忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2008年 6月 11日(水)午後 11時 47分

 週半ばの水曜日、今週は、土曜日出勤がないので、ホントのホントの中日である。昨日の疲れの残るなか、今日は、トリイホールでの「雀松向上委員会〜あしたのためのその52〜」という落語会に行った。ライト感覚の噺家さんの雀松は、固定客を、しっかりと掴んでいる人気の噺家さんです。今日は、トリイホールに、ぎっしりと客が詰めかけました。そして、今日も、その特性を、いかんなく発揮してくれ、お得感のある落語会です。番組は、雀松「雀松時遊本舗」、雀五郎「みかん屋」、雀松「日和ちがい」、梅團治「切符」、雀松「寝床」、そして、ミニ抽選会というものだった。「日和違い」は、この前、いつ聴いたのかが思い出せないほど、久しぶり。この前に聴いたのは、確か、先代の文我だったか、米之助だったはず。随分と前のことだ。雀松は、ネタを考えているとき、棚に並べてある枝雀全集の中のこのネタに、 目がいったため、その気になってしまったとのこと。本日がネタおろしということもあり、ゆるゆるネタを気にして、マクラでは、気象予報士の肩書きを生かして、雨の降る原理を、かなりまともに解説。そないなことをして、ゆるゆるにアクセントを付けていましたが、ゆるゆるが気になると見えて、下げは、ちょっと苦笑い気味。「寝床」は、マクラで、ちょっとだけだけど、義太夫節を披露してくれました。本編は、旦さんが、自分の会の準備をしているところから。そこへ、近所回りの報告が入ってくる。インテンポで、とても早口で、次から次へと報告が入っていく。旦さんも、そないな一つ一つに、大きく反応しないが、積み上げてみると、じんわり大変なダメージだということは、簡単に解る仕掛け。この辺が、雀松らしいところですね。ですから、このテンポ維持のためには、相当な、ネタ繰りというベースがあるのでしょうね。すごい芸の力です。怒った旦さんが、再びやる気になるところは、旦さんの反応だけで、その様子を表していきます。感心するばかりです。最後は、本来の下げを使ってくれて、満足なのです。前座の雀五郎、毎回発見があります。楽しみな若手の一人であることは、間違いないです。喋らないキャラということも、すっかり定着してますから、好事家の人気を集めています。梅団治は、自作の新作。ようやく出会えました。乗り鉄ならではの作品らしいということぐらいは知っていたのですが、今日で、納得。東海道線の全駅名の入った噺になっているのです。そないで、疲労を全身に感じながらの落語会ではありましたが、いい気分にさせてもらえました。
 暑くなってきましたね。そのため、必要以上に、疲れが溜まってきています。今夜は、欧州選手権のスイス戦があるのですが、とてもじゃないけど、実況中継を追いかけられません。W杯予選時のスイス戦の興奮が忘れられないのですが、今の黄紺には、あのときの体力は残っていません。僅か3年の月日が経っただけなのですが、ね。




2008年 6月 11日(水)午前 0時 6分

 めちゃくちゃ疲れています。完全に、限界を越えました。ほぼ、午後は立ちっぱなし。もう、この歳の者には、そないなことはできません。できませんと言う元気がないといけませんね、この歳になると。
 今夜は、そんななか、北区民センターであった「第170回天満講談席」に行きました。JR天満駅近くで、晩ご飯、この辺までは、意識は確か。だけど、講談が始まると、ホント集中力はありませんでした。南青くんの話(「後藤又兵衛の入城」)も、最初、何の話なんか、全然掴めない状態。ちょっとしてから、こないだ、左南陵で聴いたネタの短縮形なんだろうという理解に達しましたが、こちらは、これでも優秀な方で、次の南海さんの口演(「本能寺の変」)は、ほぼ全滅。ネタは、一人会で出された明智光秀ネタの短縮形だったのだろなと思っています。それは、微かに残ってる記憶から言えることです。次の南北さんの「楠木の泣き男」は、4割程度起きていましたが、このネタも、南湖の口演を聴いたことがあるので、部分部分を聴いても解るのであって、4割起きてたのは、甘い言い方かもしれません。南左衛門の「阿武松緑之助」は、南左衛門が、よく出すネタ。こないな会で出さなくてもと思ってしまうネタ。自分的には、初めてかと思ってたら、あの大食いの相撲取りの話かということで、初めてではありませんでした。たわいのない話で、この辺から回復傾向。9割以上、正気でした。徐々に回復傾向です、この辺りで。本来なら、これで、おしまいなところへ、特別出演で、東京から来演の宝井琴梅が、「名月若松城」を演じてくれました。10月にワッハである「日中講談会」の打合せで来られていたということでした。その枯れた感じの話っぷりで、風貌といい、円都を彷彿とさせるものがありました。ネタは、慕われる主君、大事にされる家臣という話と言って、いいかな? ここでも、9割以上と言っていいのですが、残念ながら、100%とは言えないのです。哀しいです。
 今よりか、明日、明後日の方が、疲労が出てくるのでしょうね? このずれっていうのが、腹立たしい限りです。とにかく、良い睡眠を、心がけましょう。




2008年 6月 10日(火)午前 0時 21分

 今日は、7時半開演の「たまの小劇場」に行ってきた。中崎町の喫茶店「コモンカフェ」で、たまが始めた新しい会なのだが、人気のたまの会ということで、ぎっしりいっぱい。黄紺は、きわどく滑り込み、セーフでした。ただ、終わると、えらい時間になってしまってました。9時48分というお時間。これには、正直まいりました。
 ところで、今日のたまですが、「宿替え」「宿屋仇」「新作・プレゼント(仮題)」の3席でした。こういった並びになると、文句なしに、「宿屋仇」が秀逸。今回は、パントマイム的手法も取り入れられ、 ますますグレードアップ。今、最高の「宿屋仇」であることは、論を待たないでしょうね。「宿替え」は、おいしいところ、ええとこ取り的整理のされ方がなされていました。前半の荷造り場面と、後半の釘の一件の組み合わせで構成されていたのですが、たまの声が割れる欠点が全開となり、ちょっと引き気味となってしまいました。新作は、以前、「よもぎ餅」として発表したプロットを、前半に折り込み、後半は、やきもきを焼く女性を描き、最後は、スコーンと落とすかっこ良さが、ストーリー展開にはあったのですが、できたてだったんじゃないかな? かなり口になじんでなかったのですが、それも、新作発表に付き物の危うさです。助演は、呂竹で、たまから要請があったという短めのネタで、「青菜」でした。
 そんなわけで、帰ってきてから、慌ててHPの更新、そして、こちらにまいりました。早く寝ないと、明日が、大変です。




2008年 6月 8日(日)午後 11時 22分

 今日の日曜日、昼間は文楽、夜は繁昌亭という予定を組んだのだが、あまりにもの体調の不良さに、気力までも萎えています。特に、文楽のときがひどく、公演中、間断なく、ほんの数秒ずつ途切れてしまいました。体はだるいし、肩こりはひどいわで、サイテーな体調でした。
 今月は、年1度行われる「文楽鑑賞教室」が開かれています。平日だと、小学生から高校生まで、学校鑑賞ということで、一般客は、片隅で鑑賞しなきゃならないのですが、日曜日は、一般客ばかりで、ホッとしました。番組は、「五条橋」「解説 文楽へようこそ」「絵本太功記〜夕顔棚の段・尼ヶ崎の段〜」というもので、お目当ては、「絵本太平記」だったが、これが、上に書いた状態。「解説」までは持ち堪えたのですが、ここでダウンです。前から2列目の席で、字幕と舞台を一緒に観るためには、椅子の背に、頭を乗せて観るとばっちりだったのですが、それをすると、イビキまでかいて寝そうでしたので、背筋を伸ばして観てたのですが、ダメだったですね。
 繁昌亭では文楽を観ていたときに比べると、体調は回復傾向でしたが、まだまだシャキッとしていたというわけにはいきませんでした。 一つには、蒸し暑いというのが、大きく影響していることは否定できませんね、今日は。一応、ワインボトルを、腰の下にしいて、だいぶと、腰はケアをしたつもりだったのですが、全然足りてはいませんでした。
 今夜の繁昌亭は、「笑福亭鶴志独演会」。鶴志3席の会で、今日は、今までに比べると、客の数は、ちょっと少なめ。今日のラインアップが良かったのに、勿体ない話です。なかでも一番らしさが、ストレートに出てたのが、最初の「へっつい盗人」。ベテランが、オーソドックスに、そのなかに、オリジナルなくすぐりが入ると、鬼に金棒です。期待の「三十石」は、何やらそわそわと、居心地のよろしくない雰囲気。舟歌あたりが、なかども、落ち着きの悪さが気になると思ってたら、なんてことはない、噺が長いため、足がもたなくなってたみたいです。これで、全て了解です。中書島の浜から枚方が入ってくる舟歌まででした。「次のご用日」は、6代目もネタにしてたんだけど、何かしら、鶴志がする知って、ちょっとしっくりこなかったので、逆に、本日の最高のお目当てでした。マクラで、新世界ネタで、客席は、キャーキャー、「それとは関係ないのですが、、、」と、ネタに突入。どないになるのか、恐いもの見たさの「お奉行の繰り返し」は、思いの外、ばっちりで、そこはOKなんだけど、この噺のバックボーンは、暑い暑い日照りだと思うのです。物売りの声で、それを出していたけれど、2人が出かけ、悪戯に遭うときの恐さの上には、ぎらぎらしてるお日さんを見せて欲しいんだけどね。今日は、この繁昌亭を、息子と一緒に行くはずだったのですが、ドタキャンです。おかげで、酒も呑まずに、まっすぐ帰ってまいりました。なお、鶴志以外の出演者は、石松「鉄砲勇助」、豊来家玉之助の太神楽でした。
 呆気なく、日曜日が終わりました。こんなに呆気なく終わっていいのでしょうか? 体がもたないよ、ホント。




2008年 6月 8日(日)午前 9時 52分

 金曜日は、久しぶりに家へ直行。但し、仕事が遅くなり、帰ってきたら「古畑任三郎」が始まってしまってました。そして、土曜日は、普通の仕事。午後3時半までかかりました。午後の仕事は、無俸給です。すっかり、疲労が溜まってしまってます。夜の部に備えて、時間潰しに入った、京橋のネットカフェで、イビキをかいて寝てしまってました。
 そんなお疲れのなか、大阪国際会議場(グランキューブ大阪)に行ってまいりました。トルコ舞踊団「シャーマングループ」の公演があったためです。内容は、休憩をはさんで、2部構成になった連続舞踊です。ダンサーたちが素晴らしく、単に民族舞踊ができるというレベルではなく、全員、バレエのできる人たちなので、変化に富んだ振り付けができ、また、体の線がきれいで、とても見栄えがしました。バレエに、民族舞踊、つなぎっぽいシーンには、今風の身体を巧みに使ったダンスが入ったりと、観る者を楽しくさせる考えた構成。そこへ、トルコ名物が、忍び込んでくる。メヴラーナのセマーからアシュク・マシュクまで入ってきました。なかには、油を塗って闘うトルコ・レスリングをダンス化したものまで出てきて、びっくりでした。これは、ちょっと無理がありましたが、トルコの紹介がてらの公演で、ギュル大統領来日記念の役割を果たしたというわけです。
 行きは、新福島から歩きましたが、帰りは、新福島まで歩いたりするくらいなら、いっそのこと淀屋橋まで歩こうと思い、えいやーと、淀屋橋まで歩きました。2.3年前、出張で、同じところへ行ったとき、確か歩き、20分かからなかったことを思い出してしまったのです。歩き終わってから、会場からは、20分かかったかなと思ってたら、携帯に付いている万歩計が、「しっかり歩行」で、「17分」と表示していました。そか、最初の動き出しは、エスカレーターだったから、その分、差し引かれてしまってることに気が付きました。なかなか正確な計測をしてくれる万歩計です。川沿いの道は、わりかし爽やかだったのですが、いざ、淀屋橋に着いてみると、汗が、じっとりと出ていました。今朝の腰の重さには、20分間のウォーキング効果が出ております。
 そんなで、日曜日の朝です。今日は、ちょっと、息子と約束のある日です。




2008年 6月 5日(木)午後 11時 10分

 今日は、繁昌亭で、「新世紀落語の会」という新作落語の会がありました。定期的に開催されている会で、黄紺も、出演者や、その日に出されるネタを見て、行くかどうかを決めている会です。今日は、歌之助と都んぼという米朝門下の若手で、普段は、新作をあまりやらないという噺家さんの出番があるという点に加えて、トリが仁智だということで行く気になったのでした。番組は、歌之助「パーマの休日」、都んぼ「雨宿り」、福車「レプリカ」、(中入り)、枝曾丸「和歌山弁落語:半熟親子」、仁智「スタディーベースボール」であった。歌之助と都んぼは、ともにくまざわ作品で、歌之助の方は、パーマ屋が苦手な男とおとぼけのパーマ屋の組み合わせによる滑稽噺、主人公が噺家にしてあるところが、演者らしさを与えるくまざわさんの工夫と看ました。それに反し、都んぼの作品の方は、擬古典風作品で、知らないで聴くと、古典かと思えるような手法が使われ、また、完成度も高いものでした。何よりも、落ちに向かう逆転が、緊張に緩和を生む伝統的下げで、とても気に入りました。いろんなところでかけて、広めていって欲しい作品です。バカバカしさに、意外な展開という意味では、福車の演じた作品も秀逸。存在は知りつつ、ようやく遭遇できました。福車にとっては、ちょっとした勝負に使える作品だなとまで思わせられた佳品であり、かつ福車自身に合った作品です、特に前半は。「月に群雲」風バカバカしさに、大笑いでした。枝曽丸は、お馴染みの和歌山弁落語で、ちょっとした人情噺。それが伝わる達者な口演に、今回も感心してしまいました。トリは、仁智お馴染みのネタ。最近、仁智の高座に接するたびに思うこと、この人、これだけ手慣れたネタを、同じグレードの高いテンションで、よく演じられるなと思うのです。ライト感覚なネタが持ち味とは言え、大変なことだと思ってしまうのです。そんなで、色とりどりで、いい番組を組んだものと、満足感に包まれて、帰路に着けました。




2008年 6月 4日(水)午後 11時 19分

 今日は、6時を少し回るところまで、仕事。それを切り上げると、待望の夜遊び。コンビニで、おむすびにサンドイッチを買って、一路、イズミ・ホールへ。今日は、関西フィルハーモニーの当ホールでのコンサート。先日、ベートーベンの2番のシンフォニーを生で聴き、いいなぁと思ってるところへ、他のコンサートのチケットを買いに行ったとき、この関フィルの演奏会に、ベートーベンの4番のシンフォニーが出るということで、衝動買いをしてしまったのだった。
 プログラムは、プッチーニの「交響的前奏曲」という短い曲のあと、ラフマニノフのピアノ・コンチェルトの2番、休憩を挟んで、狙いのベートーベンのシンフォニーの4番でした。ラフマニノフのピアノソロは、ロン・ティボーで優勝した田村響というピアニスト。はっきり言って、気に喰わない。なぜに、あれだけ堅い音を望むのか、わけが解りません。堅い響きが出るように出るように弾いてる。ラフマニノフは、響きとか、音のうねりから生まれる情緒を楽しむ曲と考えている黄紺からすると、やたら堅い音色ばかりが気になるのは、ご法度。まいりました。どうやら、この人目当ての客が多いようで、終わると、大喝采。わけが解りません。だいたい、ピアノ好きは、ピアノだけを聴き、音楽理解では、違う人種と、黄紺は思っています。狙いのベートーベンは、解り易い演奏でした。この楽章は、このリズムを刻む第2バイオリンがポイントとみると、きっちりとくっきりと鮮明に浮かび上がるように振り、アクセントは、このフルートのこのメロディーとみると、きっちりと、フルートに自発性を求める振り方となる。誠に解り易く、納得の指揮ぶりに、感服しました。指揮は、広上淳一でした。
 以前、月1回は、クラシックのライヴと決めていたんですが、ぺしゃってたんだけど、ちょっと復活気味。そして、それがいいなと考えてる黄紺です。一応、来月までは、月1はキープできています。




2008年 6月 3日(火)午後 11時 33分

 今夜は、待望の「桂あやめ独演会」の日だった。珍しく、繁昌亭は、7時開演。おまけに、座席指定ときているので、のんびりと繁昌亭到着。涼しかったので、到着してからも、中に入らないで、玄関前でくつろいでおりました。この日のために用意された番組は、さろめ「東の旅・発端」、あやめ「軽業」、あやめ「私はおじさんにならない」、(中入り)、たい平「七段目」、あやめ「口入屋」となった。但し、たい平は、「お楽しみ」となってはいましたが。
 もちろん、この会の主役は、あやめであり、そのあやめは健在ぶりを、存分に見せつけてくれたのだった。特に、師匠文枝の得意ネタ「口入屋」が、期待以上の安定した出来に加え、納得の改作。この型は、この型として、今後残していってほしいなと思うほどの納得の改作でした。あやめが予告したように、スーパーウーマンとしてのおなごしに、もう一度登場願い、役割を与える、それが、今まである形に、見事に符合しているものだから、納得の改作と思うのです。「私はおじさんにならない」は、既に初演を聴いているが、確実にグレードアップ。おじさんは、ネタで使われるくすぐりについていくのが、大変なのであります。次に、さろめの初舞台が、大変な興奮のなか行われました。幕が上がる前に、楽屋から大きなどよめきが上がってるわ、石段に乗って、さろめが現れる直前、また楽屋から大きなどよめき、これが客席まで聞こえてくるものだから、客席に座っていても、緊張が走ります。そして、さろめが舞台に登場すると、そうは聞けない大拍手とどよめき。あとから上がったあやめが言うには、大阪に来てから励ましてくれてた人たちが、初舞台に立ち会おうと、大勢来ておられたということです。繁昌亭で、初舞台とは恵まれた話です。繁昌亭であったればこそ、これだけの人に注目されての初舞台になったということです。こちらも、興奮してしまいました。更に、ゲストがたい平、先日も、そごう劇場で聴いて、人気に納得したスーパー若手です。この人も、繁昌亭初登場でした。今日は、「七段目」という芝居噺を披露してくれました。「七段目」のくだりでは、上方ばりに、鳴り物が入りました。そんなで、とっても花◎の会で、大満足なのであります。




2008年 6月 3日(火)午前 0時 1分

 1日交代で、涼しい日と、夏日が交代しているような日々が続いている。涼しい日だと元気で、そうじゃない日はぐったりとと、こんなじゃ、夏を越せるのかと思いつつ過ごす6月の初旬だ。今日は、午後から、立ちづめの働きづめ、本来なら、腰をやられてしまうのでしょうが、そこは、それ、13時間睡眠が効いています。存外元気なのであります。
 今宵は、トリイ・ホールで行われた「第19回TORII講談席〜続・上方講談物語〜」に行ってきた。3代目南陵が書き残した、上方講談の歴史を、その弟子である南海、南湖、南華が語るというマニアックな会である。一応、番組的には、南青「木村の麻風呂敷」、南海・南湖「トーク:前回のあらすじご紹介」、南華「上方講談物語(三)〜新聞連載時代の講談師〜」、(中入り)、南湖「上方講談物語(四)〜ラジオ時代の講談師〜」、南海「上方講談物語(五)〜戦争時代の講談師〜」となるが、南湖までは、2代目南陵の足跡を辿るものであり、南海さんだけが、自らの師匠3代目の戦争体験を語るというものであった。3代目の南陵は、米朝などと同世代。黄紺も、かつて京都市民寄席なんかで、何度か聴いたことがあります。今日、聴いた南海、南湖、南青、南華という講釈師に比べると、明らかに、切れは落ちます。でも、彼が、戦争から生きて帰ってきてくれたればこそ、今日の上方講談界があるのだと思うと、蜂の巣になるのを覚悟で突撃したら、相手が白旗を上げていて、お互い抱き合って生き延びたことを喜び合った話は、今までも、南湖の口演で聴いたことのあった話とは言え、こういったコンテキストで聴くと、感慨新たなものがあります。開演前、2代目南陵の残した音源が、会場に流されていました。80歳のときの口演だそうですが、びっくりするような切れ味を感じさせるものでした。これで、早くに、ワッハの殿堂入りしたわけが解りました。今度、ワッハの資料館で聴いてみることにしようという気を起こさせる素晴らしいものでした。トリの南海さんの口演は、3代目が復員して、さえずり会の一員として活躍しますということだけ言って終わりました。さて、この続編はあるのでしょうか? いっそのこと、4代目南陵を名乗る兄弟子をののしる会なんてのを、家康に替わってののしって欲しいものです。それで、上方講談会の歴史が完了しようというものです。
 随分と、講談を聴く機会に恵まれました。その一連の会のトリを務めてくれたのが。このトリイ・ホールでの公演でしたが、ホント、講談の魅力に染まりっぱなしの黄紺なのであります。




2008年 6月 2日(月)午前 2時 26分

 昨日は、ちょっとした想定外のことが、起こってしまった日だった。余程疲れていたのか、13時間も眠ってしまったことが、その一つ。目が覚めて、とにかくびっくり。おかげで、家でしようとしていたことが、ほぼできずの状態。もう一つは、昼間、繁昌亭の昼席に行き、夜は、京都に戻り映画を観ようとしていたら、それが観れなかったこと。上映開始1時間半前に映画館に行き、チケットを買おうとしたら、一番前の席しか残っていない。首を傷めている黄紺は、そんな場所では観れないものですから、呆気なくギヴアップ。結局、家へ帰り、晩酌をしながら晩ご飯を食べたら、呆気なくダウン。ですが、昨日のようにはいかず、午前1時少し前に目が覚め、仕方なく起き上がってしまってます。ま、これが普段の姿なんだけど、このまま寝れないと、仕事に差し支えます。これはこれで、恐怖の夜なのでありますが、昨日の繁昌亭を振り返っておきましょう。
 昼席は、手当たり次第に行くということはしていない。例えば、昨日の場合だったら、福笑が、トリをとるという立派な理由があるのだ。それに加えて、昨日は、また、珍しい噺家さんが揃ったものである。忍笑、慎悟、小軽、瓶吾、まあ、普段聴けない噺家さんである。そんなで、次のような番組となりました。さん都「東の旅〜発端、野辺〜」、瓶吾「化け物使い」、小軽「米揚げいかき」、来世楽「津軽三味線」、慎悟「寄合酒」、松枝「替り目」、(中入り)、忍笑「平の陰」、仁嬌「天狗裁き」、豊来家玉之助「太神楽」、福笑「きょうの料理」。若手期待のさん都は、叩きの噺で、ちょっと肩すかし。個性を殺したものですからね。瓶吾は、ソフトな雰囲気で、びっくりの「化け物使い」、確かに、師匠の鶴瓶の噺だけど、2番手で出て、この噺には、正直、驚きました。小軽は、お時間に合わせて、うまい具合に刈り取っていました。慎悟は、来年、還暦とか。あり合わせのものを怪しく持ってくるところ、順番が、他の人と違いました。鯛を犬に食わせてしまうのも、最初が頭で、次が尾っぽと、この人オリジナルなものなのか、この一門のものなのか、ちょっと関心を持ちました。その慎悟が、酒ネタを出してるのに、その直後に、「替り目」とは、びっくりです。最近、結構、オーバーアクションの目立つ松枝、このネタも、そうでした。喋りのオーバーさは、大歓迎なんだけど、この人の場合、そこに加えてというのは、黄紺的には引いてしまいます。この日は、女房に立ち聴きされてしまうところで切り上げました。初物の忍笑ですが、何やら、キャラ的には、瓶吾についてます。6代目を観て育ったネタが出て、なるほどと納得。仁嬌の「天狗裁き」、受けてました。「判っていても笑ってしまう」とは、笑い転げていたおば様の声。黄紺的には、お奉行さんに、もうちょっと威厳が欲しいなと思いましたが、なかなかの好演です。そして。トリの福笑は、バカ受けの場内、どっかーんというよりか、きゃーきゃーという大騒ぎという受け方、凄かったです。黄紺も、聴いてみたかったネタを出してくれたので、ガッツポーズ、そして、一緒に、きゃーきゃー言っておりました。大興奮の中で幕となりました。ルーチョンキ先生、最高です。
 もう、2時半近くになっております。目が、ぼちぼち痛くなってきました。睡眠に繋がれば、いいのですが、、、、。




2008年 6月 1日(日)午前 9時 54分

 昨日の土曜日は、朝からお出かけ。目的は、繁昌亭の朝席。10時開演の会にお邪魔したのだ。「あされんSP〜アサレンジャーがやってくる!!〜」と銘打たれた会なのだが、黄紺は、「アサレンジャー」に目が行き、前売り券を購入したのだが、正しくは「あされんSP」の方に、目が行かないとダメなようです。「あされん」は、三弥が、この時間帯に主宰している会の名称、それを使い、三弥は出ず、「SP」の文字まで付いていることの方が、大きな問題だということが、三金の解説で判った。三弥が、師匠三枝について外国公演に行っているということで、「あされん」名を残し、三弥が出ないから「SP」を付け、あとを託された三金が、同期の噺家さんに出演を依頼したから、「朝レンジャー」となっている次第だ。正確には、「落語レンジャー」を名乗っている同期会の名称なのだ。元のメンバーは、この日の出演者に、かい枝と吉弥を加えた5人である。
 ところで、番組は、三金「雑俳」、文鹿「七度狐」、都んぼ「寄合酒」、三金「竹の水仙」だった。東京ネタの「雑俳」は、岡山在住の噺家雷門喜助に教えてもらったとか。パターン化された繰り返しネタ、突っ込みの質、方法を変えて欲しいですね。文鹿は、カットしすぎじゃないかな? 川の場面では、深さを測るくだりはないし、山寺では、べちょたれ雑炊が出てこない、とまあ肝心の部分まではしょってしまってます。そこまで、進行は急いでなかったと思うのですが。「寄合酒」は、そんなあほなっ的感覚じゃなくって、まじめになりすぎています。ゆるい空気の中での、おかしなやりとり、これが、あの場の雰囲気だと思うのですが、都んぼがすると、大げさに書くと、何やら軍隊でのやりとりって雰囲気。「竹の水仙」は、梅団治にもらったという印象を持ちました。三金は、登場人物の本音を表現するとき、現代語っぽくなるという癖があるのですが、それは控えていたっていう感じ。そして、総合的印象としては、たまには、登場人物に感情移入して表現すると、違った古典の表現も生まれるかもと思うのです。これらは、あくまでも、三金の古典に感じることであります。新作をするときって、そんな感じはしないけどね。
 11時半前に、朝席が終わったので、時間を持て余し気味。そこで、「落語屋」さんを探しに行ってみる。天神橋筋を出てしまうところまで行ったので、外したかなと思ったのですが、帰り道で、きっちりタイ料理屋さんの近くで発見。ちょっと品数が少ないかなっていうのが印象。LPレコードの珍品は、売り物ではないのかな? でも、繁昌亭のおかげなんでしょうね、こないなお店ができるのも。結局、南森町の行きつけのネットカフェで、2時間20分近く、時間潰しをして、午後の部へまいりました。
 午後の部は、中崎町のECCアーティストカレッジ梅田校・7階芸能ホールであった「中川兄弟 落語かれっじVol.4〜落語と解説〜」に行ったのだ。染左と、その兄中川桂氏の2人の主宰する会だ。ただ、この会、兄の中川氏が、東京の大学に行ってしまったので、次回の日取りが、簡単に決められないとか。でも、続ける意志はあるようですので、どこかでお知らせがあるのを、待つことにしましょう。で、この日は、「お玉牛」が取り上げられた。前段の「堀越村」は、お玉が、実は、侍の娘で、たまたま村に来て、一緒に来た父親が、そこで突然亡くなったため、その村に居着くようになったことが述べられるそうだ。だから、お玉は、村の娘ではないので、村の男が、我がものにしようと相談するという流れになる、なるほど、なるほどだ。若者の名前も、おかしい。夜ばいをするのは、最初は、あばばの茂兵衛だったそうです。あばばは、「赤ちゃんがはいはい」する仕草を表し、「夜ばい」そのものを表す言葉だそうです。それが、今、演じられる「お玉牛」では、こ突きの源太になってるのは、鎌を使って、暴力的に、お玉に「うん」と言わせたとなるためだそうだ。納得の名前の由来だ。更に、夜ばいに行って、人違えになるのは、浄瑠璃「大経師昔暦」のパロディとか。などなど、知らなかったことで、納得すること、多数でした。なお、前座は、二乗で、待望の「茶の湯」を出してくれました。師匠の米二のものより、全体の雰囲気が明るく、こごろうのそれよりも、ごちゃごちゃ感がなく、すっきりと、バカバカしい、いいネタに仕上がっています。この人も、今後、楽しみな人と、再認識しました。
 昨夜は、13時間近く寝ました。これだけ、寝たのは、何年ぶり? 信じられない睡眠時間です。これは、いったい、どうしたというのでしょう?




2008年 5月 31日(土)午前 6時 40分

 週末に入っている。が、こういったときに眠れない。ちょっと酒でも呑んで、2度寝を試みようとしている。いつも、繰り返される光景が、今日も訪れています。そんななか、この間のお遊び記録を認めておきます。
 木曜日(5/29)は、ワッハの4階であった「第356回上方講談を聞く会」に行った。この2週間ほど、ぶっ続けで講談会に行っているが、その一貫である。番組は、南青「無筆の出世」、南華「桜姫全伝曙草紙 弐」、南鱗「千両の富くじ」、南海「三方原の合戦」であったが、南華、南海のネタは、それぞれの会で聴いたものであった。南華は、野分が玉琴を嫉妬から殺す部分。南海さんは、武田が、京に上るつもりが、信州から、きびすを変えて、南下をして家康を攻める戦いを抜き読みしてくれました。最後の南海さんの名調子に、力尽きて、後半の後半から、何のことか分からなくなってしまいましたが、この日も、ゆっくりと講談を楽しむことができました。この日の秀逸は、南青くんです。落ち着き払った語り口、となれは、間と言い、人物の描き分けが、見事に出来上がっていました。この精巧な講談は、臨場感を生み、情感の豊かさを導き出していました。それに対し、インテンポで、淡々と語る南鱗は、今日は、どうしたのでしょうか、言い淀みが、随所に見られ、情感を損なってしまってました。らしくない口演となりました。何年かして、主人公二人が、再会するという部分が、南青くんのネタとかぶったのは、ちょっと損をしてしまいました。そういったときって、後から出た者が煽りを喰らいます。
 昨日金曜日(5/30)も、講談がらみの会に行きました。道頓堀極樂商店街6階にあるゑびす座であった「第1回無茶修行・蔵出しの会」に行った。これは、南左衛門が企画したネタ下ろし&お蔵入りのネタの虫干しの会なのだ。弟子の南青くんが受付、南舟さんがお茶子役と、南左衛門一門勢揃いであった。番組は、卯三郎「阿弥陀池」、枝女太「はてなの茶碗」、仁嬌「人形買い」、南左衛門「難波戦記・平野の地雷火」となった。客の入りが、あまりよくなく、20人未満というところでした。体に、かなりの疲労が蓄積しているのが、よくわかるほど、黄紺も疲れていましたが、足のツボを、落語や講談を聴きながら押していると、気持ち良くてね。卯三郎、だいぶと弾けてきました。あと、もう一息です。体のバランスを考えた方がいいです。ここが、あと一息です。身体表現としての落語が肝心です。疲れを感じながらのお出掛けなもので、珍しい噺なんだけど、変化の少ない噺なんで、危な いなと思っていた「人形買い」の後半では、ダウンしてしまいました(*_*) 「人形買い」という噺は、ワッハの資料館で、仁鶴の口演を観たことだけしか、接したことはありませんでした。今日の口演は、その仁鶴の弟子仁嬌でしたので、てっきり再演かと思っていたら、初演だとか。とっても、意外でした。意外さついでが、前後逆になりましたが、枝女太の出した「はてなの茶碗」も、その類。文枝師も手がけていたネタなんで、初演とはびっくりでしたが、そこは、枝女太、ぬかりはありません。達者な口演で、とても明るい仕上がりになっていました。あとは、茶金さんの位ですね。それと、京言葉の緻密さでしょう。南左衛門は、師匠南陵の「家康をののしる会」を引き合いに出して、難波戦記に入りました。真田幸村の仕掛けに遭い、家康が、命からがら逃げ落ちる話です。大阪人の溜飲が下がるネタでしょう。
 酒を呑んでも、結局、結果が伴わず、諦めて起き上がりました。肩のこりといい、睡眠不足といい、なかなか厳しい週末初日ですが、救いは、この週末の出勤はないということです。ですから、一喜一憂なのです。




2008年 5月 28日(水)午後 11時 33分

 暑い日が続いているが、月曜日と今日は、蒸し暑く、火曜日は、乾燥していたがため、気温が高くても、わりかし過ごしやすかった。同じ蒸し暑い日でも、月曜日と今日とでは、黄紺の体調が違うのか、ホント、今日はきつかった。再び、腰の重さ、全身倦怠感で、かなり厳しい季節に入っている。まことにもって、一喜一憂の日々です。齢を重ねるってことは、こういうことですね。
 そんななか、玉造のさんくすホールであった「第29回玉造・猫間川寄席」に行ってきた。この会は、桂文我がお世話をし、毎回、自身も出演をしてきた会だが、今日は、当の文我が目当てではなく、ゲストで出た三象様が目当てだった。番組は、阿か枝「四人癖」、文我「三枚起請」、(中入り)、三象「シルバーウェディングベル」、文我「しらみ茶屋」、文我・三象「対談」となったが、狙いは、三象様の高座もさることながら、最後のトークであった。このトークが用意されていたために、三象様は、自らの出番では、マクラは抑え気味、お楽しみは後ほどということだろう。じらしてくれる小生意気な三象様だ。そして。文我の誘いにのって語ってくれたのは、バイト経験。この人、バイトをしてるのです、普段から。白浜での、アヒル・レースの司会、新潟県での営業、もう、桁違いの奇人である。そんな話を聴いていて思ったこと、この人、かなり神経質な人物なんでしょうね、三象様は。一線を越えかけで、辛うじて、こちらの世界に踏みとどまってるって感じです、シビアに言えば。それを笑えるというのは、境界人だと、三象様自身が気が付いており、自分なりの克服法を知っており、それをネタにできるからでしょう。自分が並外れた者との認識を持ち、それを笑いにできると読み、見事にネタに仕上げてる、これが、三象様です。その局地が、高座での緊張を緩和する意味合いでのバイト。ホントに、上六のセヴン・イレヴンでバイトしてたらしいです、ごく最近。一方、主宰者の文我は、完全に、三象様に喰われていましたが、「しらみ茶屋」は、先駆け的に手掛けてきただけあって、年季が入っていて、実に楽しい仕上がりぶりでした。「三枚起請」は、逆に平凡でした。時代に合わない言葉を、親切心で、現代語に変えるという文我の癖は、情緒を削いでしまいました。三味線の文我夫人は、毎度思うのですが、覇気がないです。これも、情緒を削ぐ要因です。前座役の阿か枝ですが、このネタはいけないです。あまりにお仕着せを一通り流したって感じで、ツボを、もっと押さえてよの感想。そんなこと、この人なら楽々のはずなのに、このネタでは、できてなかったですねぇ。意外でした。
 TVの天気予報を聴いていると、雨が、ひどくなるそうです、これから。それに伴って、気温も下がってくれれば嬉しいのですがね。気温に左右されて、体が動いたり、動かなくなったりしている黄紺であります。




2008年 5月 27日(火)午後 11時 7分

 いくら休息を取っても、回復不可能かと思われるほどの疲労感から抜け出し、ちょっと元気になってきている黄紺であります。先週の後半から日曜日にかけての疲労は、尋常なものではありませんでしたから、ホッと致しております。そこで、この2日間のお遊び記録を、リラックスして書くことができております。
 月曜日(5/26)は、仕事の関係で遅刻しながら、繁昌亭の「第1回全日本特撰落語会」に行った。笑福亭鶴光プロデュース、落語芸術協会協力と銘打たれた会だ。久しぶりに鶴光の落語を聴けるということと、東京落語を聴けるということで、心待ちにしていた会だ。番組は、市楼「牛ほめ」、学光「試し酒」、瀧川鯉昇「佃祭」、(中入り)、鶴光「植木屋娘」、帰天斎正紅「日本手品」、春風亭小柳枝「井戸の茶碗」というもので、東京から来演のお二人は、いかにも江戸落語というネタを披露してもらえた。瀧川鯉昇は、うだつの上がりそうのない窓際族風の風体、だけど、話し出すと、言葉明瞭、何やら、内に力を秘めたる、だけど、窓際族を装っているという印象。だだ、前半の佃島での再会、その亭主の喜びよう、もうそっとウエットに江戸っ子気質を出してもいいんじゃなかったかなと思ってしまいます。後半のどたばたぶりと好対照な場面ですから、そういったちょっとした演出も欲しかったと思いました。最後は、この噺、与太郎が閉めてくれるんですね。助かってて良かったの気分が、与太郎が出てくることで倍加するのですから、おもしろいですね。東京落語の味ってところでしょう。一方、小柳枝は、いかつい顔に、肩をいからせての風情に反し、実に繊細な物言いをするお方。40年近く前、黄紺が、東京でよく聴いた小柳枝は、この人の先代? それとも、先々代? どうも、小柳枝の名前で、その噺家さんとダブっちゃいますが、かなり好対照。細かくちゃちゃちゃーと喋って、江戸落語の粋を表そうという雰囲気と看てとりました。ですから、浪人とか、若侍の良心、一方で強情さというものの表現というよりか、小気味良いテンポを大事にされてる噺家さんと受け取りました。そんななか聴けた「井戸の茶碗」、何度聴いても、いい噺です。ほろっとしながら、下げとなり緞帳が下りました。一方、鶴光は、とっても正攻法の「植木屋娘」でした。例の嫌な感じの下げを外し、当り障りのないものに変えていました。それで、OKです。ただ、この人、声が、こんなにも潰していたかと思うほどの声になっていたのが惜しまれます。とっても、会場の雰囲気を良くしてくれたのが、学光。この人、腹話術をするにしても、落語をするにしても、空気を作るのが上手です。客席の目線で喋れる技は、もっと評価されて然るべきと思ってしまいます。そして、途中から聴いた市楼だけど、ようやく個性っぽいものを出そうという気が出てきたなと思います。前座ネタでしたが、何度もかけてきた成果が、ここにきて出てきたって感じです。所作一つにしても、緩急をつけれるようになってきています。楽しみになってきました。
 今日は、夜遊びの行き先で、ホント悩みました。いい落語会が、目白押し。それに加え、南海さんの講談会がある。これは、困りました。最後の選択は、講談の会に行くか、雀のおやどであった都んぼの会に行くかであったが、希少性ということで、南海さんの会に行った。谷六の薬業年金会館であった「第130回旭堂南海の何回続く会?」に、お邪魔したのでした。この会は、前回から、「古今名言読切講談」と題して、毎回読み切り講談がかけられている。今回は、「其の弐〜心頭滅却すれば火も自ら涼し〜」ということで、海仙和尚(この字が正しいかは判りません)を名言が取り上げられ、和尚の生涯が語られたのであった。海仙和尚というのは、戦国の武将が、数多迎えようとしたが、それに応えず、結局、武田に付いたのですが、策士というわけではなく、信玄の相談役として、節目節目に、アドバイスを与えた人物と、南海さんは描いていました。そして、最後は、信長の息子に、寺ごと焼かれてしまうという話でしたが、そこで、「この日の名言」が吐かれたというわけである。焼かれながらの言葉とは、強烈この上ない言葉だ。今日も、1時間半語り詰め、相変わらずすごいです。次回は、私も知っている熊谷次郎直実です。当然、敦盛話が出てくるはずです。今から、楽しみにしています。
 ということで、この2日間を振り返ることができました。最近、講談を聴く機会が増えています。なんか、演者に気概を感じてしまってるってところが、大きいのかなと思うと同時に、やはり希少性に重きを置いてしまうのです。




2008年 5月 25日(日)午後 10時 59分

 ようやく疲れが取れてきたかなという時間になると、それは、もう、週末もお終いという時間帯。厳しい話です。午後は、お仕事。終わる時間を決めておいたのに、そうはいかないのが、腹立たしい。今日は、日曜日だよと叫びたい気持ちです。辛うじて、6時半から始まる「第40回名探偵ナンコ〜よみがえれ!探偵講談〜」に間に合いました。京橋で、晩ご飯を食べていたら、こないになってしまいましたが、原因は、自分にないので腹立たしいのです。
 福島の本遇寺さんを借りての会には、今まで入ったこともないような数の客が詰めかけました。探偵講談が謳い文句の会だけあって、ルブラン研究会の方も来られていたようで、そういった多人数になったものと思われますが、個人の講談会としては、破格の動員となりました。この会というのは、探偵講談一つに、あと講談が、一つ二つ入るというのが番組構成なんだけど、今日は、古典講談が二つ入りました。一つは、こないだの続き読みの中に挿入された「大久保彦左衛門の目こすりなます」でした。この話は、ばかばかしいので、聴いてると、軽い気分になれ、後味がいいですね。もう一つは、「楠木正成と泣き男」というわりかし知られたネタでした。黄紺も、以前、誰かで聴いたことのあるネタでした。肝心の探偵講談は、「ホームズ対ルパン」という話。ルブラン自身は、自分の小説の中には、ホームズが、ルパンとすれ違うだけしか登場させてないそうです。何か問題が起こったのか、以後は、登場させてないとか。これは、講談が終わったあと行われた、作家芦辺拓氏との対談で明らかにされました。勉強になります。こういったことだけではなく、この会に行くと、講談師という仕事は、ほんと、学者半分という人種やなと思わせられてしまいます。
 ここ2週間ほどは、講談に厚い日々を過ごします。なぜか、講談の会が集中しているのです。落語会よりは、講談の会は、希少性が高いものですから、ついつい、講談の会を見つけると、足が向いてしまいます。




2008年 5月 25日(日)午前 11時 1分

 とっても、疲れています。最高度に、疲労が溜まっています。なのに、土曜日は、午前中、仕事。めいっぱい働きました。体力勝負のような仕事でした。そんなのに、今日は、午後から、また仕事。特に、今日は、振り替えなしの仕事です。そんなで、これからの1週間、体が持つのか、真面目に不安がっています。そんななか、昨日のお出掛け記録を認めておきます。
 午前中の仕事を終え、ワッハに直行。2週間前と同じことを考えたのだ。小演芸場での1時間の公演を観て、そのあと、こちらの資料を視聴するという考えだったのだ。まず、小演芸場での公演は、米朝事務所の担当、番組は、佐ん吉「手水廻し」、団朝「子は鎹」だった。2人で1時間ということを、米朝事務所の噺家さんは、きっちり守っています。ですから、このネタだと、だいぶとマクラを振らねばなりませんから、考えてみたら、随分とお得感があります。2人で、うまい具合に、手持ちの小咄ネタを使い分けてくれてました。客席は、この日も、いっぱい。次いで、黄紺のお楽しみ資料の視聴です。ただ、閲覧希望の人が、この日は多く、2つ目を観るときには、15分くらい待たねばなりませんでした。枝雀「牛の丸薬」(DVD「枝雀落語大全」)、このDVDには、南光が案内する「枝雀〜誕生から入門〜」が付いているというお得な品物。次が、春野百合子「おさん茂兵衛」(NHKのVTR)、こちらの資料で、浪曲ものは初めて。春野百合子は、初めて聴きましたが、その繊細な表現に魅せられました。浪曲って、ここまで表現できるのかって思わせられました。他の音源を、次回は当たってみることにしましょう。最後は、「おたのしみ米朝噺04〜なるほど! ザ・キタ物語」(1983.4.24放送)。大阪駅のステーション・ビル完成に合わせての企画です。この中で演じられたネタは、福笑「キタの旅」、吉朝「東の旅〜発端〜」でした。福笑が、登場してすぐに、「落語会の増田明美、笑福亭福笑です」と言ってました。25年前の放映ですが、福笑の芸風は、今から観ても、ここでは、もう完成してますね。えらいものです。
 夜は、この日も、雀のおやど。席亭さんに、暖かく迎えられました。この日は、講談ではなく、落語。「第60回雀三郎つるっぱし亭」があったのだ。雀太「ちしゃ医者」、雀三郎「遊山船」、雀喜「ポイントカード」、雀三郎「猫の忠信」というのが、この日の番組だ。疲れが溜まっていたので、体力が持つか心配だったのですが、雀三郎の絶好調さに、ダウンなんかしてられませんでした。「遊山船」では、浪速橋でのはしゃぎぶりが素晴らしく、行き交う人らは、この二人を、きっと振り返っていってるでという感じで、橋の上の賑わいが感じれました。うまい、です、とにかく。「猫の忠信」は、人物描写に技を発揮する雀三郎の面目躍如たる口演、それぞれの台詞、所作に、連関性を感じさせます。これは、期待通りの口演、ホント、満足でした。雀喜のこのネタは初物ですが、わりかしライト感覚で、楽しめました。いろんなお店で、ポイントを集めていくだけの流れなんだけど、くすぐりが、わりかしヒットしてました。
 朝から、余りにも腰がだるいので、ワインのボトルを腰の下に引いて寝ると、だいぶと回復。そんな格好で、横になっていましたら、うつらうつらでき、それも良かったみたいです。そんなことを言いながら、ぼちぼちお出掛け準備です。辛いなぁ、哀しいなぁ。




2008年 5月 23日(金)午後 10時 56分

 1週間の講談続き読みが終わりました。皆勤賞4人でのじゃいけんでは負けてしまい、南青くんが用意してくれた一休さんグッズはもらえなかったのですが、雀のおやどの席亭さんが、気を効かせて、代わりの品物を用意していただいてました。黄紺は、おかげで、そちらの方の賞品をいただけました。マンゴージュースでした。
 ところで、今日の最終日ですが、「一休さん」は、予想通り、エピソードを拾い上げ、最期へと持ってきたっていう感じ。一つ一つのエピソードが長ければいいのですが、そうでもないし、連関性があるわけではないので、最終コーナーを回ってから、ちょっと息切れ状態になってしまったっていう感を拭えません。そういうネタなんでしょうか? それとも、7日にまとめるという作業を、ちょっと持て余してしまったのでしょうか、その辺は、黄紺にはわかりません。南湖の御前試合も、予想通り、試合の部分は短く、二人の来歴の復習が、最終日にさればなりませんでした。このネタは、こういう進み方をするものということは、2月に学習していますから、今回は違和感はありませんでした。南海さんの「浪花五人男」は、鬱屈たる気持ちで、刑場の露と消えたのじゃなかったので、ほっとしました。極印千右衛門は、親の仇を、見事に討ち、巨悪を葬り去りましたし、それを、仲間の4人は爽やかな連携で助けました。そして、巨悪と結ぶ悪徳与力も葬りました。そうなんです、このならず者、嫌われ者は、巨悪に対しては、実に爽やかだし、仲間の連帯感は、じーんと来るものがあります。この二つの点については、一点の曇りのない清々しさがあります。そんなですから、刑場へと引き立てられていく5人の描写を聴いてて、正直ほろっときちゃいました。こいつらと、お別れしたくないの気分が、ほろりとさせられたのです。いい会だった、ホント、講談のおもしろさを堪能させてくれた続き読みでした。
 次回の続き読みは、8月1日スタートです。残念ながら、この続き読みは、1回も行くことができません。トルコにいちゃ、無理です。なんか、後ろ髪ひかれちゃいます。




2008年 5月 22日(木)午後 11時 16分

 火曜日の夜あたりから、疲れを感じだし、ますます深みにはまっている水曜日(5/21)も、雀のおやどに行ってまいりました。めざすは、「第5回講談 毎日亭〜皐月一週間〜」の皆勤ですが、疲れています。この日の公演中、2度ダウンしました。南青くんの後半は、何の話をしているのかわからなくなりました。南海さんが、昨日までの復習をしたはるあたりから、ですから、頭の部分で、記憶が飛んでいます。気が付くと、主役の5人が一緒にいました。そこからは、我に返り、いつものように、楽しんできたのですが、こんなけダウンすると、ダメですね、ホント。
 そんななかでの、振り返りです。この日の南青くんの「一休さん」は、繰り返しの部分を聴いてて、入水の話(一休の)がされていたのを思い出し、と同時に、悟りが開けないで入水とは、えらく話が荒っぽいなと感じていたことも思い出していました。また、それを、母親が観音様のご霊験で知るというのは、講談らしいのだから、その辺を膨らませばいいのにと、ちょと不満。そして、サプライズがありました。ダウンから気が付くと、話が、一挙に30年も飛ばすところでした。これには、びっくり。これは、黄紺が聴き飛ばしたからではありません、進行上、そうしてしまったのです。これは、話の構成に問題があったのか、ネタのチョイスに問題があったのか、これは、ちょっと掟破りっぽいですね。南湖の剣豪伝は、この日、十兵衛から極意を授かり、翌日から、いよいよ御前試合本番に入っていきます。極意授かりの前提として、荒木牛之助(又右衛門)が、破門状態から解かれる話が入ります。前日の、鎖鎌の達人との勝負は、猿の嵐が出てきて、水入りとなり、そのまんまおしまい。ちょっと、おもわせたっぷりで、これでは、全然面白い話とは言えません。でも、南湖の口演が、この日一番のすっきりとした構成でしたね。南海さんの侠客ものが、後半からハチャメチャ系になりかけています。わざと、話を、派手なように派手なようにしていかれてる感じで、せっかくの面白い話を潰すなよの気分です。それは、合流した5人の内、極印千右衛門が、雷庄九郎と、気晴らしに、芝居見物に行ってしまうくだりです。そこで、親の仇野田若藤角右衛門一行と出会ってしまい、それに殴り込みをかけるという話になってしまうのです。ここで、隠忍自重してくれないと、ここまで楽しんできた話が、無茶苦茶になってしまうのにと思っていたら、そうなってしまうのです。そこへ、そんなとこにいるわけないやろという雁文七が、助っ人に入る段になると、お口あんぐり。やめてくれ〜、ぶち壊しになってしまうと思いながら聴いてしまいました。さて、どうなるのでしょうかと、一方では、気になってる黄紺なのであります。 最後は、5人とも、打ち首獄門になるのは判っていますので、そこまで、どれだけ明るく飛びまわってくれるかです。青春グラフィティという捉え方に、一票の気分になってる黄紺なのであります。
 木曜日(5/22)も、きっちりと、雀のおやどの講談続き読みに行ってきた。この日まで、皆勤の者4名、その内の1人だ。南青くんが、初日に、皆勤の者から抽選で2人に、一休さんグッズをプレゼントをすると言ったが、黄紺は、ここまで有資格者だ。で、今日の講談ですが、ちょっと、明日の千秋楽に向けての時間調整の日っていう感じでした。南湖は、ほぼ御前試合の行司役大久保彦左衛門のエピソードに終始していましたし、南青くんも、一休さんのエピソード集で、形式的には、オムニバス状態になっていました。南海さんは、芝居小屋での出入りと、その後のエピソードという感じで、明日の下地作りっていうところかな? 「一休さん」は、一休さんの最期が、今回の終わり方のようです。南湖は、御前試合そのもので終わるはずですが、前回も、そうだったのですが、試合そのものには、あまり口演時間は割 かれないはずです。そして、「浪花五人男」は、獄門に5つの首が並ぶのでしょう。ちょっと寂しいけど、しゃーないわね。と思いつつ、やっぱ、青春グラフィテイーという気持ちになってきています。ちょっと南海さんのペースに乗せられてしまったかもしれません。
 今日、次回の続き読みのパンフレットができあがってきました。8月1日スタートの1週間です。ネタは、まだ、明らかにされていません。いずれにせよ、黄紺は、トルコにいますから行けないのです。悔やまれますねと言っても、トルコにおれることが、最上のことですから、贅沢を言ってはいけません。




2008年 5月 21日(水)午前 6時 2分

 なかなか厳しい1日を終えて、ぐったりしながらも、雀のおやどに行ってきました。もちろん、「第5回講談 毎日亭〜皐月一週間〜」に行ったのだが、鶴橋で食事をして、雀のおやどの座布団に座ると、一挙に、疲れが出てきてしまい、開演までの暫しの間、壁に体を預けて、目を閉じて、脱力をして、ほんの僅かでも体力の回復を願ったものでした。南青くんの口演のラストで、話が飛んでしまったのを除けば、なかなか頑張ったものと、我ながら感心しきりだ。それだけ、この続き読みがおもしろいのだ。ダウンしたのは、「一休さん」は、あまりに繰り返しが多く、ちょっと集中力が切れかけたところで、新しい部分に入っちゃったんです。ようやく堅田の善行庵に行ったと思ったら、力尽き果てたって感じでした。南青くんの口演は、40分もかかりましたから、繰り返しが過ぎるというものです。南湖の剣豪伝は、荒木又右衛門が、柳生十兵衛門下になり修行を積むのですが、父危篤の報を聞き、帰った故郷で、村のならず者を斬ったことが、十兵衛の耳に入ることで、十兵衛門を去り、諸国修行の旅に出かけ、鎖鎌の達人(山田真龍軒だったはず)と真剣勝負になったところで終わりました。変化には富んでいるんだけど、何やしらダイナミックさに欠けます。そういう話なんでしょうか? それとも、南海さんのネタが、あまりにもダイナミックだからでしょうか? そうなんです、今日も南海さんの「浪花五人男」がスパークしました。昨日、登場していた4人目の男布袋一右衛門の話が展開していると思いきや、突如、思わぬ展開。にせ金作り(野田若藤角右衛門)という巨悪が出てきました。そこにかんで出てきたのが、5人目の男、極印千右衛門(父次郎吉は殺されてしまう)で、更に、それら5人が揃う直前で、明日のお楽しみとなりました。この南海さんの口演を聴いたなら、もう途中では止められません、今日も、20名弱の客が詰め掛けました。毎日、ほぼ、これだけ動員したということは、画期的なことじゃないかなぁ。
 ということで、簡単に、振り返ってみましたが、ここまできたら続けるしかありません。今まで聴いた講談の中で、これほどまでもおもしろいと思えたのはなかったんじゃないかな? もちろん、「浪花五人男」です。いや〜、これは、すごい話だわ、そして、南海さん、すごすぎます。




2008年 5月 20日(火)午前 6時 11分

 昨夜も、雀のおやどでの「第5回講談 毎日亭〜皐月一週間〜」に通ってまいりました。続き読みの魅力にはまりきっています。ただ、平日に入り、客足は落ちましたが、つばなれをしています。徐々に定着してきた証拠でしょうね。
 「浪花五人男」が、とにかく面白いのです。日曜日には、南海さんの奥さんが来られていたそうで、感想は、「子どもには聴かせられないな」だったとか、南海さんは、「青春グラフィティ」だと言っています。昨日は、三人目の男が出てきました。名前を、布袋一右衛門と言いますが、気のいい男が、悪の世界へ落ちていく話です。それも、気のいいという点が災いをすると言ってもいいのです。寝たきりの父親に、人参という高価な薬を飲ませてやりたいという気がベースにあって、つい盗みをやらかす。それが見つかり、その場で謝れば、なんとかなったかもしれないのに、それをしないばかりに、悪の道へ。そんな具合に、上手に筋立てができています。そして、また、うまいところで切るんだよね、南海さん。続きを聴きたくなるところで、丁度時間ですでは、行かなければなりません。ま、最初から、全部行くつもりはしてましたが。南湖の話は、寛永御前試合で戦うもう一人の主役、荒木又右衛門が出てきたのは、いいんだけど、昨日は、ほとんどが、柳生十兵衛の話、柳生十兵衛が修行に出ている途中に、宝蔵院流の道場で試合をする。そこで、最後に、十兵衛と又右衛門が出会うところで終わりました。又右衛門も、そちらで修行中の身だったのです。南青くんのネタは、こうしてみると、地味というか、幼い話になってしまってます。「一休禅師」というよりか「一休さん」になってしまってます。確かに、剣豪や侠客と比べると、そうなっちゃいます。昨日は、謙応和尚の元で修行を積む一休さん。名前が、ここで宗純と変わります。謙応和尚からいただくことになるのです。そして、謙応和尚が亡くなり、堅田の高名な和尚を、最期に紹介されるというところで終わりました。
 きわどく振り返ることができました。ぼちぼちお出掛け準備です。外は、雨。だいぶと、夜半に気温が下がった夜でした。




2008年 5月 19日(月)午前 4時 21分

 日曜日、朝からそそくさとお出掛け。行き先は、繁昌亭。お目当ては、午後の講談会。だけど、それだけで、休みの日に大阪まで出かけて行くのはもったいないと、この繁昌亭の朝席をくっつけたのです。「枝さんの朝から落語会」という会が行われていたのです。枝三郎の噺、ちょっとご無沙汰してるなという感覚で、つい2.3日前に、チケットを買ってあったのでした。その番組は、咲之輔「東の旅〜発端、野辺〜」、枝三郎「東の旅〜野辺、煮売屋〜」、竹丸「立候補」、枝三郎「軽業」と、今日は、「東の旅」でまとめるつもりだったようだ。それが判っていたら、朝8時半には、家を出てなかったでしょうね。ちょっと、文句。咲之輔との遭遇は、2度目。一番最初に習ったネタということであったが、場所は、繁昌亭。稽古通りには、なかなかいかないみたい。竹丸のこのネタは、ネタ下ろしのときだったと思う、竹丸自身の会で聴いて以来。そのときは、さすが、元NHKの記者と感心する内容でした。ふんだんに時事ネタを盛り込み、かなりの大作に仕上がっていましたが、この日は、限られた時間のなかでの口演ということでしょう、時間的に言えば、かなり刈り取っていました。主人公の演説も、もっと長かったし、福田くんの演説もあったんじゃなかったっけ? そんな意味で、以前の感動の再現とはなりませんでした。枝三郎は、相変わらず達者です。こういったネタでしたら、そんな書き方しかできませんね。
 繁昌亭近くでお昼ご飯を摂り、鶴橋へ。お時間まで、この日も、鶴橋のネットカフェで、時間調整。「第5回講談 毎日亭〜皐月一週間」の2日目に行ったのだ。初日は、20人を越え、驚きの入り。2日目も、20人は越えなかったものの、ほぼそれくらいの入り。やっぱ、土日は、昼間ということですごいことになっていましたが、後ろの婆さん曰く、「夜は帰りが遅くなるんで来れません」、こうなんでしょうね、爺さん、婆さんらが、月曜日からは来ないのでしょう。でも、前回の続き読みのときに比べてみても、土日は入っています。いずれにせよ、同好の士が多いのは結構なことであります。で、この日の口演ですが、一休さんは、とん ちを使いまくりだしました。修行中の寺で、その評判が知れ、将軍様の前でもと、とんちが冴え渡りました。「寛永御前試合」の方は、噺の筋立ての基本から間違っていました。居眠りをしながら聴いていると、こうなんですね。まだ、無三四の方ではなく、武蔵の方の物語。2日目は、武蔵が、剣術修行のため諸国を回っているときに、七之助という少年に出逢い、見事な剣さばきに魅せられ、その師匠探しをすると出会ったのが、塚原卜伝斎。剣のお相手を願った塚原卜伝斎は、鍋蓋で、宮本武蔵の剣を受けてくれました。この名場面、ようやく出会えました。そして、腕を見込まれ、七之助を養子にします。これが、後の無三四だったのです。これで、主人公の一人、宮本無三四が登場したということです。「浪花五人男」は、今日、三人がつるみました。初日から、雁文七をつけねらっていた近所のならず者2人、雷庄九郎と安野平兵衛が、文七を兄貴と呼ぶようになるまでのくだりが語られました。今や、南新地で顔をきかす男に成り上がっています。侠客の無鉄砲な暴れ方は、お話の世界では、滑稽であり、且つ痛快でもあります。明日からも、益々逃せません。
 ということで、講談の続き読みを柱に、日曜日を過ごしました。暑かったですねぇ。GW時の暑さが復活ですが、これからは、もう、こうなんでしょうね。1年の中で、最も辛い季節に差し掛かってきました。体力勝負なのでしょうが、その体力の減退が、年々歳々著しいもので、はてさて、この厳しいなかを乗り越えられるのでしょうか?




2008年 5月 18日(日)午前 7時 36分

 昨日の土曜日は、午後と夜の2部制をとり、異なった演芸のジャンルを楽しんだ。午後の部は、久しぶりに雀のおやどにおじゃまして、この日から始まる「第5回講談 毎日亭〜皐月一週間〜」に行った。3ヶ月に1度、ここ雀のおやどで、講談の会が持たれるようになっているのだ。講談に目覚めた黄紺にとっては、まことに結構なことなのだ。続き読みされる演目は、南青「一休禅師」、南湖「寛永御前試合 荒木又右衛門 vs 宮本無三四」、南海「浪花五人男」である。ただ、この日は、前日の睡眠不足で、目が痛く、とても不安な演芸通いとなってしまったが、それが、南湖の口演のときに出てしまいました。初っぱなから、ちょっと残念な自体になってしまいました。雀のおやどでのこの3人の講談続き読みには、結構、足を運んでいますが、昨日は、最高の入りではなかったのかな? 毎回、つばなれをするかが気になるところだったのですが、20人は越えてましたから、この1週間の続き読みも定着してきたのでしょうか? 「一休禅師」は、南北朝の動乱が絡んでる話とは、聴いてびっくり。とんと日本史に疎い黄紺には、ためになります、ホント。昨日は、そういった一休禅師の出自(北朝の後小松帝と南朝方の日野氏の娘伊予局こと照子の子)に関してから始まり、臨済宗の安国寺でのお勉強の時代まででした。お勉強と言っても、出家を前提でのことではなく、一般教養的学習のためのお勉強のために、寺に入っているということである。南湖の公演で記憶にあるのは、関口弥太郎が、剣術の相手を求めるために、籠かきとしてとして網を張ってるところへ、宮本無三四が通りかかり、その網に引っ掛かるというように流れていったはずです。どのような展開になったかは、また、後日、確認致しまする。「浪花五人男」は、雁文七の出自(紺屋の倅に生まれ女親に育てられる)から始まり、15で紺屋の仕事を守ると称して、剣術修行を始め、それで、腕に覚えができてしまった文七が、近所のならず者との喧嘩に勝つ。更に、天神橋上で無謀な振る舞いをする旗本奴を退治することにより、「男をあげる」。この「男をあげる」ことの快感から、いよいよ「侠客」として歩み出そうかというところまでであった。このあとは、無頼の旗本奴の復讐に立ち向かっていくのでしょうね。南海さんの「侠客もの」は、以前、読まれた「浪花侠客伝」で堪能していますが、血湧き肉躍るものがあります。今後の展開が楽しみなんですが、1週間で、5人を読み終えられるのか、そちらが心配なのです。
 鶴橋のネットカフェで、時間調整。晩ご飯も、鶴橋の韓国料理屋で、ユッケジャン。「まっちゃん」というお店は、2度目。スープのお味が、若干、和風味だったのが印象に残ってたので、どんなだったか思い出そうとして入りましたが、今回は、そうではありませんでした。でも、スープのお味が、うまかったのですが、小皿が、全然出ない。これは、大反則。ご飯も、別注文しなければなりません。てなことで、もう行かないだろうなと思っています。だって、鶴橋駅界隈は、ますます韓国料理のお店が増殖していますし、以前のように、純韓国風のお店を探さなくっても、そのまんまのお店ばっかですもんね。という不満を持ちつつ、地下鉄で、谷九へ移動。
 夜の部は、高津神社での「第64回地盤珍華の会」に行った。珍念と文華のネタ下ろしの会だ。客席は、落語会でよく見かける顔が並んでいる。そういった中に、文華が公演にいった学校の生徒さんや、NHKで講師を務める落語教室の生徒さんが混じってるという。そんななかでのネタ下ろしに、戦々恐々というお二人であった。で、できあがった番組は、鉄瓶「テープレコーダー」、文華「寝床」、(中入り)、珍念「化け物使い」、鶴笑「エコ落語(仮題)」となった。鉄瓶のこのネタ、エピソードはおもしろいんだけど、それだけ。前も感じたことだったのに、治っていません。文華の「寝床」は、そう言えば、やってなかったなぁと、あらためて意外な感じがしてしまいましたが、「八五郎坊主」と並んで、代表作になりそうな予感がします。こういったテンションの高い演じ方をされると、つくづく声量のなさが惜しまれます。だけど、このたたみ掛けるハイテンションは、先代から当代の歌之助に受け継がれてる手法。すっごいです。これを、ネタ下ろしでやっちゃうんだから、文華は、凄腕です。珍念は、久しぶりに、ネタを、変にいじらず、まともに演じてくれました。なんとかしなきゃの意識が高いのか、まずは、正攻法を執るのに、てれがあるのか、この人は、変に崩しまう。そんなことをしなくても、実力があるのになと、いつも思ってる噺家さんなんだけど、そうしてくれなかったのが、昨日は、ネタに入ると、ちゃんとしてくれました。ちょっとてれが入ってましたが。ついでに、マクラから、まともにやってくれたら、言うことなしです。このネタは、演じ手が少ないんだから、余計に、まともにしてほしいのです。鶴笑は、モントリオールでの世界コメディアン大会に出場したときの話をマクラに。主宰の2人に、通の客が多いので、べたな話をしないでと言われたので、この話をしたとか。貴重な話を聴けました。ネタは、西遊記の話を、地球の緑を守る話に転化したもの。鶴笑のパワフルな舞台を見るだけで、気持ちが明るく、軽快になります。
 本日は、まもなくお出掛け。土日を、両方休めるって嬉しいですね。当たり前のことを、嬉しがらねばならない、今日この頃です。

【註】この日の「宮本無三四」は、正しくは「宮本武蔵」の方です。この日の体調を、あとから知る上でも、このミスを、ミスと、ここに記し、そのまま残しておきます。




2008年 5月 17日(土)午前 6時 6分

 週末に入っている。久しぶりに、のんびりとした週末だ。わりかし、遊び回るにもあくせくした感のあった黄紺だが、今週は、ホントにのんびり気分なのだ。おかげで、ぶくぶく、しまりのないこと夥しい。そんななか、昨夜のお出掛け記録を残しておこう。
 昨夜は、繁昌亭の「育っちゃたらくご!」に行ってきたのだ。この会は、ホント、落語会に毎度詰めかける通という方々が、必ず詰めかける会。そして、中途がいなくって、あとは繁昌亭目当てか、たまたま迷い込んだ人たちっていうのが、客席をしめてしまう。だけど、考えてみて下さい、とってもまともな選考結果と思える繁昌亭大賞で、この「できちゃった」組は、最初の2回で、2人ずつ受賞者を出してるんだから、すごいグループなんだけど、客の入りは、もう一つ。青臭いにわか落語ファンは来ない会なのだ。文句を言っても始まらないが、文句を垂れたくなる連中が、今の繁昌亭を支えてるのでしょう。
 で、この日の番組は、三風「えっ3」、三金「野崎詣り」、あやめ「串カツワン!」、遊方「はてなの茶碗」、(中入り)、南湖「はてなの原発」、たま「船弁慶」。黄紺の、この日のお気に入りは、あやめと遊方。あやめの作品は、茶臼山でのネタ下ろしで聴いて以来。最初聴いたときは、三角公園での犬の放牧と言い、第一、犬肉を食べるということだけで、ぎょっとするネタで、引いてしまった感があった。韓国で、ポシンタンを食べたことのある黄紺ですら引いたかたと思うと、相当、客席と演者との落差の大きいネタかと思ってたのですが、2度目ですね、完全にクリア。そのおもしろ発想に酔っちゃいました。遊方は、繁昌亭大賞創作賞をとった直後に、なんと古典の名作をかけた。もっとも、ネタ出しは、受賞とは関係なく、以前からのものなんで、致し方はないが、このミスマッチからして可笑しい。そして、流れ的には正攻法。そこへ、突発的に入るけったいなギャグが、ぶっ飛んでいる。茶巾さんやお公家さんのキャラが軽いと、この辺は遊方風。だけど、思ったのですね、流れや言葉遣いが、基本的に正攻法だから、この可笑しさが出るんだって。遊方版古典、大成功と思いました。三風は、「二人癖」の現代版。けったいな繰り返し癖を思いついたのが、ヒットです。三金は、春団治のところへ稽古に行って覚えたよう。三金が、古典を演じたとき、時々顔を出す現代語が出てこないので、ひょっとしたらと思ってたら、そうでした。お腹が邪魔をして、杭を持って気張るところ、前へかがめないのが、ご愛敬。それも、可笑しさの一つになってました。舟の中と堤との掛け合いが明るく、成功と見ました。南湖は、遊方のネタに合わせてのネタ出しと思われます。ぽたりぽたりと放射能が洩れるという発想だけで、可笑しい。繁昌亭に合わせて、軽くしてあるでしょうが、南湖のアブナイ系のネタは、発想が可笑しい。ただ、発想だけで生きてる感を、このネタでは思いました。適当に膨らませば、遊びができて楽しめるのにと思ってしまったのです。そして、たま。長屋の暑苦しさが、とってもよく出るようになってきました。それに、白い着物が、一服の清涼剤。心憎いチョイスです。そして、たまの噺は、こうやって、聴く度にグレードアップしていくのを跡づけることができるのが、いいですね。構成は、固まってるようですが、どうしても、このネタの本説は、能「船弁慶」だということを、残して欲しいなと思ってしまうのです。何も知らない人にとっては、たま流で十分だと思うのですが、、、、。「猫の忠信」で、最後のバラシがないとダメやろと思うのと同じです。平知盛と弁慶の一騎打ち的場面を出したいがために、このネタは運ばれていくのですから、そこをカットされると、不満が残っていきます。
 昨日の「育っちゃった」は、この会の中でも、グレードの高かったものの一つに数えられるでしょう。一人一人のネタに、いろいろと書きたくなるのも、このグループの会らしいです。「できちゃった」の方は、やっぱ、繁昌亭を去るそうです。それはそれでいいでしょう。玉石混淆の客で試すより、まずは、場所へ足を運ぶ人ではなく、会に足を運ぶ人を前にネタ下ろしをしてみるのも。茶臼山の熱い舞台の再現を期待します。
 せっかくの土曜日、しかも、出勤しなくてもいい土曜日なのに、眠れませんでした。ですから、もう一度寝るために、起き上がった途端、ワインを呑んでいます。ですから、黄紺にとっては、まだ、朝ではなく、夜中なのです。6時を過ぎてるのに、そんな気分でおります。




2008年 5月 16日(金)午前 5時 37分

 週末の差し掛かろうとしている。昨日あたりから、ちょっと仕事が楽になり、体力の回復に役立つかと思いきや、その前に、疲労がドドーっと出てしまい、かなりのぐったり感を感じている。ようやく回復感を味わったときには、またぞろ忙しさにおたおたとしているのでしょうね。どうも、悪循環です。そんななか、昨日の木曜日も、家に直行。今週2回目。昨夜は、鍋をしたら、いくら涼しいと言っても、この季節は、汗をかいちゃいますね。ちょっと反省です。ということで、この3日ほどを振り返っておこう。
 火曜日(5/13)は、職場の同僚にチケットをもらったので、急遽、予定を変更。本来なら、講談の会に行く予定でしたが、シンフォニー・ホールへと変更です。大阪シンフォニカーの定期演奏会があったのだ。チケットを、2枚いただいたので、先日、GWの谷間に、コンサートに、偶然、お誘いいただいた元同僚を、お返しの意味でお誘いしたら、うまく日が合い、一緒に行くことができた。韓国語を、ちょっとかじったことのある方だったので、座席券と交換をしたあと、シンフォニー・ホール近くの、「スンドゥプ」のお店で晩ご飯。おいしいんだけど、あまりのお値段の高さに、びっくりでした。肝心のコンサートですが、プログラムは、「ベートーヴェンと世紀末ウィーンの知られざる交響曲のコンサート」と題されたもの。このテーマは、黄紺的にはそそられるもの。チケットをいただかなくとも、行ってみたくなるものです。で、具体的には、「ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調Op.36、ハンス・ロット:交響曲第1番ホ長調」となった。ベートーヴェンの2番のシンフォニーは、スケールが大きいですね。だからか、あまり生では接触できないんじゃないかな? まず、これがお得なところ。黄紺は、クリュイタンスの名演が耳に残っていますから、あの音の瑞々しさからするとと、先入観を持って聴いてしまいます。ハンス・ロットは、聞いたこともない作曲家。19世紀末の人とだけは判ってはいても、曲想なんかは、聴いて判断するしかありません。聴いた感じでは、やかましかったなぁ、もうちょっと変化をもたしてくれやの感覚です。マーラー風(実際はマーラーの方が後輩)、ブルックナー風という部分があるとの解説文でしたが、どこがの感じで、ただただ、単純な、ちょっといい旋律に、ぶかぶかやらかす金管に、お目々ぱちくりの曲でした。でも、こういった珍しい曲に取り組み意気込みを感じさせる演奏で、指揮の寺岡清高のみならず、オケ自体に好印象を持ちました。この日は、結構な雨の夜。元同僚に付き合ってもらって、梅田まで歩きました。でないと、帰りがきついもので。
 水曜日(5/14)は、天満橋の双馬ビルの6階であった「南華講談 はたちの会 その18」に行った。この会の情報は、ホントに掴みづらく、今回は、ワッハの講談会で配られたパンフだけが頼りでした。この会は、噺家さんや、他の講談師さんを、助演に頼むこともあるのですが、この日は、全くの一人会。しかも、客が、つばなれどころか、20人近く詰めかける盛況。講談の一人会で、これだけ集まれば、とってもすごいのです。その替わり、南華の通う歯医者さんまで、動員されてましたが、聴いてる方としても、これだけ集まると安心して聴けますね。とまあ、ますます、講談を気に入ってる黄紺なのですが、この日の番組は、「野狐三次」より「木っ端売りの三次」、「桜姫全伝曙草紙〜その3〜玉琴の魂魄胎子に還着し、野分の方季春桜姫を誕ず」であった。お目当ては、当然、「桜姫」なのだが、今回が初物。それは、この会の情報が入らないのです、とにかく。知ったときは、だから、びっくりです、こんなのやってる、おい、教えてくれやの感覚です。マクラというか、前説で、南湖のやってるラジオ番組出演話。ついでに、南湖の番組を紹介。一門の仲の良さが判り、ほのぼの系のトーク。そして、古典を一席ということで「野狐三次」へ。エピソードとしては、ま、おもしろいけど、それだけなんかえと言いたくなる物足りなさ。もうちょっと、話を膨らませるなり、他のエピソードを交えて欲しかったな。「野狐三次」という名前くらいは、黄紺も知ってるんだから。それが終わると、江戸時代の生活スタイルの講釈。これは、とってもグー。いいお勉強になりました。ある意味では、講談を聴くファンダメンタル強化ということで、このあとの「桜姫」にも、お役立ち。これ、いい発想です。続けて欲しいな。「桜姫」は、前2回の復習からスタートし、本編へ。1回目が、桜姫と出会うのか、敵対するのか、ま、要するに、どうなるかは分かりませんが、一方の主役となりそうな男の由来記、2回目は、お世継ぎのいない野分の方の嫉妬からくる猟奇的な話、これは聴きたかったぞと思う内容。そして、今回、いよいよ野分が、ようやく授かった子ども、桜姫の物語へ。桜姫を嫁にと願う醜男の追及をかわす、、、後から考えると、それだけで終わったような。初めて聴く者には、復習があったので楽しめたが、皆勤の方は、ちょっと物足りなかったのではと思う内容でした。
 オルハン・パムクが来日してるらしい。講演会も、この関西であるらしいが、黄紺は、ある予定を入れているので行けない。その「ある予定」と、オルハン・パムクを並べるんかいと思われそうだが、もう「ある予定」は決めたことだから、それを最優先なのだ。「ある予定」は、当然、こちらに書き込むことになると思いますが、なんじゃそれと突っ込みが入りそうですが、ま、それもいいかなです。




2008年 5月 13日(火)午前 4時 28分

 職場から家に直行した月曜日の夜、相変わらず、宵の口に酒を呑んでダウン。今夜は、3時5分前に、目が覚めてしまいました。またしても、具合の悪いシナリオ。厳しいこととなっております。ある程度、睡眠時間は確保できていても、この時間から寝てないとなると、これは、ダメです。そんなで、眠れないために、こちらにやってまいりました。
 さて、一昨日の日曜日は、どうもぱっとしない日でした。結構、自分的には睡眠をとれていたのですが、実際、お遊びを開始すると、ぐったり系。そういえば、「光州事件5.18」を観に行ったときも、席に腰掛けると、これ、寝ちゃうかもというしんどさ。これ、バロメーターなんですね。席についたとき、まず、第一感、どう感じるのか、そのときの疲労度のバロメーターなのです。ということで、ぐったり系のなか、ときとしてダウンしながら、落語会のはしごをしてまいりました。
 まず、お昼の部は、「そごう寄席〜三喬・たい平 二人会〜」に行った。もちろん、心斎橋のそごう劇場での会だ。お目当ては、頗る評価の高いたい平を、生で聴くこと、そこへ、三喬との組み合わせとは、なかなか洒落たことを企画してくれました。この日は、TVの収録もあるとかで、2人の演目は、それに合わせて長め。2回分の収録っていう感じがしました。番組は、二条「普請ほめ」、たい平「お見立て」、三喬「仏師屋盗人」、(中入り)、三喬「禁酒関所」、たい平「幾代餅」と、なかなかヘビーというか、豪華というか、立派なラインナップとなった。期待のたい平は、ともに廓噺、この辺が、2本立ての番組収録と判断した根拠だが、東京の噺家さんで、若い。これが、うまく噛み合ったテンポのよさの見本のような口演。殊に、「お見立て」がいいですね。客と花魁の間を行き来する幇間の苦渋が、イン・テンポのなかで、どんどんヒートアップしていく様が、小気味よく表される。そして、場面は、一転して墓場の場面。もう、ここには、花魁は出てこないので、ほっとしたテンポに、墓が判らないというドタバタへ。なかなか聴かせてもらいましたが、「幾代餅」の方は、しんみり系。花魁が出てきて、筋立てが急展開するあたりに、余韻なんてもの欲しいですね、情感とかいうやつです。これは、やっぱ年季っていうやつでしょうか? くさくならないお年頃って、どのへんなんでしょうか? 一方の三喬は、お得意のネタを二つ。なのに、「仏師屋盗人」の後半でダウン。「禁酒関所」は、デフォルメばやりのなか、えらくあっさり系。3回のチャレンジに、もうちょっと変化を見せてくれてもいいのにと思ってしまいました。
 そごう劇場を出て、いそいそと繁昌亭へ。晩ご飯を食べて、列に並ぶと、もう開場6分前。際どいというか、絶好というか、素早い夜の部への突入でした。繁昌亭では、この夜は、「第2回江戸上方の粋な噺〜柳家小里ん・笑福亭生喬 二人会〜」があったのだ。小里ん「二人旅」、まん我「佐々木裁き」、生喬「加賀の千代」、(中入り)、生喬「高津の富」、小里ん「富久」というのが、この日の番組だ。いきなり、小里んの登場。前座噺を、小里んが希望したとかで、このような出番に。噺は、上方の「煮売屋」に似ている。店に入るまでが少し違うが。続いて、まん我。なぜ、自分がここにいると疑問を発しながらの口演。以前、生喬が評価する若手ということで、名を上げたからでしょうね、この出番は。黄紺的には、まん我の「佐々木裁き」は初物。結構、緊張が伝わる口演、だからでしょうか、お奉行さんとしろ吉のやりとりの昂揚感が薄い。同じ調子の繰り返しに終始してしまいました。その辺の掴み方は巧みなまん我のことですから、やはり緊張が災いしたのでしょうね。生喬の一つ目は、先日、自分の会でネタ下ろしをしたばかりの「加賀の千代」。これには、びっくりでした。仕上がりに満足していたのでしょう。会場が、そのときに比べて広いからでしょうか、そして、生喬にも感じた緊張感というのが災いしたのでしょうか、後の「高津の富」同様、やたら、だみ声の聞き苦しさばかりが印象に残ってしまいました。声質に、そういった部分を、常に持ってる人なのだが、普段は、さほど気にならないのだが、この日は、残った印象は、こればかり。特に、「高津の富」の方が、昂揚する場面が多いものですから、気になりましたね。そんな風に感じたからでしょうか、そろそろその辺が限界だったのでしょうか、「高津の富」は、半寝の状態。勿体ない話。更に、この日のお目当ての「富久」も、話が、途中で飛んでしまってました。久蔵が、火事見舞いに行き、酒を呑みつつ、自分の家の方角から半鐘の音を聞いてるところから、久蔵が焼き出されて、当たりの富を探してるところまで、飛んでしまってるのです。噺が、大きく展開する肝心要の部分です。まいりました、もう。勿体ない、勿体ない。
 夏のトルコ、リーグ戦が遅く開幕するものですから、観戦することができません。開幕1週間前には、ガラタサライとカイセリ・スポルとのスーパーカップがありますが、これも、無理っぽい。となると、ヨーロッパのカップ戦に望みをかけないとダメです。こちらの予定を作るためには、早く、試合日程を決めて欲しいんだけど、これから、欧州選手権ですから、ままなりません。できれば、今年は、シリアかブルガリアに、足を伸ばしたいのです、こういったときに。そのためには、少しでも早く、サッカーの具合を把握したいと考えているのです。




2008年 5月 11日(日)午前 11時 7分

 昨日、土曜日は、午前中出勤、おまけに、結構忙しくって、かなり疲れていたのでしょうが、遊ばなくっちゃの気持ちで、いそいそとワッハに出かけました。「上方亭ライブ」に行き、そのあと、ライブラリーで、音声資料や映像資料を観ようと考えたのです。でも、ワッハ4階の座席に座ると、なんせ背もたれがないものですから、一挙に疲れを感じてしまいました。そういった中での番組は、ひろば「天災」、よね吉「ちりとてちん」だった。ひろばは、いろいろとネタの幅を広げています。このネタは、言うまでもなくざこば組定番のネタ。ひろばの場合、テンションの振れる幅が狭いのかな、でも、様々なネタを、繰り返しかける中で味が出てくるのでしょう。げんこで、ぼんとどつく部分も、そういった中で、可笑しさが広がっていくことでしょう。よね吉は、2人で1時間という持ち時間を、頑張って満たしてくれました。マクラの試運転も兼ねていたようですが、全部で、40分くらいの高座になったものですから、汗だくになっていました。狭い演芸場に、いっぱい詰まった客が、何度も大きくどよめく定番のネタを演じてくれました。この演芸が終わると、ライブラリーに。三枝「背なで老いてる唐獅子牡丹」、吉朝「狐芝居」を観たあと、毎日放送で昭和64年1月1日に放映された「米朝一門顔見世大興行」を観た。時間の関係で、全部観れなかったが、観た内容は、義太夫「万歳」(枝雀・雀三郎・吉朝・米二、三味線:雀司・鶴澤ェ輔・鶴澤ェ也)、ざこば「ニューヨーク珍道中」、大喜利(司会:べかこ、組:小米・雀三郎・米二・雀々、組:歌之助・千朝・雀松・都丸、アシスタント 米左)までだった。今回は、映像資料ばかりを観てきたが、大ヒットは、吉朝の「狐芝居」を見つけたこと。これは、咲くやこの花賞受賞記念として放映された毎日放送の映像。吉朝、35歳の口演だ。口演の前に、米朝と枝雀と揃って、吉朝と小佐田センセが簡単な座談会をしています。その中の話、また、吉朝の舞台のセットを見ると、米朝のDVD収録の特別版として収録されたものと思われます。ワッハ収蔵の資料を、丁寧に見ていくと、もっと、こういったお宝映像が出てくるかもしれません。
 三ッ寺さん前のお気に入りのラーメン屋さんで晩ご飯を摂り、心斎橋シネマートへ。最近、ご無沙汰の韓国映画を観に行った。「光州事件5.18」を観に行ったのだ。1980年の光州事件を、正面から取り上げた韓国映画ということで、話題の映画だ。だが、観てるのがつらい映画でした。ちょうど、「ルアンダの涙」を観てる感じでした。要するに、悲惨な結末がわかってるものを観る辛さです。でも、それは、観る前からわかっていたこと。どのような筋立てにしようが、事実を基に作ってる以上、大枠の歴史的事実は変えることはできませんから、どうしても、そうなってしまうのです。そして、この映画は、韓国映画のくささも感じてしまった映画でもあったのです。朝日新聞で、徐勝さんが書いてたことが、痛いほど解りました。家族の絆、恋人との別れ、そういったことが絡んでる筋立てだから、なんか、嘘っぽいのです。演技とか、筋立ての設定、イ・ジュンギの高校生は、もう無理やろとか、そんなところで、そう感じたのでしょうね。だから、いらつく映画と言えば、いいですかな? いっそなことなら、ドキュメンタリー・タッチで、映画らしい作為性を割愛したものを創ったらいいのにと思ったと言えば、いいたいこと解ってもらえるでしょうか? 観客動員が、韓国で多かったというのは、やっぱ、映画としてもおもしろさよりか、黄紺同様、扱ってる素材に関心があったからでしょうね。そうそう、光州道庁前のシーンも、あれだけ多くのエキストラを動員しながら、あすこだけの出来事という風に感じてしまう映画だったと書けば、比喩として、一番解ってもらえるかと思うのですが、、、。その昔、「ペパーミント・キャンディ」という映画で、光州事件が、主人公のトラウマの基として使われていただけで、びっくりしたものです。そんなだから、どのような映画だったかを知っておくだけで、いいとしなければならないのだとは思っています。
 ということで、もう、日曜日のお昼前です。07-08シーズンで、ガラタサライが優勝してしまった翌朝です。フェネルバフチェは、ヨーロッパでの戦いを重視し、セミ・レギュラーで戦った試合があったなと、敗因を感じています。ぼちぼち、本日の行動を開始します。




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