カラマン写真館





 カラマンという町、黄紺にとっては、とっても中途半端と言っちゃなんだが、かすっては入れず、行こうかと思うと、バスの便がうまくいかずで、2006年夏まで入ることのできなかった町だ。前者の例としては、コンヤに入っては、アンカラ方向に逸れたり、ニーデに入ると、アダナ方向に逸れたりという具合だし、後者の例としては、カイセリから向かおうとして、バスを手配しようとすると、カラマンへはニーデで乗り換えてもらわないとと言われ、それが邪魔くさくなって諦めたりという具合だ。これは、ま、言い換えれば、一方向から入るのではなく、幾つかのポイントを結ぶ要所に位置するという、この町の特徴を表しているということでもあるような気がするのだが、実際に、カラマンに入ったのは、上記のいずれの方向からでもなかった。地中海沿いのシリフケからコンヤ方向、果てはアンカラ方向へと向かうバスに乗って入ったのだった。これが、また正解で、この道がすごい。上るわ上るわで、ほぼ海抜0mから、一挙に、1000m上っていく道なのだ。地図を見れば簡単に分かることだが、えてしてこういうもの、あとから地図で確認して、そう、カラマンの標高を確認してしてみて、なるほどと唸ってしまうものだ。特に、一気に上るという感じで、シリフケを出た当たりからの勾配がきつい。こればかりは、より丁寧に、地図を読まねば解らないから、実地の体験が、完全に先立つ。
 カラマンに到着する。近年、多くの町で、そうであるように、カラマンも、オトガルが郊外にある。だが、恐らく、郊外に移したときに整備をしたのであろう、中心部へと行くドルムシュ乗り場が、オトガル前に設置されている。前を通るドルムシュを、適当に拾えというトルコらしさがない、「変に」行き届いているところが、目新しい。黄紺は、実は、最初、カラマンは時間調整、即ち、イスタンブルへの夜行バスに乗るための時間調整にだけ、この町に入るつもりだった。ところが、シリフケのバスの中での新聞サービスで、イスタンブルに急いで戻る必要がなくなったことを知ったものだから、この町に宿をとった。要するに、フェネルバフチェの試合をカドゥキョイで観れないというニュースを、新聞で読んだからだった。ならば、ゆっくりカラマン見物でもとなったわけだ。
 ただ、町は落ち着いた風情ながらも、特段、この町でなければというものはなかった。ただ、近郊には、ビンビル・キリセなど、歴史的遺産もあり、時間をかけて、ここに留まるつもりならば、それはそれで楽しめただろうが、黄紺の場合は、上に書いたような都合で、はなから時間をかける余裕がなかった関係上、町を一巡りをするくらいだった。メーンストリートは、右上のジャーミーのある交差点に直角に交わる2つの通りと言って差し支えなかろう。その内、ドルムシュが客待ちで溜まってる方向へ行く通りが、より人の多さがあるし、実際、チャルシュも、そのたまり場の背後に広がっている。標高が高いこともあり、夏の猛暑からは解放され、その過ごしやすさと、町の長閑さが印象的なところだった。


街、チャルシュ、そして、見かけた気になる看板



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