ウードゥル写真館





 ウードゥルと聞いて、どこにあるかお解りだろうか? 黄紺は、この町の存在を、とっても印象に残る形で刻印されたのは、カルスからドウベヤジットに行くとき、ダイレクトのバスはなく、この町で乗り換えざるを得ず、カルスからウードゥル行きのバスに乗り込んだときだった。そのバスに、アゼリと言われるアゼルバイジャン人が、結構な数、乗り込んでいたのだ。なぜ、アゼリと判るかというと、身なりだ。トルコ人の女性とは思えない身なり、マダムと呼ばれる女性たち、こうきたら、これは、旧ソ連系女性ですわね、だけど、彼女らの話す言葉は、トルコ語風、こうなると、アゼリしか考えられません。かつて、アルダハンに初めて入ったときのような、強烈な印象をまき散らすわけではなかったけれど、黄紺でも判るトルコ女性ではない雰囲気を覚えています。地図を広げてみればお判りかと思いますが、アゼルバイジャンは、飛び地を持っています。本体とこの飛び地の間には、アルメニアがあり、両国の係争の地となってるところで、つとに知られた場所でもあるのですが、その飛び地に入れるボーダーが、このウードゥルなのです。ま、そんなで、アゼリが多いというのは、すぐに納得。これは、既に、当時のトルコ友だちの間でも知られた話題であったからなのです。
 黄紺は、そのとき、ドウベヤジットに行くために、このウードゥルに立ち寄った。カルスからのバスは、いきなり街中に停まる。ドウベヤジットに行きたいので、バス会社の人に尋ねると、すぐ近くだと言うが、それだけでは分かるわけがないので、一緒に行ってくれと言うと、少年が案内してくれた町、そういった会話をしている黄紺を見て、不安だったのか、ドウベヤジットに行きたい欧米系の人たちが尋ねてくる。このパターン、結構、あるんだよね。トルコ語を使って聞いていると、なんて言ってんだって英語を使って尋ねてくる欧米人ていうパターン。このときもそうで、ドウベヤジット行きのドルムシュ乗り場まで、ぞろぞろと引き連れて移動した町、それが、ウードゥルなのです。
 ですから、ただ、通り過ぎた町という印象でしかなかった町、そのときに垣間見た、なんか、殺風景そうな辺境の町、一度、歩きたいなの気持ちを、ずっと温めてきました。それを実現したのが、2007年の夏のことでした。黄紺は、ドウベヤジットが、鉄道の盲腸線のような印象を持っていたのですが、そうではないのですね。ドウベヤジットへの通過点という印象の町でした。ワンに移動しようとすると、結局、ドウベヤジットで乗り換えなきゃならないのですから。もちろん、大都市へ行くバスは出てるのですが、ドウベヤジットの方が基点だと言えばいいと思います。町自体は、街道沿いにちょこっとできた町っていう感じで、入口は、雑然としてるのですが、僅かな中心街へ行くと、いつに変わらぬトルコの地方都市でした。むしろ、辺境の町としてのなにやしらの変化を期待していた身には、肩すかしをもらったようで、そのような意味でも、北のカルス、南のドウベヤジットへの通過点という位置なのかもしれません。


  街の風景

そんなに何かがあるという特徴がないというのが特徴かもしれません。幹線道路から街の入口があり、それを辿っていくと、まもなく中心街へ。そこは、辺境の地という雰囲気は微塵も感じさせないものがありました





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