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【番外編ヨーロッパの中のトルコ】Dハノーファー・シュタイントーレを廻る

〈写真集〉

銀行(1)銀行(2)銀行(3)食材店(1)食材店(2)食材店(3)輸出入業者ロカンタ(1)ロカンタ(2)ロカンタ(3)ロカンタ(4)ロカンタ(5)

「ドイツのトルコ人探訪」を掲げての旅を考えたとき、黄紺の頭の中には、同時に、「ドイツ中世都市探訪」という図も、一緒に浮かび上ってきた。せっかくドイツへ行くのなら、目的を、2つ3つと定めて、1度の旅で、幾つもの美味しさを味わおうととしてしまう。「ドイツ最大のトルコ人街クロイツベルク」は外せないとして、旧西ドイツを回らないと、最大の目的からは外れてしまうので、ベルリンは外さず、尚かつ、その近くの旧西ドイツの大都市で、近郊、ないしは、ベルリンとの間に中世都市が豊富にあるとなれば、自ずとターゲットは明らかとなってくる。ハノーファーである。2004年夏、黄紺は、こまめにベルリンとベルリン間を廻ることにした。で、選んだハノーファーは、当然の如く、大都市ならではの「トルコ人街」があるはずだと想定をして、それが奈辺にあるのかを探し回った。その地区を特定して探すのは容易いことだが、その地区を特定するのは、黄紺の場合、時間が不足していたということもあったが、残念なことに、ハノーファーに入るまでには用意ができなかったのであった。要するに、黄紺の場合、ハノーファー入りをするまでは、「ハノーファーのトルコ人街」に関しては、全くの情報なしに入ったことになる。
 ハーメルンのトルコ人街に、結構驚き、そして満足しながら、ハーメルンから国電で、40分ほどの大都会ハノーファーに入った。ハーメルンとは違い、大都会である。ホテルを見つけにくいと、ここ数日の経験で、そう思った黄紺は、あるホテルをターゲットに歩き出した。ハノーファー中央駅正面を背に、右前に向かって歩き出したと思っていただければよい。駅正面にある古風で、ちょっと高そうなホテルの脇を入っていった。5分と少し歩くと、地下鉄(Uバーン)の通る大通りに出る。どうやら、そこからの行き先を、方向音痴的傾向のある黄紺は間違ってしまい、件のホテルが見つからない。そのとき、偶然、目に止まったのがトルコ風ファースト・フードのお店。これが、全ての始まりだった。捜していたホテルは、そのお店発見をきっかけにして見つけることができたのだが、気になるのは、当のファースト・フード店。黄紺の頭の中に、ひょっとしての文字が浮かんでいる。街歩きに情報がないときは、自分の気が済むように、こういったひょっとしてに賭けるのである。ホテルに荷物を置くと、早速、その「ファースト・フード」の店のある場所に戻ってみる。向かいにネットカフェ発見はいいとして、シュタイントーレという地下鉄駅よりに、トルコ食材を扱っている店(写真集↑「食材店(1)」)が1軒。黄紺の期待は高まるのだが、同時にこの辺りには、セックス・ショップが立ち並んでいる。黄紺の頭の中では、とってもステレオ・タイプ的に、「トルコ人街」の期待が、ますます高まっいったのであった。「トルコ人街」と「セックス・ショップ」、このコンビネーション、ありそうじゃないですか! Uバーンの「シュタイントーレ」駅より中央駅方向は、ホテル探しのおかげで分かっているので、敢えて逆方向に歩く。シュタイントーレ駅の、もう1つの出口方向に歩くことになる。すると、どうだ。そこは、すっかりトルコさ。
 ロカンタで、大きな看板を上げてくれているところは、遠目でも分かるが、もちろん、その「看板」の中には、店先に据え付けられているドネルも含めてと考えていただければいいが、そうじゃないものもあるので、間違いなく遠目からも分かるもの、それが、トルコ食材を扱うマーケットである。これらは、間違いなく店先に、段ボールを並べ、その中に果物を入れて、おおっぴらに売っているのである。こんな店、ドイツには見当たらない。これは、目に付くので、確かに遠くからでも分かる。それを補ってくれるのが、クミンの香りである。これが駄目押し的に、トルコを教えてくれる。シュタイントーレの場合、これは、最初のファーストフードの店から、地下鉄駅入り口までが、そういった感じかな? そこで、その先が拡散してしまうものだから、ぴんと来ない。むしろ、目の前には、セックス・ショップの方が目に付くが。その広がった場所の先に、「ん?」、ロカンタらしき店が、あっちにも、こっちにも、更に広場の向こうの大通り沿いに、これこそ遠めで見分けの付く食材屋が。「ん?」が、もう1つ。これは、かなり広いぞ。何かに引き付けられるように、そのトルコを感じる方向へと誘われる。シュタイントーレの駅からゲーテ通りに向けて歩いていくと、なかなかそのトルコの風景が止まらない。更に、地下鉄駅を背に、右へ入る通りを行くと、あっと思わず立ちすくむ。目の前に、「ズィラート・バンカス」(写真集↑「銀行(1)」)が出現。大手銀行の支店までがある。銀行は、写真集にも用意をしたが、アク・バンク(写真集↑「銀行(2)」)、パムック・バンカ(写真集↑「銀行(3)」)と、大手の銀行が、ほぼ同地域に集まっている。また、ロカンタや食材屋さんという店だけではなく、輸出入業者のオフィス兼倉庫のような建物も建っている。
 シュタイントーレの1軒のロカンタに入る。当然、トルコ語で、メニューを確かめるなりしていると、ちょっとした雑談になる。「トルコのどこの出身?」「ウルファだよ」「俺、行ったことあるよ」「俺ら、クルド人さ」「イブラヒム・タトゥルセスも、ウルファの人間で、クルド人だったよね?」、うんうんとうなずくロカンタの親父。「ん? ウルファ?」、そう言えば、このちょっと先にあったロカンタ、というかレストランと言った方が適切な作りだが、これが、「オズ・ウルファ」(写真集↑「ロカンタ(1)」)の看板を掲げている。「ん?」が、もう1つ、2つと続く。先ほどの輸出入業者(写真集↑「輸出入業者」)、看板に「ムシュ」を掲げていた。隣の食材屋さん(写真集↑「食材店(3)」)は、その関連のお店なのか、これまた、「ムシュ」を掲げている。で、ムシュは、ご存知ですかな? ビンギョルからタットワン方向へ、タットワンとの中間と言えばいいかもしれない、ということは、クルド人の町。「クルド」を連想させるものばかり。「ん?」、このシュタイントーレという地区は、トルコ人街なのか、クルド人街なのか、はたまた、両者混在の街なのか? 自分的謎が、一挙に深まった思いである。
 シュタイントーレ、それは、黄紺の「ドイツのなかのトルコ」のイメージそのままの街であった。「トルコ」を指し示すロカンタや食材屋が並び、そこへ行けば、トルコ語が日常会話として、ごく自然に飛び交い、街の臭いもまたトルコを示してくれる。実際に行ってみて、一番に驚いたのは、大手の銀行の存在だ。確かに、そこに普通の生活が存在すればするほど、その存在が、ごく自然なものだけに、この地区の日常性を引き立たせてくれたのであった。ただ、巷間言われることだが、ヨーロッパには、クルド人のコミュニティーが存在すること、「ドイツのなかのトルコ」として語られる場合、経済的格差のある南東部からの移住者が相当数占めるのではないか、そういう言説を多少なりとも想起させる地区ではないかと考えられる、それが、シュタイントーレであると断定するほどの資料があるわけではないのだが、黄紺の目に触れたことだけで言うならば、その可能性は考えられると言うことができると思っている。




【番外編ヨーロッパの中のトルコ】E7/8トルコ食(ドイツ)

@7月30日ベルリンドネム・ブロト(ドネル・サンド)
A7月31日ベルリンターゼ・ファスルエ
B8月1日ブラウンシュヴァイクウスパナクル・ピデ(ほうれん草のピデ)
C8月2日ブラウンシュヴァイクバーミヤ(おくらの煮込み)
D8月3日ヒルデスハイム
E8月4日ハーメルンドネル・ケバブ(ピラフ上載せ)
F8月5日ハノーファータス・ケバブ(肉と野菜の煮込み)
G8月6日ハノーファーエトゥリ・マンタル(肉入りマッシュルームの煮込み)
 2004年夏、前より企画の「ドイツのトルコ人探訪」の旅を企画した。黄紺が投宿したホテルは、全て朝食付き、且つ、黄紺は、旅行中は、1日2食制人間のため、食事を摂る機会は、在独期間宿泊数と一致する。それが、「7/8」の「8」の意味である。自分的にテーマを定めた旅だったため、食事は、極力トルコ食を摂るように努めた。トルコ風ロカンタがあれば、必ず、そこで食事を摂る。ついでに、経営者のトルコ人なり、クルド人と世間話をしてくる、そんなルールを作って歩いてきた。その結果が、「7/8」だった。左表で分かっていただけるかと思うが、ヒルデスハイムだけがドイツ食だ。ここは、ドネル屋が駅前通にあったが、これは避けた。こればかりは、特徴を探るまでもないと考え、また、既に、クロイツベルクで、ドイツ風、いや特段変わるわけではないドネル・サンドを食べてしまっていた関係で、カットした。すると、それ以外では、ヒルデスハイムでは見つけることができなかったのだ。
 さて、そのトルコ食を食べてみての「特徴」らしきものをメモっておこうと思う。その「特徴」は、そのロカンタ特有のものかもしれない。滞在日数に限りがあるものだから、同じものを複数回食べるということができてないからである。が、それを差し置いても、トルコにはない、ドイツのトルコ食の「特徴」らしきものは、若干、浮かび上がってくるのである。まず、ベルリンでの「ターゼ・ファスルエ」である。黄紺が付けている軽いメモ程度の旅日記には、「エトゥリ・ポタテスリ」と記されてある。単にファスルエ(さやいんげん)だけではなく、肉入りにジャガイモ入りの「ターゼ・ファスルエ」なのである。まあ、量的なものもあるが、黄紺の頭の中には、食事として「ターゼ・ファスルエ」を食べるときというのは、ちょっと軽めにしておこうという考えと重なっているものだが、ここの「ターゼ・ファスルエ」、お皿に出てきた量が、とびきり多いわけではなかったが、「ターゼ・ファスルエ」を注文した者としては、重量感を感じてしまったのだ。この「重量感」という言葉、1つのキーワードだと思っている。
 その「重量感」という言葉から言うと、唯一の例外が、ブラウンシュヴァイクのウスパナックルのピデだ。屋内で食べたり、夏のことだから、店前にテーブルを広げてのという店のスタイルだったが、それは小ぶりで、お持ち帰りの客と半々という感じで、簡易食堂の雰囲気が、「重量感」という言葉とは疎遠なピデが出てまいりました。おまけに、既に焼き上がったものを暖めてのもの。ウスパナックの上に、種類は分からないんだけど、細かい白っぽいチーズが乗せてありました。但し、チーズを乗せたまま暖めたものでした。そんな感じなので、ペイニールのピデとは、全然違った雰囲気、お味でした。自分的には経験のないチーズの使い方。ドイツは、やたらとイタ飯屋さんが多いからかとも思ってみたのだけれど、じゃ、何からと考えると、分からないので、この詮索は止めておきます。
 ブラウンシュヴァイクのもう1食が、なんとバーミヤ。このロカンタは、テイクアウトのお客も立ち寄り、また店がそんなに広いわけではないのだけれど、「メニューあります?」って聞いてみると、メニューが出てきーの、そして、そのラインナップを見て、種類の豊富さに、びっくり。その中から選んだ、本日の逸品が、まさかまさかのバーミヤ。ビールを注文して、心待ちにしてバーミヤを待つと、キレミト系の料理に使う器に入って出てきた。なかにオクラが、トマト・ソースに包まれて詰まってるが、それだけじゃーなかった。小粒の、日本では見ることのできない小粒のオクラと、そんなに大きさで変わらないものが、トマト・ソースにまみれている。食べてみると、フストゥック(ヘーゼルナッツ)だった。オクラと数では同じくらい入ってました。トマト・ソースのお味は、ピリ辛系で、トルコでバーミヤ食べたときは、こんな味ではなかったなぁ。このお店、メニューが豊富だったので、もう少し通いたいものだが、そうともいかず、ちょっと店主とお話。「食材は、トルコから買ってるんだ。あなたの飲んだチャイも、そうだよ」とのことでした。
 ハーメルンは、鉄道の駅から旧市街へ行く間に、トルコ人街と呼べるものがある。食材屋があり、ロカンタがありと、表通りにきっちりと並んでいる。黄紺が、この夏歩いたドイツの都市のなかでは、人口比率が、最も多いのは、このハーメルンではないだろうか。このトルコ人街のみならず、旧市街のなかも、カパルの若い女性が、ベビーバギーを押しながら、例の「ネズミ取り男」のお芝居を再現するマルクト広場を歩くという、実にミスマッチの風景を、ごく普通に見ることができるところである。そのマルクト広場から、ほんの10mほど離れたところに、「ボドルム」の看板を道端に出しているドネルジがある。ドネル・サンド屋さんと言ってしまえば、そういう店なんだけど、ここで、ピラフの上に、ドネルをのせてもらえるかというと、いいよというので、食べに入った。ところが出てくるものを見て、唖然、で、納得。というのも、量が、半端じゃない。悠に3人前はあろうかという量。ピラフもドネルもというか、ドネルの量が、すごすぎるのである。もう見ただけで、お腹いっぱい、ましてや持ってこられたパンなどは、即座に拒否。とんでもない量だけど、ドイツ料理の出方が、全くこれだから、納得してしまうのである。お肉も、ボリュームたっぷりなら、横についてくる、これぞドイツというポテトも、溢れかえってるというドイツ料理店の普通の風景そんまんまである。これは、平均して、ドイツのトルコ料理店で食べたものに言えること。トルコ料理はトルコ料理でも、量は、完全にドイツ風。それはそうなんだけど、このボドルムという店は、特にすごかった。黄紺は、半分食べれたろうか? それほどの量である。トルコじゃ、何人前なんて聞いてくれるのに、ドイツじゃ、1人前の量の多さに、もうたじたじ、、、。お味は、ここも、ちょっとピリ辛系。アダナ程度の辛さと考えていただければ、いいかと思います。
 この傾向は、次のタス・ケバブにも当てはまる。量が多く、ピリ辛系という傾向である。ただ、このタス・ケバブは、全部食べることはできたが。量の多さは、最後のマンタル(マッシュルーム)の煮込みもそうだった。但し、ここのお味は、ピリ辛系というほど目立った辛さはなかったが、その傾向はあった。ただ、黄紺の今までの経験で、マンタルの煮込みって、あまり出会わない料理の1つである。ゼロではないが、ロカンタでは、見かける頻度は、バーミヤよりか、少ない。それが、ドイツで食べられる。これは、嬉々として食べるのに十分な素材だった。ただ、数少ないマンタル料理経験で言うと、このハノーファーで食べたほど、肉が多かった記憶はない。だから、敢えてエトゥリ・マンタルとした次第だ。ロカンタの人は、単に、「マンタル」とだけしか言っておりませんでしたが。そうそう、ここのロカンタで、トルコ人だと思うんだけど、ひょっとしたらアルバイトのドイツ人かもしれませんが、トルコ語で話しかけると、きょとんとされたということがありました。でも、そのあと、「トルコ語分かる人、いる」って尋ねると、きょとんとしたお兄さん、トルコ語分かる人連れてきたので、ちょっとは分かるみたいでした。となると、やっぱ、トルコ人ですね。トルコ語が分からない世代が出てきてるって、ほんとなんですね。
 ドイツから、うちのBBSに書き込んだときに書いた話ですが、やっぱ、専門家の方のフィールドワークとして、ドイツに住むトルコ人の生活の変化っていうテーマ、やって欲しいですね。僅か7/8食でも、ちょっとした傾向が出てきています。「重量感」が、1つのキーワードだと、既に書きましたが、スーパー・ヘビー級から、ライト・ヘビー級までの違いこそあれ、トルコのトルコ食と比べると、ヘビー級という表現で十分でしょう。2つ目が、お味。「ピリ辛」系というか、エスニック度を目立たせるって感じかな? そして、使われる食材の豊富さと言えばいいのか、ちょっと違う料理に至ろうとしてると言っていいのか、微妙な変質が見られてきているのです。これらを、更に、もっと豊かな変化を辿ることができれば、きっとおもしろいレポートが出きると思うんですけど、、、。また、機会があれば、ドイツのトルコ人を訪ねる旅を、そして、トルコ食食べ歩きをしてみたいんだけど、ちょっとはドイツ料理も食べたかったというのも、せっかくドイツに行ったんだからとも思ってる黄紺なのです。Dへ戻る







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