H

99. 7.23 〜 99. 8. 1

 この年から、春には、全くトルコへ行けなくなり、更に夏にも、中途半端な時期に仕事が入りと、私の 生活が、一変。その憂さ晴らしにと、夏に、2度行くことにしました。トルコ友達に、「日本トランジッ トですね」と言われつつも、気合いを入れて行きました。これが、マルマラ大地震の約3週間前のこと。 大被害を受けたボルに泊まったのが、このとき。3週間後にTVで観たその変わり果てた姿に、大変なシ ョックを受けるのですが、そのときは、そんなことを知る由もありません。サフランボルからイスタンブ ールへの帰り道に立ち寄った新しくてきれいな町の姿が、今でも、はっきりと瞼に焼き付いています。

99. 7.23大阪+++台北+++シンガポール+++
99. 7.24+++ドバイ+++イスタンブール(サッカー「フェネルバフチェvsガラタサライ」、 ベシクタシュ)
99. 7.25イスタンブール〜〜〜クランキョイ〜〜〜サフランボル
99. 7.26サフランボル〜〜〜クランキョイ〜〜〜カラビュック〜〜〜アラチ〜〜〜 カラビュック〜〜〜クランキョイ〜〜〜サフランボル
99. 7.27サフランボル〜〜〜クランキョイ〜〜〜ボル(ウルジャーミー、コンプレックス)
99. 7.28ボル〜〜〜イスタンブール(ベシクタシュ、サッカー「ベシクタシュvsハペル・ハイファ」)
99. 7.29イスタンブール〜〜〜テキルダー
99. 7.30テキルダー〜〜〜イスタンブール(ボスタンジュ)
99. 7.31イスタンブール+++ドバイ+++
99. 8. 1+++シンガポール+++バンコク+++大阪



I

99. 8.10 〜 99. 8.23

 日本に帰ってきてから9日後に、再びトルコに出発。いろんなことが、とにかくありました。まず南東 部へ。ウルファの朝、8月17日、TVに釘付けでした。その同じ日に、ハランに入っています。その辺 の心理は、“なんでもトルコ”で述べることとし、ディヤルバクルに初めて入ったのも、このときでした。 ウルファ方面からディヤルバクルに入るならば、全く問題ないと判断し、ようやく念願かなって、クルド の中心都市ディヤルバクルに入ることにしました。チグリス河畔のディヤルバクルは、クルド語とトルコ 語の、まさにバイリンガルの世界でした。更に、帰りの香港で、大騒動に巻き込まれ、かつて「キャセイ 恨み節」を書いた出来事が発生します。これらについて詳しくは、近々アップ予定の、“なんでもトルコ・トルコ編「マルマラ大地震」「クルド人の町」”をご覧ください。

99. 8.10大阪+++香港
99. 8.11香港+++イスタンブール〜〜〜
99. 8.12〜〜〜カイセリ(カレ、フナット・ハトゥム・キュリエシ、民俗学博物館、アラジャ・キュンベット、ドネル・キュンベット、考古学博物館、サハビエ・メドレーセシ、チャルシュ)
99. 8.13カイセリ(医事博物館)〜〜〜カフラマンマラシュ(チャルシュ、カレ)
99. 8.14カフラマンマラシュ(博物館、チャルシュ、カレ)〜〜〜ガジアンテップ(カレ)
99. 8.15ガジアンテップ〜〜〜カルカムシュ〜〜〜ニジップ〜〜〜ガジアンテップ(サッカー「ガジアンテップvsアンタルヤ」)
99. 8.16ガジアンテップ(チャルシュ)〜〜〜シャンルウルファ(チャルシュ、イブラヒム生誕の地、バルック・ギョル)
99. 8.17シャンルウルファ〜〜〜ハラン〜〜〜シャンルウルファ(博物館、フルフルル・ジャーミー、バルック・ギョル、カレ、チャルシュ)
99. 8.18シャンルウルファ〜〜〜ディヤルバクル(メリック・アフメットパシャ・ジャーミー、ウルジャーミー、4本足のミナレット、 イェニ門、チャルシュ、チグリス川)
99. 8.19ディヤルバクル(ウルジャーミー、文化博物館、チャルシュ、メルイェマーネ・キリセシ、アリ・パシャ・ジャーミー、 キャラバンサライ、チグリス川)
99. 8.20ディヤルバクル+++イスタンブール(メジディエキョイ、シシリィ)
99. 8.21イスタンブール(シュクル・サラチオール・スタジアム、国立考古学博物館、アヤ・イェリ教会、ルメリ・ヒサール、 ベシクタシュ)+++
99. 8.22+++香港
99. 8.23香港+++大阪





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