バットマン写真館



 バットマンという町を意識したのは、初めてディヤルバクルへ入ったときでした。当時、ディヤルバクルの旧市街の中央の四つ角には、今のような整えられたドルムシュ乗り場があったわけではなく、また、郊外へのドルムシュも、ここから出ており、騒然とした雰囲気がありました。その一角に、バットマンの札を付けたドルムシュが、客待ちをしていましたが、その車体は、砂埃にまみれており、車体の天井には、こぼれんばかりの荷物が、紐で括り付けられてるわ、客は客で、もんぺスタイルの薄っぺらな布製のズボンをはいているおじさん、おばさんばっかりでした。もう、それを見ただけで、当時の黄紺には、遠く及ばない土地という雰囲気に満ち満ちていまた。
 それから数年後、ハサンケイフ、ミディエット、シールトを廻る基点としようと思い、バットマンに入りました。街の構造が解らなく、ホテルがなくてなくて困ったものでした。また、中心街を見つけるのに、とっても苦労したものでしたが、街は、想像していたものとは違い、砂埃の、もんぺスタイルの、そないなイメージなど微塵もない町だったのです。このときは、おしゃれゾーンを抜け、今から考えると、駅前まで行きながら、そこを駅だとは知らず、バス会社が並ぶ一体を歩き、こここそこの町の中心部だと知っただけで、満足な気持ちになったものでした。

駅 前










駅から幹線道路に向かって





 2008年夏、ディヤルバクルに滞在をしながらでしたが、しかも、日曜日だったのですが、バットマンの地理が、頭に入ったうえでということで、探検に行ってまいりました。オトガルの入口で、ドルムシュから、皆さんが降りるので、黄紺も下車。幹線道路を道なりに歩くと、ちょっと分かりにくいのですが、新しめの商店街への入口がある。そこを、ずんずん歩き、抜けたところをくるっと左に回るようにして、ちょっとしたスペースがあった記憶。バス会社が並び、夕方には、大型バスが、何台か並んでいた記憶のあるところ。で、今回、はたと目の前に鉄道の線路があり、更に、線路脇まで行き、線路向こうを見て、びっくり。このスペースに、疑うということをしなかったのは、トルコの町で、鉄道の駅を中心にして拡がった町というのは、ごく少数ということで、完全に抜け落ちていたのです。そうなんです、バットマンは、鉄道駅お中心にして街ができているのです。線路を背にして、右方向に行くと、黄紺が、オトガル方向から入ってきた商店街、今度は、線路を背にして左側にも、当然商店街が続いています。そして、その背後に、チャルシュが拡がっていました。


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