみり系の人情噺が、枝光には合ってますね。初演かと思っていたら、8年ぶりの再演だったそうです。前回の繁昌亭の公演では、「紙屑屋」「ねずみ」を取り上げてました。その意欲がいいですね。

Ulsan kara 投稿者:黄紺 投稿日: 3月24日(土)19時57分45秒

 Kankoku ni kite imasu. 1nen to chotto aida ga aki mashita ga tanima ni natta hi o mitsukete yatte kimashita. Konkai wa Pusan ni hairi sono touhoku-bu o megurou to iu mono desu. Kesa check-in o suru to kono hikouki wa Pusan made itte hikikaesu kamo shire masen to iware mashita. Pusan no tenkou ga kanari warukatta mitai nano desu. Chotto huan ni nari mashita ga yure wa itsumo to onaji kurai de kinai-service mo dekite imashita.
 Pusan wa koutsu-jijou ga 黄紺 ga itte inai aida ni kawatte ori chotto huan datta no desu ga guzen kuukou kara no bus ni hikouki de tonari datta Korean ga oshiete kure clear deki mashita. Kaeri mo daijoubu to omoi masu. Ma sonna koto mo atta no desu ga mazu Pusan no bus-terminal ni iki koko Ulsan ni hairi mashita. Soshite Ulsan kara bus ni notte konkai no medama Sosenpo-wajou ni itte kimashita. Bus ni wa iki wa oo-mawari o shita node 1jikan hodo notte mashita. "Wajou" no "wa" wa Nihon o arawasu "wa" soshite "jou" wa "oshiro" desu. Kore de wakari masu ne kono oshiro wa Katou Kiyomasa ga tate saseta mono desu. Ikutsumo Kankoku ni wa kono te no shiro ga nokotte iru no desu ga jissai ni mi ni kita no wa hajimete desu. Sosenpo-wajou wa nakademo nokotteru mono de wa sidai da sou desu. Zuibun to rippana ishigaki ga nokotte imasusi kono ue ni tenshukaku ga atta to iwarete iru tokoro wa toku ni ishigaki ga nokotte ori chottoshita Shiroyama-kouen desu. Kono oshiro wa yamajiro desu kara kodakai yama no ue shikamo umi-beri to iu ii basho ni tate rarete imasu. Kore wa mimono desu yo. Oshiro no ue kara wa chikaku no kaigan ga kirei ni miete imashita. Natsu wa kaisuiyoku de nigiwau you desu. Sono kaigan ni aru chiisana machi o China to ii masu. Ji wa "shiro" o imi suru "chin" to iu ji to "shita" desu. Masa ni Kiyomasa no tateta shiro no shita no machi nano desu.
 Soko kara Ulsan ni kaette kita toki nigiyaka souna tokoro de ori shokuji o shite PC-ban ni kite iru to iu wake desu. Jikan-gire de Uksan-jou wa bus de yoko o tootta dake de ue ni agatte imasen. Sosenpo-wajou o shiru to kibo ga chiisaku mie masu. Nokotte iru mono no ookisa de iu to sonaini narimasu. Ulsan to iu machi wa totemo ookina machi de shikamo ichi-kankei ga wakatte inakute ima iru tokoro ga main no hankagai to wa omotte imasen. Iya doko ga 1ban no hankagai ka ga wakaranai no desu.

Pohan kara 投稿者:黄紺 投稿日: 3月25日(日)19時57分17秒

 Kesa Ulsan de itte nakatta juuyou na tokoro e 7ji ni yado o dete itte kimashita. Kono donyokusa ni ware nagara kanshin desu. De itta no wa Hakson-kouen to iu tokoro. Koko ga Ulsan-jou no atochi desu. Kinou yoko o tootta toki taishita koto wa nai to omotta no desu ga ikanai to kimochi ga warui node itte kimashita. Kekka wa yosou doori. Ishigaki ga chotto dake nokotte iru teido desu. Kinou itta Sosenpo-wajou to kuraberu nante koto wa dekinai hodo desu. Setsumei-bun o yomu to Ulsan-jou no hou ga dejiro da sou de motomoto kochira no hou ga chiisai mono datta no desu.
 Soshite Pohan e no idou desu. 1jikan 10 hun chotto kurai de touchaku desu. Soshite koko kara no medama no 1tsu ni itte kimashita. Bus de 15hun kurai kougai ni deta tokoro ni aru Yangdong-Minzoku-Mura desu. Koko wa aratani seibi sareta tokoro to omotte iru no desu ga suunen mae made shiranakatta jouhou wa nakatta tokoro desu. Dakara shoujiki itte karuku mite ita kirai ga atta no desu ga jissai itte miru to yuumei na Andong kougai no Hafe-mura to kibo wa kawari masen. Zenbu aruite mawaru no ni 3jikan-han hodo kakari mashita. Hafe to chigatte onaji Yanban no mura demo Yanban no ie ga ooku nokotte iru no desu. Yanban ga kodomo ni ooku no yashiki o tatete itta kara dato omoi masu. Kore wa omoi no hoka ii mono ni atari mashita. Dai-hit mono desu yo kinou no Sosenpo-wajou mo sugokatta keredo kochira mo mimono deshita.
 Soko kara kaette kite chokusetu machi no chuushin-bu ni hairi kondo wa machi naka o aruki-mawari kanari hirou-do wa agatte imasu. Dakedo itsumo nagara ichiba-aruki wa genki o morai masu. Soshite ima wa Pohan no wakamono ga tsudou naka de PC-ban ni imasu.
 Kankoku wa atataka desu. 1shuukan=go ni kite oreba sakura wa mankai datta deshou. Ima wa tsubomi hukurami kaika chokuzen desu. Kaika shita koro ni wa Nihon desu.

Pusan kara 投稿者:黄紺 投稿日: 3月26日(月)21時36分29秒

 Kyou wa Pohan de gozen-chuu Pogyan-sa to iu otera ni itte kimashita. " Sa " to iu no wa " tera " o imi shimasu. Pohan to ieba Pogyan-sa nano desu. Kono machi 1ban no meisho desu. Kankoku no otera to ieba 1tsu o nozoite yama no naka ni arimasu kara soko wa yama aruki ni mo ii tokoro. Pogyan-sa wa otera yori yama aruki no hou ga ii mitai. Sonna koto ga jissai ni itte mite wakatta no desu ga kutsu ga nasake nai koto ni natte shimatta node yama aruki wa yame otera dake de kaette kimashita. Yama aruki wa jikai no tanoshimi desu. Pohan wa mada iku tokoro mo nokoshite imasu node kono yama aruki o hukumete saido kuru koto ni shimashou.
 Pohan kara Pusan made no chokutsuu-bus ni nori masu to 1jikan-15hun amari de mou touchaku desu. Tada Pusan no Terminal wa tondemo tooi tokoro ni ari masu. Shukuhaku saki wa maikai no teiban Sasan desu node tooi. Yado wa doushite mo nareta tokoro ni toritai mono de shikata ga nai to wa ie tooi. Daitai Terminal anna tokoro ni tsukuruna to iitaku narimasu. De Pusan de wa onajimi no tokoro o urouro. Nanse yukkuri aruku no wa 5nen buri ja nai ka na? 5nen mae ni wa tashika Kokusai-ichiba ni mo ikanakatta hazu o omoi jibun no kioku o tashikame ni iki mashita. Honto omoidasi nagara aruite imashita. Soshite hutatabi Sasan e modotte Terminal no shuuhen o urouro. Sasan mo zuibun to kawari mashita. Chotto Urashima-Tarou no kibun desu. Shitteta mise ga zuibun to kiete imashita. Shizuka datta chiiki ga akaruku natte masu. Jibun-teki ni hizou no hutsuu no basho wa kenzai de izen no omokage o shikkari to nokoshite ite mune o nade oroshi mashita. Tada tetsudou eki shoumen no oodoori mo kouji-chuu desu kara kondo kita toki ni wa mata kawatte isou desu.

 27日(火)、自宅に着いたのは、まだ、3時半だった。ま、釜山から戻ってきたときは、こんなものだが、これを有効活用しようとて、帰って早々に、落語会に行ってまいりました。「桂文我上方落語選〜京都編〜」が、京都府立文化芸術会館の3階和室であったからだ。ところが、開演10分前に行くと、入り口には、長い列が。この日の主役文我の到着が際どかったそうだ。そんなで、慌しく開演。番組は、ひろば「道具屋」、文我「短命」、宗助「親子酒」、文我「源平盛衰記」、(中入り)、文我「つぼ算」となった。が、このラインナップは、いつもに比べて、かなり小ぶり。会場入りに疲れたのだろうか、いつも、よくある大ネタ、ないしは、珍品ネタが組み込まれていない。そう考えると、寂しいものと言わざるをえなかった。そんな感じだったが、文我の「短命」が、とてもいい出来だった。こういったネタは、あまり文我向きではないかと思っていたのだが、それがどうして、しつこくなる心配は、元々ないが、逆にてらいもなく、程よく乗れる噺に仕上がっていた。新境地の感がしてしまった。「源平盛衰記」は、地噺、文我は、よくかけているようですが、自分的には初物。頑張って、くすぐりを入れなきゃならないと、わざとらしさが出てしまい、こちらは、しつこい。せっかく「短命」で看られた自然な流れが途絶えてしまいました。それ以外では、広場の口演が印象に残る。余計に肩肘張らないで、ネタの力に、まず、身を任せることの大切さを知りました。やはり、古典には、ここまで残ってきた生存力があります。その生き残ってきた力を信じることです。
 28日(水)は、呆気なく仕事に復帰。疲れてる時間もありません。4日ですら、この年度末に時間が取れたことをラッキーと思わないといけません。だから、夜も、簡単に復帰。この日も、落語会に行っています。「まるまる出丸の会」に行ったのだ。いつも、40数人入ったら多いというこの会が、この日は、その倍入った。福笑人気でしょうね、やはり。ということで、この日の番組は、佐ん吉「御公家女房」、出丸「阿弥陀池」、福笑「入院」、出丸「宿屋仇」でした。佐ん吉は、初物のマクラ。この人の大ネタは、「へっつい幽霊」以外、聴いてないが、なんか、期待感が高まるばかりだ、この人。出丸は、「阿弥陀池」で失敗。「鯛」を先に言っちゃ、あかんわね。それで、動揺したのでしょうか、期待の「宿屋仇」も、スムーズさに欠けちゃいました。捲土重来です。で、福笑なんだけど、いつものど迫力という点で言えば、覇気に欠けてたんで、どうしたんだろと思ってたら、あとから出てきた出丸が言うには、独演会に向けて、案内状を750枚、自筆で書いているそうで、それで疲れているとか、それで、納得。弟子のたまも、前に言ってたことがある、独演会に行った客には、礼状を自筆で書く人だと。
 翌29日(木)は、繁昌亭に復帰。この週続いている「笑福亭猿笑 五夜」の一夜に行った。この日は、東京から待望の噺家さんが来演ということで、この日は外せなかったのだ。番組は、和光「ぜんざい公社」、こごろう「阿弥陀池」、三遊亭圓馬「うなぎ屋」、柳家さん喬「棒鱈」、(中入り)、春雨「子ほめ」、猿笑「吉住万蔵」だった。和光は、鶴光の東京での弟子、上方の噺をするが、ちょっとアクセントの違いが顔を出すのが、気にかかった。最近、聴いてなかったネタを、マイナーチェンジをしながら演じてくれた。こごろうは、出丸のミスに口直しをしてくれたが、ボケも少な目で、どうしたのでしょう? 時間の関係かも? 園馬は、初めて。橘ノ円の弟子だと自己紹介から始まる。先代、及び師匠の小園馬のイメージがあるからか、とてもスマートに見え、また、ネタも、そのように感じてしまいました。くすぐりも、新しかったしね。そして、待望のさん喬。池袋演芸場で、「柳田格之進」」を聴いて、気に入っちゃった大御所。ますます、貫禄と気品が出てきた。そして、桁違いのうまさ、ホント、桁違いだ、人物描写、緩急、表情、こんなにグレードアップをしてるとはと、アップの仕方も桁違いだった。昼席では、「井戸の茶碗」を出したそうだ。猿笑も、当然、東京ネタ、しかも、人情噺の大ネタ。猿笑も、歳なんかなぁ、だいぶと、切れがなくなってきている。まどろっこしい感じがしてしまう、最近の口演。丁寧に喋ろうとしているのだろうか、意識して、テンポアップすれば、まだまだ、切れは戻るだろうと思うのですが、、、。さん喬を聴いたあとだったから、余計に、そう思ったのかもしれませぬ。この日は、もう一人、東京関係、それは、春雨。猿笑とは違って、東京生まれながら、春団治の弟子になった人。持ちネタも多いはずなのに、なんで、ここで、この位置で、このネタは、あきません。出来の良し悪しの問題では、ありません。もうちょっと洒脱なものを持ってきて欲しかったなぁ。
 30日(金)は、仕事で際どくなるかなと、チケットを買ったときには不安だったんだけど、全然、大丈夫でした。この頃、こういった予測が外れることが、ちょくちょくある。この日のように、嬉しいときもあれば、大慌てのときもある。で、行ったのは、京都府民ホール・アルティのレジデンツ・クァルテット、京都アルティ弦楽四重奏団のコンサートに行ったのだ。京都在住の上村昇の呼び掛けで生まれたのだと推測する一期一会の素晴らしいクァルテットだ。去年、初めて聴いて、びっくりして、今年も、この日程なら行けると踏んで、前売りを買った次第です。豊嶋 泰嗣(ヴァイオリン)、矢部 達哉(ヴァイオリン)、川本 嘉子(ヴィオラ)、それにチェロの、上村昇という構成だ。この日のプログラムは、ベートーヴェン「弦楽四重奏曲 第1番」、ウェーベルン「 弦楽四重奏曲」、シューベルト「弦楽四重奏曲 第14番 “死と乙女”」だった。ベートーヴェンだけが、矢部が第一ヴァイオリンを担当でした。去年聴いたときの印象が、更に、明確になる座席にあたった。真正面の前から2列目。第1曲目では、頭の上を、音が流れている、全部の音を掴めない、黄紺の体を滑っていく、そんな感じの座席だった。ただ、その座席、4人の1人1人の音が、非常に、よく分かるという利点はあった。ま、だから、全体を掴めない、そんな位置だったのだ。1曲目の第一ヴァイオリンの音の美しさ、そんなのは堪能させてもらたったが、チェロの音色の違いも、分かりすぎるほど分かった。ただ、上村の音の掴みは、とってもシャープで、そのシャープさが、全体を下支えしている。全体を締めているという感じなのだ。その構造が結実したのが、「死と乙女」。シューベルトは、どうして、こんなにもいいメロディを次から次へと書いてくれたんだろうと堪能できたということは、そういった構造が昇華してしまい、純粋にシューベルトを楽しませてくれました。ただ、この日の客は、へん。「日本一」と声掛けをしたおっさん、あんたは、何者? 雰囲気、壊すな! ホント。
 31日(土)、前々から、この日の過ごし方に、頭を痛めていた。贅沢な悩みだ、いいものがありすぎの日だったのだ。まず、能枯れのこの春のなか、この日は、二ついいものがあったのだ。その二つの内、一つに気づくまでが、困っていたのだ。まず、把握していたのは、河村定期能、ここで、能「松浦佐用姫」が出る。これには行きたい。ところが、これに行くと、夜、大阪である2つの落語会のいずれにも行きにくいのだ。なんせ、烏丸上立売に河村能舞台はあるのだ。だったら、これを諦めて、昼間も、そそられている落語会「春の桂あさ吉発表会」に行ってしまうか? これなら、豊中市立伝統芸能館であるので、夜の落語会はOKなのだ。それに加えて、その夜の落語会でも迷っていた。1つは、TORII HALLである「RG〜文枝☆はなしの会〜」、こちらは、文枝トリビュートの会だ。もう1つは、繁昌亭での「三若・吉弥 二人会」だった。そんなで、迷って迷って、決めかねているところで、決断を出来る情報が飛び込んできた。それは、能の会の新しい情報。大槻同門会能で、能「東岸居士」と「春日龍神」が出ることが判ったのだ。「東岸居士」は、珍しい。観世流では、関西では、この20年間出たこと、なかったよなぁというウルトラ稀曲が出るということで、もう、決まりだ。となると、夜の落語会。えいやーっと、文枝トリビュートをチョイスしたんだが、その時点で、米朝事務所のHPに「完売」の文字が。大慌てで、繁昌亭の方をゲットしました。そんな経緯の結果、昼間は、大槻能楽堂へ。番組は、能「東岸居士」「羽衣-彩色の伝-」「春日龍神」、狂言「竹生島詣」だった。ま、「羽衣」は余計だとしても、能3番を、1日で観るのって、ホント久しぶりです。多久島利之師がシテの「東岸居士」が、とても素晴らしい出来。謡はしっかりしてるは、立った姿が美しい。ぶれない、四肢に統一感がある。だから、舞が様になる。確かに、この人はうまい。今に始まったことではないが。更にいいのは、この曲のお囃子。「笛:竹市学 小鼓:上田敦史 大鼓:谷口有辞」というメンバー。笛と大鼓は、かねてからのお気に入り。そこへ、小鼓の上田敦史。この人、今まで、聴いても、ほとんど記憶に残っていなかったが、この日は違ったなぁ。音がいい、特に大槻だから、響く。響く音がいい。リズムがいい。声もいい。こんなに良かったかなぁ。ちゅうことで、成田兄弟もいいけど、この人が噛むのを、チェックしていかねばならないと思わせてもらいました。「春日龍神」も、記録を見ると、92年以来だった。稀曲ではないのだが、自分的に出会ってなかった。そんなことに、2、3年前に気づきだして、狙いだしていて、ようやく出会えた日でした。
 夜は、繁昌亭だ。番組は、事前に発表されてないどころか、出番も、じゃいけんで決めるというものだった。まず、オープニングに、この会のプロデューサー由瓶とともに、二人が登場。番組の組み方から相談。じゃいけんに勝った吉弥が、今日から1年、旅に出る三若に華を持たせようと、トリを任せる。で、結果的に、由瓶「看板のピン」、三若「ちりとてちん」、吉弥「風邪うどん」、(中入り)、吉弥「お玉牛」、三若「寝床」となった。吉弥は、どちらか軽めのネタ選び、それに対して三若は、演じ方、ネタ選びも力が入っていた。マクラは、日常生活に点描から、即座にネタへ持って行く。この勢いがすごい。売れっ子漫才の早口の語りを、一人でしてるよう。異質な感じがしてしまうけど、新しいと言えば新しい。こっちがついていかないといけないのかもしれない。「寝床」は、最初のご近所の断りの理由は省かれる、最近、よく見かける型。替わりに、店の中の断りは、丁寧に描く。御簾内で、浄瑠璃が始まったときの聴いている方のやりとりは、若干アレンジか、あっちゃこっちゃか分からないが、変化のなか、どういう終わり方をするのかと思っていると丁稚が出てきた、、、だけど、寝床という言葉を出さないで、寝れないと言って終わってしまった。もう、ウルトラ大熱演。それに対する吉弥は、言葉の力、ちょっとしたくすぐりで笑わせる。金魚屋の売り声に、意味のない「ハ」とか、「フ」という声を出すだけで、おかしい。うどんを食べる仕種のなかに、丼を、ぐるぐる回すだけで、うける。もう、古典の正攻法、吉弥、やはり、王道を歩んでいます。客席には、若い人が多く、また、業界の方らしき人も、結構来てたみたいな 感じの客席が揺れた夜でした。
 とまあ、ようやく、韓国旅行を挟んだお出かけ記録を書き終えました。3日かかりです、ここまでまとめるのに要した時間は。お疲れ様ですと、自分に言っておきます。




2007年 3月 21日(水)午前 8時 14分

 週半ばのお休み。ありがたいね。今日は、まず、韓国行きの荷造りにとってる日。とりあえずは、ここで、週前半のお出かけ記録を書いていないと、韓国へ行ってからでは、とってもたまっちゃうのでと、頑張って書いておきました。最近、映画づいています。落語会と、うまく調整しながら観に行っています。ま、相変わらず、ハリウッド映画は観ませんから、観に行ったといっても、しれたことなんですが。
 日曜日も、、土曜日に続いて、ダブルヘッダー。土曜日と違って、昼間は落語会、夜は映画という組合せになった。まず、昼間は、ワッハの7階での「第38回あがき」、歌之助の会に行ってきた。黄紺が着いたのは、開演30分前、本来なら、開場の時間だけど、会場の前には、10人ほどの人が待っている。おまけに、中からは、お囃子が聞こえてきて、申し合わせのようなことをしている。どうやら、「七度狐」だ。その練習が長引いてか、開場が遅れていたのだ。この日の番組は、ネタ公表がなく、しかも、番組表には「お楽しみ」が多く、もう、当たるも八卦当たらぬも八卦、行き当たりばったり、でも、歌之助に対する期待があるものだから、行ってしまうのだ。ひろば「動物園」、歌之助「野辺〜七度狐(煮売屋は省く)」、(中入り)、わかば「片棒」、歌之助「書き割り盗人」が、最終番組だった。番組を見て、解る方は、すかされたって感じがするでしょうね。そうなんです、「七度狐」を練習してるものやから、てっきりひろばが、手を付けだして確認してると思いこんでしまってました。でも、「七度狐」のフルヴァージョン、久しぶり。べちょたれ雑炊の具を聞くときのリアクションが、いかった。噺の抑揚に沿った語り口、それだけで、噺の起伏を感じさせる技を会得してきています。あとは、定番の口演ばかり。「片棒」は、随分と練り上がってきてます。これを自信に、大きなネタにチャレンジすれば、いいのにね、わかばさん。
 会がはねると、下の本屋での立ち読み、電器屋さん街をそぞろ歩き、恵美須町駅上近くでカレーを食べて、動物園前へ。3月末でなくなるシネフェスタで、「さくらん」を観ようとの試みだった。マスコミが、女性監督だということで、随分と取り上がられている。予告編を、京都シネマで観た段階で、そんなにも関心を持たなかったのだが、新聞なんかに書かれたものを読むと、急に、関心が出てきてしまったという、自分的には不思議な映画。ちょうど、シネフェスタ動物園前が、3月末をもって閉館するということもあって、ワッハのあとという設定で観に行った。会場は、若い人が多い。だけど、場違いなおっさんは、黄紺一人ではないので、ちょっと安心。肝心の映画だが、予告編でも観たとおり、遊郭の原色のけばい風景、妖しい風景が、それに、監督の美意識を触発したような風景が続く。これが、映画を観てるって感じにさせてくれ、なかでも、1枚1枚切り取っていくと、更に、陶酔的な美の世界に導いてくれる。写真家として面目躍如たる世界が繰り広げられる。これは、見物。更に、観始めてから、すぐに気が付くことだが、照明を、当時の光源に合わせて設定してある。これは、今の我々からすると、暗いと感じるわけだが、部屋の中に、明るさの濃淡が出てくるから、妖しさという点では、まことに効果的なうえ、当然のことながらリアリティが増してくる。この中に、異質と見える土屋アンナのメークが、不思議とはまり、映える。時間が経てば経つほど、その感が増していくから不思議だ。それは、ストーリーからの効果もあるだろう。苦界からの足抜けという陳腐な素材が、初めに語られるが、土屋アンナの花魁が、廓の論理で動き出すからなのでしょう。それは、足抜けをしたかに見えて、まぶを追いかけ、また、戻ってくると確信となる。すると、土屋アンナが、しっかりと、この風景にはまっていくのだ。異質なものの同化が始まってることに気が付かせられるのだ。安心して、ストーリー展開に、身を任せられる感じが、心地よくなってきたものだから、これは、役者の人選が、ヒットだったと言えるのだと思います。一度だけ、土屋アンナに、メークを落とさせ、ほとんど素で登場させるところがある。あすこが、自分の論理と廓の論理が重なってしまうところなんでしょうね。この役者を、こんな素で出して、ええんかいと思わせられる場面だ。ところで、あの二人、あのあと、どうなるんでしょうね? そう思わせられました。こう思わせたら、監督の勝ちです。ただ、画面がきれいなだけの映画ではなかったということです。
 翌月曜日、映画づいてしまった。難波のTOHOシネマズで行われていた「フランス映画祭2007」で上映されていた「フランドル」という映画を観てきた。「カンヌ国際映画祭審査員グランプリ賞」受賞という肩書きだけではなく、この映画祭のパンフを見て、内容的にも、一番そそられたものが、仕事帰りの者にも見やすい時間帯に設定してくれていたのだ。パンフを見た感じでは、ランボーの第1作に似たものかなと思ったのだが、こちらは、戦後というか、戦争から引き上げて来た場面は、ラストに至る僅かの場面だ。そのシーンを入れて、大きく分けて、3つのシーンに分かれる映画だ。1つ目が、フランスの田舎での日常風景、若い男女の動きが、何かぎこちなく、不自然なものとしている。2つ目が、戦場と、元の田舎に残っている女の子が、戦場での危機的な状況に対応したかのように、精神に異常をきたす、この二つが並行して進む。3つ目が、一緒に行動した者が、全員戦死し、残った1人の男が故郷に帰ってきてからだ。戦場は、北アフリカか中東を思わせるところだが、その戦争が、どんな戦争かは触れられない。ただ、ひたすら、戦場のむごたらしさが描かれ、1人1人と殺されていく。主人公の男は、あまり言葉を発しない。だから、感情を表出させる演技を、監督は求めていない。それを代弁するかのように、女が、故郷で荒れるのだ。それによって、不安、孤独、慟哭、そないなものを表しているかのようだ。また、それが、最後の科白「ジュテーム」が重みを増すように作られている。戦争の惨禍が、そこに凝縮するのだ。もう一つ、際立った特徴が、この映画になる。音楽が、一切使われてないのだ。不思議なことに、黄紺は、この事実に、終わってからも気づいてなかった。エンディングで、音のないところで、キャスティング等流れるなか、ただただ、胸に重しのような、どーんと来た感じだけを噛みしめていた。
 火曜日は、ちょっと間の空いた繁昌亭だ。「第8回銀瓶・一琴・文華 三人会」に出かけてきた。この三人、同期なのだ。一琴は、大阪出身ということもあり、続いている会だが、ここしばらく聞いてないなと思ったら、2年ぶりだそうだ。繁昌亭での再開ということで、また、繁昌亭が、一つの役目を果たしてくれた。この日の番組は、瓶成「いらち俥」、文華「近日息子」、座談会、(中入り)、一琴「鰻の幇間」、銀瓶「不動坊」だった。出来具合は、傑出したものがなく、いずれも、満足度70%というものだった。文華の「近日息子」は、何度目かだけど、この日は、位置取りから、これを出したのかもしれないけど、一ひねりが欲しかったなぁ。これは、ネタ選びでのことだが、この人のこの噺を聴くと、団朝の勢い欲しいなと思ってしまう。声量の問題だろうか、テンションが上がりきらないのだ。もっと、わあわあ来てもいいのに、物足りなさが残ってしまった。一琴も、志ん朝の口演を思い出してしまう。幇間が、もっと粋がってくれなくっちゃ。怒りつつ、粋がってくれなくっちゃ。逃げられたって判ってからも、幇間のサービス精神発揮して欲しかったな、それ、不自然かもしれないけど、一琴の場合、一本調子に入り込んでいたものね。だから、不自然なものをスパイスとして入れて欲しかった思うのです。銀瓶も、なんで、「足が見えてる」「紐が見えてる」を入れたんだろうと思わせちゃ、あかんわね、答を用意して、初めていい科白って、あるじゃないですか。このネタ、素に返るのは、サゲを言うところだけで十分やと思うんだけど、幽霊が落ちてから、素に戻ってしまった。照明のあたった舞台で、急に客電がついてしまった感じ。ドラマは続いているはずなのに、強制終了した雰囲気でした。サゲを変えたがため、こないになってしまった、だったら、なんにもならない。そんなで、人それぞれ、違った点で、マイナス材料。これだけの不満を感じなかった会だったのですが、ね。




2007年 3月 18日(日)午前 7時 40分

 この1週間の振り返りを、今日も書いておく。
 のんびり土日の2日目、この日も、昼夜でダブルヘッダーを組んだ。昼間は、豊中まで、1時間半以上かけて、落語会に、その帰り道、四条烏丸で下車し、おなじみ京都シネマで映画を観た。まず、落語会から、、、「岡町落語ランド」という歴史のある会。もう仕切役は、確か、3代目になってるんじゃないかなぁ。夭逝の噺家桂音也、桂吉朝と続いたあとを受けてるのが、吉弥。だから、ここへ行くと、各回、吉弥が聴けるのだ。この日の番組は、吉の丞「狸さい」、佐ん吉「つる」、米二「替り目」、(中入り)、吉坊「質屋芝居」、吉弥「仔猫」と、米二以外は、吉朝一門で固められていた。注目は、中入り後の二つ。「質屋芝居」は、吉坊陶酔の一席、傑作だったのは、幕内との掛け合いになるところ、幕内を担当したのは、吉弥。だけど、その吉弥の口が回らなくなり、場内大爆笑。吉坊まで吹き出してしまってました。更に、後日、たまの独白(雀五郎の会で)、この「岡町落語ランド」に来ていたたまが、ちょっと困らしてやろうと、吉坊に、幕内の掛け合いの部分を任しといてと言うと、マジで絶句。吉弥が、助け船を出し、結局、吉弥が。だけど、その吉弥が、しくじったというわけだ。吉弥の「仔猫」は、京都の独演会でも出していたけれど、普通でした。だけど、この日の豊中市立伝統芸能館は、すごい人。こんなけ入ったこちらの会場は、知りません。だから、どんどん会場内の温度が上昇。だから、米二のところで、船を漕いでしまいました。またしても、三番手でした。
 夜は、映画「善き人のためのソナタ」を観た。前日の、「麦の穂を揺らす風」と並んで、特に期待していた映画。そして、ともに大満足の映画。東西冷戦時の東独で、諜報員として作家の様子を盗聴などをして監視する男が、その作家の活動に触れることにより、徐々に心替わりをしていき、最後には、窮地まで救う。それで終わるのかと思うと、壁の崩壊後も、ストーリーが続く。その時期になって、初めて、その作家は監視されていたことを知らされ、且つ、自分が、諜報員により救われたことを知るのだ。そして、なんともいいラストが用意されている。「包装しましょうか?」と本屋の店員が、件の元諜報員が尋ねると、「いや、これは、私のための本だ」。これが、字幕。「Das ist mein Buch」と言ったように聞こえました。「mein」の前に「fur」が入ってたのだろうかと、細かなことを考えていました。ちょっと忘れられないラスト・シーンです。ドイツのこの時代、作りは、どうしても東独を否定する色合い一色になるのは致し方ないが、だから、観る者として、何か、一味、欲しいと感じるが、その一味が、きりりと効いている素敵な映画だった。「麦の穂を揺らす風」の持つ絶望感のあと、この映画のおかげで、、ちょっとほっこりできました。
 月曜日は、繁昌亭で3日連続で行われた「五代目桂文枝三回忌追善落語会」の初日に行った。実は、年度末の仕事で、あとの2日は行けないだろうと考え、この日だけ前売り券を買っていた。だけど、皮肉なことに、一番忙しかったのが、この日で、あとの2日だったら、楽勝で会場に駆けつけることができたのにと、そんなことは、あとの祭りです。とにかく、この日、繁昌亭に着いたのは、開演3分前、もちろん晩ご飯抜きだった。おかげで、当日指定の席は、2階の一番後の端っこ。ここは、さすが、観にくかった。で、番組は、阿か枝「子ほめ」、かい枝「刻うどん」、枝曾丸「おばちゃん旅日記」、南海「文枝一代記(その一)」、文太「愛宕山」、(中入り)、枝光「相撲場風景」、枝女太「鹿政談」、三枝「神様のご臨終」。まず、なかなか観れなかった枝曾丸の和歌山のおばちゃんスタイル、初めて出会えました。これが、まず、一つ目の収穫。二つ目にして最大の収穫は、南海の講釈。こういった創作物でも、また、ノーマルな講談の語りにせよ、この人の語る物のドラマ性、すごいわ。最近、どんどんと南海の講談に引きつけられている黄紺なのです。三つ目は、文太の口演。前半の野駆けの部分は、ごちゃごちゃして、おまけにカットしてしまった部分があったので、ちょっと文太の年寄り臭い部分が出て嫌だったんだけど、登りに入って、うまいなぁ、すごいなぁの嘆息ばかり。きばらなくとも、どうして、ちょっとした語りの抑揚で、こんなにも登りの変化を出せるのかと、その技に感服するばかりでした。ちょう米二の「愛宕山」に接した感銘と似たものを感じさせてもらえました。細かな冴えは、枝光と枝女太、枝光は、北海道で頑張ったんでしょうね、掴みを鍛え上げています。枝女太は、聴けば聴くほど、達者な口演に魅せられていきます。四つ目の収穫は、三枝のこのネタ。スケールの大きな噺として、お気に入りの逸品だけど、もう、21世紀に入って7年目、ちょっと古くなってきている。そこを、三枝自身が演じるとき居心地の悪さを感じないだろうかと思っていたら、きっちり修正をしてきました。客層的には、繁昌亭の昼席的客が多かったように思えるが、舞台に立った噺家さんは輝いていました。後日、あやめの述懐(茶臼山での会で)によると、文枝一門が集まる機会がそうあるわけじゃないなか、お互いの噺を聴ける、絶好の機会となり、打ち上げなんかで、今後の襲名話なども急展開しそうなことも出ていたそうです。同門同士が、お互いの頑張り具合を確認できるいい機会になったと、とても前向きな話をしていました。あの忙しいきん枝と小枝が、3日とも、出番がなくても楽屋に詰め、同門の噺家の口演に聴き入っていたとか。仲間に「上方落語を聴く会」と言われてたそうだけど、きん枝が、思わず「落語て、おもろいなぁ」と感心してたとか。いい雰囲気だったことを伺わせます。
 そんなで、翌火曜日は、時間ができたので、そのときように抑えてた「天満講談席」に行った。ここ3ヶ月は、天満橋駅近くの双馬ビル6階に、一時お引っ越し。受付は、南湖。番組は、南鱗「越の海勇蔵」、南華「高田馬場決闘」、南北「出世白餅」、南左衛門「阿武松緑之助」で、本来では、花鱗がトップで「越の海勇蔵」を出すはずだったようだが、花鱗は体調不良で休養。南華によると、ちょっと時間がかかると言ってました。この日は、「寛政力士伝」から2つ、「赤穂義士銘々伝」かな、そこから1つが出た。南北のネタは、藤堂高虎のお話。三席目となった南北さんの一席、船を漕いでしまいました。南華は、自分的には初物、思いの外、若く見えたのですが、、、。語り口は、とても明瞭で、聴きやすい方でした。
 翌水曜日は、すっぽりと開いてしまったところへ、昔、懐かしい方からの食事のお誘い。30年以上前に知り合った職場の同僚と、今の職場で、再会したのはいいけれど、その人は、僅か1年で、他所へ行ってしまった。ま、そんなところで、ときったま、食事などへ出かけることがある。この日も、数日前に、突然メールが入り、ならば、この水曜日が空いてるということで、食事をした。天満橋駅待ち合わせで、インド料理店「アルナーチャラム」で、昔話、子どもの話。この前に会ったときも、よく似た話をしてたなと思う話をしてました。年をとること、こないな機会が増えるのでしょうね。
 翌木曜日は、落語会に復帰。「雀五郎体力強化の会〜その16〜」に、雀のおやどに行ってきた。着くなり、席亭夫人に、コーヒーのお誘いを受け、荷物を置いて戻ってきて、サンドイッチも合わせてよばれていると、後を業界人と思しき男が通った。前の常連さんが、「おはようございます」と挨拶。そのとき、その男が、鶴瓶だと気づいたのは、その常連さんと、席亭の関係者だけ。飛び入りをしたいと、前日に、電話があったそうです。そのあと、すぐに、鶴瓶が、外に出るため下りてきたときに眺めてしまいましたが、あれは、分かりません。鶴瓶によると、伊丹から阪急と環状線を乗り継いで、鶴橋まで来たとか。どうやら、奥さんに着物を持ってきてもらったと言ってたんで、それを取りに行った模様。番組は、佐ん吉「御公家女房」、雀五郎「みかん屋」、たま「船弁慶」、雀五郎「桜の宮」、鶴瓶「回覧板」と、結果的にはなりました。雀五郎は、ほとんど喋らないキャラというのが定着してるので、何も言わなかったら言わなかったで、笑いを誘い、ちょっとでも何かを言えば、また、それが笑いを喚ぶというパターンが固まりつつある。その一方で、思わない科白を入れて、客をどきりとさせ、笑いも誘うという面を持つので、その辺が分かってる常連さんが、えらく詰めかけた。黄紺も、その一人だ。「みかん屋」は、2回目に売りに行く場面で、通常省くところも、きっちりやってくれてました。自分だけの会ならではです。「桜の宮」は、ネタ下ろし? まず、骨格を固めるという感じかな。おもしろいくすぐりは、次回の期待としましょう。鶴瓶は、今度、4月1日の繁昌亭での公演で、新たにかけようと考えている「回覧板」というネタを、事前にかけておきたいので、出演を願い出たということだった。ネタは、私落語の奥さんヴァージョン。夫婦で、お互いのミス、笑えるミスを、けったいなシテュエーションで言い合うという構成。掛け合いは、丁度、「近日息子」のよう。ただ、それだけになってるきらいがあるので、もう少し、遊びとか、無駄とかがあってもいいんじゃないかって思いました。
 翌金曜日は、お楽しみ、おもわないプレゼントが舞い込んできたって感じの、茶臼山舞台グランド・ファイナル「あやめ・鶴笑 二人会」。しかもメニューが、うまい。2人とも古典落語を出し、2人とも飛び道具付き落語を出す、それに、プラス・αが付いてるというもの。あやめ「寿限無」、鶴笑「平林+酒の粕」、あやめ「サカイに一つだけの花」、鶴笑「パペット落語:赤頭巾ちゃん、義経千本桜」、(中入り)、姉様キングス「音曲漫才」、あやめ・鶴笑・染雀「二人羽織」、更に、最後に、ビールなど飲み物が用意され、乾杯から始まり、ちょっとした宴会モードに入りました。「寿限無」は、「花枝ちゃんを思い出してね」で始まりました。あやめ、もう一つは、待望の作品。このネタが、どんなだか知って聴きたくて仕方なかった作品、本花使用の女性ならではの作品に、笑う前に感心しきってました。それに対する鶴笑、この人の古典は、聴いたことがなかったが、この日の古典は傑作。「平林」をはしょりながら終わるのかなと思ったら、下げの直前に、「酒の粕」が登場。2つのネタがリミックス状態。こんな手があったのかぁ〜〜〜で、降参です。ときどき、自分を襲う、かなわない、絶対にの感覚持たせてもらいました。それにつけても、「酒の粕」の語り口は、達者でしたよ、鶴笑さん。パペット落語も、良かった。「赤ずきんちゃん」は、布落語と言えばいいかな、そして、「義経千本桜」は、「西遊記」型。こんなネタ、やってたとも知りませんでした。まだまだ、家にはあるそうですから、帰国している機会に、総ざらえをして欲しいものです。話戻って、あやめの文枝一門の話は、興味津々になっちゃいました。この一門の豪華さは、しかも、皆さん、健在というのが、強み。そして、各人の芸を観て、あれやこれやと言える、言い合える雰囲気、いいね。ぜひ、上方落語会を活性化させる襲名を、どんどんとして欲しいな。文枝、小文枝、文都、こんなんのが並ぶと、涙、出てきそう。話は戻るけど、中入り後は、染雀を加えて、ドミニカ・ムードが漂う展開。「二人羽織」も、筋立てができてる。「国境なき芸能団」、頑張って欲しいな、心意気を感じてしまいました。当日、茶臼山には、通の方々、大集合でした。なんか、感謝デーをうってもらったような気がしてしまいました。それだけ、茶臼山の果たした役割が大きかったのでしょう。ご苦労様でした。
 土曜日は、落語会のお休みの日、もち、自分的には。まず、昼下がりに、京都府民ホール・アルティでの「長谷川陽子チェロ・リサイタル」に行ってまいりました。これは、今月末に予定されてる、このホールのレジデンツ・カルテットのチケットを買おうとして見つけたコンサート。こういった会場で、室内楽を聴くことに貪欲な黄紺は、考える間もなくチケットをゲット。長谷川陽子というチェリスト、一度聴きたいと思ってて、ここまで、ご縁のなかった方。まず、第一音で、びっくり。とても、音が出る、ホント、出るのに呆然としてしまいました。へぇ〜、この人、これなんや、日本でやってこれてるのんと、素直に脱帽。で、しばらく時間が経つと、今度は、音の出るのに惑わされて、いや、それでいいんだろうけど、歌ってほしいなと思ってしまったのです。特に、ブラームスのソナタになると、もうちょっと臭くなってもいいんちゃうんと、ね。音が出るあまり、音色の変化を楽しむというところには至らなかったのは、惜しまれます。アンコールを入れて、丁度2時間に及ぶコンサートだったでしょうか、それが終わってから、ちょっと困ったんだよね。夜には、同じく、京都で映画を観たいと思ってたんだけど、時間が空きすぎ。ま、とりあえずは、この週末に行く韓国への飛行機代を支払いに、いつもの旅行社へ。次いで、、歩き方とロンプラの韓国編を買い、晩ご飯を早めに食べても、まだ、時間が余ってる。もう、帰ろうか、散髪行こうかとも思ったんだけど、初心貫徹。祇園で、高いやろなと思いつつ喫茶店に入り、時間潰しをして、韓国映画「サッド・ムーヴィー」に行ってまいりました。今になって、すっかり韓国映画にはまってる黄紺、何でもいいから観ちゃいたいの気分。ネット上の映画評を見ると、ひどい内容が書かれているこの映画に行ってまいりました。そして、映画評を書いてる人の愚かしさを、思い知った次第です。だけど、いい気になって、ネット上で、映画評を書いてる人の気分も分かるのです。要するに、それが、韓国映画なんだよね。持って回ったような「名場面」や「名科白」を差し込むっていうのが。それが嫌だったら、文句あるなら、韓国映画観なきゃいいんだよね、かつての私のように。ホント、観る前から、そんなこと分かってるやんけと思えることで文句言う愚かしさいっぱいの映画評。で、映画なんだけど、4組の男女が現れます。消防士の男とTVのニュース番組で手話担当の女性、その妹で言葉のない女性は遊園地で白雪姫のかぶり物を着てバイトをしている(だから言葉不要)、その女の子に関心を持ってしまう画学生(最後の最後まで彼女が言葉を発さないと知らない)という組合せ、ボクサーとしての練習を積んでいるが定職を持たなかった男と、その生活を支えるために、ずっとスーパーのレジの仕事をしている女性というカップル、そのカップルの男が、ひょんなことから別れ話の代行を頼まれ、そんなのが仕事になると気づき、それを稼ぎの種とし出す、4組目が、キャリア・ウーマンの母親と、そのため相手になってもらえない男の子。4組の中で、接点があるのは、姉妹の女の子、別れを言わなければならなく男が、別れたくないと伝える仕事をすることになる親子との偶然の関係、それ以外は、接点なし。そして、それぞれに、それぞれなりの別れが待っているという設定。そこに、「名場面」や「名科白」や、「前振り」が用意されている。「言葉を持たない」女性が出てくるのも、二重の「前振り」。定職のないボクサー志願の男の「定職なし」というのも、「メッセンジャー」としての仕事を引っ張るための「前振り」であり、且つ、彼女との「別れ」を準備するアイテムとなる。手話のできる女性が、ニュース・キャスターの横で手話をするというのも、「前振り」になっている。これだけ書くと分かるでしょ? とっても手の込んだ映画、それは、「名場面」「名科白」を用意するために、しかも、4つの話が、ほぼ並行に進むオムニバス同時進行映画のため、テンポ良く場面が変わり、且つ、私でも、なんとか筋を終える展開にするための技が駆使されてる。計算し尽くされてる映画なの、だから、わざとらしい、そこまでも、、、臭い、それって分かるけど、韓国映画って、その技の品評会なんだから、それに文句言うやつって、愚かとしか言いようがない、分かってることを、なんやと言っても始まらないんよね。だから、韓国映画、さあいらっしゃ〜い、分かってるから、いらっしゃ〜いと言える人には、お薦めだなぁ。分かってみると、お洒落やンと言えるものね。
 そんなで、ようやく、ここまで書き上げました。1週間の記録を、いっぺんに書くなんてこと、するもんじゃありません。来週は、韓国へ行くから、うまく書いておかないと、大変なことになるなと自戒しきりの黄紺です。




2007年 3月 11日(日)午前 11時 41分

 この土日は、わりかしフリーなので、昼夜ダブルヘッダーで遊んでいる。とりあえずは、昨日のお出かけ記録を書いておくことにする。
 昼間は、大津まで映画を観に行った。「麦の穂を揺らす風」という、昨年、評判になりながら、結局、都合がつかず観れなかった映画を、映画館で、最後に観るチャンスだったのだ。関西圏で最後と言えば、大津の滋賀会館、今まで、そういう位置づけをされている映画館と知りながら、初めて行くことになった。ネットで見た地図が迷いやすいもので、道行く方に親切の教えられ到着。滋賀県の官庁街にある、ちょっと異例の映画館だ。ひょっとしたら、滋賀会館の有効利用のために作られたんだろうか、そんなことを考えていた。夜、息子に言ったら、きっちりと場所は知っていた。ならば、予め聞いていくべきだったと、後悔先に立たずだった。
 「麦の穂を揺らす風」は、さすが見応えのある映画だ。アイルランドが、イギリスに、とんでもなくいたぶられたということは、十分承知であった。それが、やはり映像化され、しかも、20世紀初頭の雰囲気を、とても忠実に再現しているようで、かなりの臨場感溢れていた。それを支える、未だ行ったことのない荒涼たるアイルランドの大地、それが、一層、この物語を、心沁みるものとものとしていました。大状況がどうのこうのを描くのではなく、大状況に感化されつつ、また、大状況に振り回され動き、揺れる小状況、そこから生まれる悲劇を描く。自治領として認知される1921年前後のアイルランドを描いている、イギリス政府とシンフェイン党の協定を巡る対立が、後半の悲劇へと導く。弟が友人を処刑する場面とかが、プロットとして、前半に用意されているので、結末は予想できる一方で、筋立てにありうることとして納得感を与える構造になっているが、なんともいたたまれず、いたわしい結末だ。エンディングを眺めながら、心にずしんとくる重みに耐えかねるような辛さが走った。
 大津から、JRで、大阪駅までは、40分弱。夜は、繁昌亭だ。この効率の良さを考えて、この日に、大津に行くことを選んだ。逆に開演までは早すぎたので、ちょっと時間潰しをして繁昌亭入り。この日は、「できちゃったらくご」の繁昌亭での初公演の日だった。今、一番、落語の常連さんに人気の会の一つは、まちがいなく、この会。今までは、茶臼山舞台で行われてきたこの会も、もう客を収容しきれなくなり、ちょうどいい潮時だったと言える、場所を変えるには。まず、最初に、あやめ、遊方、三金、南湖が出て、ご挨拶。三風とたまは、着替え中と移動中とのこと。まず、会の趣旨説明から始まる。茶臼山時代を知る客は、1割ちょっとくらい。落語初体験の客も、結構いたのだから、これは致し方がないが、この会に来て、大丈夫やろかと心配になってしまう。そんな噺の最中に、たまは登場。だけど、ネタをくってるのか、ほとんど喋らず。途中で、誰かが気づいてから喋り出すという具合。いざ、出番のじゃいけんをするときになって、三風登場。着替えずで登場だから、飛び込んですぐだったみたい。そんなで、遊方、三風、三金、あやめ、(中入り)、南湖、たまという出番が決まった。
 遊方は、「結婚妄想曲」。駆け落ち結婚願望を持つ女に振り回される男が、最後に、結婚を、女の親に申し込みに行って逆転が起きるという噺。ありえへんやろという設定で突っ切ると、意外や意外、なかなかおもしろい。遊方はやりたくないようだったが、やり続けて欲しいネタ。そして、最後に、あやめとのネタ交換の話が出てたけど、それも、とってもおもしろい発想。こちらも期待したい、ぜひ。三風「強盗高橋」は、三風も言うようにコントネタ。落語として上演するなら、高橋に、もっと無駄な動きとか、しょうもないこと言わさないと、あまりにも呆気なさすぎ。着想だけで終わったって、感じ。三金「奥野君の同窓会」と、定番のデブ専ネタ。自分の経験談を脚色していく手法だから、ま、安定感は一番。今まで、何かしらで聞いた話も、きっちりネタの中に組み込まれていた。 あやめ「かっぱ」は、着想は、本日一のもの。あやめにはなかった噺じゃないかな? かっぱが、人間と変わらない姿形で、水陸両用動物という設定。「カッパ」という言葉や伝説の姿形に係わるくすぐりで終始。もっと時間をかけていくと、いろんなアイデアが出てくるかもしれない、そんな可能性を感じさせる新作でした。南湖は、講談の前に話してるうだうだが半分。ラジオのレポーター話と大須演芸場体験、これだけで終わったらあかんでぇと思ってたら、実家での餅つきの話を、後半に持ってきてました。ちょっと怪しい新作でした。「名古屋のバタやん」という題を付けていました。たま「危険なジョウジ」ということで、珍しい恋愛もの、但し、ストーカーのお話。行く先々に現れる彼女、発想はおもしろいんだけど、段々読めてくるので、出会う場所とか、出会う相手としての奇抜さが求められる気がしてしまいました。そんなで、かなり、新作物の、ネタ下ろしとしては、かなりグレードの高いものが用意されていました。5月だったかな、レート寄席として行われるとか、、、。これは、困ったことになりました。一方で、おもしろい情報も、「鶴笑・あやめ二人会」という茶臼山のグランドフィナーレの会が発表されたのです。
 そんなで、連休2日目も、もう、お昼です。時間の経つのが早すぎます。ゆっくり出来るときくらい、時間も、スピードを落としてくれればいいんだけどね。




2007年 3月 10日(土)午前 10時 21分

 この1週間を振り返っておこう。すごく、寒暖の差が大きかった週だ。まさか、厚手のオーバーを、再び着込むとは思わなかったほど、暖かな日がありましたね。
 日曜日は、落語会のダブルヘッダーの日。殊に、昼間のたまの会を楽しみにしていた。「たまのフレンドリー寄席」という会に、ワッハの7階に行ってきた。たまが、ネタ下ろしをする会で、今回をもって、この会は閉めますという内容の案内メールが届いていた。番組は、たま「池田猪買い」、南青「将棋大名」、たま「寝床」、(中入り)、三象「アメリカ人が家にやって来た」、たま「文七元結」だった。たまの3席では、「池田猪買い」が秀逸の出来。くすぐりのオンパレードだが、噺の展開は、結構あるこのネタのつながりを、とても良くしてくれたっていうところが、えらく気に入ってしまった。道を教えてもらっては、それで、ボケまくり、百姓に道を聞いては、ボケまくり、六太夫さんのところで、ボケまくり、ときには、早く前へ進ませてよというくらい、ボケまくりが鬱陶しくなるそのボケを、緩急をつけて、繋がらせてくれた感じがしたのです。次に気に入りつつも、気になったのが、「文七元結」。予想通り、橋の上から始めるが、噺の展開を変えてしまってた。お金は、娘が身を売っての金ではなく、仕事の金にし、金を与えてしまうために、金の補填に、娘が身売りをするようになり、また、文七が、もらった金で成功し、恩返しをすることにしたため、お礼をするのが3年後となっていた。ま、それはそれで、新しい改変ということで、文句はないが、この日の口演では、お金の重みが出てこないのだ。円朝作品では、夫婦間での諍いということで、このお金の重みを出しており、それが、この人情噺のなかの滑稽的部分に仕上がっているが、そこを省いちゃったので、お金の重みは気迫になり、且つ、滑稽的部分も欠落してしまったのだ。これは、大きな問題だと思うので、ぜひ、もう一筆書き加えて欲しいものだ。「寝床」もいじった部分が、大きく言って、二つあった。お店の人たちの断りの部分を、亭主の娘に、まとめて語らせたこと、これは、そういう手もあるのかなと思わせる着想だったのに反し、もう一つは、いただけなかった。浄瑠璃が始まったあと、聴き手が、いろいろとぼやく部分を省いてしまったのだ。聴き手となる人たちが、断り、復帰するところのおかしさと並ぶ、おかしさを演出する重要な部分だと思うのだが、ここを省いてしまったので、後半の盛り上がりに欠けてしまったのが、残念。だけど、いろいろな試みを提供してくれる、それをかける、そして、また、手を加えていく、これが、たまの魅力だから、客も、創造に参加している気にさせてくれる。人気の秘密だろう。この日のゲストは、たまが、「生物兵器」と紹介した三象様。だけど、この日の三象様、炸裂度が、いつになく控え目だった。どうしたのでしょうか?
 夜は、鶴志を追いかけて、繁昌亭の夜席へ。八方も出るというのが魅力的な会だったが、番組も、なかなかいいものが出そろい、お得感がにじみ出ていた。その番組だが、佐ん吉「御公家女房」、銀瓶「ちりとてちん」、坊枝「天王寺詣り」、八方「算段の平兵衛」、(中入り)、米左「ふぐ鍋」、鶴志「欲の熊鷹」だった。この日の傑作は、やはり、八方と鶴志という両御大。まず、八方は、このネタ自体を手がけているとは知らなかったので、大収穫。これで、可朝、八天と、三代に渡る「算段の平兵衛」を聴いたことになる。ちょっとぞんざいな口演ほど、田舎の悪党の雰囲気が出る噺と思っているが、わりかし、その雰囲気が、八方には出てた感じで、いい噺を、自分のものにしたっていう感じだ。だけど、もう一度でいいから、可朝で、このネタ、聴いてみたいね。鶴志のこのネタは、二度目のはずだが、ストーリーをすっかり忘れていた。アホらしさかげんが、いいですね。ましてや、鶴志の口演は、晩年の六代目を彷彿とさせるものがあるので、嬉しいですね。坊枝のこのネタも、びっくりのチョイス。名所案内的ネタも、流れるように、くすぐりのオンパレードを続けるには、かなりの力量を要する。その辺を意識してるのは分かる口演だったが、じゃ、それが効果的だったかというと、決してそうじゃなかったと思います。頑張ってんだけどなぁと思うと、ちょっと睡魔に負けてしまいました。「ちりとてちん」は、花丸のものを聴いてしまうと、何を聴いても、あっそうとなってしまいます。銀瓶の噺は、丹精なんですけど、そして、それがいいはずなんですが、、、。
 日曜日から連続4日の繁昌亭、その2日目。通常の夜席だ。狙いは、この日も鶴志。番組は、次の通り。市楼「江戸荒物」、遊喬「二人癖」、団四郎「筍」、仁福「手水廻し」、(中入り)、福車「看板のピン」、鶴志「笠碁」。この日は、60人もの団体が入り、真ん中の席に、どかっ。どうも、田舎のお年寄りという風情で、どうも反応がにぶい。反応すべきところで反応がなかったりという具合なものだから、出てくる噺家さんは、大層な噺をしてもあかんとばかりに、短めの、てっとり早く笑いが取れそうなものを出して、ちゃっちゃと引き上げていく。煽りくったのが、トリの鶴志。時間を延ばすために、松鶴ネタを出してくれて時間の引き延ばしをしてました。でも、「笠碁」を出してくれて、バンザーイ、です。ホント、書き残すに値するのは、この鶴志だけ。以前、この繁昌亭であった「鶴志・小染二人会」に、私の替わりに行った息子が、この「笠碁」がおもしろかったというので、これは待望のネタ。先代小さんの口演が耳に残っている黄紺にとって、果たして鶴志に合うのだろうかと思っていたので、息子に言われるまで、ほとんど関心を持っていなかったのだ。で、実際に聴いてみてどうかというと、花◎です、これが。大阪弁と東京弁の違いでしょうか? 人の賑わいのかなの2人と碁敵っていう感じがするのです、鶴志のは。東京のは、とっても2人に焦点化され、2人の世界の噺になってしまい、碁敵とはという普遍性を持たなくなってしまってる感じかな、そんなで、鶴志の口演、随分と人としてのぬくもりが感じられるものとなりました。
 火曜日は、「枝三郎・三歩兄弟会」だった。この日は、会議が長引き、6時半開演にも拘わらず、会議が終わったのが、6時20分。慌てて飛び出し、晩ご飯なしで飛び込んで、7時4分に繁昌亭入り。職場から40分弱で行けることが判りました。なかなか電車が来なくてこれですから、ちょっと自信を持ちました。開口一番の佐ん吉は聴けず、2番目に上がった三歩のマクラの途中だったのが、不幸中の幸いだった。で、それ以後の番組は、三歩「隣の桜」、枝三郎「猿後家」、三歩「国技インターナショナル大相撲」、(中入り)、北野たかし「奇術」、枝三郎「鶴満寺」。三歩が、わりかし期待外れの出来。古典を、滅多に出さない三歩が、「「隣の桜」というナイスなチョイスだったので、期待をしていたのですが、、、。明るさとか、陽気とか、桜に踊るうきうき感とか、この人ならという期待感があったんだけど、も一つでしたし、最後のクライマックス、どうなるんだろうという期待感も、もっと計算して演じて欲しかったな。三枝作のネタは、外国人力士をネタに言葉遊びをしただけの軽い作品。この位置に持ってくるものじゃありません。軽い扱いで聴いたら、それなりの作品と思うのでしょうが、中入り前では、あきません。期待して、はしごを外されちゃいました。一方、枝三郎は、「鶴満寺」を聴かせてくれました。最近、覇気のない喋り方が気になってたのですが、「猿後家」は、ちょっとその範疇。ヒヒの話をしておきながら、ヒヒで落とさなかったのは、どういうつもり? これは、あかんでしょう。それに対して、「鶴満寺」は、桜のひらひら感まで感じましたよ。寺男の酔っていく感じが良かったですね。周りの風景まで目に入ってくるようでした。覇気もあったし、久しぶりだったし、最後良ければ、全て良しです。
 水曜日は、「柳家三三・桂吉弥 ふたり会」という東西若手の競演会だった。三三は、7.8年前だったでしょうか、東京で、「鰍沢」を聴いて印象に残ってる噺家さん、その三三が、吉弥と組んでだから、この組合せには、びっくりすると同時に、飛びついちゃいました。番組は、佐ん吉「七度狐」、柳家三三「悋気の独楽」、吉弥「住吉駕籠」、(中入り)、、吉弥「七段目」、三三「五貫裁き」という具合だ。佐ん吉は、変わった下げをした。狐を、最後で追っかけなかったのだ。三三の印象は、以前が、とても端正なという感じだったのだが、それは基本としては変わらないけれど、すっとぼけた味が出てきたというところ。それに、言葉回しに、抑揚も大きくなり、深みが出てきたっていうところ。「悋気の独楽」は、大阪ものとは流れが違います。丁稚が迎えに行って、辻占独楽を持って帰ってきて、それを、御料さんの前で回してみせるという回りくどい展開。「五貫裁き」は、大家さんの落ち着きと八五郎の可愛らしさが、楽しい仕上がり具合。一方、吉弥だが、「七段目」が、えらく堂々としていて、満足。だが、「住吉駕籠」は、普通。なんか乗れなく、途中で、途切れ途切れになってしまいました。こういった会は、いいですね。何度も続けて欲しいものです。
 翌木曜日は、久しぶりに、おとなしく家に直行した日。替わりに、職場で居残り仕事。そしたら、家でゆくっりできるかと思いきや、呆気なくダウンで、大爆睡の夜でした。前日、寝れなかったもんね。金曜日は、落語会に復帰。京都のおなじみ「北座 染屋町寄席」に行ってきた。この日の番組が、なかなか素敵なものだった。ちょうば「平林」、よね吉「天災」、米左「一文笛」、都丸「小倉船」。ちょうばは、大きな噺をさせたら、どうなるかという期待感を持たせてしまう口演。よね吉は、ざこば組のネタだと言って笑わせてから入る。この日、一番の出来と言えば、いいかな? 心学の先生のキャラが、微妙で、そそられてしまう。落ち着いてるんだけど、なんか、青白さを出そうという演出意図が見えてきて、気になってしまった。ざこば組的雰囲気と、言葉を選ぶ吉朝門下的雰囲気の止揚した出来具合で、めちゃグーと言いたいと思います。都丸の「小倉船」は、予想していたとおり、先日の徐園での会が、ネタ下ろしだったそうだ。「30周年なんで、こんな噺もせんとあかんかと、、、」「このあと、何遍するか、、、。一応、大津ではすることが決まってますが」、どうも、芝居噺系は苦手意識、恥じらい、そんなものを、頭から吐露。それが、いざ、芝居掛かりになってくると、また、出るんでしょうね、流せばいいのに、余計なくすぐりを入れて、中座させていました。そないなことしないで、堂々と流してみれば、いいのにと思ってしまいました。「天災」と「小倉船」の間に、「一文笛」とは、いいネタですね。東京でも取り上げられている米朝作品、最初に、稽古に来たのは、鈴々舎馬桜だったそうだ。オチはオチらしいけど、前半部分は、良くできた噺です、何度聴いても。
 そんなわけで、週末です。早かったですね、この1週間は。わりかし、時間を自由に使える週だと、こんな風に感じるんですね。こんなのが、いつまでも続けばいいのですが。そんなわけにはいかないか。




2007年 3月 4日(日)午前 8時 6分

 「ベシクタシュ vs ガラタサライ」のダービーマッチ明けの朝だ。ただ、黄紺は、ライヴを、ほぼ聴いてない。昨夜、落語会から帰ってきて、呆気なく、眠たくてダウンしたら、うつらうつらで、寝ているのか寝ていないのか分からない状態。ふと、時計を見ると、2時半手前。ならば、この時間帯、ダービーをやってんじゃないかと、SHOW-RADYOをつけるとつながらない。全世界から、トルコ人がアクセスしてやがると、今度は、TRTー1につなぐと、ラッキーにもつながった。じゃ、横になりながら聴こうかと、ホントに横になると、今度は熟睡、わけわからへん状態。3時間近く寝たのでしょうか、目が覚めると、PCからトルコの古〜い音楽が流れている。ラジオをつけっぱなしで、試合は終わってました。ま、それだけ寝たら、試合は終わってるわなと、納得をしたんだけど、せっかくタイミング良く起きれたのにと悔しい思いをしているのであります。試合は、ベシクタシュが勝ち、ガラタサライに替わって、2位に上がりました。
 昨夜は、難波のトリイ・ホールから帰ってきたのでした。実は、それは、夜の部。昼の部は、大阪能楽会館で観能をしておりました。1ヶ月半ぶりの観能なのだが、昨日は、大西家の定期能だった。ちょっと禁断症状の出ない前にと、観に行った感じだ。特段、番組に惹かれたわけではない。その惹かれたわけでない番組を記しておこう。能「源氏供養」「船弁慶-重キ前後之替-」、狂言「左近三郎」。この日のおシテ二人、平野元章師と当主大西智久師は、ともに、謡のしっかりされてる方なので、ぴりっと引き締まったお舞台。残念なのは、やっぱ、「源氏供養」はおもろない。クセの部分で、源氏物語縁の言葉が並ぶのを見せひけらかすだけの曲と、あらためて認識。歌占のようなクセの謡に変化があるのなら、それはそれでおもしろいのでしょうが、ま、そんなに頻繁に出ないのも分かるようなと思いつつ、でも、なぜか、この春、思いがけずも、よく出てます。突然変異っぽいね、それって。「船弁慶-重キ前後之替-」の方は、この小書が付くと、前半の序ノ舞、後半の変化の大きさを楽しみたい、特に、後半の流れ足を含む動きのダイナミックさが楽しみなんだけど、そうなると、やっぱ若くないと、動きに切れが出ません。せっかくの流れ足は、等間隔で、同じリズムで、細かく動いてもらわないといけません。ここで、客の目を掴み損ねると、この小書付きの場合、全体への影響が大きいのです。なんか、そないなことの典型みたいな感じ。いつぞや、豚踊り、舞じゃないですよ、そないな書き方をしたときがありました、あるベテランの方の演能を、この曲で。若い者に、華、持たせましょう。
 4時半には、能は終わっていたので、夜の部までは、若干時間があると、心斎橋筋を歩いた。ただ、歩いて、久しぶりにYAMAHAのCD売り場に入っただけ。そんなだから、まだ、少し早いので、トリイ・ホール向かいの天丼屋に入った。米朝が、トリイ・ホールに出たとき、昔からあって、堅物の親父がやってると言ったのを契機に行くようになった店なのだが、なんせ、座席が5つほどしかないから、いつも満員、時間が早かったおかげで、久しぶりに入ることができました。その天丼屋からでた黄紺に、「こんにちは〜」の声、びっくりして顔を上げると、雀のおやどのオーナー夫人、いつもお世話になっています。これで、はっきりと、トリイ・ホールに行く決断がつきました。ワッハの4階で予定されてたそめすけの会も狙ってたのでした。ちょっと、大中に寄って、志ん生のCDを3枚買って、トリイ・ホールへ。開演40分前だったが開いていた。常連さんは、この時間に来て前の席を、しっかりとキープしている。席も、たっぷりと用意されている。だけど、客足は、とんと伸びない。これは、最後まで。これだけ、落語会の常連さんが目をつけていながら、世間の人は、注目しない会も珍しい。木戸銭が高かったのか、理由は、よく分かりません。で、番組は、吉の丞「米揚げ笊」、雀々「一人酒盛」、雀五郎「崇徳院」、雀三郎「天神山」、雀五郎「質屋蔵」。そうそう、この日は、「第六次雀三郎みなみ亭〜雀五郎をしごく会〜」と題して開かれた会で、雀五郎を、師匠の雀三郎と雀々が支えるという会なのだ。しかも、超弩級のヘビーなネタが並ぶ会なのだ。黄紺などは、ヘビーすぎて体力が、、、と思って避けようかと思ったくらい。この日、一番の笑いを誘ったのが、雀五郎のキャラ。いじられてもいじられても、いや、これだけふってもらってるのに、我関せずを貫く雀五郎に、会場は大爆笑。で、この日一番と思ったのが、やはり、「崇徳院」。蒲生4丁目で聴いたよりか、またまたグレードアップ。くすぐりも増えている。なんか、今、聴ける、一番おもしろい「崇徳院」かもしれない。神懸かり的な出来は、ざこばの「崇徳院」だが、ことおもしろいとなると、雀五郎のものかもしれません。それほど、いい出来です。そういった意味で、「質屋蔵」は、まだまだおもしろくなるんじゃないかという期待が出てきてしまう。「醤油の一件も、、、」には、常連さん、大爆笑でした、あの勢いに期待しちゃいます。「天神山」は、文句なしのベテランの味。その一方で、春の爛漫度一番のよね吉の「天神山」を思い出してました。逆に、失望も甚だしかったのが、「一人酒盛」。なんか、全然違う噺にしてしまったなぁって感じがして、そう思いながら、松鶴の背後霊に捕らわれすぎかとも思ってしまいましたが、米朝テイストでもない、新作と考えて聴けば〜なんてことも考えてたら、眠ってしまいました。体が受け付けなかったみたいです。まあ、そんなで、たっぷりと大ネタ4席で、ぐったりで帰路につきました。




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