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【番外編ヨーロッパの中のトルコ】Hほんの微かなトルコ(イタリア)

写真集

 黄紺は、2005年の暮れから新年にかけて、約10年ぶりに、イタリアを歩いてみた。これが、イタリアは3度目である。最初は、せめて、有名どころは知らないとと思い、ローマ、アシジ、フィレンツェ、ミラノと駆け抜け、アシジでクリスマスをおくり、深い感動に包まれ、以後、クリスマス当日に休暇が取れるようだったら、「クリスマスはヨーロッパに限る」と思わせられたきっかけとなったのである。2度目は、トルコに行くために取れた飛行機がアリタリア航空ということで、同じなら、ちょっとローマで遊んでいこうとして、アナーニへ行って悲惨な体験をするのである。自分的に、「アナーニ事件」と呼んでいるが、12月26日が祝日で、祝日では、極端に交通機関がストップしてしまうという経験をさせられてしまったのだ。ま、その辺で覚えたイタリア、今回は、ラベンナを目指してイタリアを歩いたわけなんだけど、そのなかで、いつも求めるように、トルコの臭い、それも求めて歩いてみました。ところが、イタリアの場合は、手強い。ホント、手強い。そんななかで、辛うじて見つけたほのかなトルコ、そのレポートである。
 黄紺は、今回、ローマに、夜、着き、その次の朝には、早速、ペルージアに向かい、そこから、アレッツォ、フェッラーラ、ラベンナと回っていくのだが、もう、ラベンナまで来るまでに、異変に気付いていた。簡易軽食であるドネルジが、ペルージアの特異な地域を除いて見かけないのである。ドイツでは当然、フランスでは、手頃な軽食として愛用されているドネルジが、目に入らないのである。その後訪れた、フォッルリという小さな町で、ようやくドネルジ発見、でも、やっぱ、ペルージアのときと同じ注釈付き。更に、その後入ったボローニヤでは、また、異なった驚きが待っていた。その後、ローマに戻って、ようやく落ち着き先を見出した感じになったけれど、でも、国際都市ローマじゃ、なんでもありだから、これを指して、イタリアはとは言い難いことは、簡単に納得。
 ですから、数は僅かだが、ドネルジの存在は確認できたのだが、それが、即、トルコにつながらないことが、手強いのだ。そのつながりの悪さに、ペルージア型とボローニヤ型とがある。まず、ペルージアだが、ここでは、旧市街の外れにある外国人大学界隈に位置するところで見つけた。「写真集」の上段左から2つ目に、メニューの拡大があるので見ていただきたい。そこには、ファラフェルとか、コフタと出ている。コフタは、キョフテのアラブ版だ。実際には、メニューの拡大を載せている店、上段左端の店に入ったのだが、そこの店主に聞いてみた。あなたはどこの人って、すると、エジプト人だった。エジプトだったら、ファラフェルやコフタは、納得がいく。だけど、「エジプトじゃ、ドネルじゃなくって、シャワルマじゃないの?」「そう、シャワルマだ」と答えはするんだけど、店の表には、ドネルと出ているし、しかも綴りも、ちゃんとトルコ語表記なんである。店の中の表記も、全て、ドネル。同じ通りにある、もう1軒の同様の店(上段右から2つ目)にも、表に出ているメニュー、しかも表記まで、アラブを指しているが、ドネルなのである。これは、フォッルリでも、同様だった。次ぎに、ボローニャ型だが、こちらは、アラブではなく、インドだ。ボローニャ私立歌劇場の側の小径を行くと、このインド型ドネルジが、3軒続く。近くに、国際電話所兼ネット・カフェがあったので、外国人が、よく出没するところらしい。なかには、タ−ジマハールという名前の店まであったので、中に入る。すると、TVモニターには、インド映画が流れている。画面を見ると、見たことのある女優さん。「この人、マニシャ・コイララでしょ?」と尋ねると、そうだと言う。ま、マニシャ・コイララは、ネパール人だけど、インド映画のスーパースターであることは変わりはない。メニューにも、カレー味の煮込みまであって、とっても気に入ってしまったお店なんだけど、ここでも、看板は、ドネルであり、トルコ語表記なのだ。実は、これが、イタリアで体験した、ほのかな、ささやかなトルコなのである。「ドネル」はトルコの枠を越え、アラブもインドも制覇し闊歩しているのだ。でも、そこには、トルコの実態がなかった。
 そういった思いで、ローマに戻ってきた。黄紺は、ローマでは、テルミニ駅の向かって右側に投宿する。その辺りも、10年前とは、かなり変わっている。ここんところに、前には泊まったホテルがあったのに、全然、風景が変わっていたり、、、逆に増えているのが、国際電話所兼ネットカフェ。それと合わせたかのように、これは、各所で学習済みだったが、ローマに入ると、その密度が濃くなっていく。さす が、ローマだが、それらは、ほのかなトルコであるのは、イタリア各所と同様であった。そのなかで、1軒、ちょっと違う店を見つけた。下段の左2つが、その写真だ。まず、外目からも広い。ちらりと目に入るメニューが、豊富なように見えるのだ。テルミニ駅のすぐ脇。店

写真集


ペルージア

ペルージア

ペルージア

ボローニヤ



ローマ

ローマ

ローマ

ローマ
の名前は、「イスタンブル」。これは入らないわけにはいかないと入ってみると、確かに、単なるドネルジではない。メニューには、キョフテの煮込みやチョルバ、セブゼ・ケバブまである。黄紺は、ドネル・サンドではなく、ライス添えのオーソドックスなドネル・ケバブにする。すると、目の前で、野菜やピラフを盛ってくれる。野菜も数種あるので、お店のお兄さんは、指先で、どれが欲しいのって尋ねてくる。思わず、黄紺が、「ヘプシ(全部)」と言うと、お兄さんも、思わず「ヘプシ」と復唱した。そこで、黄紺が、トルコ語で、「あんた、トルコ人?」、お兄さんは、それに対して、無言でうなずく。ようやく見つけました。トルコ人によるトルコ食のお店。完璧に、そうだと言えるお店。だけど、こちらが話しかけるトルコ語には、応答するのではなく、うなずいたり、首を横に振ったりという具合で、乗ってくれない。帰りに、件のお兄さんに、「イイ・アクシャムラル」と、声を掛けると、「チャオ」と返ってきました。トルコを売り物にしていながら、この応答には、正直、戸惑いました。まずいことしたのかなぁ、それとも、この顔からトルコ語が出てきたので、固まっちゃったのかなぁ。よく解りません。でも、ほのかなトルコの中に、ようやく見出した確固たるトルコであったことは、間違いありませんでした。ただ、このお店、ピラフが冷えていたのには、ちょっと不満が残ってはいますが、ね。



【番外編ヨーロッパの中のトルコ】Iトルコ企業、海外進出(ドイツ・スイス)

(写真集)
フライブルク(1)フライブルク(2)フライブルク(3)フライブルク(4)フライブルク(5)フライブルク(6)フライブルク(7)フライブルク(8)ラインフェルデンバーゼル(1)バーゼル(2)バーゼル(3)バーゼル(4)

 2006年夏、トルコに入る前に、フランス・ドイツ・スイス国境周辺を出たり入ったりした。ストラスブールに入り、ドイツのフライブルク、そこから、フランスのコルマールへ、今度は、スイスのバーゼルへという具合だ。細かく言うと、フランス→ドイツ→フランス→スイス→ドイツ→スイス→フランスという出入りで、最後は、フランスにあるバーゼル空港からイスタンブルに飛び立ったのだった。そぅいったなかで、思いがけない出逢い、全く、その場に立つまで知らなかった出逢いが、黄紺を待ち受けていたのだった。
 それは、まず、フライブルクでの出来事だった。駅前から伸びる道に沿ってのみ移動していた黄紺が、この町の売りのカテドラル辺りから、その真ん中の通りから直角方向に歩いていると、あれ? どこかで見かけたロゴが、目に飛び込んできたのだった。フライブルク(4)の写真が、初めて目にした表示なんだけど、おなじみ「MIGROS」の看板があったのです。これは、びっくりしました。最初は、どうやら裏口の方だったもので、急ぎ足で、表に回ってみる。すると、「Karlstadt」の文字と並んでいることが分かった。これは、フライブルク(1)(2)で、お分かりかと思う。全く、1つのビルに、2つの表示があるのだ。で、早速、探検開始である。すると、どうやら、「Karlstadt」は、地上階にあり、どうやら百貨店なのだ。そして、「MIGROS」は、その百貨店の地下を担当ということになっていた。要するに、デパ地下が、「MIGROS」なのだ。意を決して、カメラを向けてみた。エスカレーターの降り口に、「MIGROS」の表示、下りてみると、生鮮食品も扱うスーパーだった。外に出てみる。表には、トルコの「MIGROS」と、同じコンセプトで作られている「その日のお買い得品」の標識が出ている(フライブルク5/6)。横の入口は、テイクアウト専用で、ケーキやサンドイッチを売っていた。果たして、このお店を利用しているドイツ人たちは、「MIGROS」が、トルコの会社であることを知ってるのだろうか、それを確かめたわけではないが、そんな感じがするほど、周りの風景に溶け込んでいる。これが、第一の驚きだった。
 ま、「MIGROS」の進出は、ドイツだからと、変な納得をしていた黄紺を驚かせたのが、バーゼル駅。黄紺は、フランス国鉄のバーゼル駅に着き、簡単なパスポート・コントロールを経て、駅舎内を、スイス国鉄駅の方に移動した。フランス国鉄の方は、ちょっと寂しい感じで、駅の中心部は、スイス側だから、そちらへ行って、スイス・フランを手にれようとしたのだが、その両替が完了して、一番のコンコースに出て、再び、びっくりが待っていた。「MIGROS」の大きな表示が、そのコンコースに面して、でかでかとあったものだから、あんぐりだ(バーセル1)。一応、その前に、ドネルジがいるのが、ご愛敬で、駅付属のスーパーとして、極めて客の出入りが激しい。まさに、一等地に、トルコ企業の進出だ。こんないい場所にあるのなら、これは、街中に、普通にあるものとの予想が当たったのが、ライン川近くの繁華な目抜き通りに面した「MIGROS」だ(バーゼル2/3/4)。しかも、表の作りを見ていただくと、お分かりのように、バーゼルの歴史地区にほど近いということもあり、クラシカルな建物だというのが、また、おもしろいところだ。ここでも、フライブルク同様の「お買い得品」の表示があり、そのデザイン、色調、全てトルコ国内仕様となっていた。
 同じスイスで、更に驚いたのが、ラインフェルデンでの「MIGROS」体験。ラインフェルデンという小さな町は、橋で、ドイツ側と向かい合って、同じ町が存するという、なかなかそそられるところ。バーゼル中央駅から、ドイツ国鉄の駅を経て、ドイツ側にも、この町へ行く鉄道が走っているようだが、黄紺は、スイス側を往復した。そのラインフェルデンの中心部を抜け、簡単に出てしまう昔の市壁の外側に、あれれ、こんな小さな町にも、「MIGROS」は、街に溶け込んでありました。ちょろっと中に入ってみたが、ごくごく普通のスーパー、ちょっと、ここは小ぶりだったかな、でも、確かに「MIGROS」。そりゃ、こないな小さな町にすらあれば、バーゼル中央駅に、でーんとあっても、全然、違和感ないわね。
 チルレル首相のとき、EU側と関税に関する協約を結び、西ヨーロッパ企業のトルコへの進出が激しくなったというが、それは、トルコを歩くと確認できるが、その逆が、それも、こんなにも解りやすい逆の現象があるとはと、まことに感心した次第だ。もっと時間があれば、より多くの探検ができたでしょうに、今回は、この程度で、でも、その位置にびっくりだったのでした。 Hへ戻る







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